弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告らは,原告に対し,連帯して110万円及びこれに対する平成27年1
0月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,これを30分し,その29を原告の負担とし,その1を被告ら
の負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,連帯して3300万円及びこれに対する平成27年
10月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,被告会社に雇用され,大韓民国(以下「韓国」という。)の国籍を有
する原告が,被告会社及びその代表取締役会長である被告Aから,①韓国人等
を誹謗中傷する旨の人種差別や民族差別を内容とする政治的見解が記載された
資料が職場で大量に配布されてその閲読を余儀なくされ,②都道府県の教育委
員会が開催する教科書展示会へ参加した上で被告らが支持する教科書の採択を
求める旨のアンケートを提出することを余儀なくされたほか,③上記①及び②
が違法であるとして本件訴えを提起したところ原告の訴えを誹謗中傷する旨の
従業員の感想文が職場で配布されたことにより報復的非難を受け,これらによ
り原告の人格権ないし人格的利益が侵害された,などと主張して,被告会社の
代表取締役である被告Aに対しては,不法行為(民法709条)に基づいて,
被告会社に対しては,会社法350条,労働契約の債務不履行又は不法行為(民
法709条)に基づいて,いずれも損害賠償として連帯して慰謝料及び弁護士
費用の合計3300万円及びこれに対する不法行為日の後(訴状送達日の翌日)
である平成27年10月8日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求める事案である。
1前提事実
顕著な事実,争いのない事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の
事実が認められる。
(1)原告は,韓国籍を有する者であり,平成14年2月15日,フジ工務店株
式会社(平成20年10月1日に被告会社に吸収合併された。以下,合併の
前後を問わず,単に「被告会社」という。)との間で,期間の定めのある労働
契約(2か月の期間雇用。以後,現在に至るまで自動更新)を締結し,建設
事業本部設計部の分譲住宅設計課(旧名称は設計監理課であり,以下,名称
の新旧を問わず「設計監理課」という。)に所属して,コンピュータ支援設計
(CAD)を担当している。原告の直属の上司は,設計部の副部長であるB
である。(丙35,弁論の全趣旨)
(2)被告会社は,東京証券取引所市場第一部に上場し,分譲住宅,住宅流通,
土地有効活用,賃貸・管理,注文住宅等の事業を営む株式会社であり,従業
員数は約1000人である。被告Aは,被告会社の創業者であり代表取締役
会長である。(争いがない,弁論の全趣旨)
(3)被告会社において,平成25年2月15日から平成27年9月28日ま
での間,別紙2の1~5の各「配布日」欄記載の日に,各「配布先」欄記載
の被告会社の役員や従業員に対して,各「記載内容」欄記載の文書が配布さ
れた(以下,この配布を「本件配布①」といい,この配布に係る文書を「本
件文書①」という。)。(争いがない)
本件文書①は,新聞,雑誌,図書,パンフレット並びにインターネット上
で配信されている記事,動画(なお,原著作者以外の第三者が投稿して記載
されたコメントを含む。)及びメールマガジンの写しのほか,被告会社の従業
員が作成した業務日報(業務日誌),業務報告書(行動報告書),業務予定表
(行動予定表)及び経営理念感想文(以下,従業員が作成したこれらの文書
を「感想文等」と略することがある。)や,被告会社の従業員と上司との間又
は被告会社の従業員と社外の者との間で送信されたメールの写しなどで構成
されている。(別紙2の1~5の各「甲号証番号(頁)」欄記載のとおり)
(4)都道府県の教育委員会は,毎年6月から7月までの間,いわゆる教科書検
定において合格とされた図書の見本が出品される教科書展示会を開催してい
る(学校教育法34条,49条,62条,教科書の発行に関する臨時措置法
5条,6条3項,同法施行規則5条1項)。
被告Aは,平成25年から平成27年までの毎年,被告会社の従業員に対
し,教科書展示会へ赴き被告らが支持する教科書の採択を求める旨のアンケ
ートを提出すること(以下,この活動を「本件活動」という。)への参加を促
し,従業員の多数がこれに応じた(以下,この促しを「本件勧奨」という。)。
(争いがない)
(5)原告は,代理人弁護士を通じて,平成27年1月6日付けで被告らに対
して本件配布①や本件勧奨などについて停止を申し入れたが,被告会社に拒
絶されたため,同年3月6日に大阪弁護士会に人権救済申立てをした。
(甲11,12,57,乙21)
原告は,同年3月に査定に関する自己のレポートに,3月の半ば以降,心
の動揺が表に現れていた時期が続いていてしんどい,今も動揺が続いていま
すなどと記載したことでBと面談したが,その際に,同人から300万円の
支払と引き換えに退職する方向の選択肢もある旨の提案を受けた。
(丙36,37)
原告は,同年8月31日,本件配布①及び本件勧奨が違法であるなどと主
張して,本件訴えを提起し,それが新聞報道された。
(当裁判所に顕著,丙15の1~5)
(6)被告会社は,平成27年9月7日から同月25日までの間,従業員に対し,
別紙3の「配布日」欄記載の日に,「記載内容」欄のとおり本件訴え提起など
を批判する内容を記載した主に被告会社従業員作成の文書を配布した(以下,
この配布を「本件配布②」といい,この配布に係る文書を「本件文書②」と
いう。)(争いがない)
なお,別紙2の4の番号16の配布先に対応する原告第11準備書面別表
4―3の番号16の「配布先」欄及び別紙3の番号17の配布日に対応する
平成29年12月21日付け原告準備書面12別表1の番号17の「年月日」
欄はいずれも空欄であるが,それぞれ「全役職員」,「2015年9月7日」
の各記載が脱落しているものと認める。
(7)原告は,平成30年3月8日に本件配布②に関する請求原因を追加した。
(当裁判所に顕著)
2争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は,本件配布①,本件勧奨及び本件配布②の各違法性ないし職場
環境配慮義務違反の有無並びに損害の有無及びその額であり,争点に関する当
事者の主張は別紙4記載のとおりである。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件配布①の違法性ないし職場環境配慮義務違反の有無)について
(1)認定事実
前提事実及び当裁判所に顕著な事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨に
よれば,次の事実が認められる。
ア被告らは,被告会社の従業員に対し,本件文書①として,新聞,雑誌,
図書,パンフレット並びにインターネット上で配信されている記事,動画
(なお,原著作者以外の第三者が投稿して記載されたコメントを含む。)及
びメールマガジンの写しのほか,被告会社の従業員が作成した感想文等を
配布した。なお,被告会社は,特定の思想・信条を雇用条件としたいわゆ
る傾向企業ではない。(前提事実(3),弁論の全趣旨)
イ本件文書①のうち,被告Aが発出した「部門長会議資料」と称される文
書については,管理職等を配布対象とするものであり,全従業員を配布対
象とするものではなかった。もっとも,Bは,設計監理課の従業員に対し,
部門長会議資料の一部を配布していた。
(丙35,証人B〔1頁〕)
ウ本件文書①のうち,被告Aが発出した文書の多くは,鏡文において,標
題に大きく「配布」と記載され,宛先が「全役職員各位(含む出向者の
方,契約社員,派遣社員,パートの方,マンション管理員の方全員)」,配
布元が「会長」であり,「<配布ご担当者殿>恐れ入りますが,本書及び資
料のコピーは,部門毎に人数分コピーしていただき,配布をお願い致しま
す」との記載があり,添付資料において,随所にアンダーラインや丸印な
ど被告Aによる修飾が付されている。
(甲19~25,33の1・2)
エ本件文書①の内容は,別紙2の1~5記載のとおりであり,要するに,
①我が国と中華人民共和国(以下「中国」という。)・韓国・朝鮮民主主義
人民共和国(以下「北朝鮮」といい,これら3か国を併せて「中韓北朝鮮」
という。)との間の外交問題(竹島,尖閣諸島の領土問題)や歴史認識問題
(従軍慰安婦,南京事件の歴史認識),②韓国における人身売買,売買春,
賄賂などの治安問題,③日清戦争,日露戦争,日韓併合,我が国による東
南アジア諸国の統治及び東京裁判など第二次世界大戦以前における我が国
の対外政策,④第二次世界大戦後の我が国における連合国による占領政策
や,沖縄県の米軍基地,原子力発電所再稼働,再軍備の問題,⑤C内閣官
房長官(当時)による従軍慰安婦問題に関する談話やD内閣総理大臣(当
時)による第二次世界大戦の歴史認識に関する談話の問題,⑥我が国の公
人による靖国神社参拝の問題,⑦中国人又は中国企業による我が国の土地
の購入や,中国政府によるサイバー攻撃,サッカーの国際試合における韓
国人の振る舞いの問題などを主題として,中韓北朝鮮の国家や政府関係者
を強く批判したり,在日を含む中韓北朝鮮の国籍や民族的出自を有する者
に対して「死ねよ」「嘘つき」「卑劣」「野生動物」などと激しい人格攻撃の
文言を用いて侮辱したり,日教組や株式会社朝日新聞社,親中親韓派の特
定の議員・評論家に対して「反日」「売国奴」などの文言で同様に侮辱した
り,我が国の国籍や民族的出自を有する者を賛美して中韓北朝鮮に対する
優越性を述べたりするなどの政治的な意見や論評の表明を主とするもので
あった。(前提事実(3))
オ本件文書①のうち,被告会社の従業員が作成した感想文等は,従業員に
おいて主題を自由に選択することができるものであったが,本件配布①な
どによって被告会社から配布された資料を主題とされたものについては,
いずれも被告らに対して感謝を述べたり,本件文書①の内容に賛同や共感,
同調を示したりするなどの内容であり,随所に被告Aによるアンダーライ
ン等の修飾が付されていた。また,本件配布①の期間中の平成25年8月
に被告会社従業員に配布された従業員作成の経営理念感想文(甲90)に
は,被告会社の元従業員が,被告会社を退職するに当たり,中国批判をし
ている被告会社に対して義姉が中国人であることを隠しとおすことがで
きず精神的苦痛であるなどの見解をメールに記載したことについて,その
ような見解は配布資料等にほとんど目を通してなかったことから起こっ
た誤解・曲解であると思う旨の感想が記載されている。
(前提事実(3),甲19~25,33の1・2,90,弁論の全趣旨)
カ本件配布①の趣旨について被告Aは,被告会社の従業員に対する,教育,
啓発,研さんの一種であり,その目的は,我が国において長年にわたり,
我が国の歴史の負の部分を殊更に強調する一方で,正の部分を過小評価し
我が国を貶める偏頗な歴史認識(以下「被告らのいう自虐史観」という。)
が流布されている現状を憂い,従業員に対して,本件文書①の閲読を通じ
て,被告らのいう自虐史観に囚われている状態から解放し,我が国につい
て正しい歴史認識を有することで,日本人としての誇りや自己肯定感,愛
社精神を高めるためであったと述べており,本件文書①以外にも,後記ク
のとおり,一般教養に関する文献も,同様に配布をしていた。
(甲39,乙22,丙12,13,14の1・2,被告A本人〔3~12
頁〕)
キ本件配布①は,被告会社の事務員が,就業時間中に,各従業員に対して
本件文書①を手渡したり,机上に配布したりする方法で行われたが,被告
会社の従業員は,本件文書①の閲読及び本件文書①に関する感想文の提出
について,いずれも命令としての指示を受けておらず,上司から閲読の有
無について確認を受けることもなかった。
(乙22,丙34,35,証人E〔6頁〕,証人B〔1,2頁〕,原告本人
〔6,52頁〕)
ク被告らは,被告会社の従業員に対し,本件文書①以外の資料として,入
社時において,デール・カーネギー著「道は開ける」,西田文郎著「ツキの
大原則」及び小林正幸・嶋﨑政男編「教師・親のための子ども相談機関利
用ガイド」を配布しているほか,入社後において随時,健康,医療,育児,
教育,偉人伝,道徳的逸話,経済問題,自己啓発及び我が国の伝統文化・
道徳・民族的特性などを主題とする公刊物やインターネット上の記事を複
写することにより配布している。(乙6)
ケ原告は,平成23年10月21日,Bに対し,部門長会議資料について
配布を希望しない旨を申し出,同日以降,同資料の配布を受けていない。
(丙35,証人B〔2頁〕)
もっとも,原告は,部門長会議資料以外の全従業員宛ての資料の配布を
受けていた。
(甲32,110,原告本人〔20~22頁〕,証人B〔15頁〕)
コBは,平成24年1月20日付けで,原告を含む設計監理課の従業員に
対し,「経営理念感想文を必ずご家族の方に読んで頂く件」「今後,設計監
理課では,経営理念感想文を必ず2部配布させて頂きますので,1部はご
家族用として,ご家族の方へ必ず渡して下さい」と記載した文書を配布し
た。(甲102)
サ原告は,本件文書①を閲読しなかったことにより,被告らから何らかの
不利益を受けたことはなく,本件配布①により,被告らや他の従業員から,
本件配布②を除き,在日韓国人であることを理由とする差別的な言動を受
けたこともなかった。(原告本人〔38,39,51頁〕)
シ原告は,令和元年5月7日付けで,Bに対し,自身の悩み等を記入して
上司に提出する際に利用する質問票に,従軍慰安婦問題について原告の見
解と親和的な内容を扱うドキュメンタリー映画の視聴を勧めるとともに,
「副部長は,上の人が言うことに疑問や矛盾を感じていないのでしょう
か?そのとおりにしていたら,みんな幸せになれると本気で思っています
か?」と記入して送付した。これに対し,Bは,原告に対し,原告が勧め
る上記映画について批判的な評価を記載した文献を紹介して回答したもの
の,原告の質問について批判をしなかった。
(丙29,30の1・2,弁論の全趣旨)
ス被告Aは,令和元年10月3日付けで,被告会社の全従業員に対し,本
件訴えで提出した被告Aの陳述書(乙22)の要約を配布し,被告会社は,
同月9日付けで,被告会社の全従業員に対し,本件訴えの尋問期日を告知
した上で「皆様,一人でも多く,傍聴券獲得にご協力いただけますと幸い
です」と記載した被告らの支援者が作成したブログ記事を配布した。
(甲128,129の1・2)
本件訴えの尋問期日には,合計749名の傍聴希望者が出頭し,そのう
ち約500名は被告会社の従業員,約100名はその関係者であった。
(当裁判所に顕著,弁論の全趣旨)
(2)以上の事実に基づいて,本件配布①の違法性の有無を検討する。
ア原告は,本件配布①が,人種差別撤廃条約及び差別的言動解消法等が定
める人種差別や民族差別を内容とする差別的言動であり,若しくは人種差
別や民族差別を助長する言動であることから,原告の権利又は法益を侵害
するものとして違法である旨主張するので,まずこの点を検討する。
(ア)人種差別撤廃条約は,国法の一形式として国内法的効力を有すると
しても,その規定内容に照らしてみれば,国家の国際責任を規定すると
ともに,憲法13条,14条1項と同様,公権力と個人との関係を規律
するものである。すなわち,本件における原告と被告らとの間のような
私人相互の関係を直接規律するものではなく,私人相互の関係に適用又
は類推適用されるものでもないから,その趣旨は,民法709条等の個
別の規定の解釈適用を通じて,他の憲法原理や私的自治の原則との調和
を図りながら実現されるべきものであると解される。
また,差別的言動解消法は,専ら本邦の域外にある国若しくは地域の
出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの(以下「本邦外
出身者」という。)に対する差別的意識を助長し又は誘発する目的で公然
とその生命,身体,自由,名誉若しくは財産に危害を加える旨を告知し
又は本邦外出身者を著しく侮蔑するなど,本邦の域外にある国又は地域
の出身であることを理由として,本邦外出身者を地域社会から排除する
ことを煽動する不当な差別的言動を,「本邦外出身者に対する不当な差別
的言動」として定義した上で(2条),国及び地方公共団体による基本的
施策として相談体制の整備,教育の充実等及び啓発活動等に取り組むこ
となどを定めるものの(3条から7条),本邦外出身者に対する不当な差
別的言動を禁止する規定や,当該差別的言動に該当する場合の法律上の
効果についての規定がない。
そうすると,人種差別撤廃条約が定める差別や,差別的言動解消法が
定める差別的言動に該当することを理由とする民事上の損害賠償請求は,
同条約や同法を直接の根拠とすることはできず,民法709条等の個別
の規定の解釈適用を通じて,当該表現の内容が個人の権利又は法律上保
護された利益を侵害すると認められることが必要と解される。
(イ)これを本件についてみると,前提事実(3)及び認定事実によれば,本
件文書①は,被告A以外の者が著述した公刊物やインターネット上で配
信された記事等,そして,それに対する従業員の感想文等から構成され
ているものであり,その内容は,中韓北朝鮮の国家や政府関係者を強く
批判したり,在日を含む中韓北朝鮮の国籍や民族的出自を有する者に対
して激しい人格攻撃の文言を用いて侮辱したり,日教組などに対して「反
日」「売国奴」などの文言で同様に侮辱したり,我が国の国籍や民族的出
自を有する者を賛美して中韓北朝鮮に対する優越性を述べたりするなど
の政治的な意見や論評の表明を主とするものではあるものの,韓国籍を
有する原告を具体的に念頭において記述されたものではないことは明ら
かであり,本件文書①が配布された被告会社の従業員の普通の注意と読
み方を基準としても,原告個人をも侮蔑し,被告会社において疎外する
ことを内容とするものと読み取ることはできない。また,被告Aが述べ
る本件配布①の趣旨・目的(前記(1)カ)や,本件配布①の配布態様(前
記(1)キ)からしても,本件配布①が,原告個人を対象とする行為とは認
められず,その結果についても,原告が本件文書①を閲読しなかったこ
とにより被告らから何らかの不利益を受けたことがなく,本件配布②を
除けば,本件配布①により被告らや他の従業員から在日韓国人であるこ
とを理由とする差別的な言動を受けたこともなかったのである。
そうすると,本件配布①は,その内容,趣旨・目的,態様に照らして,
原告個人に向けられた差別的言動と認めることはできず,他にこれを認
めるに足りる証拠もない。
(ウ)したがって,本件文書①の中に,仮に人種差別撤廃条約及び差別的言
動解消法等が定める人種差別や民族差別を内容とする差別的言動若しく
は人種差別や民族差別を助長する表現と評価することができる表現が含
まれているとしても,それを配布した行為をもって,直ちに原告に対す
る差別的言動として違法であると評価することはできないというべきで
ある。
(エ)なお,原告は,人種差別撤廃条約1条1項によれば,差別の目的を有
していなくともその効果があれば足り,本件配布①の効果により,原告
個人の権利又は法益に侵害が生じている旨主張する。
しかしながら,前記(イ)で説示したとおり,原告は,本件配布①を閲読
しなかったことにより被告らから何らかの不利益を受けたことがなく,
本件配布②を除けば,本件配布①により被告らや他の従業員から在日韓
国人であることを理由とする差別的な言動を受けたこともなかったので
あるから,その効果の点を考慮しても,それをもって,本件配布①を故
意に基づく原告に対する差別的言動としての違法性を有すると評価する
ことはできない。
(オ)また,原告は,最高裁平成15年10月16日判決・民集57巻9号
1075頁を根拠に,差別的言動が特定の個人に向けられたものではな
く,集団に属する不特定の者に向けられたものであっても,職場におい
て直接労働者に浴びせるものであることから,違法である旨主張する。
しかし,上記判決の事案は,テレビジョン放送において,一般の視聴
者の普通の注意と視聴の仕方とを基準とすれば,当該放送は,「所沢産の
葉物野菜が全般的にダイオキシン類による高濃度の汚染状態にある」と
いう事実を摘示していると判断した上で,名誉毀損の成立の可能性を指
摘したものであり,所沢産の葉物野菜を生産している全農家に向けられ
た不法行為であると評価できるのに対し,本件配布①の内容や態様は,
前記(イ)で説示したとおりであり,被告会社の従業員の普通の注意と読
み方とを基準とすれば,一般の読者において,中韓北朝鮮の国家や国民
性,民族性といった一般的,抽象的な集団について侮蔑,嫌悪などの悪
感情を抱かせるものではあるものの,原告との結び付きが明確ではなく,
原告個人に対する被告会社の従業員が抱く客観的な社会的評価を具体的
に低下させる効果があるとは認めるに足りないというべきである。した
がって,上記判決は本件と事案を異にするから,原告の主張は採用する
ことができない。
イ次に,原告は,本件配布①が,労働契約上保護されるべき原告の権利又
は法益を侵害するものとして違法であるとも主張するので,以下検討する。
(ア)使用者は,労働契約に基づいて,労働者に対して教育を実施する権利
を有しており,その時期,内容及び方法は,その性質上原則として使用
者の裁量的判断に委ねられているものと解される。しかしながら,労働
者は,労働契約を締結して企業に雇用されても,企業の一般的な支配に
服するものということはできず(最高裁昭和52年12月13日判決・
民集31巻7号1037頁参照),使用者が有する上記裁量権は,労働契
約上予定された範囲でのみ行使し得るものというべきである。
したがって,使用者において,公序良俗に反する内容の教育を行うな
ど法令に反することができないことはもちろん,たとえ,法令に反する
とはいえない場合であっても,業務遂行と明らかに関連性のない教育の
受講を強制することは労働契約上許されないというべきである。
また,たとえ本件配布①のように使用者の実施する教育が強制を伴わ
ないものであっても,様々な思想・信条及び主義・主張を有する労働者
が存在することが当然に予定されている企業では,企業内における労働
者の思想・信条等の精神的自由が十分尊重されるべきであることは,論
を待たない(最高裁昭和63年2月5日判決・労働判例512号12頁
(以下「最高裁昭和63年判決」という。)参照)。それに加えて,憲法
14条1項が「すべての国民は,法の下に平等であって,人種,信条,
性別,社会的身分又は門地により,政治的,経済的又は社会的関係にお
いて,差別されない」と定めていることを受けて,労働基準法3条が「使
用者は,労働者の国籍,信条又は社会的身分を理由として,賃金,労働
時間その他の労働条件について,差別的取扱をしてはならない」と均等
待遇の原則を規定し,使用者に対し,国籍に基づく差別的取扱いを禁止
しており,労働者は,就業場所において国籍によって差別的取扱いを受
けない人格的利益を有している。
にもかかわらず,たとえ労働条件に関する差別的取扱いそのものには
該当しないとしても,使用者が,特定の国民に対する顕著な嫌悪感情に
基づき,それらを批判・中傷する内容の文献や自己が強く支持する特定
の歴史観・政治的見解が記載された文献等を就業場所において反覆継続
して労働者に教育目的で大量に配布することは,それ自体労働者の思想・
信条に大きく介入するおそれがあるのみならず,たとえ前記国籍を有す
る当該労働者に対して差別意思を有していない場合であっても,前記嫌
悪感情が強ければ強いほど,前記国籍を有する労働者の名誉感情を害す
るのみならず,当該労働者に使用者から前記嫌悪感情に基づく差別的取
扱いを受けるのではないかという危惧感を抱かせるのであるから,厳に
慎まねばならないというべきである。
したがって,私的支配関係である労働契約において,使用者の実施す
る文書配布による教育が,その配布の目的や必要性(当該企業の設立目
的や業務遂行との関連性),配布物の内容や量,配布方法等の配布態様,
そして,受講の任意性(労働者における受領拒絶の可否やその容易性)
やそれに対する自由な意見表明が企業内で許容されていたかなどの労働
者がそれによって受けた負担や不利益等の諸般の事情から総合的に判断
して,労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を具体
的に侵害するおそれがあり,その態様,程度がもはや社会的に許容でき
る限度を超える場合には違法になるというべきである(最高裁昭和48
年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁(以下「最高
裁昭和48年判決」という。)参照)。
(イ)これを本件についてみると,被告会社は,特定の思想・信条を雇用条
件としたいわゆる傾向企業ではなく,様々な国籍,民族的出自や,思想・
信条及び主義・主張を有する労働者が存在することが当然に予定されて
いる企業であり,その主たる事業は住宅販売であって,外国籍の顧客で
あっても取引を行う必要があるのであるから,事業上,従業員において,
前述したような被告らが支持する歴史観や政治的見解を共有しておかね
ばならない現実的必要性は認め難い。
そして,認定事実のとおり,本件文書①の内容は,中韓北朝鮮の国家
や政府関係者を強く批判したり,在日を含む中韓北朝鮮の国籍や民族的
出自を有する者に対して「死ねよ」「嘘つき」「卑劣」「野生動物」などと
激しい人格攻撃の文言を用いて侮辱したり,我が国の国籍や民族的出自
を有する者を賛美して中韓北朝鮮に対する優越性を述べたりするなどの
強固な政治的な意見や論評の表明を主とするものであるから,韓国の国
籍や民族的出自を有する者にとっては著しい侮辱と感じ,その名誉感情
を害するものであるとともに,そのような顕著な嫌悪感情を抱いている
被告らから差別的取扱いを受けるのではないかとの現実的な危惧感を抱
いてしかるべきものであることが認められる。
この点について,被告らは,原告自身の主義・主張に相容れない表現
に対する主観的な不快感にすぎないと主張するが,そもそも,人は自己
の欲しない他者の言動によって心の静穏を乱されないという利益を有し,
この利益は社会生活の上において尊重されるべきものである上(最高裁
平成11年3月25日判決・裁判集民事192号499頁(以下「最高
裁平成11年判決」という。)参照),前述したとおり,労働基準法3条
は,使用者に対して,国籍を理由とする差別的取扱いを禁止し,労働者
に就業場所において国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を
保障していることからすると,就業場所において,国籍によって差別的
取扱いを受けるおそれがないという労働者の内心の静穏は,前記一般的
な内心の静穏以上に保護されるべきである。そうすると,使用者の前記
言動により,労働者が前記内心の静穏な感情を害され,それが一般人か
らみても,国籍による差別的取扱いを受けるのではないかとの現実的な
危惧感を抱いてしかるべき程度に達している場合は,差別的取扱いその
ものを行ってはいないとしても,労働者の国籍によって差別的取扱いを
受けない人格的利益を侵害するおそれが現実に発生しているというべき
であり,それによる精神的苦痛を労働者において甘受すべきいわれはな
いから,その侵害の態様,程度が内心の静穏な感情に対する介入として
社会的に許容できる限度を超えているとして不法行為が成立するという
べきである(最高裁平成11年判決参照)。
また,認定事実のとおり,本件配布①の目的は,被告らが支持する一
定の歴史観や政治的見解を全従業員に広めようとするもので,配布物の
前記内容や,それを別紙2の1~5のとおり反覆継続して就業時間中に
大量に配布している上,その際,被告Aが発出者であり宛先が全従業員
であることが明記され,随所に被告Aがアンダーライン等で強調した修
飾がされているという配布態様も併せ考慮すると,広い意味での思想教
育にあたるといえるものであり,原告をはじめとする様々な思想・信条
及び主義・主張を有する労働者の思想・信条に大きく介入するおそれが
ある。加えて,管理職であるBは,従業員が作成した感想文について当
該従業員のみならず家族にも必ず読んでもらうよう呼びかけており,黙
示的に同調するよう働きかけていると評価できるのであり,その結果,
従業員が記載した本件配布①を主題とする感想文等は,いずれも被告ら
が配布した本件文書①の内容についての賛同・同調を述べるものや,被
告らに対する感謝を述べるもの,被告会社に対する否定的な見解を本件
文書①にほとんど目を通していないからなどとして批判したりするもの
である。そして,後述するように,原告が本件配布①を違法であると主
張して本件訴えを提起したことに対して,被告Aは批判する文書を反覆
継続して配布している上(本件配布②),本件訴えの尋問期日に従業員に
働きかけて多数の傍聴希望者を参集させている。それらによれば,本件
配布①について,配布物の内容はもちろん,配布行為に対しても,原告
が就業場所において口頭で自由に意見を述べることは困難な状況にあり,
その状況を受忍しなければならない立場に立たされていたことが推認さ
れる。
以上の事実を総合すれば,本件配布①は,たとえ前述したとおり,従
業員間の在日韓国人に対する差別的言動を誘発していないとはいっても,
労働契約に基づき労働者に実施する教育としては,労働者の国籍によっ
て差別的取扱いを受けない人格的利益を具体的に侵害するおそれがあり,
その態様,程度がもはや社会的に許容できる限度を超えるものといわざ
るを得ず,原告の人格的利益を侵害して違法というべきである。
(ウ)これに対し,被告らは,本件配布①が,被告会社の業務と関連性があ
り,現に教育的効果が生じていることや,閲読が任意であり勤務時間中
に穏当な方法で行われたことを主張する。
しかしながら,前述したとおり,被告会社は,特定の思想・信条を雇
用条件としたいわゆる傾向企業ではなく,様々な国籍,民族的出自や,
思想・信条及び主義・主張を有する労働者が存在することが当然に予定
されている企業であり,労働契約に基づき教育を実施するにあたっては,
それらの労働者の国籍や信条によって差別的取扱いをされない利益に十
分配慮しなければならず,特に従業員教育と業務との関連性は,従業員
に教育の受講を受忍させる根拠となるべきものであるから,単なる使用
者の主観的判断で正当化されるものではなく,住宅販売等という被告会
社の事業の目的や労働契約上の労働条件等に照らして客観的に判断され
るべきものであって,その点からして関連性があるとは認め難いことも
先に述べたとおりである。
被告らは,従業員の歴史観や自己肯定感などといった人格形成に資す
ることを根拠として業務と関連性があると主張するが,従業員の人格形
成のためであれば,被告Aが,本件文書①以外に配布しているような一
般教養に関する文書を配布すれば足りるのであって,それを理由に,特
定の国に対する顕著な嫌悪感情に基づき,外国籍を有する従業員の名誉
感情を害したり,外国籍を有することを理由に差別的取扱いが行われる
のではないかとの危惧感を現実的に抱かざるをえないような批判・中傷
や,業務との客観的関連性が認められない特定の歴史観や政治的見解が
記載された文書を広い意味での思想教育とも評価できる程度に反覆継続
して大量に配布することを正当化することはできないというべきである。
さらに,本件文書①は確かに閲読が義務付けられておらず,配布の態
様も,手交したり,机上に配布するなど平穏な方法が用いられ,使用者
において閲読の有無等を確認していなかったことが認められ(前記(1)
キ),その点において,労働者において使用者が配布する文献等を読まな
い自由は一応確保されていたことが認められるものの,先に述べたよう
に,原告が国籍を有する韓国などを激しく非難・中傷する内容や特定の
歴史観や政治的見解が記載された配布物を反復・継続して従業員全体に
大量に配布し,それを違法であると主張して本件訴えを提起した原告に
対し,本件配布②が行われていることに照らしても,就業場所において
従業員間で本件配布①に対して口頭で自由に意見交換をすることは困難
な状況にあったというべきであり,その状況を受忍しなければならない
立場に立たされていたことをも考慮すると,前記事実から,その侵害の
態様,程度が未だ社会的に許容できる限度を超えていないと評価するこ
とはできない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
(エ)また,被告らは,本件配布①のうち部門長会議資料など一部の資料は
原告が配布対象とされていないこと,原告に対する差別的言動や人事上
の不利益は生じていないこと,原告はBに対して自由に自己の思想・信
条を述べることができたことなどを指摘して,原告に対する権利又は法
益の侵害が生じていない旨主張する。
確かに,被告らが指摘する事情は認められるものの(前記(1)イ,サ,
シ),韓国籍を有する原告に対し差別的言動を行ったり,それを理由に人
事上の不利益を与えることは,労働基準法3条が禁止する違法行為その
もので,許されないことは明白であるが,たとえ,被告らがそのような
差別的取扱いを行う意図までは有しておらず,また,原告において現実
に国籍や信条に基づく不利益取扱いを受けたり,思想・信条ないし表現
の自由を直接侵害されることはなかったとしても,前記(イ)で説示した
とおり,当該労働者が国籍を有する国に対する被告Aの顕著な嫌悪感情
に基づき,その国を非難・中傷する文献や,被告らが支持する特定の歴
史観や政治的見解が記載された文献等を,いわば広い意味での思想教育
とも評価できる程度に反覆継続して従業員全体に大量に配布し,当該労
働者に前記嫌悪感情あるいは自己がそれに批判的な信条を有しているこ
とから差別的取扱いを受けるのではないかとの現実的な危惧感を抱かせ
る行為は,労働者の国籍によって差別的取扱いを受けない人格的利益を
具体的に侵害するおそれがあり,その侵害,程度が社会的に許容できる
限度を超え,労働者の人格的利益を侵害するものとして,違法になると
いうべきである。
また,被告らは,原告が上司のBに自己の意見を記載した質問票を提
出したことで,本件配布①に関する意見を自由に表明できた旨主張する
が,上記質問票は,上司に対して自身の悩み等を記載して提出するもの
であって(前記(1)シ),そのような趣旨の文書に本件配布①等の被告ら
の行為について抽象的な表現で疑問を投げかける記載等をして上司に提
出したからといって,就業場所において上記自由な意見交換が可能であ
ったと評価することはできない。
したがって,部門長会議資料など一部の資料は原告が配布対象とされ
ていないことや原告はBに対して文書で自己の意見を述べることができ
たことを考慮しても,本件配布①は,その侵害の態様,程度が社会的に
許容できる限度を超えるものといわざるを得ず,この点において,原告
の人格的利益が侵害されているというべきである。したがって,被告ら
の上記主張は採用することができない。
(オ)そのほかに,被告らは,中韓北朝鮮を批判する文書は全体のごく一部
であり,そのほかにも健康や育児などの資料も配布していることなどを
指摘して,本件配布①が正当である旨主張する。
しかしながら,被告らが本件文書①以外の資料として,健康や育児な
どを主題とする文献等を配布していることが認められるものの(前記(1)
ク),本件文書①と比較して配布の数量や頻度が多いと認めることができ
ず,本件文書①が他の主題を内容とする資料と比べて僅少であったと認
めるに足りる証拠がない。また,本件文書①の主題と異なる他の主題を
内容とする資料が相当数配布されていてこれが正当であるからといって,
そのことを理由として本件配布①が正当であるということはできない。
したがって,被告らの上記主張は,採用できない。
2争点(2)(本件勧奨の違法性ないし職場環境配慮義務違反の有無)について
(1)認定事実
前提事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア平成25年の教科書展示会について
(ア)被告Aは,被告会社の従業員に対し,平成25年3月21日付け及び
同年4月3日付け各文書で,本件活動への参加を呼びかけ,同年5月7
日付け,同月17日付け及び同年6月17日付け各文書で,被告らのい
う自虐史観に基づく記述がされていると被告Aが考える東京書籍などが
発行する教科書の採択を求めず,被告Aの歴史認識に沿った記述がされ
ていると被告Aが考える育鵬社等が発行する教科書の採択を求める旨の
アンケートの記入方法や教科書展示会へ参加する上での注意事項につい
て,録音資料を添付するなどして説明した。
(甲22〔53,293,351頁〕,26,27,31,36,乙22)
(イ)Bは,被告Aと同様に,平成25年4月15日付け,同年6月8日付
け及び同月18日付け各メール及び添付の録音資料等で,原告を含む設
計監理課所属の従業員に対し,本件活動への参加を呼びかけ,基本的に
は全員で参加するように述べた上で,①原告を含む設計監理課所属の全
従業員を対象とする社用車の乗り合わせ表を示し,②本件活動に参加す
る上での注意事項として,社員バッジを外すこと,女性従業員は制服を
着用しないことなどを説明し,③本件活動への参加を希望しない者は参
加しなくてよいが,その旨を申告するよう告知し,④異なる意見を有す
る者は本件活動に参加しないよう求め,「今回は日教組vsフジ住宅の愉
快な仲間たちやから,いうことでよろしくお願いしますね」などと述べ
た。また,Bは,上記①の社用車の乗り合わせなどを準備するために,
設計監理課所属の従業員における参加者を把握していた。
(甲21〔137頁〕,28~30,55,64,丙35,証人B〔3,
4,18,19,25頁〕)
(ウ)設計監理課の全従業員は,平成25年の教科書展示会へ参加してア
ンケートを提出した。原告は,Bによる前記(イ)③の録音資料を聴取して
いなかったことから,Bに対して不参加を申し出ることができず,参加
者として扱われ,同年6月27日,勤務時間中に,同①の乗り合わせ表
に従って社用車に搭乗し,岸和田市内の展示会場へ行き,被告会社から
言われて来たが,こんなことをさせるような人たちが勧める教科書は選
んでほしくない旨記載したアンケートを提出し,その後,終業時間が迫
っていたことを理由に,次の展示会場へ移動せずに社用車から降りて帰
宅した。
(甲110,丙35,証人B〔4頁〕,原告本人〔54,55,60頁〕)
(エ)被告会社は,従業員に対し,幹部従業員による本件活動への参加表明
(例えば,「教科書展示会の件につきましては,おそらく日教組が日本に
とって悪い教科書を採用させるよう組織的に取り組まれてくるとは思い
ますが,会長が仰るように,これは正義と悪の戦いであると思います。
我々社員は同志でありますし…世界に誇る素晴らしい日本を,昔のよう
に取り戻したいと強く強く思っています。」。甲22〔513頁〕等)や,
本件活動に対する好意的な意見(例えば,「日本を良くする為に私達が出
来る具体的な行動として,教科書展示会の件ではアンケート記入例まで
考えて下さり,会長の国を想われるお気持ち,使命感の大きさには感服,
尊敬致しております。」。甲22〔374頁〕等)が記載された平成25
年5月分の従業員作成の感想文等を配布した。
(甲22〔374,382,390,391,433,440,462,
472,481,496,513,550頁等〕)
イ平成26年の教科書展示会について
(ア)被告Aは,被告会社の従業員に対し,平成26年5月14日付けから
同年7月3日付けまでの各文書により,前記ア(ア)と同様に,本件活動へ
の参加を呼びかけ,アンケートの記入方法や教科書展示会へ参加する上
での注意事項について,録音資料を添付するなどして説明した。そのう
ち,同年6月24日付けで配布した文書(甲77)には,鏡文の上部中
央に「重要」と大きな文字で記載されていた。また,被告会社は,従業
員に対し,前記ア(エ)と同様に,本件活動に対する好意的な意見が記載さ
れた同年6月分の従業員作成の感想文等を配布した。
(甲40の3~5,甲61,65~77)
(イ)被告会社の従業員の一部は,「先発隊」と称してあらかじめ教科書展
示会場へ派遣されて,同会場に置かれているアンケート用紙を収集して
被告会社へ持ち帰り,これを被告Aの秘書室が分類した上でアンケート
の提出方法等の情報整理を行った。そして,被告会社の従業員は,本件
活動への参加に先立ち,秘書室が分類したアンケート用紙に事前に記入
して,提出するなどした。(甲40の4,甲65~77)
(ウ)被告Aは,被告会社の従業員に対し,平成26年6月24日付け文書
で,会社の端末ではなく個人の端末を使用して,文部科学省のホームペ
ージに教科書に関する意見を提出するよう呼びかけた。
(甲40の4,甲65~77)
(エ)Bは,原告を含む設計監理課所属の従業員に対し,平成26年の教科
書展示会への参加についても前記ア(イ)と同様にメールで呼びかけた(た
だし,録音資料については配布しなかった。)。また,設計部では,前年
と同様に業務時間中に社用車を使って参加してもらうこととし,事前に
メールによる参加・不参加の確認もされた。原告は,同年の教科書展示
会へ参加しなかったが,原告が所属する設計監理課の従業員の約8割,
原告が所属する同課のCAD担当12名中1名が,これに参加した。
(甲65~77,84,110,丙35,証人B〔4頁〕,原告本人〔2
4頁〕)
ウ平成27年の教科書展示会について
(ア)被告Aは,被告会社の従業員に対し,鏡文の上部中央に「重要」と大
きな文字で記載された同年5月30日付け文書で,前記ア(ア)及びイ(ア)
と同様に,本件活動への参加を呼びかけ,アンケートの記入方法や教科
書展示会へ参加する上での注意事項について,録音資料を添付するなど
して説明した。また,被告Aは,被告会社の従業員に対し,同様に「重
要」と大きな文字で記載された同年6月4日付け文書で,大阪市内の教
科書展示会にて数多く教科書アンケートを記入すれば,育鵬社に採択さ
れる可能性が高くなるという情報を得たとして,パートの人にはその間
の時間給等は被告会社が支出するので,本件活動への参加を呼びかけた。
そして,被告会社では,前記ア(エ)及びイ(ア)と同様に,本件活動に対す
る好意的な意見が記載された従業員作成の感想文等が配布され,前記イ
(イ)と同様に,アンケート用紙の事前収集及び事前作成・提出が行われた。
(甲9,37,40の15・16,78,82,乙20の1ないし5,
弁論の全趣旨)
(イ)被告会社は,平成27年の教科書展示会について,アンケートの取組
に意欲的に参加した従業員を表彰し,大阪府下の首長,教育長及び教育
委員に対してメールやFAXで直接意見することを勧奨し,当該意見を
した従業員の一覧表を従業員に配布し,被告Aと一般財団法人日本教育
再生機構及び育鵬社の担当者との間のやり取りが記載された資料を配布
した。
(甲40の16,62の1・2,78~83,121,乙20の1ない
し5)
(ウ)Bは,原告を含む設計監理課所属の従業員に対し,平成27年の教科
書展示会への参加についても前記ア(イ)及びイ(エ)と同様にメールで呼び
かけた(ただし,録音資料については配布しなかった。)。また,設計部
では,従前と同様に業務時間中に社用車を使って参加してもらうことと
し,Bは,部内で誰が参加するかについては把握していた。原告及び原
告が所属する設計監理課のCAD担当12名は平成27年の教科書展示
会へ参加しなかったが,原告が所属する設計監理課の従業員の約5割が,
これに参加した。
(甲85,110,丙35,証人B〔4頁〕,原告本人〔44頁〕)
エ被告会社の従業員は,平成25年から平成27年までの本件活動につい
て,被告らから業務命令等による強制を受けていなかった。ただし,被告
らは,本件活動を勤務時間中に行うことを許しており,その場合,被告会
社は,その従業員に対して,参加時間中の勤務を免除していた。
(甲9,丙34,35,証人E〔7頁〕,証人B〔3頁〕,弁論の全趣旨)
(2)以上の事実に基づいて,本件勧奨の違法性の有無を検討する。
ア前提事実及び認定事実によれば,本件勧奨は,被告Aの歴史認識や思想・
信条に沿わない内容の教科書の採択を阻止するとともに,被告Aの歴史認
識や思想・信条に沿う内容の教科書の採択を実現することを目的として,
被告Aが,約1000名に及ぶ被告会社の従業員の人的資源を利用して,
上記目的を内容とするアンケートを教育委員会に提出することで同委員会
に対して圧力を掛ける行為であって,組織的,計画的,継続的に行われた
党派的な運動の一環としてされたものというべきであり,教科書採択の中
立性・公正性の確保が要求される地方教育行政に対して殊更に一定の政治
的傾向を顕著に示す動員を行うといういわゆる政治活動であったというべ
きである。
そして,使用者が政治活動の自由を有しているからといって,前記1(2)
イ(ア)で説示したとおり,労働者に業務と関連性のない政治活動を強制す
ることは労働者の政治的自由(自己の意に反して一定の政治的行動をとる
ことを強制されない自由)を侵害し,業務命令権を濫用するもので許され
ないことは明らかである。また,たとえ,それが強制を伴わないものであ
っても,従業員に対する教育訓練と異なり,労働契約によって取得する使
用者における労働力の利用権の範囲に含まれているということはできず,
そもそも労働契約上予定されていないものであり,様々な思想・信条及び
主義・主張を有する労働者が存在することが当然に予定されている企業で
は,企業内における労働者の思想・信条等の精神的自由が十分尊重される
べきである上(最高裁昭和63年判決参照),憲法14条1項を受けて均等
待遇の原則を規定している労働基準法3条が,使用者に対し,信条に基づ
く差別的取扱いを禁止し,労働者が就業場所において信条によって差別的
取扱いを受けない人格的利益を保障されていることからすると,使用者が
就業場所において政治活動を任意に勧奨するにあたっては,労働者が不参
加にあたり,前記政治活動に対する見解を表明することを余儀なくされた
り(政治的見解の表明を強制されない自由を侵害されたり),不利益を受け
ることのないよう,労働者の政治上の思想・信条に対して従業員に対する
教育訓練の場面よりも一層慎重な配慮を要するというべきである。
したがって,使用者が自己の支持する政治活動への参加を従業員に促す
ことについては,たとえ参加を強制するものではないとしても,前記の点
や参加の任意性(勧奨の態様や不参加の容易性)等の諸般の事情を総合的
に判断して,その勧奨が,労働者の思想・信条の自由を侵害するか具体的
に侵害するおそれがあり,その態様,程度が社会的に許容できる限度を超
えている場合には違法になるというべきである(最高裁昭和48年判決参
照)。
イこれを本件についてみると,前記1(2)イ(イ)で説示したとおり,被告会
社は,特定の思想・信条を雇用条件としたいわゆる傾向企業ではなく,様々
な思想・信条及び主義・主張を有する労働者が存在することが当然に予定
されている企業といえるにもかかわらず,本件勧奨は,前記のとおり,被
告Aの歴史認識や思想・信条に沿う内容の教科書の採択を実現することを
目的として教科書展示会へアンケートを提出するという本件活動への参
加を被告会社の従業員に対して任意に促す政治活動であって,住宅販売等
の被告会社の事業と関連しないことは明らかである上,本件配布①とは異
なり,従業員に対し,上記会場へ移動した上,被告Aが推奨する教科書の
採択を求めるという特定の政治的意見の表明を含む負担を伴う積極的な
作為を求めるものであり,原告を始めとする様々な思想・信条及び主義・
主張を有する被告会社の従業員の思想・信条に大きく介入するおそれがあ
るものである。
この点,被告らが主張するとおり,従業員が上記活動に参加するか否か
は任意であったことを前提としても,被告会社においては,被告Aの肉声
の録音資料を添付し,前記活動が重要であると明記した説明文書等を業務
上配布し,あらかじめ収集されたアンケート用紙への事前記入を促したり,
意欲的に参加した従業員を社内で表彰をしたり,本件活動に好意的な見解
を示す従業員作成の感想文等や育鵬社の担当者との連絡文書を社内で配
布・回覧するなどして強く本件活動を奨励しており(Bにおいても,平成
25年の教科書展示会について,原告を含む設計監理課の部下に対して,
基本的には全員で参加するよう呼びかけた上で,不参加を申し出ない限り
社用車に乗り合わせて参加する予定であるとして扱い,勤務時間中に社用
車を使用して会場に赴いており,「今回は日教組vsフジ住宅の愉快な仲間
たちやから,いうことでよろしくお願いしますね」などと述べて,本件勧
奨に応じる者が被告会社の仲間であり,これに応じない者が仲間ではない
かのように従業員に受け止められる言動をし,本件勧奨に応じることが職
務上望ましいかのような価値観を所属の部下に伝えていた。),本件活動に
参加した従業員には,参加時間中の勤務を免除するなど,被告会社におい
ては,前記活動を被告会社の業務と同様に取り扱っていたため,本件活動
に批判的な見解を有する従業員は,そもそも本件活動への不参加を申し出
ることを事実上余儀なくされ,思想・信条を他者に表明しない自由を害さ
れる上,参加しないことにより,参加者と異なり業務の免除がされないと
いう点で差別的取扱いを受けるばかりか,管理職の発言から明らかなとお
り,自己の信条により使用者側からその他にも差別的取扱いを受けるので
はないかという現実的な危惧感を抱かせるものであり,その結果,被告ら
の政治活動に同調する方向の圧力を黙示的に受けていたというべきであ
る。
以上によれば,本件勧奨は,業務と関連しない政治活動であって,労働
者である原告の政治的な思想・信条の自由を侵害する差別的取扱いを伴う
もので,その侵害の態様,程度が社会的に許容できる限度を超えるものと
いわざるを得ず,原告の人格的利益を侵害して違法というべきである。
ウこれに対し,被告らは,本件勧奨が全くの任意であり,その旨を周知し,
参加状況を把握していなかったものの,実際に参加していない従業員が多
数存在していること,本件勧奨に応じなかったことを理由として不利益取
扱い等をしていないこと,原告において自己決定権に基づいて本件勧奨に
応じていなかったことから,原告の権利法益の侵害が生じていない旨主張
する。
しかしながら,被告らが引用する書証(甲9,乙20の1~5)は,原
告が平成27年1月6日付けで被告会社に対して本件勧奨をしないよう
申し入れた(前提事実(5))後に作成された社内文書であるところ,上記申
入れ以前に作成された社内文書において,任意であるとか,強制ではない
といった記載は見当たらない。
この点を措いて,仮に本件勧奨が任意である旨周知されていたとしても,
被告会社の職場において完全に任意性が担保されていたとまでは評価し
難いことは前記イで説示したとおりである。また,実際に参加していない
被告会社の従業員数については,証拠上明らかではないが,少なくとも原
告の所属する設計監理課においては,平成25年には全員が,平成26年
には約8割が,平成27年にも約5割が参加している。
さらに,原告が,自己の意思に基づいて,平成25年の教科書展示会の
一部に参加せず,被告らの促しと異なる内容のアンケートを提出し,平成
26年及び平成27年の教科書展示会にはそもそも参加しておらず,これ
らを理由に不利益取扱いを受けていないことを被告らは指摘するが,少な
くとも,前記活動に参加しないことにより,従事していた業務を免除され
なかった点については,参加した従業員との間に差別的取扱いがされてい
るというべきである。また,業務と関連しない政治活動はそもそも労働契
約と無関係であり,使用者が業務の通常の過程においてその地位を利用し
て様々な政治上の思想・信条を有することが予定されている従業員に促す
ことは本来不適切であって,従業員に対して不利益や負担等を負わせるこ
とは許されないにもかかわらず,それに批判的な見解を有している原告が
その不参加を表明しなければならないこと自体が,その思想・信条の自由
を害するものであって,被告らの主張は採用することができない。
3争点(3)(本件配布②の違法性)について
(1)認定事実
前提事実(5),(6),後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が
認められる。
ア原告は,平成27年8月31日に本件訴えを提起した後,会見を開くな
どした。そして,同年9月1日,本件訴え提起の事実が,「育鵬社教科書の
採択運動勤務先で強要され苦痛在日韓国人女性,大阪で提訴」「職場で
民族差別在日の女性提訴」「資料に差別表現勤務先を損賠提訴」「憎悪
表現文書勤務先が配布」「民族差別的表現文書を社内で配布在日韓国
人女性が提訴」などの見出しで新聞報道され,その中には被告会社の実名
が記載されたものもあった。(丙15の1~5)
イ被告会社は,原告の氏名及び所属部署を秘した上で従業員に対して本件
訴えについて説明し,同年9月7日から同月25日までの間,全従業員に
対し,本件訴えや提訴者に対する批判が記載された従業員作成の感想文等
を配布し(本件配布②),以後現在に至るまでその配布を継続している。
(甲89,91,94の1~3・4の1~8,95の1・2・3の1~1
1,96の1~3・4の1~29,97の1・2・3の1~17,弁論の
全趣旨)
ウ本件配布②は,被告Aが,被告会社に提出された多数の感想文等の中か
ら選別した上で,原告に対し,本件訴えが間違っており許されないことで
ある旨を知らせるために行われたものであった。
(被告A本人〔49,50頁〕)
エ原告の支援団体は,少なくとも平成28年1月から平成29年9月頃に
かけて,本件訴えへの支援を呼びかけるために,被告会社がヘイトスピー
チを含む,人種差別やパワーハラスメントを行っている旨記載したチラシ
の配布や署名活動を行った。(丙16の1~3,17,18)
(2)認定事実によれば,本件配布②は,前記1,2で述べたとおり,被告らが
行った本件配布①及び本件勧奨はいずれも原告に対する不法行為を構成する
ものであるにもかかわらず,その救済を求めて本件訴えを提起した原告に対
して,本件訴えが不当であることを,主に被告会社の従業員が本件訴え及び
提訴者を批判していることを内容とする多数の文書を社内に配布することに
より周知して,原告の前記行為を批判するものであって,原告に対する報復
であるとともに,原告を社内で孤立化させる危険の高いものであり,原告の
裁判を受ける権利を抑圧するとともに,その職場において自由な人間関係を
形成する自由や名誉感情を侵害したものというべきであって,違法であるこ
とは明らかである。
(3)これに対し,被告らは,本件配布②の必要性・正当性として,原告及びそ
の支援団体が,本件訴えを提起して,ヘイトスピーチ,ヘイトハラスメント
を行う企業であると喧伝して署名活動を行い,これを受けて,被告会社が人
種民族差別を行っているとか,従業員に特定の思想を強要しているなどとい
った印象を抱かせる報道がされるに至り,本件訴えにより被告会社の対外的
イメージが低下するとともに意欲的な従業員の士気が低下するなどの不利益
を受けたことからその回復を図るために被告会社の従業員に対して原告の個
人識別情報を秘した上で本件訴えを説明したところ,従業員において本件訴
えを主題とする多数の感想文を提出されたことから,従業員に対する鼓舞や
士気の低下の抑止に資するものとして,本件配布②を行ったことを主張する。
この点,本件配布①が直ちに原告に対する差別的言動として違法であると
評価することはできないことは前記1(2)ア(ウ)で説示したとおりであるし,
本件勧奨についても,前記2(2)イで説示したとおり,原告は同調する方向の
圧力を黙示的に受けていたとはいうものの,本件活動への参加を拒絶するこ
とができたのであるから,原告の本件訴え提起に関し,少なくとも,被告会
社において,民族差別が行われており,本件活動への参加が強要されている
かのような新聞報道がされたのは事実と異なるというべきであるし,原告及
びその支援団体が,本件訴えのみならず街頭宣伝活動においても,被告会社
について,本件配布①を行っていることをもって,被告会社が人種的憎悪・
差別を正当化したり助長している,いわゆるヘイトスピーチ,ヘイトハラス
メントを行う企業であると主張したり,喧伝したこと(前記(1)エ)は,適切
な表現とは言い難いというべきである。
しかしながら,原告が本件訴えで主張したとおり,本件配布①や本件勧奨
がいずれも原告に対する不法行為を構成することは前記1,2で説示したと
おりであり,本件文書①の内容に照らせば,本件配布①に関して,原告らが
前述のように主張したことにも相応の根拠があるのであって,それを直ちに
違法と評価することはできない。
そして,その救済を求めて原告が本件訴えを提起したことにより,被告会
社の対外的イメージが低下したり,従業員の士気が低下したとしても,それ
は被告らが不法行為を行った結果にすぎず,本件配布②を正当化する根拠と
はなりえない。
したがって,まずは,被告らにおいて自己の不法行為である本件配布①や
本件勧奨を改めるべきであるにもかかわらず,逆に,従業員に対し,自己の
行為を正当化する主張を周知し,原告を社内で疎外するような対応をしてい
ることは,むしろ違法性を高める事情になるというべきである。
なお,被告らが指摘する原告及びその支援団体による街宣活動等について
は,本件配布②以前に行われていたことを認めるに足りる証拠がないから,
そもそも本件配布②の必要性・正当性を基礎付ける事情として認めることが
できない。仮に,上記街宣活動等が本件訴え提起直後にされていたとみる余
地があるとしても,本件配布①及び本件勧奨が原告に対する不法行為を構成
するものであることは前記1,2で説示したとおりであり,これに照らせば,
原告及びその支援団体が本件配布①及び本件勧奨を違法であると公表してそ
の阻止を求める街頭宣伝活動等を行うこと自体は正当な言論活動であって,
その表現内容についても,前述したとおり,相応の根拠があるのであって,
未だ不法行為を行った被告らが受忍すべき限度を超えて社会的相当性を逸脱
する程度に達していると評価することはできない。
したがって,この点に関する被告らの主張も採用することができない。
(4)さらに,被告らは,本件訴えを主題とする感想文等の分量が僅少であるこ
とや,本件配布②において原告を特定できる情報は記載されておらず,原告
において社内において疎外されるなどの具体的な不利益を被っていないこと,
被告らを批判してその名誉,信用等を毀損しかねない喧伝を行っている原告
は本件配布②による不快感について受忍すべきであることなどを主張する。
しかしながら,被告らが指摘する感想文等の分量については,平成29年
4月から6月までの限られた期間において僅少であったことを意味するにと
どまり,本件訴え直後である平成27年9月において,本件訴えを主題とす
る感想文等が多数であったことを否定する事情にならないというべきである。
また,前記(2)で説示した本件配布②の目的や態様に照らせば,本件配布②は,
たとえ配布対象の他の従業員において本件訴えを提起したのが原告であると
特定できず,現実に原告に対する差別的言動がなされていないとしても,原
告に対し,前記1,2で述べたとおり,理由のある本件訴えを提起したこと
を非難し,会社内において孤立しているとの疎外感を与えるもので,その裁
判を受ける権利を抑圧するとともに名誉感情を害するなどの深刻な不利益を
与えるものであることは明らかであり,被告らが指摘する本件訴えの報道内
容(丙15の1~5)や原告支援団体の活動内容(丙16の1~3,17,
18)等を考慮しても,本件配布②を正当化することはできず,被告らの主
張は採用することができない。
4前記1ないし3によれば,本件配布①,本件勧奨及び本件配布②は,いずれ
も違法と認められ,これらはいずれも被告会社の代表取締役である被告A及び
その意を受けた被告会社がした一連の不法行為であると解されるから,被告A
は不法行為責任(民法709条)を,被告会社は少なくとも会社法350条の
責任を,原告に対しそれぞれ負うことになる。
5争点(4)(損害の有無及びその額)について
前記で説示した本件配布①,本件勧奨及び本件配布②の目的・態様や,これ
らによる原告の被害状況(甲32,110,原告本人)のほか,原告が代理人
弁護士を通じて被告会社に対して本件配布①及び本件勧奨を止めるよう求めた
にもかかわらず被告らから何らの配慮を受けなかったばかりか,Bを介して3
00万円の支払と引き換えに被告会社を退職してはどうかと勧奨され(前提事
実(5)。なお,上記退職勧奨自体はその内容に照らすと違法性を有するとはいえ
ないが,前述したとおり,原告に対し不法行為を行った被告会社が,その不法
行為を改めることなく,むしろ被害者の原告に退職を勧奨したことは,慰謝料
の算定において考慮すべきである。),本件訴えを提起するや本件配布②によっ
て著しく名誉感情を害されるに至ったこと,他方で,被告らの行為がいずれも
命令としての性質を有するものではなく,原告個人に対する直接の差別的言動
や人事上の不利益取扱いといった具体的な被害が生じていないこと,その他本
件に現れた一切の事情を考慮すると,原告が受けた精神的苦痛の慰謝料として
は100万円とみるのが相当である。また,本件と相当因果関係のある弁護士
費用は10万円とするのが相当である。
第4結論
以上によれば,原告の請求は,被告Aに対して,不法行為に基づき,被告会
社に対して,会社法350条に基づき,いずれも損害賠償として連帯して11
0万円及びこれに対する不法行為後の日である平成27年10月8日から支払
済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由
があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれらをいずれも棄却する
こととして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所堺支部第1民事部
裁判長裁判官中垣内健治
裁判官横路朋生及び同山田雅秋は,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官中垣内健治

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