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(原審・東京地方裁判所八王子支部平成8年(ワ)第2506号(原審言渡日平成1
2年6月28日))
     主      文
1 原判決中,控訴人らに関する部分を取り消す。
2 控訴人らと被控訴人との間において,控訴人らが,55歳時年度以降の給与に
ついて,平成5年4月1日から施行すると規定された被控訴人の就業規則第42条
に基づく給与規程第1章第3条(3)に定められた労働契約上の地位を有することを確
認する。
3 被控訴人は,控訴人Aに対し,金699万1162円,並びに内金160万3
910円に対する平成10年10月21日から,内金342万4010円に対する
平成12年2月19日から,内金118万4711円に対する同年11月21日か
ら,内金77万8531円に対する平成13年5月19日から,各支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人は,控訴人Bに対し,金638万1279円,並びに内金149万0
190円に対する平成10年10月21日から,内金309万0349円に対する
平成12年2月19日から,内金108万6655円に対する同年11月21日か
ら,内金71万4085円に対する平成13年5月19日から,各支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
6 この判決は,第3,第4項に限り,仮に執行することができる。
     事実及び理由
第1 控訴の趣旨(当審で拡張された請求を含む。)
  主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は,被控訴人の職員である控訴人らが,被控訴人による就業規則及びこれ
に基づく給与規程の不利益変更は,控訴人らの同意がなく,かつ必要性も合理性も
認められないものであるから,控訴人らに対しては効力を有しないとして,同変更
前の被控訴人との労働契約上の地位にあることの確認を求めるとともに,変更前の
給与規程等により支払われるべき給与及び賞与(以下「給与等」という。)と,変
更後の給与規程等によって支払われた給与等との差額の金員の支払を求めた事案で
ある。
2 原判決は,上記の就業規則等の変更は,控訴人らに対する不利益を法的に受忍
させることもやむを得ない程度の高度な必要性に基づいた合理的な内容のものであ
ると認められると判断して,控訴人らを含む合計7名の一審原告らの請求を全部棄
却した。
 同原告らのうち,控訴人ら2名がこれを不服として控訴したものである。 な
お,控訴人らは,当審において,給与等の差額支払の請求を拡張した。
3 当事者の主張は,次項に控訴人らの当審における請求の原因の追加分を含めた
請求の要約,並びに後記第3,第4項に当審における双方の主張を付加するほか
は,原判決「事実及び理由」欄第三「当事者の主張」(原判決7頁8行目から37
頁4行目までと,40頁末行から104頁4行目まで)記載のとおりであるから,
これを引用する(ただし,控訴していない一審原告らのみに関する部分を除
く。)。
 なお,本件で問題となる「歳時年度」の意味(原判決11,12頁),平成4年
3月31日に行われた定年の延長及び給与制度の変更に関する就業規則及び給与規
程の改正を「旧制度」と呼称すること(同12頁),並びに平成8年7月8日に行
われた給与体系及び人事考課制度の改正を主たる内容とする就業規則及び給与規程
の変更を「本件就業規則等変更」といい,同変更に伴う体制を「新制度」と呼称す
ること(同15頁)は,いずれも原判決と同様である。
 また,当事者双方が引用する株式会社みちのく銀行事件の上告審判決は,最高裁
判所平成8年(オ)第1677号・平成12年9月7日第一小法廷判決(民集54巻
7号2075頁)であり,以下,これを「みちのく銀行事件上告審判決」と略称
し,同判決の事案を単に「みちのく銀行事件」という。
4 よって,控訴人らは,被控訴人に対し,控訴人らがいずれも旧制度に基づく労
働契約上の地位にあることの確認を求めるとともに,被控訴人との雇用契約に基づ
いて,旧制度のもとで支払われるべき給与等の合計額と,新制度によって現実に支
払われた給与等の合計額との差額として,原判決別表1及び3記載の各金員に,本
判決別表Ⅰ及びⅡ記載の各金員を加えた金員の合計である控訴の趣旨記載のとおり
の各金員の支払を求める。
5 控訴人らが求める上記給与等の差額が,控訴人ら主張のとおりの金額であるこ
とは,被控訴人もこれを認める。
第3 当審における控訴人らの主張
1 原判決の概括的批判と,みちのく銀行事件上告審判決の判断の枠組み
(1) 原判決の概括的批判
  原判決は,本件就業規則等変更によって55歳時以上の高年齢職員という特定
の層のみに著しい不利益を与えることを容認し,高年齢職員から人間らしく生きて
いく権利を奪い,人間を年齢によって差別する不当な判決である。
ア まず,本件では,就業規則変更前に既に62歳定年制は導入されており,職員
は誰でもこれを前提としてそれぞれの生活設計を立てていたものであるから,本件
は,定年制延長に伴う賃金切り下げの事案とは明らかに性格を異にしている。しか
も,55歳時以上の職員は,旧制度下でも賃金が毎年6%ずつ減額されるという大
幅な不利益を受けていたものであり,その上に本件の変更によって,旧制度に比し
て,18・8%又は21・2%の減額(コースを選択しない場合に適用される原判
決(ウ)(a)のコースでは,基本給が57歳時年度から54歳時に比して50%の減額
となる。)という著しい不利益を被ることとなったものである。
 この点に関し,被控訴人は,54歳時年度の賃金額を100として,旧制度の減
額率が76%で,新制度のそれが61・71%だから,その差はわずか14・29
%にすぎないと主張するが,これは誤りである。すなわち,被控訴人は,54歳時
年度の賃金額を旧制度下でも新制度下でも同じとみているところに誤りがあり,旧
制度からみれば,新制度の賃金が18・8%又は21・2%ダウンすることは計算
上明らかである(なお,旧制度下でも,それ以前と比べ7年間で24%も減少する
のであり,これに被控訴人の主張する14・29%を合わせると,新制度では3
8・29%も減少するのである。)。
イ 次に,控訴人らは,いずれも8級職以上の管理職資格であり,55歳時までは
支店長などの極めて重要かつ中核的な地位にあって,重要な職責と役割を担ってき
たものである。被控訴人においても,55歳時以降のスタッフの重要性を強調して
いたものであり(甲21),したがって55歳時以降の職位がラインからはずれて
も,それまでの経験・知識・能力を有用活用し,公正に処遇することを予定してい
た。
 本件の一審原告らも,55歳時になると直ちに原判決のいうような「定型的で軽
易な職務」に就いたのではなく,監督的業務などに携わってきたものであるから,
原判決が,控訴人らの職務を概ね定型的で軽易な職務であるとして,本件就業規則
等変更の合理性の判断要素としていることは,事実誤認であり,結果的に高年齢者
の立場をないがしろにするものである。
ウ また,原判決は,証拠に基づかないで,中高年齢職員層の増加及びこれに伴う
人件費の増加・偏在化が若手・中堅職員の士気低下につながるとか,人事の停滞,
企業の活力低下という状況を招きかねないなどと認定する誤りを犯している。
エ さらに,年齢による差別禁止の考え方は,国際的人事慣行基準(ILO111
号条約「雇用及び職業についての差別待遇に関する条約」,162号同勧告「高年
齢労働者に関する勧告」)であり,国内法においても憲法14条,労働基準法3
条,4条等により公序となっているが,原判決は,このような公序にも反する不当
な差別判決である。
(2) みちのく銀行上告審判決の判断の枠組み
 原判決の論旨は,みちのく銀行上告審判決の原審である仙台高裁判決の論旨を下
敷きにしたものであり,同高裁判決が上告審で破棄された以上,本件の原判決も当
然に破棄されるべきである。
 同最高裁判決は,本件事案にもほぼそのまま適用されるといえる。
ア 両事案は,定年の年齢に違いはあるものの,定年の延長を伴うことなく,就業
規則変更によって55歳以上の高年齢職員の賃金を大幅に減額する点で共通であ
る。
イ 賃金の減額率も,みちのく銀行事件では「得べかりし標準賃金額に比しておお
むね40数%程度から50数%程度」であり,本件では,標準的コースで57歳時
以降62歳時まで50%減となり,結果的に両事案とも同じ程度の賃金減額幅とい
うことができる。
ウ みちのく銀行事件では,約73%を組織する多数者労働組合の合意を得て就業
規則を変更しているが,本件では,55歳時未満の職員で構成する組合との交渉に
おいて,55歳時以降の賃金減額を交渉事項とすることを拒否して利益調整は行わ
れておらず,最終的にも組合の合意を得ていない。
エ さらに,みちのく銀行事件では一定の緩和の経過措置や代償措置がとられてい
るが,本件では,それらの措置は何らとられていない。
オ みちのく銀行事件上告審判決は,当該労働者の受ける不利益の大きさに着目
し,そのような大きな不利益を課すことを正当化するには,「差し迫った必要性」
が必要であるとし,同事件ではそのような差し迫った必要性は認められないとした
ものである。
 したがって,被控訴人が,みちのく銀行事件を本件とは事案を異にすると位置づ
けて指摘するような「中堅層の賃金等が改善された等の事実」は,差し迫った必要
性を否定する間接事実として位置づけられているにすぎない。
 そして,後記に詳述するとおり,本件の新制度により受ける控訴人らの不利益は
極めて大きいのに比し,被控訴人に「差し迫った必要性」がなかったことは明らか
である。
 差し迫った必要性とは,被控訴人主張のような自己資本比率の維持等のことを指
すのではなく,上記最高裁判決が判示するように,当該企業の存続自体が危ぶまれ
たり,経営危機による雇用調整が予想される場合を指すのである。
(3) ディスクロージャーされた被控訴人の経営指標の恣意的使い分け
  被控訴人は,原審において本件就業規則等変更の必要性を主張するために,被
控訴人の経営悪化を盛んに主張したが,本件訴訟外では,以下のとおり,広く外部
に対して経営状態を良好なものとして宣伝したり,別件訴訟でも経営状態がよいこ
とを主張しており,このような被控訴人の態度は,禁反言の原則に反するものであ
って,このようなアンフェアで禁反言の原則に反するような理由付けで行われた本
件就業規則等変更には合理性を認めることはできないはずである。
ア 平成7年8月29日付け読売新聞(甲18)で,E理事長は,平成6年度の預
金伸び率が都内51信用金庫中,2年連続でトップとなった理由について「不良債
権が少ない」と答えている。
イ 地元紙である平成8年5月7日の東京速報(甲14)によれば,被控訴人の平
成7年度決算については,「業務純益前年比36・7%増」「31億円と大巾増
益」との見出しで,預金,貸出金とも3年連続6~8%台の伸びを記録し,質の向
上を伴って業容の拡大が図られたことが報じられている。
ウ 被控訴人の業績を報告したディスクロージャー誌(甲13)でも,平成7年度
末での破綻先債権額は42億円であるが,担保及び保証で18億円が保全され,債
権償却特別勘定として23億円が既に経費計上されているので,実質破綻先債権は
1億円であり,これについては法定の貸倒引当金が別途7億円計上されているの
で,最終的には全く懸念がない旨記載されている。
エ 平成8年度決算報告を報じた平成9年5月13日付け東京速報(甲15)に
も,「27億円の好決算」「預金・四年連続一位」とある。
オ 上記E理事長が当事者となっている別件の会員代表訴訟において同理事長は,
被控訴人の経営状態がよいことを縷々主張している(甲57の1~3)。
2 原判決の「不利益性論」の誤り
(1) 原判決の不利益性判断の誤り
  原判決は,秋北バス事件以来の従来の判例理論によって確立されたリアルな比
較衡量判断の枠組みを意図的に形骸化し,本件就業規則等変更によって控訴人らが
被る重大な不利益をことさら軽視し,他方で,被控訴人のいう新たな情勢(「金融
機関を取り巻く厳しい環境」などというもの)に応じて経営効率化を図るための新
制度の必要性なるものを鵜呑みにし,そして,これを補うためか,本来はあくまで
も付随的な判断要素に過ぎない同業他社水準や高年齢者に対する社会的趨勢などに
ついて,あたかも基本的判断要素であるかのように格上げし,これらに重きを置き
過ぎているところに問題がある。
(2) 原判決が故意に見ようとしない控訴人らの重大な不利益
ア 原判決は,新制度により控訴人らが被る賃金上の重大な不利益について,数年
間の合計金額という形で極めて抽象的に述べているだけであり,控訴人らが毎月ど
のような思いで,どれだけの窮乏生活を強いられているのかなどについて全く言及
もされていない。
イ 原判決は,本件不利益変更後の控訴人らの月々の手取額を看過している。
 控訴人らについて,①賃金切り下げ前の平成7年度,②旧制度適用時期であった
平成9年度,③新制度の適用による平成10年度における各月額賃金は,以下のと
おりとなる。
 控訴人A①54万9740円(うち基本給51万9740円)
       ②50万5760円(同    45万8260円)
       ③30万7870円(同    26万0370円)
 控訴人B①52万7620円(同    47万6620円)
       ②46万0810円(同    42万0310円)
       ③27万9310円(同    23万8810円)
 以上のように,控訴人Aにあっては,平成10年4月以降の支給総額は,平成7
年度に比べ約44%のダウン,平成9年度に比べても約36%のダウン,控訴人B
にあっては,同様にそれぞれ約47%,約39%のダウンとなっている。しかも控
訴人Bは,平成11年度からは事務課長権限も奪われ,職務手当7500円がさら
に減額されている。
 しかも,実際の手取額は,上記の金額からさらに法定控除等が引かれたものであ
り,新制度は,わずかな年金しかない年老いた父母や,教育費のかかる大学・高校
生の子供らを抱え,また多額の住宅ローンの返済にあえいでいる年代に当たる控訴
人らの家計を直撃し,家族の生活を根底から覆しかねないほどの重大な経済的不利
益を与えているのである。
ウ 毎月の賃金の減少は,これに連動して夏期及び冬季賞与の減額をもたらすもの
である。さらに控訴人らについては,平成9年度以降,報復的に支給月数が切り下
げられ,結果としてさらに多額の減収となっている。
エ 原判決は,以上のような控訴人らの生活の窮状を看過している。
 控訴人らは,この点について原審においても控訴人Aの家庭を例に詳細に主張・
立証したにもかかわらず,原判決は全く触れようともしていない。
 控訴人Aの窮状は,甲31の1,61の1~7,63及び原審の本人尋問の結果
のとおりであり,控訴人Bも同様に困窮状態にあり,生活費の切り詰め,貯金の取
り崩しその他の自己防衛に追われているものである。
オ 原判決は,新制度が旧制度に比べて更なる賃金切り下げであったことを看過し
ている。
 この点は,前記1(1)アのとおりであるが,原判決は,旧制度との比較でしか新制
度の不利益性を捉えていない。
(3) 新制度による55歳時年度未満の一部管理職の賃金の上昇について
ア 原判決は,新制度によって55歳時年度以降の職員のみではなく,55歳時年
度未満の職員の本給も平均4・31%の減額となっていることを認定する(原判決
140頁)。
 しかし,55歳時年度未満の職員については,現実には減収にならないように,
上位資格等級昇格時まで調整給与支給という形で,代償措置がとられている(甲
8,D証言)。
 しかも,55歳時年度未満の職員のうち,8級職ないし10級職の管理職につい
ては,新制度の適用により,逆に基本的に賃金が上昇することになっている。
 原判決は,この点を全く看過している。
イ すなわち,新制度の賃金体系は,旧制度下の年齢給が廃止された代わりに,1
級職ないし7級職の一般職は職能給,55歳時年度未満の職員のうち8級職ないし
10級職の管理職は職能給+業績給,55歳時年度以降の職員は職能給が各支給さ
れるという3本立てとなったところ,このうち,職能給については,資格等級・年
齢に関係なく,平成8年度から一律1000円アップしたので問題はないが,業績
給については,同年度から年齢に関係なく基本的に一律19万1700円に統一さ
れ,ただ業績査定により20%の幅でプラスマイナスされることとなった。
 平成8年4月時点では,55歳時年度未満の職員のうち8級職ないし10級職の
管理職は約80名いたが,これらの職員は,旧制度では,年齢給として最高でも4
9歳で19万0200円,40歳では17万3700円しか支給されなかったの
に,新制度実施により,一律基本ベースとして19万1700円を支給されること
となった結果,毎月1500円ないし最高で1万8000円もの賃金水準のアップ
となったのである。
ウ 被控訴人は,もとより上記の事実を知りながらあえて新制度を実施したもので
あり,このように55歳時年度未満の者と同歳時年度以降の者とで差別をし,後者
にのみ重大な不利益を課すことは,みちのく銀行事件上告審判決の判示するところ
からしても,効力を生じないというべきである。
(4) 原判決の安易な「金融業界での世間相場」論の誤り
ア 原判決は,被控訴人提出の「中小企業の賃金事情」(乙104)のみを根拠に
して,東京都内の中小金融・保険業に勤務する55歳及び60歳男子の平均年収
と,被控訴人における新制度下の平均年収とを比較し,後者の賃金水準が他の金融
機関のそれと比較して特に遜色ないこと(原判決191,204頁),並びに全信
協の資料から,全国の信用金庫における定年年齢前の高齢職員に対する処遇の概況
なるものを示した上で,新制度の内容自体の相当性を肯定する(原判決189~1
91頁,205,206頁)。
イ しかし,前記(1)のとおり,同業他社との比較は,判例上確立された基本的判断
枠組みとの関係では,あくまで付随的な要素にすぎないから,これに重きを置いて
本件就業規則等不利益変更の合理性を判断することは許されない。仮にこれを重視
すれば,労働条件が重大な不利益な内容に変更されることの合理性,必要性の判断
がおろそかにされる上,そもそも同業他社との比較といっても,それぞれの企業・
労使関係の歴史的経過や考え方の違いがあり,単純に比較できるものではない。
ウ 仮に比較するとしても,都内金融機関における賃金水準の相場は,原判決の認
定するようなものではない。そもそも,原判決の認定するところによっても,東京
都内の中小金融・保険業に勤務する55歳男子の平均年収が917万2600円,
60歳のそれが682万円であり,他方,新制度による控訴人Aの平均年収は64
4万円,控訴人Bのそれは613万円というのであるから,その単純な比較だけか
らしても,控訴人らの平均年収が大きく下回っていることは明らかであり,なぜ
「特に遜色ない」と断定できるのか甚だ疑問である。
 しかも,原判決の上記認定のもとなった被控訴人提出の資料は何故か平成4年の
数値を集めた平成5年版であり,平成6年以降の調査結果を調べれば,それら数値
が控訴人らの平均年収よりも大きく上回ることは明らかである。
エ 次に,原判決が引用する定年年齢前の高齢職員の処遇の概況に関する数値は,
故意に数字を大きくしたもので不適切である。
 すなわち,原判決は,「過半数の信用金庫で,新制度と同様に高齢者に対する処
遇についてその給与を逓減するという制度を採用しているところ,その逓減率につ
いても,新制度と同じ程度のところが3割以上存在している。」旨認定するが(原
判決205頁),原判決は,乙57の29頁第4表の数値を誤って引用している上
(原判決は,189頁において,処遇の変更をするという信用金庫の数を417金
庫中の273金庫として過半数であると認定するが,本件と同様に「基準内給与」
について処遇を変更するものは,同号証によれば,417金庫中192金庫しかな
いから,過半数ではない。),給与の逓減率が70%台の信用金庫をも本件の新制
度と「同じ程度」と強弁することで,故意に新制度と同様の逓減率の割合の数値を
「3割以上」と高く見せようとしている点で不適切である。
 真実は,本件と同様の切り下げ率(60%台の前半)で実施している金庫のは,
417金庫中の32金庫,わずか7・7%でしかないのである。
(5) 原判決の「職務内容比例」論の誤り
ア 原判決は,一審原告らの職務内容を概ね「定型的で軽易な職務」と認定した上
で(原判決188頁),同原告らの賃金水準は,その職務内容に照らして不相当に
低いものとまではいえないとした(原判決204頁)。
 しかし,控訴人らが55歳時年度以降担当している職務は,決して定型的で軽易
な職務ではない。
 しかも,「定型的で軽易な職務」などという主張は,本件訴訟対策として被控訴
人がにわかに始めた後付け主張であって,原判決は,同主張が苦しい言い訳けであ
ることを全く看過している。
イ みちのく銀行事件上告審判決は,「賃金が減額されても,これに相応した労働
の減少が認められるのであれば,全体的にみた実質的な不利益は小さいことにな
る。」としながら,他方,①所定労働時間の変更の有無,②就業規則改定による賃
金切り下げ前後での職務軽減の有無,程度をメルクマールとして挙げている。
 本件では,まず,新制度導入後も,労働時間の変更は一切ない。
 次に,質的な側面においても,55歳時年度以降の職務が新制度によって軽減さ
れた事実はない。
 もともと55歳に到達した職員を原則的に役職を離脱させる制度は,昭和57年
11月の定年年齢延長の就業規則改定の際に既に発足していたものであり,本件の
新制度の導入とは全く連動しないものであるから,55歳時年度以降の役職離脱
は,新制度による賃金切り下げの相当性を裏付ける理由とはならない。
 しかも,甲72の1,2からも明らかなとおり,55歳時年度以降の本部勤務の
職員及び「支店長席」の職務も,決して定型的で軽易なものではない(そもそも
「支店長席」の定義やその職務内容を定めた規定は存在しない。)。
 実際にも,控訴人Aは,55歳で役職離脱後,平成8年4月から事務課長権限を
付与された支店長席であったが,その間,監督職としての課長がいない支店もあっ
たため,自ら広範な職務内容を持つ課長の職を全て担当していたものである。
ウ 原判決は,被控訴人の悪意の職務軽減政策に惑わされている。
 被控訴人の「定型的で軽易な職務」などという主張が後付けの訴訟対策でしかな
いことは,甲21(平成7年2月中旬に配布された「高齢者の職務について」と題
する書面)からも明らかである。
 すなわち,同書面では,「支店長席」の職務の範囲を「指導的,管理的なもの等
職務基準に基づき決定する。」と定めており,「定型的で軽易な職務」とは全く逆
の概念となっている。
 しかも,高年齢職員の知識と経験を活用し,指導的,管理的な職務を担当させよ
うとの考え方は,旧制度実施後,被控訴人が一貫して取ってきた考え方である(乙
117参照)。被控訴人が,新制度による賃金切り下げの理由として,55歳時年
度以降の職員の職務内容が定型的で軽易であり,5級職ないし6級職に相当するに
すぎないなどと説明したことは一度もないのである。
 原判決は,上記のような被控訴人の後付け主張を鵜呑みにしたところに決定的な
誤りの一つがある。
エ 控訴人らが担当させられた職務は,見せしめ的なものである。
  控訴人らは,現在営業店に配属され,控訴人Bについては,平成11年度から
事務課長権限を奪われ,支店長席の職務さえ奪われている。控訴人らが55歳時年
度以降担当させられた職務の全部ないし一部が見せしめ的なものであることは,次
のような被控訴人の言動からも明らかである。
① 被控訴人が平成8年3月18日,故FとGを呼びつけた際,E理事長は「申入
書は見た。覚悟ができているのですか。」と述べ,不利益処分を匂わせて恫喝し
た。
② 上記Gは,同年8月23日にも,被控訴人のH常務らから,「該当者(組合結
成者)の解雇はやる。」などと恫喝された。
③ 平成9年8月26日,控訴人らが加わる「Cユニオン」と被控訴人との団体交
渉の席上,D理事は,第一審原告ら4名の夏期賞与がマイナス査定されたことにつ
いて「企業防衛のためマイナス考課したことは一理あると判断する。」旨述べて,
これが報復的なマイナス査定であったことを露骨に明らかにした。
 以上のように,控訴人らは,見せしめ的に屈辱的な職務を担当させられたもので
あり,本来の職務を担当したものではないから,控訴人らが実際に担当した職をも
って控訴人らの賃金切り下げを正当化することは絶対に許されない。
オ 控訴人らは,これまで被控訴人の発展に寄与するべく,自分の体調を崩すほど
に職務に一生懸命精励してきたものであり,控訴人らには,被控訴人の発展に寄与
する能力も経験も意欲もある。
(6) 原判決の「高齢者の雇用確保における社会的趨勢」論の誤り
ア 原判決は,「高齢者の雇用についての社会情勢等」という項目をわざわざ設け
(原判決」192頁),I電力とJ電機の例を根拠に,本件の新制度が給与面だけ
でも特に高齢者に不利に設定されているとはいえず,雇用確保の観点からはむしろ
有利に設定されているとすらいうことができるとする(原判決206頁)。
イ しかし,同業他社との単純な比較や社会趨勢論を安易に持ち出すことが不当で
あることは前記のとおりであるが,そもそもI電力やJ電機の例は,本件とは全く
事案を異にする「定年後再雇用制度」の問題である(甲80,81)。しかも原判
決は,新聞記事や被控訴人の準備書面のみで事実認定をするといった判決のあり方
としてはあまりにお粗末で乱暴な手法を取っている。
ウ 新制度は,近年の国際社会において認められてきている高齢者労働者の人権保
障の流れ(昭和23年世界人権宣言,昭和41年「経済的,社会的及び文化的権利
に関する国際規約(通称A規約)並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約
(通称B規約)」,昭和55年の高齢労働者に関する勧告(ILO第162号勧
告)等の様々な国際条約や勧告)に逆行するものである。
3 原判決の「必要性論」の誤り
(1) 原判決の誤り
 原判決は,本件就業規則等変更の必要性について,①被控訴人の経営状態が良好
ではなく,早期に経営を立て直す必要に迫られていたこと,②自己資本比率を維
持・上昇させる必要があったことを指摘した上で,他と比較して高水準にある物件
費や人件費を削減せざるを得ない状況にあったとする(原判決199から201
頁)が,これは,以下の点において誤っている。
(2) 被控訴人の経営状態は,決して悪くないこと
ア まず,平成8年7月8日に導入された本件就業規則等変更の必要性を判断する
のに,平成8年度の終了をもって初めて判明する平成8年度の経常利益や当期利益
に関する指標をもって判断するのは誤っている。また,預金保険制度に基づく預金
保険料の大幅な増加も同年11月のことであるから,この点を考慮することも間違
っている。
 指標とすべきものは,平成7年度のものまでである。
イ 次に,原判決は,経常利益や当期利益が減少した原因の一つに,貸出金利息収
入の減少を挙げている(原判決147頁)が,平成4年度から7年度にかけては,
公定歩合が3・75から1・00と約4分の1に下降しているのであるから(甲5
8),貸出金利息収入が減少するのは当然である。他方において預金金利支出も減
少するのであるから,何ら経営悪化を示すものではない。
ウ 原判決は,経常利益と当期利益のみに基づいて,被控訴人の経営状態を判断し
ているが,これは誤りである。
  金融機関の基本的な業務の成果を示す金融機関固有の利益指標である「業務純
益」をみると,平成5年度から7年度にかけて,14億0109万1000円,2
2億8061万4000円,31億1751万8000円と劇的に増加している
(甲13の16頁)。
 また,被控訴人が,ディスクロージャー誌において平成7年度の業績の安定等を
訴え,東京速報でも被控訴人の経営の好調ぶりが記事にされていることは,いずれ
も前記のとおりであり(甲13~l5),これを社内報にも回している(甲1
9)。
 なお,原判決は,平成7年4月27日に全役職員に一律2万円の報奨金が支払わ
れていること(甲32,K証言)も無視している。
 その他,預金残高,貸出金残高,有価証券残高,総資産額は,いずれも右肩上が
りに伸びていること,預貸率も総資産が相当増加していることからすれば好調であ
ること,総資金利鞘は劇的に増加していること,自己資本比率も極めて安定してい
ることは,いずれも原審において控訴人らが指摘していたところであるが,原判決
は,何故かこれらの事実を判断の対象から除外している。
 このように被控訴人の経営状態は好調であったのであり,原判決は,以上の点を
一切無視している。
エ 不良債権問題
 原判決は,平成8年度の償却額が31億円以上に上ったことを認定するが(原判
決173頁),同数値を示すものは乙88や乙84の陳述書のみであり,客観的な
資料ではなく,とうてい証明があったとはいえない。
 しかも,平成8年度の償却額は,本件就業規則等変更後のことであり,変更の必
要性を判断する際に考慮すべきことではない。
 そして,特別積立金15億円の取り崩し(原判決174頁)は,次年度以降,会
計処理が変更となることから行われたことであり,同変更を契機として不良債権償
却を一気に進めただけである(甲14)。その証拠に,その後の償却額(貸出金償
却額)は,平成9年度が1億8711万4000円,10年度が9816万300
0円(以上,乙130),11年度が5349万6000円と激減している。
(3) 人件費を削減してまで自己資本比率を維持・上昇させる必要はなかったこと
ア まず,原判決は,ここでも平成8年度の自己資本比率を挙げるという誤りを犯
している。数値は平成7年度のものまでである。
イ また,原判決は,被控訴人の自己資本比率について,何の説明もなく「低水準
で推移した」と断ずるが(原判決167頁),被控訴人の自己資本比率は,決して
低水準ではない。被控訴人の平成4年度から7年度までのそれは,5%以上で安定
しており(原判決164,165頁),問題となる4%との比較では1%以上もの
余裕があり,少なくとも緊急に維持・上昇させなければならない事態ではない。
 都内の信用金庫の加重平均値と比べても,平成4年度から7年度では5%台で推
移しており,被控訴人の数値と大差ない。
ウ さらに原判決は,被控訴人が自己資本比率が低くなる施策を敢えて選択実行し
ている点を看過している。
 被控訴人は,預金や貸出金について拡大路線をとり(原判決141,142,1
46,147頁),物件費をかけて新規支店を積極的に開設しているが,貸出金は
自己資本比率の計算において分母となるから,貸出金が増えると自己資本比率は減
少するのである。すなわち,被控訴人の拡大路線は,自己資本比率を低下させてい
るのである。
 自ら自己資本比率を低下させておきながら,それが問題であるとして,賃金を切
り下げることが許されるはずはないし,そもそも被控訴人にとって自己資本比率は
全く問題でなかったことは,E理事長の「成長性と自己資本比率とは矛盾するが,
一般的には成長性を評価する。」という主張からも明らかである(甲57の3)。
 なお,被控訴人が拡大している「債務保証見返」業務も,自己資本比率を低くさ
せるものであり(K証言),原判決は,この点も無視,看過している。
エ 自己資本比率を上昇させるための方法として,原判決は,会員を追加募集する
ことによる自己資本額の増加は困難であるとするが(原判決168,169頁),
被控訴人自身,平成10年度に6億0500万円から6億2800万円に増資をし
(乙130),平成11年度にはさらに9億0300万円に増資をし,平成12年
9月現在では自己資本額が25億1000万円となっている(甲90の3)のであ
るから,原判決の同認定は誤りである。都内の他の信用金庫の多くも同様に増資を
行っており,会員を追加募集することによって自己資本額を増加することは容易な
のである。
 かかる観点からも,自己資本比率を上昇させるために,人件費を削減する必要性
などなかったことは明らかである。
オ そもそも本件就業規則等変更の問題と,被控訴人の自己資本比率の維持・上昇
とは全く無関係であった。
 このことは,上記イ,ウ,エの各点のほか,①自己資本の充実は,平成4年3月
31日以前から要請されていたことであり,4%という数値も従来からの国内基準
にすぎないところ,被控訴人は,これまで同基準を充たしてきたのであるから,平
成7年末になって突然,自己資本比率を理由に本件不利益変更をしたというのは不
自然であること,②被控訴人が本件就業規則等変更をしなければ自己資本率が4%
を下回ってしまうという主張を裏付けるものとして提出された乙42の1ないし4
は,本訴提起後の平成9年2月に作成されたものであり(K証言),被控訴人は,
本件就業規則の改定前には,自己資本比率と賃金切り下げの関係をシミュレーショ
ンで検討することさえ全くしていなかったこと,③被控訴人が人事制度改定に際し
ての説明資料として配付した甲7,甲8には,自己資本比率の維持・上昇が必要で
あるとの趣旨の記載は一切ないこと,④K証言のいう人件費削減の目標額が2億円
であるとする根拠がないこと,以上の諸点からも明らかである。
(4) 物件費や人件費は高水準ではないこと
ア 原判決は,他の信用金庫と比較して,被控訴人の物件費や人件費が高水準にあ
るとしており,その理由は明確ではないが,おそらく物件費率や人件費率を比較し
たものと考えられる(原判決155,157,161頁)。
 ところで,物件費率や人件費率は,物件費や人件費を預金・積金期中平均残高で
除したもの(原判決155,157,158頁)であるから,預金・積金期中平均
残高が大きい金庫,すなわち経営規模の大きい金庫ほど費率が低くなるのであり,
したがって経営規模の異なる金庫間で費率を単純比較しても意味はない。
 原判決は,同じ地域内で競合関係にある信用金庫の人件費率を比較して,被控訴
人のそれが高水準にあるとするが(原判決161頁),預金量についてみると,一
番低額のL信用金庫でさえ約2倍の預金量であり,M信用金庫では約4倍であっ
て,単純比較することが不適切な規模の差違があり,被控訴人の人件費率が上記各
金庫よりある程度高くても何ら問題はないのである。しかも,平成7年度の人件費
率の差は,0・14%から0・32%であり,全く問題ない数値である。
イ 物件費増加の原因について,原判決は,平成7年度と8年度に3つの支店を開
設したこと,並びに被控訴人が負担すべき預金保険料が7倍にも跳ね上がったこと
を挙げる(原判決154頁)。
 しかし,預金保険料が増額となったのは平成8年度以降であり,その負担が決ま
ったのは平成8年11月であって(乙19の1),本件就業規則等変更前には保険
料増額の事実はなかったものであるから,同事実を就業規則等変更の必要性を判断
する資料とするのは誤っている。そうすると,同変更の必要性との関係でいえば,
被控訴人の積極的な店舗出店という営業方針が,物件費増額の主な原因であるとい
うことになる。
ウ また,人件費率についても,原判決は,被控訴人のそれが年々低下しているこ
とを認定しているのであるから(原判決158頁),被控訴人の経営について人件
費率の問題は発生していなかったものである。
 にもかかわらず,原判決は,何故かこの点を無視し,他の信用金庫との比較を問
題視して,本件就業規則等変更の必要性を認めており,極めて不合理な判断であ
る。
エ さらに,原判決は,被控訴人のパーヘッドが良好であり,効率性が上昇してい
ることを認定している(原判決162頁)。
 パーヘッドが良好であることは,職員の生産性が上がっていることを示し(K証
言),人件費削減の必要性を減少させる一要素となるのであるから,原判決が,就
業規則の変更の必要性を判断する際に,この点を考慮しなかったのは不当である。
(5) 物件費を増額させる等の不合理な経営
 ア 労働者にとって最も重要な賃金を一方的に切り下げることが許容されるため
には,使用者において賃金切り下げを回避するための様々な努力をしたことが必要
であるところ,被控訴人は,このような努力をほとんどしていない。
 にもかかわらず,原判決は,経費削減の必要性を認めることから直ちに人件費削
減の必要性を肯定するという,論理の飛躍も甚だしい誤りをしている。
イ 以下,被控訴人が賃金切り下げを回避する努力をしていない事実を 指摘す
る。
① 物件費の増大(乙81)
  前記のとおり,被控訴人は,積極的な店舗出店という営業方針を取ったため,
物件費を激増させた。
② 新規採用(甲51添付の表)
  他の都内信用金庫が新規採用を減らしている中で(甲17の31頁),被控訴
人は,新規採用を積極的に行っており,それでいながら賃金を大幅に切り下げるこ
とは許されない。
③ 役員の人数増・役員報酬の据え置き
 被控訴人は,役員を減らすどころか,平成7年度には,常勤理事を2名増員して
6名とした(乙25,26)。この2名の増員がなければ,約3200万円の経費
が削減でき,人件費の削減率を16%も減らすことができたのであり(K証言),
控訴人ら55歳以上の職員の賃金切り下げを,55歳未満のそれと同程度に押さえ
ることもできたのである。
 しかも,被控訴人は,役員報酬は全く切り下げていない。役員についても,55
歳以上の職員と同様の切り下げをすべきである。
(6) 中高年齢層の増加と賃金配分の偏在化という認定の誤り
ア 被控訴人は,原審において,本件就業規則等変更の必要性として,昭和50年
代から始まった金融自由化まで持ち出しながら,これとは別次元のことである中高
年齢層の増加と賃金配分の偏在化を主張したところ,原判決は,わが国社会の高齢
化の進展に伴い,被控訴人においても中高年齢職員の増加が見込まれること等を挙
げて,人件費,とりわけ高齢職員の人件費削減のため,新制度の導入の必要性が高
度なものであった旨判示するが(原判決201~204頁),これは以下に述べる
とおり事実誤認であり,評価の誤りでもある。
イ まず,原判決は,平成4年度から21年度までの18年間に,被控訴人におけ
る55歳以上の職員の人数が17倍以上になると予想された旨認定しているが(原
判決201頁),その証拠とされた乙43とD証言は,全く根拠薄弱な証拠であ
り,信用性がない上,同証拠によっても,18年後の高齢者の人数は7・8倍にし
かならず,計算違いも甚だしい。
 しかも,乙117からも明らかなように,今後は他の年齢層の職員の増加も見込
まれるのであるから,高齢者の人数増だけを取り上げても意味がない。
 また,そもそも被控訴人は,本件就業規則等の変更に際して,平成21年度など
という長期予測など検討してはいない。このことは,平成4年における旧制度の制
定の際にも長期予測をしていなかったことからも明らかである。
ウ 次に,原判決には,中高年齢層(40歳以上)と55歳以上の職員の混同がみ
られる。
 原判決は,被控訴人における中高年齢(40歳以上)職員が占める割合と人件費
の占める割合の推移を認定し(原判決176~179頁),その証拠として乙44
と45の1~8を挙げているが,D証言によっても,これらの書証の作成過程や数
値の根拠は全く不明であり,このような根拠薄弱な書証と証言により具体的な人数
の推移を事実認定すること自体問題である上,そもそも55歳以上の職員の賃金切
り下げの合理性が問題となっている本件において,何故40歳以上の職員の割合や
人件費が判断の基準となるのであろうか。
 乙45の1~8からすれば,40歳は職員の年齢構成のちょうど中間点に当たる
から,40歳以上の職員が40%になり,人件費の割合が54%になったとして
も,何ら問題視される理由はない。
 また,原判決は,昭和59年当時と平成4年当時の各割合を比較するが,従前の
定年は60歳であったから,62歳定年制が導入された平成4年以降と単純比較す
ることも妥当でない。
エ さらに原判決は,平成14年度に被控訴人の預金量が5000億円に達するこ
とを前提としてシミュレーションすると,人件費に占める中高年齢層の割合が5
0・44%に達することを認定する(原判決111から112頁)。
 しかし,ここでも「中高年齢層」とは40歳以上の職員を指しており,そうであ
るならば,人件費の占める割合が上記の数値になったとしても何ら問題ではない
し,そもそも40歳以上の者を判断の対象とすることが不適切であることは前記の
とおりである。
 しかも,上記判断の前提となる5000億円という数字も,乙117によると,
あくまで「仮説ではあるが」と留保された不確定要素であり,同号証における予測
の正確性にも疑問がある。
オ 原判決は,支店長の年収を上回る支店長席の職員が存在したことの具体例を認
定するが(原判決179~180頁),その基礎となった乙98は,匿名のデータ
であり,その真偽を確認するすべもなく,しかもわずか2名分の比較にすぎず,就
業規則変更の「高度の必要性」を認定する証拠としては,あまりに薄弱である。し
かも,同号証では,10歳も年齢が離れた職員間の比較であり,これだけの年齢差
があれば,年収でこの程度の差が出たからといって,何ら不当ということはできな
い。
カ 以上のように,40歳以上の職員数の割合や人件費の割合は,何らアンバラン
スではなく,偏在化と呼べるものではない。
 にもかかわらず,原判決が,中高年齢職員に対する人件費の増加・偏在化が,志
気の低下や人事の停滞,企業の活力低下という状況を招きかねないなどと判断して
「高度の必要性」を認めたことは,客観的な証拠もない事実認定に基づく,まこと
に杜撰としか言いようがない判断である。
4 代償措置及び経過措置について
(1) 本件では代償措置がないこと
 原判決も,本件の新制度において,55歳時年度以降の職員に対する直接的な代
償措置が設けられていないことは認めた(原判決207頁)。
 しかし,原判決は,①家族手当Bが新設されたこと,②新制度では給与体系とし
て8つのコースが設けられ,職員は生活設計等を考慮して,最も望ましいコースを
選択できること,③退職金額が減額されないことをもって,新制度の内容の相当性
を肯定する方向に働く重要な事情であるとする点で誤っている。
(2) 家族手当Bは,不利益緩和措置とはなり得ない。
ア 同手当は,新制度による収入減に比し,極めて少額である。
  控訴人Aは,平成8年4月から平成13年3月分まで月額1万円を受給する
が,その総額は60万円にすぎない。
 控訴人Bは,平成8年4月から平成11年3月分まで,同様に受給するが,その
総額は36万円にすぎない。
イ そもそも同手当は,55歳時以上の全職員に支給されるものではなく,満15
歳以上22歳未満までの扶養子女がいる職員に対してのみ支給される制度にすぎな
い。
ウ また,被控訴人も,同手当を代償措置であるとは主張していない。
被控訴人は,原審において「雇用維持という大きな代償措置を得ている。」と主張
しているだけである。
したがって,原判決は,この点で弁論主義違反,不意打ち的判断をした重大な違法
がある。
(3) 給与体系の選択肢は拡大されておらず,新制度の相当性を導き得ない。
ア どのコースも大幅に賃金が切り下げられているものであり,生活設計をぶち壊
しにする制度である。
イ 8つのコースのうち,60歳時定年コースを選択した場合の55歳時から定年
までの賃金は「410」であるが,他方62歳時定年コースを選択すると,7年間
の賃金は「432」であり,その差はわずか「22」にすぎず,仮に54歳時の年
間給与を1000万円とすると,2年多く働いても220万円(月額10万円を切
る。)の低額しかもらえない。
 また,61歳時定年コースを選択すると,支給総額は「419」であり,上記と
同様の給与を前提とすると,1年間多く働いても90万円しか得ることができな
い。
 すなわち,62歳時定年コースでは2年間,61歳時定年コースでは1年間,ほ
ぼただ働きと同様の給与しか得られないのであって,選択を迫られた職員は,必ず
60歳時定年コースを選択せざるを得なくなる。
 したがって,8つのコースのうち最も望ましいコースを選択できるとする原判決
の認定は,実態を全く無視した暴論である。
(4) 退職金額の変更がないことは,代償措置とは無関係
  退職金額に変更がないことは,大幅に減額された賃金について何ら不利益を緩
和するものではなく,これが代償措置に当たらないことは当然である。むしろ,賃
金の切り下げに対し,退職金が増額されてしかるべきである。
 みちのく銀行上告審判決では,退職金が増額されていても代償措置とはならない
と判示している。
 しかも,この点も,被控訴人が代償措置と主張していなかったものであり,原判
決は,ここでも弁論主義違反,不意打ち的判断をしている。
(5) 不利益が大きいにもかかわらず,代償措置等がとられていない。
  55歳時未満の職員については,小幅な減額率(平均4・31%)に止まって
いるのに,現実には減収にならないように,前記のとおり調整給支給という形で代
償措置がとられている(甲8,D証言)。
これに対し,55歳時以降の職員については,前記のとおり大幅な減額率(18・
8%又は21・2%)にもかかわらず,金銭的な代償措置は全く設定されていな
い。
(6) 経過措置についての考え方
  みちのく銀行事件では,業績給の削減率について年度ごとの経過措置を取り,
かつ,早期退職した場合の加算金や特別融資制度の新設等の代償措置も取られた事
案であるが,それにもかかわらず,最高裁は,上記経過措置や代償措置は不利益の
緩和措置としては十分でないとして,就業規則不利益変更の効力を否定した。
 したがって,経過措置も代償措置も全く講じられていない本件では,就業規則変
更の効力が生じないことは明らかである。
5 労使間の利益調整について
 (1) 平成8年7月1日当時,55歳以上の組合員はいなかったこと
  原判決は,55歳以上の組合員も一人所属していたと認定するが(原判決20
8頁),その証拠を乙120(Dの陳述書)のみに依ることは,あまりにも粗雑な
事実認定である。
 55歳以上の組合員として認定されたQ本人に確認すると,当時,同人はC信労
の組合員ではなかったことが判明した。
(2) 当時の組合員の構成
  原判決は,50歳以上55歳未満の組合員が8名,40歳以上50歳未満の組
合員が14名所属していたことを認定するが(原判決208頁),全体の組合員に
占める割合は,前者が1・88%,後者が3・3%にすぎない。
 このような割合が少ないものを過大視し,利益調整が行われたことの重要な事情
とする原判決の判断は,明らかに不合理な認定手法といわざるを得ない。
(3) 労使交渉における被控訴人の不誠実さ
 原判決は,被控訴人が,控訴人ら組合員以外の職員に対しても個別的に説明会を
開催し,意見を述べる機会を十分に保証した旨認定するが(原判決210~211
頁),これは,以下のとおり全くの事実誤認である。
ア 平成7年2月の説明会において,原判決が「平成7年度からの導入は性急すぎ
るとの意見が出た。」とする部分(原判決114頁)についての証拠はない。
イ 同年12月頃から平成8年2月頃にかけての説明会については,原判決は,書
面による新制度の説明があったことを認定しているだけで,口頭による具体的かつ
真摯な説明があったとの認定にはなっていない(原判決116~117頁)。
ウ 原判決の122~123頁にかけての事実認定によっても,被控訴人が控訴人
らに対し誠実な交渉を拒否していたことは明らかである。
 被控訴人は,以下の事実経過のとおり,控訴人らを含む55歳以上の者の要求を
一切無視し,控訴人らに対する説得,協議の機会を一切持とうとしなかった。
① 平成7年12月,被控訴人は,新制度についての説明会を行ったが,その直後
から55歳以上の職員を中心として,控訴人ら非組合員から新制度に反対するグル
ープが生まれた。
② 平成8年2月以降,Fら8名がN常務と面談し,生活維持の崩壊を訴えたが,
N常務は全く聞く耳を持たず,「勤められることをよしとしなければならない。」
との発言に終始した。
③ 同年3月8日,控訴人らを含む12名が被控訴人に協議を申し入れ,新制度に
反対する申入書(甲9)を被控訴人に提出し,その後内容証明郵便をも送付した。
④ 同月18日,被控訴人のE理事長は,上記のFとGを呼びつけ,「申入書は見
た。あなた達はこれにより覚悟はできているのか。」と恫喝した。
⑤ 同年4月3日,同月15日にも一審原告O,同Pらが上記申入書の回答を求め
たが,被控訴人から拒否された。
⑥ 控訴人らは,以降,C信労との情報交換を深めつつ,訴訟提起を含め対策を練
った。
⑦ 同年7月8日,本件の新制度が強行された。
  そこで,控訴人らは,同年8月19日,被控訴人に対しユニオンの結成を通知
し,新制度撤回のための協議を申し入れた。
  同年8月23日,上記Gは,N常務らに呼びつけられ,「組合の結成に関与し
た者は全員解雇する。」「負けるのは覚悟で(解雇を)やる。」との組合蔑視発
言で威嚇された。
エ 被控訴人は,C信労との対応においても,新制度のうち,55歳時年度以降の
部分については,交渉を拒否し,誠実に交渉に応じていないのである(原判決11
8~119頁からも明らかである。)。
(4) C信労の態度
  C信労は,55歳時年度以降の職員に関する部分を除いて,新制度導入に同意
したものである。
 この点に関する原判決の認定(原判決209頁)は明らかに誤りであり,乙56
の2の証拠判断を誤っている。
 そして,甲26~28により明らかな交渉経過からしても,被控訴人とC信労と
の間では,少なくとも55歳以上の部分については,利益調整が全く行われていな
いのである。
(5) 組合の同意の位置づけ
 仮に,労働組合の同意があったとしても,本件では,そもそも不利益の程度が甚
だしく大きいのであるから,同意の有無を大きな考慮要素として評価することは相
当でない。
 この理は,みちのく銀行事件上告審判決でも判示されている。
第4 当審における被控訴人の主張
1 原判決の判断の正当性と,みちのく銀行事件上告審判決
(1) 原判決の正当性
  原判決は,これまでの判例の考え方を踏襲した正当なものであり,就業規則変
更の合理性及び必要性に関する判断手法も,確立した判例の考え方と同様であっ
て,この点に関する控訴人らの主張は失当である。
(2) みちのく銀行事件上告審判決の事案と本件事案との基本的な違い
ア 55歳時以上の職員のみを不利益にした事案ではないこと
みちのく銀行事件は,60歳定年制の下で,就業規則変更により55歳に達した行
員を専任職に発令し,基本給の約半額程度を占める業績給の一律50%減額・管理
職手当及び役職手当の不支給,賞与支給率の削減をしたものであり,人件費総額が
増加している中で,55歳未満の職員の基本給等を増額し,とりわけ中堅職員層の
賃金を格段に改善しながら,他方で,55歳以上の高年層のみを対象に本給等を大
幅に引き下げた事案である。
 これに対し,本件では,次の点で同上告審判決と異なる。
① 本件の賃金引き下げは,55歳時以上の高年層のみならず,55歳時未満の職
員層全体に対し,応分になされたものである。
② 55歳時以上の高年層は,引き下げ前の賃金水準による利益を得ている。むし
ろ55歳時未満の若年の中堅層は,将来にわたり高年層の受ける不利益よりも大き
な不利益を受けるものである。
 換言すれば,本件の新制度の導入により,55歳時以降の職員に比べ,55歳時
未満の職員の方がはるかに賃金上の不利益が大きい。
 55歳時未満の一般・監督職層の職能給(基本給に相当するもの)は,次のとお
り,旧制度に比べ大幅にベースダウンする。
  1~3級職   ほぼ旧制度と同様
  4級職     2・72%減
  5級職     3・81%減
  6級職     6・46%減
  7級職     7・00%減
 55歳時未満の職員は,55歳に達するまで上記の不利益を受けるほか,55歳
に到達後は,控訴人らと同様の処遇を受ける。
 そこで,被控訴人は,新制度の導入に際し,55歳時未満の職員に対しては,旧
制度と新制度との差額を調整給として支給し,昇格時に調整給を解消することとし
たものである(以上,乙106,120,D証言)。
③ なお,控訴人らは,55歳時年度未満の職員のうち8ないし10級の管理職で
は,新制度の適用により逆に賃金が上昇する旨主張するが,同主張が誤りであるこ
とは後記のとおりである。
④ 控訴人らは,本件が55歳時以上という特定層のみに著しい不利益を与えるも
のである旨主張するが,これは前記上告審判決になぞらえるため,本件事案を歪曲
して主張するものであり,そもそも控訴人らは,原審ではこのような主張を全くし
ていなかった。
イ 変更の高度の必要性があったこと
次に,本件では,就業規則の変更は,被控訴人の維持・存続上不可欠な差し迫った
高度の経営上の必要性に基づくものであり,総人件費コストでいえば約2億円の削
減を図る目的を有するものである(実際に,人件費コストは,今回の新制度の完全
実施時点である平成11年度末で約2億円の削減となっている。)。
信用金庫を含め金融機関が生き残りをかけて経営維持の施策をとっていることは公
知の事実であり,とりわけ被控訴人は,小規模の信用金庫として厳しい状況にある
ものである。近時において,一方で経営破綻や危機に瀕した金庫の救済合併・営業
譲渡が依然として続いており,他方で平成14年4月に予定されるペイオフ(預金
等の払戻保証を一定額までとする措置)解禁後の信用維持のため,経営規模の拡
大・自己資本比率8%が大きな目標とされており,そのための預金量の拡大,合
併・営業譲渡等が急がれており(乙133~143),このような再編が迫られる
中で,被控訴人の本件新制度の必要性も位置づけられるのである。
この点に関し,控訴人らは,みちのく銀行事件上告審判決が「差し迫った必要性」
を必要とする旨判示したと主張するが,誤りである。同判決は,就業規則変更に関
する高度の経営上の必要性については肯定した上で,変更内容の合理性との関係で
「差し迫った必要性」を論じているのであって,同事件を離れて一般的にこれを要
件としているわけではない。
ウ 担当職務の内容の変更
みちのく銀行事件上告審判決は,職員に対する不利益の程度を判断する場合の一要
素として,担当職務の変更を考慮要素としており,同事件では,55歳の前後で担
当職務にさほど変更がない事案であった。
 しかし,本件では,55歳到達の年度末をもって,職位から離脱し,原則として
スタッフ職として「定型的で軽易な」職務を担当することになっており,実際に控
訴人らは,定型的で軽易な職務を担当しているものである。
 すなわち,55歳時以降の職員は,専任職として位置づけ,原則として支店長席
の職務を担当する。その主要な職務の内容は,概ね定型的で軽易な専任的職務で,
部下の管理監督を伴わないものである。支店長席は,新制度の資格等級上は,5級
ないし6級職の職務に位置づけられる(乙89,D証言)。
 原判決も同様の認定をしており,したがって,本件では不利益性は減弱される事
案である。
エ 労使間の利益調整手続上の相違
 みちのく銀行事件では,当時二つの労働組合が併存し,多数組合は変更に同意し
たが,少数組合は変更に反対した事案である。
 これに対し,本件は,職員の大多数を組織する労働組合が唯一存在していた事案
であり,かつ,変更について同組合の同意を得ていただけでなく,事前に控訴人ら
を含む非組合員に対しても,度々説明会を開いて理解を得る手続を行い,実際に控
訴人らを含む非組合員からは反対の意思表示もなかったのである。
 この点に関する控訴人らの主張は失当である。
オ 代償措置又は経過措置について
 上記のとおり,本件は,みちのく銀行事件とは事案を異にするから,同上告審判
決の代償措置及び経過措置に関する判断をそのまま当てはめることも誤りである。
カ まとめ
 以上のように,みちのく銀行事件上告審判決の判断を本件に当てはめようとする
控訴人らの主張は,牽強付会の乱暴な議論であり,失当である。
2 不利益の程度について(控訴人ら主張の「原判決の不利益性論の誤り」に対す
る反論)
(1) 原判決批判への反論
 控訴人らは,原判決が控訴人らの被る不利益を十分に把握していない旨主張する
が,就業規則等変更の内容そのものは当事者間に争いがなく,原判決も正しく内容
を把握しているところである。
 まず,控訴人らは,原判決が控訴人らの毎月の手取額を考慮していない旨主張す
るが,毎月の手取額は,法定控除項目のほか,各職員が自ら任意に加入する貯蓄性
の高い生命保険料や,損害保険料,月賦払い等の控除が含まれており,このような
控除額が各職員ごとに異なるから,最終的な手取額を不利益内容とすることはでき
ない。
 また,個々の職員の私生活状況も様々であるから,第三者にとって関知できない
これらの事情を不利益性の内容とすること自体も失当である。そもそも賃金体系は
多数の職員を対象として集団的・画一的に定められるものであるから,就業規則等
変更による不利益の程度については,各職員ごとの私生活に立ち入って判断すべき
事柄ではない。
(2) 賃金減額の程度
 ア 新制度の賃金減額の程度
控訴人らは,本件就業規則等変更による賃金の減額幅につき,旧制度に比して1
8・8%又は21・2%と主張するが,これは,退職までの賃金総額を旧制度と比
べた場合の数字である。
 同数値を年収平均でみると,コースを選択しない場合に適用される原判決
(ウ)(a)のコースでは,54歳時給与年度の年収を100とすると,旧制度では6
2歳定年までの平均年収は76%であったのが,新制度では61・71%となり,
その差は14・29%にすぎない。
控訴人らは,56歳時と57歳時の月例賃金の差(50%減額)だけを取り上げて
大幅ダウンであると主張するが,制度全体の減額率を論じるものでなく,不当であ
る。
新制度の合理性を判断するには,55歳時以上の7年間通算の減額の程度を評価す
る必要がある。
また,控訴人らは,新制度が旧制度の更なる賃金切り下げであった旨主張するが,
旧制度は定年を60歳から62歳に延長するのに伴って行われたものであるから,
単純に55歳時以上の高齢職員のみを対象とした賃金切り下げということは誤りで
あるし,本件で問題となっているのは,あくまで新制度の合理性であり,旧制度と
新制度を併せた合理性ではないから,控訴人らの主張は失当である。
イ 控訴人らの賃金減額の程度
まず,不利益の程度を判断する上で,控訴人らの毎月の手取額や私生活の状況を考
慮すべきでないことは前記のとおりである。
 控訴人Aの55歳時以降の7年間の平均年収は644万円であり(乙54の
2),控訴人Bのそれは613万2000円である(乙53の2)。
なお,控訴人Bについて,控訴人らは平成11年度から事務課長権限剥奪により職
務手当7500円の減額も加わった旨主張するが,同控訴人は平成11年4月から
配置転換によりa支店事務課員となったため,支店長席に伴う職務権限手当が支給
されなくなっただけのことであり,権限剥奪による減額ではない。
また,控訴人らは,賞与の減額をも主張するが,賞与は,毎年労使交渉により決定
されるもので既得の権利ではなく,この点は新制度下でも同様であり,職員全体の
問題である。
(3) 新制度による55歳時年度未満の一部管理職については賃金が上昇されるとの
控訴人ら主張の誤りについて
ア まず,55歳時未満の職員に調整給を支給することとした理由は,前記のとお
り55歳時以上の職員に比べ賃金減収の程度がはるかに大きいためであって,賃金
条件を上昇させたものではない。
イ 次に,控訴人らは,55歳時年度未満の職員のうち,8級職ないし10級職の
管理職の賃金が上昇することを主張するが,原審ではこのような主張は全くなかっ
た上,主張自体も誤りである。
① まず,8級職ないし10級職は,概ね40歳程度から昇格できるものではな
く,42歳以上でなければならない。
② 賃金体系は,旧制度では,職能給+年齢給であったのを,新制度により,職能
給+業績給とした。旧制度では,8級職以上の職員の年齢給として月額最高19万
1700円から最低17万7700円であったが,新制度では年齢給を廃止し,業
績給の基本を一律19万1700円とした。
 この点は,新制度の内容として,当初から明らかにしてるところである(甲
8)。
 そして,この基本となる業績給では,50歳以上でなければ昇格できない10級
職の職員では全く増額はない。最高でも42歳職員で1年間に限り1万4000円
であるが,これも毎年減少する。
③ しかも,控訴人らは,業績給のみを取り上げて賃金が上昇すると主張するが,
8級職及び9級職の職員のうち,49歳までは業績給は制度上増額となったが,同
時に8級職ないし10級職の職員の職能給は減額されている(乙151の1~
3)。
 すなわち,業績給と職能給の合計でみると,8級職の42歳から45歳までと,
9級職の46歳から47歳までが最高で1万4000円,最低で1280円の増額
となるが,加齢とともに増額金額は減少し,さらにマイナスとなる。その余の8級
職ないし10級職の職員は全て賃金総額が減額となるのである。
(4) 控訴人らの「安易な金融業界での世間相場論の誤り」の主張に対する反論
ア 原判決は,定着した判例の見解を踏襲したもので,同業他社の水準等のみに重
きを置いて判断したものではない。みちのく銀行上告審判決でも,従来の判例と同
様に,同業他社の水準等を考慮要素にすることを明言しており,決して付随的要素
であるが故に考慮しないというものではない。
イ 被控訴人は,原審において,「つまみ食い」的に乙104を提出したものでは
なく,敢えて平成4年の資料のみを提出したものでもない。被控訴人は,平成5年
3月,全信連コンサルティングの提言(乙96の別紙)が出されたことを受けて本
件の人事制度の見直しに着手したものであり,同年12月24日に発行された平成
5年版「中小企業の賃金事情」(乙104)を参考としたのである。そこでこれを
書証として提出したものであり,あくまで参考資料の一つである。
 各金融機関の賃金内容は公表されていないが,被控訴人は,上記資料のほか,同
業他社の賃金水準等を非公式に集め,これらを参考にして,少なくとも同業他社の
水準を下回らない賃金水準にしているのである。
ウ 控訴人らが他社の賃金水準として数値を挙げていることの根拠とする甲74~
78や甲88の1,2は,公表されたものでなく,その出所も不明であり,都合の
よいケースを集めたとしか考えられない。
エ 控訴人らは,原判決が乙57の数値を誤って引用した旨主張するが,誤ってい
るのは控訴人らの方である。
 すなわち原判決は,乙57の27頁第3表を引用しているのであり,これが正し
い引用なのである。控訴人らのいう同号証29頁の第4表は基準内給与の取り扱い
であり,原判決の認定とは異なる。
 また,控訴人らは,原判決が「逓減率が70%台の信用金庫をも新制度と同じ程
度である」と強弁したなどと批判するが,乙57は,あくまでも調査時点の前年度
年収に対する変更割合を集計した資料であり,これと同様に前年度年収に対する変
更割合で本件をみると,初年度(55歳時年度)の減額割合は90%台となる。本
件では,初年度以降賃金が逓減する制度となっているから,原判決は,このような
逓減制度をも考慮して,総じて60~70%程度の信用金庫は本件の新制度と同程
度と判断しているのである。
(5) 担当職務内容の変更について
ア 控訴人らは,55歳時年度以降の高年齢職員の職務が軽減された事実はないと
主張するが,事実に反する。
 まず,控訴人らが従前,重要な職位にあったことは,控訴人らも自認する(ただ
し,控訴人らには支店長の経験はない。)。
 そして,新制度の実施により,55歳時年度以降は,組織上ラインの役職その他
の管理職務(いわゆるスタッフ管理職)に就いていた職員は,原則としてその職か
ら離れ,支店長席や一般の事務職を担当し,部下を持たなくなる。
 控訴人らについていうと,以下のとおりとなる。
① 控訴人A 平成2年4月(49歳,8級職)b町支店次長
                 (ラインの管理職で部下有り)
          4年1月(51歳,9級職)事務部事務管理課
                  臨店指導(スタッフ管理職)
          8年4月(55歳,9級職)c支店支店長席
               以降,他支店の支店長席
② 控訴人B  3年4月(50歳,7級職)事務部事務課          
               
主任調査役
          5年1月(51歳,8級職)d支店e出張        
               
所長
                  (ライン管理職で部下有り)
          8年4月(55歳,8級職)f支店支店長席
         11年4月以降,事務課員(前記のとおり)
イ 支店長席の主たる職務は,次のとおりである。
① 支店の顧客との取引等で生じた伝票額のチェック(伝票検印)
② 現金自動預け払い機の管理(現金補填,故障対応等)
③ 夜間金庫,両替機の集計,補填等の管理(なお,これは夜勤業務 ではな
い。)
④ 売上金の集金業務
⑤ 預金の解約,更新等の手続(ローカウンター対応)
 上記の職務は,いずれも定型的で軽易なものであることは説明するまでもない。
ウ 支店長席が設けられたのは,平成6年1月1日であり,その大きな理由は,高
齢化の進展により増加する高年齢職員に与える職務がなかったことにある。すなわ
ち役職ポストが限られている中で,人事の停滞と職員全体のやる気の喪失を防止す
るため,高年齢職員の経験を活用し,かつ,役職ポスト,監督職ポストを与えられ
ないところから考えられたものである。
エ 控訴人らの支店長席としての職務内容も上記のとおりであり,部下の管理・監
督を伴わない5~6級職程度の職務である。
 控訴人らの職務が定型的で軽易な業務であることに変わりはなく,この点に関す
る控訴人らの主張は全て誤りである。
 しかも,帰宅は定時というのが実情であり,仕事の質・量ともに軽減されたので
ある。
 控訴人らは,原判決は被控訴人の「定型的で軽易」という訴訟提起後の悪意の訴
訟対策でしかない主張を鵜呑みにした不当な判決であるなどと主張するが,支店長
席は,上記のとおり平成6年には既に設けられ,以来「拠点支援面接カード」によ
り,本人,支店長,人事部長の三者で話し合い,職務の範囲を設定してきたもので
あり,本件訴訟以前から存在した制度を無視して悪意の訴訟対策など主張できる根
拠はどこにもなく,控訴人らの主張は原判決を愚弄するものである。
 また,控訴人らは,控訴人らが担当させられた職務は「見せしめ的なもの」であ
る旨主張するが,その根拠もなく,被害妄想としかいいようがない。この点に関
し,被控訴人がFとGを呼びつけ,E理事長が恫喝したなどという控訴人らの主張
も事実無根であり,その余の団体交渉の内容も事実に反するものである。
(6) 控訴人らの「高齢者の処遇論に関する原判決の誤り」の主張に対する反論
ア 控訴人らは,原判決が高齢者の雇用確保における社会的趨勢を考慮したことが
不当である旨の主張をするが,前記の同業他社との比較論と同様の意味で,控訴人
らの主張は誤りであり,この事情を考慮すべきことはむしろ当然である。
イ 原判決がI電力やJ電機の例を出したことは,これらの企業の制度を本件の新
制度と全く同列に扱ってその当否を論じているものではないから,この点について
の控訴人らの主張は,原判決を曲解するものである。
 今後,高年齢者の増加は既定の事実であり,年金支給開始年齢の引き上げ等に伴
い,60歳定年の延長や雇用継続が企業の大きな課題となっていることは明らかで
ある。被控訴人は,既に62歳定年制を導入しており,しかも厳しい金融環境の中
で本件の新制度を導入したものである。
 したがって,不利益変更の合理性の判断についても,こうした企業における高年
齢者の処遇状況を勘案することなしに,適切な結論は導き得ないのである。
ウ また,控訴人らは,原判決が新聞記事を引用して事実認定をしたことがお粗末
で乱暴な手法であると非難するが,新聞記事を事実認定の一資料とすることは何ら
不当ではなく,また,乙111,145からも明らかなように,I電力やJ電機に
おいてさえも,62歳までの雇用確保の困難さについては例外ではなく,雇用延長
には賃金引き下げを伴っていることを物語っている。
3 変更の必要性について(控訴人ら主張の「原判決の必要性論の誤り」に対する
反論
(1) 原判決の正当性
 控訴人らは,被控訴人の経営状態や各種経営指標について論難するが,原判決の
認定は正しく,控訴人らの主張は誤りか,あるいは恣意的に事実から目をそらし,
断片的に都合のよい数字だけを挙げるものである。
(2) 被控訴人の経営状態について
ア まず,控訴人らは,原判決が平成8年度の指標をもって判断したことを非難す
るが,原判決は同年度の指標のみをもって判断したものではないし,同年度の指標
は,それ以前に被控訴人において概略予想済みであり,当然に本件就業規則等変更
の理由として考慮したところである。
 また,預金保険制度に基づく預金保険料の大幅増加に関していえば,預金保険制
度に基づく責任準備金は,平成6年度末現在で9000億円弱しかなく,地方銀行
1行分の破綻にも耐えられない状態であったから,平成7年当時から近々預金保険
料が大幅に引き上げられることことは金融業界において当然予想されていた。そし
て,平成7年12月22日の金融制度調査会の答申(乙147)の中に預金保険料
の大幅引き上げが盛り込まれたことにより,実質上引き上げ実施が決定されたので
あるから,被控訴人においても,平成7年の時点で預金保険料の大幅な増加を前提
事実として認識していたものである。
 なお,預金保険料がこれまでの7倍に増額されることが正式に決定したのは,平
成8年3月29日であり(乙148),控訴人ら主張のように同年11月ではな
い。
イ 次に,控訴人らは,公定歩合の下降から貸出金利息収入が減少するのは当然で
ある旨主張するが,これは金融機関人であれば当然認識すべきことを無視した空論
であり,認識不足である。
 すなわち,貸出金利回りの低下は,現実には,預金利回りの低下に先行し,しか
も直利鞘も圧縮されたものであり,金融機関にとって金融自由化,金利自由化とは
利鞘の減少を意味し,これがまさに実際に加速度的に進行し,被控訴人の経営を悪
化させていたのである(乙121)。
ウ 控訴人らは,原判決が経常利益と当期利益のみに基づいて被控訴人の経営状態
を判断したことが誤りであると主張する。しかし,
① まず,控訴人ら指摘の「業務純益」は,あくまで経営指標の一つにすぎず,こ
れのみで経営状態を判断することはできない。ちなみに,同指標は,平成10年度
以降のディスクロージャー誌への記載も不要とされており,経営指標としての重要
性も低いものである。
 乙79からも明らかなとおり,被控訴人は,平成5年度以降,不良債権の償却財
源捻出のため,被控訴人の最優良資産であった高利回りの国債,地方債等の債券を
売却し,大幅な益出しを行って利益計上せざるを得なかったのであり,到底経営状
態が好調であるといえる状況ではなかった。
② 控訴人らは,平成8年度版のディスクロージャー誌等(甲13~15,19)
において被控訴人の業績がよい旨が記載されていることを主張する。
 しかし,控訴人らの上記主張は,金融機関のパブリシティー活動を理解しない主
張である。この時期は,金融機関の破綻が多発し出した時期で,信用不安も一挙に
高まっていたため,被控訴人をはじめとする金融機関は,経営情報の開示に当た
り,信用不安を高めないよう慎重な判断を要請されていたのである。
③ 控訴人らは,平成7年4月27日に一律2万円の報奨金が支給されたことを主
張するが,この事実と経営状況とは直接関連するものではなく,同主張はこじつけ
である。
 報奨金は,平成6年度の預金と貸出金の増加率が都内信用金庫の中で比較的高か
ったことから,厳しい経営状況の中で職員のなお一層の奮起を促すために支給した
ものであり,経営状態が良好であったために支給したものではない。
 平成6年度決算では,不良債権(貸出金+投資信託)の償却額は16億3700
万円に達しており,保有有価証券の売却益5億6700万円を計上することによ
り,何とか赤字決算を回避したというのが実情である。
④ 控訴人らは,総資金利鞘が劇的に増加していると主張するが,数字上はこれが
増加しているように見えるものの(特に平成7年度の0・70%),実際には,大
幅な金利変動に伴う一時的な現象にすぎず,これをもって経営状態が良好であった
ということにはならないのである。
⑤ 控訴人らは,被控訴人の自己資本比率が極めて安定していたと主張するが,実
際は,被控訴人のそれは,常に業界内でも最下位グループに属している。平成11
年度では,全国376金庫中,下位から19位と最悪の状態である(乙140)。
 平成12年3月現在,自己資本比率7%以上の金庫は,全体の83%を占めてお
り,被控訴人のように5%台の数値がいかに低く,問題であるかが理解できよう。
 しかも,前記のとおり,ペイオフ解禁を平成14年4月に控え,地方銀行では,
自己資本比率8%以上,信用金庫でもこれを6%以上にする必要があるとされてお
り(乙142,143),5%台では経営の存続上厳しい状況であって,顧客やマ
スコミを通して風評リスクに晒されているのが現実である。
エ 不良債権問題
① 控訴人らは,平成8年度決算において不良債権の償却額が31億円以上に上っ
たことの客観的な資料がない旨主張するが,同年度の業務報告書(乙27)をみれ
ば一目瞭然である。 
  すなわち,同報告書中の損益計算書における経常費用の部の「貸出金償却額」
13億1600万円と,特別損失の部の「その他の特別損失」17億2500万円
のうち,「注1」に記載された「貸倒引当金繰入額」16億9400万円の合計額
30億1000万円が,貸出金償却に該当する。そのほか,一部有価証券の不良債
権(大幅な元本割れで回復の見込みのないもの)の処分額を経常費用の部の「国債
等債券償還損」として1億6800万円処理し,以上の合計31億7800万円が
不良債権の償却額である。
 この点からも,被控訴人の経営状態に関する控訴人らの無理解ぶりが分かるので
ある。
② 特別積立金15億円の取り崩しについては,控訴人らは,次年度以降会計処理
が変更となることから行われたものである旨主張するが,事実に反する。
 上記の取り崩しは,現実に平成8年3月に被控訴人の大口貸出先が倒産したこと
により,貸出金の償却を余儀なくされたために行ったものである(控訴人らも,こ
の事実を十分に承知しているはずである。)。
 また,控訴人らは,平成9年度の貸出金償却額が約1億8700万円であったと
主張するが,同年度においても,前年度と同様,同償却のほか,特別損失での貸出
金償却が52億7900万円あり,合計の貸出金償却は54億6600万円と莫大
な金額に達していた。そこで,平成9年度においても,特別積立金を50億円も取
り崩さざるを得なかったのである。
 不良債権の償却額が巨額に達し,通常の経常利益だけでは財源が大幅に不足した
ときは,そのままでは赤字決算となるため,これを回避するため,不良債権償却分
を特別損失として処理することがあり,これに対応する財源として特別積立金を取
り崩して特別利益として計上し,特別損益の段階で収支バランスさせるのである
が,控訴人らは,このような最も基本的な経理処理さえ理解できずに,単純な経理
書類の字面のみをみて主張するものであって問題外である。
③ 以上,①及び②については,乙154を参照されたい。
(3) 控訴人らが「人件費を削減してまで自己資本比率を維持・上昇させる必要はな
かった。」と主張する点についての反論
ア まず,控訴人ら主張の「平成8年度の数値を挙げることの不当性」について
は,前記のとおり(3(2)ア),被控訴人は,平成7年の時点で8年度の自己資本比
率も予測しており,このままでは近い将来被控訴人の経営は立ち行かなくなるとの
認識に基づいて,本件就業規則等を変更したものであり,何ら不当なものでも,誤
りでもない。平成8年度の自己資本率が4・81%にまで低下したことは予測どお
りの事実であり,本件就業規則等の変更を迫られていた事実を雄弁に物語るもので
ある。
イ 控訴人らは,平成4年度から7年度までの自己資本比率が安定していたなどと
主張するが,絶対値が問題なのであって,控訴人らの同主張は,信用金庫の金融機
関としての特質を全く理解していない。
 「都内の信用金庫の加重平均との比較」というのも全く意味のない主張であり,
都内平均と比較するのであれば,ランキングが可能な単純平均で比較すべきであ
る。単純平均で比較すれば,被控訴人と他の都内信用金庫との自己資本比率の差は
年々拡大していた。
 しかも,前記のとおり(3(2)ウ⑤),被控訴人の自己資本比率は,全信用金庫の
ランキングでは最下位グループに属していたのであり,同比率を引き上げて他の信
用金庫との差を解消することが,被控訴人の経営上の緊急の課題であった。
ウ 控訴人らは,被控訴人が自己資本比率を低下させる拡大路線を敢え取ってきた
旨主張するが,失当である。
① 厳しい経営環境の中で,今後,信用金庫が生き残っていくための最低資金量
は,地方信用金庫で5000億円,都市型信用金庫では1兆円というのが今や信用
金庫業界の常識である。そのため被控訴人は,量を拡大し,収益増加を図る施策を
とっているのであり,自己資本比率の低下とは何ら関係がない。
 自己資本比率低下の最大の要因は,不良債権の償却の問題である。
② 控訴人らは,別件訴訟におけるE理事長の主張を引用して,自己資本比率が全
く問題でなかったことを被控訴人も認めるかのような主張をするが,誤りである。
 同理事長が,自己資本の増加率が都内信金を上回っている旨述べたことは事実で
あるが,同時に分母となる総資産も大幅に増加していたから(その増加率は都内平
均の2・04倍であり,自己資本増加率の都内平均の1・62倍をはるかに上回っ
ていた。),自己資本比率の引き上げという課題は,依然として大きな問題であっ
たのである。
③ 控訴人らは,「債務保証見返」業務も自己資本比率を低下させる旨主張する
が,これは,被控訴人の適用貸出金利が到底太刀打ちできない場合に,低金利の代
理貸付業務を利用するのであり,平成9年度には優良貸出先で金利競合が発生した
ため,優良顧客をつなぎ止める策を図ったことにより,一時的に利用度が高まった
にすぎない。ちなみにその後の年度以降は大幅に低下している。
 控訴人らは,平成8年度の数値を持ち出すことが誤りであると主張しながら,こ
こでは平成8年度や9年度の計数を持ち出すなど,自己矛盾も甚だしい。
エ 控訴人らは,被控訴人が平成10年度以降増資を行っており,他の信用金庫で
も増資を行っていることから,会員の追加募集による自己資本額の増加は容易であ
ったと主張する。
 しかし,信用金庫の場合,自己資本比率が国内基準の4%を上回っていればよい
というものではなく,4%台,5%台では風評リスクに晒されるのが現実である
上,平成11年6月,地方銀行に対する公的資金導入の際に柳沢金融再生委員長が
「国内基準行でも国際基準である8%が望ましい。」と発言したこと(乙137)
により,信用金庫をとりまく状況は一変した。
 そこで,自己資本比率が4%台,5%台の信用金庫は,昨今の経済環境下では利
益の積み増しによる内部留保の向上は不可能であるから,窮余の一策として万やむ
を得ず出資金の増加を図っているものであるが,これとても短期間で0・5~1・
0%程度の引き上げ効果しかなく,銀行のように株式増資による8%達成までには
至らないのである。
 制度上,出資金に対する出資者保護はなく,また配当負担もあるため,信用金庫
においては,銀行や株式会社のように預金を集めるのとは訳が違い,出資金の増額
は容易ではない。
 ことにペイオフ解禁後は,顧客が金融機関を選択する場合の最大の基準は自己資
本比率の高低であり,上記のとおり現在では8%が常識となっているから,被控訴
人としても,風評リスク回避のため,少しでも8%に近づけるべく,窮余の一策と
して平成12年11月までに出資金20億円の増強を図ったのが現実である。
 しかし,この20億円の増加によっても,自己資本比率引き上げ効果は,わずか
に0・8~0・9%でしかなく,風評リスクに耐えられる水準ではないのである。
オ 控訴人らは,本件就業規則等変更の問題と,被控訴人の自己資本比率の維持・
上昇とは全く無関係であったと主張し,平成4年当時の問題を引き合いにするが,
①金融破綻など考えられない時期であった平成4年度と,金融不安が一挙に高まっ
てきた平成7年度とでは,自己資本比率の持つ意味は全く異なること,②被控訴人
が,新制度導入前に自己資本比率と賃金との関係のシミュレーションをしていなか
ったとする控訴人の主張は,事実に反すること(乙42は,本裁判でわかりやすい
ように一覧表にまとめたものであり,当然ながら本訴訟前に,必要な分析や予測は
行っている。),③甲7,甲8には,「自己資本比率の向上」「自己資本比率は都
内信金平均と比較して大きく見劣りする。」旨の記載があり,控訴人らの主張は誤
りであること,④K証人が人件費削減の目標額を約2億円と証言したことの根拠は
あること,以上の点からして控訴人らの上記主張は不当である。
(4) 物件費・人件費について
ア 異なる経営規模の信用金庫間の比較について
 控訴人らは,経営規模の異なる信用金庫間で単純に物件費率や人件費率を比較し
ても意味がないと主張するが,理解に苦しむ主張である。
 被控訴人は,同一営業地域内の競合信用金庫との間で,経営規模の大小にかかわ
らず,同じ土俵で競争をしているところであり,むしろ競合信用金庫に比べ小規模
であるからこそ,一層の人件費率等の低下が求められているのである。したがっ
て,規模が小さいから人件費率がある程度高くても問題ないなどというのはナンセ
ンスである。
 しかも,控訴人らは,人件費率の差が0・14%(正しくは0・11%)から
0・32%であるから問題ないと主張するが,これを被控訴人の人件費の金額に置
き換えると,0・14%では3億8600万円,0・32%では実に8億8400
万円に相当するものであり,これを問題ないとする控訴人らの主張は,人件費率の
持つ重要性を全く理解しないものである。
イ 物件費の増加について
  物件費増加の原因について,まず,控訴人らは,預金保険料の増額が決定した
平成8年11月であるから本件就業規則等変更の必要性とは関係ない旨主張する
が,これは誤りである。
 すなわち,前記のとおり(3(2)ア),預金保険料の増額は平成7年12月から事
実上決定されたが(正式決定は平成8年3月29日),平成7年中には,その大幅
な増額が予想されていた。
 なお,控訴人らが掲げる乙19の1は,全く関係のない証拠であり,前記のとお
り乙147,148が正しい。
 次に,物件費の増加の原因についていえば,被控訴人は,平成7年度にg支店を
出店したが,物件費率は前年度の0・65%と同率に抑制し,また,平成8年度に
はh支店とi支店を出店し,預金保険料の7倍の引き上げにより,物件費率は0・
70%に上昇したが,預金保険料の増加分を控除すれば,物件費率は0・63%と
なり,前年度より下回る結果となる。このように,被控訴人は,物件費の増加を抑
制するため可能な限りの努力を行っているのであり,それにもかかわらず物件費が
増加した原因は,ひとえに預金保険料の増額にあるのである。
ウ 人件費率の低下について
 控訴人らは,被控訴人の人件費率が年々低下していたから,人件費率の問題は発
生していなかった旨主張するが,誤りである。
 人件費率は,低下すればよいというものではなく,そのレベルが問題であり,被
控訴人の人件費率は,他の信用金庫や同一営業地域内の競合信用金庫と比べて高い
水準にあったから,人件費率の改善が大きな経営課題であったのである。
エ パーヘッドについて
 控訴人らは,被控訴人のパーヘッドが良好であったと主張するが,被控訴人のパ
ーヘッドのランクは,平成6年度は都内51信用金庫中19位,7年度は同13
位,8年度は49信用金庫中11位と一時的に上昇したが(乙82),これは採用
人員を抑制し,欠員状態で業務運営を行った結果であり,このような一時的現象を
もって,被控訴人の生産性が向上したとみることはできない。
 現に,その後の採用により欠員を解消した平成9年度は47信用金庫中14位,
10年度は44信用金庫中20位に低下した。
(5) 物件費を増額させる経営を行ったものではないこと
ア 控訴人らは,被控訴人が賃金切り下げを回避する努力をしなかった旨主張する
が,以下のとおり,事実に反する。
イ 被控訴人の経営努力
① 物件費の抑制
  被控訴人は,出店はしても,物件費の増加を抑制したことは前記(4)イのとおり
である。ことに平成6年度からはゼロシーリング方式を導入し,現在はさらにマイ
ナスシーリング(物件費の抑制)である。
  しかし,物件費の抑制だけでは経費全体の抑制には至らないことから,やむな
く人件費も削減せざるを得なかったのである。
② 新規採用
 被控訴人は,敢えて積極的に新規採用を行っているわけではなく,新規採用はあ
くまで新店舗出店に伴う欠員補充のみである。
③ 役員の人数増・役員報酬の据置
 平成7年度に常勤理事に就任した2名は,いずれも職員からの就任であり,職員
給与と役員報酬との差は,2名分でも560万円にすぎない。
 常勤理事を増員した主たる目的は,各々の部署の責任を明確化するためであり,
非難されるべき筋合いではない。
 また,控訴人らは,役員報酬を切り下げるべきであると主張するが,役員賞与は
平成4年度以降毎年引き下げられており,8年度以降はゼロとなっており,さらに
引き下げろというのは,役員と職員との地位及び責任の違いを無視した暴論であ
る。
(6) 中高年齢層の増加と賃金配分の偏在化について
ア まず,55歳以上の高齢職員の数について,原判決201頁に「18年間で1
7倍以上」とあるは,単なる誤植であり,約8倍が正しい。
イ 次に,控訴人らが非難する乙44と45の1~8は,被控訴人の人事記録に基
づき作成された正しいものである。
 また,控訴人らは,40歳以上の職員の数や人件費の問題は,本件の55歳以上
の職員の賃金切り下げとは関係ない旨主張するが,40歳以上の職員の人数割合及
び人件費割合は,近い将来確実に55歳以上の高年齢職員となる関係にあるから,
将来の人件費偏在の予測として,当然重要な資料であり,本件の新制度の策定に際
しても考慮したところである。
 しかも,本件の新制度は,前記のとおり55歳未満の職員の賃金も引き下げたも
のであり,55歳未満の職員は,55歳以上の職員と比べ,退職時までの賃金引き
下げ総額がはるかに大きいのであるから,40歳以上の職員の人数割合,人件費割
合が高率であることも,新制度導入の大きな理由の一つなのである。
ウ 控訴人らが非難する乙117は,控訴人らも認めるとおり,将来を予測して作
成されたものであるが,現実には,平成9年以降の実数は予測以上に悪い数字とな
っており,ここでも,本件新制度の合理性がより強く肯定されるものである。
エ 控訴人らが非難する乙98も,実例に基づくものであり,控訴人らの主張は,
金融機関の支店長に課せられている重大な権限と責任の実態に対する無理解に基づ
く無責任な言いがかりにすぎない。単に年齢が高いというだけで,支店長でもない
55歳以上の職員の収入が高いことが不合理でないというのは暴論である。
オ 中高年齢層の増加と,本件就業規則等変更の「高度の必要性」について
① 控訴人らは,40歳以上の職員数の割合や人件費の割合はアンバランスではな
く,偏在化と呼べるものではないと主張するが,誤りである。
 乙43によれば,40歳以上の職員数の割合や人件費の割合が年々増加すること
は明らかであり,これを放置すれば,企業発展を担う若手・中堅職員の志気低下,
さらには人事の停滞,企業活力の低下につながることが明らかであったため,被控
訴人は,このようなアンバランスと賃金配分の偏在化を是正するため,本件就業規
則等の変更を行ったものであり,原判決の認定は相当である。
② 控訴人らは,若手・中堅職員の志気の低下,人事の停滞,企業活力の低下に関
する客観的証拠がない旨主張するが,被控訴人は,原審においても乙44,45の
1~8,97,98のほか乙89,D証言等,必要な証拠を提出した。
 当時,被控訴人においては,支店長を含む若手・中堅職員から,責任に見合う賃
金が反映されていないという批判が相当あり,特に,責任と権限と賃金とのバラン
スが最も乖離していたのが55歳時以上の高齢職員であり,被控訴人は,この点の
解決を迫られていた。
 控訴人らは,高年齢化の進展により多くの企業で生じているような明白な問題点
についてまで「客観的な証拠がない」と主張し,ひたすら自らの高収入の維持にの
み腐心しているとしか考えられない。
4 代償措置及び経過措置について
(1) 代償措置の位置づけ
 そもそも代償措置は,就業規則変更の合理性を肯定するための絶対条件ではな
い。
 この点を措くとしても,本件の新制度は,前記のとおり55歳時以上の職員のみ
を対象としたものではない。そして,賃金上の不利益が最も大きい55歳時未満の
職員については,前記のとおりの調整給(前記1(2)ア②)を支給するという代償措
置を考慮している。
 また,55歳時以上の職員については,特別に賃金上の代償措置はなくとも,6
2歳までの雇用維持という大きな代償を得ている。
(2) 家族手当Bについて
 同手当は,本件の新制度により新設されたものであり,一定の扶養子女のいる全
職員を対象とするものである。厳しい経営環境下で,雇用を確保しつつ支給される
ものであり,不利益を緩和するものであるから,これが低額であると考えること自
体理解に苦しむ主張である。
(3) 新給与体系の8つのコースについて
 新制度の新給与体系は,各個人の人生設計において自分にあったコースを選択で
きるようにしたものであり,7年間の全体的な総収入額は,世間相場と比較しても
決して低額なものではない。
 控訴人らは,客観的なトータルの計算で判断せずに,短期的な狭い部分を捉えて
同制度を批判するもので不当である。
(4) 経過措置について
  本件は,前記のとおり(前記1(2)),そもそも特定の層の労働者に大きい不利
益を負わせる場合ではなく,みちのく銀行事件上告審判決とは事案を異にするか
ら,同判示を本件に当てはめることは誤りである。
5 労使間の利益調整について
(1) 55歳以上の組合員の存在
 問題となるQが当時組合員であったことは,控訴人らも原審で争っておらず,原
審における原告Fも,その本人尋問の中で明確にこれを認めている。
 したがって,原判決の認定に誤りはなく,むしろ控訴人らの当審における主張こ
そ,Qからの伝聞による根拠のないもので不当である。
(2) 当時の組合員の構成について
 控訴人らの主張は,単なる組合員の年齢構成の問題であって,本件の問題をすり
替えるものである。
 C信労は,ユニオンショップ協定を締結しており,全職員のうち非組合員の範囲
に属する職員を除く全員が加入してのであって,このような組合が本件の新制度導
入に賛成したことは,労使関係の利益調整がなされたことの重要な事情になること
は明らかである。
 さらに,被控訴人は,非組合員に対しても,説明会,意見聴取手続等,十分な利
益調整を行ったものである。
(3) 労使交渉の事実経過について
 この点に関する控訴人らの主張は,いずれも事実に反するもので不当であり,原
判決の認定は正当である。
 被控訴人が,控訴人ら主張のような交渉における不誠実な態度や,恫喝のごとき
行動をとった事実は全くない。
(4) C信労の態度について
 C信労が本件の新制度の導入に同意をしたことは,原判決の認定するとおりであ
り,この点に関する原判決の判断も正当であって,控訴人らの主張は全く理由がな
い。
第5 当裁判所の判断
1 当裁判所は,控訴人らの請求はいずれも理由があり,認容されるべきであると
判断するものであり,その理由は,以下のとおりである。
2 判断の基礎となる事実の認定にかかる部分は,原判決挙示の各証拠により,い
ずれも原判決摘示のとおりの事実を認定することができるから(原判決106頁3
行目から194頁9行目まで),これを引用する。
  控訴人らの主張中,被控訴人の平均賃金と他の金融機関の賃金水準との比較及
び高年齢職員の給与の逓減率に関する部分(2(4)),控訴人らの職務の内容及びそ
れが見せしめ的なものであるとの部分(2(5)),高齢者の雇用確保における社会的
趨勢に関する部分(2(6)),控訴人の経営状態に関する部分(3(2)),自己資本
比率の問題に関する部分(3(3)),物件費及び人件費に関する部分(3(4)),中
高年齢層の増加と賃金配分の偏在化に関する部分(3(6)),労使間の利益調整につ
いての組合の立場及び被控訴人の交渉における態度に関する部分(5(1)ない
し(4))について,原判決の事実認定を不当とする点については,上記のとおり,い
ずれも原判決の認定を正当として是認することができるから,控訴人らのこの点に
関する主張は失当である。
 ただし,原判決中,被控訴人における中高年齢職員(40歳以上)の数が平成4
年度から平成21年度までの18年間に17倍以上に増加することが予測されると
の点(原判決201頁)については,控訴人ら指摘のとおり,「7倍以上」の誤記
であると認められる。
 また,自己資本比率は,預金や貸出金を増やせば,その計算の分母となる総資産
が増えるため,当然に減少するものであり,少なくとも平成7年当時,被控訴人に
おいて総資産が増加していたことは,被控訴人も争わないところであり(被控訴人
の主張3(3)ウ②),物件費の増加に関し,被控訴人が新店舗を出店し,その限度で
新規採用をしたこと,常勤理事を2名増員したことは,いずれも被控訴人も認める
ところである(被控訴人の主張3(4)(5))。
  なお,被控訴人の原審における本案前の主張が採用できず,控訴人らが賃金差
額の給付を求めるとともに,労働契約上の地位の確認を求める訴えの利益があると
解されるべきであることも,原判決の説示するとおりである(原判決105頁冒頭
から同頁8行目まで)。
3 以上の認定事実をもとに,本件就業規則等変更の効力につき判断する。
(1) 新たな就業規則の作成又は変更によって労働者の既得の権利を奪い,労働者に
不利益な労働条件を一方的に課することは,原則として許されないが,労働条件の
集合的処理,特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からい
って,当該規則条項が合理的なものである限り,個々の労働者において,これに同
意しないことを理由として,その適用を拒むことは許されないこと,そして,当該
規則条項が合理的なものであるとは,当該就業規則の作成又は変更が,その必要性
及び内容の両面からみて,それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考
慮しても,なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができ
るだけの合理性を有するものであることをいい,特に,賃金,退職金など労働者に
とって重要な権利,労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変
更については,当該条項が,そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを
許容することができるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場
合において,その効力を生ずるものというべきであること,合理性の有無は,具体
的には,就業規則によって労働者が被る不利益の程度,使用者側の変更の必要性の
内容・程度,変更後の就業規則の内容自体の相当性,代償措置その他関連する他の
労働条件の改善状況,労働組合等との交渉の経緯,他の労働組合又は他の従業員の
対応,同種事項における我が国社会における一般的状況等を総合考慮して判断すべ
きであること,以上はいずれも,みちのく銀行事件上告審判決並びに同判決が引用
する最高裁判例の判示するとおりである。
(2) 本件についてこれをみるに,被控訴人において,本件就業規則等変更が検討さ
れた当時,経常利益,当期利益ともに相当の割合で減少し,ことに不良債権償却の
ための有価証券売却や諸償却準備積立金取崩しによる特別利益の計上を除外した実
質的な経常利益,当期利益が大幅に落ち込んでいたこと,自己資本比率が恒常的に
低水準で推移していたため,その維持・上昇を図る必要があると考えられていたこ
と,全国や都内信用金庫の平均と比較して高水準にある人件費や物件費をできるだ
け削減する必要があったこと,とりわけ我が国社会における高齢化の進展に伴い,
被控訴人においても40歳以上の中高年齢職員の大幅増加が見込まれ,その人数比
及び人件費の増加及び偏在化も重大な問題となっていたことは,いずれも原判決の
説示するとおりであり(原判決199ないし203頁),これに当審における乙1
33ないし140,141の1,2,142ないし146,152ないし164か
ら認められる新制度施行後今日に至る被控訴人及びこれを取り巻く近時の経済状況
をも加え検討すると,被控訴人においては,新制度の施行当時においても,人件費
の削減,とりわけ55歳時年度以降の高齢者の人件費を削減する必要性があったも
のと認められ,したがって,本件就業規則等変更は,被控訴人にとって,高度の経
営上の必要性があったということができる。
(3) しかしながら,本件就業規則等変更により被る55歳時年度以降の職員の不利
益の程度についてみると,新制度による賃金の減少について原判決が認定した事実
関係(当事者間に争いがない。)によれば,1年平均の本給額(平均年収額)は,
54歳時年度の本給額を100とした場合(以下同じ),平成4年改正の旧制度で
76,平成8年改正の新制度で59・8ないし82となり,旧制度と新制度を比較
すると,最大で約21・3%の減少となり,また,55歳時年度以降退職までの本
給支給総額は,旧制度で532,新制度で410ないし444となり,旧制度と新
制度の減額幅は最大で約23%となり(原判決125ないし133頁,196,1
97頁。なお,控訴人らが主張する平均年収額減額の最大21・2%の数値は,5
4歳時の年収を1000万円と仮定して計算しているため,小数点以下若干の数値
の差が出ているものである。),しかも控訴人らのように自らコースを選択しなか
った場合に適用される原判決(ウ)(a)のコースを適用した場合,57歳時から一挙
に50%減額されるものであって,55歳時年度以降の職員の被る賃金の減少の程
度及び内容は,極めて重大なものであると認めざるを得ない。
 この点に関し,被控訴人は,旧制度と新制度との平均年収の差は14・29%に
すぎない旨主張するが,これは両制度の減額率の差を単純に算出したにすぎず,新
制度における減額幅が上記のとおりであることは否定できない。
 また,被控訴人は,本件の新制度は,みちのく銀行事件と異なり,55歳時以上
の高年層のみならず,55歳時未満の職員も含めた職員全体の賃金減額措置であ
り,しかも55歳時未満の職員は,55歳に達するまでの不利益のほか,同年齢に
達した後も控訴人らと同様の不利益を受けるものであるから,55歳時未満の職員
の被る不利益の方がはるかに大きいものである旨主張する。
 しかしながら,55歳時未満の職員についての減額幅は,原判決も認定するとお
り(原判決140,141頁),1級職から7級職までで0・52%から7・00
%(平均4・31%)の減額にすぎず,55歳時以上の職員についてみた上記の減
額幅とは画然とした差がある上,被控訴人も認めるように55歳時未満の職員には
調整給の支給といった代償措置が講じられているのに比し,55歳時以上の職員に
ついては,後記のとおり何らの代償措置も講じられていないことからみて,その減
額による不利益の程度には大きな差違があるというべきである。また,当審におい
て取り調べた前記の乙号各証により認められる近時における厳しい経済状況からみ
て,55歳時未満の職員が将来55歳時に達したときに被るであろう不利益が,今
後さらに増大する可能性があることは否定できないとしても,本件の新制度の導入
によって,既に55歳時に達しているか又はその直前であった職員が,前記最高裁
判例が指摘する労働者の既得の権利を奪われることにより現に被る不利益の大きさ
と,55歳時未満の職員が将来被ることになるであろう抽象的な不利益とを単純に
比較衡量することは適切でないというべきである。
 さらに,被控訴人は,新制度下の55歳時以上の職員の職務が概ね定型的で軽易
なものになったから,不利益の程度も軽減される旨主張し,原判決も同様の認定を
するが,原判決挙示の各証拠によっても,前記のとおりの賃金削減を正当化するに
足りるほどの職務の軽減が図られたものと認めるには足りない。
 したがって,これらの点に関する被控訴人の上記主張は,いずれも失当である。
(4) 次に,本件において,直接的な代償措置が設けられていないことは,原判決も
指摘するとおりである(原判決207頁)。そして,新制度に伴う55歳時年度以
降の職員についての賃金減額による前記のとおりの不利益の大きさに比べれば,家
族手当Bが新設されたこと,8つの選択コースがあること,並びに退職金額に変更
がないことは,いずれも不利益の緩和にはなり得ても,これをもって代償措置とみ
ることができないのはいうまでもない(原判決も,これらの措置が代償措置とはい
えないと説示している。)。
 この点に関し,被控訴人は,62歳までの雇用維持という大きな代償を得ている
旨主張するが,本件の新制度は,定年制の延長と一体となった措置ではなく,従前
の定年制を維持したままで賃金体系を変更したものであり,雇用の維持自体がその
代償措置とならないことも明らかであるから,被控訴人の同主張は失当である。
(5) 加えて,本件においては,新制度の施行により差し迫った不利益を被る55歳
時年度以降の職員に対し,みちのく銀行事件におけるような新制度施行後一定期間
は賃金の削減割合を小幅にする等の不利益を緩和する経過措置も全く設けられてい
ないものであって,以上のような55歳時年度以降の職員の被る不利益の重大性に
鑑みると,他方において,前記のとおり被控訴人が本件就業規則等の変更を行うに
ついて高度の経営上の必要性が認められ,かつ,原判決の説示するとおり変更後の
本件就業規則等そのものに格別不合理な点は見当たらないとしても,制度しての就
業規則等変更の必要性と,特定の層の個々の労働者が被る不利益との調整は,上記
の代償措置及び経過措置によって,その調和を図ることも可能であったのであるか
ら,これらの措置を全く講じていない本件にあっては,その必要性の肯定される本
件就業規則等も,未だ,その不利益を労働者に法的に受忍させることを許容するこ
とができるだけの法的規範性を是認することはできず,結局のところ,本件就業規
則等変更が高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるということはできな
いのであって,同変更に同意しない控訴人らに対し,その有効性を主張することは
できないというほかない。
 上記の判断は,前記のとおりの我が国社会における高齢化の進展と,近時の厳し
い経済環境及び雇用情勢,並びに新制度下における55歳時年度以降の職員の職務
内容,さらには原判決が認定するとおりの新制度の賃金水準,組合の同意を含めた
労使間の利益調整の経緯等の諸事情を考慮しても,なお左右されるものではない。
第6 結論
 以上によれば,本件就業規則等変更は,控訴人らに対してその効力を生じないと
いうべきであるところ,このように効力が生じない部分については,本件就業規則
等の新規定への変更は無効であり,旧規定が控訴人らに適用されるものというべき
であるから,被控訴人に対し,旧制度に基づく労働契約上の地位を有することの確
認,並びに旧制度と新制度との賃金の差額の支払を求める控訴人らの請求はいずれ
も理由がある。
 そして,上記賃金の差額が控訴人ら主張のとおりの金額であることは,被控訴人
において争わない。
  したがって,控訴人らの請求はいずれも理由があるから全部認容すべきとこ
ろ,これを棄却した原判決は不当であって,取消を免れない。
 よって,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第21民事部 
     裁判長裁判官  石 垣 君 雄
          裁判官  大 和 陽一郎
          裁判官  橋 本 昌 純

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