弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を福岡地方裁判所小倉支部に差し戻す。
         理    由
 検察官安田道直の控訴趣意は記録に編綴されている検察官折田信長提出の控訴趣
意書記載のとおりである。
 之に対する当裁判所の判断
 原審が公訴事実の外形的事実を認めながら詐欺罪は財産上の損害の発生を要件と
するものであるから被害者において返還請求権を有しない本件においては法的に何
等の損害は存しないので犯罪を構成しないとして無罪を宣したことは論旨摘録の通
りである。
 惟ふに売淫行為を職業的にすることを内容とする契約が公序良俗に反し違法であ
り法律上無効な契約であつて売淫行為を条件とする前借金の交付は不法原因に基く
給付であるから返還請求権のないことは判示説明の通<要旨>りであるけれども苟く
も真実職業的に売淫行為をする意思なく且つ前借金を返済する意思がないのに拘ら
ず之ある如く装い相手方を欺罔して前借金名義で金員の交付を受けたもので
ある以上たといその交付が不法原因に基くものであるの故を以て相手方より犯人に
対しその返還請求をすることができない場合であつてもそれは相手方に対する私法
上の制裁であつて刑罰権の対象たる詐欺罪の成立を妨ぐるものではない。けだしか
かる犯人を処罰する必要がある所以は詐欺罪は単に財産権の保護を法益とするだけ
でなくかかる不法手段に出でたる行為は社会の法的秩序を紊乱するものである故で
あり、社会秩序をみだす危険のある点においては不法原因乃至非債弁済に基く給付
たると然らざる給付たるとによりその結論を異にしないからである。畢竟正当な法
律上の原因がないのに欺罔手段により相手方を錯誤に陥れて不法に金員を騙取する
においては詐欺罪は直に成立するものであつて、その結果被害者に対し財産上の損
害を与うると否とは犯罪の成否に何等影響がないものと云わねばならぬ。人を欺罔
して財物を交付させた場合その財物の交付を受くるにつき正当な権利を有した場合
に詐欺罪が成立しないのは相手方に損害がないから罪にならないのではなく、それ
は本来法律上の原因があつて交付されたものであり当然交付を受くべき正当な権利
を有するがために外ならないからであつて、かかる権利を有する者が真に相手方に
義務の履行を求むるに当り欺罔手段を用いたからとて之に対し刑罰の制裁を以ての
ぞまねばならぬ程社会の秩序をみだすおそれがないものと認め得らるるからであ
る。然るに原審は詐欺罪に関する法の解釈を誤まり延いて判示列挙の証拠を綜合す
れば優に有罪の認定を為し得べき公訴事実に対し犯罪の証明なきものとして無罪を
宣した違法あるものと云うべく論旨は理由がある。
 よつて刑事訴訟法第三百九十七条に則り原判決を破棄し同法第四百条本文に従い
本件を原裁判所に差し戻すこととし主文の通り判決する。
 (裁判長裁判官 柳田躬則 裁判官 青木亮忠 裁判官 尾崎力男)

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