弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 債権者Aを除くその余の債権者らがそれぞれ債務者に対し雇用契約上の権利を
有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は、
 債権者Bに対し金六〇五万九八五八円、債権者Cに対し金五五二万三三九〇円、
債権者Dに対し金七五一万八二九四円、債権者Eに対し金六二九万三一四二円、債
権者Fに対し金五五〇万五〇一四円、債権者Gに対し金七八四万〇六〇二円、債権
者Aに対し金六九四万四一六五円、債権者Hに対し金六七八万四六〇七円、債権者
Iに対し金六〇八万一六八七円、債権者Jに対し金五九六万一四八五円、債権者K
に対し金六六六万〇三二四円、債権者Lに対し金五六七万五七八二円、債権者Mに
対し金五三六万二一〇五円の各金員をそれぞれ仮に支払うとともに、昭和五〇年四
月から本案判決確定の日に至るまで毎月二〇日かぎり、債権者Bに対し金一〇万九
三六九円、債権者Cに対し金一〇万〇五〇〇円、債権者Dに対し金一三万三四七〇
円、債権者Eに対し金一一万二一七五円、債権者Fに対し金九万九六一八円、債権
者Gに対し金一三万八五二三円、債権者Hに対し金一二万一八四三円、債権者Iに
対し金一〇万九九一九円、債権者Jに対し金一〇万八一二六円、債権者Kに対し金
一一万九〇二一円、債権者Lに対し金一〇万二二九三円、債権者Mに対し金九万七
六八八円の各金員をそれぞれ仮に支払え。
三 債権者らのその余の申請をいずれも却下する。
四 訴訟費用は債務者の負担とする。
       事   実
第一 当事者双方の求める裁判
一 債権者ら
1 債権者Aを除くその余の債権者らがいずれも債務者に対し雇用契約上の権利を
有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は、債権者らに対し、それぞれ別紙甲債権目録その1に表示の各債権者
の請求総額欄に記載された各金員を仮に支払え。
3 債務者は、債権者Aを除くその余の債権者らに対し、それぞれ昭和五〇年四月
から本案判決確定の日に至るまでの間毎月二〇日かぎり、別紙甲債権目録その2に
表示の各債権者の月額合計欄に記載された各金員に、右債権者ら全員につき毎年一
月一日付で各金一〇〇円(年令給)を加算し、さらに、債権者Kにつき毎年二月一
日付で、債権者B、同C、同E、同Iおよび同Jにつき毎年三月一日付で、債権者
Lおよび同Mにつき毎年四月一日付で、債権者Hにつき毎年五月一日付で、債権者
Fにつき毎年七月一日付で、債権者Dおよび同Gにつき毎年一一月一日付でいずれ
も各金一〇〇円(勤続手当)を加算した各金員を仮に支払え。
4 債務者は、債権者Aを除くその余の債権者らに対し、それぞれ昭和五〇年四月
から本案判決確定の日に至るまでの間、毎年三月、六月、九月および一二月の各二
〇日かぎり別紙甲債権目録その3に表示の各債権者の請求金額欄に記載された各金
員を、毎年債務者会社の従業員に夏季レクリエーシヨン補助金が支払われる都度同
債権目録その4に表示の各債権者の藁金額欄に記載された各金員を、さらに、毎年
二月、五月、八月および一一月の各一五日かぎり同債権目録その5に表示の各債権
者の請求金額欄に記載された各金員をそれぞれ仮に支払え。
5 債務者が債務者会社の従業員に対して支払う賃金、食費補助金、文化会補助金
(以上第3項関係)、住宅手当、理髪費補助金、夏季レクリエーシヨン補助金およ
び通勤費(以上第4項関係)の支払基準を改訂したときは、債務者は、債権者Aを
除くその余の債権者らに対し、第3項および第4項記載の各金員を改訂基準に従つ
て引き直したものを仮に支払え。
6 債務者は、債権者Aを除くその余の債権者らに対し、それぞれ昭和五〇年から
本案判決確定の日に至るまでの間債務者会杜の従業員に夏季および年末の各一時金
が支払われる都度、別紙甲債権目録その2に表示の各債権者の基準賃金欄に記載さ
れた各金額に他の従業員に適用される基準と同一の基準を適用して算定した各金員
を仮に支払え。
7 訴訟費用は債務者の負担とする。
二 債務者
1 債権者らの本件各申請はいずれも却下する。
2 訴訟費用は債権者らの負担とする。
第二 債権者らの申請の理由
一 1 債務者は、東京都品川区に本店を、東京都ほか五市に営業所および出張所
を、川崎市、千葉市および東京都に工場をそれぞれ有し、酸素、アルゴン、窒素、
アセチレン、液化石油ガス等各種の高圧ガスの製造、販売、これらのガスの製造装
置、付帯機械器具等の製造、販売その他の付帯事業の経営を目的とする株式会杜で
あつて、昭和四五年当時における資本金額は金一五億二〇〇〇万円であつた。
2 他方、債権者一三名(以下債権者らという。)は、昭和四五年八月当時、いず
れも債務者に雇用され、債務者会社川崎工場のアセチレンガス製造部門(以下、単
にアセチレン部門という。)に勤務していた従業員であり、そして、そのうち債権
者Aのみは、昭和五〇年三月三一日をもつて、従業員の退職事由としての定年に達
した。なお、債権者らは、いずれも昭和四五年以前から、債務者会杜の従業員を主
たる構成員として組織された合成化学産業労働組合連合東洋酸素労働組合(以下、
単に組合という。)川崎支部に所属する組合員であつた。
二 ところで、債務者は、昭和四五年八月一五日かぎり、アセチレン部門を閉鎖し
たのに伴ない、債権者らを解雇したと主張して、その後、債権者らが債務者に対し
雇用契約上の権利を有する地位にあることを否認するとともに、債権者らの就労お
よび債権者らに対する後記の賃金、一時金その他の労働の対償としての金員の支払
いを拒絶している。
三 1 債権者らが昭和四五年八月一六日以降も債務者に対し雇用契約上の権利を
有する地位にあるとすれば、債権者らが債務者に対し右日時以降における右地位に
基づく労働の対償として支払いを請求しうる賃金、一時金その他の金員の種目およ
び金額は、次のとおりである。
2 賃金
(一) 賃金体系
(1) まず、債務者会社の従業員の賃金体系を説明すると、賃金は、基準賃金と
基準外賃金とに大別され、基準賃金は、基本給と手当とに別かれ、基本給は、職能
給と年齢給とからなり、手当は、臨時物価手当、勤続手当、幹部手当、家族手当と
交替勤務手当(但し昭和四九年四月以降新設)とからなり、基準外賃金は、早出、
残業手当等からなる。基準外賃金は、基本給と、家族手当を除く右の四つの手当と
の合計額を基礎にして計算される。そして、以上の賃金の支払期日は毎月二〇日で
ある。なお、以上のほかに、住宅手当(昭和四八年四月以降新設)がある。
(2) 職能給は、各従業員の職務、能率等を総合加味した一定の基準による査定
によつて決定され、年齢給は、満一五歳を金二七〇〇円とし、一歳ごとに各金一〇
〇円を加算して決定される。なお、年齢給の昇給は毎年一月一日付けで行なわれ
る。
(3) 臨時物価手当は、基本給一〇パーセントであり、勤続手当は、勤続一年に
つき金一〇〇円とし、正規の従業員としての雇用契約を締結した月に該当する月に
加算される。幹部手当は、係長が金二〇〇〇円、主任が金一五〇〇円であり、家族
手当は、妻、満一九歳未満の子女および満六一歳以上の同居の父母を扶養する従業
員に対し所定額が五人を限度として加算され、さらに、交替勤務手当は、三班三交
替勤務に従事する者に対し毎月金三〇〇〇円が加算される。
(4) 基準外賃金としては、早出、残業手当、休日出勤手当、臨時出勤手当、深
夜業手当等があり、それぞれの割増率が定められている。
(二) 昭和四五年八月分の未払賃金
 債権者らの昭和四五年八月分の賃金は、債権者らの同年五月から七月までの三か
月分の賃金額を平均して算出するのが相当であるところ、そのようにして算出した
債権者らの同年八月分の賃金およびその内訳は、別紙甲債権目録その1および別紙
甲(1)以下に表示の債権者らの同月分の賃金欄に記載したとおりである。ところ
で、債権者らは、同年八月分の賃金のうち別紙甲債権目録その1に表示の同月分支
給額欄に記載した金員の支払いを受けたが、その余の金員の支払いを受けていな
い。そこで、債権者らは、債務者に対し、その未払残金の支払いを請求することが
できる。
(三) 昭和四五年九月分から同五〇年三月分までの賃金
 債権者らが昭和四五年九月から同五〇年三月までの間に債務者から支払いを受け
るべき賃金およびその内訳は、別紙甲債権目録その1および別紙甲(1)以下に表
示の債権者らの右期間の賃金欄に記載したとおりである。なお、その間における賃
金のベースアツプ等の内訳は、別紙甲賃上げ一時金算出根拠一覧表に記載したとお
りであり、その間における査定は、債務者会社の従業員の平均値をもつてなすべき
である。
(四) 昭和五〇年四月分以降の賃金
 債権者Aを除くその余の債権者らが昭和五〇年四月以降に債務者から支払いを受
けるべき賃金およびその内訳は、別紙甲(43)および(44)に記載したとおり
である。なお、同年以降において賃金のベースアツプがあつたときは、改訂された
基準に従つて算出された増額分を右記載の金額に加算すべきである。
3 一時金
(一) 昭和四五年から同四九年までの一時金
 債務者会社の従業員は、昭和四五年の年末から同四九年の年末までの夏季(中元
時)および年末に、別紙甲賃上げ一時金算出根拠一覧表の各一時金欄に記載したと
おりの算出基準による一時金(賞与を含む。以下同じ。)の支払いを受けた。
そこで、債権者らは、債務者に対し、右と同一の基準に従つて算出した別紙甲
(3)以下に表示の債権者らの各一時金欄に記載した金員の支払いを請求すること
ができる。
(二) 昭和五〇年以降の一時金
 債権者Aを除くその余の債権者らは、昭和五〇年以降も、債務者会社の他の従業
員に適用する基準と同一の基準に従つて算出した一時金の支払いをその一時金支払
いの確定の都度請求することができる。
4 食費補助金
 債務者は、その従業員に対し、昭和四五年から同四六年五月までは一食につき金
一五円、その後昭和四九年一二月までは一食につき金二〇円の食費補助金を各食事
の都度支払つていた。そして、右補助金の従業員一人当たり一か月分の平均支払額
は二五食分である。そこで、債権者らは、債務者に対し、右基準の従つて算出した
昭和四五年七月一日から同四九年一二月三一日までの食費補助金(別紙甲(3)以
下に表示の各食費(事)補助欄に記載した金員)および昭和五〇年一月一日以降の
食費補助金(一食につき金二〇円、これが改訂されたときはその改訂額による。)
の支払いを請求することができる。
5 理髪費補助金
 債務者は、昭和四五年以降、その従業員に対し、三か月に金四〇〇円の理髪費補
助金を支払つている。そこで、債権者らは、債務者に対し、右基準に従つて算出し
た昭和四五年九月一日から同四九年一二月三一日までの理髪費補助金(別紙甲
(3)以下に表示の各理髪費補助金欄に記載した金員)および昭和五〇年一月一日
以降の理髪費補助金(これが改訂されたときはその改訂額による。)の支払いを請
求することができる。
6 文化会補助金
 債務者は、その従業員に対し、昭和四五年から同四七年四月までは一か月金一五
〇円、その後昭和四九年一二月までは一か月金二〇〇円の文化会補助金を支払つて
いた。そこで、債権者らは、債務者に対し、右基準に従つて算出した昭和四五年九
月から同四九年一二月までの文化会補助金(別紙甲(3)以下に表示の各文化会補
助欄に記載した金員)および昭和五〇年一月以降の文化会補助金(一か月金二〇〇
円、これが改訂されたときはその改訂額による。)の支払いを請求することができ
る。
7 夏季レクリエーシヨン補助金
 債務者は、その従業員に対し、昭和四五年および同四六年は一人当たり金一五〇
〇円、昭和四七年は一人当たり金一七〇○円、昭和四八年は一人当たり金一九〇〇
円、昭和四九年は一人当たり金二四〇〇円の夏季レクリエーシヨン補助金を支払つ
た。そこで、債権者らは、債務者に対し、右基準に従つて算出した昭和四五年夏季
から同四九年夏季までの夏季レクリエーション補助金(別紙甲(3)以下に表示の
各夏季レクリエーション補助欄に記載した金員)および新しく確定される金額によ
る昭和五〇年夏季以降の夏季レクリエーシヨン補助金の支払いを請求することがで
きる。
8 慶弔金および永年勤続者表彰金
 債務者は、従来、その従業員に対し、規則に従い、勤続一〇年以上の従業員の結
婚の場合には金二万五〇〇〇円、子女出産の場合には金二〇〇〇円の各祝金、勤続
一〇年以上の従業員の父母死亡の場合には金一万円の弔慰金、一〇年の勤続の場合
には金三〇〇〇円、一五年の勤続の場合には金四五〇〇〇円の各表彰金を支払つて
きた。ところで、債権者らについては、昭和四五年九月から同四九年一二月までの
間に、別紙甲(3)以下に表示の各慶弔慰金、永年勤続欄に記載したとおりの各慶
弔金および永年勤続者表彰金の支払原因が発生したので、債権者らは、債務者に対
し、右各慶弔慰金、永年勤続欄に記載した金員の支払を請求することができる。
9 通勤費
 債務者は、従来、その従業員に対し、工場へ通勤するための交通費の実費(定期
乗車券代)を三か月分ずつまとめて支払つてきた。そこで、債権者らは、債務者に
対し、別紙甲(3)以下に表示の交通費欄に記載した昭和四五年八月一六日から同
五〇年五月一五日までの通勤費(バス定期乗車券代)およびそれと同様の基準に従
つて算出した昭和五〇年五月一六日以降の通勤費の支払いを請求することができ
る。
10 なお、債権者Aは、前記のとおり、昭和五〇年三月三一日をもつて定年に達
したので、同債権者にかぎり、同日までの賃金、一時金その他の金員の支払いを請
求することができるに止まる。
四 債権者らは、いずれも債務者から支払いを受ける賃金、一時金その他の金員の
みによつて生計をたてている労働者であつて、それ以外に何らの資産、収入がな
い。そこで、債務者から右各金員の支払いを受けられないとすると、債権者らおよ
びその家族は、その生活が危殆に瀕し、著しい損害を蒙るおそれがある。
五 よつて、債権者Aを除くその余の債権者らは、同債権者らが債務者に対し雇用
契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める旨の仮処分および債務者が同債
権者らに対しそれぞれ債権者らの求める裁判の2ないし6に記載された各金員を仮
に支払うべき旨の仮処分を求め、また、債権者Aは、債務者が同債権者に対し債権
者らの求める裁判の2に記載された同債権者分の金員を仮に支払うべき旨の仮処分
を求める。
第三 申請の理由に対する認否
一 申請の理由第一項および第二項記載の各事実は認める。
二 1 同第三項の1記載の主張は争う。
2 (一) 同項2の(一)記載の事実は認める。
(二) 同項2の(二)ないし(四)記載の事実のうち、債権者らの昭和四五年か
ら七月までの三か月間の賃金額および同年八月一五日当時の基準賃金額ならびに債
務者が債権者らに対し同年八月一日から一五日までの賃金等として支払つた金額が
いずれも債権者ら主張のとおりであることは認めるが、その余の事実および主張は
争う。なお、債務者が債権者らに支払つた昭和四五年八月一日から一五日までの賃
金等の内訳は、その間における基準賃金(八月分の二五分の一三)および基準外賃
金ならびに八月分の通勤費であつて、その間に不就労があつた者については、その
不就労期間中の賃金相当額を控除している。
(三) (1) 債権者らは、昭和四六年度以降における債権者らの職能給の加算
額については、債権者と組合との間の協定に基づく全組合員の各年度における定期
昇給額および臨時昇給額の平均額をもつてすべきであると主張している。しかし、
まず、各組合員の各年度の定期昇給額は、所定期間内における各組合員の職務、能
率等の勤務実績を総合加味した債務者の査定により決定されるのであつて、一律の
方法で決定されるものではないから、昭和四五年八月一六日以降における債権者ら
の勤務実績が全組合員の平均水準に達したであろうことを推定すべき資料のない本
件においては、債権者らの主張するような方法でその定期昇給額を決定するのは相
当でない。そこで、仮にこの点につき一応妥当と認められる決定方法を求めるとす
れば、債務者が債権者らを解雇した直前である昭和四五年一月一日付の定期昇給時
の査定に基づく全組合員の定期昇給額の平均額と債権者ら各人の定期昇給額(この
金額は、債権者らの解雇の直前における勤務実績を反映していると解することがで
きる。)との割合を算出したうえ、昭和四六年度以降の各年度における全組合員の
定期昇給額の平均額に右割合を乗じて算定する方法を採るのが相当である。また、
各組合員の臨時昇給額は、各組合員に一律に配分される金額、各組合員の職能給に
比例して配分される金額および各組合員の年齢を基準として配分される金額からな
つており、そのそれぞれにつき全組合員の平均額が毎年債務者と組合との間で協定
されることになつている。そして、右のうち各組合員の職能給に比例して配分され
る金額は、右協定による各年度の全相合員の平均額に、臨時昇給額の決定時におけ
る全組合員の職能給の平均額と各組合員の職能給の金額との割合を乗じて算定され
ることになつている。ところが、昭和四六年度以降における各組合員の臨時昇給額
の決定に際しては、全組合員の職能給の中には債権者らの職能給を含めていないか
ら、今さらこれを含めたうえ昭和四六年度以降における各組合員の臨時昇給額の再
計算を行なうことは困難である。さりとてまた、この点につき各臨時昇給額の決定
時における全組合員の職能給の平均額をもつて債権者ら各人の職能給の金額とする
ことも、昭和四六年度以降における定期昇給額の決定について述べたのと同様の理
由で、相当でない。したがつて、仮にこの点についても一応妥当と認められる決定
方法を求めるとすれば、債権者らの解雇の直前である昭和四五年四月一日付の臨時
昇給額の決定時における全組合員の職能給比例配分金額の平均額と債権者ら各人の
職能給比例配分金額との割合を算出したうち、昭和四六年度以降における全組合員
の職能給比例配分金額の平均額に右割合を乗じて算定する方法を採るのが相当であ
る。
(2) 次に、債権者らは、昭和四五年八月一六日以降における債権者らの基準外
賃金の金額については、債権者らの解雇の直前である昭和四五年五月から同年七月
までの三か月間の債権者ら各人の基準賃金(但し、家族手当を除く。以下同じ。)
とその間の債権者ら各人の基準外賃金との割合を算出したうえ、昭和四五年八月一
六日以降の各月の債権者ら各人の基準賃金なるものに右割合を乗じて算定すべきで
あると主張している。しかし、基準外賃金の金額は、従業員が所定の期間内に債務
者の指示に基づいて現実に行なつた早出、残業、休日出勤等の時間外等勤務の量に
応じて決定されるへきものであつて、その量にかかわりなく過去の早出、残業等の
実績を基礎として定める一定の算式に基づいて決定されるべきものではないから、
昭和四五年八月一六日以降における債権者らの基準外賃金の金額の算定は不可能で
あるというべきである。
(3) さらに、債権者B、同C、同D、同Eおよび同Fの五名は、昭和四五年八
月一五日以前にアセチレン部門において三班三交替勤務に従事していたことを理由
として、昭和四九年四月以降新設の交替勤務手当の支払いを請求することができる
と主張している。しかし、右の交替勤務手当は、昭和四九年四月二五日に債務者と
組合との間に締結された三班三交替勤務手当の支給に関する協定に基づき新設され
たものであるが、その協定によれば、右手当は、一か月に一五日以上現実に三班三
交替勤務に従事した従業員に対してのみ支払われるものであつて、三班三交替勤務
を常態とする職場に勤務する従業員であつても、その勤務が一か月一五日未満にす
ぎない場合には、支払われないのである。ところで、右債権者ら五名が昭和四五年
八月一六日以降も債権者会社の従業員としての地位を有していたとしても、昭和四
九年四月以降、一か月に一五日以上現実に三班三交替勤務に従事する蓋然性がある
とは認められない。したがつて、右債権者らの主張は理由がない。
(四) 債務者の主張に従い、債権者ら主張の期間内における債権者らの各賃金額
を算定すると、その各金額は、別紙乙の各表に表示の各債権者の賃金請求額欄に記
載されたとおりの金額となる。
3 (一) 同項3の(一)および(二)記載の事実のうち、債務者が昭和四五年
の年末から同四九年の年末までの各夏季および年末にその従業員に対し債権者らの
主張するとおりの各一時金を支払つたことは認めるが、その余の事実および主張は
争う。
(二) 夏季および年末の各一時金の金額は、各従業員の特定時(夏季一時金につ
いてはその年の三月末、年末一時金についてはその年の九月末)における基準賃金
の金額を基礎として、その都度債務者と組合との間で協定される計算方法により算
定されるのであるが、その基礎とたるべき基準賃金額に加算する定期昇給額および
臨時昇給額の算定に関する債権者らの主張には、前記の二2(三)の(1)で述べ
たとおりの問題点がある。したがつて、債権者ら主張の右各一時金の金額も、そこ
で述べた債務者の主張に従い修正されなければならない。
(三) 債務者の主張に従い、債権者ら主張の期間内における債権者らの各一時金
の金額を算定すると、その各金額は、別紙乙の各表に表示の各債権者のボーナス合
計欄に記載されたとおりの金額となる。
4 同項4記載の事実のうち、債務者が債権者ら主張の基準による食費補助金を支
出していたことは認めるが、その余の事実および主張は争う。債務者は、その従業
員が事業所ごとに指定された仕出業者から昼食用の弁当などを取つた場合に、その
業者に対し食費補助金を支払つていたものであつて、従業員個人に対し支払つてい
たものではない。
5 同項5記載の事実のうち、債務者が構内に理髪施設のない事業所の従業員に対
し債権者ら主張の金額の理髪補助金を支払つていることは認めるが、その余の事実
および主張は争う。債権者らが勤務していた川崎工場にはその構内に理髪施設があ
るため、債務者は、同工場の従業員には、理髪補助金を支払つていない。
6 同項6記載の事実のうち、債務者が債権者ら主張の基準による文化会補助金を
支出していたことは認めるが、その余の事実および主張は争う。債務者は、スポー
ツや趣味を同じくする従業員が集つて組織した文化会に対し、その運営費の一部と
して文化会補助金を支払つていたものであつて、従業員個人に対し支払つていたも
のではない。
7 同項7記載の事実のうち、債務者が債権者ら主張の基準による夏季レクリエー
シヨン補助金を支出していたことは認めるが、その余の事実および主張は争う。債
務者は、その従業員を対象として債務者自らが主催する夏季レクリエーシヨンの費
用を負担、支出していたものにすぎず、従業員個人に対し支払つていたものではな
い。なお、このレクリエーシヨンに参加するか否かは、従業員の自由であつた。
8 同項8記載の事実のうち、債務者が従来その従業員に対し債権者ら主張か基準
による慶弔金および永年勤続者表彰金を支払つてきたことは認めるが、その余の事
実は争う。
9 同項9記載の事実のうち、債務者が従来その従業員に対し債権者ら主張のとお
りの通勤費を支払つてきたことは認めるが、その余の事実および主張は争う。右通
勤費の支払いは、債務者がその従業員の通勤に要する実費を負担し、支弁していた
ものにすぎない。
三 同第四項記載の事実および主張は争う。
第四 債務者の抗弁
一 昭和四五年当時における債務者会社の就業規則(以下、単に就業規則とい
う。)第五二条本文には、「社員(従業員)が次の各号の一に該当するときは三〇
日前に解雇予告するか、平均賃金三〇日分以上を支給して解雇する。」との規定が
あり、同条第八号には、「やむを得ない事業の都合によるとき」との規定があつ
た。
二 債権者らは、いずれもその主張するとおり昭和四五年以前から債務者会社川崎
工場のアセチレン部門に勤務していたものであるが、債務者は、次の三において述
べるとおりの事由により、昭和四五年八月一五日かぎりアセチレン部門を閉鎖しな
ければならなくなつたことに伴ない、当時同部門に勤務していた債権者らを含む従
業員全員(但し、同部門の製造二課長の職にあつた従業員一名を除く。以下、従業
員全員というときは、同じ意味である。)を解雇せざるをえなくなつたので、就業
規則の右規定に基づき、同年七月二四日、債権者らを含む右従業員全員に対し、同
年八月一五日かぎり解雇する旨の意思表示(以下、本件解雇通告という。)をし
た。
三 1 (一) 債務者は、酸素、アルゴン、窒素の製造、販売等のほかに、昭和
二八年から、アセチレンガスの製造、販売をも行なうことを計画し、川崎工場内に
その製造部門を設置して、以来一七年間にわたり、その製造、販売を行なつてき
た。ところで、債務者会社のアセチレン部門の業績は、当初の約五年間は、同業者
が少なく、市況も比較的安定していたため、一応順調な伸展を見せ、債務者も、そ
れに応じて、同部門の設備の増強、拡大に努力してきた。しかし、昭和三四年ころ
になると、中小の酸素製造業者をはじめ、高圧ガス販売業者、カーバイト製造業者
などが続々とアセチレンガスの製造、販売を開始し、各地にその製造工場が群立し
て、その間の競争が激化するようになつた反面、アセチレンガスに対する需要の伸
びが逐次鈍化の傾向を示し、市況が次第に悪化するに至つた。それに伴ない、債務
者会社のアセチレン部門の業績も、逐次悪化の傾向を辿るに至つたので、債務者
は、その後、巨額の資金を投じて、同部門の設備の集約化、製品の供給方法の合理
化を図るなど経営の改善に努めたが、十分な効果をあげるには至らなかつた。さら
に、昭和三八年ころになると、新しくプロパン、プロピレンなどの石油系溶断ガス
が出現し、アセチレンガスの大口需要者である鉄鋼、造船、造機等の業者がアセチ
レンガスの使用を石油系溶断ガスの使用に切り換える傾向が生じるに至つたため、
アセチレンガスの市況が急速に悪化し、債務者会社においても、アセチレン部門の
収支が同年上期に遂に赤字に転落するに至つた。そこで、債務者は、その後、種々
の対策を講じて、アセチレン部門の収支の改善に腐心したが、同部門の赤字は年を
追つて累積し、昭和四四年下期に至るまでに、総額金四億一六〇〇万円余にも達し
た。
(二) 債務者会社のアセチレン部門の収支が右のような巨額の赤字を生ずるに至
つた原因の一つは、昭和三八年ころ以降におけるアセチレンガスの市況の悪化が急
速であり、かつ、著しかつたことである。すなわち、アセチレンガスの製造工程は
極めて簡単であるうえ、その製造設備や操業は比較的少額の資金ででも可能である
ため、昭和三四年ころ以来、中小の酸素製造業者をはじめ、多数の業者がアセチレ
ンガスの製造業界に進出し、昭和二八年七月当時には、全国におけるアセチレンガ
ス製造工場の数が、酸素製造業者兼営のもの一〇、専業製造業者のもの五の合計一
五工場にすぎなかつたものが、その一〇年後の昭和三八年には、酸素製造業者兼営
のもの三二、専業製造業者のもの五三の合計八五工場にもなり、製品の供給過剰を
招くに至つた。加うるに、昭和三八年ころから、爆発についての危険性が低い石油
系溶断ガスが大量かつ安価に生産され、鉄鋼、造船、造機等の業者がアセチレンガ
スの使用を石油系溶断ガスの使用に切り換えるようになつたため、アセチレンガス
の需要の伸びが急激に鈍化するに至つた。その結果、アセチレンガスの価格の低落
に拍車がかけられ、債務者会杜におけるその販売価格は、昭和三二年ころには一キ
ロググラム当たり金三〇〇円程度であつたものが、昭和三八年には約金二二〇円と
なり、さらに、昭和四三年下期から同四四年上期にかけては金一九三円弱にまで落
ち込んでしまつた。
(三) 債務者会社のアセチレン部門の収支が赤字を生ずるに至つたもう一つの原
因は、同部門の作業能率が他業者のアセチレン部門のそれに比較してはるかに低
く、市況の悪化を克服するに足りる経費の節減を実行することがでなかつたことで
ある。すなわち、アセチレンガス製造業界における常識では、従業員一人当たりの
一か月の生産量は、六トンないし七トンであるとされ、作業能率の高い業者では八
トンないし一〇トンにも達しているのに対し、債務者会社のアセチレン部門の作業
能率ははるかに低く、昭和三七年までの従業員一人当たりの一か月の生産量は、ア
セチレンガスの需要期である冬期において約一・八トン、不需要期である夏期にお
いて約一・四トンないし一・六トンであり、昭和三八年から同四一年にかけては、
生産の不安定と販売量の減少が生ずるに至つた反面、作業人員はほとんど変らなか
つたため、良いときでも一・五トン、悪いときは〇・七トンにまで落ち、昭和四二
年以降においても約一・六トン程度に止まつていた。そして、債務者会社のアセチ
レン部門の作業能率がこのように異常に低かつた理由は、債務者会杜と同程度の生
産量をあげている同業者に比し、従業員の人数が非常に多く同業者の四倍ないし六
倍にもなつていたほか、従業員の実働時間が一日約四時間程度に止まつていたこと
によるものである。
(四) なお、右に述べたように、債務者会社のアセチレン部門の作業能率は異常
に低かつたのにかかわらず、同部門に所属する従業員の賃金水準は、年とともに引
き上げられ、アセチレンガスの製造原価の中に占める人件費の割合は、他の同業者
においては類を見ないほど高いものとなつた。一般に大手の酸素製造業者がアセチ
レンガスの製造を兼営している場合には、酸素製造部門における高い賃金水準が労
働集約度の高いアセチレン部門にもそのまま適用されることが多いため、アセチレ
ンガスの専業製造業者等に比し、従業員の賃金水準が高くなるのが常であるが、債
務者会社のアセチレン部門のように作業能率が異常に低い場合には、従業員の高い
賃金水準は、相乗的にアセチレンガスの製造原価を高める結果を招き、アセチレン
部門の業績悪化の致命的な原因となつた。
2(一) 債務者は、以上に述べたようなアセチレン部門の業績の悪化に対処し、
これを防止するため、あらゆる機会を捉えて、アセチレン部門の生産能力の増強、
アセチレン容器の増加、大口需要者に対するアセチレン供給設備の設置等に努力を
重ねてきた。すなわち、昭和三四年当時においては、債務者会社のアセチレン部門
の製造装置は、第一、第二工場ともに、毎時一五立方メートルのもの各四基で、一
か月間の公称生産量は七九・二トンであつたが、債務者は、昭和三五年中に、第二
工場の製造装置四基を毎時三〇立方メートルのものに切り換えたので、一か月間の
公称生産量は一一八・八トンに達することとなつた。また、昭和三四年当時におけ
る債務者所有のアセチレン容器は、約一万六〇〇〇本(一本当たりの充填量は約六
キログラム)であつたが、債務者は、その後昭和三七年上期までの間に、約金二億
円の資金を投じて新しい容器一万七〇〇〇本を購入した。その結果、昭和三五年に
は、債務者会社のアセチレン部門の製造設備の規模は、京浜工業地帯では最大のも
のとなつた。さらに、債務者は、アセチレンガスの最大の需要者であつた日本鋼管
水江製鉄所に対するアセチレンガス供給の合理化を図るため、昭和三六年五月に、
約金一四○○万円の資金をもつて同製鉄所へパイプラインとガス昇圧ブロワー装置
を完成し、その完成前には一か月約七トン程度にすぎなかつたアセチレンガスの供
給量を、昭和三七年下期には約二五トン、同三九年には約三〇トンにまで増加さ
せ、また、債務者会社の川崎工場に隣接する日立造船神奈川工場に対しても大量の
アセチレンガスを供給するため、昭和三八年一一月に、同工場へのパィプラィンを
完成させた。
(二) また、債務者は、人件費の節減によるアセチレンガスの製造原価の引下げ
を図るため、組合ないしその川崎支部と交渉を重ね、その協力を求めた。すなわ
ち、昭和三七年当時債務者会社川崎工場のアセチレン部門の従業員には三〇名程度
の過剰人員があつたのであるが、債務者は、まず、組合川崎支部との交渉の結果、
昭和三七年五月一四日、アセチレン部門の第一、第二工場の製造装置各四基と日本
鋼管水江製鉄所に対するアセチレンガス昇圧ブロワー装置を運転させることを前提
として、三交替制各組(直)の作業人員を二〇名とし、欠勤、有給休暇等で欠員が
生じても出勤人員が一八名に達しておれば、右各装置を運転することを主たる内容
とする、いわゆる二〇名要員覚書の協約を同支部との間で締結した。しかし、この
ようなアセチレン部門における要員問題は、その後しばしば、債務者と組合との間
の対立点として紛争の原因となり、従業員の削減に関する債務者の提案については
容易に組合の了解を得ることができず、折角完成した日立造船神奈川工場へのパイ
プラインも稼働しないまま約六か月間も放置されるいう事態などが発生した。そし
て、その後、債務者と組合神奈川支部との間では、昭和三七年一二月二〇日のいわ
ゆる一九名要員団交確認、昭和三八年七月一五日のいわゆる二八名要員覚書、昭和
三九年五月四日のいわゆる日立送アセ問題に関する一九名要員等確認、昭和四二年
一一月一一日のいわゆる一四名要員覚書、昭和四四年一月一八日のいわゆる機械運
転台数規制を含む一四名要員覚書などの協約が締結されたが、人件費の節減による
アセチレンガスの製造原価の引下げはその目的を達するまでには至らなかつた。
3(一) 債務者は、アセチレン部門の業績の悪化を防止するため、以上のように
種々の対策を講じてきたのにかかわらず、その効果はあがらず、同部門の赤字は年
を追つて増大し、とくに昭和四一年以降は毎年金六〇〇〇万円ないし金一億円にも
なり、前述のとおり、昭和四四年下期に至るまでの赤字の総額は金四億一六〇〇万
円余にも達した。しかも、アセチレンガスの原料であるカーバイトの慢性的品不足
による価格の高騰、経済の高度成長に伴う人件費や運賃の急激な増大は、アセチレ
ンガスの製造原価の上昇傾向を不可避なものとし、その結果、昭和四四年には、ア
セチレンガス一キログラムの販売価格が約金一九七円であつたのに対し、その製造
原価は約金二六九円にも達するようになり、これを黒字に転ずることはほとんど不
可能な状態となつた。さらに、アセチレン部門における右のような赤字の累積は、
単に同部門の経営の困難を招くに止まらず、債務者会社全体の業績の低下を招く
(昭和三八年から同四四年までの間におけるアセチレン部門の赤字の合計額である
約金四億一六〇〇万円は、その間における債務者会社全体の税引後純利益の合計額
である約金一〇億四九〇〇万円のほぼ四割にも相当する。)とともに、債務者会社
の主たる製造部門である酸素部門の経営にも深刻な影響を及ぼすこととなり、債務
者会社の業績は、酸素製造を主たる営業とする同業者に比して、著しい立遅れを余
儀なくされ、その間の企業格差は拡大する一方であつた。例えば、系列下のオンサ
イトプラントおよび共同製造会社を含めた大手酸素製造業者の酸素の生産能力につ
いて見ると、昭和三五年においては、債務者会社の一に対し、日本酸素四、帝国酸
素三、大阪酸素および大同酸素いずれもほぼ一であつたものが、昭和四五年には、
債務者会社の一に対し、日本酸素四七、帝国酸素一二、大阪酸素二、大同酸素六と
なり、その間に著しい格差が生じるに至つた。その結果、債務者は、増資および金
融機関からの借入れ等による資金の調達にも支障を来たすこととなり、このままの
状態を放置するときには、債務者会社の経営自体が回復することのできない重大な
破綻ないし損失を招きかねない状況となつた。
(二) そこで、債務者は、アセチレン部門の存廃について慎重な検討を加えた
が、債務者会社におけるアセチレン部門の業績の不振は、前記1の(二)において
述べたようなアセチレンガス製造業界の構造的変化に起因しており、しかも、その
(三)において述べたような同業者に比して異常に低い作業能率に起因している以
上、同部門の収支の早期改善はも早ほとんど期待することができない状態であり、
同部門を全面的に閉鎖し廃止する以外に債務者会社の経営を立ち直らせる方法はな
いとの結論に達した。しかし、アセチレン部門の全面的閉鎖は、同部門に勤務して
いる従業員の整理をも当然に伴ない、その生活に重大な影響を及ぼすことになるこ
とに鑑み、昭和四五年三月以来、同部門の従業員の雇用をできるだけ継続たまま、
同部門の営業を第三者に譲渡する案や、同部門の従業員を経営主体とする別会社を
設立する案などについて検討したが、前者は、同部門の営業を引き受ける適当な第
三者がなく、また、後者は、組合川崎支部の反対にあい、いずれも日の目を見るに
至らなかつた。そこで、債務者は、やむをえず、昭和四五年六月五日の取締役会に
おいて、アセチレン部門を全面的に閉鎖するとともに、同部門に勤務している従業
員全員を解雇することを決定し、その後、右閉鎖および従業員解雇の具体的な日時
および方法についての検討に入つた。
(三) およそ事実の経営者が経営上やむをえない事由により特定の事業部門を閉
鎖しなければならないときでも、同部門に勤務している従業員の解雇は最少限に止
め、整理の対象となる従業員でもこれを他の事業部門に配置転換するなどの方法に
より、雇用関係を継続するよう配慮するのが望ましいことはいうまでもない。しか
しながら、債務者会社のアセチレン部門の閉鎖に当たつては、次に述べるとおりの
理由により、同部門に勤務している従業員全員を解雇する以外に方法はなかつたの
である。すなわち、アセチレン部門は川崎工場にしかなかつたのであるから、同工
場の従業員を他の工場のアセチレン部門に配置転換するということは不可能であつ
た。また、アセチレン部門と酸素部門等の他の部門とでは、作業工程が異なり、作
業技能の面において互換性が乏しいため、アセチレン部門の従業員をそのまま酸素
部門その他の部門に配置転換するということは困難であつた。のみならず、アセチ
レン部門と酸素部門等との間に従業員の互換性があつたとしても、酸素部門等にお
いても従来からかなりの過剰人員があり、とくに昭和四〇年以降は、一部の女子事
務員を除き新規採用を停止するとともに、定年や自己都合退職等の自然減員を待つ
て人員の圧縮に努めてきたという事情にあつて、アセチレン部門の従業員を受け入
れる余裕は全くなかつた。さらに、酸素部門をも含めた川崎工場の全従業員の中か
ら希望退職者を募集する方法を採ることは、債務者会社の全従業員に動揺を生じさ
せるばかりでなく、当時の求人難の状況下においては、他の同業者等による債務者
会社の熟練労働者の引抜きを誘発する原因となるおそれも大であつた。以上のよう
な理由により、債務者会社のアセチレン部門を閉鎖するに当たつては、それと同時
に同部門に勤務している従業員全員を解雇する以外に方法がないとの結論に達した
のである。
(四) 以上のような事情および経過のもとに、債務者は、昭和四五年七月上旬、
アセチレン部門の閉鎖および同部門の従業員の解雇の日を同年八月一五日と決定す
るとともに、解雇者に対しては、退職金規定による退職金のほかに、勤続年数、家
族構成を考慮した特別加給金(基本給の二・五か月分ないし三・五か月分に家族加
算分を加えたもの)、予告手当および帰郷旅費を支払うことなどを決定したうえ、
同年七月一六日、組合およぴ組合川崎支部に対し、その旨を通知するとともに、全
従業員に対し、右閉鎖および従業員の解雇のやむをえない理由を説明したアセチレ
ン工場部門白書を配布して、その理解と協力を求めた。そして、債務者は、同年七
月二四日、債権者らを含むアセチレン部門の全従業員に対し、本件解雇通告をし、
さらに、同年八月一五日、同部門を閉鎖するに至つたものである。
四1 なお、昭和四五年当時、債務者と組合との間には、組合員である従業員の解
雇問題につき事前に協議すべき旨の労働協約等は存在しなかつたのであるが、債務
者は、アセチレン部門の閉鎖およびそれに伴なう同部門の従業員の解雇につき組合
の理解と協力を得るため、前述のとおり、昭和四五年七月一六日、組合に対し、右
閉鎖および従業員の解雇を通知したほか、本件解雇通告後右閉鎖に至るまでの間
に、同年七月三〇日、八月七日および同月一四日の三回にわたり、組合と団体交渉
を行なつた。しかし、組合は、債務者会杜のアセチレン部門の一方的な閉鎖および
従業員の解雇には原則的に反対であるとか、右閉鎖の実施を延期してほしいとか主
張するのみで、問題解決の具体的方法については、何らの提案をもしなかつた。
そこで、債務者は、組合の了解と協力を得ないまま、昭和四五年八月一五日に予定
どおり、右閉鎖および従業員の解雇を実施せざるをえなかつた。
2 しかし、債務者は、その後も、昭和四五年八月三一日、九月四日、同月五日お
よび同月八日の四回にわたり、組合と団体交渉を行なつた結果、右九月八日に、債
務者会社の事業の都合による本件解雇を従業員の希望退職の扱いとすること、退職
する従業員に対し一人金一六万円の餞別金を支払うこと、将来工場閉鎖等の問題が
生じたときは事前に組合と協議することを内容とする組合との合意が成立した。そ
して、組合は、その後、右合意につき組合員の全員投票を行なつたところ、有効投
票の八七パーセントに達する賛成を得たので、債務者と組合は、昭和四五年一〇月
一二日、右合意を確認する覚書を作成した。
第五 抗弁に対する認否
一 抗弁第一項記載の事実は認める。
二 同第二項記載の事実のうち、債権者らがいずれも昭和四五年以前から債務者会
社川崎工場のアセチレン部門に勤務していたものであること、債務者が、その主張
のような事由および就業規則の規定に基づくものであると主張して、昭和四五年七
月二四日、債権者らを含むアセチレン部門の従業員全員に対し、本件解雇通告をし
たことは認めるが、債務者主張の解雇事由のあることは争う。
三1(一) 同第三項1の(一)記載の事実のうち、昭和三四年ころからアセチレ
ンガスに対する需要の伸びが逐年鈍化の傾向を示し、市況が次第に悪化するに至つ
たこと、それに伴ない債務者会社アセチレン部門の業績悪化の傾向を辿るに至つた
こと、債務者がその後巨額の資金を投じて、アセチレン部門の設備の集約化、製品
の供給方法の合理化を図などの経営の改善に努めたこと、昭和三八年ころからアセ
チレンガスの市況が急速に悪化したことは争い、債務者会社のアセチレン部門の収
支が昭和三八年上期に赤字に転落したこと、同部門の赤字が年を追つて累積し、昭
和四四年下期までに債務者主張の金額に達したことは知らない。その余の事実は認
める。債務者は、昭和三八年以降も、逐年その事業規模を拡大して、着実にその業
績をあげており、昭和四五年四月の決算においては、売上高は金二六億一一〇一万
三〇〇〇円(昭和四三年一〇月の決算期に比して三八パーセントの増)、営業純利
益は金三億三〇八〇万七〇〇〇円(右同決算期に比して一一・九六倍の増)、税引
後純利益は金一億五六六六万八〇〇〇円(右同決算期に比して二倍強の増)に達し
ている。また、債務者は、本件解雇通告の少し前に、その株式の配当率を年八分か
ら年一割に引き上げている。
(二) 同項1の(二)記載の事実のうち、昭和三四年ころ以来多数の業者がアセ
チレンガスの製造業界に進出したこと、昭和三八年ころから石油系溶断ガスが生産
され、鉄鋼、造船、造機等の業者がアセチレンガスの使用を石油系溶断ガスの使用
に切り換えるようになつたことは認めるが、その余の事実および主張は争う。石油
系溶断ガスが生産されるようになつてからも、アセチレンガスの需要は一貫して伸
びており、また、アセチレンガスの価格の低落の傾向も、昭和四五年以降立ち直り
つつある。
(三) 同項1の(三)記載の事実および主張は争う。債務者会社と同業者との間
において従業員の人数が多いか否かを正確に比較するためには、両者の設備、作業
の方法、労働時間、臨時作業員の有無その他の実態をも十分に調査し比較する必要
があるのであつて、単に従業員の人数のみを比較すれば足りるというものではな
い。
(四) 同項1の(四)記載の事実および主張は争う。債務者会社のアセチレン部
門の従業員の賃金水準は、大手同業者のアセチレン部門の従業員の賃金水準と比較
して、むしろ低かつた。
2(一) 同第三項2の(一)記載の事実のうち、昭和三四年当時の債務者会社の
アセチレン部門の製造装置は第一、第二工場ともに毎時一五立方メートルのもの各
四基であつたこと、昭和三五年中に債務者が第二工場の製造装置四基を毎時三〇立
方メートルのものに切り換えたこと、債務者が、昭和三六年五月に、日本鋼管水江
製鉄所ヘアセチレンガスを供給するためのパイプラインとガス昇圧ブロワー装置
を、また、昭和三八年一一月に、日立造船神奈川工場ヘアセチレンガスを供給する
ためのパイプラインをそれぞれ完成させたことは認めるが、その余の事実および主
張は争う。債務者は、他の大手同業者に比し、設備の自動化、容器の改良等につい
ての努力を怠つていた。
(二) 同項2の(二)記載の事実のうち、債務者と組合ないし組合川崎支部との
間にアセチレン部門の要員問題についで紛争があつたこと、両者の間に債務者の主
張するような覚書、確認などの協約が締結されたこと、日立造船神奈川工場へのパ
イプラインが稼働しないまま約六か月間放置されるという事態が発生したことは認
めるが、その余の事実および主張は争う。
3(一) 同第三項3の(一)記載の事実および主張は争う。前述したとおり、債
務者は、昭和三八年以降も、逐年その事業規模を拡大し、着実にその業績をあげて
おり、また、本件解雇通告の少し前に、その株式の配当率を年八分から年一割に引
き上げている。
(二) 同項3の(二)記載の事実のうち、債務者が昭和四五年三月組合川崎支部
に対しアセチレン部門の従業員を経営主体とする別会社を設立する案を提示したこ
とは認めるが、その余の事実および主張は争う。債務者がアレチレン部門の閉鎖を
決定したのは、同部薪の業績が不振で、これを閉鎖する以外に債務者会杜の経営を
立ち直らせることができないという理由からではなく、債務者が自らアセチレンガ
スを製造してこれを販売するよりも、自らは販路だけを確保して、アセチレンガス
の製造は系列下の中小専業者に行なわせ、そこから製品を購入してこれを販売した
方がより多くの利益をあげうるという、単なる経営政策上の理由からにすぎない。
(三) 同項3の(三)記載の事実のうち、債務者会社のアセチレン部門が川崎工
場にしかなかつたこと、債務者が昭和四〇年以降男子従業員の新規採用を停止して
いたこと、その間定年や自己都合退職等の自然減員があつたことは認めるが、その
余の事実および主張は争う。アセチレン部門の従業員とその他の部門の従業員との
間に互換性がないということはなく、昭和四五年以前にもアセチレン部門の従業員
でその他の部門に配置転換を命ぜられた者が少なくない。また、現に債権者らと同
時に本件解雇通告を受けた者のうち債務者の斡旋により他に再就職をした者のほと
んどがアセチレンガスの製造業以外の仕事に従事している。さらに、債務者は、昭
和四〇年以降男子従業員の新規採用は停止していたが、反面、その間に五〇名以上
の女子従業員を採用しており、その中には従前男子従業員が従事していた職場に配
置されている者もある。
(四) 同項3の(四)記載の事実のうち、債務者が、昭和四五年七月一六日、組
合および組合川崎支部に対し、同年八月一五日かぎりアセチレン部門を閉鎖し、同
部門の従業員全員を解雇することなどを通知するとともに、全従業員に対しアセチ
レン工場部門白書を配布したこと、債務者が、同年七月二四日、債権らをを含むア
セチレン部門の全従業員に対し、本件解雇通告をし、同年八月一五日、同部門を閉
鎖したことは認めるが、その余の事実は知らない。
四1 同第四項の1記載の事実は認める。
2 同項2記載の事実は認める。しかし、債務者の主張する組合員の全員投票に
は、組合川崎支部所属の組合員の大部分が参加していない。
第六 債権者らの再抗弁
一 事業の経営者が、その経営上やむをえない事由により特定の事業部門を閉鎖す
るのに伴ない、同部門に勤務している従業員を整理しなけれならない場合であつて
も、事業の経営者としては、直ちにその従業員を解雇することが許されるものでは
なく、その従業員を他の事業部門に配置転換したり、希望退職者を募集したりする
などの方法により、解雇者の人数をできるかぎり縮小するように努めるべきであ
り、また、やむをえず従業員を解雇しなければならないときでも、公正、妥当かつ
合理的基準に従い、解雇者を選定すべきである。しかるに、債務者は、アセチレン
部門を閉鎖するのに伴ない、何ら右のような配慮をすることなく、直ちに同部門に
勤務する従業員全員を解雇したものであるから、債務者のなした本件解雇通告は、
雇用契約関係を規律する信義則に違反したものであり、また、権利を濫用したもの
であつて、無効というべきである。
二 債権者らは、いずれも組合川崎支部所属の組合員であり、従来から活発な組合
活動を行なつてきたものである。ところで、債務者は、そのアセチレン部門を閉鎖
するのを好機として、右のように活発な組合活動を行なつてきた債権者らを債務者
会社の職場から排除し、組合川崎支部の団結力ないし団体行動力を弱体化する目的
をもつて、債権者らを雇用したものである。したがつて、債務者のなした本件解雇
通告は、不当労働行為であつて、無効である。
第七 再抗弁に対する認否
一 再抗弁第一項記載の事実および主張は争う。抗弁第三項において前述したとお
り、債務者がアセチレン部門を閉鎖するに当たつは、同部門の従業員全員を解雇す
る以外に方法がなかつたのである。
二 再抗弁第二項記載の事実のうち、債権者らが組合川崎支部の組合員であり、組
合活動を行なつてきたことは認めるが、その余の事実および主張は争う。
第八 疎明関係(省略)
       理   由
一 申請の理由第一項および第二項記載の各事実は、当事者間に争いがない。な
お、債権者I本人尋問の結果により真正に成立したと認められる疎甲第一七三ない
し第一八五号証、成立に争いのない同第一八六ないし第一九八号証によれば、債権
者Bは昭和三二年三月に、債権者Cは同三五年三月に、債権者Dは同二九年七月
に、債権者Eは同年三一年三月に、債権者Fは同三五年一二月に、債権者Gは同二
九年七月に、債権者Aは同三九年二月に、債権者Hは同三二年五月に、債権者Iは
同年三月に、債権者Jは同年三月に、債権者Kは同三一年八月に、債権者Lは同三
四年一二月に、債権者Mは同年同月に、いずれも債務者に雇用され(但し、これら
の雇用の日時は、一部の債権者については、臨時工や雇員として雇用された日時を
含む。)、以来債務者会社の川崎工場アセチレン部門においてアセチレンガス製造
等の業務に従事してきたものであり、昭和四五年八月一五日現在においては、債権
者Bは三一歳、債権者Cは二八歳、債権者Dは三七歳、債権者Eは三二歳、債権者
Fは三〇歳、債権者Gは三五歳、債権者Aは五〇歳、債権者Hは三三歳、債権者I
は三一歳、債権者Jは三一歳、債権者Kは三二歳、債権者Lは二九歳、債権者Mは
二七歳であつたことが認められる。
二1 そこで債務者の抗弁について判断するに、まず、就業規則第五二条本文、同
条第八号に債務者の主張するとおりの規定があつたこと、債務者が、就業規則の右
規定に基づく解雇であると主張して、昭和四五年七月二四日、債権者らを含むアセ
チレン部門の従業員全員に対し、本件解雇通告をしたことは、当事者間に争いがな
い。
2 ところで、債務者が、本件のごとく特定の事業部門を閉鎖するのに伴ない、
「やむを得ない事業の都合によるとき」に該当する事由があるとして、就業規則の
右規定に基づき、同部門の従業員を有効に解雇するためには、同部門を閉鎖するこ
とが事業の経営上やむをえないものであると同時に、その従業員を解雇することも
また事業の経営上やむをえないものであり、さらに、その解雇の手続が社会通念上
首肯すべきものであることを要するものと解すべきである。けだし、およそ解雇は
従業員(さらにその家族)の生活に重大な影響を及ぼすものであるから、右規定の
定める解雇の要件はこれを厳格に解釈し、当該事業部門の閉鎖およびその従業員の
解雇の両者がいずれも事業の経営上やむをえないものであることを要すると解する
のが相当であるとともに、右規定に基づく解雇は、通常従業員の側には何ら解雇の
原因となるべき事由がないのにかかわらず、債務者側の一方的な都合によつて当該
従業員の雇用契約上の地位を失わせることになるものであることに鑑み、その解雇
の手続自体も社会通念上首肯すべきものであることを要すると解して、その解雇が
従業員の生活に及ぼす影響をできるかぎり軽減するように配慮するのが相当である
からである。
3(一) ところで、債務者が昭和四五年八月一五日にアセチレン部門を閉鎖した
ことは、当事者間に争いがないので、まず、右閉鎖が債務者会社の事業の経営上や
むをえないものであつたか否かについて検討する。
(二)(1) 債務者が、酸素、アルゴン、窒素の製造、販売等を行なうほかに、
昭和二八年から、アセチレンガスの製造、販売をも行なうことを計画し、川崎工場
内にその製造部門を設置して、以来一七年間にわたり、その製造、販売を行なつて
きたこと、債務者会社のアセチレン部門の業績が、少なくとも当初の約五年間は、
一応順調な伸展を見せ、債務者も、これに応じて、同部門の設備の増強、拡大に努
力してきたこと、昭和三四年ころから、中小の酸素製造者をはじめ、高圧ガス販売
業者、カーバイト製造業者などがアセチレンガスの製造、販売を開始し、各地にそ
の製造工場が群立して、その間の競争が激化するようになつたこと、昭和三八年こ
ろから、プロパン、プロピレンなどの石油系溶断ガスが出現し、鉄鋼、造船、造機
等の業者がアセチレンガスの使用を石油系溶断ガスの使用に切り換える傾向が生じ
るに至つたことは、当事者間に争いがない。そして、証人Nの証言により真正に成
立したと認められる疎乙第四号証の一ないし一五、同第五号証の一ないし六、同第
六号証の一、二、同第八号証、同第九号証の一、二、同第一三号証、証人Oの証言
により真正に成立したと認められる疎乙第一八号証、同第二二号証、証人N、同O
の各証言を総合すると、アセチレンガスの市況は、昭和三五、六年ごろから、次第
に悪化し、債務者会社のアセチレン部門の収支も、昭和三八年上期から、赤字に転
落するに至り、その赤字は、その後毎年累積して、債務者会社の計算によれば、昭
和四四年下期に至るまでの赤字の合計額が金四億一六〇〇万円にも達したことが一
応認められ(もつとも、この金額およびその基礎となつている右各疎明資料上の金
額が細部においてどの程度正確なものであるかについては、これを確定するに足り
る疎明がない。)、疎甲第八○号証、同第一七一号証、同第一七二号証の一、二、
同第二二六号証の一、二も、右認定を大筋において左右するに足りるものではな
い。
(2) そして、前掲疎乙第六号証の一、二、同第八号証、同第九号証の一、二、
同第一八号証、同第二二号証、証人Nの証言により真正に成立したと認められる疎
乙第七号証の一、二、同第一〇ないし第一二号証、弁論の全趣旨により真正に成立
したと認められる疎乙第六四号証、同第六七号証、同第六八号証の一、二、成立に
争いのない疎乙第六六号証の一ないし六、同第六八号証の三ないし三三、証人N、
同Oの各証言を総合すると、債務者会社のアセチレン部門の収支が、昭和三八年以
降、右に認定したような相当額の赤字を出すに至つた主要な原因は、ほぼ債務者が
抗弁第三項1の(二)および(三)において主張するとおり(もつとも、その
(三)において主張する計数の正確性については、問題がないわけではない。)、
一つは、昭和三四年ころ以来、多数の業者がアセチレンガスの製造業界に進出し、
各地に工場が群立して、業者間の競争が激化するようになつたうえ、昭和三八年こ
ろから、爆発についての危険性が低い石油系溶断ガスが大量かつ安価に生産され、
アセチレンガスの大口需要者である鉄鋼、造船、造機等の業者がアセチレンガスの
使用を石油系溶断ガスの使用に切り換えるようになり、その結果、アセチレンガス
の需要の伸びが鈍化するとともに、その価格が低落するに至つたことにあり、もう
一つは、債務者会社のアセチレン部門の作業能率が他の業者のアセチレン部門のそ
れに比較してかなり低かつたため、右に述べたような市況の悪化を克服することが
できなかつたことにあると一応認めることができる。なお、債務者会社のアセチレ
ン部門の作業能率に関連して、債務者は、抗弁第三項1の(四)において、右のア
セチレン部門に所属する従業員の賃金水準が異常に高かつたと主張しているが、前
掲疎乙第六八号証の一ないし三三、証人Pの証言も、いまだ十分に右主張を疎明す
るに足りるものではなく、その他にこの主張を疎明するに足りる資料はない。
(三)(1) 右のようなアセチレン部門の業績の悪化に対処し、債務者がこれを
防止するための努力を怠つていなかつたかについて見るに、昭和三四年当時におけ
る債務者会社のアセチレン部門の製造装置は、第一、第二工場ともに、毎時一五立
方メートルのもの各四基であつたが、昭和三五年中に債務者が第二工場の製造装置
四基を毎時三〇立方メートルのものに切り換えたこと、債務者が、アセチレンガス
の大口需要者への供給の合理化を図るため、昭和三六年五月に、日本鋼管水江製鉄
所へのパイプラインとガス昇圧ブロワー装置を完成し、昭和三八年一一月に、日立
造船神奈川工場へのパイプラインを完成させたことは、当事者間に争いがなく、ま
た、前掲疎乙第一二号証、証人Nの証言によれば、債務者は、アセチレンガスの販
売量を増加させるため、昭和三四年から同三七年までの間に、それまでは債務者所
有のアセチレン容器が約一万六〇〇〇本(一本当たりの充填量は約六キログラム)
にすぎなかつたのを約三万三〇〇〇本に増加させていることが認められる。そし
て、これらの事実と前掲疎乙第六四号証、証人Nの証言により真正に成立したと認
められる疎乙第一四号証の一ないし四、証人N、同Oの各証言とを総合すると、債
務者としては、アセチレン部門の生産能力の増強、アセチレン容器の増加、大口需
要者に対する供給設備の改善等につきそれなりの努力をしてきたことが一応認めら
れる。しかし、前掲疎乙第八号証、同第一四号証の一ないし四、同第六四号証、証
人Nの証言によれば、債務者会社の設備投資は、大手同業者のそれと比較して、必
ずしも十分なものではなかつたし、また、折角行なつた右のような努力も所期の成
果をあげることができなかつたことが認められ、そして、前掲乙第一八号証、同第
二二号証、証人O、同Pの各証言によれば、債務者会社の設備投資が十分なもので
なく、また、それが所期の成果をあげえなかつた一つの原因は、債務者会社アセチ
レン部門における労使関係の不安定にあつたように認められる。
(2) そこで、債務者会社アセチレン部門における労使関係について見るに、債
権者I本人尋問の結果により真正に成立したと認められる疎甲第三七号証、前掲乙
第一八号証、同第二二号証、証人O、同Pの各証言、右債権者本人尋問の結果を総
合すると、昭和三六年から同三七年にかけ、債務者が千葉工場内に新設した液酸工
場への要員を川崎工場その他の従業員の中から捻出して配転することを組合に提案
したことから、川崎工場のアセチレン部門においても、要員の過不足や適正配置を
めぐる労使間の紛争が発生するに至つたこと、この問題は、債務者と組合川崎支部
との交渉の結果、昭和三七年五月一四日、労使間に債務者が抗弁第三項2の(二)
おいて主張するような内容のいわゆる二〇名要員覚書協約を締結して、一応の解決
を見たこと、しかし、債務者は、その後も、人件費を節減してアセチレンガスの製
造原価の引下げを図る必要から、組合に対し、要員の縮減と作業能率の向上とを求
めたのに対し、組合は、従業員の労働強化であるとして、これに強く反対したこ
と、そして、その後、アセチレン部門の労使間には、要員問題をめぐり、昭和三七
年一二月二〇日のいわゆる一九名要員団交確認、昭和三八年七月一五日のいわゆる
一六名要員覚書、昭和三九年五月四日のいわゆる日立送アセ問題に関する一九名要
員等確認、昭和四二年一一月一一日のいわゆる一四名要員覚書、昭和四四年一月一
八日のいわゆる機械運転台数規制を含む一四名要員覚書などの協約が締結された
が、いずれも暫定的なものにすぎず、労使間の紛争は依然絶えなかつたこと、さら
に、その間の昭和四二年には、労使間における民事訴訟事件や従業員による威力業
務妨害等の刑事事件まで伴なつた九か月余りにわたる長期紛争が発生するなどのこ
ともあつて、労使関係が安定しないまま、昭和四五年を迎えるに至つたことが一応
認められる(なお、以上の事実のうち、債務者と組合ないし組合川崎支部との間に
アセチレン部門の要員問題をめぐる紛争が発生したこと、債務者と組合川崎支部と
の間に右に述べたような覚書、確認などの協約が締結されたことは、当事者間に争
いがない。)もつとも、以上の長期間にわたる労使間の紛争の対象となつた個々の
問題につき、労使の主張のいずれが合理的なものであつたか、また、その個々の決
着が妥当なものであつたか否かについては、ここでは、これを確認するに足りる疎
明がない。
四(1) ところで、前掲乙第四号証の一ないし一五、同第五号証の一ないし六、
同第六号証の一、二、同第八号証、同第九号証の一、二、同第一三号証、同第二二
号証、同第六四号証、証人N、同O、同Pの各証言を総合すると、前記認定のとお
り、債務者会社のアセチレン部門の収支は、昭和三八年以降、相当額の赤字を生ず
るに至り、債務者会社の計算によれば、昭和四四年下期に至るまでの赤字の累計額
は金四億一六〇〇万円にも達したが、その原因が、前記(二)の(2)において認
定したように、アセチレン業界の構造の変化と債務者会社のアセチレン部門の作業
能率の低さにあつたのに加えて、昭和四〇年代に入ると、アセチレンガスの原料で
あるカーバイトの慢性的品不足による価格の高騰、経済全体の高度成長に伴なう人
件費や運賃の急激な増大の傾向が続くようになつたため、アセチレンガスの製造原
価の上昇傾向は不可避なものとなり、昭和四四年には、アセチレンガス一キログラ
ムの販売価格が約金一九七円であつたのに対し、その製造原価は約金二六九円にも
達したこと、その結果、通常の努力や工夫をもつてしては、アセチレン部門の赤字
を黒字に転ずることは不可能であると考えられるようになるとともに、前記(二)
の(2)において認定したような事情から、組合ないし組合川崎支部に対し、要員
の縮減や作業能率の向上を求めることも困難であると考えられるに至つたこと、昭
和三八年以降も、債務者会社の酸素部門等はかなりの業績をあげており、債務者会
社全体の収支は相当額の黒字であつたが、昭和三八年から同四四年に至るまでのア
セチレン部門の赤字の合計額は約金四億一六〇〇万円であつたのに対し、その間に
おける債務者会社全体の純利益の合計額は約金一七億二九〇〇万円であつたから、
アセチレン部門をこのままの状態で存続すれば、債務者会杜全体の経営にも深刻な
影響を及ぼすことが予測されたこと、さらに、債務者会社の主たる製造部門である
酸素部門は、右のようにかなりの業績をあげていたものの、これを大手同業者のそ
れと比較すると、相当の立遅れを余儀なくされており、例えば、系列下のオンサイ
トプラントおよび共同製造会社を含めた大手同業者間の酸素の生産能力を比較する
と、昭和四五年には、債務者が抗弁第三項3の(一)において主張するとおりの格
差が生ずるに至つていたことを一応認めることができ、この認定を覆すに足りる疎
明はない。なお、証人Nの証言により真正に成立したと認められる疎乙第一五号証
によると、債務者会社の株式の配当率は、昭和三七年には無配であつたものが、昭
和三八年下期から年四分に、昭和四一年上期から年六分に、昭和四二年下期から年
八分に、さらに昭和四四年下期から年一割にそれぞれ増加していることが認められ
るけれども、いまだ右認定を覆すに足りるものではない。
(2) なお、前掲疎乙第七号証の一、二、同第六四号証、弁論の全趣旨により真
正に成立したと認められる疎乙第四六号証によれば、昭和三八年ころ以降における
酸素製造業者兼営のアセチレン部門の業績の悪化ないしその経営の不利は、ひとり
債務者会社に特有の問題ではなく、大なり小なり業界共通の問題であつて、債務者
会社のアセチレン部門を含む昭和四三年までに開設された全国の酸素製造業者兼営
のアセチレン部門の総数三五(うち大手業者のもの一八)のうち、昭和三九年から
同四八年までの間に閉鎖されたものは一六(うち大手業者のもの一一、債務者会社
のアセチレン部門の閉鎖の時点より早い時点で閉鎖されたもの八)にのぼつてお
り、さらに、昭和五〇年七月現在で見ると、大手酸素製造業者兼営のアセチレン部
門は全部閉鎖されていることが認められる。そして、これらの事実と前掲疎乙第六
四号証、証人N、同Oの各証言を総合すると、右のように昭和三八年ころ以降酸素
製造業者によるアセチレン部門の兼営が不利なものになつた原因は、前記認定のよ
うに、昭和三四年ころから多数の業者がアセチレンガスの製造業界に進出して、業
者間の競争が激化するようになるとともに、昭和三八年ころから石油系溶断ガスが
大量かつ安価に生産され、アセチレンガスの大口需要者がアセチレンガスの使用を
石油系溶断ガスの使用に切り換えるようになつたのに加えて、アセチレンガスの製
造工程が極めて簡単で、かつ、労働集約的なものであるため、製造設備の近代化や
大型化による経費節減の余地が少なく、酸素製造業者などによる大経営方式よりも
アセチレンガスの専業製造業者による小経営方式の方が有利になつたことにあるも
のと一応認めることができる。
(五) そして、成立に争いのない疎甲第五号証の一、二、同第六号証の一、二、
同第七号証、同第八号証の一、二、証人O、同Pの各証言によれば、債務者は、具
体的には昭和四四年一〇月ごろから、アセチレン部門の存廃についての検討を重ね
た末、前記認定のような事情のもとにおいては、同部門の収支の早期改善はも早ほ
とんど期待することができないと判断して、同部門を全面的に閉鎖するなどこれを
債務者会社の経営から切り離す以外に方法がないという結論に達したこと、しか
し、アセチレン部門の閉鎖は、同部門に勤務している従業員の生活に重大な影響を
及ぼすことにたるため、昭和四五年三月ごろから、同部門の従業員の雇用をできる
だけ継続したまま、同部門の営業を第三者に譲渡する案や、同部門の従業員を経営
主体とする別会社を設立する案などを検討し、とくに後者については、同年三月三
〇日、組合川崎支部との団体交渉において提案したこと、しかし、前者は、同部門
の営業をそのまま引き受けてくれる適当な第三者を見出すことができず、また、後
者は、組合川崎支部の承諾を得ることができなかつたため、いずれも実現するに至
らなかつたこと、債務者は、その後も検討を重ねたが、結局、同年六月五日の取締
役会において、アセチレン部門を全面的に閉鎖するとともに、同部門に勤務してい
る従業員全員を解雇すると決定したことを一応認めることができる(なお、以上の
事実のうち、債務者が昭和四五年三月三〇日組合川崎支部に対しアセチレン部門の
従業員を経営主体とする別会社を設立する案を提示したことは、当事者間に争いが
ない。)。
(六) 以上に認定、判断したどころから考えると、債務者がアセチレン部門を閉
鎖するに至つたことは、債務者会社の事業の経営上一応やむをえないものであつた
ということができる。
4(一) そこで、次に、債務者がアセチレン部門を閉鎖するのに伴ない同部門の
従業員全員を解雇したことが、債務者会社の事業の経営上やむをえないものであつ
たか否かについて検討する。
(二) 債務者も自認するとおり、およそ事業の経営者がその経営上やむをえない
事由により特定の事業部門を閉鎖したければならないときでも、同部門に勤務して
いる従業員の解雇は最少限に止めるのが望ましいことはいうまでもないから、債務
者がアセチレン部門を閉鎖するに当たつても、まず、同部門の従業員を債務者会社
の他の事業部門に配置転換するとか、同部門の従業員ないし債務者会社全体の従業
員の中から希望退職者を募集するとかの方法を講じることにより、同部門の従業員
の解雇をできるだけ回避するように努めるべきであつたのであり、もし右のような
方法を講じることが可能であつたのにかかわららず、それをすることなく、同部門
の従業員全員を解雇したものであるとすれば、その解雇はいまだ事業の経営上やむ
をえないものであつたとはいえないものと解すべきである。
(三) ところで、債務者がアセチレン部門を閉鎖するに当たり、右のような配置
転換、希望退職者の募集等の方法を講じることを考慮したかについて検討するに、
前掲疎乙第二二号証、証人O、同Pの各証言によれば、債務者は、アセチレン部門
の閉鎖を決定するに当たり、同部門の従業員につき右のような方法を講じうるか否
かを検討したが、債務者が抗弁第三項3の(三)において主張するとおりの理由に
より、そのような方法を講じることは不可能または困難であるとの結論に達したこ
とが一応認められ、この認定を覆すに足りる疎明はない。そこで、さらに、債務者
のなした右のような判断が相当なものであつたか否かについて検討しなければなら
ない。
四(1) まず、債務者は、債務者会社においてはアセチレン部門は川崎工場にし
かなかつたのであるから、同部門の従業員を債務者会社の他の工場のアセチレン部
門に配置転換するということは不可能であると判断したというが、債務者会社のア
セチレン部門が川崎工場にしかなかつたことは当事者間に争いのないところである
から、右判断が問題のないものであつたことはいうまでもない。
(2) 次に、債務者は、アセチレン部門と酸素部門等とでは、作業工程が異な
り、作業技能の面において互換性が乏しいため、アセチレン部門の従業員をそのま
ま酸素部門等に配置転換することは困難であると判断したという。たしかに、前掲
疎乙第二二号証、証人O、同Pの各証言によれば、アセチレン部門と酸素部門等と
では作業工程や職務内容が異なり、前者の従業員を後者の従業員に配置転換する場
合には、多少の教育や再訓練を必要とすることが一応認められる。しかしながら、
アセチレン部門と酸素部門等とで、作業工程や職務内容が具体的にどの程度異な
り、どのような教育や再訓練を必要とするのかについては、十分な疎明がない。の
みならず、債権者I本人尋問の結果により真正に成立したと認められる疎甲第二〇
二号証の一、二、同第二〇三ないし第二〇五号証、同第二〇六号証の一、二、同第
二〇七号証の一、二、同第二〇八号証、証人Oの証言により真正に成立したと認め
られる疎乙第二四号証、証人O、同Pの各証言、債権者I本人尋問の結果を総合す
ると、従来、債務者会社においては、アセチレン部門の従業員の中から酸素部門そ
の他の部門への配置転換を命じた先例がかなり多数あり、また、昭和四一年一二月
には、債務者が組合川崎支部に対してアセチレン部門の従業員七名を酸素部門に配
転したいと提案した先例もあつたこと、帝国酸素、日本酸素、大同酸素などの大手
酸素製造業者がその兼営のアセチレン部門を閉鎖するに際しても、同部門の従業員
を酸素部門その他の部門に配置転換していること、さらに、本件解雇通告後、アセ
チレンガス製造業以外の種々の職種の会社が債務者に対し被解雇者を対象とする求
人の申込みをしていることを一応認めることができる。したがつて、アセチレン部
門と酸素部門等とでは、作業工程が異なり、作業技能の面で互換性が乏しいという
だけの理由で、その間の配置転換が困難であるというのは相当でないというべきで
ある。
(3) また、債務者は、酸素部等においても従来からかなりの過剰人員があり、
とくに昭和四〇年以降は、従業員の新規採用を停止するとともに、定年、自己都合
退職等の自然減員を待つて人員の圧縮に努めてきたという事情にあり、アセチレン
部門の従業員を受け入れる余裕は全くないと判断したという。たしかに、債務者が
昭和四〇年以降一部の女子事務員を除く従業員の新規採用を停止していたことは、
当事者間に争いがなく、また、前掲疎乙第二二号証、証人O、同Pの各証言によれ
ば、債務者が、酸素部門等においてもかなりの過剰人員があると主張して、右のよ
うに一部の女子事務員を除く従業員の新規採用を停止するとともに、定年、自己都
合退職等の自然減員による人員の圧縮に努めてきたことが一応認められる。しか
し、反面、成立に争いのない疎甲第二九九号証の一ないし六九、同号証の九〇ない
し一〇一、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる疎甲第二九九号証の七
〇ないし八九、同号証の一〇二、証人Pの証言にり真正に成立したと認められる疎
乙第二七号証、証人Oの証言、債権者I本人尋問の結果を総合すれば、債務者は、
昭和四〇年から本件解雇通告のころまでの間に、女子従業員約五〇名、男子従業員
(保安係)二名を新しく採用したほか、定年で退職した男子従業員約二〇名を嘱託
として残留させていること、右女子従業員の中には従前男子従業員が従事していた
職場に配置されている者もあること、債務者は、本件解雇通告後昭和四九年一二月
までの間に、男女従業員一二〇名余り(うち男子従業員七〇名余り)を採用してい
ること、そして、本件解雇通告の対象となつたアセチレン部門の従業員をも含めた
昭和四五年四月一日現在の債務者会社全体の従業員数は五三二名であつたが、昭和
四〇年以降における定年、自己都合退職等による自然減員数は年間三、四〇名にも
のぼつていたことが一応認められる。しかも、前記認定のとおり、昭和三八年以降
においても、債務者会社の酸素部門等はかなりの業績をあげていたのであつて、ア
セチレン部門の収支が赤字であつたにもかかわらず、債務者会社全体の収支は依然
相当額の黒字を続けていたし、株式の配当率をも順次増加させていたのである。そ
こで、以上の事実を総合して判断すると、昭和四五年八月当時の債務者会社の状況
のもとにおいても、債務者の側に従業員の立場と利益に対する配慮の気持ちと実行
の意思さえあれば、アセチレン部門の従業員の全部または少なくともその一部を酸
素部門その他の部門に配置転換することも不可能ではなかつたと認めるのが相当で
あり、その余裕が全くなかつたというのは不自然である。因みに、前掲疎甲第二〇
二号証の一、二、同第二〇三ないし第二〇五号証、同第二〇六号証の一、二、同第
二〇七号証一、二、同第一二八号証、前掲疎乙第四六号証、証人Oの証言、債権者
I本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、帝国酸素、日本酸素、大同酸素などの
酸素製造業者がその兼営のアセチレン部門を閉鎖した際には、いずれも同部門の従
業員(その人員も多い場合には、二十数名から四十数名にのぼる。)をその他の部
門に配置転換するなどの方法を講じることにより、整理解雇者を一名も出していな
いことが一応認められるのであるが、反面、右各業者がそのアセチレン部門を閉鎖
した当時、それらの業者には、その他の部門にアセチレン部門の従業員を吸収する
に足りる欠員があつたという疎明はないのであるから、右のような処置は、いずれ
も右各業者がその従業員の立場と利益を考慮して、それ相当の工夫と努力を凝らし
た結果であると推定すべきであろう。
(4) さらに、債務者は、川崎工場の全従業員の中から希望退職者を募集すると
いう方法を採ることは、債務者会社の全従業員に動揺を生じさせるばかりでなく、
当時の求人難の状況下においては、他の同業者等による債務者会社の熟練労働者の
引抜きを誘発する原因となるおそれが大であると判断したという。昭和四五年当時
は、わが国の経済が高度成長期にあり、求人難の状況であつたことは、公知の事実
であるから、債務者が右のような懸念を抱いたということ自体には一理がないわけ
ではない。しかしながら、前記認定のとおり、当時におけるアセチレン部門の閉鎖
は、ひとり債務者会社にかぎられた問題ではなく、業界共通の問題であり、とくに
大手の酸素製造業者においてその実施の例が多かつたのであるから、仮に債務者が
右のような希望退職者募集の方法を採つたとしても、事前に全従業員に対しそれが
業界共通の問題であるアセチレン部門の閉鎖に伴なう措置であることを十分に説明
しさえすれば、従業員の動揺や熟練労働者の引抜きをそれほどおそれる必要はなか
つたのではないかと推測される。さらにまた、仮にそうでなかつたとしても、前掲
疎乙第二二号証、同第二四号証、証人O、同Pの各証言によれば、本件解雇通告を
受けた者の中には、その通告を受けた直後に、川崎工場長であるOに対し、アセチ
レン部門が閉鎖され、会社を辞めることになるのはやむをえないが、解雇では家族
にも肩身が狭いので、せめて任意退職の形にしてほしいという希望を述べた者が数
名いたこと、本件解雇通告を受けた四七名のうち一七名は、昭和四五年八月一五日
またはその直後の段階で、任意退職の形式により債務者会社を辞めているし、さら
に、その余の三〇名のうち債権者らを除く一七名も、結局、後日同様の形式で退職
していること、他方、本件解雇通告後、かなり多数の会社が債務者に対し被解雇者
を対象とする求人の申込みをしていることが一応認められるのであるから、債務者
としては、まずアセチレン部門の従業員のみを対象とする希望退職者募集の方法を
試み、それでもなお債務者会社に残留することを希望する者がある場合には、その
者につき配置転換の方法を考慮するということも可能ではなかつたかと思料され
る。したがつて、以上のような事情からすると、債務者が希望退職者募集の方法を
嫌忌したことは、あまりにも自己防衛本位にすぎ、解雇される従業員の立場や利益
を軽視したものであるとの批判を免れることはできないであろう。
(5) なお、債務者が、アセチレン部門の閉鎖およびその従業員の解雇を決定す
るより前である昭和四五年三月三〇日、組合川崎支部との団体交渉において、同部
門の従業員を経営主体とする別会社を設立する案を提示したが、結局組合川崎支部
の承諾を得ることができず、実現するに至らなかつたことは、前記認定のとおりで
ある。しかし、前掲疎甲第五号証の一、二、同第六号証の一、二、同第七号証、同
第八号証の一、二、疎乙第二二号証、証人O、同Pの各証言、債権者I本人尋問の
結果によれば、債務者は、右別会社案の提示に当たつては、ただ、アセチレン部門
は累積赤字を抱え先行好転の見込みもないので、生産を継続してゆくことは不可能
である、そこで、もし同部門の従業員にその責任と計算で同部門を独立経営してゆ
く意思があれば、その経営を従業員に任せたい、その場合には債務者もできるかぎ
り応援する、一週間以内にその意思の有無について回答してほしいなどと述べ、ひ
たすら債務者による同部門の経営存続の不可能性を強調するとともに、従業員によ
る経営の意思の有無の回答を求めたのみで、従業員による経営存続の構想やその可
能性、債務者の応援の内容、赤字の原因やその解消の方法等については何ら具体的
な説明や提案をしなかつたこと、そこで、組合川崎支部としても、右提案につき具
体的な検討の仕様がなく、結局、同年四月七日の団体交渉において、債務者の提案
は経営の責任を従業員に転嫁するにすぎないものであつて納得できない、したがつ
て、右提案は検討に値いしないと述べ、これを承諾しなかつたこと、そして、右の
別会社案は、現実には、従業員数の大幅な縮減による人件費の節減を図るのでなけ
れば、実行の可能性のないものであつたことが一応認められる。したがつて、右提
案は、元来、アセチレン部門の従業員の解雇を回避するためになされた合理的な提
案であつたとはいえたいものであるから、この提案をもつて同部門の従業員の配置
転換等に準じる措置であつたといえないのはもとより、組合川崎支部がこの提案を
承諾しなかつたことをもつて債務者会社の事業の経営上本件解雇通告もやむをえな
いとする理由の一つとなしえないものであることも明らかである。
(五) そうすると、債務者がアセチレン部門を閉鎖するに当たり、同部門の従業
員の配置転換、希望退職者の募集等の方法を講じて従業員の解雇の回避に努力する
ことなく、直ちに同部門の従業員全員を解雇する措置に出たことは、いまだ債務者
会社の事業の経営上やむをえないものであつたと解することはできないというべき
である。
5(一) 右判断したとおり、債務者がアセチレン部門を閉鎖するに当たり、直ち
に同部門の従業員全員を解雇する措置に出たことは、いまだ事業の経営上やむをえ
ないものであつたとは解しがたいのであるが、さらに、その解雇の手続自体が社会
通念上首肯すべきものであつたか否かについて考察する。
(二) まず、右解雇の手続に関する事実関係について見るに、前掲疎第二二号
証、証人O、同Pの各証言によれば、債務者は、前記認定のとおり、昭和四四年一
〇月ごろから、アセチレン部門の存続についていろいろ検討を重ねた結果、昭和四
五年六月五日の取締役会において、アセチレン部門を全面的に閉鎖するとともに、
同部門に勤務している従業員全員を解雇することを決定し、さらに、その後、その
具体的な日時および方法について検討したうえ、同年七月上旬、右閉鎖および従業
員解雇の日を同年八月一五日とし、解雇者に対しては、退職金規定による退職金の
ほか、債務者の主張するとおりの特別加給金、予告手当および帰郷旅費を支払うこ
となどを決定したことが一応認められ、そして、右決定に基づき、債務者が、昭和
四五年七月一六日、組合および組合川崎支部に対し、右決定の趣旨を通知するとと
もに、全従業員に対し、右閉鎖および従業員解雇の理由を説明したアセチレン工場
部門白書を配布し、さらに、同月二四日、債権者らを含むアセチレン部門の全従業
員に対し、本件解雇通告をするとともに、同年八月一五日、同部門を閉鎖するに至
つたことは、当事者間に争いがない。また、アセチレン部門の閉鎖およびその従業
員の解雇の問題につき、債務者が、抗弁第四項の1および2において主張するとお
り、昭和四五年七月一六日から同年一〇月一二日までの間に、組合本部と団体交渉
を行ない、結局、組合との間で、債務者会社の事業の都合による本件解雇を従業員
の希望退職の取扱いとすること、退職する従業員に対し一人金一六万円の餞別金を
支払うことなどの合意をなし、同年一〇月一二日、この合意を確認する覚書を作成
したことも、当事者間に争いがない。
(三)(1) ところで、以上の事実関係を一見すると、債務者のなした右解雇の
手続自体には格別問題がなかつたかのようにも見える。しかしながら、事案をさら
に掘り下げ、当事者双方の事情を総合して考察すると、債務者の行なつたアセチレ
ン部門の閉鎖およびそれに伴なう右解雇手続の進め方は、かなり唐突であり、性急
であつたと判断せざるをえないように思う。すなわち、債務者が取締役会において
アセチレン部門の閉鎖および同部門の従業員の解雇を決定したのは昭和四五年六月
五日であり、その閉鎖および解雇の決定を組合および組合川崎支部にはじめて通知
したのは同年七月一六日であり、債権者らに対し本件解雇通告をしたのは同月二四
日であり、そして、その閉鎖および解雇を実施したのは、右通知の日からでも約一
か月、右通告の日からはわずかに約二〇日間を経過したにすぎない同年八月一五日
であつたが、前記認定のとおり、債務者会社のアセチレン部門の収支が赤字を出す
に至つたのは昭和三八年からであつて、その後七年余りの間赤字経営を継続してき
たのであり、昭和四五年になつて同部門に突発的な緊急事態が発生したわけではな
いし、また、当時は、アセチレン部門の収支こそ赤字であつたものの、債務者会社
全体は相当の業績をあげていたのである。そして、当時債務者会杜にこのように性
急にアセチレン部門の閉鎖およびその従業員の解雇を実施しなければならない特別
の事情が存在じたことについては十分な疎明がないのである。他方、債権者らは、
昭和四五年当時、いずれも債務者会社のアセチレン部門に勤務していたものである
が、前記の認定から明らかなとおり、その大部分は、二〇歳前後の年齢で債務者に
雇用され、以来一〇年またはそれ以上の長期間アセチレンガス製造等の業務に従事
してきたものであるし、しかも、前掲疎甲第一七三ないし第一八五号証、債権者I
本人尋問の結果によれば、債権者らは、いずれも特別の資産等はなく、債務者から
支払いを受ける賃金、一時金等のみによつて生計をたてていたものであつて、いわ
ばその生活全体を債務者会社での勤務にかけていたものであることが一応認められ
る。そして、前掲疎甲第五号証の一、二、同第六号証の一、二、同第七号証、同第
八号証の一、二、債権者I本人尋問の結果によれば、債権者らは、昭和四五年三月
三〇日、債務者と組合川崎支部との団体交渉において、債務者から、アセチレン部
門の従業員を経営主体とする別会社を設立する案の提示を受けたので、少なくとも
そのころからは、債務者が同部門の収支の赤字に苦慮し、同部門の存廃をも問題に
していることを知つていたものと推認することができるが、しかし、債権者らも、
債務者が、このように突然に、アセチレン部門を閉鎖すると同時に、同部門の従業
員全員を解雇するに至るであろうことまでは予測しえなかつたものと考えられる
し、また、昭和四五年当時は、経済の高度成長期で求人は比較的に多かつたとはい
え、一旦整理解雇された者が、その後わずか二〇日間や一か月で、適当な再就職先
(就職先はどこでもよいということはできない。)を見出しうるとの保障はなかつ
たのである。なお、前掲甲第二〇二号証の一、二、同第二〇三ないし第二〇五号
証、同第二〇六号証の一、二、同第二〇七号証の一、二、同第二〇八号証によつて
認められる、帝国酸素、日本酸素、大同酸素などにおけるアセチレン部門の閉鎖の
例を検討しても、債務者会社におけるアセチレン部門の閉鎖の場合のようにその実
施が短兵急になされた例は見当らないのである。したがつて、以上のような事情を
総合して見れば、債務者会社の行なつたアセチレン部門の閉鎖およびそれに伴なう
従業員の解雇手続の進め方は、あまりにも自己防衛本位で、従業員の立場や都合を
考えない唐突かつ性急なものであつたと評価されてもやむをえないであろう。
(2) また、右(二)に述べた事実関係から見ると、債務者会社のアセチレン部
門の閉鎖および従業員の解雇については、組合も結局これをやむをえないとして了
承しているかのように認められ、それが正当なものであつたかのように見えかる。
しし、成立に争いのない疎甲第九、第一〇号証、同第一三ないし第一五号証、同第
三一、第三二号証、同第三四ないし第三六号証、証人Pの証言により真正に成立し
たと認められる疎乙第二九ないし第三二号証、証人O、同Pの各証言、債権者I本
人尋問の結果を総合すると、債務者が、前記のとおり、昭和四五年七月一六日、組
合に、同年八月一五日かぎりアセチレン部門を閉鎖するとともに、同部門の従業員
全員を解雇することを通知したのに対し、組合は、このような問題は組合始まつて
以来の重大問題であり、軽々しくは取り扱えない、白書等は十分に検討するが、組
合としては、組合員の生活を守る立場から解雇には反対である、具体的には今後の
交渉で組合の意向を示してゆきたいなどと述べるとともに、債務者側のあまりにも
事務的な解雇手続等の進め方に強い不満の意を表明したこと、しかるに、債務者は
いまだ組合から何らの具体的な回答もなかつたのにかかわらず、前記のとおり、同
年七月二四日、債権者らを含むアセチレン部門の全従業員に対し、本件解雇通告を
するとともに、退職後の再就職先の斡旋をも開始したこと、その後の団体交渉にお
いても、組合は、債務者の性急な閉鎖および解雇手続の進め方に反対し、とくに同
年八月一四日の団体交渉においては、取りあえず同月一五日の閉鎖の実施の延期、
再就職の斡旋の中止などを強く要求したが、債務者は、前記のとおり、同月一五
日、予定どおりアセチレン部門の閉鎖を実施してしまつたこと、そして、同日から
同月一八日までの間に、アセチレン部門の従業員のうち合計一七名の者が債務者に
退職願いを提出し、退職金等の支払いを受けたこと、一方、債務者は、債権者らを
含むその余の三〇名の者に対し、同月一八日、退職金等を同月二二日までに川崎工
場で受領するよう通知したうえ、同月二四日、退職金等を横浜地方法務局川崎支局
に供託したこと、その後の団体交渉においても、組合は、右三〇名の従業員の解雇
に反対し、全従業員の中から希望退職者を募集して右三〇名の者だけでも債務者会
社に残留させてほしいと要望したが、債務者は、頑としてこれに応じなかつたこ
と、事態がこのように組合の意向に反する方向に急速に進行したので、組合は、不
本意ながら、同年九月八日、債務者との間で、前記のような合意をせざるをえない
窮地に追い込まれ、結局、右合意をなし、それにつき組合員の全員投票を行なつた
うえ、同年一〇月一二日、右合意を確認する覚書に調印するに至つたものであるこ
と、なお、以上の間、債務者は、アセチレン部門の閉鎖および同部門の従業員の解
雇につき直接の利害関係を有する組合川崎支部とは交渉せず、もつぱら組合本部と
のみ交渉したものであることを一応認めることができる。そこで、以上の事実関係
を見れば、組合も、アセチレン部門の閉鎖および同部門の従業員の解雇に何ら同意
していたものではなく、とくに同部門の閉鎖が実施されるまでの段階においては、
これを強く反対していたものであることが明らかである。そして、前掲疎甲第二〇
二号証の一、二、同第二〇三ないし第二〇五号証、同第二〇六号証の一、二、同第
二〇七号証の一、二、同第二〇八号証、疎乙第四六号証、債権者I本人尋問の結果
によれば、帝国酸素、日本酸素、大同酸素などがそれぞれのアセチレン部門を閉鎖
した場合には、その労働組合に対し閉鎖計画を通知したのち、相当の期間(短かく
ても二か月半、長い場合は約一年)をかけて、労働組合と交渉し、その同意を得た
うえ、閉鎖を実施していることが一応認められるのであるが、債務者会社のアセチ
レン部門の閉鎖の場合は、これらの場合と甚だ対照的である。
(四) なお、前記の3において認定した事実関係から見ると、とくに本件におい
ては、債務者がアセチレン部門を閉鎖したこと自体は事業の経営上一応やむをえな
いものであつたということができるものの、債務者が、昭和三八年から同四五年に
至るまでの長期間アセチレン部門の赤字経営を続け、結局、同部門を閉鎖してその
従業員全員を整理せざるをえない羽目に陥つたことについては、それらの従業員に
対し事業の経営者としての責任を免れることはできないというべきであるから、そ
のような責任のある債務者は、仮に労働協約や就業規則上の従業員の解雇同意約款
等がなかつたとしても、アセチレン部門を閉鎖するに当たり、事前に、かつ、相当
の時間をかけて、同部門の従業員ないしその所属する組合と誠意を尽して交渉し、
もつて従業員の整理問題を円満に解決するよう努力すべき信義則上の義務をも負つ
ていたものと解すべきであるが、右の(二)および(三)において述べた事実関係
に基づいて判断すると、債務者はこのような信義則上の義務を十分に果していない
ものといわなければならない。
(五) そうすると、債務者のなしたアセチレン部門の従業員の解雇の手続自体
も、いまだ社会通念上首肯すべきものであつたと解することはできないというべき
である。
6 以上で判断したところを要約すると、債務者がアセチレン部門を閉鎖したこと
自体は事業の経営上一応やむをえないものであつたということができるが、しか
し、債務者が、同部門を閉鎖するのに伴ない、直ちに同部門の従業員全員を解雇す
る措置に出たことはいまだ事業の経営上やむをえないものであつたと解することが
できないし、さらに、その解雇の手続自体もいまだ社会通念上首肯すべきものであ
つたと解することはできないから、債務者のなした本件解雇通告によつては、いま
だ就業規則第五二条本文、同条第八号の規定に基づく解雇の効力は生じていないも
のというべきである。したがつて、債務者の抗弁は、結局その理由がなく、採用す
ることができない。
三 そうすると、債権者Aを除くその余の債権者らは、昭和四五年八月一六日から
現在に至るまで、依然債務者に対し雇用契約上の権利を有する地位にあるものであ
り、また、債権者Aは、昭和四五年八月一六日から同債権者が定年に達したことに
争いのない昭和五〇年三月三一日に至るまでの間、右同様の地位にあつたものであ
るといわなければならない。したがつてまた、債権者らは、それぞれ債務者に対
し、右各地位にある期間またはその地位にあつた期間その他位に基づいて生じる賃
金、一時金その他の労働の対償としての金印の支払いを請求することができるもの
というべきである。
四1 そこで、以下において、債権者らが債務者に対し右各地位に基づく労働の対
償として支払いを請求しうる金員の種目およびその金額について検討する。
2 賃金
(一) 債務者会社の従業員の賃金体系が、債務者らが申請の理由第三項2の
(一)において主張するとおりであることは、当事者間に争いがなく、そして、右
賃金体系の内容と弁論の全趣旨によれば、この賃金体系に基づいて算定され支払わ
れる金員すなわち賃金が、債務者会社の従業員が債務者に対し労働の対償として支
払いを請求しうる金員に属することは明らかである。
(二) ところで、債権者らは、本訴において、昭和四五年八月分の未払賃金、昭
和四五年九月分から同五〇年三月分までの賃金および昭和五〇年四月分以降の賃金
(但し、債権者Aについては、昭和五〇年四月分以降の賃金を除く。)の仮払いの
仮処分を求め、そして、これらの賃金額の算定の根拠およびその方法等についてい
ろいろ主張しているのであるが、これらの主張のうち、債権者らの昭和四五年五月
から七月までの三か月間の総賃金額および同年八月一五日当時の基準賃金額ならび
に債務者が債権者らに対し同年八月一日から一五日までの賃金等として支払つた金
額が債権者ら主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。しかしながら、
債権者らのその余の主張、とくに昭和四六年度以降における債権者らの定期昇給額
および臨時昇給額の算定方法、昭和四五年八月一六日以降における債権者らの基準
外賃金の算定根拠ならびに昭和四九年四月以降における債権者Bら五名の交替勤務
手当の算定根拠等に関する主張については、債務者がこれを争つているのにかかわ
らず、これらの争点やその前提問題である、債務者会社における職能給の査定の具
体的な方法や実態、昭和四五年八月一五日以前および同月一六日以後における債権
者らとその他の従業員(または組合員)の勤務実績ならびに債務者会社における早
出、残業、休日出勤等の時間外等勤務および三班三交替勤務の実施状況等について
は、いまだ十分な疎明資料が提出されていない。したがつて、右各争点に関する債
権者らと債務者の双方の主張のうち、いずれが、債務者会社における賃金算定の実
態や慣行に合致し、また、債権者ら以外の従業員との関係において公平、妥当なも
のであるかについては、これを確定することが困難である。そうすると、右各争点
に関する債権者らの主張はにわかに採用することができず、本訴においては、一応
金額的により内輪な債務者の主張に従い、その認める方法と範囲で、債権者らの賃
金の金額を算定するほかない。そこで、前記の争いのない事実関係(賃金体系を含
む。)と右のような算定方法とにより債権者らが仮払いを求める前記の各賃金額を
算定すると、その各金額は、別紙乙の各表に表示の各債権者の賃金請求額欄に記載
されたとおりの金額となる。
3 一時金
(一) 債務者が昭和四五年の年末から同四九年の年末までの各夏季および年末に
その従業員に対し債権者らの主張するとおりの各一時金を支払つたことは、当事者
間に争いがなく、そして、これらの事実と、弁論の全趣旨により真正に成立したと
認められる疎甲第二一二、第二一三号証によれば、これらの各一時金も、債務者会
社の従業員が債務者に対し労働の対償として支払いを請求しうる金員に属するもの
と認めることができる。
(二) ところで、右疎甲第二一二、第二一三号証と弁論の全趣旨によれば、右各
一時金の金額は、債務者の主張するとおり、各従業員の特定時(夏季一時金につい
てはその年の三月末、年末一時金についてはその年の九月末)における基準賃金の
金額を基準として、その都度債務者と組合との間で協定される計算方法により算定
されるものであることが認められるが、その基礎となるべき基準賃金額に加算する
定期昇給額および臨時昇給額の算定方法については、当事者間に争いがある。そし
て、この点についても、賃金額の算定に関して前述したのと同様の理由で、債権者
らの主張はにわかに採用することができないので、本訴においては、一応債務者の
主張に従い、債権者らの各一時金の金額を算定するほかない。そこで、前記の争い
のない事実関係と債務者の主張する方法とにより、昭和四五年の年末から同四九年
の年末までの各一時金の金額を算定すると、その各金額は、別紙乙の各表に表示の
各債権者のボーナス合計欄に記載されたとおりの金額となる。なお、債権者Aを除
くその余の債権者らの昭和五〇年以降の各一時金の金額については、これを確定す
るに足りる疎明がない。
4 食費補助金、理髪補助金、文化会補助金および夏季レクリエーシヨン補助金
 債務者が債権者ら主張の基準による食費補助金、理髪補助金(但し、構内に理髪
施設のない事務所の従業員に対してのみ)、文化会補助金および夏季レクリエーシ
ヨン補助金を支出していたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、これら
の補助金が債務者会社の各従業員に対し一律にその労働の対償として支払われてい
たものであることを肯認するに足りる疎明はなく、かえつて、弁論の全趣旨によれ
ば、これらの各補助金は、債務者会社の各従業員の労働の対償としてではなく、そ
の福利厚生のための資金として支出されていたものにすぎないと一応認めるのが相
当である。したがつて、各従業員が直接債務者に対し労働の対償としてこれらの補
助金の支払いを請求することができるという債権者らの主張は、その理由がない。
5 慶弔金および永年勤続者表彰金
 債務者が従来その従業員に対し債権者ら主張の基準による慶弔金および永年勤続
者表彰金を支払つてきたことは、当事者間に争いがなく、この事実と弁論の全趣旨
によれば、右の慶弔金および永年勤続者表彰金は、本来的には労働の対償とはいえ
ないが、しかし、これらはいずれも、規則に従い、一定の支払条件のもとに、所定
の慶弔または永年勤続という支払原因が生じた従業員に対し例外なく支払われるも
のであることが一応認められるから、これらは、各従業員の労働の対償としての賃
金を補う給付と解すべきであつて、賃金に準じて取り扱うのが相当である。そし
て、前掲疎甲第一七三ないし第一八五号証、同第一八八、第一八九号証、同第一九
七、第一九八号証、同第二一三号証と弁論の全趣旨によれば、債権者らについて
は、昭和四五年九月から同四九年一二月までの間に、それぞれ債権者らの主張する
とおりの各慶弔金および永年勤続者表彰金の支払いを受けうる原因が生じたことを
一応認めることができる。したがつて、債権者らは、債務者に対し、債権者ら主張
の右各金員の支払いを請求することができるものというべきである。
6 通勤費
 債務者が従来その従業員に対し債権者ら主張のとおりの通勤費を支払つてきたこ
とは、当事者間に争いがない。しかしながら、この通勤費が、従業員の労働の対償
としての給付であるのか、それとも、従業員の通勤に要する実費の支弁にすぎない
のかについては、これを確定するに足りる疎明がない。したがつて、債務者に対し
労働の対償として右通勤費の支払いを請求することができるという債権者らの主張
は、いまだこれを採用することができないというべきである。
五 ところで、前掲疎甲第一七三ないし第一八五号証、債権者I本人尋問の結果と
弁論の全趣旨によれば、債権者らは、いずれも債務者から支払いを受ける賃金、一
時金その他の金員のみによつて生計をたてている労働者であつて、それ以外に格別
の資産、収入等がないこと、そして、債権者らの多くは、妻子や父母を抱え、兄弟
や知人からの借金、生活保護の給付等により、生活を継続していること、したがつ
て、債権者らが本案判決確定の日に至るまでの間債務者から右賃金等の支払いを受
けられないとすると、現今の物価の上昇の激しい折から、債権者らおよびその家族
は、その生活が困窮し、著しい損害を蒙るおそれのあることが一応認められ、この
認定を左右するに足りる棟明はない。そうすると、債権者らの本件各仮処分申請は
これを認める必要があるというべきであるが、しかし、当面の仮処分としては、債
権者Aを除くその余の債権者らがいずれも債務者に対し雇用契約上の権利を有する
地位にあることを仮に定めるとともに、債務者に対し、昭和五〇年三月三一日まで
の間に支払期限の到来した各債権者の賃金、一時金、慶弔金および永年勤続者表彰
金の総合計金である別紙乙18に表示の各債権者の賃金等総額合計欄に記載された
各金員を債権者ら全員にそれぞれ仮に支払うことおよび昭和五〇年四月から本案判
決確定の日に至るまで毎月二〇日かぎり債権者Aを除く各債権者の各一か月分の賃
金である別紙乙19の1および2に表示の各債権者の賃金請求額欄に記載された各
金員を債権者Aを除くその余の債権者らにそれぞれ仮に支払うことを命ずればその
目的を達しうるものと解すべきである。とくに、債権者Aを除くその余の債権者ら
の昭和五〇年以降の各一時金については、その金額を確定するに足りる疎明がない
ことは前記認定のとおりであるから、今ここでこれらの各一時金の仮払いを命ずる
仮処分を認めることは相当でないというべきである。
六 よつて、債権者らの本件各仮処分申請は、主文第一、第二項記載の仮処分を求
める限度においては、その被保全権利の存在および保全の必要性についての疎明が
あるから、これを認容し、その余は、その被保全権利の存在または保全の必要性に
ついての疎明が足りず、かつ、保証をもつてその疎明に代えるのも相当でないか
ら、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二
条但書を適用して、主文のとおり判決する。
(別紙省略)

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