弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成16年(行ケ)第259号 特許取消決定取消請求事件
平成17年3月3日判決言渡,平成17年2月10日口頭弁論終結
     判    決
 原      告 大日本製薬株式会社
 訴訟代理人弁理士 吉岡拓之
 被      告 特許庁長官 小川洋
 指定代理人    舩岡嘉彦,松井佳章,一色由美子,大橋信彦,井出英一郎
     主    文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 「特許庁が平成10年異議第73229号事件について平成16年3月18日に
した決定を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,特許異議の申立てを受けた特許
庁により本件特許を取り消す旨の決定がされたため,同決定の取消しを求めた事案
である。
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 本件特許
 特許権者:大日本製薬株式会社(原告)
 発明の名称:「防汚塗料組成物」
 特許出願日:平成4年7月8日(特願平4-206020号)
 設定登録日:平成9年9月19日
 特許番号:第2696188号
 (2) 本件手続
 特許異議事件番号:平成10年異議第73229号
 訂正請求日:平成12年9月18日(本件訂正)
 第1次決定:平成14年5月24日
 決定の結論:「特許第2696188号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」
 第1次決定取消訴訟判決:平成15年9月24日(東京高裁平成14年(行ケ)第
342号)
 判決の結論:「特許庁が平成10年異議第73229号事件について平成14年
5月24日にした決定を取り消す。」(第1次決定の相違点の看過を理由とす
る。)
 本件決定(第2次決定):平成16年3月18日(以下において「決定」という
ときは,この決定を指す。)
 決定の結論:「特許第2696188号の請求項1ないし2に係る特許を取り消す。」
 決定謄本送達日:平成16年5月11日(原告に対し)
 2 本件発明の要旨
 (1) 設定登録時の特許請求の範囲の記載(甲2。以下,請求項番号に対応して,
それぞれの発明を「本件発明1」などという。)
【請求項1】 亜酸化銅と化1
【化1】
  
(式中,nは1又は2である。)で表される2-ピリジンチオール-1-オキシド
の銅塩を有効成分として含有することを特徴とするゲル化せず長期保存が可能な防
汚塗料組成物。
【請求項2】 亜酸化銅5~30重量%と化2
【化2】
 
(式中,nは1又は2である。)で表される2-ピリジンチオール-1-オキシド
の銅塩2~15重量%を含有し,亜酸化銅と該銅塩の配合比が1:1~3:1であ
る請求項1記載のゲル化せず長期保存が可能な防汚塗料組成物。
(判決注:決定は,「亜酸化銅5~35重量%」と記載しているが,誤記と認め
る。)
 (2) 本件訂正請求後の特許請求の範囲の記載(上記(1)の請求項2を削除するも
の。甲12。以下,請求項1に係る発明を「訂正発明」という。)
【請求項1】 亜酸化銅と化1
【化1】
 
(式中,nは1又は2である。)で表される2-ピリジンチオール-1-オキシド
の銅塩を有効成分として含有することを特徴とするゲル化せず長期保存が可能な防
汚塗料組成物。
 3 決定の理由の要点
 (1) 決定は,本件訂正の適否について,以下のとおり認定判断した。
 (a) 決定は,刊行物1として,「化学大辞典5縮刷版471頁の『せんていとり
ょう(船底塗料)』の項」共立出版株式会社・昭和38年11月15日発行(甲
3)を,刊行物2として,「塗料と塗装」202~205頁,株式会社パワー社・昭和4
8年7月30日発行(甲4)を,刊行物3として,特開昭51-129435号公
報(甲5)を,刊行物4として,特開昭54-15939号公報(甲6)を挙げ
た。
 (b) 決定は,刊行物1~3に記載の発明と訂正発明との一致点を次のように認定
した。
 「刊行物1~3には,亜酸化銅なる物質(刊行物1では酸化銅(I)と記載されて
いるが,亜酸化銅と同一物質である。)が,防汚塗料における活性化合物の主たる
化合物として使用されていることが記載されており,これら刊行物に記載の発明と
本件訂正発明とを対比すると,両者は,亜酸化銅を有効成分として含有することを
特徴とする防汚塗料組成物,の点で一致」
 (c) 決定は,刊行物1~3に記載の発明と訂正発明との相違点を次のように認定
した。
 「本件訂正発明では,亜酸化銅と2-ピリジンチオール-1-オキシドの銅塩と
の併用であるのに対し,刊行物1~3には,亜酸化銅と当該銅塩とを併用すること
についての記載はなく(相違点1),また,ゲル化せず長期保存が可能であること
の記載がなされていない(相違点2)点で,相違しているものと認められる。」
 (d) 決定は,相違点1について,次のとおり判断した。
 「亜酸化銅なる物質は,刊行物1~3に記載されているとおり,防汚塗料におけ
る中心的化合物であるが,刊行物3あるいは4にも示されているとおり,それ単独
であらゆる生物を完全に防除できるものではなく,したがって,その弱点を補う活
性物質があれば,それと併用することにより,亜酸化銅の弱点を補強したより活性
の高い防汚活性物質が得られるであろうことは,当業者にしてみれば当然に期待す
る事項である。
 ところで,刊行物4には,2-ピリジルチオ-1-オキシドの各種の金属塩が,
優れた防汚活性を有し,アオサ,フジツボ,フサコケ,セルプラ等,亜酸化銅が単
独では十分には防除できない生物に対しても有効に防除し得たとの試験データが記
載されている。 
 してみれば,従来多用されてきた亜酸化銅と刊行物4に具体的に防汚活性を有す
ることがデータをもって記載されている2-ピリジルチオ-1-オキシドの各種金
属塩を併用して防汚塗料に使用してみようとすることは,当業者にとっては容易に
想到し得ることであり,その際,当該銅塩(本件訂正発明と刊行物4記載の発明で
は,当該銅塩に関し,命名法に若干の相違があるが,それぞれの構造式からも明ら
かなとおり,実質上同一物質を表わすものである。)との併用を忌避する阻害事由
は見出せない。
 してみれば,相違点1は当業者が容易になし得ることと認めざるを得ない。」
 (e) 決定は,相違点2について,次のとおり判断した。
 「複数の防汚活性化合物を併用する際は,混合後の安定性,即ち,併用によるゲ
ル化の有無,長期保存が可能か否かについては,いわゆるルーチンワークとして当
然に検討される事項であり,本件訂正発明の組成物にそのような性質を見出したと
しても,この点は,当業者にとっては,併用において当然になされるルーチンワー
クの結果を示したものといわざるを得ず,この点は,当業者にとっては何ら格別の
創意・工夫を要することではない。」
 (f) 決定は,本件訂正の適否について,次のとおり結論付けた。
 「結局のところ本件訂正発明は,刊行物1~4に接した当業者がその記載に基づ
き容易に発明をすることができたものとせざるを得ない。
 したがって,本件訂正発明は…特許出願の際独立して特許を受けることができな
いものであるから,本件訂正請求は,特許法120条の4第3項で準用する平成5
年法律第26号による改正後の特許法126条3項の規定に適合しない」
 (2) 決定は,特許異議申立てについて,次のとおり認定判断した。
 (a) 決定は,まず,本件発明は,その設定登録時の明細書の特許請求の範囲(判
決注:前記2(1)記載のもの)によるべきであるとした。
 (b) 決定は,本件発明1について,次のとおり説示した。
 「本件発明1は,上記の理由により,刊行物1~4に記載された発明に基づいて
当業者が容易に発明をすることができたものとせざるを得ないのであるから,特許
法29条2項の規定に違反して特許されたものである。」
 (c) 決定は,本件発明2について,次のとおり説示した。
 「そもそも請求項2に規定されている亜酸化銅の配合量,2-ピリジンチオール
-1-オキシドの銅塩の配合量及び両者の配合比は願書に最初に添付した明細書に
は何の記載もなく,その後の補正により特許請求の範囲にのみ記載されることとな
ったもので,発明の詳細な説明には一貫して記載されていなかったものである。
 してみれば,請求項2に係る発明,即ち,本件発明2は,発明の詳細な説明に記
載された発明ということはできないのであり,該発明については,特許法36条5
項1号(平成6年法律第116号による改正前のもの)の規定を満足しない出願に
対して特許されたものとせざるを得ない。」
 (d) 決定は,以上をふまえて,本件発明1ないし2に係る特許は取り消されるべ
きであると結論付けた。
第3 原告の主張(決定取消事由)の要点
 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)
 (1) 決定は,刊行物1~3に記載の発明と訂正発明との相違点1についての判断
を誤った結果,訂正発明の独立特許要件の充足を否定し,同様の理由により本件発
明1の進歩性を否定するという誤りを犯した。
(2) 決定は,ビス(2-ピリジルチオ-1-オキシド)の銅塩と亜酸化銅の組合
せの容易想到性を判断しているが,刊行物4の記載内容,本件出願時の技術状況,
技術開発の実際等の考慮を欠いた形式的な机上論による判断というべきものであ
り,妥当といえない。
 ① 刊行物4は,防汚活性スペクトルの広い新規な防汚活性物質として2-ピリ
ジルチオ-1-オキシドの金属塩を提案するものであり,実施例等で明らかなよう
に,基本的には「このもの単独で使用できる」ことを開示している。すなわち,刊
行物4の記載は,ピリチオン金属塩と亜酸化銅との併用系を直ちに想到させるもの
とはいえない。
② 刊行物4に例示されている11種の2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属
塩についての実施例の防汚活性データは,すべて同効であり,本文中にもそれら金
属塩は同等・同列に記載されている。
③ 本件出願前,市販品として入手容易な2-ピリジルチオ-1-オキシドの金
属塩は,唯一,(シャンプーのフケとり剤などとして大量生産されていた)「亜鉛
塩」であった。
 このような状況下,技術開発の実際としては,刊行物1~3の技術常識のもと,
刊行物4に接した当業者は,2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩と亜酸化銅
との併用系を想到したとしても,「亜鉛塩」との併用系を試みて防汚性を確認する
にとどまるであろうことは明らかである。
 現に,刊行物4の開示から10年以上を経てようやく亜酸化銅と「亜鉛塩」の併
用系が提案された(甲7)にすぎないという事実からも,亜酸化銅と「銅塩」の併
用系が“刊行物1~4からは容易推考とは到底いえない”ことを裏付けているとい
える。
 被告は,「銅塩との併用を忌避する阻害理由がない」という。しかし,この主張
は,金属塩との組合せをすべて試みることを前提としていることになるが,刊行物
4に接した当業者にとっては,「すべて同効とされている他の各種金属塩をわざわ
ざ合成してまで亜酸化銅との併用系それぞれの「防汚活性」を確認あるいは比較検
討するには,むしろ,そのための“動機づけ”が必要である」というべきである。
しかし,刊行物4の記載等からはそのような事情等は何ら見当たらない。
すなわち,「亜酸化銅と2-ピリジルチオ-1-オキシドの銅塩」を併用するこ
とに限ってみても,刊行物1~4の記載に接した当業者がその記載に基づき容易に
発明をすることができたものとは到底いえない。 
 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)
 (1) 決定は,刊行物1~3に記載の発明と訂正発明との相違点2についての判断
を誤った結果,訂正発明の独立特許要件の充足を否定し,同様の理由により本件発
明1の進歩性を否定するという誤りを犯した。
 (2) 決定は,相違点2に関し,「併用において当然になされるルーチンワークの
結果を示したもの」とする。
しかしながら,防汚塗料の着想段階あるいは開発当初(スクリーニング段階)に
おいては,当然に防汚活性が検討の対象であり,塗料としての保存安定性などは二
義的事項であるため,「ルーチンワーク」として検討することなどということは,
実際にはあり得ない。
まして本件の場合,刊行物4の記載内容ゆえに,亜鉛塩以外の市場で入手できな
い銅塩を含む他の各種金属塩との併用系につき防汚活性さえも確認する可能性は極
めて低いのであるから,刊行物4に接した当業者が,それら各種金属塩について,
防汚活性とともに「ルーチンワーク」として保存安定性を検討することなどという
ことは,技術開発の実際としてあり得ない机上論であるというべきである。
 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)
 (1) 決定は,訂正発明及び本件発明1の有する顕著な作用効果を看過した結果,
訂正発明の独立特許要件の充足を否定し,本件発明1の進歩性を否定するという誤
りを犯した。
 (2) 訂正発明は,亜酸化銅と2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩の併用
時,増粘・ゲル化という極めて解決困難な技術的課題があったところ,ピリジン系
化合物の金属塩として銅塩を選択することにより,「予想外」にも当該課題を解決
し,防汚活性スペクトルの広い優れた防汚化合物系の水中防汚塗料を実用性,利便
性の高い形で市場に提供して,商業的な成功を収めつつあるものであり,実質的に
顕著な効果を奏している発明というべきである。
第4 被告の主張の要点
 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)に対して
 亜酸化銅は,防汚塗料における中心的化合物ではあるが,それ単独であらゆる生
物を完全に防除できるものではなく,したがって,その弱点を補う活性物質があれ
ば,それと併用することにより亜酸化銅の弱点を補給した,より活性の高い防汚活
性物質が得られるであろうことは,当業者が当然に期待する事項である。その際
に,刊行物4に具体的に防汚活性を有することがデータをもって記載されている2
-ピリジンチオール-1-オキシドの各種金属塩を併用して防汚塗料に使用してみ
ようとすることは,当業者にとって容易に想到し得ることであり,その際,刊行物
4に例示され,実施例3でも具体的に実施され,その防汚活性を有することがデー
タをもって記載されている銅塩との併用を忌避する阻害事由がないことも明確であ
る。
 市販品として入手可能なのは亜鉛塩だからとの理由を銅塩の併用や選択の阻害要
件と原告は主張しているが,具体的に記載されている銅塩を併用することを阻害す
る理由にはならない。
 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)に対して
 刊行物4の実施例で具体的に記載されている銅塩を併用することに阻害要因はな
い。また,塗料において複数の防汚活性化合物を併用する際は,混合後の安定性,
即ち,併用によるゲル化,分離等の物性変化の有無を確認し,長期保存が可能か否
かについて検討することは,ルーチンワークとして当然に行われている事項であ
る。そうであるから,「ゲル化せず長期保存が可能」なことは,当業者にとって
は,併用において当然になされるルーチンワークの結果を示したものといわざるを
得ず,この点は,当業者にとって何ら格別の創意・工夫を要することではない。決
定においては,このことをルーチンワークとして当然に検討される事項と判断し
た。
 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)に対して
 塗料は,製品化され使用されるまでには相当の期間がおかれるものであるから,
「増粘・ゲル化」せず,保存安定性が良好であることは,塗料として用いる場合に
当然に前提となるものであり,周知の事項である。したがって,訂正発明及び本件
発明1における「ゲル化せず長期保存が可能」とは,ルーチンワークとして当然行
う効果の確認であって,この効果の確認をもって,格別の創意・工夫のあるものと
はいえず,それが,選択発明を構成するに足る顕著性のある効果とならないことは
当然の帰結である。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について
 (1) 刊行物4(特開昭54-15939号公報,甲6)には,以下の事項が記載
されている。
 「下記の一般式
  
N
S
O
n
M
(式中Mは金属原子を示しそしてnは1~3の整数を示す)で表される化合物を含
有することを特徴とする水中防汚塗料。」(特許請求の範囲)
 「これらのピリジン系化合物は他の公知の無機または有機の防汚性化合物例えば
亜酸化銅,…等の化合物を加え混合して,通常の塗料原料および塗料製造法に従っ
て水中防汚塗料を製造することも可能である。」(2頁左上欄16行~左下欄2
行)
 「本発明に係る水中防汚塗料の代表的な活性効成分を例示すれば次の如くである
…(1)……(7)ビス(2-ピリジルチオ-1-オキシド)銅塩……(11)…」(2頁左
下欄3行~右下欄11行)
 「実施例3 ビス(2-ピリジルチオ-1-オキシド)銅塩…を均一に混合して
塗料を調整する。」(3頁左上欄12~末行)
 上記のほか,「第1表」,「第2表」として,特許請求の範囲に記載されたピリ
ジン系化合物として,実施例3記載のビス(2-ピリジルチオ-1-オキシド)銅
塩を含む,各種金属塩を配合した11種類の塗料についての完全水中浸漬試験,交
番型浸漬試験の結果が記載されている(甲6の4頁)。
 (2) 以上の各記載によれば,刊行物4は,防汚性化合物として特許請求の範囲に
一般式で記載されたピリジン系化合物を単独で含有する水中防汚塗料について記載
するだけでなく,当該化合物に従来公知の防汚性化合物である亜酸化銅等を加え混
合して,水中防汚塗料とすることをも示唆しているものと認められる。
 したがって,刊行物1~3に記載された亜酸化銅に,刊行物4の上記記載にある
ビス(2-ピリジルチオ-1-オキシド)銅塩を含む11種の各種金属塩をそれぞ
れ組み合わせて水中防汚塗料とすることは,当業者が容易に想到し得ることであ
る。
 (3) 原告は,前記第3,1(2)において,①~③の点を挙げて,刊行物4に接し
た当業者は,2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩と亜酸化銅との併用系を想
到したとしても,「亜鉛塩」との併用系を試みて防汚性を確認するにとどまるであ
ろうことは明らかであると主張する。
 しかし,上記①の点については,前判示のとおり,刊行物4は,防汚性化合物と
して,特許請求の範囲に一般式で記載されたピリジン系化合物に従来公知の防汚性
化合物である亜酸化銅等を加え混合して,水中防汚塗料とすることをも示唆してい
るものと認められる。②の点についても,刊行物4において,11種の2-ピリジ
ルチオ-1-オキシドの金属塩が同等・同列に記載されているのであれば,当業者
は,これら11種の金属塩のそれぞれを亜酸化銅の併用成分として使用してみるの
がむしろ自然であるというべきである。また,③の点についても,本件出願前,市
販品として入手容易な2-ピリジルチオ-1-オキシドの金属塩が唯一「亜鉛塩」
であったとしても,刊行物4には,亜鉛塩のみならず他の10種の金属塩を含有す
る防汚塗料も製造して試験を行ったことが記載されているのであるから,亜鉛塩以
外の金属塩を入手し,併用系について検討してみることが困難であったと認めるこ
とはできない。したがって,原告の上記主張は,採用し得ない。
 原告は,また,甲7を援用して,刊行物4の開示から10年以上を経てようやく
亜酸化銅と「亜鉛塩」の併用系が提案されたという事実からも,亜酸化銅と「銅
塩」の併用系が刊行物1~4からは容易に推考し得たとはいえないと主張する。
 しかし,進歩性の判断は,種々の要素を勘案してされるべきものであって,仮
に,亜酸化銅と「亜鉛塩」の併用系の提案が刊行物4の開示から10年以上の間さ
れていないとしたとしても,直ちに進歩性を肯定すべきことにはならないのであっ
て,既に判示した点にも照らせば,原告主張の点は,採用の限りではない。
 (4) 以上によれば,原告主張の取消事由1は,理由がない。
 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について
 (1) 甲9(特開昭54-119534号公報)には,「従来,船舶や各種海中構
築物への海棲生物の付着を防止するための防汚塗料として,高分子有機錫化合物お
よび亜酸化銅を防汚成分とする塗料が用いられている。本発明者等は,かかる防汚
塗料について詳細に検討を行った結果,貯蔵中に増粘することならびに防汚性能が
漸次低下することなどの重大な欠陥を擁していることが判明し,この原因を追究し
たところ,高分子有機錫化合物中のSnR3(Rはアルキル基またはフェニル基)ま
たは残存カルボキシル基と亜酸化銅とが反応することにあるとの知見を得た。そこ
でこの様な欠陥を防止するため,あらゆる可能性について種々検討した…」(1頁
左下欄13行~右下欄6行)との記載がある。
 次に,甲10(特公昭61-39992号公報)には,「本発明は,固化,増粘
化を防止した,トリ有機錫ポリマー型防汚剤と亜酸化銅を併用した防汚塗料に関す
る。」(1欄10~12行),「トリ有機錫ポリマー型防汚剤と亜酸化銅とを併用
して防汚塗料を製造すると,製造直後は適正な粘度を保っているが,経時的に次第
に塗料自体の粘性が増し,最終的には塗料が固化して使用不能になってしまうた
め,亜酸化銅をトリ有機錫ポリマー型防汚剤に併用しても増粘,固化が起りにくい
防汚塗料の開発が望まれていた。」(2欄5~12行)との記載がある。
 また,乙1(米国特許第5098473号明細書:平成4年3月24日)及び乙
2(米国特許第5112397号明細書:平成4年5月12日)には,「発明の背
景」の項目において,それぞれ,「酸化第一銅と組み合わせてピリチオン亜鉛を配
合した塗料は,受け入れ難い程度に増粘又はゲル化する」という問題があり,その
解決が強く望まれていることが記載されている。
 (2) 以上の記載によれば,本件出願前において,2種類の防汚成分を併用した防
汚塗料には貯蔵中に増粘又はゲル化するという問題が生じることが,既に当業者に
知られており,このような問題を回避する解決策が望まれていたことが認められ
る。そうすると,刊行物1~3に記載された亜酸化銅に,刊行物4に記載の11種
の金属塩をそれぞれ組み合わせて水中防汚塗料とする場合においても,防汚活性の
みならず増粘,ゲル化の問題も念頭において併用系を検討することは,当業者が当
然に行うことであるといえる。
 そして,上記甲9において,「塗料は1Lのガラスビンに入れ密閉して,20℃
の恒温室で貯蔵して塗料の状態を観察した。」(3頁右上欄3~5行)と記載さ
れ,上記甲10において,「この試料を2つに分けそれぞれ約50gずつ100c
cのガラスビンに入れ密栓をした。ガラスビンの1つは55±1℃の恒温槽に入れ
強制的な経時変化を観察した。もう一方のガラスビンは室温の状態で放置し経時変
化を観察した。」(6欄27~31行)と記載されていることなどからして,増
粘,ゲル化の有無を確認する試験方法は,密閉容器中に入れた塗料を一定期間放置
して状態を観察するという簡単なものであると認められる。そうすると,刊行物1
~3に記載された亜酸化銅と刊行物4に記載の11種の金属塩との11通りの組合
せについて,「ゲル化せず長期保存が可能」か否かの確認試験をすることも,格別
の困難を伴うことなく行い得るものと認められる。
 (3) 以上のように,当業者が刊行物1~3に記載された亜酸化銅と刊行物4に記
載された11種の金属塩との併用系を検討する際に,増粘,ゲル化の問題を念頭に
おいて行うことが当然のことであって,その増粘,ゲル化の有無の確認試験も困難
なく行い得ることである上,確認試験を行いさえすれば,11種の併用系のうちの
いずれが増粘,ゲル化の点で優れているかは直ちにわかることであるから,亜酸化
銅の併用成分として,刊行物4に記載された11種の金属塩のうち銅塩を用いた水
中防汚塗料に,「ゲル化せず長期保存が可能」という性質があることを見いだすこ
とは,当業者にとって容易であるというべきである。
 (4) 原告は,前記第3,2(2)のとおり主張する。
 しかしながら,既に判示したとおり,刊行物1~3に記載された亜酸化銅に刊行
物4に記載された11種の金属塩をそれぞれ組み合わせて水中防汚塗料とする場合
において,防汚活性のみならず増粘,ゲル化の問題を念頭において併用系を検討す
ることは,当業者が当然に行うことであるところ,防汚活性の確認も室温における
貯蔵安定性の確認も,数か月ないし数年の期間を要する(甲9の表8,甲10の表
-1,表-2)ことを考慮すれば,当初から,防汚活性と保存安定性を同時に検討
する方が合理的であることは明らかである。例えば,甲9においては,「サンドブ
ラスト板に市販の船底塗料1号を2回塗りした被塗物に,所定期間室温で貯蔵した
実施例1~12および比較例1~9の塗料(実施例1~12のAおよびB成分は塗
装直前に混合)を2回塗り重ね,1週間室温で乾燥させ,その後三重県鳥羽湾内の
試験筏につりさげて浸海し,6ヶ月,12ヶ月,24ヶ月後の生物付着状況を観察
した。又この塗料は1Lのガラスビンに入れ密閉して,20℃の恒温室で貯蔵して
塗料の状態を観察した。」(3頁左上欄16行~右上欄7行)と記載されており,
防汚活性の確認試験と貯蔵安定性(ゲル化の有無)の確認試験が並行して行われた
ものと認められる。
 また,「亜鉛塩以外の市場で入手できない銅塩を含む他の各種金属塩との併用系
につき防汚活性さえも確認する可能性は極めて低い」との原告の主張が採用し得な
いことは,既に取消事由1に関して判示したところから明らかである。
 原告の上記主張は,いずれも採用することができない。
 (5) 相違点2についての決定の判断は,前記第2,3(1)(e)のとおりであり,
「ゲル化せず長期保存が可能」との構成に係る相違点の看過が,本件特許に関する
第1次決定取消訴訟の判決で第1次取消決定を取り消す理由となっているのである
から(当裁判所に顕著な事実),第1次取消決定とは引用された公知文献が違って
いても(すなわち,第1次取消決定取消訴訟の判決の拘束力は本件決定には及ばな
い。),再度の異議の審理及び決定においては,この構成の容易想到性の有無につ
いて慎重な審理判断が必要であった。しかるに,この点について決定がした結論に
至る理由ないし根拠の説示は,いかにも不十分で不親切であるとの非難は免れな
い。しかしながら,上記(1)ないし(4)に説示したとおり,決定の結論は是認し得る
ものであるから,原告主張の取消事由2は,理由がない。
 3 取消事由3(顕著な作用効果の看過)について
 前判示のとおり,刊行物1~3記載の亜酸化銅に刊行物4記載の11種の各種金
属塩をそれぞれ組み合わせて水中防汚塗料とすることも,刊行物4記載の11種の
金属塩のうち銅塩を亜酸化銅の併用成分として用いた水中防汚塗料に,「ゲル化せ
ず長期保存が可能」という性質があることを見いだすことも,当業者にとって容易
であるから,原告の主張する課題の解決は,特に困難を要することとは認められな
い。
 そして,刊行物4には,特許請求の範囲に記載された化合物を含有する水中防汚
塗料が,動植物に対する選択性が少ないものであることが記載されている(2頁左
上欄12~13行)上,刊行物4における併用の示唆(前記1(1)における2頁左上
欄16行~左下欄2行の記載)に従って得られる水中防汚塗料は,必然的に一液型
となる以上,二液型に比べて実用性,利便性が高いことも明らかである。そうする
と,防汚活性スペクトルの広い優れた防汚化合物系の水中防汚塗料を実用性,利便
性の高い形で市場に提供したことは,自明の効果にすぎず,訂正発明及び本件発明
1の進歩性を肯定すべきほどの顕著な効果であると認めることはできない。
 なお,商業的成功ということから直ちに,発明の進歩性を肯定することはできな
い。
 原告主張の取消事由3は,理由がない。
 4 結論
 以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却さ
れるべきである。
  東京高等裁判所知的財産第4部
        裁判長裁判官   塩  月  秀  平
           裁判官   田  中  昌  利
           裁判官   高  野  輝  久

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛