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裁判例


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平成8年(行ケ)第89号審決取消請求事件
判決
原      告シャープ株式会社
代表者代表取締役【A】
訴訟代理人弁理士【B】
被告特許庁長官 【C】
指定代理人   【D】
同【E】
同【F】
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が昭和62年審判第6389号事件について平成8年4月3日にした審決
を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
 原告は、昭和56年1月14日に発明の名称を「磁気光学記憶素子」とする発明
について特許出願したが(特願昭56-4090号)、昭和62年2月10日に拒
絶査定を受けたので、同年4月20日に拒絶査定不服の審判を請求し、昭和62年
審判第6389号として審理され、平成4年7月21日に出願公告されたものの
(特公平4-44333号)、その後特許異議の申立てがあって、特許異議決定を
受けるとともに、平成8年4月3日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との
審決を受け、同月30日にその謄本の送達を受けた。
2 本願発明の特許請求の範囲
「帯状の溝の形成された基板と、該基板の該溝の形成された面の上に形成され、該
溝に対応する段差を有する、膜面に垂直な磁化容易軸を有する希土類と遷移金属よ
り成るアモルファス磁性体薄膜と、該磁性体薄膜の上に形成され、該溝に対応する
段差を有する反射膜と、該溝の部分或いは該溝を隔てる土手の部分又はその関連す
る部分により形成されたガイドトラックとを具備し、該磁性体薄膜は該磁性体薄膜
表面からの反射光だけでなく該磁性体薄膜を通り抜ける透過光も反射させて利用す
ることでカー効果とファラデー効果を合わせて再生光のカー回転角を高めかつ信号
対雑音比を増大するべく充分に薄い事を特徴とする磁気光学記憶素子。」(別紙図
面(1)参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願発明の要旨は、前2の項記載のとおりである。
(2) 引用例
(イ) 特開昭55-67949号公報(審決の甲第1号証(本訴の甲第4号証)。
以下「引用例1」という。)には、①「基板(8)に帯状の溝〔トラック(2)及びブラ
ンクトラック(10)〕が形成され、前記基板の溝が形成された面上に情報記録膜とし
て光反射及び吸収層(9)を被覆し、前記帯状の溝をガイドトラックとする記録キャリ
ヤ(1)。」、②「上記記録キャリヤ(1)において、ブランクトラック部分を磁気-光
学材料により被覆すること。」(特に4頁左下欄13行ないし16行)(以下「引
用技術1」という。)が開示されている。(別紙図面(2)参照)
(ロ) 東独国特許第98782号公報(審決の甲第2号証(本訴の甲第5号証)。
以下「引用例2」という。)には、「構成の機械的安定性を保証するガラス製の被
覆層(1)と、該ガラス製の被覆層の上に形成され、MnBiより成る強磁性体の記録
層(3)と、該強磁性体の記録層(3)の上に形成された金属反射層(5)とを具備し、該強
磁性体の記録層(3)は該強磁性体の記録層(3)表面からの反射光だけでなく該強磁性
体の記録層(3)を通り抜ける透過光も該金属反射層(5)によって反射させて利用する
ことで磁気光学読み取りの際の効率レベルを改良した強磁性体の記録媒体。」(以
下「引用技術2」という。)が開示されている。(別紙図面(3)参照)
(3) 本願発明と引用技術2との対比
 本願発明と引用技術2とを比較すると、引用技術2における「ガラス製の被覆
層(1)」、「強磁性体の記録層(3)」、「金属反射層(5)」、「強磁性体の記録媒体」
は、それぞれ本願発明における「基板」、「磁性体薄膜」、「反射膜」、「磁気光
学記憶素子」に実質的に相当するものであり、また、引用技術2も、強磁性体の記
録層を通り抜ける透過光を利用していることからみて、カー効果とファラデー効果
を合わせることにより再生光のカー回転角を高めているものであるから、本願発明
と引用技術2とは、基板と、該基板の上に形成された磁性体薄膜と、該磁性体薄膜
の上に形成された反射膜とを具備し、該磁性体薄膜は該磁性体薄膜表面からの反射
光だけでなく該磁性体薄膜を通り抜ける透過光も反射させて利用することでカー効
果とファラデー効果を合わせて再生光のカー回転角を高めた磁気光学記憶素子であ
る点において一致し、①本願発明においては、基板に帯状の溝が形成され、該基板
上に形成された磁性体薄膜及び該磁性体薄膜上に形成された反射膜は、該溝に対応
する段差を有し、該溝の部分あるいは該溝を隔てる土手の部分又はその関連する部
分によりガイドトラックを形成しているのに対して、引用技術2には、そのような
ガイドトラックが形成されていない点(相違点①)、②本願発明は、磁性体薄膜と
して、膜面に垂直な磁化容易軸を有する希土類と遷移金属のアモルファス磁性体薄
膜を用い、該磁性体薄膜の膜厚を、該磁性体薄膜の表面からの反射光だけでなく該
磁性体薄膜を通り抜ける透過光も反射させて利用することでカー効果とファラデー
効果を合わせて再生光のカー回転角を高め、かつ、信号対雑昔比を増大すべく充分
に薄くしているのに対して、引用技術2は、磁性体薄膜として、MnBiからなる
磁性体薄膜を用い、該磁性体薄膜の膜厚の一例として250Åのものが記載されて
いるが、この膜厚が充分に薄いか否かは必ずしも明確でない点(相違点②)で相違
する。
(4) 審決の判断
(イ) 相違点①について
 レーザー光により情報の記録又は再生を行う記憶素子において、基板に帯状の溝
を形成してサーボ用のガイドトラックを設けることは、従来から周知の事項であり
(例えば、特開昭54-130102号公報(本訴の甲第6号証)、特開昭54-
130103号公報(本訴の甲第7号証)、特開昭52-10102号公報(本訴
の甲第8号証)及び引用例1参照)、ガイドトラックの機能は、情報記録膜が磁気
光学効果を利用する磁性体薄膜であるか、又は、レーザー光により溶融してピット
を形成する金属薄膜であるかの違いによって本質的に異なるところがない。また、
基板上に形成された帯状の溝からなるガイドトラックに、情報記録膜として磁気-
光学材料を被覆することも、上記引用例1に記載されているとおり公知の事項であ
る。そうすると、相違点①に係る本願発明の構成は、当業者が上記周知の事項及び
公知の事項に基づいて容易に想到し得たことである。
(ロ) 相違点②について
 磁性体薄膜として、膜面に垂直な磁化容易軸を有する希土類と遷移金属のアモル
ファス磁性体薄膜は、従来から周知であり、また、この周知の磁性体薄膜がMnB
iからなる磁性体薄膜に代えて用いられていることも、従来から周知の事項である
(いずれの事項も特開昭52-31703号公報(本訴の甲第9号証)、特開昭4
9-60643号公報(本訴の甲第10号証)等参照)。
 また、引用例2に、「積層の屈折率及び厚さは、磁性体薄膜からの情報を磁気光
学的に読み取るとき、その効率が最大となるように選択される」(特許請求の範囲
第2項)と記載されていることからみて、磁性体薄膜の膜厚を、カー効果とファラ
デー効果を合わせた再生光のカー回転角を高め、かつ、信号対雑音比が増大するよ
うな最適な膜厚に設定することは、当然考慮される設計的事項に過ぎないものであ
る。そうすると、相違点②に係る本願発明の構成は、上記周知の事項に基づいて当
業者が容易に想到し得たことである。
(ハ) そして、本願発明を全体的にみても、当業者が上記引用例1及び引用例2に
記載された事項並びに上記周知の事項から当然予測できる範囲を超える格別の作用
効果を見出すことができない。
(5) むすび
 以上のとおりであって、本願発明は、当業者が引用技術1及び2に基づいて容易
に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を
受けることができない。
4 審決を取り消すべき理由
 審決の理由の要点(1)は認め、(2)は争う。(3)については、本願発明と引用技術2
とを比較すると、引用技術2における「ガラス製の被覆層(1)」、「強磁性体の記録
媒体」が、それぞれ本願発明における「基板」、「磁気光学記憶素子」に実質的に
相当するとの記載は認め、その余は否認する。(4)、(5)は争う。
 審決は、本願発明と引用技術2との対比の認定を誤り(取消事由1)、また、相
違点①及び②の判断を誤り(取消事由2及び3)、更に、本願発明の顕著な効果を
看過し(取消事由4)、その結果、本願発明は当業者が引用技術1及び2に基づい
て容易に発明をすることができたと誤った判断をしているものであって、その誤り
は、審決の結論に影響を及ぼすものであるから、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(本願発明と引用技術2との対比の認定の誤り)
(イ) 審決は、本願発明と引用技術2とは、該磁性体薄膜は該磁性体薄膜表面から
の反射光だけでなく該磁性体薄膜を通り抜ける透過光も反射させて利用することで
カー効果とファラデー効果を合わせて再生光のカー回転角を高めた磁気光学記憶素
子である点で一致している旨認定しているが、誤っている。
 すなわち、引用例2には、審決のいう「該強磁性体の記録層表面からの反射光だ
けでなく該強磁性体の記録層を通り抜ける透過光も該金属反射層(5)によって反射さ
せて利用する」との記載はないし、いわんやこの点が磁気光学読取りの際の効率レ
ベルを改良することと関連しているとの記載もなく、強磁性体の記録層を通り抜け
る透過光が存在するとの記載すらなく、また、引用例2には、ファラデー回転、フ
ァラデー効果という用語が全く用いられていないのである。
(ロ) また、審決は、引用技術2の「強磁性体の記録層(3)」は、本願発明の「磁性
体薄膜」に実質的に相当する旨認定しているが、誤っている。
 すなわち、本願発明の「反射膜」は、磁性体薄膜を通り抜けた再生光を反射させ
るものであり、磁性体薄膜が充分に薄いことと相まって、磁性体薄膜表面からの反
射光だけでなく、磁性体薄膜を通り抜ける透過光も利用することでカー効果とファ
ラデー効果を合わせて再生光のカー回転角を高め、かつ、信号対雑音比を増大する
ものであるのに対して、引用技術2においては、記憶媒体がどのような使われ方を
するのかについて一切記載されていないのであるから、引用技術2の「金属層(5)」
は、本願発明の「反射膜」に実質的に相当するとはいえない。
(ハ) 更に、審決は、引用技術2の「強磁性体の記録層(3)」は、本願発明の「磁性
体薄膜」に実質的に相当する旨認定しているが、誤っている。
 すなわち、本願発明の「磁性体薄膜」は、該磁性体薄膜表面からの反射光だけで
なく該磁性体薄膜を通り抜ける透過光も反射させて利用することでカー効果とファ
ラデー効果を合わせて再生光のカー回転角を高め、かつ、信号対雑音比を増大する
べく充分に薄いものでもあるのに対して、引用技術2の「強磁性体の記録層(3)」
は、その膜厚が充分に薄いものであるが否か明らかでないから、本願発明の「磁性
体薄膜」に実質的に相当するとはいえない。
 なお、被告は、本願明細書や乙第1号証ないし第3号証を引用した主張をしてい
るが、これは、審決にない新たな引用例を認定の資料とするものであって、許され
ない。
(ニ) その他、本願発明の磁気光学記憶素子における強磁性体薄膜は、基板の溝に
対応する段差を有しているのに対して、引用技術2の強磁性層は、平坦なものであ
る点において相違するところ、審決は、相違点①において、引用技術2には、その
ようなガイドトラックが形成されていないと認定しているのみであって、上記相違
点を看過している。
(2) 取消事由2(相違点①の判断の誤り)
(イ) 審決は、ガイドトラックの機能は、情報記録膜が磁気光学効果を利用する磁
性体薄膜であるか、又は、レーザー光により溶融してピットを形成する金属薄膜で
あるかの違いによって本質的に異なるところがない旨認定しているが、上記事実
は、本願発明の特許出願当時、当業者の間で、公知の専門的知識とはなっていなか
ったのであるから、上記事実を判断の基礎とした審決の認定判断は誤っている。
(ロ) また、審決は、相違点①に係る本願発明の構成は、当業者が周知の事項及び
公知の事項に基づいて容易に想到し得たと判断しているが、公知の事項が記載され
ているとする引用例1においては、その磁気-光学材料は、ユーザーが磁気光学効
果を用いて情報を記録することができるものであるのに対して、本願発明の磁性体
薄膜は、膜面に垂直な磁化容易軸を有する希土類と遷移金属よりなるアモルファス
磁性体薄膜であり、ユーザーが情報の記録を行う際には磁気光学効果、すなわち、
カー効果とかファラデー効果とかは用いられないものであって、技術原理を異に
し、本願発明と技術的な関連性が極めて薄いから、相違点①に係る本願発明の構成
は、当業者が周知の事項及び公知の事項に基づいて容易に想到し得たものとはいえ
ない。
(3) 取消事由3(相違点②の判断の誤り)
(イ) 審決は、磁性体薄膜として、膜面に垂直な磁化容易軸を有する希土類と遷移
金属のアモルファス磁性体薄膜は、従来から周知であり、また、この周知の磁性体
薄膜がMnBiからなる磁性体薄膜に代えて用いられていることも、従来から周知
の事項である旨認定判断している。
 しかしながら、審決の引用する特開昭52-31703号公報(本訴の甲第9号
証)、特開昭49-60643号公報(本訴の甲第10号証)に記載されている希
土類と遷移金属のアモルファス磁性体(非晶質Tb-Fe系合金膜)は、本願発明
に係る磁気光学記憶素子に用いることができるように磁化容易軸が膜面に垂直な膜
厚を充分に薄くすることが不可能なものであり、また、MnBiからなる磁性体薄
膜に代えて膜面に垂直な磁化容易軸を有する希土類と遷移金属のアモルファス磁性
体薄膜を用いることの記載がなく、その示唆さえもないから、審決の上記認定判断
は、誤っている。
(ロ) 次に、審決は、引用例2に「積層の屈折率及び厚さは、磁性体薄膜からの情
報を磁気光学的に読み取るとき、その効率が最大となるように選択される」(特許
請求の範囲第2項)と記載されていることからみて、磁性体薄膜の膜厚を、カー効
果とファラデー効果を合わせた再生光のカー回転角を高め、かつ、信号対雑音比が
増大するような最適な膜厚に設定することは、当然考慮される設計的事項に過ぎな
い旨判断している。
 しかしながら、引用例2には、その記憶媒体がどのような使われ方をするのかに
ついての記載が一切ないし、信号対雑音比についても何ら言及していないから、磁
性体薄膜の膜厚を、カー効果とファラデー効果を合わせた再生光のカー回転角を高
め、かつ、信号対雑音比が増大するような最適な膜厚に設定することは、しように
もできないし、そして、このことが当然考慮されるべき設計的事項に過ぎないこと
であるということもできない。
(4) 取消事由4(効果の判断の誤り)
 本願発明は、磁気光学記憶素子において、カー回転角を高め、かつ、信号対雑音
比を増大した再生ができるとともに、記録、再生、消去の過程でのトラックサーボ
を容易に行うことができ、また、基板にトラッキングガイド用の溝を形成したこと
による信号対雑音比の低下を補償でき、更に、基板の帯状の溝の部分又は溝を隔て
る土手の部分のいずれを記録トラックとして用いることにしても、垂直磁化膜及び
反射膜の薄膜形成工程はその条件を大幅に変更することなく実施できるものであ
り、これらは、引用技術1及び2には期待できない顕著な効果である。
 したがって、本願発明を全体的にみても、当業者が上記引用例1及び引用例2に
記載された事項並びに上記周知の事項から当然予測できる範囲を超える格別の作用
効果を見出すことはできないとした審決の判断は、本願発明の効果を具体的に判断
することなく、本願発明の効果を看過したものであって、誤りである。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3は認め、4は争う。審決の認定判断は正当であって、取
り消されるべき理由はない。
2 被告の主張
(1) 取消事由1(本願発明と引用技術2との対比の認定の誤り)について
(イ) 引用例2には、本願明細書に記載されたものと同じ機能を有する記憶媒体
(乙第1号証ないし第3号証も参照)、すなわち、強磁性記憶層(3)の表面で反射さ
れる反射光と、該強磁性記憶層を通り抜けて金属反射層(5)で反射され、再び前記強
磁性記憶層を通り抜ける透過光の両方を利用して、カー効果とファラデー効果を合
わせることによって、磁気光学的読取りの際の効率レベルが改善される記憶媒体が
実質的に記載されているものである。
 すなわち、引用技術2は、磁気光学カー効果を利用して情報を読み取る強磁性記
憶媒体であって、この強磁性記憶媒体は、強磁性層から情報を読取るときの効率レ
ベルを改善することを技術的課題とするものである。また、別紙図面(2)に示されて
いるとおり、ガラス製のカバー層(1)、第二誘電性層(2)、強磁性記憶層(3)、第一誘
電性層(4)及び金属反射層(5)が積層形成されており、前記ガラス製のカバー層(1)側
から光が照射されている。そして、層の屈折率や厚さは、強磁性記憶層(3)からの情
報を磁気光学的に読み取るとき、その効率ができる限り大きくなるように選択され
るものである(特許請求の範囲第2項参照)。そうすると、引用技術2の強磁性記
憶媒体の読取りについて引用技術2の積層構造を有する記憶媒体、すなわち、磁性
膜からなる記憶層の先入射面側と反対側の面に金属反射層を具備する記憶媒体から
情報の読取りを行うときに、前記記憶層と金属反射層の機能は、同じ積層構造を有
する本願発明に記載された記憶媒体(乙第1号証ないし第3号証参照)から情報を
読み取るときのこれら各層の働きと同じであって、前記記憶層の表面からの反射に
より生じるカー効果と、前記記憶層を通り抜け金属反射層で反射され再び該記憶層
を通り抜けることにより生じるファラデー効果とが合わされることによって、カー
回転角を増大し、かつ、信号対雑音比を大きくするものである。
 そして、以上の事実によれば、引用技術2の「強磁性記憶層(3)」及び「金属反射
膜(5)」は、それらの機能からみて、それぞれ本願発明の「磁性体薄膜」及び「反射
膜」に相当することは明らかである。
(ロ) 審決は、相違点①として、本願発明においては、基板に帯状の溝が形成さ
れ、該基板上に形成された磁性体薄膜及び該磁性体薄膜上に形成された反射膜は、
該溝に対応する段差を有し、該溝の部分あるいは該溝を隔てる土手の部分又はその
関連する部分によりガイドトラックを形成しているのに対して、引用技術2には、
そのようなガイドトラックが形成されていない点を挙げており、本願発明の磁気光
学記憶素子に用いられる「磁性体薄膜」と「反射膜」は、基板の溝に対応する段差
を有しているのに対して、引用例2に記載のものに用いられる「強磁性記憶層」と
「金属反射層」はそのような段差を有していないことを相違点として明記している
のであるから、原告の主張するような相違点の看過はない。
(2) 取消事由2(相違点①の判断の誤り)について
(イ) 原告は、審決は、ガイドトラックの機能は、情報記録膜が磁気光学効果を利
用する磁性体薄膜であるか、又は、レーザー光により溶融してピットを形成する金
属薄膜であるかの違いによって本質的に異なるところがない旨認定しているが、上
記事実は、本願発明の特許出願当時、当業者の間で、公知の専門的知識とはなって
いなかった旨主張する。
 しかしながら、光学記憶素子において、その記録膜が、磁気光学効果を利用する
磁性体薄膜又はレーザ光で溶融してピットを形成する金属薄膜のいずれであって
も、サーボ用のガイドトラックを設けることは、従来から、よく知られている事項
である(引用例1の4頁右上欄19行ないし左下欄末行、乙第4号証(特開昭49
-113601号公報)の3頁右上欄2ないし7行、甲第6号証の9頁左下欄4行
ないし19行、甲第7号証の7頁右上欄2行ないし19行、甲第8号証の2頁左上
欄9行ないし11行、同右上欄7行ないし同左下欄9行参照)。そして、光学記憶
素子のサーボ用ガイドトラックに対して光ビームを照射することによって行う、ト
ラックずれ信号の検出は、該光学記憶素子の記録膜が磁性体薄膜又は溶融可能な金
属薄膜のいずれのものであっても、同じように検出できることが原理上明らかであ
る。
 したがって、原告主張の上記事実は、本願発明の特許出願当時、当業者の間で、
公知の専門的知識とはなっていなかったとはいえないものである。
(ロ) 原告は、引用技術1の磁気-光学材料と本願発明の磁性体薄膜とは、技術原
理を異にし、本願発明と技術的な関連性が極めて薄いから、相違点①に係る本願発
明の構成は、当業者が周知の事項及び公知の事項に基づいて容易に想到し得たもの
とはいえない旨主張しているが、引用例1に記載された磁気-光学材料は、情報の
再生時にカー効果やファラデー効果を利用し得る磁性膜であって、本願発明の磁気
光学記憶素子における磁性体薄膜と同じ種類の記録膜用の材料であるから、これら
の材料が技術原理を異にするものでも、本願発明と技術的な関連性が極めて薄いも
のでもない。
(3) 取消事由3(相違点②の判断の誤り)について
(イ) 原告は、審決の引用する甲第9号証(特開昭52-31703号公報)、第
10号証(特開昭49-60643号公報)に記載されている希土類と遷移金属の
アモルファス磁性体(非晶質Tb-Fe系合金膜)は、本願発明に係る磁気光学記
憶素子に用いることができるように磁化容易軸が膜面に垂直な膜厚を充分に薄くす
ることが不可能なものであり、また、MnBiからなる磁性体薄膜に代えて膜面に
垂直な磁化容易軸を有する希土類と遷移金属のアモルファス磁性体薄膜を用いるこ
との記載がなく、その示唆さえもない旨主張している。
 しかしながら、甲第9号証(2頁左下欄15行ないし18行)、第10号証(2
頁右上欄19行ないし右下欄3行)の記載をみれば、「希土類-遷移金属からなる
非晶質の垂直磁化薄膜」は、MnBiの磁性体薄膜の有する特性をさらに改善する
ために、研究開発の結果得られたものであることを理解することができ、したがっ
て、MnBiの磁性体薄膜に代えて希土類-遷移金属からなる非晶質の垂直磁化薄
膜を用いることは、従来から周知の事項であるということができるのである(乙第
5号証参照)。
 また、本願発明における磁性体薄膜は、甲第9号証、第10号証に記載されてい
る希土類と遷移金属のアモルファス磁性体(Tb-Fe系合金膜やGd-Co膜)
に特定されているものではなく、また、用いる磁性体薄膜の屈折率、反射率等の光
学特性に応じて、カー回転角を高め、かつ、信号対雑音比が増大するようにその膜
厚を適宜選定すべきものであるから、本願発明に係る磁気光学記憶素子に用いるこ
とができるように磁化容易軸が膜面に垂直な膜厚を充分に薄くすることが不可能な
ものであるということもできない。
 本願発明にいう「膜厚が充分に薄い」とは、どの程度の膜厚をいうのか本願明細
書の記載からも明確ではないが、この膜厚が、磁気光学的読取りの際の効率をでき
る限り大きくする厚さであるというのであれば、そのことは引用例2においても示
唆されており(特許請求の範囲第2項)、引用例2に記載された記憶素子の磁性膜
として、周知の事項である希土類-遷移金属からなる非晶質の垂直磁化薄膜を適用
するときに、その膜厚を充分に薄くすることは容易にできることである。
(ロ) 原告は、引用例2には、その記憶媒体がどのような使われ方をするのかにつ
いての記載が一切ないし、信号対雑音比についても何ら言及していないから、磁性
体薄膜の膜厚を、カー効果とファラデー効果を合わせた再生光のカー回転角を高
め、かつ、信号対雑音比が増大するような最適な膜厚に設定することは、しように
もできないし、そして、このことが当然考慮されるべき設計的事項に過ぎないこと
であるということもできない旨主張しているが、引用例2には、引用例2に記載さ
れた記憶媒体の使われ方(主として読取り動作)が記載されており、当業者は、こ
の記載事項をみれば十分に理解が可能である。また、引用例2には、その発明の目
的及び効果に関する事項において、磁気光学的読取り効率を改善する趣旨の記載が
あり、また、特許請求の範囲第2項において、磁気光学的読取り効率をできる限り
大きくなるようにする趣旨の記載があるから、信号対雑音比についても言及してい
るものというべきである。
(4) 取消事由4(効果の判断の誤り)について
 原告の主張する本願発明の効果は、当業者が引用技術1及び2及び周知の事項か
ら当然に予測できる範囲を超えるものではない。
 すなわち、カー回転角を高め、かつ、信号対雑音比を増大した再生ができるとい
う効果は、引用例2に記載されたものも有する効果である。記録、再生、消去の過
程でのトラックサーボを容易に行うことができるという効果、すなわち、記録又は
再生の過程でトラックサーボを行い得ることは、引用例1及び甲第6ないし8号証
等に記載された周知の記憶媒体が有する効果である。
 基板にトラッキングガイド用の溝を形成したことによる信号対雑音比の低下を補
償できるという効果は、本願明細書に記載されていない事項であるが、この効果
は、再生光のカー回転角を高め、かつ、信号対雑音比を増大したことによって生じ
ることである。そして、引用例2に記載の記憶媒体においても、再生光のカー回転
角や信号対雑音比が増大されるから、基板に起因する信号対雑音比の低下を補償し
得るものである。
 基板の帯状の溝の部分又は溝を隔てる土手の部分のいずれを記録トラックとして
用いることにしても、垂直磁化膜及び反射膜の薄膜形成工程はその条件を大幅に変
更することなく実施できるという効果については、溝の部分と土手の部分のどちら
を記録トラックとして用いるかは、当業者が適宜選択し得る事項であり、また、こ
の記録トラックの選択と膜形成工程の条件とは、直接に関連することではない。
 以上のとおり、原告の主張する効果は、当業者が引用技術や周知の事項から当然
に予測し得る範囲を超えるものではない。
第4 証拠
 証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用す
る。
理由
第1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の特許請求の
範囲)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。
第2 本願発明の概要
 甲第3号証(特許公報)及び甲第2号証の7(平成5年4月27日付手続補正
書)によれば、本願発明は、レーザー光により情報の記録、再生、消去を行う磁気
光学記憶素子に関するものであること(甲第3号証1欄17行ないし18行)、近
年、高密度・大容量・高速アクセス等の種々の要求を満足し得る光メモリ装置の研
究開発が活発に推進されており、各種光メモリ装置のうちでも特に記憶材料として
垂直磁化膜、すなわち、膜面に垂直な磁化容易軸を有する磁性体膜を用いた磁気光
学記憶装置において、不要になった情報を消去し、その上に新しい情報を再記録で
きるという特徴があって注目を受けているが、上記の利点を有する一方で磁気光学
記憶装置は再生信号が小さいという欠点があったこと(1欄19行ないし2欄2
行)、本願発明は、上記欠点に鑑み、反射光量を著しく減少させることなく磁気光
学効果を増大させ、しかも、サーボ用のガイドトラックをも形成することを目的と
し(3欄36行ないし39行)、この目的を達成するために、特許請求の範囲記載
の構成を採用しているものであること(3欄40行ないし4欄10行)が認められ
る。
第3 審決を取り消すべき事由について判断する。
1 取消事由1(本願発明と引用技術2との対比の認定の誤り)について
(1) 審決は、本願発明と引用技術2とは、基板と、該基板の上に形成された磁性体
薄膜と、該磁性体薄膜の上に形成された反射膜とを具備し、該磁性体薄膜は該磁性
体薄膜表面からの反射光だけでなく該磁性体薄膜を通り抜ける透過光も反射させて
利用することでカー効果とファラデー効果を合わせて再生光のカー回転角を高めた
磁気光学記憶素子である点で一致している旨認定しているので、その当否について
検討する。
(イ) 甲第5号証(昭和48年12月19日特許庁資料課受入の東独国特許第98
782号公報)によれば、引用例2には、①「その際記憶された情報は磁気光学カ
ー効果により読み取られることができるということは知られている。この過程にお
いては、磁気光学効果に基づき情報を把持する反射光の強度と入射光の強度との関
係が重要である。このような関係は以下において「効率」と呼ぶ。それにはカー効
果(カー回転)の下での偏光面の回転角、反射光の楕円率及び(磁気光学効果を無
視した場合における)強磁性層の反射率が入っている。更に強磁性層のカー回転は
その下に金属性反射層が配置されるか[1]、又は材料上に誘電性カバー層がもた
らされるか[2]によって増大せしめられることが知られている。」(甲第5号証
の訳文1頁8行ないし16行)、②「本発明の目的は、強磁性層からの情報の磁気
光学的読取りにおける効率を技術的利用が可能であるように改善することである。
これまでに知られた方法に比べて効率が高められる構成を案出するという課題が本
発明の基礎をなしている。その際、既に上記されたような効率のカー回転、反射率
及び楕円率についての依存性が考慮されなければならない。」(同1頁18行ない
し22行)、③「本発明によれば、下記のような構造を持つ層組合せの利用により
この課題が解決される。(上部に入射する光に関して)最下部の層は反射性材料で
あり、その際にその機能は幾つかの重なり合って配置された誘電性層によって引き
継がれることができる。その上に第一誘電性層、強磁性記憶層、第二誘電性層及び
ガラスから成るカバー層が相次いで存在する。」(同1頁23行ないし2頁1
行)、④「層の屈折率及び厚さは強磁性記憶層からの情報の磁気光学的読取りの際
の効率ができる限り大きくなるように選択される2つの誘電性中間層はそれぞれ更
に幾つかの重なり合った誘電性層によっても置き換えることができる。本発明の構
成の効果は、1つの層において形成された適切な互いに一致した光の位相関係によ
って従来知られている構成に比して効率がかなり改善され、そのとき入射光のより
高い割合が反射されるということにある。」(同2頁1行ないし7行)、⑤「特許
請求の範囲 1.金属反射層(5)、第一誘電性層(4)、強磁性記憶層(3)、第二誘電性
層(2)及びガラスから成るカバー層(1)の積層を特徴とする強磁性記憶媒体からの情
報読取り構成。2.層の屈折率及び厚さは強磁性層(3)からの情報の磁気光学的読取
りの際の効率ができる限り大きくなるように選択されることを特徴とする特許請求
の範囲第1項に記載の強磁性記憶媒体からの情報読取り構成。」(同2頁16行な
いし22行)との記載があり、また、⑥図面(別紙図面(2)参照)には、上から順
に、ガラスから成るカバー層(1)、第二誘電性層(2)、強磁性記憶層(3)、第一誘電性
層(4)及び金属反射層(5)の積層構造が示され、そして、ガラスから成るカバー層(1)
の斜め右側から光が入射し、斜め左側に反射している状態が記載されていることが
認められる。
(ロ) 上記③、⑤及び⑥の記載によれば、引用技術2は、上から順に、ガラスから
成るカバー層(1)、第二誘電性層(2)、強磁性記憶層(3)、第一誘電性層(4)及び金属
反射層(5)の積層構造をした強磁性記憶媒体に関するものであること、上部から上記
強磁性記憶媒体へ入射した光は、ガラスから成るカバー層(1)を通過して、少なくと
も第二誘電性層(2)に達して反射していること、最下部の金属反射層(5)は、反射性
材料であり、上部に入射する光に対して反射する機能を有していることが認められ
る。
 また、上記①、②及び④の記載、特に、①の「強磁性層のカー回転はその下に金
属性反射層が配置される・・・によって増大せしめられる」、②の「本発明の目的
は、強磁性層からの情報の磁気光学的読取りにおける効率を技術的利用が可能であ
るように改善することである。」、④の「本発明の構成の効果は、1つの層におい
て形成された適切な互いに一致した光の位相関係によって・・・効率がかなり改善
され、そのとき入射光のより高い割合が反射される」との記載等によれば、カー効
果(カー回転)は、強磁性記憶層(3)の反射光に基づくものであるところ、そのカー
効果が、強磁性記憶層(3)の下の金属反射層(5)の存在によって増大すること、その
理由は、強磁性記憶層(3)の反射光と、強磁性記憶層(3)を通過して金属性反射層(5)
で反射した光との位相関係が一致したとき、入射光の強度に対する反射光の強度が
大きくなること、引用技術2は、上記のようにして入射光の強度に対する反射光の
強度が大きくなるという効果を積極的に利用しているものであることが認められ
る。
(ハ) 一方、ファラデー効果については、例えば広辞苑第4版に「イギリスの化学
者・物理学者。塩素の液化、ベンゼンの発見、電磁誘導の法則、電気分解のファラ
デーの法則、ファラデー効果および反磁性物質などを発見。電磁気現象を媒質によ
る近接作用として、場の概念を導入、マクスウェルの電磁論の先駆をなす。・・・
(1791ないし1867)」といった記載があるとおり、イギリスの著名な化学
者、物理学者であるファラデーが発見した有名な物理現象であって、「物質を磁場
の中に置いた場合、旋光性を現す現象。偏光面の回転角は、磁場の強さと光が透過
する物質の長さに比例する。」(JIS工業用語大辞典)、「直線偏光が磁場方向
に物質中を通るとき、偏光面が回転すること。」(マグローヒル科学技術用語大辞
典)であることは、本願出願前に当業者に周知の事項であると認められる。
(ニ) そうすると、引用技術2には、ガラスから成るカバー層(1)と、その下に形成
された強磁性記憶層(3)と、その下に形成された金属反射層(5)とを具備し、この強
磁性記憶層(3)は、その表面からの反射光のみならず、当該強磁性記憶層(3)を通り
抜ける透過光を金属性反射層(5)で反射させて利用することでカー効果とファラデー
効果を合わせて、強磁性記憶層(3)に記憶された情報を読み取るために利用される磁
気光学カー効果の効率を改善するという技術が開示されているものと認められる。
 したがって、引用技術2の「強磁性記憶層(3)」は、本願発明の「磁性体薄膜」
に、引用技術2の「金属反射膜(5)」は、本願発明の「反射膜」にそれぞれ実質的に
相当するものと認められるものであり、本願発明と引用技術2とは、基板と、該基
板の上に形成された磁性体薄膜と、該磁性体薄膜の上に形成された反射膜とを具備
し、該磁性体薄膜は該磁性体薄膜表面からの反射光だけでなく該磁性体薄膜を通り
抜ける透過光も反射させて利用することでカー効果とファラデー効果を合わせて再
生光のカー回転角を高めた磁気光学記憶素子であるという点で一致しているものと
いうべきである。
(2) 原告は、引用例2には、審決にいう「該強磁性体の記録層表面からの反射光だ
けでなく該強磁性体の記録層を通り抜ける透過光も該金属反射層(5)によって反射さ
せて利用する」との記載はないし、いわんやこの点が磁気光学読取りの際の効率レ
ベルを改良することと関連しているとの記載もなく、強磁性体の記録層を通り抜け
る透過光が存在するとの記載すらなく、また、引用例2には、ファラデー回転、フ
ァラデー効果という用語が全く用いられていない旨主張する。
 しかしながら、前記(1)(ロ)認定のとおり、ガラスから成るカバー層(1)、第二誘
電性層(2)、強磁性記憶層(3)、第一誘電性層(4)及び金属反射層(5)の積層構造の上
部に入射した光が、金属反射層(5)で反射すると記載されているのであるから、その
光が強磁性記憶層(3)を通り抜けていることは明らかであるところ、ファラデー効果
は、前記(1)(ハ)のとおり、本願出願前に当業者に周知の事項であり、また、前
記(1)(ニ)認定のとおり、引用例2に、強磁性体の記録層表面からの反射光だけでな
く、該強磁性体の記録層を通り抜ける透過光も該金属反射層(5)によって反射させて
利用するという記載があるのであって、このファラデー効果が磁気光学読取りの際
の効率レベルを改良することと関連していることは明らかであるから、原告の上記
主張は、採用することができない。
(3) また、原告は、本願発明の「反射膜」は、磁性体薄膜を通り抜けた再生光を反
射させるものであり、磁性体薄膜が充分に薄いことと相まって、磁性体薄膜表面か
らの反射光だけでなく、磁性体薄膜を通り抜ける透過光も利用することでカー効果
とファラデー効果を合わせて再生光のカー回転角を高め、かつ、信号対雑音比を増
大するものであるのに対して、引用技術2においては、記憶媒体がどのような使わ
れ方をするのかについて一切記載されていないのであるから、引用技術2の「金属
層(5)」は、本願発明の「反射膜」に実質的に相当するとはいえない旨主張するが、
前記(1)(二)の認定判断に照らすと、引用技術2の「金属層(5)」は、本願発明の
「反射膜」に実質的に相当するものと認められるから、原告の上記主張は、採用す
ることができない。
(4) 更に、原告は、本願発明の「磁性体薄膜」は、該磁性体薄膜表面からの反射光
だけでなく該磁性体薄膜を通り抜ける透過光も反射させて利用することでカー効果
とファラデー効果を合わせて再生光のカー回転角を高め、かつ、信号対雑音比を増
大するべく充分に薄いものでもあるのに対して、引用技術2の「強磁性体の記録
層(3)」は、その膜厚が充分に薄いものであるが否か明らかでないから、本願発明の
「磁性体薄膜」に実質的に相当するとはいえない旨主張するので、検討する。
 本願発明の特許請求の範囲には、「該磁性体薄膜は該磁性体薄膜表面からの反射
光だけでなく該磁性体薄膜を通り抜ける透過光も反射させて利用することでカー効
果とファラデー効果を合わせて再生光のカー回転角を高めかつ信号対雑音比を増大
するべく充分に薄い事を特徴とする」と記載されているのみであって、磁性体薄膜
の膜厚を具体的に特定しているのではないから、結局、カー効果とファラデー効果
を合わせて再生光のカー回転角を高め、かつ、信号対雑音比を増大することが可能
な薄さの膜厚であるものと認められる。
 一方、前記(1)(ニ)認定のとおり、引用技術2は、入射光が、強磁性記憶層(3)の
表面からの反射光のみならず、当該強磁性記憶層(3)を通り抜ける透過光を金属性反
射層(5)で反射させて利用することでカー効果とファラデー効果を合わせて、強磁性
記憶層(3)に記憶された情報を読み取るために利用される磁気光学カー効果の効率を
改善するという技術が開示されているものであるが、前記(1)(イ)⑤認定のとおり、
引用例2に、「2.層の屈折率及び厚さは強磁性層(3)からの情報の磁気光学的読取
りの際の効率ができる限り大きくなるように選択されることを特徴とする特許請求
の範囲第1項に記載の強磁性記憶媒体からの精報読取り構成。」と記載されている
ことからすると、引用技術2は、カー効果とファラデー効果を合わせて再生光のカ
ー回転角を高め、かつ、信号対雑音比を増大するために、強磁性記憶層(3)について
適宜の薄さの膜厚を選択することを包含しているものというべきであり、本願発明
にいう「充分に薄い事」という構成を除外しているものということはできない。
 したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
(5) 更にまた、原告は、本願発明の磁気光学記憶素子における強磁性体薄膜は、基
板の溝に対応する段差を有しているのに対して、引用技術2の強磁性層は、平坦な
ものである点において相違するところ、審決は、相違点①において、引用技術2に
は、そのようなガイドトラックが形成されていないと認定しているのみであって、
上記相違点を看過している旨主張する。
 しかしながら、審決は、相違点①について、本願発明においては、基板に帯状の
溝が形成されているものが、引用技術2には存しないと認定し、また、本願発明に
おいては、該溝に対応する段差を有し、該溝の部分あるいは該溝を隔てる土手の部
分又はその関連する部分によりガイドトラックを形成しているのに対して、引用技
術2では、そのようなガイドトラックが形成されていないと認定しているのであ
る。しかも、審決は、相違点①の判断において、「レーザー光により情報の記録又
は再生を行なう記憶素子において、基板に帯状の溝を形成してサーボ用のガイドト
ラックを設けることは、従来から周知の事項であり」、「基板上に形成された帯状
の溝からなるガイドトラックに、情報記録膜として磁気-光学材料を被覆すること
も、上記引用例1に記載されているとおり公知の事項である。」として、基板の溝
に関する判断をしているのであるから、相違点の認定を看過したとする原告の上記
主張は、採用することができない。
2 取消事由2(相違点①の判断の誤り)について
(1)(イ) 甲第4号証によれば、引用例1には、「本願人の先の出願に係る特願昭4
9-14606号には、・・・電磁放射ビームを用いてユーザ自身が情報を記録す
ることのできる記録キャリヤを提案してある。・・・この記録キャリヤはサーボ情
報は包含している。一般にサーボ情報とは書込み処理を正しく制御するために書込
み装置に使用する情報のことを意味するものとしている。上記特願昭49-146
06号に基ずく記録キャリヤのサーボ情報は、連続する追従トラック形態のものと
しており、これを用いてユーザに有用な情報を一定ピッチの螺旋トラックに記録す
るようにしている。」(2頁右下欄11行ないし3頁左上欄4行)との記載が、ま
た、甲第6号証(特開昭54-130102号公報)には、「記録担体には、この
記録担体の表面領域全体に亘って延在し光学的に検知しうるサーボトラックが設け
られている。・・・上記のサーボトラックは、放射ビームにより情報層上に形成さ
れた放射スポットの位置を情報層の半径方向において制御しうるようにする。」
(4頁右上欄5行ないし13行)との記載が、甲第7号証(特開昭54-1301
03号公報)には、「この記録キャリヤ本体は、たとえばら旋状サーボトラック4
を具えている。・・・書込みの際には、明確に定められた通路に従って記録キャリ
ヤ本体上に情報を記録するためにサーボトラックを用い、正しい速度で情報を記録
するためにサーボ区域を用いる。」(6頁右下欄5行ないし13行)との記載が、
甲第8号証(特開昭52-10102号公報)には、「本発明は、ガイド溝が形成
されている基板および該基板上に少くなくとも記録層を有することを特徴とした記
録媒体である。本発明による記録媒体の最も一般的な一例は、第1図に示される。
記録媒体はガイド溝が形成されている基板1と記録層3とから構成されている。基
板1にはガイド溝を形成するための土手部2があり、それに伴って、記録層にも土
手部4が形成されている。通常、記録は土手部と土手部の間のガイド溝になされ
る。・・・ガイド溝に記録がされる際、土手部はガイド溝に高い精度をもって記録
がされるようにガイドの機能をなす。」(1頁右下欄4行ないし2頁左上欄1行)
との各記載があることが認められ、上記記載によれば、放射ビームにより記録又は
再生を行う磁気光学記憶素子等の記憶素子において、適確に記録又は再生を行うた
めのガイドの機能を果たさせるためにサーボ用ガイドトラックを形成することは、
本願出願前に本願発明に係る技術分野において周知の技術事項であると認められ
る。
(ロ) また、引用例1には、「あるいはまた、ユーザが磁気-光学効果を用いて情
報を記録することもでき、この場合にはブランク-トラック部分を磁気-光学材料
で被覆する必要がある。」(4頁左下欄13行ないし16行)との記載があること
が認められ、同記載によれば、基板上に形成された帯状の溝からなるガイドトラッ
クに、情報記録膜として磁気-光学材料を被覆することも、上記引用例1に記載さ
れているとおり公知の事項であると認められる。
(ハ) 更に、情報記録膜が、磁気光学効果を利用する磁性体薄膜であるか、レーザ
ー光により溶融してピットを形成する金属薄膜であるかは、情報記録の方式の相違
であって、いずれの方式を採用するとしても、適確に記録又は再生を行うために
は、それなりの制御が必要であるところ、前記(イ)認定のとおり、放射ビームによ
り記録又は再生を行う磁気光学記憶素子等の記憶素子において、適確に記録又は再
生を行うためのガイドの機能を果たさせるためにサーボ用ガイドトラックを形成す
ることは、本願出願前に本願発明に係る技術分野において周知の技術事項であるか
ら、ガイドトラックの機能は情報記録膜が磁気光学効果を利用する磁性体薄膜であ
るか、又は、レーザー光により溶融してピットを形成する金属薄膜であるかの違い
によって本質的に異なるところはないものと認められる。
(ニ) そうすると、相違点①に係る本願発明の構成は、当業者が上記周知の事項及
び公知の事項に基づいて容易に想到し得たものと認められ、相違点①についての審
決の認定判断は相当であるというべきである。
(2) ところで、原告は、ガイドトラックの機能は情報記録膜が磁気光学効果を利用
する磁性体薄膜であるか、又は、レーザー光により溶融してピットを形成する金属
薄膜であるかの違いによって本質的に異なるところがないとの事実について、本願
出願当時、当業者の間で、公知の専門的知識とはなっていなかったのであるから、
上記事実を判断の基礎とした審決の認定判断は誤っている旨主張するが、前記(1)
(ハ)の認定に照らせば、上記事実は、本願出願当時、当業者の間で、公知の専門的
知識とはなっていたものというべきであるから、原告の上記主張は、採用すること
ができない。
(3) また、原告は、引用例1においては、その磁気-光学材料は、ユーザーが磁気
光学効果を用いて情報を記録することができるものであるのに対して、本願発明の
磁性体薄膜は、膜面に垂直な磁化容易軸を有する希土類と遷移金属よりなるアモル
ファス磁性体薄膜であり、ユーザーが情報の記録を行う際には磁気光学効果、すな
わち、カー効果とかファラデー効果とかは用いられないものであって、技術原理を
異にし、本願発明と技術的な関連性が極めて薄いから、相違点①に係る本願発明の
構成は、当業者が周知の事項及び公知の事項に基づいて容易に想到し得たものとは
いえない旨主張するので、検討する。
 乙第5号証(1979年(昭和54年)11月30日日本応用磁気学会発行「日
本応用磁気学会誌Vol.3No.4」)によれば、「2.光磁気メモリについて」の欄
に、「光磁気メモリとは、記録・再生に光技術を利用することのできる磁気メモリ
である。すなわち、光磁気メモリにおいては、①光を照射することによって生じる
熱エネルギー②光の透過、反射、屈折、干渉、回折等の光学現象③磁気の光の相互
作用であるkerr効果、Faraday効果などを利用して記録または再生を行
なう。」(105頁左欄下から9行ないし2行)、「記録・消去は、記録媒体を光
で照射加熱し、その部分の磁気特性に変化を与え、媒体自体の磁界または外部磁界
によって磁化反転を生じさせることにより行なう。」(同頁右欄2行ないし4
行)、「再生には光と磁気の相互作用である磁気光学効果を利用する。直線偏光を
磁性体に入射すると、その反射光および透過光は磁化の向きに対応して偏光面が回
転する。」(同頁右欄末行ないし106頁左欄2行)との記載があることが認めら
れ、上記記載によれば、技術の一般的な観点からいうと、技術磁気-光学効果は、
情報を再生するときに利用される技術であることが認められる。
 そして、引用例1には、「本発明は基板を具え、該基板の少なくとも片側に光学
的な放射で書込むことができ、かつユーザが特に彼の目的に役立つ情報を書込むこ
とのできる層を被覆した記録キャリアに関するものである。」(2頁右上欄18行
ないし左下欄2行)、「光学式の記録キャリヤを用いれば・・・読取り時に光学読
取りヘッドと記録キャリヤとの間に何等積極的な接触がないため」(2頁左下欄1
7行ないし20行)、「ユーザーが磁気-光学効果を用いて情報を記録することも
でき、」(4頁左下欄13行及び14行)との記載があることが認められ、同記載
によれば、引用技術1は、光学的に読込みも書込みもできる記録キャリヤであっ
て、磁気光学効果を用いて情報を記録し、かつ、当該情報を再生するという技術が
開示されているものと認められる。
 そうすると、本願発明と引用技術1とは、ともに磁気-光学効果を利用して再生
する技術に関するものであるという点で共通し、同じ技術分野に属するものであっ
て、引用技術1の情報の記録の機能のみを取り上げて、再生の機能を無視した原告
の主張は、採用することができないことは明らかである。
3 取消事由3(相違点②の判断の誤り)について
(1) 審決は、磁性体薄膜として、膜面に垂直な磁化容易軸を有する希土類と遷移金
属のアモルファス磁性体薄膜は、従来から周知であり、また、この周知の磁性体薄
膜がMnBiからなる磁性体薄膜に代えて用いられていることも、従来から周知の
事項である(いずれの事項も、特開昭52-31703号公報(甲第9号証)、特
開昭49-60643号公報(甲第10号証)等参照)旨認定しているので、その
当否について検討する。
 甲第9号証には、「従来、公知である膜面と垂直な方向に磁化容易軸を有し、か
つ、ビーム・アドレサブルファイルとして使用可能な強磁性薄膜としては、MnB
iに代表される多結晶金属薄膜Gd-Co、Gd-Feの非晶質金属薄膜、GIGに
代表される化合物単結晶薄膜があるが、」(1頁右欄11行ないし16行)との記
載が、甲第10号証(特開昭49-60643号公報)には、「絶縁体の薄い磁気
フィルムを用いる、ビームによってアドレスされるファイルは公知である。例えば
ガドリニウム鉄ガーネットの様な材料が用いられた。また、MnBiの様な金属が
ビーム・アドレッサフル・ファイルにおける貯蔵媒体として用いられてきた。」
(1頁左下欄下から2行ないし右下欄4行)との記載があることが認められる。
 一方、磁性体薄膜の一般的技術に関して、乙第5号証において、「磁気記録、磁
気記憶の両分野における最近の傾向というのは、記録、記憶媒体として垂直磁化膜
を用いるようになったことである。・・・垂直磁化膜は、本質的に面内磁化膜より
も高密度記録に適している。」(105頁左欄2行ないし11行)、「垂直磁化膜
ということでは、光磁気メモリの分野ではMnBi薄膜が古くから知られており、
ことさら新しい概念でもない。しかし、光磁気メモリ材料として、アモルファス材
料やガーネット材料が適用できることがわかり、転写光再生素子や光磁気ディスク
への応用が、最近再び活発に行われるようになった。」(105頁左欄16行ない
し21行)、「表1に光磁気メモリ材料の主なものを示す。材料的に最近研究され
ているのは、アモルファス磁性薄膜で、GdFe、GdCo、TbFe、DyFe
などである。」(107頁右欄3行ないし5行)との記載があることが認められ
る。
 以上の事実によれば、磁性体薄膜として、膜面に垂直な磁化容易軸を有する希土
類と遷移金属のアモルファス磁性体薄膜は、本願出願前に周知技術であったことが
認められる。そして、また、上記記載の事実によれば、MnBi薄膜は、光磁気メ
モリの分野で古くから知られていたところ、その後にアモルファス磁性体薄膜も光
磁気メモリ材料として利用できることが分かり、光磁気ディスク等へ活発に応用さ
れるようになったというのであるから、希土類と遷移金属のアモルファス磁性体薄
膜が、MnBiからなる磁性体薄膜に代えて用いられていることも本願出願前に周
知技術であったことが認められる。
(2) 次に、審決は、引用例2に、「積層の屈折率及び厚さは、磁性体薄膜からの情
報を磁気光学的に読み取るとき、その効率が最大となるように選択される」(特許
請求の範囲の2項)と記載されていることからみて、磁性体薄膜の膜厚を、カー効
果とファラデー効果を合わせた再生光のカー回転角を高め、かつ、信号対雑音比が
増大するような最適な膜厚に設定することは、当然考慮される設計的事項に過ぎな
い旨認定しているので、その当否について検討する。
 引用例2に、「1.金属反射層(5)、第一誘電性層(4)、強磁性記憶層(3)、第二誘
電性層(2)及びガラスから成るカバー層(1)の積層を特徴とする強磁性記憶媒体から
の情報読取り構成。2.層の屈折率及び厚さは強磁性層(3)からの情報の磁気光学的
読取りの際の効率ができる限り大きくなるように選択されることを特徴とする特許
請求の範囲第1項に記載の強磁性記憶媒体からの情報読取り構成。」(特許請求の
範囲)との記載があることは前記1(1)(イ)⑤認定のとおりであるところ、上記記載
によれば、金属反射層(5)、第一誘電性層(4)、強磁性記憶層(3)、第二誘電性層(2)
及びガラスから成るカバー層(1)の積層の屈折率及び厚さは、強磁性層(3)からの情
報の磁気光学的読取りの際の効率ができる限り大きくなるように適宜選択すればよ
いということが記載されているものであり、前記1(1)(ニ)認定のとおり、引用技術
2には、ガラスから成るカバー層(1)と、その下に形成された強磁性記憶層(3)と、
その下に形成された金属反射層(5)とを具備し、この強磁性記憶層(3)は、その表面
からの反射光のみならず、当該強磁性記憶層(3)を通り抜ける透過光を金属性反射
層(5)で反射させて利用することでカー効果とファラデー効果を合わせて、強磁性記
憶層(3)に記憶された情報を読み取るために利用される磁気光学カー効果の効率を改
善するという技術が開示されていることをも併せ考えると、磁性体薄膜の膜厚を、
カー効果とファラデー効果を合わせた再生光のカー回転角を高め、かつ、信号対雑
音比が増大するような最適な膜厚に設定することは設計的事項に過ぎないものとい
うべきであって、審決の上記認定判断は、正当である。
(3) そうすると、相違点②に係る本願発明の構成は、当業者が周知技術に基づいて
容易に想到し得る範囲内のものというべきである。
(4) 原告は、審決の引用する特開昭52-31703号公報(甲第9号証)、特開
昭49-60643号公報(甲第10号証)に記載されている希土類と遷移金属の
アモルファス磁性体(非晶質Tb-Fe系合金膜)は、本願発明に係る磁気光学記
憶素子に用いることができるように磁化容易軸が膜面に垂直な膜厚を充分に薄くす
ることが不可能なものであり、また、MnBiからなる磁性体薄膜に代えて膜面に
垂直な磁化容易軸を有する希土類と遷移金属のアモルファス磁性体薄膜を用いるこ
との記載がなく、その示唆さえもない旨主張する。
 しかしながら、審決は、甲第9号証及び第10号証について、磁性体薄膜とし
て、膜面に垂直な磁化容易軸を有する希土類と遷移金属のアモルファス磁性体薄膜
は、従来から周知であり、また、この周知の磁性体薄膜がMnBiからなる磁性体
薄膜に代えて用いられていることも、従来から周知の事項であることを裏付ける証
拠として示しているのであって、その点に誤りはないのであるから、原告の上記主
張は、失当というほかはない。
 また、原告は、引用例2には、その記憶媒体がどのような使われ方をするのかに
ついての記載が一切ないし、信号対雑音比についても何ら言及していないから、磁
性体薄膜の膜厚を、カー効果とファラデー効果を合わせた再生光のカー回転角を高
め、かつ、信号対雑音比が増大するような最適な膜厚に設定することは、しように
もできないし、そして、このことが当然考慮されるべき設計的事項に過ぎないこと
であるということはできない旨主張するが、前記1(4)の認定判断に照らせば、引用
技術2は、カー効果とファラデー効果を合わせて再生光のカー回転角を高め、か
つ、信号対雑音比を増大するために、強磁性記憶層(3)について適宜の薄さの膜厚を
選択することを包含しているものであるから、原告の上記主張は、採用の限りでな
い。
4 取消事由4(効果の判断の誤り)について
 原告は、本願発明は、磁気光学記憶素子において、カー回転角を高め、かつ、信
号対雑音比を増大した再生ができるとともに、記録、再生、消去の過程でのトラッ
クサーボを容易に行うことができ、また、基板にトラッキングガイド用の溝を形成
したことによる信号対雑音比の低下を補償でき、更に、基板の帯状の溝の部分又は
溝を隔てる土手の部分のいずれを記録トラックとして用いることにしても、垂直磁
化膜及び反射膜の薄膜形成工程はその条件を大幅に変更することなく実施できるも
のであり、これらは、引用技術1及び2には期待できない顕著な効果である旨主張
するので、検討する。
 磁気光学記憶素子において、カー回転角を高め、かつ、信号対雑音比を増大した
再生ができるという効果は、前記1(1)(ニ)認定の事実に照らせば、引用技術2にお
いても奏する効果であることが認められる。
 また、記録、再生、消去の過程でのトラックサーボを容易に行うことができると
いう効果は、前記2(1)(イ)認定の事実に照らせば、本願出願前の本願発明に係る技
術分野における周知の技術から当然に奏す効果であることが認められる。
 更に、基板にトラッキングガイド用の溝を形成したことによる信号対雑音比の低
下を補償できるという効果については、本願明細書を精査しても、本願発明の構成
によって奏せられる効果であると認めるに足りないものである。
 更にまた、基板の帯状の溝の部分又は溝を隔てる土手の部分のいずれを記録トラ
ックとして用いることにしても、垂直磁化膜及び反射膜の薄膜形成工程はその条件
を大幅に変更することなく実施できるという効果については、甲第8号証に「基板
1にはガイド溝を形成するための土手部2があり、それに伴って、記録層にも土手
部4が形成されている。通常、記録は土手部と土手部の間のガイド溝になされ
る。・・・ガイド溝に記録がされる際、土手部はガイド溝に高い精度をもって記録
がされるようにガイドの機能をなす。」(1頁右下欄9行ないし2頁左上欄1行)
と記載されていることが認められ、同記載に照らせば、基板の帯状の溝の部分を記
録トラックとして用いるか、溝を隔てる土手の部分を記録トラックとして用いるか
は、当業者が適宜選択し得る設計事項であると認められるところ、引用技術2に引
用技術1を組み合わせたものにおいて当然に奏せられる効果であると認められる。
 以上のとおり、原告主張の本願発明の効果は、引用技術1及び2を組み合わせ、
周知ないし公知の技術を勘案することによって予測し得る程度のものであって、格
別の効果と認めることはできない。
5 以上によれば、原告の主張する審決を取り消すべき事由は、いずれも理由がな
く、本願発明について特許法29条2項の規定により特許を受けることができない
とした審決の認定判断は、正当であって、これを取り消すべき理由はない。
第4 よって、原告の本訴請求は、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につ
いて行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成11年6月24日)
  東京高等裁判所第6民事部
  裁判長裁判官  清  永  利  亮
  裁判官  山  田  知  司 
     
裁判官宍  戸充

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