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平成16年(行ケ)第71号 審決取消請求事件
平成17年2月24日口頭弁論終結
     判    決
原 告 株式会社ジュエリータクマ
 訴訟代理人弁理士 鈴木悦郎
 被 告 特許庁長官 小川洋
 指定代理人 西村泰英,田中秀夫,一色由美子,大橋信彦,井出英一郎
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が不服2001-18172号事件について平成16年1月6日にした
審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は,特許出願をした原告が,拒絶査定を受けたので,上記査定に対する審判
を請求したところ,審判請求は成り立たない旨の審決があったため,同審決の取消
しを求めた事案である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 原告は,平成9年4月9日,発明の名称を「イヤリング」とする特許出願を
した。
 (2) 原告は,平成13年8月31日付けの拒絶査定を受けたので,同年10月1
1日,拒絶査定に対する審判を請求し(不服2001-18172号事件として係
属),同年11月5日,明細書を補正(以下「本件補正」という。)した。
 (3) 特許庁は,平成16年1月6日,本件補正を却下するとともに,「本件審判
の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年2月2日,その謄本を原告に送達
した。
 2 特許請求の範囲の記載
 (1) 本件補正前のもの(以下「本願発明」という。)
 一方の主装飾体と他方の挟着部材とに一対の取付脚部と取付基部とを形成してこ
れらを軸着し,この部位を加締めてなるイヤリングであって,一対の取付脚部と取
付基部との間にこれら部材より硬質部材のワッシャを介して加締めたことを特徴と
するイヤリング。
 (2) 本件補正後のもの(下線を付した部分が補正箇所である。以下「本願補正発
明」という。)
 一方の主装飾体と他方の副装飾体とに一対の取付脚部と取付基部とを形成してこ
れらを軸着し,この部位を加締めてなるイヤリングであって,一対の取付脚部と取
付基部の相対する位置に貫通孔を形成し,両者の間にこれらの部材よりも硬質のワ
ッシャを介して前記貫通孔にピンを挿入し,当該部位を加締めて耳たぶに対する挟
着力を付与したことを特徴とするイヤリング。
 3 審決の理由の要旨
 審決の理由は,以下のとおりであるが,要するに,本件補正は,特許法17条の
2第5項で準用する同法126条4項の規定に違反するものであり,特許法159
条1項で読み替えて準用する特許法53条1項の規定により却下されるべきもので
あり,また,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができ
ない,というものである。
 (1) 本件補正についての補正却下の決定
 ア 引用文献
 (ア) 原査定の拒絶の理由に引用された,実願平1-56518号(実開平2-1
47023号)のマイクロフィルム(本訴甲3,以下「引用文献1」という。)に
は,以下の事項が記載されている。
 a 「イヤリング取付板の後部に止板を回動開閉自在に噛合軸止めし,前記噛合
軸止め部の近傍に前記止板を広狭数段において切替掛止するストッパーを設けたこ
とを特徴とするイヤリングのイヤクリップ。」(実用新案登録請求の範囲)
 b 「第4図は第2実施例で,前例とは逆に取付板1aの中間下を二股にし,止
板3aの基部取付板1aのを二股間に挟入して軸5a止め連結したのである。」
(明細書3頁6ないし8行)
 更に軸止め前の第2図及び第4図と,軸止め後の第3図を並べて見比べると,第
3図の軸5の端部は加締められていることが見て取れる。また,第4図にはイヤリ
ング取付板の一対の二股と止板の後端部の相対する位置に軸孔を形成したものが記
載されている。
 上記記載事項によれば,引用文献1には,次の発明(以下「引用発明1」とい
う。)が記載されているものと認められる。
「イヤリング取付板の中間下に二股に分かれた一対の二股と,止板の後端部とを軸
着し,この部位を加締めてなるイヤリングであって,
 イヤリング取付板の一対の二股と止板の後端部の相対する位置に軸孔を形成し,
これら軸孔に軸を通して加締めたイヤリング。」
 (イ) また,同じく引用された,特開平2-201418号公報(本訴甲4,以下
「引用文献2」という。)には,以下の事項が記載されている。
 c 「[作用]
 ファインセラミック製ワッシャはモース硬度が9でダイヤモンドにつぐ硬さを持
ち,耐摩耗性が極めてたかく,通常の眼鏡蝶番に使用した場合はほとんど摩耗しな
い。・・・(中略)・・・長期間の使用でもがたつきを生じない。」(公報2頁左
欄5ないし13行)
 d 「蝶番は第2図に示すように2個の部品に分かれ,接触部にワッシャ1が嵌
合される。」(公報2頁左欄17,18行)
 イ 対比
 そこで,本願補正発明と上記引用発明1とを対比すると,後者における「取付
板」は,前者の「一方の主装飾体」に,「止板」は,「他方の副装飾体」に,「一
対の二股」は,「一対の取付脚部」に,「止板の後端部」は,「取付基部」に,
「軸孔」は,「貫通孔」に,「軸」は,「ピン」に,それぞれその作用・機能から
みて相当しているから,両者は,
「一方の主装飾体と他方の副装飾体とに一対の取付脚部と取付基部とを形成してこ
れらを軸着し,この部位を加締めてなるイヤリングであって,
一対の取付脚部と取付基部の相対する位置に貫通孔を形成し,前記貫通孔にピンを
挿入し,当該部位を加締めたイヤリング。」
である点で一致しており,以下の点で相違している。
[相違点1]本願補正発明の「軸着」は,一対の取付脚部及び取付基部よりも「硬
質のワッシャ」を介して行っているのに対して,引用発明1は,ワッシャを介さず
に一対の取付脚部と取付基部を直接軸止めしている点。
[相違点2]本願補正発明では,「耳たぶに対する挟着力を付与した」ものである
のに対して,引用発明1にはかかる作用は不明である点。
 ウ 判断
 そこで上記の相違点について検討する。
[相違点1]について
 本願補正発明における「ワッシャ」の使用については,本願明細書の【000
4】,【0005】欄の【発明が解決しようとする課題】に,一対の取付脚部及び
取付基部の長い間の開閉の繰り返しによる摩耗の発生を解決する旨記載があり,一
対の取付脚部及び取付基部は「開閉部材」として捉えることができるので,言い換
えると当該相違点1は,開閉部材の長い間の開閉の繰り返しで発生する摩耗を抑え
る手段として,開閉部材よりも硬質のワッシャを開閉部材間に挟んで軸着する技術
思想の有無に係るものと認められる。
 ところが,かかる技術思想は,製品の分野が本願補正発明のものと異なるもの
の,前記(1)ア(イ)に示すように,引用文献2に,がたつき防止を目的とした硬質ワ
ッシャの使用について同様の記載がある。
 そこで,かかる異製品分野間での技術の転用の容易想到性について検討する。
 当該技術思想は,軸止めされた開閉機構に関するものであり,本願補正発明のイ
ヤリング,引用文献2のめがねのみならず,多種多様な製品分野に広範に用いられ
ている機構であることは当業者ならずとも明らかであり,また,当該開閉機構に用
いられた「ワッシャ」もまた,何ら特別な部材でなく日常見受けられる慣用部材で
あることを考量すると,単に製品分野が異なること自体は,かかる技術の転用を何
ら妨げるものではないと認められる。
 したがって,引用発明1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワ
ッシャを採用した技術を転用し,本願補正発明の構成と同様の構成をなすことは当
業者が容易に想到し得る事項である。
 なお,この点について,出願人が平成14年1月10日付手続補正書(【請求の
理由】)にて,「眼鏡のつるは抵抗なく開閉するものであることはそれこそ周知で
あり,・・・ワッシャを部材に圧接するという技術思想は全くありません
し,・・・例え眼鏡の部材よりも硬質のワッシャが用いられているとしても,本発
明の技術とは全く似て非なるものであります。」旨主張するとおり,引用文献2に
記載の眼鏡の開閉機構には途中で開閉を止めてその状態を保持することはないの
で,「イヤリング」の「保持力」なる効果については一見技術の転用が見いだせな
いとの観を抱く余地もある。
 しかしながら本願補正発明における効果について考えてみると,(ア)「クリップ
式イヤリング」自体,本件出願前に周知のイヤリングであり,開閉状態の保持によ
り装飾体を耳に取り付ける本来の機構自体が当業者に周知であり,開閉機構の摩耗
が直ちに保持力の低下に繋がることもまた当業者に知られていたこと,及び,(イ)
摩耗の抑制と保持力の持続は,クリップ式イヤリングとして使用する限り一体不可
分の効果であり,たとえ摩耗の抑制を狙った技術の転用であったとしても,イヤリ
ングの保持力の持続の効果は前記一体不可分性の結果,当然の効果として十分に予
期できること,以上のことにより,たとえ使用態様の異なる製品間であっても,共
通の開閉機構を各々有する場合,技術の転用の結果付随する別種の効果の発生が当
然に予期できるのであれば,異製品間といえども技術の転用は容易であるとするの
が相当である。
[相違点2]について
 本願補正発明の「耳たぶに対する挟着力を付与した」については,何らかの構成
に関する記載というより,むしろ作用・効果に関する記載であるといわざるを得
ず,また,上述の[相違点1]についてのなお書きにて詳述したように,引用発明
1と引用文献2に記載されたものの結合によって得られる構成体を従来周知のクリ
ップ式イヤリングとして用いる限り「耳たぶに対する挟着力」を本来効果として内
在するものであると認められるため,当該相違点2についても,引用発明1及び引
用文献2に記載されたものに基づいて当業者が容易に想到し得たものと認められ
る。
 したがって,本願補正発明は,引用文献1及び2に記載された発明に基づいて,
当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定
により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
 エ むすび
 以上のとおり,本件補正は,特許法17条の2第5項で準用する同法126条4
項の規定に違反するものであり,特許法159条第1項で読み替えて準用する特許
法53条1項の規定により却下されるべきものである。
 (2) 本願発明について
 ア 引用文献
 原査定の拒絶の理由に引用された各引用文献及びそれらの記載事項は,前記(1)ア
に記載したとおりである。
 イ 対比・判断
 本願発明は実質的に,本願補正発明からイヤリングの限定事項である貫通孔及び
ピンに係る構成を省いたものである。
 そうすると,本願発明の構成要件を全て含み,さらに他の構成要件を付加したも
のに相当する本願補正発明が,前記(1)ウに記載したとおり,引用文献1及び2に記
載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるか
ら,本願発明も,同様の理由により,引用文献1及び2に記載された発明に基づい
て,当業者が容易に発明をすることができたものである。
 ウ むすび
 以上のとおり,本願発明は,引用文献1及び2に記載された発明に基づいて,当
業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定に
より特許を受けることができない。
第3 当事者の主張の要点
 1 原告主張の審決取消事由
 審決は,引用発明1の認定を誤り,本願補正発明との一致点の認定を誤って,相
違点を看過し(取消事由1),また,本願補正発明と引用発明1との相違点1の判
断を誤り(取消事由2),その結果,本願補正発明が,引用文献1及び2に記載さ
れた発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとの誤った判断をし
て,本件補正を却下したものであって,この認定判断の誤りは審決の結論に影響を
及ぼすから,審決は,取り消されるべきである。
 (1) 取消事由1(引用発明1の認定の誤り,本願補正発明との一致点の認定の誤
りと相違点の看過)
 ア 審決は,引用発明1が,「イヤリング取付板の中間下に二股に分かれた一対
の二股と,止板の後端部とを軸着し,この部位を加締めてなるイヤリングであっ
て,イヤリング取付板の一対の二股と止板の後端部の相対する位置に軸孔を形成
し,これら軸孔に軸を通して加締めたイヤリング。」であると認定し,本願補正発
明と引用発明1との一致点を,「一方の主装飾体と他方の副装飾体とに一対の取付
脚部と取付基部とを形成してこれらを軸着し,この部位を加締めてなるイヤリング
であって,一対の取付脚部と取付基部の相対する位置に貫通孔を形成し,前記貫通
孔にピンを挿入し,当該部位を加締めたイヤリング。」と認定した。
 イ しかし,引用文献1の第3図によれば,引用発明1の止板3とイヤリング取
付板1との間には隙間があり,耳たぶに対する挟着力はストッパー(6,7)の噛
合のみによって付与されていることが明らかであって,引用発明1は,軸5を加締
めて止板3とイヤリング取付板1とを密着させたものではなく,単に軸着させただ
けのものにすぎないから,引用発明1は,「イヤリング取付板の中間下に二股に分
かれた一対の二股と,止板の後端部とを軸着してなるイヤリングであって,イヤリ
ング取付板の一対の二股と止板の後端部の相対する位置に軸孔を形成し,これら軸
孔に軸を通して組み立て,かつ,軸近傍に切替掛止ストッパーを設けたイヤリン
グ。」であると認定するのが相当である。そうすると,本願補正発明では,軸部を
加締めているのに対し,引用発明1では,軸部を加締めずに単に軸止めしている点
が相違する。
 ウ したがって,審決は,引用発明1の認定を誤り,その結果,本願補正発明と
引用発明1との一致点の認定を誤って,相違点を看過したものである。
 (2) 取消事由2(相違点1の判断の誤り)
 ア 審決は,「引用発明1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質の
ワッシャを採用した技術を転用し,本願補正発明の構成と同様の構成をなすことは
当業者が容易に想到し得る事項である。」と判断した。
 イ 本願補正発明の開閉機構は,任意の位置で開閉を保持することができるとい
う特徴があり,また,これにワッシャを介在させた目的は,取付脚部と取付基部
(いわゆる開閉部材)の摩耗を防ぎ,加締めによって得られた保持力を維持するた
めである。これに対し,引用発明2における開閉機構は,任意の位置で開閉を保持
することができるというものではなく,完全に開くか完全に閉じるかをスムースに
行おうとするものであり,しかも,引用発明2は,従来の眼鏡ではワッシャ自体が
摩耗することから,その改善策を提供しようとするものであって,開閉機構自体の
摩耗については何ら考慮していない。本願補正発明と引用発明2は,単に製品の分
野が異なるだけではなく,上記のように,要求される機能も大きく異なるから,引
用発明1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した
技術を転用し,相違点1に係る本願補正発明の構成とすることは当業者が容易に想
到することができない。
 ウ したがって,審決の上記判断は誤りである。
 2 被告の反論
 審決の認定判断には誤りがないから,原告の主張する審決取消事由は,理由がな
い。
 (1) 取消事由1(引用発明1の認定の誤り,本願補正発明との一致点の認定の誤
りと相違点の看過)に対して
 ア 引用文献1の第3図には,突条6と突部7が記載され,また,発明の詳細な
説明には,「止板3の軸孔4a,4b近くの相対内面にストッパーとして数条の突
条6を設け,取付板1の両側面に突条6間に挟入し掛止する突部7を形成してイヤ
クリップとしたのである。」(2頁14ないし18行)と記載されているから,ス
トッパーのあるべき状態を考察すると,少なくとも突条6間において,突部7は止
板3への接触箇所と,突条6は取付板1への接触箇所とそれぞれが保持力をもって
接する摩擦係合を果たしているとみるべきであり,この摩擦係合を発生させる軸5
の止めの条件を考えると,必然的に,軸止め部分で相応の押圧力を付与する軸止め
形式,すなわち「加締め」がされているのである。
 イ また,「加締め」において,摩擦及び保持力を生じさせることは,従来技術
であるのみならず,コンパスのようなものにおいても周知の事項であるから,引用
文献1の軸止め形式は,「加締め」がされているということができる。
 ウ したがって,周知技術を前提として,引用発明1の対象への理解及び要部の
接触状態並びに加工前を表す第2図の軸5と加工後の軸5の形状変化を加味して第
3図を見る限り,「軸5」の止めの程度は,適度な押圧力の付勢を伴う,一般的に
いう「加締め」がされているとした審決の認定に誤りはない。
 (2) 取消事由2(相違点1の判断の誤り)に対して
 ア 締め圧力の僅かな違いによって,イヤリングでは任意の位置での保持力につ
ながり,眼鏡のつるでは保持力とまではいかない状態が起こるとしても,この違い
が直ちに開閉機構の一部品であるワッシャの転用自体を妨げるとまではいえない。
 イ また,確かに,引用発明2の目的は,ワッシャの摩耗であるとみてとれる
が,その目的を達成すべく提案された構造体は,開閉機構間に挟み込まれた硬質ワ
ッシャである。本願補正発明のうち開閉機構に当たるものは,「取付脚部」「取付
基部」,「ワッシャ」及び「ピン」であり,これに対し,引用発明2の眼鏡の開閉
機構は,「2個の部品」,「ワッシャ」及び「蝶番」の回動軸であって,構造上の
共通点があることが一見して明らかであり,引用発明1の軸着に係る構成として,
引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術を転用し,本願補正発明の構成
と同様の構成とすることは当業者が容易に想到し得るものである。
 ウ したがって,審決の判断に誤りはない。
第4 当裁判所の判断
 1 取消事由1(引用発明1の認定の誤り,本願補正発明との一致点の認定の誤
りと相違点の看過)について
 (1) 引用発明1は,イヤリング取付板の中間下に二股に分かれた一対の二股と,
止板の後端部とを軸着した部位を加締めたものではないから,本願補正発明と引用
発明1は,本願補正発明では,軸部を加締めているのに対し,引用発明1では,軸
部を加締めずに単に軸止めしているものであることは,本願明細書(甲2の2)及
び引用文献1(甲3)から明らかであるが,審決はこの構成の相違について明示し
て認定していない。
 しかしながら,審決は,原告の平成14年1月10日付け手続補正書における主
張に対して判断するに際し,引用文献2に記載の眼鏡の開閉機構には途中で開閉を
止めてその状態を保持することはないので,「イヤリング」の「保持力」なる効果
については一見技術の転用が見いだせないとの観を抱く余地もあると付言した上
で,イヤリングの保持力なる効果について触れ,本願補正発明における摩耗の抑制
と保持力の持続は,クリップ式イヤリングとして使用する限り一体不可分の効果で
あり,たとえ摩耗の抑制を狙った技術の転用であったとしても,イヤリングの保持
力の持続の効果は前記一体不可分性の結果,当然の効果として十分に予期できる,
と認定判断している。ここにおいては,加締めているか否かについての上記相違の
あることを当然の前提としつつ,引用文献1の軸着に係る構成として,引用文献2
に記載の硬質のワッシャを採用した技術を転用することの容易想到性判断におい
て,イヤリングの保持力の持続のために,本願補正発明における「加締め」という
構成を採用することは当然設計事項に含まれるものであることを黙示的に認定判断
しているものと理解すべきである。審決は,一致点の認定中には「加締めたイヤリ
ング」において引用発明1と一致するとしているが,審決が真意とするところは,
以上説示のところにあるというべきである。
 (2) なお,乙1(実公昭59-29555号公報)及び乙2(実願昭56-13
0642号(実開昭58-36815号)のマイクロフィルム)によれば,一対の
取付脚部と取付基部とを軸着してなるイヤリング(クリップ式イヤリング)におい
て,軸部を加締める構成は,本願補正発明の出願時に周知であったと認められる。
そして,本願補正発明が,一対の取付脚部と取付基部とを軸着してなるイヤリング
(クリップ式イヤリング)において,軸部を加締める構成が周知であることを前提
に,「長い期間にわたってこの挟着部材の開閉が繰り返されると加締められた取付
脚部と他方の挟着部材の基部の摩耗が発生し,全く使いものにならなくなるという
欠点」を改良することを目的として,一対の取付脚部と取付基部との間にこれらの
材質よりも硬度の高い材質のワッシャを介在させて軸着し,この部位を加締めると
いう構成を採用したものであること,すなわち,本願補正発明の技術的課題は,加
締められた取付脚部と他方の挟着部材の基部の摩耗を避けることにあることは,本
願明細書(甲2の2)の(段落【0009】)の記載,すなわち,「本発明のイヤ
リングはこの従来のイヤリングの欠点を改良するものであって,取付脚部と基部と
の間にこれら材質よりも硬度の高い材質であるワッシャを介在させて軸着してこの
部位を加締めたものであって,意外にも軟らかいもの同士の接触をさけることによ
って摩耗や変形が避けられたものであり,イヤリングとして長い期間の使用に耐え
られるものとなったものである。」との記載などにより明らかである。
 そうすると,本願明細書においても,「加締め」の構成が周知のものであること
を前提にしているし,その構成についての容易想到性の判断も,審決の上記説示に
おいて尽くされているというべきである。
 (3) 以上のとおりであり,審決は,原告主張の構成に関して引用発明1とが相違
することを黙示的に前提としつつ,その容易想到性について判断しているものであ
って,そこに,原告主張の引用発明1の認定の誤り,一致点の認定の誤り,更には
相違点の看過はない。取消事由1は理由がない。
 2 取消事由2(相違点1の判断の誤り)について
 (1) 引用文献2(甲4)には,「従来のワッシャは比較的軟質なこともあり,蝶
番が硬い材質のときなどは特に摩耗が激しく,使用中に徐々にがたつきがでてくる
ことがあった。」(111頁左欄19行ないし右欄2行),「ファインセラミック
製ワッシャはモース硬度が9でダイヤモンドにつぐ硬さを持ち,耐摩耗性が極めて
たかく,通常の眼鏡蝶番に使用した場合はほとんど摩耗しない。・・・チタン,チ
タン合金との相性は特に良好であり,長期間の使用でもがたつきを生じない。」
(112頁左欄6行ないし13行),「蝶番は第2図に示すように2個の部品に分
かれ,接触部にワッシャ1が嵌合される。」(112頁左欄17,18行)との記
載があり,この記載によれば,眼鏡の蝶番において,がたつきの防止を目的とし
て,蝶番を構成する2つの部品よりも硬質のワッシャを使用することが示されてい
る。
 本願補正発明は,その構成にあるように,一対の取付脚部と取付基部との間にこ
れらの材質よりも硬度の高い材質のワッシャを介在させて軸着し,この部位を加締
めるという構成を採用したものであるところ,本願補正発明の一対の取付脚部と取
付基部は,引用文献2の蝶番を構成する2つの部品と同様に,開閉部材として理解
することができる。そして,本願補正発明のイヤリングと引用発明2の眼鏡とは製
品の分野が異なるものの,開閉部材を軸止めした機構は,多種多様な製品分野に広
範に用いられているものである上,開閉機構に用いられるワッシャも,また,何ら
特別な部材でなく,日常見受けられる慣用部材であるから,そうであれば,ワッシ
ャを介さずに一対の取付脚部と取付基部を直接軸止めした引用発明1の軸着に係る
構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術を転用し,相違点
1に係る本願補正発明の構成とすることは,当業者が容易に想到することができる
ものというべきである。
 (2) 原告は,本願補正発明の開閉機構は,任意の位置で開閉を保持することがで
きるという特徴があり,また,これにワッシャを介在させた目的は,取付脚部と取
付基部(いわゆる開閉部材)の摩耗を防ぎ,加締めによって得られた保持力を維持
するためであるのに対し,引用発明2における開閉機構は,その開閉が任意の位置
で保持できるものではなく,しかも,引用発明2は,開閉機構自体の摩耗について
何ら考慮されていないのであって,本願補正発明と引用発明2は,単に製品の分野
が異なるだけではなく,要求される機能も大きく異なるから,引用発明1の軸着に
係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術を転用し,本
願補正発明の構成と同様の構成とすることは当業者が容易に想到することができな
いと主張する。
 しかし,本願補正発明の明細書(甲2の2)には,「・・・この部位を加締める
ことによって両者を閉じた際に挟着力を付与するものである」(段落【000
7】)との記載があるが,任意の位置で開閉を保持することができるという特徴に
ついての記載はない。また,確かに,引用発明2においては,ワッシャの摩耗の防
止を課題とするものであるということができるが,上記(1)に判示したように,開閉
機構に用いられるワッシャは,何ら特別な部材でなく,日常見受けられる慣用部材
であることを併せ考えると,引用文献2に接した当業者であれば,通常,引用発明
1の軸着に係る構成として,引用文献2に記載の硬質のワッシャを採用した技術の
適用を試みるというべきであって,その際,引用文献2における引用発明2の目的
課題の記載に意を用い,通常行われる技術の適用の試みを殊更に回避するとは考え
難い。そして,本願補正発明のイヤリングと引用発明2の眼鏡とは製品の分野が異
なるものであるとしても,上記(1)に判示したように,このことは,技術の転用を妨
げるものではない。
 原告の上記主張は,採用することができない。
 (3) したがって,取消事由2は,理由がない。
第5 結論 
 以上のとおりであって,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がないから,
原告の請求は棄却されるべきである。
  東京高等裁判所知的財産第4部
         裁判長裁判官   塩  月  秀  平
            裁判官    田  中  昌  利
            裁判官   髙  野  輝  久

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激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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