弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
 被告は原告に対し、金三二万〇、〇〇六円、および、これに対する昭和四九年七
月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
 原告のその余の請求を棄却する。
 訴訟費用はこれを三分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。
 この判決は、原告勝訴の部分にかぎり、仮に執行することができる。
       事   実
第一 当事者双方の申立
一、原告
 「被告は原告に対し、金五〇万八、七四九円、および、これに対する昭和四九年
七月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の
負担とする。」との判決、ならびに、仮執行の宣言。
二、被告
 「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。
第二 当事者双方の主張
一、請求原因
(一) 原告は、昭和四七年六月一五日ごろ、被告会社に不動産販売員として左記
の約定で雇傭された。
1 給与額
(1) 固定給 月額金四万円
(2) 歩合給 不動産売買代金の入金完了時に右売買代金の三パーセント相当
額。
2 給与支払時期
 毎月二〇日締、同月二五日払い。
3 販売業務に原告所有の自動車を使用する場合には、ガソリン手当として一か月
金五、〇〇〇円を支給する。
4 契約交渉、集金業務、現地案内等の経費は原告が負担する。
(二)1 被告は、昭和四八年八月二〇日、原告に対し、同人を解雇する旨意思表
示した。
2 したがつて、被告は原告に対し、労働基準法第二〇条に基づき解雇予告手当と
して三〇日相当分の平均賃金一一万八、九五〇円(計算関係は別紙のとおり)を支
払わなければならない。
(三)1 原告は、前記雇傭契約に基づき、左の売買契約を成立させた。
(1) 買主 訴外A
 目的物件 石狩町所在の土地
 売買代金 二九二万五、〇〇〇円
 代金支払時期 昭和四八年一〇月二五日
(2) 買主 訴外B
 目的物件 札幌市<以下略>所在の土地
 売買代金 二七二万二、五〇〇円
 代金支払時期 同年一一月二五日
(3) 買主 訴外C
 目的物件 札幌市<以下略>所在の土地
 売買代金 七三四万五、八〇〇円
 代金支払時期 同年一二月二五日
2 したがつて、被告は原告に対し、右各売買代金の三パーセント相当額の歩合給
合計金三八万九、七九九円を支払わなければならない。
(四) よつて、原告は被告に対し、以上合計金五〇万八、七四九円、および、こ
れに対する訴状送達の日の翌日である昭和四九年七月三日から右完済に至るまで民
事法定利率である年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、請求原因に対する答弁
(一) 請求原因(一)の事実中、3の事実は否認し、その余の事実は認める。
(二) 同(二)1の事実は否認し、同2は争う。
 すなわち、原告は、昭和四八年七月二八日支給された夏期賞与額について不満を
抱き、同月三一日、被告会社専務取締役Dに対し、退職したい旨申し入れ、右Dと
同日および同年八月一日にわたり話し合つた結果、原告主張の雇傭契約は合意解約
されたものである。
(三) 同(三)1の事実中、(1)ないし(3)の各売買契約のうち買主、目的
物件、売買代金は認め、同2は争う。
 すなわち、原告が歩合給を請求し得るためには、顧客との契約交渉・現地案内・
契約の締結・手付金の支払・内金の支払・残金の支払・物件の引渡・所有権移転登
記手続等の契約事務を担当しただけでは足らず、原告が契約成立後その完成まで会
社に勤務し従業員たる地位を有すること、および、右担当の結果売買代金が入金と
なることを要件とするものと解するのが、労働慣行上も当然である。なぜならば、
契約担当者が契約完了前に退社しても、被告会社は顧客に対し前記契約事務のうち
未履行部分を履行すべき債務を負つており、他の社員をして右未履行債務を履行し
なければならないのに、退社した社員は右未履行部分について何らの労務提供を行
なわないで、契約完了の利益すなわち歩合給の支払いを享受しうるのは不合理であ
るからである。
三、抗弁
(一) 仮に雇傭契約が合意解除でなかつたとしても、被告は、昭和四八年七月三
一日原告を解雇する旨の意思表示をしているところ、原告が現実に退職しているの
は同年八月二〇日であり、かつ、原告はその際八月分給料として金四万円を受領し
ているから、その限度で、解雇予告ならびに手当支給の要件は充されている。
(二) また、仮に本訴請求債権が認められるとしても、被告は、昭和四九年八月
三〇日の本件口頭弁論期日において、後記損害賠償債権を自働債権として、原告の
右債権とをその対当額において相殺する旨の意思表示をした。
 すなわち、被告は、月額金五、〇〇〇円の限度でガソリンを現物支給する旨の規
則に基づき、原告に対し、訴外札幌シエルパツク株式会社発行のガソリン購入用チ
ケツトを交付していたから、原告は、被告会社を退職するに際し右チケツトを返還
しなければならないのにもかかわらず、これを返還せず、昭和四八年九月五日から
同年一一月五日までの間、右チケツトを使用して無断で原告所有の自動車もしくは
他人の自動車のため合計三六七・八リツターのガソリンを購入し、さらに二回の自
動車修理を行なつたため、被告はやむなく前記訴外会社に対し合計金二万二、五一
九円を支払つた。したがつて、被告は原告に対し、右同額の損害賠償請求権を有す
る。
四、抗弁に対する答弁
(一) 抗弁(一)の事実中、原告が八月分の給料として金四万円を受領している
ことは認めその余の事実は争う。
(二) 同(二)の事実中、原告が被告から、訴外札幌シエルパツク株式会社発行
のガソリン購入用チケツトの交付を受けていたことは認め、その余の事実は否認す
る。
第三 証拠関係(省略)
       理   由
一、請求原因(一)の事実は、同3の事実を除き、いずれも当事者間に争いがな
い。
二、そこで、解雇の意思表示の有無について審究するに、原告本人尋問の結果中に
は、解雇の意思表示があつたとの原告の主張に符合する供述部分があるけれども、
右供述部分は、後記認定の事実に照らして、にわかに措信することができず、他に
右主張事実を認めしめるに足る証拠はない。
 すなわち、成立に争いのない甲第四号証の四、乙第五ないし第九号証、同第一一
号証、原本の存在は争いがなく、原告本人尋問の結果により真正に成立したと認め
られる甲第五号証、証人Dの証言により真正に成立したと認められる乙第一〇号
証、証人D、同Eの各証言、原告本人尋問の結果(一部)、被告代表者尋問の結
果、ならびに、弁論の全趣旨を総合すると、
 原告は、理容師の仕事をしていたところ、昭和四七年六月一五日ごろ、不動産の
販売・仲介業を営む被告会社に基本給として一か月金四万円のほか歩合給をも受け
る不動産販売員として雇傭され(右のうち雇傭の事実については当事者間に争いが
ない)、同年七月一日から勤務を始めた。被告会社には、原告より約一か月前に右
同様に歩合給をも受ける不動産販売員としてFという女性が雇傭されていた。とこ
ろで、原告は、昭和四八年度前半に原告が担当しかつ成立させた不動産売買の契約
額が右Fのそれより高かつたにもかかわらず、同年七月に給付された夏季賞与が同
女と同額であつたことに不満を抱き、同月三一日ごろ、被告会社専務取締役Dに対
し、その理由について詰問したが、満足な解答が得られなかつたので同社を退職し
たい旨申し入れた。右Dは、原告の右のような突然の申し入れに驚き、原告が退社
するのを思い止どまるように説得した。しかしながら、原告は、翌八月一日ごろ、
再びDに会い、同人に対し、家族とも相談したがやはり八月二〇日付をもつて会社
を辞めさせて欲しい旨申し入れた。Dは、原告の翻意をうながすことが困難と考
え、また当時被告会社の取扱い物件が減少していたこともあつて、原告の退職を承
諾することとし、直ちに辞表を提出して退職して欲しい旨申し入れた。さらに、原
告は、原告が担当し成立させたが代金の入金が完了していない三件の売買契約につ
いて歩合給は支払われないのかと尋ねたところ、Dは、従前代金完済前に退職した
社員に歩合給を支払つたことがない旨答えた。原告は、Dの右回答に納得せず、翌
二日ごろ、労働基準監督署を訪れ、係官に対し歩合給について尋ねたところ、歩合
給も賃金である旨の説明を受けたので、歩合給の支払を受けることができるものと
考えた。そこで、原告は、同月六日ごろ、自らの母親とともに、Dを喫茶店に呼び
出し、歩合給を支払つて欲しいと要求したところ、Dは、前回同様これを拒否し、
結局両者は互いに興奮して、感情的な言葉が取り交わされただけで終つた。原告
は、退職を申し入れた後、同月四日以降は、同月一七日を除き出社せず低血圧、自
律神経不安定症により同月八日から一週間の休養治療を要する旨の診断書を提出し
ただけであつた。他方、被告会社としては、原告が八月二〇日付の退職を申し入
れ、その後診断書を提出したにとどまり出社しないので、役員会議の結果、八月二
〇日付をもつて原告の退職を認めることに決定した。そこで、被告会社は、原告の
八月分の給料と失業保険の手続等を整え、同月二〇日に出社した原告に八月分の給
料等を渡したが、原告は、とくに異議を止めることなくこれらを受け取つた。原告
は、その後、労働基準監督署に歩合給支払の申立をなした。
 以上の事実が認められ、右の事実関係によれば、原・被告間の雇傭契約は、原告
の被告会社の給与ないし運営についての不満を動機とする退職への意思に基づき、
昭和四八年八月二〇日付をもつて合意のうえ解約されたと認めるのが相当である。
 してみると、原告の解雇予告手当請求はその余の点について判断するまでもなく
理由がない。
三、次に、歩合給請求について検討する。
(一) 成立に争いのない甲第一、および、第三号証、乙第一ないし第三号証の各
二、三、原本の存在ならびに成立に争いのない甲第二号証、乙第一ないし第三号証
の各一、証人D(但し、後記認定に反する部分は採用しない)、同Eの各証言、原
告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証
拠はない。
1 原告は、被告会社社員として、昭和四八年四月二六日、Aとの間に、石狩郡<
以下略>の六五宅地一七九・一〇平方メートルを代金二九二万五、〇〇〇円で右A
に売り渡す旨の売買契約を成立させ(買主、目的物件、代金については当事者間に
争いがない)、その旨の契約書を作成し、手付金五八万五、〇〇〇円の支払いを受
けたが、税金対策上、右売買契約の締結日を同年九月二四日付にする旨合意した
(なお、手付金の支払いも契約者台帳(乙第三号証の二)上は同日付となつてい
る)。ところが、原告は、同年八月二〇日をもつて被告会社を辞めたため、同社社
員Eが、原告に替り、Aとの間に、同年九月二四日付の売買契約書を作成し、同月
二六日、残金二三四万円の支払いを受けるとともに所有権移転登記を経由した。
2 原告は、被告会社社員として、昭和四八年七月二七日、Bとの間に、札幌市<
以下略>の一四二宅地三六坪三合を代金二七二万二、五〇〇円で右Bに売り渡す旨
の売買契約を成立させ(買主、目的物件、代金については当事者間に争いがな
い)、その旨の契約書を作成し、翌二八日、手付金一〇万円を含めて金八二万二、
五〇〇円の支払いを受けた。残金一九〇万円は同年八月二〇日に支払われる予定で
あつたが、その支払いが延びた。ところが、原告は、同日付をもつて被告会社を辞
めたため、前記Eが、原告に替つて、右契約事務を担当し、同年九月一三日所有権
移転登記を経由し、同年一〇月二三日残金の支払いを受けた。
3 原告は、被告会社社員として、昭和四八年四月一四日、Cとの間に、札幌市<
以下略>の五のうち整理番号リ号の宅地三一五・三七平方メートルを代金七三四万
五、八〇〇円で右Cに売り渡す旨の売買契約を成立させ(買主、目的物件、代金に
ついては当事者間に争いがない)、その旨の契約書を作成し、同年七月三一日まで
に金二二四万五、八〇〇円が支払われた。残金五一〇万円は、同年八月三一日に支
払われる予定であつたが、右Cの使用する「ローン」が変更されることになつたた
め、支払いが延びた。ところが、原告は、同月二〇日付をもつて被告会社を辞めた
ため、前記Eが、原告に替つて、「ローン」変更にともなう手続を担当し、同年一
〇月一九日所有権移転登記を経由させ、同年一一月三〇日残金の支払いを受けた。
(二) ところで、被告会社における歩合給については、売買代金の入金完了時に
右代金の三パーセント相当額を支払う定めであつたことは前示のとおりであるとこ
ろ、原告は、売買契約を成立させた後その代金入金前に退職した場合でもこれを請
求することができると主張し、被告において在職を要件とするほかこの支給をしな
いのがむしろ慣行であるとして争うので考えるに、まず、歩合給といえども、その
実質に鑑み、労働基準法上の賃金に該当するものというべきであり、しかも、それ
がいわゆる基本給の額との関係において賃金全体に対して影響を有するものと認め
られる場合には、雇傭契約関係終了の理由如何にかかわらず、その時点において、
本来これを調整する余地を残すものとみられるところであるから、かかる給与の構
成下にある社員が、売買契約を締結させた後その入金前に退職した場合にあつて
も、それを基礎として、後、他の社員により登記の完了、代金の入金を了するに至
つたような場合には、特段の事情のない限り、退職社員によつてなされた顧客の発
見、交渉、現地案内、契約締結等のすでになされた労務の提供という事実を、労働
の対償としての賃金額に反映、評価するのが公平であり、従つて提供された労務
が、その契約についての入金完了までに要する全労務に対する割合等に応じて、歩
合給を請求することができるものと解するのが相当である。
(三) 以上の観点からすれば、原告の基本給が一か月金四万円であつて成立に争
いのない乙第五号証によれば歩合給への依存率が基本給をはるかに上まわることが
認められるところであり、かつ、後に被告会社社員Eが、原告の契約について入金
完了に至らしめていることは前示のとおりであるから、原告は、その退職にともな
い歩合給を請求し得るところであつて、前示認定事実によれば、原告の提供労務の
割合等は、Aを買主とする売買契約については八割すなわち金七万〇、二〇〇円
(2,925,000円×0.03×0.8)、Bを買主とする売買契約について
は九割すなわち金七万三、五〇七円(2,722,500円×0.03×0.9円
未満切捨)、Cを買主とする売買契約について八割すなわち金一七万六、二九九円
(7,345,800円×0.03×0.8円未満切捨)、と認めるのが相当であ
り、他に特段の事情が認められない本件では、原告は、被告に対し、右合計金三二
万〇、〇〇六円を請求し得ることとなる。
四、被告の相殺の主張について判断する。
 前記のように、原告の有する前記歩合給債権が、「賃金」債権に該当すると解さ
れるところ、労働者の賃金債権に対しては、使用者は労働者に対して有する債権
(不法行為に基づく損害賠償債権も含む)をもつて相殺することは同法第二四条第
一項の趣旨から許されないと解するのが相当であるから、不法行為に基づく損害賠
償債権を自働債権とし賃金債権を受働債権とする相殺の主張は主張自体失当である
といわなければならない。
五、してみると、原告の本訴請求は、被告に対し歩合給合計金三二万〇、〇〇六
円、および、これに対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四九
年七月三日から完済に至るまで民事法定利率である年五分の割合による遅延損害金
の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却す
ることとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の
宣言について同法第一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 稲垣喬)
(別紙省略)

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