弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中公訴事実第一の(一)の被告人Aが昭和三四年三月二九日B労
働会館において公職の候補者となろうとするCを威迫したという点について検察官
の控訴を棄却した部分を除き、その余を破棄する。
     右破棄部分に関する本件を札幌高等裁判所に差し戻す。
     前記公訴事実第一の(一)の点に関する本件上告を棄却する。
         理    由
 検察官井本台吉の上告趣意第一点について。
 所論は、原判決は憲法二八条、一五条一項の解釈を誤り、労働組合の統制権の範
囲を不当に拡張し、かつ、立候補の自由を不当に軽視し、よつて労働組合が右自由
を制限し得るものとした違法がある、というにある。
 (1) おもうに、労働者の労働条件を適正に維持し、かつ、これを改善するこ
とは、憲法二五条の精神に則り労働者に人間に値いする生存を保障し、さらに進ん
で、一層健康で文化的な生活への途を開くだけでなく、ひいては、その労働意欲を
高め、国の産業の興隆発展に寄与するゆえんでもある。然るに、労働者がその労働
条件を適正に維持し改善しようとしても、個々にその使用者たる企業者に対立して
いたのでは、一般に企業者の有する経済的実力に圧倒され、対等の立場においてそ
の利益を主張し、これを貫徹することは困難である。そこで、労働者は、多数団結
して労働組合等を結成し、その団結の力を利用して必要かつ妥当な団体行動をする
ことによつて、適正な労働条件の維持改善を図つていく必要がある。憲法二八条は、
この趣旨において、企業者対労働者、すなわち、使用者対被使用者という関係に立
つ者の間において、経済上の弱者である労働者のために、団結権、団体交渉権およ
び団体行動権(いわゆる労働基本権)を保障したものであり、如上の趣旨は、当裁
判所のつとに判例とするところである(最判昭和二二年(れ)第三一九号、同二四
年五月一八日大法廷判決、刑集三巻六号七七二頁)。そして、労働組合法は、憲法
二八条の定める労働基本権の保障を具体化したもので、その目的とするところは、
「労働者が使用者との交渉において対等の立場に立つことを促進することにより労
働者の地位を向上させること、労働者がその労働条件について交渉するために自ら
代表者を選出することその他の団体行動を行うために自主的に労働組合を組織し、
団結することを擁護すること並びに使用者と労働者との関係を規制する労働協約を
締結するための団体交渉をすること及びその手続を助成すること」にある(労働組
合法一条一項)。
 右に述べたように、労働基本権を保障する憲法二八条も、さらに、これを具体化
した労働組合法も、直接には、労働者対使用者の関係を規制することを目的とした
ものであり、労働者の使用者に対する労働基本権を保障するものにほかならない。
ただ、労働者が憲法二八条の保障する団結権に基づき労働組合を結成した場合にお
いて、その労働組合が正当な団体行動を行なうにあたり、労働組合の統一と一体化
を図り、その団結力の強化を期するためには、その組合員たる個々の労働者の行動
についても、組合として、合理的な範囲において、これに規制を加えることが許さ
れなければならない(以下、これを組合の統制権とよぶ。)。およそ、組織的団体
においては、一般に、その構成員に対し、その目的に即して合理的な範囲内での統
制権を有するのが通例であるが、憲法上、団結権を保障されている労働組合におい
ては、その組合員に対する組合の統制権は、一般の組織的団体のそれと異なり、労
働組合の団結権を確保するために必要であり、かつ、合理的な範囲内においては、
労働者の団結権保障の一環として、憲法二八条の精神に由来するものということが
できる。この意味において、憲法二八条による労働者の団結権保障の効果として、
労働組合は、その目的を達成するために必要であり、かつ、合理的な範囲内におい
て、その組合員に対する統制権を有するものと解すべきである。
 (2) ところで、労働組合は、元来、「労働者が主体となつて自主的に労働条
件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体
又はその連合団体」である(労働組合法二条)。そして、このような労働組合の結
成を憲法および労働組合法で保障しているのは、社会的・経済的弱者である個々の
労働者をして、その強者である使用者との交渉において、対等の立場に立たせるこ
とにより、労働者の地位を向上させることを目的とするものであることは、さきに
説示したとおりである。しかし、現実の政治・経済・社会機構のもとにおいて、労
働者がその経済的地位の向上を図るにあたつては、単に対使用者との交渉において
のみこれを求めても、十分にはその目的を達成することができず、労働組合が右の
目的をより十分に達成するための手段として、その目的達成に必要な政治活動や社
会活動を行なうことを妨げられるものではない。
 この見地からいつて、本件のような地方議会議員の選挙にあたり、労働組合が、
その組合員の居住地域の生活環境の改善その他生活向上を図るうえに役立たしめる
ため、その利益代表を議会に送り込むための選挙活動をすること、そして、その一
方策として、いわゆる統一候補を決定し、組合を挙げてその選挙運動を推進するこ
とは、組合の活動として許されないわけではなく、また、統一候補以外の組合員で
あえて立候補しようとするものに対し、組合の所期の目的を達成するため、立候補
を思いとどまるよう勧告または説得することも、それが単に勧告または説得にとど
まるかぎり、組合の組合員に対する妥当な範囲の統制権の行使にほかならず、別段、
法の禁ずるところとはいえない。しかし、このことから直ちに、組合の勧告または
説得に応じないで個人的に立候補した組合員に対して、組合の統制をみだしたもの
として、何らかの処分をすることができるかどうかは別個の問題である。この問題
に応えるためには、まず、立候補の自由の意義を考え、さらに、労働組合の組合員
に対する統制権と立候補の自由との関係を検討する必要がある。
 (3) 憲法一五条一項は、「公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国
民固有の権利である。」と規定し、選挙権が基本的人権の一つであることを明らか
にしているが、被選挙権または立候補の自由については、特に明記するところはな
い。
 ところで、選挙は、本来、自由かつ公正に行なわれるべきものであり、このこと
は、民主主義の基盤をなす選挙制度の目的を達成するための基本的要請である。こ
の見地から、選挙人は、自由に表明する意思によつてその代表者を選ぶことにより、
自ら国家(または地方公共団体等)の意思の形成に参与するのであり、誰を選ぶか
も、元来、選挙人の自由であるべきであるが、多数の選挙人の存する選挙において
は、これを各選挙人の完全な自由に放任したのでは選挙の目的を達成することが困
難であるため、公職選挙法は、自ら代表者になろうとする者が自由な意思で立候補
し、選挙人は立候補者の中から自己の希望する代表者を選ぶという立候補制度を採
用しているわけである。したがつて、もし、被選挙権を有し、選挙に立候補しよう
とする者がその立候補について不当に制約を受けるようなことがあれば、そのこと
は、ひいては、選挙人の自由な意思の表明を阻害することとなり、自由かつ公正な
選挙の本旨に反することとならざるを得ない。この意味において、立候補の自由は、
選挙権の自由な行使と表裏の関係にあり、自由かつ公正な選挙を維持するうえで、
きわめて重要である。このような見地からいえば、憲法一五条一項には、被選挙権
者、特にその立候補の自由について、直接には規定していないが、これもまた、同
条同項の保障する重要な基本的人権の一つと解すべきである。さればこそ、公職選
挙法に、選挙人に対すると同様、公職の候補者または候補者となろうとする者に対
する選挙に関する自由を妨害する行為を処罰することにしているのである(同法二
二五条一号三号参照)。
 (4) さきに説示したように、労働組合は、その目的を達成するために必要な
政治活動等を行なうことを妨げられるわけではない。したがつて、本件の地方議会
議員の選挙にあたり、いわゆる統一候補を決定し、組合を挙げて選挙運動を推進す
ることとし、統一候補以外の組合員で立候補しようとする組合員に対し、立候補を
思いとどまるように勧告または説得することも、その限度においては、組合の政治
活動の一環として、許されるところと考えてよい。また、他面において、労働組合
が、その団結を維持し、その目的を達成するために、組合員に対し、統制権を有す
ることも、前叙のとおりである。しかし、労働組合が行使し得べき組合員に対する
統制権には、当然、一定の限界が存するものといわなければならない。殊に、公職
選挙における立候補の自由は、憲法一五条一項の趣旨に照らし、基本的人権の一つ
として、憲法の保障する重要な権利であるから、これに対する制約は、特に慎重で
なければならず、組合の団結を維持するための統制権の行使に基づく制約であつて
も、その必要性と立候補の自由の重要性とを比較衡量して、その許否を決すべきで
あり、その際、政治活動に対する組合の統制権のもつ前叙のごとき性格と立候補の
自由の重要性とを十分考慮する必要がある。
 原判決の確定するところによると、本件労働組合員たるCが組合の統一候補の選
にもれたことから、独自に立候補する旨の意思を表示したため、被告人ら組合幹部
は、Cに対し、組合の方針に従つて右選挙の立候補を断念するよう再三説得したが、
Cは容易にこれに応ぜず、あえて独自の立場で立候補することを明らかにしたので、
ついに説得することを諦め、組合の決定に基づいて本件措置に出でたというのであ
る。このような場合には、統一候補以外の組合員で立候補しようとする者に対し、
組合が所期の目的を達成するために、立候補を思いとどまるよう、勧告または説得
をすることは、組合としても、当然なし得るところである。しかし、当該組合員に
対し、勧告または説得の域を超え、立候補を取りやめることを要求し、これに従わ
ないことを理由に当該組合員を統制違反者として処分するがごときは、組合の統制
権の限界を超えるものとして、違法といわなければならない。然るに、原判決は、
「労働組合は、その組織による団結の力を通して、組合員たる労働者の経済的地位
の向上を図ることを目的とするものであり、この組合の団結力にこそ実に組合の生
存がかかつているのであつて、団結の維持には統制を絶対に必要とすることを考え
ると、労働組合が右目的達成のための必要性から統一候補を立てるような方法によ
つて政治活動を行うような場合、その方針に反し、組合の団結力を阻害しまたは反
組合的な態度をもつて立候補しようとし、また立候補した組合員があるときにおい
て、かかる組合員の態度、行動の如何を問わず、組合の統制権が何等およばないと
することは労働組合の本質に照し、必ずしも正当な見解ともいい難い」として、本
件統制権の発動は、不当なものとは認めがたく、本件行為はすべて違法性を欠くと
判示している。
 右判示の中には、労働組合がその行なう政治活動について、右のような強力な統
制権を有することの根拠は明示していないが、「労働組合の本質に照し」て、右結
論を引き出しているところからみれば、憲法二八条に基づいて、労働組合の団結権
およびその帰結としての統制権を導き出し、しかも、これを労働組合が行なう政治
活動についても当然に行使し得るものとの見地に立つているものと解される。そう
とすれば、右の解釈判断は、さきに説示したとおり、憲法の解釈を誤り、統制権を
不当に拡張解釈したものとの非難を避けがたく、論旨は、結局、理由があるに帰し、
原判決は、この点において、破棄を免れない。
 同第二点について。
 論旨は判例違反をいう。しかし、引用の判例のうち、昭和二七年三月七日札幌高
等裁判所の判決は、本件と類似した事件に関するものであるが、所論の点に関し、
何ら判断を示しておらず、その余の各判例は、すべて事案を異にし、本件に適切で
ないから、論旨はいずれも前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。
 同第三点について。
 論旨は、原判決は、刑法における違法性阻却事由に関する解釈を誤つた法令の違
反があるという。しかし、所論は、単なる法令違反の主張に帰し、上告適法の理由
にあたらない。
 なお、原判決中本件公訴事実第一の(一)の被告人Aが昭和三四年三月二九日頃
B労働会館において公職の候補者となろうとするCを威迫したという点について検
察官の控訴を棄却した部分に関する上告は、上告趣旨中に何らの主張がなく、した
がつて、その理由がないことに帰するから、これを棄却することとし、原判決のそ
の余の部分を破棄し、さらに審理を尽くさせるため、右破棄部分に関する本件を原
裁判所に差し戻すこととする。
 よつて、公訴事実第一の(一)の点に関する部分につき、刑訴法四一四条、三九
六条、その余の点につき、同法四一〇条一項本文、四〇五条、四一三条本文により、
裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官 平出禾公判出席
  昭和四三年一二月四日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    松   本   正   雄
            裁判官    飯   村   義   美
 裁判官奥野健一は、退官のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官    横   田   正   俊

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