弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各控訴はいずれもこれを棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣旨並びにこれに対する弁護人の答弁は、この判決の末尾に添附した
検事小山田覚直名義の各控訴趣意書竝びに弁護人大蔵敏彦名義の答弁書に記載する
通りである。これに対して次のように判断する。
 いわゆる示威行進その他公衆の集団的示威運動は、憲法第二十一条の保障する思
想表現の自由に関する基本的人権の一種と解すべきものであるが、思想表現の自由
といえども、絶対無制限のものではなく、公共の福祉に反しない限度においての
み、これを保障せられるに過ぎないこと、従つて、地方公共団体は、その地方の公
共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持するためには、そ
の区域内で行われる示威運動に対しても、ある程度の規制を加え得るものであるこ
とは、まことに検察官所論の通りである。けれども思想表現の自由は、わが憲法が
保障する基本的人権のうちでも、最も重要なものの一つであるから、その規制は、
真にやむを得ない場合に限り、しかもその規制の方法は、憲法の精神に背くことの
ないように、慎重になされなければならないことは、多く説明を要しないところで
ある。
 而して、現在、わが国大多数の都府県や一部の市や町において、集会、集団示威
行進等について、それぞれ条例をもつて、ある程度の規制を加えていることは、当
裁判所に顕著なところであるが、これ等の条例を通覧すると、各地方公共団体が、
示威運動等を規制するため採用した方法は、大別して届出制と、許可制の二とする
ことができる。届出制とは、示威運動等の主催者に対し、運動開催の一定時間以前
に、その運動の具体的内容を公安委員会に届出させようとするものであつて、公安
委員会において検討の結果、その地方の公共の福祉に反するものと認めれば、その
運動に対し制限を加えることができるという制度であるから、主催者に対し事前届
出という制約を加えるとはいえ、それは、示威運動を行うについて実質上の抑制と
はならない場合が多いと解し得られるから、大衆の集団運動を利用しようとする一
部破壊分子活躍の懸念が絶無であるとはいえない現在の社会情勢の下にあつては、
この程度の規制はやむを得ないものとして容認されなければならないものである。
次に、許可制とは、一言にしていえば、示威運動は公安委員会の許可がなければ行
うことができないという趣旨のものであるが、かかる方式は示威運動に対する事前
規制の方法として、果して許さるべきものであろうか。一般に、「許可」というと
きは、全面的禁止を前提とし、ある特定の場合に限つてその禁止を解除する意義に
用いられるのが通例であるが、示威運動規制に関する条例が、もし叙上のような趣
旨の下に、「許可」制を設けたとするならば、憲法において保障された重要な基本
的人権を、一片の条例で、一般的に禁止はく奪するものであるから、かかることは
到底許さるべきものではないのは論を俟たないところである。けれども、許可申請
を受けた公安委員会は、原則として許可することが義務ずけられ、不許可の場合が
極めて限定されているような場合には、名は許可と称するも、その実質は、申請に
対して、示威運動を自由に行う権能を新たに附与するという趣旨ではなく、示威運
動の申請に対し、公の権威を以て、その適否を確認する行為に過ぎないと解すべき
ものであるから、その本質に於て、さきに述べた届出制と大して差異は存しないも
のというべきである。従つて、その立法技術上の巧拙は別として、いわゆる許可制
を採用した条例は、総て違憲であると速断するのは早計であつて、その合憲なりや
否やは、その条例の定めている、規制対象の範囲、許可手続の難易、許否決定基準
の定め方等当該条例の全趣旨を勘按してこれを決定しなければならないのである。
 そこで、本件で問題になつている昭和二十三年静岡県条例第七四号示威運動取締
に関する条例(以下静岡県条例と略称する)をみると、同条例は、その第一条にお
いて、この条例は警察を維持する市町村の区域において行われる示威行進その他の
公衆の集団的示威運動に対して公安を保持することによつて一般公衆の自由と権利
を保障することを目的とする旨を明かにしたうえ、第二条で「示威運動にして道路
を徒歩又は車馬をもつて行進又は占有しようとする者は、所轄の市町村の公安委員
会の許可を得なければこれを行うことができない」と定めているから、事前規制の
方法として、いわゆる許可制を採用していることが明らかである。従つて、その合
憲なりや否やは、さきに説示したところに従い、同条例の採用した許可制の内容
が、示威運動に対する事前規制の方法として、果して必要やむを得ないものである
かどうかによつて決定せらるべきものである。よつて以下順次検討してみるに、 
(一) 同条例は、まず規制の対象たる示威運動について、「示威運動にして道路
を徒歩又は車馬をもつて行進又は占有しようとするもの」としている。換言すれ
ば、取締の対象を、道路上における示威運動のみに限定し、その他の場所に及んで
いないこと、(第一条、第二条)
 (二) その許可申請の手続は、主催者又は責任者から示威運動を行う時刻の七
十二時間前までに所轄の警察署を経由して当該公安委員会に書面をもつてなすべ
く、示威運動の行われる地域が二以上の市町村の区域にわたるときは、前項の許可
申請は、主たる開催地の所轄の警察署を経由すれば足りる(第三条)とされ、その
申請書記載事項も格別むずかしいことを要求しているものではない(第四条)か
ら、その許可申請手続は、示威運動実施者に対し無理を強いているとは認められな
いこと
 (三) 公安委員会はその示威運動が公安を害する惧れがないと認める場合は許
可を与えなければならない。(第五条第一項)としていること
 (四) もし、公安委員会が許可申請を却下した場合には、公安委員会は直ちに
その旨及び理由を詳細に当該市町村議会の議長に報告しなければならない。議長は
これを次の会議において、議会に報告しなければならない。(第五条第二項)と定
めているばかりでなく、
 (五) 「この条例は第二条に規定する示威運動を除き、公の集会を禁止もしく
は制限し又は公安委員会、警察吏員若しくは地方公共団体の職員に対し、公衆の会
合、政治活動、プラカード出版物その他の交書図画の監督、検閲の権限を与えるも
のではない」(第九条)旨を明かにして、同条例運用の万全を期していることなど
を併せ考えると、本件静岡県条例は、検察官主張のように合憲としてその効力を認
めるのが相当であるようにもみえるのである。
 しかしながら、さきにも判示したように、思想表現の自由は憲法で保障された重
要な基本的人権の一つであるから、その制限は、公共の福祉という見地から見て、
真に必要かつやむを得ないと認められる限度においてのみ容認せらるべきものであ
り、その制限を規定した条例の合憲なりや否やは、極めて慎重に決定されなければ
ならないから、さらに一歩を進めて審究するに、
 (一) 静岡県条例が規制の対象としている示威運動の範囲は、さきにも一言し
たように「道路」上の示威運動に限られ、その他の公共の場所におけるものを包含
していないから、一見、取締の対象たる示威運動は大いに限定されているようにみ
えるが、ひるがえつて考えると、それは、いやしくも道路上における示威運動であ
る限り、一切これを包含し、特に除外例を設けていないことを注意しなければなら
ない。換言すれば、道路上で行われる示威連動は、その性質如何を問わず一切公安
委員会の許可がなければ実施することができないという趣旨であるところ、元来示
威運動なるものは、道路を進行するのを常とることから考えると、その規制の対象
は相当広汎にわたるものといわねばならない。検察官は、「静岡県条例は、他の条
例のように、その条例自体の中に除外例を設けていないけれども、その第七条に基
き、当該公安委員会の告示により除外例を設けることとし、現に静岡市公安委員会
告示第九号第二条は(1)冠婚葬祭神社仏閣の例祭その他宗教的団体の行事(2)
スボーツ競技その他体育運動(3)官公庁共団体によつて行われる行事(4)学校
当局により実施される学生、生徒、児童の隊列(5)前各号の他示威的行動に亘ら
ない行進及び集会は公安委員会の許可を必要としない旨を明かにしているから、同
条例の規制の対象は無制限ではない。」と主張しているが、本件条例の対象は示威
運動そのものであるところ、右に列挙された集会或は行進は、本件条例にいわゆる
示威運動ではないから、これらは右のような規定をまつまでもなく、当然実施が自
由なものであり、同条例とは全く関係のないものであることが明かである。従つて
前記静岡市公安委員会告示第二条は、本件条例に関する限り、全く意味のない規定
であつて、これをもつて、本条例の規制対象の範囲を限定した除外例であるとする
ことのできないのは勿論である。即ち、本件条例が規制しようとする示威運動は、
道路上の総ての示威運動に及び、殆ど無制限であると断ぜざるを得ないのである
が、かように規制の対象が広汎であるということは、それだけ国民の示威運動に関
する自由が一行政機関たる公安委員会の掌中に握られる範図が広くなることであつ
て、時に公共の福祉の名の下に、正当な示威運動までが禁止されるかもしれない可
能性もしくは危険性が増大されることは理の当然である。
 (二) 次に、静岡県条例所定の許可申請手続の当否について再検するに、さき
にも明かにしたように、その許可申請手続は、比較的簡単であつて、「七十二時間
前」という時間的制限も、警察当局の警備計画の立案、実施等に要する時間から考
えると、またやむをえないものと認められるから、この点に関する規定は必ずしも
不当とはいい難い。けれども、ここに看過できないのは、静岡県条例には、公安委
員会が、その受理した許可申請に対して、いつまでに許否を決しなければならない
かという点について、全然規定を欠いていることである。さきにも言及したよう
に、ここにいわゆる「許可」は一般の行政処分のそれとは異り、一種の確認行為と
みるべきものであり、原則として許可が義務ずけられ、不許可は極めて例外的の場
合にのみ限らるべきものであると解してこそはじめてその存在が許される性質のも
のであることを思えば、静岡県条例が一方に於て、その規制の対象を広く道路上の
示威運動全部に及ぼして許可申請を要求しておきながら、他方に於てこれに対する
公安委員会の許否決定について全然時間的拘束を設けていないのは、甚だ大きな欠
陥といわねばならない。示威運動の主催者は、運動実施についてはある程度の準備
瞬間を必要とすることは明白であるから、七十二時間前に公安委員会に提出した許
可申請対し、同運動実施直前に許可されても、実施上実施不能に陥ることもあり得
ようし、また極端な場合には、公安委員会は好ましからざる申請で、しかも不許可
の理由に之しいものについては、実施予定当日までも許否を決しないで放置するこ
とさえ考えられ得るところである。例えば、かの新潟県、昭和二十四年第四号行列
行進、集団示威運動に関する条例第四条は、公安委員会が許否を許すべき時限を、
運動開始日時の二十四時間前までと限定し、それまでにその意思表示をしないとき
は、許可があつたものとして行動することができるを明白に規定しているが、静岡
県条例がこの点について全然配慮を欠き、何等の規定を設けていないのは、いわゆ
る「許可制」の本質に関する考え方にも影響を及ぼし、同条例の合憲性を疑わしめ
る一つの資料となるものといわねばならない。
 (三) さらに、進んで、示威運動の許否を決すべき基準の定め方の適否につい
て検付してみるに、元来国民の基本的人権を制限しようとするいわゆる「公共の福
祉」という理念は、その内容が一定せず、甚だ流動的な観念であるから、社会情勢
の変化により、多少の変動を生ずることはやむを得ないが、国民の基本的人権の尊
重ということは、民主政冶の基盤であるということから考えるとこれを制限しよう
とする「公共の福祉」という観念はなるべく厳格に解すべく、濫りにその内容を拡
大してはならないのは当然である。かかる見地に立ち、現下の諸般の社会情勢を斟
酌して考えると、いわゆる示威運動は、公共の福祉に反するときはこれを制限する
ことができるが、ここに「公共の福祉に反する」とは、当該の運動の実施が、「公
共にさし迫つた危険を及ぼすことが明かである」と認められる場合をいうものと解
するのを相当とする。従つてこの程度に達しないもの、即ち単に漠然たる「公共に
危険を及ぼす惧れ」があると思われるに過ぎないような場合においては、未だその
示威運動を公共の福祉に反するものとして禁止することはできないものといわねば
ならない。検察官は「一部破壊的分子の煽動等により、当初から公安を害し、一般
公衆に対し直接危害を及ぼす危険が合理的に判断して明かである場合においても事
前にその禁止、制限をなし得ないのは不都合である。」と主張しているが、所論の
ような場合は、まさに「公共にさし迫つた危険を及ぼすことが明かである場合」に
該当するから、公安委員会は事前に規制を加え得ることは勿論であつて、示威運動
許否の基準について前叙のような見解をとつても、毫も所論のような不当の結果は
発生しないのである。
 然るところ、静岡県条例は、第五条第一項において、「公安委員会は示威運動が
公安害する惧れがないと認める場合は許可しなければならない」と定めているか
ら、許否決定の基準は「公安を害する惧れ」の有無にあることが明かである。けれ
ども「公安を害する惧れ」ということは甚だ漠然たる観念であるから、かかる事実
の有無をもつて示威運動許否決定の基準とすることは、重要な基本的人権を制限す
る方式としてはあまりに概括的に過ぎ、原判決も指摘しているように、公安委員会
の考え方によつては、本来許さるべき示威運動も許されないことになるおそれがあ
り、ひいては憲法上認められた思想表現の自由を不当に制限する結果を招来する危
険性なしとしないのである。この点に関し他の地方公共団体の条例が、或は「公共
の安寧を保持する上に直接の危険を及ぼすと明らかに認められる場合」(東京都、
岩手、茨城、長野等の各県、及び弘前、神戸、福知山、宇治、広島、高松等の各市
の例)、或は「公共の安全を危険ならしめるような事態をひき起すことが明瞭であ
る場合」(愛知、石川、岐阜、三重等の各県及び、岡山、米子等の各市の例)、或
は「公共の安全に差迫つた危険を及ぼすことが明かである場合」(滋賀県等及び大
阪、堺、岸和田、布施、豊中、池田、吹田、泉、大洋、高槻、貝塚、守口、牧方、
茨木、八尾、泉佐野、富田、林等の各市の例)、或は「公衆の生命、身体自由又は
財産に対して直接の危険を及ぼすと明かに認められる場合」(京都市等の例)とい
ずれも略々同趣旨の規定を設け不許可となるべき場合について、極めて厳格な制限
を附しているのは決して故なしとはしないのである。検察官は、右に列挙した各条
例の規定は、本件で問題になつている静岡県条例にいわゆる「公安を害する惧れあ
る易合」というのと、修辞上の相違があるのみであつて、両者はその本質を異にす
るものではなく、原判決は用語の枝葉未節に把われたものであると批難している
が、単に漠然たる「公共を害する惧れ」というのと、さきに列挙した各条例の規定
とは明らかにその趣旨内容を異にしているのであつて、これを目して単なる修辞上
の相違に過ぎずとする所論は、まさに烏鷺同色の弁というも過言ではなく、到底こ
れを採用することはできない。
 <要旨>以上説示したところを綜合して考えると、静岡県条例は、示威運動規制の
方法として、道路上で行われる示威運動にはすべて公安委員会の許可を要求
し、その許否の決定基準は漠然たる「公安を害する惧れ」の有無という点に置いて
居るばかりでなく、公安委員会の許否決定については、何等時間的拘束を加えてい
ないことが明かであつて、かくの如きは、憲法で認められた思想表現の自由を制限
する方法としてはあまりに広汎かつ概括的に過ぎ、少くとも現下の社会情勢の下に
あつては、公共の福祉を維持するために、必要やむを得ない限度を超えたものと断
定せざるを得ず、従つて同条例がその第六条において、同第二条所定の公安委員会
の許可なくして示威運動を行つたものを処罰する旨規定して居る限りにおいて、右
条例は憲法に違反するものといわねばならない。検察官の援用する各高等裁判所の
判決は、いずれも本件とその内容を異にする他の地方団体の条例に関するものであ
つて、本件には適切ではなく、その他所論に徴しても、原判決は所論のように、法
令の解釈適用を誤つたところは認められない。
 よつて検察官の本件控訴は、いずれもその理由がないものと認め、刑事訴訟法第
三百九十六条に則り主文のように判決する。
 (裁判長判事 久礼田益喜 判事 武田軍治 判事 下関忠義)

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