弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役三月に処する。
     但しこの裁判確定の日から一年間右刑の執行を猶予する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、検察官提出の控訴趣意書記載のとおりである。
 右に対する判断。
 (一) 不法入国の外国人と登録義務との関係について。
 原判決が、外国人たる被告人は、所定の期間内に所定の外国人登録証明書交付の
申請をしないで右の期間をこえ引続き本邦内に在留していたものである、という訴
因事実は、証拠によつてこれを認定することができる、としながら、被告人は、昭
和二四年八月頃不法に本邦に入国した外国人であることが証拠上明白であり、かか
る外国人に対して外国人登録法第三条第一項所定の申請義務を課すことは、本人に
対し自己の不法入国の事実をみずから進んで申告することを間接的に強要する結果
となり、憲法第三八条第一項の趣旨に照らして許されないところである。というべ
きであるのみならず、不法に入国した外国人に対しては、その不法の入国を事由と
して、あるいは刑事上の処罰を行い、あるいは行政上退去を強制する等、それぞれ
の法的措置を講ずることができるのであつて、外国人の不法入国を防遏しようとす
る政策的考慮を用いて、不法に入国した外国人にも外国人登録法第三条第一項所定
の申請義務ありと解するが如きは妥当でなく、したがつて被告人に登録不申請の所
為があつても、右は外国人登録法第三条第一項に違反する罪に該当しないものと
し、被告人に対し無罪の言渡をしたことは、所論のとおりである。
 そこでまず、外国人登録法の趣旨とするところを審究するに、同法第三条第一項
所定の外国人登録証明書交付申請の義務(以下登録申請の義務という。)が、外国
人の不法入国を間接的に抑圧する事実上の効果を伴うことのある事実、並びに占領
期間中連合国最高司令官の一九四六年六月一二日附日本への不法入国の抑圧に関す
る覚書から一九四九年一一月三日附の覚書に至るまで五次にわたる同旨の覚書、旧
外国人登録令および関係法令の数次にわたる改廃等、現行の外国人登録法の制定に
至るまでの沿革過程において、外国人登録の制度が、外国人の不法入国防遏の趣旨
を多分に含んでいた事実は、いずれもこれを否定し難いところではあるが、だから
といつて、外国人登録法による外国人の登録が、外国人の不法入国の防遏を主眼と
するものと解するのは相当でない。およそ国内における治安を維持し、適切な行政
を実施することは、国本来の責務であり権能である。国の領土内に在留するすべて
の一般人について内国人たると外国人たるとを問わず、その居住関係および身分関
係を常時明確ならしめて実態を正確に把握することは、右の責務を果し、権能を行
使するための重要な前提である。内国人に関する住民登録法、外国人に関する外国
人登録法が、それぞれ所定の登録の実施により、内国人の居住関係、外国人の居住
関係および身分関係の常時明確化を所期するゆえんのものも、ひつきよう右の要請
にこたえるものにほかならない。外国人登録法の目的が右のようなものであること
は、その第一条に、この法律は、本邦に在留する外国人の登録を実施することによ
つて外国人の居住関係及び身分関係を明確ならしめ、もつて在留外国人の公正な管
理に資することを目的とする旨を規定するところに徴しても明白であ<要旨第一>
る。同法の趣旨目的が右の如くである以上、同法第三条第一項所定の登録申請の義
務は、本邦に在留する外国人が外国人たる身分とその本邦在留の事実そ
れ自体とに基いて賦課される義務であつて、本邦に在留する資格の有無、本邦入国
の合法違法等には全く関係がないものと解すべきことおのずから明かである。不法
に入国した外国人に限り登録申請の義務なしと解すべき合理的な理由は全く存しな
いものというべく、原判決が、不法に入国した外国人に対しては、あるいは刑罰を
もつて臨み、あるいは退去をを強制しうる法的措置の可能であることを理由とし
て、かかる外国人に対し、登録申請の義務を課して不法入国禁遏の手段を講ずるの
要はない旨を説示し、不法に入国した外国人は登録申請の義務を負うべき限りでな
いとするのは、外国人登録法の趣旨を正解しないものというのほかはない。この点
に関する論旨は理由がある。
 (二) 不法に入国した外国人の登録申請義務は憲法第三八条第一項に違反する
かとの点について。
 所論によれば、憲法第三八条第一項は、もつぱら刑事事件における供述に関する
規定と解すべく、したがつて憲法第三八条第一項により保証さるべき不利益供述強
要の禁止は、当該供述のなされる段階が直接自己または第三者に対する刑罰を目的
として進行している犯罪捜査または公判審理中の段階に限局さるべきである、とい
うのであるが、そのようにせまい解釈は、憲法第三八条第一項の規定の文理に反す
るのみならず、たとえば、民事の手続、国会の国政調査、公正取引委員会の審判手
続、その他立法部門、行政部門の各種調査の手続において、当事者もしくは証人と
して、ある事項につき供述を求められる者は、もし該事項が自己に刑事責任を帰す
るような不利益な事項にわたるときは、たとえ、その手続が犯罪の捜査を目的とす
るものでなくとも、あるいは、その供述を拒みうる旨の特別の規定がなくとも、か
かる事項に関する供述を強要さるべきでないこと、いわゆる刑事事件における場合
と何ら異るところがないのであるから、憲法第三八条第一項は、かかる不利益供述
の強要をも禁止する趣旨であると解すべきであり、憲法第三八条第一項がアメリカ
修正憲法第五条と異り、「刑事事件において」という文言をことさらに用いなかつ
たのも、不利益供述の強要禁止をいわゆる刑事事件に限局することの適切でないこ
とを特に顧慮した結果にほかならないものと解せられる。したがつて、所論が外国
人登録法第三条第一項による外国人登録の手続は、たとえ不法に入国した外国人に
登録の申請を求める場合であつても、刑事事件の手続でないからという理由で憲法
第三八条第一項の適用の範囲外にある旨を主張する点には賛同し難い。ところで、
民事刑事の司法裁判所はもとよりのこと、それぞれ国政を分掌担当する立法部門、
行政部門における各種の国家機関は、それぞれその固有の立場において固有の機能
をいとなむために一定の事実の有無を調査判断するの要がある場合があり各種の法
律は、それぞれの場合につき、これら調査判断を行うについて必要な証拠関係を律
するため特に一定の手続を定めているのである。これらの手続において、関係人に
対し、ある事項に関する供述が求められる場合、該事項が供述者自身に刑事責任を
帰するような不利益な事項であつてもなおかっこれが供述を強要さるということ
は、そのこと自体すでにはなはだしく妥当を欠くのみならず、右の手続において強
要された不利益供述が、供述者に対する後日の刑事手続において供述者に不利益な
証拠として用いられることのますます不当であることは、もとより明白であつて、
憲法第三八条第一項は、実に、かかる不利益供述強要の禁止を保証する趣旨である
と解すべきである。したがつて、その供述内容が、供述者に刑事責任を帰するよう
な不利益事項に該当しない供述、もしくは、その供述が右のような手続においてな
されるものでない供述の如きは、憲法第三八条第一項の規定の適用を受くべき限り
でないといわざるをえない。
 有効な旅券または乗員手帳を所持せず(占領期間中は連合国最高司令官の承認を
受けず)して本邦に入国する所為は、出入国管理令第三条第七〇条第一号(旧外国
人登録令第三条第一二条)によつて刑罰を科せられる罪に該当し、外国人登録法第
三条第一項は、本邦に在留する外国人は、その居住地の市町村の長に対し、一、登
録証明書交付申請書一通、二、旅券、三、写真三葉を提出し、外国人登録証明書の
交付を申請しなければならない旨を規定し、右の申請に際し、旅券の提出をも要求
するのではあるが、たとえば、有効な旅券(または乗員手帳)を所持せずして本邦
近海を航行する外国人が暴風等の不可抗力により漂着して本邦に在留するに至るよ
うな場合、旅券提出の義務はなくともその居住関係および身分関係を明確ならしめ
るために必要とされる登録申請の義務を免かれうべきいわれはなく、たまたま不法
に本邦に入国した外国人に関する場合であつても、外国人登録法第三条第一項の規
定の要求するところは、あくまでもただ本邦に在留する外国人の居住関係および身
分関係を明確ならしめるために必要とされる事項の開示であつて、毫も不法入国の
犯罪事実自体の開示ではない。
 のみならず、外国人登録法第三条第一項の規定は、前述のとおり、ただ単に、本
邦に在留する外国人の居住関係および身分関係の明確化を期するにとどまり、不法
に入国した外国人に関する場合であつても、その不法入国の事実に対する証拠に関
する手続規定でないのはもとよりのこと、国家機関がその固有の機能をいとなむた
めに事実の有無に関する調査判断を行うについて必要な証拠関係を律するため特に
定められた手続規定に該当<要旨第二>しないことも明白である。したがつて、不法
に入国した外国人に対して、外国人登録法第三条第一項所定の登録申請
義務を課すのは、いずれの点よりしても、毫も憲法第三八条第一項の規定の趣旨に
反するところはないと解しなければならない。
 然るに原判決が右と異る見解を採り、被告人に対し無罪の言渡をしたのは、外国
人登録法第三条第一項、憲法第三八条第一項の解釈適用を誤まつた違法があるもの
というのほかなく、論旨は結局理由があう、原判決は破棄を免かれない。
 よつて、刑訴第三八〇条第三九七条により原判決を破棄し、刑訴第四〇〇条但書
にしたがい、本件について更に判決する。
 (罪となるべき事実)
 被告人は、日本の国籍を有しない中国人たる外国人であつて、外国人登録法の施
行された昭和二七年四月二八日当時旧外国人登録令の規定による登録の手続をしな
いま福岡県門司市に居住していたものであるが、同日より三〇日以内に同市長に対
し外国人登録証明書交付の申請をせず右の期間をこえて引続き本邦に在留していた
ものである。
 (証拠の標目)
 一、 原審公判における被告人の供述
 一、 原審公判における証人Aの供述
 一、 検察官の面前における被告人の第一、二回供述
 一、 司法警察員の面前におけるBこと、Bの各供述
 一、 押収にかかる船員手帳一冊(証第一号)、種痘証明魯一通(証第二号、履
歴書一通(証第四号のうち墨書の分)
 (法令の適用)
 外国人登録法第三条第一項第一八条第一項第一号(懲役刑選択)
 刑法第二五条第一項
 刑の量定の点について考察するに、被告人は、昭和一九年一二月満洲国立C医科
大学医学部を卒業し、直ちに満洲国民生部委任官D市立病院外科医員として勤務
し、終戦直後G軍を編成しH軍に抵抗したため、捕虜となつたが、身辺に危険が迫
つたため収容中に逃走し、爾来中国各地を転々した末昭和二四年八月頃難を避けて
ひそかに琉球を経て本邦に入国したものであり、E大学、F大学等の医学部教授の
中には知己恩師もあり、将来本邦に在留し医術をもつて身を立てる意思を有し、第
一審判決言渡の後昭和三一年七月五日出入国管理令第五〇条第一項第三号に則り、
法務大臣より、特別に在留を許可すべき事情あるものとして、本邦在留の特別許可
が与えられている等諸般の事情に照らすときは、被告人に対しては、短期間懲役刑
の執行猶予の言渡をするのが相当であると認められる。
 以上の理由により主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 下川久市 裁判官 柳原幸雄 裁判官 岡林次郎)

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