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平成22年9月30日判決言渡
平成21年(行ケ)第10282号審決取消請求事件
平成22年8月26日口頭弁論終結
判決
原告日本電動式遊技機特許株式会社
訴訟代理人弁護士川下清
同今田晋一
同坂本勝也
同梁沙織
同小林悠紀
同三井円
同安達友基子
同新藤勇介
同高橋幸平
同古賀健介
同池垣彰彦
同山崎優
同三好邦幸
同河村利行
同加藤清和
同沢田篤志
同伴城宏
訴訟代理人弁理士梁瀬右司
同振角正一
被告株式会社三共
訴訟代理人弁理士深見久郎
同森田俊雄
同酒井將行
同塚本豊
同中田雅彦
同白井宏紀
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2008−800205号事件について平成21年8月7日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯
被告は,平成元年8月14日,発明の名称を「弾球遊技機」とする発明につ
いて,特許出願をし(特願平1−209756号),その後,平成8年8月13
日付け手続補正書による補正を行い(甲2),平成10年5月22日,特許権の
設定登録を受けた(特許第2781920号。登録時の発明の名称は「遊技機」。
以下「本件特許」という。甲28)。
原告は,平成20年10月14日,本件特許について特許無効審判請求をし
(無効2008−800205号。甲31),被告は,平成21年2月2日付け
で訂正請求をした(以下,この訂正を「本件訂正」という。甲29)。特許庁は,
平成21年3月25日,被告に対し,本件訂正事項は新たな技術的事項を導入
するものであり,本件訂正は認められない旨の職権審理結果通知書を発した(甲
36)。これに対し,被告は,平成21年4月21日付け意見書(甲35)を提
出した。
特許庁は,平成21年8月7日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立
たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その審決の謄本は,同月1
9日に原告に送達された。
2特許請求の範囲の記載及び本件訂正の内容
(1)登録時の特許請求の範囲の記載
登録時の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。
【請求項1】
表示状態が変化可能な可変表示装置を有し,該可変表示装置の表示結果が
予め定められた特定の表示態様となった場合に遊技者に有利な状態に制御さ
れる遊技機であって,
前記可変表示装置の表示結果の決定に用いられる表示結果決定用データを該
可変表示装置の数回前の可変表示の段階から生成可能な表示結果決定用デー
タ生成手段と,前記可変表示装置を可変開始させた後前記表示結果決定用デ
ータに従って決定された表示結果を導出表示させる制御を行なう可変表示制
御手段と,
前記可変表示装置の数回前の可変表示の段階において生成された前記表示結
果決定用データが前記特定の表示態様に対応するものである場合に,該特定
の表示態様が表示される予定となっている回の可変表示の開始以前に,前記
特定の表示態様が導出表示されることを遊技者に事前に報知するための前兆
報知手段とを含むことを特徴とする,遊技機。
(2)本件訂正後の特許請求の範囲の記載
本件訂正後の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(本件訂正によ
る訂正箇所に下線を付した。以下,この発明を「本件訂正発明」という。)。
【請求項1】
打玉の始動入賞領域への入賞により複数種類の識別情報を可変表示可能な
可変表示装置を有し,該可変表示装置の表示結果が予め定められた特定の識
別情報となった場合に遊技者に有利な状態に制御されるパチンコ遊技機であ
って,
前記可変表示装置の表示結果の決定に用いられる表示結果決定用データを打
玉が前記始動入賞領域へ入賞したときに記憶しておくことにより,当該表示
結果を導出表示するための可変表示の数回前の可変表示の段階から表示結果
決定用データを生成可能な表示結果決定用データ生成手段と,前記可変表示
装置を可変開始させた後前記表示結果決定用データに従って決定された表示
結果を導出表示させる制御を行なう可変表示制御手段と,
打玉が前記始動入賞領域へ入賞したときに生成された前記表示結果決定用デ
ータが前記特定の識別情報に対応するものであり,該特定の識別情報に対応
する表示結果決定用データが生成される前に打玉の前記始動入賞領域への入
賞により生成された表示結果決定用データが前記特定の識別情報に対応する
ものでない表示結果を示す場合に,前記特定の識別情報が導出表示されるこ
とを,該特定の識別情報が導出表示される回の可変表示が行なわれる前の回
の前記特定の識別情報に対応するものでない表示結果となる可変表示におい
て遊技者に事前に報知するための前兆報知手段とを含むことを特徴とする,
パチンコ遊技機。
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。要するに,審決は本件訂正
を認めた上で,本件訂正発明は,実願昭60−74971号(実開昭61−1
91081号)のマイクロフィルム記載の発明(甲11。以下「引用発明」と
いう。),甲12ないし18に記載された発明及び保留玉に関する周知技術に基
づいて,当業者が容易に発明をすることができたとはいえず,特許法29条2
項に違反しないから,本件特許を無効とすることはできないとするものである。
審決は,上記結論を導くに当たり,本件訂正発明と引用発明との一致点及び
相違点を次のとおり認定した。
(1)一致点
本件訂正発明と引用発明とは,複数種類の識別情報を可変表示可能な可変表
示装置を有し,該可変表示装置の表示結果が予め定められた特定の識別情報と
なった場合に遊技者に有利な状態に制御される遊技機であって,前記可変表示
装置の表示結果の決定に用いられる表示結果決定用データを生成可能な表示結
果決定用データ生成手段と,前記可変表示装置を可変開始させた後前記表示結
果決定用データに従って決定された制御を行う可変表示制御手段と,前記表示
結果決定用データが前記特定の識別情報に対応するものである場合に遊技者に
事前に報知するための前兆報知手段とを含む遊技機である点。
(2)相違点
ア相違点1
本件訂正発明はパチンコ遊技機であり,引用発明はスロットマシンであ
る点。そして,本件訂正発明は,打玉の始動領域への入賞により可変表示
を行うのに対して,引用発明は,スタートレバー及びストップボタンの操
作に基づいて可変表示を行うものである点。また,表示結果決定用データ
について,本件訂正発明は打玉が始動入賞領域へ入賞したときに記憶又は
生成されるのに対して,引用発明はスタートレバーが操作された時点を基
準にして乱数値をサンプリングし,これに基づきリクエスト信号を出力す
るものである点。
イ相違点2
本件訂正発明は,表示結果決定用データ生成手段が,前記可変表示装置
の表示結果の決定に用いられる表示結果決定用データを当該表示結果を導
出表示するための可変表示の数回前の可変表示の段階から表示結果決定用
データを生成可能なものであるのに対して,引用発明においては,表示結
果決定用データ生成手段についてかかる構成がない点。
ウ相違点3
本件訂正発明は,前兆報知手段が,前記表示結果決定用データが前記特
定の識別情報に対応するものであり,かつ該特定の識別情報に対応する表
示結果決定用データが生成される前に表示結果決定用データが前記特定の
識別情報に対応するものでない表示結果を示す場合に,前記特定の識別情
報が導出表示されることを,該特定の識別情報が導出表示される回の可変
表示が行なわれる前の回の前記特定の識別情報に対応するものでない表示
結果となる可変表示において遊技者に事前に報知するものを含むのに対し
て,引用発明においては前兆報知手段についてかかる構成がない点。
第3取消事由に関する原告の主張
審決は,本件訂正の可否に係る判断の誤り(取消事由1),相違点2,3に係
る容易想到性判断の誤り(取消事由2)があるから,違法として取り消される
べきである。
1本件訂正の可否に係る判断の誤り(取消事由1)
本件訂正は,以下のとおり,新たな技術事項の導入ないし訂正目的違反に当
たり違法であるから認められるべきでない(なお,以下では,本件訂正の訂正
事項6のうち,訂正前の請求項1「前記可変表示装置の数回前の可変表示の段
階において生成された前記表示結果決定用データが前記特定の表示態様に対応
するものである場合に,該特定の表示態様が表示される予定となっている回の
可変表示の開始以前に,前記特定の表示態様が導出表示されることを遊技者に
事前に報知するための前兆報知手段」を,「打玉が前記始動入賞領域へ入賞した
ときに生成された前記表示結果決定用データが前記特定の識別情報に対応する
ものであり,該特定の識別情報に対応する表示結果決定用データが生成される
前に打玉の前記始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定用データ
が前記特定の識別情報に対応するものでない表示結果を示す場合に」と訂正す
る部分を「訂正事項6(A)」といい,「前記特定の識別情報が導出表示される
ことを,該特定の識別情報が導出表示される回の可変表示が行なわれる前の回
の前記特定の識別情報に対応するものでない表示結果となる可変表示において
遊技者に事前に報知するための前兆報知手段」と訂正する部分を「訂正事項6
(B)」という。)。
(1)審決は,本件訂正前の明細書の「前記S65(判決注・別紙1【第8
D図】の「S65」のこと。)では,常にエリア4の停止図柄データをリーチ
目表示用の停止図柄データに変更するように構成したが,これに代えて,エ
リア4に記憶されている停止図柄データが大当りまたは中当りの値であった
場合にはエリア3に記憶されている停止図柄データをチェックし,大当りま
たは中当りの値でない場合にそのエリア3をリーチ目表示部の停止図柄デー
タに変更してもよく,また,エリア3のチェックの結果エリア3に記憶され
ている停止図柄データが大当りまたは中当りの値であった場合にはエリア2
をチェックし,そのエリア2がさらに大当りまたは中当りの値であった場合
にはさらにエリア1をチェックし,大当りまたは中当りでないエリアを捜し
てそのエリアをリーチ目表示用の停止図柄データに変更するように制御して
もよい。」との記載(以下「審決引用部分A」という。)を根拠として,本件
訂正前の明細書には,エリア4からエリア1までを順次チェックして最初に
ハズレとなる回をリーチ目に変更する制御が記載されていると認定し,訂正
事項6(A)の「該特定の識別情報に対応する表示結果決定用データが生成
される前に打玉の前記始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定
用データ」とは,エリア4からエリア1までのいずれかのデータを指し,「前
記特定の識別情報に対応するものでない表示結果を示す場合」とは,ハズレ
となる回を指すと解されるから新たな技術事項の導入には当たらないと判断
している。
しかし,本件訂正前の明細書の【第8D図】(別紙1)及び【第9図】(別
紙2)記載の実施例(以下「実施例1」という。)には,停止図柄決定用カウ
ンタの現在のカウント値が大当たり又は中当たりの値の場合,停止図柄デー
タ記憶エリア(以下,単に「エリア」という。)4に記憶された停止図柄デー
タのみを対象にして,「特定の識別情報に対応するものでない表示結果を示す
場合」(ハズレの場合),リーチ目表示用の停止図柄データに変更する旨記載
されている。また,審決引用部分Aを考慮しても,せいぜいエリア4ないし
エリア1に記憶された停止図柄データを対象としてリーチ目表示用の停止図
柄データに変更する旨記載されているにすぎない。ところが,訂正事項6(A)
は,「該特定の識別情報に対応する表示結果決定用データが生成される前に打
玉の前記始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定用データ」と
して,エリア4ないしエリア1に記憶された停止図柄データのみならず,エ
リア5以降に記憶されたものを含む停止図柄データ一般をリーチ目表示用の
停止図柄データに変更する対象とするものであって,新たな技術事項の導入
に当たる。
また,審決は,訂正事項6(A)を,単にハズレの可変表示結果を示す回
の可変表示において前兆報知をすると理解するが,同理解を前提にすると,
訂正事項6(A)を前兆報知の条件と解さないばかりか,訂正事項6(B)
のリーチ目表示用の停止図柄データへの変更が行なわれる場合を訂正事項6
(A)によって限定しないことになり,訂正事項6(A)を無意味な記載と
解釈することになる。そうすると,訂正事項6(A)は,特許請求の範囲を
減縮するものではなく,むしろ不明瞭にするものであるから,訂正目的違反
に当たる。
なお,①審決引用部分Aの記載は,エリア4に記憶された停止図柄データ
が大当たり又は中当たりの値であった場合に関するものであり,訂正事項6
(A)の「該特定の識別情報に対応する表示結果決定用データが生成される
前に生成された打玉の始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定
用データが前記特定の識別情報に対応するものでない表示結果を示す場合」
に関するものではないこと,②審決引用部分A記載のようにエリア4ないし
エリア2に記憶された停止図柄データが大当たり又は中当たりの値である場
合には,エリア3ないしエリア1には既にリーチ目表示用の停止図柄データ
に変更されたデータが入っているのが通常と考えられるのであって,明細書
の記載からはほとんど想定できないような場合であること,③審決引用部分
Aの記載によれば,エリア4に記憶された停止図柄データが大当たり又は中
当たりの値であった場合,エリア3ないしエリア1の停止図柄データは既に
リーチ目表示に変更されている可能性があるところ,当該データは,打玉の
始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定用データではないにも
かかわらず,再度リーチ目表示用データに変更されることになるが,これは
訂正事項6(A)の打玉の始動入賞領域への入賞により生成された表示結果
決定用データがハズレか否かを判定するとの構成となっていないことからす
れば,審決引用部分Aの記載に基づき訂正事項6(A)が新たな技術事項の
導入に当たるか否かを判断することは誤りである。
(2)訂正事項6(A)の文言に従うと,エリア4の停止図柄データが「該
特定の識別情報に対応する表示結果決定用データが生成される前に打玉の前
記始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定用データ」に該当し,
かつ「特定の識別情報に対応するものでない表示結果を示す場合」に該当す
る場合でも,更にエリア3ないしエリア1の停止図柄データについて上記条
件に該当するか否かを判定することになるが,本件訂正前の明細書にはこの
ような記載はなく,新たな構成を追加したものである。
(3)実施例1において,エリア1ないしエリア4の停止図柄データは,別
紙1【第8D図】のとおり,S60において,「停止図柄決定用カウンタの現
在のカウント値を停止図柄データとして始動記憶カウンタの値に対応する停
止図柄データ記憶エリアに記憶」することにより生成されるデータ(当該デ
ータは当初エリア5ないしエリア8に記憶されるが,可変表示の進行により
エリア1まで順次シフトされる。以下「S60データ」という。)と,S60
において上記データが生成された後,S62において,「停止図柄データ記憶
エリア1ないしエリア4が空き状態の場合に,停止図柄決定用カウンタの現
在のカウント値に基づいて4回分の停止図柄データを決定しエリア1ないし
エリア4に記載」することにより生成されるデータ(以下「S62データ」
という。)が存在することになる。この点に関し,実施例1は,上記2種の停
止図柄データを区別することなく,当該データが大当たり又は中当たりか否
かを判定し,リーチ目表示用の停止図柄データに変更する対象としているの
に対し,訂正事項6(A)は,上記2種の停止図柄データを区別し,打玉の
前記始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定用データすなわち
上記S60において生成されたデータについてのみ,リーチ目表示用の停止
図柄データに変更する対象にするものと構成しているから,訂正事項6(A)
によって,新たな技術事項を導入したことになる。
(4)実施例1では,当たりデータより前の特定のエリアのデータを対象と
して判定することしか記載されておらず,そのエリアを特定する方法として
は,何回後の可変表示かというエリアの位置を基準とする技術が記載されて
いるだけであるところ,エリアには当該当たりデータより後に生成されたデ
ータが記憶されている場合があるにもかかわらず,これらのデータを生成の
先後によって区別する技術内容については何ら記載されていない。したがっ
て,本件訂正前の明細書の記載に基づいて判定の対象とするデータ又はリー
チ目に変更するデータを特定しようとするのであれば,格納エリアの位置,
すなわち何回後の可変表示用のデータかという回数等の要素で特定するほか
ない。ところが,訂正事項6(A)は,データの格納エリアを問題としない
で,データをその生成の先後によって区別し,当たりデータより前に生成さ
れたデータを選別して処理することを特許請求の範囲としているのであるか
ら,本件訂正前の明細書に記載のない新たな技術事項を導入したものといえ
る。
(5)本件訂正前の明細書の【第10図】(別紙3)及び【第11図】(別紙
4)記載の実施例(以下「実施例2」という。)においては,①停止図柄決定
用カウンタの現在のカウント値が大当たり又は中当たりの値ではなく,かつ
始動記憶カウンタの値が記憶エリアカウンタの値未満である場合,当該停止
図柄決定用カウンタの現在のカウント値は停止図柄データとして記憶される
ことはなく,訂正事項6(A)の「該特定の識別情報に対応する表示結果決
定用データが生成される前に打玉の前記始動入賞領域への入賞により生成さ
れた表示結果決定用データ」であり,かつ「特定の識別情報に対応するもの
でない表示結果を示すデータ」に該当する場合であっても消滅するデータが
あること,②特定の識別情報に対応する表示結果決定用データが生成され,
かつ停止図柄データ記憶エリアのカウンタが4未満である場合に,停止図柄
データ記憶エリアの空きエリアの下位から4回分の前兆パターン図柄データ
を記憶する処理がなされるところ,このデータは「該特定の識別情報に対応
する表示結果決定用データが生成される前に打玉の前記始動入賞領域への入
賞により生成された表示結果決定用データ」に該当しないにもかかわらず,
リーチ目表示用の停止図柄データへの変更に用いられること,③始動記憶カ
ウンタの値が記憶エリアカウンタの値よりも大きい場合には,停止図柄デー
タ記憶エリアの最下位空きエリアに停止図柄決定用カウンタの現在のカウン
ト値が停止図柄データとして記憶されるところ,この停止図柄データは,「該
特定の識別情報に対応する表示結果決定用データが生成される前に打玉の前
記始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定用データ」であり,
かつ「特定の識別情報に対応するものでない表示結果を示す場合」に該当す
るにもかかわらず,リーチ目表示用の停止図柄データへの変更が行なわれる
ことなく,そのまま可変表示されることなど,訂正事項6(A)の技術内容
との関連性はない。したがって,訂正事項6(A)の技術内容を実施例2の
記載に基づいて根拠付けることはできない。
(6)訂正事項6(B)における「前の回」とは,1つ前の回を表す用語で
あり,2回以上前の回を含むものと解釈することはできない。この点に関し,
被告自身,訂正後の請求項1において「数回前」と「前の回」を書き分けて
いる上,本件特許の分割特許である特許第2772786号に関する無効審
判請求事件において,本件訂正と同様の訂正請求について,「前の回までの」
と訂正している。にもかかわらず,「前の回」という用語を,通常の用法に反
して,「開始以前」や「数回前」と同趣旨に解釈し,1回ないし4回前のいず
れかを指すものと解釈することは,特許請求の範囲を不明瞭にするものであ
って訂正目的違反となる。なお,審決は,「開始以前」を「前の回」に変更す
ることについて,「前の回」が意味する時間的範囲の方が「(可変表示が行わ
れる)回」として限定している点で時間的範囲を減縮していると認定してい
るが,「開始以前」という用語が意味する時間的範囲に「可変表示が行なわれ
る回」という限定を付するのであれば,「開始以前の回」と訂正すべきであっ
て,「前の回」という不明瞭な記載に変更する必要はない。
2相違点2,3に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2)
(1)引用発明においては,遊技者に対するヒットリクエストの前兆報知が,
ヒットリクエスト発生後,可変表示が表示結果を導出するまでの間になされ
る。また,甲12においては,ヒットリクエストが発生しながらも入賞なし
となった場合に,そのヒットリクエストを次回のゲームまで保存するとの構
成が示されている。引用発明の上記前兆報知に,甲12の上記ヒットリクエ
ストの持越しの構成を採用すると,ヒットリクエストが発生して遊技者に事
前に報知されたにもかかわらず,大ヒット(入賞)の導出表示ができなかっ
た場合,ヒットリクエストが持ち越されることになるが,次の可変表示にお
いてヒットリクエストが導出表示されるとき,その導出表示される前の回は,
結果的にはヒットリクエストが導出表示されない回において前兆報知をして
いたことになる。
したがって,相違点2,3は,引用発明に甲12記載の発明を適用するこ
とにより,当業者にとって容易に想到することができたといえる。
(2)パチンコ遊技機においては,遊技球が始動口に入賞することによって
可変表示が開始されるが,当該可変表示の進行とは関係なく遊技球を発射で
き,可変表示の途中で始動口に遊技球が入賞した場合は,その入賞を無効と
するのではなく,所定個数(最大4個)までは遊技球が始動口に入賞したこ
とを記憶し(いわゆる「始動記憶」),更に遊技球の始動口への入賞時にそれ
ぞれ抽選が行われ,当該抽選結果のデータを,これに基づく可変表示が開始
されるまで保存しておき,現在の可変表示の終了後当該抽選結果データに基
づき順次可変表示結果として導出すること(いわゆる「保留玉」)は周知技術
である。この点に関し,審決は,スロットマシンの一種である回胴式遊技機
(いわゆるパチスロ機)が,独立した1ゲームで抽選を行うことから,パチ
ンコ遊技機の始動記憶に関する技術とは大きく異なるとの認識を示し,これ
をもって,スロットマシンを引用発明とした本件審判請求を排斥する主要な
論拠としている。
しかし,審決がスロットマシンにおける「1ゲームの独立」と呼んでいる
ものは,可変表示装置が可変中に新たな可変開始ができないという技術要素
と開始操作ができない若しくは抽選ができないという人為的取決めとを同一
に論じているものであり誤りである。審決がスロットマシンについて「1ゲ
ームの独立」と指摘するものは,遊技機の認定及び型式の検定等に関する規
則(昭和60年2月12日制定・同月13日施行)により,可変表示中にお
ける次回又はそれ以降の可変表示行為を禁止又は無効化するものに他ならな
い。そうすると,パチンコ遊技機とスロットマシンの上記差異は,制御技術
の差異ではなく,遊技機に対する行政上の規制の差異によるものにすぎず,
スロットマシンの技術をパチンコ遊技機に転用する際にはこれを考慮する必
要はない上,上記規制を除外すれば,スロットマシンにおいても,数回前の
可変表示段階から大当たり等の表示結果決定用データを生成することは可能
であるといえる。また,風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律
は,風俗営業として用いられる遊技機については,遊技者の技術介入を必須
の条件としているところ,パチスロ機においては,ヒットリクエストが発生
しても,停止操作によっては大小のヒットが発生しない場合があるため,ヒ
ットリクエストの保存,すなわち入賞しなかった場合のヒットリクエストの
持越しの技術が発明されたのであり,ヒットリクエストが実現した可変表示
からみれば,数回前の可変表示において,そのデータを生成,記憶し,実現
まで保存することが可能といえる。さらに,上記ヒットリクエストのデータ
生成後,実現までの間に事前報知が可能なことは当然である。
被告は,引用発明に保留記憶の技術を適用した場合,ビッグボーナス入賞
の発生を契機として入賞が極めて頻繁に生ずるようにすることが不可能にな
る旨主張する。しかし,被告の主張は,保留記憶の技術を適用する場合にお
ける阻害要因とは異なる。また,ビッグボーナス入賞の発生を契機として入
賞が極めて頻繁に生ずるようにするためには,通常の遊技状態とビッグボー
ナスに入賞した場合の遊技状態を別個に制御することにより容易に解決する
ことができる。
したがって,相違点2,3は,回胴式遊技機に関する上記法規による拘束
を除外し,パチンコ遊技機とスロットマシンの間の技術移転の容易可能性を
考慮すれば,引用発明に甲12及び保留玉に関する周知技術を適用すること
により,当業者にとって容易に想到することができたといえる。
(3)甲18には,スロットマシンにおいて,ビッグチャンスが当選した場
合に前兆報知を行う旨の記載があり,ビッグチャンスが表示される数回前の
遊技において,特定の識別情報に対応した表示結果決定用データが生成され
ていることは明らかである上,ハズレとなる遊技のときに前兆報知を行なう
ことが記載されている。上記甲18の記載によれば,スロットマシンにおい
ても,遊技性を高めるため,数回前の可変表示の段階で表示結果を決定し,
事前報知することの動機が存在するのであって,前兆報知の具体的構成は設
計事項にすぎない。また,パチンコ遊技機では,可変表示装置には遊技者の
技術介入の必要がなく,内部抽選によって当たりが決定すれば直ちに当たり
となり,回胴式遊技機のように当たっているのにハズレるということがない
ため,そのままではリーチ目表示をする余地がない上,前記(2)のとおり,
いわゆる保留玉は周知技術であるところ,当選結果(特定の識別情報)が導
出表示されるよりも前の回において前兆報知を行なう場合,当該当選結果よ
りも前の回におけるハズレの表示結果決定用データ(特定の識別情報に対応
するものでない表示結果決定用データ)を利用するほかなく,保留玉におけ
るデータの生成とこれに基づき可変表示を行なうという表示結果とのずれの
間に,ハズレの可変表示でリーチ目表示をすることにしたことは,設計上の
必然的な事項であり,特段の技術的な阻害要因もない。
したがって,相違点2,3は,引用発明に甲12ないし18及び保留玉に
関する周知技術を適用することにより,当業者にとって容易に想到すること
ができたといえる。
第4被告の反論
1本件訂正の可否に係る判断の誤り(取消事由1)に対して
(1)原告は,訂正事項6(A)について,データの格納エリア(判定され
るべきデータの格納エリア)を問題として,本件訂正が新たな技術事項の導
入に当たる旨縷々主張している。
しかし,訂正事項6(A)は,当たりデータが生成され,その当たりデー
タが生成されるよりも前にハズレデータが生成された場合,当たりが出るこ
とを当たりの回よりも前のハズレの回において,事前報知するものであり,
データを格納するエリアは,当たりの回に対応する事前報知の回(ハズレ)
を特定するための技術的事項として実施例に記載されているにすぎず,新た
な技術事項の導入には当たらない。
また,審決は,審決引用部分Aの記載に基づき,本件訂正前の明細書には,
リーチ目に変更するデータとして,エリア4に記憶された特定のデータのみ
ならず,エリア1ないしエリア4の一般のデータが記載されている旨認定し
たのであって,何ら誤りはない。
さらに,訂正事項6(A)は,「打玉が前記始動入賞領域へ入賞したときに
生成された前記表示結果決定用データが前記特定の識別情報に対応するもの
であり,該特定の識別情報に対応する表示結果決定用データが生成される前
に打玉の前記始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定用データ
が前記特定の識別情報に対応するものでない表示結果を示す場合」と,下線
を付したとおり限定したものであり,不明瞭な点もないから訂正目的違反に
も当たらない。
(2)原告は,訂正事項6(B)の「前の回」について,「1つ前の回」などと
限定的に解釈した上で,訂正事項6(B)が不明瞭である旨縷々主張するが,
「前」とは,ある時点より早いことなどを表すものであり,「1つ前の回」な
どと限定的に解釈することは誤りであり,これを前提とする原告の主張にも
理由がない。
2相違点2,3に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2)に対して
(1)原告は,引用発明に甲12を適用するとヒットリクエストが生成され
たものの結果的にハズレとなったゲームにおいて前兆報知が行われる旨主張
する。しかし,その前兆報知時点では当該ゲームが大ヒットになる見込みも
あり,ハズレになることが確定していない段階での前兆報知であるから,ハ
ズレとなる遊技のときに前兆報知をすることと同視することはできない。
したがって,引用発明に甲12を適用しても相違点2,3には至らない。
(2)引用発明は,「リールを回転させて1ゲームを開始するためのスタート
レバーの操作時点を基準にして乱数値をサンプリングするものであって,そ
の乱数値が一定範囲内のときにリクエスト信号が出力され,そのゲームで出
力されたリクエスト信号に基づいて,ボーナスゲームが得やすいように停止
制御される状態となるスロットマシン」であるところ,スタートレバーの操
作時点を基準にして乱数値をサンプリングするのであるから,1ゲームの途
中で次回以降のゲームのための乱数値をサンプリングすることは全く想定す
ることができず,1ゲームそれぞれは完結している。そうすると,引用発明
では,それぞれのゲームの段階において抽選を行なうものであるから,パチ
ンコ遊技機の保留記憶に関する技術と大きく相違しており,数回前のゲーム
の段階から可変表示結果を決定し,かつそれを記憶しておく必要性も意義も
見当たらない。また,引用発明は,ビッグボーナス入賞が発生してビッグボ
ーナスゲームが行われると,入賞が極めて頻繁に生じるようになる上,ビッ
グボーナスのヒットリクエストが発生したゲームであっても,ビッグボーナ
ス入賞の発生の有無は操作タイミングにゆだねられており,ビッグボーナス
が発生するタイミングを事前に特定することはできないから,引用発明に保
留記憶の技術を適用しても,ビッグボーナス入賞の発生を契機として入賞が
極めて頻繁に生じるようにすることは不可能であり,引用発明に保留記憶の
技術を適用することには阻害要因が存在する。
したがって,相違点2,3は,引用発明に甲12及び周知技術を適用して
も,当業者にとって容易に想到することができるものであったとはいえない。
(3)甲18記載の「リールに遅れがあったゲーム」とは,リールの停止操
作のタイミング次第で結果が変化し,表示結果がどのようなものになるかが
予め確定したゲームでない(ハズレになることが確定していない)から,こ
れをもって,ハズレとなる遊技のときに事前報知をするということはできな
いし,本件訂正発明の「前記特定の識別情報に対応するものでない表示結果
となる可変表示」に当たるということもできない。また,甲18の記載から
は,20数ゲーム後にビッグチャンスを揃えることを可能にするため,具体
的にどのような制御を行なっているか不明であり,20数ゲーム前からビッ
グチャンスとするデータを生成,記憶しているか否かも不明であり,事前報
知(遅れ)時点ではビッグチャンスとなるゲームが具体的に特定されている
とはいえない。
したがって,相違点2,3は,引用発明に甲12ないし18及び周知技術
を適用しても,当業者にとって容易に想到できるものであったとはいえない。
第5当裁判所の判断
1本件訂正の可否に係る判断の誤り(取消事由1)について
(1)原告は,訂正事項6(A)は,エリア4からエリア1までのデータの
みならず,エリア5以降のデータを含む「該特定の識別情報に対応する表示
結果決定用データが生成される前に打玉の始動入賞領域への入賞により生成
された表示結果決定用データ」一般を対象とするものとなっており,新たな
技術事項の導入に当たる旨主張する。
確かに,訂正事項6(A)は,エリア5以降のデータを含む「該特定の識
別情報に対応する表示結果決定用データが生成される前に打玉の始動入賞領
域への入賞により生成された表示結果決定用データ」についても,前兆報知
の対象から除外するものではない。しかし,本件訂正前の特許請求の範囲に
は,「前記可変表示装置の数回前の可変表示の段階において生成された前記表
示結果決定用データが前記特定の表示態様に対応するものである場合に,該
特定の表示態様が表示される予定となっている回の可変表示の開始以前に,
前記特定の表示態様が導出表示されることを遊技者に事前に報知するための
前兆報知手段とを含むことを特徴とする」と記載されており,同記載によれ
ば,エリア5以降のデータを前兆報知の対象とすることを除外するものでは
ないことを合理的に理解することができる。したがって,訂正事項6(A)
により,新たな技術事項の導入に当たるとする原告の主張は,採用の限りで
ない。
また,原告は,訂正事項6(A)について,審決のようにエリア4からエ
リア1までを順次チェックして最初にハズレとなる回をリーチ目に変更する
ものと解釈すると訂正事項6(B)の記載と重複し,訂正事項6(A)が無
意味な記載となるから訂正目的違反に当たる旨主張する。しかし,訂正事項
6(A)と訂正事項6(B)の記載に一部重複する部分があるとしても,これ
らはいずれも前兆報知を行う場合を限定するものであり,重複記載により特
許請求の範囲を不明確にするものでもないから,訂正事項6(A)が訂正目
的違反に当たるということもできない。
なお,原告は,審決引用部分Aの記載はエリア4が当たり(特定の識別情
報に対応する表示結果)の場合について説明したものであるのに対し,訂正
事項6(A)はエリア4が当たりでない(特定の識別情報に対応するもので
ない表示結果)場合の記載であること,審決引用部分Aの記載は,明細書の
記載からはほとんど想定できない実施例であること,審決引用部分Aの記載
に従うと,エリア3ないしエリア1のデータは,打玉の始動入賞領域への入
賞により生成された表示結果決定用データではないにもかかわらず,再度リ
ーチ目表示用データに変更されることになり,打玉の始動入賞領域への入賞
により生成された表示結果決定用データがハズレか否かを判定するという訂
正事項6(A)の構成となっていないことから,審決引用部分Aの記載を根
拠に訂正事項6(A)が新たな技術事項の導入に当たるか否かを判断するこ
とは誤りであると主張する。しかし,審決引用部分Aには,常にエリア4の
停止図柄データをリーチ目表示用の停止図柄データに変更するように構成す
ることに代えて,エリア4に記憶されている停止図柄データが当たりであっ
た場合にはエリア4をリーチ目表示用の図柄データに変更することなくエリ
ア3からエリア1を順次チェックすることが記載され,また,エリア4が当
たりでない場合はエリア4により前兆報知を行うことも記載されているから,
審決引用部分Aの記載を根拠として,訂正事項6(A)が新たな技術事項の
導入に当たらないとした判断に誤りはない。また,エリア4に記憶されてい
る停止図柄データが大当たり又は中当たりの値であった場合には,エリア3
にはハズレのデータではなく,既にリーチ目表示用の図柄データに変更され
たデータが入っている可能性が少なくない(エリア2及びエリア1について
も同様)としても,そのことと新たな技術事項の導入に当たるか否かとは無
関係であり,これをもって審決引用部分Aの記載から訂正事項6(A)が新
たな技術事項の導入に当たらないとした判断が誤りであるということもでき
ない。さらに,審決引用部分Aの記載によれば,エリア4に記憶された停止
図柄データが大当たり又は中当たりの値であった場合,エリア3ないしエリ
ア1の停止図柄データは,打玉の始動入賞領域への入賞により生成された表
示結果決定用データではないにもかかわらず,再度リーチ目表示用の停止図
柄データに変更されることがあるとしても,訂正事項6(A)は,「入賞によ
り生成された表示結果決定用データ」でない場合に前兆報知を行わないこと
を定めたものとは認め難く,この場合にも前兆報知を行うリーチ目表示用の
停止図柄データに変更するように構成することに特段の不都合もない。
以上によれば,原告の上記主張はいずれも採用することができない。
(2)原告は,訂正事項6(A)の文言に従うと,エリア4の停止図柄デー
タが「該特定の識別情報に対応する表示結果決定用データが生成される前に
打玉の前記始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定用データ」
に該当し,かつ「特定の識別情報に対応するものでない表示結果を示す場合」
に該当する場合でも,更にエリア3ないしエリア1の停止図柄データについ
て上記条件に該当するか否かを判定することになるとして,訂正事項6(A)
は,新たな構成を追加したものであると主張する。
この点,確かに,訂正事項6(A)によれば,エリア4の停止図柄データ
が「該特定の識別情報に対応する表示結果決定用データが生成される前に打
玉の前記始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定用データ」に
該当し,かつ「特定の識別情報に対応するものでない表示結果を示す場合」
に該当する場合でも,更にエリア3ないしエリア1の停止図柄データについ
て上記条件に該当するか否かを判定することとなる。しかし,本件訂正前の
明細書の特許請求の範囲においても,エリア4の停止図柄データが「該特定
の識別情報に対応する表示結果決定用データが生成される前に打玉の前記始
動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定用データ」に該当し,か
つ「特定の識別情報に対応するものでない表示結果を示す場合」に該当する
場合に,更にエリア3ないしエリア1の停止図柄データについて上記条件に
該当するか否かを判定することは排除されていない。したがって,訂正事項
6(A)により,新たな技術事項が導入されたとする原告の主張は,採用の
限りでない。原告の上記主張は採用することができない。
(3)原告は,実施例1において,エリア1ないしエリア4の停止図柄デー
タにはS60データとS62データが存在するにもかかわらず,これらを区
別することなく,当該データが大当たり又は中当たりか否かを判定し,リー
チ目表示用の停止図柄データに変更する対象とするのに対し,訂正事項6
(A)はこれらを区別し,S60データのみをリーチ目表示用の停止図柄デ
ータに変更する対象にしているから,新たな技術事項を導入したと主張する。
確かに,S62データは,「該特定の識別情報に対応する表示結果決定用デ
ータが生成される前に」生成された表示結果決定用データでも,「打玉の前記
始動入賞領域への入賞により生成された表示結果決定用データ」でもないか
ら,訂正事項6(A)によれば,S62データはリーチ目表示用の停止図柄
データに変更する対象にならないようにも見える。
しかし,訂正事項6(A)の「該特定の識別情報に対応する表示結果決定
用データが生成される前に打玉の前記始動入賞領域への入賞により生成され
た表示結果決定用データが前記特定の識別情報に対応するものでない表示結
果を示す場合に」との記載は,「該特定の識別情報に対応する表示結果決定用
データが生成される前」に生成されたデータや「入賞により生成された表示
結果決定用データ」ではない場合に前兆報知を行わないことを規定したもの
とは認められない。
したがって,新たな技術事項を導入したとする原告の上記主張は採用する
ことができない。
(4)原告は,実施例1において,停止図柄データ記憶エリアには当該当た
りデータの生成前に記憶されたデータのみならず生成後に記憶されたデータ
が存在するにもかかわらず,その生成の先後によってデータを区別する技術
内容に関する記載がないから,本件訂正前の明細書の記載に基づいて判定の
対象とするデータ又はリーチ目に変更するデータを特定するためには,格納
エリアの位置により特定するほかないところ,訂正事項6(A)は,データ
の格納エリアを問題とせず,データをその生成の先後により区別し,当該当
たりデータより前に生成されたデータを選別して処理することを特許請求の
範囲としているから,新たな技術事項を導入したものといえると主張する。
しかし,本件訂正前の明細書の特許請求の範囲においても,判定の対象と
するデータ又はリーチ目に変更するデータを格納エリアの位置により特定す
るとの記載がされているわけではない。また,前記(3)のとおり,訂正事
項6(A)は,当該当たりデータ生成後に生成されたS62データについて
言及するものではなく,本件訂正後においてS62データもリーチ目表示用
の停止図柄データに変更する対象にしたとしても,判定の対象とするデータ
又はリーチ目に変更するデータを格納エリアの位置により特定する必要があ
ると解することはできない。
したがって,新たな技術事項を導入したとする原告の上記主張は採用する
ことができない。
(5)原告は,本件訂正前の特許請求の範囲の記載における「開始以前」を
「前の回」と訂正したことは,特許請求の範囲を不明瞭にするものであり訂
正目的違反になる旨主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり,失当である。すなわち,「前の回」
とは,「1つ前の回」のほか「以前の回」すなわち「それより前の回」を意味
し,「それより前の回」には2回以上前の回を含むものと解される(甲37な
いし39,乙1,2参照)。また,実施例1では,「特定の識別情報が導出表
示される回の可変表示が行われる」回の1回前に「特定の識別情報に対応す
るものでない表示結果となる可変表示」の回が生じるとは限らず,1回前に
「特定の識別情報に対応する表示結果となる可変表示」の回が生じる可能性
もあり,このような場合,2回以上前の回に「特定の識別情報に対応するも
のでない表示結果となる可変表示」の回が生じることになる。そうすると,
訂正事項6(B)の「前の回」を「1回前あるいは2回以上前のいずれかの
回」を意味するとし(なお,前記(1)のとおり,「前の回」は1回ないし4
回前のいずれかを指すとは限らない。),「開始以前」が意味する時間的範囲よ
りも,「前の回」が意味する時間的範囲の方が,「(可変表示が行われる)回」
として限定しているという意味において,時間的範囲を減縮しているとした
審決に誤りはなく,上記原告の主張は採用することができない。
(6)以上のとおり,訂正事項6が新たな技術事項の導入又は訂正目的違反
に当たるとの原告の主張はいずれも採用することができず,本件訂正が認め
られるとした審決の判断に誤りはない。
2相違点2,3に係る容易想到性判断の誤り(取消事由2)について
(1)ア原告は,引用発明の前兆報知に甲12のヒットリクエストの持越し
の構成を採用すると,結果的にはヒットリクエストが導出表示されない回
において前兆報知をしていたことになるから,相違点2,3は,引用発明
に甲12記載の発明を適用することにより,当業者にとって容易に想到す
ることができる旨主張する。
イこの点に関し,甲11には,「本考案は,特定の入賞が得られやすい伏
態になっている場合に,これを表示するようにしたスロットマシンに関す
るものである。」(2頁5ないし7行),「従来のスロットマシンにおいては,
前記マイクロコンピュータによって入賞リクエスト信号が得られた場合
でも,それが表示されることがないため,遊技者にとっては折角のチャン
スでありながらこれを知ることができない。特に,上述したようなボーナ
スゲームのリクエスト信号が発生されていたとしても格別の注意を喚起
することなくゲームが続行されてしまう。本考案は上記のような背景を考
慮してなされたもので,ボーナスゲームあるいは高配当が得られるような
特定の入賞が発生されやすい状態になっている場合には,これを遊技者に
報知することによって遊技者に大きな期待感を与え,ゲームの興趣をさら
に盛り上げるようにしたスロットマシンを提供することを目的とする。」
(4頁8行ないし5頁2行),「リクエスト信号発生回路38からリクエス
ト信号が発生されたときには,表示ランプ駆動回路55に駆動信号が出力
される。この結果,配当パネル15内に設けられた表示ランプ16が点灯
動作してリクエスト信号の発生,すなわちボーナスゲームとなるシンボル
の組み合わせが得やすいように,リール4∼6が停止制御される状態にな
っていることを表示する。しかし,ストップボタン11∼13の操作タイ
ミングとリール4∼6の停止タイミングとがあまりかけ離れていると,不
自然な感じがでてくるから,上述したようにシンボル「7」がでるように
リール4∼6の停止制御を行うことには限度がある。」(12頁4行ないし
17行)との記載がある。
また,甲12には,「本発明はマイクロコンピュータの利用により,電
子的に統括制御されたスロットマシンに関するものである。」(2頁左上欄
7ないし9行),「スロットマシンは基本的には,何種かのシンボルマーク
が周縁部に配列された例えば3個のリールを高速回転させ,これらが停止
された時点で所定の窓位置に現れた各リールのシンボルマークがいかな
る組み合わせになっているかで入賞が決定される。」(2頁左上欄12ない
し17行),「ゲーム毎にサンプリングされる乱数値を予め設定記憶された
入賞確率テーブル中の数値と照合してその入賞を決定するようにしてあ
る。」(2頁左下欄19行ないし右下欄1行),「こうして決定された入賞に
見合うシンボルマークの組み合わせが得られるように,あるいは得られ易
いように,各リールをリールストップボタンが操作されてから停止させる
までの間に監視制御するものである。」(2頁右下欄2ないし6行),「仮に
ストップボタンが押されてからリールが1回転するまでの間に実際にリ
ールを停止させればよいものとすれば,リセット信号発生からストップボ
タン操作までの間にモータに送られたパルス数を考慮して,さらに送るパ
ルス数を調節することで任意のシンボルマークが窓に現れて停止するよ
うにすることが可能となる。」(6頁右上欄12ないし18行),「まずスト
ップボタンの操作後,シンボルマークが例えば4個分移動するまでの間に
リールを停止させるようにするものとする。そしてストップボタンが操作
された時点でのリールの位置から,これに後続しているシンボルマーク4
個までの計5個のシンボルマークが何であるかをチェックするようにし
てある。このようにシンボルマークをチェックして,すでにセットアップ
されたヒットリクエストに対応するシンボルマークの組み合わせを得る
のに必要なシンボルマークがその5個のチェック範囲内にあればそこで
リールを停止させることになる。」(6頁左下欄17行ないし6頁右下欄8
行),「リールの処理は4コマずれを想定して説明してきたが,このためヒ
ットリクエストに対応したシンボルがその4コマずれの範囲内に存在し
ないこともあり得る。(特に大ヒットシンボルは少ないため,充分あり得
る。)このような場合にはヒットリクエストを満足しない結果となってし
まい,設定された入賞確率が低下することになり,特に大ヒットではその
影響が大きくなる。これを適正化するためには,ヒットリクエストが発生
されながらも入賞なしとなった場合にはそのヒットリクエストを次回の
ゲームまで保存するようにすればよい。」(9頁右下欄10行ないし10頁
左上欄1行)との記載がある。
ウ前記イによれば,引用発明には前兆報知の構成が,甲12にはヒットリ
クエストの持越しの構成がそれぞれ記載されていることが認められるもの
の,引用発明の前兆報知に甲12のヒットリクエストの持越しの構成を採
用したとしても,当該ヒットリクエストについて入賞が生じた場合には前
兆報知がなされないことになるから,本件訂正発明の構成とは異なるもの
といえる。また,甲12においては,ヒットリクエストが持ち越された回
の可変表示は,特定の識別情報(ヒットリクエスト)に対応する表示結果
となる可能性がある可変表示において結果的に前兆報知がされるものであ
って,本件訂正発明のように,もともと特定の識別情報(ヒットリクエス
ト)に対応するものでない場合に前兆報知をするものとは構成を異にして
いる。
以上によれば,引用発明に甲12の技術を適用したとしても,相違点2,
3に容易に想到することができるとはいえず,原告の上記主張は採用する
ことができない。
(2)原告は,回胴式遊技機に関する法規による規制を考慮することなく,
パチンコ遊技機とスロットマシンの間の技術移転が容易であるか否かを検討
するならば,相違点2,3は,引用発明に甲12及び保留玉の周知技術を適
用することにより,当業者にとって容易に想到することができる旨主張する。
しかし,回胴式遊技機に関する法規による規制の有無にかかわらず,1ゲ
ーム毎に各ゲームが独立している引用発明において,パチンコ遊技機におけ
る数回前のゲームの結果を決定し,それを記憶する保留玉の技術を適用する
動機付けは存在しないし,仮にスロットマシンである引用発明に保留玉の技
術を適用できたとしても,前兆報知手段に係る相違点3の構成について,容
易想到であるとすることはできない。なお,審決は,相違点1について,パ
チンコ遊技機とスロットマシンとは,遊技場において遊技に供される遊技機
として両者共に広く使用されているものであるから,一方の技術を他方に転
用することは,何らかの阻害要因がない限り当業者にとって当然検討すべき
事項であると述べている部分はあるが,パチンコ遊技機とスロットマシンと
の間ですべての技術について転用が容易であるとするものではなく,上記の
とおり,スロットマシンにおいては1ゲーム毎に各ゲームが独立しているこ
となど,パチンコ遊技機とスロットマシンとの間にゲーム内容の差異が存在
することに照らすと,スロットマシンにおいて保留玉の技術を適用するには
阻害要因があるとした審決に誤りはない。
したがって,相違点2,3は,引用発明に甲12及び保留玉の周知技術を
適用したとしても,当業者にとって容易に想到できるとはいえず,原告の上
記主張は採用することができない。
(3)原告は,相違点2,3は,引用発明に甲12ないし18及び保留玉の
周知技術を適用すると,当業者にとって容易に想到することができると主張
する。
この点に関し,甲18には,「XXではビッグチャンスかレギュラーボーナ
スの前兆に入ると,スタートレバーを叩いたとき,1回だけ,リールが一瞬
遅れてスタートするという特性がある。この遅れは3本のリールいずれにも
生じるが,とりわけ左リールの遅れが大きい。遅れは100%の前兆現象な
ので,これを知らないと,前兆に入っているのにみすみす台をあけ渡すこと
にもなりかねない。遅れを知らない人は,次の要領で,それを見分ける目を
養うことだ。通常の場合,リールは,レバーを叩くと同時にスタートする。
ところが,遅れがあるときは,叩いた瞬間と,リールのスタートとのタイミ
ングが,約0.1秒くらいズレるのだ。」,「遅れがあったら,その周で「スイ
カ」か「BAR」を有効ライン上に目押しすることだ。レギュラーボーナス
がきている場合は一発でそろう。また,このとき最後の1個が有効ラインの
1つまたは2つ上にとまれば,ビッグチャンスがきていると判断できる。た
だし,その場合は,「7」が揃うまでにまだ時間がかかる。さらに1000円
強(51∼54枚)のコインを投入したところで,払い出し枚数14∼15
枚相当の小役が集中的に4∼6回続き,その直後に目押しをすれば,「7」が
一発でそろう。この「遅れ」から「小役集中」までに投入するコイン枚数(5
1∼54枚)とは,「マシン側に吸い取られる枚数」という意味だ。だから,
途中で小役がそろったりすると,その払出し枚数分のコインを再びマシン側
に奪い返されることになる。「小役の集中」が,それだけ遅れるというわけだ。」
との記載がある。
上記記載によれば,甲18には,ビッグチャンスの前兆報知はリールのス
タートの遅れであること,上記前兆報知によりビッグチャンスがきていると
判断できる場合には,更に1000円強(51ないし54枚)のコインを投
入したところで,払出枚数14ないし15枚相当の小役が集中的に4ないし
6回続き,その直後に「7」(ビッグチャンス)が揃うことなどが記載されて
いることが認められるものの,その技術的な意味や意義が理解できるような
記載がされているとは認め難い。
これに対し,原告は,甲18の前兆報知は本件訂正発明と同様にハズレの
回においてなされること,実施例1においても甲18と同様に前兆報知と大
当たりとの間のゲーム数が変動している旨主張する。しかし,甲18におい
ては,前兆報知であるリールの遅れは,「遅れがあったら,その周で「スイカ」
か「BAR」を有効ライン上に目押しすることだ。レギュラーボーナスがき
ている場合は一発でそろう。また,このとき最後の1個が有効ラインの1つ
または2つ上にとまれば,ビッグチャンスがきていると判断できる。」とされ
ており,「リールの遅れ」が生じる場合は,ビッグチャンスの前兆報知である
場合のほかレギュラーボーナスが当たった場合がある上,「さらに1000円
強(51∼54枚)のコインを投入」,「払出枚数14ないし15枚相当の小
役が集中的に4∼6回続き」とされていることからすれば,前兆報知からビ
ッグチャンスが揃うまで20数ゲームを要するものと解され,本件訂正発明
の「数回前の可変表示の段階から,表示結果決定用データが生成可能である
こと」とは,ゲームの構成が大きく異なっているといえる。また,本件訂正
発明においても,前兆報知と大当たりとの間のゲーム数が一定ではないとし
ても,そのゲーム数は前兆報知があった時点で定められているのに対し,甲
18では,「この「遅れ」から「小役集中」までに投入するコイン枚数(51
∼54枚)とは,「マシン側に吸い取られる枚数」という意味だ。だから,途
中で小役がそろったりすると,その払出し枚数分のコインを再びマシン側に
奪い返されることになる。「小役の集中」が,それだけ遅れるというわけだ。」
と記載されており,前兆報知とビッグチャンスの間のゲーム数はゲームの内
容により変動するものと解される。
以上によれば,相違点2,3は,引用発明に甲18を適用したとしても容
易想到であるとは認め難く,甲13ないし17にも,相違点2,3について,
これを示唆する記載はうかがえず,原告の上記主張は採用することができな
い。
(4)以上のとおり,本件訂正発明の容易想到性の判断に誤りがあるとの原告
の主張はいずれも採用することができず,これと同旨の審決の判断に誤り
はない
3結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。原告は,その他
縷々主張するが,審決にこれを取り消すべきその他の違法もない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
中平健
裁判官
知野明
別紙1【第8D図】
別紙2【第9図】
別紙3【第10図】
別紙4【第11図】

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