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平成27年10月2日判決言渡
平成25年(行ウ)第256号遺族厚生年金不支給処分取消等請求事件
主文
1厚生労働大臣が平成24年7月19日付けで原告に対してした遺族厚生年
金を支給しない旨の決定を取り消す。
2厚生労働大臣が平成24年9月5日付けで原告に対してした未支給の老齢
厚生年金及び老齢基礎年金を支給しない旨の決定を取り消す。
3訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文同旨
第2事案の概要
1本件は,厚生年金保険の被保険者であった者であり,老齢厚生年金及び老齢
基礎年金の受給権者であったAの生前,同人と内縁関係にあったと主張する原
告が,遺族厚生年金の裁定並びにAに対して支給すべきであった老齢厚生年金
及び老齢基礎年金の支給を請求したところ,厚生労働大臣が,Aと戸籍上の妻
との婚姻関係が形骸化しているとは認められないことを理由に,いずれについ
ても支給しない旨の決定をしたため,原告が,被告に対し,当該各決定の取消
しを求める事案である。
2関係法令等の定め
(1)平成24年法律第62号による改正前の厚生年金保険法(以下「厚年
法」という。)及び厚生年金保険法施行令(以下「厚年法施行令」という。)
の定め
ア(ア)保険給付を受ける権利は,その権利を有する者(以下「受給権者」
という。)の請求に基づいて,厚生労働大臣が裁定する(厚年法33条)。
(イ)遺族厚生年金は,被保険者又は被保険者であった者(以下「被保
険者等」という。)が死亡した場合等に,その者の遺族に支給する(厚
年法58条1項)。
(ウ)遺族厚生年金を受けることができる遺族は,被保険者等の配偶者
等であって,被保険者等の死亡の当時,その者によって生計を維持し
たものとし(厚年法59条1項),生計を維持していたことの認定に関
し必要な事項は,政令で定める(同条4項)。
(エ)上記(ウ)に規定する被保険者等の死亡の当時その者によって生計
を維持していた配偶者等は,当該被保険者等の死亡の当時その者と生
計を同じくしていた者であって厚生労働大臣の定める金額以上の収入
を将来にわたって有すると認められる者以外のものその他これに準ず
る者として厚生労働大臣の定める者とする(厚年法施行令3条の10)。
イ(ア)保険給付の受給権者が死亡した場合において,その死亡した者に
支給すべき保険給付でまだその者に支給しなかったものがあるときは,
その者の配偶者,子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹であって,その
者の死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは,自己の名で,
その未支給の保険給付の支給を請求することができる(厚年法37条1
項)。
(イ)未支給の保険給付を受けるべき者の順位は,上記(ア)に規定する
順序による(同条4項)。
ウ厚年法において,配偶者には,婚姻の届出をしていないが,事実上婚
姻関係と同様の事情にある者(以下「事実婚関係にある者」という。)を
含むものとする(厚年法3条2項)。
(2)平成24年法律第62号による改正前の国民年金法(以下「国年法」
という。)の定め
ア(ア)給付を受ける権利は,受給権者の請求に基づいて,厚生労働大臣
が裁定する(国年法16条)。
(イ)年金給付の受給権者が死亡した場合において,その死亡した者に支
給すべき年金給付でまだその者に支給しなかったものがあるときは,そ
の者の配偶者,子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹であって,その者の
死亡の当時その者と生計を同じくしていたものは,自己の名で,その未
支給の年金の支給を請求することができる(国年法19条1項)。
(ウ)未支給の年金を受けるべき者の順位は,上記(イ)に規定する順序に
よる(同条4項)。
イ国年法において,配偶者には,事実婚関係にある者を含むものとする(国
年法5条8項)。
(3)平成23年3月23日年発0323第1号厚生労働省年金局長発日本
年金機構理事長宛「生計維持関係等の認定基準及び認定の取扱いについて」
(以下「認定基準」という。)の定め(乙7)
ア重婚的内縁関係の取扱いについて,届出による婚姻関係にある者が重
ねて他の者と内縁関係にある場合の取扱いについては,婚姻の成立が届
出により法律上の効力を生ずることとされていることからして,届出に
よる婚姻関係を優先すべきことは当然であり,従って,届出による婚姻
関係がその実体を全く失ったものとなっているときに限り,内縁関係に
ある者を事実婚関係にある者として認定するものとする。
(ア)「届出による婚姻関係がその実体を全く失ったものとなっている
とき」には,次のいずれかに該当する場合等が該当するものとして取
り扱うこととする。
a当事者が離婚の合意に基づいて夫婦としての共同生活を廃止して
いると認められるが戸籍上離婚の届出をしていないとき
b一方の悪意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていな
い場合であって,その状態が長期間(おおむね10年程度以上)継
続し,当事者双方の生活関係がそのまま固定していると認められる
とき
(イ)「夫婦としての共同生活の状態にない」といい得るためには,次
に掲げる全ての要件に該当することを要するものとする。
a当事者が住居を異にすること
b当事者間に経済的な依存関係が反復して存在していないこと
c当事者間の意思の疎通を表す音信又は訪問等の事実が反復して存
在しないこと
イ厚年法59条1項,4項及び厚年法施行令3条の10の規定にいう,
被保険者等の死亡の当時,「その者によって生計を維持していた配偶者」
とは,死亡した者と生計を同じくしていた配偶者であって,年額850
万円以上の収入を将来にわたって有すると認められる者以外のものをい
う。
3前提となる事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によ
り容易に認めることができる。
(1)A(昭和19年▲月▲日生)は,昭和47年▲月▲日,B(昭
和20年▲月▲日生。)と婚姻をし,同人との間には,昭和48年▲月▲
日,長女であるCが,また,昭和56年▲月▲日,長男であるDがそれぞ
れ出生した。(乙8)
(2)Aは,平成23年▲月▲日,死亡した。Aは,死亡の当時,厚生
年金の被保険者であった者で,厚年法に基づく老齢厚生年金及び国年法に基
づく老齢基礎年金の受給権者であった。(乙8,14)
(3)原告(昭和27年▲月▲日生)は,Aの死亡の当時,同人と同居を
していた。(乙13の1・2)
(4)ア原告は,平成24年1月17日,原告がAと事実婚関係にある者で
あって,Aの死亡の当時,同人によって生計を維持したものに当たると
して,厚生労働大臣に対し,遺族厚生年金の裁定を請求した(以下「本
件裁定請求」という。)。(乙1)
イ原告は,同日,原告がAと事実婚関係にある者であって,Aの死亡の当
時,同人と生計を同じくしていたものに当たるとして,厚生労働大臣に対
し,Aに支給すべき老齢厚生年金及び老齢基礎年金で,まだAに支給しな
かったもの(以下「本件未支給年金」という。)の支給を請求した(以下
「本件支給請求」という。)。(乙2)
ウBは,同年4月13日,BがAの配偶者であって,Aの死亡の当時,同
人によって生計を維持したものに当たるとして,厚生労働大臣に対し,遺
族厚生年金の裁定を請求した(以下「別件裁定請求」という。)。(甲1)
(5)ア厚生労働大臣は,平成24年7月19日付けで,本件裁定請求に対
し,Aの死亡の当時において,同人とBとの婚姻関係が形骸化していると
は認められないことを理由に,遺族厚生年金を支給しない旨の決定をした
(以下「本件遺族年金不支給決定」という。)。原告は,これを不服として,
同年9月5日,近畿厚生局社会保険審査官に審査請求をした。(甲19,
乙3)
イ厚生労働大臣は,平成24年9月5日付けで,本件支給請求に対し,A
の死亡の当時において,同人とBとの婚姻関係が形骸化しているとは認め
られないことを理由に,本件未支給年金を支給しない旨の決定をした(以
下「本件未支給年金不支給決定」という。)。原告は,これを不服として,
同月26日,近畿厚生局社会保険審査官に審査請求をした。(甲21,乙4)
ウ厚生労働大臣は,同年7月19日付けで,別件裁定請求に対し,Aの死
亡の当時において,BがAによって生計を維持していたものとは認められ
ないことを理由に,遺族厚生年金を支給しない旨の決定をした。Bは,こ
れを不服として,近畿厚生局社会保険審査官に審査請求をした。(甲1)
(6)ア近畿厚生局社会保険審査官は,同年11月27日付けで,原告がし
た上記⑸ア及びイの各審査請求に対し,各請求を棄却する決定をした。原
告は,これらをいずれも不服として,同年12月28日,社会保険審査会
に対し,それぞれ再審査請求をした。(甲20,22,乙5,6)
イ近畿厚生局社会保険審査官は,同年11月28日頃,Bがした上記⑸ウ
の審査請求に対し,同請求を棄却する決定をした。Bは,これを不服とし
て,平成25年1月24日,社会保険審査会に対し,再審査請求をした。
(甲1,23)
(7)社会保険審査会は,原告及びBがした上記⑹の各再審査請求を併合し
て審理した上で,同年7月31日,各請求をいずれも棄却する決定をした。
(甲1)。
(8)原告は,同年12月19日,本件遺族年金不支給決定及び本件未支給
年金不支給決定の取消しを求め,本件訴訟を提起した。(顕著な事実)
4争点及び当事者の主張
原告が,遺族厚生年金及び本件未支給年金の支給を受けるためには,厚年法
59条1項,37条1項及び国年法19条1項所定の「配偶者」に該当するこ
とが必要であるから,本件の争点は,原告がAの「配偶者」に該当するかであ
る。
(原告の主張)
(1)判断枠組み
いわゆる重婚的内縁関係にある者が「配偶者」に該当するためには,法律
上の婚姻関係が実体を失って形骸化していることが必要である。そして,法
律上の婚姻関係が実体を失ったということができるかについては,別居の経
緯,別居期間,婚姻関係を維持する意思ないし婚姻関係を修復するための努
力の有無,相互間の経済的依存の状況,別居後の音信・訪問等の状況,重婚
的内縁関係の固定性等を総合的に考慮して判断すべきである。
なお,被告は,法律上の婚姻関係が実体を失って形骸化していると認めら
れるためには,別居期間がおおむね10年程度以上継続している必要がある
と主張する。しかしながら,別居期間は婚姻関係の形骸化を判断する一つの
要素にすぎないのであって,これを上記判断の絶対的要素と解することは相
当ではない。
(2)本件の具体的事情等
アAとBが別居に至った経緯
AとBは,遅くとも平成2年7月頃から,いわゆる家庭内別居の状態に
あった。原告は,平成13年11月頃,Aと知り合ったが,AとBの婚姻
関係はその時点で既に破綻しており,Aは,Bと顔を合わせたくないため
に,毎晩深夜まで飲み歩くような状態であった。Aは,平成17年2月,
Bと同居していた大阪府▲市α所在の居宅(以下「αの家」という。)か
ら同市β所在の賃貸マンション(以下「βのマンション」という。)に転居
し,Bと別居するに至ったが,AとBとの夫婦関係が破綻したのは,その
はるか以前であった。
なお,被告は,AとBの別居時期について同年10月であると主張する
が,別居時期が同年2月であることは,Aがβのマンションを同月から賃
借していることから明らかである。
イAとBの別居後の関係
(ア)婚姻関係を修復するための努力の有無,別居後の音信・訪問等
Aは,Bと別居以降,αの家から必要な荷物を順次持ち出していった。
これに対し,Bは,Aに帰宅を促すことはなく,平成17年2月頃には
αの家の玄関の鍵を交換するなどして,Aの帰宅を拒むようになった。
以降,両人の間の交渉,交流はほとんど途絶し,婚姻関係を修復するた
めの努力が尽くされることはなかった。
(イ)離婚の意思
Aと原告は,平成17年5月から,βのマンションで同居するように
なった。Aは,原告と同居した当初から,原告に対してBと必ず離婚す
る旨繰り返し述べ,また,実弟であるEに対しても,Bとの離婚につい
て相談をしていた。一方,Bも,Aと別居して以降,同人に対して繰り
返し離婚を申し入れていた。このように,AとBは,合意こそしていな
いものの,いずれも離婚の意思を有していた。AがBとの離婚に踏み切
らなかったのは,Bから金銭的請求を受けることや,その結果同人との
紛争が長期化することを危惧しているうちに,病に伏し離婚への行動を
とることができなくなってしまったからである。
(ウ)相互間の経済的依存の状況
Aは,別居以降,Bに対して生活費を一切交付せず,αの家の固定資
産税についてもBに納付させていた。生活費の交付がなかった事実は,
B自身も認めるところである。
なお,被告は,AがBに対してテレビの購入代金を援助した旨主張し
ているが,当該テレビを購入したのは長女のCであるから,仮にAが購
入代金の一部を負担したのであっても,それはBではなくCへの援助と
みるべきである。
また,被告は,Aが自己の所有する自動車の売却代金の一部である8
0万円をBに渡した旨主張しているが,このような事実は存在しない。
被告は,Bの預金口座に60万円の入金がされていること(乙19)を
上記事実の根拠として摘示するが,入金日が自動車の売却から約2年後
であることや,入金額に差異があることからすれば,当該入金が上記事
実の根拠足り得ないことは明白である。仮に上記事実があったとしても,
これは事実上の財産分与の趣旨でされたものであって,生活費の援助の
趣旨でされたものではない。
(エ)別居期間
Aは,平成23年2月,肺がんの治療のため入院し,同年▲月▲
日に死亡したが,Bはその間一度も見舞いに訪れることがなかった。A
とBの別居期間は7年弱であるが,Aが死亡する直前も両人の音信・訪
問等が途絶したままであったことを踏まえれば,Aが死亡しなければ,
両人の別居期間は更に継続したものと考えられる。
ウAと原告との内縁関係
(ア)Aと原告は,平成16年頃に夫婦のような関係になった。そして,
平成17年5月から,βのマンションで同居を始め,平成18年1月に
は,大阪府▲市γ所在の借家(以下「γの家」という。)に転居し,平
成21年12月にはAがγの家及びその敷地を買い取っている。両人は,
Aが死亡するまで,γの家で同居生活を送っており,その間の生活費は,
主にAの年金収入によって賄われていた。
(イ)原告は,対外的にもAの妻と認識され,Aの親戚からは親族の一員
としての扱いを受けていた。
(ウ)原告は,Aが入院して以降も,同人の生活を支え続けた。Aの死が
近づいた平成23年▲月▲日には,ホスピスにおいてAと原告の結
婚式が執り行われた。
Aの葬儀では,Aの兄であるFが喪主を務め,必要な費用は原告が全
て支出した。Bは,Aの親族から拒絶されたこともあり,同人の葬儀に
は出席しなかった。
(エ)なお,Aが作成した遺言公正証書(以下「本件遺言書」という。)に
は,Bとの婚姻関係が破綻している旨や,γの家及びその敷地を内縁の
妻である原告に遺贈する旨が記載されている。
(オ)このように,Aと原告との内縁関係は,法律上の婚姻関係と同程度
に安定かつ固定していた。
エ小括
以上のように,AとBの婚姻関係は,別居のはるか以前から破綻してお
り,別居以降は,両人の間に音信,訪問,経済的依存関係はなく,婚姻関
係を修復するための努力が尽くされないばかりか,両人ともに離婚の意思
を有していた。他方,Aと原告との関係は,法律上の婚姻関係と同程度に
安定かつ固定していたのだから,AとBの婚姻関係が実体を失って形骸化
していたことは明らかである。したがって,原告は,厚年法59条1項,
37条1項及び国年法19条1項所定の「配偶者」に該当する。
(被告の主張)
(1)判断枠組み
いわゆる重婚的内縁関係が存在する場合の「配偶者」該当性については,
認定基準に従って判断すべきである。すなわち,原則として届出による婚姻
関係を優先すべきであり,届出による婚姻関係がその実体を全く失ったもの
となっているときに限り,内縁関係にある者を「配偶者」と認定すべきであ
る。ここで,届出による婚姻関係がその実体を全く失ったものとなっている
ときとは,1当事者が離婚の合意に基づいて夫婦としての共同生活を廃止し
ていると認められるが戸籍上離婚の届出をしていないとき,又は2一方の悪
意の遺棄によって夫婦としての共同生活が行われていない場合であって,そ
の状態が長期間(おおむね10年程度以上)継続し,当事者双方の生活関係
がそのまま固定していると認められる場合等をいう。また,共同生活の状態
にないといい得るためには,ア当事者が住居を異にすること,イ当事者間に
経済的な依存関係が反復して存在していないこと,ウ当事者間の意思の疎通
を表す音信又は訪問等の事実が反復して存在しないことの3要件を全て満た
す必要がある。
(2)本件の具体的事情等
アAとBが別居に至った経緯
AとBが別居するに至ったのは,Aが,原告と同居をするために,Bの
了承を得ずにαの家を出たためであった。両人の間に別居の合意があった
わけではない。原告は,AとBが平成2年7月頃から家庭内別居の状態に
あったと主張するが,両人はそれ以降も同居を継続していたのだから,両
人の関係が深刻な破綻状態にあったとは考えられない。
なお,原告は,AとBの別居時期について平成17年2月であると主張
するが,信用できるBの証言によれば,別居時期は同年10月である。原
告は,Aがβのマンションを同年2月に賃借したことを上記主張の根拠と
しているが,AがBとの同居を継続する一方で,交際している原告との時
間を過ごすためにβのマンションを賃借していた可能性も考えられるのだ
から,上記事情は別居時期を判断する根拠とはならない。
イAとBの別居後の関係
(ア)婚姻関係を修復するための努力の有無,別居後の音信・訪問等
Aは,Bと別居後も,平成20年12月αの家に新たな門扉が取り付
けられるまでは,週に1回程度,αの家に帰宅していた。上記門扉が取
り付けられてからは,Aが帰宅することはなくなったが,これはAが上
記門扉の鍵を求めなかったからであって,BがAの帰宅を拒んだからで
はない。現に,平成21年以降も,AがBに電話連絡をするなど,両人
の間の音信は継続していた。
なお,原告は,Bが別居後間もなく,αの家の玄関の鍵を交換するな
どして,Aの帰宅を拒むようになったと主張する。確かに,Bは,別居
後半年から1年の間に,αの家の玄関の鍵を二重鍵に交換しているが,
新しい鍵をAにも渡しているのだから,BがAの帰宅を拒んだ事実は存
在せず,鍵の交換により同人が帰宅できなくなったものでもない。
(イ)離婚の意思
AとBは離婚の合意をしていなかった。BからAに対し,離婚して欲
しい旨申し述べたことはあったものの,Aがこれに応じることはなかっ
た。また,Bも,離婚に向けて具体的な手続をとることはなく,Aが肺
がんにり患していることを知った際は,Eに対し,「家族にAを返して
ほしい」と伝えるなど,Aとの婚姻関係を維持する意向を示していた。
こうした経緯を踏まえれば,A及びBは,離婚の意思を有しておらず,
仮に有していたとしても,その意思は希薄なものであったというべきで
ある。
(ウ)経済的依存の状況
AとBとの間に,継続的な生活費の授受がなかったのは,Bが当時年
金を受給していたことに加え,パートタイムで働いて収入を得ていたか
らである。
もっとも,AからBに対し,経済的な援助は行われていた。すなわち,
Aは,平成19年3月,Bがテレビを購入する際,その代金の一部であ
る10万円を援助している。また,平成21年8月,Aの所有する自動
車の売却代金のうち80万円を「墓地購入や生活費の足しにしてくれ」
といって渡している。さらに,平成22年,Bの実家近くに購入してい
た別荘地の管理費用を支払っている。
このように,AとBの間には,継続的な生活費の授受はなかったもの
の,経済的な援助は行われていた。
(エ)別居期間
前記アのとおり,AとBが別居を開始したのは平成17年10月であり,
両人の別居期間は,Aが死亡した平成23年▲月▲日までの約6年2
か月にとどまるものである。すなわち,両人の別居期間は,両人の同居期
間(約33年間)に比してかなり短く,また,認定基準が定めるおおむね
10年程度以上という期間に満たないものであるから,両人の別居状態が
固定していたということはできない。
ウ小括
以上のように,AとBが別居に至ったのは,両人の間に別居の合意があっ
たからではなく,Aが共同生活を一方的に解消したためであった。別居後も,
離婚に向けた手続が進行することはなく,婚姻関係の実態を基礎付ける訪問
及び音信も継続し,また,継続的な生活費の授受こそなかったものの,Aか
らBに対する経済的援助は行われるなど,夫婦としての共同生活の状態が失
われたということはできない状況にあった。AとBの別居期間は約6年2か
月にすぎないから,両人の別居状態が固定していたということもできない。
そうすると,AとBとの婚姻関係がその実体を全く失ったものとなっている
ということはできないから,原告は,厚年法59条1項,37条1項及び国
年法19条1項所定の「配偶者」に該当しない。
第3当裁判所の判断
1判断枠組み
(1)厚年法は,労働者の遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与するという
同法の目的(同法1条参照)や厚生年金の社会保障的性格に鑑み,同法上の
「配偶者」には,戸籍上の配偶者のみならず,事実婚関係にある者も含まれ
るものとしている(同法3条2項)。このような厚年法の趣旨に照らすと,
戸籍上の配偶者を有する被保険者等が重ねて他の者と内縁関係にあるという,
いわゆる重婚的内縁関係にある場合においては,我が国が婚姻について法律
婚主義を採用していることなどに照らし,原則として,戸籍上の配偶者が「配
偶者」に当たるというべきであるが,被保険者等が戸籍上の配偶者を有する
場合であっても,その婚姻関係が実体を失って形骸化し,かつ,その状態が
固定化して近い将来解消される見込みのないとき,すなわち,事実上の離婚
状態にある場合には,戸籍上の配偶者はもはや「配偶者」に該当せず,重婚
的内縁関係にある者が「配偶者」に当たるというべきである。
また,国年法が被保険者等の死亡によって遺族の生活が損なわれることを
防止することを同法の目的としていることからすれば(同法1条,2条,3
7条以下参照),上記理は,国年法上の「配偶者」の解釈についても妥当する
というべきである。
そして,上記のような厚年法及び国年法の趣旨からすれば,被保険者等と
戸籍上の配偶者との婚姻関係が上記のような事実上の離婚状態にあるか否か
については,別居の経緯,別居期間,婚姻関係を維持ないし修復するための
努力の有無,別居後における経済的依存の状況,別居後における婚姻当事者
間の音信及び訪問の状況,重婚的内縁関係の固定性等を総合的に考慮すべき
である。
(2)なお,認定基準は,重婚的内縁関係にある場合において,届出による
婚姻関係がその実体を全く失ったものとなっているか否かに関し,夫婦とし
ての共同生活の状態にないといい得るためには,前記第2の2(3)ア(イ)
a~cの3要件に該当することを必要不可欠とするが,上記(1)のとおり,
事実上の離婚状態にあるか否かの判断は,婚姻関係が実体を失って形骸化し,
その状態が固定化して近い将来解消される見込みがないかを婚姻当事者の生
活実態に即して,様々な要素を総合的に考慮して判断すべきであることから
すれば,前記第2の2(3)ア(イ)a~cを,重要性を有する考慮要素の一
つとする限りでは合理性が認められるものの,それを超えてこれら3要素を
絶対的要件とすることは妥当でない。そもそも認定通知は行政機関内部にお
いて行政がよるべき一つの解釈を明らかにしたものにすぎず,厚年法上及び
国年法上の「配偶者」に関する裁判所による法の解釈を何ら拘束するもので
はない。
2認定事実
前記前提となる事実,証拠(後掲のほか,甲27,乙17,原告本人,証人
B)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められる。
(1)AとBが別居に至った経緯等
アAとBは,昭和47年▲月▲日,婚姻し,両人の間には,長女C
及び長男Dが出生した。AとBは,C及びDとともに,αの家で同居
をしていた。
イAは,G株式会社(以下「G」という。)に▲として勤務をし,
Bは,H株式会社(以下「H」という。)に勤務をしていた。AとB
は,勤務時間が合わないことから,異なる寝室を使用し,また,食事
も別々にとる生活を送っていた。
ウBは,平成16年4月,Hを退職した。また,Aも,同年10月,
Gを定年退職した。しかし,両人は,退職以降も,寝室を異にし,食
事を別々にとる生活を送り続けていた。
エAは,Gを退職後,老齢厚生年金及び老齢基礎年金を受給するよう
になった。Aは,受給した年金のうち毎月10万円を,Bに対し,生
活費として渡していた。
オAは,平成17年2月,Bの了解を得ることなく,βのマンション
へ転居し,Bと別居を始めた。(甲4,5,24)
(2)AとBの別居後の関係
アAは,βのマンションに転居して以降も,所持していた鍵を用いて
αの家に出入りし,テレビ等の家財道具を持ち出すなどしていた。し
かし,平成17年3月頃,Bがαの家の玄関の鍵を交換し,新しい鍵
をAに渡さなかったことから,Aはαの家に自由に立ち入ることがで
きなくなった。
イAは,別居後,それまでBに渡していた月10万円の生活費を渡さ
なくなった。そのため,Bは,Aに対し,生活費を支払うよう求め,
Aも一旦はこれに応じ,月に3万円を支払う旨約束したが,実際には
1万円を1回支払っただけであった。なお,αの家に係る固定資産税
は,別居以降,Bが支払っていた。(甲8,9)
ウBは,別居後,Aに対し,たびたび離婚をするよう申し入れたが,
Aがこれに応じることはなかった。なお,BがAに対して別居を解消
するよう求めたことはなかった。
エBは,平成19年3月頃,αの家のテレビが故障したため,Aに対
し,同人が別居の際に持ち出したテレビを返却するよう求めた。Aは,
持ち出したテレビを返却する代わりに,新しいテレビの購入代金を半
額負担する旨Bに伝え,同人もこれを了承した。そこで,AとBは,
同月26日,長女であるCとともに家電量販店を訪れ,Aが10万円,
Bが残額の8万3835円を負担して新しいテレビを購入した。なお,
購入代金の支払は,C名義のクレジットカードで行った。(乙18)
オAは,平成19年11月頃,自己名義の自動車(以下「本件自動車」
という。)を売却するため,Bに対し,αの家に置いたままにしてい
た自己の実印(以下「本件実印」という。)を使用させるよう求めた。
これに対し,Bは,本件自動車が元々同人の退職金で購入したものだ
ったことから,Aに対し,本件実印を使わせる代わりに,本件自動車
の売却代金を自己に渡すよう求めた。AとBは,その後話合いを行い,
本件自動車の売却代金のうち100万円をBが受け取ることで合意し,
Aは,αの家を訪れて,Bから本件実印を借り受け,それを用いて本
件自動車を180万円で売却した。しかし,上記約束にもかかわらず,
Aは,100万円は高すぎるなどとして,Bに対して80万円しか渡
さなかった。(乙3,5,6,19)
カ平成19年頃,αの家が窃盗犯人によりガラス窓を割って侵入され
るという空き巣被害に遭った。Bは,Aを犯人と疑い,電話をかけて
同人を問い詰めた。疑われたAは憤慨し,原告の運転する自動車でα
の家に出向き,犯人ではない旨苦情を述べた。
Bは,平成20年12月頃,αの家の防犯を強化するため,鉄製の門
扉(以下「本件門扉」という。)を設置した。なお,Bは,本件門扉の
鍵についても,Aに渡さなかった。(乙20)
キAは,平成21年末頃,γの家を購入するため,Bに対して本件実
印を使わせるよう求めたが,Bはこれに応じなかった。そこで,Aは,
本件実印に係る印鑑登録を廃止し,新たに印鑑登録を行った印鑑を用
いてγの家を購入した。
クAは,αの家の玄関の鍵が交換されて以降も,上記オやカの際に,
αの家を訪ねることがあったが,Bが,別居後,Aの居宅を訪ねるこ
とはなかった。
ケAは,平成23年2月,肺がんの治療のためI病院に入院し,同年
▲月▲日,死亡した。
Aは,入院後,Fの代書にて意向表明書を作成し,親戚や医療関係者
に対し,Bとの面会を希望しない旨を明らかにした。また,Bも,入院
しているAとの面会を強く希望することはなかった。(甲13)。
Bは,Aの通夜及び告別式に出席しようとしたが,喪主を務めたFに
拒絶され,出席することができなかった。(乙3)
⑶Aと原告との内縁関係
ア原告は,▲市内で,▲や▲等の仕事で収入を得て生活
をしていた。
イ原告は,平成13年11月頃,▲に向かう際,知人の居酒屋の店
主に頼まれて泥酔したAをαの家に送り届けたことがきっかけで,同人と
知り合い,以降,次第に同人と親しくなっていった。
ウAと原告は,平成15年頃から,交際するようになった。Aは,この頃
から,原告に対し,定年後は原告と暮らしたい,Bとは必ず離婚する旨述
べるようになった。
エAは,平成17年2月18日,原告と同居するためβのマンションを
賃借し,その頃同所に転居した。(甲4,5,24)
一方,原告も,同年4月頃までに,▲以外の仕事を退職し,同
年5月頃,βのマンションへ転居し,Aと同居するようになった。
オAは,同年12月15日,γの家を賃借し,平成18年1月頃,原告と
ともにγの家に転居をした。(甲6,乙13の1)
γの家の賃料は原告が支払っていたが,同居に要するその他の費用は専
らAが自己の年金から支出していた。
Aと原告は,γの家の近隣住民からは夫婦だと認識されていた。また,
両人の関係は,Aの兄弟等の親族からも好意的に受け止められていた。(乙
3)
カAは,平成21年12月頃,自己の預貯金を原資として,γの家及びそ
の敷地を購入した。γの家購入後,水道費等家計の一部は原告が負担して
いたが,同居に要するその他の費用は専らAが自己の年金から支出してい
た。(甲7の1・2)
キAは,平成23年2月,肺がんの治療のためI病院に入院した。入
院中のAの世話は,全て原告が行った。
クAは,同年7月,I病院内において,本件遺言書を作成した。本件
遺言書には,原告が「内縁の妻」,Bが「婚姻上の妻」である旨が記
載され,更に「平成17年2月6日より,私とJは▲市δで同居し,
その当時既に婚姻上の妻と私との関係は破綻しており,現在に至るま
で生計維持関係は全く無い。」との付言事項が記載された。(甲2)
ケAは,平成23年9月に一度退院したものの,同年10月19日に
I病院に再入院した。死期が近いことを悟ったAは,同年▲月▲
日,同病院のホスピス内で,原告と結婚式を挙げた。(甲10~12)。
コAは,同年▲月▲日,死亡した。同人の通夜及び告別式は,そ
れぞれ同月▲日と翌▲日,Aの兄であるFが喪主を務めて執り行
われた。原告は,Aの通夜及び告別式に親族として参列するとともに,
これらに要した費用を全て負担した。(甲14,15の1・2,16,
乙3)
サ原告は,Aが死亡した後も,本件遺言書によって遺贈されたγの家
に居住しており,また,Aの兄弟等の親族との交際も継続している。
(甲25,26)
3事実認定の補足説明
⑴AとBの別居時期について
被告は,Aがβのマンションに転居してBと別居した時期について,
平成17年10月であると主張し,Bもこれに沿う証言をする。しかし
ながら,Aが同年2月にβのマンション及び付属の駐車場を賃借してい
ること(甲4,5,24)からすれば,同人がβのマンションに転居し
た時期,すなわち同人とBの別居時期は,同月であると考えるのが合理
的であって,これに反するBの証言は信用することができないというべ
きである。
なお,被告は,AがBとの同居を継続する一方で,交際相手である原
告との時間を過ごすためにβのマンションを賃借したことも十分考えら
れるから,βのマンションを賃借した時期と,Aが同マンションに転居
した時期がずれていても何ら不自然ではないと主張する。しかしながら,
被告の主張を裏付ける証拠は存在せず,また,賃貸借契約書(甲5)の
入居者名欄にAに加えて原告の氏名が記載されていること,Aは平成1
6年に退職しBと寝食を共にすることに支障がなくなったにもかかわら
ず,寝室を異にし,食事を別々にとる生活を続け,原告に対して同人と
共に暮らしたいと述べていたのであって,そのような中,マンションを
賃借したことからすれば,Aは当初からBと別居し原告と同居をする目
的でβのマンションを賃借したとみるのが合理的であるし,仮に,Aが
Bとの同居を継続するつもりでβのマンションを賃借したのであれば,
その後にBとの同居を解消するきっかけとなる出来事があってしかるべ
きであるが,かかる事情も認められない。したがって,被告の主張を採
用することはできない。
以上によれば,AとBの別居時期は,上記のとおり平成17年2月で
あると認定することが相当である。
⑵Aがαの家に出入りできなくなった時期について
被告は,Aがαの家に自由に出入りできなくなったのは,本件門扉が
設置された平成20年12月頃以降であるなどと主張し,Bもこれに沿
う証言をする。
しかしながら,Aが,平成19年11月頃,本件自動車を売却する際,
Bに無断で本件実印を使用せず,Bに求めて本件実印を使用しているこ
と(前記認定事実(2)オ)からすると,Aが平成20年12月に先立
つ平成19年11月頃の時点で,既にαの家に自由に立ち入れなかった
可能性が高いと考えられる。また,同年にαの家が窃盗犯人にガラス窓
を割って侵入されるという空き巣被害に遭った際,Bは,Aを犯人と疑
ったのであり(前記認定事実(2)カ),当時,Aが自由にαの家に出
入りすることができる状況にあったのであれば,Bが上記のような疑い
を抱くことは考え難い。これらの事情は,Bの上記証言とは整合しない。
加えて,Bは,Aは,平成20年12月頃に本件門扉が設置されてα
の家に自由に出入りできなくなるまで,1週間から10日に1度程度B
に無断でαの家に立ち入り,Bと会うと必ず喧嘩をして帰っていき,B
が不在の場合には,家財道具等を無断で持ち帰るという身勝手な行動を
3年以上も繰り返していた旨証言し,Bの同証言によれば,Bは,Aの
上記行動を事実上黙認していたことになるが,かかる態度は,Aとの離
婚を希望する者のそれとしては多分に不自然である。この点について,
Bは,Aと話し合いをして,離婚手続を早く進めればよいと考え,Aを
αの家に出入りさせていたと説明するが,Bが離婚に関する具体的な手
続を一切行っていないこと等の事情に照らせば,にわかには信用し難い。
そうすると,Aがαの家に出入りできなくなった時期に係るBの証言
は,証拠から認定できる事実と齟齬するものであるし,その内容自体も
不自然であるから,容易に信用することができないというべきであり,
他に被告の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
他方,原告は,Aがαの家に自由に出入りできなくなった時期につい
て,平成17年3月頃であると供述する。すなわち,Bは別居開始後間
もなく玄関の鍵を交換し,新しい鍵をAに渡さなかったことになるが,
AがBの了承を得ずに別居し,しかもαの家からテレビ等の家財道具の
持ち出しを繰り返していたこと等の事実に照らせば,Bが,Aにおいて
自由にαの家に立ち入ることができないよう,別居開始後間もなくして
玄関の鍵を交換することも自然かつ合理的なものとみることができる。
そうすると,Aがαの家に出入りできなくなった時期に係る原告の供述
は,証拠から認定できる事実に整合し,その内容も自然かつ合理的なも
のであるから,信用することができるというべきであり,同供述によれ
ば,Aがαの家に出入りできなくなった時期は,上記のとおり平成17
年3月頃であると認定することが相当である。
4検討
以上の事実を前提に,AとBの婚姻関係が事実上の離婚状態にあったか否か
を検討する。
(1)別居の経緯及び別居期間
AとBは,αの家で同居している頃から,異なる寝室を使用し,食事を別々
にとるなどしており(前記認定事実(1)イ,ウ),夫婦関係は別居前から
芳しくなかったものと認められる。両人は,平成17年2月,AがBの了承
を得ずにβのマンションに転居したことにより別居生活に至り(前記認定事
実(1)オ),Aが死亡する平成23年▲月▲日までの約6年10か月
の間,別居が解消されることは一度もなかった。かかる別居期間は,両人の
同居期間が約33年間に及ぶことを考慮しても,比較的長期間であると評価
するのが相当である。
(2)婚姻関係の維持ないし修復するための努力の有無
アAは,βのマンションへ転居した後,原告との同居生活を開始し,さら
に,原告と共にγの家に転居し,最終的にはγの家を購入するなど,別居
生活の拠点を着々と築いている(前記認定事実(3)エ~カ)。そして,
肺がんの治療のため入院した後は,Bとの面会を希望しない意向を書面で
明らかにし,さらに,本件遺言書にBとの婚姻関係が破綻していることを
明記するなど,Bとの婚姻関係を修復する意思を有していない意向を鮮明
にしている(前記認定事実(2)ケ,(3)ク)。他方,Aが,別居期間
中,Bとの婚姻関係の修復に向けて何らかの努力を講じた様子は認められ
ない。以上の事情からすれば,Aは,別居後,一貫してBとの婚姻関係を
維持ないし修復する意思を有していなかったというべきである。
なお,Aは,Bからの度重なる離婚の申入れには応じていないが(前記
認定事実(2)ウ),これは,AがBとの離婚がC及びDの将来の婚姻に
悪影響を及ぼすことを懸念し(乙3,原告本人,証人B),形式的に戸籍
上の記載のみを維持しようとしたためであると考えられるから,上記認定
を左右するものではない。
イBは,別居後,Aに別居の解消を求めたことはなく,αの家の玄関の鍵
を交換してAの立ち入りを拒んだ上,同人に度々離婚を申し入れ,Aが肺
がんの治療のため入院した後も,同人との面会を強く希望することはなか
った(前記認定事実(2)ア,ウ,ケ)。以上の事情からすれば,Bにつ
いても,別居後,一貫してAとの婚姻関係を維持ないし修復する意思を有
していなかったというべきである。
この点,被告は,Bについて,Aの肺がんり患を知った後,Eに対して
「家族にAを返してほしい」と伝えるなど,婚姻関係を維持する意向を示
していた事情が認められる旨主張し,Bも当該主張に沿う証言をする。し
かしながら,上記のとおり,Bが別居後Aに対して度々離婚を申し入れ,
Aの入院後も同人との面会を強く希望することがないなど,Aとの婚姻関
係の維持に消極的な姿勢を示していたことに照らすと,上記証言は直ちに
信用することができず,他に被告の主張を認めるに足りる証拠はない。
(3)別居後の経済的依存の状況
Aは,別居前までは,Bに生活費として月10万円を渡していたが,別居
後は生活費として1万円を1回支払っただけであった(前記認定事実⑵イ)。
他方,BがAに生活費を支払った事情は認められない。
この点,Aは,平成19年3月頃,テレビの購入代金として10万円をB
に渡しており,また,同年11月頃には,自己名義の自動車の売却代金のう
ち80万円を同人に渡している(前記認定事実(2)エ,オ)。もっとも,
これらの金銭はAが積極的に支出したものではなく,テレビ購入代金につい
ては,Aがαの家から持ち出したテレビを返還するよう求められたことから,
やむを得ず支出したものと認められ,また,自動車の売却代金については,
自動車を売却する上でαの家に置いたままであった本件実印の使用をBに求
める必要があったこと,また,当該自動車がBの退職金で購入されたもので
あり,その売却代金を全額取得することに負い目があったことから,こちら
もやむを得ず支出したものと認められる。そうすると,上記各金銭の交付は,
婚姻中に形成された財産関係の清算としての性質を有するものとみるのが相
当であって,婚姻関係を背景とした経済的な援助とみることはできない。
なお,被告は,Aが平成22年,Bの実家近くに購入していた別荘地の管
理費用を支払っている旨主張しているが,かかる事実を認めるに足りる証拠
はないし,仮にかかる事実が認められたとしても,管理費用が支払われた経
緯等は明らかではなく,これをもって婚姻関係を背景とした経済的な援助が
あったものと直ちに認めることはできない。
以上によれば,AとBとの間に,別居後の経済的依存の状況は存在しなか
ったというべきである。
(4)音信及び訪問の状況
AとBとの間には,Aがαの家に出入りできなくなった平成17年3月頃
以降も,①テレビを購入するため両人が連れ立って家電量販店に出向いたり,
②実印を利用するためAがαの家を訪れたり,③空き巣と疑われたAが弁明
のためαの家に出向いたりするなど,一定の訪問が存したと認められる(前
記認定事実(2)エ,オ,カ)。しかしながら,上記1,2については,上
記(3)で判示したとおり,婚姻中に形成された財産関係を清算するための
訪問であり,上記3については,両人の不和により生じた訪問にすぎなかっ
た。また,上記各訪問はいずれも平成19年頃の出来事であり,平成20年
以降に,AとBとの間に積極的な訪問が存したことをうかがわせる証拠はな
い。そして,Aが肺がんの治療のため入院した後は,AがBとの面会を希望
しない意向を明確にしたこともあり,両者の間には一切訪問が存しなかった
(前記認定事実(2)ケ)。なお,Bは,Aが平成20年12月頃まで1週
間から10日に1度程度αの家に立ち寄っていた旨証言するが,当該証
言が信用できないことは,上記3(2)で判示したとおりである。
その他に,固定資産税に関する書類に「切れるTEL応対なし」との
記載があり(甲9),この記載はAのものと推察され,その記載内容等に照
らすと,AはBに対し,αの家に係る固定資産税の支払を求めるため,その
都度電話等をしていたことが窺われるが,かかる音信も,婚姻中に形成され
た財産関係を清算するためのものにすぎない。しかも,上の記載からは,平
成22年末の時点において,BがAからの電話に出ようとしない態度を示し
ていたことが窺われ,また,AがI病院入院中に作成したと思しきメモ書き
にも「TEL出ず」との記載があり(甲8,原告),このような記載からも,
Bが同様の態度を示していたことが窺われる。
そうすると,AとBとの間の別居後の音信及び訪問は,一定程度認められ
るものの,財産関係の清算を目的とするものがほとんどであり,平成20年
以降は相当程度希薄化が進行し,Aの死亡当時はほぼ断絶状態にあったとい
うべきである。
(5)重婚的内縁関係の固定性
Aと原告は,平成15年頃から交際を開始し,平成17年5月頃からAが
死亡する平成23年▲月▲日まで約6年7か月の間,Aの入院中を除き,
同居を継続していた(前記認定事実(3)ウ~カ)。また,両人は,当初は
賃貸物件に,その後はAが同居のために購入した物件に居住し,Aの年金を
主な生活の糧として,相連れ添って生活をしていた(前記認定事実(3)エ
~カ)。
両人は,γの家の近隣住民からは夫婦と認識されていた(前記認定事実⑶
オ)。また,その関係はAの兄弟等からも好意的に受け止められており(前
記認定事実(3)オ),最終的にはAの兄弟等からも夫婦として遇されるに
至ったものと認められる。
そして,Aが肺がん治療のため入院した後は,原告がAの看病を行い,入
院中に結婚式を挙げ,Aの死後は,原告が親族として同人の通夜及び告別式
に参列するとともに,これらに要した費用を全て支出している。他方,Aも,
本件遺言書において原告を「内縁の妻」と表現し,同人との生活の本拠であ
ったγの家を同人に遺贈している(前記認定事実⑶キ~サ)。
以上のように,Aと原告は,約6年7か月という比較的長期にわたり,新
たな生活の拠点を築き,生計を同じくして同居を継続していたのであって,
近隣住民のみならず,Aの兄弟等からも夫婦として認められていたのだから,
両人は,事実上夫婦としての共同生活を送っていたと認めるのが相当であり,
かつ,その関係は,相当程度安定かつ固定していたというべきである。
(6)小括
以上検討したとおり,AとBとの夫婦関係は,別居前から芳しくなく,A
が一方的にαの家を出て別居を開始して以降,同人が死亡するまで別居は一
度も解消されず,その期間は最終的に約6年10か月という比較的長期間に
及んでおり(上記(1)),その間,両人は,婚姻関係の維持ないし修復す
るための努力を一切行なわず,Bに至っては別居当初から離婚を望んでいた
(上記(2))。また,AとBとの間に,別居後,経済的依存関係は認めら
れず(上記(3)),音信及び訪問は一定程度存在したものの,財産関係の
清算を目的とするものがほとんどであり,Aの死亡当時にはほぼ断絶状態に
あった(上記(4))。他方,Aと原告は,AがBと別居した直後から約6
年7か月にわたって,事実上夫婦としての共同生活を送っており,また,そ
の関係も相当程度安定かつ固定していたと認められる(上記(5))。これ
らの事情を総合すれば,Aが死亡した時点で,AとBとの婚姻関係は,実体
を失って形骸化し,その状態が固定して近い将来解消される見込みのない事
実上の離婚状態にあったと認めるのが相当である。
5以上のとおり,AとBとの間の婚姻関係は事実上の離婚状態にあったもので
あり,他方,前記4(5)で判示したとおり,Aと原告との間の内縁関係は,
Aの死亡当時,相当程度安定かつ固定化していたのであるから,原告は,厚年
法3条2項及び国年法5条8項所定の「婚姻の届出をしていないが,事実上婚
姻関係と同様の事情にある者」,すなわち厚年法59条1項,37条1項及び
国年法19条1項所定の「配偶者」に当たると認めるのが相当である。そして,
Aの死亡の当時,原告とAが同居をしていたこと,また,本件裁定請求時,原
告の年収が850万円未満であったこと(乙1)からすれば,原告は,Aと「生
計を同じくしていたもの」(厚年法37条1項,国年法19条1項)に当たり,
また,Aよって「生計を維持したもの」(厚年法59条1項)に当たると認め
られる。そうすると,原告は,遺族厚生年金及び本件未支給年金の受給権を有
するものと認められるから,本件裁定請求を棄却した本件遺族年金不支給決定
及び本件支給請求を棄却した本件未支給年金不支給決定は,いずれも違法であ
る。
6結論
よって,原告の各請求はいずれも理由があるから,これらを認容することと
し,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官西田隆裕
裁判官角谷昌毅
裁判官松原平学

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