弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主          文
1 被告らは,原告に対し,連帯して,4885万9464円及び内金4541万
4462円に対する平成9年12月4日から,内金103万2332円に対する平
成11年1月1日から,内金97万6733円に対する平成12年1月1日から,
内金134万0257円に対する平成13年1月1日から,内金9万5680円に
対する平成13年3月1日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを10分し,その3を原告の,その余を被告らの各負担とす
る。
4 この判決は,第1項につき,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告らは,原告に対し,連帯して,7079万8980円及び内金6262万29
09円に対する平成9年12月4日から,内金196万2576円に対する平成1
1年1月1日から,内金185万6876円に対する平成12年1月1日から,内
金254万7973円に対する平成13年1月1日から,内金180万8646円
に対する平成13年3月1日から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,被告いすゞ自動車東海株式会社(以下「被告会社」という。)に雇用
され,被告会社一宮整備工場(以下「本件工場」という。)において,自動車の修
理点検等の業務を行っていた原告が,同工場のフロント業務を行っていた被告E
(以下「被告E」という。)の指示により,自動車の下に潜ってブレーキライニン
グの点検をしていたところ,被告Eが作業終了の確認をせずに運転手に車両の発進
を指示したため,その誘導に従って発車した自動車に轢かれ,傷害を負ったとし
て,被告らに対し,損害賠償の連帯支払を求めた事案である。
2 争いのない事実
(1)ア 被告会社(平成9年12月4日当時の商号は,愛知いすゞ自動車株式会社)
は,自動車の販売修理等を業務とし,愛知県一宮市i町j字kl番地に本件工場を有
する株式会社である。
イ 原告は,平成9年12月4日当時,被告会社と労働契約を締結し,本件工場で
勤務していた。
ウ 被告Eは,平成9年12月4日当時,被告会社に雇用され,本件工場でフロン
ト業務(事務職)を行っていた。
(2)ア 被告会社では,整備工場で勤務する従業員を工場長,フロントマン,ディス
パッチャ(工程管理者),メカニック(整備士)等に分けていた。
イ フロント業務は,入庫時の受付,故障箇所及び内容の確認,整備内容の確認,
作業指示書の作成等を行うことを内容とする。
ウ ディスパッチャの業務には,大きく分けて工程管理及び技術指導の2つがあ
り,具体的にいえば,フロントマンから出た作業指示を各メカニックに配分担当さ
せること,メカニックの作業進捗状況等を管理すること及び各メカニックに対して
安全面を含めた整備技術の指導教育を行うことを内容とする。すなわち,ディスパ
ッチャは,メカニックの長として位置づけられ,フロントマンとメカニックを仲介
する立場にある。
エ メカニックの業務は,ディスパッチャから配分された整備作業を行うことを内
容とする。
オ 平成9年12月4日当時,被告Eはフロントマン,原告はディスパッチャ,本
件車両の整備を直接行った訴外F(以下「F整備士」という。)はメカニックの立
場であった。
(3) 原告が,平成9年12月4日午後(時刻については,午後5時20分ころか,
午後5時ころから午後5時5分ころまでの間かについて,争いがある。),本件工
場において,大型貨物自動車(登録番号G,以下「本件車両」という。)の左前輪
内側へ潜りブレーキを点検していたところ,本件車両の運転手である訴外H(以下
「H運転手」という。)が本件車両を発進させて,原告を轢いた(以下「本件事
故」という。)。
(4)ア 本件事故の結果,原告は,右大腿骨開放骨折,右大腿切断,左大腿骨果骨
折,左大腿骨骨折,骨盤骨折,肛門裂傷の傷害(以下「本件傷害」という。)を負
った。 
イ 原告は,本件傷害のため,平成9年12月4日から平成10年6月5日まで愛
知県立I病院に合計184日間入院していた。
ウ 原告は,退院後の平成10年6月6日から症状固定日である平成11年3月1
5日までの間に84日間通院した。
エ 原告には,右大腿部切断(第4級5号),左腸骨欠損(第12級5号),左膝
関節の機能障害(第12級7号)の後遺障害が残存し,後遺障害等級として併合第
3級の認定を受けた。
オ 原告は,平成11年4月以降平成12年11月までに23回リハビリのために
通院し,平成12年11月時点も通院を継続していた。
(5)ア 被告会社は,労働契約に基づき,原告その他の従業員が修理等の業務をなす
に当たり,労働災害が生じないように危険防止のために必要な措置をとる安全配慮
義務を負っている。
イ 被告会社は,本件事故当時,被告Eを雇用していたものであり,被告Eの使用
者である。
3 争点
(1)本件事故の発生原因と被告らの責任について
ア 原告の主張
(ア) 本件事故は,被告Eが独断で本件車両の移動を許可したことにより生じたも
のである。
すなわち,被告Eから口頭で作業指示を受けた原告が,F整備士に一人で本件車両
のブレーキライニングの点検をさせた。
そして,F整備士からブレーキライニングが摩耗しているという報告を受けたの
で,原告は,ブレーキライニングの残量がないことについて被告Eに「どうするん
だ。」と聞いた。
これに対し,被告Eは,「ないものはやらないかんな。」と原告に指示をした。
その会話を聞いたH運転手が,「時間がない。早くしてくれ。3か月前にライニン
グは取り替えた。」と言った。
そこで,原告は,3か月前に取り替えたのに残量がないのはおかしいと思ったが,
部位の不具合によってはあり得ないわけではなく,本件車両のような大型車の場
合,ブレーキライニングがなければブレーキ不具合による事故につながる危険性が
特に大きいことから,「俺が見てくるわ。」と被告Eに言って,自分で本件車両を
点検するために事務所を出た。
このように,原告は,被告Eに対し,本件車両を点検する旨連絡した上で点検に行
っているし,原告が点検に行ったのはむしろ被告Eの指示に従ったものであり,独
断で本件車両の下に潜ったわけではない。
そもそも,3か月前にブレーキライニングを取り替え済みであるにもかかわらずブ
レーキライニングがないとの報告を受けたのであれば,フロントである被告Eとし
ては変だと思うのが当然である。
また,本当にブレーキライニングがないまま自動車を運転すれば重大事故が発生す
る可能性があり,被告会社としてもそのままそれに対処せずに放置することは考え
られないのであって,ブレーキライニングの交換時期を車両カルテで確認したから
といってそれで済まされるわけではなく,実際にブレーキライニングの有無を確認
しなければならない。
したがって,それだけでもフロントである被告Eとしてはその場にいなかった原告
が点検中でないかどうか確認するのが当然である。
これに対し,被告Eは,本件車両のブレーキライニングの張り替えの必要性がない
と判断したのは,本件車両のカルテに,ブレーキライニングの張り替えが本件事故
より1か月半程度前の平成9年10月18日に行われていた旨の記載があったから
であるという。確かに,通常の状態であれば,1か月半程度でブレーキライニング
がなくなる可能性は低いかもしれないが,その他の故障,不具合等によりブレーキ
ライニングが磨り減ることは十分あり得ることであり,かつ,大型車のブレーキの
不具合が大事故を引き起こす可能性のあることは今更いうまでもないことである。
何より現物の確認をしたF整備士が「ない」と報告しているにもかかわらず,それ
を修理記録だけを見て「ある」と判断すること自体極めて重大な問題である。な
お,被告Eは,本件車
両のカルテを見ながら,ブレーキ状況,オイル等について問診したと供述している
が,これに対して,H運転手は,被告Eの「終わったよ。」,「ライニングが少な
いから今度替えようか。」という程度のやり取りしか記憶しておらず,被告EがH
運転手に対して詳しい問診をしたかどうかも極めて疑わしい。かような場合には,
再度,現物の確認を行うのがいわば当然の対応であり,むしろ再度確認すべきもの
である。したがって,原告の行動は,被告会社の業務上至極当然の行動であり,本
件工場の工場長である訴外J(以下「J工場長」という。)も,仮に3か月前に替
えていたとしても,もう一度念のため確認する必要があるからこそ原告が確認した
のであるという証言をしており,原告の行動が被告会社の業務上当然のものである
ことを認めている。
また,被告EとJ工場長は,被告Eが作業終了を確認したと述べている。しかし,
現場で作業を行ったF整備士は,ブレーキ調整を行ったところブレーキライニング
がないとの報告をしているのであり,被告Eにしてもそれだからこそ「ライニング
がなきゃ替えなきゃいかんな。」と言った後,カルテボックスからカルテを取り出
すなどして確認を続けたのであって,原告を含め作業現場の人間は誰一人作業が終
わったものと考えておらず,作業現場から作業完了の報告が全くなかったことは明
白である。すなわち,F整備士は,「まだ作業が終わっていない」と考えて,ブレ
ーキライニングの張り替えの指示を待って待機していたのであり,原告は,ブレー
キライニングがないというF整備士の報告を聞いて,確認のために本件車両の下に
潜って点検作業を行
ったものであって,現場の責任者である原告が報告が正しいかどうか確かめに本件
車両のところへ戻ったのは職務上至極当然の行動であり,もちろん原告も本件車両
の整備作業が完了したとは考えてもいないし,被告Eに完了の報告をしたこともな
い。車両の整備をするというときには,ディスパッチャが終わりましたとフロント
に言わなければ,フロントは勝手に終わりましたとは言えないことは,J工場長も
認めているところである。
被告EがH運転手を問診したり,カルテを取り出したりする前に,現場の担当者で
ある原告やF整備士は,作業が継続していると考えたまま,事務所を離れて行った
のであって,その後になってブレーキライニングがないという現場の報告を軽視
し,被告Eが問診やカルテを見ただけで勝手に作業終了と判断して,現場の二人に
連絡しないままH運転手に本件車両を移動させたのは極めて不注意である。
さらに,被告らは,原告が「俺が見てくるわ。」と言ったのを聞いていない旨主張
している。しかし,本件事故発生直後に原告から直接聴き取り調査をした被告会社
総務部勤務の訴外K(以下「K」という。)が本件事故から数日後に原告の姉であ
る訴外L(以下「L」という。)に持参した交通事故発生届には,被告会社総務部
勤務で本件事故の労災関係書類を作成した訴外M(以下「M」という。)のものと
思われる字により,はっきりと「再点検のため(見てくると言って)」と記されて
いる。この書類は,被告会社側が用意した書面であり,上記記載がされたのは,事
故当初は,原告が「俺が見てくるわ。」と言った事実を誰かから事情聴取していた
からにほかならない。これに対し,Mは,この書面は平成10年5月初めころ,原
告の言い分を記載し
た上で準備したものであるが,結局原告は署名押印しなかった旨供述している。し
かし,その記載内容が原告主張の事実に沿うことからすれば,上記書類に原告又は
Lが署名押印しない理由は,Lが述べるように原告本人から話を聞いていないとい
う理由以外に考えられない。また,Mは,労災の手続をとるために労働基準監督署
の勧めでやむを得ず原告の言い分どおりに記載し,これと別に被告会社の調査結果
を記載した上申書を提出した旨供述する一方で,原告が自分で言い分を記載した交
通事故発生届は被告会社の調査結果と違う内容であるので被告会社の判を押すこと
はできないという,明らかに矛盾した供述をしている。また,以前にも何度も労災
給付の申請をしたことがあるMが,本件の労災給付のための手続を事故から半年も
経過した平成10年
5月ころから始めたというのは到底考え難いし,遅れた理由も「分からない。」と
答え,合理的な説明ができていない。さらに,原告側と被告側の食い違いに苦慮し
ていたと言いながらも,どこが食い違っていたかという問いに対しては,明確な回
答ができていない。
なお,被告Eは,F整備士及び原告が事務所を出て行くときに納車の段取りを頼む
よと声をかけた旨供述するが,F整備士は,原告が納車の指示を出したので自分が
一人で出て行ったと供述しており,被告Eのそのような発言を聞いていない。
(イ) 本件事故は,H運転手が被告Eの誘導に従って本件車両を発進させたために
発生したものであるが,被告らの主張によれば,被告会社においては,職務分担が
行われている建前であり,フロントは事務所内での業務に限定されており,整備の
現場とは切り離されており,作業終了の確認もディスパッチャが行うこととされて
いる。したがって,フロントにおいて作業指示を出した後は,ディスパッチャが作
業を終了した旨をフロントに告げなければ,フロントは客に対して車両を動かす指
示を出してはいけないことになっている。しかし,被告Eは,原告に対し,本件車
両のブレーキライニングの点検を指示した後,職務分担制度に違反し,原告が何ら
作業終了確認をフロントに出していないにもかかわらず,原告らに対する作業終了
の確認も,また,顧
客はもちろん,被告会社の従業員らの安全の確認もせずに,1か月半前にブレーキ
ライニングを交換したばかりであるから,F整備士の見間違いであって,ブレーキ
ライニングを交換する必要はなく,整備は終了した旨の判断をし,H運転手に整備
現場の本件車両の発進を独断で指示し,本件車両を引き渡したものである。以上に
よれば,本件事故は,被告Eの一方的過失により生じたものであり,被告Eは,原
告に対し,民法709条の不法行為責任を負う。
なお,被告らは,本件事故発生当時,本件工場内の最高責任者であるJ工場長が本
件工場内におらず,ディスパッチャである原告が現場作業に関する安全管理の責任
をすべて負っており,フロントマンである被告Eにかような義務はないかのような
主張も行っているが,仮に被告Eが社内的な規則に従って行動しているとしても,
その場その場での状況を判断して事故が発生しないように注意する義務は,当然被
告Eも負っているものである。職務分担制度や作業時の規則は,事故の発生を未然
に防止するための注意義務を一種のマニュアル化したものであろうが,これらに従
っている以上はその者に過失がないといい切れるものでもない。ましてや,後記の
とおり,被告会社においては,これらのマニュアルが有名無実化しており,被告E
はマニュアルにすら
従っていない。したがって,J工場長が本件事故当時本件工場内にいたかどうかに
よって被告らの責任の有無が左右されるものではなく,加えて,そもそも,本件事
故当時,J工場長が本件工場内にいなかったという被告らの主張自体甚だ疑わしい
ものである。すなわち,J工場長の証言は一貫しておらず,ほとんど曖昧な供述を
しており,被告会社関係者の証言は,口裏合わせが簡単にできるものであって,一
致するからといって安易に信用すべきものでない。
(ウ) 被告会社としては,本件のように車両の下に潜って修理点検の作業を行う場
合であれば,車両の移動を行う前に確実に作業終了の確認を行うことができる手順
を確立し,かつ,フロントである被告Eに対し,安全教育を徹底する義務があった
にもかかわらず,同義務を果たすことなく,漫然と業務を行った結果,本件事故を
生じさせたものであり,安全配慮義務違反があるから,原告に対し,債務不履行責
任を負う。
すなわち,被告らの主張によれば,被告会社においては,車両の整備に際しては,
フロントマンがまず作業指示書を作成してからディスパッチャを呼び,ディスパッ
チャが実際に作業を行うメカニックを指名して整備作業を行わせることとされてい
る。安全管理の上からすれば,作業終了後,この作業指示書がメカニックからディ
スパッチャを経由してフロントに返ってからフロントが作業終了の判断をするシス
テムになっていなければ安全を確保することができない。また,現場の二人がいず
れも口頭で作業が終わったと言っていないのに,フロントマンの被告Eが作業終了
の判断をしてもよいことになっていたとすれば,この点でも被告会社は安全管理義
務を怠っていたといわなければならない。被告会社においては,日々の業務の多忙
さ等から極めて杜撰
な安全管理体制であった。本件事故は,このような杜撰な安全管理体制が原因で惹
起されたものである。
また,被告Eの行為は,自動車の修理点検という被告会社の事業の執行についてな
されたものであるから,被告会社は,原告に対し,被告Eの不法行為責任につき,
民法715条の使用者責任を負う。
(エ) 被告らの主張によれば,被告会社においては,フロントマン,ディスパッチ
ャ,メカニック等に職務内容が明確に区別され,責任の所在が明らかにされていた
という。しかし,そのような職務分担制度自体が正常に機能していたとは到底考え
られない。例えば,ディスパッチャである原告は,工程管理者としてフロントとメ
カニックとの間の連携役であるにもかかわらず,現場において作業したり,納車に
出かけたりすることは日常的に行われていた。被告らのいう工程管理者の原告が納
車で工場外に出た場合には,被告ら主張のディスパッチャの職務を行う者が工場内
にいないこととなる。さらに,被告らの主張によれば,工場全体の責任者である工
場長も納車に出かけることがあり,工場長と工程管理者の両者が工場内にいないと
いう状態もあったと
いうことになる。なお,ただ一人J工場長は,営業の人間以外の者が納車に行くこ
とはまずない旨,ディスパッチャである原告が修理の作業を行うことはない旨証言
しているが,これは工場長としての責任回避のための証言としか思えない。また,
本件の場合,作業現場の者が誰も作業が終了したと判断していないにもかかわら
ず,本来作業の終了の判断を行う権限のないフロントマンである被告Eが,作業終
了の判断を勝手に行って,H運転手に本件車両を引き渡したため,本件事故が惹起
されている。
(オ)被告らによれば,フロント,ディスパッチャ,メカニック間の指示のやり取
りは作業指示書により行われるとのことであるが,そのような事実もない。作業指
示書が作成されずに口頭で指示が出る場合や,作業指示書が戻されるのに4日もか
かるなど,作業指示書が厳格にその機能を果たしていたわけではない。ちなみに,
被告らは,本件に関する作業指示書には,ブレーキ調整ということのみしか記載が
なされていないので,それ以外の指示はなされていない旨主張するが,作業指示書
に追加して口頭でブレーキライニングの張り替えを指示することもあり,かつ,本
件の場合はF整備士が作業の終了を確認することなく(ブレーキライニングの張り
替えをするかどうか分からないまま)返却してしまっており,被告らの主張は何ら
根拠のないものであ
る。
(カ) 被告ら主張の被告本社による工場の実態調査は行われていたが,実態調査が
行われる日はあらかじめ被告会社の方で分かっていたので,その日は実態調査に向
け,規則を意識して業務を行っていたというのが実状であり,極めて形式的なもの
であった。
(キ) 被告らは,被告会社においてはストール内で作業することになっているにも
かかわらず,本件ではストールで作業するように原告が指示しなかった点を問題に
している。しかし,被告会社においては,ストールの外で作業することは常態とな
っており,F整備士としても被告会社からストール外での作業は許されていると考
えていた。もともと,本件工場にはストールが7台しかないのにメカニックが約1
2名もいることからも,ストール内で作業するだけではメカニックが余ってしまう
し,修理車両の台数はストールの台数に比して多いため,ストールへの入庫を厳守
していると業務が滞るような状態であった。したがって,ストール外での作業も被
告会社から許されており,J工場長からも注意を受けることはなかった。また,被
告Eもストール外だ
けでなくキャノピーで作業することがあると供述している。今回だけでなく,キャ
ノピーで作業することも実際にあったのであり,だからこそ被告Eも,本件車両の
整備をF整備士がキャノピーで行っていることは認識していながら,特に異議を唱
えなかったし,F整備士も特に疑問を感じずに作業を行った。なお,この点につい
ても,ただ一人J工場長は,原則としてストール外で作業することはない旨証言し
ているが,これも工場長としての責任回避からくる証言としか思えない。
そもそも,本件においては,F整備士は,車輪止めもせず,エンジンをかけたまま
(ただし,これは被告らの主張である),キャノピーで作業を行っており,これは
被告らが主張する被告会社の日常の管理,指導には全く反する行為である。何故F
整備士がこのような形で作業を行ったかという理由については,「ストールが空い
ていなかった。忙しかった。」と証言している。しかし,本件事故当時実際にスト
ールが満車であったかどうかはF整備士自身しっかりと確認しているわけではな
い。また,当時,F整備士は,他に仕事をしていたわけでもなく,待機していただ
けであるから,忙しかったというのも事実に反する。したがって,本件の場合の
み,上記のような形で作業する理由,必要性は特に見当たらない。にもかかわら
ず,F整備士が何の抵抗も
なくこのような形で作業を行っていること,並びに被告Eを始めこれを認識してい
た他の者も何らこれを問題視していなかったことからすれば,被告会社において
は,かような形での作業も日常的に行われていた可能性が極めて高いといえる。
また,車輪止めについても,日頃からしていないことが多かった。
さらに,修理中の車両には,修理中であり動かしてはいけないことを明示するため
に,「修理中」の看板をつけるべきであるのに,被告会社はそのような措置をとっ
ておらず,車両が修理中か修理中でないかは分からない状態であった。
このように,被告会社においては,作業量の多さから,被告らが主張するような安
全管理のための原則がほとんど守られていなかった。本件事故はそのために惹起さ
れたものである。
(ク) 被告らは,原告がエンジンがかかったままの本件車両の下に潜った旨主張す
る。しかし,通常,エンジンがかかったままの車両の下に潜ることは考えられな
い。仮にエンジンがかかったままであったとすれば,H運転手は乗車後直ちに本件
車両を発進させることが可能であるため,原告は逃げ出すことが遅れ,足だけの負
傷にはとどまっていなかったはずである。Kは,原告からエンジンがかかっていた
旨聴き取りをしたと証言しているが,本件事故から二日後に,しかも集中治療室で
生命も危ぶまれる状態でいる原告に対し,特に被告会社から特別な指示を受けてい
たわけでもないのに事情聴取を本当に行ったとは考え難い。また,重傷を負った原
告は本件事故から二日後に話ができるような状態ではなかったし,仮に話ができて
も,負傷しておきなが
ら「会社に大変申し訳ないことをした。」と発言するとは,どのような事情からし
ても考えにくい。さらに,Kは,この聴き取りを基に報告書を作成したと証言して
いるが,H運転手とは話をしていないにもかかわらず,「骨が折れる音でドライバ
ーが不審に思い」と,聴き取りしていないはずの事実まで報告書に記載しており,
原告からの聴き取りを基に作成したとは思われない。また,原告は,Kが聴き取り
をしたという日から数日後に,L及び取調担当警察官に対しては,「確認する旨を
伝えて事務所を後にした。潜っているところでエンジンがかかった。」旨告げてお
り,これらの話とKの証言は全く異なることからも信用し難い。原告が,L及び取
調担当警察官に対し,生命の危険な状態で事実に反し上記のような作り話をしたと
も考えにくい。
イ 被告らの主張
(ア) 平成9年12月4日午後4時30分ころ,H運転手が運転する本件車両が,
被告会社の本件工場に入場し,停止線手前のキャノピーに停車した。
(イ) H運転手は,フロントマンの被告Eに対し,「ブレーキの利きが甘くなって
きたからブレーキ調整をしてほしい」旨依頼した。そこで,被告Eは,通常どお
り,ブレーキ調整を指示する作業指示書を作成し,ディスパッチャの原告に交付し
た。
本件工場に勤務するフロントマンは,被告E一人であったため,忙しい場合には,
口頭での作業指示も行われていたが,飽くまでも作業指示書を発行した上で,整備
作業を実施するのが原則であり,本件工場の作業指示書の発行率は90パーセント
以上であった。実際,本件車両の作業指示書は,作業指示と同時に,被告Eから原
告に交付され,さらにF整備士に渡っている。
なお,上記作業指示書の内容は,ブレーキ調整のみであり,被告Eの原告に対する
指示内容も,ブレーキ調整に尽きる。すなわち,被告Eは,本件車両の整備に関
し,ブレーキ調整以外の指示を一切出していない。
(ウ) ブレーキ調整は,原告の指示によりF整備士が行った。そして,同ブレーキ
調整は,ストール内ではなく,本件車両の停止地点であるキャノピーで,エンジン
を切ることなく行われた。
なお,本件事故発生直前において,本件車両のエンジンがかかっていたか否かにつ
き,原告はエンジンがかかっていなかった旨述べる。しかし,F整備士は,エンジ
ンを切っていない旨述べ,H運転手も,車両引取りのため本件車両に乗り込んだ
際,エンジンがかかっていた旨述べている。また,本件事故発生直後に原告から直
接聴き取り調査をしたKも,原告がエンジンがかかっていたと言っていた旨述べて
いる。エンジンがかかっていなかった旨述べているのは,原告しかなく,原告の供
述は信用できない。
(エ) 被告Eは,上記作業指示書を発行してから約15分後の午後4時50分ころ
に,本件車両とは別の車両について納車の指示をするために,原告を事務所内に呼
び,原告は事務所内に入った。
(オ) それから間もなくして,F整備士が,事務所にやってきて,「ブレーキのラ
イニングがないですよ。」と被告Eに対し報告した。
(カ) 同報告を受けて,被告Eは,事務所内でH運転手に対し,ブレーキのライニ
ングがないから張り替えなければならない旨告げると,H運転手は,「3か月くら
い前にブレーキのライニングを張り替えたばかりだよ。そんな馬鹿な。」と答え
た。
そこで,被告Eは,「そんなに早く減るわけがないから,車両整備カルテを調べる
のでお待ちください。」とH運転手に言い,カルテを調べることにした。
(キ) 被告Eは,H運転手との上記やり取りの後,その場にいた原告に対し,
「(本件車両とは別の車両についての)納車の段取りを頼むよ。」と声をかけた。
原告は,同指示を受け,F整備士とともに事務所から出て行った。
このとき,被告Eが原告に対し,本件車両の整備に関し指示を出したことは一切な
く,また,原告が被告Eに対し,本件車両を見てくると伝えたことも一切なかっ
た。
原告は,本件事故後,被告Eの「なぜ潜っていたのか。」という質問に対し,「F
が以前にもブレーキライニングの摩耗について判断ミスをしたことがあったので,
ひょっとしてまたかと思ってとっさに潜ったんだ。」と答えている。このことは,
原告が,独断で本件車両に潜り込んだことを如実に現している。
なお,原告は,本件事故発生直前に被告Eに「見てくるわ。」と言って本件車両を
再点検する旨伝えた旨供述するが,被告Eはもとより,F整備士もH運転手もかか
るやり取りを聞いていない旨述べており,原告の供述に沿うものは,原告から聞い
たとする伝聞供述と原告の言い分をそのまま記載した交通事故発生届しかなく,原
告の供述は全く信用できない。被告会社の本件事故調査の結果からは,Kが行った
原告からの事情聴取も含め,原告が「見てくるわ。」と言った事実は認められなか
ったのである。上記交通事故発生届は,労災給付の手続を担当していたMが,労働
基準監督署に対し,被告会社の調査結果と原告の言い分が食い違うために書類がな
かなか揃わないことを相談したところ,労災給付の手続を最優先するために被災者
の言い分どおり記載
するようにとの助言を受けて,平成10年5月ころ,やむなく原告の言い分どおり
に記載した書類なのである。原告の言い分どおりに記載した上記交通事故発生届の
作成が,本件事故発生から約半年後となったのは,本件事故態様について,とりわ
け原告が再点検する旨をフロントに伝えたかどうか,本件車両のエンジンがかかっ
ていたかどうかについて,被告会社の調査結果と原告の主張が一致せず,労災給付
に必要な書類の作成が難航したからである。また,Mが,原告作成の交通事故発生
届に社印を押すに際し,再度労働基準監督署に相談したのは,被告会社が労働基準
監督署の助言に従い原告の言い分どおりに上記交通事故発生届を作成したにもかか
わらず,原告が署名押印を拒否し,逆に原告自ら作成した交通事故発生届への社印
の押印を求めてきた
という経緯を説明した上で,被告会社の事故調査結果とは全く違う内容の原告作成
の交通事故発生届に社印を押していいのか,最終確認をするためであった。
(ク) 被告Eが車両カルテを調べた結果,実際には平成9年10月18日にブレー
キライニングが交換されていたことが確認できた。被告Eは,ブレーキライニング
は最低1年半はもち,交換から1か月半でなくなることはあり得ないことから,F
整備士の報告が間違いであると判断した。
そこで,被告Eは,H運転手に対し,事務所内で引き続き,約10分間ほどブレー
キライニングについて説明し,最終的に「2か月前に交換されているので大丈夫で
す。取りあえず調整しましたから様子をみてください。」と,本件車両の引取りを
許可した。
原告は,この点につき,原告が作業終了確認をフロントに出していないにもかかわ
らず,被告Eが,H運転手に対し,車両移動を指示したのは,フロントの職務違反
に当たる旨主張する。しかし,被告Eが,原告に対し出した作業指示は,作業指示
書記載のブレーキ調整のみであり,ブレーキライニングの張り替えは,ブレーキ調
整とは全く別個の作業であって,新たな作業指示を要する整備である。そもそも,
新たな作業を指示するかどうかは,顧客の了解を得て,フロントが判断する事項で
ある。特に,ブレーキライニングの張り替えは,時間も費用もかかることから,顧
客の了解を得なければならない整備作業であり,これを実施するか否かは,顧客と
直接対応するフロントの判断事項である。そして,被告Eは,原告に対し,作業指
示書によるブレーキ
ライニングの張り替えを指示していないのはもちろんのこと,口頭でもブレーキラ
イニングの張り替えの指示はしていない。被告Eの「ライニングがなきゃ替えなき
ゃいかんな。」との発言は,独り言に近いものであり,原告に対するブレーキライ
ニング張り替えの指示ではない。したがって,新たにブレーキライニング張り替え
の指示が出ていない以上,本件車両の整備は,F整備士によるブレーキ調整の終了
報告によって完了しているのである。また,本件車両の整備を担当したF整備士
が,原告から本件車両とは別の車両について納車に行くよう新たな指示を受けてい
ることからしても,本件車両の整備が終了していたことは明らかである。そして,
F整備士が,原告と被告Eの双方が居合わせた事務所においてブレーキ調整の終了
報告をし,原告と被告
Eがこの報告を受けているのであるから,原告の被告Eに対する終了報告があった
と考えてもよいというべきである。被告Eは,原告及びF整備士から本件車両の整
備終了報告があったからこそ,原告に対し,本件車両とは別の車両の納車を指示
し,H運転手に対し,本件車両の引取りを許可して,車両移動を指示したものであ
って,被告E自ら作業終了の判断をしたものではなく,何らフロント係としての職
務分担違反に当たらない。
また,原告は,ブレーキライニングの有無に疑義が生じた以上,被告Eが,ブレー
キライニングの再確認を指示しなければならない旨主張する。しかし,本件車両の
ブレーキの不具合は,利きが甘いといった程度のものであり,ブレーキが全く利か
ないというものではなかった。また,車両カルテから1か月半前にブレーキライニ
ングが交換されたことが確認されたが,ブレーキライニングは,最低1年から1年
半は摩耗することはなく,張り替えの必要はないのであって,被告EがH運転手に
問診した結果,ブレーキライニングが短期間に摩耗する例外的場合には当たらなか
ったことから,これらを総合的に判断して,被告Eは,「ライニングがない」とい
うF整備士の報告は本人の判断ミスによるものと判断したのである。したがって,
被告Eにおいて,本
件車両のブレーキ調整を行った以上,しばらく様子をみてもらうこととし,ブレー
キライニング張り替えの指示をしないと判断することは,合理的であり,何ら問題
がなく,また,被告Eが,本件車両につき,ブレーキライニングの再確認を指示す
る必要もなかったのであって,再点検の指示をしなかったことにつき,責められる
べき点はない。
フロントマンは,顧客の要請に十分配慮した対応をしなければならない。H運転手
は,急ぎ本件車両を引き取ることを望んでいた。そこで,被告Eは,H運転手のか
かる要請と再点検の必要性とを比較考量し,F整備士の判断ミスであることが明ら
かである以上,顧客の要請を無視してまで,再点検を実施する必要はないと判断
し,H運転手に本件車両の引取りを許可したのである。実際,本件車両のブレーキ
ライニングは摩耗していなかったのであり,結果的に被告Eの判断は正しかったの
である。 
(ケ) 一方,原告は,被告Eから本件車両とは別の車両についての納車の指示を受
け,事務所を出た後,被告EがH運転手に対し前記説明をしている最中に,原告独
自の判断で本件車両の下に潜り込んでいた。そして,午後5時ころから午後5時5
分ころまでの間に本件事故に遭ったものである。
(コ) 以上のとおり,被告Eは,原告から,本件車両のブレーキライニングの再点
検をすることについて,何ら事前報告を受けていない。また,被告Eは,F整備士
の前記判断ミスが過去にもあったことについて把握していなかった。結局,被告E
は,原告が本件車両下に潜り込んでいることについて全く知らなかったし,知り得
なかったのである。
前記のとおり,被告Eは,原告に対し,ブレーキライニングの張り替えの指示を出
すかどうか決まっていない段階で,本件車両とは別の車両の納車を指示し,かかる
指示を受けた原告は事務所を後にしている。かかる経緯からすれば,被告Eが,
「原告は,自分の指示に従い,事務所を出て,本件車両とは別の車両の納車の段取
りを行っている」と認識し,本件車両の引取りを許可することは,至極当然のこと
である。ところが,ディスパッチャである原告は,フロントの作業指示を無視し,
独断で本件車両の下に潜り込んで再点検を行ったために,本件事故に遭ったのであ
る。被告Eが,原告から再点検する旨を聞いていたなら格別,そのような事情がな
い本件においては,本件車両の引取りを許可するか否かを判断するにつき,原告の
作業指示違反行為の可
能性まで考慮に入れる必要は全くない。仮に,車両の引取りを許可するに際し,あ
らゆる可能性を排除するために,フロントがその都度実車確認をしなければならな
いとすれば,被告Eに過重な負担を強いるだけではなく,効率的な会社経営に反す
ることになり,また,顧客の要請に応えることもできない。したがって,被告ら
は,原告のかかる作業指示違反行為についてまで,責任を負わない。
(サ) 被告会社においては,整備作業は安全確保のためすべてストール内で行うこ
とになっている。
本件工場において,例外的に,ストールが満車で車両を入れる余地がない場合に,
やむを得ずストールの近くで作業を行うことはある。しかし,ストール外作業は,
全作業の2割程度にすぎず,日常的にストール外作業が行われていたわけではな
い。また,ストール外で行う作業は,簡単な作業に限られ,車輪止めの実施も強
化,徹底されていた。さらに,ストール外作業といえども,作業はストール付近で
行うこととされていた。すなわち,ストール外作業を行う場合にも,安全確保は十
分施されていたのである。
本件事故が発生したキャノピーという場所は,顧客が車両を停車させ,受付及び引
取りを行う場所であり,誰が車両を動かしてもおかしくない場所である。キャノピ
ーでブレーキ調整など車両の下に潜り込むことを要する整備作業を行うことが許さ
れないのは当然のことである。加えて,整備作業を行うに際し,車両のエンジンを
切ることは,整備作業の基本であり,至極当たり前のことである。被告会社におい
て,キャノピー内での整備作業,エンジンをかけたままでの整備作業というもの
は,行われていなかった。
被告会社において,ストール内は,関係者以外立入禁止とされている。したがっ
て,顧客である車両運転手がストール内にある車両に乗り込み,これを発進させる
ことはできない。
被告会社の定めるとおり,本件車両がストール内に移動されていれば,H運転手が
本件車両を発進させるという事態は起こり得なかったのであり,本件事故は発生し
なかったものである。本件事故が発生したのは,原告が,H運転手が立ち入ること
のできる場所,すなわちH運転手が車両を停止した場所において,整備作業をした
からにほかならない。
また,車両をストール内に入れる場合は,車両前部からストール内に入り,奥まで
移動させる。本件工場のストールは,奥行き18メートルで,ストール奥から2メ
ートルの部分には,リフトアップの機械や荷物が置いてある。そのため,ストール
内に入った車両は,障害物により,前進することは不可能である。したがって,た
とえ,H運転手がストール内に立ち入り,本件車両に乗り込んだとしても,荷物や
機械に阻害され,本件車両を前進させることはできず,本件事故は発生しない。
(シ) また,原告は,車輪止めをしないまま本件車両に潜り込んだ。被告会社にお
いては,ストール内外を問わず,車両下に潜り込む際には,車輪止めをすることに
なっていた。
被告会社で使用している車輪止めは,長さ約25センチメートル,幅約12センチ
メートル,高さ約15センチメートルの堅固なものである。車輪止めを車両に施し
た場合,アクセルを踏んでも車両はほとんど動かない。また,車両が動いたとして
も,車輪止めを多少引きずる程度であり,運転手もタイヤに抵抗を感じるため,車
輪止めが施されていることに気づき,車両を停止させるのが普通である。仮に,運
転手が車輪止めを乗り越えようとしてアクセルを踏み込んだとしても,通常,車両
は車輪止めの高さ故にエンストを起こし,停止する。
本件車両に車輪止めが施してあれば,H運転手は,本件車両のエンジンをかけ,ア
クセルを踏んだ際に,車輪止めに気づくかエンストするかのいずれかによって,車
両を停車させたはずである。したがって,本件車両に被告会社の定めどおり車輪止
めが施してありさえすれば,本件事故が発生することはなかったのである。
(ス)被告会社における職務分担からすれば,ディスパッチャは,工場長に次ぐ現
場の責任者であり,工場長がいないときには第一次的に責任を負う立場にあり,メ
カニックを統括し,前記安全確保を怠ったメカニックに対し,注意する立場にあ
る。
本件工場のディスパッチャであった原告には,十二,三名のメカニックが部下とし
ており,メカニックが安全に作業するよう指導監督する立場にあり,実際,原告
は,毎朝の朝礼において,部下であるメカニックに対し,安全確保について思うと
ころを発言,指導し,また,被告会社において定められていた車輪止めの実施等に
違反するメカニックに対しては,自ら違反を注意,指導していた。
本件事故発生当時は,本件工場の工場長が不在であったため,同工場内の安全確保
に関する責任は,正に,ディスパッチャである原告が第一次的に負っていた。な
お,原告は,工場長が本件事故当時本件工場にいたと供述しているが,J工場長本
人が,本件事故当時本件工場内にいなかった旨証言しており,工場長が不在であっ
たことについては,被告会社にとって全くの第三者であるH運転手も同様の証言を
しており,原告のほかにJ工場長が本件事故当時本件工場内にいたと述べる者はな
く,原告の供述は信用できない。
したがって,作業終了の確認を行い,整備現場の安全を確保する義務は,整備現場
の責任者たる地位にある原告が負っていたものであり,ストール内への移動や,ス
トール外作業に際し車輪止めを施す等,工場内の安全を確保する最終責任は,原告
が負っていたものである。なお,被告会社における職務分担については,人事部
が,口頭で各従業員に対し,職務内容を告知し,責任の所在について周知徹底させ
ていた。
本来であれば,前記ブレーキ調整もストール内で行うべきものであったところ,原
告は,後記「サービス工場実態調査表」でストール外で作業しない旨定められてい
るにもかかわらず,これに反し,本件車両をストール内に移動させるという責任を
全く果たさなかった。
また,原告は,後記「サービス工場実態調査表」に車輪止めを正しく使用する旨定
められているにもかかわらず,これに反したために,本件事故に遭ったのであり,
前記のとおり,車輪止めの義務を尽くしてさえいれば,本件事故は防げたものであ
る。
(セ) 被告会社は,整備工場内及び従業員の安全確保のために,朝礼等における常
日頃の口頭指導はもちろんのこと,年に一度整備工場の実態調査を行っていた。同
調査は,被告会社の親会社である訴外いすゞ自動車株式会社が第三者的な立場か
ら,客観的に各整備工場(サービス工場)の実態を詳細に調査するものであり,各
期ごとに「サービス工場実態調査表」により調査項目が定められている。同調査の
実施は,前日若しくは当日に通知されるため,調査のために前もって準備すること
は不可能であり,同調査は,形式的な調査ではなく,実質的な調査であって,かか
る調査の存在により,被告会社では,平素より,「サービス工場実態調査表」の記
載事項,すなわち車輪止めの実施等を徹底し,従業員らの安全意識を高めるととも
に,より安全な整備工
場に改善する努力をし,工場内の安全確保を図っていたのである。
被告会社では,入社時研修に始まり,その後も勤務年数に応じて研修を実施し,従
業員に対する徹底した安全教育を継続的に行っていた。また,研修の中で,メカニ
ックやディスパッチャが工場内でどのような立場にあるかについても指導されてお
り,原告もかかる研修を受けていた。
本件工場では,工場長,ディスパッチャ,メカニックといった現場関係者が参加す
る朝礼が毎朝実施され,工場内の安全確保について,従業員間の意識の徹底が図ら
れていた。
被告会社が安全確保のために遵守するよう定めた行為に違反する行為が行われた場
合には,その都度,工場長やディスパッチャから注意,指導がなされ,日々の業務
においても安全確保が徹底されていた。  
(ソ) 以上からすれば,被告らには,本件事故について何ら過失はなく損害賠償責
任を負うものではない。
すなわち,被告会社は,整備工場内の安全確保,事故発生防止について,十分な措
置を講じていたものであり,従業員に対する安全配慮義務を尽くしていたものであ
って,本件事故発生につき,過失はない。
結局,原告は,被告会社が徹底していた事故発生防止措置を遵守する責任者たる地
位にあったにもかかわらず,自ら安全管理に関する遵守事項に違反し,自ら又はメ
カニックに指示して工場内に移動させなければならない本件車両をキャノピーに放
置したまま,F整備士に本件車両のブレーキ調整作業を指示し,被告会社の事故発
生防止のための遵守事項に違反し,エンジンを切ることなく,車輪止めを施すこと
なく,ブレーキ調整作業を実施したF整備士に対し,責任者として何ら注意しなか
ったばかりか,自らも,これに違反し,エンジンをかけたまま,車輪止めも施さず
に,しかも,被告Eに何の連絡もせず,本件車両の下に潜り込み,本件事故に遭っ
たものである。したがって,原告が被告会社の定める職務義務に違反したために,
本件事故が起きてい
る以上,本件事故について責任を負うのは原告自身であり,被告会社は責任を負わ
ない。
また,本件事故発生を回避するために尽くすべき義務は,ディスパッチャである原
告が負っているのであり,フロントマンである被告Eが負っているものではない。
すなわち,被告Eについて,そもそも義務違反ということは観念できない。したが
って,被告Eも,本件事故の発生について何ら責任を負わない。 
(2) 原告の損害額について
ア原告の主張
原告は,本件事故により,以下のとおりの損害を被った。
(ア) 入院雑費    27万6000円
1500円×184日
(イ) 通院交通費  126万0360円
1万1670円(往復の交通費)×108回
(ウ) 給料差額分  654万9323円
被告会社は,本件事故後も原告が退職するまで原告に対し給料を支払っていたが,
給料の支給額は通常の昇給を前提にしていない。
また,賞与については,休業を理由に一部減額されている。
しかし,被告らの過失による休業であることを考えれば,休業を理由に賞与の一部
を控除することはできない。
通常の昇給を前提とすると,平成10年1月から平成13年2月までに本来原告が
受けるべき給料は,別紙計算書のとおり,2474万8126円である。
上記金額から,平成10年1月から平成13年2月までに被告会社から原告に支払
われた金額1819万8803円を差し引くと654万9323円となる。  
(エ) 入通院慰謝料400万円
入院約6か月,通院約9か月であるが,本件事故直後は生死も危ぶまれたほどの重
傷であり,事故によるストレスにより,脳血栓,脳梗塞の可能性もあって,集中治
療室に入っていたものであり,生命の危険があることから,当初は骨折した左足の
手術も行えなかったものであって,その精神的,肉体的苦痛は極めて甚大であっ
て,少なくとも400万円をもって慰謝することが相当である。  
(オ) 後遺症逸失利益 5447万3349円
原告の労働能力喪失率は,前記のとおり,併合第3級の後遺症であることから,1
00パーセントであり,原告の後記退職後に生ずる逸失利益は,以下の(a),
(b),(c)の合計金額となる。
a55歳まで
822万3676円(昇給を前提とした平成12年給与)×(3.5459-1.
8594)≒1386万9229円
b56歳から60歳
657万8940円(56歳以降の給与=上記平成12年給与に8割を乗じた額)
×(7.1078-3.5459)≒2343万3526円
c61歳から67歳まで
460万3500円(平成10年賃金センサスによる男子労働者学歴計平均)×
(10.8377-7.1078)≒1717万0594円
(カ) 後遺障害慰謝料2100万円
原告は,前記のとおり,併合第3級に該当する後遺障害を負ったものであり,右足
を失い,左足も可動域が狭まり不自由になったことにかなりの精神的衝撃を受け,
3年近く虚脱感が原告を支配していた。このことは,後遺障害慰謝料として考慮さ
れるべきである。
(キ) 退職金差額    162万6748円
原告は,平成13年2月28日,被告会社を退職した。
被告会社は,平成13年3月28日,原告に対し,退職金として895万4500
円を支払った。
原告は,本来定年まで就労するつもりであったところ,本件事故により退職を余儀
なくされたものである。
原告の定年退職時に本来支払われるべき金額は,1113万4543円(36万1
300円(年齢給9万1500円+職能給26万9800円)×30.818(定
年退職))であり,これと上記895万4500円との差額に上記の現実の退職時
から定年退職時までの期間6年に対応したライプニッツ係数である0.7462を
乗じた162万6748円((1113万4543円-895万4500円)×
0.7462)が退職金差額としての逸失利益である。
(ク) 既払金     2338万6800円
自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)からの支払分である。
なお,治療費については,自賠責保険及び労働者災害補償保険(以下「労災保険」
という。)により支払われているが,治療費を損害として計上しない代わりに,既
払金にも自賠責保険及び労災保険による治療費支払を計上していない。
また,原告は,給料差額分のみ損害として計上しており,既に支払われた給与につ
いても当然既払金には計上していない。  
(ケ) 弁護士費用    500万円
(コ) 合計額7079万8980円
(ア)ないし(キ)及び(ケ)の損害額の合計から(ク)の既払金を差し引くと7079万
8980円となる。
(サ) よって,原告は,被告らに対し,連帯して,7079万8980円及び給料
差額と退職金差額を除いた他の損害合計である内金6262万2909円に対する
本件事故の日である平成9年12月4日から,平成10年分の給料差額である内金
196万2576円に対する当該給与年度の年末の翌日である平成11年1月1日
から,平成11年分の給料差額である内金185万6876円に対する当該給与年
度の年末の翌日である平成12年1月1日から,平成12年分の給料差額である内
金254万7973円に対する当該給与年度の年末の翌日である平成13年1月1
日から,平成13年分の給料差額18万1898円と退職金差額162万6748
円の合計である内金180万8646円に対する退職の翌日である平成13年3月
1日から,それぞれ
支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(シ) なお,被告らの平成14年5月7日付け第9準備書面における損害論につい
ての主張(後記イ被告らの主張の(カ))及び乙29の提出は,時機に後れた攻撃防
御方法として却下されるべきである。
イ 被告らの主張
(ア) 原告主張の(ア)入院雑費,(イ)通院交通費,(オ)後遺症逸失利益,(カ)後遺
障害慰謝料,(ケ)弁護士費用については,損害の発生は認め,その額については争
う。
(イ)a 原告主張の(ウ)給料差額分については,被告会社が,本件事故後も原告が
退職するまで原告に対し給料を支払っていたこと,賞与については,休業を理由に
一部減額されていたこと,平成10年1月から平成13年2月までに被告会社から
原告に支払われた金額が1819万8803円であることは認め,その余は否認す
る。
b 被告会社における賞与の決定方法は以下のとおりである。
被告会社において賞与は,夏季,冬季の計2回支給され,その都度査定等を行い支
給額を決定している。賞与支給対象期間は,夏季が前年10月1日から当年3月3
1日まで,冬季が当年4月1日から9月30日までとなっている。
まず,社員は労働組合員と非組合員に区別され,非組合員は更に役職によるクラス
に分けられる。労働組合の協定に拘束されるのは組合員のみで,非組合員において
協定は参考とされるにすぎない。被告会社においては,主査以上のクラス,すなわ
ち主査,グループリーダー,部長,支店長が非組合員に当たる。
賞与支給額は,査定分(①)及び一律分(②)の合計(以下「理論上の賞与金額」とい
う。)並びに欠勤控除(③)により決定される(①+②-③)。
①査定分の決定方法は以下のとおりである。すなわち,各クラスの社員は,査定に
よって更にAからDの4ランクに振り分けられる。査定は,被告会社役員全員から
構成される査定会議で行われ,各社員の自己申告等を基に所属上司が出した評価
(AからD)を参考に,最終的なランクが決定される。賞与支給対象全期間欠勤の
ため,所属上司による評価が不可能な社員は,査定会議で,労働力の提供なしとい
う理由から主としてDランクに査定される。そして,ランク別に決定されている金
額,若しくは各ランクの査定率(月)により算出される金額が査定分となる。
②一律分の決定方法は以下のとおりである。すなわち,一律分は,クラス別に,総
資金から上記査定分合計を引いた金額をそのクラスの人数で除した金額となる。総
資金は,各クラスの基準内賃金合計に支給率を乗じた金額である。基準内賃金と
は,基本給,役付手当,資格手当及び家族手当を合わせたものであり,支給率は,
期毎に変動する。
③欠勤控除の方法は以下のとおりである。すなわち,欠勤控除金額は,賞与支給対
象期間の日数に対する欠勤日数の割合により決定される。賞与支給対象期間は,前
述のとおりであるが,欠勤控除金額の算定に当たって基準となる賞与支給対象期間
の日数は,私傷病による場合が被告会社の稼働日数となり,業務上の傷病による場
合が暦日となる。上記取扱いの差異は,例えば,賞与支給対象全期間欠勤した場合
に,全額控除されるか否かという点に現れる。
c 原告に支給された賞与の具体的内容は以下のとおりである。
本件事故発生は平成9年12月4日であり,これは平成10年夏季賞与の支給対象
期間に含まれる。原告は,平成9年当時から主査クラスに属していた。
原告の平成9年冬季(本件事故発生直前)の賞与は,査定評価がAで,査定分33
万円に一律分75万2000円を加えた理論上の賞与金額108万2000円であ
り,欠勤控除は0円であるので,支給額は108万2000円であった。
原告の平成10年夏季(本件事故発生直後)の賞与は,当期が本件事故発生直後で
あり,原告が入院治療中であったことから,査定は行われず,一律分のみから欠勤
控除した。欠勤日数の算定に当たって,平成10年度持ち越し分を含む有給休暇残
日数をすべて消化した。その結果,査定評価はなく,査定分は0円となり,一律分
は66万5000円であるので理論上の賞与金額は66万5000円となり,これ
から欠勤控除18万3000円を引くと,支給額は48万2000円であった。
なお,欠勤控除は,賞与支給対象期間(暦日)が182日であり,欠勤日数が実際
の欠勤日数81日から有給休暇残日数31日を引いた50日であるので,66万5
000円×50日÷182日≒18万3000円と算定とされた。
原告の平成10年冬季以降の賞与は,査定評価が労働力の提供が一切ないとの理由
でDであり,欠勤控除の算定に当たっては,賞与支給対象期間を暦日で計算してい
る。なお,平成10年冬季のみ,査定分の算定を率(月数)で行った。その結果,
原告の平成10年冬季賞与は15万円,平成11年夏季賞与は22万6000円,
平成11年冬季賞与は22万7000円であり,平成12年以降も同様に支払っ
た。
d 被告会社における昇給方法は以下のとおりである。
被告会社において,昇給は毎年4月1日に行われる。
昇給金額は,定期昇給と調整給の昇給を合わせたものとなる。定期昇給は,年齢給
と職能給それぞれの昇給から構成される。
年齢給は,年齢給表に従い昇給が行われる。同一年齢であれば昇給額は同じであ
る。
職能給は,各社員の職能級及び査定評価に従い決定される。まず,被告会社社員
は,13段階の職能級に分けられる。そして,賞与額の決定方法と同様の理由か
ら,社員を組合員と非組合員とに分ける。被告会社において,非組合員は8級(課
長心得)以上である。次に,各職能級ごとに,AからCの3段階に査定評価が行わ
れる。昇給における査定評価は,全役員出席の査定会議で決定される。評価に当た
っては,前年夏季及び冬季の賞与の査定評価並びに前年度(前年4月1日から当年
3月31日まで)の実績等を考慮する。そして,職能給表に従い,職能級ごとに,
A評価は5号俸,B評価は4号俸,C評価は3号俸の昇給が行われる。
調整給については,各社員の昇給前基準内賃金に,各職能級ごとに決定される率
(調整給昇給率)を乗じた金額分の昇給が行われる。調整給昇給率とは,各職能級
ごとに,昇給総額から年齢給昇給額合計及び職能給昇給額合計を引いた金額(調整
給昇給合計額)の昇給前基準内賃金合計額に対する割合である。各職能級ごとの昇
給総額は,昇給前基準内賃金合計額に被告会社が決める昇給率を乗じた金額であ
る。
以上により,各社員に支給される昇給後の基準内賃金は,昇給前基準内賃金に,年
齢給昇給,職能給昇給,調整給昇給それぞれの額を加えた金額となる。
e 原告の昇給は,以下のとおりである。
本件事故直後の昇給は,平成10年4月1日に行われた。
原告の昇給前(平成9年)基準内賃金は,41万7700円であった。
年齢給については,原告は,平成10年4月1日当時49歳であったから,100
0円の昇給であった。
職能給については,主査クラスの職能級は8級から10級に該当し,原告は職能級
10級であった。平成9年夏季及び冬季賞与における原告の査定評価は,いずれも
Aであったが,平成9年12月4日発生の本件事故の結果,平成10年度の労働力
提供の見込みがなかったため,査定評価はCとされた。したがって,原告の職能給
は,3号俸の昇給となった。すなわち,原告の職能給は,56号(19万8700
円)から,59号(20万2900円)に昇給し,昇給額は4200円である。
調整給については,平成10年度の職能級10級における調整給昇給率は1.10
2パーセントであるから,原告の調整給昇給額は,原告の昇給前基準内賃金(41
万7700円)×0.01102≒4600円となった。
以上から,原告の昇給額は,1000円+4200円+4600円=9800円と
なり,昇給後の基準内賃金は,41万7700円+9800円=42万7500円
となった。
原告の昇給については,平成11年度以降も同様の方法により行われており,被告
会社は,原告に対し,上記のとおり通常の昇給を行った基準内賃金を100パーセ
ント支払っているのであって,給料の減額はしておらず,給料の減額をいう原告の
主張は当たらない。    
(ウ) 原告主張の(エ)入通院慰謝料については,入院約6か月,通院約9か月であ
ることは認め,その余は不知ないし否認する。
(エ) 原告主張の(キ)退職金差額については,原告が,平成13年2月28日,被
告会社を退職し,被告会社が,平成13年3月28日,原告に対し,退職金として
895万4500円を支払ったことは認め,その余は否認する。
(オ) 原告主張の(ク)既払金については認める。
(カ)損害論についての被告らの主張は,以下のとおりである。
a 治療費,休業損害及び逸失利益も,双方に過失があれば,当然に過失相殺の対
象となるべきものであって,本件事故に起因する損害賠償を請求するに当たり,損
害から除外すべきものではない。
しかし,原告は,本件訴訟において,①自賠責保険及び労災保険により支払われた
治療費,②被告会社が原告に対し,給料,賞与名目で支払った金額を損害として計
上していない。特に,原告は,本件事故後退職まで,被告会社に対し,労働力を一
切提供していないため,本来であれば給料及び賞与の支払を受けることはできない
ことから,被告会社が原告に対し,給料,賞与名目で支払った金額は,本件事故に
起因する損害に対する填補と考えるべきであり,かかる金額を損害額から除外する
理由はない。
仮に本件事故につき過失相殺を行う必要があるならば,損害額全体につき,過失相
殺を行うべきである。
b 以下,本件事故に起因する損害について,個別に論じる。
(a) 治療費  956万7518円
愛知県立I病院における平成9年12月4日から平成11年3月15日(症状固定
日)までの治療費額
(b) 通院交通費93万3600円
原告は,往復の交通費1万1670円に108を乗じているが,平成10年6月6
日から平成11年3月15日(症状固定日)までの実通院日数は,80日であり,
計算式は,1万1670円×80日=93万3600円となる。
(c) 入院雑費    23万9200円
入院雑費は,1日当たり1300円が相当であり,計算式は,1300円×184
日=23万9200円となる。
(d) 入通院慰謝料300万円
入通院慰謝料としては,上記金額が相当である。
(e) 休業損害961万7303円
休業損害の算定期間は,本件事故の翌日である平成9年12月5日から,症状固定
日である平成11年3月15日までの466日間である。
この点,原告は,退職時を基準に,原告の主張するところの給料差額発生期間と逸
失利益算定期間とに分けているが,妥当でない。症状固定時を基準に,休業損害の
問題と後遺障害による逸失利益の問題とに分けるべきである。
上記期間中,原告から被告会社に対する労働力の提供は,一切ない。
本件事故前すなわち平成9年における原告の年間給与所得は,753万2866円
であり,休業損害額の計算式は,753万2866円÷365日×466日≒96
1万7303円となる。
(f) 後遺症逸失利益 6944万7145円
原告の労働能力喪失期間は,症状固定時である51歳から67歳までの16年間で
あるが,被告会社の定年は,60歳である。
したがって,逸失利益を算定するに当たり,本件事故前すなわち平成9年における
原告の年間給与所得を基礎収入とする期間は,51歳から定年である60歳までの
9年間とすべきであり,51歳から60歳までの逸失利益の計算式は,753万2
866円×100/100×7.1078(9年のライプニッツ係数)≒5354
万2105円となる。
定年後である60歳から67歳までの7年間は,平成11年の賃金センサス60歳
から64歳までの高卒男子労働者平均賃金を基礎収入として,逸失利益を算定すべ
きであり,60歳から67歳までの逸失利益の計算式は,426万4200円×1
00/100×(10.8377(16年のライプニッツ係数)-7.1078)
≒1590万5040円となる。
(g) 後遺障害慰謝料1850万円
後遺障害等級併合第3級の慰謝料としては,上記金額が相当である。
(h) 損害合計 1億1130万4766円
c 給料差額は,本件事故後症状固定時あるいは治癒時までの期間の休業損害を算
定するに当たり,あれば考慮されるべき事項であるところ,原告は,症状固定後退
職時までの給料差額も併せて請求しており,妥当でない。
d 被告会社が,原告に対し,本件事故による負傷を理由として退職を促したこと
は全くない。したがって,原告が被告会社において定年まで就労することは十分可
能であった。そうすると,原告が後遺症を原因として被告会社を退職せざるを得な
かったとはいえず,原告の退職と本件事故との間には相当因果関係がない。
よって,原告は,被告らに対し,定年退職時に支払われるべき退職金と実際の支払
退職金額との差額を,本件事故に起因する損害として請求することはできない。
e また,逸失利益として本件事故前の収入の全額を損害として請求することは,
原告が被告会社において原告の就労可能な職場を用意されたにもかかわらず,これ
に応じず退職していることからすれば,本件事故と相当因果関係がなく,許されな
い。したがって,上記bの(f)で算定した後遺症逸失利益額は,かかる意味で,相
当程度減ぜられるべきである。
f原告は,自賠責保険金として,2339万円,労災保険金として,956万4
318円,被告会社支払給料として,1724万6866円,被告会社支払賞与と
して,254万9503円の合計5275万0687円の損害の填補を受けている
ので,損益相殺されるべきである。
(3) 過失相殺について
ア 原告の主張
労基法上,給料については労働者の生活を保護するため,懲戒による減額すら厳格
に制限され,また,業績悪化等を理由に一方的に減額することもできないとされて
おり,給料の減額は厳格な要件の下でしか行えないこととなっている。原告は,本
件事故後も平成13年2月28日までは被告会社の従業員であったから,上記退職
日までの給料は適正に算定された金額が支給されるべきことになる。ところが,被
告会社は,被告会社の業務中の労働災害により原告の労働能力を奪っているにもか
かわらず,原告の労働能力低下を理由に給料の減額を行っており,この点は認めら
れるものではない。そして,もし過失相殺を認めることになれば,給料減額を実質
的に行うことが可能となってしまう。したがって,原告が給料差額分(退職金差額
分に関しても同様の
ことが当てはまる。)として請求しているものに関しては,過失相殺の対象となら
ないというべきである。
イ 被告らの主張
本件事故により原告の労働能力が低下し欠勤していたために,査定評価が低くなり
欠勤控除された結果,賞与の額が減り,原告の年収は全体として本件事故前よりも
減少している。しかし,かかる年収の減少は,本件事故による休業損害あるいは逸
失利益の問題として捉えるべきであり,本件事故による損害として,当然過失相殺
の対象となるものである。
第3 争点に対する判断
 1争点(1)(本件事故の発生原因と被告らの責任)について
(1) 前記争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実に証拠(甲1,18
ないし20,21の1・2,乙4,5,16ないし24,証人H,同F,同J一
彦,同K,同M,原告本人,被告E本人)並びに弁論の全趣旨を併せれば,以下の
事実を認めることができる。
ア H運転手は,平成9年12月4日,本件車両のブレーキの利きが悪く,警告ラ
ンプが点灯したことから,同日午後4時30分ころ,被告会社の本件工場に赴き,
エンジンはかけたままの状態で,工場内の停止線手前のキャノピーに停車した。
H運転手は,事務所に入って,フロントマンの被告Eに対し,「ブレーキの利きが
悪いから見てくれ。」と依頼した。
イ 被告Eは,本件車両の運転席に入って走行距離を確認し,事務所に戻って,本
件車両の車両カルテ(乙5)に走行距離及び「ブレーキA」というブレーキ調整を
意味する記載をした後,ブレーキ調整を指示する作業指示書(乙4)を作成した。
そして,マイクでディスパッチャの原告を呼び,原告に同作業指示書を交付して,
誰かにブレーキ調整をやらせてくれと指示した。
原告は,この作業指示書をF整備士に渡して,ブレーキ調整を指示した。
ウ F整備士は,ストールが満車であり,ストール前の通路に移動させることにつ
いてもその時間を省きたかったことから,本件車両の停止地点であるキャノピー
で,エンジンを切ることなく,車輪止めもしないまま,ブレーキドラムとブレーキ
ライニングの隙間を狭くする調整及びブレーキライニングの残量確認等のブレーキ
の点検調整を行った(なお,本件事故発生直前において,本件車両のエンジンがか
かっていたか否かにつき,原告はエンジンがかかっていなかった旨供述するが,F
整備士は,エンジンを切っていない旨証言し,H運転手も,車両引取りのため本件
車両に乗り込んだ際,エンジンがかかっていた旨証言していること,本件事故発生
直後に原告から直接聴き取り調査をしたKも,原告がエンジンがかかっていたと言
っていた旨証言してい
ることなどに照らし,原告の供述はたやすく採用することができない。)。
F整備士は,その点検の結果,本件車両の前側の左右のブレーキライニングの残量
がないと思った。
エ 被告Eは,上記作業指示書を発行してからしばらくして,本件車両とは別の車
両の納車の段取りについて指示するために,マイクで原告を事務所内に呼び,やっ
てきた原告に対し,納車の段取りを頼む旨述べた。
それから間もなくして,F整備士が,事務所内にやってきて,「ブレーキライニン
グの残量がありません。」と被告Eに対し報告した(なお,被告Eは,F整備士か
らブレーキ調整は終わったとの報告があった旨供述し,一方,原告は,原告とF整
備士が二人で一緒に事務所へ行き,被告Eに3ミリくらいしかブレーキライニング
がないと報告した旨供述するが,F整備士の証言内容に照らし,上記いずれの供述
もたやすく採用することができない。)。
これに対し,被告Eは,「ライニングがなきゃ替えないかんな。」と述べた。
オ F整備士は,原告に「どうすればいいんですか。」と尋ねたところ,原告か
ら,「お前は取りあえず納車に行け。」と,本件車両とは別の車両の納車に行くよ
う指示されたので,その指示に従って納車に出かけたが,その時点では,ブレーキ
ライニングを取り替えるかどうかについてH運転手の指示待ち中であり,ブレーキ
調整のための待機中の状態であって,本件車両の整備はまだ終わっていないと考え
ていた。
カ 被告Eが,H運転手に対し,「ブレーキライニングがないから交換しなければ
ならないが,どうしますか。」と尋ねたところ,H運転手は,「そんな馬鹿な,3
か月くらい前にブレーキライニングを交換したばっかりだよ。」と答えた。そこ
で,被告Eは,「そうですか。取りあえずカルテを出して調べてみます。」と述
べ,車両カルテを調べることにした。
キ そのころ,原告も事務所から出て行った(原告は,F整備士と一緒に事務所か
ら出たものであり,その際,被告Eに「見てくるわ。」と言って本件車両を再点検
する旨伝えた旨供述し,一方,被告Eは,原告がF整備士と一緒にフロントから出
て行こうとした際に,本件車両とは別の車両の納車の段取りを頼むと念を押した旨
供述するが,F整備士は,原告から納車指示を受け一人で出かけた旨証言してお
り,その証言内容に照らし,上記いずれの供述もたやすく採用することができな
い。)。
ク 被告Eは,本件車両の車両カルテ(乙5)を確認した結果,平成9年10月1
8日に本件車両のブレーキライニングが交換されていることが分かった。そして,
被告Eとしては,ブレーキライニングは最低1年若しくは1年半くらいはもち,交
換から2か月弱でなくなることはあり得ないと考え,H運転手に対するブレーキの
利き具合に関する問診の結果等も併せ考慮して,F整備士の報告が間違いであると
判断した。
そこで,被告Eは,H運転手に対し,「調整が終わったので乗って行ってくださ
い。ライニングが少ないから今度のときに替えましょうか。」という趣旨の言葉を
述べて,本件車両の引取りを許可した。
ケ 事務所を出た原告は,3か月くらい前に張り替えたブレーキライニングがなく
なるのはおかしいと思ったが,故障部位によってはあり得ないことでもなく,ブレ
ーキの利き具合に関するものである以上,事故につながる危険があるので,簡単に
済ませるわけにはいかないと考え,本件車両の左前輪内側へ潜り込んでブレーキラ
イニングの点検を始めた。
コ H運転手は,被告Eから,本件車両の引取りを許可されたことから,同年12
月4日午後5時過ぎ,本件車両に戻ったが,本件車両の下に原告が潜り込んでいる
ことに気づかず,エンジンがかかっていたので,そのまま本件車両を発進させて,
原告を轢き,本件事故を惹起させた(なお,原告は,本件車両のエンジンがかかっ
たことから,逃げようとして,上半身を本件車両の下から出すことができたのであ
って,エンジンがかかったままの状態ですぐに発進したら逃げる余裕はなかった旨
供述するが,Kは,ドアが閉まったような音がして飛び出したが間に合わなかった
と原告が事情聴取に対して述べていた旨証言しており,上半身を本件車両の下から
出すことができたということから,本件車両のエンジンがかかっていなかったこと
が裏付けられるとい
うことはできない。)。
(2) 以上認定の事実によれば,修理の現場責任者であるディスパッチャの原告が本
件車両のブレーキの修理点検が終了したので引き渡してよいとの指示を出していな
いのに,フロントマンである被告Eにおいて,F整備士の「ブレーキライニングの
残量がありません。」との言葉の真偽を実際に確かめることなく,車両カルテとH
運転手からの事情聴取のみで,ブレーキには問題がないと判断し,事務所から出て
行った後の原告の行動に思いを致すことなく,H運転手に本件車両の引取りを許可
し,H運転手がその許可を受けて,十分な安全確認をせずに本件車両を発進させた
ことが競合して,本件事故が生じたものということができ,両者の過失が競合した
共同不法行為によって生じた事故というべきである。
(3) これに対し,被告らは,被告Eが原告に出した作業指示は,作業指示書記載の
ブレーキ調整のみであり,ブレーキライニングの張り替えは,ブレーキ調整とは全
く別個の作業であり,時間も費用もかかることから,顧客の了解を得なければなら
ない整備作業であって,これを実施するか否かは,顧客と直接対応するフロントの
判断事項であるところ,被告Eは,原告に対し,ブレーキライニング張り替えの指
示は出しておらず,本件車両の整備はF整備士によるブレーキ調整の終了報告によ
って完了しているから,原告もF整備士に対し本件車両とは別の車両について納車
に行くよう新たな指示をしているのであって,被告Eとしては,原告及びF整備士
から本件車両の整備終了報告があったからこそ,原告に対し,本件車両とは別の車
両の納車を指示し,
H運転手に対し,本件車両の引取りを許可して,車両移動を指示したものであっ
て,被告E自ら作業終了の判断をしたものではなく,何らフロント係としての職務
分担違反に当たらない旨主張する。
しかし,前記認定のとおり,F整備士としては,いまだ本件車両のブレーキ調整の
ために待機中であり,ブレーキライニングを取り替えるかどうかについてH運転手
の指示待ち中の状態であると考えていたが,原告から,本件車両とは別の車両につ
いて納車に行くよう指示されたのでそのまま出かけたものであり,原告は自ら本件
車両のブレーキライニングの点検に行ったものと認められるのである。したがっ
て,F整備士の報告としては,ブレーキライニングの残量がないということにとど
まっているのであり,F整備士や原告から,被告Eに対し,本件車両の整備終了報
告があったものということはできない。そうすると,被告Eにおいて,自らの判断
で本件車両の引取りをH運転手に許可したことは,フロントマンとしての職務分担
に違反するものという
べきである。そして,原告が事務所から出て行こうとした時点では,既にF整備士
が原告からの指示を受けて納車のために出かけているのであるから,その後原告が
事務所から出て行く際に,被告Eが,原告に対し,改めて納車について指示したも
のとたやすく認めることはできず,被告Eにおいて,原告が納車に出かけたものと
思い込み,事務所から出て行った後の原告の行動に思いを致すことなく,本件車両
の引取りをH運転手に許可したことには,過失があるというべきである。この点に
ついては,J工場長も,メカニックがブレーキライニングがないと言っている以
上,もう一度確認した方が安全であることから,原告がその確認をしたものである
旨の証言をしており,原告の再点検という行動については,被告会社の業務を遂行
する上で当然予見し得
る行動ということができる。
次に,被告らは,被告会社においては,整備作業は安全確保のためすべてストール
内で行うことになっており,本件車両がストール内に移動されていれば,H運転手
が本件車両を発進させるという事態は起こり得ず,本件事故は発生しなかったもの
であって,本件事故が発生したのは,原告が,H運転手が立ち入ることのできる場
所,すなわちH運転手が車両を停止した場所において,整備作業をしたからにほか
ならず,また,本件車両に被告会社の定めどおり車輪止めが施してありさえすれ
ば,本件事故が発生することはなかった旨主張する。
しかし,前記のとおり,被告Eが,修理の現場責任者であるディスパッチャの原告
において本件車両のブレーキの修理点検が終了したので引き渡してよいとの指示を
出していないのに,本件車両の引取りを許可し,H運転手がその許可を受けて,十
分な安全確認をせずに本件車両を発進させたことが競合して,本件事故が生じたも
のというべきであって,原告がストール外のキャノピーにおいて車輪止めを施さな
いでブレーキライニングの点検を行ったことは,過失相殺事由に該当するというこ
とはできても,そのことが本件事故の専らの原因であるということはできない。
(4) 以上によれば,本件事故は,被告EとH運転手の過失が競合して生じたもので
あり,被告Eとしては,原告に対し,不法行為責任を負うものというべきである
(被告EとH運転手は共同不法行為者となる。)。
そして,被告Eの行為は,自動車の修理点検という被告会社の事業の執行につきな
されたものであるから,被告会社は,原告に対し,被告Eの不法行為責任につき,
使用者責任を負うというべきである。
なお,被告会社の安全配慮義務違反による債務不履行責任の有無については,原告
において,不法行為責任と債務不履行責任を選択的に主張しているものと解される
ので,判断の要はない。
 2争点(2)(原告の損害額)について
(1) 原告は,被告らの平成14年5月7日付け第9準備書面における損害論につい
ての主張及び乙29の提出は,時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきで
ある旨主張するところ,それらの提出によって口頭弁論の終結が遅れたということ
はなく,時機に後れたものということはできない。
(2) 本件事故によって原告が被った損害については,後掲証拠によれば,以下のと
おりと認めるのが相当である。
ア 治療費  956万7518円(甲16,17,乙15)
イ 入院雑費    23万9200円
入院雑費は,1日当たり1300円が相当であり,これに入院日数184日(前記
争いのない事実)を乗じたもの。
ウ 通院交通費126万0360円
往復の交通費1万1670円(甲7の1,2)に平成10年6月10日から平成1
2年7月3日までの実通院日数108日(甲4,6,7の1,2)を乗じたもの。
なお,前記争いのない事実によれば,原告の症状固定日は平成11年3月15日で
あるが,それ以降もリハビリのために通院しているものであり,その通院に要した
費用についても,本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。
エ 給料差額分  654万9323円
被告らも,その主張において,原告の平成9年冬季(本件事故発生直前)の賞与
は,査定評価がAで,査定分33万円に一律分75万2000円を加え108万2
000円の支給額であったこと,原告の平成10年夏季(本件事故発生直後)の賞
与は,当期が本件事故発生直後であり,原告が入院治療中であったことから,査定
は行われず,一律分のみから欠勤控除したこと,欠勤日数の算定に当たって,平成
10年度持ち越し分を含む有給休暇残日数をすべて消化したこと,その結果,査定
評価はなく,査定分は0円となり,一律分は66万5000円であるので,これか
ら欠勤控除18万3000円を引くと,支給額は48万2000円となったこと,
原告の平成10年冬季以降の賞与は,査定評価が労働力の提供が一切ないとの理由
でDであり,その結果
,原告の平成10年冬季賞与は15万円,平成11年夏季賞与は22万6000
円,平成11年冬季賞与は22万7000円となり,平成12年以降も同様に算定
されたこと,原告の職能給の昇給については,本件事故の結果,平成10年度の労
働力提供の見込みがなかったため,査定評価はCとされ,原告の職能給は3号俸の
昇給となったこと,原告の昇給については,平成11年度以降も同様の方法により
行われたことを認めている。
そうすると,本件事故により,原告は,欠勤控除及び労働力の提供がないとの査定
評価による賞与の減額を受け,また,労働力提供の見込みがないとの査定評価によ
り通常の昇給を受けられなかったものということができ,これは本件事故によって
原告が被った損害ということができる。
そして,甲8,10,11,13の1ないし6,15及び弁論の全趣旨によれば,
原告が労務の提供ができる状態で通常の昇給を受け,賞与の減額を受けることがな
ければ受領できた金額は,別紙計算書のとおり,2474万8126円と認めるの
が相当であり,これから,平成10年1月から平成13年2月までに被告会社から
原告に支払われた金額1819万8803円(この額については当事者間に争いが
ない。)を差し引くと654万9323円となり,これが本件事故による給料差額
分の損害額と認めることができる。
なお,被告らは,退職時を基準に給料差額発生期間と逸失利益算定期間に分けるの
は妥当でなく,症状固定時を基準に休業損害の問題と後遺障害による逸失利益の問
題とに分けるべきである旨主張する。しかし,原告は,症状固定後も退職までは給
与及び賞与の支払を受けていたのであるから,その期間について労働能力喪失率に
基づいた逸失利益を算定するのは相当でなく,本件事故に起因する現実の収入の減
少分をもって損害と認めるのが相当である。
オ 入通院慰謝料300万円
前記認定の入通院日数等に照らせば,入通院慰謝料としては,300万円が相当で
ある。
カ 後遺症逸失利益 5447万3349円
前記争いのない事実にあるとおり,原告の後遺障害等級は併合第3級であることか
ら,原告の労働能力喪失率は,100パーセントと認めることができる。そして,
甲17によれば,原告は,昭和22年10月11日生まれであり,平成11年3月
15日の症状固定時には51歳,後記の平成13年2月28日の退職時には53歳
であったことが認められる。そうすると,原告の後記退職後に生ずる逸失利益は,
以下の(ア),(イ),(ウ)の合計金額と認めるのが相当である。
(ア)55歳まで     1386万9229円
822万3676円(別紙計算書のとおりの昇給を前提とした平成12年給与)×
(3.5459(51歳から55歳までの4年間のライプニッツ係数)-1.85
94(51歳から53歳までの2年間のライプニッツ係数))
(イ)56歳から60歳まで2343万3526円
657万8940円(56歳以降の給与=上記平成12年給与に8割を乗じた額)
×(7.1078(51歳から60歳までの9年間のライプニッツ係数)-3.5
459(51歳から55歳までの4年間のライプニッツ係数))
(ウ)61歳から67歳まで1717万0594円
460万3500円(平成10年賃金センサスによる男子労働者学歴計年齢別平均
賃金)×(10.8377(51歳から67歳までの16年間のライプニッツ係
数)-7.1078(51歳から60歳までの9年間のライプニッツ係数))
キ 後遺障害慰謝料1900万円
原告は,前記のとおり,併合第3級に該当する後遺障害を負ったものであり,後遺
障害慰謝料としては,1900万円と認めるのが相当である。
ク 退職金差額       0円
原告が,平成13年2月28日,被告会社を退職したものであり,被告会社が,同
年3月28日,原告に対し,退職金として895万4500円を支払ったことは当
事者間に争いがない。
ところで,原告は,本来定年まで就労するつもりであったところ,本件事故により
退職を余儀なくされたものである旨主張する。しかし,原告自身が,被告会社から
も職場復帰するよう言われたが,希望退職者を募っているということを聞き,自ら
辞めた方がよいのではないかと思って退職した旨供述しているところ,原告は,平
成11年3月15日の症状固定後も被告会社に雇用されていたものであるから,本
件事故により退職を余儀なくされたものと認めることはできず,原告の定年退職時
に本来支払われるべき金額と原告が現実に受領した退職金額の差額をもって,原告
が本件事故により被った損害ということはできない。
ケ 損害合計額
以上によれば,本件事故によって原告が被った損害額合計は,9408万9750
円となる。
コ 既払金
原告に対する自賠責保険からの既払金が2338万6800円であることは当事者
間に争いがなく,乙15によれば,原告に対する労災保険からの療養補償給付とし
ての支払額は956万4318円であると認めることができる。
なお,被告らは,被告会社が原告に支払った給料及び賞与も損益相殺の対象とすべ
き旨主張するが,前記のとおり給料差額分を損害として認定するものである以上,
支払われた給料及び賞与が損益相殺の対象となるものということはできない。
 3争点(3)(過失相殺)について
前記1で認定した本件事故の状況に照らせば,原告は,被告Eに特に断ることな
く,事務所を出て,ストール内ではなく,キャノピーに停車中の,エンジンがかか
った状態で車輪止めを施していない本件車両の下に潜り込んで,ブレーキライニン
グの再点検を始めたものということができ,ディスパッチャの立場にある原告とし
ては,当然にその危険性を認識し得たものというべきであり,原告には本件事故の
原因となった過失があるものといわざるを得ない。
しかし,原告本人の供述によれば,ディスパッチャである原告が指示しない限り,
整備車両を動かす者はいないと考えて,本件車両の下に潜り込んで再点検を始めた
ことが認められ,前記争いのない事実にあるディスパッチャの職務分担内容に照ら
せば,原告がそのように考えたことには一定の合理性があるということができる。
そうすると,本件事故の主たる原因は,前記認定のとおり,本件車両のブレーキ調
整についてディスパッチャの原告から整備完了報告がなされていないのに車両の引
取りを許可した被告Eと,その許可に基づき安全を十分に確認することなく本件車
両を発進させたH運転手の競合した過失によるものというべきであって,その過失
の方が原告の過失よりもはるかに大きいものというべく,原告の過失に基づく過失
相殺の割合としては3割と認めるのが相当である。
なお,原告は,給料差額分として請求しているものに関して過失相殺を認めること
になれば,給料減額を実質的に行うことが可能となってしまうから,過失相殺の対
象とならないというべきである旨主張するが,給料差額分も本件事故に起因する損
害である以上,過失相殺の対象となるというべきである。
4 小括
(1) 自賠責保険からの給付額については,損害項目に関係なく損害額全体から損益
相殺をした後にこれを過失相殺の対象とすべきものと解されるが,労災保険給付と
過失相殺の先後関係については,まず過失相殺をして損害賠償額を減額してから労
災保険給付の控除を各損害項目に対応させて行うべきものと解するのが相当である
(最高裁第1小法廷昭和55年12月18日判決・民集34巻7号888頁,最高
裁第3小法廷平成元年4月11日判決・民集43巻4号209頁参照)。
そうすると,前記損害額合計9408万9750円から自賠責保険からの既払金2
338万6800円を控除した7070万2950円を基に3割の過失相殺をする
と4949万2065円(7070万2950円×0.7)となり,そのうち,治
療費の占める額は,503万2601円(4949万2065円×956万751
8円÷9408万9750円),平成10年の給料差額分の占める額は,103万
2332円(4949万2065円×196万2576円÷9408万9750
円),平成11年の給料差額分の占める額は,97万6733円(4949万20
65円×185万6876円÷9408万9750円),平成12年の給料差額分
の占める額は,134万0257円(4949万2065円×254万7973円
÷9408万9750
円),平成13年の給料差額分の占める額は,9万5680円(4949万206
5円×18万1898円÷9408万9750円)となる。
そして,前記のとおり,原告に対する労災保険からの療養補償給付としての支払額
は956万4318円であるから,上記503万2601円の治療費については,
労災保険からの療養補償給付により補填済みということになり,この治療費額は損
害額から控除すべきことになる。
したがって,これを控除した後の損害額は,4445万9464円(4949万2
065円-503万2601円)となる。
(2) 本件事案の内容や訴訟の経緯に照らせば,本件事故と相当因果関係のある弁護
士費用相当額の損害は,440万円と認めるのが相当である。
(3) したがって,原告の損害額合計としては,4885万9464円(4445万
9464円+440万円)となる。
(4)以上によれば,原告の請求は,被告らに対し,連帯して,4885万9464
円及びこれに対する前記給料差額を除いた他の損害合計である内金4541万44
62円(4885万9464円-103万2332円-97万6733円-134
万0257円-9万5680円)に対する本件事故の日である平成9年12月4日
から,平成10年分の給料差額である内金103万2332円に対する当該給与年
度の年末の翌日である平成11年1月1日から,平成11年分の給料差額である内
金97万6733円に対する当該給与年度の年末の翌日である平成12年1月1日
から,平成12年分の給料差額である内金134万0257円に対する当該給与年
度の年末の翌日である平成13年1月1日から,平成13年分の給料差額である内
金9万5680円に
対する退職の翌日である平成13年3月1日から,それぞれ支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があることになる(な
お,給料差額の損害は,本件事故によって生じた休業損害に準じる現実損害であ
り,その遅延損害金の起算日については,原告が請求しているように給与の支払時
期経過後に繰り下げる必要はないと解されるが,原告がそのように繰り下げた請求
をしているので,その限度で遅延損害金の始期を認めるものである。)。
第4 結論
よって,原告の請求は,主文掲記の限度で認容し,その余は理由がないから棄却す
ることとし,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第1部
裁判官橋本昌純

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