弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原審並びに第一審判決を破棄する。
     本件を水戸家庭裁判所下妻支部に移送する。
         理    由
 職権をもつて本訴の管轄について審査する。
 労基法三二条一項は、使用者は労働者に休憩時間を除き一日について八時間、一
週間について四八時間を超えて労働させてはならないと規定する。これは労働者に
対する原則規準であるが、年少者に対しては同法六〇条の特別規定を設け、同三項
において、満十五才以上満十八才に満たない者については右三二条一項の規定にか
かわらず、一週間の労働時間が四八時間を超えないかぎり、一週間のうち一日の労
働時間を四時間以内に短縮する場合においては他の日の労働時間を十時間まで延長
することができると規定している。すなわち、この種の年少者に対しては同法六〇
条三項をもつて労働時間の基準規定となす趣意であることはあきらかである。
 そして、少年法三七条は、右六〇条三項の罪に関する成人の事件については、公
訴は家庭裁判所にこれを提起しなければならないと規定する。
 本件は、労基法六〇条三項に違反する罪に関する成人事件であることは記録上あ
きらかであるから、検察官は少年法三七条に従つて本件を家庭裁判所に公訴を提起
すべきにかかわらず、これを下妻簡易裁判所に起訴したことは管轄を誤つた違法あ
るものというべく、これを看過した本件第一審判決ならびに原判決はいずれも管轄
違の違法あるものといわざるを得ない。そして、この種労基法六〇条三項に掲げる
成人の事件については、家庭裁判所が専属管轄権を有するものであることは当裁判
所の判例とするところである。(昭和三〇年(さ)第三号昭和三二年二月五日第三
小法廷判決、昭和三二年(さ)第三号同年八月二三日第二小法廷判決)
 よつて、上告人の弁護人らの上告趣意について判断するまでもなく、刑訴四一一
条、四一二条により裁判官池田克、同奥野健一の反対意見があるほか全裁判官一致
の意見をもつて主文のとおり判決する。
 裁判官奥野健一の反対意見は次のとおりである。
 労働基準法六〇条三項違反の罪は、使用者が満一五才以上で満一八才に満たない
労働者に対し、特定労働日の労働時間を四時間以内に短縮して他の日の労働時間を
延長する場合に、その所定時間外の労働をさせたときだけに成立する罪であつて、
右の如き運営によらないで、初めから同法三二条一項の原則規定に違反して時間外
の労働をさせた場合には、同法三二条一項違反の罪が成立するものと解すべきこと
は明文上明らかである。
 すなわち、同法三二条一項は、成年労働者のみならず年少労働者双方に適用する
原則規定であつて、同法六〇条三項は同項所定の年少労働者について前述の如き特
別の運営による場合に限り、前記原則規定の例外として労働時間の延長が許される
ことを規定したものであつて、同条三項の「第三十二条第一項の規定にかかわらず」
という立言は、右の趣旨に解すべきであり、右三二条一項の原則規定が右立言によ
り、年少労働者に関する限り、全面的に排斥され、年少労働者の時間外労働につい
ては、総て右六〇条三項にとり入れられたものと解することは明文上無理な解釈で
あつてこれを是認することを得ない。
 或は言わん、特定日の労働時間を四時間以内に短縮するという配慮も全然せずに、
連続して時間外労働させたという極めて情の悪い事案が、家庭裁判所の権限から除
外され、より情の軽い事案のみが家庭裁判所の管轄とされることになり、少年の福
祉を害する成人の事件を特に家庭裁判所の権限に属せしめている法の趣旨から理解
ができないと。この議論は、立法論としては傾聴に値するとはいえ、現行法の解釈
としては採るを得ないところである。若しかかる拡張解釈が許されるとすると年少
者に対して労働基準法三四条の休憩に関する規定や、同法三五条の休日に関する規
定に違反する罪が行われた場合にも同じく、年少者の福祉保護のため、その事案は
家庭裁判所の権限に属すると解しなければならないことにならう。
 しかし、少年法三六条一項は労働基準法その他の法律中年少者の福祉保護のため
法律が特別の禁止規定を置いたもののみを掲げ、成人たると年少者たるとを問わず
等しく適用される保護規定はこれを除外しているのである。従つて、少年法三七条
に掲げていない成人の事件まで少年の福祉の保護のためだからといつて、家庭裁判
所の権限に属せしめようと解することは、解釈の限界を超えたものと言わねばなら
ない。そして労働基準法三二条一項違反の罪が家庭裁判所の管轄に属しないことは、
裁判所法三一条の三第一項第三号、少年法三七条一項三号の規定により疑の存しな
いところであるから、本件公訴の提起は適法であり、これを是認した原判決には所
論の違法はない。
 裁判官池田克の反対意見は、次のとおりである。
 労働基準法六〇条三項違反の罪は、使用者が同条項所定の運営をした場合に、そ
の所定時間外の労働をさせたときだけに成立し、同条項所定の運営によらないで時
間外の労働をさせた場合には、同法三二条一項違反の罪が成立するものと解すべき
こと、原判示のとおりであり、その理由については、左記の点を附加するのほか、
奥野裁判官の反対意見をすべて援用する。
 労働基準法三二条一項は、いわゆる八時間労働制の原則を定立したものであるが、
この原則に対しては、もとより多くの特例が認められている(三二条二項、三三条、
三六条、四〇条、四一条、六〇条等)。しかし、これらの特例は、それぞれ特別の
事由に基づき一定の条件のもとに認められているのであつて、なるほど特例中には、
八時間労働の原則そのものが変更される場合(四〇条、労働基準法施行規則二六条、
二九条、二七条)及び全く労働時間の制限がない場合(四一条)もあるけれども、
その他の特例は、どこまでも石原則に基準をおいていることが看過されてはならな
い。そして三二条二項は、成人労働者について使用者が同条項所定の運営をなす場
合の特例を認めたものであり、六〇条三項は、年少労働者について右特例とは異な
る特例による運営を認めたものであり、右六〇条三項をもつて年少労働者の労働時
間の基準規定とする法意と解すべきではない。このことは、六〇条一項が三二条二
項の適用を排除しながら三二条一項の適用を排除していないことからも明らかであ
る。
 公判出席検察官検事 井本台吉
  昭和三七年九月一四日
     最高裁判所第二小法廷
            裁判官    池   田       克
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    山   田   作 之 助
 裁判長裁判官藤田八郎は退官につき署名押印することができない。
            裁判官    池   田       克

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