弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1仙台市長が,原告に対して平成24年6月28日付けでした災害弔慰金
不支給決定処分を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,原告が,内縁の妻であるA(当時85歳)が平成23年8月7日に
播種性血管内凝固症候群により死亡したのは,同年3月11日に発生した東北
地方太平洋沖地震(以下「本件震災」という。)により,Aが本件震災後3日
間を自家用車内で過ごし,その後は全壊となった自宅で生活せざるを得ず,介
護施設への通所もできなくなった等,住環境及び生活環境の著しい悪化があっ
たために,心理的ストレス等により体調を崩して嚥下障害となり,誤嚥性肺炎
を発症したり,食物摂取障害により栄養が低下し,免疫力及び体力が低下した
ためであるから,Aの死亡は本件震災によるものであるとして,仙台市長に対
して災害弔慰金の支給を請求したところ,仙台市長が本件震災とAの死亡の間
に因果関係は認められないとして災害弔慰金を不支給とする決定をした(以下
「本件処分」という。)ことから,原告が被告に対し,本件処分の取消しを求
める事案である。
2前提事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか又は括弧書きで摘示した証拠及び弁
論の全趣旨により認めることができる。
(1)当事者等
Aは大正15年2月1日に出生した。原告は,原告の母の介護を通じてA
と親しくなり,平成10年頃からAと同居するようになり,内縁関係となっ
た(甲23,24。以下,原告とAのことを併せて「原告ら」という。)。
(2)本件震災の発生
平成23年3月11日(以下,単に月日のみを記載したものは,平成23
年の月日を指す。),東北地方太平洋沖地震(本件震災)が発生したところ,
原告らは,仙台市a区bc丁目d所在の自宅(以下「本件自宅」という。)に
居住していた。
(3)Aの死亡
Aは,8月7日,播種性血管内凝固症候群のため85歳で死去した(乙4)。
(4)本件訴訟に至る経緯
ア原告は,平成24年3月15日,仙台市長に対し,Aの死亡は本件震災
によるものであるとして,災害弔慰金に係る受領申出書を提出した(乙1)。
これに対し,仙台市長は,同年6月28日付けで,Aの死亡と本件震災
との間に因果関係が認められないとして,災害弔慰金を不支給とする決定
をした(本件処分,乙2)。
イ原告は,同年8月28日,仙台市長に対し,Aが死亡したのは,本件震
災による住環境及び生活環境の悪化や変化,これによる心的疲労が原因で
ある等として,本件処分について異議申立てをした(乙3)。
これに対し,仙台市長は,同年10月2日付けで,Aの死亡と本件震災
との間に因果関係は認められないとして,原告の異議申立てを棄却する旨
の決定をした(甲2)。
ウ原告は,平成25年3月29日,当庁に対して本件訴訟を提起した(顕
著な事実)。
3関係法令
別紙「関係法令」のとおり。
4争点
本件震災とAの死亡との間に因果関係が認められるか否か。
5争点に関する当事者の主張
(1)原告の主張
ア本件震災後の生活状況等
本件自宅は本件震災により全壊となり,電気・ガス・水道といったライ
フラインが全て停止した。原告は,Aの介護の都合から避難所へは行かず,
やむなく本件震災後3日間は自家用車内で過ごし,その後は何とか整理し
た本件自宅で生活を送った。電気は本件震災後4日ほどで復旧したものの,
水道は本件自宅敷地内の配管が損傷したため復旧が遅れ,原告は給水車か
ら給水を受けたり近所の公園へ水を汲みに行くなどし,原告らは必要最小
限の水しか使わないようにしていた。また,ガスは本件自宅内のパイプや
ガス器具が損壊したため,Aが特別養護老人ホームであるBに入所するこ
ととなった4月28日まで復旧しなかった。
Aは,平成22年12月から通所介護施設Cに通所していたが,本件震
災後しばらくは通所することができず,平成23年3月28日から通所を
再開した。Aは,本件震災後,Cへの通所が再開するまでの間,入浴する
ことができなかった。
食事については,地域全体に物資が不足しており,原告らは知人に食料
を分けてもらったり,誰かに買ってきてもらったりしてしのいでいた。
原告は,仙台市より本件自宅からの退避勧告が出ていたこと及びBに空
きができたことから,4月28日にAをBに入所させた。
イAの健康状態等
Aは,本件震災前までは,主食・副食ともに全て自分で食べるなど問題
なく食事を取っていた。しかし,本件震災後,住環境及び生活環境が悪化
する中,4月6日頃には食欲が落ちて食事量が減り,微熱が出るようにな
った。また,同月22日頃には,食欲がなく,食事の飲み込みが悪くなり,
喉がゴロゴロし,咳が出るといった状態になった。
そして,Aは,同月28日にBに入所後,急激に体調を悪化させ,食べ
ようとするとむせてしまい,食事が取れない状態となり,翌29日にはD
へ搬送され,そのまま入院することとなった。その後Aは肺炎と診断され,
治療を受けたところ,5月11日にいったん肺炎が治ったとの診断を受け
たが,同月13日に再発した。
原告は,AがDに入院後も食事を取れない状況が続いていたため,Aに
胃ろうを作ってもらおうとしたが,本件震災の影響で病院に空きがなく,
転院先が見つからないまま時間が経過し,7月13日にようやくEに転院
したときには,もはやAの体力が著しく低下しており胃ろうを作ることが
できない状態であった。
Aは,その後も食事を取ることができないまま,8月7日に死亡した。
ウ前記ア及びイに述べたAの本件震災前後の健康状態及び本件震災後の
生活状況からすれば,Aは,本件震災による住環境及び生活環境の著しい
悪化のために肉体的疲労を与えられ,心理的ストレスを受けて体調を崩し,
4月11日頃までの間に嚥下障害を発症し,これにより2度の誤嚥性肺炎
となった上,食物摂取障害による栄養低下,それに伴う免疫力・体力の低
下により,8月7日に死亡するに至ったものである。
そうすると,Aの嚥下障害は本件震災によるものであり,本件震災がな
ければ8月7日にAが死亡することはなかったということができるから,
本件震災とAの死亡との間に因果関係が認められる。
(2)被告の主張
ア災害弔慰金は,災害弔慰金の支給等に関する法律及び仙台市の災害弔慰
金の支給等に関する条例に基づき,「災害により死亡した」者の遺族に対し
支給すべきものであり(同条例1,3条),災害と死亡との間に因果関係が
認められる場合に限り支給される。
本件処分は,専門的知見を有する委員で構成される判定委員会の検討結
果を受けて行われた。判定委員会は,Aについて,平成23年5月の時点
で肺炎の症状は改善しており,肺炎が死亡時まで継続していたとみるのは
難しいこと,本件震災の影響で胃ろうを作るのが難しかったという事実は
認め難いこと等を議論した上で,本件震災とAとの死亡の間に相当な因果
関係があるとは認定できないとした。
このように,本件震災とAの死亡との間に因果関係は認められないとの
判定委員会の判断は医学的見地からされたもので妥当なものであり,同検
討結果を受けて行われた本件処分に違法はない。
イ原告の主張に対する反論
Aは,本件震災よりかなり以前からアルツハイマー型認知症になってお
り,本件震災前の時点ではこれが進行して重度の認知症となっていたと認
められる。Aの嚥下障害は,アルツハイマー型認知症の進行による脳機能
低下による可能性が高く,食欲低下及び誤嚥性肺炎もこれによるものと考
えられる。
したがって,Aの死亡は,既往のアルツハイマー型認知症の進行に伴い
嚥下障害等が引き起こされた結果によるものと推定されるから,本件震災
との間に因果関係を認めることはできない。
第3争点に対する判断
1認定事実
前記前提事実,後記各項末尾の括弧内に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれ
ば,以下の事実を認めることができる。
(1)本件震災前のAについて
アAは,平成21年4月頃から物忘れが認められ,同年5月頃には迷子に
なるなどし,平成22年夏頃からは症状が増悪して興奮や妄想がみられる
ようになった(甲3,17,28)。
イCへの通所(乙14の1ないし36)
Aは,平成22年12月からCへ週3回程度通所するようになった。A
は,Cにおいて,入浴サービスを受けたり,職員や他の利用者と会話をす
るなどして過ごしていた。
Cで提供される食事については,あまり食べない日もあったが,半分な
いし全て食べることが多かった。
ウFへの通院(甲28)
(ア)Aは,1月20日に初めてFを受診した。同日の診察時,Aは興奮
状態で会話することができず,頭部CTも実施できない状態であった。
原告は,Fの外来問診票において,Aの症状に当てはまる項目として,
「人の名前や漢字が思い出せない」,「言葉が思い出せない・言い間違い」,
「外出して家に帰ってこられなくなった」等,18項目に印を付けたが,
「元気がない・食欲がない・意欲の低下」という項目には印を付けなか
った。また,原告は,外来問診票に次のaないしdの事項を記載した。
a受診理由
1か月前から右手に比べて左手に力が入らない。
bいつからどんな症状があるか
平成21年5月頃迷子になった。意味不明なことを言う。両親が亡
くなったことを忘れる。
c身長,体重150㎝弱,42~43㎏
d食欲普通にある
(イ)Aは,2月2日にFを受診した。この際,Aは,穏やかな状態であ
り,夜もぐっすり眠れ,暴力行為はなく,薬の効果がみられた。
(ウ)Aは,3月10日にFを受診し,頭部CTを受けた結果,慢性進行
性認知症(脳血管障害を伴ったアルツハイマー病)と診断された。
原告は,Aの要介護認定を申請するため,Fの医師に主治医意見書の
作成を依頼した。その際,原告は,「介護保険『意見書』申し込み書」(甲
28[26頁])を作成し,Aの現在の症状に当てはまるものとして,「失
語がある」,「すぐ忘れる・ぼんやりしている」等の項目に印を付けたが,
「うまくのみこめない」,「よくむせこむ」,「いつもゼイゼイしている」,
「食欲がない」という項目には印を付けなかった。
Aの主治医であったG医師は,主治医意見書(甲28[25頁])を作
成し,同意見書において,Aの状態について「平成21年4月頃から物
忘れが出現し,平成22年夏頃から増悪する。徐々に,興奮することが
増えて妄想が目立ってくる。平成22年12月~介護保険利用してデイ
サービスなど利用中。上記症状が増悪して平成23年1月20日に当科
初診となる。診察時に興奮状態で蹴る叩く怒鳴っていて頭部CTも撮影
できない状態で,会話も通じず。まずは精神状態を落ち着けるため投薬
を開始したところ2月2日の受診時には穏やかであり,3度目の受診時
(3月10日)には頭部CTも撮影出来て急性病変は否定された。慢性
進行性の認知症に対して投薬継続中。」と記載し,栄養状態については「良
好」に印を付け,サービス提供時における医学的観点からの留意事項に
ついては「摂食あり(摂食拒否あり,介助要)」,「嚥下特になし」と
記載した。
(2)本件震災後のAの生活状況等
ア本件自宅の被害(甲29,30)
本件自宅は,本件震災及びその後の余震により,敷地にひび割れや陥没
が生じ,土台部分が損傷して建物が傾き,外壁に多数の亀裂が生じ,外壁
に設置されていたガス管やガス給湯器が外壁の傾きと共に破損するなど,
大きく損傷した。
本件自宅は,平成24年3月29日付けで,仙台市太白区長により,「一
見して傾いていることが明らかな家屋」であるとして,被害の程度を全壊
とするり災証明を受けた。
イ原告らの生活状況及びAの体調等(甲28,30ないし32,34,乙
3,乙14の39ないし50)
(ア)原告らは,本件震災により,本件自宅が激しく損傷し,また電気,
水道及びガスが停止したため,本件自宅内で生活することができなかっ
たが,Aは一人でトイレに行くことができず,1日最低3回はおむつ替
えを要する状態であり,介護の都合から避難所へ行くこともできなかっ
たことから,本件震災後3月15日まで原告の軽自動車の中で過ごした。
(イ)原告らは,3月15日に電気が復旧したことから,本件自宅の玄関
や窓ガラスの応急の調整をした上で,同日より,こたつのある居間で布
団を敷いて寝泊まりするようになった。本件自宅は,土台や外壁を激し
く損傷しており,隙間風が吹き込んでくる状態であった。Aは,自力で
歩くことができなかったため,1日中こたつに入って過ごしていた。
原告らは,本件自宅敷地内の水道配管の損傷により水道の復旧が遅れ,
給水車から給水を受けたり,公園へ水を汲みに行かねばならなかったた
め,必要最小限の水しか使わないようにして生活していた。
また,本件自宅浴室の床が陥没したり,パイプやガス器具が損傷した
ため,AがBに入所した4月28日までの間に本件自宅のガスは復旧し
なかった。
(ウ)Aは,3月28日からCへの通所を再開し,これにより本件震災後
初めて入浴することができた。Aは,4月1日には主食をほぼ全て,副
食を半分食べ,同月4日には主食を僅か,副食をほぼ全て食べたが,同
月6日以降は主食,副食ともに僅かしか食べないようになり,また,そ
の頃から37度前後の微熱のみられる日が多くなるとともに,同月15
日には痰の絡みがみられた。
(エ)Aは,4月11日,Fを受診した。同診察の際に原告が医師に話し
たこととして,カルテ(甲28[21頁])に次の記載がある。
「家は半~全壊何とか住んでいる。
本人は地震後も変わらずやれている。少し食欲がない。水分はとれ
ている。」
(オ)原告は,4月22日,Fに電話を掛け,Aが「最近食欲なく,咳が
あり,食事ののみ込みが悪く,喉がゴロゴロして,すごくやせてしまっ
た。診察してほしい。」と相談をしたところ,一般内科を受診するように
との指示を受けた。
(カ)原告は,4月28日頃,Bに空きがあるとの話を受けて,同日,A
をBに入所させた。
(3)Bにおける経過等(甲34,乙12)
アAは,4月28日午後2時半頃,Bに入所した。その際,原告は,Bの
職員に対し,Aの状況について,Aは体調を崩してから食事量が少なくな
り1,2週間ほとんど食べていないと述べた。
イAの体重は,服を着たままの状態で26.2㎏であった。
ウBの職員は,同日午後4時頃,Aに牛乳とヨーグルトを提供したが,む
せ込み,痰がらみが激しいため50㏄程で中止した。
エAは,同日午後6時頃,夕食を提供されたが,飲み込みが悪く,むせ込
みがあったため,主食,副食とも1割程度しか摂取することができなかっ
た。
オAは,4月29日午前7時30分頃,朝食を提供されたが,飲み物等を
口に入れる度にむせ込み,飲み込むことができず,1割程度しか摂取する
ことができなかった。
カAは,Bにおいてほとんど食事を摂取することができず,痰がらみもあ
るため,Dを受診することとなり,同日午前9時45分頃,Bを出た。
(4)Dにおける経過等(4月29日から7月13日。甲23,34)
アAは,4月29日,Dを受診したところ,肺炎と診断されて入院するこ
ととなった。
イAは,抗生剤の投与を受けて,5月上旬には肺炎が快方に向かった。原
告は,5月11日,医師からAの肺炎は治ったとの説明を受けた。しかし,
Aは5月13日に再び肺炎と診断された。
ウD入院中のAの食物摂取は,入院時よりほとんど食べる事ができない状
態であり,5月初め頃に1日に数口食べることができる日もあったが,む
せ込みや痰がらみが見られ,5月下旬以降は絶食状態となった。
エDの看護師が7月11日に作成した「患者申し送り書」(甲23[116
頁])には,次の記載がある。
(ア)病名誤嚥性肺炎,アルツハイマー型認知症
(イ)入院中の経過
「肺炎に対しては抗生剤使用し熱は解熱みられ,炎症反応はまだ高も
入院時よりは改善みられている。8病日目より食事開始してみるが,認
知強く食事摂取できず又誤嚥もみられ絶食となる。」
オDの医師が作成した「退院サマリー」(甲23[3頁])には,次の記載
がある。
(ア)確定診断名,転帰
1肺炎治癒
2認知症
3嚥下困難
(イ)入院経過
「4月30日肺炎で当院入院。加療で治癒。嚥下困難あるため,嚥下
リハビリ開始。(肺炎再発あるも加療で治癒)しかし,リハビリに抵抗あ
るため断念。胃瘻も治療に抵抗あるため危険で断念。血管確保困難なと
きもありそのときは皮下注補液で対応。当院では重症の認知症あるため,
補液する以外なにも出来ないと家人に説明したところ,認知症専門病院
であるEを強く希望。その後ADL徐々に低下し寝たきり状態となる。
Eより依頼受け,7月9日,右大腿静脈よりCVカテーテル挿入。(15
㎝)」
(5)Eにおける経過等(7月13日から8月7日。甲24,乙4)
アAは,7月13日にDからEに転院した。同日のカルテ(甲24)には,
次の各記載がある。
「ストレッチャーにて来院。開眼しており,Drを目で追うが発語は全
くなし。疎通はとれず。指示も入らず。」
「高度認知症状態」
「昨年より身内の認識ができなくなる。精神症状も昨年より顕著となる。
夫に対して暴力あり。」
「H23.3月より今のように大人しくなり会話乏しく発語なし。寝た
きりの状態となる。食事量は昨年より徐々に減り,3月の地震後から激減。」
イAは,Eへ転院後も症状の改善はなく,8月7日,敗血症による播種性
血管内凝固症候群により死亡した。
(6)Aの死亡に関する医師の説明等(甲3,17,24)
ア原告は,平成24年3月18日,Eに対し,Aの死亡がいわゆる震災関
連死に当たる可能性について問い合わせた。Aの主治医は,同月21日,
原告に対しファクシミリで回答した。同回答(甲24[1頁])には次の記
載がある。
「(恐らく)『関連死ではない』と考えられる。
(H23.7.13)当院医療保護入院のPt
Dより看取り目的で当院入院。
♯1嚥下困難にて肺炎反復し,H入院加療
♯2アルツハイマー型認知症H15.11月頃より症状出現
♯1も脳機能低下の一つの症状と考えられること」
「アルツハイマー型認知症は,進行性であり,精神症状を穏やかにする
対症療法のみである。
H15年11月頃より症状は出現していて,その後進行した結果,嚥
下障害,嚥下性肺炎反復したと考えられる(H)。」
イ原告は,平成25年4月14日頃,Fに対し,本件震災がAに与えた
影響について問い合わせた。FのI医師は,原告に対し,「患者・家族へ
の説明内容」と題する書面(甲3,17)を交付して回答した。同書面
には,FにおけるAの初診日である平成23年1月20日から同年4月
22日までのAのカルテの記載内容をまとめた内容の記載のほか,次の
記載がある。
「現在,担当医は転勤のため当院には在籍していません。カルテの内
容以上のことは分かりません。震災が症状にどれだけ影響したかについ
ての検討はされていません。
一般的には,震災によって,アルツハイマー病などの認知症の行動・
精神症状(BPSDと言います)が増悪することがあっても,生命に影
響することは考えにくいと思います。」
(7)嚥下障害,誤嚥性肺炎に関する知見等(甲18ないし22)
誤嚥とは,唾液や食物,胃液などが気管に入ることをいい,その食物や唾
液に含まれた細菌が気管から肺に入り込み,炎症を起こすことで誤嚥性肺炎
となる。誤嚥性肺炎は,高齢者に多く発症し,再発を繰り返す特徴がある。
発熱,激しい咳と膿性痰が出る,呼吸が苦しい,肺雑音がある,というのが
誤嚥性肺炎の典型的な症状である。
食物を噛んだり,唾液で噛み砕いた食物をうまく飲み下すことができない
状態を嚥下障害といい,誤嚥性肺炎を引き起こす原因の一つとなる。嚥下障
害の症状として,食事中によくむせる,食事中でなくても突然むせる,咳き
込む,食べるとすぐ疲れて全部食べられない,体重が徐々に減る等がみられ
る。嚥下障害を引き起こす疾患には様々なものがあるが,特に脳梗塞や脳出
血などの脳血管障害,神経や筋疾患などによる場合が多いほか,加齢による
嚥下機能の低下も要因となる。
2争点に対する判断
(1)災害弔慰金の支給等に関する法律3条及び仙台市の災害弔慰金の支給等
に関する条例3条が災害により死亡した者の遺族に対し災害弔慰金を支給す
ると規定している趣旨からすると,災害弔慰金を支給するためには,法的に
見て災害により死亡したといえること,すなわち災害と死亡との間に相当な
因果関係が認められることが必要であるというべきである。
(2)そこで,本件震災とAの死亡との間に相当な因果関係が認められるか,以
下検討する。
ア(ア)前記前提事実及び認定事実によれば,本件震災前において,Aは,
平成21年頃から認知症の症状が出始め,平成22年夏頃から増悪して
興奮や妄想が出現するようになり,平成23年3月10日には慢性進行
性認知症(脳血管障害を伴ったアルツハイマー病)と診断されたこと,
他方,Cでの食事をほぼ全て食べることが多いなど,食欲があって嚥下
に問題はなく,栄養状態は良好であったことが認められる。
(イ)本件震災後のAの生活状況についてみると,前記認定事実のとおり,
本件震災及びその後の余震により,本件自宅について,敷地にひび割れ
や陥没が生じ,土台部分が損傷して建物が傾き,外壁に多数の亀裂が生
じ,外壁に設置されていたガス管やガス給湯器が外壁の傾きと共に破損
するなど,大きく損傷した上,電気,水道及びガスが停止したため,原
告らは本件震災後3月15日まで原告の軽自動車内で生活したこと,3
月15日に電気が復旧したことから,原告らは,本件自宅の玄関や窓ガ
ラスの応急の調整をした上で,同日より居間で寝泊まりするようになっ
たものの,本件自宅には隙間風が吹き込んでくる状態であり,またAは
自力で歩くことができなかったため,1日中こたつに入って過ごしてい
たこと,水道の復旧が遅れたため,原告らは必要最小限の水しか使わな
いようにして生活していたこと,ガスの復旧も遅れ,AはCへの通所が
再開した3月28日まで入浴することができなかったことがそれぞれ認
められる。
(ウ)そして,本件震災後のAの様子については,通所していたCにおい
て,4月1日には食欲があり,Cにおいて主食をほぼ全て,副食を半分
食べたものの,同月6日以降は主食,副食ともに少量又は僅かしか食べ
なくなり,同月15日には痰の絡みがみられ,同月6日以降,37度前
後の微熱がみられる日が多くなったことが認められる。また,4月11
日にFを受診した際,原告から見たAは,少し食欲がないものの,本件
震災前と変わらず過ごせている様子だったが,同月22日には,食欲が
なく,食事の飲み込みが悪く,喉がゴロゴロして咳がみられ,4月28
日にBへ入所した際,Aは一,二週間ほとんど食べていない状態であり,
服を着たままの状態でも体重が26.2㎏しかなかったこと,Bで飲食
物を提供されても,むせ込み,痰絡みが激しくほとんど摂取することが
できなかったこと,翌29日にDを受診したところ,肺炎と診断された
ことが認められる。
イ前記認定した本件震災前から平成23年4月末頃までのAの体調の経過
をみるに,Aは,本件震災前は食欲があって嚥下に問題はなく,栄養状態
は良好であったが,本件震災後,4月上旬から食事量が減少し,同月中旬
頃には痰や発熱がみられ,同月下旬頃にはむせ込み,痰絡みが激しく,食
物をほとんど摂取することができない状態になっており,同年1月には4
2ないし43㎏ほどあった体重が,同年4月末には26.2㎏にまで減少
したことが認められるところ,前記1(7)の嚥下障害及び誤嚥性肺炎の知見
等に照らせば,Aは,本件震災後,4月上旬頃から嚥下障害となり,4月
下旬には誤嚥性肺炎を発症したものと認められる。
Aは,平成21年頃から認知症の症状が出始め,平成22年夏頃には増
悪して興奮や妄想が出現するようになり,平成23年1月にも興奮状態で
暴れるなどの症状があった一方で,本件震災前までは食欲があって嚥下に
問題はなく,栄養状態が良好であったところ,本件震災1か月後には嚥下
障害となって食物をほとんど摂取することができず,同1か月半後には体
重が約16㎏も減少し,誤嚥性肺炎を発症したという急激な経過に鑑みる
と,Aが嚥下障害となったのは,単に既往の認知症の進行や加齢のみによ
るものとは考え難いところであり,前記アに認定したように,本件震災に
よりAの生活環境及び住環境が著しく悪化し,Aの心身に多大な負担が掛
かったことがその大きな要因となったものと合理的に推認することができ
る。
そして,前記認定事実によれば,Aは,4月末に誤嚥性肺炎を発症した
後,Dにて治療を受け,5月上旬には快方に向かい,いったんは治癒した
との診断を受けたものの,同月13日には再び肺炎と診断されているが,
証拠(甲23)によれば,その間Aの嚥下障害が改善したとは認められな
いことからすれば,2度目の肺炎も4月上旬以降の嚥下障害により引き起
こされたものと認められる。そして,その後Aは,肺炎が治癒することな
く,5月下旬以降は絶食状態となり,全身状態が悪化していき,8月7日,
敗血症による播種性血管内凝固症候群により死亡したことからすれば,本
件震災の発生及びAの嚥下障害,これによる誤嚥性肺炎の発症から死亡に
至るまでの一連の経過には,相当な因果関係があると認めるのが相当であ
る。
以上によれば,本件震災とAの死亡との間に相当な因果関係が認められ
る。
ウなお,前記1(6)のとおり,Eの医師は,本件震災がAの死に影響を与え
たとは考えられないとの趣旨の意見を述べているが,AがEに入院したの
は,Dにおいて寝たきりになった後であり,同医師は誤嚥性肺炎発症時か
ら診察していたのではなく,前記に認定の本件震災後のAの病状の推移等
からすると,上記医師の見解により,前記判断を左右するものということ
はできない。また,FのI医師もAの死亡に対する本件震災の影響を否定
的に述べているが,同医師はAを診察していたものではない上,一般的な
意見を述べたにすぎないから,前記判断を左右しない。
第4結論
以上によれば,Aの死亡と本件震災との間には相当因果関係があると認められ
るから,災害弔慰金を不支給とした本件処分は違法である。
よって,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり
判決する。
仙台地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官髙宮健二
裁判官荒谷謙介
裁判官遠藤安希歩
別紙
関係法令
1災害弔慰金の支給等に関する法律(昭和48年法律第82号)
(1)1条
この法律は,災害により死亡した者の遺族に対して支給する災害弔慰金,
災害により精神又は身体に著しい障害を受けた者に対して支給する災害障
害見舞金及び災害により被害を受けた世帯の世帯主に対して貸し付ける災
害援護資金について規定するものとする。
(2)2条
この法律において「災害」とは,暴風,豪雨,豪雪,洪水,高潮,地震,
津波その他の異常な自然現象により被害が生ずることをいう。
(3)3条1項
市町村(特別区を含む。以下同じ。)は,条例の定めるところにより,政
令で定める災害(以下この章及び次章において単に「災害」という。)によ
り死亡した住民の遺族に対し,災害弔慰金の支給を行うことができる。
(4)3条2項
前項に規定する遺族は,死亡した者の死亡当時における配偶者(婚姻の
届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にあった者を含み,離婚
の届出をしていないが事実上離婚したと同様の事情にあった者を除く。),
子,父母,孫及び祖父母並びに兄弟姉妹(死亡した者の死亡当時その者と
同居し,又は生計を同じくしていた者に限る。以下この項において同じ。)
の範囲とする。ただし,兄弟姉妹にあっては,当該配偶者,子,父母,孫
又は祖父母のいずれも存しない場合に限る。
(5)3条3項
災害弔慰金の額は,死亡者一人当たり500万円を超えない範囲内で死
亡者のその世帯における生計維持の状況等を勘案して政令で定める額以内
とする。
2災害弔慰金の支給等に関する条例(昭和49年仙台市条例第40号)
(1)1条
この条例は,災害弔慰金の支給等に関する法律(昭和48年法律第82
号。以下「法」という。)の規定に基づき,災害により死亡した者の遺族に
対して支給する災害弔慰金,災害により精神又は身体に著しい障害を受け
た者に対して支給する災害障害見舞金及び災害により被害を受けた世帯の
世帯主に対して貸し付ける災害援護資金について規定するものとする。
(2)2条
この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,それぞれ当該各号
に定めるところによる。
1号災害法第2条に規定する災害をいう。
2号市民災害により被害を受けた当時本市の区域内に住所を有した
者をいう。
(3)3条
本市は,市民が法第3条第1項に規定する災害(以下この章及び次章に
おいて単に「災害」という。)により死亡したときは,その者の遺族に対し,
災害弔慰金を支給する。
(4)4条1項
前条に規定する遺族は,法第3条第2項に規定する遺族とし,その順位
は,死亡者の死亡当時において死亡者により生計を主として維持していた
遺族を先にし,その他の遺族を後にする。この場合において,同順位の遺
族については,次の各号に掲げる順序とする。
1号配偶者
2号子
3号父母
4号孫
5号祖父母
(5)5条本文
災害により死亡した者一人当たりの災害弔慰金の額は,死亡者が死亡当
時においてその死亡に関し災害弔慰金を受けることができることとなる者
の生計を主として維持していた場合にあっては500万円とし,その他の
場合にあっては250万円とする。
以上

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