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平成21年3月24日宣告
平成18年(わ)第392号,平成19年(わ)第60号,同第80号,同第81
号業務上横領被告事件
判決
主文
被告人Aを懲役1年10月に,同Bを懲役1年8月にそれぞれ処する。
未決勾留日数中,被告人Aについては570日を,同Bに対しては600
日を,それぞれその刑に算入する。
被告人Bに対し,この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予す
る。
理由
(罪となるべき事実)
被告人Aは,平成16年3月11日,C家庭裁判所D支部家事審判官により,E
の成年後見人に選任され,同人の財産管理等の業務に従事していたものであるが,
広島県福山市a町ab番地cF銀行a支店に「E後見人A」名義の普通預金口座
(口座番号d)を開設してこれを管理し,同被告人の実母である被告人Bに同口座
預金通帳・キャッシュカード・通帳用印鑑を保管させて同預金を上記Eのため業務
上預かり,被告人両名は,上記預金を共同保管中,共謀の上,
第1[平成18年12月4日付け,平成19年3月2日付け,同月27日付け(広
島地方裁判所福山支部平成19年(わ)第81号)各公訴事実,及び,同日
付け(同支部平成19年(わ)第80号)公訴事実第1]
別紙一覧表【省略】記載のとおり,平成17年2月24日から平成18年8
月10日までの間,74回にわたり,F銀行a支店窓口,同支店ATMコー
ナー等14か所において,ほしいままに,被告人両名,その同居の親族又は
被告人両名の知人らの用途に費消する目的で,被告人両名あるいは情を知ら
ないGを通じて,前記預金口座から,現金合計3629万円を引き出し,も
って横領し,
第2[平成19年3月27日付け(同支部平成19年(わ)第80号)公訴事実第
2]
平成18年2月9日,広島県福山市a町内H信用組合a支店において,前記
預金口座から他の金融機関へ預け替えるために引き出した865万3877
円のうち165万3877円を,ほしいままに,被告人両名,その同居の親
族又は被告人両名の知人らの用途に費消する目的で,預替口座に入金するこ
となく手元に留保して着服し,もって,横領した。
被告人Aは,第1の別紙一覧表21ないし59記載及び第2の各犯行当時,躁状
態及び知的障害のため心神耗弱状態にあり,被告人Bは本件各犯行当時,知的障害
のため心神耗弱状態にあった。
(事実認定の補足説明)
1本件において,被告人Aが,平成16年3月11日,C家庭裁判所D支部家事
審判官により,Eの成年後見人(以下,「後見人」という。)に選任されたこと,
並びに,被告人両名が,自らあるいは情を知らないGを通じて,第1の各引出し
行為及び第2の手元留保行為をした客観的事実自体については,前掲各証拠によ
って容易に認めることができる。
2被告人Aについて
(1)業務性及び委託信任関係の存否並びに公訴権濫用の主張について
ア被告人Aの弁護人は,C家庭裁判所D支部(以下,「家裁」という。)に
おいて,調査不十分のまま,知的障害を有する被告人AをEの後見人に選任
した行為には重大かつ明白な瑕疵があり,被告人Aの後見人選任行為は無効
であって,家裁と被告人Aとの間に「委託信任関係」はなく,被告人Aは
「業務」としてEの財産を占有していたのではないから無罪であると主張し,
また,家裁の後見人選任判断の誤りから知的障害を有する被告人Aに犯行を
行うことが容易な環境が与えられた以上,同被告人を犯罪者として裁くこと
は明らかに正義に反するから,公訴権濫用に当たるものとして公訴を棄却す
べきである旨主張する。
イ後見人は,後見人候補者の職業及び経歴並びに被後見人との利害関係の有
無,被後見人の意見その他一切の事情を考慮して,家庭裁判所が職権で選任
することとされており(民法843条),後見人選任に関する家庭裁判所の
調査及び選任については広範な裁量が認められるが,誤って民法847条所
定の欠格事由がある者を選任した場合には,選任審判は無効であるものと解
され,選任行為に重大かつ明白な瑕疵がある場合にも,一般の処分に準じ,
選任審判が無効となるものと解される。そして,上記の選任審判の性質及び
法的安定性の要請に鑑みると,選任行為に重大かつ明白な瑕疵があるといえ
るのは,誤って民法847条所定の欠格事由がある者を選任した場合に匹敵
するような場合に限られるものというべきである。
ウ関係各証拠によれば,家裁による被告人Aの後見人選任に関し,次の事実
が認められる。
(ア)被告人Aには民法847条所定の後見人の欠格事由は存在しない。
(イ)Eは平成13年12月26日に交通事故に遭って,脳挫傷等の傷害を
負い,意識障害,四肢麻痺等の後遺障害が残り,判断能力及び財産管理
能力を失った。
被告人Aは,上記事故の相手方保険会社との交渉の中で,Eが上記事故
により負った傷害に伴う保険金を受領するために後見人の選任が必要で
あることを知り,従前から相談相手になってもらっていた人権擁護委員
のIの補助を受けつつ,平成15年12月1日,自己を後見人候補者と
して家裁にEの成年後見開始の申立てを行った。家裁調査官Jは,同月
2日から平成16年2月9日までに,Eが前記状態にあること,Eに対
し多額の保険金が支払われることも見込まれること,被告人AはEのめ
いに当たることを含む事情を調査した。J調査官は,平成15年12月
19日,少なくとも被告人Bが同席していた被告人Aとの面接調査にお
いて,被告人Aあるいは同席者から,被告人Aが定時制商業高校を経て,
繊維会社で7年間働いた後,ホームセンター「K」で店員として品物の
管理等の仕事に従事していること,平成5年以降は父母の元から独立し
て異父弟妹と同居して生活していること,被告人AとEの関係が親密な
ものであること等を聴取したが,被告人A及びその同席者から,被告人
Aが知的障害により療育手帳の交付を受けていること等の知的障害の存
在を窺わせる事情の申告を受けず,知的障害を有することに気づかなか
った。
家裁の家事審判官は,平成16年2月18日,上記のJ調査官の調査
報告等に基づき,被告人AをEの成年後見人に選任した。
(ウ)また,家裁調査官Lは,平成17年2月22日,Eの後見監督等処分
事件において被告人Aに対する面接調査をしたが,被告人Aあるいは調
査に同席していた被告人Bから,被告人Aが知的障害により療育手帳の
交付を受けていること等の知的障害の存在を窺わせる事情の申告を受け
ず,知的障害を有することに気づかなかった。被告人Aは,上記調査直
後,L調査官の指摘を受けて,Eの保険金を預け入れている口座名を,
「A」名義から「E後見人A」名義に変更した。
エ上記認定事実に照らすと,J調査官は,被告人Aが高校に進学し,数年
以上定職について独立した家計を営む能力を有していることを聴取して,
「成年後見人となる者の職業及び経歴並びに成年被後見人との利害関係の
有無」を含む諸事情の調査を行ったものと認められる。また,被告人Aの
上記各調査時における供述内容,供述態度自体から知的障害があることを
窺うことができたものとは認められず,被告人AがL調査官の指示に従っ
て預金口座名を変更した事実に加え,被告人Aの精神鑑定を担当したM鑑
定人においても,被告人Aと通常の会話をしている限りでは知的障害とは
分からない可能性がある旨を公判廷において供述していることも考慮する
と,J調査官及びL調査官のいずれもが,各調査時において被告人Aの知
的障害の存在あるいはその可能性を容易に認識し得る状況であったとは認
められない。
オ被告人Aの弁護人は,J調査官及びL調査官が,被告人Aに対し,従前
の財産管理の経験,今後の管理方針その他を問いただして後見人候補者と
しての財産管理能力を判断すべきであるのにこれを怠り,より具体的な知
的能力の調査を行わなかったこと,多額の財産管理が見込まれる場合には,
財産管理の専門職,多額の財産管理経験者,あるいは資産家で保険金を使
い込むおそれのない者を後見人に選任すべきであるのに,これに反して被
告人Aを後見人に選任したことが,後見人選任時の調査あるいは同選任に
おける重大かつ明白な瑕疵であると主張しているものと解される。結果的
には,被告人Aには知的障害がある上,Eが4770万円もの多額の保険
金を受け取ったことや,被告人らの生活が経済的に苦しい状態であったこ
とが認められ,後方視的に考察すると,横領等の不正行為に結びつくリス
ク要因があることから,弁護士等の第三者専門職を後見人に選任すること
が相当であったとはいえるけれども,本件の各調査時点において,知的障
害の存在を含め横領等の不正行為に結びつく何らかのリスク要因を窺いう
る事情があったものとは認め難いところであって,そのような状況の下で,
敢えて,具体的な知的能力の調査や,財産管理能力の追究的調査をすべき
義務が調査官にあるものとまではいえない。
カしたがって,被告人Aを後見人に選任することの相当性に関する調査方
法及び調査内容に過失があるとはいえず,家事審判官が,同調査に基づい
てEの後見人として被告人Aを選任し,本件各犯行終了時まで被告人Aに
後見人の職務を継続させたことについて,少なくとも重大かつ明白な瑕疵
があるものとは認められない。
キ以上によれば,家裁が行った被告人Aの後見人選任行為は無効とはいえ
ないから,適法に後見人に選任された被告人Aにつき,委託信任関係に基
づき業務としてEの財産を占有していたものと認めることができる。そし
て,結果的には知的障害を有する被告人Aに本件の各犯行を行うことが容
易な環境が与えられたとしても,少なくとも,同被告人を犯罪者として裁
くことが明らかに正義に反するといえるまでの家裁の後見人選任判断の誤
りは認められない。したがって,弁護人の主張に沿って考えても,検察官
の本件各公訴がその裁量の範囲を逸脱し,職務犯罪を構成するような違法
な場合に当たらないことは明らかであり,本件各公訴が公訴権の濫用に当
たるものとはいえない。
(2)業務性の認識について
被告人Aの弁護人は,本件各犯行時,被告人Aには業務性の認識がなく,
業務上横領罪の故意がないから,本件各犯行は横領罪の限度でしか成立し得
ないと主張する。
しかしながら,前記(1)で認定したところからすると,被告人Aが,自己が
後見人に選任されたことでEの保険金を受領することができたことを認識し,
L調査官の指摘により,受領した保険金の預金口座の名義を「A」名義から
「E後見人A」名義に変更しており,これらの事実によれば,本件各犯行時
以前から,被告人Aには,Eの保険金等の財産管理を委託された旨の「業務
性」の認識があったことは優に認められる。一定期間につき被告人Aには業
務性の認識がなかったとする鑑定書の記載部分は,後記のとおり採用できな
い。
(3)不法領得の意思について
ア被告人Aの弁護人は,Eの預金を引き出し,手元で現金管理する方法も後
見人の財産管理として認め得るから,本件各引出し全てが横領とはいえず,
本件の各引出し及び手元留保した金銭のうち,Eのために使用された167
万2054円に相当する部分について不法領得の意思は存在しない,被告人
Aは本件の各引出し及び手元留保時において,Eの必要経費を支弁するため
の手持金として当該金銭を保管する意思を有しており,また,Eの身上監護
を熱心に行っていたことからすると,具体的な私的費消の立証がない部分に
ついては,不法領得の意思は存在しないと主張しているものと解される。
イ関係各証拠によれば,次の事実が認められる。
(ア)まず,本件各犯行前後のEのために必要な経費は平均すれば月5万7
000円程度であり,平成16年11月の29万1077円が最高額で
あって,10万円を超えた月も,同月及び平成17年11月の2回のみ
である。
他方,預金引出し月額合計(Eのために預け替えた金額を除く。)の
最高額は平成17年11月の1000万円であり,同年2月から平成1
8年2月までは最低1か月100万円を引き出し,同月の手元留保額も
約165万円,その後も同年4月は50万円,同年6月は40万円,同
年7月は76万円,同年8月は40万円と,総じてEのために必要な月
額経費の数倍から数十倍の引出しあるいは手元留保を行っている。なお,
平成18年5月の引出額は月額25万円であるが,同月のEのために必
要な経費は6万0464円であり,同月も必要経費の4倍以上の預金の
引出しが認められる。
そして,これらの引出しあるいは手元留保行為は,約1年6か月の間,
平成18年3月を除いて,毎月1回以上は行われていた。
(イ)そして,被告人らは,本件各引出し時,手元留保時及びその後の現金
保管時においても,Eのために使う部分とそれ以外を区別したことはな
い。なお,被告人Aは,公判廷において上記区別をしていたかのような
供述をするが,他方で,引出しあるいは手元留保した金銭の保管は全て
被告人Bに委ねており,上記の区別について被告人Bと話をしていない
とも述べている上,実際に金銭を保管していた被告人Bはそのような区
別を明確に否定していることから,被告人Aの当該供述はにわかに採用
できない。
(ウ)また,被告人両名の供述並びに被告人両名及びその各同居親族の収支
状況に鑑みると,平成17年11月10日(別紙番号41)の引出しは
同日の株式会社Ke店(以下、各支店名は省略し、単に「K」と表記す
る。)におけるテレビ等約252万5800円の支払原資として使用さ
れ,また,平成17年12月5日(別紙番号49,50)の各引出しは
同日のKでの被告人両名及び知人のNあるいはその各親族が使用するプ
ラズマテレビや工事代金合計約260万円の支払原資として使用された
ものと認められるなど,本件各引出しと被告人らの私的費消の対応関係
が明らかなものも複数存在する。
さらに,他にも,被告人Aあるいは被告人両名が,後記のEの必要経
費分及び預け替え分を除く引出しあるいは手元留保した金銭の中から,
被告人Aの同僚へ280万円を貸与したり,被告人Aの着物及び装飾品
代の一部,被告人両名のパチンコ代,被告人両名及びその同居の親族の
生活費及びタクシー代,被告人両名,その同居の親族,N及びその親族
等の買物代金あるいは遊興費の支払又は立替え等の各費用を支出してお
り,少なくとも本件各引出しあるいは手元留保した金銭の大部分は,E
以外の者のために使用されたものと認められる。
被告人両名は,平成13年12月26日のEの交通事故後の身上監護
を誠実に行っており,平成17年2月から平成18年8月までのEの必
要経費として,約167万円の支払をしているが,本件各犯行時の引出
金あるいは手元留保金とEのために使用された金銭との直接的な関連性
は明らかでない。
平成18年5月26日,同月29日,同年7月22日から同月29日
までの各引出し(別紙番号62,63,68ないし70)はいずれもE
の必要月額程度の引出しではあるが,取調べ状況及び供述内容の合理性
等から任意性及び信用性の認められる被告人両名の供述によれば,これ
らの各引出しはいずれも被告人両名の生活費等に費消する目的でされた
ものと認められる。
ウ上記の各事実によれば,本件各引出し及び手元留保はいずれも,Eの必要
月額を大きく超える額で断続的に行われ,各行為の前後を通じてEの必要経
費と被告人らのために使用する部分の区別がなされておらず,かつ,引出し
あるいは手元留保した金銭のほとんどがEのためとは認められない状態で実
際に費消されている。そして,被告人両名が,本件各引出しあるいは手元留
保をする時点で,Eの必要経費の支払に充てる意思で特定の金額を引き出し
あるいは手元留保していたことを窺いうる状況にはない。そうすると,被告
人両名が誠実にEの身上監護を行い,本件各引出しあるいは手元留保後に,
Eの必要経費としていくらかを支弁したとしても,結局のところ,本件各引
出しあるいは手元留保時点では,Eのために管理及び使用するためでなく,
すべて,被告人らあるいはその関係者のために費消する目的であったものと
認定するほかない。
よって,本件各引出しあるいは手元留保行為は,いずれも不法領得の意思
に基づくものと認められる。
(4)責任能力について
ア被告人Aの弁護人は,被告人Aは,後記Ⅰ期及びⅡ期においては心神喪失
の状況にあり,少なくとも,本件各犯行時を通じて心神耗弱の状態にあった
と主張する。
イ被告人Aについての鑑定書及びM鑑定人の証言によれば,被告人Aの精神
鑑定結果の要旨は次のとおりである。
(ア)被告人Aは本件犯行前後を通じて,軽度に近い中等度精神遅滞であり,
その影響によって,現実を適切に認識し,自己の欲求と現実の区別,調整
を行うなどして自己の行動を制御する能力である欲動制御能力(鑑定書に
おいて,自我の一部とされている能力)は劣っていた。
(イ)本件犯行時の被告人Aの状態は,結果的にみた金銭引出しの度合いが
違うことと被告人Aの当時の気分の差から,Eの保険金振込時から払戻額
が飛躍的に増大する直前までのⅠ期(平成16年11月から平成17年7
月まで),その後,家裁から犯罪行為であるとの明確な指摘を受ける平成
18年3月の後見監督事件における面接調査までのⅡ期(平成17年8月
から平成18年2月まで),その後,本件各犯行終了までのⅢ期(平成1
8年3月から同年8月まで)に分けて考えるべきである。
Ⅱ期については,多数回かつ多額の引出行為,多額の金銭の提供からう
かがえるNへの傾倒,職場で注意されるほどの多動,パチンコに対する行
動の過大化,被告人両名やNあるいは被告人Aの職場の同僚へ高額なプレ
ゼントをするといった浪費の存在から,被告人Aは躁状態(同鑑定結果中
の「躁鬱状態」あるいは「双極性感情障害」も同旨であるが,「躁状態」
で統一する。)であり,Ⅲ期では躁状態は自然に緩解した。
(ウ)以上の被告人Aの状態に基づき検討するに,被告人Aにつき,知的障
害の影響下にあるⅠ期,Ⅲ期については,是非弁別能力は存在したが,行
動制御能力については低下していたものである。
他方,知的障害及び躁状態の影響を受けていたⅡ期においては,Ⅰ期,
Ⅲ期では存在した業務性の認識が極めて乏しくなったことから是非弁別能
力が著しく低下し,また,行動制御能力も著しく低下していた。
被告人Aは,横領行為が具体的に犯罪に当たることの認識はなかったが,
業務上占有しているEの保険金をEのため以外に使用してはならないとい
うことについては,本件各犯行以前から認識していた。
ウM鑑定人は,個人的意見として,上記の是非弁別能力及び行動制御能力の
判断を前提に,Ⅰ,Ⅲ期を心神耗弱,Ⅱ期を心神喪失と考える旨述べるが,
刑法39条にいう心神喪失とは上記各能力が失われた状態であり,心神耗弱
は上記各能力の少なくとも一方が著しく低下した状態をいうのであるから,
結局,上記被告人Aの精神鑑定結果では,本件各犯行中,Ⅰ期,Ⅲ期の犯行
時においては完全責任能力が認められ,Ⅱ期の犯行時については心神耗弱状
態にあったことになる。
エ関係各証拠によると,鑑定における被告人Aの知的障害の診断の元となっ
た鑑定資料や事実認定自体に問題や他の証拠との矛盾はうかがえないから,
上記診断結果を採用することに問題はない。
被告人Aが,Ⅱ期においては躁状態であり,知的障害と相まって是非弁別
能力及び行動制御能力が著しく低下していたとの診断について,M鑑定人が
診断根拠としてあげた事情のうち,職場で注意されるほどの多動は鑑定時の
被告人Aの供述のみに基づく事情ではあるが,その余については関係各証拠
と整合し,診断の前提となった鑑定資料や事実認定も関係各証拠と整合する。
そして,躁状態の特徴とⅡ期における被告人Aの行動が一致しており,鑑定
内容自体についても特に不合理な点はないことに鑑みると,被告人AがⅡ期
において躁状態であったことが肯認できる。
そして,躁状態と知的障害の影響により,行動制御能力が著しく低下して
いたという鑑定結果についても特に不合理な点は見られない。
しかし,躁状態と知的障害の影響によって,業務性の認識が極めて乏しく
なったことにより是非弁別能力が著しく低下していたとの鑑定結果について
は,関係各証拠によれば,被告人Aが,躁状態と知的障害の影響下にあるは
ずの平成18年2月9日,いわゆるペイオフ対策のためにEの保険金の預金
先の分散を図ろうとして預金の一部を従前とは異なる金融機関に預け替えた
事実が認められ,これは少なくとも被後見人の財産である保険金管理業務を
日常的に意識していたからこそ行い得たものというほかなく,そのころ,業
務性の認識が極めて乏しかったとはいえないから,上記鑑定結果部分は首肯
できない。
オ検察官は,M鑑定人が躁状態の診断根拠として挙げた事情のうち,多数回
かつ多額の引出しについてはⅠ期における引出しと量的な増加はあっても質
的に変化がなく,Nへの傾倒についてはⅠ期以前に存在していた事情であり,
その余の事情も些末な理由にすぎないから,Ⅱ期における躁状態の診断自体
に疑問がある,あるいは,仮に躁状態であったとしてもその影響は責任能力
の判断に影響する程度であったとはいえないと主張しているものと解される。
しかし,関係各証拠によれば,Ⅱ期の引出額及び回数はⅠ期,Ⅲ期に比し
て著しく多いばかりか,その使途として,一度に250万円を超える家電製
品の購入,又は,職場の同僚やNの家族ら被告人両名との関係がさほど親密
ではない者に対する高額の支出も認められ,Ⅱ期は他の時期と異なり,著し
い浪費あるいは不合理な金銭使用のための引出しであることが明らかである。
また,被告人両名及び被告人Aが慕っていたN以外の者への高額な使用のた
めの引出しが含まれている点で,Ⅱ期の引出しをⅠ期,Ⅲ期の引出しが量的
に変化したにすぎないものとはいえない。さらに,Ⅱ期の躁状態の診断及び
行動制御能力への影響判断についても,鑑定書及びM鑑定人証言によれば,
被告人Aにもともとの素因として各種テストからうかがえる情動不安定な面
がある上に,子宮内膜症の薬(リュウプリン)の副作用,平成16年の子宮
内膜症での手術入院時に見舞いに来てくれたことをきっかけとするNへの恋
愛感情の高揚とそれを内密にしたいとの気持ちの混在,多額の保険金を管理
下に置き,それを使用することによって周囲から良い評価を受けたことが誘
因であるとしており,検察官の主張を考慮しても,躁状態にあったとの鑑定
結果が不合理であるとはいえない。
さらに,上記のとおり,被告人Aが軽度に近い中等度精神遅滞の知的障害
を有していたこと,並びに,Ⅱ期のみは他の時期と質的に異なる引出しが存
在し,その金銭使用からうかがえる異常な欲動の昂進と躁状態の発症との間
の相互関係の有無について,もともとあった軽度の欲求が,躁状態によって
一層はげしくなったと考えるのが相当であるとのM鑑定人の説明は不合理と
はいえず,躁状態のみならず知的障害の影響も加わって,行動制御能力が著
しく低下していたとの判断は首肯しえないものではない。
カ自己の行為が具体的な犯罪に当たることの認識までなくとも,自己の行為
の是非の判断が可能であれば刑事責任を問い得るところ,被告人Aに,本件
各引出行為あるいは着服行為が刑事罰の対象であるとの認識がなかったとし
ても,被告人Aは,本件各犯行時,Eの預金をEのため以外に使用してはな
らないということを認識しており,本件各引出しあるいは手元留保行為の是
非判断が可能であったものというべきであるから,責任能力の存在を否定す
ることはできない。
キそうすると,被告人Aは,平成17年2月から同年7月まで(Ⅰ期の一部。
第1の別紙番号1ないし20),平成18年4月から同年8月まで(Ⅲ期。
第1の別紙番号60ないし74)までの各犯行時については是非弁別能力及
び行動制御能力に著しい低下はなく,完全な責任能力が認められるが,平成
17年8月から平成18年2月まで(Ⅱ期。第1の別紙番号21ないし59
及び第2)の各犯行時には,当時罹患していた躁状態及び中等度精神遅滞に
より,少なくとも行動制御能力が著しく減退しており,心神耗弱の状態にあ
ったものと認められる。
3被告人Bについて
(1)公訴権濫用について
被告人Bの弁護人は,被告人Aの弁護人と同様の理由から,被告人Bについ
ての本件各公訴は公訴権濫用に当たるとして公訴棄却をすべきである旨主張
するが,被告人Aについて判断したとおり,同主張は採用できない。
(2)不法領得の意思について
被告人Bの弁護人は,被告人Aの弁護人と同様の理由から,被告人Bについ
ても不法領得の意思が認められないと主張するが,被告人Aについて判断し
たとおり,同主張は採用できず,被告人Bについても本件各引出し及び手元
留保行為のいずれも不法領得の意思に基づくものと認められる。
(3)被告人Aとの共謀について
ア被告人Bの弁護人は,被告人Bには業務上横領罪における「後見人」の身
分がなく,被告人Bは被告人Aが本件各引出しあるいは手元留保をするにつ
き,ついて行ったにすぎないこと,被告人Aが被告人Bに対し本件各引出し
あるいは手元留保した金銭の使途につきほとんど相談していないこと,同金
銭のほとんどが被告人Bとは無関係に費消されたこと,被告人Bは被告人A
との関係では従たる関係にあったことから,被告人Bと被告人Aとの間に共
謀関係はなく,仮に何らかの共犯関係があったとしても被告人Bは従犯にと
どまると主張する。
イ被告人BがEの後見人に選任されていないことは明らかであって,「業務
上」の身分を有しないことはいうまでもない。
他方,関係各証拠によれば,被告人Bは,被告人Aに依頼されて,悪用あ
るいは遺失を防ぐために,Eの保険金が預金された金融機関の預金通帳,印
鑑,キャッシュカード(以下,「本件通帳等」という。)を保管していたの
みならず,平成17年2月24日(第1の別紙番号1)の引出しを自ら行い,
少なくとも1回以上,情を知らないGを通じATM機を利用して保険金の引
出しをさせたことが認められ,被告人Bは,本件通帳等を被告人Aから安全
保管の目的で預かっていたのみならず,本件通帳等の占有を通じて上記Eの
預金に対する支配力を有しており,被告人BはEの預金を占有していたもの
であり,業務上横領罪及び横領罪に共通する「占有者」の身分の存在が認め
られる。
ウさらに関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
(ア)被告人B及び被告人Aは,本件各犯行以前から,いずれも中等度精神
遅滞等を理由として療育手帳の交付を受けているが,被告人Aは,Kでの
接客を含む仕事を継続したり,ATM機の利用ができるなど,その精神遅
滞の程度は軽度に近い。
被告人Bは被告人Aの実母であり,平成5年に被告人Aと別居した後も,
仕事をしていた被告人Aに代わり家事をするため,被告人A方を頻繁に訪
問するなど,被告人両名は親密な関係を保っていたところ,被告人両名は
いずれも,被告人Aの後見人選任時ころまでは,生活費すら不足しがちな
経済状況であった。また,被告人Bは,平成13年12月26日のEの交
通事故以後,被告人Aが同事故の相手方保険会社との交渉を行ったり,E
の後見人に就任するために家裁に赴く際には概ね同行していた。
(イ)Eの受領保険金4770万円は,被告人AがEの後見人に選任された
後の平成16年11月1日に,被告人A名義のF銀行a支店の普通預金口
座に入金された。
被告人Aは,その直後,生活費等に困ることがあれば,上記保険金を使
おうと考え,第1の別紙番号1の引出し以前に,被告人Bに対し,被告人
両名がお金に困ることがあればEの保険金を使おうという趣旨の話をし,
被告人Bは保険金使用をためらったものの,最終的には承諾した。
(ウ)被告人Bは,被告人Aの依頼により,Eの受領保険金を預金した直後
から本件各犯行の終了時以後まで,本件通帳等だけでなく本件各引出金あ
るいは手元留保金の一部を保管した。
(エ)被告人Bは,自らが保管している金銭が少なくなった時には,被告人
Aにその旨を告げ,さらなる預金の引出しを事実上促したが,他方,被告
人AがNのために使用する目的で預金を引き出す旨告げた際には,引出し
に反対する言動をとった。
(オ)被告人Bは,被告人Aの求めに応じて,本件通帳等を本件各犯行時に
引出しを実行する者に渡し,本件各引出行為の一部及び手元留保行為の際
には各犯行場所へ同行していた。中でも,平成17年11月11日の各引
出し(第1の別紙番号42ないし46)については,被告人Bは,犯行場
所に同行した上,100万円の引出しを予定していた被告人Aに対し,さ
らに300万円を引き出すよう求めた結果,被告人Aが5回に分けて合計
400万円を引き出した。
(カ)被告人Bは,第1事実により引き出した金銭を使用して,同居の夫の
使用分も含めた合計35ないし39万円のテレビ2台を買った。また,本
件各犯行により引出しあるいは手元留保した金銭のうち,被告人Aが使用
あるいは立替え,貸付け等をした金銭,Eのために使用あるいは返還した
金銭を差し引いたとしても1千万円を下らない金銭の中から,少なくとも
約1年半の本件各犯行期間中,継続的に,自らあるいは同居の夫の食事代,
タクシー代等を含む生活費の不足分,及び,被告人A等とともに行った外
食代やパチンコ代等を含む遊興費等を取得した。
エ上記事実によれば,被告人Bの知的障害の程度が被告人Aより重く,本件
各犯行を主導的に行ったのは被告人Aであり,被告人Bが従たる立場であっ
たとはいえ,被告人Aは,母である被告人Bを頼り,被告人Bも払戻額や使
途につき自己の希望を被告人Aに告げて,被告人Aが引出額については被告
人Bの要望に応じたこともあったのであり,被告人両名の間に明確な上下関
係があったとまでは認められない。
そして,明確な上下関係があったとまでは認め難い被告人両名の間で,包
括的な謀議に基づき,被告人Bも本件各犯行の実行行為の一部あるいは実行
行為を行うために不可欠な本件通帳等の交付といった実行行為に準じる行為
を行ったこと,被告人Aには劣るものの,被告人Bも本件各犯行から少なか
らぬ利益を得たことをも考慮すると,被告人Aとの間に個別の謀議や引き出
した金銭の使途についての意思連絡がなくとも,被告人Bと被告人Aとの間
の客観的な相互利用補充関係が存在し,被告人B自身も本件各犯行を自己を
含めた被告人両名の犯罪として行ったものと認められるから,被告人両名は,
共謀して本件各犯行を行ったものというべきである。
オ被告人Aは,第11回公判における被告人質問において,包括的な謀議を
否定し,Eの預金を被告人両名らのために使用することについては,Kで多
額の買物を行った平成17年11月10日ころまで被告人Bに告げておらず,
使途を告げないまま本件通帳等を借りていたにすぎないと述べる。しかし,
上記供述は,被告人Bの被告人質問における供述,任意性及び信用性の認め
られる被告人Aの検察官調書並びに被告人Bの検察官調書及び警察官調書か
らうかがえる被告人両名の捜査段階での供述内容,被告人Aの第12回公判
における被告人質問時の供述と矛盾し,通常変遷するはずのない重要部分に
おける供述の変遷であるにもかかわらず,変遷の合理的な理由もうかがえな
いから,採用できない。被告人Bの弁護人は,被告人Bの検察官調書及び警
察官調書につき,取調官の誘導あるいは被告人Bの理解を超えた取調べによ
るものであるから,少なくとも信用性がない旨を述べるが,関係各証拠,特
に被告人Bの取調べを行ったO,Pの各証人尋問結果,及び,取調状況に関
する被告人Bの公判廷における供述に鑑み,いずれも信用性が認められる。
また,被告人Aは,被告人質問において,平成17年11月11日の合計
400万円の引出しについて,仕事中のため行っていない,あるいは,引出
しにつき記憶がないと述べる。しかし,関係各証拠によれば,預金の引出し
は,被告人両名あるいは情を知らないGのみがこれを行っていたこと,同引
出しはATM機を使用して行われたものであること,被告人BはATM機を
使用できないこと,被告人Aは仕事中であっても通院や引出しを行うことが
あったことが認められ,情を知らないGに400万円もの大金の引出しを行
わせることは不自然であり,また,被告人両名の上記の引出行為についての
捜査段階での供述内容は具体的かつ詳細であり,信用性が認められることに
鑑みると,上記引出しへの関与を否定する被告人Aの被告人質問における供
述は信用できない。
カ以上によれば,被告人Bは,本件各犯行につき,被告人Aと共謀したもの
と認められる。
(4)責任能力について
ア被告人Bの弁護人は,被告人Bは,本件各犯行当時,心神喪失の状態又は
心神耗弱の状態にあった旨主張する。
イ被告人Bについての鑑定書及びM鑑定人の証言によれば,被告人Bの精神
鑑定結果の要旨は次のとおりである。
(ア)是非弁別能力に関して,被告人Bは,被告人Aが,Eの世話をする後
見人の地位についていること,及び,Eのお金を大切にして,勝手に使っ
てはいけないことは理解していた。ただし,被告人BのEの財産管理・処
分についての理解は,通常人の観念とはかけ離れており,被告人Bが,E
との従前の会話等から預金の流用が刑事罰の対象となることはないと確信
していたことを考慮すると,被告人Bの業務性の認識はほとんどない。
また,被告人Bは,被告人Aが預金を流用し,被告人Bのテレビを買っ
たり,被告人Bらの飲食費等に使用することが悪いことだと理解していた
一方で,被告人Bは,Eが被告人Bらの預金の流用を許してくれると確信
しており,預金の流用が犯罪行為であるという意識はなく,被告人Bには,
被告人Aの横領行為に関する規範内容の認識可能性はない。
これらの理由としては,被告人Bが被告人Aより程度の重い中等度精神
遅滞であることが挙げられる。
(イ)行動制御能力について,被告人Bは,E以外のために使用する目的で
のEの預金の引出し等は悪いことなので止めようという意思はあったが,
平成17年11月10日テレビ2台購入分を除いて,Eの預金使用及び
その前提たる引出し等については被告人Aのいいなりになっており,被
告人Aに押し切られる形で同意する態度しかとれない状況にあったので,
被告人Aとの関係で行動を制御できない状態であった。
被告人Bが,本件各犯行及びそれに続く預金流用時,被告人Aとの関
係でいいなりになっていた理由は,被告人Bの知的障害が被告人Aの知
的障害より重いこと,及び,被告人両名の性格,社会性を比較して,被
告人Aの方がより積極的な面があったことによる。被告人Bが本件各犯
行や預金使用に際し,被告人Aとの関係で,「快くないけど行かざるを
得なかった」と考えていたと認定した根拠は,M鑑定人が何度か確認し
ても被告人Bがそのように述べるからである。
ウ結局,被告人Bの精神鑑定結果は,被告人Bにつき,本件各犯行の全て
につき是非弁別能力が著しく低下し,平成17年11月10日の引出し
(第1の別紙番号41)を除く本件各犯行時には被告人Aに対する関係に
おいて行動制御能力がない状態にあったことになるから,第1の別紙番号
41の犯行時は心神耗弱の状態にあり,その余は心神喪失の状態にあった
との結論になる。
エ関係各証拠によると,被告人Bの知的障害の診断は,その判断の元となっ
た鑑定資料や事実認定自体に他の証拠との矛盾はうかがえず,不合理な点は
見出し得ない。
また,是非弁別能力についての判断部分において,鑑定の前提条件に問題
や関係各証拠との大きな矛盾はうかがえない。
そして,被告人Bの上記鑑定結果要旨によれば,被告人Bは,後見人の職
務内容についての理解は不十分ながらも,被告人Aが後見人の地位にあり,
Eの受領保険金を預金して管理していること,被告人両名が,上記預金をE
のため以外に使用してはならず,そのために引き出してはいけないことをそ
れぞれ認識していたものと認定されており,被告人Bが被告人Aとの包括的
謀議の際に本件各犯行をためらう様子を見せたことと整合的な上記認定に不
合理な点はない。上記認定を前提とすると,被告人Bは,業務上横領罪であ
る本件各犯行における規範を認識し,その是非を判断し得る状態にあり,是
非弁別能力が認められることとなるから,M鑑定人の是非弁別能力に関する
鑑定部分は採用できない。
M鑑定人は,被告人Bの財産管理,処分概念が通常人とかけ離れているこ
とを是非弁別能力が著しく低下していたと判断した根拠の一つとしたもので
あり,被告人Bの弁護人も,被告人Bの知能程度が6歳程度と鑑定されたこ
とから,他人の大きなお金を管理することの理解はできず,後見人の任務は
理解できなかったなどと主張する。しかし,仮に,被告人Bの後見人の任務
の理解や財産管理,処分概念がいわゆる通常の知的能力を有する者と異なっ
ていたとしても,後見人が預かっている財産を勝手に使用してはならないと
いうことが理解できていれば,業務上横領罪の規範,すなわち,業務に基づ
き占有している財産を業務外に使用してはならないと理解できるはずであり,
関係各証拠によれば,被告人Bは,少なくとも業務に基づき占有している財
産を業務外に使用してはならないということの理解及び業務外での使用を行
ってはならないことの判断はできていたと認定される以上,M鑑定人の上記
根拠あるいは被告人Bの弁護人の主張するところは,是非弁別能力が著しく
低下していたと認めるべき理由とはならない。
また,M鑑定人は,Eが本件各犯行を許してくれると確信していたことか
ら被告人Bには本件各犯行が犯罪であることの認識がなかったことも是非弁
別能力が著しく低下していたことの判断理由としているものと考えられ,被
告人Bの弁護人も,被告人Bには本件各犯行につき犯罪の認識がなかったこ
とから横領行為の認識可能性もないなどと主張する。しかし,是非弁別能力
は,自己の行為自体の是非を判断できれば存在するのであって,自己の行為
が具体的な犯罪に当たることの認識までは必要とされないし,仮に,被告人
Bが本件各犯行を犯罪に当たらないと確信していたとしても,それは,自己
の行為の評価の誤りにすぎず,少なくとも是非弁別能力の有無には影響しな
い。
よって,被告人Bについては,本件各犯行時において,少なくとも著しく
是非弁別能力が低下していたとは認められない。
次に,行動制御能力の点について検討するに,鑑定資料の不備は見あたら
ないものの,次のとおり,鑑定の前提たる事実認定あるいは評価において,
当裁判所が認定した事実との齟齬があるため,同鑑定の結論は採用できない。
すなわち,M鑑定人は,本件各犯行時,被告人Bが本件各犯行時に被告人
Aのいいなりになっていたこと,具体的には「快くないけど行かざるを得な
かった」状態であったことを行動制御能力の判断の前提としているが,関係
各証拠によれば,既に認定したとおり,被告人Aと被告人Bの間に明確な上
下関係は認め難いし,被告人B自身が自ら引出しを行い,被告人Aに対し,
引出額の増額を申し出たり,使途に対する意見等を述べるなどしていること
から,M鑑定人が根拠としてあげた諸事情を考慮しても,本件各犯行時に被
告人Bが被告人Aのいいなりであったとは認定できず,それを前提とする,
被告人Bが被告人Aとの関係で行動制御能力がなかったとする結論も採用し
難い。
他方,被告人Bが中等度精神遅滞であること,被告人Aと比較すると,被
告人Bの知的障害の程度は重く,言語表現力や記憶力が劣っており,ATM
機の利用ができないなど,社会性の乏しさがうかがえること,被告人Bが本
件各犯行当時,知的障害及び社会性の乏しさの影響から本件各犯行を犯罪行
為に当たらないと誤解していたこと,本件各犯行においては被告人Aが実行
行為の大半を行うなど主導的に行動しており,被告人Bが業務上横領罪の規
範に直面する機会や程度が乏しかったことが認められる。
これらの事情に鑑みると,被告人Bは,被告人Aとの共謀に基づく本件各
犯行について,中等度精神遅滞の影響により,行動制御能力は著しく低下し
た状態にあったものと認められる。
よって,被告人Bは,本件各犯行時,是非弁別能力は著しく低下していた
とはいえないものの,中等度精神遅滞の影響により,行動制御能力が著しく
低下していたことから,心神耗弱の状態にあったといえる。
4結論
以上のとおり,被告人両名が共謀の上,本件各犯行を行ったことが認められる
が,被告人Aについては,軽度に近い中等度精神遅滞及び躁状態により,平成1
7年8月から平成18年2月まで(Ⅱ期)の各犯行(第1の別紙番号21ないし
59及び第2)時において,被告人Bについては,中等度精神遅滞により,本件
各犯行時において,いずれも心神耗弱状態にあったものである。
(法令の適用)
被告人Aの判示第2の所為,及び,判示第1の各所為は包括して,いずれも刑法
60条,253条にそれぞれ該当するところ,判示第2の罪及び包括一罪の一部で
ある判示第1の別表番号21ないし59の罪はいずれも心神耗弱者の行為であるか
ら判示第2の罪及び包括一罪である判示第1の罪につきいずれも同法39条2項,
68条3号により法律上の減軽をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,
同法47条本文,10条により,犯情の重い包括一罪である判示第1の罪の刑に法
定の加重をし,その刑期の範囲内で被告人Aを懲役1年10月に処し,同法21条
を適用して未決勾留日数中570日をその刑に算入することとし,訴訟費用は,刑
事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人Aに負担させないこととする。
被告人Bの判示第2の所為,及び,判示第1の各所為は包括して,いずれも刑法
60条,253条にそれぞれ該当するところ,被告人Bにつき業務上の身分がない
ので同法65条2項により同法252条1項の刑を科することとし,判示の各罪は
いずれも心神耗弱者の行為であるから同法39条2項,68条3号により法律上の
減軽をし,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条に
より,犯情の重い包括一罪である判示第1の罪の刑に法定の加重をし,その刑期の
範囲内で被告人Bを懲役1年8月に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中6
00日をその刑に算入することとし,情状により同法25条1項を適用してこの裁
判確定の日から3年間その刑の執行を猶予し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1
項ただし書を適用して被告人Bに負担させないこととする。
(量刑事情)
1本件は,Eの後見人として同人の財産を業務上管理していた被告人A及びEの
保険金を原資とする預金の占有者である被告人Bが共謀の上,約1年6か月の間
に,74回にわたって上記預金を引き出し,かつ,預け替えの際同預金の一部を
着服して,合計約3790万円を横領した業務上横領の各事案である。
2被告人両名は,被告人両名と親しかったEは上記預金を流用しても許してくれ
るなどと考え,被告人両名及びその同居の親族らの生活費,遊興費,家電製品等
の購入費並びに被告人両名又は被告人Aの知人らへの立替金あるいは贈与物の購
入費用等に使用するために本件各犯行を行ったと述べるが,その動機に酌量の余
地はない。被告人両名は,長期間かつ多数回の預金の引出しを行ったものであり,
平成18年3月に行われた後見監督等処分事件の家裁調査官の面接により,被告
人両名の行為が犯罪になる可能性を指摘された後も上記預金の引出しを続けてお
り,規範意識の低さは顕著であるし,被害額も3790万円以上もの多額であっ
て,そのほとんどにつき被害弁償見込みはない。そして,本件各犯行により引き
出しあるいは手元留保して着服した金銭の多くが,被告人両名,その同居の親族
あるいは被告人両名又は被告人Aの知人らのために費消された上,上記後見監督
等処分事件における面接時には,同金銭につき手元で保管していると虚偽の事実
を述べるなどしており,犯行後の行動も良くない。さらに,本件各犯行は,後見
人の地位を悪用した犯行であり,社会的な影響も大きい。
特に,被告人Aは,後見人の立場にありながら,本件各犯行を被告人Bに持ち
かけ,本件各犯行の実行行為の大半を行った上,本件各犯行により得た金銭の多
くを費消するなど,本件各犯行において主導的な役割を担っており,その刑事責
任は重大である。
また,被告人Bは,被告人Aの立場を理解した上で,Eの預金を占有していた
にもかかわらず,被告人Aとともに本件各犯行を行い,自らも一定の利益を得た
のであるから,その刑事責任は軽視できるものではない。
3他方,被告人両名はいずれも,ごく一部を除く本件各実行行為及びそれにより
得た金銭の一部費消を認めており,本件各犯行を反省する態度を見せている。ま
た,本件各犯行により被告人両名が得た金銭のうち,少なくとも数百万円以上が
Nを含む被告人両名の知人らの物品購入費等に充てられており,被告人Aはその
返還を求めてNに対し民事訴訟を提起するなどして被害弁償のための努力をして
いる。さらに,被告人両名は,平成13年にEが交通事故に遭った直後からEの
身上監護を誠実に行っており,本件各犯行により被告人両名が得た金銭のうち約
167万円をEのために使用していたことも認められる。そして,被告人両名と
も前科前歴はなく,本件各犯行以前は中等度精神遅滞の知的障害を有しながらも
社会内で適応的に生活していたこと,Eの後見人の職務のうち財産管理業務は被
告人Aの能力に比して客観的に過負担であり,Eの後見人選任時の状況に鑑みる
とやむを得なかったとはいえ,家裁がEの後見人に被告人Aを選任したことが知
的障害を有する被告人Aに本件各犯行を行うことを容易にする環境を与え,本件
各犯行を誘発した結果となったこと,被告人両名が長期間の身柄拘束を受けて,
本件各犯行及び今後の生活についての内省の機会を得た等の事情が認められる。
加えて,被告人Aについては,知的障害と躁状態の影響下にあった平成17年
8月から平成18年2月まで(Ⅱ期)の各犯行は心神耗弱状態で行われており,
被告人Bについては,上記預金の占有につき業務による委託を受けておらず,被
告人Aとの関係では従属的な立場にとどまっていたし,知的障害により本件各犯
行時はいずれも心神耗弱状態にあった等,被告人両名のためにそれぞれ斟酌すべ
き事情も存在する。
4以上の諸事情を総合考慮すると,被告人両名にそれぞれ主文の刑を科し,被告
人Bについてはその刑の執行を猶予するのが相当であるが,後見人であった被告
人Aが本件各犯行において果たした役割や,本件各犯行により得た利益の多くを
自ら享受あるいは処分したこと等を考慮すると,被告人Aのために有利に斟酌す
べき諸事情を最大限考慮しても,被告人Aについてはその刑の執行を猶予するの
は相当でない。
(公判出席検察官松尾宣宏,被告人A弁護人池田直樹,同B弁護人大名浩)
(求刑被告人Aにつき懲役3年,同Bにつき懲役2年)
平成21年3月24日
広島地方裁判所福山支部
裁判長裁判官金馬健二
裁判官山口格之
裁判官藤原瞳

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