弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     第一審判決及び原判決を破棄する。
     本件を静岡地方裁判所に差戻す。
         理    由
 弁護人清瀬一郎、同内山弘の上告趣意は、末尾添附の同人等の「上告趣意」「上
告趣意書訂正並に上告理由追加申立書」「上告趣意補充書」と各題する書面記載の
とおりである。
 職権により調査するに、本件第一審裁判所は、「被告人は、昭和二五年一月六日
午後八時三〇分頃、A方に浸入し、殺意を以つて匕首(証第一号)で就寝中の右A
の右頸部を約八回突き刺し、次いで同人妻Bの左頸部後頭部等を約一〇回突き刺し、
尚同人長女Cの頸部を上方より押えつけて、右A並に、同Bに対しては、右刺創に
よる失血のため其の場において死亡するに至らしめ、同Cに対しては、右頸部の緊
扼により即時窒息死に至らしめて右三名を殺害した後、同家において右A所有の現
金約一三〇〇円余を強奪した」との公訴事実に対し、被告人は公判廷では終始右事
実を否認していたのであるが、審理の結果第一審判決理由において判示第二として
右公訴事実の存在を認定し、その証拠として被告人の検察官に対する第一乃至第三
回供述調書中の同人の自白のほか幾多の資料を掲げているのである。そして右被告
人の自白にして真実ならば、第一審判決認定の右事実はその挙示の証拠で認められ
るのであるが、もし右自白にして真実性の乏しいものであるとすれば、右自白以外
には被告人をもつて本件の犯人であると、それだけで認めるに足る物的その他の証
拠は必ずしも十分であるとはいえないのである。そこで右自白の真実性の有無につ
いて按ずるに、第一審判決はその挙示の証拠のうちに、証人Dの第一審公判廷にお
ける、「私は国家地方警察の警部補で本件発生以来その捜査に当つていた者である
が、本年(昭和二五年)二月二三日一応窃盗犯として被告人を逮捕し本件について
追及したところ……終に同月二七日に至つて犯行を自供するに至つた。……又被告
人は現場の時計の針をアリバイ偽装の為廻した際、蓋をあけた覚えがないからガラ
スははまつていなかつたと思うと自供したので、その自供に基いて捜査した結果、
右時計のガラスは去年八月頃から割れてなくなつていた事実が判つた。……」との
供述、検察官作成の昭和二五年三月一六日附実況見分調書中の「被害者方現場の柱
時計の蓋にはガラスがない」旨の記載を証拠として掲げており、又原判決も弁護人
田中豊恵の控訴趣意第一点の主張を排斥するに当り、「また本件被害者方の柱時計
にガラスがなかつたことは、被告人の供述により警察官において、はじめて知つた
ことは記録上明白である。これらの事情は被告人の自白の任意性及び真実性を裏づ
ける情況証拠とするに足りる。」と判示しているので、第一審判決及びこれを維持
した原判決は、被害者A方柱時計の蓋にガラスがなかつたという事実は被告人が自
供したので始めてこれを知り得たことを以つて被告人の前記自白は真実であり従つ
て被告人を本件の犯人であるとする根拠の一にしているものである。
 しかし記録を精査すると、本件犯行直後である昭和二五年一月七日検察官が本件
捜査に関与した国家地方警察警部補D、a町警察署巡査部長E立会の上本件被害者
A方を検証した際の同日附検証調書(第一審判決証拠に引用す)には、「前記中央
柱の上方部には即ち第四図の如く丸型柱時計が向つて右へ約一〇度位傾いて懸つて
居り、一一時二分を針指して停まり、下部の振子のあるところの蓋が下方に開放さ
れたまゝであつた。此時検事は右柱時計を正常位に復したところ振子の振動を始め
た。」と記載されていて、この時既に捜査官及検察官は被害者方には柱時計が存在
し、それが右に傾いて一一時二分を指して停つていたことを知つて居り、且つ検察
官は、この柱時計に手を触れているのである。又その後同年一月二八日には右巡査
部長Eは、被害者方に臨み同家の箪笥並に柱時計に存する血痕を検証しているので
あるが、同日附右E作成の検証調書には、「被害現場たる六畳間北側中央の柱にか
けてある柱時計は高さ一米五〇糎の処にかけてあり、この柱時計は丸型で直径四〇
糎の大さの時計にして、該時計の向つて左側面の下部に指の跡の様な血痕二個明瞭
に附着し居り、此の状況は別添写真第四号並に時計の裏面は第五号参照」と記載さ
れ(記録第一冊第一四〇丁)、同調書には写真第四号、第五号として右時計を、柱
より取り降ろし、木箱様のものの上に置き、裏側面より撮影した写真(第四号)と
同じく裏正面より撮影した写真(第五号)とを添附しているのである(記録第一四
四丁及び第一四五丁)。して見ればこの時はE巡査部長は柱時計を柱より取り降ろ
しこれを検証しているのである。なるほど右検察官の検証調書にも右巡査部長の検
証調書にも右柱時計に硝子がなかつたことは記載されておらず、この点が始めて明
確に記載されたのは第一審判決が証拠とした検察官作成の前記同年三月一六日附実
況見分書においてではあるが、検察官は一月七日の検証の際自ら柱時計の傾斜を直
し、その時計の振子の振動し始めるのを確かめているのであるし、E巡査部長は右
一月二八日の検証の際、右柱時計を柱から取り降ろし前記の如く時計に附着した血
痕を撮影しているのであるから、もし右時計の硝子が前年八月以来割れて存しなか
つたものならば、右各検証の際、右検証に立会つた検察官乃至警察員には当然その
事実が判つた筈である。しかも被告人が本件犯行を自白したのは、証人Dの前記証
言によるも右各検証により後の同年二月二七日であるというのであるし、又被告人
のこの点に関する供述として記録に表われたものは同年三月五日附司法警察員E作
成の被告人の第九回供述調書中に「その時ラジオのすぐ横に柱にかかつていた丸型
の柱時計を、右手の人差指で長針を二回位廻わして時計を止めましたが、その時計
には文字盤の覆いの硝子がはまつて居らなかつたと思いますが、それは私がその時
に硝子のはまつている文字盤の覆いを外した覚えがないからであります。」とある
のが最初であるから、(同第四冊第一三五三丁末行より)(被告人が柱時計の長針
を二回位廻した旨の供述は同年二月二八日附司法警察員E作成の被告人第四回供述
調書に始めて表われているが〔記録第四冊第一二八〇丁裏以下〕同調書には硝子が
なかつた旨の供述記載はない)捜査官が右硝子のなかつたことを被告人の自白によ
り始めて知つたということは極めて疑わしいといわなければならない。のみならず
被告人が右自供をするに至つた経過として被告人の述べるところを第一審第三回公
判調書によつて見れば、「問、時計の針を廻したりしたことは什して言つたのか、
答、それは被害者方の内部の様子を聞かれた際、屋内を物色したりしたから色々や
つただろうと言われたので、私は新聞でラジオの事が出ていたので、それを言つた
のです。私は実際には其の家へは行かなかつたのですが、二月二八日図面を書けと
言われてそれを書いた訳です。その時ラジオの横に時計を書いたのです。するとそ
の時計を当らなかつたかといつたのです。そして什の様に当つたかと聞くので私は
針を動かしたと、それは新聞に出ていたので少し触つた丈だというと、もつと細か
く言えと言うので針を廻したと言つたのです。問、時計に硝子が嵌つていなかつた
と述べた点は什うか。答、それは時計の針を廻したと言つた際蓋は什うしたと言つ
たのです。それで私は判らないと言うと、それでは蓋は開放してあつたのかと言う
ので、私は開けたとか、閉めたとか言うと今度は鍵があつたか什うしたかとか言わ
れると思つて蓋は什うなつていたか知らない、気がつかなかつたと言つたのです。
すると蓋を開けなければ針は動かせないから針を動したのなら、それでは蓋がない
事になるが蓋はあつたのかなかつたのかというので、私は蓋があつたかなかつたか
は判らないが、蓋は気が付かなかつたと言つたのです、問、被告人は時計の蓋があ
つたかなかつたか判らないといつたのか、答、唯蓋は当らなかつたと言つたのです。」
(記録第七八二丁以下七八九丁)というのであり、被告人が犯行を自白していた当
時検察官に対してした供述を録取した検察官に対する被告人の昭和二五年三月一二
日附第一回供述調書によれば、被告人は検挙前既に新聞紙により「被害者方の時計
は、格斗したか何かぶつかつたかして止まつていたが、故意に止めたのではないか
ということ」を知つていたというのであるから、時計に硝子がなかつたとの事は、
被告人が自ら実験したところを述べたものか、又は警察員の追及に対し、新聞紙等
により伝聞した知識に基き想像して述べたものであるか不明であつて、右時計に硝
子が存しなかつたとの事実は、被告人の自白があつて始めて捜査官が知り得たこと
明白なものとは断定し難いところである。むしろ捜査官においては被告人が自白す
る以前既に十分これを知つていたものではないかとの疑の強いものである。従つて
被告人が右事実を自供したからといつて直ちにその自白に真実性ありとすることは
できず、又これを以つて直ちに被告人が本件の真犯人であると断定することもでき
ない。
 次に被告人が被害者等を殺害したものならば、本件は成人の男、女二人の各頸部
を匕首で夫々数回突刺し、被害者等は共に多量の出血をなし、その血は附近に積み
重ねてあつた箪笥の抽出の相当の高さの処迄飛散しているのであるから(前記一月
二八日の警察員検証調書)犯人たる被告人の着ていた衣類にも相当量の血液が附着
することが普通と考えられるのである。然るに被告人は当時着ていた茶色ジヤンパ
ーには血は附いていなかつたと述べ本件犯行のあつた一月六日以降同月末までこれ
を着ていたと供述しているので右茶色ジヤンパーには少くとも肉眼により識別でき
るような血痕は附着していなかつたのであるから、この点も亦被告人の前記自白が
真実に合するものかを疑わしめる一事由である。しかし殺害の方法、その時の犯人
と被害者との位置の如何によつては、犯人の衣服に肉眼で識別できる程の血液は附
着しないこともあり得ることであるから、肉眼では判らなくとも科学的検査の結果
もし被告人の着用していた衣服又は所持品等に被告人のA型血液型(被告人の血液
型は医師F作成の鑑定書〔記録第二冊第五六四丁〕によればA型である)とは異り
本件被害者両名の血液型であるB型と断定のできる血液型の人血を検出することが
できたとすれば(被害者両名の血液が何れもB型であることは第一審判決証拠説明
に示すとおりである)この事実は被告人の前記自白の真実性を保障し、被告人が被
害者A同Bを殺害した犯人であると認むべき有力な証拠となり得るであらう。
 しかしこの点に関し、第一審判決は、証拠として、警察技官G、同H、同I作成
の鑑定書中「被告人が着用していた茶色ジヤンパー(証第一三号)の左右袖口より
人血を認め、この部よりの血液型はB型のように思われる結果を得た」旨の記載、
及び医師J作成の昭和二五年四月七日附鑑定書中「被告人の所持せる白木綿ハンカ
チ一枚(証第一六号)には、全体にA型物質が附着し、一部には人血らしきものの
附着を認め、この部分はAB型と思われる反応を呈す。即ちA型物質の附着せるハ
ンカチにAB型若しくはB型の人血らしきものが附着すと考えらる。」旨の記載を
掲げている。ところが右茶色ジヤンパーは被告人が昭和二四年暮から引続き同二五
年一月末まで着用していて、本件犯行のあつた一月六日当時も着用していたもので
あるというが(被告人の自供記録第三冊六三〇丁裏、証人K証言同六六九丁)、こ
れをその後洗濯したとの事実を認むべき証拠は記録に存しないのである。そして前
記警察技官G外二名は、右ジヤンパーに人血が附着しているか否かの鑑定を命ぜら
れ、第一審判決が証拠として援用した前記鑑定書を作成したのであるが、その鑑定
書によれば、「茶色ジヤンパーに先ずルミノール螢光反応を実施して見ると、右袖
口は前方、左袖口は後方外側より内側かけて右は一四×一二糎、左は九×一四糎の
範囲に限局した弱い螢光を認めた。 この部よりのべンチヂン反応は陽性であつた。
其処で右袖外側から「1」「2」「5」「7」「B」の、左袖外側より「A」左袖
内側より「3」「4」の資料を切りとつた。尚対照としてジヤンパーの背中下部裏
側の約一糎程の縫込をすそより約一〇糎上部で二・〇×一・〇糎を切り取つた。こ
れを「6」とす。これらの切りとつた片々の人血反応を行つて見ると、「7」「5」
「4」「3」よりは陽性に、「1」よりは陽性とは思われるが不詳に、「2」より
は不詳に、対照の「6」よりは陰性に夫々現われた。尚「A」「B」は疑陽性で不
詳であつた。これら茶色ジヤンパーの血液型は別表(省略)のようである。又茶色
ジヤンパーよりの血痕反応は両袖にのみ認められ他には認められないようである。
 又茶色ジヤンパーの前対照資料よりは、血痕の反応は陰性である。
 考察、茶色ジヤンパー左右の袖口より九ケ所を切り取り血痕反応、人血反応を行
いその結果をまとめると、「7」「5」「4」「3」部よりは陽性の反応を認めら
れるが他より不詳の結果を得ている。其処でこの四ケ所の血液型はどうかと見ると、
「4」「3」と「7」よりはB型とも思われる反応を示し「9」「A」「B」は不
詳となつた。又人血反応が最も不明瞭であつた「2」よりはA型とも思われる反応
を示している。この血液型検査に於て対照を一つは血清のみのもの、も一つは血痕
の認められない最も汚染されていない部から検査物と全く同様の操作で対照試験を
行つて見ると、ジヤンパー自体がA型に反応して来るのである。その反応は非常に
著明である。このように血痕の附いていない服自体よりA型の反応を認められると
いうことは、服の持主がA型であり長い間に分泌物が附いていたものとも思われる。
何れにせよ服自体がA型を示しているのであるから、これに人血が附いた処の血液
型検査成績はこの附着していただけの型的の変化が加わつている筈である。そこで
血清のみの対照、資料自体の対照と人血反応陽性部よりの成績を比較して見ると、
「4」「3」「7」が僅かではあるが抗Bの吸着が認められ、しかも抗Aの吸着が
著明でないことよりB型の型的物質を持つているのではないかと推定出来る。その
上これらは人血の反応を示しているものである。然しその差が非常に微妙なので断
定したことは云い難いのであるが、非常に薄められたB型の血液が附いていたと思
えぬことはない。尚「A」「B」も前記の考え方より云えば、B型のような反応を
示している事になるが、これらは異つた血清でしかも比較的高い凝集価の処で血液
型検査を実施した三回の成績の平均であるので、他と比較するのは穏当でないので
不詳と云わざるを得ない。又「2」は人血の認められなかつた所であるが、この反
応は対照と殆ど同様であり微量ではあらうが血痕の認められる所の成績と相当差を
生じて来ることは面白い現象である。袖の外部ではあるが或は自己の体液のような
ものでも着いたのかもしれない。「1」に於ては抗A、抗B共に同じ程度に吸着さ
れているので判定困難であり、「5」においては抗Bが著しく吸着されているがこ
れに相当して抗Aの方も吸着されていることよりこれまた判定困難という結果にな
つている。以上の所見、考察等より左に鑑定をする。鑑定、茶色ジヤンパーに関し
ては、左右袖口より人血を認めこの部よりの血液型はB型のようにも思われる結果
を得た。尚袖口部の人血は相当稀薄せられたようである。」(記録第三冊第五八〇
丁乃至第五八六丁)と記載されているのであつて、右ジヤンパーはその左右袖口の
僅な部分にのみ人血を認め、その部より切り取り試験した切片九個のうち前記「4」、
「3」、「7」の三片のみは「断定したことは云い難いが非常に薄められたB型の
血液が附いていたと思えぬことはない」という極めて不確かな鑑定結果を報告して
いるのである。又被告人の所持していた白本綿ハンカチ(押第一六号)は被告人が
本件犯行を自認していた当時の供述を録取した検察官作成の被告人の第二回供述調
書(昭和二五年三月一四日附)によれば、被告人が犯行後b川の河原で手を洗つた
時拭いたもので、その後洗濯をしたことはない(記録第四冊第一五一八丁裏)とい
うのであるが、このハンカチに対する人血の鑑定の結果は、第一審判決が証拠とし
た医師J作成の鑑定書によれば「三、検査、白木綿のハンカチに暗室においてルミ
ナール液を噴霧するに三ケ所に淡く発光を呈せる部あり。前記発光部を鋏にて切断
して生理的食塩水に浸出す。之を(1)(2)(3)とす。対照として非発光部の
生理的食塩水浸出液を作製し之を(4)とす。前記浸出液に氷醋酸加ベンチヂン溶
液を一滴加え、更に三%過酸化水素水を滴加するに(1)(3)のみ微かに青色を
呈す。細少試験管に抗人血色素血清を少量取り、之に前記浸出液を管壁を伝つて静
かに重畳せしむるに、二〇分後において(1)のみ僅かに白色輪を生ずるを認む。
前記浸出液を濃縮せる後、凝集素吸着法を実施するに、(2)(3)(4)は共に
A型なるも(1)のみAB型と推定される結果を得たり。四、鑑定(一)血液らし
きものの附着を認められる。(二)一部に人血とも思われるものが附着するを認む。
(三)血液型はハンカチ全体にA型物質附着するを認め、且つ人血らしきものの附
着せる部はAB型と思われる反応を呈す。即ちA型物質の附着せるハンカチにAB
型若しくはB型の人血らしきものが附着せると考えられる。五、説明、(一)検査
ルミナール試験は血液の予備試験にして、ルミナールは血液にあふと青白色の螢光
を発す。即ち三個の血液らしきものの附着を認むるものである。尚べンチヂンも同
様に血液の予備試験である。抗人血色素血清は人間の血色素とのみ反応を呈し且つ
人血以外のものとは反応せず。依つて本資料は僅かに反応あるものと認められるも
断定する程強く反応せず。人血らしいと判定するに過ぎず。血液型は、ハンカチ全
般的にA型物質を証明するも(1)の部は弱いがAB型の反応を表わす、即ち極少
量のB型若くはAB型物質が附着しあるものと考えられる。」(記録第二冊第五七
六丁乃至第五七九丁)と記載されているのであつて、右ハンカチに附着していた血
液のうち(1)の部分だけが断定はできないが人血らしいというのであり、又その
血液型も、B型若しくはAB型であるというのであつて、これ亦明らかに被害者A
及び同Bの血液型であるB型の人血が附着していた事実を断定したものではない。
してみれば前記各鑑定書は何れもこれだけでは被告人の着用し若くは所持していた
茶色ジヤンパー及びハンカチに附着した血液が被害者の血液型と同型のB型人血で
あるとは断定できないものであるから、これを以つては直ちに被告人の自白が真実
のものであり被告人が本件の真犯人であるとの根拠とするに足りないものである。
 又被告人が検察官から押収にかゝる匕首(押第一号)を示された際それ迄一度も
示されたことがないのに、右匕首は被告人が殺害に使用したものに相違ないがその
時より柄が一寸短くなつていると述べたとの事実も、被告人は検挙前既に新聞紙に
より本件犯行に供せられた「匕首の柄は、M楽器株式会社でできたものらしくその
柄はプロペラに用うる木であつた」との事実を知つていたと検察官に述べているの
であるから(記録第四冊第一四九六丁)新聞紙に掲載されていた右事実から想像し
て前記の如き供述をしたのかもしれない。故にこれを以つても直ちに被告人の自白
が真実であるとすることはできない。しかのみならず前記匕首を被告人が入手した
経過として被告人の供述するところは、第一審判決が証拠説明において摘録するよ
うに、「本年(昭和二五年)一月六日午後七時頃N下駄工場から下駄でも盗むつも
りで、同工場の裏の板戸を開けようとしたが開かなかつたので、工場の椽の下から
入ろうと思い工場の入口の方へ行き、渡り板の横の羽目板のない所から椽の下に入
つて二尺程もぐると、左側の羽目板の脇に白い木綿に包んだ物を見附けた。何だろ
うと思つて手に取つて外へ出て見ると、白い布片に革鞘に入つた匕首と国防色のラ
シヤ地の手袋右手片方が包んであつた。私は之があれば見附かつた時は之で脅して
逃げることもできるから、下駄など取らず何処か他所へ泥棒に入ろうという気にな
つた。」というのであつて極めて異常なものである。しかも右匕首は日本刀を切断
し、マホガニー材を以つて柄とし、これを膠により刀身に接着し、「O」と刻印の
ある革鞘に納めた特殊なものであつて(M楽器株式会社P作成の鑑定書記録第二冊
第五六七丁)右柄のマホガニー材はM楽器株式会社において使用されるものの如く
であることは記録上判明しているのに、この匕首の出所就中如何にして右匕首が前
記N下駄工場の椽の下に投入されていたのかについては、記録上何等明確にされて
いないのである。してみれば、被告人が右匕首を入手するに至つた事情については
被告人の前記異常な自供の他これを裏書する何等の証拠もないのであつて、右被告
人の供述は全く仮空のものであるかもしれないのである。従つてこの匕首が手に入
つたからこれを用いてA等を殺害したという被告人の自白はこの点においても又そ
の真実性に著しい疑を抱かざるを得ないところである。なお被害者方裏口に存した
足跡の大さと被告人のはいていた運動靴の大さとが一致するか否かについても、争
のあるところである。又、被告人が証人Qに対し第一審判決が証拠として摘録する
ような述懐をしたとの事実も亦にわかに被告人の自白を真実であるとする根拠とす
ることはできない。
 本件記録に表われた捜査の経過、被告人の供述、その他各種の資料を仔細に検討
するときは、前叙の如く被告人の警察員、検察官に対する右自白は真実性の乏しい
ものではないかと疑うべき顕著な事由が存するのである。刑訴四一一条は「左の事
由があつて原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると認めるときは、原判決を
破棄することができる」として、その三号に「判決に影響を及ぼすべき重大な事実
の誤認があること」と規定しているのであつて、上告裁判所が同条項により原判決
を破棄できるのは、判決に事実の誤認があることを確認したことを要するが如くで
あるが、公訴事実について自ら事実審理をする権能のない上告裁判所においては、
原判決に如何なる事実の誤認があるかを確定することができない場合もあるから、
右刑訴四一一条三号の法意は、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認があると
疑うに足る顕著な事由があつて、もしこの疑が存するにかかわらず原判決を維持し
その判決を確定させたとすれば著しく正義に反するときは、原判決に法令の違反は
なくても、これを破棄することをも上告裁判所に許したものといわなければならな
い。そして前記のように被告人の自白の外には被告人を本件の犯人であると確定で
きるような物的その他の証拠がないのに拘らず、被告人の右自白の真実性が疑われ
る本件においては、右自白を証拠として被告人に前記犯罪行為があるとして死刑を
言渡した本件第一審判決の事実の認定は正当であるか否か不明であるから、本件第
一審判決には、その判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認を疑うに足る顕著な
事由があつて、同判決及びこれを維持した原判決を破棄しなければ著しく正義に反
するものといわなければならない。よつて上告趣意に対する判断をするまでもなく
刑訴四一一条三号、四一三条に則り本件第一審判決及び原判決を破棄し本件を第一
審裁判所である静岡地方裁判所に差戻すべきものとし、主文のとおり判決する。
 この判決は全裁判官一致の意見である。
 検察官 熊沢孝平出席。
  昭和二八年一一月二七日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎

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