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平成12年(ワ)第22457号 損害賠償等請求事件
(中間判決の口頭弁論終結の日 平成14年9月19日)
(終局判決の口頭弁論終結の日 平成15年9月1日)
          判    決
     原    告       日本人材サービス株式会社
     原告訴訟代理人弁護士   中 村 治 嵩
     同            石 橋 克 郎
     同            中 島 泰 淮
     被    告       ハンドハンズ株式会社
     被    告       B
     被    告       A
     被告ら訴訟代理人弁護士  若 山 保 宣
同            西 村 浩 一
          主    文
 1 被告らは,原告に対し,各自6269万円及びこれに対する被告ハンドハン
ズ株式会社については平成12年11月3日から,被告Bについては同月8日か
ら,被告Aについては同月6日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支
払え。
 2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
 3 訴訟費用はこれを5分し,その3を原告の負担とし,その余を被告らの連帯
負担とする。
 4 この判決のうち第1項は,仮に執行することができる。
          事実及び理由
第1 原告の請求
1 被告らは,本判決末尾添付の中間判決の別紙「日本人材サービス株式会社登
録派遣スタッフ名簿」記載の者に対し,面会を求め,電話(FAX・Eメール等を
含む。)をし,若しくは郵便物を送付するなどして派遣社員契約を締結し,又は締
結を勧誘する行為をしてはならない。
2 被告らは,被告らを来訪し,又は被告ら宛てに電話(FAX・Eメール等を
含む。)若しくは郵便物により連絡をしてくる本判決末尾添付の中間判決の別紙
「日本人材サービス株式会社登録派遣名簿スタッフ名簿」記載の者に対し,派遣社
員契約を締結し,又は締結を勧誘する行為をしてはならない。
3 被告らは,その保有する原告の登録派遣スタッフ管理名簿及びこれに基づい
て被告らが作成した被告ハンドハンズ株式会社の登録派遣スタッフ管理名簿を廃棄
せよ。
4 被告らは,原告に対し,連帯して1億6069万8595円及びこれに対す
る被告ハンドハンズ株式会社については平成12年11月3日から,被告Bについ
ては同月8日から,被告Aについては同月6日から各支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
第2 事案の概要
 原告及び被告ハンドハンズ株式会社(以下「被告会社」という。)は,いず
れも,会社,法人,団体等への一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的と
して設立された株式会社である。原告は,原告の元従業員(取締役)であった被告
B(以下「被告B」という。)及び被告A(以下「被告A」という。)が,被告B
の設立した被告会社に対し,原告の営業秘密である派遣労働者(以下「派遣スタッ
フ」という。)の雇用契約に関する情報及び派遣先の事業所に関する情報を不正の
目的で使用あるいは被告会社に開示し(不正競争防止法2条1項7号所定の不正競
争行為),被告会社が被告B及び被告A(以下この両名を「被告Bら両名」という
ことがある。)によるこの開示行為が営業秘密の不正開示行為であることを知って
これらの情報を取得し,これを使用した(同項8号所定の不正競争行為)と主張し
て,被告らに対し,同法3条に基づきこれらの情報により知り得た派遣スタッフに
対し勧誘行為を行うことの差止め及び派遣労働者名簿等の廃棄を求めるとともに,
主位的に同法4条,5条1項,予備的に民法44条,415条,709条,719
条,商法254条3項,254条ノ3,266条1項,266条ノ3
に基づき損害賠償を求めている。
 1 当事者間に争いのない事実
  (1) 原告は,昭和60年6月15日,会社,法人,団体等への一般労働者(人
材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社である。
(2) 被告会社は,平成11年3月19日,上記の原告の目的と同じ目的で設立
された株式会社であり,原告と労働者派遣事業の分野において競業関係にある。原
告の取締役営業副本部長の地位にあった被告Bは,被告会社を設立し,設立と同時
に代表取締役に就任した。また,原告の取締役営業部長であった被告Aは,被告会
社営業部長に就任した。その後,平成12年8月28日,被告Bは被告会社の代表
取締役を退任し,同日,被告Aが被告会社の代表取締役に就任した。
(3) 原告は,平成11年2月ないし5月当時,同社に氏名等の情報を登録して
いた本判決末尾添付の中間判決(以下「中間判決」という。)の別紙「日本人材サ
ービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」(以下「日本人材サービス株式会社登録派
遣スタッフ名簿」という。)記載の各人について氏名,性別,年齢,住所,電話番
号,最寄り駅,PC技能,取得資格,就業実績等の事項を内容とする管理名簿を作
成して保有していた。また,原告は,そのころ,中間判決添付の別紙「日本人材サ
ービス株式会社顧客(派遣先)名簿」(以下「日本人材サービス株式会社顧客(派
遣先)名簿」という。)記載の各企業について,名称,所在地,電話番号,求人担
当部署,求人担当者,求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力,労務内容,
人数,労働時間,就労条件など)等の事項を内容とするリストを作成して管理して
いた。
    他方,被告会社は,平成11年5月から同13年6月までに派遣スタッフ
として登録した中間判決添付の別紙「ハンドハンズ株式会社派遣労働者名簿」記載
の各人について原告と同様の事項を内容とする管理名簿を作成して保有していた。
また,上記期間内に被告会社が派遣スタッフを派遣した先の事業所は中間判決添付
の別紙「被告顧客(派遣先)名簿」のとおりであり,これらの派遣先事業所につい
て,被告会社は,原告と同様の事項を内容とするリストを管理していた。
(4) 被告会社に登録している派遣スタッフ及びその派遣先事業所のうち,原告
会社のそれと重複するものは,被告B及び被告Aが原告在職中に知り得た情報を
「手控え」と称する手帳に書き留めていたものを,被告会社が入手することにより
知り得たものである。
 2 争点
(1) 原告が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関する
情報及び派遣先の事業所に関する情報が,不正競争防止法上の営業秘密に該当する
か。殊に,原告会社において,当時,派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業
所に関する情報が,営業秘密として管理されていたか(争点1)。
(2) 被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開
示し,被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であるこ
とを知ってこれらの情報を取得し,これを使用したか(争点2)。
(3) 原告の損害(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
 1 争点1(原告が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに
関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,不正競争防止法上の営業秘密に該
当するか。殊に,原告会社において,当時,派遣スタッフに関する情報及び派遣先
の事業所に関する情報が,営業秘密として管理されていたか)及び争点2(被告B
及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し,被告会社
が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれ
らの情報を取得し,これを使用したか)についての当事者の主張は,中間判決の
「事実及び理由」欄第3,1,2記載のとおりである。
 2 争点3(原告会社の損害)について
(1) 原告の主張
ア 被告らの不正競争行為によって,被告会社は,別表A-2「被告ハンド
ハンズ株式会社の不正競争による売上高及び得た利益集計表」記載の合計金額1億
5455万3530円の利益を受けたというべきである。これを詳述すれば以下の
とおりである。
 (ア) まず,原告の派遣先事業所に関する情報の不正取得との関係では,
平成13年12月14日現在の被告の派遣先との契約82件は,すべて「日本人材
サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の原告の派遣先事業所の情報と一致し
ており,上記82件の契約はすべて不正競争行為によって獲得したものであること
が明らかであるところ,現在においてもこれらの契約は続いているものと考えられ
る。
 (イ) 次に,原告の派遣スタッフに関する情報の不正取得との関係では,
被告会社設立日(平成11年3月19日)以降被告会社が初めて募集広告を出した
平成12年8月30日までの被告会社派遣スタッフは原告から不正競争行為によっ
て引き抜いた原告に登録していた派遣スタッフである。その後独自の派遣スタッフ
募集活動を開始してからでも平成13年12月14日時点で被告会社に雇用されて
いる半数の派遣スタッフが原告から侵奪した登録派遣スタッフであり,さらに現在
でも約20名の原告に登録していた派遣スタッフを雇用し続けている。
 (ウ) 以上の事実からすれば,被告らによる原告の保有する営業秘密の不
正取得及び使用により被告会社が現在でも継続して経済的利益を受けていることは
明らかであるが,損害の性質上,その額を具体的に立証することは困難である。
   そこで,民事訴訟法248条の趣旨に照らし,不正競争防止法5条1
項によって原告の損害と推定される被告の利益としては,①平成12年8月(被告
会社が自ら営業所を開設し募集活動を開始した時期)までの被告会社の売上は,原
告から侵奪した派遣先事業所,派遣スタッフに関する情報によって得た売上である
から,被告会社の売上からその変動経費を控除したいわば限界利益というべきもの
が原告の損害と推定される被告会社の得た利益として認められるべきであり,②平
成12年9月以降についても,基本的に上記の限界利益が原告の損害と推定される
被告会社の得た利益と認められるべきであるが,この間の売上については被告会社
の営業努力等の寄与も否定できないところであるので,不正競争行為の寄与率は3
年間でゼロまで逓減するという前提に立つこととし,上記の方法によって算出され
た各月ごとの限界利益を平成15年8月までの3年間にわたり均等償却計算し,算
出された額の合計額が原告の損害と推定される被告会社の得た利益と認められるべ
きものである。
以上により計算される被告会社の利益は別表A-2「被告ハンドハン
ズ株式会社の不正競争による売上高および得た利益集計表(平成15年8月再計算
版)」記載のとおり,1億5455万3530円である。
イ したがって,上記の被告が受けた利益1億5455万3530円に弁護
士費用614万5065円を加算した1億6069万8595円が不正競争防止法
4条に基づき被告らが負担すべき原告の損害額である。
また,原告の取締役であった被告B及び被告Aの行為はそれぞれ,不法
行為,取締役の忠実義務・善管注意義務違反,雇用契約上の付随義務違反に該当す
るところ,原告には少なくとも前記金額を下回らない損害が生じたというべきであ
る。
以上より,原告の損害賠償請求についてまとめると,原告は,被告ら各
自に対し,主位的に不正競争防止法2条1項7号,8号,14号,同法4条,5条
1項に基づき1億6069万8595円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であ
る被告会社については平成12年11月3日から,被告Bについては同月8日か
ら,被告Aについては同月6日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求めるとともに,予備的に,被告会社に対しては民法709
条,719条,被告B及び被告Aに対しては,民法415条,709条,719
条,商法254条3項,254条ノ3,266条1項にそれぞれ基づき,被告ら各
自に対し上記の金員及び遅延損害金の支払を求めているものである。
(2) 被告らの主張
原告の主張は否認ないし争う。
原告らの主張する損害は,以下のア,イに述べるとおり,被告らの不正競
争行為との間に因果関係のないものであるし,仮に因果関係があるとしても後記ウ
において述べるとおり,原告の主張する損害額は認められない。
 ア 派遣スタッフの自由意思
派遣スタッフは,日常的に複数の派遣会社に重複登録しており,提示さ
れた派遣先・派遣条件を選択して,特定の派遣会社からその派遣先に派遣されるこ
とになる。そして,どの派遣会社から派遣されるかは,派遣スタッフの純然たる自
由意思であり,自己の希望する派遣先・派遣条件を選択するのである。また,派遣
スタッフは,派遣中であっても,他社への重複登録をわざわざ解消するものではな
く他社から別途の派遣先・派遣条件が提示されることも少なくない。派遣スタッフ
は,派遣中の派遣先・派遣条件と新たな提示を比較して,よりよい派遣先・派遣条
件であればそれを選択し,別の派遣会社から,その派遣先へ行くことになる。
そして,よりよい派遣先・派遣条件を提示することは,派遣会社の最も
重要なサービスであり,そのなかには派遣会社の営業マンがどういった人物である
かという点も含まれる。原告には,社会保険にすぐに加入できない,派遣スタッフ
のフォローが足りない,人材サービスの評判が悪いといった問題があったことに加
え,原告の中心的人物で派遣スタッフと接点を持っていた被告Bや被告Aが原告を
辞めて被告会社に移ったこともあり,派遣スタッフが被告会社を派遣会社として選
択することも十分あり得ることである。したがって,派遣スタッフの移籍は,同人
らの自由意思に基づくものであり,派遣スタッフの移籍と被告らの行為との間には
因果関係はない。
 イ 派遣先の自由意思
派遣先企業は,良質なスタッフを良い条件で獲得するために,複数の派
遣会社にオーダーを出している。派遣先企業からすれば,よりよい条件で良質のス
タッフが供給されるのであれば,どの派遣会社かにこだわるものではない。そし
て,派遣会社の営業マンは,派遣先と派遣スタッフのトラブルを調整する役割を担
っているから,派遣会社の営業マンが誰であるかということは,派遣契約を締結す
る際の重要なファクターとなる。その意味で,長年中心的役割を果たしてきた営業
マン2人が立て続けに辞めた原告と比較して,従前懇意にしていた営業マンがいる
被告会社を派遣会社として選択することは派遣先企業にとって合理的な選択である
ところ,派遣先企業が被告会社と派遣契約を締結したとしてもそれは派遣先企業の
自由意思に基づくものであり,被告らの行為との間に因果関係はない。
 ウ 損害額の算定
(ア) 販売費及び一般管理費
原告は,不正競争防止法5条1項の侵害者の得た「利益の額」につい
ては,製造販売業の場合でいうと侵害者の商品の売上額からその仕入価格等販売の
ための変動経費のみを控除した額と解すべきであると主張し,本件においては,派
遣料金総額から派遣スタッフに支払われる給与総額,派遣スタッフの年休手当総
額,労働保険料の総額及び社会保険料の総額等の合計額のみを控除すべきとする。
 しかし,当然のことながら,派遣スタッフの派遣等の役務の提供には
販売費及び一般管理費(以下「販管費」という。)を要しているのであるから,こ
れらの経費を無視して被告会社の利益を認定することはできない。したがって,同
項の「利益の額」とは,売上高から売上原価だけでなく,販管費も控除した額と解
すべきである。本件においては,別表B-1「ハンドハンズ株式会社販管費・販管
費比率一覧表」記載のとおりの販管費が生じたので,それを同表の「売上高に対す
る販管費の比」記載のとおりの割合に従って,粗利益から控除すべきであり,具体
的には,別表B-2「ハンドハンズ株式会社(被告会社)売上・利益集計表」記載
のとおりの利益と認めるべきである。そうすると,結局のところ原告の損害と推定
すべき被告会社の利益はなかったということになる。
(イ) 人的範囲
原告は,派遣先企業に派遣された派遣スタッフが原告と関わりを有す
る者かどうかに関係なく被告の利益を算定している。しかしながら,原告が損害算
定の対象とする派遣先企業に派遣された派遣スタッフのうち「C」,「D」,
「E」,「F」,「G」「H」及び「I」については,原告での稼働実績がないも
のであるし,「J」「K」「L」,「M」,「N」,「O」,「P」,「Q」及び
「R」については,原告での稼働時と被告会社での稼働時で派遣先企業が異なって
いたり,派遣期間の連続がないものであるから,これらの者が派遣された分を損害
算定の基礎に含めるのは相当ではない。また,前述のとおり,仮に原告に登録して
いた派遣スタッフであっても被告会社に登録するかどうかは,派遣スタッフの自由
意思であるから,被告会社の全派遣スタッフを対象とするのは不当である。
(ウ) 期間的範囲①終期
原告は,自社が派遣していたスタッフ,登録していたスタッフ,派遣
先が重複しているスタッフについて,すべて原告の損害として列挙し,その上現在
に至るまで損害が継続的に発生していると主張する。そもそも,派遣スタッフは永
続的に働くことが予定されているものではなく,1回の契約期間で終了する者も多
いところ,本件の派遣スタッフはすべて原告との契約更新時に派遣スタッフらの自
由意思で移籍しているのであるから,原告の権利は何ら侵害されていないし,被告
会社に移籍した派遣スタッフによって被告会社が利益を上げたとしてもその利益が
原告会社の損害と推定されるものではない。
さらに,通常の雇用と区別するために(通常雇用者を派遣スタッフに
よる代替から保護するため),労働者派遣法(労働者派遣の適正な運営の確保及び
派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律)ないし同法施行令は,派遣期間の制
限を設けており,これを更新によって超えることはできない。よって仮に,契約更
新時の移籍も被告らの行為と因果関係があるとする場合であっても,原告の損害と
推定される被告会社の利益は契約期間1回分(被告会社での最初の契約更新時)な
いし移籍後契約終了時までの分と解すべきである。
(エ) 期間的範囲②始期
原告は,契約開始時期が平成13年12月14日である派遣スタッフ
に関しても損害算定の対象としている。しかしながら,原告が損害算定の対象とし
て主張する派遣スタッフの契約開始時期の最も早いものが平成11年5月1日であ
るから,原告が損害額算定の対象として主張している派遣スタッフの契約開始時期
には2年6か月以上の開きがある。契約開始時期の遅い派遣スタッフは,それまで
の間原告との間で複数回更新を繰り返しているものと思われるが,そのような派遣
スタッフが被告会社に転籍したとしても,それは専ら派遣スタッフの自由意思で被
告会社を選択し,登録したものであるから,原告の権利は何ら侵害されていない
し,被告会社に移籍した派遣スタッフによって被告会社が利益を上げたとしてもそ
の利益が原告会社の損害と推定されるものではない。
よって,仮に更新時に原告から被告会社へ転籍したスタッフをも損害
額算定の対象に含めるとしても,被告会社設立後被告会社に転籍するまでの間原告
において更新したスタッフをも損害の対象に含めることは妥当ではない。
(オ) 期間的範囲③派遣期間
仮に,派遣スタッフが派遣先企業に一定期間従事するという社会的事
実が存在するとしても,それは派遣会社の営業努力によるものである。原告が,損
害額算定の対象としているスタッフのうち,既に原告から派遣先企業に派遣されて
いた者もいるから,派遣先企業に一定期間従事することを前提にするとしても,原
告での派遣期間を差し引くべきである。
(3) 被告らの主張に対する原告の反論
ア 派遣スタッフの自由意思について
被告らの主張は,実質的には,中間判決で認定された被告らの行為の違
法性の点について更に蒸し返しているに過ぎないのであり,反論になっていないと
いうべきである。被告らは,派遣スタッフの時給を被告らが知らなくとも被告らは
相場より高い時給を提示することもできたし,被告会社としては時給を知りたけれ
ば派遣先企業や派遣スタッフから知ることもできたのであるから,被告会社が派遣
スタッフの時給等の情報を入手し,使用したことと派遣スタッフの移籍との間に因
果関係はないとも主張するが,派遣スタッフの時給は競合会社の情報のないまま相
場だけで決められるものではないし,派遣先企業等が派遣スタッフに関する情報を
他の派遣会社に開示するはずもないのであって,被告らの主張は実態を無視した主
張である。
イ 派遣先の自由意思について
被告らは,被告らの営業によって,派遣先企業が被告会社と派遣契約を
締結したとしてもそれは派遣先の自由意思なのであるとし,被告らの行為と原告の
損害との間に因果関係がないと主張するが不当である。派遣先となる企業が派遣会
社から労働者の提供を受けているか,どこの派遣会社を使っているのか等の情報を
入手するだけでも競合派遣会社は派遣先企業にアプローチして顧客の開拓が可能に
なるのであるから,派遣先の意思を云々するまでもなく,被告らの不正競争行為と
原告の損害との間の因果関係は明白である。
ウ 損害額の算定について
(ア) 販管費について
被告らが主張する販管費には,役員報酬,給与手当,賞与,福利厚生
費,地代家賃,広告宣伝費,接待交際費,業務委託費等様々な雑多な費用が含まれ
ており,被告会社が不正競争行為に基づき原告の派遣契約を奪わなくても支出すべ
き費用が多く含まれており,失当である。逸失利益の算定に当たって,派遣契約数
に関わりなく生じる費用も利益額から控除してしまうと,原告が被告の違法行為が
なければ得られたはずの利益額よりも控除分だけ過小な額を算定してしまうことに
なる。特に,本件においては,新規参入者の被告には,営業所の設置等,派遣業と
しての環境整備のための諸々の費用が生じるのであるが,こういった費用について
まで控除の対象とすることは,原告には全く必要ではない費用項目も控除するとい
うことであり,不当であるといわざるをえない。
被告が主張する別表B-1「ハンドハンズ株式会社販管費・販管費比
率一覧表」記載の経費のうち,原告において変動費用として控除を認めるのは,以
下のとおりであり(以下①から⑤掲記の費用を総称して「販管費中変動費」という
ことがある。),これらの合計額の販管費中に占める割合は1.9パーセントであ
るところ,すでに原告の請求においてこの費用分は控除している。
① 「2 給与手当」の費目のうち,「事務人件費」として1契約当
たり月額1250円,「渉外人件費」として1契約当たり月額3800円の範囲で
被告会社の変動費用の控除を認める。
② 「7 消耗品費」の費目のうち,「請求書用紙代」として1契約
当たり月額5円,「タイムカード代」として1契約当たり月額5円,トナー代他と
して1契約当たり月額10円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
③ 「17 旅費交通費」の費目のうち,「渉外交通費」として1契
約当たり月額600円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
④ 「18 通信費」の費目のうち,「電話FAX代」として1契約
当たり月額250円の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
⑤ 「19 支払手数料」の費目のうち,「給与振込手数料」として
1契約当たり月額800円,「代金回収手数料」として1契約当たり月額600円
の範囲で被告会社の変動費用の控除を認める。
(イ) 派遣労働者の受入れ期間の規制について
  被告らは,原告の損害額の算定が,労働者派遣法ないし同法施行令に
違反する派遣労働者の受入れ期間の扱いを前提とするものであって不当であるとの
主張をするが失当である。本件で問題となっている派遣契約には法令による派遣契
約の継続の制限はない。ただし,派遣契約の契約書面上の期間の上限が1年と定め
られ,自動更新が認められないため,いったん1年内の派遣契約期間を定め,それ
以降は合意に基づいて契約更新をしなければならないだけである。また,法令以外
で派遣期間について触れたものに「3年を超えて引き続き同一の業務に継続して派
遣労働者を従事させる場合は,正社員雇用の機会が狭められるため,直接雇用する
ことが望ましい」とした昭和64年1月の労働大臣通達が存するが,昨今の不況の
下では,むしろ「3年を超えることを理由に派遣労働者の雇用機会を奪うことのな
いように」との指導が職業安定所からなされているのであり,この通達も原告と派
遣スタッフとの契約期間を制限すべき理由にはなり得ない。
第4 当裁判所の判断
 1 争点1(原告が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに
関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,不正競争防止法上の営業秘密に該
当するか。殊に,原告会社において,当時,派遣スタッフに関する情報及び派遣先
の事業所に関する情報が,営業秘密として管理されていたか)及び争点2(被告B
及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し,被告会社
が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であることを知ってこれ
らの情報を取得し,これを使用したか)について
   争点1,2に関し証拠により認定される事実関係は,中間判決の「事実及び
理由」欄第4,1記載のとおりである。
   争点1についての当裁判所の判断は,中間判決の「事実及び理由」欄第4,
2記載のとおりである。すなわち,平成11年2月ないし5月当時,原告会社にお
いて,派遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報は,秘密として管理されていた
ものと認められるものであり,原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有して
いた「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の各人の氏名,性
別,年齢,住所,電話番号,最寄り駅,PC技能,取得資格,就業実績等に関する
情報及び「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業の名称,
所在地,電話番号,求人担当部署,求人担当者,求人内容(求めている派遣労働者
の資格・能力,労務内容,人数,労働時間,就労条件など)等に関する情報は,い
ずれも不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当するものというべきである。
   争点2についての当裁判所の判断は,中間判決の「事実及び理由」欄第4,
3記載のとおりである。すなわち,被告B及び被告Aの行為は,いずれも,不正競
争防止法2条1項7号所定の不正競争行為に該当するものであり,被告会社の行為
は,営業秘密について被告B及び被告Aによる不正開示行為があったことを知って
営業秘密を取得し,これを使用して原告会社の登録派遣スタッフに対して勧誘等を
行っているものであるから,同法2条1項8号所定の不正競争行為に該当する。被
告らの行為が民法上の一般不法行為等に該当する旨の原告の主張は,上記の不正競
争防止法上の主張との関係では予備的併合の関係にあるから,これについては判断
しない(なお,訴状には被告らに不正競争防止法2条1項14号の行為があること
を主張するかのような記載もあるが,原告は「虚偽の事実」に該当すべき具体的内
容を全く主張していない。したがって,仮に原告が訴状において同号所定の不正競
争行為をも主張しているとしても,理由がない。)。
 2 争点3(原告の損害)について
(1) 前記争いのない事実(第2,1),前記1掲記の事実(中間判決の「事実
及び理由」欄第4,1記載の事実),争点1,2に関する判断で認定説示した事実
(中間判決の「事実及び理由」欄第4,2,3記載の事実)に証拠(甲2,4,1
4,54,65,66,乙3の1ないし43,乙4の1ないし4,乙5の2ないし
355,乙16ないし20)及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認めら
れる。
   ア 被告会社は,原告の取締役であった被告Bらによって設立され,平成1
1年3月19日に設立登記を了し,被告Bが代表取締役に就任した。また,被告A
は,同年6月ころ,被告会社に入社し,営業部長に就任した。その後,平成12年
8月28日付で被告Bが退任し,後任の代表取締役には被告Aが就任した。
   イ 被告B及び被告Aは,原告に在職中,他の営業課員と同様に,派遣スタ
ッフや派遣先企業に関する詳しい情報を,手控えとして自分の手帳にメモしてお
き,これを日常の業務において利用していたが,この手控えによって被告B及び被
告Aは派遣スタッフ及び派遣先企業に関する情報を入手した。
ウ 被告B及び被告Aは,原告を辞めて被告に移る前後の時期に,上記の手
控えをもとに原告に登録している派遣スタッフに対し,被告会社への移籍を働き掛
ける内容の手紙を送付するなどの勧誘をした。また,同じく上記手控えをもとに原
告の派遣先企業に対しても,派遣元を被告会社に変更するように働きかけを行うな
どの勧誘をした。その結果,被告会社に移籍した派遣スタッフや派遣元を被告会社
に変更した派遣先企業もあった。
エ 労働者派遣業を行うためには,労働者派遣の受注を得ること,派遣先企
業からの要請に見合った人材を派遣できるように人材を確保しておくことが必要で
あり,派遣先企業や派遣スタッフの登録獲得のために事業者は広告宣伝や営業活動
を行う。しかしながら,被告会社は会社設立後,平成12年8月に初めて雑誌に求
人広告を出すまでの間は,ビルの1室で看板等も出さずに営業を行っており,雑誌
等に求人広告や営業広告を載せるなどの広告宣伝を行うこともなく,専ら上記手控
えに基づいて入手した情報に基づいて派遣スタッフや派遣先企業の獲得を行ってい
た。
オ 派遣会社は派遣スタッフとして稼働する希望を有する者を登録させ,そ
の中から派遣先企業に派遣するスタッフを選定することになる。もっとも労働者派
遣の市場は流動性があるので,派遣スタッフは常に決まった派遣会社に登録してい
るわけではなく,複数の派遣会社に登録していることも少なくない。そして,派遣
会社が,実際に派遣先企業に派遣スタッフを派遣する場合には,派遣先企業との間
で個別労働者ごとの有期派遣契約を締結するとともに派遣スタッフとの間で有期の
雇用契約を締結することになるが,これらの契約は,1か月から数か月程度の期間
を定めた契約であることが多く,労働者派遣法上の規制があるため一定の職種を除
き1年を超える契約期間が定められることはない。契約期間満了時に当事者間に異
議がなければ契約が更新されることも多いが,派遣先企業において,派遣スタッフ
の能力や派遣会社の人材管理に不満がある場合や他の派遣会社からよりよい条件を
提示された場合などには,契約を更新せず,他の派遣会社に変更することもしばし
ば行われている。
カ 平成11年5月から平成13年12月までの間,被告会社は,別表A-
1「乙5号証集計表(短期抹消改訂版)」(以下「本件派遣契約集計表」とい
う。)の「派遣先」欄記載の派遣先企業に,「スタッフ名」欄記載の派遣スタッフ
を,それぞれ「開始日」及び「終了日」欄各記載の期間にわたり派遣し,派遣料金
として各月欄記載のとおりの金額の支払いを派遣先企業から受けた。もっとも,本
件派遣契約集計表記載の派遣先企業26社のうち,「帝人デュポンフィルム株式会
社」と「インターネットセキュリティシステムズ株式会社」の2社については,原
告との間で派遣契約を締結していなかった。また,同表記載の派遣スタッフのう
ち,「C」,「F」,「D」,「G」,「E」,「H」及び「I」については,原
告における稼働実績がなかった。
キ 本件派遣契約集計表記載の派遣契約により,被告会社は,別紙被告利益
集計表記載のとおりの月別の売上を得たが,同時に概ね同表記載の割合に従って,
スタッフ給与(売上高の72.88%),法定福利費(同じく5.15%),通勤
手当(同じく3.69%)の支出をした。
(2)ア 被告会社の派遣先のうち,原告と契約関係を有していた企業と同一の派
遣先については,本件において,被告会社の派遣先企業は派遣されるスタッフに特
段の能力等を要求していたものではなく,一般的な労働者派遣の契約であったと認
められることに照らせば,被告会社から派遣された派遣スタッフが実際に原告で稼
働実績のある派遣スタッフであったかにかかわらず,そのような派遣先との契約か
ら得られる利益については,不正競争防止法5条1項により原告の損害と推定され
るべき被告会社の利益の対象となるものと解するのが相当である(ただし,対象と
なる期間については,後記のとおり限定される。)。
   これに対して,被告会社の派遣先のうち原告と契約関係がもともとなか
った派遣先は,「帝人デュポンフィルム株式会社」と「インターネットセキュリテ
ィシステムズ株式会社」の2社であるが,これらについては,前判示のとおり労働
者派遣業界においては派遣スタッフが複数の派遣会社に登録することが少なくない
ものであり,派遣会社との関係で派遣スタッフの流動性が高いこと,また,本件に
おいて,被告会社の派遣先企業は派遣されるスタッフに特段の能力等を要求してい
たものではなく,一般的な労働者派遣の契約であったと認められること,原告との
契約関係がなかった派遣先は上記2社のみであるから,被告会社としては,これら
2社に対して不正競争行為と関係なく新たに登録を受けた新規の派遣スタッフを派
遣することも可能であったこと等の事情が認められる。これらの事情に照らせば,
これら2社との契約から得られる利益は,仮に被告会社から派遣されている派遣ス
タッフが原告の登録スタッフと一致しているとしても,不正競争行為との関連性を
欠くものであって,不正競争防止法5条1項による推定を覆すに足りる事情が存す
るものというべきである。したがって,これら2社との契約から得られる利益は,
原告の損害と推定されるべき被告会社の利益から除外するのが相当である。
   上記によれば,原告の損害と推定されるべき被告の利益の対象となる派
遣契約は,被告会社の派遣契約のうちで「日本人材サービス株式会社顧客(派遣
先)名簿」記載の派遣先と同一の派遣先と締結したものに限られる。
 イ 次に,被告会社の利益を算定するに当たり控除すべき費用の範囲につい
て検討する。
   労働者派遣業者は,一定数の派遣スタッフを有し,派遣先企業との間で
派遣契約を締結して登録派遣スタッフを派遣し,派遣先企業から対価(派遣料収
入)を得るものである。派遣料収入に関しては,派遣スタッフ自身に関して直接生
ずる経費として,スタッフ給与,法定福利費,通勤手当等を要するものであるが,
派遣業者の業務は,派遣先企業の開拓,派遣先との間での交渉,契約締結や,派遣
スタッフの獲得,技能研修等の管理業務であり,人件費のほか事務管理費用等を要
するものであるから,これらの費用についても,相当な金額の範囲で費用として控
除するのが相当である。本件においては,別表B-1「ハンドハンズ株式会社販管
費・販管費比率一覧表」記載のとおりの費用が被告会社に生じたと認められるとこ
ろ(弁論の全趣旨),被告らは,派遣料収入から控除すべき費用として,派遣スタ
ッフに関して直接生ずる費用であるスタッフ給与,法定福利費,通勤手当のほか,
別表B-1「ハンドハンズ株式会社販管費・販管費比率一覧表」記載のとおりの販
管費を挙げる。しかし,被告らの挙げる販管費のうち「1 役員報酬」,「3 賞
与」,「23 接待交際費」等は,原告の損害と推定される被告の利益を算定する
際に控除すべき経費に本来当たらないものであり,他の費目についても相当な額の
範囲においてのみ経費として認められるものというべきところ,本件における被告
会社の派遣業務の内容,被告会社の規模,派遣スタッフの人数,派遣スタッフの従
事する職種等の諸般の事情を考慮すれば,本件において派遣料収入から控除すべき
販管費は,売上の7%の範囲の額と認めるのが相当である。
したがって,本件においては,原告の損害と推定される被告の利益を算
定する際には,派遣料収入から,派遣スタッフに関して直接生ずる費用であるスタ
ッフ給与(売上高の72.88%),法定福利費(同じく5.15%),通勤手当
(同じく3.69%)のほか,販管費(同じく7%)を控除すべきものである。
 ウ そして,原告の損害と推定される被告の利益を算定するに当たって対象
とすべき被告の営業期間について検討するに,前判示のとおり労働者派遣の分野に
おいては,法令上の規制もあり,派遣契約の期間は1か月ないし数か月程度の期間
が定められることが多く,加えて,派遣先企業において,派遣スタッフの能力や派
遣会社の人材管理に不満がある場合や他の派遣会社からよりよい条件を提示された
場合などには,契約期間満了後に契約を更新せず,他の派遣会社に変更することも
しばしば行われており,競業者間で互いに優良な派遣先を奪い合う状況にあること
も相まって,派遣会社は,派遣先企業との関係において,契約上の地位を長期にわ
たって安定して保障されるような立場にあるとはいえず,その立場は派遣先企業の
意思に左右される脆弱なものである。このような事情を考慮すれば,原告の損害と
推定される被告の利益を算定するに当たって対象とすべき被告の営業期間について
は,一定の期間に限定されるべきものと解するのが相当である。
   本件においては,前記認定のとおり,被告会社が平成12年8月に自ら
積極的に広告宣伝やスタッフ募集などの営業活動を始めるまでの間は,専ら被告B
及び被告Aの手控えに基づいて原告から入手した情報に基づいて派遣スタッフや派
遣先企業の獲得を行っていたものであることに照らせば,同月までの期間について
はこの期間の利益全額(ただし,控除すべき費用については前記のとおり)を上記
の被告の利益とすることが相当であるが,同年9月以降の期間については,上記の
ような事情に照らし,最初の6か月(同年9月から平成13年2月まで)について
は50%(前同)の限度で,更にその後の6か月(同年3月から8月まで)につい
ては30%(前同)の限度で算定の対象とするのが相当と認められる。
 エ 被告らの主張について
 被告らは,被告会社との間で派遣先企業が派遣契約を締結したのは派遣
先企業の自由意思に基づくものであるし,派遣スタッフが原告から被告に転籍した
のも派遣スタッフの自由意思に基づくものであるから,被告らの不正競争行為と原
告の損害との間には相当因果関係がないと主張する。しかしながら,上記において
認定したとおり,本件においては,被告Bおよび被告Aが原告から不正に取得した
情報を基に,被告会社が原告に登録している派遣スタッフや原告の派遣先企業に対
して働きかけを行い,その結果,被告会社に移籍した派遣スタッフや派遣元を被告
会社に変更した派遣先企業が出てきたのであり,前判示のように派遣会社と派遣先
企業との関係は安定的なものとはいい難く,また,派遣スタッフも必ずしも特定の
派遣会社と強固な結びつきを有するものではないにしても,少なくとも,前記のよ
うな一定の範囲の限度においては,被告らの不正競争行為と原告の損害との因果関
係は明らかというべきである。この点に関する被告らの主張を採用することはでき
ない。
 オ 小括
   以上を総合すると,本件において不正競争防止法5条1項により原告の
損害と推定される被告会社の利益は,別表A-1本件派遣契約集計表記載の契約の
うち「帝人デュポンフィルム株式会社」及び「インターネットセキュリティシステ
ムズ株式会社」を派遣先とする分を除いた契約を対象として,被告会社が受け取っ
た派遣料収入からスタッフ給与(売上高の72.88%),法定福利費(同じく
5.15%),通勤手当(同じく3.69%)のほか,販管費(同じく7%)を控
除した額につき,平成12年8月まで(100%),同年9月から平成13年2月
まで(50%)及び同年3月から8月まで(30%)の期間について算定するのが
相当であるところ,このようにして算定した額は,5669万円(不正競争防止法
5条1項による推定に基づく損害額という性質上,1万円未満は切り捨てる。)と
なる(別表C-1「契約集計表」及び別表C-2「被告会社の利益集計表」参
照)。
本件訴訟を提起するに当たり,原告がその訴訟追行を弁護士に委任したこ
とは当裁判所に顕著な事実であるところ,本件の事案の難易,請求額,認容された
額その他諸般の事情を勘案すると,被告らの不正競争行為と相当因果関係に立つ弁
護士費用の額としては600万円をもって相当と認める。
 3 差止め請求等について
原告は,被告らに対し「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」
記載の者に対する面会,勧誘行為等の差止め及び保有する原告の登録派遣スタッフ
管理名簿等の廃棄を求めている。
しかしながら,前判示のとおり労働者派遣の分野においては,派遣契約の期
間は1か月ないし数か月程度の期間が定められることが多く,加えて,派遣先企業
において,契約期間満了後に契約を更新せず,他の派遣会社に変更することもしば
しば行われるなど,派遣会社と派遣先企業との関係は安定的なものとはいい難く,
また,派遣スタッフにしても,複数の派遣会社に重複して登録する例が少なくない
など,必ずしも特定の派遣会社と強固な結びつきを有するものではないのであっ
て,労働者派遣業界におけるこのような事情に照らせば,平成11年2月ないし5
月の時点における原告の派遣スタッフや派遣先企業に関する情報は,現時点におい
ては,既に営業上の有用性を大幅に喪失しているものというべきであり,これらの
情報は,原告の現在における派遣スタッフや派遣先企業の内容とは相当程度異な
り,被告会社の現在における派遣スタッフや派遣先企業の内容とも相当程度異なる
ものと容易に推認される。
上記によれば,現時点においては,被告らに対し「日本人材サービス株式会
社登録派遣スタッフ名簿」記載の者に対する面会,勧誘行為等の差止め及び保有す
る原告の登録派遣スタッフ管理名簿等の廃棄を求める原告の請求については,差止
めの利益を認めることが困難というほかはない。したがって,原告の上記各請求
は,理由がない(なお,原告は「被告らを来訪し,又は被告ら宛てに連絡をしてく
る者に対して被告らが契約締結行為等を行うことの差止め」を求めているが(第1
「原告の請求」2),自ら積極的に被告らとの取引を求めて自発的に来訪等してく
る第三者に対して,被告らが対応することの差止めを求める請求は,そもそもそれ
自体過大な請求として差止めの必要性を欠くものであり,理由がないというべきで
ある。)。
 4 結論
  以上によれば,原告の本訴請求については,被告らに対して6269万円及び
訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな被告会社については平成12年1
1月3日から,被告Bについては同月8日から,被告Aについては同月6日から各
支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由
があり,その余は理由がない。
  よって,主文のとおり判決する。
     東京地方裁判所民事第46部
         裁判長裁判官   三  村  量  一
            裁判官   大須賀  寛  之
            裁判官   松  岡  千  帆
平成14年12月26日判決言渡 
平成12年(ワ)第22457号 営業秘密の使用差止等請求事件
平成14年9月19日口頭弁論終結
             中間判決
原      告   日本人材サービス株式会社
訴訟代理人弁護士中 村 治 嵩
同石 橋 克 郎
同中 島 泰 淮
被      告    ハンドハンズ株式会社
被      告     B
被      告A
被告ら訴訟代理人弁護士 若 山 保 宣
同西 村 浩 一
            主    文
1 原告が平成11年2月ないし5月当時保有していた別紙「日本人材サービス
株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の各人の氏名,性別,年齢,住所,電話番
号,最寄り駅,PC技能,取得資格,就業実績等に関する情報及び別紙「日本人材
サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業の名称,所在地,電話番号,
求人担当部署,求人担当者,求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力,労務
内容,人数,労働時間,就労条件など)等に関する情報は,いずれも不正競争防止
法2条4項所定の営業秘密に該当する。
2 被告B及び被告Aが前項記載の各情報を使用し,被告ハンドハンズ株式会社
に開示した行為は,いずれも同法2条1項7号所定の不正競争行為に該当する。
3 被告ハンドハンズ株式会社が,被告B及び被告Aから第1項記載の各情報の
開示を受けて,これを取得し,使用した行為は,同法2条1項8号所定の不正競争
行為に該当する。
4 被告らの行為の社会的相当性をいう被告らの抗弁は,理由がない。
            事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,別紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の
者に対し,面会を求め,電話(FAX・Eメール等を含む。)をし,若しくは郵便
物を送付するなどして派遣社員契約を締結し,又は締結を勧誘する行為をしてはな
らない。
2 被告らは,被告らを来訪し,又は被告ら宛てに電話(FAX・Eメール等を
含む。)若しくは郵便物により連絡をしてくる別紙「日本人材サービス株式会社登
録派遣スタッフ名簿」記載の者に対し,派遣社員契約を締結し,又は締結を勧誘す
る行為をしてはならない。
3 被告らは,その保有する原告の登録派遣スタッフ管理名簿及びこれに基づい
て被告らが作成した被告会社の登録派遣スタッフ管理名簿を廃棄せよ。
4 被告らは,原告に対し,連帯して1億6069万8595円及びこれに対す
る平成13年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,被告らの負担とする。
6 第4項につき仮執行宣言
第2 事案の概要
 原告会社及び被告ハンドハンズ株式会社(以下「被告会社」という。)は,いず
れも,会社,法人,団体等への一般労働者(人材)派遣事業等を主たる営業目的と
して設立された株式会社である。原告は,原告会社の元従業員(取締役)であった
被告B及び被告A(以下,この両名を「被告Bら両名」ということがある。)が,
被告Bの設立した被告会社に対し,原告会社の営業秘密である派遣労働者(以下
「派遣スタッフ」という。)の雇用契約に関する情報及び派遣先の事業所に関する
情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開示し(不正競争防止法2条1項7号
所定の不正競争行為),被告会社が,被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不
正開示行為であることを知ってこれらの情報を取得し,これを使用した(同項8号
所定の不正競争行為)と主張して,被告らに対し,同法3条に基づきこれらの情報
により知り得た派遣スタッフに対し勧誘行為を行うことの差止め及び派遣労働者名
簿等の廃棄を求めるとともに,主位的に同法4条,予備的に商法266条の3,民
法44条,709条,719条に基づき損害賠償を求めている。
1 当事者間に争いのない事実
(1) 原告会社は,昭和60年6月15日,会社,法人,団体等への一般労働者
(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社である。
(2) 被告会社は,平成11年3月19日,上記の原告会社の目的と同じ目的で
設立された会社であり,原告会社と労働者派遣事業の分野において競業関係にあ
る。原告会社の取締役営業副部長であった被告Bは,被告会社を設立し,設立と同
時に代表取締役に就任した。また,原告会社の取締役営業部長であった被告Aは,
被告会社営業部長に就任した。その後,平成12年8月28日,被告Bは被告会社
の代表取締役を退任し,同日,被告Aが被告会社の代表取締役に就任した。
(3) 原告会社は,平成11年2月ないし5月当時,同社に氏名等の情報を登録
していた別紙「派遣登録派遣スタッフ名簿」記載の各人について氏名,性別,年
齢,住所,電話番号,最寄り駅,PC技能,取得資格,就業実績等の事項を内容と
する管理名簿を作成して保有していた。また,原告会社は,そのころ,別紙「日本
人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業について名称,所在地,
電話番号,求人担当部署,求人担当者,求人内容(求めている派遣労働者の資格・
能力,労務内容,人数,労働時間,就労条件など)等の事項を内容とするリストを
作成して管理していた。
  他方,被告会社は,平成11年5月から同13年6月までに派遣スタッフ
として登録した別紙「ハンドハンズ株式会社派遣労働者名簿」記載の各人について
原告会社と同様の事項を内容とする管理名簿を作成して保有していた。また,上記
期間に被告会社が派遣スタッフを派遣した先の事業所は別紙「ハンドハンズ株式会
社顧客(派遣先)名簿」のとおりであり,これらの派遣先事業所について,被告会
社は,原告会社と同様の事項を内容とするリストを管理していた。
(4) 被告会社に登録している派遣スタッフ及びその派遣先事業所のうち,原告
会社のそれと重複するものは,被告B及び被告Aが原告会社在職中に知り得た情報
を「手控え」と称する手帳に書き留めていたものを,被告会社が入手することによ
り,知り得たものである。
2 争点
(1) 原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッフに関
する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,不正競争防止法上の営業秘密に該当
するか。殊に,原告会社において,当時,派遣スタッフに関する情報及び派遣先の
事業所に関する情報が,営業秘密として管理されていたか(争点1)。
(2) 被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会社に開
示し,被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為であるこ
とを知ってこれらの情報を取得し,これを使用したか(争点2)。
(3) 原告会社の損害(争点3)
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点1(原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッ
フに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,不正競争防止法上の営業秘密
に該当するか。殊に,原告会社において,当時,派遣スタッフに関する情報及び派
遣先の事業所に関する情報が,営業秘密として管理されていたか)について
(1) 原告の主張
ア 派遣スタッフの雇用契約に関する情報について
原告会社は,質の高い即戦力となる有為な人材を求め,毎年,多額の支
出をして,多数の求人雑誌(Bing,とらばーゆ,フロムエー,デューダ,サリダ,
アイテムなど),日本経済新聞,朝日新聞,読売新聞等の新聞広告等の求人媒体に
求人広告を掲載し,これらの求人広告を見て応募してきた求職者と面接し,人材派
遣業務概要記載の手続に従って人材派遣に必要な各種検査,測定,評価を実施し,
これらの結果を部外秘の「スタッフカード」という書面に記入し,派遣スタッフデ
ータとしてパソコンに入力・保存し,さらに人材開発課により資格取得研修やOA
技能研修等を積み重ねてその都度パソコンに新規データとして入力し,即戦力を求
める企業側のニーズに対応できるよう最新の登録派遣スタッフの人材情報として管
理してきた。原告会社のスタッフカードは,人材開発課のキャビネットに保管さ
れ,同課において管理されており,部外者が勝手に持ち出すことはできない仕組み
になっていた。
このような派遣スタッフの情報は,派遣スタッフ管理システム中の基本
情報管理サブシステムに氏名,性別,年齢,住所,電話番号,最寄り駅,PC技
能,取得資格,登録時のスキルチェックの結果等の事項が記録され,派遣スタッフ
の過去の派遣実績(就業実績)については,同じく実績情報管理サブシステムに,
就業先名,就業先部署,住所,電話番号,就業期間,時給,営業担当者,就業先責
任者,就業内容,受領金等の事項が記録され,営業課所属の課員が,営業活動によ
り入手した派遣先企業のニーズに対応するために適切な求人条件を「引合表」とい
う形で作成し,その都度人材開発課の事務職(原告会社では「コーディネータ」と
称している。)に「引合表」を提出すると,人材開発課は,「引合表」に適合する
人材をパソコン上で選択し,求人条件に合致した「スキルシート」(人材評価書。
履歴書の代用)を作成し,営業課員に提出する。営業課員は,このような方法によ
ってのみ,人材開発課の管理する稼働中の派遣スタッフ及び非稼働中の派遣スタッ
フに関する人材情報に接することが可能であった。このように,原告会社において
は,代表取締役であっても,人材開発課の管理するパソコン入力データ
にアクセスすることはできない仕組みとなっていた。
しかるに,被告Bは平成9年12月から平成11年3月31日の退職時
まで,取締役兼営業部副部長(それ以前は取締役兼人事・総務部長)の要職にあ
り,また被告Aは平成11年6月30日の辞職まで取締役兼営業部長の要職にあっ
たものであるが,両名は,業務の必要性から営業部の一部門であった人材開発課の
管理する人材情報に容易にアクセスし,業務上の必要があるとして,「手控え」と
称する各自の手帳にこれら情報を転記していた。
イ 派遣先の事業所に関する情報について
原告会社を含めて労働者派遣事業者は,多大な費用と時間を投じて営業
活動を行い,顧客先の企業から求人情報(企業の求めている派遣スタッフの資格・
能力,適性,労務内容,人数,派遣料金,労働時間,就業場所等の就労条件や取引
条件及び企業の所在地,電話番号,求人担当部署,担当者等)を集積している。営
業活動の結果集積された企業からの求人情報は,原告会社の顧客管理システムの中
で基本情報管理サブシステム(社名,所在地,取引条件など顧客に関する情報の登
録及び維持管理)と稼働実績情報サブシステム(派遣先毎の就業実績情報の管理及
び検索)とに分けて記録され,いずれも厳重にパソコンで管理されていた。
(2) 被告らの主張
原告の主張する各情報は,秘密として管理されておらず,秘密管理性を欠
き,営業秘密に該当しない。
ア 本件において,以下のような事情から,原告の主張する各情報につき,
秘密保有者が秘密保持の意思を持って,客観的に秘密として管理していたとはいえ
ない。少なくとも当該情報が秘密に当たることを客観的に認識し得る形で管理して
いたとはいえない。
① スタッフカード等に「部外秘」等の記載はなかった。
② 原告会社代表者等から被告B及び被告Aに対し,スタッフカード等が
営業秘密であり,管理に注意を払うようにとの指示はなかった。
③ スタッフカードは鍵のかかっていない書棚に収納され,営業時間外に
おいても施錠されていなかった。この書棚に,収納されているスタッフカードが秘
密であることを示す記載はなかった。
④ 原告会社には営業秘密管理規定のようなものは存せず,スタッフカー
ドの管理責任者も特に定められていなかった。
⑤ 原告会社は,従業員に対し,スタッフカード等から得た情報を権限な
しに使用・開示することを禁止していなかった。
⑥ スタッフカードを持ち出す際に,誰の許可も取る必要がなく,持出
し・返却について記録することもなかった。持出しのできる従業員を制限しておら
ず,従業員は必要に応じて持出し・返却しており,持出期間の制限もなかった。
⑦ 誰がどのカードを所持しているか一元的に把握している者はおらず,
カードの枚数等をチェックする仕組みもなかった。
⑧ 退職した従業員に対し,スタッフカードのコピーなどの入手した情報
を返還させる規定はなく,返還手続が取られたこともなかった。したがって,被告
B及び被告Aがそれぞれ退社する際に,既に両名が取得した情報について,その使
用・開示を禁止することもなく,両名のメモ等の返還も求められなかった。
⑨ 原告会社では,従業員が退社する際に,秘密保持契約を締結し,誓約
書を書かせるなどしていなかった。
イ 被告B及び被告Aの「手控え」について
被告B及び被告Aは,原告会社在籍中,派遣先の事業所に対する営業を
行っていたが,派遣会社の営業課員は,複数の派遣スタッフの中から派遣先の事業
所の要望に見合う者を選択して派遣するのであるから,営業に当たっては,複数の
派遣スタッフの情報を常時持ち歩く必要があった。そのため,派遣会社の営業課員
は,派遣スタッフの個人情報を「手控え」という形で持ち歩かざるを得ない実情に
あった(スタッフカードは,派遣スタッフを管理するコーディネータや,雇用保険
を扱う管理部にも必要な書類であるから,営業課員がスタッフカードの原本を持ち
歩くことはできない。)。派遣会社が営業課員に対しこのような手控えを作成する
ことを禁止することは不可能であり,原告会社でも禁止していなかった。派遣スタ
ッフに関する情報は,手控えの形で,営業課員毎に所持しており,スタッフカード
とは別の形で存在しており,これらの情報媒体について原告会社は何ら管理してい
なかった。
ウ パソコンによる管理について
原告会社は,パソコンによる管理について,(1)ア及びイのように主張す
るが,少なくとも被告B及び被告Aの原告会社在籍中は,パソコンによる管理はさ
れておらず,両名はパソコンから情報を入手したことはなかった。仮にパソコンに
入力されていたとしても,その情報にアクセスするためのパスワードを設定し,そ
のパスワードを一部の従業員にのみ知らせるなど不正アクセスを防止する措置を講
じることなく,誰でもパソコンにアクセスできる状態であったのなら,秘密として
管理していたとはいえない。さらに,仮に不正アクセスを防止する措置を講じてい
たとしても,パソコンのみに当該情報が存在していたわけでなく,スタッフカード
や手控え等の形で存在していたのであるから,パソコンのみを管理していたとして
も無意味である。
エ 誓約書について
原告会社は,従業員全員から誓約書を徴していたことをもって,秘密と
して管理していたことの根拠の一つとしているようであるが,甲61の誓約書の束
に被告B及び被告Aのものがないことから,少なくとも被告Bら両名が誓約書を提
出していなかったことは明らかである。このように,従業員全員が誓約書を提出し
ていたわけでないから,一部の従業員から誓約書を徴していたとしても,被告Bら
両名が当該情報を秘密と認識できた根拠とはならない。
2争点2(被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会
社に開示し,被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為で
あることを知ってこれらの情報を取得し,これを使用したか)について
(1) 原告の主張
ア 被告らの行為
原告会社は,平成9年当時,不動産投資に失敗し,倒産寸前の状態にあ
った。原告会社の現代表者Wの親族らが原告会社を買収し,新経営陣による増資等
により再建を図ったが,同年6月ころ社会保険庁から派遣スタッフの社会保険未加
入問題を指摘され,過去2年間に遡及して3億円の追徴勧告を受けたことから,そ
の資金の捻出に苦慮していた。
原告会社において,被告Bは取締役兼営業副部長,被告Aは取締役兼営
業部長という要職にあったもので,両名は,原告会社の窮状を熟知していたにもか
かわらず,これにつけ込み,原告会社の派遣スタッフを引き抜き,優良な顧客であ
る派遣先を侵奪しようと画策し,平成11年3月19日,被告会社を設立した。
被告B及び被告Aは,原告会社から開示された営業秘密を使用して,自
己又は被告会社の利益を図り,若しくは原告会社に害を加える目的で,優良派遣先
の事業所に派遣されている原告会社の派遣スタッフに対し電話や手紙で,「ハンド
ハンズは電通系でしっかりした会社であるのに対し,日本人材サービスは資金繰り
が苦しく危ない会社で,自分も日本人材サービスには見切りをつけた。」などと誹
謗・中傷をしたうえ,派遣元雇用契約を被告会社へ変更するように勧誘し,さらに
は派遣元雇用契約の条件として「被告会社と契約すれば,原告会社の時給よりも増
額する。原告会社勤務分の有給休暇を持ち越すことができる。交通費を別途支給
し,非課税扱いにする。」など社会通念を逸脱した違法な引き抜き行為により,優
良派遣先及び優良派遣スタッフを次々と被告会社に転籍させて営業規模を拡大し,
原告会社の派遣スタッフを100名以上も引き抜き,原告会社に甚大な売上減少の
被害を与えている。
原告会社が,平成11年6月30日,弁護士立会いの下に被告Aに対し
派遣スタッフの引き抜き行為の有無を問い質したところ,同被告はこの事実を認め
た。そこで原告会社が同被告に対し,直ちに派遣先の事業所及び派遣スタッフの侵
奪行為即時中止及び被害の回復措置を講ずるよう要求するとともに,派遣先の事業
所及び派遣スタッフの情報の持出しを禁じた。しかし被告Aは,反省の情を示さ
ず,「この程度で止めてやった」などの暴言を吐いて出て行った。そこで原告会社
は,弁護士を通じ被告Bに派遣先の事業所及び派遣スタッフの侵奪行為即時中止を
要求した。しかし被告会社はこれを無視し,現在も原告会社登録派遣スタッフに対
し宛名をタックシールで印刷し大量に移籍勧誘の手紙を送付したり,電話等での勧
誘行為を繰り返している。
具体的には,次のような事実が存する。
(ア) 平成11年5月10日,帝人株式会社への派遣が終了した原告会社
の登録派遣スタッフであるXが被告会社に転籍し,同一派遣先でそのまま就労して
いた事実が発覚したが,当時原告会社の取締役であった被告Aが,被害軽微である
としてもみ消した。原告会社は,同被告の関与に気づかず,同被告の報告を鵜呑み
にした。
(イ) 同年6月25日,被告A担当の富士写真フィルム株式会社朝霞技術
開発センター(以下「富士フィルム朝霞」という。)に派遣中の原告会社登録派遣
スタッフ19名が,同月30日付けの更新手続が未了のままであることが判明し
た。原告会社が調査したところ,被告Aと被告Bが共謀して,上記のような社会通
念を逸脱した違法な引き抜き行為を行い,被告Aが原告会社派遣スタッフに対し,
富士フィルム朝霞の就労はそのままにして,原告会社との雇用契約を被告会社に変
更するよう勧誘するという違法行為を行っていたことが判明した。
(ウ) 同年6月10日ころ,被告Aが,原告会社派遣先の日本NCR販売
株式会社に,被告会社派遣の派遣スタッフとして,原告会社の登録派遣スタッフ野
口美智子を紹介し,被告Aが保管中の原告会社の同女のスキルシートを持参し,原
告会社からの派遣スタッフの交代要員として採用を求めていた事実が,同年7月5
日ころ判明した。
(エ) 同年8月から9月にかけて,ミサワホーム,帝人等の原告会社の派
遣先の事業所で,結婚や遠方転居等を理由に原告会社との雇用契約を終了する派遣
スタッフが続出した。これは被告の上記のような勧誘行為によるものと見られる。
(オ) 平成12年5月30日,待機中であった原告会社登録派遣スタッフ
の小林文恵に対して,被告会社から勧誘の手紙が郵送されてきた。同女は,被告B
及び被告Aと面識がないので,原告会社に対して,手紙が送付されてきた事実を告
げて,個人情報の流用についての不安がある旨を訴えた。このように,被告Bら両
名の勧誘行為は,両名と面識のない派遣スタッフにも及んでおり,両名はこれまで
の手控え以外の手段で原告会社の派遣先の事業所や派遣スタッフに関する情報を不
正に入手して,大量に移籍勧誘の手紙を送付したり,電話等での勧誘行為を繰り返
している。
また,原告会社の優良派遣先の事業所に対して,契約先を原告会社か
ら被告会社へ変更するように申し入れていた事実も,判明している。
イ 被告らの責任について
(ア) 被告Bは,平成9年12月1日から平成11年3月31日まで原告
会社の取締役兼営業副部長の地位にあった。同被告は平成11年2月22日付け
「辞任願」を提出して同年3月31日をもって原告会社を任意退職した。同被告
は,営業副部長という要職にあって,帝人,ミサワホームなどの大口顧客を任さ
れ,営業部長を輔佐する役職として具体的決定権も広く認められ,社内での発言権
も強かった。
(イ) 被告Aは,平成2年11月30日から平成11年6月30日まで原
告会社の取締役兼営業部長の地位にあった。同被告は平成11年5月28日付け
「辞表」を提出して同年6月30日をもって原告会社を任意退職した。同被告は,
営業部長という要職にあって,最重要顧客である富士写真フイルムを自ら担当する
とともに,営業部の統括業務を行い,営業取引,派遣スタッフ募集及び部内人事に
ついての具体的決定権も広く認められ,社内での発言権も強かった。
(ウ) 被告会社の設立は平成11年3月19日であり,被告Bら両名が被
告会社を設立したことは明らかであり,被告Bら両名は,原告会社在任中から,原
告会社とその事業が競合する被告会社を設立し,原告会社を害する上記ア記載の行
為を行っていたものである。
(エ) 被告Bら両名が,上記原告会社在任期間に商法264条の競業避止
義務,同法254条の3の忠実義務ないし同法254条3項の善管注意義務を負う
ことは明らかである。
また,原告会社は,その従業員から誓約書を徴しており,在職中はも
とより,退職後も会社重要情報を他へ漏洩しないことを誓約させている。さらに,
同誓約書では,原告会社退職後2年間は,原告会社と競合関係に立つ企業に就職す
ること,競合関係に立つ企業の業務に関与すること,競合関係に立つ事業を自ら開
業することを禁じている。
人材派遣会社は,同業の会社であるテンプスタッフの登録派遣スタッ
フ名簿漏洩問題が新聞・雑誌などに取り上げられ,社会問題化したために,社団法
人日本人材派遣協会から労務・人事の管理を厳重にするよう指示を受けており,役
員のみならず従業員も,顧客や派遣スタッフに関する情報が外部に漏洩しないよう
に注意していた。毎年多額の募集広告・宣伝費用を使って登録派遣スタッフを募集
している人材派遣会社にとって,上記情報は財産的価値を有する重要な秘密情報で
あるから,この種情報の漏洩は当該企業の生死を決する重大なものであり,経営責
任を担う被告B及び被告Aらはこれを十分熟知していた。したがって,原告会社の
業務担当の取締役が守秘義務を負うのは当然である。
(オ) なお,被告らの不正競争防止法上の責任と,商法266条の3及び
一般不法行為に基づく責任とは,前者が主位的請求,後者が予備的請求の併合関係
にある。
(2) 被告らの主張
ア 被告らの行為の社会的相当性
被告らの行為は,以下に述べるように,自由競争の範囲内の,社会的相
当性を有する行為であり,何ら違法性がない。
(ア) 被告Bは,原告会社代表者となったWとの対立から,平成11年2
月22日の役員会において退職せざるを得なくなったものであり,実質的に同日を
もって解雇された。被告Bが被告会社を設立したのは,自己の生活を考えてのこと
であった。
被告Aは,原告会社の再建を企図していたが,現代表者Wの下での実
現が不可能と知り,原告会社を退職することにした。しかし,後任決定の遅れか
ら,同年6月30日まで原告会社に勤務せざるを得なかったのであり,実質的な退
社日は同年5月28日である。被告Aが勧誘行為をしたとされる同年6月10日こ
ろは,同被告が実質的に退社した日より後のことである。
(イ) 原告会社派遣スタッフが被告会社に移籍している例があるが,それ
らの派遣スタッフは,全員が原告会社との契約終了後に移籍しているのであり,契
約途中の派遣スタッフを被告会社が引き抜いたものではない。派遣スタッフがどこ
の派遣会社に登録するかは,派遣スタッフ自身が勤務条件や営業課員のケア等から
判断するものであり,派遣スタッフの自由意思の問題である。したがって,契約終
了後の派遣スタッフがどこの派遣会社を選択しようとも,問題にならないし,契約
終了後の派遣スタッフに対して,原告会社が何らかの権利を有するものでもない。
(ウ) 顧客企業の事業所に派遣された派遣スタッフにとって,職場環境や
苦情処理等のサービスを行うのは営業課員であるから,派遣スタッフの営業課員に
対する信頼は厚い。顧客企業に派遣された派遣スタッフにとっての派遣会社の評価
は,営業課員の対応がすべてであるといっても過言でない。被告Aと被告Bは,原
告会社に長年勤務し,原告会社の中心人物であったのであり,その2人が立て続け
に退社したことは,派遣スタッフの原告会社に対する信頼を損ねるのに十分であっ
た。そのような中,派遣スタッフが,被告Bら両名のいる被告会社を知れば,移籍
を希望するのは無理からぬことである。
被告Bら両名は,派遣スタッフに対する退職の挨拶の中で,なぜ両名
が原告会社を辞めたのか,今後両名がどうするかというごく自然な話の流れとして
新会社の話をした程度であり,特に原告会社を誹謗中傷したわけではないので,手
段において相当である。
(エ) 人材派遣業界も熾烈な競争が行われており,派遣先の事業所もより
よい人材を求めて複数の派遣会社にオーダーを出し,その中からよい人材を採用す
る。派遣スタッフも複数の派遣会社に重複登録し,よりよい派遣先を求める。派遣
元が原告会社から被告会社へ変更されたとしても,被告会社がよい条件を出さなけ
れば,再び原告会社へ変更されてしまう。原告の主張は,このような競争原理を抜
きにして,派遣先の事業所や派遣スタッフを既得権として固定的に捉えているもの
で,派遣先の事業所や派遣スタッフに対するよりよいサービスの提供という人材派
遣会社の存在意義を見失った失当なものというほかない。
イ 被告らの責任について
被告会社は,登記簿上平成11年3月19日に設立されているが,人材
派遣業の認可を受けたのは,同年6月1日であり,営業活動も同日から行われた。
被告Bは前記のように同年2月22日に原告会社を退社したものであるから,被告
会社での活動は,原告会社との競業関係にない。被告Aは,前記のように同年5月
28日に退社したものであり,被告会社の営業開始は同年6月1日であるから,ま
た,被告会社の代表取締役に就任したのは平成12年8月28日であるから,原告
会社との競業関係にない。
3 争点3(原告会社の損害)について
(1) 原告の主張
被告B及び被告Aによる違法な引き抜き行為のために,原告会社は甚大な
損害を被った。被告らにより違法に引き抜かれ,原告会社を退社した派遣スタッフ
は別紙損害計算書記載の43名である。この43名につき,平成11年5月1日か
ら平成13年9月末日の間の契約侵害日数に営業日数(5/7),労働時間数(8
時間),別紙追加損害計算書記載の粗利益を乗じた金額から,間接経費(副次原価
率)28.1%を控除した残額が,原告会社の逸失利益となる。その総額は918
1万4410円である。また,訴え提起後に別の原告会社派遣スタッフ26名に対
する違法な引き抜き行為があったことが判明した。この分も同様に計算すると,別
紙追加損害計算書1のとおり4927万6562円となる。さらに被告らが派遣ス
タッフ名簿を開示したことにより,派遣スタッフ22名に対する違法な引き抜き行
為があったことが判明した。この分も同様に計算すると,別紙追加損害計算書2の
とおり,1960万7623円となる。上記の総合計は,1億6069万8595
円となる。
(2) 被告らの主張
原告主張の損害額は,これを争う。
第4 争点に対する判断
1 本件における事実関係等
前記当事者間に争いのない事実に証拠(甲3,10ないし12,15ないし
19,21ないし24,26ないし53,55ないし60,67,72ないし7
4,76ないし79,乙1,2,6ないし11,13ないし16,証人S,同T,
同U,同V,被告A及び同B各本人。書証の枝番号は省略する。)及び弁論の全趣
旨を総合すれば,次の各事実が認められる。
(1) 原告会社は,昭和60年6月15日,会社,法人,団体等への一般労働者
(人材)派遣事業等を主たる営業目的として設立された株式会社である。
(2) 被告Bは,平成元年に原告会社に就職し,平成9年12月から平成11年
2月若しくは3月の退職時まで,取締役兼営業部副部長(それ以前は取締役兼人
事・総務部長)の職にあった。同被告は,原告会社社内でも被告Aに次いで古参の
従業員であり,営業副部長という要職にあって,帝人,ミサワホームなどの大口顧
客を任されていた。
また被告Aは昭和63年に原告会社に就職し,平成11年5月若しくは6
月の辞職まで取締役兼営業部長の職にあった。同被告は,原告会社社内でも最も古
参の従業員であり,営業部長という要職にあって,原告会社の重要顧客である富士
写真フィルムを自ら担当するとともに,営業部の統括業務を行い,営業取引,派遣
スタッフ募集及び部内人事について広範な決定権を与えられていた。
上記被告両名とも,派遣先の事業所を開拓し,派遣されている登録派遣ス
タッフと派遣先との連絡の役割を果たす営業部における最重要人物というべき立場
にあった。
(3) 原告会社は,平成9年9月当時,不動産投資に失敗し,多額の債務を抱
え,経営危機の状態にあった。原告会社では,この危機を営業譲渡によって乗り切
ろうとし,この件にも,取締役である被告B及び被告Aが中心的な存在として関与
した。このころ,原告会社の現代表者Wの関係者が原告会社を買収することが決ま
り,新たな経営者となったW及びその関係者は,増資することなどにより原告会社
の再建を図った。同年10月,それまでの代表者が退任し,Wが原告会社の新たな
代表者に就任した。
また,同年6月ころ,原告会社は,社会保険庁から登録派遣スタッフの社
会保険未加入問題を指摘され,未払の社会保険料を追徴される可能性が高くなった
が,上記買収の時点では,具体的な追徴額はいまだ定まっていなかった。高額の追
徴額を予想しないまま原告会社を買収したW及びその関係者は,買収後の同年11
月ころになって,過去2年間に遡及した3億円の追徴勧告を受け,その資金の捻出
に苦慮することになった。
被告Bら両名は,上記新体制に移行した後も,前記の職に留まり,引き続
き原告会社の重要な役職にあった。しかし,Wは,予想外の高額の社会保険料の追
徴を受けて資金繰りに苦しむことになったのは,被告Bら両名が,社会保険料の未
納の件について必要な報告をしなかったためであると考え,この件につき被告Bら
両名の責任は大きいと考えた。他方,被告Bら両名も,新体制に移行した後,平成
9年から11年にかけて両名を含めた取締役の報酬が再三減額されたこと,両名以
外の従業員の人事に関する問題,原告会社では登録派遣スタッフの有給休暇の買上
げを行っており,これを両名が中心となって有給休暇の付与式に改めることを提案
したのになかなか容れられなかったこと,さらにはWの経営手腕から買収交渉時に
おけるWの態度,果てはWの性格や行いに至るまで,同人に対して不信が募り,W
と被告Bら両名との仲は険悪なものとなっていった。
(4) 平成11年2月ころ,被告Bは,報酬の減額が続き,代表者にも強い不信
感を抱いており,このまま原告会社に在籍する意味もないと考えて,転職も視野に
入れて自己の履歴書を作成した。ところが,これが同被告の手違いで,原告会社の
派遣スタッフの派遣先企業の松下電器にファクシミリ送信されてしまった。このこ
とを知ったWは,被告Bを退任させる考えを固めた。この結果,同月22日ころに
開催された原告会社の取締役会で被告Bの責任が追及され,同日,同被告は辞任届
に署名せざるを得なくなった。同被告は,同年3月中旬ころまで原告会社に出社
し,引継業務を行い,同月分の報酬の支払を受け,辞任届の上では3月31日をも
って辞任することになった。
被告Bは,原告会社退職後,就職活動をしたが,はかばかしい結果を得ら
れない状態であったところ,原告会社にまだ在職していた被告Aに会い,同被告の
紹介で,同年2月中に,原告会社の派遣スタッフの派遣先企業として同被告が知っ
ていたアジアパシフィックシステム総研㈱の取締役と会った。その結果,同社が社
外事業として人材派遣業に乗り出すということになり,3月1日には早くも被告会
社を設立するという話や出資をどうするかという話がまとまった。3月19日には
被告会社を設立し,被告Bが代表者に就任した。
(5) 被告Aは,前記(3)記載のとおりWに対する不信感を募らせていたが,前
記(4)記載のとおり,原告会社にとって古参の従業員で営業部の重要人物であり,か
つ同被告と親しい被告BをWが実質的に退任させたことで,ますます不信感を増し
た。もっとも,原告会社がいまだ再建途上にあったことから,直ちに辞職はせず,
もうしばらくの間現職に留まることとした。しかし,その後もWに対する不信感が
募る一方で,同人との間の信頼関係を保てないと考えたことから,翌平成11年5
月ころ,退職を決意し,原告会社にこれを告げた。原告会社ではW,被告Bの退任
後原告会社の総務・人事等担当の取締役となったUらが被告Aを慰留したが,同被
告は応ぜず,5月26日に辞表を原告会社に提出した。その後,同被告は,少なく
とも6月30日ころまでは原告会社において引継ぎや残務処理をし,6月25日に
最終の報酬の支払を受けた。このころ,同被告は,被告会社に入社した。
その間,6月20日ころ,被告Aは,既に被告会社代表者の職に就いてい
た被告Bと共に原告会社の派遣スタッフの派遣先企業である富士フィルム朝霞を訪
れ,派遣されている原告会社の登録派遣スタッフたちに対し,自分が原告会社を退
職することになった経緯等を説明し,被告会社では有給休暇を付与制にする,原告
会社において残っている有給休暇を持ち越しできる,交通費を非課税扱いの支給方
法にする,時給も原告会社より上乗せする,原告会社は,取締役が立て続けに2人
も辞めるような会社であり,信用状態に不安があるなどといって,被告会社に移籍
するよう勧誘した。また,派遣先企業にも,同様のことを述べた。
その後,6月28日ころになって,原告会社においては,被告Aが富士フ
ィルム朝霞に派遣されている原告会社の登録派遣スタッフの契約更新手続を済ませ
ていなかったこと,同被告が通常6か月の派遣契約の契約期間を3か月に設定して
いること,上記事業所に派遣されたままで派遣元の登録を原告会社から被告会社に
移している派遣スタッフがいることなどが判明したことから,調査を開始した。調
査の結果,被告Bや被告Aの上記のような働きかけがあったことが明らかとなった
ことで,原告会社は,6月30日,被告Aを原告会社事務所に呼び出した。そし
て,同被告の辞表に,辞職の時期を「平成11年6月30日付をもって」と加入さ
せたうえ,Uらが弁護士と共に被告Aに事実を問い質し,同被告の許にある原告会
社の資料等を返還するよう求めた。これに対して,同被告は,事実を認めたが,W
に対する不満を並べ,自分の非を認めない態度を示した。また,同被告は,手許に
保有していた資料をその後も返還しなかった。原告会社では,平成11年10月1
日付けで同被告を解任した。
(6) 被告らは,富士フィルム朝霞以外の派遣先企業に派遣されている派遣スタ
ッフや,富士フイルム以外の派遣先企業に対しても,上記同様に被告会社への移籍
を働きかける内容の手紙を送付するなどの勧誘をした。その結果,被告会社へ移籍
した派遣スタッフや派遣元を変更した派遣先企業もあった。他方,原告会社がこれ
に対抗して契約条件を改善したことや被告Bら両名に不信感を抱いたことなどによ
り,移籍せず原告会社に残った派遣スタッフや,引き続き原告会社からの派遣スタ
ッフを受け入れた派遣先企業もあった。
2 争点1(原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有していた派遣スタッ
フに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,不正競争防止法上の営業秘密
に該当するか。殊に,原告会社において,当時,派遣スタッフに関する情報及び派
遣先の事業所に関する情報が,営業秘密として管理されていたか)について
(1) 原告会社の派遣スタッフ及び派遣先に関する情報と被告会社の派遣スタッ
フ及び派遣先について
原告会社は,本件において,原告会社が平成11年2月ないし5月当時保
有していた派遣スタッフに関する情報及び派遣先の事業所に関する情報が,不正競
争防止法2条4項にいう営業秘密に該当する旨を主張している。
原告会社は,平成11年2月ないし5月当時,同社に氏名等の情報を登録
していた別紙「登録派遣スタッフ名簿」記載の各人について氏名,性別,年齢,住
所,電話番号,最寄り駅,PC技能,取得資格,就業実績等の事項を内容とする管
理名簿を作成して保有していた。また,原告会社は,そのころ,別紙「日本人材サ
ービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業について名称,所在地,電話番
号,求人担当部署,求人担当者,求人内容(求めている派遣労働者の資格・能力,
労務内容,人数,労働時間,就労条件など)等の事項を内容とするリストを作成し
て管理していた(当事者間に争いがない。前記第2,1参照)。
  他方,被告会社は,平成11年5月から同13年6月までに派遣スタッフ
として登録した別紙「ハンドハンズ株式会社派遣労働者名簿」記載の各人について
原告会社と同様の事項を内容とする管理名簿を作成して保有していた。また,上記
期間に被告会社が派遣スタッフを派遣した先の事業所は別紙「ハンドハンズ株式会
社顧客(派遣先)名簿」のとおりであり,これらの派遣先事業所について,被告会
社は,原告会社と同様の事項を内容とするリストを作成して管理していた(当事者
間に争いがない。前記第2,1参照)。
これらを比較すると,まず,被告会社の別紙「日本人材サービス株式会社
登録派遣スタッフ名簿」は,4頁からなり,被告会社への登録順に第1頁~第3頁
に各頁62名,第4頁に34名の合計220名の派遣スタッフの氏名等が記載され
ているところ,このうち原告会社の名簿にも登録されていた者は,第1頁に47
名,第2頁に22名,第3頁に5名(第4頁は0名)の合計74名である。このよ
うに,始めに近い頁ほど重複者が多い,すなわち被告会社に初期に登録した者ほど
重複が多いのは,被告会社が設立当初は,原告会社に登録していた派遣スタッフを
移籍ないし重複登録させることで自己の派遣スタッフを集め,その後事業の進展と
ともに,徐々に原告会社と関わりのない新たな派遣スタッフを募集したためと認め
られる。
また,上記によれば,被告会社の派遣先の事業所は全部で26社であると
ころ,うち原告会社の派遣先と重複しているものは23社に及んでいる。
(2) 派遣スタッフ及び派遣先に関する情報の営業秘密性について
不正競争防止法2条4項は,営業秘密として保護されるための要件とし
て,①営業秘密として管理されていること(秘密管理性),②事業活動に有用な技
術上又は営業上の情報であること(有用性),③公然と知られていないこと(非公
知性)を掲げている。
人材派遣業において,派遣スタッフの管理名簿は,自己の下にある派遣労
働者の氏名,住所のほか,年齢,性別,経歴,取得資格,派遣実績等の事項を把握
するためのものであり,また,派遣先の事業所のリストは,一般企業における顧客
名簿としての性質を有することはもちろん,派遣先の事業所の派遣スタッフに対す
るニーズの内容や当該事業所における労務内容,執務環境等の事項を把握するもの
であるが,両者は,派遣先企業のニーズに合致した人員を派遣するために必要不可
欠なものである。
人材派遣業者は,これらの名簿やリストを通じて必要な情報を管理するこ
とにより派遣先企業の求める資質を有する労働者を派遣することが可能となるもの
であり,それを通じて,派遣先企業からの社会的な信用を得るとともに,利益を得
ることができる。また,これらの名簿やリストを通じての情報の管理が,人材派遣
業者間での競争において有利な地位を占める上で大きな役割を果たすものである。
このような点から,人材派遣業においては,一般に,このような名簿やリストは,
各事業者ごとに独自のものとして作成,保有され,他に公開されないものである。
一般に派遣スタッフの名簿及び派遣先のリストがこれらの要件を備えるものであ
り,原告会社のこれらの名簿及びリストも同様のものであることは,本件におい
て,被告らも争わないところである。したがって,以下では,原告会社の派遣スタ
ッフの管理名簿及び派遣先のリストについての秘密管理性の有無,すなわち,これ
らが秘密として管理されていたかどうかについて,検討する。
ア 前記当事者間に争いのない事実に証拠(甲5,7,13,25,61,
63,64,67ないし70,77,乙1,2,13ないし15。書証の枝番号は
省略する。証人S,同T,同U,同V,被告A及び同B各本人)及び弁論の全趣旨
を総合すれば,次の各事実が認められる。
(ア) コンピュータシステムによる管理
原告会社においては,平成2年からコンピュータを利用した情報管理
システムを設置していたが,平成10年6月からは,企業内ネットを利用した同シ
ステムを導入している。原告会社には,本件に関わりのある部署として,大別して
営業課,登録派遣スタッフの管理等をする人材開発課,管理部門の3つの部署があ
り,被告B及び被告Aは,このうち営業課に属していた。原告会社が導入した派遣
スタッフ管理システムである「スタッフⅢ」というソフトウェアは,ソフトウェア
会社からコンピュータ16台分ライセンスされていたところ,営業課には1台の
み,営業事務職という事務職員のところに配置されているコンピュータのみにイン
ストールされていた。このソフトウェアの派遣スタッフ管理システム,顧客管理シ
ステム,受注管理システムには,派遣スタッフの情報及び顧客の情報が入力されて
おり,営業課では上記営業事務職が上記コンピュータを操作することによってのみ
アクセスすることができた。このソフトウェアは,専用CD-ROMが必要であ
り,かつパスワード,ユーザーIDにより保護されていた。したがって,個々の営
業課員は,業務上得た派遣スタッフや派遣先に関する新たな情報を,自らコンピュ
ータに入力するのでなく,営業事務職に入力させており,また各自が自由にアクセ
スすることもできなかった。
被告B及び被告Aは,コンピュータをあまり使いこなせず,かつ上記
のとおり,営業課には情報にアクセスできるコンピュータは1台しか存しなかった
ため,コンピュータにアクセスして派遣スタッフの個人情報等を得ようとしたこと
はなかった。
(イ) スタッフカードによる派遣スタッフ名簿等の保管
他方,原告会社では,上記コンピュータに入力されている情報は,コ
ンピュータ内にのみ存在するのでなく,スタッフカードという紙片に記入された帳
簿の形式でも存在し,その原本は紙を綴るファイルに綴られて保管されていた。ス
タッフカードには,登録派遣スタッフの個人情報のほか,派遣先事業所名や職種が
記載されている。このスタッフカードは3種類に分類され,派遣先事業所に派遣中
の派遣スタッフのものは営業課の営業事務職が保管し,直ちに就労可能あるいは2
~3か月以内に就労可能な派遣スタッフのものは人材開発課で派遣スタッフの管理
等に当たるコーディネータという職員が紙を綴るファイルに綴って自分の机に入れ
て保管していた。コーディネータは,日中はこのファイルを机の上に出している
が,帰宅時は,机の引き出しにしまっていた。残りの,当面就労できる見込みのな
い派遣スタッフのものは紙を綴るファイルに綴られて,キャビネットに保管されて
いた。このキャビネットは,コーディネータの事務机に近い場所の壁際に立ててお
いてあった。このキャビネットは施錠されていないが,コーディネータの机のそば
にあることから,コーディネータに断りなくこのキャビネットを開けてスタッフカ
ードを見ることは困難な状況であった。
原告会社においては,派遣先の事業所の求める条件に合致する派遣ス
タッフを選び出すのに,コーディネータが,まずコンピュータのデータで大体の絞
りをかけ,その後,この中から,営業課員が候補者何人かのスタッフカードをめく
って人選し,最終的には営業課員が,派遣スタッフ本人に連絡を取るなどしたうえ
で決定するというやり方をしていた。
スタッフカードの原本は上記のように保管され,他の部署でも使用す
ることがあって,持ち歩くことができないことから,営業課員は,スタッフカード
をコピーしたものを使用していた。このコピーは,コーディネータが作成して営業
課員に交付したり,営業課員が自ら複写機を用いて作成したりしていた。人選過程
で最終候補に残らなかったことなどにより不要になった派遣スタッフのスタッフカ
ードのコピーについては,コーディネータのところにある篭に戻されて,用紙の裏
面を再利用されたり,シュレッダーや焼却により廃棄されたりしていたが,営業課
員の中には,これを自分でファイルしている者もいた。原告会社では,コピーの枚
数を記録したり,コピーしたものを返還させるなどはしていなかった。
なお,スタッフカードにも,キャビネットやファイルにも,「部外
秘」「持出禁止」などの記載や貼紙はされていなかった。
(ウ) 営業課員の手控え
原告会社では,派遣スタッフが派遣されている間,派遣先の事業所と
派遣スタッフを取り持つ役割は営業課員が担っている。派遣先の事業所からは派遣
スタッフの能力等に関する苦情が述べられ,他方,派遣スタッフからは労働条件や
職場環境に関する苦情が述べられることがしばしばあるが,双方から事情を聞いて
問題に対処するのは営業課員であったことから,営業課員は双方から頼りにされる
職であった。このような問題に即応するためには,派遣スタッフや派遣先の事業所
の情報について原告会社の事務所に保管されているものを利用するだけでは足り
ず,営業課員は,自分の手帳等に,手控えと称して自己の担当する派遣スタッフや
派遣先事業所に関する情報を転記して,常に携帯するなどしていた。原告会社の営
業課の中心人物であった被告B及び被告Aもこのようにしていたし,他の営業課員
も同様にこのように手控えを作成して利用していた。
(エ) 原告会社における秘密保持契約等
原告会社では,平成4年ころ,あるコーディネータが退職するに当た
り,派遣スタッフの個人情報を持ち出そうとしたという事件があった。それ以来,
原告会社では,該当部署にある従業員に誓約書を書かせて,顧客情報,派遣スタッ
フ情報,営業政策上の情報の在職中及び退職後の秘密保持並びに退職後2年間の競
業避止を誓約させていた。しかし,被告B及び被告Aは,この時期には既に取締役
であったため,誓約書を提出していない。また,平成10年1月ころには,同業他
社で派遣スタッフの個人情報の漏洩事件があったことから,社団法人日本人材派遣
協会からも,派遣スタッフの情報等の管理に十分注意をするように呼びかける文書
が同協会の会員各社に対して発せられたことがあった。原告会社では,このような
文書を回覧したりして,情報の漏洩に注意するよう,社内に呼びかけていた。
さらに,原告会社では,従業員に派遣元責任者研修会を受講させてお
り,これは被告B及び被告Aも受講している。この研修の中には,個人情報の保護
という項目もあった。
イ 秘密管理性の要件
秘密管理性の要件を満たすため,すなわち営業秘密として管理されてい
るというためには,当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であることを
認識できるようにしていること,当該情報にアクセスできる者が制限されているこ
とが必要である。本件においては,上記ア(ア)~(ウ)に認定のとおり,派遣スタッ
フ及び派遣先の事業所の情報が様々な形態で存在するが,このうち,上記情報のコ
ンピュータにおける管理状況は,ア(ア)に認定したように,秘密であることの認識
及びアクセス制限のいずれの点でも,秘密管理性の要件を満たすものと認められ
る。
しかしながら,原告会社においては,派遣スタッフ及び派遣先の事業所
の情報は,コンピュータのみで管理されていたものではなく,スタッフカードとい
う形式でも管理されていたものであるから,スタッフカードの管理が秘密管理性の
要件を満たすものであったかどうかを検討する必要がある。
上記アにおいて認定したところによれば,スタッフカード原本は紙を綴
るファイルに綴られて3つに分類されて保管されていたものであり,このうち派遣
先事業所に派遣中の派遣スタッフのものは営業課の営業事務職が保管し,即時ない
し近日中に就労可能な派遣スタッフのものは人材開発課のコーディネータが机の中
に入れて保管し,当面就労の可能性のない派遣スタッフのものはキャビネットに収
納されていたとのであり,これらは秘密として管理されていたものと認めることが
できる。
これらのスタッフカードについては,利用の必要のある都度,コーディ
ネータあるいは営業課員により複写機でコピーが作成されて,営業課員がこれを持
ち歩くこともあったというのであるが,これらのコピーの作成とその利用は,スタ
ッフカードのうちの数名分について一時的に行うものであって,多人数分のコピー
が同時に作成されるものではなく,また営業課員がこれらのコピーを保有し続ける
ことは予定されていなかったものであって,業務の必要上やむを得ない利用形態と
認めることができる。また,営業課員が自分の手帳等に自己の担当する派遣スタッ
フや派遣先事業所に関する情報を転記して携帯していたことも認められるが,これ
らも派遣スタッフや派遣先事業所の一部についての情報を一時的に転記するものに
すぎず,営業課員の業務の内容に照らせば,その必要上やむを得ない利用形態と認
められる。他方,前記ア(エ)において認定したとおり,原告会社では,派遣スタッ
フや派遣先事業所の情報の重要性やこれらを漏洩してはならないことを研修等を通
じて従業員に周知させていたうえ,該当部署の従業員一般との間に秘密保持契約を
締結して秘密の保持に留意していたものである。なお,被告B及び被告Aは,誓約
書を差し入れていないが,他の従業員との間に秘密保持契約を締結した当時,被告
Bら両名は既に取締役であったためにたまたま誓約書を差し入れていないというに
すぎず,上記情報の重要さについては一般の従業員以上に知悉していたというべき
であるから,このことをもって秘密として管理されていないとはいえない。
上記の事情を総合すれば,原告会社においては,派遣スタッフ及び派遣
先事業所に関する情報は,秘密として管理されていたものと認めることができる。
ウ 上記のとおり,平成11年2月ないし5月当時,原告会社において,派
遣スタッフ及び派遣先事業所に関する情報は,秘密として管理されていたものと認
められる。
  したがって,原告会社が平成11年2月ないし5月当時保有していた別
紙「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の各人の氏名,性別,
年齢,住所,電話番号,最寄り駅,PC技能,取得資格,就業実績等に関する情報
及び別紙「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業の名称,
所在地,電話番号,求人担当部署,求人担当者,求人内容(求めている派遣労働者
の資格・能力,労務内容,人数,労働時間,就労条件など)等に関する情報は,い
ずれも不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当するものというべきである。
3 争点2(被告B及び被告Aが上記の情報を不正の目的で使用あるいは被告会
社に開示し,被告会社が被告Bら両名によるこの開示が営業秘密の不正開示行為で
あることを知ってこれらの情報を取得し,これを使用したか)について
(1) 被告らの行為
被告B及び被告Aの行為については,前記2(2)ア(ア)において認定したと
おり,両名がコンピュータに不正にアクセスして原告会社の派遣スタッフ及び派遣
先事業所に関する情報を得たとは認められない。
しかし,前記2(2)アにおいて認定したとおり,他の営業課員と同様に,被
告B及び被告Aは,原告会社に在職中,派遣スタッフや派遣先事業所に関する詳し
い情報を,手控えとして自分の手帳にメモしておき,これを日常の業務において利
用していたものである。そして,被告会社が原告会社の派遣スタッフ及び派遣先事
業所に関する情報を得たのは,被告B及び被告Aの手控えによるものである(この
ことは,被告らも争っていない。)。
そして,前記2(1)において認定したとおり,被告B及び被告Aは,原告会
社を辞めて被告会社に移る前後の時期に,主として上記の手控えに基づいて原告会
社の登録派遣スタッフに連絡を取ったり移籍を勧誘したものと認められる(この点
は同被告らも,本人尋問において認めるところである。)。
被告B及び被告Aは上記情報をその職務上知ったものであるから,営業秘
密を保有する事業者である原告会社から示されたものであるところ,上記認定のよ
うに原告会社の派遣スタッフ及び派遣先企業を被告会社において獲得するため,す
なわち不正の競業をし,保有者たる原告会社に損害を与える目的で,これらの情報
を使用して派遣スタッフに連絡するなどし,また,これらの情報を被告会社に開示
したものである。したがって,被告B及び被告Aの行為は,いずれも,不正競争防
止法2条1項7号所定の不正競争行為に該当する。なお,被告らは,被告B及び被
告Aの退任時期を問題とするが(被告Bら両名とも,辞表上の辞任日付けよりも以
前の時点において,被告会社のために活動している。),同号所定の不正競争行為
の該当性は,営業秘密の使用ないし開示をした時点で,行為者が営業秘密を保有す
る事業者の従業員の地位にあるかどうかは無関係であり,上記被告ら両名の退任時
期との前後関係は上記の判断に影響するものではない。
また,被告会社は,設立以降,まず被告Bが代表者を務め,その後,被告
Aが代表者を務めているものであり,被告会社の行為は,営業秘密について被告B
及び被告Aによる不正開示行為があったことを知って営業秘密を取得し,これを使
用して原告会社の登録派遣スタッフ対して勧誘等を行っているものであるから,同
法2条1項8号所定の不正競争行為に該当する。
(2) 被告らの社会的相当性の主張について
ア 被告らは,概ね次のように述べて,本件において被告らの取った行動は
社会的相当性を有するものであると主張する。
① 被告会社に移籍した原告会社の登録派遣スタッフは,原告会社との契
約終了後に移籍しており,契約途中の派遣スタッフを被告会社が引き抜いたもので
はない。派遣スタッフがどこの派遣会社に登録するかは,派遣スタッフ自身が,勤
務条件や営業課員のケア等から判断するものであり,派遣スタッフの自由意思の問
題である。
② 派遣スタッフの営業課員に対する信頼は厚く,原告会社の中心人物で
あった被告B及び被告Aが立て続けに退社したことは,派遣スタッフの原告会社に
対する信用を損ねた。そのようななかで,派遣スタッフが,被告Bら両名が被告会
社に在職していることを知れば,被告会社に移籍を希望するのは無理からぬことで
ある。被告Bら両名は,派遣スタッフに対する退職の挨拶の中で,なぜ同被告らが
原告会社を辞めたのか,今後両名がどうするかというごく自然な話の流れとして新
会社の話をした程度であり,原告会社を誹謗中傷していない。
③ 人材派遣業界にも熾烈な競争があり,派遣先の企業はより良質の人材
を求めて複数の派遣会社にオーダーを出した上でその中から適切な人材を選別して
採用するし,派遣スタッフも複数の派遣会社に重複登録し,より条件のよい派遣先
を求める。原告会社の派遣スタッフや派遣先企業を被告会社が獲得したとしても,
被告会社が好条件を出さなければ,これらの派遣スタッフや派遣先企業は他の競業
会社に奪われてしまう。原告の主張は,このような競争原理を抜きにして,派遣先
や派遣スタッフを自己の既得権の対象として固定的にとらえるもので,誤ってい
る。
イ しかし,被告らの主張する上記(2)①~③の各事情は,人材派遣業の業界
において,各競業会社が,派遣スタッフの確保及び派遣先企業(顧客)の獲得をめ
ぐって競争関係に立ち,競争行為が行われることの正当性をいうものであるが,そ
のことは,不正競争防止法上の営業秘密に属する他社の情報を不正開示行為を介し
て取得して,これを使用することまでも正当化するものではない。したがって,被
告ら主張の事実は,不正競争行為の成立を妨げる事情ということはできない。
(3) 被告らの行為が商法266条の3及び民法上の一般不法行為に該当する旨
の原告の主張は,上記の不正競争防止法上の主張との関係では予備的併合の関係に
あるから,これについては判断しない(なお,訴状には被告らに不正競争防止法2
条1項14号の行為があることを主張するかのような記載もあるが,口頭弁論終結
に至るまで原告は「虚偽の事実」に該当すべき具体的内容を全く主張していない。
したがって,仮に原告が訴状において同号所定の不正競争行為をも主張していると
しても,理由がない。)。
4 結論
以上によれば,(1)原告会社が平成11年2月ないし5月当時有していた別紙
「日本人材サービス株式会社登録派遣スタッフ名簿」記載の各人の氏名,性別,年
齢,住所,電話番号,最寄り駅,PC技能,取得資格,就業実績等に関する情報及
び別紙「日本人材サービス株式会社顧客(派遣先)名簿」記載の各企業の名称,所
在地,電話番号,求人担当部署,求人担当者,求人内容(求めている派遣労働者の
資格・能力,労務内容,人数,労働時間,就労条件など)等に関する情報は,いず
れも不正競争防止法2条4項所定の営業秘密に該当し,(2)被告らの行為の社会的相
当性をいう被告らの抗弁は理由がないものであって,(3)被告B及び被告Aが前
記(1)の各情報を自ら使用し,また被告ハンドハンズ株式会社に開示した行為は,い
ずれも同法2条1項7号所定の不正競争行為に該当し,(4)被告会社が,被告B及び
被告Aから上記(1)の情報の開示を受けて,これを取得し,使用した行為は,同法2
条1項8号所定の不正競争行為に該当する。
そして,本件においては,①原告の被告らに対する差止請求につき,差止請
求の可否ないしそれが許される範囲を判断し,②原告の被告らに対する損害賠償請
求につき,認められる損害の内容及び額を判断するために,更に審理をする必要が
ある。
よって,主文のとおり中間判決する。
 東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官   三  村  量  一
裁判官村  越  啓  悦
裁判官  青  木  孝  之

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