弁護士法人ITJ法律事務所

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平成16年1月9日判決宣告
平成15年(わ)第865号
窃盗被告事件
            主       文
被告人を懲役1年6月に処する。
    この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
    訴訟費用は被告人の負担とする。
  理       由
(罪となるべき事実)
 被告人は,平成15年5月15日午後1時50分ころから午後2時40分ころまでの間,京
都市伏見区【以下省略】所在の株式会社Aが経営するパチンコ店「B」において,同店に
設置された回胴式遊技機(通称パチスロ機)が図柄抽選に一定の乱数周期を用いている
ことを奇貨として,この乱数周期とほぼ一致する周期でスタートレバーを叩く機能を有す
る電子機器(体感機)を使用することによって,同遊技機が予定している確率よりも極め
て高い確率で当たりを意図的に出現させ,同遊技機から同店店長C管理に係る遊技用
メダル1208枚(貸出価格合計2万4160円)を窃取したものである。
(証拠の標目)
【省略】
(争点に対する判断)
1 被告人は,判示パチンコ店において,いわゆる体感機を使用して回胴式遊技機(以
下「パチスロ機」という)で遊技し,遊技用メダル(以下単に「メダル」という)を取得したこ
とは間違いないけれども,体感機の仕組みは知らなかったし,当たりが出やすくなる
機械だとは思っていたが,その詳しい使い方も知らなかったなどと述べている。そし
て,弁護人は,この被告人の供述を前提として,被告人が,体感機のメカニズムにつ
いて全く知識を有していなかったことや,体感機が,パチスロ機に影響を及ぼして,当
たり確率を変動させたり,誤作動を生じさせたりするものではないことを理由に,本件
遊技行為とメダルを取得したこととの間には相当因果関係がなく,被告人の行為は
「窃取」に該当しないから窃盗罪は成立せず,被告人は無罪である旨主張する。
2 関係証拠によれば,以下の事実を認めることができる。
(1) パチスロ機は,スタートレバーを押して,図柄の描かれた3個のドラムを回転さ
せ,その図柄の揃い方によって,当たり外れや,「大当たり」「小当たり」等の当たり
の種類が決り,かつ,当たりの種類に応じた数のメダルを取得することができる遊
技機であり,その図柄の描かれた回転するドラムは,スタートレバーを押すことによ
り回転を始め,ストップボタンを押すことにより停止するところ,その図柄の抽選は
一定の乱数周期に従っている。そして,当たりが出るか否かは,スタートレバーを
押した時に決り,ストップボタンを押すタイミングは基本的には関係がない。
 (2) いわゆる体感機は,パチスロ機で遊技をする際に,当該パチスロ機の図柄抽選の
乱数周期と同じ周期でスタートレバーを押すための機械であり,これを用いて当た
りが出るタイミングを探り当て,当たりを連続して出すために使用することを目的と
するものであるところ,本件で使用された体感機は,制御基板,スイッチ基板,「H」
ボタン,「+大」ボタン,バッテリー,ソレノイド,ワイヤー等で構成されている。制御
基板の内部にはマイコンが搭載され,ソレノイドのプランジャー部が可動式になって
おり,「H」ボタンを押すとワイヤーが引き込まれ,そのワイヤーの先端をパチスロ
機のスタートレバーである握り玉に装着しておくと,スタートレバーが押されることに
なる。そして,スイッチ基板には,電源スイッチのほか,「+小」「+」「-大」「-小」
「-」の各ボタン等が取り付けられており,これらのボタンおよび前記「+大」ボタン
は,ソレノイドを動作させるタイミングを,パチスロ機の乱数値の大きい方にずらし
たり,小さい方にずらしたりするためのものであり,かつ,そのずらし方を調節する
ものである。
 (3) 本件で被告人が遊技したパチスロ機「○○」は,通常の方法で遊技した場合,大
当たりが出る確率は約300分の1である。しかし,捜査段階で本件体感機につい
て鑑定をしたところ,上記パチスロ機の製造会社において把握している体感機の操
作手順に沿って,本件体感機を使用して遊技すれば,大当たりが出る確率は約40
分の1から約10分の1まで高めることができるというのである。すなわち,本件体
感機を使用すれば,パチスロ機で大当たりが出る確率は著しく上昇する。
3 そうすると,体感機を使用し一定の手順に従ってパチスロ機で遊技すれば,当該パ
チスロ機についてパチンコ店が予定しているよりも高い確率でメダルを取得すること
ができるのであるから,客が体感機を用いて遊技すれば,パチンコ店は,予定する収
益を上げることができないことは明白である。そして,このような遊技行為が,パチン
コ店で予定されている遊技方法でないことはいうまでもない。現に,被告人が本件遊
技行為をした判示パチンコ店でも,パチスロ台等に,体感機の使用を禁止する旨記載
した張り紙をするなどの方法で,体感機を使用した遊技を禁止することを店内の各所
に明示している。
 したがって,体感機を使用して遊技することが,パチンコ店側の意思に反することは
明らかであり,体感機を用いてパチスロ機からメダルを取得することは,パチンコ店側
の意思に反して,メダルの占有を取得するものであるから,窃盗罪にいう「窃取」行為
に該当することは明らかである。
4 関係証拠によれば,被告人は,体感機を自己の身体に装着し,これを着衣で隠した
上,パチスロ機のスタートレバーに左手親指を置き,その親指に結んだ釣り糸の端を
ソレノイドに固定し,「H」ボタンを押してソレノイドが動けば,釣り糸に引っ張られて左
手親指が動いてスタートレバーを引き下げるという方法で遊技をし,その結果,メダル
1208枚を取得していたことが認められる。
 そして,このとき体感機を操作した方法について,被告人は,パチスロ機にコインを
3枚投入した後,右足親指の裏に固定した「+大」ボタンを指の腹で2回押し,「H」ボ
タンを押してスタートレバーを引き下げ,停止ボタン3個を押して,パチスロ機のドラム
を停止させるなどという方法で遊技を行い,これを繰り返していた旨供述している。
 このように「+大」ボタンを2回ずつ押した上で遊技することを繰り返せば,スタートレ
バーを引き下げるタイミングは少しずつずれていき,いずれ当たりのタイミングを探り
当てることになる筈である。そうすると,被告人の遊技方法は,パチスロ機の製造会
社において把握している体感機の操作方法と比較すると,同会社の把握している操
作手順ほどには,体感機の性能を十分に発揮させるほどのものではなく,したがっ
て,パチスロ機の当たりの出る確率が,同会社の把握する操作手順による場合と同
程度までは高まらないとしても,通常の遊技方法による場合に比べれば,明らかに高
まるものと認められる。
 なお,パチスロ機の製造会社において把握している体感機の操作方法は,釣り糸を
直接スタートレバーに結ぶものであるところ,被告人は,釣り糸を自己の親指に結び,
それをスタートレバーの上に置く方法で使用しており,操作手順に異なる部分がある
けれども,この操作手順の違いが,当たりの出る確率に大きな影響を及ぼすことはな
く,通常の遊技方法に比べて,その確率が明らかに高まるものであることに変わりは
ない。
5 また,体感機の機能や性状,使用方法等に加え,一般的なパチンコ店における対応
等の状況に照らせば,体感機を使用する者は,それを使用した遊技行為がパチンコ
店側の意思に反する遊技方法であることを,当然に認識した上でそれを使用している
ものと認定するのが相当である。
6 ところで,被告人は,本件体感機を使用した遊技行為が窃盗に当たるとは思っておら
ず,逮捕されるなどとは考えてもいなかったなどと述べ,本件の体感機を買うまで,体
感機について話を聞いたりしたこともなく,それが何かはよく分からなかったけれど
も,大阪市西成区内で見知らぬ中国人から声をかけられ,パチスロ機の当たりが来
やすくなると聞いて,興味があったので代金10万円を支払って買った,その際,操作
方法については説明を受けたが,どのような仕組みで当たりが出るのかは知らなかっ
た,体感機を使用していることが店にばれたら出入り禁止になるとも言われたが,警
察には捕まらないと聞いた,どうして出入り禁止になるのか考えたことはない,体感機
を使用する際は,人に見られないように着衣の中に隠して装着し,店員の動きにも注
意していたなどと供述し,弁護人は,このような認識では,窃盗罪の故意があるとは
いえないから,被告人は無罪であると主張する。
 しかし,仮に,被告人の供述どおりの心理状態であったとしても,体感機の使用が
明らかになれば,パチンコ店から出入りを禁止されることを認識し,本件体感機を着
衣の内側に装着した上,店員の動きにも注意していたことなどに照らせば,被告人
が,本件体感機を使用してメダルを取得することがパチンコ店側の意思に反すること
であるとの認識を欠いていたとは認められない。
 加えて,見知らぬ中国人から,突如として体感機の購入を持ちかけられること自体,
そもそも不自然である上,それがいかなる性能を有するものかもよく分からずに,10
万円もの大金を支払って買うとは考え難いこと,購入した際の状況についての被告人
の説明は,まことに曖昧で信憑性に欠けること,パチンコ店から出入りを禁止されるこ
とを十分に認識し,店員の動きも気にかけていたにもかかわらず,警察には捕まらな
いと思い込んでいたという心理も理解し難いことなどに照らせば,被告人の供述は,
まことに不自然不合理であって,全体として到底信用することができない。
 なお,弁護人は,体感機のメカニズムについて,被告人が全く知識を有していないこ
とを指摘する。しかし,機械等を犯罪の道具として使用する場合,犯罪が成立するた
めには,行為者が,その機械等のメカニズムについて知っていることは必要でなく,そ
の使用目的と操作方法とを知っていれば足りることは多言を要しないところ,被告人
は,少なくとも,体感機がパチスロ機の当たりが出る確率を高くする機械であると思っ
て入手したものであり,その際,操作方法についても一応教示されていたことが,関
係証拠から優に認められるのであるから,被告人が,体感機のメカニズムについて全
く知識を有していないことは,犯意の有無を左右するものではない。
 したがって,本件遊技行為時に,被告人が窃盗の故意を有していたことも明らかと
いうべきである。
7 弁護人は,確実にメダルを取得することができるのでなければ,体感機を使用して遊
技したこととメダルを取得したこととの間に相当因果関係は認められず,本件でメダル
を取得したことは,全くの偶然に過ぎないから,罪刑法定主義,類推解釈禁止の大原
則に立ち返るならば,メダル取得との間に相当因果関係がない行為をした被告人は
無罪であるなどと主張する。
 しかし,体感機は,電波を発するなどしてパチスロ機の動作に直接影響を及ぼすも
のでなく,あくまで通常の遊技を装って使用するものである以上,メダルを取得できる
か否かが,最終的には可能性の問題に帰することは当然である。前述のように,本
件体感機が,当たりの出る確率を著しく向上させる機能を有し,被告人自身,当たり
が出やすくなると思って使用していたことに照らせば,体感機を使用した遊技によって
通常よりも高い確率で当たりが得られることは,誰もが予想する至極当然の結果とい
うべきであるから,相当因果関係があることは明らかである。
 そうすると,このような占有者の意思に反する占有の取得は,まさに窃盗罪の構成
要件の予定するところであるから,罪刑法定主義,類推解釈禁止の原則に反しないこ
とも明白である。
8 以上説示したとおり,被告人の本件行為は,故意の点も含めて窃盗罪の構成要件に
該当する。
(法令の適用)
 被告人の判示所為は刑法235条に該当するので,その所定刑期の範囲内で被告人
を懲役1年6月に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から
4年間その刑の執行を猶予し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項本文によ
り全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
 本件は,いわゆる体感機を使用してパチスロ機で遊技し,メダルを窃取したという事案
である。
 被告人は,より多くのメダルを取得するため,安易に体感機を使用したもので,本件
は,自己の行為の意味を全く考えない浅はかで軽率な犯行である。本件の被害額は,2
万円を超えており低額とはいえない。このような体感機の使用が横行すれば,パチンコ
店の損害は計り知れないものとなることは明白で,近時その使用が増加していることに
かんがみれば,被害店が厳重処罰を望むのも当然である。被告人は,体感機を着衣の
中に隠して装着するなどしておきながら,パチンコ店が体感機の使用を禁止していること
は,行為時には分からなかったなどと述べて,不合理な弁解に終始している上,被告人
が供述する体感機の入手方法等には首肯し難い点があることなどに照らせば,被告人
については真摯な反省の態度を窺うこともできない。
 しかし,被告人が現行犯逮捕されたため,その取得したメダルは全部被害店に返還さ
れており,実質的な被害は生じていないこと,被告人は,その反省の態度が十分とはい
い難いものの,周りに迷惑をかけたなどとして,一応謝罪の弁を述べていること,未だ若
年であり前科はないことなどを考慮して,被告人に対しては刑の執行を猶予することとし
た。
  平成16年1月9日
    京都地方裁判所第2刑事部
      裁判長裁判官   楢   崎   康   英
         裁判官神   田   大   助
         裁判官矢   野   仁   美

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