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平成12年(ワ)第2452号 著作権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日  平成14年4月22日
判      決
原      告       大斗有限会社
訴訟代理人弁護士       近藤剛史
被      告       有限会社冨士測機
訴訟代理人弁護士       鈴木 章
主      文
1 被告は、原告に対し、金216万円及びこれに対する平成12年3月1
9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを8分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負
担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告は、別紙物件目録(1)(2)記載のプログラムを複製・頒布してはならな
い。
2 被告は、別紙物件目録(1)(2)記載のプログラムを格納した別紙記憶媒体目録
記載の各記憶媒体から、別紙物件目録(1)(2)記載のプログラムを消去せよ。
3 被告は、別紙物件目録(1)(2)記載のプログラムをインターネット・サーバー
に送信可能化・公衆送信・複製してはならない。
4 被告は、原告に対し、金1200万円及びこれに対する平成12年3月19
日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、別紙物件目録(1)記載のソフトウエア(以下「本件ソフトウエア」と
いう。)を販売する原告が、別紙物件目録(2)記載のソフトウエア(以下「被告ソフ
トウエア」という。)を製作、譲渡、公衆送信する被告に対し、主位的に、被告ソ
フトウエアが本件ソフトウエアを複製又は翻案したものであり、被告の製作、譲
渡、公衆送信行為が原告の著作権(複製権、翻案権)を侵害するとして、著作権法
112条1項に基づきその差止めを求めるとともに、損害賠償を請求し、予備的
に、被告の被告ソフトウエアの製作、譲渡、公衆送信行為が不法行為に該当すると
して、民法709条に基づきその差止め及び損害賠償を求めたものである。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア原告は、平成11年4月に設立されたソフトウェア業等を目的とする有
限会社である。原告代表者のAは、平成5年から平成10年10月末まで、被告に
営業社員として勤務し、同年11月1日から原告設立までは、個人で測量機械の修
理調整、測量用品、事務用品の販売等の事業を行っていた(甲53)。
イ 被告は、昭和52年9月に設立された測量器、試験機、気象機、事務機
等の販売及び修理を業とする有限会社である。
(2) 本件ソフトウエア(甲53)
ア Bは、平成10年11月ころから、高知県の公共事業入札及び公共事業
における契約関係書類並びに現場管理関係書類の作成支援ソフトウエア「オートく
ん(Ver.1)」(以下「本件旧バージョン」という。)を製作し、平成11年1月こ
ろ完成させた。
イ Bは、平成11年4月、本件旧バージョンに関する著作権等一切の権利
を原告に譲渡した。
ウ 原告は、平成11年4月ころ、本件ソフトウエア「オートくん(Ver.
2.00)」を完成させ、一般顧客に対する販売を開始した。
(3) 被告ソフトウエア
 被告は、平成11年4月ころ、被告ソフトウエアを製作し、これを営業先
に頒布するとともに、インターネット上の被告ホームページを利用して公衆送信し
ている(甲40)。
2 争点
(1) 主位的請求(著作権侵害)
ア 本件ソフトウエアの著作物性
イ 被告ソフトウエアは、本件ソフトウエアを複製又は翻案したものといえ
るか。
(2) 予備的請求(不法行為)
 被告による被告ソフトウエアの製作、譲渡、公衆送信行為が不法行為に当
たるか。
(3)原告の損害額
第3 争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(著作権侵害)について
(1) 同ア(本件ソフトウエアの著作物性)について
【原告の主張】
ア 本件ソフトウエアは、全体的に見れば、①複数の会社データ又は工事が
保存できる、②工事データ画面に情報を入力すると、約80種類の書類の必要箇所
に自動的にリンクしているので一度の入力作業で済み、効率的な事務処理を行うこ
とが可能である、③各シートにパスワードでロックをしているため、誤った箇所に
入力するミスを事前に防止することができるという特徴を有している。
イ 本件ソフトウエアと被告ソフトウエアに共通する部分にも、次のとお
り、原告の創作性が認められる。
(ア) 全体の構成における創作性
a 帳票類の選択及び配列
b 「高知県」だけでなく「高知市」にも対応できる書式
(イ) コメント部分を用いた入力支援の創作性
 本件ソフトウエアは、次のセル部分にコメント表示をしているが、こ
れは高知県の契約書類及び管理書類に通暁する者にとっても当該書類を容易に作成
できるようにした入力支援機能で、原告独自の創意・工夫に基づくものである。
a 「交通整理員 時間」(甲26の3)
b 「コンクリート品質管理図 空気量」(甲29の3)
c 「水替時間管理表 時間」(甲27の5)
(ウ) 高知県書式にない書式の創作性
a 水替時間管理表を3列表記とする(甲27の2)。
 高知県の水替時間管理表の書式では、2種類の水替ポンプしか管理
できないが、本件ソフトウエアでは、水替管理表を3列表記とし、3パターンを同
時に比較できるようにした点に原告独自の創作性が認められる。
b 交通整理員時間管理表(甲26)には、所要人数及び時間の把握を
容易にすることにおいて創作性がある。
(a) 縦36日を3行作り、108日間の管理を可能としたことによ
り、一覧性に優れ、交通整理員の時間管理が容易に把握できる。
(b) 累計時間を8時間で割り、交通整理員の延べ人数を自動計算させ
ることにより、当該作業に延べ人数でかかる時間を瞬時に把握する。
(c) 交通整理員が作業した工種が分かるように作業内容欄を作る。
ウ 帳票・画面表示の創作性
 本件ソフトウエアは、全体としては無用な階層化をせず、できるだけ簡
易な構造にすることにより、しかも帳票の表示順序にしても、工事の実情等に応じ
た創意工夫を講じている。また、本件ソフトウエアの帳票・画面表示には、次のと
おり、原告において、表現者の個性が表れた選択・配列方法の下、一定の創作性を
認める余地のある態様で個々の表現行為がなされており、全体として一個の著作物
性を認めることができる。
(ア) 「完成検査検測結果表」(甲11の3)におけるリスト作成機能、
VBAによる記述(具体的表現)
(イ) 「見積根拠資料」と「請負代金内訳書」を2パターンから選択可能
とし、レイアウトを左右反対に変更する(甲12の3)。
(ウ) 「課税事業者届」と「免税事業者届」を選択可能とする(甲13の
3)。
(エ) 画面上で「第30条第3項」か「第31条第4項」のどちらかを選
択すれば書類が入れ替わり、印刷できるようにする(甲22の3)。
(オ) コンクリート品質管理図(甲29の3)のセルB6~B12にコメ
ントを表示する。
【被告の主張】
本件ソフトウエアは、作成者の思想又は感情が創作的に表現されていると
は考えられず、著作権法の保護の対象となる著作物性を有しない。入力された書式
は、高知県等において公表されており、そうした書式ソフトを作成しようとすれ
ば、帳票部分は誰が作成しようと同一ないし類似の内容にならざるを得ない。
 原告が、本件ソフトウエアの創作性として主張する機能、特徴は、エクセ
ルの機能を活用したありふれたものにすぎず、格別の創作性はない。複数の会社デ
ータ及び工事が管理できる機能がある文書作成ソフトは平成11年以前から多数存
在するし、一度情報を入力すれば次回以降は前回と同一の内容が自動的に入力され
る機能も目新しいものではない。また、シートにパスワードでロックをかけ、決ま
った箇所にしか入力不可能とする機能は、エクセルの代表的な機能である。原告
が、本件ソフトウエアと被告ソフトウエアに共通する創作性ある部分と主張する部
分も、エクセルの機能を活用したものにすぎず、格別目新しいものではない。な
お、被告は、原告が設立される前から、建設省や市町村に対応した書式を製作して
いた。
(2) 同イ(被告ソフトウエアは本件ソフトウエアを複製又は翻案したものとい
えるか)について
【原告の主張】
ア 被告が本件ソフトウエアをデッドコピーしたことは、被告ソフトウエア
の帳票部分に次の特徴があることから明らかである。
(ア) 被告ソフトウエアの帳票部分には、本件ソフトウエアの帳票部分と
同じ「ootoによるコメント付き」「Bによるコメント付き」とのコメント部分
がある。これらのコメントは、一台のコンピュータ(「B」と名前を付けたコンピ
ュータ)に固有のものであり、外のコンピュータからは「Bによるコメント付き」
というコメントは作成できない。
(イ) 被告ソフトウエアの帳票部分には、意味のない空白セルについて、
本件ソフトウエアの帳票部分と同一のセル位置に同一のフォントの設定がされてい
る部分が多数ある。これは、高知県発行の様式に少しでも近づけようと試行錯誤を
繰り返した形跡である。被告ソフトウエアがこのような意味のない空白セルの設定
まで本件ソフトウエアと等しいことは、これをそっくりそのままコピーしたことの
徴表である。
(ウ) 被告ソフトウエアの帳票部分には、本来存在すべき線や括弧が抜け
ているものがある。これは、本件ソフトウエアにおいて図形又はテキストボックス
で入力されているため、ワークシート全体をシートが保護された状態でそのままコ
ピーした場合には抜け落ちる部分である。
(エ) 被告ソフトウエアの帳票部分には、間違った数字部分(例)のよう
に、原告が本件ソフトウエア作成時にしたミスや矛盾をそのまま引き継いだ部分が
ある。
(オ) 被告ソフトウエアの帳票部分には、「水替時間管理表」が3列表記
になっていること、「交通整理員時間管理表」が作成されていることなど、高知県
の書式にない原告のオリジナルな部分と全く同じ部分がある。
イ 被告の従業員Cは、平成12年7月12日、A及びBに対し、①自分が
コピー(違法複製)という過ちを犯した、②そのことを被告社長にも説明した、③
被告社長も自分も悪いと考えている、④被告社長は和解をする意向である、⑤知ら
ない(否認)という本件訴訟における主張は被告訴訟代理人がアレンジした、⑥ス
ランプ(甲29の6)や天気予報(甲38の6)の図を作ることが非常に難しいと
思ったと述べ、⑦謝罪文を書くと申し入れた。
 また、Cは、本件訴訟で、「大斗のほうではプログラムがあるけど、う
ちでは存在しないという記述がほとんど…敢えてそういうところはなるべく省いて
いる」と証言し(C証人調書50頁9行目)、被告ソフトウエアが本件ソフトウエ
アのプログラム部分を削除することにより製作されたと証言している。このことか
ら、被告ソフトウエアが本件ソフトウエアに依拠して製作されたことが明らかであ
る。
【被告の主張】
ア 本件では被告は全くデッドコピーを行っていない。そもそも、被告は、
本訴提起前に本件ソフトウエアの内容を認識していたわけではない。本件ソフトウ
エア(検甲1)は、複写してインストールすることが極めて困難な構造であり、被
告が複製やインストールをすることは不可能であるのに対し、原告自身が被告の作
成したものに「ooto」等のコメント表示がなされるように改変することは容易
である。
イ Cは、平成12年7月、Aから謝罪文に署名するよう求められたが断っ
たものであり、原告に対し、本件ソフトウエアを盗用したことを認めた事実はな
い。
2 争点(2)(被告による被告ソフトウエアの製作、譲渡、公衆送信行為が不法行
為に当たるか)について
【原告の主張】
 被告による被告ソフトウエアの製作、譲渡、公衆送信行為については、次の
ような事情があるから、不正競争防止法2条1項3号の趣旨に鑑み、民法709条
の一般不法行為が成立する。
(1) 被告ソフトウエアは、本件ソフトウエアのデッドコピーである。
(2) 被告は、デッドコピーを行ったこと、あるいは模倣行為に関する認識(故
意)を有していた。
(3) 被告の営業活動は、目的及び態様において、取引通念を逸脱した違法なも
のである。被告は、原告の営業を妨害する目的で、顧客に対し、被告ソフトウエア
が本件ソフトウエアと同じであると説明し、「他の会社にもコピーしてあげて下さ
い。」「大斗さんが書類のソフトをPRしてませんか。しているならうちからパソ
コンを購入してくれれば無料ですよ。」「自分の所の書類のソフトは無料です。私
らは善意の第三者です。」と申し向けて、被告ソフトウエアを無償で配布した。ま
た、被告は、本件ソフトウエアについて「冨士測機の時に開発していて、独立した
らしいね。」と虚偽の事実を述べて、原告の信用を毀損した。
(4) 被告は、原告と競合する顧客(四国土建株式会社、株式会社西村組)に対
しても前記(3)のような意図的な営業妨害行為を行い、これにより、原告の本件ソフ
トウエア及びパソコンの商談が実際に壊れた。
【被告の主張】
 被告による被告ソフトウエアの製作、譲渡、公衆送信行為について、一般不
法行為は成立しない。被告ソフトウエアは本件ソフトウエアと酷似しておらず、被
告は原告が主張するような発言はしていない。Aは、被告を退職する前に、書式の
ソフトを作る商売をする旨被告の従業員に話しており、そのような話が顧客に伝わ
ることはあり得る。
3 争点(3)(原告の損害額)について
【原告の主張】
(1)ア 本件ソフトウエアの売上げは、被告ソフトウエアが頒布されるまでは毎
月平均20本であり、今後3年間は毎月20本の売上げが可能であった。しかる
に、被告が被告ソフトウエアを無償頒布してから、原告は1か月平均10本の売上
げを喪失した。
 原告の本件ソフトウエア1本当たりの平均利益は10万円であるから、
原告は、被告の著作権侵害行為によって、10万円(本件ソフトウエア1本の平均
利益)×10本(月別売上減少本数)×3年(売上可能年数)=3600万円の得
べかりし利益を喪失した。
イ 仮に、アの損害が認められないとしても、被告は被告ソフトウエアを平
成11年5月から10月ころまでの間に、無償にて、少なくとも60本頒布した。
よって、原告は、本件ソフトウエアの定価である20万円×60本=1200万円
の利益を失った。
ウ 被告は、故意に原告の営業妨害を行う目的で、競業市場において本件ソ
フトウエアのデッドコピーである被告ソフトウエアを60本以上譲渡した。このよ
うな被告の行為の悪質性を勘案すると、本件ソフトウエアの平均定価である20万
円に60本の本数を乗じた額である1200万円が著作権法114条2項にいう
「受けるべき金銭の額に相当する額」になる。
(2) 上記以外に、原告は次のような損害を被った。
   ア 侵害調査費用   30万円
   イ 弁護士費用   100万円
(3) 原告は、上記(1)、(2)の損害額の内金1200万円を請求する。
(4) 本件における被告の不当な営業妨害行為の正確な実体は被告のみが知り得
るところであり、これまで原告が受けてきたすべての損害(調査費用や慰謝料等を
含む)につき立証することに困難を伴うため、裁判所において相当な損害額の賠償
を命ずることも求める(民事訴訟法248条)。
【被告の主張】
 原告の主張は争う。本件では被告の行為と因果関係のある損害はない。
(1) 高知県の書式内容は、平成11年6月以降、毎年6月に変わるから、それ
以降に損害が生じているとは考え難い。被告は、平成11年6月以降、書式の変化
に伴いソフトウエアを作り直しているのであるから、原告主張の売上激減は被告の
行為と因果関係がない。
(2) エクセルを修得した者が増加すれば、本件ソフトウエアを購入しなくと
も、自力で書式を入力作成することは容易である。高知県・高知市・国土交通省が
必要な書式をインターネットで提供している今日、不況が伝えられる工事業者が2
0万円を払ってソフトを購入する必要は少ない。
(3) 原告は、本件ソフトウエアの平均定価が20万円と主張するが、どのよう
に定価を変動させているのか全く明らかにしていない。被告が調査した限り、本件
ソフトウエアの1本目は15万円以下、2本目は5万円以下で販売されているとい
うことであった。
(4) 不法行為による損害については著作権法114条は適用されない。
第4 当裁判所の判断
1 争点(1)(著作権侵害)について
(1) 同ア(本件ソフトウエアの著作物性)について
 プログラムとは、「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができる
ようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(著作権法2条
1項10号の2)であり、著作物として保護されるためには、創作性(同法2条1
項1号)を必要とする。証拠(乙22、検甲1、弁論の全趣旨)によれば、本件ソ
フトウエアは、マイクロソフト社製汎用表計算ソフト「エクセル」のマクロ機能を
使用してビジュアルベーシック言語により書かれたプログラムであり、高知県に提
出される土木関係書類書式が入力された帳票部分と、一定のまとまりのあるプログ
ラム言語の組み合わせによりコンピュータへの一連の命令を表現したプログラム部
分から構成されていることが認められる。
 このうち、帳票部分は、高知県の土木関係書式をエクセルのワークシート
に入力したものであり、誰が作成しても同一又は類似の記載にならざるを得ないか
ら、作成者の何らかの個性が表現されたものとはいえず、帳票部分のみで独自に著
作物とすることはできない。なお、帳票部分には、1枚のシートで2つの書式を選
択可能としたり(甲12、13の各3、弁論の全趣旨)、レイアウトを高知県の書
式(甲12の1)と左右反対にしたり(甲12の3)、コメントを付加したりする
など(甲29の3・6)、高知県の土木関係書式には存在しない部分があるが、こ
れらは既存の帳票を改良するアイデアをエクセルのワークシート上に表現したもの
であり、これらの改良部分が存在することをもって、帳票部分を独自に著作物とす
ることはできない。
 しかし、本件ソフトウエアは、プログラム中の命令の組み合わせについて
は、作成者であるBの個性が現れているものと認められ(乙22、証人C)、これ
ら一連の命令部分と帳票部分を組み合わせることにより、一度の入力により複数の
会社及び工事データを管理するなど原告の意図する機能を実現するものといえる。
そうすると、本件ソフトウエアは、全体としては、プログラム中の命令の組み合わ
せ、モジュールの選択、解決手段の選択等のプログラムの「表現」に創作性が認め
られるから、著作物に当たると認めるのが相当である。
(2) 同イ(被告ソフトウエアは本件ソフトウエアを複製又は翻案したものとい
えるか)について
 証拠(乙19、20、22、23、証人C、弁論の全趣旨)によれば、本
件ソフトウエアのコードと被告ソフトウエアのコードを比較すると、本件ソフトウ
エアでは、標準モジュール部分にプログラムが記載されているのに対し、被告ソフ
トウエアでは、帳票を表すワークシート一枚一枚にマクロを割り当てて短いプログ
ラムが記載されているという特徴があり、その結果、二つのソフトウエアの間に
は、プログラムの表現及び機能において、次の相違点があることが認められる。
ア 本件ソフトウエアにはプログラムの冒頭に変数宣言が存在するが、被告
ソフトウエアは変数を全く使っていないため変数宣言がない。
イ 本件ソフトウエアには、ファイルを開くときのプログラムにおいて、sub
プロシージャとして定義された"gamen""deffile""defpath"を実行するようになっ
ているが、被告ソフトウエアではsubプロシージャを実行するような記述はなされて
おらず、ファイルを開くドライブをCに固定し、フォルダも"syorui"に固定してい
る。
ウ 本件ソフトウエアでは、標準モジュール内のメインメニューを開くプロ
グラムにおいて、「初期設定」「契約書類」「管理資料」「上書保存」「保存終
了」「強制終了」のメニューを登録している。これに対し、被告ソフトウエアでは
ボタン一つ一つにプログラムを与えている。
エ 本件ソフトウエアには、作業状態を保存するプログラム、ファイル名を
付けて保存するプログラム、ファイルを閉じるプログラムが設けられている。これ
に対し、被告ソフトウエアには、「現在開いているブックを閉じる」プログラムは
あるが、ファイルを保存するプログラムがない。
オ 本件ソフトウエアには、次のシートに画面が変わるプログラム、前のシ
ートに画面が戻るプログラムがあるが、被告ソフトウエアには、このようなプログ
ラムがない。
カ 本件ソフトウエアにはエラーが出た場合の処理(「システムの異常の可
能性があります。販売者まで連絡をして下さい。」などと画面に表示する。)を行
うプログラムがある。被告ソフトウエアは、エラーが出た場合には、"OnError
ResumeNext"、"OnErrorGoTo0"という宣言によりエラーをとばす処理をしてい
る。
キ 本件ソフトウエアには会社情報を呼び出すプログラム、社員名登録のプ
ログラム、工事場所の登録プログラムがあるが、被告プログラムにはこのようなプ
ログラムがない。
 以上によれば、被告ソフトウエアは、本件ソフトウエアとは構造が著しく
異なり、本件ソフトウエアに設けられている機能の多くを有しておらず、プログラ
ムの具体的な表現といえるコードにも類似する部分がないから、構造、機能、表現
のいずれについてもプログラムとしての同一性があるとは認められない。したがっ
て、被告ソフトウエアは、本件ソフトウエアを複製又は翻案したものとはいえな
い。
 原告は、被告が本件ソフトウエアをデッドコピーしたことの徴表として、
被告ソフトウエアの帳票部分の特徴を指摘するが、本件ソフトウエアに含まれる帳
票部分に著作物性を認められないことは前記のとおりであるから、帳票部分におい
て被告ソフトウエアが本件ソフトウエアに酷似し、前者が後者をデッドコピーした
徴表があるとしても(この点の認定判断は後記2のとおりである。)、被告ソフト
ウエアが本件ソフトウエアを複製又は翻案したことを肯定する根拠とはならない。
(3) そうすると、原告の本訴請求のうち、著作権法112条1項に基づく被告
ソフトウエアの複製、頒布、公衆送信の差止めを求める請求及び著作権侵害に基づ
く損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
2 争点(2)(被告による被告ソフトウエアの製作、譲渡、公衆送信行為が不法行
為に当たるか)について
(1) 帳票部分の類似性について
ア 被告ソフトウエアに含まれる35枚のワークシート(甲5~39の各
5、検甲2、以下「被告シート」という。)を本件ソフトウエアのワークシート
(甲5~39の各3、検甲1、以下「本件シート」)と対比すると、次のとおり、
22枚が本件シートに依拠していることを示す徴表を有することが認められる(甲
5~39の各6)。
① 配置予定技術者届出書(甲5の3・5)
 本件シートが45行×20列、被告シートが37行×20列であり、
行数に違いがあるが、本件シートの14、16、17、19、20、22、23、
25行は文字の高さの調整のため設けられた高さ“3”の小さい行であり、これを
除けば両者は同じ大きさになる。また、各文字のフォントの大きさがほとんど同一
である。高知県の書式(甲5の1)では、「配置予定技術者届出書」と記載される
が、本件シート及び被告シートは、「配置予定技術者届け出書」と記載されてい
る。
② 委任状(甲6の3・5)
 本件シートが34行×14列、被告シートが33行×14列で、シー
トの大きさがほぼ一致する。
③ 材料使用承諾願(甲9の3・5)
 本件シートが47行×16列、被告シートが47行×14列であり、
本件シートのM列とP列を削除すればシートの大きさが一致する。字の大きさがほ
とんど同じである。
 また、両シートとも、セルI8にマウスポインタを持っていくと、画
面左下のコマンドバーに「Aによるコメント付き」の文字が表示される。このコメ
ントは、コメントを付した際に使用されたコンピュータの登録名を示すものであ
り、被告シートが「A」と登録されたコンピュータで作成されたことを推測させる
徴表である(以下⑯⑰⑲⑳<21>も同じ)。
④ 着手届(「着手及び主任技術者又は管理技術者並びに現場代理人届及
び工程表の提出について」)(甲10の3・5)
 本件シートが40行×28列、被告シートが41行×28列であり、
シートの大きさがほぼ一致する。
⑤ 完成検査検測結果表(甲11の3・5)
 両シートとも37行×11列であり大きさが全く同一である。また、
入力例のすべての語句、数値(セルB9~I12)が一致するが、これらの記載は
高知県の書式(甲11の1)にはない。
⑥ 見積根拠資料(甲12の3・5)
 本件シートが41行×20列、被告シートが35行×20列と違いは
あるが、本件シートの15、17、18、20、22、24の6行は文字の高さ調
整のための高さ“3”の小さな行であり、これを除けば両者は同じ大きさになる。
 また、高知県発行の書式(甲12の1)では、「直接工事費計」「純
工事費計」「工事原価計」「工事価格」の項目は右詰めで表示し、その他は左詰め
で表示することになっているが、本件シート及び被告シートでは、いずれも高知県
の記載例とは、右詰め、左詰めが逆転している。
⑦ 課税事業者届出書(甲13の3・5)
 両シートとも51行×17列であり大きさが全く同一である。また、
被告シートでK7~P7が一つのセルになっている以外は、両シートの空白セルの
フォントの大きさもほとんど同じである。
 さらに、被告シートでは、本文を記載した行のうち、第1行「項」
(セルO25)と第2行「で」(セルO27)の最後の文字がいずれも消失してお
り、一から文章を入力したものとしては不自然である。
⑧ 検査結果報告書表紙(甲15の3・5)
 両シートとも21行×11列であり大きさが全く同一である。また、
すべてのセルのフォントの大きさも同じである。
⑨ 建設工事技術者配置状況一覧表(甲16の3・5)
 本件シートが59行×19列、被告シートが59行×18列であり、
大きさに若干相違があるが、本件シートのC列はセルの幅調整のための幅“0.5
5”の小さな列であり実質的に一致する。また、被告シートと本件シートはすべて
のセルが同一の大きさである。
⑩ 特定建設作業実施届出書(甲17の3・5)
 被告シートは、高知市の書式(甲17の1)及び本件シートにある
「特定建設作業を実施するので,次のとおり届け出ます。」(C13~H14)、
「高知市公害防止条例第24条第1項(第2項)、騒音規制法第14条第1項(第
2項)、振動規制法第14条第1項(第2項)」(K13~Q15)「の規定(た
だし、高知市書式では「規程」)により」(R13~V13)、「特定建設作業に
使用される高知市公害防止条例施行規則別表5または,騒音規制法施行令別表第2
表もしくは、振動規制法施行令別表第2表に規定する機械の名称,型式及び仕様」
(B24~H26)、「発注者の氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては,そ
の代表者の氏名」(B39~H41)の記載がいずれも欠落している。本件シート
では、これらの文字はテキストボックス入力されているので、シートを保護したま
まコピーした場合には抜け落ちることとなる。被告シートが本件シートをコピーし
たものであることが推測される。
⑪ 下請施工通知書(甲18の3・5)
 両シートはいずれも53行×23列であり、大きさが一致する。
 また、高知県の書式(甲18の1)で元請負者の「商号又は名称」と
記載された部分が、本件シート及び被告シートでは「称号又は名称」(セルF1
1)となっており、被告シートは本件シートの誤りをそのまま承継している。
 さらに、高知県の同書式及び本件シートに存在する4箇所の丸括弧
(セルB25~26、K25~L26)が被告シートでは欠落している。本件シー
トでは、この部分は図形入力されてしているため、コピーした場合には抜け落ち
る。
⑫ 下請施工状況一覧表(甲19の3・5)
 本件シートが84行×15列、被告シートが79行×15列である
が、本件シートの2、3、6、16、18の5行は文字の高さ調整のための高さ
“3.0~13.5”の行であり、これを除けば両者は一致する。
 高知県の書式(甲19の1)で元請業者の「商号又は名称」と記載さ
れた部分が、本件シート及び被告シートでは「称号又は名称」(セルF11)と記
載されている。また、本件シートで図形入力された丸(セルE82)が被告シート
では欠落している。
⑬ 工事完成通知書(甲20の3・5)
 両シートはいずれも48行×20列で大きさが同一である。
 また、両者とも、セルB7、D6、E8、F8、G8、H8、I8
(いずれのセルも表示対象となるテキストは入力されていない。)に「JS明朝
体」が設定されている。「JS明朝体」は、ジャストシステム社の「一太郎」に搭
載されているフォントであり、マイクロソフト社のWindowsには標準では搭載されて
おらず、本件シートに「JS明朝体」が設定されているのは、本件ソフトウエアが
「一太郎」及び「ロータス1-2-3」の環境で作成された書式を引き継いだため
である(甲20の6)。そうすると、被告シートが本件シートと同じセル位置に
「JS明朝体」が設定されていることは、本件シートに依拠していることを推測さ
せる徴表である。
⑭ 請求書(甲21の3・5)
 両シートはいずれも53行×17列でシートの大きさが同一である。
 また、本件シートで図形入力されていた括弧及び数学記号(セルL1
7~18、M17~18、L23~24)が、被告シートでは欠落している。
⑮ 請負工事引渡書(甲22の3・5)
 両シートは33行×23列で大きさが同一であり、すべてのセルの大
きさも同じである。
 また、本件シートには、セルP2とQ2を結合したP2、T2とU2
を結合したT2があるが、被告シートにも、同一位置に結合されたセルがある。
⑯ 生コン使用承諾願(甲23の3・5)
 両シートはいずれも50行×29列で大きさが同一である。
 両者とも、セルAB2にマウスポインタを持っていくと、画面左下の
コマンドバーに「Aによるコメント付き」の文字が表示される。
⑰ 建設工事材料試験依頼書(甲24の3・5)
 両シートはいずれも50行×29列で大きさが同一である。
 また、両者とも、セルI6にマウスポインタを持っていくと、画面左
下のコマンドバーに「Aによるコメント付き」の文字が表示される。
さらに、本件シートで図形により入力した箇所(セルB22、B23
の括弧、G22、G23の括弧、I22~M22の線)が被告シートでは欠落して
いる。
⑱数量計算書表紙(甲25の3・5)
 本件シートは22行×8列、被告シートは22行×11列であり、大
きさに多少違いがあるが、被告シートのHIJの3列を削除すれば、両者は全く同
じとなる。
 また、高知県は、数量計算書表紙という書式を提示しておらず、この
部分の本件シートは原告が独自に作成したものである。被告シートに同一の書式が
あることは、原告シートに依拠したことの徴表である。
⑲ 交通整理員時間管理表(甲26の3・5)
 両シートはいずれも44行×25列であり、大きさが等しい。
 また、両者ともセルA7、B6、C7にマウスポインタを持っていく
と、画面左下のコマンドバーに「Bによるコメント付き」の文字が表示される。
⑳ 水替時間管理表(甲27の3・5)
 両シートはいずれも45行×28列であり、大きさが等しい。
 また、両者ともセルB4、B6、C7にマウスポインタを持っていく
と、画面左下のコマンドバーに「Bによるコメント付き」の文字が表示される。
 さらに、高知県の作成した記載例(甲27の1)では、2種類のポン
プ×30日×2列=延べ日数120日分が記載できるのに対し、本件シートでは、
3種類のポンプ×34日×2列=延べ日数204日分を記入できるが、被告シート
の仕様は本件シートと同じようになっている。
<21> コンクリート品質管理図(甲29の3・5)
 両シートはいずれも73行×24列であり、大きさが等しい。
 また、両者とも、セルB6、B8、B9、B10、B11、B12、
B63にマウスポインタを持っていくと、コマンドバーに「ootoによるコメン
ト付き」の文字が表示される。
<22>工程表(甲37の3・5)
 両シートはいずれも70行×142列であり、大きさが等しい。
 また、両シートに記載された入力例は、ほとんどの語句、数値、日付
が一致しており、ことに、擁壁工(ブロック積工)は、全体の数量が1200㎡で
あり、摘要に記入されている1日の施工量が8.0㎡であるので、1200㎡÷8
㎡/日=150日の日数が必要であるが、工程欄には1月14日~2月21日まで
の38日と記載されており、入力例に矛盾があるが、被告シートも同じ矛盾を引き
継いでいる。
 以上によれば、被告ソフトウエアに含まれる35枚の被告シートのう
ち、62.8%に当たる22枚が本件シートに依拠するものといえる。また、前記
第2、1、(1)のとおり、被告は、原告と競合する販売地域(高知県下)で測量器、
事務機などの販売という同種の営業を行っており、顧客にも共通する部分があるか
ら、被告には、本件旧バージョンの試験的な発売が開始された平成11年1月から
被告ソフトウエアの頒布が開始された平成11年4月までの間に、共通する顧客等
からの情報によって、本件旧バージョン又は本件ソフトウエアにアクセスする機会
はあったと推定される。そうすると、これらの被告シート22枚は、被告におい
て、本件旧バージョン又は本件ソフトウエアから取り出した本件シートを複製した
上で、これを改変したものと推認され、上記事実を覆すに足りる事情はない。
(2) ワークシートの模倣行為に対する被告の認識について
ア 証拠(後掲書証のほか、甲3の1・2、甲41、42、44、50、5
3、乙20、証人C〔後記採用しない部分を除く。〕、同D)及び弁論の全趣旨に
よれば、次の事実が認められる。
(ア) Aは、平成10年10月末に被告を退社した。当時、被告には、ロ
ータス1-2-3で作成した数量計算表作成プログラム(乙1)、残土処理運搬数
量表外7件の書式(乙2)、高知県仕様による「見積根拠資料」(乙15)はあっ
たが、エクセルに対応した高知県提出用書式作成支援プログラムはなかったことか
ら、Aは、退社時に、被告の従業員に対し、今後は高知県の書式を作成するソフト
を開発して商売をすると話していた。被告従業員でシステム営業を担当していたC
は、Aが独立後に被告の顧客を狙い撃ちして営業を行ったことへの対抗措置とし
て、部下の女性社員とともに被告ソフトウエアを作成した。
(イ) 原告は、平成11年4月から、本件ソフトウエアの販売を本格的に
開始したが、そのころから、被告の営業担当者が高知県内の土木業者を訪れ、
「『オートくん』と同じです。」「よそは高い値段で売っているけど、うちは無料
でサービスさせてもらいます。」「自分のところの書類のソフトは無料です。」
「冨士測機のパソコンを買っていただいているところは無償です。」と説明して、
顧客のパソコンに被告ソフトウエアを無償でインストールしたり、「他の会社にも
コピーしてあげて下さい。」と言って被告ソフトウエアの入ったフロッピーを置い
て行ったり、「月5000円でインターネットに加入してくれたら、書類ソフトを
無料ダウンロードできます。」と宣伝したりするようになった(甲41)。被告が
無償で頒布した被告ソフトウエアは50本~100本にのぼり、インターネットの
ダウンロードサービスにも12~13のアクセスがあった。
イ 前記アで認定した事実に加え、前記(1)のとおり、被告ソフトウエアが、
本件ソフトウエアに含まれる本件シートをコピーし、その一部を改変した帳票であ
る被告シート22枚を含むものであること、被告が有限会社水田建設及び株式会社
伊与田組のパソコンに無償でインストールした被告ソフトウエアからも「A」
「B」「ooto」のコメントが出ることが確認されたこと(甲60、61、証人
D)を併せて考慮すると、被告は、平成10年末に自社から独立し、高知県下にお
けるOA機器の販売等について被告と競業関係に入ったA及び原告が本件ソフトウ
エアを販売するのを妨害する意図をもって、本件ソフトウエア又は本件旧バージョ
ンから帳票部分のみをコピーして一部を改変し、これにマクロで機能を割り付けて
組み合わせることにより、本件ソフトウエアと同じ土木関係書式を含んではいる
が、プログラムとしての機能が劣る被告ソフトウエアを作成し、これを原告の販売
地域と競合する地域で無償で配布したり、インターネットのダウンロードサービス
を行ったものと推認される。
 この点について、証人Cは、被告シートと本件シートに共通する帳票が
存在するとしても、それは、被告が高知県の公務員や顧客から譲り受けた土木関係
書式の中に本件シートが混じっていただけであり、被告が故意に本件ソフトウエア
をコピーしたわけではないと証言する。しかし、被告ソフトウエアに含まれる35
枚の被告シートのうち、62.8%に当たる22枚が本件シートに依拠していると
いうことは、もはや本件シートが偶然に混入したとはいえない高い一致率を示すと
いわざるを得ず、かえって、被告が何らかの意図をもって本件シートを取り込んだ
ことを推定させるというべきである。
(3) 民法709条にいう不法行為の成立要件としての権利侵害は、必ずしも厳
密な法律上の具体的権利の侵害であることを要せず、法的保護に値する利益の侵害
をもって足りるというべきである。他人のプログラムの著作物から、プログラムの
表現として創作性を有する部分を除去し、誰が作成しても同一の表現とならざるを
得ない帳票のみを抜き出してこれを複製し、もとのソフトウエアとは構造、機能、
表現において同一性のないソフトウエアを製作することが、プログラムの著作物に
対する複製権又は翻案権の侵害に当たるとはいえないことは、前記1のとおりであ
る。しかし、帳票部分も、高知県の制定書式により近い形式のワークシートを作る
ため、作成者がフォントやセル数についての試行錯誤を重ね、相当の労力及び費用
をかけて作成したものであり、そのようにして作られた帳票部分をコピーして、作
成者の販売地域と競合する地域で無償頒布する行為は、他人の労力及び資本投下に
より作成された商品の価値を低下させ、投下資本等の回収を困難ならしめるもので
あり、著しく不公正な手段を用いて他人の法的保護に値する営業活動上の利益を侵
害するものとして、不法行為を構成するというべきである(以下、上記(2)、イで認
定した被告の一連の行為を「本件不法行為」という。)。したがって、被告は、原
告に対し、本件不法行為により原告が被った損害を賠償する責任を免れない。
 原告は、不法行為に基づく差止請求として、被告ソフトウエアの製作、譲
渡、公衆送信行為の差止めを求める。しかし、不法行為を理由に相手方の一定の行
為を差し止める請求は、特別にこれを認める法律上の規定の存しない限り、不法行
為により侵害された権利が排他性のある支配的権利である場合にのみ許されるとい
うべきである。本件においては、排他性のある権利である著作権の侵害は認められ
ず、取引社会において保護されるべき営業活動上の利益が侵害されたにとどまるか
ら、原告は不法行為を理由として被告に前記行為の差止めを請求することはできな
い。
3 争点(3)(原告の損害額)について
(1) 証拠(甲54)によれば、平成11年5月から平成12年4月までの本件
ソフトウエアの売上数量は、平成11年5月が7本、同年6月が11本、同年7月
が24本、同年8月が12本、同年9月が14本、同年10月が24本、同年11
月が11本、同年12月が14本、平成12年1月が16本、同年2月が12本、
同年3月が8本、同年4月が8本と推移し、平成11年6月から平成12年2月ま
では常に月10本以上売れていたが、平成12年3月以降、売上げが低下してきた
ことが認められる。しかし、売上低下の時期が被告ソフトウエアの無償頒布が開始
されてから約1年後であり、頒布開始の時期と売上低下の時期に隔たりがあること
によれば、平成12年3月以降の売上低下と被告の本件不法行為の間に因果関係が
あるとは認め難い。
 もっとも、被告が被告ソフトウエアの無償頒布及びダウンロードサービス
を開始したのが、前記2、(2)アのとおり、本件ソフトウエアの本格的な販売が始ま
った直後の平成11年4月であることを考慮すれば、本件ソフトウエアの現実の売
上げは、販売当初から、本来であれば原告が得られたはずの売上げより低かった可
能性は否定できない。しかし、甲54によって認められる前記売上数量の変化から
は、被告ソフトウエアが存在しなかったと仮定した場合に、原告が得ることができ
た売上高を推定することはできない。
(2) 原告代表者作成の平成14年2月1日付け報告書(甲52)には、原告が
平成11年4月から9月にかけて、高知県内の土木業者に本件ソフトウエアを売り
込んだものの、被告が被告ソフトウエアを無償頒布したため商談が不成立となった
例として28件(ソフトウエアの本数としては51本)の会社名及び商談内容が列
挙されており、その他として39件の会社名(うち4社が既出のため、実質的には
35件であり、ソフトウエアの本数としては少なくとも延べ35本とみるのが相当
である。)が記載されている。甲52の上記記載のうち、その他として会社名を記
載した部分は、単に会社名のみを列挙したにすぎず、商談の具体的内容は一切不明
であり、何らの裏付けも提出されていないから、採用することはできない。一方、
甲52のうち、会社名と商談の内容が記載された28件(ソフトウエア本数51
本)については、商談の時期・内容が記載されているほか、一部ではあるが、これ
を裏付ける商談相手の会社代表取締役作成の陳述書(甲57、58)も提出されて
いるので、全体として信用性を是認することができる。しかし、前記28件の商談
のうち、四国土建株式会社(以下「四国土建」という。)との商談(ソフトウエア
本数2本)が不成立に至ったこと及びその経緯については、原告代表者作成の平成
14年2月1日付け陳述書(甲53)にも詳細な陳述部分があるが、証拠(甲5
5、56の1、乙60、66)によれば、四国土建は、平成11年8月30日、原
告から、本件ソフトウエアを本社2本、奈半利、安芸、上川口、清水に各1本、第
2工事部・大豊営業所に1本の計7本購入していることが認められる。そうする
と、被告ソフトウエアの無償頒布が原因で、原告と四国土建との本件ソフトウエア
の商談が不成立になった事実は否定されるものというべきであるから、甲52及び
甲53のうち、四国土建に関する部分は採用できない。
 以上によれば、平成11年4月から9月の期間において、被告による被告
ソフトウエアの無償頒布が行われた顧客で、同時に原告の本件ソフトウエアに関す
る商談が不成立になったものは、顧客の数にして27件(28-1=27)、本件
ソフトウエアの本数にして延べ49本(51-2=49)と認められる。しかし、
上記報告書(甲52)には、原告と顧客との間でいかなる交渉が行われたか、商談
がどの段階に至った時点で決裂したかなどについて具体的記載がないものが多く、
これだけでは、上記のすべての取引について商談が成立しなかった真の原因が、被
告の本件不法行為にあるかどうかは明らかでない。
 また、いずれも甲52に記載された業者の代表取締役が作成した陳述書で
ある前掲甲57、58にも、原告から本件ソフトウエアの見積書の提出を受けた段
階で被告ソフトウエアの存在を知り、原告の商談を断ったとする部分がある。しか
し、顧客が見積書の提出を受けた段階では、一般的にみて未だ契約成立の見込みが
確実であるとはいえないのであり、これらの陳述書によって、直ちに、商談不成立
による原告の利益の減少と被告の本件不法行為との間に相当因果関係が認められる
とはいえない。
(3) しかしながら、前記2、(1)及び(2)で認定した事実に加え、平成11年4
月から9月の5か月間にかけて不成立となった本件ソフトウエアに関する商談が、
顧客の数にして27件、ソフトウエアの本数にして延べ49本という相当数に至っ
ていることを考慮すると、一連の商談が不成立になったことには、全体として、被
告が本件シートを複製及び改変した被告シート22枚を含む被告ソフトウエアを顧
客に無償頒布するという行為(本件不法行為)が影響を及ぼしているものと推認さ
れる。被告は、甲52に記載された土木業者64社中25社について、各社の代表
取締役から、本件ソフトウエア及び原告の存在を知らない、本件ソフトウエアを購
入する予定はなかった、被告から貰った県提出用ソフトを使用したことはない等の
記載がある証明書(乙33~57)を集め、これらを当裁判所に提出する(このう
ち上記27件に関するものは12社分である。)。しかし、証拠(甲60)によれ
ば、上記証明書を作成した会社代表者の多くが被告代表者と長年付き合いのある得
意先であり、中には、裁判の経過、依頼の趣旨について十分説明することなく文書
作成を依頼したもの(乙57)も存在すること、原告が本件ソフトウエアを売り込
んだ相手は大半が従業員であり、代表取締役が原告及び本件ソフトウエアの存在を
知らないことが、必ずしも原告とこれらの会社の間で商談がなかったことの裏付け
にはならないことが認められ、これらの事実に照らせば、上記証明書(乙33~5
7)を援用して、被告の行為により影響を受けた本件ソフトウエアの商談の件数及
び本数を上記認定(27件、延べ49本)以上に減殺することはできないというべ
きである。
(4) そうすると、被告は、原告に対し、上記認定に係る原告の商談不成立27
件及び本件ソフトウエア延べ49本の販売機会の逸失について、本件不法行為が寄
与した限度において、その損害を賠償する責任を負うべきものということができ
る。被告の本件不法行為が、原告が本件ソフトウエアの販売の機会を逸したことに
相当の影響を及ぼし、原告に損害を与えたことは肯定できるが、どの程度の影響を
及ぼしたかを立証することは、極めて困難であると解される。したがって、損害の
性質上その額を立証することが極めて困難な場合に当たるというべきであるから、
民事訴訟法248条により、本件全証拠及び弁論の全趣旨に照らし、被告の本件不
法行為がなければ、原告は、上記販売機会の40%について実際に本件ソフトウエ
アを販売することができたとみるのが相当である。
 本件ソフトウエアの定価は20万円であると認められるが(甲60)、原
告は、四国土建に対しては、本件ソフトウエア2本を各10万円、5本を各5万円
で販売しており(乙60)、同一ユーザーに2本以上販売する場合には、必ずしも
1本20万円の定価を維持しているものではない。加えて、販売員の人件費、梱包
費等、本件ソフトウエアの販売に必要となる経費等を考慮すると、弁論の全趣旨に
より、本件ソフトウエア1本当たりの平均利益は、1本当たり10万円とみるのが
相当である。
 以上によれば、本件不法行為により、原告が本件ソフトウエアの販売の機
会を喪失したことによる損害は、196万円(10万円×49本×0.4=196
万円)と認められる。
 なお、原告は、著作権114条2項の「受けるべき金銭の額に相当する
額」による損害の主張もするが、著作権侵害が認められないことは前記のとおりで
あるから、損害の算定に当たり、この条項を適用ないし類推適用することはできな
い。
(5) その他の損害について
 ア 侵害調査費用
   具体的な立証がないから、認められない。
 イ 弁護士費用
   本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用としては20万円が相当
である。
(6) 以上によれば、被告は、原告に対し、民法709条に基づき、金216万
円及びこれに対する不法行為の後(本件訴状送達の日の翌日)である平成12年3
月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払う義務が
ある。
   大阪地方裁判所第21民事部
          裁判長裁判官    小   松   一   雄
             裁判官    阿   多   麻   子
             裁判官    前   田   郁   勝
物件目録(1)
1 タイトル
 書類作成支援ツール
 (大斗)オートくん
2 バージョン
 Ver.2.00
3 発売日(公表年月日)
 平成11年4月1日
4 製作者
 大斗有限会社(原告)
物件目録(2)
1 タイトル
 高知県版書類作成支援ソフト
2 登録名
 syorui.exe
3 バージョン
 Ver.1.08
4 発売日(公表年月日)
 不明
5 著作権表示
 (c)CopyrightFujisokkiCorp.1999
 冨士測機
記憶媒体目録
1 フロッピーディスク
2 ハードディスク(コンピュータ内蔵のものを含む)
3 MOディスク
4 CD-ROM
5 3及び4項以外の光磁気ディスク
6 zip
7 8ミリテープ
8 6項以外の磁気テープ
9 その他、コンピュータプログラムを収納しうる記憶媒体

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