弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役弍月に処する。
     但し、本裁判確定の日から壱年間右刑の執行を猶予する。
     原審竝びに当審における訴訟費用はすべて被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人松永謙三作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるの
で、ここにこれを引用し、以下これに対して判断する。
 論旨第一点及び第二点
 所論は、巡査部長AがBことBを撮影した所為は、その職務執行の範囲に属せ
ず、同女の人格権竝びに名誉権を無視してなした違法行為であつて、たとえ、被告
人において右Aの撮影行為を妨げたとしても、被告人につき公務執行妨害罪は成立
しない。従つてこれを公務執行妨害罪に問擬した原判決は法令の適用を誤つたもの
であると主張するのである。よつて原判決挙示の証拠に、当裁判所において事実の
取調としてした証人B、同C、同A、同Dの各供述、被告人本人尋問の結果、検証
の結果を参酌考慮すれば国警栃木県本部では従来外国人登録法違反被疑事件などに
おいて被疑者を逮捕することにつき被疑者の側で後日公判廷等で当該逮捕は成規の
逮捕状が呈示されない違法のものであるなどと抗争する事例が少くなかつた関係
上、この種事件においてはその逮捕状執行の現況を写真に撮影し後日このような点
で争が起きる際にそなえるように努めて来たのであるが、偶々栃木県下都賀郡a町
大字bc番地Eを外国人登録法違反の容疑で逮捕せんとする際国警栃木県本部警備
課勤務巡査部長Aは、昭和二十七年十二月一日夕刻上司である同課長Fから、右A
が写真撮影の心得があるところから、d地区警察署に赴き、右逮捕についてこれに
協力し逮捕状執行の現場の撮影をするように命ぜられた。そこで同人は、翌早暁写
真機を携帯しd地区警察署に至り同署長の指揮下に入り、その命令で同署勤務の巡
査部長D外数名の警察官とともに午前五時頃前記E方に至り、右Dにおいて表戸を
叩いた。偶々前夜から右E方に宿泊して表三畳間に寝ていた被告人が起きて来て戸
を明け警察官の来ているのを知つた。D巡査部長は被告人に対し右Eの逮捕に来た
旨を告げ他の警察官とともに奥の間に通ずる板廊下にあがろうとするや、被告人は
Eはいないと答えて右警察官のあがるのを拒むような態度であつたので、右D一名
のみ右Eに対する前記被疑事件に関する逮捕状を示しながら成規の手続により正当
な権限をもつて同家に入り逮捕状の執行をなしつつあることを現わして右板廊下に
あがつた。そこへ奥の間から境の開き戸をあけてEの妻Bが寝巻のまゝしどけない
姿で出て来たので、右Dは右逮捕状を同女に示し成規の令状によりEを逮捕するた
めに来たのであるから同屋内を探させて貰いたいといつた。丁度その頃右Aは、前
記趣旨において右DがBに逮捕状を示している現場を写真に撮つた際、同女は右逮
捕状を見ても何のことだかわからず、Aが写真を撮ろうとするのを認め、自分のふ
しだらな姿を撮られてはと思い声を出し、こんな所を撮るんですかといいながら、
これをさけて奥の間に戻つた。その間において被告人は、右Aが前記撮影を終ろう
とする頃にその撮影を妨げる目的で暴れ出し何故写真を撮るのかといいながら左足
で右Aの右手背を蹴り上げて暴行し同人の職務の執行を妨害して同人に治療五日間
を要する右手背打撲傷を与えた。そこで即座に被告人は公務執行妨害の現行犯とし
て逮捕され、一方Dはその頃着物を着換えて出て来た前記Bの承諾の下に引続き奥
の部屋に入り右Eを見つけ逮捕し、その情況を右Aにおいて二回撮影したが、あわ
てたためそのうちの一枚は前にBを撮影したものと二重写になつていたことを認め
ることができる。
 <要旨>然り而して、本件のような外国人登録法違反事件などにおいては屡々後日
公判廷などで逮捕は刑事訴訟法に基く適法な令状によるものでないと被告人
側で主張し、かかる点で派生的な紛争が生ずる事例があることは顕著な事実である
から、そうした紛争に具えて予め当該逮捕のものであることを証拠づける意味合に
おいて逮捕状呈示の現場を写真に撮影して置くことは時宜に適した方法であつて、
それ自体は純粋の公務でないにしても逮捕状の執行という公務に附随しこれに包含
される性質のものと解するのが相当である。而してこの事はその逮捕状呈示竝びに
撮影の相手方が逮捕状の執行を受ける本人である場合は勿論、その家族その他その
家にいる者であつても、その者に対する逮捕状呈示は、係官が正当の権限をもつて
その場所に来ていることを示す、すなわち職務執行の為にその現場に来て職務に従
事していることを現わしているのであるからその情況の撮影も亦前記趣旨において
これを公務の執行というを妨げないものと解しなければならない。而してこの本件
のような犯罪の捜査手続の段階において職務を執行する者は、これを受ける側の人
権を尊重し必要の限度を超えて多くの人、多くの場所、多くの回数の撮影をするこ
とは慎しまねばならないこと敢えて刑事訴訟法第一条の規定を援用するまでもなく
極めて当然なことであるが、その撮影が正当なる権限の行使と認められる限り相手
方においていわゆる肖像権、人格権、名誉権を主張してこれを拒否し又は違法視す
ることは許されないものといわなければならない。本件においてその事実関係は前
に説示した如くであつて、A巡査部長の写真撮影行為は、正当なその職務の執行行
為であつて、決してその権限を濫用し又はこれを超越した不当の行為とは解されな
い。
 従つて、原判示犯罪事実は、その挙示する証拠によつてこれを認定するに十分で
あるから、被告人の所為たる一面において公務執行妨害罪を構成するとともに他面
傷害罪を構成するや勿論であつて、これを問擬するに原判示法条をもつてした原判
決は、洵に正当である。然らば原判決には所論のような違法は毫も存しないから、
論旨は理由がない。
 (その他の判決理由は省略する)
 (裁判長判事 小中公毅 判事 渡辺辰吉 判事 江碕太郎)

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