弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役2年に処する。
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用のうち,その2分の1を被告人の負担とする。
本件公訴事実中恐喝の点については,被告人は無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,医療法人社団A1会理事B1から,同人が株式会社Cに割引目的で交
付した医療法人社団A1会理事長B2名義の約束手形の回収を依頼され,これを回
収したものであるが,回収した約束手形のうちの1通について,その振出人欄に
「医療法人社団A1会理事長B2」との記入及び同法人印の捺印があり,金額欄,
受取人欄及び支払期日欄等が白地であることを奇貨として,上記手形の各白地欄に
金額等を記入して約束手形を偽造した上,銀行に取立てを依頼することを企て,平
成14年6月17日,大阪市所在の株式会社D1事務所において,行使の目的で,
ほしいままに,情を知らない同社従業員E1をして,上記手形の金額欄にチェック
ライターで「¥300,000,000※」と印字させ,受取人欄に「被告人」,
振出日欄に「14520」,支払期日欄に「14619」と記入させ,も
って,医療法人社団A1会理事長B2振出名義の約束手形1通を偽造した上,同日
午後3時14分ころ,大阪市所在の株式会社F1銀行F2支店において,情を知ら
ない株式会社D1従業員をして,同支店行員に対し,あたかも上記手形が真正であ
るもののように装って取立方を依頼し,上記偽造に係る上記手形1通を提出行使し
たものである。
(争点に対する判断)
第1章争点
第1節本件公訴事実(第1については訴因変更後のもの)の要旨は,
「被告人は,医療法人社団A1会A2病院理事B1から,同人が金融ブロー
カーに割引目的で交付した同法人名義の約束手形の回収を依頼され,これを回
収したものであるが,回収した約束手形のうちの1通の振出人欄に医療法人社
団A1会理事長B2との記入及び同法人印の捺印があり,金額欄,受取人欄及
び支払期日欄が白地であることを奇貨とし,上記手形の各白地欄に金額等を記
入して約束手形を偽造した上,これを取立てに回し,資金不足による不渡処分
を恐れた同法人から金員を喝取しようと企て,
第1平成14年6月17日ころ,大阪市所在の株式会社D1事務所におい
て,行使の目的で,ほしいままに,情を知らない同社従業員E1をして,
上記手形の金額欄にチェックライターで「¥300,000,000※」
と印字させ,受取人欄に「被告人」,振出日欄に「14520」,支
払期日欄に「14619」等と上記手形に記入させ,もって,医療法
人社団A1会理事長B2振出名義の約束手形を偽造した上,同日午後3時
14分ころ,大阪市所在の株式会社F1銀行F2支店において,情を知ら
ない上記株式会社D1従業員をして,同支店行員に対し,あたかも上記手
形が真正であるかのよう装って取立方を依頼し,上記偽造に係る上記手形
1通を提出行使し,
第2同月19日午前11時ころ,群馬県太田市所在の医療法人社団A1会A
2病院理事長室において,同法人理事長B2に対して,「もう手形のこと
はわかっているだろうけど,手形を依頼返却して欲しかったら,3億円を
支払うことを約束しろ。小切手を出せ。わしの言うことを聞けないなら,
依頼返却はできん。手形が決済できないということは,どういうことにな
るかわかってるだろう。3億円は小切手でもいいが,現金もいくらか必要
だ」などと申し向けて小切手及び現金を要求し,もしその要求に応じなけ
れば,上記手形を依頼返却せず,そのため同手形が資金不足を理由として
不渡処分になることにより同法人の信用を失墜させるとともに財産上の損
害等を加えかねない気勢を示して,同人をその旨畏怖困惑させ,即時同所
において,上記B2から同法人振出に係る小切手3通(額面金額合計2億
9000万円)の交付を受け,さらに,平成14年7月12日午後1時こ
ろ,上記B2から指示を受けた同法人職員をして被告人の管理する大阪市
所在の株式会社G1銀行G2支店のH名義の普通預金口座に現金1000
万円を振込入金させて,もって,人を恐喝して財物を交付させた」
というものである。
第2節被告人,弁護人の主張は,要するに次のとおりである。
(1)有価証券偽造,同行使罪について
被告人は,医療法人A1会A2病院理事長のB2から包括的な手形小切手の
振出しの権限,あるいは「医療法人A1会理事長B2」の名称を用いて小切
手,手形の振出しを含む各種文書を作成するいわゆる署名代理の権限を与えら
れていた同理事B1から,平成14年6月12日,本件白地手形につき,「金
額を3億円,支払期日を平成14年6月19日,受取人を被告人」と補充する
ことにつき了解を得た。その上で,被告人は,平成14年6月12日にB1の
目の前で支払期日欄に「14619」と記入した。さらに,被告人は,同
月17日,B1に対して,本件白地手形を取立てに回す旨明言し,B1の了解
を得た上,E1に指示して,金額欄に「¥300,000,000※」と印字
させ,受取人欄に「被告人」,振出日欄に「14520」と記入させたも
のである。したがって,被告人に有価証券偽造罪は成立せず,本件手形は偽造
されたものではないから偽造有価証券行使罪も成立しない。
仮に,B1に手形小切手振出しの権限がなかったとしても,被告人は,B1
に権限がないとは認識していなかったのであるから,被告人に有価証券偽造
罪,同行使罪の故意はない。
(2)恐喝について
A1会は,被告人に対して3億円の支払義務があったところ,平成14年6
月19日,そのA1会の債務につき,被告人とB2との間で支払方法について
合意がなされ,その合意に基づき,B2から被告人に対して本件小切手3通の
交付がなされたにすぎず,被告人は脅迫などしていないし,A1会に被害は生
じていない。また,平成14年7月12日のA1会から株式会社G1銀行G2
支店のH名義の普通預金口座への現金1000万円の振込みは,A1会が振り
出していた手形の回収を依頼されていた被告人が,そのための費用としてA1
会から送金してもらったものであり,上記の合意とは関係ない。
第2章検討の前提となる事実関係
第1節関係者の立場等
(1)被告人
被告人は,医療機器の輸出入等を業とする株式会社D1の実質的経営者であ
ったが,その他,複数の会社や医療法人等にも関係しており,医療法人D2会
も被告人が実質的に経営していた。I1は被告人の甥である。
(2)医療法人社団A1会
A1会は,病院及び老人保健施設の経営等を目的及び業務とする医療法人社
団であり,群馬県太田市でA2病院等を経営していた。A1会の定款では,役
員として,一人の理事長を含む3名以上6名以内の理事及び監事1名を置くこ
ととされ,理事長のみがA1会を代表し,理事はA1会の常務を処理すると定
められていた。
B2は,A1会の理事長,かつ,A2病院の病院長であった。B1は,平成
15年7月1日に退任するまでA1会の理事であり,経理を担当して,A1会
やB2個人の預金を管理していた。
(3)株式会社J
株式会社Jは,旅館や老人ホームの不動産を所有し,系列会社に旅館や老人
ホームの経営をさせていた。K1がJの代表取締役である。K2は,同社の取
締役に就任して,債務整理,資金調達の仕事をしていた。Jは,債務の履行が
困難になっており,その所有物件につき,競売開始決定がなされている状況で
あった。
なお,Jは,被告人が実質的に支配しているD2会やその関係者から融資を
受けたことがあるが,そのことから被告人とトラブルになったことがあった。
第2節本件白地手形が作成された経緯等
以下,平成14年の出来事については暦年の記載を省略する。
(1)K2は,Jに出資してくれる者を探していたところ,スポンサーとして,
金融,不動産ブローカーのLからA1会を紹介され,1月初めころ,B1と会
った。
(2)K2は,B1に対して,静岡地方裁判所沼津支部において競売開始決定が
されていた,Jが所有する老人ホームMの物件をA1会が金を出して競落する
話を持ちかけた。B1が,B2にそのことを相談したところ,介護付き老人ホ
ームの経営に興味を持っていたB2は,その話を了承した。
(3)Mは株式会社N1が経営していたものである。K2やB1は,A1会が定
款上直接老人ホームの経営をすることができないことから,N1がMの物件を
買い受けた上で,N1の経営権をA1会側が譲り受けることにした。2月22
日には,B1がN1の代表取締役に就任し,B2とO(B2及びB1と中学校
の同級生)がその取締役に就任した。
(4)1月8日,A1会から,Jの関連会社でありK2が代表取締役であった株
式会社P(Mに隣接する旅館であるPを経営していた)の銀行口座に6000
万円が振り込まれた。この6000万円については,翌9日,J及び株式会社
Pが連帯してA1会から借り受ける旨の金銭消費貸借質権設定契約公正証書が
作成された。
同日,N1は,Mの3階から9階部分等につき,競売裁判所に対し2107
万4000円の保証を提供して,入札価格1億7107万4000円で買受を
申し出た。その保証の提供には上記6000万円の一部が用いられた。
同月16日の開札の結果,1億8510万円の価額で入札したD2会が最高
価買受申出人と定められ,同月23日,D2会に対する売却許可決定がなされ
た。一方,N1は次順位買受申出の資格があったため,保証の返還は受けず,
開札期日に次順位買受申出をした。K2は,被告人と交渉して,この物件の買
受けから手を引いてもらおうと考えていた。
(5)Mの残りの1階及び2階部分についても競売開始決定がなされていたが,
K2は,この物件についても被告人側が最高価買受申出人となることを妨害す
るため,実際に買い受ける意思はないにもかかわらず,2月6日,740万4
000円の保証を提供した上で,入札価格5億円という破格の額での買受の申
し出を行った。これに際しては,同日,A1会の銀行口座からK2の口座に7
50万円が,Pの口座に2250万円が振り込まれており,K2は,その振り
込まれた3000万円の一部を使って,上記保証の提供を行ったものである。
(6)一方,K2は,Lの発案で,Jが所有し,競売開始決定を受けているMや
P等の物件を安く取得した上で,その転売益や運用益の配分利益を受ける権利
を証券化し,その証券を投資家に売って資金を集め,その資金によってJの債
務を整理するという計画(いわゆる証券化スキーム)を進めていた。B1もこ
の計画に加わることとし,不動産の所有権取得の主体として,A1会の関連会
社である有限会社Q食品を用いることになった。
3月か4月ころ,B1はB2に証券化スキームのことを話したが,B2は,
その計画に加わることに反対し,B1に対し,手を引くよう言った。しかし,
B1は,A1会やB2が資金を提供するわけではないなどと述べ,証券化スキ
ームから手を引くことはなかった。
(7)Mだけでなく,Pの不動産も競売開始決定を受けていたものであるが,こ
れについても,被告人が関係する医療法人社団D3会が最高価買受申出人とな
り,4月17日,売却許可決定を受けた。K2は,このままでは,証券化スキ
ームが立ち行かないことになると考え,被告人と交渉して,M及びPから手を
引いてもらおうと考え,5月3日ころ,被告人と会った。交渉の結果,被告人
は,3億円の支払いを受けることで,M及びPから手を引くことを了承した。
B1は,K2から被告人との交渉の結果を聞き,A1会を振出人とする金額
合計3億円の約束手形を被告人に交付することを了承した。B1は,医療法人
社団A1会理事長B2振出名義の約束手形4通(金額7500万円のもの1
通,金額1億円のもの2通,金額2500万円のもの1通)を作成したが,B
2には了解を得なかった。
(8)5月9日,K2は,被告人に会い,上記4通の約束手形を渡そうとした
が,被告人は,金額2500万円の手形1通のみを受け取り,その他の3通に
ついては受け取らなかった。その際,被告人は,K2宛の「2500万円の約
束手形をK2の事業に協力する費用として仮に受け取り,約束手形が現金化さ
れた時点において,それを内入としてK2の事業に全面協力し,約束手形を現
金化せず,返納すれば協力関係は解消する」旨の記載のある「証」と題する書
面を作成し,K2に交付した。
(9)一方,B1は,証券化スキームにより金が入ってくるまでのつなぎの資金
を得るために,Lを通じて紹介を受けた株式会社Cに約束手形の割引を依頼す
ることとし,5月9日ころ,受取人,支払期日,金額,振出日が記載されてい
ない,振出人欄に「医療法人社団A1会理事長B2」と記載され,A1会の銀
行印が押印された白地手形3通(B534247ないしB534249)及び
振出人欄に「医療法人社団A1会理事長B2」と記載され,A1会の銀行印が
押印された受取人欄白地の金額合計4億7500万円の約束手形30通を作成
し,C側に預けた。その際,B1は,(i)C宛の「Cに資金繰りを依頼して約
束手形3通を渡し,額面を白地にしておいたので融資実行のときにはCにおい
て額面記入することを承諾する」旨の医療法人社団A1会常務理事B1名義の
平成14年5月7日付け承諾書,(ii)「Cに資金繰りを依頼して約束手形30
通を渡す」旨の医療法人社団A1会常務理事B1名義の平成14年5月9日付
け承諾書を作成して交付した。その際,B1は,各承諾書に,B1と刻された
印鑑のほか,A1会の銀行印を押印した。B1は,以上の各手形の作成やCに
対する交付,各承諾書の作成について,B2の了承は得なかった。
また,B1は,B2に無断で,平成14年5月15日付けで株式会社CR1
宛の「A1会がCに預けた約束手形につき,期日に決済できない場合は,診療
報酬を担保として,譲渡することに同意する」旨の医療法人社団A1会理事長
B2名義の同意書も作成している。
第3節被告人が本件白地手形を手に入れるに至った経緯
(1)5月10日ころ,B1は,Cの取締役であるR2の紹介で被告人と会い,
その後,頻繁に会うようになった。
被告人は,MとPの物件の取得から手を引くことの見返りである3億円につ
き,B1と交渉し,うち1000万円については5月22日に,うち1500
万円について同月30日に支払うとの話も出たが,それらが支払われることは
なかった。被告人が受け取っていた金額2500万円の約束手形の支払期日は
5月22日とされていたが,B1が被告人に支払いを待ってほしいと頼んだと
ころ,被告人はこれを承諾し,その約束手形の取立てを依頼することはなかっ
た。
(2)5月30日,東京都内のホテルで,被告人,B1及びE1により,「(i)N
1が3億円を支払うことにより,D2会がMの3階から9階部分等の落札権を
放棄する,(ii)その3億円の支払いが完全になされた時点で,D2会及び被告
人は,Pの競売落札決定者(D3会)のすべての権利(代金納付による物件取
得権)及びJ及び株式会社Pに対する全ての請求権(訴訟中のものを含む)を
放棄,取下げする,(iii)N1のD2会への3億円の支払いが完了するまで,
D2会に対して,N1の株式の51パーセントを担保として譲渡し,また,D
2会の指定する取締役3名,監査役1名を就任させる,(iv)3億円の支払期日
は,平成14年5月22日に1000万円,同月30日に1500万円,同年
6月30日に9200万円,同年7月10日に9200万円,同月30日に9
100万円とする」などとの内容の,株式会社N1代表取締役B1,医療法人
D2会理事長S,医療法人社団A1会理事長B2,B1及び被告人名義の同日
付け確約書が作成された。
5月31日,被告人の関係者であるHがN1の代表取締役に,Tが取締役に
それぞれ就任した。
(3)Mの3階から9階部分等についてのD2会に対する代金納付期限は5月1
0日午後3時と定められていたが,D2会は裁判所に代金納付期限延期願いを
提出し,同月31日午後3時まで代金納付期限が延期されていた。
D2会は,その期限までに代金を納付しなかったため,D2会に対する売却
許可決定は失効し,6月10日,売却許可決定期日が同月19日と指定され
て,次順位買受申出人であるN1に通知された。同月19日,N1に対する売
却許可決定がなされた。
(4)6月5日,B1及び被告人により,「平成14年5月30日付け確約書に
ついての暫定的取り決めとして,(i)B1は契約残金の2億7500万円の支
払いにつき,9200万円については平成14年6月30日に支払い,残金1
億8300万円についてはA1会発行の約束手形をB1(「被告人」の誤記と
認められる)に交付する,(ii)その間,B1は,N1の株式の譲渡及び取締役
の変更手続を行う,(iii)2億7500万円の支払が完了した時は,変更した
株式及び取締役を被告人は元に戻す」などとの内容の,被告人及びB1名義の
平成14年6月5日付け追加契約書が作成された。同追加契約書内には,B1
が,A1会,(株)N2・N3,(株)J,(株)P等の代理人であり,被告
人がD2会の代理人である旨の記載がある。
(5)B1は,Cに預けた約束手形の割引がなかなか実現しないことから,手形
を騙し取られたのではないかとの疑いを抱き,6月4日ころ,被告人にその約
束手形の回収を依頼した。被告人は,これを引き受け,約束手形の回収にとり
かかった。
(6)そのころ,B2は,A1会のメインバンクであるU1銀行U2支店の担当
の行員から,「A1会の手形を持った人から,その手形が決済できるかという
ような照会があったと他行から聞いたが,そんな手形を出しているのか。理事
長,知っているのか」という電話を受け,心当たりはなかったので,B1に確
認した。B1は,証券化スキームを進めていく中で,J側が被告人に支払う3
億円を代わりに支払う約束をし,その金を作るために手形を使おうとしたとこ
ろ,金額合計4億7500万円の手形及び白地手形3通をCのR2に取られた
と事情を説明した上,「それらの手形は騙し取られたものだから,A1会が決
済する義務はない」と言い,また,「その回収を被告人に頼んでいる」と述べ
た。
B2は,B1と共に,U1銀行U2支店に行き,「手形はB1が騙し取られ
たものであり,支払いの義務はないと承知している,その手形については信用
できる人に回収を頼んでいる」などと説明した。その際,B2は,手形帳を銀
行に返した。
(7)6月12日ころ,B1がCに預けた手形のうち,白地手形3通及び金額2
000万円で支払期日平成14年8月31日のもの2通が,Cから被告人に引
き渡された。
第4節本件白地手形の取立依頼及び依頼返却
(1)6月12日,D1事務所において,被告人は,上記5通の手形のうち,白
地手形1通(B534248)を除く4通をB1に渡した。
同日,同所において,B1とE1は,被告人立会のもとで,「(i)B1をA
1会,N1(代表取締役B1),(株)J,K1,(株)P及びK2等の代理
人とし,E1をD2会,D3会,N1(代表取締役H)及び被告人の代理人と
する,(ii)B1がE1に払う金額を3億円とし,支払期日は,平成14年5月
22日に1000万円,同月30日に1500万円,同年6月30日に920
0万円,同年7月10日に9200万円,同月30日に9100万円とする,
(iii)M及びPの競落代金払い込みはB1が行う」などとの内容の6月12日
付け覚書を作成した。
(2)6月17日午後3時14分ころ,被告人の指示に基づき,D1の従業員に
より,株式会社F1銀行F2支店に対して,被告人がB1に返さなかった上記
白地手形(B534248)の取立依頼がなされたが,その際,同手形には,
金額欄にチェックライターで「¥300,000,000※」と印字され,受
取人欄に「被告人」,振出日欄に「14520」,支払期日欄に「14
619」,第1裏書人欄に「14521大阪市被告人」,第2裏書
人欄に「14610大阪市株式会社D1代表取締役E2」と記載され
ていた。
(3)6月18日の午後,E1は,被告人の指示により,株式会社F1銀行F2
支店において,上記約束手形の返却依頼の手続を行った。この手形の返却依頼
があったことについては,同支店から,翌19日午前9時14分に東京手形交
換センターに連絡され,午前10時15分ころ,支払地交換銀行の代表銀行で
あるV1銀行V2支店に依頼返却の手続の依頼がなされ,午前10時50分こ
ろ,V1銀行からU1銀行U2支店に依頼返却の連絡がなされ,午前11時4
0分ころ,V1銀行V2支店から,東京手形交換センターに依頼返却手続が終
了したとの連絡があったという経過がある。
第5節6月19日の状況
6月19日の昼ころ,A2病院の理事長室において,被告人とB2は,
「(i)A1会は,被告人に対して,3億円を,N1の利用権の販売及びPの売
却による利益を充当して支払うが,最終支払期までに充当できなかった場合
は,A1会が責任をもって支払うことを確認する,(ii)そのA1会の義務を担
保するために,A1会は,自己振出の平成14年7月31日付け金額9000
万円の小切手,平成14年8月31日付け金額1億円の小切手及び平成14年
9月31日付け金額1億円の小切手を被告人に支払う,(iii)平成14年6月
19日,A1会は,被告人に対して,3億円の内金1000万円を送金にて支
払う」ことなどを内容とする被告人及び医療法人社団A1会理事長B2名義の
覚書を作成した。B2は,覚書の内容どおりの金額合計2億9000万円の小
切手を被告人に交付した。
第6節A1会から被告人に対する1000万円の支払い
7月12日,A1会から,被告人が管理するG1銀行G2支店に開設された
H名義の口座に1000万円が振り込まれた。
7弁護人の主張
(1)弁護人は,B2はA1会がK2らの証券化スキームに加わることに賛成し
ていた旨主張している。
アB1及びB2は,公判において,B2は証券化スキームには反対だった
が,B1が「B2やA1会が金を出すわけではない」などと説明し,資金の
提供を求めなかったことから,B1が証券化スキームに加わることを黙認す
ることになったと述べ,両名の供述はほぼ一致している。
イ弁護人は,2月14日にQ食品がK1の自宅であるいわゆるW御殿の土地
建物を購入する契約を締結し,その後,A1会が出捐してその代金等が支払
われたこと,その代金支払のために融資をしてくれたX株式会社にA1会振
出名義の約束手形が交付されていることなどを指摘するが,そもそもW御殿
が証券化スキームの対象物件であったか判然としない。B2は,A1会とし
ての資金の出捐について知らなかった旨供述し,B1は,手形の交付は,B
2に無断でやった旨供述していることに照らせば,弁護人が主張する事実を
考慮しても,上記B2及びB1の供述が信用できないということにはならな
い。
ウまた,弁護人は,K2が,公判において,3月か4月ころ,B2から証券
化スキームをよろしくと言われたことがあると供述している点を指摘してい
るが,競売に失敗したことなどをB2に謝罪した際に「競売のスキームでも
何でも,ともかく仕上げてくれよ」と言われたような覚えがある旨のK2の
供述は,B2の発言内容についてあいまいで,B2がどういう意図で発言し
たかも判然としないものである。
エその他の弁護人が指摘する点を検討しても,B2がA1会として証券化ス
キームに加わることを了承していたことをうかがわせる事情は認められず,
弁護人の主張は採用できない。
(2)弁護人は,B2は,Cに手形割引のために約束手形を預けることを了承し
ていたと主張する。
アB2及びB1の供述は,約束手形の作成やCへの交付がB2の了承を得ず
に行われたものであるという点で一致しているし,U1銀行U2支店からの
問い合わせにより,B1による無断での約束手形の作成やCに対しての交付
が発覚し,手形帳を銀行に返還することになった点についての供述内容は具
体的である。また,約束手形の交付の際作成された各承諾書が,代表権のな
い常務理事B1名義で作成されていることに加え,その際,B2がB1に委
任したことを示す委任状等が示された形跡がないことは,B2及びB1の供
述に符合するものである。
イ一方,R1は,公判において,「B1が金額の入った手形30通くらいを
預かった際,B2と電話で話し,金額合計4億7500万円の手形を間違い
なく振り出すか聞いたところ,B2から「B1に任せているので,B1と相
談してやってくれ」と言われた」旨供述している。
しかしながら,R1はその検察官調書(甲26)においては,「金額の入
った手形30通と白地手形3通は一緒に預かった」旨供述していたのに対
し,公判では,「まず,金額の入った手形30通くらいを預かり,その後,
別の日に白地手形3通を預かった」旨供述するに至ったもので,その供述は
信用しがたい。
ウ弁護人は,B1において,B2に無断で,Cに預けた約束手形につき,医
療法人の命綱たる診療報酬を担保として譲渡する旨の書面を提出することは
考えられないと主張するが,証券化スキームの進展による利益により決済資
金を確保できると考えたB1が,「期日に決済できない場合」という条件を
付した上で,診療報酬を担保として譲渡する旨の書面をB2に無断で作成し
て交付することは不自然なものではない。
エその他,Cに手形割引のために約束手形を預けることをB2が了承してい
た事実をうかがわせる事実は認められず,弁護人の主張は採用できない。
第3章有価証券偽造,同行使罪の成否
1B1が,被告人に対して,本件白地手形につき,補充の上,銀行に取立依頼
する権利を与える権限を有していたか
(1)弁護人は,B1は,A1会の理事にすぎず,A1会の代表権を有していな
かったとしても,B2は,B1に包括的な手形小切手振出権限を与えていたと
主張する。
ア本件に至る経緯において,B2がB1に対して包括的な手形振出権限を与
える旨の委任状等の書面が作成されていた形跡はない。そして,B2は,
「A1会においては,理事は本社団の常務を処理すると定められているとこ
ろ,常務というのは,日常の業務,例えば,業者への支払,あるいは新入職
員の面談等を指すと考えている。B1には,A1会の預金通帳や銀行届出印
などを預けていたが,これは日常業務をする上で,仕事がしやすいように預
けていたものである。A1会の小切手帳及び手形帳は,経理で保管してお
り,B1に預けていたことになる。しかし,日常の支払の中で手形で支払う
ということはなく,B1に手形を振り出す権限を与えたことはない。手形帳
を預けていたのは,保管をさせていたにすぎない」などと供述するところ,
これに矛盾するような事情はなく,この供述は信用できるものと考える。
イB1は,公判において,被告人に交付するために医療法人社団A1会理事
長B2振出名義の合計金額3億円の約束手形4通をB2の了承を得ずに作成
したことにつき,「自分は手形帳を預かっていましたし,日常のことについ
ては自分が全部やってたんで,その延長線上の中で,本人に承諾を得ないで
やったことは事実ですね」などと述べたり,「B2の了承を得ないで作成し
た手形について,無権限の振出手形になるという認識は持っていなかった」
などと述べている。しかしながら,これは,日常の支払等を任されており,
手形帳を預かっている状況で,自己の権限について深く考えることなくB2
の了承を得ないまま手形を作成してしまったというB1自身の認識について
のものであって,B1に対して,包括的な手形の振出権限が与えられていた
ことを裏付けるものではない。
ウその他,弁護人が主張するところを考慮しても,B1に対して,包括的な
手形の振出権限が与えられていたことをうかがわせる事情はなく,B2にお
いて,B1に対して包括的な手形の振出権限を与えていなかったものと認め
られる。
エなお,弁護人は,B1において,A1会の庶務・経理関係を担当する理事
として,A1会のために所要の支払や小切手等の振出行為をする業務に従事
しており,医療法人社団A1会理事長B2の名称を用いて小切手・手形の振
出を含む各種文書等を作成する権限を付与されていたと主張するが,上記の
とおり,B1は日常の支払等についての業務を担当しており,その際に医療
法人社団A1会理事長B2名義での文書や小切手の作成をする権限を有して
いたとはいえるが,医療法人社団A1会理事長B2名義での手形作成の包括
的権限があったとは認められない。
(2)また,弁護人は,被告人は,B1が本件白地手形の白地を補充する権限を
有していないという認識はなかったと主張する。被告人もB1に白地補充権が
あると思っていたと供述する。
アまず,被告人において,単なる理事であるB1にA1会の代表権はないと
認識していたことは明らかである。
イ6月12日あるいは同月17日当時,被告人において,それまで,B1が
B2に了承を得ずに独自の判断でA1会振出名義の手形を作成していたこと
を認識していたとは認められず,その他,B1にB2の了承を得ることなく
手形を振り出す包括的な権限が与えられていると誤解するような事情を認識
していたとも認められない。
ウさらに,Cから被告人が回収した本件白地手形に対する白地補充権をB2
がB1に与えていたと誤解する事情を被告人が認識していたとも認められな
い。かえって,被告人は,B1が,「B2について頭にきたことから本件手
形を入金してほしい」などと言ったなどと,本件白地手形へ金額を記入して
銀行に取立てを依頼することがB2の意に反することをうかがわせる事情を
供述しているのである。
エ以上からすれば,B1に白地補充権があると思っていたという被告人の供
述は信用できず,被告人は,B1が本件白地手形に対する白地補充権を有し
ていないと認識していたと認められる。
2B1において,被告人が本件白地手形に金額等を補充した上で,銀行に取立
てを依頼することを了承したか否かについて
(1)B1の供述について
ア上記の認定事実に加え,被告人に本件白地手形を預けたままにした状況等
につき,B1は,以下のとおり供述している。
「6月12日ころ,被告人がR2から取り戻した手形を返してもらったが,
白地手形1通については,担保だとして返してくれなかった。Jと被告人と
の間の和解による被告人への3億円の支払いに関してA1会の被告人に対す
る負債があるような感じになっていたので,その担保だと認識している。し
かし,B2や自分が被告人に白地補充権を与えた事実はなく,被告人がその
手形に金額を補充して取立てに回すということは全然考えていなかった。ま
た,B2には,被告人に白地手形を預けたままになっていることは報告しな
かった」
イ以上の供述については,特段不自然な点はなく,B1が被告人に本件白地
手形を預けたままにした6月12日に作成された同日付け覚書に,本件白地
手形についての記載がなく,その他,B1において被告人に本件白地手形に
つき補充権を与えた旨の契約書等が作成された形跡がないことは,白地補充
権を被告人に与えていないというB1の供述と符合する。
また,6月17日A1会の代理人弁護士からCに対して送られた約束手形
の返還を求める旨の通知書中の未返却手形の一覧において6月12日に被告
人がB1に渡した4通の手形は除外されているにもかかわらず,被告人が預
かったままの本件白地手形は含まれている。このことは,B1が,B2に対
して,被告人がその手形を預かったままであることを伝えなかったことを裏
付けるものである。
(2)ア一方,被告人は,以下のとおり供述する。
「私としては,5月30日付けの確約書によりA1会から3億円の支払いを
受ける権利があると思っていた。しかし,6月12日の時点で,2500万
円については既に期限が過ぎていたし,残りの2億7500万円について,
B1はA1会の手形を出すと言っていたにもかかわらず,その手形も受け取
っていなかった。6月12日,B1に対して文句を言い,これ以上手形の回
収はしないと言った。すると,B1は,一旦受領した本件白地手形を差し出
して,2500万円と手形3通を持ってくる間,担保として預かってほしい
旨言った。2500万円と金額合計2億7500円の手形3通を1週間後で
ある6月19日までに持ってこなかったら,本件白地手形を取立てに回して
よいという話があった。そこで,本件白地手形の支払期日についてはゴム印
で「平成14年6月19日」と記入したが,金額については,3億円と決ま
っていたものの,B1は,2500万円を先に持ってくると言っており,2
500万円を持ってきたらその分減額した金額を書かなくてはいけないと思
ったので,記入しなかった。私は,支払期日に「6月19日」と記入したの
で,3日以内に支払呈示しておかないと手形上の権利がなくなり,手形訴訟
等ができなくなると思っていたから,それに間に合うように6月17日に,
B1に対して電話で,とりあえず本件白地手形に「金額3億円」と補充して
取立てに回すと言った。もっとも,A1会に3億円の支払能力はないと考え
ていたことから,2500万円と金額2億7500万円の手形をB1が持っ
てこなくても依頼返却をするつもりだった。その際,B1の方からも入金し
てくれとの話があった。B1は,B2がW御殿の関係の支払いを優先するこ
とに少し頭にきており,そのような気持ちもあって,そのようなことを言っ
たと思う。私は,B1にA1会の手形につき白地補充権があると思ってい
た。そして,E1に指示して,本件白地手形を取立てに回した」
イ被告人の供述には不自然,不合理な点が多々認められる。
(ア)「B1が,2500万円と金額合計2億7500円の手形3通を1週間
後である6月19日までに持ってこなかったら,本件白地手形を取立てに回
してよいと言った」というが,6月12日の時点では,A1会の手形帳は既
にU1銀行U2支店に返されており,A1会は手形を振り出せる状況になか
ったのであるから,B1がそのような申し出をするとは考えがたい。
(イ)6月12日に,B1と被告人との間で被告人が供述するような6月19
日までに現金と手形を持ってこなければ本件白地手形を取立てに回してもよ
いなどという重要な合意がなされたのであれば,その旨の契約書等を作成す
るのが自然であると思われるが,同日付け覚書が作成されているにもかかわ
らず,同覚書にはその旨の記載はないし,別途,契約書等が作成されたわけ
でもない。
(ウ)上記のとおり,6月17日にCに本件白地手形の返還を求めていること
からすれば,B2は本件白地手形が被告人に預けられたままであることを知
らなかったことがうかがわれるが,そのこともB1と被告人との間でそのよ
うな合意がなされたことと符合しない。
(エ)被告人は,手形訴訟等ができなくなると思って,最初から依頼返却する
つもりで取立依頼をしたというが,約束手形は,支払期日及びそれに次ぐ2
取引日の支払呈示期間内に支払呈示がなくとも,振出人は手形債務を免れ
ず,振出人に対しては手形訴訟によって手形金の請求も可能なのであって,
被告人はこの点につき誤った理解をしていたものと考えられる。その被告人
の供述を前提とすると,被告人は,「6月19日」と支払期日を記載する
と,2500万円の支払いと金額2億7500万円の手形の交付の期限とし
た6月19日よりも前に,本件手形の取立依頼の手続をする必要が生じると
思っていたことになる。そうであるのに,6月12日に,「6月19日」と
いう支払期日だけを記載したというのは,不合理である。
ウまた,被告人の供述には不合理な変遷や齟齬がある。
(ア)被告人は,「当初,B1に対して,6月17日に依頼返却のことを言っ
たか言っていないかは記憶がない」と供述していたにもかかわらず,6月1
7日にB1が本件白地手形を入金してほしいと言うのは不自然であるとの追
及を受ける中で,「6月17日に依頼返却をするという話が出ていた」と述
べるに至った。
(イ)被告人は,「現金2500万円の支払いと手形3通の交付の期限は6月
19日とした」と供述する一方,「期限は6月16日だったので,6月17
日にE1に本件白地手形に3億円と印字して取立てをするように言った」と
も供述している。
(ウ)なお,被告人は,第25回公判に至って,「6月12日の夕方,B1と
の間で,3億円の支払い方法について,6月19日までに現金1000万円
を持参する,残金の支払期日は,7月に9000万円,8月に1億円,9月
に1億円とする旨合意し直して,その旨,B1に名刺の裏面に書かせた」旨
供述したが,上記のとおり,それまで,被告人は,「6月12日には,B1
は6月19日までに現金2500万円と手形3通を持ってくる,あるいは現
金2500万円は先に持ってくると言っていた」などと供述しており,現金
での支払額等について,6月12日中に合意し直した事実については供述し
ていなかった。6月12日に同日付覚書を作成しているところ,それと異な
る内容の合意をしたにもかかわらず,新たな覚書等を作成せず,名刺の裏面
に書かせただけであるということ自体不自然である。
エ以上のとおりであって,B1において本件白地手形に金額等を記入して銀
行に取立依頼をすることを了承していたとの被告人の供述は信用できない。
(3)小括
ア以上によれば,6月12日に,B1において,被告人に対して,本件白地
手形に金額等を補充してもよいとか,銀行に取立依頼してもよい旨述べた事
実はなかったと認められる。被告人は,本件白地手形につき,担保だとして
B1に返還しなかったことが認められるものの,そのことをもって,B1
が,被告人において,本件白地手形の金額欄に3億円と記入して取立てに回
すことを了承したとはいえず,被告人において,B1がそのような了承をし
たと認識したとも認められない。また,6月17日に,B1が本件白地手形
につき取立てに回すことを了承した事実もなかったと認められる。
イ弁護人は,被告人において,権限もないのに,本件白地手形に金額等を記
入した上で取立依頼をする動機がない旨主張する。
(ア)被告人の平成17年2月17日付け検察官調書(乙2)は,「5月2∼
3日ころ,Jとの間で私がJの物件から手を引く代わりにJから3億円を支
払ってもらう旨の和解が成立した。Jには資金がないので,3億円がA1会
から融資を受けて支払われることになることは分かっていた。もっとも,も
し,私がMの落札権を失うことになれば,N1が落札権を得ることになり,
そうなればJが私に和解金3億円を支払うことなどあり得なくなることは明
らかであった。6月15∼16日ころ,E1から連絡があり,Mの落札代金
の納付期限が5月31日であり,裁判所が6月19日にN1に落札権が移る
という決定を下していたとの報告を受けた。この裁判所の決定により,6月
19日までにJに和解金3億円を支払わせなければ,3億円が手に入らなく
なり,それまでに差し入れていた保証金をすべて失い,それまでにJに貸し
付けた1億円,Mの競売の際の保証金5000万円についてもとりはぐれて
しまうこととなってしまった。6月19日までにJやA1会が3億円を工面
できないことは分かっていたが,そのためには回収していた白地手形に3億
円という金額を無断で記入して取立てに回して不渡を恐れるA1会に手形を
依頼返却する代わりに3億円の支払義務を認めさせるという手段を取るしか
ないと思うようになった」などとの記載になっている。
(イ)Mの3階から9階部分等について,延期された代金納付期限である5月
31日午後3時までにD2会が代金を納付しなければD2会に対する売却許
可決定は失効することになるが,被告人は,その前日である5月30日に次
順位買受申出人であるN1の代表取締役であったB1との間で同日付け確約
書を作成している。この確約書のN1の株式の51パーセントをD2会が担
保として譲り受け,N1の取締役及び監査役にD2会の指定する者を就任さ
せるなどとの内容等に照らせば,同確約書は,D2会に対する売却許可決定
が失効し,その後N1に対する売却許可決定がなされることを前提に,被告
人側の利益を保全するために作成されたものであることは明らかである。被
告人が5月31日午後3時という代金納付期限を失念していたとは考えられ
ない。したがって,「6月15∼16日ころに,Mの代金納付期限が既に経
過してしまったことなどに気付いたことをきっかけに,本件白地手形に3億
円という金額を無断で記入して取立てに回してA1会に手形を依頼返却する
代わりに3億円の支払義務を認めさせようとした」などという上記検察官調
書における供述記載は信用できない。
(ウ)もっとも,被告人は,K2との交渉で,3億円と引き替えにM及びPか
ら手を引く旨約束し,その3億円につき,振出名義が医療法人社団A1会の
金額合計3億円の約束手形を提供されたことから,A1会において,被告人
に3億円を支払うことについて合意したと認識していたものと認められる。
そして,被告人は,5月30日,N1の代表取締役であるB1との間で,同
日付確約書を作成し,その内容に従い,Mの3階から9階部分等についての
代金納付期限である5月31日までにD2会として代金を納付しなかった。
入札の際に提供した保証金を犠牲にしたにもかかわらず,その見返りの金員
の支払いはなされず,当時,被告人側は見るべき利益を得ていない状況だっ
たのである。そのような中で,被告人において,A1会に圧力をかけて,3
億円の支払いを促すために,権限もないのに,本件白地手形に金額等を記入
した上で,銀行に取立ての依頼をしたということも十分に考えられるのであ
って,動機がないとの弁護人の主張は採用できない。
3結論
(1)以上によれば,B1において,被告人に対して,本件白地手形につき,金
額等の補充や銀行への取立依頼を了承した事実はないし,そもそも,B1にお
いて,そのようなことをする権限は有していなかったものである。
アなお,弁護人は,A1会は被告人に対して3億円を支払う義務を有してい
るのであるから,被告人が本件白地手形に3億円と記入することが偽造にあ
たることにはならないと主張するが,A1会が被告人に対してそのような債
務を有しているか否かという点はおくとしても,振出人欄に署名のある手形
を預かった者がそれを奇貨として,ほしいままにその用紙に金額等の手形要
件を記載して署名者の真意に反する手形の振出を完成させた場合,仮にその
者が署名者に対して金額欄に記載した額の債権を有していても,作成権限の
ある者の振出行為は存在しないことにかわりはなく,手形の偽造罪が成立す
ることは明らかであって,弁護人の主張は失当である。
イところで,E1は,その平成17年2月10日付け検察官調書(甲21)
においては,本件白地手形の支払期日欄,受取人欄,金額欄への記入を,6
月17日にE2から指示されて行ったと供述しているところ,その供述内容
に特段不自然不合理な点はない。一方,E1は,公判において,6月12日
に被告人に指示されて本件白地手形の支払期日欄に記入し,6月17日に被
告人に指示されて振出日欄,金額欄,受取人欄に記入したと供述している。
しかしながら,この点,2500万円の支払いと手形の交付の期限である
という6月19日の期限のみを先に記載したとの被告人の供述が不合理で,
信用できないことは前述のとおりであって,被告人において,支払期日欄の
み6月12日に記入させることに,合理的な理由はない。また,E1は,か
かる供述の変遷の理由について合理的な説明をしているとはいえない。
そうすると,E1において,被告人への感謝の気持ちは忘れておらず,被
告人のことは偉大な経営者だと思って慕っているなどと供述していることに
照らすと,E1は公判においては,被告人の言い分に合わせて上記のような
供述をしたものと認められる。本件白地手形への記入についてのE1の公判
供述は信用できず,上記検察官調書における供述を信用することができる。
(2)まとめ
以上により,被告人に判示のとおりの有価証券偽造,同行使罪が成立する。
第4章恐喝罪の成否
1検察官の立証は,主にB2及びB1の供述に依拠しているので,これらを検
討する。
2B2の供述の概要
(1)6月17日,B1に言われて,熊谷駅の喫茶店でI1と会った。何時ころ
かは覚えていないが午後だったと思う。I1から,「K1が被告人に払わなけ
ればいけない迷惑料をB1が払う約束をした。それを理事長が追認してくれ,
法人として,それを認めて,支払の約束をして欲しい」旨頼まれ,「実は,被
告人が白地手形に金額を入れて,取立てに回した。B1が約束した保証すると
言ったお金を院長が追認してくれれば,それはもうストップできるんだ。追認
しないと大変なことになるから,自分としても被告人にそんなことはさせたく
もないし,病院も困るんだから,そんなことになったら大変だ」などと言われ
たが,断った。B1と,そんなことはできないだろうと話しながら帰ったが,
弁護士に相談することになった。
(2)6月18日,弁護士と会って,「手形を取られて,その回収を頼んだ人
が,そのうちの1枚の白地手形に金額を入れて,取立てに回したということな
んだけれども,どういうことなのだろうか,どうしたらいいのだろうか」と相
談をした。弁護士から金額はいくらか,期日はいつかなどと聞かれたが分から
ないと答えた。B1も分からなかったと思う。弁護士は,それは犯罪であると
して,刑事に明るい弁護士を紹介しようなどと言ってくれたが,まさか本当に
そんなことはしないだろうと思って,弁護士とは別れた。
(3)6月19日午前9時ころだと思うが,U1銀行から電話があり,D1のE
2から3億円の手形が取立てに回ってきたというような電話があった。取られ
た手形に金額を入れられたので,支払う必要のない手形だと説明したが,銀行
員から,供託金を積んで法的に争うことはできるけれども,3時までに額面の
3億円と同額の供託金を積まなければならないと言われた。病院にお金はなか
ったので,融資をしてもらえるか尋ねたところ,無理であると言われた。
(4)6月19日午前10時前後,B1から連絡があり,被告人が太田に来てい
るので会ってくれないかと言われ,被告人と,まず東武線太田駅北口の喫茶店
で会った。被告人は,病院が見たいと言ったので,昼前に,A2病院に戻っ
て,理事長室で話をした。
被告人は,「B1が約束したK1が負うべき3億円を理事長が認めなさい。
そうすれば,振り込んだ手形は依頼返却しましょう。もし,それができないん
であれば,もうこのままだよ。そうなれば病院がどうなるか分かっているんだ
ろう」などと言ってきた。3億円はないと言うと,被告人は,金がないなんて
分かっているので,小切手を振り出すように言い,K1の物件を整理すること
は,K1とやっても出来ない,自分が協力してK1の物件を整理して金に換え
ることができる,そうすれば3億円くらいのお金は利益として出るから,金を
返すのはその後でもよいと言い,具体的には,小切手と現金を渡すように言っ
てきた。
手形が不渡りになって,倒産することを避けようと思い,被告人の要求を了
承せざるを得なかった。実際には,被告人は,6月18日に,依頼返却の手続
をしていたということだが,被告人は,そのことは言っておらず,依頼返却し
てほしければ,小切手を出せ,現金も出せという話だった。
B1も,ほとんどその場にいて,この場は被告人の申し出を受けようという
ようなことを言っていた。B1に,現金にどれくらい余裕があるのか聞くと,
B1は,1000万円くらいならばと答えた。
そして,被告人,B1及び私で話し合って,覚書を作成したが,その内容
は,被告人の指示によるものである。そして,金額合計2億9000万円の小
切手を振り出し,被告人に渡した。現金1000万円については,B1が振り
込むということであった。
3B1の供述の概要
(1)6月17日にI1がB2と会わなくてはならないと電話をかけてきて,B
2と一緒にI1と会った。I1は,被告人が,預かっていた白地手形を取立て
に回したかもしれないと話した。I1は,被告人に対する3億円の債務をA1
会で認めてほしい,認めれば依頼返却をするなどと話したが,B2は断り,I
1は最終的には引き下がった。
(2)6月18日,手形が回ってきたときの対処法を聞くために,熊谷駅で弁護
士と会った。弁護士は,刑事専門の弁護士を紹介する旨言ったが,実際に取立
てに回ったかどうか分からないので,紹介を受けることはなかった。
その後,被告人に会うために東京に行き,被告人とI1に会った。被告人に
対して,手形を取立てに回したのではないかと抗議をしたところ,被告人は,
取立てに回したとははっきり言わず,心配しないでもいい,明日,B2に会い
たいと言った。
いつの時点かはっきりしないが,I1から,手形については,何とかする,
大丈夫だからなどと,言われていたのは覚えている。依頼返却という言葉が出
たかは記憶にない。
(3)6月19日朝,被告人と一緒に新幹線で熊谷に行き,そこから自分の車で
太田に向かい,午前10時ころ,到着した。まず,駅前の喫茶店に被告人と二
人で入った。電話を掛けるか,呼びに行くかして,そこにB2に来てもらった
が,その際,B2からU1銀行から電話があり,手形が取立てに回っているこ
とが分かった旨聞き,ショックを受けた。
B2が来た後,被告人が病院を見たいと言い,A2病院に行った。午前10
時30分ころには,到着したと思う。
そのころ,B2に言われて,U1銀行U2支店に電話した。どうなっている
のか聞かれたが,I1の「大丈夫」などとの言葉を信頼していたので,「依頼
返却になるから大丈夫」と答えた。しかし,B2に対しては依頼返却になると
いう話はしていない。
B2と被告人は理事長室で話していたが,私は出たり入ったりしていた。被
告人が,「依頼返却しない」などと言うのを聞いた明確な記憶はない。被告人
は,今払わなくてもよい,小切手で構わない,MとPを一緒に整理することで
金が入るのだからなどと言っていた。被告人は,既に依頼返却の手続をしたと
の話はしていなかった。
B2にどうしようかと言われて,とりあえず,小切手を切るしかないのでは
ないかとB2に話した覚えがある。
結局,B2は,小切手3通を振り出して,覚書にサインした。B2が覚書に
サインをしたのは正午ころだと思う。
その後,被告人と一緒に東京に向かったが,その途中,午後2時から3時の
間に,U1銀行U2支店に電話したところ,依頼返却がされたことが確認でき
た。
(4)10月ころ,被告人から,小切手3通の差し替えを頼まれ,振出日欄が白
地の振出人医療法人社団A1会理事長B2名義の金額1億円の小切手2通,9
000万円の小切手1通を被告人に渡した。
(5)平成15年4月30日,株式会社Yから借りた金を被告人側に支払って,
被告人と関係を断つことを目的に,被告人等の代理人であるE2,K2との間
で,同日付け合意書及び確認書を作成した。E2が指定したZ名義の口座に2
億8746万9238円を振り込み,被告人側から差し替えた上記小切手3通
の返還を受けた。
(6)平成14年6月19日付け覚書中の被告人への1000万円の支払いは,
7月12日にH名義の口座に1000万円を振り込んで行った。
4B2及びB1の供述の検討
(1)B2及びB1の供述は,上記のとおり,6月17日,I1から,被告人が
白地手形を取立てに回したが,A1会において,被告人に対する3億円の支払
い義務を認めれば,依頼返却する旨要求されたものの,B2は断ったこと,同
月18日,弁護士と会って,そのことについて相談したこと,同月19日,銀
行からの手形が取立てに回されている旨の連絡があったこと,同日,A2病院
の理事長室で,被告人は,B2に対して,現金の支払と小切手の振出を要求
し,B2はその要求に従って覚書を作成した上で,小切手を振り出したことな
ど,その核心部分において一致している。
(2)弁護人は,6月19日午前9時までに,本件手形を太田手形交換所で受領
した者がU1銀行U2支店に帰店することはあり得ず,また,同支店におい
て,依頼返却の連絡を受けた午前10時50分までに,本件手形の取立てにつ
き,A1会の当座預金に入力(端末処理)がなされていないところ,同支店に
おいて,端末処理前に取立ての事実が担当者に報告されることはないこと,当
時の同支店におけるA1会の担当者は,B2に取立ての事実を連絡したり,B
2から融資の申し出を受けた記憶はないと照会に対して答えていることを理由
として,午前9時ころに,B2に対して,U1銀行U2支店から本件手形が取
立てに回っている旨連絡があった事実はないなどと主張する。
しかしながら,B2は午前9時という時刻を正確なものとして供述している
わけではないし,連絡が誰からなされたのかについても明確な供述をしていな
い。また,弁護人の主張の根拠である当時のU1銀行U2支店の実務等につい
ての照会結果もあくまで一般的な取扱いを述べたものにすぎないし,当時のA
1会の担当者に対する照会結果のみから,担当者において,B2に連絡をした
事実を否定することもできない。したがって,U1銀行U2支店において,本
件手形の取立てについてのA1会の当座預金への入力処理がなされる前に,A
1会の担当者あるいは他の者から,B2に連絡がなされた可能性を否定するこ
とはできず,この点から,B2の供述の信用性がないとまではいえない。
(3)アもっとも,被告人は6月18日に本件手形につき依頼返却の手続をとっ
ているところ,B2及びB1の供述によれば,それ以前の被告人側からの3
億円についての要求は,6月17日のI1によるものだけということにな
る。しかしながら,そのI1による要求後においても,B2及びB1は,そ
の手形の金額や支払期日等について認識がなかったとか,実際に手形が回っ
ているとは思わなかったなどと供述しており,重大な危機感を抱いていた様
子はうかがえず,B2及びB1の供述によっても,I1から本件手形が取立
てに回ったことを背景にする強い要求がなされたとはいえない。そして,そ
のI1による要求をB2は断ったというのであるから,被告人において,依
頼返却の手続をする前に,改めてB2に接触を図って,3億円についての要
求をしてしかるべきであるのに,B2及びB1の供述を前提にすると,被告
人は,B2に対して何ら要求することなく,6月18日に依頼返却の手続を
してしまい,その上で6月19日になって初めて,B2と直接会って,本件
手形につき銀行に取立ての依頼をしたことを背景に3億円について要求した
ことになる。このようなB2及びB1が被告人の行動として述べるところは
不合理である。
イまた,B2において,本件手形について依頼返却をしてもらうためにやむ
なく小切手3通を振り出し,平成14年6月9日付け覚書を作成したという
のであれば,同覚書に本件手形の依頼返却についての条項の記載を求めるの
が自然であると思われるが,同覚書には,同日振り出された小切手3通につ
き,被告人は取立てに出したり,第三者に譲渡しないなどというA1会側の
要望によるものと認められる条項があるにもかかわらず,本件手形について
は何の記載もない。
ウさらに,B1は,6月18日に被告人と会い,翌19日朝も被告人と行動
を共にしているが,本件手形につき,実際に銀行に取立てを依頼したのかど
うかという点を含め,何ら具体的な状況を被告人に聞いておらず,当時のB
1の置かれていた状況からすると不自然であると言わざるを得ないし,同日
朝,銀行から問い合わせがあり,B2が慌てているという状況の一方で,B
1は,銀行に対して,「依頼返却になるから大丈夫」と答えているというの
であり,不自然さを否めない。
5I1の供述について
(1)I1は,公判において,6月17日及び18日の状況について,「6月1
7日午後7時くらいに,B2及びB1と自分の部下であるI2と一緒に太田市
役所前の寿司屋で会ったが,被告人に頼まれたわけではない。B2から被告人
に対する3億円の支払いの話が出た。B2は,半額,1億くらいにならないか
と言っていた。その日の深夜,B2から電話があり,B1が被告人を怒らせた
ようだ,手形が回っているようであるなどと興奮して話していた。18日の昼
食をB2及びB1と一緒にとり,その際,B2に昨日の話はどうなったか確認
したところ,B2は,うまく行った,被告人にお礼を言っておいて下さいなど
と言っていた」などとB1やB2の供述とは食い違う供述をしている。
(2)もっとも,I1は,その平成17年2月9日付け検察官調書(甲24)に
おいては,「6月17日ころ,被告人に「B2に会って,B1がJとの和解金
3億円を支払うことを承諾していることを話して,B2に3億円の支払義務を
追認させて,手形を差し替えさせて,その内容の契約書も作成してきてくれ」
と言われ,太田市内の寿司屋でB2とB1と会って,そのとおり話したとこ
ろ,B2は,3億円を支払う理由がないなどと言って,支払を拒否するような
話をしてきたので,被告人に電話で伝えた。その夜,B2が電話を掛けてき
て,被告人が回収していた白地手形を取立てに回すと聞いたが,本当かと尋ね
てきて,B1からも,被告人がA1会の白地手形に勝手に金額を記入して取立
てに回すという話を聞いたが,どういうことかなどと怒った感じで言われた。
被告人に電話をかけて,白地手形に3億円の金額を入れて取立てに回すのか,
A1会が3億円も支払えないのは知っているのではないかなどと言ったとこ
ろ,被告人は,笑いながら,「そうや。そんなことは分かっとる」などと答え
た」などとその公判供述とは異なる供述をしている。
(3)I1は,公判において,かかる供述の変遷について合理的な説明をしてお
らず,その公判供述の信用性には疑問があると言わざるを得ないが,その検察
官調書における供述内容も,6月17日にI1から本件手形が取立てに回った
ことを聞いたとするB2及びB1とその核心部分において食い違っており,B
2及びB1の供述の裏付けになるものではない。
6被告人の検察官調書について
(1)被告人は,その平成17年2月17日付け検察官調書(乙2)において
は,以下のとおり供述している。
ア回収していた白地手形に3億円という金額を無断で記入して取立てに回し
て不渡を恐れるA1会に手形を依頼返却する代わりに3億円の支払義務を認
めさせようと考えていたが,まず,6月17日,I1をB1及びB2に会わ
せて,Jが支払うべき和解金3億円の支払義務をB2に追認させるよう指示
した。しかし,I1から,B2が3億円の支払を拒否したとの報告が入り,
白地手形に3億円という金額を記入して取立てに回すという手段をとるしか
なくなった。そこで6月17日午後3時直前ころに,E2に指示して,A1
会が振出名義人となる白地手形に3億円との金額を記入させて,銀行に取立
てに回させた。私は,回収した白地手形に3億円の額面金額などを書き込ん
で取立てに回すことで,6月18日には,A1会に連絡が入り,A1会が不
渡り処分を恐れてパニック状態になることは分かっていた。
イ一方,手形を取立てに回したままにすると不渡り処分になってしまい,A
1会が破綻し,結局3億円を払わせることもできなくなってしまうことも分
かっており,E2に指示して,6月18日に銀行の窓口の営業時間終了間際
に手形の依頼返却手続をさせた。そうしても,銀行からすぐにA1会に連絡
が行くことはないので,B2らは手形が依頼返却されているとは気付かない
と思った。
ウ私は,B1やB2らが,Mの落札権をN1が取得したことに気付いてしま
うと,不渡り処分を覚悟しても支払を拒絶するおそれがあったので,6月1
9日にA1会に乗り込んでB2に3億円の支払義務を認めさせて,小切手や
現金を脅し取ろうと考えた。
エ6月18日,B1は,東京にいた私の下を訪れて,白地手形を取立てに回
したことに抗議してきた。
オ6月19日,A1会に向かい,午前11時ころ,A2病院理事長室にB2
とB1と共に入室し,B2に対し,「私は,ここまで喧嘩をしに来たんじゃ
ない。手形を依頼返却してもらいたかったら,A1会が私に3億円を支払う
ことを約束しなさい。私の言うことを聞かないのであれば,手形の返却依頼
はできない」「3億円は小切手でもいいぞ。ただし,現金も幾らかは必要に
なる」と要求した。B2は私の要求に屈し,B1は,「現金で用意できるの
は1000万円までです」と言ったので1000万円を現金で受け取り,2
億9000万円については小切手で受け取ることにした。そして,A1会に
3億円の支払義務を認めさせる内容の覚書を作成し,B2に署名させ,小切
手3通を受け取った。
(2)検討
アこれによると,被告人は,本件手形を取立てに回して,不渡を恐れるA1
会側に依頼返却する代わりに3億円の支払い義務を認めさせようとしている
にもかかわらず,6月17日に取立ての依頼をした後,A1会側に何の要求
もしないまま,6月18日に依頼返却の手続をし,その後である6月19日
に至って,初めて,B2に3億円の支払いを要求したということになるが,
これは,手形の依頼返却を理由に金員等を喝取しようとする者の行動として
は不自然であるといわざるを得ない。
イまた,本件手形を依頼返却することと引き換えに,3億円の支払い義務を
認めさせる内容の覚書を作成させ,小切手3通を振り出させたというのにも
かかわらず,同覚書に本件手形についての記載がないというのも不可解であ
る。
7被告人の公判供述について
(1)被告人は,本件手形につき取立依頼をした後の状況について,公判におい
て,以下のとおり供述する。
ア6月18日の午前中,B1と電話で話したところ,B2が手形かお金を払
うから,依頼返却をしてほしいということだったので,私も了解して,依頼
返却の手続を指示し,午後3時ころまでにそのことをB1に伝えた。
イ6月18日夜,I1,B1らと東京の焼肉屋で会った。I1から,「B2
から依頼返却してもらってありがとう」と礼を言われた旨聞いた。また,B
1から「2500万円と手形の件でB2が支払をしてくれるから」と聞き,
翌日,太田に行くことにした。
ウ6月19日,B1と一緒に新幹線で熊谷駅まで行き,そこからB1の車で
太田に向かった。太田駅前の喫茶店で降ろされ,午前11時ころ,そこにB
1とB2が来た。依頼返却しているか確認してはどうかと言ったところ,既
に分かっていたようだった。そこで,B2から,条件の変更を求められた
が,話はまとまらず,B2が診療の必要があるというので病院に行くことに
なり,午後12時半ころ病院に到着した。B1は,病院には一緒に来なかっ
た。
エB2と病院の理事長室で話したが,B1は居なかった。そこで,5月30
日に取り決めた分の支払いにつき,期限を延ばしてしてほしいと頼まれ,平
成14年6月19日付け覚書を作成し,小切手3通を受け取った。
(2)検討
ア被告人の公判供述のうち,本件手形について取立依頼をするに至る経緯に
ついて,不自然な点や変遷等があり,その全部を信用できないことは上記の
とおりである。被告人は,「B2から支払の猶予を求められて平成14年6
月19日付け覚書を作成した」と供述しているが,その一方で第25回公判
においては,「支払期日につき同覚書とほぼ同内容の合意をB1との間で既
にしていた」とも供述しており,供述自体安定していない。
イしかしながら,被告人の上記公判供述は,被告人において,6月18日に
本件手形の依頼返却をした上で,6月19日にB2と会い同日付け覚書を作
成し,小切手3通の振り出しを受けたという経緯について,一応の合理性を
もって説明していると評価しうる。
8結論
(1)以上を総合して考えると,被告人において,B2が金などを払うと言って
いるのを聞いたことから本件手形につき依頼返却の手続をして,6月18日に
そのことをB1に伝えており,B2も,6月19日に被告人と会った際には既
に被告人が依頼返却の手続をしたことを知っていたのではないかとの疑いが残
る。したがって,被告人が,6月19日に,A2病院理事長室において,B2
に対して,本件手形を依頼返却してほしければ,3億円を支払うことを約束し
て,小切手の交付や現金の支払いをするよう要求したということにも,合理的
な疑いが残るといわざるを得ない。
(2)なお,7月12日のA1会から,H名義の口座への1000万円の振込み
につき,B2及びB1は,平成14年6月19日付け覚書に基づく1000万
円の支払である旨供述するが,その供述を裏付ける証拠はない。一方,被告人
は,その1000万円は,Cから手形を回収するための費用として送ってもら
ったものであると供述しているところ,実際,その当時,被告人が引き続きA
1会のためにCから手形の回収を行っていることが認められることなどからす
れば,その1000万円の振込みが被告人の供述どおりに手形回収のための費
用であるとの可能性もある。
(3)よって,公訴事実第2を認定することはできない。
(法令の適用)
罰条有価証券偽造の点刑法162条1項
その行使の点刑法163条1項
科刑上の一罪の処理有価証券偽造とその行使との間には手段結果の関係がある
ので,刑法54条1項後段,10条により犯情の重い偽造
有価証券行使罪の刑で処断
刑の執行猶予刑法25条1項
訴訟費用の負担刑事訴訟法181条1項本文(2分の1)
(量刑の理由)
被告人は,自分が関係する医療法人が売却許可決定を受けた物件から手を引くこ
との対価などとして,その物件の取得を希望していた医療法人に対して3億円を要
求していたものである。本件は,その医療法人に圧力をかけて対価の支払等を促す
ため,その医療法人関係者から頼まれて回収した手形の中の白地手形にほしいまま
に金額等を記入して銀行に取立てを依頼したものである。本件犯行は手形取引の安
全を阻害するものであり,被告人の刑事責任を軽く見ることはできない。
しかしながら,他方,被告人が,本件手形について依頼返却をしているという事
情もある。これに加え,被告人の年齢,健康状態をも考慮して,被告人に対し,刑
の執行を猶予することとした。
(公訴事実中恐喝の点(第2)についての結論)
公訴事実中恐喝の点(第2)については,上記のとおり,犯罪の証明がないの
で,刑事訴訟法336条により,被告人に対して無罪の言渡しをする。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑懲役6年)
平成20年7月8日
大阪地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官秋山敬
裁判官栗原保
裁判官荒井格

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