弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主     文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判      
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人らは,控訴人に対し,各自,100万円及びこれに対する平成2年3
月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。
(4)仮執行の宣言
2 被控訴人
主文と同旨
第2 事案の概要
1 本件は,平成元年1月及び2月(以下,平成元年については,月日又は月のみ
で表示する。)当時,大府市立大府北中学校の教諭として勤務していた控訴人が,
同校のA校長から違法な時間外勤務命令を受けて業務に従事させられたこと等によ
って精神的苦痛を被ったと主張し,被控訴人らに対し,国家賠償法1条及び3条に
基づいて損害賠償を求めている事件の控訴審である。
2 本件の事案の概要(①争いのない事実等,②主な争点及び③主な争点に関する
当事者の主張)は,次のとおり補正し,当審における主張を付加するほか,原判決
の「事実及び理由」欄の第二の一ないし三(原判決4頁9行目から111頁9行目
まで)に記載されたとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決6頁6行目の「午前八時」を「午前八時二〇分」と改める。
(2) 同13頁6行目から7行目にかけての「本件道徳研究は右の文部省の委嘱に基
づいて実施されたものであるところ,」を「この文部省の委嘱に基づく道徳教育の
研究(以下,「本件道徳研究」という。)については,」と改める。
(3) 同16頁1行目の「本件道徳研究会」を「本件道徳研究」と改める。
(4) 同18頁2行目の「(3)」を「(6)」と改める。
(5) 同45頁5行目から6行目にかけての「昭和六四年度の」を「昭和六四年度」
に改める。
(6) 同65頁1行目,3行目,4行目及び7行目の各「道徳研究会」をそれぞれ
「道徳授業研究会」と改める。
(7) 同79頁3行目の「主催」を「主宰」に改める。
(8) 同79頁10行目の「召集」を「招集」に改める。
(9) 同105頁2行目及び5行目の「道徳研究」を「本件道徳研究」と,3行目の
「右の道徳研究会」を「道徳研究全体会,各部会,研究会」と各改める。
(10) 同111頁7行目の「著しく」の次に「長時間にわたる」を加える。
(11) 当審における当事者の主張
 ア 控訴人
(ア) 原判決の次の点に関する認定,判断は,誤ったものである
a A校長の学校運営に関する姿勢について
原判決は,A校長の学校運営に関する姿勢について,教員の自発性を重んじ,生徒
の利益を優先するものであった旨認定している。しかし,A校長がそのような学校
運営をしていたことを認定し得る証拠はなく,むしろ,証拠によれば,本件道徳研
究を最優先した同校長の偏った学校運営が,教員の教育活動を圧迫し,非行件数が
増えるなど生徒に犠牲をもたらしたことが明らかである。
b 控訴人の事務の進め方等について
原判決は,控訴人の進学関連事務の進め方等が非効率であった旨認定しているが,
これは証拠の評価を誤った認定である。また,原判決は,進学関連業務の中には分
担し,手分けして空き時間に処理することが可能な作業も多かったにもかかわら
ず,控訴人は,学年会を開催して,全教員が集まって作業を行う方針をとった旨認
定し,これが時間外勤務が長時間に及んだ理由の1つであるとしている。しかし,
上記認定は実態に沿わないものであるし,そもそも,控訴人は学年主任であった
が,学年主任は,勤務時間管理の責任を負う者ではない。本件において行事の日程
調整に困難が生じたのは,本件道徳研究の日程を最優先したA校長の学校運営にあ
ったことが明らかである。
c 教師の職務の分類について
原判決は,教師の職務について,①教師の本来の職務であることが明らかなもの,
②本来の職務に付随する業務と認められるもの,③本来の職務か否か必ずしも明ら
かでないもの及び④広義では教育活動といえるものの,直ちに職務行為等とはいい
難いもの,に分類しているが,その根拠は明らかでない。また,教師と生徒との直
接的接触を重視する教育の自由の観点からすると,このような固定的な分類には問
題があり,有害であるというべきである。
(イ) 時間外勤務命令の存在について
a 明示の時間外勤務命令について
原判決は,明示の時間外勤務命令を認めることができないとしているが,これは認
定を誤ったものである。A校長は,進学事務の処理のために強い拘束を受けていた
控訴人に対し,その遂行を督励し,又は学校管理者の管理に係る印を託するなどの
行為をしているのであって,これが時間外勤務命令に該当することは明らかであ
る。
b 黙示の時間外勤務命令について
(a) 原判決は,黙示の時間外勤務命令が存在したものと認めることはできないと
した。しかし,その存否は,事実上の拘束力の有無をもって判断すべきものであっ
て,本件において,これを認めることができないとした原判決の認定は,誤ったも
のである。
(b) 原判決は,黙示の時間外勤務命令が存在したものと認められるための要件と
して,①自由意思を強く拘束する状況及び②時間外勤務の実情を放置することが給
特条例7条の立法趣旨にもとること,との2つをあげる。しかし,これは,自由意
思を強く拘束された職務遂行であっても,当然には職務命令によるものでなく,自
発的,自主的な職務遂行の場合があることを予定しているものであって,論理的に
矛盾している。また,給特条例7条の立法趣旨によって時間外勤務命令の成立する
範囲を著しく限定しようとする原判決の上記見解は,時間外勤務命令を厳しく排除
しようとした同条の立法趣旨を無視し,黙示の職務命令が認められる場合を著しく
狭めるものであって不当である。なお,原判決の時間外勤務命令の存否に関する判
断枠組みは,教職員の職員会議への参加が校長の指示,職務命令に基づくものであ
る旨を判示した判例(最高裁昭和44年(行ツ)第26号昭和47年4月6日第一
小法廷判決・民集26巻3号397頁)に違反するものである。
(c) 原判決は,時間外勤務命令の存否につき,①当該勤務の内容が本来の職務で
あれば,自発的にされたものと推認すべきである,②当該勤務の実情において当該
職員の裁量にゆだねられている割合が大きければ大きいほど,教員の自由意思でさ
れたものと推認すべきである,③当該勤務がやむを得ない事情の下に特定の期間の
みにされたものである場合は,給特条例7条の立法趣旨にもとるものではない,と
する。しかし,これらの認定基準によって,本件において時間外勤務命令が存しな
かったと判断することは不当である。
(d) 原判決が時間外勤務命令の存在を否定すべき事情として,職員協議会等の会
議において,A校長が勤務時間を過ぎれば退席してもよい旨の発言をしたと認定し
たが,その事実はなく,認定を誤ったものである。また,本件においては,①進学
事務に関して集団で作業をすることは当然のことであり,②学年主任であった控訴
人につき,日程調整に関しての責任はなく,③進学関連業務を時間内に処理するこ
とはできなかったのであって,④本件道徳研究が優先されていたという事情が存し
たことを考慮すべきである。なお,控訴人は,A校長に対し,再三にわたって,第
3学年の実情を伝え,勤務の拘束をゆるめることを進言し,運営委員会等において
も,進学関連事務の進め方や日程などを明確に報告していたのである。
(e) 時間外勤務命令に関する給特条例の解釈に当たっても,憲法上認められた教
師の教育の自由,教育基本法10条1項の観点が必要である。かかる観点からする
と,勤務時間外は,あるべき教育のための自主的,自律的な活動が保障されるべき
時間である。本件において,控訴人が時間外勤務に従事した業務のうち,その中心
的なものは,道徳教育研究会等への参加及び複合選抜制度の導入に伴う進学関連業
務であるところ,これらは,教育の自由を侵害するおそれの高い業務であるといわ
ざるを得ず,こうした業務に従事させることについては,時間外勤務命令の存在が
推認されるというべきである。
c 本件における控訴人に対する時間外勤務命令は,勤務時間外の自主的,自律的
活動を侵害したものであり,また,教育基本法10条1項に違反するものとして違
法であるだけでなく,教育の自由を侵害したものであって違憲であるというべきで
ある。
(ウ) 管理義務違反について
a 勤務時間内に処理できない業務をさせることは,それ自体,管理義務違反であ
ることが明らかであり,また,勤務時間外に教育の自由を侵害するおそれが高い業
務をさせた場合は,管理義務違反が推認されるというべきである。本件において
は,本件道徳研究及び進学関連業務が勤務時間外に行われ,それが教員の生徒に対
する個別指導の妨げになったという実態があるから,本件における控訴人の時間外
勤務については,時間外勤務命令の有無に関わらず,控訴人の教員としての活動の
自由を侵害したものとして違憲,違法であるというべきである。時間外勤務が存在
することは,教育基本法10条2項に基づく条件整備義務違反であり,教育の自由
を侵害するものである。
b A校長の管理義務違反
労働基準法上,使用者,管理者に労働者の労働時間を管理する義務があることは明
らかであり,このことは,厚生労働省が平成13年4月6日付けで発した「労働時
間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準について」と題する通
達においても明確にされているところである。そして,①長時間の時間外勤務が生
じており,②そのために教員の個別指導等の主体的教育活動が阻害された場合,③
校長がその阻害状況を除去するための管理を行わなかったときは,管理義務違反と
して,損害賠償請求の根拠となるというべきである。本件におけるA校長は,長時
間勤務がまん延していることを熟知しながら何らの措置も執ることなく,これを放
置するばかりか,自ら勤務時間外に及ぶ会議を主宰するなどしているのであって,
重大な管理義務違反があったことが明らかである。A校長の管理義務違反は明らか
であり,時間外勤務命令の存否とは関わりなく,これが損害賠償の根拠となるもの
である。
イ 被控訴人ら
(ア) 控訴人は,第3学年の学年主任としての職業的義務感,責任感に基づいて,
自主的,自発的に遂行した職務につき,事後的に,すべてA校長の職務命令に基づ
いてしたものと主張しているにすぎない。
(イ) 時間外勤務命令について
a 時間外勤務命令が明示的にも黙示的にも存在したものと認めることができない
とした原判決の認定,判断は,正当である。しかし,原判決が,運営委員会及び進
学指導委員会等の会議の出席につき,控訴人の意思が事実上拘束されていたものと
認めたことは誤った事実認定である。控訴人は,出席した会議において,なんら異
議,苦情を述べていないのであって,これは,控訴人が,当時,自主的,自発的に
同会議に出席していたものであることを示す。
b 教員の職務は,その実践にあっては無限定性ともいえる特徴を有し,各教員の
創意工夫によって無限の広がりを有しているものである。こうした教員の職務と勤
務態様の特殊性から勤務時間の内外を問わず,包括的に評価したのが,給特法ない
し給特条例の趣旨であり,この趣旨に反しない限り,職務が時間外にされたとして
も,違法とはならない。特に,教員の自主性あるいは裁量にゆだねられている度合
いが高い職務ほどそれが時間外にされたとしても,給特法ないし給特条例の趣旨に
反しないものというべきである。本件の進学関連業務については,いつ,いかなる
方法をもってこれをするかは,学年主任である控訴人の裁量にゆだねられていたの
である。
(ウ) 管理義務違反について
A校長らに管理義務違反があったという控訴人の主張は理由がないものである。
第3 当裁判所の判断
1 争点に対する判断のための前提事実(①昭和63年度の控訴人の職務分掌等,
②複合選抜制度,進学関連業務及び学年会について,③道徳研究について,④推薦
委員会,進学指導委員会,卒業・終了認定会議,職員協議会,生徒指導全体会につ
いて,⑤本件時間外勤務の具体的な職務内容及び⑥控訴人の平成元年度の職務分掌
等)は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第三の一(原判
決111頁11行目から188頁11行目まで)のとおりであるから,これを引用
する。
(1) 原判決124頁4行目の「三年生」を「第三学年」と改める。
(2) 同127頁7行目から8行目にかけての「第一五二号証,」の次,同135頁
8行目の「第六九号証」の次に,それぞれ「第一八九号証,」を加える。
(3) 同138頁4行目の「主催」を「主宰」と改める。
(4) 同139頁1行目の「3」を「5」と改める。
(5) 同139頁7行目の「第七六」の次に「第七八の一,二」を加える。
(6) 同160頁11行目の「午後八時前」を「午後九時」と改める。
(7) 同175頁5行目の「午後四時二〇分ころ」を「午後四時ころ」と改める。
(8) 同177頁9行目の「四六七通」を「四七六通」と改める。
(9) 同187頁5行目の「午後三時五〇分ころ」を「午後四時ころ」と改める。
2 時間外勤務命令の存否について
(1) 明示の時間外勤務命令について
ア 当裁判所も,A校長の控訴人に対する明示の時間外勤務命令が存在したと認め
ることはできないと判断する。その理由は,次のとおり,補正するほか,原判決が
説示(原判決189頁3行目から192頁7行目まで)するとおりであるから,こ
れを引用する。
(ア) 原判決189頁9行目の「右①ないし④の作業は,」から189頁10行目
の「相当であるところ,」までを削除する。
(イ) 同189頁11行目から190頁1行目にかけての「単に原告が自発的,自
主的に作業するのに協力する趣旨で学校長職印を渡したにすぎず,」とあるのを
「それぞれ,控訴人が自発的,自主的に作業しているものと認識し,これに協力す
る趣旨で学校長職印を渡したにすぎず,」と訂正する。
(ウ) 同192頁4行目から5行目にかけての「右は,自発的,自主的に作業をし
ている原告に対する」を「右は,A校長が,控訴人は自発的,自主的に職務を遂行
してくれているものと認識し,こうした控訴人に対して述べた」と訂正する。
イ 控訴人は,A校長が控訴人に対し,進学事務の遂行を督励し,また,学校管理
者の管理に係る印を託したことなどは,時間外勤務命令を発したものである旨主張
する。しかし,上記アのとおり,A校長が控訴人に対して進学事務の処理に関して
述べた点については,その内容,述べられた状況等に照らせば,控訴人に対する激
励というべきものであって,時間外勤務命令を発したものとは認められない。ま
た,上記1認定のとおり,教頭から控訴人に対して学校長職印が手渡されたことが
あったが,これについても,上記アのとおり,控訴人の作業に協力してされたこと
にすぎず,このことから時間外勤務命令を発したものと認めることはできない。な
お,原審における控訴人本人尋問の結果によると,控訴人は,2月16日,公立高
校一般入試の入学願書のまとめの作業をしたが,その際,整理が進んできた段階
で,控訴人自ら,教頭に申し出て,学校長職印を預かったことが認められる。これ
によると,教頭は,控訴人のように信頼をおくことができると判断した者に対して
は,効率的に事務を処理することができるように,申出に応じて上記職印を手渡し
ていたことが推認されるのであって,上記職印を手渡したことによって時間外勤務
命令を発したものとは到底認めることができない。
(2) 黙示の時間外勤務命令について
ア 控訴人が,1月及び2月に長時間にわたる時間外勤務に従事したことは上記1
に認定したとおりである。ところで,この時間外勤務がA校長の黙示の命令による
ものであるというためには,具体的な状況に照らし,控訴人に対して強制的に特定
の業務をすることが命じられたというべき状況があったことを必要とするものと解
される。
イ 本件において,控訴人が従事した時間外勤務は多岐にわたるが,①第3学年の
社会科担当の教員としての職務(1月9日のテスト用紙の作成,同月12日及び1
3日のテストの採点,2月14日の授業の今後の指導計画をまとめる作業),②運
営委員会(1月17日及び2月17日),職員協議会(1月23日及び2月20
日),道徳研究全体会(1月23日,同月30日,2月20日),進学指導委員会
(1月24日,2月9日及び同月13日),推薦委員会(2月2日),道徳研究実
践部会(2月7日,同月22日及び同月23日),道徳授業研究会(2月16
日),卒業・終了認定会議(2月20日)及び生徒指導全体会(2月28日),の
会議への出席,③その他,第3学年の学年主任としての学年会等の業務及び進学関
連業務,に大別することができる。なお,②の各会議のうち,運営委員会,進学指
導委員会,推薦委員会及び卒業・終了認定会議への出席は,③の業務の一環でもあ
る。
そこで,これらの時間外勤務について,控訴人に対して黙示の時間外勤務命令が発
せられていたものと認められるかどうか検討する。
(ア) ①の社会科担当教員としての職務について
上記1認定のとおり,1月10日に学年末試験が実施されたことによると,控訴人
は,試験の日程に合わせて,当該時期に自主的な判断で自発的にテスト用紙の作成
及びテストの採点を行ったものであることが推認される。2月14日の指導計画を
まとめる作業については,この時期にA校長から,この作業をすることを指示され
たというべき具体的な状況を認めるに足りる証拠はない。そうすると,①の職務の
遂行が勤務命令によってされたものと認めることはできない。
(イ) ②の会議への出席について
上記1に認定したとおり,これらの会議については,A校長が主宰し,同校長が実
際に出席したものが少なくないが,(a)職員協議会及び生徒指導全体会について
は,同校長から年度当初に,勤務時間終了後は用事のある人は退席してよい旨が告
知されており,(b)道徳研究全体会,道徳研究実践部会及び道徳授業研究会につい
ては,勤務時間終了後は退席してもよい旨の申合せがされており,(c)実際に,こ
れらの会議については,退席していた教員がおり,これによって不利益が課せられ
たことはなかったこと,(d)運営委員会,進学指導委員会,推薦委員会,卒業・終
了認定会議については,上記(a)及び(b)と同旨の告知又は申合せはなかったもの
の,学校全体の問題について協議する職員会議である職員協議会についての出席の
拘束性が上記のとおりであったので,特に明示の指示がない限り,これらの会議に
ついても同様に認識されていたものと推認される上,控訴人は,第3学年の学年主
任として,これに積極的に出席する意欲を有していたもので,これら会議がいずれ
も教員の本来的職務に付随する業務に関するものであることに照らしても,控訴人
の自発的な意思が拘束されるべき状況にあったとは認められないこと,更に(e)控
訴人は,当時,A校長に対して,勤務が時間外に及んでいることにつき,苦情を述
べたり,改善を申し入れることがなかったこと,がそれぞれ明らかである。そし
て,乙2,6,14号証,原審における証人Aの証言及び弁論の全趣旨によると,
大府北中のある愛知県知多地方北部は,教職員の勤務時間や休暇等に関する権利意
識が強く,勤務時間を過ぎれば退席してよいとの慣行が相当程度,定着していたこ
とが認められるのである。これらを考え併せると,本件において,勤務時間外に及
んだ会議の出席に関し,控訴人に対して黙示的に勤務命令が発せられていたものと
認めることは困難である。
(ウ) ③の第3学年の学年主任としての学年会等の業務及び進学関連業務について
このうち,学年会及び進学関連業務に関する当裁判所の判断は,原判決が説示(原
判決207頁6行目から209頁10行目まで)するとおりであるから,これを引
用する。そして,本件において,A校長が控訴人に対し,他の学年主任としての業
務及び進学関連事務の遂行に関して,勤務時間外に勤務することを黙示的に命じた
ものと認めるに足りる証拠はない。
なお,上記1認定事実,乙2,6号証,原審における証人Aの証言及び弁論の全趣
旨によれば,A校長は,控訴人の教員としての経験,大府北中において第1学年及
び第2学年の学年主任を歴任してきた実績などから,控訴人が単に学校管理規則に
定められた学年主任としての職責を果たすだけでなく,公立高校入試における複合
選抜制度導入の初年度である昭和63年度において,第3学年を担当する他の教員
を指導,助言し,進学関連業務を始めとする業務を適切に遂行することを期待して
いたことが認められ,また,控訴人も,A校長のこうした期待を受け止めて,積極
的に第3学年の学年主任を引き受けたことが推認される。
控訴人は,学年主任としての業務及び進学関連業務に関して時間外勤務が極めて長
時間に及んだ旨を主張し,これに沿う供述をしているが,上記の控訴人が置かれた
地位ないし立場に照らすと,むしろ,控訴人において,第3学年を担当する教員の
時間外勤務を少しでも減らすために力を尽くすことが期待されていたものというべ
きである。
(3) 以上によれば,控訴人に対して,明示又は黙示を問わず,A校長から時間外勤
務命令が発せられたものと認めることはできない。そこで,その余の点について判
断するまでもなく,時間外勤務命令が発せられたことを前提とする控訴人の主張に
ついては,いずれも理由がない。
控訴人は,教職員の職員会議への参加が校長の指示,職務命令に基づく旨を判示し
た判例(最高裁昭和44年(行ツ)第26号昭和47年4月6日第一小法廷判決・
民集26巻3号397頁)が示す経験則によれば,本件において,A校長の時間外
勤務命令の存在を認定すべきである旨主張する。しかし,同判例は,本件と事案を
異にし,本件に適切でないから,上記の判断を左右するものではない。
3 管理義務違反について
(1) 当裁判所も,A校長及び被控訴人愛知県の管理義務違反をいう控訴人の主張
は,理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり,補正するほか,原判決
が説示(原判決210頁4行目から217頁9行目まで)するとおりであるから,
これを引用する。
ア 原判決211頁4行目から5行目にかけての「原告は自発的,自主的に時間外
勤務をしていたものであり,」を「A校長は,控訴人が自発的,自主的に時間外勤
務をしていたものと認識していたのであり,」と改める。
イ 同214頁11行目の「A校長の」から,215頁4行目までを,「前記1認
定のとおり,勤務時間終了後は,その出席を強制されているものではなかったこ
と,控訴人は,A校長に対して勤務時間の割り振りを要請したこともなかったこ
と,などによると,直ちに控訴人の主張するような管理義務違反があったというこ
とはできない。」と改める。
ウ 同215頁9行目ないし216頁1行目を削除する。
(2) 控訴人は,勤務時間内に処理できない業務をさせることは,それ自体,管理義
務違反であることが明らかであり,本件において,勤務時間を管理する責任を負っ
ていたA校長の管理義務違反があったというべきである旨主張する。
ア 確かに,上記1認定のとおり,控訴人の1月及び2月の時間外勤務は長時間に
及んだことが認められるが,本件において,A校長が控訴人に対して,勤務時間内
に処理することができないことを認識しながら,特定の業務をさせたことを認める
に足りる証拠はない。
イ ところで,昭和46年に給特条例が制定され,愛知県下の公立学校の教職員に
ついては,それまで適用されていた労働基準法37条の時間外,休日及び深夜勤務
による割増賃金に関する規定は適用されないものとされ,これに代えて,新たに,
俸給月額の4%に相当する額の教職調整額が支給されることになった。しかし,こ
れにより,教員が本来の勤務時間を超えて勤務をすることが当然であるとされたと
いうような運用をすることは,同条例7条2項が時間外勤務を命ずることができる
場合を,①生徒の実習に関する業務,②学校行事に関する業務,③教職員会議に関
する業務及び④非常災害等やむを得ない場合に必要な業務,の各業務に従事する場
合で臨時又は緊急にやむを得ない必要があるときに限った趣旨を没却するものとし
て,許されるものではないというべきである。そうしてみると,A校長には,当
時,大府北中において,時間外勤務が極めて長時間に及んでいた状況を改善すべく
なんらかの措置を執る必要があったものというべき余地があり,これらの措置が十
分でなかった点においてやや適切でなかった面があるというべきである。
しかし,上記1認定のとおり,A校長は,職員協議会等については会議途中であっ
ても勤務時間が終了すれば,用事のある人は退席してもよい旨を全教職員に対して
告知しており,また,本件道徳研究についても,第3学年担当教員に過大な負担と
ならないように配慮していたのである。そして,控訴人は,学年主任としての業務
及び進学関連業務のために多くの時間外勤務をしているところ,上記2(2)イ(ウ)の
とおり,控訴人の地位ないし立場に照らすと,これらの業務については,控訴人自
らが第3学年の教員の勤務態勢に関して大きな影響力を有していたのであって,A
校長に対して適切な処置を求めることを含め,その改善を図るために主導的な役割
を果たすことができたのは,控訴人をおいて外になかったものというべきである。
そうしてみると,本件における控訴人の時間外の勤務について,A校長に違法な管
理義務違反があったという控訴人の主張を採用することはできない。
4 控訴人の主張する損害について
(1) 上記のとおり,控訴人に対する時間外勤務命令が存したものと認めることはで
きず,また,A校長らの管理義務違反をいう控訴人の主張も採用することはできな
い。しかし,控訴人の1月及び2月における時間外勤務が長時間に及んだことは,
上記認定のとおりであり,これについてのA校長の対応に適切でなかったというべ
き余地がないではないことから,控訴人が被ったと主張する損害について検討する
こととする。控訴人は,健康を害された旨も主張するが,この点を的確に証する証
拠は存しないことから,以下においては,その主張する精神的苦痛について検討す
る。
(2) 本件における控訴人の被控訴人らに対する損害賠償請求は国家賠償法1条及び
3条に基づくものであるところ,不法行為により精神的苦痛を被ったことを理由と
する損害賠償を認めるためには,その精神的苦痛が法的保護に値する程度のもので
あることを必要とするのである。これを本件についてみるに,上記認定事実及び弁
論の全趣旨によると,控訴人は,教師としての理念,価値観により,その遂行すべ
き業務に序列を置き,本件道徳研究及び進学関連事務等については,低い評価を与
えていたことが推認される。そして,こうした意欲のわかない業務に従事しなけれ
ばならない状況に置かれたことにより,控訴人が拘束を受け,強制的に勤務に従事
させられたとの感情を抱き,一定の不満を抱いていたことがうかがわれるところで
ある。
    しかしながら,上記1認定のとおり,控訴人が時間外勤務によって処理し
た業務は,いずれも当時の大府北中における教員,殊に第3学年の学年主任として
の本来の職務に属するもの,又はこれに準ずるものであって,必要のないものは存
しないことが認められる。なお,この点に関し,控訴人は,本件道徳研究は,教師
の教育の自由を侵害するおそれがあるものである旨主張するが,本件における証拠
を検討しても,これを認めることはできない。
 そして,上記1認定事実,甲1ないし3号証,12号証,当審におけるDの証言
及び弁論の全趣旨によれば,本件においては,次の(ア)ないし(オ)の事情を認める
ことができ,控訴人が本件の時間外勤務において従事した上記の具体的な業務内容
に,これらの事情を考え併せると,本件において控訴人が抱いた不満について,法
的保護の対象になる程度の精神的苦痛を被ったものと認める余地はないというべき
である。
(ア) 担当教科等の時間数について
控訴人は,昭和63度において,勤務年数が35年に及ぶベテラン教師であったと
ころ,担当教科等の時間数は,19時間であった。昭和63年度に第3学年を担当
した教員は,控訴人を含めて13人であったが,その担当教科等の時間数をみる
と,最も少ないBが16時間,最も多いCが23時間であって,19時間というの
は,第3学年の中では少ない方であった。そして,第3学年には9クラスあった
が,控訴人は担任するクラスを持っていなかったのである。また,控訴人自身の他
の年度における担当教科等の時間数をみると,昭和62年度は,第2学年の学年主
任であったが,この年は22時間,平成元年度は,担当学年が第2学年であった
が,19時間であった。そうすると,担当教科等の時間数からみると,昭和63年
度の19時間というのは,他の教員及び控訴人自身の他の年度と比べ,負担の大き
なものであったということはできない。
(イ) 学年主任としての事務処理について
控訴人は,第3学年の学年主任として,校長の監督を受け,第3学年の教育活動に
関する事項について連絡調整及び指導,助言に当たるべき職務を負っていた。とこ
ろで,第3学年を担当する教員は13名であったが,そのうち,控訴人を含めた1
0名は,昭和62年度に第2学年を担当していたものであり,控訴人が第2学年の
学年主任であったことによれば,控訴人は,他の9名の教員につき,これを指導,
助言しやすい立場にあったものと認められる。
(ウ) 進学関連業務について
公立高校の受験制度として,昭和63年度に複合選抜制度が初めて導入されたこと
により,進学関連業務が大幅に増大したことがうかがわれるが,控訴人は,第3学
年の学年主任を担当することが予定されていたことから,県教委が昭和62年に実
施した同制度に関する説明会に出席しているのである。また,控訴人は,D教諭が
昭和63年度に初めて進路指導主事を担当することになった者であることを知って
おり,同教諭を指導する立場にあったことを認識していたものと推認することがで
きる。こうしたことによると,控訴人としては,昭和63年度における進学関連業
務は,第3学年を担当する教員にとって例年以上に負担が大きくなることを想定
し,年度当初から入念に計画を立案し,業務を計画的,効率的に遂行することによ
って,進学関連業務から生ずる時間外勤務を最小限に押さえるための配慮をするこ
とが期待される立場にあったものというべきである。
(エ) 本件道徳研究に関する事務について
本件道徳研究の関係では,進路指導に従事する第3学年担当教員の負担が大きくな
らないように配慮されており,しかも,控訴人は,この関係では,実践部の校門指
導並びに記録部の写真等の撮影及び整理の依頼を受けていたが,このうち,校門指
導については,朝の生徒の登校時に交代で校門に立って生徒が挨拶できるように指
導するものであり,また,写真等の撮影と整理についても,実際には,他の教諭が
中心となって行っていたものであって,いずれもさほどの負担となるものではなか
った。
(オ) A校長との折衝等について
控訴人は,1月から2月の間,A校長に対し,時間外勤務が多い状況を改善するよ
うに申し入れることがなかった。そして,控訴人は,3月に,A校長に対し,平成
2年度においても第3学年を担当し,学年主任をすることを希望する旨を表明し
た。
5 以上のとおりであって,控訴人の本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当で
あり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,控訴費用の負担につ
いて民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第2部
裁判長裁判官   大   内   捷   司
裁判官   佐 久 間   邦   夫
裁判官   加   藤   美 枝 子

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