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平成28年(あ)第307号殺人,器物損壊被告事件
平成29年4月26日第二小法廷決定
主文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中310日を本刑に算入する。
理由
弁護人久保博之の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単な
る法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
所論に鑑み,本件における正当防衛及び過剰防衛の成否について,職権で判断す
る。
1第1審判決及び原判決の認定並びに記録によれば,本件の事実関係は,次の
とおりである。
(1)被告人は,知人であるA(当時40歳)から,平成26年6月2日午後4
時30分頃,不在中の自宅(マンション6階)の玄関扉を消火器で何度もたたか
れ,その頃から同月3日午前3時頃までの間,十数回にわたり電話で,「今から行
ったるから待っとけ。けじめとったるから。」と怒鳴られたり,仲間と共に攻撃を
加えると言われたりするなど,身に覚えのない因縁を付けられ,立腹していた。
(2)被告人は,自宅にいたところ,同日午前4時2分頃,Aから,マンション
の前に来ているから降りて来るようにと電話で呼び出されて,自宅にあった包丁
(刃体の長さ約13.8cm)にタオルを巻き,それをズボンの腰部右後ろに差し
挟んで,自宅マンション前の路上に赴いた。
(3)被告人を見付けたAがハンマーを持って被告人の方に駆け寄って来たが,
被告人は,Aに包丁を示すなどの威嚇的行動を取ることなく,歩いてAに近づき,
ハンマーで殴りかかって来たAの攻撃を,腕を出し腰を引くなどして防ぎながら,
包丁を取り出すと,殺意をもって,Aの左側胸部を包丁で1回強く突き刺して殺害
した。
2刑法36条は,急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保
護を求めることが期待できないときに,侵害を排除するための私人による対抗行為
を例外的に許容したものである。したがって,行為者が侵害を予期した上で対抗行
為に及んだ場合,侵害の急迫性の要件については,侵害を予期していたことから,
直ちにこれが失われると解すべきではなく(最高裁昭和45年(あ)第2563号
同46年11月16日第三小法廷判決・刑集25巻8号996頁参照),対抗行為
に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである。具体的に
は,事案に応じ,行為者と相手方との従前の関係,予期された侵害の内容,侵害の
予期の程度,侵害回避の容易性,侵害場所に出向く必要性,侵害場所にとどまる相
当性,対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶器の性状
等),実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同,行為者が侵害に臨んだ状
況及びその際の意思内容等を考慮し,行為者がその機会を利用し積極的に相手方に
対して加害行為をする意思で侵害に臨んだとき(最高裁昭和51年(あ)第671
号同52年7月21日第一小法廷決定・刑集31巻4号747頁参照)など,前記
のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には,侵害の
急迫性の要件を充たさないものというべきである。
前記1の事実関係によれば,被告人は,Aの呼出しに応じて現場に赴けば,Aか
ら凶器を用いるなどした暴行を加えられることを十分予期していながら,Aの呼出
しに応じる必要がなく,自宅にとどまって警察の援助を受けることが容易であった
にもかかわらず,包丁を準備した上,Aの待つ場所に出向き,Aがハンマーで攻撃
してくるや,包丁を示すなどの威嚇的行動を取ることもしないままAに近づき,A
の左側胸部を強く刺突したものと認められる。このような先行事情を含めた本件行
為全般の状況に照らすと,被告人の本件行為は,刑法36条の趣旨に照らし許容さ
れるものとは認められず,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきであ
る。したがって,本件につき正当防衛及び過剰防衛の成立を否定した第1審判決を
是認した原判断は正当である。
よって,刑訴法414条,386条1項3号,181条1項ただし書,刑法21
条により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官菅野博之裁判官小貫芳信裁判官鬼丸かおる裁判官
山本庸幸)

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