弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人は無罪。
理由
1本件公訴事実及び争点
(1)本件公訴事実(ただし,平成19年8月20日付け訴因等変更請求書にか
かる訴因変更後のもの)は,「被告人は,a市副市長として,市長を補佐し,
同市発注工事に係る事務を掌理するなどの職務に従事していたものであるが,
a市長として,同市の事務を管理し,これを執行するなどの職務に従事してい
たA1,同市議会議員として,同市議会の議決すべき事件につき議会に議案を
提出し,提出された議案について質疑し,表決に加わるなどの職務に従事して
いたA2,大阪府警察官として勤務する傍ら,かねて公共工事に関する情報な
どを建設業者に提供するなどしていたA3,公共建築工事の受注等に関する業
務に従事していた株式会社B1本店常任顧問A4,同社常務執行役員A5,株
式会社B2常務執行役員A6,B3株式会社b支店副支店長A7及びB4株式
会社c支店支店次長A8らと共謀の上,a市が平成17年11月10日に開札
した『仮称第2清掃工場建設工事(土木建築工事)』の制限付き一般競争入札
に,B1・B2共同企業体のほか,B3株式会社b支店及びB4株式会社c支
店が参加するに際し,公正な価格を害する目的で,同年10月20日ころから
同年11月10日ころまでの間,大阪府下又はその周辺において,B1・B2
共同企業体に同工事を落札させることで合意するとともに,そのころ,B3株
式会社b支店及びB4株式会社c支店のそれぞれの入札金額をB1・B2共同
企業体の入札金額を超える金額とする旨の協定をし,もって,入札の公正な価
格を害する目的で談合したものである。」というものである。
(2)検察官は,本件公訴事実にかかるa市発注の「仮称第2清掃工場建設工事
(土木建築工事)」(以下,同工場を「本件清掃工場」といい,同工事中,建
屋の建設工事を「本件工事」という。)の入札に関し,被告人において株式会
社B1が談合により本件工事を落札・受注することを認識しながら,これに協
力するなどして当該談合を共謀した旨主張するところ,被告人は,当該談合が
なされたこと自体を知らなかったし,談合の共謀をしたこともないなどと供述
し,弁護人も,被告人には当該談合の共謀がなかったなどとしてその無罪を主
張している。
そこで,以下,当裁判所が,被告人が本件談合を共謀した事実は認められず,
被告人は無罪であると判断した理由について説明する。
2前提事実
関係各証拠によれば,以下の事実が認められ,これらについては,被告人及び
弁護人も概ね争っていない。
(1)被告人と本件の関係者について
ア被告人は,昭和40年9月にa市役所に採用され,水道局,下水道部,環
境対策部,市長公室勤務,理事などを経て,平成15年5月22日,助役に
就任し(平成16年4月に「副市長」と改称),平成19年5月,副市長に
再任された。
イA1は,平成7年にa市長となり,以後,平成19年9月に辞任するまで
同市長の職にあったが,その間,被告人を前記アのとおり同市の助役ないし
副市長に任命した。
ウA2は,平成7年にa市議会議員となり,以後,A1の政治姿勢に共感す
るなどして,同人との親交を深めていた。
エA3は,大阪府警察官の職にあり,かねてからA1と面識を有していたが,
平成12年6月ころ,同人からA2を紹介され,以後,両名と共にA2方に
集まり,3人で情報交換等をするようになった。
(2)本件工事が落札された経緯について
ア平成5年ころ,a市では,本件清掃工場の建設工事に関する検討委員会が
組織され,建設予定地の選定や住民に対する説明等の準備を行っていた。同
工事の発注形態や予算の積算等は,C1部(平成16年4月に「C2部C3
室」と改称)が担当しており,C1部の担当助役(副市長)は,平成15年
5月まではD,同月22日以降は被告人であった。
イ平成14年,市長の諮問機関として「第2清掃工場建設検討会議」(以下,
「検討会議」という。)が組織され,以後,同会議において,焼却炉の焼却
方式や発注方式について検討が行われた。そして,平成15年8月29日,
検討会議は,本件清掃工場の建設工事の発注方式について,プラント(焼却
炉)と建屋の工事を分離発注することが妥当である旨の結論を示し,同年1
0月7日,被告人を委員長とする検討委員会も,これを尊重する旨の報告を
行って,後日,A1がプラントと建屋の工事を分離発注する旨の決裁をした。
さらに,平成16年3月,本件清掃工場の設計の発注方式についても,プラ
ントと建屋とで分離発注することが決定された。
ウ同年5月,本件工事の設計業務を株式会社Eが落札した。
エ同年6月10日,本件清掃工場のプラント設備工事の入札が予定価格59
億2346万2000円(税抜き)で実施され,F株式会社が57億750
0万円で落札した。その結果,本件工事の予算額は,a市が,平成16年度
に本件清掃工場の建設工事全体の予算額として計上していた99億680万
円の残額の約39億円(税抜き)となった。
オ平成17年7月21日,本件工事が予定価格を39億2564万8000
円として公告され,開札日は同年8月10日とされていたが,同月2日から
同月8日までの入札申込期間中に1社も応札せず,不調となった(以下,こ
れを「1回目の入札」という。)。
カ同月19日,a市の財政課及びC3室の関係職員が協議して,同年9月の
市議会に本件工事のための18億円の補正予算を計上する方針となった。同
年8月31日,補正後の予算額を57億214万1000円とする補正予算
案の市議会への提出がA1によって決裁された。
キ同年10月20日,本件工事が予定価格を56億4896万6000円
(税抜き),入札申込期間を同年11月1日から同月8日として再度公告さ
れ,同月10日に開札されて,株式会社B1と株式会社B2の共同企業体
(JV。以下,このJVを「B1・B2JV」という。)が55億6000
万円(税抜き)で落札した(以下,これを「2回目の入札」という。)。同
入札においては,B1・B2JV以外に,B4株式会社c支店(以下,「B
4株式会社」という。)が55億9800万円で,B3株式会社b支店(以
下,「B3株式会社」という。)が56億2500万円(いずれも税抜き)
でそれぞれ入札をしていた。
ク同年12月5日,本件工事を落札したB1・B2JVとa市との請負契約
がa市議会で承認された。
(3)本件工事の受注に向けた株式会社B1の活動等について
ア関西の建設業界においては,平成17年12月に談合決別宣言が出される
までの間,長年にわたり,建設工事の受注に関して,株式会社B1と株式会
社Gが交代で裁定担当役となって,談合が恒常的に行われていた。そこでは,
受注を希望する特定の工事について,各社が営業活動等により落札するため
の「条件」を獲得し,業者間での話し合いによって,最も条件的に優位な建
設会社が当該工事を落札する資格を有する「選手」になるというルールが確
立していた。選手になるための条件には,発注者の意向である「天の声」,
元施工業者であること,設計会社への技術協力,工事計画地付近に用地を取
得していること,設計図面の入手等があった。
イ株式会社B1は,平成7年末ころから,同社の業務担当のA4らが中心と
なり,本件清掃工場の建設予定地の隣地を賃借するなどし,本件工事の受注
に向けて準備していたが,株式会社B2が株式会社Eとの間で本件工事の設
計協力をする約束を取り付けていたことが判明したことから,株式会社B1
と株式会社B2の談合担当者間の話し合いを経て,平成16年9月ころ,株
式会社B2とJVを組むことで合意し,その結果,株式会社B1は,本件工
事につき,立地の点に加えて,設計協力の点で条件が揃ったこととなり,選
手になることについて他社よりもはるかに優位に立った。
ウ平成17年7月ころ,株式会社B1の談合担当者であるHらは,1回目の
入札における予定価格が株式会社B1内での見積額を大きく下回っており,
受注しても採算がとれないと判断したため,営業担当者であるIらと相談の
上,応札を見送ることとした。Hは,このことを踏まえて,入札資格を有す
る他社の談合担当者らに連絡し,株式会社B1のほかに落札意欲のある業者
がいないことを確認するとともに,株式会社B1に落札意欲があることを他
社の談合担当者らに示した。
エ同年10月,株式会社B1は,2回目の入札に応札することを決め,Hに
おいて,B3株式会社及びB4株式会社の談合担当者に,株式会社B1より
も高い金額で入札に参加する,いわゆる「おつき合い」の依頼をし,前記
(2)キの55億9800万円及び56億2500万円の各入札額を指示し,
両社は,その指示金額で入札した。
3業者間の談合について
以上を前提に,まず,本件工事の受注に関し,業者間で談合が行われたかにつ
いて検討する。
(1)B1・B2JVが前記2(2)キのとおり本件工事を落札するにあたっては,
前記2(3)イないしエのとおり,株式会社B1,株式会社B2,B3株式会社
及びB4株式会社の各談合担当者により,順次,同JVの受注に向けた話し合
いが行われたことが認められる。
(2)また,2回目の入札における株式会社B1の応札は,前記2(3)アの業界の
ルールに基づいてなされたものと認められるところ,かかるルールは,公共工
事の競争入札において純粋な自由競争が行われると,いわゆる叩き合いとなっ
て落札価格が低額化し,落札業者が十分な利益を確保できなくなる可能性があ
ることから,業者間の共同の利益を保持することを主目的として慣行化された
ものと解される。
しかるに,公共工事における競争入札は,可能かつ相当な範囲で,その工事
費用を低額に抑えることをも企図しているものというべきであるから,そのよ
うに十分な利益が確保された入札額は,そもそも,かかる企図に反し,当該入
札における公正な価格を害するものであることが相当程度推認される。
しかも,株式会社B1において,1回目の入札では,採算がとれないという
判断から応札しなかったにもかかわらず,2回目の入札では,自ら設定した前
記2(2)キの入札額で応札したことからすれば,その額が同社の利益を十分に
確保するものでなかったとは考えがたいし,同入札額で確実に受注できるよう
B3株式会社及びB4株式会社の担当者に「おつき合い」を依頼し,正常な競
争入札を装っていることから,株式会社B1には「公正な価格」を害する認識
があったと認められる上,前記両社担当者においても,前記ルールの下で「お
つき合い」をしている以上,このような株式会社B1の応札目的を認識してい
なかったとは到底考えられない。
加えて,株式会社B2の工務部で本件工事の見積業務を担当していたJも,
「株式会社B2が単体で受注した場合,55億2500万円で落札すれば,一
般管理費を賄った上,純利益を確保できるし,もし叩き合いになれば,限界N
ETの52億8000万円くらいで入札することになる」旨供述しているとこ
ろである(甲37の同意部分)。
したがって,前記(1)でみた業者間の話し合いは,公正な価格を害する目的
でなされたものと認めるのが相当である。
(3)以上によれば,本件工事の受注に関し,業者間において刑法96条の3第
2項所定の談合が行われたことが優に認められる。(以下,この談合のことを
「本件談合」という。)。
4被告人の共謀について
(1)関係各証拠によれば,本件談合の端緒となったA1及びA2の行動等とし
て,以下の事実が認められ,これらについては,被告人及び弁護人も概ね争っ
ていない。
アA1が平成7年にa市長に就任した当初,a市議会は同人にとって有利な
情勢になく,とりわけ市議会議長のKが反A1の中心的存在として議会に強
い影響力を及ぼしていた。また,Kには,a市発注の公共工事に関し,特定
の建設業者と結託しているとの噂もあった。A2とA1は,かかるKのa市
における影響力につき相談し合うなどしていた。
イA2は,A1から紹介された建設業者のLにKの問題を相談したところ,
Lから,株式会社B1の営業担当者であるA5を紹介され,以後,LとA5
がA2方に出入りするようになった。そして,A2は,LやA5と面談する
中で,関西の建設業界では株式会社B1のA4が談合を仕切っており,株式
会社B1にa市の状況を直接説明するのがよいと聞き,A1とともに,株式
会社B1側と相談することにした。
ウ平成11年12月,b市内にあるホテルMの会議室において,A1,A2,
L,株式会社B1営業担当役員N及びA5が出席して会合が持たれた(以下,
この会合を「M会談」という。)。この中で,A1及びA2は,Kと結び付
いた業者を排除するよう,株式会社B1がa市発注の公共工事を仕切っても
らいたい旨依頼し,株式会社B1側もこれを了承した。そして,その際,N
が「本件清掃工場を是非頑張りたい」と発言し,これを受けて,A1が「そ
れは頑張ってもらったらいいですが,全部が全部というわけにはいきません
けど」などと発言した。
エA2は,M会談以降,本件清掃工場の建設工事に関するものを含め,自身
が入手したa市発注の公共事業の議会資料を,Lを介するなどして,株式会
社B1に渡すようになった。
(2)さらに,関係各証拠によれば,前記(1)の経緯の後,A3も本件談合に関わ
り合いを持つようになったことが認められるところ,検察官は,主にA3の供
述に依拠して,被告人の本件談合への共謀の成立を主張しているものと解され
るので,その供述内容をみると,A3は,自身が本件談合を共謀したことを認
めた上で,A1,A2及び被告人と本件談合との関わり合いなどについて,次
のように供述している。
ア平成14年の秋ごろ,A2方にA1,A2及びA3が集まった際,A1及
びA2から「Kの利権を排除するため,株式会社B1に本件清掃工場の仕切
りを頼んでいる。良いものをつくりたいから,株式会社B1に取らせたいと
考えている」などと打ち明けられ,協力することを承諾した。
イ平成15年4月,A2方で,A5に「談合したらあかんなんてちんけなこ
とは言わん。やるんやったらきっちりやれ。その代わり,A1市長やA2先
生に迷惑をかけるようなことをしたらあかん」などと言った。
ウその後,A2方にA1,A2及びA3が集まった際,A2から「本件工事
はプラントメーカーに対する一括発注になっているが,Kとつながっている
プラントメーカーとゼネコンに受注させないため,分離発注にするのはどう
か」と相談され,さらに,その後の同年5月ころ,A2方に同じ3人で集ま
った際,「『談合防止という観点から分離発注のほうがよい』と市の幹部に
説明をしてほしい」と頼まれ,これを引き受けた。そして,同年の5月か6
月ころ,a市役所において,A1,被告人,D,その他数名の幹部の前で,
本件清掃工場につき談合情報があり,プラントとゼネコンが結託している,
プラントと建屋の工事を分離発注するのが談合防止に役立つ旨の説明をする
と,A1は,A3の今の意見を参考にして検討するようにと幹部らに指示し
た。
エ同年の5月か6月ころ,前記ウとは別の機会にA1から,今度助役になり,
本件清掃工場のトップだといわれて,被告人を紹介された。その際,被告人
は真面目で堅物そうに見えたので,後日,A3がA1とA2に,本件工事を
株式会社B1に受注させる件で被告人と接触しても大丈夫かどうかを確認し
たところ,A1が「大丈夫や。甲さんには『A3さんとちゃんと話して,A
3さんの言うとおり動いてくれ』と言うてる」と言った。それでも不安は残
ったが,慎重派のA1が言うことなので,前記受注の話がちゃんと被告人に
通じているのだろうと思った。
オ平成16年1月ころ,A2方にA1,A2及びA3が集まった際,A2か
ら「本件清掃工場の設計業務をプラントメーカーに一括発注するようになっ
ているが,株式会社B1から設計業務を分離してほしいと頼まれているので,
工事の分離発注と同様,設計が分離発注になるように,また市の幹部に『談
合防止になる』と説明してほしい」と頼まれ,これを引き受けた。そして,
同月中旬ころ,a市役所において,A1,被告人,D及び担当理事のOらの
前で,プラントと建屋の設計業務を分離発注するのが談合防止になる旨の説
明をすると,A1が幹部らに前同様検討を指示した。
カ平成17年5月か6月ころ,A3が被告人と会ったとき,本件清掃工場は
予算が少なく,応札があるかどうか不安だという話になった。その際,A3
は,A1からの話が被告人にきちんと伝わっているかどうかを見極めるため,
わざと「株式会社B1」の名前を出して,「株式会社B1がちゃんと取る言
うとるから取りよります。市長がそういうふうにちゃんと言うとるから取り
ます」と言ってみると,被告人は「それはそうですな」というような反応で
あった。A3は,その反応から,A1からの話が被告人にきちんと伝わって
いると確信できたと思った。
キ同年7月10日過ぎころ,A2から,入札が近付いてきたので,被告人か
ら入札の予定や条件を聞いて,A5に伝えて欲しいと言われた。そこで,同
月19日ころ,副市長室に行き,被告人から「本件工事の予定価格が約39
億円ぐらい,経営審査事項(以下,「経審点」という。)のP点が単体で1
400点,JVでは1200点以上,Y点が500点である」と教えてもら
った。その際,A3が「経審点が緩いと訳の分からんとこがようけ入ってく
る」と言ったところ,被告人は「内部で基準があるのでどうしようもない。
予定価格が安いので応札があるかどうか不安だが,なければないでしょうが
ない。応札がなければ,仕切直して予算取りして出すこともできるから」と
言っていた。A3が「どうしてもということなら,どこか業者に取らせまし
ょうか」と言ってみたところ,被告人は非常に驚いた反応を示していた。そ
こで,A3が「ちゃんと株式会社B1に取るように言います,少々安くても
取るように言います」と言ったところ,被告人は,笑って,「そうですね,
お願いします」というようなことだった。
クその後すぐに,被告人から聞いた話をA5に伝え,取るよう言ったところ,
A5は,安すぎると応札を渋っている様子だった。そこで,A1とA2に相
前後して「株式会社B1が流すようなので,流れたら補正予算を組むなりし
て増額して発注する形にしてやってくれ」と言うと,A2は「議会も難しい
ので無理しても取らせて欲しい」と言い,A1も議会で自分が頭を下げるこ
とに難色を示していた。
ケ同月28日,b市内のPホテルで,A5から見積金額記載の紙等を見せら
れ,「予定価格も安いし,経審点も緩すぎる。今回は不調にするので,予算
を増額するよう市のほうに伝えてもらいたい。金額はせめて株式会社Eの算
出した53億程度は必要である。経審点も厳しくしてもらいたい」などと言
われた。そこで,同月29日ころ,被告人に「今回,株式会社B1は流すと
言うてます,金額が安すぎるのでいけないということです」と言うと,被告
人は「そちらさんがそう言うんであれば仕方ないですね」と言っていた。そ
の際,A3が「株式会社B1が『設計金額に近い金額でないとしんどい,流
す』と言っている。補正予算を組んでもっと上げてやって欲しい」と言った
ところ,被告人は「予算はこちらが決めることだ。いちいち言われることで
はない」と怒っていた。その後,A3は,A5に「今回流すのは仕方がない
が,増額した形で再度発注があるから今度は取ってくれ」と言った。
コ同年8月20日ころ,A2方にA1,A2及びA3が集まった際,A2か
ら「次回は増額して発注するので,確実に落札するよう株式会社B1に頼ん
でもらいたい」と言われたので,A3は「市としても金額を増額して株式会
社B1が納得できる金額にしたらなあかんで」と言った。その後すぐ,A2
から「『本件工事については,39億をただ増額するのではなく,別に発注
する予定だった12億ほどの工事を15億まで引き上げ,更に2,3億プラ
スアルファして,上乗せした金額で発注する。合計で56億から57億ぐら
いになる』と甲さんから聞いてきた。これで確実に取るよう株式会社B1に
言ってほしい」と頼まれた。同月26日ころ,A3は,A5にA2の話を伝
えた上,「市の方は目一杯頑張っているから次は取って欲しい」と頼んだ。
それに対するA5の反応は悪くはなかったが,A5は「60億くらいにして
欲しい。その旨,市の方にお願いして欲しい」と言ってきた。
サ同月30日ころ,副市長室で,被告人に予算の増額の話がどうなったのか
を聞くと,被告人は「もともと7億くらいの付属建物の工事を12億にし,
これを15億に引き上げて,それに2,3億プラスアルファするので,これ
以上増やすことはできない」と言っていた。そこで,A3が「目一杯やって
もらっているんやから,B1のほうもこれやったら取りまっしゃろ。株式会
社B1にも取るように言っておく」と言うと,被告人は「1回目が不調にな
っているし,今度また不調になったら私自身責任問題で失態や。よろしくお
願いします」と(いうような話を)言っていた。
シ間もなくA5に被告人の話を伝えた上,ちゃんと取るように言うと,上の
方と検討すると言われた。
ス同年10月上旬ころ,A5から株式会社B1が本件工事を取ることを聞か
され,予定価格や入札条件等を教えて欲しいと頼まれた。
セ同年10月中旬ころ,A3は,副市長室で,被告人から「予定価格は56
億少しくらい,入札条件はP点が単体で1500点,JVで1300点,Y
点が500点以上である」と教えてもらった。その際,被告人が「ほんま,
大丈夫ですか」などと心配していたので,「株式会社B1が取ると言ってい
るから,間違いなしに取ります」と答えた。A5には,すぐにその情報を伝
え,その際,間違いなく取るよう念押ししたら,分かりましたと答えていた。
(3)被告人の弁解内容について
これに対し,被告人は,本件談合が行われたことも,A3らがこれに加担し
ていたこともまったく知らなかったとして,①A3のことは,A1から談合捜
査のプロの警察官として紹介を受け,それを信用しており,A3から本件工事
の情報について聞かれた場合には,捜査上必要なのだと思ったのでこれを教え
た可能性がある,②本件工事の入札の実施について決裁をした際,被告人自身
は,予定価格の金額を記載していない書類に「金抜き決裁」を行ったから,そ
もそも被告人が公告前に予定価格を知ることはできず,A3に教えることもで
きなかった,③A3との間で,株式会社B1が本件工事を受注することを前提
とした会話をしたことはない,④A3が本件工事の予算について口出しするよ
うな発言をしたため立腹したことはあった,などと供述している。
(4)A3供述の信用性について
そこで,被告人の前記供述も踏まえた上で,A3の供述の信用性について検
討する。
アA3は,本件談合における自身とA1,A2,被告人及びA5との間のや
り取りを具体的かつ詳細に供述しており,その供述内容は,大筋で自然な流
れの話となっていて,既に本件談合罪につき判決が確定して虚偽供述をする
ような動機がなく,具体的かつ詳細で信用性を認めることのできるA5の公
判供述や,いずれも証拠能力及び信用性を認めることのできるA2及びA1
の捜査段階における各検察官調書謄本(甲65ないし67,82ないし8
5)中の供述ともほぼ符合している上,本件談合を共謀したことを否認して
いるA2の公判供述とも,実質的に一致する部分がかなり存在する。
他方において,なるほど,弁護人が指摘するように,A3は,本件談合の
共犯として起訴されていた者であることから,自己の刑責を軽減すべく,被
告人を含む本件共犯とされる者らに責任を転嫁する動機がないとはいえない
ため,その供述の信用性は慎重に検討する必要があるとはいえる。しかし,
A3は,本件の証人尋問時には,全ての事実を認めていた一審に引き続き,
量刑不当で上訴していた控訴審でも既に実刑判決を言い渡され,上告中では
あったものの,「最高裁で刑が覆るとは思わない」旨の供述をしていたこと
に鑑みれば,かかる責任転嫁の危険性は,相当程度低下していたというべき
であるし,検察側に迎合して事実から乖離した供述をする必要性も乏しい状
況にあったとみることができる。また,A3の供述内容をみても,A1及び
A2との関係において,自身がa市と株式会社B1間の連絡役等の従属的立
場にあったことを強調するかのような部分もみられるが,その反面,本件工
事の発注方法等に関してA1やA2に対して自ら提言したり意見を述べたり
したことや,株式会社B1に本件工事を受注するようA5に対して何度も働
きかけたこと,A5の依頼を踏まえて被告人と何度も面談し,本件工事に関
する情報の提供を受けたことなどに関しては,包み隠さず率直に供述してい
ることが窺われる。そして,A3において,A1,A2及びA5との関わり
合いに関する事実については,前記のとおり,それらの者の供述とほぼ符合
する供述をしていながら,被告人と二人きりでいた際の状況に限ってだけ,
敢えて被告人の供述と相反する虚偽の供述をする理由があるとはにわかに考
えにくい。
したがって,A3の供述は,その大要においては,相応の信用性が認めら
れる。
イしかしながら,A3の前記供述をより子細に検討してみると,被告人とA
3との間で本件工事に関する会話がなされたのは主に平成17年中のことで
あるところ,そのときから本件のA3の証人尋問時までに既に3年が経過し
ていることからすれば,A3が当該会話における自身と被告人の発言内容を
その供述するとおり正確に記憶していたとは直ちに断じがたいところが散見
される。すなわち,A3の供述する被告人の発言描写場面は,実際に被告人
が当該発言をしたのか,そういう趣旨の発言としてA3自身が受け取ったの
かの区別が必ずしも明確ではない部分がみられる((2)カ,キ参照)し,被
告人の発言内容につき,最初は「というような話」と説明しながら,検察官
の再度の確認によってはじめて「と言った」旨の断定口調に表現を変えた場
面もみられる((2)サ参照)。しかも,A3は,本件談合について自らが既
に有していた知見や前記(2)エにみられる被告人を既に共犯に引き込んでい
るとも受け取れるA1の発言を聞いていたことを前提として,被告人とのや
りとりの状況等も踏まえながら,自らの発言中に「B1」という言葉を含ま
せつつ,これに対する被告人の反応や本件談合に関する認識,あるいは被告
人の発言の真意を忖度していた様子が窺われ,かかるA3が,自身の主観や
予断を混在させずに,実際になされた被告人の発言内容をそのまま忠実に再
現することができているかについては,疑問を差し挟む余地がある。
ウまた,A3は,前記(2)ウのように,平成15年の5月か6月ころにa市
役所でプラントと建屋の工事を分離発注するよう説明をした際,被告人も同
席していたと思う旨供述しているが,A3自身も,その際被告人と特別のや
り取りをした記憶がないので,ひょっとしたら自分の思い込みで,被告人が
いなかったかもしれないと弁護人の反対尋問で述べている上,その他の関係
各証拠に照らしても,その際には被告人は同席していなかった可能性が認め
られ,この点からしても,A3の記憶の正確性については一定の留保が必要
である。
エさらに,仮に,A3が供述するとおり,平成15年の5月か6月ころ,A
1が,「甲さんには『A3さんとちゃんと話して,A3さんの言うとおり動
いてくれ』と言うてる」と発言し(前記(2)エ),A1が,被告人に対して,
その発言の前提となった何らかの指示を事前に出していたとしても,A1に
おいて,みずからの犯罪行為への関与を副市長である被告人に打ち明けるこ
とをためらう気持ちから,M会談を含む株式会社B1との関係や本件談合を
容認する自らの動機等全ての事実関係を告げないまま,A3から談合捜査に
関する情報提供を求められた場合には,これに協力をするようにという名目
で被告人に指示を与えていた可能性も考えられる。実際に,A1においても,
捜査段階では,自ら本件談合に関与したことについては認めながら,被告人
に対して,本件工事を株式会社B1に落札させる計画を打ち明けたことを明
確に否定し,ただ,(被告人は)A3からその説明を受けて知るだろうと思
っていたと供述をするに止まっており(甲84),もとより,A1が被告人
をかばっている可能性が全くないとはいえないものの,その供述の信用性を
直ちに排斥することはできない状況にある。
そして,この点に関連して,A1は,その検察官調書謄本(甲84)中に
おいて,「平成17年7月ころ,困った様子の被告人から『市長,A3さん
の動きがおかしいんです。第2清掃工場をどこかの業者にとらせようとして
いる感じなんですけど。どうしましょうか』と聞かれ,その時点では,K市
議も引退していて,同議員の勢力排除という私の目的が達成されている以上,
本件工事を株式会社B1に受注させるという違法な計画に積極的に関与した
くないという気持ちと,それ以上その件を聞きたくないという思いから,
『気にせんでもええから』と答えたところ,甲さんは『ああ,分かりまし
た』などと答えて市長室から出て行った」旨供述しているところ,仮に,平
成15年5,6月ころの段階までに,A1が被告人に株式会社B1との関係
や同社に本件工事を受注させる計画であることなどすべての事実を明らかに
していたとすれば,本件工事の1回目の入札が押し迫っていた平成17年7
月ころになって,被告人が,わさわざA1に対して,A3の動きについて前
記のような疑問を呈する矛盾した発言をすることは到底考えられないところ
である(なお,検察官は,その冒頭陳述書6頁及び12頁では,被告人とA
1の前記やり取りの存在を被告人の本件共謀を基礎づける主要な事実の一つ
として主張しており,公判では検察官請求にかかる甲84号証が証拠として
採用されていたのに,論告では,このやり取りをその主張の裏付けとして取
り上げていないのは,このような点を意識してのことと推察される。)。そ
して,A1は,前記供述調書謄本中で,「気にせんでもええから」と言った
意図につき,「甲さんには何も考えずにただこれまでと同様にA3の指示に
従ってくれたらいいということを指示するつもりで,甲さんにそのように言
った」旨供述しているに止まり,その後,この発言を聞いた被告人がこれを
どのように理解したかにつき,A1が被告人に確認するなどした形跡はみら
れない。そうすると,A1の前記発言を聞いた被告人が,「A3に特定の業
者に取らせる意図はない」あるいは,「A3にそのような意図が感じられた
としても,市には関係ないことだから」という趣旨でA1が「気にせんでも
いい」と言ったと理解したとみる余地も十分にあり,このような抽象的かつ
多義的発言から,本件談合によって株式会社B1に本件工事を取らせたいと
いうA1の真意が被告人に正確に伝わったことを推認することは極めて困難
である。さらに,被告人とA1との前記やり取りの存在及びその際のA1の
心境を前提とすると,A1が,その後も被告人に対して,本件談合の計画を
打ち明けたという可能性は低いというべきで,実際にそのような立証も全く
なされていない。
オまた,A3の前記供述によっても,被告人が,A3に対して,自ら「株式
会社B1に受注させたい」などという言葉を積極的に発した事実は全く認め
られないし,そもそも両名の間では,「談合」あるいは「受注調整」その他
の隠語的表現を含めて,本件工事につき談合が行われている,あるいはその
見込みであることを示す具体的な言葉が交わされた形跡は全く認められない
ところ,A3が,被告人に述べたという「株式会社B1がちゃんと取る言う
とるから取りよります。市長がそういうふうにちゃんと言うとるから取りま
す」(前記(2)カ),「ちゃんと株式会社B1に取るように言います,少々
安くても取るように言います」(前記(2)キ),「今回,株式会社B1は流
すと言うてます」(前記(2)ケ),「目一杯やってもらっているんやから,
株式会社B1のほうもこれなら取りまっしゃろ。株式会社B1にも取るよう
に言っておく」(前記(2)サ),「株式会社B1が取ると言っているから,
間違いなしに取ります」(前記(2)セ)という言葉も,被告人が,A3にお
いて,株式会社B1が本件工事について強い受注意欲を有していること(前
記(2)カ,キ,サ,シ),あるいは株式会社B1が本件工事の入札をしない
こと(前記(2)ケ)についてそれぞれ言及し,警察官としては異例ではある
が,A3が株式会社B1に正規の入札による受注を働きかけているにすぎな
いものと受け止めていたと解する余地があり,株式会社B1が談合という犯
罪行為によって,本件工事の受注をすることまでは明確に認識しなかったと
考えても必ずしも不自然とはいえない。とりわけ,A1の前記検察官調書謄
本(甲84)にみられる被告人とA1のやり取りの存在を前提とすると,A
1から「A3の発言を気にしなくていい」旨言われていた被告人が,その言
葉を額面どおりに受け取って,A3が株式会社B1のことに言及するのを聞
き流すように努めていた可能性も考えられることも併せると,被告人が,A
3との折衝過程で,本件談合が行われることを十分認識することができたか
については一層疑問の余地があるし,被告人が本件談合に加担するためにA
3に協力したともにわかに考えがたい。また,A3の供述にみられるように,
仮に,「少々安くても,株式会社B1に取るように言う」などというA3の
発言に対して,被告人が「お願いします。」と応じたとしても,A3が,予
算の少ない本件工事につき,株式会社B1に正規の方法で入札をするよう働
きかけてくれると被告人が思い,そのような受け答えをした可能性も考えら
れるところである。
カところで,検察官は,被告人の説明するA3との折衝状況等に関する説明
が全体的に具体性の乏しいあいまいなものであり,A3の公判供述に照らし
て信用することができないと主張している。しかし,まず,被告人との折衝
状況に関するA3証言の信用性については,前記のように一定の留保が必要
である。また,関係各証拠によれば,被告人は,A1から,A3を紹介され
た上,A3が優秀な警察官で,談合捜査にも精通していることを聞かされて
いたのみならず,平成16年1月16日ころ,市役所で,A3から,本件工
事について談合情報があること,本件清掃工場の設計業務をプラントと建屋
に分離して発注する方が談合防止になるという説明を聞かされ,A1からは,
その意見を聞いて検討するよう指示を受けていたことが認められるところ,
A1とA2がA3に依頼して,株式会社B1が本件工事を受注し易くするた
めに,談合捜査に従事する警察官の立場をいわば隠れ蓑としてそのような説
明をさせたということを被告人が知っていたことを示す証拠もないことから,
被告人においては,A3が,本件工事の談合情報を警察官として収集してお
り,その防止策を市に助言してくれる立場にあるということを強く意識して
いた可能性が高く,このような状況認識が,被告人のA3に対する信頼の基
礎となったとしても何ら不自然ではない。そうすると,被告人が,A3を警
察官として信頼していたことから,本件工事の入札に関する情報を問われる
ままに教えてしまったという可能性が考えられる。そして,被告人において
は,A3との折衝時からの時間的経過によって,その状況等に関する記憶が
希薄化したことも考えられ,被告人の状況等の説明があいまいであること自
体でその信用性が直ちに損なわれるとみることもできない。以上によれば,
被告人の公判供述を排斥することは困難である。
キ以上を総合すると,A3の供述中,被告人と本件談合との関わり合いを述
べる部分は,その内容面や信用性に鑑みると,被告人が本件談合を共謀した
ことを的確に基礎付けるものとはいいがたい。
(5)経審点ないし予定価格の教示について
検察官は,被告人が,A3に対して,1回目及び2回目の入札直前に本件工
事の入札情報である経審点の点数等を教示したことは,被告人が本件談合がさ
れることを知っていて,株式会社B1に便宜を図ったことを示すものである旨
主張しているので,この点につき考察しておく。
なるほど,A3の供述をはじめとする関係各証拠によれば,被告人がA3に
対して経審点等の入札情報を各公告の数日前ころに教示していた事実が認めら
れる。一方で,被告人がA3に教示した入札情報中,金額の点は,1回目及び
2回目の入札ともに,億単位の数字に止まり,それが前記各入札の予定価格な
のか,これに近い予算額であったのかについては,それ自体では必ずしも判然
とはしない。この点について,被告人は,捜査段階では,予定価格を教えたこ
とを認める旨の供述をしていた(乙3)が,公判では,予定価格ではなく予算
額を教えたにとどまると弁解しており必ずしも一貫していない。しかし,関係
各証拠によれば,a市の公共工事の入札公告前には,予定価格を記載しない決
裁(いわゆる「金抜き決裁」)が行われていることが認められ,被告人が前記
各公告前に具体的な予定価格を知っていたことを示す的確な証拠はなく(被告
人の前記検察官調書も「予定価格」とこれに近い「予算額」の違いを明確に意
識して供述されたものではない可能性が認められる。),被告人が,既に公表
されていた予算額を教示した可能性がないとはいえない。また,被告人が,前
記各公告と一致する経審点の点数(P点,Y点)をA3に教示した事実は認め
られるものの,被告人が公判で供述するとおり,その各数日後には,市の公告
によってこれらが公表されることになっていた上,それ自体秘匿性の高い重要
情報であるとみるべきかについては議論の余地があり,被告人がそのような重
要情報という認識を有していたかについても疑問の余地がないとはいえない。
いずれにしても,被告人がこれらに関する情報をA3に教示することが,被告
人の本件談合への加担を示す有力な間接事実の一つであるとみるためには,被
告人が,これらの情報について,株式会社B1が本件工事を談合により落札す
るために必要ないし有益なものであることを知った上で教示したというのでな
ければ,本件談合の共犯性等を裏付ける間接事実としての十分な推認力は働か
ないというべきである。しかるに,本件においては,もとよりA3が,被告人
に対して,これらの情報について,株式会社B1が本件工事を談合により取得
するために必要ないし有益なものであるという事情を明らかにした上で被告人
に教示を求めたものではないし,被告人が,A3との折衝時に,そのことを明
確に知りつつ教示したことを示す的確な証拠があるとはいえない。検察官は,
被告人が,A3からこれらの情報提供を求められた際,A3に本件工事につい
て談合情報があるかを尋ねていないし,なぜそのような情報を公告前に得るこ
とが必要なのかについても問い質していないことをもって,捜査情報として必
要であると考えてこれらをA3に教示した旨供述している被告人の弁解は不合
理である旨主張しているが,立証責任上は,むしろ検察官が,被告人の教示意
図を十分に立証しなければならないというべきであるのに,本件においてはこ
れが的確になされているとみることはできず,この点に関する被告人の弁解を
直ちに排斥することはできないというべきである。
(6)発注方式と予算増額に関する被告人の関与について
ここで,本件工事の発注方式と予算増額に関する被告人の関与について考察
しておくと,本件においては,株式会社B1側が,本件工事を自社で受注し易
くする目的で,本件清掃工場のプラントと建屋の分離発注及びプラントと建屋
の設計の分離発注をそれぞれ希望し,A5からA2を通じてその働きかけをa
市側にしていたこと,A2とA1及びA3がこれに応じて,市役所で市の幹部
職員を相手に,談合防止の名目で,二度にわたり,株式会社B1の意向に沿っ
た働きかけをしたことが認められるものの,被告人が,そのような関係者の意
図を知っていたことや株式会社B1の本件工事受注が有利になるようにするた
めにこれらの実質的決定に関与したことについては適切に立証されているとは
いえない。また,被告人が,2回目の入札に際し,株式会社B1の利益を図る
目的であえて本件工事に必要のない予算を増額させるために部下職員らに働き
かけたり,同社が談合をし易くするために経審点を不当に引き上げて入札可能
な業者を減らすのに協力したことを示す的確な証拠も見当たらない。検察官は,
被告人が,1回目の入札後に本件工事につき18億円の増額を了承したことを
もって,被告人が自己の犯罪として主体的に本件談合に関与したことを示す事
実であると主張している。しかし,Qの供述等によれば,被告人が,18億円
の増額を了承したのは,平成17年8月19日午後に,C3室と財政課の各職
員が補正予算の折衝をしていたところ,15億円の増額に止めるべきと主張す
る財政課と,18億円の増額を主張するC3室との間で意見の調整がつかず,
これを打開する手段として,上司に相談する話となり,Qが担当理事のOに伺
いを立てようとしたところ,同人が在室せず,被告人とは会えたことから,3
億の増額につき意見を聞くと,Qの考えで進めてよいと言われたため,その旨
持ち帰り財政課と再協議した結果,18億円を増額するという結論になったも
ので,被告人が本件工事につき談合がされることを意識して,あえて不要な予
算の増額に応じる意見を述べた事実を窺うことはできず,被告人の前記意見の
表明が,被告人の本件談合の共犯性や主体性を示すようなものとみることはで
きない。そうすると,この点に関する検察官の主張は失当である。
(7)検察官の被告人による談合疑惑黙殺の主張について
検察官は,1回目の入札が不調になった後,市職員の間で談合の疑いが持た
れていたにもかかわらず,被告人において,市職員に対して何ら調査を指示せ
ず,その疑いを黙殺したとして,そのことを被告人が本件談合を共謀したこと
の1つの根拠として主張する。なるほど,Rの検察官調書謄本(甲10)及び
Sの供述等によれば,被告人もいる場で,C3室の職員らが本件工事の増額の
件で話をした際,入札不調の原因についても話題となって,業者間の談合があ
ったのではないかという話が出たこと,その際,被告人からは,特にその原因
について調査等をするよう指示がされなかったという事実は認められるものの,
a市としては,1回目の入札につき監視委員会の報告及び公正取引委員会の判
断が示されることになっている以上,必要な調査はしていると判断することは
十分に理由があると考えられるし,そもそも,そのような調査権限等を持たな
い市職員が,公共工事の談合の有無を的確に調査する方法については一定の限
界があると考えられる。しかも,予算増額の話に付随して,談合のことがあく
まで疑いの領域として話題に出たのであれば,これを聞いた被告人が,その有
無を特に調査するよう指示しなかったとしても,必ずしも不自然とみることは
できず,そのことをもって被告人が「談合の疑いを黙殺した」などと評価する
のは無理があり,この点に関する検察官の主張も採用できない。
(8)本件における被告人の立場について
被告人とA3,A1,A2らとの間には,見過ごすことのできない立場の相
違が認められる。すなわち,関係各証拠を精査しても,被告人が,関西の建設
業界において,従来からどのような談合が行われていたかについて知っていた
ことや,株式会社B1が株式会社Gと並んで関西の受注調整を取り仕切ってい
たこと,とりわけ,株式会社B1のA4が,各建設会社談合担当者の間で建築
工事の受注調整に大きな発言権を持っていることなど知っていたことを裏付け
る証拠は存在しない。被告人は,A1やA2が,かねてより市議会でKと政治
的に対立していたことくらいは,当時の理事や助役として知っていた可能性は
認められるが,Kが,特定の建設業者と結託して,a市の公共工事について談
合を行わせ,そこから利権を得ているという話を知っていたことを裏付ける的
確な証拠は認められない。ましてや,A1やA2が,M会談以前からa市の公
共工事からKを排除することについて相談をしていたことやM会談の状況につ
いて,被告人が,A1をはじめとする本件関係者から聞き知っていたことを裏
付ける証拠も存在しない。さらに,A1,A2及びA3が,A2宅でたびたび
会合を開き,本件工事に関し情報交換を行い,株式会社B1に本件工事を受注
させる方向で重要な話し合いをしていたことを知っていたことを示す証拠もな
く,A3とA5が,本件工事を株式会社B1に受注させるべく繰り返し折衝を
していた具体的状況を被告人が知っていたことを示す的確な証拠もない。加え
て,被告人は,A3と面談した際に,株式会社B1が本件工事に関して,入札
金額をどのように考えているか,本件工事を取る,あるいは流すと言っている
のか(この点の解釈が多義的であることは前述したとおりである。)などにつ
いて聞いているに止まり,関西で受注調整に大きな力を持っていた株式会社B
1が,他の建設業者に働きかけて,受注調整をしている,あるいは圧力をかけ
て,入札を思い止まらせるような動きをしていると明確に知っていたことを的
確に示す証拠も見当たらない。
しかも,被告人は,助役ないし副市長として,市長であるA1と日常的に接
触していたはずで,本件の共犯であるとすると,被告人とA1との間では,少
なくとも部外者であるA3以上に,本件工事の予定価格,参加資格あるいは株
式会社B1の動静等について,密接に話し合っていてもなんら不思議ではなく,
むしろそうすることが極めて自然とさえいえるのに,その点については,証拠
上明らかにされておらず,わずかに,A1が,被告人からA3のことを問われ
た際に,A3の動きを気にしなくていいと告げたのみで,それ以上に,本件工
事の受注先に関する情報のやりとりが両者間でなされたという立証も適切にな
されていない。
以上によれば,本件における被告人の立場は,何度も一同に会したり,電話
連絡を取り合ったりして,本件工事に関する密接な情報交換を繰り返していた
A1,A2,A3,あるいはA3やA2とたびたび接触していたA5,さらに
本件談合の形成に直接的に関わっていたA4ら談合担当者とは,全く異質なも
のがあるとみざるを得ず,この点も,被告人の共犯性に大きな疑問を抱かせる
事情というべきである。
(9)本件犯行動機について
最後に,被告人が本件談合に加担する動機があるかについてみておくと,検
察官は,この点につき,①担当副市長として,本件工事が不調になれば,自ら
の責任問題になることをおそれ,株式会社B1に落札してもらうことを希望し
た,②自分を副市長に任命したA1の意向に従うというものがあると主張して
いる。
しかし,①の点は,被告人が,副市長として,大型公共工事の談合という明
らかに違法な行為に加担する動機としては,余りにも薄弱というべきである。
すなわち,本件清掃工場建設の責任者であった被告人が自己の職務を忠実に果
たしたいと考え,入札が円滑に行われることを望むのは当然のことであって,
仮に,本件工事につき,二度目の入札がなかったとしても,その原因は,予算
面,業者側の事情,社会情勢その他いろいろと考えることができるのであり,
それがひとえに副市長である被告人の責任問題に直結するものではない。検察
官は,A3供述にある「今度また不調になったら私自身責任問題で失態や」な
どという被告人の発言をその主張根拠としているとみられるものの,そのよう
な発言が被告人からなされたとしても,そのことが,被告人の談合加担への犯
意や動機を推認させるとはいえない。また,②の点についても,被告人が,違
法行為を犯してまで,市長であるA1の意向に従うような事情があったかや被
告人に具体的にどのような利益があるのかについて,検察官によって十分な立
証がされているとはいえない。仮に,被告人において,助役ないし副市長に任
命あるいは再任してもらったということで,市長であるA1に恩義を感じてい
たとしても,そのことが,事件が発覚した場合の刑事罰や懲戒免職の危険を冒
してまで,市長の違法行為を知りつつ,これに積極的に協力加担する動機につ
ながるとはにわかに考えがたい。しかも,被告人とA1との間には,通常の市
長副市長という関係を超えて,そのような違法行為を協力して行わざるを得な
いような特別な私的関係があったことを窺わせる証拠はない。検察官は,わず
かに,被告人が,助役,副市長に就任したときに,A1に対して,商品券(そ
れぞれ5万円と10万円)などのお礼を持って行った事実を取り上げて,被告
人とA1との特別な関係を推認させようとしているかのようであるが,そのよ
うなお礼の方法が,社会通念上相当かどうかはさておき,そのことが被告人と
A1との間の犯罪の共謀につながる特別な関係を推認させるなどとみることは
できない。加えて,被告人が,他の本件共犯者の犯行動機(A2,A3におい
ては株式会社B1から謝礼を得ること,A2,A1においては,政敵を排除す
ることがあったと認められる。)を知っていたことや被告人が共犯者のこのよ
うな目的のために,本件談合に協力,加担する気になったなどという立証は全
くなされていない。そうすると,被告人において,本件談合に共犯として加担
する動機は存在しないか極めて希薄であり,検察官によって,この点につき的
確な立証がなされているということはできない。
(10)そして,他に,本件関係各証拠を子細に検討しても,被告人が本件談合を
共謀したことを認めるに足りる十分な証拠はない。
5結論
以上の認定説示によって明らかなように,取調済みの全証拠によっても,被告
人が本件談合を共謀したと認定することはできず,本件公訴事実については犯罪
の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し,無罪の
言渡しをする。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑・懲役1年6月)
平成21年4月27日
大阪地方裁判所第3刑事部
裁判長裁判官樋口裕晃
裁判官能宗美和
裁判官橋本健は転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官樋口裕晃

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