弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
○ 事実
第一 申立
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。
2 被控訴人らの請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
二 被控訴人ら
主文同旨
第二 主張
当事者双方の事実上・及び法律上の陳述は次に付加するほかは原判決事実摘示のと
おりであるから、これを引用する(ただし、原判決四枚目表一一行目「欄」を「へ
欄」と、同五枚目表九行目「条例案」を「条例」とそれぞれ改め、同八枚目裏三行
目「案」を削る。)。一 控訴人の主張
1 昭和五八年給与改正条例によって、増額給与分を支給したこと自体の瑕疵は治
癒されたと解すべきである。
瑕疵ある行政行為は、その瑕疵の態様の如何によって、或いは無効とされ、或いは
取消し得べきものとされるが、それを無効とし、又は取消すことが、相手方の信頼
を裏切り、法律生活の安定を害するとか、社会公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞
があるという場合には、行政行為に瑕疵があるにもかかわらずその無効又は取消を
主張し得ないものとし、具体的事情に即し、それを有効な行為として取扱うべきこ
とも認められなければならない。いいかえれば行政行為の効力の具体的決定は、行
政行為が法律の定める要件を具備するかどうかという行政行為そのものの立場のみ
から判断してなされるべきものではなく、それに加えて、これを無効とし、又は取
消すことが具体的な法律関係にどういう影響をもたらすかを考え、相手方の信頼の
保護、法律生活の安定の保護、公共の福祉の保護、その他個人的・社会的諸利益を
比較衡量したうえでなされなければならない。
この原理に鑑みるとき、本件増額給与分の支給が法律生活の安定、社会公共の福祉
に重大な関係を有することは明らかであり、給与受領者の権益等をも考慮に入れる
ならば、たとえ放置されていても瑕疵の治癒ないしは無効行為の有効行為への転換
が考えられなければならない。まして、町議会による昭和五八年給与改正条例の制
定及び施行がなされた以上適法要件を備えるにいたり、違法扱いをする必要のない
状態になったものと解すべきであり、その瑕疵は治癒されたというべきである。換
言すれば、行政行為が当初違法なものであっても、その後の事情の変化によって適
法要件をそなえるにいたり、又は違法扱いをする必要のない状態となった場合に
は、その瑕疵は治癒されるのであって、そうでなければ誤った行政行為に対する救
済は裁判のみによらなければならないこととなり行政行為の本質に却って反するこ
ととなる。
昭和五八年給与改正条例の公布施行の結果、同条例の遡及効により処分時の条例上
の根拠が追完されたことになり、本件特別調整は遡って適法となったものと解すべ
きであり、増額給与分の支給も、右公布施行の結果、これに相応して支給の時に遡
って適法な支出になったとみるべきで、支給済みの増額給与分の運用利息を阿知須
町の被った損害ということは全くできないのである。なお、昭和五八年給与改正条
例を制定した町議会の意思が、昭和五八年七月一四日までの運用利息相当額を被告
から徴求すべきであると考えていなかったことは明らかである。
2 仮に増額給与分を支給したこと自体の瑕疵が治癒されないとしても、違法な給
与等の支出が、ただちに地方公共団体の損害となるものではないことからして、運
用利息相当額が損害といえるか、仮にいえるとしても、その利率が年五パーセント
であるかは甚だ疑問である。町会計は本来金利運用を目的とするものではなく、予
算に決められたとおりそれぞれの行政目的のために費消されるのである、仮に増額
給与分を支給しなかったとしても、それは他の目的に費消されるか、繰越されるか
であって、本来的にその金員を運用する仕組みとはなっていない。したがって、運
用利息相当分が損害であるということはできないのであり、また、運用利息相当額
について民事法定利率を単純に引用して年五パーセントであるとする根拠は存しな
い。
二 被控訴人らの主張
行政行為に瑕疵がある場合、その後の事情変更により適法要件が具備されたとして
も、瑕疵が常に治癒されるものではあり得ない。法治主義の支配する行政行為にお
いて、瑕疵の治癒が認められるのは、例外的な場合のみであり、法治主義の根本に
ふれる瑕疵の場合には、その治癒は許されない。
本件において、地方公共団体の職員に対しては、条例に基づかなければいかなる給
与も支給してはならない、との給与条例主義の大原則が存在し、控訴人は、昭和五
七年提出特別調整条例案を議会に提出したがこれを否決され、それにも拘らず、こ
れを無視して町職員に対して本件特別調整をなしたのであって、右行為は、給与条
例主義に明らかに違反した違法なもので、その違法の程度は極めて大きいと言わざ
るを得ないのである。
本件の場合、瑕疵の治癒を認めるならば、給与条例主義は全くの骨抜きとなってし
まうのであって、行政行為について例外的に瑕疵の治癒を認める場合がありうると
しても、本件は、この例外的な場合には該当しないのであって、まして、増額給与
分の支給までもが遡及的に適法となるとの考えは、法治主義、給与条例主義の本旨
を無視すること著しいことになる。
第三 証拠(省略)
○ 理由
原審で棄却された主位的請求については被控訴人から不服の申立がないから、当審
においては、控訴人から不服の申立がされた予備的請求についてのみ判断する。
一 本件について監査請求が前置されていたか否かとの点については、当裁判所は
これを肯定すべきものと判断する。
その理由は、原判決理由第二項のとおりであるからこれを引用する。
二 原判決摘示の請求原因1、2及び5の(予備的請求)(一)の各事実は当事者
間に争いがない。
三 右争いのない事実と成立に争いのない甲第一号証、第三ないし第六号証、第一
三ないし第二一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二二号証、弁論の全趣
旨により成立の認められる乙第二号証の一ないし九一の各一、二、原審における調
査嘱託の結果(第一、第二回、第四回)、原審における証人Aの証言、原審におけ
る控訴人本人尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができ、右認定に反す
る証拠はない。
1 控訴人は、昭和五五年一月阿知須町町長になったが、阿知須町職員の給与が他
の自治体の職員の給与に比べて不当に低く、昭和五六年度のラスパレイス指数(国
家公務員の給与額を一〇〇とした場合の給与額の指数)が八八で、山口県下でも最
低位にあったので、これを改善する必要性を感じていたが、その主たる原因が職員
の初任給を定めるについて、条例、規則に定められた基準による学歴格付、前歴通
算に換算がなされず、低い等級、号給によっていたとの認識をもち、右条例、規則
に定められた基準に則った本来あるべき初任給を算定した場合の職員の現在給与に
是正すべきものと考えるようになった。
2 そこで、控訴人は、担当者に条例、規則に定められた基準に則った本来あるべ
き初任給を算定した場合の各職員の現在給与と、現実に支給されている各職員の現
給与との比較の作業をなさしめ、これにより現われた額に基づいて、分割して昇格
昇給させる調整措置をとり、三年間程度をかけて、現給与を現在給与に合致させる
との方法で職員の給与を引き上げることをはかることとした。
3 そして、控訴人は、この目的をはかるため、昭和五七年四月一日付をもって、
「阿知須町一般職の職員の給与に関する条例」(以下「改正前の条例」という。)
四条二項、三項の規定による形で、第一次特別調整をなし、同様にして、右目的を
はかる趣旨の昭和五七年提出特別調整条例案が昭和五七年七月五日の阿知須町議会
において否決された後も、定期昇給とは別途に、同年一〇月一日付で第二次特別調
整を、昭和五八年四月一日付で第三次特別調整をし、昭和五八年六月まで、本件特
別調整を前提として給与の支給をした。
4 しかし、改正前の条例四条二項は、職員が良好な成績で勤務したときの普通昇
給の規定であり、同条三項は、職員の勤務成績が特に良好である場合の特別昇給の
規定であるところ、控訴人は、本件特別調整においては、前記のとおり職員の現在
給与に比較して現給与が低いかどうかを基準にして、低い場合の是正措置として現
在給与に合致させるために昇給させる目的のために本件特別調整をしたものであっ
て、改正前の条例四条二項の良好な成績で勤務したとき、同条三項の勤務成績が特
に良好である場合という昇給要件を考慮したものではなかった。
以上のとおり認められる。
右事実によるとき、控訴人は、本件特別調整をするについては、形式的には改正前
の条例四条によるものとして昇給をしているが、実質的には、一般職の職員の給与
について一括して調整をしようとして、したものであって、改正前の条例四条によ
る町長の権限を超えたものであり、一般職の職員の給与は条例で定めなければなら
ないとする地方自治法二〇四条の二、二〇四条に違反するものであって、条例の定
めなくしていた本件特別調整、これに基づく給与の支給をしたことは違法であると
いわなければならない。
控訴人は、本件特別調整は、初任給を条例、規則等に基づき、違法状態の是正、調
節をするためになされた措置であるから条例の制定を要せず、地方自治法に違反し
ないと主張するが、初任給が条例、規則の基準に従ったものでないとしても、一旦
定められた以上その後の昇給は、右定められた初任給を基礎としてすべきものであ
って、これを是正するには、是正について規定した条例を必要とするものであっ
て、改正前の条例四条によりなしうるものということはできない。
したがって、控訴人のなした本件特別調整は条例に基づかないものであって違法で
あり、これに基づいてした増額給与部分の支給も違法であるといわなければならな
い。
四 昭和五八年七月九日阿知須町議会において、昭和五八年給与改正条例が可決さ
れ、これが同月一五日公布され、一部条項を除いて公布の日から施行され、昭和五
七年四月一日から適用する旨の定めがあることは当事者間に争いがなく、前記甲第
一四号証によれば、右条例の内容は、原判決添付の別紙改正条例のとおりであるこ
とが認められる。
右条例によると、町長は、本件特別調整と同じ目的で、昭和五九年四月一日までの
間において、初任給の決定について特別の事情があり、昭和五七年四月一日の前日
において、他の職員と権衡を失していると認められる職員については、条例、規則
に定められた基準に則った本来あるべき初任給を算定した場合の各職員の現在給与
と現実に支給されている各職員の現給与との差額に相当する額を分割して昇給させ
ることができることとなっており、これが昭和五七年四月一日から遡って適用され
るものとされている。
したがって、町長は、昭和五八年給与改正条例によって、本件特別調整と同様の措
置をしうることになったものというべきである。しかしながら、右昭和五八年給与
改正条例には、町長のなした本件特別調整の措置は、右給与改正条例に則ってなし
たものとみなす旨の規定はなく、また、増額給与分の支給は、右給与改正条例によ
り支給したものとみなす旨の規定もない。ほかに右同様の規定の存在を認めるに足
りる証拠はない。
そうすると、昭和五八年給与改正条例によって、町長が本件特別調整の措置をし、
これに基づいて増額給与分を現実に支給しうるのは、右給与改正条例の施行後であ
って、右条例に基づき特別調整を行うに当たり、発令日を遡及させることができる
にすぎないものであり、これに基づいて増額給与分の支給をなしうるに至ったもの
といわなければならない。もっとも、右給与改正条例には、改正前の条例に基づい
て支給された給与は、改正後の条例の規定による給与の内払とみなす旨の規定はあ
るが、右は給与の内払とみなす旨の規定であって、本件特別調整の措置をもって右
給与改正条例に則ってなしたものとみなす規定と解することはできない。
仮に、本件特別調整の措置が、昭和五八年給与改正条例に則ってなしたものと擬制
するにしても、右給与改正条例施行後に擬制されるのであるから、これに基づいて
増額給与分を現実に支給しうるのは、右給与改正条例の施行後であるといわなけれ
ばならない。
したがって、遡って支給すべき増額給与分については、右給与改正条例の施行後に
差額として支給しうるに過ぎないのであって、右給与改正条例が施行されたことに
よって、現実に増額給与分を支給してしまったことを追認ないし追完により違法性
が治癒されたとか、適法な行為に転換されたものと解することはできない。
五 そうすると、控訴人は、阿知須町に対し、本件特別調整をし、これにより増額
給与分を支給してしまったことにより阿知須町が被った損害を賠償する責任がある
というべきである。
右損害額は、増額給与分の各支給時から、昭和五八年給与改正条例が公布施行され
た前日である昭和五八年七月一四日までの運用利息相当額であるというべきであ
り、その利率は年五分とするのが相当である。
そして、右の間の年五分の運用利息は、原判決添付別紙損害金計算表のとおり合計
九七万二三五〇円であることは当事者間に争いがないから、控訴人は、阿知須町に
対し同額の損害賠償義務があるというべきである。
六 よって、被控訴人らの予備的請求は理由があるからこれを認容すべく、これと
同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、
訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条に従い、主
文のとおり判決する。
(裁判官 下郡山信夫 八丹義人 池田克俊)

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