弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人松野嘉七の上告趣意第一点について。
 憲法第三七条第三項は「刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人
を依頼することができる、被告人が自らこれを依頼することができないときは、国
でこれを附する」と規定し、右規定に基ずき刑訴応急措置法第四条の規定が設けら
れているのである。ところで論旨は憲法の右規定は国が弁護人を附さなければなら
ないことについては何等の条件を附していないから、苟も被告人が自らこれを依頼
することができないときは、国は必ず弁護人を附さなければならないのであつて、
事案の軽重難易は勿論弁護人を依頼することのできない理由の如何を論せず、また
被告人の請求の有無の如きは固より問うところではないのである。しかるに刑訴応
急措置法第四条は「貧困その他の事由」と「被告人の請求」という条件を要求して
いるから、この規定は、憲法違反であつて無効のものである。従つて本件において
被告人が貧困のため弁護人を依頼することができなかつたこと、及び被告人が弁護
人を附することを請求しなかつたことも事実であるが、原審及び第一審が弁護人を
附さないで審判を行つたことは憲法に違反するものであると主張するのである。
 しかし憲法には「被告人が自らこれを依頼することができないとき」と規定し弁
護人を依頼することのできない事由を明記していないけれども、被告人が自ら弁護
人を依頼できないことについては必ず依頼できないといえるだけの相当の事由がな
ければならない訳である。そしてその事由は貧困その他の事由という広い表現によ
つて十分に網羅することができるのであるから前示刑訴応急措置法第四条に「貧困
その他の事由」と規定したのは単に憲法の規定の趣旨を明かにしたに過ぎないもの
であつて、別に憲法の規定に反して新たな条件をつけたものということはできない
のである。また弁護人を選任することは原則として被告人の自由意思に委せられて
いるのであつて、被告人が貧困その他の事由の有無に拘らず弁護人を選任する意思
のない場合には、刑訴法上いわゆる強制弁護の場合を除いては、国が積極的に被告
人のために弁護人を選任する必要はないのである。従つて被告人が貧困その他の事
由で弁護人を依頼できないときでも国に対して弁護人の選任を請求する者に対して
弁護人を附すれば足るのであるのみならず、被告人が自ら弁護人を依頼できない事
由があるかどうかは、被告人側に存する事由で国には判らないのであるから、被告
人の請求によつて弁護人を附することにすることが相当である。
 然らば前示刑訴応急措置法第四条の規定は何等憲法の規定に違反したものという
ことはできないのであつて所論は到底採用できない。そして本件記録によると被告
人は公判請求があつた直後判事の勾留訊問を受け、その際判事から弁護人を選任す
ることができる旨、及び刑訴応急措置法第四条の規定に基ずく請求を為し得る旨を
告げられたのに対し被告人は弁護人を自ら選任する旨を述べているのである。しか
しその後被告人は自ら弁護人を選任することなく、又被告人は何時でも弁護人の選
任を裁判所に請求できるに拘らずこれをしないで第一、二審の審判を受けているの
である。
 そして本件は所謂強制弁護を必要とする事件ではないのであるから被告人に弁護
人がなくても裁判所が進んで被告人のために弁護人を附する必要はないのである。
然らば原審及び第一審裁判所が被告人のために弁護人を附けないで審判したことは
毫も憲法に違反するものではないのであるから、論旨はその理由がない。
 同第二点について。
 新刑訴第二七二条では裁判所は公訴の提起があつたときは遅滞なく被告人に対し
弁護人を選任することができる旨及び貧困その他の事由により弁護人を選任するこ
とができないときは弁護人の選任を請求することができる旨を知らせなければなら
ないと規定しているが、本件は刑訴施行法第二条により旧刑訴及び刑訴応急措置法
の適用される事件であるから右刑訴の規定はもとより適用はない、そして刑訴応急
措置法第六条第一項には「引致された被告人又は被疑者に対しては、直ちに犯罪事
実の要旨及び弁護人を選任することができる旨を告げなければならない」と規定し
ているのである、ところで本件記録を調査すると被告人は最初司法警察官より取調
を受けた際弁護人を選任し得る旨を告げられているのみならず、更に公判請求の直
後判事の勾留訊問の行われたときにも判事から弁護人を選任し得る旨及び刑訴応急
措置法第四条に基ずく請求をなし得る旨を告げられていることが認められるのであ
るから右刑訴応急措置法第六条第一項の手続は完全に履践されているのである。論
旨は右第六条第一項の規定は刑訴第二七二条と全然同一の内容を有するものと解す
べきであるから原審裁判所が弁護人の選任がなかつたに拘らず、被告人に対して弁
護人を選任し得る旨を告げずに審理を遂げたことは前示第六条第一項の規定に違反
するものであると主張するのであるが、旧刑訴当時においては刑訴応急措置法第六
条第一項の規定により弁護人を選任し得る旨を告げるだけで弁護人の選任について
被告人の注意を喚起するに十分であると認めていたので、新刑訴の如く裁判所がそ
の告知をする制度を採用していなかつたのである。
 新刑訴は前記第六条第一項の規定では被告人の保護がまだ十分でないと認めて第
二七二条等の規定を新設して前記刑訴応急措置法の規定を廃止しているのである。
従つて前記第六条第一項の規定が新刑訴の前記規定と同一の法意を包含するものと
解すべしとする所論は到底採用できない。然らば原審が被告人に対し弁護人を選任
し得る旨を告げずに審理を遂げたことは何等刑訴応急措置法第六条第一項に違反す
るところはないのであるから、論旨はその理由がない。
 よつて旧刑訴第四四六条により主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見である。
 検察官 茂見義勝関与
  昭和二四年一一月二日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    穂   積   重   遠

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