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平成16年(行ケ)第264号 審決取消請求事件(平成17年2月24日口頭弁
論終結)
          判           決
     原      告      大同特殊鋼株式会社
     訴訟代理人弁理士      須賀総夫
  被      告      日立金属株式会社
     訴訟代理人弁理士      田邊義博
          主           文
      特許庁が無効2003-35148号事件について平成16年4月2
7日にした審決を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   被告は,名称を「マルエージング鋼およびその製造方法」とする特許第29
09089号発明(平成元年4月26日特許出願〔以下「本件特許出願」とい
う。〕,平成11年4月2日設定登録,以下,その特許を「本件特許」という。)
の特許権者である。
 原告は,平成15年4月14日,本件特許を無効にすることについて審判の
請求をし,無効2003-35148号事件として特許庁に係属した。
 特許庁は,上記事件について審理した上,平成16年4月27日に「本件審
判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年5月11日,原告
に送達された。
 2 本件特許出願の願書に添付した明細書(以下,図面と併せて「本件明細書」
という。)の特許請求の範囲記載の発明の要旨
【請求項1】重量%で,C0.03%以下,Si0.1%以下,Mn0.1%
以下,P0.01%以下,S0.01%以下,Ni16~20%,Co7~14
%,Mo3.0~5.5%,Al0.2%以下,Ti0.3~2.0%,N0.0
1%以下,B0.0003~0.01%を含有し,残部が実質的にFeからなり,
かつ結晶粒度がASTM No.で10以上の細粒であることを特徴とする,超微
細結晶粒を有するマルエージング鋼。
【請求項2】請求項1に記載の組成からなるマルエージング鋼を,熱間加工後
800~950℃の温度で固溶化処理を行ない,その後加工率で10%以上の冷間
加工を行なった後,さらに再結晶温度以上の温度で固溶化処理を行なうことを特徴
とする超微細結晶粒を有するマルエージング鋼の製造方法。
(以下,上記【請求項1】,【請求項2】記載の発明を「本件発明1」,「本
件発明2」という。)
 3 審決の理由
   審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,請求人(注,原告)の主張する無
効理由,すなわち,①本件発明1は,AerospaceStructuralMetalsHandbook,
1999Edition,Code1225,p.1(審判甲4・本訴甲7,以下「刊行物4」という。)
に記載された発明(以下「刊行物4発明」という。)及び特開昭53-70023
号公報(審判甲2・本訴甲5,以下「刊行物2」という。)に記載された発明(以
下「刊行物2発明」という。)並びにArch.Eisenhuttenwes.47,(1976)Nr.11
November,p.697-702(審判参考資料1・本訴甲10,以下「参考資料1」とい
う。),TransactionsoftheASM,vol.55(1962)p.58-76(審判参考資料2・本訴甲
11,以下「参考資料2」という。),JournalofMetals,
March(1963)p.200-204(審判参考資料3・本訴甲12,以下「参考資料3」とい
う。),特開昭50-79417号公報(審判参考資料4・本訴甲13,以下「参
考資料4」という。),特開昭51-87118号公報(審判参考資料5・本訴甲
14,以下「参考資料5」という。)及び特開昭61-15917号公報(審判参
考資料6・本訴甲15,以下「参考資料6」という。)に記載されたものに基づい
て当業者が容易に発明をすることができたものであり,②本件発明2は,刊行物2
発明,特開昭53-70024号公報(審判甲3・本訴甲6,以下「刊行物3」と
いう。)に記載された発明及び刊行物4発明並びに参考資料4,5に記載されたも
のに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明
1,2に係る本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,
同法123条1項2号の規定により無効とされるべきものであるとの主張に対し,
①本件発明1は,刊行物4発明と特開昭61-210156号公報(審判甲1・本
訴甲4,以下「刊行物1」という。),刊行物2,3,A.M.Hall&C.J.Slunder,
TheMetallurgy,Behavior,AndApplicationofthe18-PercentNickelMaraging
Steels,1968,NASASP-5051p43-48(審判甲5・本訴甲8,以下「刊行物5」とい
う。),昭和56年2月28日科学技術庁金属材料技術研究所発行「研究報告集2
(昭和56年版)」138頁~157頁(審判甲7・本訴甲9,以下「刊行物7」
という。)及び参考資料1~6記載のものに基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたとすることはできず,②本件発明2は,刊行物2発明と刊行物1,3~
5及び7並びに参考資料1~6記載のものに基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたとすることはできないから,請求人の主張及び証拠方法によっては,本
件発明1,2に係る本件特許を無効とすることはできないとした。
第3 原告主張の審決取消事由
   審決は,本件発明1の進歩性の判断を誤り(取消事由1),本件発明2の進
歩性の判断を誤った(取消事由2)ものであるから,違法として取り消されるべき
である。
 1 取消事由1(本件発明1の進歩性の判断の誤り)
(1)審決は,本件発明1と刊行物4発明との一致点として,「『C,Si,M
n,P,S,Ni,Co,Mo,Al及びTiを含有し,C,Si,Mn,P,
S,Ni,Co,Mo,Al及びTiの含有量が重複するマルエージング鋼』であ
る点」(審決謄本8頁第2段落)を,相違点(1)として,「本件発明1は,B
0.0003~0.01%を含有するのに対して,甲第4号証発明(注,刊行物4
発明)は,任意添加成分としてB0.003%,Zr0.02%及びCa0.05
%を含有することができる点」(同第3段落,以下「相違点(1)」という。)
を,相違点(2)として,「本件発明1は,結晶粒度がASTM No.で10以
上の細粒である超微細結晶粒を有するのに対して,甲第4号証発明は,結晶粒の結
晶粒度が明らかでない点」(同第4段落,以下「相違点(2)」という。)を,相
違点(3)として,「本件発明1は,マルエージング鋼のNを0.01%以下に規
制するのに対して,甲第4号証発明は,マルエージング鋼のN含有量を規制してい
ない点」(同第5段落)を認定した上,相違点(1),(2)については,当業者
が容易に想到することはできないとして本件発明1の進歩性を肯定したが,誤りで
ある。
(2)一般に,結晶粒を微細にすれば靭性が向上することが期待でき,靭性の向
上の裏には,結晶粒の微細化があると考えるのが,本件特許出願時の当業者の技術
常識であった。ところが,審決は,本件発明1の進歩性を評価するに当たり,結晶
粒の微細化と靭性の向上との関係を殊更遮断し,マルエージング鋼の靭性向上に関
する先行技術文献を,結晶粒の微細化に関する直接の記載がないことを理由に,進
歩性の判断資料から排除し,当業者の技術常識とは異なる判断基準を採用し,発明
の効果と,それが発現する機構とを正しく区別することなく論を進め,その結果,
誤った結論に至ったものである。
(3)本件発明1の構成のうち,合金組成,すなわち,特定量のBをマルエージ
ング鋼に添加すること自体は,刊行物4(甲7)などにより公知の事項であるか
ら,本件発明1の進歩性は,他の構成である,結晶粒度の限定が持つ意義によって
左右されるものである。ところが,本件明細書(甲2)には,「結晶粒度がAST
M No.で10以上の細粒」との限定により,靭性その他の物性にどのような差
異が生じるのか,データが示されておらず,上記数値は,単なる「線引き」でしか
ないと理解される。参考資料4,5(甲13,14)に記載されたように,結晶粒
度が10以上の細粒であるマルエージング鋼は,本件特許出願前に既に公知であっ
たから,上記10という数値の持つ意義を明らかにすべき必要があるにもかかわら
ず,審決は,その意義を検討していない。
(4)審決の,「甲第4号証発明(注,刊行物4発明)は,18%Niマルエー
ジング鋼に任意添加成分としてB0.003%を含有することができるという程度
のものであり,しかも甲第4号証(注,刊行物4〔甲7〕)には,この『B』がど
のような効果を期待して添加されるのか等について一切記載されていないから,甲
第4号証は,Bの添加と固溶化処理と冷間加工との組合せによる結晶粒の超微細化
という本件発明1の上記知見(注,「『マルエージング鋼の結晶粒微細化に有効な
合金元素について,種々検討した結果,一定量のBを添加したマルエージング鋼に
特定の固溶化処理と冷間加工条件を組み合わせた場合にのみ超微細な結晶粒が得ら
れる』〔注,本件明細書〈甲2〉4欄第2段落〕との知見」〔審決謄本8頁下から
第2段落〕)や具体的な『ASTM No.で10以上の超微細結晶粒』について
何ら示唆するものではない」(同8頁最終段落~9頁第1段落)との説示によれ
ば,審決は,固溶化処理と冷間加工との組合せをも本件発明1の構成であるとする
要旨認定に基づいて論を進めていることが明らかである。しかしながら,本件発明
1の構成は,上記第2の2【請求項1】に記載された合金組成と特定の結晶組織に
尽きるのであり,それ以外の構成を認定したことは,明らかに誤った要旨認定であ
る。
(5)審決は,相違点(1),(2)について,本件発明1は,上記(4)のとお
り,「Bを結晶粒を微細化するのに必要な有効元素として『0.0003~0.0
1%』含有するものである」(審決謄本8頁下から第2段落)のに対して,刊行物
4発明は,「任意添加成分としてB0.003%を含有することができるという程
度のものであり,しかも甲第4号証(注,刊行物4〔甲7〕)には,この『B』が
どのような効果を期待して添加されるのか等について一切記載されていないから,
甲第4号証は,Bの添加と固溶化処理と冷間加工との組合せによる結晶粒の超微細
化という本件発明1の上記知見や具体的な『ASTM No.で10以上の超微細
結晶粒』について何ら示唆するものではない」(同8頁最終段落~9頁第1段落)
とした。しかしながら,相違点(1)として挙げられた事項は,本件発明1がBを
必須合金成分として0.0003~0.01%含有するのに対して,刊行物4発明
はBを任意添加成分として0.003%含有するということに尽きる。刊行物4に
おける任意添加成分は,Bのほかに,Ca,Zrがあるが,それらの含有の有無の
場合分けは,全部で7通りしかなく,そのうちBだけを含む場合が本件発明1に該
当するから,刊行物4が示唆する組成には,本件発明1の合金組成が含まれてい
る。
(6)本件発明1で添加した程度のBの含有量を有するマルエージング鋼は,刊
行物4(甲7)のほか,刊行物1,3(甲4,6),参考資料2,3及び6(甲1
1,12及び15)により本件特許出願前から開示され,Bの添加が靭性の向上に
役立つことや,結晶粒の微細化をもたらすことも公知であった。このような状況下
で,マルエージング鋼の結晶粒度として特定の値を選ぶことは,当業者にとって別
段の困難なく実施できるところであるから,本件発明1の進歩性は否定されなけれ
ばならない。
 2 取消事由2(本件発明2の進歩性の判断の誤り)
(1)審決は,本件発明2と刊行物2発明との一致点として,「『マルエージン
グ鋼を,熱間加工後820℃の温度で固溶化処理を行ない,その後加工率で78%
の冷間加工を行った後,さらに固溶化処理を行なう超微細結晶粒を有するマルエー
ジング鋼の製造方法』である点」(審決謄本13頁第2段落)を,相違点(1)と
して,「本件発明2は,請求項1に記載の組成からなるマルエージング鋼を素材と
するのに対して,甲第2号証発明(注,刊行物2発明)は,18%Niマルエージ
ング鋼を素材とするというだけのものであり,素材の18%Niマルエージング鋼
の具体的な組成が明らかでない点」(同第3段落,以下「相違点(1′)」とい
う。)を,相違点(2)として,「本件発明2は,冷間加工を行った後固溶化処理
を再結晶温度以上の温度で行なうのに対して,甲第2号証発明は,冷間加工を行っ
た後固溶化処理を820℃で行なう点」(同第4段落,以下「相違点(2′)」と
いう。)を認定した上,少なくとも相違点(1′)については,当業者が容易に想
到することはできないとし,相違点(2′)については,何らの判断をすることな
く,本件発明2の進歩性を肯定した。しかしながら,審決は,相違点(2′)につ
いては,判断を遺脱したものであり,相違点(1′)についての判断も,以下のと
おり誤りである。
(2)審決は,刊行物1(甲4)には,「C,Si,Mn,P,S,Ni,C
o,Mo,Al,Ti及びBを含有し,C,Si,Mn,P,S,Ni,Co,M
o,Al,Ti及びBの含有量が本件発明2の素材の鋼と重複するマルエージング
鋼が記載されている」(審決謄本14頁第3段落)と認定しながら,「この場合の
Bの効果も,再結晶温度を上げることであって,結晶粒の超微細化ではないから,
Bを添加したマルエージング鋼に固溶化処理と冷間加工条件を組み合わせて超微細
な結晶粒を得るという本件発明2の知見と異なる技術思想に基づくものであ
る。・・・甲第1号証(注,刊行物1)は,結晶粒の超微細化のためにBを添加し
たマルエージング鋼を素材とすることを何ら示唆するものではない」(同段落~第
4段落)とした。しかしながら,相違点(1′)は,加工素材の合金組成が明記さ
れているか否かという点であり,「固溶化処理と冷間加工条件」とは無関係であ
り,審決の上記判断は,的外れというほかない。
また,審決は,刊行物3(甲6)について,「その他の成分としてさらに
Ca,Nb及びREを含有する鋼であるから本件発明2とその鋼種が相違するし,
得られたマルエージング鋼の結晶粒度番号も明らかではない。してみると,甲第3
号証(注,刊行物3)のマルエージング鋼に含まれる『B』が結晶粒の超微細化に
寄与しているとすることはできないから,甲第3号証も,結晶粒の超微細化のため
にBを添加したマルエージング鋼を素材とすることを何ら示唆するものでない」
(同下から第3段落~第2段落)とした。しかしながら,B以外の成分が含まれて
いることは,Bを含有する鋼を素材として使用することの妨げにならず,本件発明
2に係る【請求項2】には,結晶粒度番号が規定されていない。審決は,本件発明
2で加工の素材とする18%Niマルエージング鋼として,本件発明2で使用する
特定量のBを含有するものが,当業者に対して示唆されるかを検討すべきところ,
相違点(1′)の本質を見失った判断をしたものである。
審決は,刊行物4(甲7)について,「C,Si,Mn,P,S,Ni,
Co,Mo,Al及びTiを含有し,C,Si,Mn,P,S,Ni,Co,M
o,Al及びTiの含有量が本件発明2の素材の鋼と重複するマルエージング鋼の
成分組成が記載され,この成分組成にBを任意添加成分として含有し得ることが記
載されている」(同最終段落~15頁第1段落)と認定しながら,「この任意成分
のBがどのような理由で添加されるのか等について一切明らかでないから,甲第4
号証(注,刊行物4)も,結晶粒の超微細化のためにBを添加したマルエージング
鋼を素材とすることを何ら示唆するものでない」(同第1段落)とした。しかしな
がら,相違点(1′)について,Bの添加の理由や意図を論じる意味はない。B以
外の成分組成が重複するものにBを添加した合金は,本件発明2において加工の対
象とするマルエージング鋼にほかならない。
審決は,参考資料1(甲10)については,「C,Si,Mn,P,S,
Ni,Co,Mo,Al,Ti及びBを含有し,C,Si,Mn,P,S,Ni,
Co,Mo,Al,Ti及びBの含有量が本件発明2の素材の鋼と重複するマルエ
ージング鋼が記載されている」(同第4段落)と認定しながら,「このマルエージ
ング鋼では,その他の成分としてさらにCaやZrが含有されているから・・・こ
のマルエージング鋼に添加されたBが単独で結晶粒の超微細化に寄与していると断
定することができない。加えて,参考資料1の表3に示されている結晶粒は,いず
れも結晶粒度がASTM No.10未満のものであるから,参考資料1は,マル
エージング鋼に『B』を単独添加すれば固溶化処理と冷間加工の組合せにより結晶
粒度がASTM No.10以上の超微細化の結晶粒が得られるということまで示
唆するものではない」(同)とした。しかしながら,Bに加えてCaやZrが含ま
れていることをもって,B単独の添加が示唆されないということはできない。「B
が単独で結晶粒の超微細化に寄与していると断定することができない」ということ
は,「Bが単独でも結晶粒の超微細化に寄与している可能性がある」という示唆を
妨げるものではない。また,結晶粒度については,本件発明2に係る【請求項2】
には,結晶粒度番号が規定されていないことは上記のとおりである。
審決は,参考資料2,3及び6(甲11,12及び15)について,「1
8%Niマルエージング鋼にBを添加することが記載されている」(同第5段落)
と認定しながら,「この『B』の添加は,靭性向上のためであり,結晶粒の超微細
化のためではないから,これらの参考資料も,結晶粒の超微細化のためにBを添加
したマルエージング鋼を素材とすることを何ら示唆するものでない」(同)とし
た。しかしながら,結晶粒の微細化は,靭性の向上のために行うものにほかならな
いから,上記参考資料におけるBの添加が,「靭性向上のためであり,結晶粒の超
微細化のためではない」ということはできない。靭性向上のためにマルエージング
鋼にBを添加した先行技術文献があれば,それは,本件発明2の加工素材を示唆す
るものでもある。
審決は,参考資料4(甲13)について,「その第1表にBを0.003
%添加したマルエージング鋼が記載されている・・・このマルエージング鋼は広く
実用されている鋼種として紹介されている」(同下から第2段落)と認定したので
あるから,刊行物2(甲5)に開示された加工の対象とする素材として,当業者が
何の困難もなく採用できたものである。それにもかかわらず,審決は,「この鋼種
において『B』がどのような理由で添加されているか一切記載されていないから,
この参考資料も,結晶粒の超微細化のためにBを添加したマルエージング鋼を素材
とすることを何ら示唆するものではない」(同)としたが,相違点(1′)につい
て,Bの添加の理由や意図は問題とならないことは,上記のとおりである。
審決は,参考資料5(甲14)について,「第5表には,マルエージング
鋼を950℃で固溶化処理を施し,60%又は90%の冷間加工を加え,再結晶温
度以上の温度で固溶化処理することにより,オーステナイト結晶粒度がNo.10
以上のマルエージング鋼を製造した具体例が記載されている」(同最終段落),
「特許請求の範囲には,『B:1%以下』と記載され,Bを含有することができる
マルエージング鋼も記載されている」(同16頁第1段落)と認定しながら,「供
試材には,『B』が含有されておらず,その余の記載をみても,『B』が結晶粒の
超微細化に寄与するとする何らの記載も見当たらない」(同)という理由で,「こ
の参考資料も,結晶粒の超微細化のためにBを添加したマルエージング鋼を素材と
することを何ら示唆するものでない」(同)とした。しかしながら,参考資料5の
特許請求の範囲の記載に,Bを含有するマルエージング鋼が開示され,実施例とし
て結晶粒度番号がNo.10以上のものが開示されていれば,その実施例がたまた
まBを含有していなかったとしても,Bを含有し,かつ,結晶粒度番号がNo.1
0以上のマルエージング鋼は,参考資料5が実質的に開示する範囲内の技術であ
る。すなわち,特許請求の範囲に従ってBを含有するマルエージング鋼を素材とし
て採用し,本件発明2の規定する条件を満たした上記加工条件で加工することは,
参考資料5が,直接開示する技術であり,それにより参考資料5の「微細で均一な
旧オーステナイト結晶粒を有する」(2頁左上欄最終段落)マルエージング鋼が得
られるであろうことは,参考資料5の記載から当業者が理解することである。
(3)以上のとおり,相違点(1′)に係る,Bを含有するマルエージング鋼を
本件発明2が規定した加工条件の加工のための素材として使用することは,当業者
が何の困難もなく選択できる事項である。
第4 被告の反論
  審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
 1 取消事由1(本件発明1の進歩性の判断の誤り)について
 進歩性の有無は,容易想到性の論理付けができるか否かにより判断され,こ
の論理付けは,引用発明の内容に動機付けとなり得るものがあるかを検討すること
により行われるところ,引用発明の内容中の示唆が,動機付けの具体例として挙げ
られる。しかしながら,原告は,ある証拠にはBを含むマルエージング鋼の組成の
記載があり,別の証拠には結晶粒の微細なマルエージング鋼の記載があるから,こ
れらを組み合わせれば,Bを含む結晶粒の微細なマルエージング鋼となり,本件発
明1の進歩性が否定されると主張するにとどまり,両記載を結び付ける動機付け,
すなわち,組合せを想起させる根拠となるべきBの結晶粒微細化作用に関する記載
を全く指摘していないのであり,主張自体失当といわざるを得ない。刊行物4(甲
7)及び参考資料1(甲10)のいずれにも,Bに結晶粒微細化作用があるとの記
載はない。
 2 取消事由2(本件発明2の進歩性の判断の誤り)について
 本件技術分野においては,例えば,炭素鋼のように,添加元素が微量であっ
ても,その性質は添加前後で大きく異なる場合がある。したがって,当業者は,組
成を決定する際には,詳細な実験を行い,添加すべき元素とその元素の影響を検討
し,有効なものであるならば,どの程度の範囲までであればよいのかを検討するの
が常である。また,添加するとどのような性質となるか不明な元素は,可能な限り
排除するのが常である。Bの結晶粒微細化作用は,被告が,鋭意検討の結果,初め
て得た知見であり,技術常識ではあり得ない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(本件発明1の進歩性の判断の誤り)について
(1)相違点(1)について
ア 刊行物4(甲7)には,18%Niマルエージング鋼の取鍋レベルの合
金組成(重量%)として,表1.0411に,
「           最低      最高
 炭素         -      0.03
 マンガン       -      0.10
 リン         -      0.010
 イオウ        -      0.010
 ケイ素        -      0.10
 ニッケル     18.0    19.0
 コバルト      8.0     9.5
 モリブデン     4.6     5.2
 チタン       0.55    0.80
 アルミニウム    0.05    0.15
 ホウ素*          0.003
 ジルコニウム*       0.02
 カルシウム*        0.05
 鉄             残部
 (*任意添加成分)」と記載されている。
イ ここで,刊行物4発明における任意添加成分であるBの含有量0.00
3%は,本件発明1が規定する含有量の範囲「0.0003~0.01%」内であ
るから,本件発明1の上記数値限定自体は,刊行物4発明との相違点とはなり得な
いものである。そして,他の任意添加成分であるZrとCaについては,文字どお
り任意添加成分であるから,含有してもしなくてもよいものであることは明らかで
ある。そうすると,任意添加成分は,ホウ素(B),ジルコニウム(Zr)及びカ
ルシウム(Ca)の三つであり,それらが含まれるか否か二者択一の場合の数は,
2×2×2の8通りにすぎないから,当業者が,それらのうちの1成分であるBの
みを含有する18%Niマルエージング鋼に想到することは,容易なことと認めら
れる。
  審決は,「甲第4号証発明(注,刊行物4発明)は,18%Niマルエ
ージング鋼に任意添加成分としてB0.003%を含有することができるという程
度のものであり,しかも甲第4号証(刊行物4〔甲7〕)には,この『B』がどの
ような効果を期待して添加されるのか等について一切記載されていないから,甲第
4号証は,Bの添加と固溶化処理と冷間加工との組合せによる結晶粒の超微細化と
いう本件発明1の上記知見や具体的な『ASTM No.で10以上の超微細結晶
粒』について何ら示唆するものではない」(審決謄本8頁最終段落~9頁第1段
落)と判断した。しかしながら,1962年(昭和37年)発行の参考資料2(甲
11)の「ホウ素含有量は通常約0.003%であり,ジルコニウム含有量は0.
01%であった。これらの元素は意図的に添加された。というのは,チタン添加に
より硬化された合金に関する先行研究が,これら元素が粒界析出を遅らせ,それに
よって靱性および環境腐食耐性を改善する,ということを明らかにしていたからで
ある」との記載,1963年(昭和38年)発行の参考資料3(甲12)の「ホウ
素およびジルコニウムを,それぞれ0.003%および0.02%添加することが
推奨される。チタン添加により硬化された20%および25%Niマルエージング
鋼に関する先行研究が,これらの添加が粒界析出を遅らせ,それにより靱性および
耐応力腐食割れ性を改善する,ということを示している。これらの理由で,上記元
素は18%Niマルエージング鋼に含有させるのである」との記載,昭和61年1
月24日公開の参考資料6(甲15)の「18%Ni系マルエージング鋼において
は従来から時効処理後の強度向上および靱性改善を目的として,0.0005~
0.01%程度の硼素を添加することが行われている」との記載によれば,マルエ
ージング鋼において靱性向上のためBを添加することは,本件特許出願前から当業
者に周知の技術であったことが認められる上,上記任意添加成分を添加する組合せ
は8通りにすぎないから,刊行物4にBを添加する目的が記載されていなくても,
Bのみを含有するNiマルエージング鋼に想到することは容易であるというべきで
ある。また,本件発明1の構成は,上記第2の2【請求項1】に記載のとおりであ
り,固溶化処理と冷間加工との組合せは,本件発明1の要旨ではないから,上記組
合せによる結晶粒の超微細化が刊行物4に示唆されていないからといって,これを
容易想到性を否定する理由とすることはできない。
ウ したがって,相違点(1)について,当業者が容易に想到することはで
きないとした審決の判断は,誤りというほかない。
(2)相違点(2)について
ア 本件明細書(甲2)には,結晶粒(超)微細化に関して,以下の記載が
ある。
(ア)「〔産業上の利用分野〕本発明は・・・特に靭性の優れたマルエージ
ング鋼の結晶粒微細化法に関するものである。」(2欄第1段落)
(イ)「引張強さが200kgf/mm2
以上の高強度を有するマルエージング鋼に
おいては,強度の上昇につれて延性,靭性が劣化するという問題があり,特に肉厚
の小さい部品では,結晶粒が粗いと延性,靭性などの特性のバラツキも大きくなる
ので結晶粒を微細化することは一層重要になる。これを解決する一つの手段として
オーステナイト結晶粒を微細化するという方法が用いられ,例えば板,棒,パイプ
等の冷間加工が可能な形状および比較的サイズの小さいものを対象として,冷間加
工を加え,さらに固溶化処理を行なうという方法がとられてきた。これに対して,
靭性の改善に有効な合金元素を添加する方法も試みられており,例えば,特公昭5
9-34226号にはB,Zr,Ca,Mgの1種または2種以上を含有させたマ
ルエージング鋼,また特開昭61-210156号(注,刊行物1〔甲4〕)には
Bを含有するマルエージング鋼およびその製造方法,特開昭52-23520号に
は,B,Zr,Ca,Vを同時に添加したマルエージング鋼に加工熱処理を組み合
わせた製造方法などの記載がある。」(2欄最終段落~3欄第2段落)
(ウ)「〔発明が解決しようとする課題〕前述の固溶化処理前に冷間加工を
施す方法は,結晶粒度番号10以上の微細な結晶粒を得るには,固溶化処理温度を
実質的に固溶化が不十分な程度に低く抑える必要がある。ところが,固溶化処理温
度が低くなりすぎると,結晶粒は微細化するものの,逆にMoを比較的多く含むマ
ルエージング鋼ではFe,Mo等からなる未固溶の粗大な金属間化合物が残存し,
延性,靱性を低下させるという問題があった。また,前述のB,Zr,Ca,Mg
の1種または2種以上含有したマルエージング鋼の特公昭59-34226号にお
いてはBは0.0025%以下で添加すると,Zr,Caと同様に脱酸強化による
清浄度向上の他,脱窒および結晶粒界へのMo,Crなどの析出を防止し延性,靭
性を付与すると記載されており,特開昭61-210156号(注,刊行物1〔甲
4〕)においてはBを0.0005~0.0020%添加すると未再結晶溶体化処
理温度域が広がり,工業的に未再結晶溶体化処理を容易に行なうことができるよう
になり,その結果として引張強度および破壊靭性とともに優れた鋼を製造すること
ができることが示されている。」(3欄第3段落~第4段落)
(エ)「〔課題を解決するための手段〕発明者はマルエージング鋼の結晶粒
微細化に有効な合金元素について,種々検討した結果,一定量のBを添加したマル
エージング鋼に特定の固溶化処理と冷間加工条件を組み合せた場合にのみ超微細な
結晶粒が得られることを知見したものである。」(4欄第2段落)
(オ)「〔作用〕・・・Bは,結晶粒を微細化するのに必要な,かつ有効な
元素であるが,その含有量が0.0003%未満の場合十分な効果が得られず,ま
た0.01%を越えて含有させると靭性が劣化することから,その含有量を0.0
003%~0.01%とした。」(5欄第2段落~6欄第5段落)
(カ)「結晶粒度番号は大きい方が強度,靭性が高くなるが,10より小さ
いとその効果が不十分であり,本発明の方法によれば10以上が達成できるので1
0以上とした。」(6欄第6段落)
イ 他方,刊行物4(甲7)には,18%Niマルエージング鋼の靭性に関
して,「厚手の断面における靭性および衝撃強度は,常用の中炭素-低合金-超高
強度鋼であって,熱処理により250ksiを超える強度レベルにしたもののそれらと
比較して,すぐれている」(訳文2頁)との記載が,刊行物3(甲6)には,化学
組成において本件発明1と一致する組成のマルエージング鋼の延性,靭性を改善す
ることを特徴とするマルエージング鋼の加工熱処理方法について,「表4は表2の
各製造工程によって得られた薄鋼板の結晶粒度と硬さを調べた結果を示すが,いづ
れの工程によっても大きな差は現らわれていない」(4頁左下欄第2段落)との記
載と共に,その表4には,「本発明材」1,2及び3の結晶粒度番号として,9.
0,9.0,9.2の数値が,「比較剤」4~7の結晶粒度番号として,9.2,9.
5,9.6,9.0の数値の記載が,参考資料5(甲14)には,「Ni:7~25
%,Co:11.5~21%,Mo:3~16%,Ti:0.1~2.0%,Al:
0.2%以下,C:0.03%以下,S:0.01%以下,P:0.01%以下,S
i:0.1%以下,Mn:0.1%以下,B:1%以下,Zr:1%以下,Ca:1
%以下,V:1%以下,Nb:1%以下,Cr:1%以下,残部Feよりなるマル
エージング鋼を,800℃~1250℃間の温度で溶体化処理を施し急冷後,マル
テンサイト状態にて10%以上の冷間加工を加え,つづいてオーステナイト化終了
温度から1250℃間の温度で加熱処理した後室温まで冷却する加工熱処理を1回
以上くりかえして行ない,その後時効硬化処理を施こし延性,靭性を改善すること
を特徴とするマルエージング鋼の加工熱処理方法」(1頁左下欄特許請求の範
囲),「引張強さ220kg/mm2
~360kg/mm2
のマルエージング鋼の延性,靭性を
改善するには,延性,靭性に対して有害な析出物の析出を防ぐとともに微細で均一
な旧オーステナイト結晶粒を有する低炭素マルテンサイト状態にすることが必要で
ある」(2頁左上欄最終段落)との記載が,参考資料6(甲15)には,「0.00
05重量%以上の硼素を含有する18%Ni系マルエージング鋼を,熱間加工後に
溶体化処理し,さらに時効処理して製造するにあたり・・・を特徴とする硼素添加
型の18%Ni系マルエージング鋼の製造方法」(1頁左下欄特許請求の範囲),
「この発明は硼素(B)を添加した18%Ni系マルエージング鋼の製造方法に関
し,特に靭性が優れた硼素添加型18%Ni系マルエージング鋼を製造する方法に
関するものである」(同欄最終段落~右下欄第1段落)との記載がある。
ウ また,昭和53年6月22日公開の刊行物2(甲5)には,「試験2 
18%Niマルエージング鋼(300グレード)の溶体化処理温度と熱処理時間
が,前オーステナイト結晶粒度に及ぼす関係を調べ,第2図を得た。第2図におい
て,曲線a,b,c,d,e,f,gはそれぞれ前オーステナイト結晶粒が11.
0,10.5,10.0,9.5,9.0,8.5,8.0となる溶体化処理条件
を示している」(2頁右下欄最終段落)との記載があり,昭和51年7月30日公
開の参考資料5(甲14)の第5表には,マルエージング鋼を950℃で固溶化処
理を施し,60%又は90%の冷間加工を加え,再結晶温度以上の温度で固溶化処
理することにより,オーステナイト結晶粒度がNo.10以上のマルエージング鋼
を製造した具体例が記載されていることは,当事者間に争いがない。これらの記載
及び本件明細書(甲2)の上記ア(ウ)の記載によれば,結晶粒度10以上のマルエー
ジング鋼は,本件特許出願前から公知であったと認められるところ,本件発明1
は,「固溶化処理前に冷間加工を施す方法は,結晶粒度番号10以上の微細な結晶
粒を得るには,固溶化処理温度を実質的に固溶化が不十分な程度に低く抑える必要
がある。ところが,固溶化処理温度が低くなりすぎると,結晶粒は微細化するもの
の,逆にMoを比較的多く含むマルエージング鋼ではFe,Mo等からなる未固溶
の粗大な金属間化合物が残存し,延性,靱性を低下させるという問題」(本件明細
書〔甲2〕3欄第3段落)を解決するため,「一定量のBを添加したマルエージン
グ鋼に特定の固溶化処理と冷間加工条件を組み合せた場合にのみ超微細な結晶粒が
得られる」(同4欄第2段落)との知見に基づきされたものと認めることができ
る。しかしながら,本件発明1に係る本件明細書の特許請求の範囲【請求項1】
は,上記第2の2のとおり,マルエージング鋼の組成と結晶粒度を規定するのみ
で,固溶化処理及び冷間加工条件については,何ら規定するところがない。そし
て,「結晶粒度がASTM No.で10以上」との規定について,本件明細書に
は,「結晶粒度番号は大きい方が強度,靭性が高くなるが,10より小さいとその
効果が不十分であり,本発明の方法によれば10以上が達成できるので10以上と
した」(6欄第6段落)と記載されるものの,固溶化処理及び冷間加工条件を規定
せず,結晶粒度を規定するのみで,強度,靱性を高くするとの上記効果が得られる
ことについて,本件明細書に記載はない。したがって,本件発明1において,相違
点(2)に係る「結晶粒度番号がASTM No.で10以上」と限定したこと
に,「本発明の方法によれば10以上が達成できるので,10以上とした」(上記
アの(カ))こと以外にその技術的意義を見いだすことはできない。
エ そして,Bを任意添加成分とはするものの,その含有量をも含めて,他
の化学組成においてすべて一致する18%Niマルエージング鋼が開示された刊行
物4(甲7)には,当該マルエージング鋼が「厚手の断面の靭性」に優れているこ
とが開示され,また,刊行物3(甲6)には,化学組成において本件発明1と一致
する組成のマルエージング鋼の延性,靭性を改善することを特徴とするマルエージ
ング鋼の加工熱処理方法によって得られた結晶粒度として,9.0~9.2の数値が
記載され,さらに,参考資料5(甲14)には,「引張強さ220kg/mm2
~360
kg/mm2
のマルエージング鋼の延性,靭性を改善するには,延性,靭性に対して有害
な析出物の析出を防ぐとともに微細で均一な旧オーステナイト結晶粒を有する低炭
素マルテンサイト状態にすることが必要である」ことが開示されているのである。
そうすると,これらの記載によれば,18%Niマルエージング鋼あるいはその前
後のNi含有量のマルエージング鋼においては,定性的には,結晶粒径が小さいほ
ど,すなわち,結晶粒度番号が大きいほど,延性,靭性が高くなることは,本件特
許出願前に当業者に周知であり,かつ,実際に,結晶粒度番号9.0~9.2程度の
ものが得られていたことが認められる。このようなNi含有マルエージング鋼にお
いて,Bを所定量含有させたところ,結晶粒度番号が10.0~12.0のものが得
られたことから,「結晶粒度番号がASTM No.で10以上」と限定すること
は,当業者の通常の創作能力の発揮であって,何ら困難ということはできず,ま
た,そのことのみによる顕著な作用効果を見いだすこともできない。
オ 被告は,Bを含むマルエージング鋼の組成の記載と結晶粒の微細なマル
エージング鋼の記載があるとしても,両記載を結び付ける動機付け,すなわち,B
の結晶粒微細化作用に関する記載は,刊行物4(甲7)及び参考資料1(甲10)
のいずれにもないと主張する。しかしながら,マルエージング鋼において靱性向上
のためBを添加することが,本件特許出願前から当業者に周知の技術であったこと
は,上記(1)イのとおりであるところ,18%Niマルエージング鋼あるいはその前
後のNi含有量のマルエージング鋼においては,定性的には,結晶粒径が小さいほ
ど,すなわち,結晶粒度番号が大きいほど,延性,靭性が高くなることが,本件特
許出願前に当業者に周知であることも,上記エのとおりであるから,Bの結晶粒微
細化作用に関する記載が刊行物4及び参考資料1(甲10)になくても,Bを含む
マルエージング鋼の組成の記載に結晶粒の微細なマルエージング鋼の記載を組み合
せることに困難があるとは認められず,被告の上記主張は,採用することができな
い。
カ したがって,相違点(2)について,当業者が容易に想到することはで
きないとした審決の判断は,誤りというほかない。
(3)以上検討したところによれば,相違点(1),(2)について,当業者が
容易に想到することはできないとして,本件発明1の進歩性を肯定した審決の判断
は,誤りであるから,原告の取消事由1の主張は,理由がある。
 2 取消事由2(本件発明2の進歩性の判断の誤り)について
(1)刊行物2(甲5)には,マルエージング鋼の組成に関して,「本発明はス
トリップフォームによるマルエージング鋼帯または鋼板の製造法に関するものであ
る。マルエージング鋼(マルエージ鋼とも言われる)は,極低炭素の高Niマルテ
ンサイトにCo,Mo,Ti等の時効硬化元素を添加してマルテンサイト地での時
効硬化(マルエージング)を行なわせ,Cを含まないで高強度かつ高靭性を示す優
れた超強力鋼であり」(1頁右下欄第2段落~第3段落),「試験1 18%Ni
マルエージング鋼(300グレード)」(2頁左下欄第2段落),「試験2・・・
18%Niマルエージング鋼(300グレード)」(同頁右下欄第3段落),「試
験3 18%Niマルエージング鋼(300グレード)」(3頁左上欄最終段
落),「試験4 18%Ni(300グレード)の代りに18%Ni(350グレ
ード)のマルエージング鋼の5mm厚熱延鋼帯を使用」(4頁左下欄第2段落)と
の記載がある。これらの記載によれば,刊行物2において採用しているマルエージ
ング鋼は,具体的には,本件発明2とNi含有量において同等の18%Niマルエ
ージング鋼であることが明記され,試験1~4において使用したマルエージング鋼
は,グレード300と350の18%Ni含有マルエージング鋼である。
  一方,刊行物4(甲7)には,Niを18~19%含有するいわゆる18
%Niマルエージング鋼の具体的組成として,Bを0.003%任意成分として含
有してもよく,他の成分組成において,本件発明1とすべて重複する組成範囲のマ
ルエージング鋼が記載されていることは,上記1(1)のとおりである。そうすると,
刊行物2に記載された具体的成分組成の明らかでない18%Niマルエージング鋼
の組成成分として,同じ18%Niマルエージング鋼である刊行物4開示の組成範
囲を採用することは,当業者が何らの困難もなく採用することができることは明ら
かである。
(2)被告は,添加元素が微量であっても,その性質は添加前後で大きく異なる
場合があるから,当業者は,組成を決定する際には,詳細な実験を行い,添加すべ
き元素とその元素の影響を検討し,有効なものであるならば,どの程度の範囲まで
であればよいのかを検討し,添加するとどのような性質となるか不明な元素は,可
能な限り排除するのが常であるところ,Bの結晶粒微細化作用は,被告が,鋭意検
討の結果,初めて得た知見であると主張する。しかしながら,本件特許出願前,マ
ルエージング鋼において靱性向上のためBを添加することは,本件特許出願前から
当業者に周知の技術であり,また,18%Niマルエージング鋼あるいはその前後
のNi含有量のマルエージング鋼においては,定性的には,結晶粒径が小さいほ
ど,すなわち,結晶粒度番号が大きいほど,延性,靭性が高くなることも,当業者
に周知であって,Bを含むマルエージング鋼の組成の記載に結晶粒の微細なマルエ
ージング鋼の記載を組み合せることに困難があるとは認められないことは,上記
1(2)エのとおりであるから,被告の上記主張は,採用することができない。
(3)そして,審決が,相違点(2′)について,何ら検討をしていないこと
は,その説示に照らして明らかであるから,少なくとも相違点(1′)について
は,当業者が容易に想到することはできないとして,本件発明2の進歩性を肯定し
た審決の判断は,誤りである。
  したがって,原告の取消事由2の主張は,理由がある。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由1,2は理由があり,この誤りが審決の
結論に影響を及ぼすことは明らかである。
  よって,審決は取消しを免れず,原告の請求は理由があるから認容すること
とし,主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所知的財産第2部
           裁判長裁判官   篠  原  勝  美
      裁判官   岡  本     岳
      裁判官   早  田  尚  貴

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