弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を左のとおり変更する。
     控訴人は被控訴人に対し、金三二二万円およびこれに対する昭和四四年
一月一八日から支払ずみに至るまで年五分の金員の支払をせよ。
     被控訴人のその余の請求を棄却する。
     訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを一〇分し、その七を控訴人の負
担とし、その余を被控訴人の負担とする。
     本判決中被控訴人勝訴部分に限り、被控訴人が金一〇〇万円の担保を供
するときは、仮に執行することができる。
         事    実
 控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第
一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、「控訴
人の控訴を棄却する。」との判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に付加するほかは、
原判決事実欄に記載のとおりであるから、これを引用する。
 控訴人において、当審証人Aの証言を援用した。
         理    由
 一、 訴外Bに控訴人の代理権があることを前提として被控訴人が控訴人に対し
売買代金の返還を求める請求についての当裁判所の判断は、次に付加するほか、原
判決のこの点についての判断と同一であるので、該部分(理由一および二)を引用
する。ただし、原判決七枚目表八行目の「甲第二ないし三号証」を「甲第二ないし
四号証」、七枚目末行の「外務社員であつた」から八枚目表二行目の「明らかであ
る。」までを「外務社員であつたことが認められる。そうすれば、Bのなした前記
売買契約は、同人が控訴人を代理して売買契約を締結する権限がないにもかかわら
ずになした無権代理行為であるといわなければならず、同人に代理権があることを
前提として売買代金の返還を求める被控訴人の請求の理由のないことは明らかであ
る。」と各改める。
 二、 次に、控訴人は民法一一〇条による表見代理に基づいて責任を負うべきで
あるとの被控訴人の主張について判断する。
 原審証人B、Cの各証言、当審証人Aの証言によれば、前記Bは控訴人の外務社
員として月払建築の勧誘をなし、顧客からその申込があつたときは申込書を徴し第
一回払込金を受領して控訴人所定の用紙により控訴人名義のその旨の受領書を発行
する権限を与えられていたが、控訴人の行なう分譲地の買受の申込みを受けつけ、
その申込金等を受領する権限は与えられておらなかつた。しかし、被控訴人の代理
人DはBの右権限の範囲を知らず、本件土地分譲契約の締結についても同人が権限
を有するものと信じて前記売買契約をしたものであることが認められる。そして、
Bが顧客から分譲地買受の申込みを受けたときは控訴人の本社不動産部にとりつが
なければならず、右申込みの受付等一切の事務はそこでなされる建前になつていた
ことは前記のとおりである。
 そこで被控訴人代理人Dが相手方代理人Bの右権限行為をその権限内の行為と信
じたにつき正当な事由があつたかどうかを考えるに、前記各証言を綜合すれば、右
被控訴人代理人Dは、Bから昭和四三年二月中旬頃控訴人の造成にかかる武蔵野台
地第二分譲地の買受方を勧誘され、現地を検分したうえその一部を買い受けること
とし、手附金八八万円をBに交付したが、Bから右土地は応募者多数で抽選にはず
れたと知らされ、売買契約書を作成するまでに至らなかつた。その後右土地の代り
として本件土地の購入方をすすめられた。その際Bから、本件土地はいつたん名古
屋の人が買い受けたのであるが、その人はこれを転売することを希望しているの
で、控訴人がこれを買い戻して転売することになつており、この転売については自
分が控訴人から一切の権限を与えられている旨の説明を受け、昭和四三年三月一三
日同土地を金四六〇万円で買い受けることとし、名古屋の人の希望で至急内金三五
〇万円を支払つてもらいたいと要求されて前記八八万円をこれに充当して残り二六
二万円を同日中間金名義でBに支払い、その後昭和四三年五月四日残額一一〇万円
をBに支払つて売買代金の全額の支払を了したことが認められる。
 前記証人B、Dの各証言によれば、甲第一号証は、本件土地の売買契約の際Bが
作成して被控訴人の代理人Dに交付した売買契約書であり、甲第二号証は、Dが前
記八八万円をBに交付したときにBが作成してDに交付した領収証であり、甲第三
号証および同第四号証は、Dが前記二六二万円および一一〇万円をBに交付したと
きにBが作成してDに交付した領収証であることが明らかである。ところで、右甲
第一号証においては、売主の表示として「日本電建株式会社新宿支店」のゴム印が
押捺され、その名下に「京増」の印影が押捺され、立会人としてBの署名捺印がな
されているが、控訴人の代表取締役、支店長等の氏名も記載されず、会社印も押捺
されておらず、しかも、当審証人Aの証言によれば、右甲第一号証は市販の用紙で
あつて、控訴会社所定の専用の契約書用紙でないことが認められる。原審証人Bの
証言によれば、甲第二号証ないし第四号証の領収証の用紙は専ら控訴人の月払建築
契約の申込金等の領収の際に用いられるものであつて、分譲地の売却の際の申込金
あるいは売買代金の領収のために用いられることはないことが認められ、しかも、
このことは、同号証の裏面に記載されている注意事項を見れば何人にも容易に理解
しうることが明らかである。上の事実関係によれば、控訴人のように、手広く不動
産関係の取引を営業としている会社が、上記のような市販の売買契約書用紙を用
い、かつその記載の内容体裁においても一見明らかに異例、異常な契約書をもつて
売買契約を締結したり、月払建築申込金領収証用紙を用いて土地の売買代金の領収
証を発行したりすることに対しては、たとえ被控訴人代理人のようにこの種の契約
締結の経験に乏しく、しかも法律に格別の知識のない一般人であつても、この種取
引に通常必要とされる注意力をもつてすればかなり深い疑惑、すなわち右契約の締
結が果して控訴人会社の正規のルートに従つてなされたものかどうか、Bが果して
その公言するごとく控訴人から売買契約締結、代金受領等の権限を与えられ、その
正当な権限行使として契約締結等の行為に及んでいるものかどうかについてかなり
大きな疑惑をさし挾むべきが当然であつたといわなければならず、しかも、右甲第
二号証ないし第四号証には控訴人の電話番号も記載されているのであるから、被控
訴人の代理人Dにおいて右疑惑の解消のために控訴人に対しBの代理権の存在を確
認することも極めて容易になしえたであろうことが推認される。しかるに、同人が
これらの処置をとらず、Bの控訴人から一切の権限を与えられている旨の言を軽信
して本件売買契約を締結したのは、被控訴人の代理人たる右Dに取引上要求される
慎重な配慮を欠く過失があつたといわなければならず、結局Bが控訴人の代理人と
して本件売買契約を締結する代理権があると信ずるにつき正当の事由を有していた
ものということができない。したがつて、表見代理を理由として本件売買代金の返
還を求める被控訴人の請求の理由のないことは明らかである。
 三、 次に、控訴人は民法七一五条に基づいて責任を負うべきであるとの被控訴
人の主張について判断する。
 成立に争いのない甲第六号証ないし第一六号証、原審証人B、Dの各証言によれ
ば、次の事実が認められる。すなわち、Bは、昭和四二年九月控訴会社に外務社員
として雇われたものであるが、その以前昭和四二年五月一日から約一か月間被控訴
人方に勤めたこと等があつて、被控訴人の母Dと親しい関係にあり、被控訴人家に
出入りしていた。このようなことから、Bは、Dが被控訴人のため分譲宅地を入手
したいと希望していることを知り、控訴人の分譲地を紹介するようになつた。
 そして、Bは、昭和四三年二月控訴人が造成した第二武蔵野分譲地をDに紹介し
て、現地に案内したところ、同人はそのうちの二区画を買いたいとBに申し込ん
だ。そこで、Bは控訴人の本社に問い合わせたところ、同区画はすでに売約済であ
ることが判明した。ところで、Bは、その頃控訴人のために集金した金を使い込
み、その穴埋めに腐心していたときであつたので、Dが自分を信用しているのに乗
じて金員を騙取しようと考え、右分譲地が売約済であることを秘してその売買手附
金名義で同人から八八万円の交付を受けた。そして、Bは、その後Dに対しては右
分譲地は抽選に外れたと偽り、その代替地として本件土地の買取方をすすめ、同土
地もすでに他に売却済であつたにもかかわらず、その売却先から容易に買戻ができ
るから、控訴人が買い戻したうえ売却すると嘘言を弄し、Dをその旨誤信させ、本
件売買契約を締結させ、売買代金名義で前記八八万円をその一部に充てることと
し、残額三七二万円を交付させてこれを受け取り費消した。このような事実を認め
ることができ、その反証はない。これによつてみれば、被控訴人が控訴人の使用人
であるBの不法行為によつて金四六〇万円の<要旨第一>損害を受けたことが明らか
である。そこで控訴人が右Bの不法行為により被控訴人に加えた損害につき 第一>民法七一五条の規定による使用者としての賠償責任を負担するかどうかを考え
るに、控訴人は、控訴人会社においては宅地の造成分譲をその事業内容の一つとし
ているものの、これについてはすべて本社営業部の所管事項とされ、支店はこれに
ついて関与せず、ことに前記Bの所属する新宿支店は月払建築契約の勧誘に関する
事務のみを取り扱うにすぎなかつたのであるから、Bの前記行為は、その職務権限
の範囲外の行為であるばかりでなく、その職務内容および範囲とは全く関連性のな
い行為であり、その外形上においても控訴人会社の事業の執行についてなされた行
為と目することをえないから、民法七一五条による責件を負担すべきいわれはない
と抗争し、控訴人会社における職務分掌の建前が右主張のとおりであることは、原
審証人E、当審証人Aの各証言によつて明らかである。しかしながら、Bの属する
新宿支店の外務社員は、たとえ土地売買契約に関する事務を所掌するものではない
としても、顧客に対して控訴人の分譲地の買受方を勧奨したり、右買受の申込があ
つたときはこれを本社に取り次ぎ、これに関連して売買契約締結やその履行につい
てある程度の事務連絡等の行為をも行なうことが容認されていたことは、前掲A証
人の証言からもこれを窺うに足りるのであつて、その意味においては、右外務社員
は、控訴人会社における宅地分譲の事業の本体についてはその所掌事務の範囲外で
あるとしても、事業の執行全体からみれば全くの無関係者とはなし難く、宅地分譲
の本体の事務の延長線上において顧客との接触面において事業遂行の一端を分担し
ているものというべく、その程度の関連性が存する限り、前記Bがなした契約の締
結、代金の受領等の一連の行為は、たとえそれが無権限の行為であつても、外形上
同人による控訴人会社の事業たる宅地分譲業務の執行行為としての性格をもち、控
訴人に対し民法七一五条による責任を生ぜしめるに十分であると認めるのが相当で
ある。よつて被控訴人の主張は理由があり、控訴人の上記主張は採用できない。
 <要旨第二>ところで、控訴人は、被控訴人がBに本件売買契約締結の権限がある
と信じたについては過失があるとして過失相殺を主張するので、この点
につき判断する。
 本件売買契約の締結においては、一般人として取引に通常必要とされる注意力を
もつてすれば、何人もBの控訴人を代理して右売買契約を締結する権限を有するこ
とにつき疑いをもつのが当然であり、そして、その代理権の存否につき容易に確認
することができたのにこれが手段をとらず、同人が従前被控訴人のもとで働いてい
たことがあつた等のためたやすく同人を信用し、同人が右売買契約を締結する権限
ありと軽信し、これにより本件損害が発生したものであることは、前記二および三
の冒頭において認定判断したとおりである。してみると、仮にBの不法行為自体に
は宥恕すべき事由がないとしても、少なくとも同人の使用者たる控訴人との関係に
おいては、その損害賠償額を定めるにつき被害者たる被控訴人の右過失をしんしや
くすべきが相当である。けだし、使用者は民法上被用者の権限外行為によつて他人
に与えた行為につき一種の無過失責任を負担せしめられるわけであるが、そのよう
な損害を生ぜしめた原因の一斑が被害者においてその過失によりこれを右被用者の
権限内行為と誤信したことにあるとすれば、かかる過失を右使用者の負担すべき損
害額の決定につきしんしゃくするのが過失相殺を認めた法の趣旨である公平の原則
に合致するというべきだからである。この観点から、本件においては上記被控訴人
の過失の程度態様を考慮し、被控訴人は少なくとも三割の程度の責任を負担するの
が相当であると判断する。
 そうすれば、控訴人は被控訴人に対し上記被控訴人の実損害の七割に相当する金
三二二万円およびこれに対する不法行為の後である昭和四四年一月一八日以降完済
に至るまで民法所定年五分の遅延損害金を支払うべき義務があるものというべく、
被控訴人の本訴請求は、この限度において正当であるから、これを認容し、その余
の請求は理由がないから棄却すべく、これと異なる原判決は一部取消を免れない。
本件控訴はこの限度において理由がある。
 よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九五条八九条九二条、仮執行宣言戸につき
同法一九六条一項を適用し、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 中村治朗 裁判官 鰍澤健三 裁判官 鈴木重信)

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