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平成17年(行ケ)第10839号審決取消請求事件(平成18年10月10日
口頭弁論終結)
判決
原告ザチャールズスタークドレイパー
ラボラトリイインコーポレイテッド
訴訟代理人弁理士秋元輝雄
同加藤宗和
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人上田忠
同山口敦司
同岡田孝博
同大場義則
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を
30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2003-1677号事件について平成17年8月29日にし
た審決を取り消す。
第2当事者間に争いがない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,1991年(平成3年)9月11日(以下「本件優先日」とい
う。)にアメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張し,平成
4年9月11日,発明の名称を「マイクロメカニカル音叉角速度センサー」と
する発明につき特許出願(特願平5-505506号,以下「本件出願」とい
う。)をしたが,平成14年10月24日に拒絶の査定を受けたので,平成1
5年2月3日,拒絶査定不服の審判請求をした。特許庁は,同請求を不服20
03-1677号事件として審理した結果,平成17年8月29日,「本件審
判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年9月13日,原
告に送達された。
2特許法184条の6第2項の規定により願書に添付した明細書とみなされる
その国際出願に係る明細書の翻訳文並びに平成11年9月13日付け手続補正
書によって補正された明細書及び図面(甲3添付,以下「本件明細書」とい
う。)の特許請求の範囲の請求項46に係る発明(以下「本願発明」とい
う。)の要旨
少なくとも第1の回転感知軸を軸とする角回転を検知するマイクロメカニカ
ル音叉ジャイロスコープであって,以下を備えるもの:
角速度感知構造体を架設したベース領域を含む基板;
第1の面内に配置され,少なくとも第1と第2の振動構造体を含み,前記第
1と第2の振動構造体が互いに概ね近接し,平行に配設されている前記角速度
感知構造体;
前記第1と第2の振動構造体を励起し,これらを前記回転感知軸に直角で,
前記第1の面にある軸にそって横方向へ振動させるためのもので,前記少なく
とも第1と第2の振動構造体の前記横方向の振動が前記第1の回転感知軸を軸
として,前記ジャイロスコープが角回転すると,前記第1の面に直角な第2の
面に平行な方向に前記角速度感知構造体の少なくとも一部を同時に縦運動させ
る駆動手段;および,
前記角速度感知構造体の少なくとも一部の前記同時の縦運動を感知し,前記
感知した同時の縦運動に比例する電圧出力信号を発生する手段であって,前記
電圧出力信号が前記ジャイロスコープにより検出された角回転量を示す手段。
3審決の理由
()審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,特開昭60-731
414号公報(甲13,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下
「引用発明」という。)及び周知事項に基づいて当業者が容易に発明をする
ことができたものと認められるので,特許法29条2項の規定により特許を
受けることができないとした。
()審決が本願発明と引用発明とを対比して認定した一致点及び相違点は,そ2
れぞれ次のとおりである。
(一致点)
「少なくとも第1の回転感知軸を軸とする角回転を検知するマイクロメカニ
カル音叉ジャイロスコープであって,以下を備えるもの:
角速度感知構造体を架設した部材;
第1の面内に配置され,少なくとも第1と第2の振動構造体を含み,前記
第1と第2の振動構造体が互いに概ね近接し,平行に配設されている前記角
速度感知構造体;
前記第1と第2の振動構造体を励起し,これらを前記回転感知軸に直角で,
前記第1の面にある軸にそって横方向へ振動させるためのもので,前記少な
くとも第1と第2の振動構造体の前記横方向の振動が前記第1の回転感知軸
を軸として,前記ジャイロスコープが角回転すると,前記第1の面に直角な
第2の面に平行な方向に前記角速度感知構造体の少なくとも一部を同時に縦
運動させる駆動手段;および,
前記角速度感知構造体の少なくとも一部の前記同時の縦運動を感知し,前
記感知した同時の縦運動に比例する電圧出力信号を発生する手段であって,
前記電圧出力信号が前記ジャイロスコープにより検出された角回転量を示す
手段。」
(相違点)
「角速度感知構造体を架設した部材について,本願発明では,『角速度感知
構造体を架設したベース領域を含む基板』であるのに対し,刊行物1に記載
された発明(注,引用発明)は,『角速度感知構造体と一体に形成されたフ
レーム7』である点。」
第3原告主張の審決取消事由
審決は,本願発明と引用発明との相違点を看過し(取消事由1,2),相違
点についての判断を誤り(取消事由3),審判において改めて拒絶理由通知が
されなかった手続上の瑕疵があり(取消事由4),補正の提案に対して判断を
遺脱した瑕疵があり(取消事由5),その結果,本願発明が進歩性を欠くとの
誤った結論を導いたものであって,違法であるから,取り消されるべきである。
1取消事由1(相違点の看過())1
()審決は,本願発明の「角速度感知構造体を架設したベース領域を含む基1
板」との記載中の「架設」の語が「ベース領域を含む基板」に掛かると解釈
し,それを前提に,本願発明と引用発明とが「角速度感知構造体を架設した
部材」である点で一致すると認定したが,誤りである。
()「架設」という語は,一般に,「かけわたすこと。橋や電線などを設備す2
ること。『電話を-する』」(広辞苑第5版)との意味を有するものとされ,
凹所等の何らかの空間部分にかけわたされていることを意味することが明ら
かである。本願発明の「角速度感知構造体を架設したベース領域を含む基
板」との記載は,日本語の通常の解釈によれば,「架設」がその直後の「ベ
ース領域」に掛かるものであり,したがって,「基板」に「架設」されてい
るのではなく,「ベース領域」に「架設」されているものである。
本願発明の特許請求の範囲請求項46の「角速度感知構造体を架設したベ
ース領域を含む基板」に対応する国際出願に係る明細書の原文(甲2添付,
asubstrateincludingabaseregionover以下「出願原文」という。)は,「
」であり,「」は,whichissuspendedanangularratesensitivestructuresuspended
「吊り下げられる」という意味を有するところ,この語が「架設」に当たる
のであり,上記原文をみれば,容易に,本願発明の角速度感知構造体は,基
板のベース領域の上に架設されるものと理解することができる。なお,審査
・審判段階において,原文参照の義務はないにしても,出願原文を参照する
ことは許されるべきである。
()一方,引用発明のフレーム7は,慣性変換部8等と同一基板上に一体成形3
されているのであるから,基板あるいはフレーム7に「架設」されるという
ことはない。したがって,たとえ,引用発明の慣性変換部8が本願発明の角
速度感知構造体に相当するとしても,引用発明には,本願発明にいう「角速
度感知構造体」の「ベース領域」への架設についての記載がないから,引用
発明は,「角速度感知構造体を架設したベース領域を含む基板」という本願
発明の構成を有していない点で相違するものであり,本願発明と引用発明と
が「角速度感知構造体を架設した部材」である点で一致するとした審決の認
定は誤りである。
()以上のとおり,審決には,相違点を看過した違法があり,審決の結論に影4
響を及ぼすことは明らかである。
2取消事由2(相違点の看過())2
()審決は,本願発明と引用発明とが「前記角速度感知構造体の少なくとも一1
部の前記同時の縦運動を感知し,前記感知した同時の縦運動に比例する電圧
出力信号を発生する手段であって,前記電圧出力信号が前記ジャイロスコー
プにより検出された角回転量を示す手段」(以下,単に「角回転量を示す手
段」ということがある。)である点で一致すると認定したが,誤りである。
()本願発明は,「角速度感知構造体」,「角回転量を示す手段」を構成要素2
とし,両者は別体を構成するものである。このことは,特許請求の範囲にお
いて「前記角速度感知構造体の少なくとも一部の前記同時の縦運動を感知し,
前記感知した同時の縦運動に比例する電圧出力信号を発生する手段であって,
前記電圧出力手段が前記ジャイロスコープにより検出された角回転量を示す
手段」とされており,また,本件明細書の「発明の詳細な記述」欄の実施例
において,「ブリッジ電極70,72」又は「感知電極74,76」が「角
速度感知構造体14」とは別体に構成されていることから明らかである。そ
して,このような構成をとることにより,本願発明は,「角速度感知構造
体」(実施例にいう振動構造体38,40)の振動から隔絶されているので
ある。
()一方,引用発明では,「角速度Ωを示すコリオリ力検出部14」は,本願3
発明の「角速度感知構造体」の一部に相当するから,「ループ状の検出コイ
ル16」が,本願発明の「角回転量を示す手段」に相当する。ところで,
「ループ状の検出コイル16」は,「慣性変換部8」と一体化されているか
ら,「フレーム7」と一体化されていることになる。
そうすると,「慣性変換部8」と一体化されている引用発明の「ループ状
の検出コイル16」と,「角速度感知構造体」とは別体である本願発明の
「角回転量を示す手段」が一致するということはできない。そして,この相
違点に係る本願発明の構成が顕著な作用効果を奏することは,後記3()の5
とおりである。
()以上のとおり,審決には,相違点を看過した違法があり,その結論に影響4
を及ぼすことは明らかである。
3取消事由3(相違点についての判断の誤り)
()審決は,相違点(角速度感知構造体を架設した部材について,本願発明で1
は,「角速度感知構造体を架設したベース領域を含む基板」であるのに対し,
引用発明では,「角速度感知構造体と一体に形成されたフレーム7」である
点。)について,「振動式角速度計において,コリオリ力を検出する検出部
を凹部を有する基板上に架設する構成は周知である(例えば,特開昭60-
113105号公報参照。)。そして,該周知の構成における基板の検出部
を架設した領域が,本願発明における『ベース領域』に相当するということ
ができる。そうしてみると,刊行物1に記載された発明(注,引用発明)に
おいて,一体形成されたフレーム7に角速度感知構造体を架設することに代
えて,基板にベース領域を有するものを採用し,該ベース領域を有する基板
に角速度感知構造体を架設して本願発明の構成とすることは,当業者が容易
に想到し得るところと言えるものである。」(審決謄本5頁最終段落~6頁
第3段落)と判断したが,誤りである。
()審決が周知文献として引用する上記の特開昭60-113105号公報2
(甲14,以下「甲14公報」という。)では,シリコン半導体基板5の上
面に酸化絶縁膜6を形成し,さらに,その上に金属蒸着とエッチングにより
第1電極9,第2電極13,14を一体に形成する。このように形成された
第1電極9が慣性変換部を構成し,第2電極13,14がコリオリ力検出部
を構成する。したがって,甲14公報の慣性変換部(振動部)やコリオリ力
検出部は,具体的には,基板5表面の絶縁膜6上に直接形成されたごく薄い
金属膜であるから,「振動式角速度計において,コリオリ力を検出する検出
部を凹部を有する基板上に架設する構成」(以下「本件周知技術」とい
う。)は周知であるとする審決の認定は,誤りである。
()被告は,米国特許第5016072号明細書(乙1,対応する日本語公報3
は特表平5-502945号公報,以下「乙1公報」という。)及び特開昭
63-172915号公報(乙2,以下「乙2公報」という。)を提出して,
本件周知技術が周知であることを立証しようとしている。
しかし,乙1公報は,回転による振動体であって音叉型ではなく,乙2公
報は,板ばね等を用いるものであって,基板のベース領域に架設するような
構造ではなく,従来の機械的な角速度センサーにすぎない。したがって,乙
1及び2公報は,本願発明のような「角速度感知構造体」と同様に基板上に
架設された音叉型のジャイロスコープではないから,引用発明と組み合わせ
るべき周知例を裏付けるものとはなり得ない。
()また,引用発明では,フレーム7は,慣性変換部等が一体化されているの4
であるから,「刊行物1に記載された発明(注,引用発明)において,一体
形成されたフレーム7に角速度感知構造体を架設することに代えて,基板に
ベース領域を有するものを採用」(審決謄本6頁第3段落)するということ
は,フレーム7と一体化されている慣性変換部等を分離するということであ
るが,そのような再度の分離は当業者において容易に想到し得るものではな
い。
さらに,引用例及び甲14公報は,出願人及び主たる発明者がいずれも同
一であって,しかも出願日が2か月程度しか離れていない公開特許公報であ
るところ,その内容をみると相互の技術について何らの言及もなく,その上,
当該出願人,発明者は本願発明に係る出願はしていないことからすると,当
業者において,引用発明と本件周知技術とを組み合わせるのに困難を伴うも
のというべきである。
()前記2()のとおり,本願発明において,「角速度感知構造体」は,「ベ52
ース領域」に架設されており,「角回転量を示す手段」とは別体を構成する
ものであるところ,このような構成をとることにより,静電容量変化を検知
する本願発明の「角回転量を示す手段」は,「角速度感知構造体」の振動か
らは隔絶されるので,その振動の影響が「ブリッジ電極70,72」又は
「感知電極74,76」に及ぶことが少ないという顕著な作用効果を奏する。
()以上のとおり,審決には,相違点についての判断を誤った違法がある。6
4取消事由4(拒絶理由通知の欠如)
()平成14年2月5日付け(発送)の拒絶理由通知書(甲5)は,本願発明1
(請求項46に係る発明)を拒絶する理由について,特許法29条2項の規
定を挙げた上,「オープンエンド,クローズドエンドの音叉をシリコン基板
上にエッチングで形成する振動ジャイロは引用例1(第2図,第4図参照)
(注,甲14公報),引用例2(第5図,第9図,第10図参照)(注,引
用例)に開示されている。」と記載するのみであって,あまりにも簡単な拒
絶理由であって,出願人である原告において理解困難であり,本願発明につ
いて,具体的に拒絶の理由を述べているとはいえない。
拒絶理由通知書の理由1は,本願発明について,上記のとおり,具体的に
拒絶の理由を構成しておらず,単に拒絶の適用条文を挙げたのみであるから,
拒絶理由通知と審決の理由とは,実質上全く異なっている。
そうすると,本件においては,拒絶理由通知を欠いているか,あるいは,
拒絶理由通知と審決の理由とが実質上全く異なっているというべきであって,
審決が拒絶理由を更に敷衍したものとみるのは困難であり,したがって,原
告に意見陳述の機会を与えずに審決がされたともいうべきである。
()被告は,原告提出の平成14年8月5日付け意見書(甲6)をもって,原2
告が特許法29条2項により拒絶されたことを認識していた旨主張するが,
拒絶査定における当該理由付けが審決と相違していることに変わりはなく,
実質的に原告に対して拒絶理由通知がされていたと認めることはできない。
原告は,本願発明について,その特許請求の範囲の請求項の語句の意味に
あいまいなところがあるなどの疑念があった上,拒絶理由通知書で拒絶理由
を発見し得ない請求項が指摘されていたため,当該請求項のみに限定するこ
とも考慮していたところ,補正の機会が与えられなかったものである。
()以上のとおり,審判合議体は,拒絶理由通知と実質的に異なる理由の審決3
をするのであれば,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に従っ
て再度の拒絶理由を出願人である原告に通知し,意見書,補正書を提出する
機会を与えるべきであったから,これをせずにした審決には,法令違背の瑕
疵がある。
5取消事由5(判断の遺脱)
()原告は,審判理由補充書において補正の提案をし,さらに審判の審理過程1
で,上申書を提出し,補正の可否の提案をしたところ,全く顧慮されること
なく審決がされ,審決中の最後段のなお書きにおいて,「審判請求人は審判
請求書において特許請求の範囲に対する補正案を提示し,該補正案をもとに
引用発明との差異を縷々主張しているが,補正案に記載された発明は本願発
明とは別異の発明である以上,その主張も本願発明とは別異の発明に対する
主張である故,審判請求人の主張は採用し得ない。」とされたのみであった。
原告が,本願発明の特許性に重大な影響があると思われる補正を原告が提
案し,さらに上申書で重ねて提案したにもかかわらず,審判では別異の発明
であるとして審理判断をしなかったものであり,審決の結論に重大な影響を
及ぼすことが明らかな事項につき判断を遺脱した違法がある。
()被告は,原告は,補正の機会が十分に与えられており,漫然とその機会を2
利用しなかったにもかかわらず,時機を逸してから,上申書で補正を認める
ように主張している旨反論する。
原告は,補正案による特許を希望していたのであるが,拒絶理由通知のな
お書の内容から,同じ補正をしても,いわゆる審査前置制度による審理にお
いて特許査定される見込みがほとんどないために,同制度を利用しなかった
にすぎない。また,前置審査を利用するとそれだけ審理が遅れる。そこで,
被告提唱の審理・処理促進の観点から,直ちに審理を開始させるべく,審判
請求時に補正をしなかったのであり,このこと自体は,なんら非難されるよ
うな違法性は存し得ない。このような事情のもとでは,審判請求時の補正の
規定を利用することなく,つまり,審判請求時に補正をせずに,審判請求書
においてその旨の主張をすることは,審判手続の公平性を損なうものではな
く,また審判で補正をすること自体について特に特許法において排斥されて
いるものでもない。
したがって,本件の場合,補正の機会が十分に与えられていたとはいい難
く,また,原告がその機会を利用しないことに合理的な理由があったものと
いうべきである。
第4被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(相違点の看過())について1
()本願発明を認定するに際しては,特段の事情のない限り,願書に添付した1
明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,本願発明の特
許請求の範囲の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,
あるいは,一見してその記載が誤記であることが明細書の発明の詳細な説明
の記載に照らして明らかであるなどの特段の事情がある場合に限って,明細
書の発明の詳細な説明の記載を参酌することが許されるにすぎないというべ
きである。
そこで,本願発明の「架設」を検討すると,本願発明における「角速度感
知構造体」と「基板」との関係から,「架設」が,「ベース領域を含む基
板」に「角速度感知構造体」を「少なくとも一部の同時の縦運動をゆるすよ
うに支持」することを意味することは明らかであり,ここに「縦運動をゆる
す」ためには,「角速度感知構造体」と「基板」との間に所定の空隙がある
ように支持されれば十分であるということができる。そうすると,本願発明
の「架設」の技術的意義は,一義的に明確であるから,本件明細書の発明の
詳細な説明の記載を参酌すべき特段の事情はない。
()原告は,出願原文を参照することは許されるべきであるとし,本願発明の2
「角速度感知構造体を架設したベース領域を含む基板」に対応する出願原文
asubstrateincludingabaseregionoverwhichissuspendedanangularrateが「
」であり,「」が「架設」に当たる旨主張する。sensitivestructuresuspended
しかし,本件出願は,1992年(平成4年)9月11日を国際出願日と
する出願であり,これについて適用される平成6年法律第116号による改
正前の特許法184条の4第4項の規定によれば,出願翻訳文に記載されて
いないものは,国際出願日における外国語特許出願の明細書若しくは請求の
範囲に記載されていなかったものと,又は図面の中の説明がなかったものと
みなされる。すなわち,国際特許出願の処理を行なうに当たっては,日本語
による翻訳文に基礎がおかれるのであって,英語の原文に基礎がおかれるわ
けではない。したがって,原告の上記主張は,失当である。
()仮に,本願発明の「架設」の意味として,上記「支持」することに加えて,3
「角速度感知構造体」と「基板」とを別体で構成することを含むとしても,
審決において認定された相違点は,「本願発明では,『角速度感知構造体を
架設したベース領域を含む基板』であるのに対し,刊行物1に記載された発
明は,『角速度感知構造体と一体に形成されたフレーム7』である」という
ものであるから,実質的に相違点の看過はない。
2取消事由2(相違点の看過())について2
原告は,引用発明では,「角速度Ωを示すコリオリ力検出部14」は,本願
発明の「角速度感知構造体」の一部に相当するから,「ループ状の検出コイル
16」が,本願発明の「角回転量を示す手段」に相当すると主張するが,失当
である。
引用例の「ループ状の検出コイル16」は,「コリオリ力検出部14」を構
成する一部品であり,角速度Ωに比例したコリオリ力による振動(縦運動)が
コリオリ力検出部14に発生し,その振動により検出コイル16に誘起された
信号を測定することにより角速度Ωを計測できるのである。そして,「検出コ
イル16」が「コリオリ力検出部14」の一部であることからみて,「コリオ
リ検出部14」は,「縦振動する角速度感知構造体の少なくとも一部」である
とともに「角回転量を示す手段」でもある。また,引用例(甲13)には,
「検出部14の面上にフォトリソグラフィー等で板状の電極を形成し,これに
近接して配置した固定電極間との静電容量変化を用いる手段でも実現できる」
(3頁右下欄第2段落)との記載事項もある。
また,本願発明の「角速度感知構造体」,「角回転量を示す手段」が別体を
構成するとする原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであっ
て,失当である。
したがって,引用発明の「角速度Ωを示すコリオリ力検出部」が,本願発明
の「角回転量を示す手段」に相当するとした審決の認定に誤りはない。
3取消事由3(相違点についての判断の誤り)について
()「振動式角速度計において,コリオリ力を検出する検出部を凹部を有する1
基板上に架設する構成は周知である」(本件周知技術)が周知であることは,
乙1,乙2公報からも明らかである。
すなわち,甲14公報,乙1,2公報には,本願発明の「振動式角速度感
知構造体」に相当する「第1電極」,「トランスデューサ素子18」及び
「振動体(11)」が,本願発明と同じ意味で架設されている。そして,甲
14公報の「第1電極」は,「基板5」と間隙部7を介して対向しており,
乙1公報の「トランスデューサ素子18」,乙2公報の「振動体(11)」
も,基板等との間に空げき14やギャップが存在する。
したがって,審決が「コリオリ力を検出する検出部を凹部を有する基板上
に架設する構成は周知である」としたことに誤りはない。
()本願発明の「架設」は,上記1で述べたとおり,「縦運動をゆるすように2
支持」を意味するにすぎない。本願発明の「ベース領域」は,基板において
検出部である角速度感知構造体を架設した領域を意味することが明らかであ
るので,「該周知の構成における基板の検出部を架設した領域が,本願発明
における『ベース領域』に相当するということができる。」(審決謄本6頁
第2段落)とした審決の判断にも誤りはない。
()本願発明は,物の発明であり,角速度感知構造体と基板の構造が一体であ3
れ,別体であれ,機能に異なるところはないので,一体化により架設するか,
それとも,別体のものを架設するかは,乙1,2公報に照らすと,当業者で
あれば,適宜選択し得る設計的事項にすぎないものというべきである。した
がって,「刊行物1に記載された発明において,一体形成されたフレーム7
に角速度感知構造体を架設することに代えて,基板にベース領域を有するも
のを採用し,該ベース領域を有する基板に角速度感知構造体を架設して本願
発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得るところと言えるもので
ある。」(審決謄本6頁第3段落)とした審決の判断に誤りはない。
()本願発明の奏する効果は,引用発明の効果及び本件周知技術の効果に比べ4
て格別なものとはいえず,当業者の予測し得る範囲のものである。
したがって,本願発明は,引用発明及び本件周知技術に基づいて,当業者
が容易に発明をすることができたものであるから,審決の相違点についての
判断に誤りはない。
4取消事由4(拒絶理由通知の欠如)について
()原告は,平成14年2月5日付け(発送)の拒絶理由通知書があまりにも1
簡単な拒絶理由であって,出願人である原告において理解困難であった旨主
張するが,原告提出の同年8月5日付け意見書(甲6)には,「5.理由
本願に対する平成14年1月25日付け(発送日:平成14年2月5日)の
拒絶理由通知に対し,次の様に意見を申し述べます。審査官殿は請求項1~
13,41,46-49,51~54,請求項25~32,38~40,請
求項35~37及び44に記載の発明は,第29条第2項に規定する発明に
該当する・・・として拒絶理由を通知されました。しかしながら,期限内に
意見書及び明細書等を補正した手続補正書を提出することができませんでし
た。」などと記載されており,その記載内容から,原告において,本願発明
について,「引用例1特開昭60-113105号公報」(注,甲14公
報),「引用例2特蘭昭60-73414号公報」(注,引用例),「引
用例3特開平3-122518号公報」,「引用例4特開昭63-17
2915号公報」(注,乙2公報)を根拠として特許法29条2項の理由に
より拒絶されていると認識していたことは明らかである。
()原告は,審判合議体は,特許法159条2項で準用する同法50条の規定2
に従って再度の拒絶理由を出願人である原告に通知し,意見書,補正書を提
出する機会を与えるべきであった旨主張する。
しかし,審決の理由に用いた引用例及び本件周知技術は,それぞれ,拒絶
査定の理由として既に引用され通知されたものであり,両者の拒絶の理由は
異なるものではない。したがって,原告に対し,拒絶理由通知によって実質
的に通知がされていると認められるので,原告の主張は,その前提を欠く。
5取消事由5(判断の遺脱)について
原告は,審判理由補充書において補正の提案をし,さらに審判の審理過程で,
上申書を提出し,補正の可否の提案をしたところ,全く顧慮されることなく審
決がされた旨主張する。
しかし,特許法17条の2第1項4号によると,拒絶査定に対する審判請求
人は,その審判請求の日から30日以内に願書に添付した明細書又は図面につ
いて補正をする機会が与えられている。それにもかかわらず,原告は,平成1
5年2月3日の拒絶査定不服審判の請求の日から30日以内に手続補正書を提
出しておらず,平成15年5月15日付けの補正後の審判請求書の請求の理由
(甲10)において,補正が許可されることを前提に補正案を下敷きに請求の
理由をるる述べているだけである。
原告は,補正の機会が十分に与えられており,漫然とその機会を利用しなか
ったにもかかわらず,時機を逸してから,上申書で補正を認めるように主張し
ていることになるが,このような主張を採用して手続補正を認めることは,審
判手続の公平性を甚だしく損なうものであり特許法の予定とするところではな
い。
したがって,審判合議体がこのような原告の主張を採用せずに審決をしたか
らといって,上申書が特許法にない手続であること,及び,上述した原告の態
様を考慮すれば,審判合議体が審理判断を遺脱したとは到底いうことができな
い。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(相違点の看過())について1
()審決は,本願発明の「角速度感知構造体を架設したベース領域を含む基1
板」との記載中の「架設」の語が「ベース領域を含む基板」に掛かると解釈
し,それを前提に,本願発明と引用発明とが「角速度感知構造体を架設した
部材」である点で一致すると認定したのに対し,原告は,本願発明の「架
設」は,「基板」に「架設」されているのではなく,「ベース領域」に「架
設」されているものであり,審決は,一致点の認定を誤り,相違点を看過し
ている旨主張する。
()本願発明の「角速度感知構造体を架設したベース領域を含む基板」におけ2
る「角速度感知構造体」は,特許請求の範囲の記載によれば,「第1の面内
に配置され,少なくとも第1と第2の振動構造体を含み,前記第1と第2の
振動構造体が互いに概ね近接し,平行に配設されて」おり,「前記角速度感
知構造体の少なくとも一部の前記同時の縦運動を感知」するものであって,
「前記第1の面に直角な第2の面に平行な方向」に縦運動するものであるこ
とが認められる。
念のため,本件明細書(甲3添付)の「発明の概要」欄をみると,「この
発明は,少なくとも一つの回転感知(検知)軸まわりの角回転を検出する集
積し,ダブル歯で,クローズエンドのマイクロメカニカル音叉ジャイロスコ
ープを特徴とする。そのようなジャイロスコープは,ピットが選択的にエッ
チングされ,それにエッチングされていないシリコン構造体がサスペンドさ
れている単一のシリコン基板から製造される。エッチングされていないシリ
コン構造体は,第1の面内に配置され,少なくとも第1と第2の振動構造体
を含む。第1と第2の振動構造体は,互いに概ね隣接し,平行に配置されて
いる。第1と第2の振動構造体の各々は,関連した振動構造体と一体の質量
体を含む。」(2頁第1~第2段落)との記載があり,ここに「エッチング
されていないシリコン構造体は,第1の面内に配置され,少なくとも第1と
第2の振動構造体を含む。第1と第2の振動構造体は,互いに概ね隣接し,
平行に配置されている。」という「シリコン構造体」が本願発明の「角速度
感知構造体」に該当するものと認められる。
()「架設」の語は,一般に,「かけわたすこと。橋や電線などを設備するこ3
と。」(広辞苑第5版),「支えを設けて一方から他方へかけ渡すこと」
(大辞林第2版)などといった意味を有するものとされている。
本願発明の特許請求の範囲の「前記少なくとも第1と第2の振動構造体の
前記横方向の振動が前記第1の回転感知軸を軸として,前記ジャイロスコー
プが角回転すると,前記第1の面に直角な第2の面に平行な方向に前記角速
度感知構造体の少なくとも一部を同時に縦運動させる駆動手段」との記載に
よれば,「架設」とは,「角速度感知構造体の少なくとも一部」が,「ジャ
イロスコープが角回転すると,前記第1の面に直角な第2の面に平行な方向
に・・・縦運動させる」ことができるようにされていることが必要であるが,
特許請求の範囲の記載上,それ以上の制限はない。したがって,「架設」と
は,角速度感知構造体において自在に縦運動をすることができるようにかけ
渡されていることを要するものと解すべきである。
ところで,「角速度感知構造体を架設したベース領域を含む基板」という
とき,「架設」が「ベース領域」に掛かるのか,「ベース領域を含む基板」
に掛かるのか必ずしも明確ではない。
本件明細書の「発明の概要」欄をみると,上記のとおり,「ピットが選択
的にエッチングされ,それにエッチングされていないシリコン構造体がサス
ペンドされている単一のシリコン基板」(2頁第1段落)との記載があり,
選択的にエッチングされた「ピット」に「エッチングされていないシリコン
構造体がサスペンドされている」というのであり,ここにいう「サスペン
ド」が本願発明の「架設」に当たり,「ベース領域」が「ピット」に当たる
ことが明らかであるから,「シリコン構造体」が直接に「架設」されている
のは,「ピット」であり,「シリコン基板」ではない。
ちなみに,本願発明の特許請求の範囲の「角速度感知構造体を架設したベ
asubstrateース領域を含む基板」との記載に対応する出願原文をみると,「
includingabaseregionoverwhichissuspendedanangularratesensitive
」とされており,ここにいう「」が「」すなわstructuresuspendedabaseregion
ち「ベース領域」に掛かっていることは,明らかである。
被告は,本件出願について適用される平成6年法律第116号による改正
前の特許法184条の4第4項の規定によれば,出願翻訳文に記載されてい
ないものは,国際出願日における外国語特許出願の明細書若しくは請求の範
囲に記載されていなかったものと,又は図面の中の説明がなかったものとみ
なされるから,出願原文を参照することは許されるべきでない旨主張する。
しかし,ここで問題となっているのは,出願翻訳文に記載されている「架
設」の技術的意義であり,その正しい意味内容を探るために,出願原文を参
酌することは,何ら差し支えないと解すべきである。
()一方,引用発明が,「Z軸を軸とする角速度を検出するフォトリソグラフ4
ィと異方性エッチング技術により微細加工した音叉振動子を用いた振動式角
速度計であって,以下を備えるもの:慣性変換部8(注,「慣性変換部
S」とあるのは誤記と認める。)と当該慣性変換部を支持するフレーム7と
を一体形成した基板;フレーム7の面内に配置され,一対の音叉振動子
8a,8b(注,「音叉振動子Sa,Sb」とあるのは誤記と認める。)が
互いに概ね近接し,平行に配設されている慣性変換部8;一対の音叉振
動子8a,8bを励振し,振動方向d,d’に振動させるためのもので,Z
軸に角速度が印加されると,一対の音叉振動子8a,8bの振動方向d,d’
の振動が振動方向d,d’に対して直角方向に角速度Ωに比例した振幅のコ
リオリ力によりコリオリ力検出部14に振動を発生させるカプス状の対向電
極10a,10b及び発振回路,および,コリオリ力による振動を検出し,
該振動の速度に比例した交流信号を発生し,該交流信号が角速度Ωを示すコ
リオリ力検出部14」(審決謄本4頁第3段落)との構成を有するものであ
ることは,当事者間に争いがない。
引用発明の「フレーム7の面内に配置され,一対の音叉振動子8a,8b
が互いに概ね近接し,平行に配設されている慣性変換部8」が本願発明の
「第1の面内に配置され,少なくとも第1と第2の振動構造体を含み,前記
第1と第2の振動構造体が互いに概ね近接し,平行に配設されている前記角
速度感知構造体」に相当することは明らかであるところ,「慣性変換部8と
当該慣性変換部を支持するフレーム7とを一体形成した基板」とあるとおり,
「慣性変換部8」と「フレーム7」とが基板から一体成形されているもので
あるから,これが本願発明の「架設」に当たるとするのは困難である。
()しかし,審決は,本願発明と引用発明とが「角速度感知構造体を架設した5
部材について,本願発明では,『角速度感知構造体を架設したベース領域を
含む基板』であるのに対し,刊行物1に記載された発明(注,引用発明)は,
『角速度感知構造体と一体に形成されたフレーム7』である点」(審決謄本
5頁下から第3段落)で相違していると認定していることからすれば,本願
発明と引用発明とが「角速度感知構造体を架設した部材」である点で一致す
ると認定したことは,「架設」という用語を一致点として使用した点で,必
ずしも適切とはいえないものの,相違点において,引用発明が一体形成であ
ることを摘示しているのであるから,一致点,相違点を総合的にみれば,
「角速度感知構造体を架設したベース領域を含む基板」との構成に掛かる審
決の認定に誤りはないものというべきである。
したがって,原告主張の取消事由1は,理由がない。
2取消事由2(相違点の看過())について2
()原告は,本願発明において,「角速度感知構造体」と「角回転量を示す手1
段」とは別体を構成しているのに対し,引用発明においては,「角速度感知
構造体」の一部に相当する「角速度Ωを示すコリオリ力検出部14」と「角
回転量を示す手段」に相当する「ループ状の検出コイル16」とは一体であ
って,相違点というべきところ,審決はこの点を看過している旨主張する。
()しかし,本願発明の特許請求の範囲の「前記角速度感知構造体の少なくと2
も一部の前記同時の縦運動を感知し,前記感知した同時の縦運動に比例する
電圧出力信号を発生する手段であって,前記電圧出力手段が前記ジャイロス
コープにより検出された角回転量を示す手段」は,もっぱら機能,作用によ
って特定されており,「角速度感知構造体」と「角回転量を示す手段」の位
置関係については何らの記載もしていない。
念のため,本件明細書の「発明の概要」欄をみると,「エッチングされて
いないシリコン構造体の回転を感知する手段が,エッチングされていないシ
リコン構造体の垂直または回転運動を感知するために,そして,エッチング
されていないシリコン構造体に生ずる回転運動に比例する電圧を与えるため
に,音叉ジャイロスコープによって検出される回転の角速度を指示するため
に設けられる。」(2頁最終段落)との記載があり,「発明の詳細な記述」
欄には,「一つの実施例において,エッチングされていないシリコン構造体
14の回転感知軸44を軸としての回転感知機能は,ブリッジ感知電極70,
72により達成され,他方,埋設された感知電極74,76を利用するノン
エッチのシリコン構造体14の感知機能およびクローズトループ・リバラン
ス機能も本発明により企図されている。ブリッジ電極70,72は,シリコ
ン基板10からエッチングされたピット12を越えてアウター領域68,6
9のエリアにおけるノンエッチのシリコン構造体へ達している。典型的には,
ブリッジ電極70,72は,ノンエッチのシリコン構造体の上に約2~10
ミクロンの間隔をおいて位置している。該ブリッジ電極は,静電感知電子回
路78に結合しており,該回路は,感知電極と隣接するノンエッチのシリコ
ン構造体との間の微分キャパシタンスを検知してノンエッチのシリコン構造
体の回転量を測定する。」(8頁第2~第3段落)との記載がある。
上記記載によれば,本願発明においては,ブリッジ感知電極70,72と
感知電極74,76との間に位置するシリコン構造体14が縦運動すること
による位置の変化を,上記感知電極とシリコン構造体14との間の微分キャ
パシタンスの変化として検知するものであるから,「シリコン構造体14」,
「ブリッジ感知電極70,72」,「埋設された感知電極74,76」等の
全体が,本願発明にいう「前記角速度感知構造体の少なくとも一部の前記同
時の縦運動を感知し,前記感知した同時の縦運動に比例する電圧出力信号を
発生する手段であって,前記電圧出力信号が前記ジャイロスコープにより検
出された角回転量を示す手段。」に該当するものというべきである。
したがって,本願発明の「角速度感知構造体」と「角回転量を示す手段」
は,一体となって初めて感知機能を奏するのであって,これは,本願発明の
特許請求の範囲において,「角速度感知構造体」と「角回転量を示す手段」
の位置関係については何らの制限もしていないことを裏付けるものというべ
きである。
()原告は,引用発明では,「角速度Ωを示すコリオリ力検出部14」は,本3
願発明の「角速度感知構造体」の一部に相当するから,「ループ状の検出コ
イル16」が,本願発明の「角回転量を示す手段」に相当するところ,「ル
ープ状の検出コイル16」は,「慣性変換部8」と一体化されているから,
「フレーム7」と一体化されていることになり,したがって,「慣性変換部
8」と一体化されている引用発明の「ループ状の検出コイル16」と,「角
速度感知構造体」とは別体である本願発明の「角回転量を示す手段」が一致
するということはできないと主張する。そこで,引用発明について,更に検
討すると,引用例(甲13)には,次の記載がある。
ア「フォトリソグラフィとエッチング加工法により,同一基板上に振動に
よる慣性変換部とコリオリ力検出部とを一体に形成したことを特徴とする
振動式角速度計。」(特許請求の範囲())1
イ「本発明(注,引用発明)は従来技術の上記問題点を解消し,小型で製
作精度が高く,安定性,信頼性に優れた振動式の角速度計の提供を目的と
するものであり,その構成上の特徴は,フォトリソグラフィとエッチング
加工法により,同一基板上に振動による慣性変換部とコリオリ力検出部と
を一体に形成したことにある。」(2頁右上欄最終段落~左下欄第1段
落)
ウ「14は慣性変換部の音叉振動子8a,8bの結合部に一体に延長形成
された板状のコリオリ力検出部であり,上記結合部と反対側は軸Zを含む
第2のリガメント15を介してフレーム7に支持されている。16は変換
部14の片面にスパッタとエッチング加工法で形成されたループ状の検出
コイルであり・・・。Z軸に角速度が印加されると,音叉振動子8a,8
bの振動方向d,d’に対して直角方向に角速度Ωに比例した振幅のコリ
オリ力による振動が矢印e,e’に示す方向にコリオリ力検出部14に発
生する。矢印Bは検出コイル16と平行に供給される磁界であり,フレー
ム7と一体に動く部材に取り付けられた永久(電磁石)手段等で供給され
る。従って検出コイル16のe,e’方向の振動により,コイルのループ
はこの磁束Bを周期的に切ることになり,検出コイルにはコリオリ力検出
部14の振動の速度に比例した交流信号が誘起され,この信号によりコリ
オリ力即ち角速度Ωを測定することができる。」(3頁右上欄末行~右下
欄第1段落)
()引用例の上記記載によれば,引用発明において,慣性変換部とコリオリ力4
検出部とは一体に形成されており,慣性変換部は,音叉振動子8a,8bか
ら成り,その延長上にコリオリ力検出部が形成され,検出コイル16は,コ
リオリ力検出部14の片面にスパッタとエッチング加工法でループ状に形成
されていることが認められる。検出コイル16に交流電流が誘起されるので
あるが,検出コイル16は,コリオリ力検出部14の片面に一体に形成され
ており,コリオリ力検出部14の一部となっているのである。そして,一体
の構成となっている検出コイル16とコリオリ力検出部14とを分離し,コ
リオリ力検出部14でなく,その一部を構成する検出コイル16が,本願発
明の「前記角速度感知構造体の少なくとも一部の前記同時の縦運動を感知し,
前記感知した同時の縦運動に比例する電圧出力信号を発生する手段であって,
前記電圧出力信号が前記ジャイロスコープにより検出された角回転量を示す
手段」に相当すると考えなければならない合理的理由は存在しない。
ちなみに,引用発明においては,慣性変換部及びコリオリ力検出部14の
振動により検出コイル16が振動すると,検出コイル16が永久(電磁石)
手段等で供給される磁束を切り,交流信号を誘起するというものであり,
「慣性変換部」,「コリオリ力検出部14」,「検出コイル16」,「永久
(電磁石)手段」等の全体が一体となって初めて感知機能を奏するのであり,
本願発明にいう「前記角速度感知構造体の少なくとも一部の前記同時の縦運
動を感知し,前記感知した同時の縦運動に比例する電圧出力信号を発生する
手段であって,前記電圧出力信号が前記ジャイロスコープにより検出された
角回転量を示す手段。」に該当するものということができる。
したがって,本願発明と引用発明は,「慣性変換部」の運動を検知する具
体的な方法が,前者は微分キャパシタンスの変化,後者は交流信号の誘起で
あるという点を除けば変わるところがない。
そして,引用例(甲13)には,「コリオリ力の検出手段は,このように
コイルによる電磁誘導的な手段の他,検出部14の面上にフォトリソグラフ
ィー等で板状の電極を形成し,これに近接して配置した固定電極間との静電
容量変化を用いる手段でも実現できるし,・・・コリオリ力により発生する
圧電気による起電力を測定することもできる。更に・・・光学的に振動を検
出することも可能であって,種々の変位検出手段を用いることができる。」
(3頁右下欄第2段落)との記載があり,コリオリ力の検出手段としては,
引用発明の電磁誘導的な手段(交流信号の誘起),本願発明と同様の「固定
電極間との静電容量変化を用いる手段」など種々の手段があるのである。
したがって,本願発明と引用発明とが「角速度感知構造体」と「角回転量
を示す手段」との位置関係について,異なるところはない。
()そうすると,「角速度感知構造体」と「角回転量を示す手段」とが本願発5
明では別体であり,引用発明では一体であるとして,相違点の看過をいう原
告の取消事由2の主張は,採用の限りでない。
3取消事由3(相違点についての判断の誤り)について
()審決は,「振動式角速度計において,コリオリ力を検出する検出部を凹部1
を有する基板上に架設する構成は周知である(例えば,特開昭60-113
105号公報参照。)」(審決謄本5頁最終段落~6頁第1段落)と認定し
たのに対し,原告は,これを争うので検討する。
()甲14公報には,「本発明は航空機等の移動体の姿勢制御信号源として必2
須な角速度計に関する。特にコリオリ力を利用した振動式角速度計の新規な
構成に関し,小形,高精度で信頼性の高い角速度計を提供する。」(1頁左
下欄下から第2段落),「以下実施例に基づいて本発明の構成を説明する。
第2図において,5は長方形のシリコン等の半導体基板,6はこの基板上に
形成されたSiO等の絶縁膜,7はこれら両者の中央部において基板をエ2
ッチングして形成された間隙部,Dはその間隙部の距離を示す。8は絶縁膜
6の中央部を間隙部7に貫通して長手方向に形成された小判形の穴,9はこ
の小判形穴8のまわりに絶縁膜6上に形成されて穴8の縁に沿った長手方向
に電気抵抗が高くなるような狭部9,9を有する第1電極であり,慣性変ab
換部を構成している。・・・13及び14は絶縁膜6上に形成されたコリオ
リ力検出用の第2電極で,第1電極9の狭部9a,9bの外側に一定の面積
を有して形成されており,基板5と間隙部7を介して対向し,両者間に夫々
静電容量C,C(Cは図示せず)が形成されている。15,16はこれ122
ら第2電極にボンディングで接続されたリード線を示す。」(2頁右上欄第
2段落~左下欄第1段落),「交流発振器12は一定周期Tを有するパルス
電流・・・を・・・第1電極9の狭部9,9に供給する。・・・パルスのab
オン期間に発熱して小判形穴の周囲が膨張し,絶縁膜6は小判形穴8の中心
部に向かって矢印vで示す方向にたわむ。・・・オフ期間では発熱が無いの
で・・・反動としてvとは反対方向のv’方向にたわむ。この結果小判形穴
8の周囲は,周期Tで矢印v,v’で示すような絶縁膜6の面内方向の振動
が発生する。尚このような発熱による周期的な膨張を利用した振動発生の技
術は公知である。慣性変換部を形成する小判形穴8の周辺部が上記のごとき
振動を維持している状態において,軸Zが角速度Ωをもって回転すると,こ
の振動速度と角速度Ωの積に比例したコリオリ力Fが小判形穴8の外側部C
分即ち第2電極13,14の部分に発生する。・・・このようなコリオリ力
Fの発生によって第2電極13,14は基板5に対してその対向間隙の距C
離Dを周期的に変化させるように互いに逆位相で振動するので,基板5との
間に形成されている静電容量C,Cも差動的に変化する。」(2頁右下欄12
最終段落~3頁左上欄第2段落)との記載があり,第2図には,直方体の半
導体基板5の長手方向の中央部が両端に比べて一段と低くなって凹部を形成
しており,この凹部をまたいで第1電極,第2電極が掛け渡されており,こ
れらの両端は半導体基板5に接しているが,中央部は,上記凹部の存在によ
り,間隙部7を形成していることが図示されている。
上記記載及び図示によれば,その慣性変換部を構成している第1電極は,
半導体基板5の中央にエッチングして形成された間隙部7をまたいで,半導
体基板5の両端に掛け渡されているものであり,そして,この慣性変換部を
構成している第1電極の回転によって第2電極にコリオリ力が発生するもの
である。
したがって,第1電極は,角速度感知構造体において縦運動することが自
在に,半導体基板5の両端に掛け渡されていることが認められる。
()乙1公報は,「半導体チップのジャイロトランスデューサ」に係る発明で3
あるが,その明細書の発明の詳細な説明中には,「微小機構ジャイロトラン
スデューサ10は,N型シリコン塊12から形成される。・・・シリコン塊
12の選択性エッチングにより,空げき14がシリコンフレーム16内に形
成される。P型にドープされ,選択性エッチングの結果としてシリコン塊1
2から取り出されたトランスデューサ素子18は,空げき14の上方に掛留
されている(注:乙1公報の原文である米国特許第5016072号明細書
の記載は,「」である。)。外側部32およびissuspendedabovethevoid14
内側部34から成るトランスデューサ素子18は,同様に選択性エッチング
によって取り出され,トランスデューサ素子18の外側部32をシリコンフ
レーム16と結合する第1可撓性連結手段を形成する可撓性リンクまたは撓
み片20および22によって支持されている。各撓み片20および22は,
シリコンフレーム16から突出し,第1端部24および26を有する。撓み
片20および22の各第2端部28および30は,トランスデューサ素子1
8の第1ジンバル板32に接続している。撓み片20および22によって撓
み自在に支持された第1ジンバル板32は,撓み片20および22を通過す
るX軸を中心として一定範囲で回転しうる性質を有する。」(3頁右上欄第
2段落),「第1ジンバル板32は,X軸を中心として,一定振動数で,か
つ,一定角度振幅で振動させられる被駆動部材である。・・・静電トルクを
発生させるために外側埋込電極50,56に適当な交流DC電圧を加えるこ
とによって,第1ジンバル板32の振動が誘起される。」(同頁右下欄第2
段落)との記載がある。
上記記載によれば,トランスデューサ素子18は,シリコンフレーム16
から突出して第1端部24及び26を形成する可撓性リンク又は撓み片20
及び22によって支持され,空げき14の上方に掛留(原文では
「」)されていることが認められる。suspended
また,乙2公報は,「ジャイロ装置」に係る発明であるが,その明細書の
発明の詳細な説明中には,「基台(10)・・・の上面の4隅に夫々同一高さ
の凸部(10a),(10b),(10c),(10d)が設けられている。一方の
板ばね(11g)の(Y-Y)軸方向の両端部が突部(10a),(10b)上に固
定され,他方の板ばね(11h)の(Y-Y)軸方向の両端部が突部(10c),
(10d)上に夫々固定される。従って,振動体(11)の下面と,基台(10)
の上面との間にはギャップが存在し,各振動アーム(11a),(11b)及び
板ばね(11g),(11h)は,基台(10)に接触することなく,振動し得
る。」(3頁左下欄第2段落~右下欄第1段落),「振動体(11)は,その
振動アーム(11a),(11b)の速度ベクトルVの向きが,互に逆となるよ
うに,駆動用圧電素子(12a),(12b)等を介して,駆動回路(15)によ
り一定振幅で駆動されている(点線図示)。」(同頁右下欄第3段落)との
記載がある。
上記記載によれば,振動体(11)は,基台(10)の上面との間に間隙を設
けて設置され,基台(10)に接触することなく振動し得る構成になっている
ことが認められる。
上記乙1及び2公報の記載に,上記()の記載,さらには甲14公報が昭2
和60年6月19日に公開されている古い技術であることをも併せ考えれば,
本件周知技術である「振動式角速度計において,コリオリ力を検出する検出
部を凹部を有する基板上に架設する構成」とすることは,本件優先日当時,
当業者間において周知であったものというべきである。
()原告は,甲14公報において,慣性変換部(振動部)やコリオリ力検出部4
は,基板5表面の絶縁膜6上に直接形成されたごく薄い金属膜であることを
理由に,「振動式角速度計において,コリオリ力を検出する検出部を凹部を
有する基板上に架設する構成は周知である」とはいえない旨主張する。
しかし,基板5表面の絶縁膜6上に直接形成されたごく薄い金属膜であっ
たならば,なぜ「振動式角速度計において,コリオリ力を検出する検出部を
凹部を有する基板上に架設する構成は周知である」とはいえないのか,その
理由を示さないばかりでなく,本件全証拠を検討しても,同主張を裏付ける
ようなものは見当たらないから,原告独自の見解に基づく主張というほかな
く,失当である。
また,原告は,乙1及び2公報は,本願発明のような「角速度感知構造
体」と同様に基板上に架設された音叉型のジャイロスコープではないから,
引用発明と組み合わせるべき周知例として用いることができるものではない
と主張する。
しかし,乙1及び2公報は,上記のとおり,本件周知技術である「振動式
角速度計において,コリオリ力を検出する検出部を凹部を有する基板上に架
設する構成」が周知であることを裏付ける証拠であって,引用発明と組み合
わせるべき周知例ではない。しかも,本件周知技術において問題とされてい
るのは,「振動式角速度計」であって,音叉型のジャイロスコープに限定さ
れているものではないところ,乙1及び2公報に記載されている「角速度感
知構造体」は,いずれも「振動式角速度計」である。
したがって,原告の上記主張は,失当というほかない。
()原告は,引用発明では,フレーム7は,慣性変換部等が一体化されている5
のであるから,「刊行物1に記載された発明(注,引用発明)において,一
体成形されたフレーム7に角速度感知構造体を架設することに代えて,基板
にベース領域を有するものを採用」することは,フレーム7と一体化されて
いる慣性変換部等を分離するということであるが,そのような再度の分離は
当業者において容易に想到し得るものではない旨主張する。
しかし,前記2()のとおり,本願発明の特許請求の範囲において,「角2
速度感知構造体」と「角回転量を示す手段」は,もっぱら機能,作用によっ
て特定されており,その位置関係については何らの記載もしていないのであ
るから,原告の主張は,その前提を欠くものであり,失当である。
()原告は,引用例及び甲14公報は,出願人及び主たる発明者がいずれも同6
一であって,しかも出願日が2か月程度しか離れていない公開特許公報であ
るにもかかわらず,互いの技術について何らの言及もなく,その上,当該出
願人,発明者は本願発明に係る出願はしていないから,当業者において,引
用発明と本件周知技術とを組み合わせるのに困難を伴う旨主張する。
しかし,引用刊行物の出願人,発明者の同一やそれらの間の出願日の近接
性等は,引用発明と本件周知技術との組合せを困難とする事情とはなり得な
い。
()原告は,本願発明のコリオリ力に対応する静電容量の変化を検出して出力7
するための電極は,角速度感知構造体(その一部として振動構造体を含む)
と別体を構成するので,第1,2の振動構造体38,40の振動の影響が当
該電極に及ぶことが少ないという顕著な作用効果がある旨主張する。
しかし,上記主張は,角速度感知構造体と「前記角速度感知構造体の少な
くとも一部の前記同時の縦運動を感知し,前記感知した同時の縦運動に比例
する電圧出力信号を発生する手段であって,前記電圧出力信号が前記ジャイ
ロスコープにより検出された角回転量を示す手段」とが別体に構成されてい
ることを前提としていることが明らかであるところ,その前提が誤っている
ことは,前記2に判示のとおりである。
()したがって,原告主張の取消事由3は,理由がない。8
4取消事由4(拒絶理由通知の欠如)について
()原告は,審決の合議体は,拒絶理由通知と実質的に異なる理由の審決をす1
るのであれば,特許法159条2項で準用する同法50条の規定に従って再
度の拒絶理由を出願人である原告に通知し,意見書,補正書を提出する機会
を与えるべきであったから,これをせずにした審決には,法令違背の瑕疵が
あると主張する。
()そこで,本件出願に係る審査,審判の経緯について検討すると,証拠(甲2
5~12)によれば,次の事実が認められる。
ア平成14年2月5日付け(発送)の拒絶理由通知書には,「この出願の
下記の請求項に係る発明は,その出願前日本国内又は外国において頒布さ
れた下記の刊行物に記載された発明に基いて,その出願前にその発明の属
する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることが
できたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受ける
ことができない。」とされ,「請求項1乃至13,請求項41,請求項4
6乃至49,請求項51乃至54,請求項25乃至32,請求項38乃至
40,請求項35乃至37,44」については,引用例として,「引用例
1特開昭60-113105号公報」(注,甲14公報),「引用例2
特開昭60-73414号公報」(注,引用例),「引用例3特開平
3-122518号公報」,「引用例4特開昭63-172915号公
報」(注,乙2公報),「引用例5特開昭63-154915号公報」,
「引用例6特開昭60-192206号公報」,「引用例7米国特許
第5016072号明細書」(注,乙1公報),「引用例8特開昭61
-114123号公報」,「引用例9特開昭62-232171号公
報」が引用された上,「備考」欄で,請求項46に係る発明(本願発明)
を含む請求項1~13,41,46~49,51~54について,「オー
プンエンド,クローズドエンドの音叉をシリコン基板上にエッチングで形
成する振動ジャイロは引用例1(第2図,第4図参照),引用例2(第5
図,第9図,第10図参照)に開示されている。クローズド音叉振動ジャ
イロの支持構造体ねじれにより角速度を検出する構成も引用例3(第1図
参照),引用例4(第4図参照)に開示されている。互いにバランスする
質量部を振動ジャイロに設けること,音叉振動ジャイロをH型に構成する
ことは周知技術に過ぎない。」とされた。
イこれに対して,原告は,平成14年8月5日付けで,「本願に対する平
成14年1月25日付け(発送日:平成14年2月5日)の拒絶理由通知
に対し,次の様に意見を申し述べます。審査官殿は請求項1~13,41,
46~49,51~54,請求項25~32,38~40,請求項35~
37及び44に記載の発明は,第29条第2項に規定する発明に該当する。
また,本願は明細書及び図面の記載が特許法第36条第5項第2号及び6
号に規定する要件を満たしていない。更に,特許法37条に規定する要件
を満たしていないとして拒絶理由を通知されました。しかしながら,期限
内に意見書及び明細書等を補正した手続補正書を提出することができませ
んでした。つきましては,審査官殿におかれましては,再度意見陳述及び
補正の機会を与えて頂き度く,宜しくお願い致します。従って,準備がで
き次第,至急補正書案を審査官殿宛てにファックスにてお送りする所存で
ありますので1カ月ほど審査のご猶予をお願い致したく,宜しくお願い致
します。」との内容の意見書を提出した。
ウさらに,原告は,同年10月23日付けで,「請求項1,41,46お
よび54に,セグメントが構造的に結合しているが,相互に電気的に絶縁
されている複数のセグメントを有するシリコン構造体の特徴を追加しまし
た。この特徴は,新規性・進歩性の面での拒絶理由が発見されていない請
求項17,42,45および50の特徴事項の一つでありますのでこの特
徴を追加した独立請求項1,41,46および54ならびにこれらに従属
する請求項に記載された発明も拒絶理由がないものと思量いたします。本
発明の特徴である構造的に結合しているが,相互に電気的に絶縁されてい
る複数のセグメントを有するシリコン構造体を有する一体型のジャイロス
コープについて,いずれの引例も開示していません。本願の請求項はいず
れもこの特徴を含みますので引例と明確に区別できるものであります。」
との内容の意見書を提出した。
エ審査官は,同年10月24日付けで,「この出願については,平成14
年1月25日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって,拒絶をすべき
ものである。なお,意見書の内容を検討したが,拒絶理由を覆すに足りる
根拠が見いだせない。」とし,「備考」欄で,「出願人は上記拒絶理由を
解消し得る意見書・補正書を提出期限内に提出しなかった。なお,意見書
・補正書の提出期限後に補正案が参考提示されたが,そのまま特許可能な
内容ではなかった。」とする拒絶査定をした。
オ原告は,平成15年2月3日,拒絶査定不服の審判請求をしたが,その
審判請求の日から30日以内に手続補正書を提出しなかった。
カ原告は,同年5月15日,審判請求書の手続補正書を提出したが,その
手続補正書には,特許請求の範囲の補正案を提示するとともに,その【本
願発明が特許されるべき理由】欄で,「審判請求人は在外者であり,本件
代理人との連絡に時間がかかり明細書の補正の機会を逸してしまいました
が本願の請求項を本補正書の最後に記載のように補正することによって拒
絶理由が解消されると思量いたしますので,何卒再度補正の機会をお与え
下さるようお願い致します。以下補正が許されることを前提に意見を申し
述べます。」,「請求項1,41,46および54に,セグメントが構造
的に結合しているが,相互に電気的に絶縁されている複数のセグメントを
有するシリコン構造体の特徴を追加しました。この特徴は,新規性・進歩
性の面での拒絶理由が発見されていない請求項17,42,45および5
0の特徴事項の一つでありますのでこの特徴を追加した独立請求項1,4
1,46および54ならびにこれらに従属する請求項に記載された発明も
拒絶理由がないものと思量いたします。本発明の特徴である構造的に結合
しているが,相互に電気的に絶縁されている複数のセグメントを有するシ
リコン構造体を有する一体型のジャイロスコープについて,いずれの引例
も開示していません。本願の請求項はいずれもこの特徴を含みますので引
例と明確に区別できるものであります。」などと記載されていた。
キ原告は,平成17年8月4日付けで,「本件につきましては,審判請求
書において特許請求の範囲の補正につき補正のご提案をさせていただいて
います。すなわち,上記補正の提案は,拒絶理由通知書で(現時点では)
拒絶の理由を発見しないとされた独立請求項45に準じて,他の独立請求
項を全て同様に補正することを提案しているものであります。従いまして,
上記提案に不足の点がありますならば,ご指摘をいただいき,さらに補正
をする用意が出願人にはあります。」などといった内容の上申書を提出し
た。
ク審判長は,同月15日,審理終結通知をし,同月29日,「本件審判の
請求は,成り立たない。」との審決がされた。
()上記認定の事実によれば,本願発明は,審査段階では,「引用例1特開3
昭60-113105号公報」(本訴の甲14公報),「引用例2特開昭
60-73414号公報」(本訴の引用例),「引用例3特開平3-12
2518号公報」,「引用例4特開昭63-172915号公報」(本訴
の乙2公報)に係る発明によって進歩性を否定したところ,審判段階では,
引用例及び甲14公報に係る発明によって進歩性がないと判断したものであ
り,実質的に審査段階と同様の理由により進歩性がないとの判断をしたもの
と認められるから,審判段階で,あらためて,その理由を出願人に通知して,
同人に弁明ないし補正の機会を与える必要はないというべきである。
()原告は,拒絶理由通知書は,本願発明について,具体的に拒絶の理由を構4
成しておらず,単に拒絶の適用条文を挙げたのみであり,あまりにも簡単な
拒絶理由であって,出願人である原告において理解困難であった旨主張する。
しかし,上記()イのとおり,原告は,平成14年8月5日付け意見書に2
おいて,「本願は明細書及び図面の記載が特許法第36条第5項第2号及び
6号に規定する要件を満たしていない。更に,特許法37条に規定する要件
を満たしていないとして拒絶理由を通知されました。しかしながら,期限内
に意見書及び明細書等を補正した手続補正書を提出することができませんで
した。つきましては,審査官殿におかれましては,再度意見陳述及び補正の
機会を与えて頂き度く,宜しくお願い致します。」などと述べているのであ
って,拒絶理由通知書を理解していたことが明らかである。
原告は,拒絶理由通知書の理由1は,本願発明について,上記のとおり,
具体的に拒絶の理由を構成しておらず,単に拒絶の適用条文を挙げたのみで
あるから,拒絶理由通知と審決の理由とは,実質上全く異なっており,審決
が拒絶理由を更に敷衍したものとみるのは困難であり,原告に意見陳述の機
会を与えずに審決がされたともいうべきであると主張する。
しかし,上記()アのとおり,拒絶理由通知では,適用条文を挙げている2
のみならず,複数の引用例を掲げ,「オープンエンド,クローズドエンドの
音叉をシリコン基板上にエッチングで形成する振動ジャイロは引用例1(第
2図,第4図参照),引用例2(第5図,第9図,第10図参照)に開示さ
れている。」と要点を摘示し,公知技術を示す図面を具体的に指摘している
のであるから,当業者であれば,十分に理解し得るものである。
また,原告は,本願発明について,その特許請求の範囲の請求項の語句の
意味にあいまいなところがあるなどの疑念があった上,拒絶理由通知書で拒
絶理由を発見し得ない請求項が指摘されていたため,当該請求項のみに限定
することも考慮していたところ,補正の機会が与えられなかったと主張する。
しかし,上記()オのとおり,原告は,審判請求の日である平成15年22
月3日から30日以内に手続補正書を提出する機会が与えられていたのに,
自らの都合によって,その補正の機会を利用しなかったにすぎないのである。
なお,本件においては,原告は,手続補正書の提出期限後に,審判請求書
の補正の名目で,特許請求の範囲の補正案を提示しているが,後記のとおり,
特許法の予定する補正ではないから,審判合議体がこの補正案についての拒
絶理由を出願人に通知する必要がなかったことはいうまでもないところであ
る。
()したがって,原告の取消事由4の主張は,すべて失当であり,採用の限り5
でない。
5取消事由5(判断の遺脱)について
()原告は,審判理由補充書において補正の提案をし,さらに本件審判の審理1
過程で,上申書を提出し,補正の可否の提案をしたところ,これが全く顧慮
されることなく,当該補正の提案について別異の発明であるとして審理判断
がされなかったから,審決には判断遺脱の違法がある旨主張する。
しかし,審判請求人は,特許法17条の2第1項4号により,その審判請
求の日から30日以内に願書に添付した明細書又は図面について補正をする
機会が与えられているところ,本件において,原告は,平成15年2月3日
の拒絶査定不服審判の請求の日から30日以内に手続補正書を提出しなかっ
たのであるから,補正の機会を逸したものであって,その後に補正の提案を
しても,特許法の予定する補正手続ではない以上,審判合議体がこれを取り
上げるべき義務があるとはいえない。
()原告は,審査段階と同じ内容の補正をしても,いわゆる審査前置制度によ2
る審理において特許査定される見込みがほとんどないために,審理が遅れる
こともあって,同制度を利用せず,審判請求時に補正をしなかったのである
などとし,本件の場合,補正の機会が十分に与えられていたとはいい難く,
また,原告がその機会を利用しないことに合理的な理由があった旨主張する。
しかし,原告の上記主張によれば,原告は,補正案が認められる見込がな
かったから,審判請求時に補正をしなかったというのであるが,そうである
ならば,自ら手続補正をしない途を選択したのであるから,それを後になっ
て特許法に基づかない補正案という形で検討するように上申し,審判合議体
がそれに応じなかったからといって,判断遺脱があるとするのは,自己矛盾
を犯すものにほかならない。
()したがって,原告の取消事由5の主張は失当である。3
6以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官篠原勝美
裁判官宍戸充
裁判官柴田義明

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