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平成22年9月30日判決言渡
平成21年(行ケ)第10353号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成22年8月26日
判決
原告雪印乳業株式会社
訴訟代理人弁理士石井良夫
同城所宏
同後藤さなえ
被告明治乳業株式会社
訴訟代理人弁理士廣瀬隆行
同越智豊
主文
1特許庁が無効2007−800027号事件について,平成21年
9月25日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文と同旨
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯等
原告は,発明の名称を「食品類を内包した白カビチーズ製品及びその製造方
法」とする特許第3748266号(平成15年12月19日出願,平成17
年12月9日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
被告は,平成19年2月14日,本件特許の無効審判請求(無効2007−
800027号)をし,特許庁は,同年12月14日,本件特許を無効とする
旨の審決(第1次)をした。
原告は,平成20年3月10日,上記審決(第1次)の取消しを求める訴え
を当庁に提起し(平成20年(行ケ)第10039号),同月14日付けで,
特許庁に対し,訂正審判請求(訂正2008−390028号)をしたことか
ら,当庁は,同年4月7日,特許法(以下「法」という。)181条2項に基
づき上記審決(第1次)を取り消す決定をした。
特許庁は,無効審判請求について再び審理し,平成21年2月24日,訂正
を認めた上で,本件特許を無効とする旨の審決(第2次)をした。
原告は,同年4月3日,上記審決(第2次)の取消しを求める訴えを当庁に
提起し(平成21年(行ケ)第10091号),同年5月20日付けで,特許
庁に対し,訂正審判請求(訂正2009−390069号)をしたことから,
当庁は,同年6月5日,法181条2項に基づき上記審決(第2次)を取り消
す決定をした。
上記訂正審判請求(訂正2009−390069号)に添付された訂正した
明細書等を援用した訂正請求がされたものとみなされ(以下「本件訂正」とい
う。),特許庁は,同年9月25日,「訂正を認める。特許第3748266
号の請求項1−2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下
「審決」という。)をし,その謄本は,同年10月7日,原告に送達された。
2特許請求の範囲
審決が対象とした本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,
次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2に
係る発明を「本件発明2」といい,両者を併せて「本件発明」という。下線部
は訂正部分である。)。なお,本件訂正後の明細書を「本件明細書」という
(甲19,37)。
「【請求項1】
成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛
料を均一にはさんだ後,前記チーズカードを結着するように熟成させて,結
着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ,その後,
加熱することにより得られる,結着部分からのチーズの漏れがない,香辛料
を内包したカマンベールチーズ製品。
【請求項2】
成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカードの間に香辛
料を均一にはさみ,前記チーズカードを結着するように熟成させることによ
り,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ,そ
の後,加熱することを特徴とする,結着部分からのチーズの漏れがない,香
辛料を内包したカマンベールチーズ製品の製造方法。」
3審決の理由
(1)別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件訂正は訂正の要件を備え
るとした上で,本件発明1及び本件発明2は,甲1の1,2に記載された発
明(以下「甲1発明」という。),甲3,4,6,10の記載及び本件特許
出願前の技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたもの
であるから,いずれも法29条2項の規定により特許を受けることができな
い,特許請求の範囲の記載が明確でなく,いずれも法36条6項2号に規定
される要件を満たしていない,したがって,本件発明1及び本件発明2は,
法123条1項2号及び4号に該当し,無効とすべきものであると判断した。
(2)上記判断に際し,審決が認定した甲1発明の内容,並びに,本件発明1及
び本件発明2と甲1発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア甲1発明の内容
甲1の1(Perron社発行「LACUISINEDEMA
X」(1992年11月23日)):
(1−1)「トリュフ入りブリーチーズ
15人分以上の分量
しっかりと硬い(まだ熟成していない)ブリーチーズ(ムラン)1個
上質な生トリュフ3個から4個
トリュフの絞り汁1デシリットル」
(1−2)「これは簡単でおいしいが,費用がかかるレシピである。
大型のナイフを使って,チーズの厚みを半分に切る。2つに切ったもの
を,それぞれ外皮を下にしてテーブルに置く。よくしみ込むようにあら
かじめフォークで穴を空けた中身の方に,トリュフの絞り汁をかける。
トリュフをごく薄く切り,ブリーチーズの片方にのせる。
チーズを元の形に戻し,涼しい場所に置いて熟成させる。2週間から3
週間待つ。
食卓に出すときは,ブリーチーズを適当な大きさに切り,トリュフドレ
ッシングで香りを付けたミックスサラダを添えて供する。」
(1−3)適当な大きさに切られたブリーチーズの写真。
甲1の2:
(1−4)適当な大きさに縦方向に切られ,所定の厚みを有するトリュフ
が上下の中間層にはさまれており,該中間層におけるトリュフの存在し
ない部位において,上下のチーズ間に明確な空間の存在が認められない
ブリーチーズの写真。
イ本件発明1と甲1発明について
(ア)一致点
成型されたチーズカードの間に食品類をはさんだ後,前記チーズカー
ドを熟成させて得られる白カビチーズ製品である点。
(イ)相違点
Aチーズカードが,本件発明1は「表面にカビが生育するまで発酵さ
せた」ものであるのに対し,甲1発明はその旨が特定されていない点。
B本件発明1は「チーズカードを結着するように熟成させて,結着部
分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ」て得ら
れる状態にあるものであるのに対し,甲1発明は,チーズカードを
「涼しい場所に置いて2−3週間熟成させることにより」得られるも
のではあるものの,該チーズカードが結着している旨,及び,結着部
分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化されたもので
ある旨が特定されていない点。
C食品類を,本件発明1は,「均一にはさんだ」もので,かつ,「内
包」するものであるのに対し,甲1発明は,その旨が特定されていな
い点。
D食品類が,本件発明1は「香辛料」であるのに対し,甲1発明は
「トリュフ」である点。
E本件発明1が,一体化させた後に,「加熱する」ことにより得られ
るものであるのに対し,甲1発明は,その旨の規定がない点。
F本件発明1のチーズ製品は「結着部分からのチーズの漏れがない」
ものであるのに対し,甲1発明は,その旨が特定されていない点。
G白カビチーズが,本件発明1ではカマンベールチーズであるのに対
し,甲1発明ではブリーチーズである点。
ウ本件発明2と甲1発明について
(ア)一致点
成型されたチーズカードの間に食品類をはさんだ後,前記チーズカー
ドを熟成させることを特徴とする,白カビチーズ製品の製造方法である
点。
(イ)相違点
aチーズカードが,本件発明2は「表面にカビが生育するまで発酵さ
せた」ものであるのに対し,甲1発明はその旨が特定されていない点。
b本件発明2は「チーズカードを結着するように熟成させることによ
り,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化さ
せ」るものであるのに対し,甲1発明は,チーズカードを「涼しい場
所に置いて2−3週間熟成させることにより」得られるものではある
ものの,該チーズカードが結着している旨,及び,結着部分から引っ
張っても結着部分がはがれない状態に一体化されたものである旨が特
定されていない点。
c食品類を,本件発明2は,「均一にはさみ」,かつ,「内包」する
ものであるのに対し,甲1発明は,その旨が特定されていない点。
d食品類が,本件発明2は「香辛料」であるのに対し,甲1発明は
「トリュフ」である点。
e本件発明2が,一体化させた後に,「加熱する」工程を有するのに
対し,甲1発明は,その旨の規定がない点。
f本件発明2のチーズ製品は「結着部分からのチーズの漏れがない」
ものであるのに対して,甲1発明は,その旨が特定されていない点。
g白カビチーズが,本件発明2ではカマンベールチーズであるのに対
して,甲1発明ではブリーチーズである点。
第3当事者の主張
1取消事由に係る原告の主張
審決は,(1)甲1発明の認定の誤り,及び本件発明1の相違点Bに係る構成
の容易想到性判断の誤り,(2)本件発明1の相違点Eに係る構成の容易想到性
判断の誤り,(3)本件発明1の相違点Fに係る構成の容易想到性判断の誤り,
(4)本件発明1の顕著な作用効果を看過して容易想到と判断した誤り,(5)本
件発明2と甲1発明との相違点に関する判断の誤り,(6)法36条6項2号に
ついての判断の誤りがあり,これらは,審決の結論に影響を及ぼすから,審決
は取り消されるべきである。すなわち,
(1)甲1発明の認定の誤り,及び本件発明1の相違点Bに係る構成の容易想到
性判断の誤り(取消事由1)
審決は,相違点Bについて,「本件発明1の「チーズカードを結着するよ
うに熟成させて,・・・一体化させ」て得られた状態とは,もともと別体で
あったチーズカードどうしが結びつくことにより一体となった状態を意味し
ているといえるが,その結びつきの強度や一体化がどの程度まで強固に維持
されるかが規定されているとはいえない。一方,甲1発明の熟成期間が「2
−3週間」であることや,甲1発明の切断面において,チーズカードどうし
が「ある程度溶融して結びついた」状態であることが摘記事項(1−4)か
ら理解できることを考慮すれば,甲1発明においても,チーズカードどうし
が結びつくことにより,上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体と
なった状態にあるといえる。してみると,本件発明1と甲1発明との間で,
チーズカードどうしの「結着」の程度,「一体化」させられている点に差異
は見出せないため,この点は実質的な相違点とはいえない。」とし,また,
「本件発明1の「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない」状態と
は,(中略)結着部分から引っ張ったときに,結着部分から「簡単には」は
がれない状態が包含されるといえる。一方,(中略)甲1発明の「トリュフ
入りブリーチーズ」は,トリュフがはさまれている部分が,熟成の結果,あ
る程度溶融して結びついた状態にあるといえるから,結着部分から引っ張っ
たときに,チーズカード同士が「簡単には」はがれない状態であるといえる。
してみると,この点も実質的な相違点とはいえない。」と判断する。
しかし,審決の上記認定,判断は,以下のとおり誤りである。
本件発明1は,「チーズカードを結着するように熟成させて,結着部分か
ら引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ」という発明特定事
項から導き出されるように,白カビチーズ(カマンベールチーズ)が,結着
部分である外周側面及び結着面の一体化により,通常の白カビチーズと比べ
て外観上全く見分けがつかないものになっているのに対し,甲1の1,2に
は,分離せずに一体となっている状態を窺わせる記載はなく,その旨の示唆
もないから,甲1発明は,「上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一
体となった状態にある」とした審決の認定は誤りである。
また,甲1の1の「しっかりと硬い(まだ熟成していない)」の「熟成」
とは「完全な熟成」と解釈されるべきであり,「しっかりと硬い(まだ熟成
していない)」とは,正しくは「表皮を形成する白カビの成長は終わってい
るが,ある程度は熟成が進んでいるか,ないしまだ完全には熟成しておらず,
内部のチーズカードが,一部しか軟化していないか,全く軟化していないの
で,しっかりと硬い」ものという趣旨である。すなわち,甲1の1において,
ブリーチーズにトリュフをはさむのは,カビスターターの添加後から少なく
とも5∼6週目の時点であり,白カビ自体の成長が10日くらいまでである
ことからすると,この時点では,白カビによる表皮(マット)の成長は既に
終わっており,その後,更に2∼3週間熟成させても,ブリーチーズの中身
部分は軟化し,とろける状態になりはするものの,白カビの成長による表皮
の形成は進行せず,通常の白カビチーズと比べて,外観上全く見分けがつか
ないものにはなっていない。
以上のとおり,本件発明と甲1発明との相違点Bが実質的な相違点でない
とした審決の認定は誤りであり,この誤りは結論に影響を及ぼす。
(2)本件発明1の相違点Eに係る構成の容易想到性判断の誤り(取消事由2)
審決は,相違点Eについて,「甲1発明の「トリュフ入りブリーチーズ」
を得る際に,製品として流通,販売すること等を目的として,白カビチーズ
における周知事項を適用し,熟成した白カビチーズを容器に入れて80−1
20℃で加熱殺菌をすることは当業者が容易に想到し得ることである。」と
し,また,甲1の1の記載が家庭料理用レシピであることを前提としつつ,
「家庭の食卓で出される料理と同様の食品を,製品として流通,販売するこ
とは,本件出願前から様々な食品で行われていることであり,甲1発明の
「トリュフ入りブリーチーズ」についても,製品として流通,販売すること
等を目的とした加熱殺菌をすることに,特段の阻害要因はない。」と判断す
る。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。
本件明細書の段落【0007】,【0008】の記載によれば,本件発明
1における「加熱する」ことの技術的意義は,保存性を高めると同時に,結
着をより強固にするためである。これに対し,甲1の1記載のブリーチーズ
は,トリュフをふんだんに使用する贅沢な家庭料理であり,製品として流通,
販売する目的がなく,加熱殺菌処理の必要性はない。したがって,甲1発明
の「トリュフ入りブリーチーズ」において,加熱殺菌する構成を採用するこ
との目的及び必要性がないから,阻害要因に当たるといえる。なお,本件明
細書にその条件が明記されていなくとも,当業者は,通常の条件で行う加熱
処理であると理解し得る。
以上のとおり,甲1発明とは明らかに異なる市販の製品を前提としながら,
甲1発明に,周知である加熱殺菌を適用することは容易に想到し得るとした
審決の判断は誤りである。
(3)本件発明1の相違点Fに係る構成の容易想到性判断の誤り(取消事由3)
審決は,相違点Fについて,「(甲1発明においても)製品の外観や保存
上の観点から,「結着部分からのチーズの漏れがない」ほうが望ましいこと
は明らかであるから,「結着部分からのチーズの漏れがない」チーズ製品が
得られるように,はさむ食品の量,はさむ際に使用するチーズカードの熟成
の程度,熟成期間又は熟成条件といった条件を調整し,白カビチーズ製品の
製造方法を最適化することは,当業者が容易に想到し得ることである。」と
判断する。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり誤りである。
本件発明1において,「結着部分からのチーズの漏れがない」ことは,チ
ーズカードを結着するように一体化させ,その後加熱(加熱殺菌)すること
により得られるものであり,市販の製品とするために必要な条件であるのに
対し,甲1発明は,家庭用一般消費者向けレシピに基づくもので,外観や保
存性の観点は考慮されず,加熱処理による一体化がないため,チーズカード
の切断部分において,特に外周側面には,白カビのマットが形成していない
ものしかできず,したがって,切り口がふさがらず,切り口のマットの形成
されていない部分からチーズが溶融して流出するものしかできないと考える
のが自然である。
したがって,審決が,相違点Fについて,甲1の1,2には記載がなく,
また意図していない観点を,甲1発明の望ましい課題として認定し,その課
題解決の手段を,当業者が容易に想到し得ると判断したことは誤りである。
(4)本件発明1の顕著な作用効果を看過して容易想到と判断した誤り(取消事
由4)
審決は,本件発明1と甲1発明とを対比し,相違点Aから相違点Gまでの
7つの点を掲げ,それぞれの相違点について判断しながら,本件発明1によ
って奏する効果については何ら検討せずに,本件発明1は,「当業者が容易
に発明をすることができた」との結論を導いている。
しかし,本件発明1は,通常の白カビチーズと比べて,外観上全く見分け
がつかないものであり,食品類の流出や漏れのない非常に良好な白カビチー
ズ製品が得られるという,従来技術からは予測することのできない,格別顕
著な効果を奏するものであるのに対し,甲1の1,2ないし他の甲号証には,
本件発明1のような技術思想ないし技術課題を窺わせる記載は何もなく,そ
れらから本件発明1の奏する顕著な作用効果は予測することができない。
したがって,審決は,本件発明1の顕著な作用効果を看過して,容易想到
であると判断した誤りがある。
(5)本件発明2と甲1発明との相違点に関する判断の誤り(取消事由5)
審決は,本件発明2と甲1発明との相違点について,「本件発明1と甲1
発明の相違点と実質的に一致している。」として,「本件発明2は,本件出
願前に頒布された甲1,3,4,6及び10の記載,並びに,本件出願前の
技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであ
る。」とする。
しかし,本件発明2は,本件発明1を引用した製造方法の発明であるから,
上記(1)∼(4)と同じ理由により,審決には誤りがある。
(6)法36条6項2号についての判断の誤り(取消事由6)
審決は,本件発明1及び本件発明2の「結着部分から引っ張っても結着部
分がはがれない状態に一体化」の点について,「「結着部分から引っ張」る
力の大きさが規定されていないために,当業者であっても,「結着部分から
引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」しているかどうかを判断
することができず,本件発明1及び本件発明2は明確でない。」と判断する。
しかし,本件発明1及び本件発明2は,「結着部分から引っ張っても結着
部分がはがれない状態に一体化」との発明特定事項により,通常の白カビチ
ーズと比べて,外観上全く見分けがつかなくなっている。したがって,白カ
ビにより結着させたチーズカードの円周部分,すなわち,外周側面の表皮に
おいて白カビマット(リンド)が成長し,全く外観上見分けがつかないか否
かを基準として判断すれば足りるのであって,結着部分からの引っ張りによ
り判断することができるから,具体的な「結着部分から引っ張」る力の大き
さが規定されなくとも,そして,その評価方法からしても,結着部分の強度
がそれ以外の外皮部分と少なくとも同等の強度を有することを意味すること
は明確である。
したがって,特許請求の範囲の記載は明確であって,記載不備はなく,法
36条6項2号の要件を満たさないとの審決の判断は誤りである。
2被告の反論
以下のとおり,審決には,取り消されるべき判断の誤りはない。
(1)取消事由1(甲1発明の認定の誤り,及び本件発明1の相違点Bに係る構
成の容易想到性判断の誤り)に対し
原告は,本件発明1が,「白カビチーズ(カマンベールチーズ)が,結着
部分である外周側面及び結着面の一体化により,通常の白カビチーズと比べ
て外観上全く見分けがつかないものになっている」ことを前提として,「甲
1の1には,分離せずに一体となっている状態を窺わせる記載はなく,その
旨の示唆もないから,甲1発明を,「上側のチーズと下側のチーズとが分離
せずに一体となった状態である」とした審決の認定は誤りである。甲1の1
において,ブリーチーズにトリュフをはさむのは,カビスターターの添加後
から少なくとも5∼6週目の時点であり,白カビ自体の成長が10日くらい
までであることからすると,この時点では,白カビによる表皮(マット)の
成長は既に終わっており,その後,更に2∼3週間熟成させても,白カビの
成長による表皮の形成は進行せず,通常の白カビチーズと比べて,外観上全
く見分けがつかないものにはなっていないから,本件発明と甲1発明との相
違点Bが実質的な相違点でないとする判断は誤りである。」旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,本件発明1
の発明特定事項は,「チーズカードを結着するように熟成させて,結着部分
から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」であり,「外観上全
く見分けがつかないものになっている」との構成は存在しないから,原告の
主張は,前提を欠いている。
また,本件発明1の「前記チーズカードを結着するように熟成させて,結
着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化させ」との発明
特定事項からしても,結着とは,チーズカードの外周側面のみを意味するも
のではなく,チーズカードが結着した部分(結着部分)は,2枚のチーズカ
ードが合わさった全面であると解すべきであり,甲1発明のチーズについて
「通常の白カビチーズと比べて,外観上全く見分けがつかないものにはなっ
ていない」ことを理由として,審決の認定,判断が誤りであるとする原告の
主張は失当である。
仮に,本件発明1は,「白カビチーズ(カマンベールチーズ)が,結着部
分である外周側面及び結着面の一体化により,通常の白カビチーズと比べて
外観上全く見分けがつかないものになっている」との構成を含むとの原告の
主張を前提としても,本件発明1の「結着部分から引っ張っても結着部分が
はがれない状態」とは,「結着部分から引っ張ったときに,結着部分から
「簡単には」はがれない状態が包含している」と解釈できる。
他方,甲1発明における「しっかりと硬い(まだ熟成していない)ブリー
チーズ(ムラン)」は,カビスターター添加後から10日程度を過ぎたもの
であると限定する理由はなく,甲1に接した当業者が,甲1に開示された発
明に基づいて白カビチーズ製品の製造において,カビスターター添加後10
日程度を過ぎたもののみを用いるとする合理的な根拠もない。結着部分にお
いて,白カビのマットに比べてチーズどうしの結着力の方が強く,「結着部
分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」していることは自
明であって,カビスターター添加後10日を過ぎたチーズについてこれ以上
白カビが成長しないか否かはさておき,少なくとも「結着部分から引っ張っ
たときに,結着部分から「簡単には」はがれない状態」であるといえるから,
原告の主張を前提としても,相違点Bに関する審決の認定,判断に誤りがあ
るとはいえない。
(2)取消事由2(本件発明1の相違点Eに係る構成の容易想到性判断の誤り)
に対し
原告は,甲1の1記載のブリーチーズは,トリュフをふんだんに使用する
贅沢な家庭料理であるから,製品として流通,販売する目的がなく,加熱処
理の必要性はない。したがって,甲1発明の「トリュフ入りブリーチーズ」
において,加熱殺菌する構成を採用することは,その目的及び必要性がなく,
阻害要因に当たるといえると主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。すなわち,甲1は,ト
リュフ入りブリーチーズの製造方法に関するレシピであるから,家庭のみに
おいて製造されるとは想定し難く,当業者であれば,これを工業的に製造す
ることを考えるのは当然である。また,チーズ製品を加熱殺菌することは,
チーズの製造における周知慣用技術である(甲4,6)。そうすると,甲1
の記載に接した当業者にとって,そこに記載されたトリュフ入りブリーチー
ズを加熱殺菌することは,容易に想到し得るものである。
また,本件発明1に関する本件明細書の実施例2について,段落【001
0】には,「このチーズカードを再び数日発酵させ,ポリプロピレンフィル
ムで包装した後,さらに熟成が完了するまで発酵を継続した。切断面がカビ
の生育により見えなくなり,熟成によって上下2枚のチーズが結着し,外見
上は通常のカマンベールチーズと見分けのつかない良好な白カビチーズが得
られた。」との記載がある。すなわち,本件発明1において,「上下2枚の
チーズが結着し,外見上は通常のカマンベールチーズと見分けのつかない良
好な白カビチーズ」は,熟成によって得られるのであり,そのような良好な
白カビチーズを得るために,加熱殺菌処理は必要な処理ではない。
さらに,本件発明1の発明特定事項をみても,単に「加熱する」というも
のであり,本件明細書の実施例1(段落【0008】)にも,単に「加熱殺
菌する」との記載があるのみで,加熱殺菌の条件等は記載されていない。チ
ーズの製造業の分野において,加熱殺菌処理は通常行われている処理であっ
て,本件発明1の加熱方法が特殊なものであるとはいえない。
したがって,審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。
(3)取消事由3(本件発明1の相違点Fに係る構成の容易想到性判断の誤り)
に対し
原告は,本件発明1の相違点Fに関する構成について,甲1発明は,家庭
用一般消費者向けレシピに基づくもので,外観や保存性の観点は考慮されず,
加熱殺菌処理による一体化がないため,チーズが溶融して流出するものしか
形成できないものと理解するのが相当であるにもかかわらず,審決が,甲1
の1,2には記載がなく,また意図していない観点を,甲1発明の望ましい
課題として認定し,その課題解決の手段を,当業者が容易に想到し得ると判
断したことは誤りであると主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。すなわち,製品の
外観や保存上の観点から,「結着部分からのチーズの漏れがない」ほうが望
ましいことは明らかであるから,「結着部分からのチーズの漏れがない」製
品が得られるように,はさむ食品の量,はさむ際に使用するチーズカードの
熟成の程度,熟成期間又は熟成条件といった条件を調整し,白カビチーズ製
品の製造方法を最適化することは,当業者が容易に想到し得ることである。
甲1の1,2の記載に接した当業者が,ことさら,結着部分からのチーズの
漏れのあるトリュフ入りブリーチーズを製造することは考え難い上,甲1が
レストランにおけるレシピであるため,製品の外観を無視することはあり得
ない。
したがって,審決の判断に誤りはなく,原告の主張は失当である。
(4)取消事由4(本件発明1の顕著な作用効果を看過して容易想到と判断した
誤り)に対し
原告は,「本件発明1は,通常の白カビチーズと比べて,外観上全く見分
けがつかないものであり,食品類の流出や漏れのない非常に良好な白カビチ
ーズ製品が得られるという,従来技術からは予測することのできない,格別
顕著な効果を奏するものであるのに対し,甲1の1,2ないし他の甲号証に
は,本件発明1のような技術思想ないし技術課題を窺わせる記載は何もなく,
それらから本件発明1の奏する顕著な作用効果は予測することができないも
のであるから,審決は,本件発明1の顕著な作用効果を看過して進歩性の判
断を行った誤りがある。」旨主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。すなわち,ある発
明がある作用効果を有するとしても,その作用効果が公知技術に存在しない
構成要件を採用することにより得られるものであること,及び,その作用効
果を奏する構成要件が公知発明には存在しないことを主張しない限り,取消
事由とはならない。
原告の主張は,単に本件発明1の作用効果のみを主張するものであり,失
当である。
(5)取消事由5(本件発明2と甲1発明との相違点に関する判断の誤り)に対

原告は,「本件発明2は本件発明1を引用した製造方法の発明であるから,
上記1の(1)∼(4)と同じ理由により,審決には誤りがある。」旨主張する。
しかし,上記(1)∼(4)のとおり,取消事由1から4までに関する原告の
主張はいずれも失当であるから,取消事由1から4までを根拠とする取消事
由5に関する原告の主張も失当である。
(6)取消事由6(法36条6項2号についての判断の誤り)に対し
原告は,「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体
化」との構成は,外観上見分けがつかないか否かを判断基準とすることによ
り,結着部分からの引っ張りによって判断することができるから,明確であ
ると主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下のとおり失当である。
特許請求の範囲の文言から離れて発明の要旨を認定するものであり,失当
である。
また,「結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」
は,「結着部分から引っ張」る力の大きさがどの程度かについて,当業者の
間に共通の認識があるわけではなく,その力が定まらなければ,明確に判断
することができない上,本件発明1の実施品(食品を内包していない)とし
て開示されたチーズ(甲41)では,切断面を完全にはマットが覆っておら
ず,視認することができる。
したがって,発明特定事項である「結着部分から引っ張っても結着部分が
はがれない状態に一体化」は,「外周側面の表皮において白カビマット(リ
ンド)が成長し,全く外見上見分けがつかないか否かを基準とすればよい」
との原告の主張は失当である。
第4当裁判所の判断
当裁判所は,原告主張の取消事由1ないし3,5及び6には理由があり,審
決の認定,判断には誤りがあり,結論に影響を及ぼすものであるから,その余
の点について判断するまでもなく,審決は,違法として取り消されるべきであ
ると判断する。その理由は,以下のとおりである。
1認定事実
(1)本件発明の内容
本件発明の特許請求の範囲は,第2,2記載のとおりである。また,本件
明細書には次の記載がある(甲19,37)。
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
上記したように,従来は,チーズ製品に食品類を混合した成型品として,
チーズ全体に食品類を混合させたチーズ製品,チーズ表面に食品類を付着さ
せたチーズ製品や,外層部がナチュラルチーズではない鶏卵状チーズ製品及
びそれらの製造方法が知られていたが,これらの方法では食品類を内包した
白カビチーズ製品を製造することは不可能であった。
本発明は,チーズの間に種々の食品類を内包する白カビチーズ製品及びそ
の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明者らは,上記の課題を解決するために白カビチーズに食品類を内包
する方法を検討した結果,成型したチーズカードの間に食品類をはさみ,熟
成させることにより,チーズの結着が強固で,型崩れや食品の漏れのない白
カビチーズ製品が得られることを見出し,本発明を完成するに至った。また,
熟成の後に加熱することにより,チーズの結着をより強固にすることができ
ることも見出した。
すなわち,本発明は,成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチ
ーズカードの間に香辛料を均一にはさんだ後,前記チーズカードを結着する
ように熟成させて,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に
一体化させ,その後,加熱することにより得られる,結着部分からのチーズ
の漏れがない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品である。
本発明はまた,成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカ
ードの間に香辛料を均一にはさみ,前記チーズカードを結着するように熟成
させることにより,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に
一体化させ,その後,加熱することを特徴とする,結着部分からのチーズの
漏れがない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品の製造方法である。
【発明の効果】
【0005】
本発明によれば,成型したチーズカードの間に様々な食品類をはさんだ後,
前記チーズカードを結着するように熟成させて一体化させることにより,食
品類を内包した白カビチーズ製品を得ることができる。
本発明の食品類を内包した白カビチーズは,通常の白カビチーズと比べて,
外観上全く見分けがつかないものである。本発明の製造方法以外で製造した
場合には,加熱時に流動化したチーズが切断面から流れ出たり,食品類が流
出したり漏れたりすることが予想されるが,本発明によれば,そのような流
出や漏れのない非常に良好な白カビチーズ製品が得られる。
なお,内包する食品類の種類を変更することにより,種々の形状や風味を
有する白カビチーズ製品を容易に得ることができる。さらに,大量生産を目
的とした白カビチーズ製品生産ラインにおいて,食品類を内包した小ロット
の白カビチーズ製品の製造を可能にするものである。
(2)他方,甲1の1には次の記載がある。
トリュフ入りブリーチーズ
材料15人分以上...
ブリーチーズ(ムラン産)1個しっかりと弾力のあるもの(まだ熟成して
いないもの)
品質の良い生トリュフ3∼4個
トリュフジュース1dl
付け合せ:
ミックスサラダ1皿
トリュフドレッシング1dl(「トリュフドレッシング」の項参照)
さて,簡単でおいしい作り方は以下の通り。少々お値段は張りますが...
大きめの包丁を用いて,チーズを横に半分に切ります。半分になった2つ
の部分を,皮のほうを下にしてテーブルに並べます。チーズの中身の柔らか
い側にトリュフジュースをかけます。中身は予めフォークでつついて汁がし
み込みやすくしておきます。
トリュフをごく薄切りにしてブリーの片側半分の上に並べます。
チーズをもとの形に戻し,涼しい場所に保存して熟成させます。2∼3週
間,待ちましょう。
サービスするときは,ブリーを切り分け,トリュフドレッシングをかけて
風味をつけたミックスサラダを添えてお出しします。
(3)以下,上記の記載等を基礎に,取消事由の有無について判断する。
2取消事由1(甲1発明の認定の誤り,及び本件発明1の相違点Bに係る構成
の容易想到性判断の誤り)について
(1)審決は,相違点Bについて,「甲1発明の熟成期間が「2−3週間」であ
ることや,甲1発明の切断面において,チーズカードどうしが「ある程度溶
融して結びついた」状態であることが摘記事項(1−4)から理解できるこ
とを考慮すれば,甲1発明においても,チーズカードどうしが結びつくこと
により,上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態にあ
るといえる。」として,「本件発明1と甲1発明との間で,チーズカードど
うしの「結着」の程度,「一体化」させられている点に差異は見出せないた
め,この点は実質的な相違点とはいえない。」と判断した。
審決の記載における,甲1発明において「上側のチーズと下側のチーズと
が分離せずに一体となった状態」とは,「上下に切断され,トリュフをはさ
んだ後,元の形にもどされた上側のチーズと下側のチーズが,結着面の外周
側面及び内部において分離せずに一体となった状態にあること」を指すと解
される。
甲4ないし6によれば,工場等で製造する際における,ブリーチーズ,カ
マンベールチーズのような白カビチーズの製造過程は,別紙製造工程記載の
とおりであると認められる。同記載によれば,チーズの表面全体にカビが生
育するのは一次熟成の段階(別紙製造工程の⑪)であり,カビが生成する酵
素の作用で外側から内側へと熟成が進行するのは,二次熟成(同⑫)であっ
て,チーズを包材で包装するのは,一次熟成終了より早い段階のものではあ
り得ないから,「ブリーチーズ」として市場に流通される製品は,一次熟成
終了後のものであると認められる。他方,甲1の1は,料理レシピであって,
一般的な流通経路で入手できる材料を使用することを前提に記載されている
と解するのが相当であるから,甲1発明において,「しっかりと硬い(まだ
熟成していない)ブリーチーズ」とは,一般に流通可能な状態となった一次
熟成終了後のチーズを指し,「しっかりと硬い(まだ熟成していない)ブリ
ーチーズ」を,「ナイフを使って,チーズの厚みを半分に切」り,「トリュ
フをごく薄く切り,ブリーチーズの片方にのせ」,「チーズを元の形に戻し,
涼しい場所に置いて熟成させる。2週間から3週間待つ。」(甲1の1)と
の記載における「熟成」とは,二次熟成を指すものと認めるのが相当である。
ところで,甲1の2によれば,写真からは,結着面の外周側面をカビのマ
ットが覆っている状態を確認することも,結着面の外周側面が「分離せずに
一体となった状態」となっていることも認めることはできない。また甲1の
1の記載によっては,ナイフでブリーチーズを半分に切って,元の形に戻し
た後,涼しい場所に置いて,2∼3週間,二次熟成を行うだけで,上側のチ
ーズと下側のチーズの結着面の外周側面をカビのマットが覆う状態となるま
でカビが成長することは,到底考え難い。上側のチーズと下側のチーズの内
部の結着面について,二次熟成の過程で内部の組織が軟化して溶融すること
は,可能性として考えられるが,熟成後,「分離せずに一体となった状態」
となることは,甲1の1,2の記載及び画像から,読み取ることはできない
(甲1の2に「中間層におけるトリュフの存在しない部分において,上下の
チーズ間に明確な空間の存在が認められないブリーチーズの写真」(摘記事
項1−4)とあるが,同写真によれば,上側のチーズと下側のチーズとは,
周縁部において離隔している様子が写されており,分離せずに一体となった
状態を確認することはできない。)。
のみならず,甲1の1はレストラン又は家庭用の料理レシピであって,そ
こに記載されている,トリュフ入りブリーチーズは,料理した後に,市場に
流通させることを念頭に置いたものではなく,適宜切り分けて,食卓に供さ
れるものであるから,甲1発明において,熟成後,上側のチーズと下側のチ
ーズが分離せずに一体となった状態にすることを想定していない。
以上によれば,甲1発明において,トリュフ入りブリーチーズが,熟成後,
「上側のチーズと下側のチーズが分離せずに一体となった状態にある」との
構成が開示されているものと認定することはできない。
したがって,審決が,甲1発明について,「チーズどうしが結びつくこと
により,上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態にあ
る。」と認定したことは誤りであり,同認定を基礎として,相違点Bについ
て,「本件発明1と甲1発明との間で,チーズカードどうしの「結着」の程
度,「一体化」させられている点に差異は見出せないため,この点は実質的
な相違点とはいえない」とした容易想到性の判断も誤りというべきである。
(2)これに対し,被告は,縷々反論するが,いずれも甲1発明において,熟成
後,「上側のチーズと下側のチーズが分離せずに一体となった状態にある」
ことを前提にするものであって,失当である。
また,被告は,甲1発明の再現実験の結果,表面にカビが生育した熟成2
週間のムラン産ブリーチーズを,厚さのほぼ1/2の高さで略水平に切断し,
トリュフを挟んで,切断前の形と同じになるようにして,15℃の恒温室で
3週間熟成させたところ,チーズの切断面が結着し,外周がカビで覆われる
ことで,上側のチーズと下側のチーズとが分離せずに一体となった状態とな
ったとして,乙2(実験成績証明書1)を提出する。しかし,同実験成績証
明書の記載を前提としても,甲1発明において,熟成後,「上側のチーズと
下側のチーズとが分離せずに一体となった状態にある」ことが開示されてい
ると理解する根拠ということはできない。
したがって,被告の反論等は採用の限りではない。
3取消事由2(本件発明1の相違点Eに係る構成の容易想到性判断の誤り)及
び取消事由3(本件発明1の相違点Fに係る構成の容易想到性判断の誤り)に
ついて
(1)取消事由2について
審決は,相違点Eについて,甲4及び甲6には,カマンベールチーズの保
存性を高めることを目的に,熟成後のカマンベールチーズを容器に入れて8
0−120℃で加熱殺菌を行うことが示され,カマンベールチーズがブリー
チーズと同様に白カビチーズであることは,本件特許出願前から当業者に周
知であるとして,「甲1発明の「トリュフ入りブリーチーズ」を得る際に,
製品として流通,販売すること等を目的として,白カビチーズにおける周知
事項を適用し,熟成した白カビチーズを容器に入れて80−120℃で加熱
殺菌をすることは当業者が容易に想到し得ることである。」と判断した。
しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。
甲1の1は,同記載に係るトリュフ入りブリーチーズが,2∼3週間の熟
成後,料理として食卓に供されることを念頭に置いた,家庭用,レストラン
等の料理レシピであって,製品として市場に流通させる食品を想定したもの
ではない。トリュフ入りブリーチーズを製品として市場に流通させる場合に
は,製品の輸送,保存の観点から,上側のチーズと下側のチーズの結着面の
外周側面における結着の状態,程度,熟成後の加熱殺菌を考慮する必要があ
る。他方,甲1発明においては,そのような目的を考慮する必要がないこと
に照らすならば,上側のチーズと下側のチーズの結着面における結合の状態,
程度に関する構成は,およそ開示されていると認められないことは,上記2
(1)で述べたとおりである。また,白カビチーズの中身は加熱により溶融す
る性質を有しているから(当事者間に争いがない。),加熱によりチーズの
中身が溶融しても結着部分から漏れないようにするためには,加熱しない場
合に比べて,チーズの表皮をカビのマットがより強固に覆っていることが必
要と考えられるところ,甲1の1には,加熱しても結着部分からのチーズの
中身の漏れがない状態のチーズを製造するための技術的事項が何ら示唆され
ていない。そうすると,甲1発明については,熟成後のチーズについて保存
性を高めるための加熱殺菌処理を行うことの示唆はないというべきである。
以上のとおり,本件発明1の加熱することにより得られるものであるとの
構成は,甲1発明に基づいて容易に想到し得るとはいえない。
(2)取消事由3について
審決は,相違点Fについて,「甲1発明において,「しっかりと硬い(ま
だ熟成していない)ブリーチーズ(ムラン)」としてどの程度の熟成段階の
ものを使用するのか,また,「チーズを元の形に戻し,涼しい場所に置いて
熟成させる。2週間から3週間待つ。」過程の条件を具体的にいかなるもの
とするのかは,求める製品に応じて当業者が最適化できるものであり,その
最適化は,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない。」として,「製品の
外観や保存上の観点から,「結着部分からのチーズの漏れがない」ほうが望
ましいことは明らかであるから,「結着部分からのチーズの漏れがない」チ
ーズ製品が得られるように,はさむ食品の量,はさむ際に使用するチーズカ
ードの熟成の程度,熟成期間又は熟成条件といった条件を調整し,白カビチ
ーズ製品の製造方法を最適化することは,当業者が容易に想到し得る」と判
断した。
しかし,審決の判断には,以下のとおり誤りがある。
本件発明1は,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一
体化した上,その後,加熱することにより得られる,「結着部分からのチー
ズの漏れがない」カマンベールチーズ製品である。そして,「その後,加熱
すること」とは,別紙製造工程からすると,その⑫記載のように,二次熟成
後,チーズの保存性を高めるために80∼120℃で加熱殺菌することをい
うものと合理的に理解される。
これに対して,甲1発明については,「加熱をすること」は開示されてい
ないのみならず,上記(1)のとおり,甲1発明に接した当業者において,熟
成した白カビチーズ製品について「加熱をすること」を容易に想到し得るも
のとはいえない。
したがって,本件発明1の相違点Fに関する,加熱することにより得られ
る「結着部分からのチーズの漏れがない」との構成について,加熱殺菌等の
処理をおよそ想定していない甲1発明に基づいて,容易想到であると判断す
ることはできないというべきである。
これに対し,被告は,甲1発明の再現実験の結果,表面にカビが生育した
熟成2週間のムラン産ブリーチーズを,厚さのほぼ1/2の高さで略水平に
切断し,トリュフを挟んで,切断前の形と同じになるようにして,15℃の
恒温室で3週間熟成させたところ,チーズの切断面が結着し,85℃の熱水
中に30分間浸漬して加熱したが,チーズの漏れは認められなかったとして,
乙第2号証(実験成績証明書1)を提出する。しかし,上記(1)のとおり,
甲1発明が,熟成後のチーズを「加熱殺菌をすること」を着想する示唆を欠
く以上,上記の実験結果は,上記の結論を左右しないというべきである。
したがって,被告の主張は採用の限りではない。
(3)相違点E及びFに係る構成について
審決は,本件発明1の相違点Eに係る構成(一体化させた後に「加熱す
る」ことにより得られるとの構成)及び相違点Fに係る構成(「結着部から
のチーズの漏れがない」との構成)について,それぞれ独立に容易想到であ
るかを判断している。
しかし,当業者が製品の流通,販売等を目的として熟成した白カビチーズ
を製造しようとした場合には,加熱殺菌処理は必須の工程であること,他方,
白カビチーズは加熱により溶融する性質を有している(当事者間に争いはな
い。)ことから,そのような加熱処理がされた場合においても,食品として
の品質を損なわないようにするための課題解決が重要となる。そのような点
を考慮するならば,本件発明1の相違点に係る構成EとFとは,それぞれを
分離して,その容易想到性を判断すべきでなく,両者を密接不可分の構成と
して,総合的な見地から容易想到性を判断するのが合理的であるといえる。
そのような観点に立って検討すると,上記(1)のとおり,甲1の1は,流
通,販売等を目的として加熱殺菌工程を加えたとしてもなお,結着部分から
のチーズの中身の漏れがない状態のチーズを製造するための解決課題及び課
題解決についての技術的事項は,何ら開示されていないのであるから,甲1
発明に基づいて,「加熱(殺菌)」してなお「結着部分からのチーズの漏れ
がない」との構成に至ることが容易であったとはいえない。
以上のとおり,本件発明1の相違点に係る構成E及びFを一体として想到
することは,容易であるとはいえない。
4取消事由5(本件発明2と甲1発明との相違点に関する判断の誤り)につい

原告は,「本件発明2は本件発明1を引用した製造方法の発明であるから,
上記第3の1(1)∼(4)と同じ理由により,審決には誤りがある。」旨主張す
る。
本件発明2は,「成型され,表面にカビが生育するまで発酵させたチーズカ
ードの間に香辛料を均一にはさみ,前記チーズカードを結着するように熟成さ
せることにより,結着部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体
化させ,その後,加熱することを特徴とする,結着部分からのチーズの漏れが
ない,香辛料を内包したカマンベールチーズ製品の製造方法。」であり,本件
発明1の構成を引用した製品の製造方法であって,審決が認定した本件発明2
と甲1発明の相違点b,e及びfは,本件発明1と甲1発明の相違点B,E及
びFと,それぞれ技術内容において共通である。
したがって,上記2,3と同様の理由により,本件発明2と甲1発明の相違
点b,e及びfに関する審決の判断には誤りがあると認められる。
5取消事由6(法36条6項2号についての判断の誤り)について
審決は,請求項1及び請求項2における「結着部分から引っ張っても結着部
分がはがれない状態に一体化」との記載について,「引っ張る力に上限がなけ
れば,いかなるチーズでも,結着部分がはがれてしまう。そして,「結着部分
から引っ張」る力の大きさがどの程度であるかについて,当業者であっても共
通の認識を有しているとは認められない。」として,当業者であっても「結着
部分から引っ張っても結着部分がはがれない状態に一体化」しているかどうか
を判断することができないから,本件発明1及び本件発明2は明確でなく,法
36条6項2号の要件を満たさないと判断する。
しかし,審決の上記判断は,以下のとおり,失当である。
すなわち,請求項1及び請求項2における「結着部分から引っ張っても結着
部分がはがれない状態に一体化」記載部分は,チーズが,結着部分から引っ張
っても結着部分がはがれない状態に至っていることを,ごく通常に理解される
ものとして特定したというべきである。すなわち,本件発明1及び本件発明2
のようなカマンベールチーズ製品及びその製造方法において,チーズの結着部
分以外の部分であっても,仮に,一定以上の強い力を加えて引っ張れば,表皮
は裂けるし,そのような強い力を加えなければ,表皮がはがれることはない。
上記構成は,チーズの結着部分について,チーズの結着部分以外の部分におけ
る結着の強さと同じような状態にあることを示すために,「結着部分から引っ
張っても結着部分がはがれない状態に一体化」との構成によって特定したと理
解するのが合理的である。また,上記記載部分をそのように解したからといっ
て,特許請求の範囲の記載に基づいて行動する第三者を害するおそれはないと
いえる。
したがって,上記記載が不明確であって法36条6項2号の要件を満たさな
いとした審決の判断は,誤りである。
6小括
以上のとおりであって,原告主張の取消事由1ないし3,5及び6には理由
があり,審決は,本件発明1について,甲1発明との相違点B,E及びFに関
する判断を誤り,本件発明2について,甲1発明との相違点b,e及びfに関
する判断を誤って,いずれも法29条2項の規定により特許を受けることがで
きないと判断し,本件明細書における特許請求の範囲の請求項1及び請求項2
の記載が,いずれも法36条6項2号の要件を満たさないと判断した誤りがあ
るから,その余の争点について判断するまでもなく,違法として取り消される
べきである。
第5結論
よって,原告の請求は理由があるから,審決を取り消すこととして,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
齊木教朗
裁判官
武宮英子
別紙
製造工程
①原料乳の検査・計量と濾過
②原料乳の標準化
蛋白質と脂肪の比率が一定となるように原料乳を標準化する。
③殺菌・冷却
加熱殺菌し,殺菌終了後冷却する。
④スターター・レンネット添加と撹拌
レンネット添加前に,スターターを添加し,スターターを添加した原料乳の酸
度が一定程度になったときにレンネットを添加して,乳を凝固させる。
なお,レンネットによる乳の凝固を助けるため,塩化カルシウムを添加するこ
とができる。
⑤カッティング
乳が目標の硬さに達したことを確かめ,凝固した乳を切断する。
⑥静置とホエイ排除
ホエイを分離させ,排出を促すため,そのまま静置し,分離したホエイを排除
し,型詰めに適した硬さにする。
⑦型詰め(モールディング)
ホエイ排除後,型に詰め,温度,湿度を適切に管理しながら静置する。
このとき,チーズが自重でホエイを排出するため,ホエイを排除する。
ホエイ排除を促し,組織を均一にするため,一定時間毎に反転させる。
⑧型外し(デモールディング)
チーズを型から外す。
⑨加塩
型から外したチーズに加塩する。加塩の方法は塩水浸漬が一般的である。
⑩カビ噴霧
④で,カビスターターを原料乳に添加しない場合は,加塩・乾燥後,チーズ表
面にカビを噴霧する。
⑪一次熟成
温度,湿度を適切に管理しながら,カビがチーズの全表面に生育するまで熟成
させる。その期間は,4∼5日間とする方法,9∼12日間とする方法,10∼1
4日間とする方法などがある。一次熟成後,チーズを二次熟成に適した包材で包装
する。
⑫二次熟成
包装したチーズを,温度,湿度を適切に管理しながら二次熟成させる。カビが
生成する酵素の作用で,熟成は外側から内側へと進行し,熟成が進むにつれて内
部の白く硬い芯が徐々に消える。5週間程度で完熟となるが,一般的には,2∼
3週間程度の二次熟成の後,冷蔵する。
なお,熟成したチーズを80∼120℃で加熱殺菌し,保存性を高める方法が
とられた上で冷蔵されることも多い。
⑬検査

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採用情報


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