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平成14年(ワ)第162号 売買代金等請求事件
口頭弁論終結日 平成14年6月21日
判決
原告   山内製粉株式会社
訴訟代理人弁護士   筒井 豊
被告   株式会社麦の穂
訴訟代理人弁護士   久保慶治
同          深井 潔
主文
1 被告は、原告に対し、金4191万6376円及びこれに対する平成14年
1月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを5分し、その4を被告の負担とし、その余を原告の負担
とする。
4 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、金5321万6376円及び内金4191万6376
円に対する平成14年1月5日から支払済みまで年6分の割合による金員を、内金
500万円に対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払
え。
第2 事案の概要
 本件は、原告が、被告に対し、①パイシュー生地の販売代金、②被告が同販
売代金の支払を拒絶したことが不法行為に当たるとして、これにより被った損害賠
償をそれぞれ請求したものであり、これに対し、被告が、原告が他社のためのパイ
シュー生地を製造したことは、不正競争防止法2条1項7号の不正競争に当たる、
あるいは契約ないし信義則上の義務に反するとして、原告に対して有する損害賠償
請求権を自働債権とする相殺の抗弁を主張している事案である。
1 争いのない事実等(証拠の掲記のないものは当事者間に争いがない。)
(1) 当事者
 原告は、製粉及び食料品加工販売その他の事業を目的とする株式会社であ
る。
 被告は、「ビアードパパの作りたて工房」の名称でパイ・シュークリーム
(以下「パイシュー」という。)の直営店販売及びフランチャイズ方式による販売
等を業とする株式会社である。
 被告のパイシューは、シュー生地の周りをパイ生地で包み込んだパイシュ
ー生地を工場で生産し、これを各販売店のオーブンで焼き上げて作り上げるもので
ある(甲16、乙12、弁論の全趣旨)。
(2) 原告の被告に対する販売代金
ア 原告は、平成12年4月ころ、被告の直営店及びフランチャイズ店で販
売するパイシューを製造するためのパイシュー生地(以下「被告生地」という。)
を製造することの委託を受け(以下「本件製造委託契約」という。)、これを被告
に販売するようになった。
イ 原告は、平成13年11月1日から同月30日までの間に、被告に対
し、被告生地を販売、納品したが、返品された6687個の販売代金を除くと、そ
の代金合計は、4191万6376円(消費税を含む。)である。
ウ 原告・被告間の被告生地の取引に関する商品代金の支払は、毎月末日締
切り、翌日末日に振込送金による一括支払という方法で行われており、上記代金4
191万6376円の支払期日は、平成13年12月31日から平成14年1月3
日までの銀行等の休業日を考慮すると、平成14年1月4日である。
エ したがって、原告は、被告に対し、被告生地の販売代金4191万63
76円及びこれに対する支払日の翌日である平成14年1月5日から支払済みまで
商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の請求債権を有することになる。
(3) 被告生地の製造販売に関するその余の事情について
 被告は、平成13年12月26日到達の内容証明郵便による通知書(甲
3)において、原告の契約違反及び不正競争行為により被告が被った損害と対当額
で相殺するとして、平成14年1月4日に支払期日の到来する代金金額の支払を拒
絶したが、その背景には次のような事情があった。
ア 原告は、本件製造委託契約を締結する前は、パイシュー生地を製造した
経験が全くなかったため、被告からその製造に必要なレオン自動機株式会社(以下
「レオン社」という。)製の包餡機「火星人CN130」等の貸与を受け、原材料
の配合及び製造工程等、パイシュー生地製造のための技術指導を受けた。なお、同
包餡機は、シュー生地の周りをパイ生地で包み込む工程で用いるものである。
イ 被告とレオン社は、平成13年3月29日に、以下の内容の合意をした
(乙5。以下「乙5合意」という。)。
(ア) 被告独自のパイシューに係るソフトのノウハウに関し、レオン社
は、納検時及びその他の機会に知り得た情報を口外しない。なお、その情報を基に
実演を行わない。
(イ) 被告に導入された包餡機「火星人」に関し、その特殊仕様でのパイ
シュー生産について、レオン社は他のメーカーへ提案を行わない。
(ウ) 標準仕様の包餡機「火星人」にて得られる品質のパイシュー及び被
告独自のソフトノウハウ以外を用いたパイシューに関しては、レオン社は義務を負
わない。
ウ 原告は、平成13年7月ころ、日本製粉株式会社(以下「日本製粉」と
いう。)から株式会社ダスキン経営のミスタードーナツ店向けのパイシュー生地
(以下「原告生地」という。)の製造を依頼され、原告のりんくう工場にレオン社
製の包餡機「火星人CN500」を用いた製造ラインを導入して、その製造を開始
するに至った。
エ 原告と被告は、平成13年11月5日に、以下の内容の合意をした(乙
3。以下「乙3合意」という。)。
(ア) 被告の独自のパイシューについて、技術上の秘密情報(配合レシピ
を含む。)を、第三者に漏洩しない。
(イ) 被告の独自のパイシューは、第三者に販売しない。
(ウ) 被告の独自のパイシュー以外を用いたパイシューに関しては、原告
は義務を負わない。
オ 被告は、原告に対し、平成13年11月21日到達の書面により、本件
製造委託契約を解除する旨の通知をした(甲9、乙4の1・2)。
カ 被告は、原告を債務者として、原告生地の製造、販売等の差止め、原告
生地の廃棄、原告生地の製造設備の除却を求める仮処分を当裁判所に申し立てたが
(当庁平成13年(ヨ)第20092号侵害差止仮処分命令申立事件。以下「本件仮
処分事件」という。)、同裁判所は、平成13年12月21日、被保全権利及び保
全の必要性についての疎明がないとして、同仮処分申立てを却下した(甲4)。
2 争点
(1) 相殺
ア 原告が原告生地を製造販売したことが不正競争防止法2条1項7号所定
の不正競争に当たるか
イ 原告が原告生地を製造販売したことが契約ないし信義則上の義務に反す
るか
ウ 被告が被った損害の額
(2) 被告が本件生地の販売代金の支払を拒絶したことが不法行為に当たるか、
及び原告が被った損害の額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(原告が原告生地を製造販売したことが不正競争防止法2条1項7
号所定の不正競争に当たるか)について
〔被告の主張〕
(1) 営業秘密性について
ア 被告が開発したパイシューは、「サクッ、モチッ」という食感が得られ
るものであり、その製造方法は、生地状態での保存が可能でかつ大量に生産するこ
とができるという画期的なものであった。それまでの市場は、手作業又は包餡機に
よって各店舗ごとに少量生産するパイシューが存在していたにすぎない。
 このような被告製造方法を可能にするためには、原材料の選択・原材料
の配合比率・シュー生地の製造工程・パイ生地の製造工程につき、独自の創意を要
し、これらが一体不可分のものとして有機的に関連するのであり、これら一連の工
程全体が営業秘密に属する。
 特に、シュー生地・パイ生地の配合比率(乙7の「パイシュー材料配分
表」の配合比率)のほか、パイ生地の製造に係る別紙「被告生地の製造工程表」記
載のパイ生地(外皮材)の製造工程2-②~④(以下、パイ生地の製造におけるこ
の工程を「2次ミキシング工程」という。)、シュー生地の製造工程における同別
紙記載のシュー生地(内包材)の製造工程2-⑥、4-④記載の温度(以下、同製
造工程2-⑥の温度を「1次ミキシング温度」、4-④の温度を「最終ミキシング
温度」という。)が重要な営業秘密である。シュー生地・パイ生地の製造について
は、温度・湿度による影響が大きく、ミキサーによる撹拌速度・撹拌時間等を温
度・湿度により調整する必要があるからである。
イ 被告は、原告との間で、被告生地の製造委託を行うに際し、「経営上、
技術上の秘密を第三者に開示又は漏洩してはならない。」との合意をし、さらに、
平成13年11月5日、「被告の独自のパイシューは第三者に販売しない。」との
内容を含む乙3合意をした。
 また、被告が被告生地を開発するに際しては、レオン社の包餡機「火星
人」を用い、かつ同社と協議をしながら開発行為をしたことから、レオン社は被告
の営業秘密を知る立場にあった。そこで、被告はレオン社との間で、平成13年3
月29日に乙5合意をした。乙5合意は、被告が開発した配合表及び製造工程に、
レオン社が公に知らしめているパイシューの配合表及び製造工程に含まれない、被
告独自のノウハウがあることを前提としたものである。
(2) 原告生地の製造における営業秘密の使用の有無について
 原告生地と被告生地は、シュー生地については最も重要である炭酸水素ア
ンモニウムと重炭酸ナトリウム(重曹)の比率が同一であり、パイ生地については
塩味の調整のための水・塩の比率が若干異なる以外他の比率は同一である。日本製
粉が開発した独自のレシピであれば、このように数値が一致することはおよそあり
得ない。
 したがって、原告による原告生地の製造は、被告から修得した営業秘密を
使用するものといえる。
(3) 原告は、被告から修得した上記営業秘密を用いて、原告生地を製造販売
し、同行為は不正の競業を目的とするものといえるから、原告は、被告に対し、不
正競争防止法2条1項7号、4条に基づいて、損害賠償責任を負う。
〔原告の主張〕
(1) 営業秘密性について
 被告は、パイシュー生地の配合比率、一連の製造工程が営業秘密に当たる
と主張するが、同主張は否認する。
ア シュー生地・パイ生地の配合比率に関し、被告が本件仮処分事件におい
て営業秘密であると主張していた事項は、①シュー生地における炭酸水素アンモニ
ウムと重炭酸ナトリウム(重曹)の配合比率、②パイ生地における強力粉、薄力
粉、卵、モルトシロップ、塩、液体油脂及び油脂の配合比率である。
 ①の配合比率は、レオン社発行の季刊誌「つつむ」の平成7年10月号
(甲12)に記載された配合比率と略同一であり、②の配合比率は、レオン社が平
成9年8月5日に作成した「品名 ミニキッシュ」の配合比率(コード番号「CN
400CY0011」)と比べて、強力粉、薄力粉及び油脂という最も重量比率の
大きい材料の配合比率が同一である上、その他の卵、塩、油脂の配合比率の若干の
差異は、当該分野の技術者が味等を適宜調整する際に生ずる程度のものにすぎず、
全体として両者は同一のものと判断することができる。
イ パイシュー生地の一連の製造工程に関し、被告が本件仮処分事件におい
て営業秘密であると主張していた事項は、①パイ生地の製造に係る2次ミキシング
工程(乙7の「パイ生地(外皮材)の製造工程2-②~④」)であり、特に被告
は、上記の2次ミキシング工程により製造したパイシュー生地を焼き上げた際、パ
イ生地が適度に千切れてシュー生地に乗って上面まで移動するという点が製品上の
重要な要素であり、パイ生地の2次ミキシング工程の撹拌速度、撹拌時間がその成
否を決める重要な技術であると主張していた。
 しかし、原告が、前記「ミニキッシュ」の基本配合表に記載されたパイ
生地の製造工程(2次ミキシング工程)に従ってパイシュー生地を製造し、これを
焼き上げる実験を行った結果、パイ生地が千切れてシュー生地に乗って上面まで移
動した製品ができることが確認されたから、パイ生地が適度に千切れてシュー生地
に乗って上面まで移動する製品を作るための上記2次ミキシング工程は、被告がパ
イシューを製造、販売する以前にレオン社から公開され、一般に知られていたもの
である。
ウ また、被告は、シュー生地の製造工程のおける温度も重要な営業秘密で
あると主張する。
 しかし、被告は、本件仮処分事件において、シュー生地の製造工程にお
ける温度が重要な営業秘密であるという主張は一度もしていなかったし、本件事件
においても、このシュー生地の温度が製造工程においてどのような意味で重要な営
業秘密であるかについて何ら説明がない。この点から考えても、また、シュー生地
の製造工程は古くから一般に知られていたことからみても、上記のシュー生地の温
度が重要な営業秘密であるということはできない。
 なお、乙7の「シュー生地(内包材)」の製造工程4-④の温度につい
ては、レオン社の季刊誌「つつむ」(甲12)や「パイ&シュー」のレシピ(甲1
3の2)に概ね同様の温度が記載されている。
エ 被告は、原告が被告生地の製造のためにパートタイマーや派遣社員を雇
用することを認めていたが、原告に対し、それらの者に退職後の秘密保持義務を課
すようにという要求をしたことはなかった。
 また、被告の高井田工場においても、当時派遣社員が業務に従事してい
たと思われるが、これらの者が退職後における秘密保持義務を課せられていたとは
考えられない。
 さらに、原告は、被告生地の製造工程について、被告から文書によって
開示を受けたものは一切なく、口頭での指導、実演の方法により伝えられたもので
あるが、これらの口頭の指導内容、実演の方法が秘密として管理されていたことを
客観的に示す資料はない。
(2) 原告生地の製造における営業秘密の使用の有無について
 原告生地は、被告のパイシュー生地の原材料の配合比率を使用していない
し、製造工程についても、次のとおり被告のパイシュー生地のものと異なる。
ア 原告生地の製造工程は、被告のパイシューの発売が開始される前から一
般に知られていた製造工程(シュー生地の製造工程を含む。)を除き、特にパイ生
地の2次ミキシング工程において、被告のパイシュー生地の製造工程と明らかに異
なっている。
イ また、被告が新たに営業秘密であると主張したシュー生地の1次ミキシ
ング温度は約62℃、最終ミキシング温度は・・・・であるのに対し、原告のシュ
ー生地の製造工程における1次ミキシング温度は62~74℃、最終ミキシング温
度は38~45℃と相当の幅のある範囲の温度が設定されており、両者は必ずしも
同一ではない。
(3) よって、原告が原告生地を製造販売した行為が不正競争防止法2条1項7
号に当たるとの被告の主張は理由がない。
2 争点(1)イ(原告が原告生地を製造販売したことが契約ないし信義則上の義務
に反するか)について
〔被告の主張〕
(1)ア 原告と被告は、本件製造委託契約及び乙3合意の際、レオン社等の配合
表や製造工程の存否にかかわらず、原告が被告から情報の開示を受け、技術指導に
より得た知識・経験を用いて類似品を製造して第三者に販売してはならない、とい
う合意をした。
イ 原告は、上記合意に反し、被告から得た知識・経験を用いて、原告生地
を製造販売したから、この行為は上記義務に違反するものである。
(2)ア 原告が日本製粉より原告生地の製造依頼を受けた平成13年7月当時、
原告は、被告の技術指導により、パイシュー生地をようやく安定的に製造できる状
況になったころであった。しかも、原告は、被告から、レシピの提供にとどまら
ず、製造方法等の技術指導を受け、これらの技術指導があったからこそ、原告生地
の製造を大量かつ安定的に製造できるようになったものである。
イ このような、原告と被告の本件製造委託契約上の関係からして、被告独
自のレシピに類似するか否かにかかわらず、原告は、被告以外の第三者の依頼によ
りパイシュー生地を製造してはならないという信義則上の競業避止義務を負ってい
た。また、原告は、第三者からパイシュー生地の製造の依頼があった場合には、そ
の製造を開始するに当たって、被告に対し承諾を求めるか、少なくとも説明をすべ
き契約上の義務を負っていた。
ウ 原告は、信義則上の競業避止義務及び説明義務に反し、被告に対し何ら
承諾を求めたり、説明をすることなく、ミスタードーナツ店向けの原告生地を製造
販売したのであるから、この行為は上記義務に違反する。
〔原告の主張〕
(1)ア 原告は、被告から被告生地の製造を委託された際、「商品委託加工契約
書」(乙1)を作成し、被告に提示したから、同契約書(ひな型)2条に記載のと
おり、原告が「本契約に関して知り得た当事者の経営上、技術上の秘密を第三者に
開示又は漏洩してはならない」義務を引き受けたことは認める。
イ しかし、上記契約書(ひな型)2条にいう「経営上、技術上の秘密」と
は秘密性があるもの、いいかえれば「公然と知られていないもの」を意味し、客観
的に既に公然と知られていた情報は上記の守秘義務の対象にはならないことは明白
である。
 原告生地は、被告生地の原材料の配合や製造工程を使用したものではな
く、日本製粉が開発した原材料の配合及び製造工程を使用したものであり、したが
って、原告が被告の技術上の秘密を第三者に開示又は漏洩しないという上記守秘義
務に違反した事実はない。
(2)ア 原告が、信義則上の競業避止義務や説明義務を負っていたとの被告の主
張は争う。
イ 原告と被告との間に、競業避止義務を定めるような明確な合意は全くな
かった上、当時の両者の取引は、対価的にも取引条件においても、原告が広範な競
合避止義務を負担すると解することを正当化するようなバランスのとれた正常な取
引関係ではなかった。また、被告の主張するような説明義務違反を根拠づける事情
もない。
ウ 原告が製造した原告生地は、被告のレシピを流用したものではなく、ま
た、被告が原告に指導したと主張するパイシュー生地の製造技術は、主観的には原
告がそれまで経験したことのなかった技術であるとしても、客観的に見れば何らノ
ウハウの名に値するものではなかった。また、その商品形態、ねらいとする顧客
層・購買時期等から見ても、ミスタードーナツ店が販売したパイシューは、被告の
パイシューとは明らかに異なっており、このようなことから、原告は、被告の営業
に影響を及ぼすものではないと判断したものである。
3 争点(1)ウ(被告が被った損害の額)について
〔被告の主張〕
 原告が原告生地を製造販売したことにより、被告は本件製造委託契約を解除
せざるを得なくなり、その結果、被告は、次の損害を被った。
(1)ア 原告が被告に納品していた被告生地は1日当たり12万個に達していた
が、被告のパイシューは爆発的な売れ行きを誇り、被告生地の余剰品は皆無であっ
たから、原告が納品していたすべての被告生地は、被告がパイシューを販売する上
で必要なものであった。
イ 平成13年11月23日以降、原告からの被告生地の供給が途絶えたこ
とから、被告は、被告生地を並行して製造していた被告の子会社である有限会社ワ
イズに増産を指示したが、1日当たり5万個ないし7万個(平均して100ケース
分の6万2400個)の生産が追いつかず、その分のパイシューの売上げが減少し
た。
ウ 被告は、上記不足分を補うため、平成14年1月18日、守口市に新工
場を確保して機械類の設置等の準備をし、同年3月中旬から、新工場において、被
告生地の生産(1日約15万個)が可能となった。
エ 被告は、パイシューの販売により、販売額の20%に相当する1個当た
り24円の純利益を得ている。
オ そうすると、被告が、原告から被告生地の供給が途絶えたことにより、
平成13年11月23日から平成14年3月15日までの113日間、パイシュー
の販売数が1日当たり平均6万2400個減少し、その結果1億6922万880
0円の損害を被った(113日×6万2400個×24円)。
(2) 日本全国に数千店舗が存在し、一般消費者に著名なミスタードーナツ店か
ら被告のパイシューに類似する商品が出回ったことにより、被告生地の価値が下が
り、被告のフランチャイズ店から抗議を受ける結果となり、被告の信用が著しく低
下した。この信用失墜による損害は低く見積もっても金1億円を下ることはない。
(3) 被告は、原告に対し、平成13年12月26日到達の書面(甲3)によ
り、又は平成14年5月28日の本件口頭弁論期日において、上記合計2億692
2万8800円の損害賠償債権をもって、本訴請求債権とその対当額において相殺
するとの意思表示をした。
〔原告の主張〕
(1) 被告は、原告が原告生地を製造販売したことにより、被告は本件製造委託
契約を解除せざるを得なくなったと主張するが、被告の解除自体、理由がない。
(2) 被告は、事実関係を調査することなく、一方的に契約解除の通知をし、原
告が納品する被告生地の受領を拒絶したものであって、仮に被告が主張するような
損害が発生したとしても、原告が被告に対し損害賠償責任を負う理由はない。
4 争点(2)(被告が本件生地の販売代金の支払を拒絶したことが不法行為に当た
るか、及び原告が被った損害の額)について
〔原告の主張〕
(1) 被告は、平成13年11月20日付け書面により、事前の催告もなく、突
然、本件製造委託契約を解除した上、本来平成14年1月4日に支払うべき商品代
金4191万6376円について、何らの合理的理由もなく支払を拒否したため、
原告は、上記商品代金に係る遅延損害金のほか、信用失墜等になる無形の損害を被
った。すなわち、原告は、上記支払拒絶の通告を受けたため、平成13年12月末
に支払を予定していた取引先に対し事情を説明して支払の猶予を乞い、銀行に追加
融資を申し入れるなど、極めて異例かつ危機的な対応を迫られ、その結果、金融機
関に対する信用が低下するなどの損害を被った。
 被告の上記支払拒否は、単なる債務不履行にとどまらず、もっぱら原告に
信用失墜等の損害を与えることのみを目的とした不当な行為であり、不法行為に該
当する。
(2) 原告が被告の上記不法行為によって被った無形損害は、金銭に換算すると
500万円を下らない。
(3) また、原告は、上記の不当な支払拒絶を受けた結果、被告に対し前記商品
代金の支払を求めるため、訴訟代理人弁護士に訴訟手続を依頼せざると得なくな
り、弁護士費用として630万円の支払を約したが、これは被告の上記不法行為に
より原告が被った損害となることは明らかである。
〔被告の主張〕
 原告の主張は争う。
第4 争点に対する判断
1 争点(1)ア(原告が原告生地を製造販売したことが不正競争防止法2条1項7
号所定の不正競争に当たるか)について
(1) 被告は、被告生地の原材料の配合比率、シュー生地及びパイ生地の一連の
製造工程全体が営業秘密であり、特に、パイ生地の2次ミキシング工程、シュー生
地の1次ミキシング温度及び最終ミキシング温度が重要な営業秘密であると主張す
るので、被告が特に重要であると主張する事項について、以下順に検討する。
ア 原材料の配合比率について
 被告生地の配合比率は、別紙「配合比較表」の「被告比率」欄記載のと
おりであり(甲15、乙7)、原告生地の配合比率は、同別紙の「原告比率」欄記
載のとおりである(甲5)。
(ア) シュー生地の配合比率の営業秘密性について検討する。
a 炭酸水素アンモニウムと重炭酸ナトリウム(重曹)の配合比率につ
いて
(a) 被告は、本件仮処分事件において、シュー生地の配合表のうち炭
酸水素アンモニウムと重炭酸ナトリウム(重曹)の配合比率が特に重要であると主
張していたので(甲4)、この配合について検討する。
(b) レオン社発行に係る季刊誌「つつむ」の平成7年10月号(甲1
2)には、同社製の包餡機「火星人CN120」を用いてパイシュー生地を製造す
る際のレシピが掲載されており、そこには、シュー生地に重曹と炭酸水素アンモニ
ウムを配合することが記載されている。また、上記季刊誌に掲載されたパイシュー
は、その作成時期が近接していること及び掲載写真が同一であることから、レオン
社が平成7年5月1日に作成した「パイ&シュー」のシュー生地の配合表(甲13
の2)に基づいて作成されたものであると推認されるが、同配合表記載の配合比率
は別紙「配合比較表」のシュー生地の「甲13の2」欄記載のとおりであり、薄力
粉(強力粉は用いない。)を100として、炭酸水素アンモニウムが0.9、重曹
が0.6とされている。
 なお、前記季刊誌「つつむ」に「詳しくは本社NEサービスま
で、お問い合わせください。」と記載されていることや(甲12)、レオン社が、
同配合表と同様の書式の後記「ミニキッシュ」に係るレシピを得意先各社に配布し
ていたこと(甲5添付のレオン社取締役作成部分)から、同配合表が同じように得
意先各社に配布されていたことが推認される。
(c) そうすると、原告が営業秘密であると主張する比率と、被告生地
の製造開始以前に公知であった甲13の2の比率
は、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、被告のパイシューの製造にお
いて特段の効果を奏し、有用性があることを認めるに足りる証拠はない。
b シュー生地のその余の材料の配合比率については、それが非公知で
あり、かつ有用性を有することを認めるに足りる証拠はない。
(イ) パイ生地の配合比率の営業秘密性について検討する。
a 甲5によれば、レオン社が平成9年8月5日に作成したパイ生地の
基本配合(品名「ミニキッシュ」、コード番号「CN400CY0011」)は、
別紙「配合比較表」のパイ生地の「甲5」欄記載のとおりであること、レオン社は
同基本配合を得意先各社に配布していたことが認められる。
b そうすると、原告が営業秘密であると主張する比率と、被告生地の
製造開始以前に公知であった甲5の比率は、強力粉が60、薄力粉が40、モルト
シロップが2、油脂が70と同一の値であ
り、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・。
 しかし、強力粉、薄力粉及び油脂という最も重量比率の大きい材料
の配合比率が同一であり、値が異なる材料のうち塩は塩味の調整のものと思われる
し、その他の卵、液体油脂の上記配合比率の差について、被告のパイシューの製造
において特段の効果を奏し有用性があることを認めるに足りる証拠はない。
(ウ) 以上によれば、被告が営業秘密であるとする原材料の配合比率は、
被告がパイシューを製造、販売する以前にレオン社が用いていた配合比率とほぼ同
一であって、レオン社はこうした配合比率を得意先各社に配布していたのであるか
ら、同配合比率は、非公知性を有するものとはいえず営業秘密には当たらないとい
うべきである。
イ 製造工程について
 被告生地の製造工程は、別紙「被告生地の製造工程表」記載のとおりで
あり(乙7)、被告は、同工程のうちパイ生地の2次ミキシング工程(パイ生地
(外皮材)の製造工程2-②~④)、シュー生地の1次ミキシング温度及び最終ミ
キシング温度(シュー生地(内包材)の製造工程2-⑥及び4-④記載の温度)が
重要な営業秘密であると主張する。
(ア) 本件各証拠から認められる被告生地の製造開始以前に公知であった
製造工程のうち、上記事項に関する工程は以下のとおりである。
a パイ生地の2次ミキシング工程について前記「ミニキッシュ」(コ
ード番号「CN400CY0011」)に係るパイ生地の2次ミキシング工程は、
次のとおりであり(甲5)、この工程は、前記季刊誌「つつむ」の平成7年10月
号(甲12)にも掲載されている。
(a) 低速-4分、中高速-8分(捏上温度18℃以下)
(b) 冷凍庫で固めたチップマーガリンを混入
(c) 低速-20秒、中高速-15~30秒(捏上温度12℃以下)
b シュー生地の1次ミキシング温度について、これを明示した公知の
製造工程は本件各証拠にはない。
c シュー生地の最終ミキシング温度は、前掲レオン社の季刊誌「つつ
む」(甲12)や「パイ&シュー」のレシピ(甲13の2)には、45℃前後と記
載されている。
(イ) 2次ミキシング工程について
 証人Aによれば、被告が販売するパイシューは、さくさく感を出すこ
とを重視して開発されたものであり、さくさく感を出すためには、パイシュー生地
を焼き上げた際、シュー生地が膨らみ、シュー生地に引っ張られてその周りのパイ
生地が薄くなり適度に千切れてシュー生地に乗って上面まで移動するようにすると
いう点が製品上の重要な要素であることが認められる。
 この点、甲6によれば、原告が、「ミニキッシュ」の製造工程に従っ
てパイ生地を製造し、これと原告生地に用いられるシュー生地を用いてパイシュー
生地を製造して焼き上げたところ、パイ生地が千切れて生地に乗って上面まで移動
した製品ができたことが認められる。したがって、パイ生地が適度に千切れてシュ
ー生地に乗って上面まで移動する製品を作るために必要なパイ生地の2次ミキシン
グ工程自体は、被告がパイシューを製造、販売する以前に、レオン社から公開され
ていたというべきである。
 もっとも、被告が営業秘密であると主張する被告生地のパイ生地の2
次ミキシング工程と、「ミニキッシュ」に係る2次ミキシング工程とは必ずしも同
一ではないので、この工程については営業秘密であると解する余地がないではな
い。
(ウ) シュー生地の1次ミキシング温度について
 被告は、シュー生地の1次ミキシング温度が特に重要な営業秘密であ
ると主張するが、被告の常務取締役である証人Aは、被告生地の製造工程のうちシ
ュー生地の最終ミキシング温度が重要なポイントであると証言するものの、1次ミ
キシング温度を何度に維持するのが被告生地を作るために必要不可欠であるか具体
的に言及しておらず、その他、シュー生地の1次ミキシング温度が有用性を有する
ものであることを認めるに足りる証拠はない。
(エ) シュー生地の最終ミキシング温度について
 証人Aは、シュー生地の最終ミキシング温度を・・・・にすること
が、被告のパイシューを製造するに当たって重要なポイントであると述べる。
 しかし、前記(ア)c記載のとおり、季刊誌「つつむ」や「パイ&シュ
ー」のレシピには、同温度が45℃前後と記載されているから、仮に被告生地の製
造工程におけるシュー生地の最終ミキシング温度が、焼き上げた時に、パイ生地が
シュー生地上に適度に千切れて広がり、さくさく感を有するパイシューになるよう
な被告生地を作る上で有用な営業秘密であるとしても、営業秘密に含まれるべき温
度の範囲は、・・・及びその誤差の範囲内に限定され、45℃にまでは及ばないと
解さざるを得ない。
(2) 原告生地の製造における営業秘密の使用の有無について
ア 原材料の配合比率について
 被告生地における配合比率が営業秘密とはいえないことは既に述べたと
おりであるが、念のため、原告生地が被告生地の配合比率を用いたものといえるか
について検討する。
 被告生地と原告生地との配合比率は、別紙「配合比較表」の「原告比
率」欄及び「被告比率」欄記載のとおりである。
(ア) シュー生地の配合比率について
 被告生地と原告生地とは、炭酸水素アンモニウムと重炭酸ナトリウム
(重曹)の配合比率が同じであるが、他の材料については、同一の配合比率とはい
えない。
(イ) パイ生地の配合比率について
 被告生地と原告生地とは、塩、水の配合比率が異なるほか、強力粉、
薄力粉、卵、モルトシロップ、液体油脂、油脂の配合比率は同一である。
(ウ) しかし、甲5によれば、日本製粉は、ミスタードーナツ店向けの原
告生地を開発するに当たり、シュー生地については日本製粉の加工技術研究部が持
っていた一般的な配合比率をスタートとし、また、パイ生地については、レオン社
が平成9年8月5日に作成した基本配合(品名「ミニキッシュ」、コード番号「C
N400CY0011」)をスタートとし、何度も試作、評価を重ねながらこれら
に修正を加えて製品化したことが認められる。
 このことは、被告生地と原告生地の配合比率を比較すると、シュー生
地については、炭酸水素アンモニウムと重炭酸ナトリウム(重曹)以外の配合比率
が異なること(なお、前記(1)ア(ア)a記載のとおり炭酸水素アンモニウムと重炭酸
ナトリウム(重曹)の配合比率はレオン社の「パイ&シュー」の配合比率とほぼ同
じである。)、パイ生地については、被告生地と原告生地とが同一の配合比率であ
るもののうち、強力粉、薄力粉、モルトシロップ、油脂については「ミニキッシ
ュ」の配合比率と同一であり、卵及び液体油脂の配合比率もその差がわずかである
ことからも裏付けられる。
 したがって、原告は、日本製粉が独自に開発した配合比率を用いて原
告生地を製造しているというべきである。
(エ) なお、原告の元従業員作成の陳述書(乙2)中には、原告が、被告
生地の配合比率を流用して他社への販路を模索していたとの陳述部分がある。ま
た、原告が被告生地を製造するようになった後に、日本製粉から依頼を受けてパイ
シューのための原告生地を製造するようになったことからすれば、原告が被告生地
を製造する際に得た経験、知識が、被告生地の製造において役立った可能性がある
ことは否定できないところである。しかし、上記のとおり、原告生地と被告生地の
配合比率のうち、同一と思われる部分は、被告生地の製造開始以前に公知であった
配合比率と同一ないし近似する値であり、また、シュー生地においては両者の配合
比率が大きく異なるのであるから、原告の元従業員が陳述する上記事実関係の存在
を前提としても、前記認定を覆すには足りない。
イ 製造工程について
(ア) パイ生地の2次ミキシング工程について
a 原告生地の2次ミキシング工程は次のとおりである(甲8、1
4)。
(a) 1速-4分、3速-5分30秒
(b) 保管温度2℃で保管していたチップマーガリン(商品名「アート
ピア」)の投入
(c) 1速-10秒、3速-1分40秒~2分50秒
b なお、被告生地の2次ミキシング工程(別紙「被告生地の製造工程
表」参照)における、「低速」は「1速」に、「高速」は「3速」に対応し、同工
程において投入されるマーガリンは、冷凍庫(-15℃)で保管していた冷凍のペ
ンシルマーガリンである(甲8)。
c そうすると、被告生地と原告生地の2次ミキシング工程を比較する
と、投入するマーガリンの保管温度が-15℃と2℃と大きな差異があり、また、
マーガリンを投入した後の撹拌時間が、低速(1速)について15秒と10秒、高
速(3速)について30~50秒と1分40秒~2分50秒と、特に高速の撹拌時
間が大きく異なる。
 これらの差異は、前記「ミニキッシュ」の工程と被告工程との差異
の程度と比較しても、大きな違いである。
 したがって、仮に被告生地の2次ミキシング工程が営業秘密である
としても、原告生地の2次ミキシング工程は、被告生地の営業秘密を使用したもの
とはいえない。
(イ) シュー生地における1次ミキシング温度及び最終ミキシング温度に
ついて
 被告生地における1次ミキシング温度は約62℃、最終ミキシング温
度は・・・・であるのに対し、原告のシュー生地の製造工程における1次ミキシン
グ温度は62~74℃、最終ミキシング温度は38~45℃と相当の幅のある範囲
の温度が設定されており、両者は必ずしも同一ではない。
 そして、前記(1)イ(エ)記載のとおり、仮に被告生地における最終ミキ
シング温度を・・・・に設定することが営業秘密であると認められるとしても、そ
の範囲は、・・・及びその誤差の範囲内にとどまり、・・の差のある45℃には及
ばないと解すべきであるから、原告生地の最終ミキシング温度の設定値(38~4
5℃)は、被告生地の営業秘密を使用したものとはいえない。
 また、被告生地の1次ミキシング温度について具体的な有用性が認め
られないことは前記(1)イ(ウ)記載のとおりであるが、仮に何らかの有用性があると
しても、それは最終ミキシング温度と同様に小さい誤差範囲内で温度設定すること
に意味があるものと推認されるから、原告生地の1次ミキシング温度の設定値(6
2~74℃)は、被告生地の営業秘密を使用したものとはいえない。
(ウ) したがって、原告が、被告から開示を受けた製造工程に関する技術
を使用して原告生地を製造しているということはできず、前掲乙2やその余の証拠
によっても、同事実を認めるには足りない。
(3) 被告は、被告生地の原材料の配合比率、シュー生地及びパイ生地の一連の
製造工程全体が営業秘密であり、特に、パイ生地の2次ミキシング工程、シュー生
地の1次ミキシング温度及び最終ミキシング温度が重要な営業秘密であると主張す
るが、原告が、原告生地の製造において、被告が特に重要な営業秘密であると主張
する技術事項を使用しているといえないことは上記のとおりであり、被告生地のシ
ュー生地及びパイ生地の一連の製造工程全体のうち、その余の工程が営業秘密性を
有すること、及び原告が原告生地の製造に際し同営業秘密を用いていることを認め
るに足りる証拠はない。
 以上によれば、被告が原告に対し不正競争防止法2条1項7号、4条に基
づく損害賠償請求権を取得したとの被告の主張は、その余の争点について判断する
までもなく理由がない。
2 争点(1)イ(原告が原告生地を製造販売したことが契約ないし信義則上の義務
に反するか)について
(1) 秘密保持義務違反について
ア 原告は、被告から被告生地の製造を委託された際、原告が本件製造委託
契約に関して知り得た当事者の経営上、技術上の秘密を第三者に開示又は漏洩して
はならない義務を引き受けたことは当事者間に争いはない。
イ また、前記第2の1(3)ウ記載のとおり、被告と原告は、原告が原告生地
の製造を知った後の平成13年11月5日の乙3合意により、原告は被告の独自の
パイシューについて、技術上の秘密情報(配合レシピを含む。)の秘密保持義務を
負うものの、被告の独自のパイシュー以外を用いたパイシューに関しては義務を負
わないことを約している。
ウ そうすると、原告は、被告独自のパイシューに関する秘密情報(配合レ
シピを含む。)に関して秘密保持義務を負うものというべきであるが、原告が原告
生地の製造に際し、被告生地の材料の配合比率、製造工程に関する営業秘密を使用
したことが認められないことは既に述べたとおりであり、そうすると、原告は原告
生地の製造に際し、被告独自のパイシューに関する秘密情報(配合レシピを含
む。)に用いたとはいえず、その他、同秘密情報を第三者に開示又は漏洩したこと
を認めるに足りる証拠はない。
エ したがって、原告生地の製造販売が、原告が負う秘密保持義務に違反す
るとの被告の主張は理由がない。
(2) 信義則上の競業避止義務違反ないし説明義務違反について
ア 原告と被告との間の平成13年3月29日付けの乙5合意によれば、原
告は被告の独自のパイシューについて、技術上の秘密情報(配合レシピを含む。)
の秘密保持義務を負うものの、被告の独自のパイシュー以外を用いたパイシューに
関しては義務を負わないことを確認しており、これによれば、原告は被告の独自の
パイシュー以外のパイシューについては製造、販売することも許されると解するの
が相当である。
 したがって、原告がいかなるパイシューであってもこれを製造、販売し
てはならないという趣旨の信義則上の競業避止義務を負うものということはできな
い。
 そして、前記1(2)記載のとおり、原告生地が、被告独自の技術情報(配
合レシピを含む。)に基づいて製造されたことを認めるに足りる証拠はないから、
原告が原告生地を製造販売したことが上記信義則上の競業避止義務に反するものと
いうことはできない。
イ また、被告は、原告が第三者からパイシュー生地の製造の依頼があった
場合には、その製造を開始するに当たって、被告に対し承諾を求めるか、少なくと
も説明をすべき契約上の義務を負っていたと主張するが、前記乙3合意によれば、
原告は、被告の独自のパイシュー以外を用いたパイシューに関しては義務を負わな
いことを確認しているのであり、そのほかに被告が主張するように原告が被告以外
の者から依頼されたパイシュー生地について、被告への説明義務を負うことを認め
るに足りる証拠はない。
ウ したがって、原告生地の製造販売が、原告が負う信義則上の競業避止義
務ないし説明義務に違反するとの被告の主張は理由がない。
3 以上によれば、被告の相殺の抗弁は理由がないから、原告の被告に対する被
告生地の販売代金4191万6376円及びこれに対する支払日の翌日である平成
14年1月5日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の請
求は理由がある。
4 争点(2)(被告が本件生地の販売代金の支払を拒絶したことが不法行為に当た
るか、及び原告が被った損害の額)について
(1) 原告は、被告が突然本件製造委託契約を解除した上、平成14年1月4日
に支払うべき商品代金について何ら合理的理由もなく支払を拒否したため、信用失
墜等の無形の損害を被った旨主張する。
(2) 前記第2の1(3)記載のとおり、被告は、平成13年12月26日到達の
内容証明郵便による通知書(甲3)において、原告の契約違反及び不正競争行為に
より被告が被った損害と対当額で相殺するとして、平成14年1月4日に支払期日
の到来する被告生地の販売代金の支払を拒絶したものである。そして、上記相殺が
認められるか否かは、主として、原告が原告生地の製造に際し被告の営業秘密を使
用したか否か、原告生地の販売行為は「被告の独自のパイシューを第三者に販売し
ない」との乙3合意に反するか否かが問題となるところ、その判断に当たっては、
原告生地の配合比率及び製造方法の開示を受けることが不可欠であるが、被告は本
件仮処分事件において初めてその具体的内容の開示を受けたものである(弁論の全
趣旨)。また、前記第2の1(3)ア記載のとおり、原告は、従前パイシュー生地を製
造した経験が全くなかったため、被告からその製造に必要なレオン社製の包餡機の
貸与を受け、原材料の配合及び製造工程等、パイシュー生地製造のための技術指導
を受けたものであるから、被告としては、原告による原告生地の製造行為が、被告
の営業秘密を使用した不正競争行為であるとか、「被告の独自のパイシューを第三
者に販売しない」との乙3合意に反するものであるとの疑念を持つことも無理から
ぬ面がないとはいえない。
(3) 被告の上記支払拒絶は、被告生地の販売代金の支払債務の不履行に当たる
ことはいうまでもないが、上記事情をも考慮すれば、被告の行為が債務不履行にと
どまらず、不法行為に該当することを基礎付ける事情の主張立証がされているとは
いえず、原告の不法行為の主張を認めることはできない。
(4) そうすると、被告の支払拒絶は、債務不履行(履行遅滞)にとどまるとこ
ろ、民法419条によれば、金銭を目的とする債務の履行遅滞による損害賠償の額
は、法律に特段の定めがある場合を除き、約定又は法定の利率により、債権者はそ
の損害の証明をする必要がないとされており、その反面として、たとえ、それ以上
の損害が生じたことを立証しても、その賠償を請求することはできないものという
べきである。
(5) したがって、原告は、本件訴訟において被告生地の販売代金とともに、支
払日の翌日から商事法定利率年6分の割合による遅延損害金を請求しているから、
上記遅延損害金の範囲を超えて、被告に対し損害賠償を請求することはできず、原
告の主張は理由がないといわざるを得ない。
5 よって、主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官   小松一雄
裁判官   阿多麻子
裁判官   前田郁勝

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