弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原判決中上告人ら敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人青木孝ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除
く。)について
1本件は,上告人Y(以下「上告人Y」という。)の理事であった被上告人11
らが,上告人Yの理事会において,上告人Y及び同Yを上告人Yの新理事に選1231
任する旨の決議がされたことにつき,①上記決議における理事らの議決権の行使は
錯誤により無効である,②上記議決権の行使は詐欺によるものであるから取り消
す,③上記決議は解除条件の成就により失効したなどと主張して,上告人らに対
し,上記決議が無効であることの確認等を求める事案である。
2原審の確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
(1)上告人Yは,A学園高等学校を設置する学校法人である。1
その寄附行為によれば,上告人Yの理事は,①A学園高等学校の学校長,②評1
議員のうちから評議員会において選任した者,③学識経験者のうちから理事会にお
いて選任した者とされている。
(2)平成10年9月当時の上告人Yの理事は被上告人らを含む7名(以下「旧1
理事ら」という。)であり,理事長は被上告人X(以下「被上告人X」とい11
う。)であった。被上告人らはBの理事を,被上告人XはBの理事長をそれぞれ1
兼ねており,いずれも,Bの意向に従って上告人Yの理事に就任していたもの1
で,旧理事ら及びBは,上告人Yの金融機関に対する借入金債務約32億円の全1
部又は一部について連帯保証をしていた。
(3)同年10月23日ころ,被上告人Xと上告人Yとの間において,旧理事12
らは,上告人Yの理事を辞任し,上告人Yの理事会において,上告人Y及びそ112
の推薦する者を後任の理事に選任する旨の決議をすること,上告人Yは,B又は2
その関係者に対し合計2億1500万円を支払うほか,上告人Yの責任におい2
て,上告人Yの債権者である金融機関と交渉し,債権者から債務免除を受けるな1
どの方法により旧理事ら及びBの上記連帯保証債務を免れさせることなどを内容と
する合意(以下「本件合意」という。)が成立した。
(4)本件合意の成立に向けた交渉は,本件合意の数か月前に始まったが,金融
機関に対する債務の借換えの約束を上告人Yが実行できず,いったん取りやめに2
なっていたところ,上告人Yにおいて,学校法人C大学の前理事長Dらの大物32
名の理事への就任が予定され,将来的にはC大学がA学園を経営することなどを説
明し,これにより借換えが可能になると被上告人らが信用したため,本件合意が成
立したものである。
(5)本件合意に従い,同年11月2日午前9時開催の上告人Yの理事会におい1
て,被上告人らその他の旧理事らは,上告人Yの理事をそれぞれ辞任するととも1
に,寄附行為の規定により後任の理事が選任されるまでの理事としての職務を行う
者として,上告人Y,同Yほか4名を新理事に選任する旨の決議案に賛成する旨23
の議決権の行使(以下,上記の辞任の意思表示と議決権の行使を併せて「本件議決
権行使等」という。)をし,その旨の決議(以下「本件理事選任決議」という。)
がされた。
(6)次いで,同日午前11時開催の上告人Yの理事会において,新理事出席の1
下,上告人Yを上告人Yの理事長に選任する旨の決議がされた。上告人Yにつ212
いては,その後上告人Yの理事長を辞任した旨の理事会の議事録が作成され,そ1
の旨の登記がされたが,同年12月25日開催の上告人Yの理事会において,改1
めて,上告人Yの理事長に選任する旨の決議がされた(以下,上記各理事長選任1
決議を併せて「本件理事長選任決議」という。)。
(7)本件合意に従い,上告人Yは,B又はその関係者に対し,同年11月9日2
までに合計2億1500万円を支払った。
(8)上告人Yは,上告人Yの金融機関に対する上記借入金債務について連帯21
保証をしたが,債権者である金融機関は,上告人Yの資力,信用のみをもってし2
ては,被上告人ら及びBの上記連帯保証債務を免除することはできないとして,そ
の免除に応じなかった。
(9)上告人Yが上告人Yの理事に就任すると述べた大物3名のうち,Dほか21
1名は理事に就任したが,平成11年4月以降辞任し,他1名の理事就任予定者に
ついては,理事選任決議,就任登記がされたものの,平成10年11月登記が抹消
された。また,C大学による経営の話については,平成11年5月ころ行われた協
議において,Dから債務肩代わりの申出があったが,経営の実権を取り上げようと
しているものと考えた上告人Yは,これを断った。2
3原審は,次のとおり判示して,被上告人らの請求のうち,①上告人らに対し
本件理事選任決議及び本件理事長選任決議が無効であることの確認を求める部分,
②上告人Yに対し上告人Y及び同Yが上告人Yの理事でないことの確認を求め1231
る部分をいずれも認容した。
上告人Yの旧理事らが本件議決権行使等をしたのは,上告人Yが本件合意に従12
い金融機関と交渉して旧理事ら及びBの前記連帯保証債務を免れさせる旨の債務
(以下「本件債務」という。)を履行することができると信じていたからであった
ところ,上告人Yは,金融機関に上記連帯保証債務の免除を承諾させるような資2
力や信用を自身は有しておらず,そのような資力や信用を有する第三者の協力を確
保することもできなかったのであって,これらのことに照らすと,上告人Yには2
本件債務を履行する力量がなかったと認められる。したがって,本件議決権行使等
には動機の錯誤があり,この動機は表示されていたから,本件議決権行使等は,い
ずれも錯誤により無効となる。そうすると,本件議決権行使等により成立した本件
理事選任決議はもとより,本件理事選任決議を前提とする本件理事長選任決議も無
効となる。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)金融機関と交渉して当該金融機関に対する連帯保証人の保証債務を免れさ
せるという債務を履行する力量についての誤信は,ただ単に,債務者にその債務を
履行する能力があると信頼したにもかかわらず,実際にはその能力がなく,その債
務を履行することができなかったというだけでは,民法95条にいう要素の錯誤と
するに足りず,債務者自身の資力,他からの資金調達の見込み等,債務の履行可能
性を左右すべき重要な具体的事実に関する認識に誤りがあり,それが表示されてい
た場合に初めて,要素の錯誤となり得るというべきである。前記認定事実によれ
ば,被上告人らが上告人Yに本件合意を履行する能力があると信じた事情とし2
て,上告人Yから前記の大物3名の上告人Yの理事への就任が予定され,将来的21
にはC大学がA学園を経営することになるという説明がされたことがあるが,これ
らは,本件議決権行使等の当時においては現実に存在した事柄であったということ
ができ,その後同理事らが辞任するなどし,C大学側との協議が成立するに至らな
かったとしても,本件議決権行使等の当時においてこれらの点につき錯誤があった
ことになるものではない。そのほかに,上告人Yの資力,資金調達の見込み等,2
債務の履行可能性を左右すべき重要な具体的事実に関して,被上告人らに錯誤があ
ったことをうかがわせる事情は存しないから,上告人Yが本件債務を履行する力2
量を備えているものと信頼していたとしても,その信頼が表示されていたか否かに
かかわらず,要素の錯誤があったものとはいえない。
そうすると,旧理事らによる本件議決権行使等が要素の錯誤により無効であると
いうことはできない。
(2)以上と異なる原審の上記判断には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令
の違反がある。論旨は上記の趣旨をいうものとして理由があり,原判決中,上告人
ら敗訴部分は破棄を免れない。そして,被上告人らのその余の主張について更に審
理を尽くさせるため,同部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官金築誠志裁判官宮川光治裁判官櫻井龍子裁判官
横田尤孝裁判官白木勇)

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