弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1請求の趣旨
(1)被告が平成20年9月9日付けで原告に対してした原告の被告に対する
審査請求(平成○年懲(審)第○号審査請求事件)を棄却するとの裁決は,
これを取り消す。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
2控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第2事案の概要
1本件は,覚せい剤取締法違反罪で有罪判決を受けて控訴した被告人A(以下
「懲戒請求者」という)の国選弁護人に選任された原告が,懲戒請求者から。
物品の差入れについていわゆる差入業者との交渉等を依頼されて引き受け,そ
の事務処理手数料として10万円を受領したことについて,原告の所属する大
阪弁護士会から「弁護士倫理第38条に違背し,国選弁護制度に対する信頼を
損ねる虞れのある行為というべきであり,この行為は,弁護士法56条第1項
に規定する弁護士として品位を失うべき非行」に該当するとして「戒告」の懲
戒処分を受けたことから,これを不服として被告に審査請求をしたが,被告が
この審査請求を棄却する裁決をしたため,弁護士法(以下「法」という)6。
1条2項に基づいて同裁決の取消しを求める事案である。
2前提事実
(1)ア懲戒請求者は,平成15年1月30日,大阪地方裁判所において覚せ
い剤取締法違反被告事件(以下「本件被告事件」という)につき○に処。
する旨の判決を受け,弁護人は同日付けで控訴を申し立てた。
イ控訴審における懲戒請求者の国選弁護人は,平成15年4月28日,大
阪高等裁判所に控訴趣意書を提出したが,その後,同弁護人は解任され,
懲戒請求者は私選弁護人を選任した。
ウ控訴審第1回公判期日が平成15年7月16日に開かれた後,上記の私
選弁護人は同年8月28日付けで辞任し,第2回公判期日は未指定となっ
た。
エ原告は,平成15年9月3日,勾留中であった懲戒請求者の国選弁護人
,,,,に選任され同年10月20日懲戒請求者と接見し同年10月22日
控訴審第2回公判期日が開かれた。
(2)ア原告は,控訴審第3回公判期日の前日である平成15年12月4日,
勾留中の懲戒請求者と接見し,懲戒請求者からスポーツ新聞や食品などの
嗜好品の差入れの手配等を依頼されて(差入れに要する金員は必ず宅下げ
するから直ちに手配して欲しいと求められた,これを引き受け,同日,。)
差入業者に2万2420円を立て替えて支払い,懲戒請求者の希望どおり
の差入れがされた。
イ原告は,平成15年12月10日,懲戒請求者から30万円の宅下げを
受けた。原告が接見の際に上記30万円の趣旨を尋ねたのに対し,懲戒請
求者は,今後とも継続して嗜好品の差入れの手配をして欲しいと依頼し,
差入業者との差入交渉の事務手数料として10万円を支払うこと及び20
万円は差入品の購入代金に充てる金員である旨を説明し,原告もこれを了
承して,上記事務手数料として10万円の支払を受ける旨の合意が成立し
た。
ウ原告は,上記の合意に基づき,①上記平成15年12月4日の2万2
420円のほか,②同月11日に1万6732円,③同月19日に40
80円,④平成16年1月6日に2万8000円,⑤同月29日に3
万2848円,を懲戒請求者への差入れのため差入業者に現金を持参して
支払った。
,,(3)ア平成16年2月27日の第5回公判期日において懲戒請求者に対し
控訴棄却の判決が言い渡された。
イ判決後の接見において,懲戒請求者は,原告に対し引き続き差入れの手
配等を希望し,原告はこれを了承した。原告は,同年2月27日,9万5
920円を懲戒請求者への差入れのため差入業者に現金を持参して支払っ
た(⑥。)
ウ懲戒請求者は,平成16年6月2日,原告に対し,差入品の購入代金に
。,,,充てる金員として現金5万円を送付したそこで原告は同年6月4日
この5万円を懲戒請求者への差入れのために差入業者に現金を持参して支
払った(⑦。)
エ結局,原告は,懲戒請求者から,差入れに係る事務手数料として10万
円を受領した。
(4)ア平成17年に至り,懲戒請求者から原告の懲戒を求める申立て(大阪
弁護士会平成○年(綱)第○号。以下「第○号事件」という)があり,。
その懲戒事由として,①原告が平成15年12月10日に宅下げにより
懲戒請求者から受け取った30万円のうち20万円は弁護士費用の趣旨で
授受されたが,これは原告が懲戒請求者を騙して取得したもので違法であ
る,②原告が控訴審第2回公判期日の2日前に初めて懲戒請求者と接見
した際,何の書類も持参せず,前任者から裁判書類の引継ぎを受けていな
いと説明し,それ以外の説明をしなかったのは,弁護活動として不当であ
る,と主張した。
,,,イ大阪弁護士会は平成17年7月5日大阪弁護士会綱紀委員会に対し
第○号事件について調査を求め,同綱紀委員会は,同事件について,原告
,,,の弁明を聞いた上で平成18年3月14日上記の懲戒事由①について
「原告は差入業者との間で懲戒請求者の希望どおりの差入れが実現される
よう実費費用を負担した上で細かな内容を含む事務連絡等をしており,そ
のために相応の処理手数料を受領することは,本件事案の経緯,内容,受
領金額等を総合的に勘案して相当と解される。原告が懲戒請求者から国選
弁護事件について報酬その他の対価として金員を受領した事実,その他懲
戒請求者を騙して金員を取得した事実は認められない」旨,上記の懲戒。
事由②について「懲戒請求者が主張するような事実は認められず,原告,
の弁護活動は何ら不当ではない」旨を調査結果として,原告につき懲戒。
。(,委員会に事案の審査を求めないことを相当とする旨の議決をした甲3
乙1ないし3)
ウ懲戒請求者は,第○号事件のほかに,同事件で主張したのと同じ懲戒事
由により(ただし,弁護活動が不当であることの事情として,懲戒請求者
が最高検察庁から本件被告事件の訴訟費用66万1485円を請求された
こと及び原告が懲戒請求者に訴訟費用の支払をさせる目的で不信不当な手
続をしていることが追加されている)原告の懲戒を求める申立て(大阪。
()。「」。),弁護士会平成○年綱第○号以下第○号事件というをしたが
,,,大阪弁護士会綱紀委員会は平成18年3月14日第○号事件と同様に
懲戒事由は認められないとして,原告につき懲戒委員会に事案の審査を求
めないことを相当とする旨の議決をした(甲3)。
エ大阪弁護士会は,平成18年3月22日,第○号事件及び第○号事件に
ついて,それぞれ,原告につき懲戒委員会に事案の審査を求めない旨の決
定をした(甲3,乙3)。
(5)ア懲戒請求者は,被告に対し,法64条に基づき,上記(4)エの大阪弁護
士会の第○号事件についての決定に対する異議の申出をし,被告は,平成
18年5月17日,被告の綱紀委員会に対して上記異議の審査を求めた。
(乙4)
イ被告の綱紀委員会は,平成19年1月31日「大阪弁護士会の懲戒委,
員会に事案の審査を求めることを相当と認める」との議決をした。その。
理由の要旨は,以下のとおりである(乙5)。
(ア)平成15年12月当時,弁護士倫理は,国選弁護事件における報酬
に関して,次のとおり定めていた。
第38条弁護士は,国選弁護事件について,被告人その他の関係者
から,名目のいかんを問わず,報酬その他の対価を受領してはなら
ない。
(イ)国選弁護人は,被告人その他の者から選任された弁護人がない場合
に選任され,被告人のために弁護活動をすべきことを委ねられ,被告人
の弁護人としてなし得る一切の行為はすべて,国選弁護人としてのその
職務の範囲に属している。
(ウ)また,国選弁護人は,被告人の請求または職権により,弁護士の中
,,から裁判所または裁判長が選任して被告人のために附するものであり
弁護人に対しては,旅費,日当,宿泊料及び報酬が国費をもって支給さ
れる。従って,国選弁護人が選任された被告事件の弁護活動につき,国
から支給される報酬等以外に,被告人その他何人からでも報酬等の支払
いを受けることは,国選弁護制度に対する国民からの信頼を損ね,ひい
いては制度の根幹をゆるがすこととなり,又,弁護士が基本的人権を擁
護し社会正義を実現することをその使命とし,弁護士となる資格は法律
をもって定められていることに鑑み,非難に値する行為というべきであ
る。
(エ)差入業者への差入依頼事務は,懲戒請求者自らも,また一般人から
も可能である。しかしながら,この差入依頼事務を原告が行うときは,
被告人の弁護人としてなし得る一切の行為として,その職務の範囲に属
するといえる。
事務処理手数料10万円は,被告人から支払われる国選弁護報酬とし
ての意味合いを持つというべきである。弁護士倫理においても,弁護士
が被告人から報酬を受けることを,厳格に禁じている観点から,原告が
懲戒請求者から報酬を受け取った行為は,軽率の範疇を超えて,法56
条1項に規定する弁護士としての品位を失うべき非行に該当する。
(オ)原告は国選弁護人として誠実にその職責を果たし,懲戒請求者が主
張するような不当な弁護活動が存在しないが,だからといって上記の判
断は変わらない。
ウ被告は,平成19年2月1日,法64条の2第2項により,被告の綱紀
委員会の上記議決に基づき「大阪弁護士会がした対象弁護士を懲戒しな,
い旨の決定を取り消して,事案を大阪弁護士会に送付する」との決定を。
し(乙6,法64条の7第2項4号により,大阪弁護士会に対し,その)
旨を同年2月6日付け書面で通知した(甲4,乙7)。
,,,(6)ア大阪弁護士会は平成19年2月9日法64条の2第3項に基づき
大阪弁護士会懲戒委員会に対し,被告から送付された上記(5)の事案(平
成○年(懲)第○号事件)について審査を求めた(乙8)。
イ大阪弁護士会懲戒委員会は,原告から平成19年8月28日付け弁明書
(乙14)の提出を受けた上,平成19年11月12日,法64条の2第
3項,58条5項に基づき,上記事件について「対象会員を戒告する」。
との議決(以下「本件議決」という)をした。その理由の要旨は,以下。
のとおりである(乙9)。
(ア)原告が本件被告事件の弁護を担当していたときの弁護士倫理規定及
びその後これを受け継いだ現行の弁護士職務基本規程も,国選弁護事件
について,国選弁護人は名目,形式の如何を問わず報酬その他の対価を
受領してはならない,と定めている。その趣旨は,国選弁護人としては
当該国選弁護事件の弁護活動はもとより,その弁護活動の一環としての
民事責任についての示談交渉,その他有利な情状を目指す諸活動につい
ても,それらの活動をしたことによる対価の収受をしてはならない,と
いうものである。
(イ)被告人への差入れ行為についても,一般人の場合はもとより私選弁
護人が差入れに伴いその対価を受け取ることは何ら問題にはならない。
しかしながら,国選弁護人が当該国選弁護事件の被告人から差入れ依頼
に伴いその手数料を収受した場合には,上記弁護士倫理規定に抵触する
といわざるを得ない。
,,,(ウ)原告は差入れ行為は国選私選を問わず弁護士は誰でも出来るし
弁護人のみならず一般人もできることを強調して,自らの正当性を主張
している。しかし,本件では,そのことが問題ではなく,差入れ依頼行
為に伴い原告が差入れ事務手数料として10万円を受領した点について
である。原告は,この点について,すなわち国選弁護人として国選弁護
事件に直接的に関連する事柄について手数料・対価を収受したのではな
いか,という点については目を瞑っているかの如くであることは,遺憾
であったと言わざるを得ない。
(エ)本件被告事件がいわゆる特別案件と言われる事案である上に,原告
は控訴審の途中で前任者に替わって国選弁護人に就任したことから,そ
の弁護活動において被告人である懲戒請求者との信頼関係の構築のため
に特段の意を用いる必要があったこと,そのため,懲戒請求者の求める
ことを受け入れざるを得ない面があったであろうこと,など同情すべき
点があることは否定できない。
(オ)しかしながら,これらのことを考慮するとしても,原告が本件にお
いて差入れ手配についてそれが如何に手間暇を要するものであったとし
ても,差入れ事務処理手数料として10万円を収受したことは,弁護士
倫理38条に違背し,国選弁護制度に対する信頼を損ねる虞れのある行
為というべきであり,この行為は,法56条1項に規定する弁護士とし
て品位を失うべき非行に該当すると言わざるを得ない。
ウ大阪弁護士会は,平成19年12月26日,法64条の2第3項,58
条5項により,本件議決に基づき,原告に対し「対象会員を戒告する」,。
との懲戒(以下「本件懲戒処分」という)をした(乙10)。。
(7)ア原告は,法61条1項により,被告に対し,本件懲戒処分の取消しを
(()。「」。)求めて審査請求平成○年懲審第○号以下本件審査請求という
をし,被告は,平成20年2月25日,被告の懲戒委員会に対して本件審
査請求についての審査を請求し,被告の懲戒委員会は,平成20年9月8
日,本件議決の認定と判断に誤りはなく,その処分の程度もやむを得ない
ところであるから本件懲戒処分は相当であるとして「本件審査請求は棄,
却するのを相当とする」との議決をし,被告は,同年9月9日,上記議。
決に基づき「本件審査請求を棄却する」との裁決(以下「本件裁決」と,。
いう)をした(乙11∼13)。。
イ原告は,平成21年3月12日,本件裁決の取消しを求めて本訴を提起
した。
2原告の主張
(1)本件裁決の実体的違法
ア弁護士倫理38条は,平成17年4月施行の弁護士職務基本規程(以下
「職務規程」という)49条1項と全く同趣旨のものであり,規範内容。
は全く同一である。
イ(ア)被告発行の「自由と正義」臨時増刊号に記載されている職務規程の
解説(被告の公式見解であると考えられる)では,職務規程49条1。
項の「事件についての報酬その他の対価の受領」の解釈について「事,「
件」は,検察官から訴追された事件についての弁護活動の対象となるも
のをさす。したがって,起訴状に記載された公訴事実に関する弁護活動
に限らず,情状弁護としての弁護活動の対象となるものも含む。その事
件に関する被害者との示談のための活動や保釈請求も含む」としてい。
る。
(イ)したがって,報酬その他の対価の受領が禁止される「事件」は弁護
活動の対象でなければならないが,原告が懲戒請求者から依頼されて行
った差入業者との嗜好品に関する差入交渉事務処理(以下「本件事務処
理」という)は,生活必需品ではないスポーツ新聞やお菓子,果物類。
といった嗜好品についての懲戒請求者が希望する相当細かい内容の要望
を実現すべく差入業者と交渉するという国選弁護事件とは独立別個の委
任事務の処理にすぎず,罪体,情状いずれの面でも刑事弁護としての弁
護活動の対象にならないことは明白な事柄である。
ウ本件懲戒処分及びその前提となる本件議決は,本件事務処理が職務規程
49条1項にいう「事件」に該当するのかという点について何ら判断する
ことなく,かつ,理由や根拠を一切示さないまま,本件事務処理が「国選
弁護事件に直接的に関連する事柄」と決めつけたうえで,この「国選弁護
事件に直接的に関連する事柄」と「事件」との関係,すなわち「国選弁,
護事件に直接的に関連する事柄」は「事件」に含まれるのかそれとも別個
のものかについて全く説明をしないままなされている。加えて,本件懲戒
処分及び本件議決がとる解釈は,被告の公式見解と考えられる前記「自由
と正義」臨時増刊号の解説にも全く触れられていないものであって,本件
懲戒処分及び本件議決独自の独善的かつ一方的な解釈以外の何ものでもな
く,その違法は明白である。
(2)本件裁決の手続的違法
ア上記の本件懲戒処分及び本件議決がとる解釈は,本件事務処理がなされ
,,た時点において原告のみならず被告の会員一般に一切提示されておらず
また,被告の会員にとって自明なものでもまったくなかった。
イ(ア)このことは,職務規程についての前記「自由と正義」臨時増刊号の
解説に「国選弁護事件に直接的に関連する事柄」という表現も説明もな
いことや,本件について大阪弁護士会綱紀委員会(複数の弁護士及び有
識者から構成されている)が「原告において懲戒請求者から国選弁護。
事件について報酬その他の対価として金員を受領した事実,その他懲戒
請求者を騙して金員を騙取した事実は認められない」旨の判断をした。
ことからも明らかである。
(イ)また,被告の綱紀委員会は,差入業者への差入依頼事務を行うこと
はそれを依頼した懲戒請求者自らはもちろんのこと一般人からも可能で
あるとしつつ「この差入事務を国選弁護人が行うときは,被告人の弁,
護人としてなし得る一切の行為として,その職務の範囲に属するといえ
る」として,本件懲戒処分及び本件議決とは異なる根拠や理由付けを。
示しているが,このこと自体が,被告においてこの点に関する統一かつ
確立した解釈がないことを意味し,原告を含む被告の会員一般に対して
本件懲戒処分及び本件議決が述べる弁護士倫理38条に関する解釈が規
範として示されていなかったことが裏付けられる。
ウ以上から,本件懲戒処分を是認する本件裁決は,被告の会員一般につき
何らの明示されていない弁護士倫理38条に関する解釈に拠っている点に
おいて被告の裁量権の範囲を著しく逸脱し,裁量権の濫用にあたるもので
あって,違法である。
エなお,被告の綱紀委員会がその議決書で「被告人の弁護人としてなし得
る一切の行為はすべて,国選弁護人としてのその職務の範囲に属してい
る」と述べる部分は,弁護活動の範囲を弁護人がなし得る一切の行為で。
あるとして,事実上まったく無制限かつ無限定のものとする点で極めて不
当なものであり,前記の「自由と正義」臨時増刊号の解説で示されている
解釈ともはるかにかけ離れており「弁護人のなす行為はすべて国選弁護,
事件に関するものである」とする著しく偏向した見解であって,少なくと
も被告の会員一般のコンセンサスが得られる見解とは到底いえないことが
明らかである。この見解に従えば,結局のところ,国選弁護人であればそ
の活動すべてが弁護活動とされてしまうことになり,およそ被告人やその
関係者から依頼を受けて何らかの事務処理をすれば刑事弁護事件にすべて
含まれて別事件とは一切評価されないことになる。この点だけでもその解
釈の違法と不当性は明らかであり,かつ弁護士一般の認識とも大きく異な
るものである。
(3)被告の主張に対する反論
ア本件では,本件事務処理手数料が事件活動対価に該当するか否かが争点
である。そして,それを判断するためには,弁護士倫理38条が受領を禁
ずる「事件活動対価」とは具体的に何を意味するのか,その定義と概念の
範囲を明らかにしなければならない。これは,弁護士倫理38条の「国選
弁護事件について」と「報酬その他の対価」という文言の指し示す意味を
確定して明確にするという,それらの文言の解釈が必要となるということ
である。
イそして,本件では,本件事務処理手数料の受領が弁護士倫理38条に違
反するかがまさに弁護士法56条の定める「品位を失うべき非行」という
懲戒事由に該当するかの中味となるのであるから,弁護士倫理38条は弁
護士法56条の「品位を失うべき非行」の具体的内容を構成するものであ
って「事件活動対価」の解釈は弁護士法56条の解釈そのものというこ,
とになる。したがって,被告は,弁護士倫理38条の具体的な解釈を理由
や根拠に基づいて明確に示したうえで,その解釈に基づけば本件事務処理
手数料の受領が弁護士倫理38条違反に該当することを明らかにしなけれ
ばならないのである。
ウ被告は,弁護士倫理38条に規定する「事件活動対価」の具体的内容,
その定義や概念の範囲を一切明らかにしておらず,本件事務処理手数料が
「事件活動対価」に該当するのかという点についてもあえて明確にしてい
ない。このように「事件活動対価」の概念の外延を確定せず,弁護士倫理
38条違反があるかを明確にしないまま「弁護士倫理38条に違反するか
どうかはさておき非行に該当すると評価する」という漠然とした被告の主
観的な価値判断によって懲戒処分をすることがもし許されるのであれば,
弁護士は自らの職務行為に関して守るべき倫理に関する明確な基準や指針
を与えられていないのに懲戒処分をされる危険を常に背負うことになり,
職務規程を被告が制定することの意義もまた没却されてしまうものといわ
ざるを得ない。
3被告の主張
(1)被告の裁量権と判断の合理性
ア弁護士懲戒制度は,弁護士会の自主性や自立性を重んじ,弁護士会の弁
護士に対する指導監督作用の一環として設けられたものである。そして,
懲戒の可否,程度等の判断においては,懲戒事由の内容,被害の有無や程
度,これに対する社会的評価等の諸般の事情を総合的に考慮することが必
要である。したがって,ある事実関係が弁護士に対する懲戒事由に該当す
るかどうか,また,該当するとした場合に懲戒するか否か,懲戒するとし
てどのような処分を選択するかについては,弁護士会の合理的な裁量に委
,,ねられているものと解され弁護士会の裁量権の行使としての懲戒処分は
まったく事実の基礎を欠くか,又は社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量
権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる場合に限り,違
法となるというべきである。
イ被告の懲戒委員会及び被告の懲戒委員会が是認する大阪弁護士会懲戒委
員会の各判断は,廃止前の弁護士倫理38条の文理上合理的に導かれるも
のであり,事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠き,裁量
権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認めるべき点は何ら存在し
ない。
(2)原告の主張に対する反論
ア実体的違法の主張について
(ア)原告が指摘する「自由と正義」臨時増刊号の解説については,その
巻頭言において「この解説は,弁護士職務基本規程について,日弁連の
。」,統一的かつ公権的解釈を示すものではありませんと明示するとおり
被告の公式見解又は公式解釈でないことが明らかである。
(イ)廃止前の弁護士倫理38条は,国選弁護制度の健全な運用を図るた
めに設けられた規定である。国選弁護制度のもとで,国選弁護人が被告
人等から事件活動の対価を受領することは,国選弁護制度の根幹を揺る
がし,国選弁護人の職務の公正と弁護士自身の品位を疑わせる結果を招
くこととなるため,弁護人が被告人その他の関係者から事件活動対価を
受領することを禁止しているものである。
(ウ)差入業者との交渉が弁護士以外の者であってもなしうるものである
とはいえ,国選弁護人がこれを行いその対価を受領すれば,上記(イ)の
趣旨に反し国選弁護人の職務の公正に疑いを招くおそれがあるというべ
きである。したがって,当該行為について,国選弁護事件について報酬
その他の対価を受領したものと評価することは,廃止前の弁護士倫理3
8条の文理に合致するのみならず,同条の趣旨にも合致するものであっ
て合理的というべきである。
(エ)原告は「上記の解釈によれば,国選弁護人であればその活動すべ,
てが弁護活動とされてしまうことになり,およそ被告人やその関係者か
ら依頼を受けて何らかの事務処理をすれば刑事弁護事件にすべて含まれ
て別事件とは一切評価されないことになる」と述べるが,そのような。
結論にならないことは明らかである。
イ手続的違法の主張について
(ア)懲戒を受けるべき行為について,逐一その解釈が事前に示されてい
れば弁護士業務の便益に資するであろうことは,弁護士共通の認識とし
。,,て首肯し得るところであるしかし弁護士の業務活動は多岐にわたり
その内容も非定型的なものである。かかる弁護士の業務について生じ得
る個々の事態について,逐一予め事態を想定し,その基準,解釈等を明
示することなど到底不可能というべきである。そうであるからこそ,弁
護士法56条も「品位を失うべき非行」という抽象的な概念をもって懲
戒事由と規定しているのである。
原告の主張によれば,弁護士法が被告及び弁護士会に委ねる懲戒権の
,。適正な行使が阻害されるというべきであって原告の主張は失当である
(イ)なお,廃止前の弁護士倫理38条について,被告の弁護士倫理に関
する委員会編著に係る「注釈弁護士倫理」において,民事事件等を依頼
された場合について「一般的にいえば,本条の関知しないこと」とし,
ながらも「対価にあたるものと評価される場合もあり得よう」とされ,
ているのであって,被告の懲戒委員会及び大阪弁護士会懲戒委員会の解
釈はむしろ自明であったというべきである。
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,原告の本件請求を棄却すべきものと判断する。その理由は,以
下のとおりである。
(1)弁護士に対する所属弁護士会及び被告(以下,両者を含む意味で「弁護
」。),,士会というによる懲戒の制度は弁護士会の自主性や自立性を重んじ
弁護士会の弁護士に対する指導監督作用の一環として設けられたものであ
る。そして,懲戒の可否,程度等の判断においては,懲戒事由の内容,被害
の有無や程度,これに対する社会的評価,被処分者に与える影響,弁護士の
使命の重要性,職務の社会性等の諸般の事情を総合的に考慮することが必要
である。したがって,ある事実関係が「品位を失うべき非行」といった弁護
士に対する懲戒事由に該当するかどうか,また,該当するとした場合に懲戒
するか否か,懲戒するとしてどのような処分を選択するかについては,弁護
士会の合理的な裁量に委ねられているものと解され,弁護士会の裁量権の行
使としての懲戒処分は,全く事実の基礎を欠くか,又は社会通念上著しく妥
当性を欠き,裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用してされたと認められる
場合に限り,違法となるというべきである(最高裁第一小法廷平成18年9
月14日判決・判例時報1951号39頁。)
(2)平成17年4月1日に廃止された弁護士倫理規定38条は「弁護士は,,
,,,国選弁護事件について被告人その他の関係者から名目のいかんを問わず
報酬その他の対価を受領してはならない」と規定している。。
この規定について,被告の弁護士倫理に関する委員会が編纂した「注釈弁
護士倫理(補訂版」は「国選弁護制度の健全な運用を図るために新たに設),
けられた規定である「国選弁護人は,貧困その他の事由により自ら弁護。」,
人を選任できない刑事被告人の防御権を全うして,その人権を護る職責を有
しているので,たとえ国から支払われる費用・報酬では不十分であると考え
ても,被告人その他の関係者から報酬その他の対価を絶対に受領してはなら
ない。もし,被告人等から対価を受領することが認められれば,現行国選弁
護制度の根幹がゆるがされ,国選弁護人の職務の公正と弁護士自身の品位を
疑われる結果を招くことは,必至だからである。本条は,弁護士の使命(法
第1条)とその職務(同第3条)ならびに第60条及び第8条の趣旨に照ら
し,当然の規定である」と述べ,さらに「報酬その他の対価」について,。,
「単に儀礼的なものは含まないが,報酬といえない程度のものであっても儀
礼の範囲を超えるものは対価とみられる。また,儀礼の範囲内か否かまぎら
わしいものは,国選弁護の趣旨から,一切受け取らないことが望ましい。こ
のことを規則によって禁止している弁護士会がある「報酬以外の対価と。」,
して何があるかは,具体的事例によって「報酬に準ずるもの」を考えてゆく
ほかない。場合によっては,金品の価値に評価できるような便宜・役務・労
務等の供与や,観光・遊興・飲食の類の招待も,報酬と同様の評価を受ける
ことがあろう。被告人その他の関係者から,民事事件等を依頼されて直ちに
着手金を受領するのはどうであろうか。一般的にいえば,本条の関知しない
ところであるが,その受任が対価にあたるものと評価される場合もあり得よ
う。将来の事件依頼,顧問依頼,事件紹介などの場合も,その実態によって
は,対価にあたる場合もあろう」と述べている(乙16)。。
(3)前記前提となる事実によれば,原告は,①本件被告事件の被告人(懲戒
請求者)から,平成15年12月4日,スポーツ新聞や食品などの嗜好品の
差入れの手配等を依頼されて,これを引き受け,②同月10日,懲戒請求
者からの30万円の宅下げを受領し,原告が接見の際にこの30万円の趣旨
を尋ねたのに対し,懲戒請求者は,今後とも継続して嗜好品の差入れの手配
をして欲しいと依頼し,差入業者との差入交渉の事務手数料として10万円
を支払うこと及び20万円は差入品の購入代金に充てる金員である旨を説明
し,原告もこれを了承して,上記事務手数料として10万円の支払を受ける
旨の合意が成立し,③原告は,その後,6回にわたり金品を差し入れたこ
と,が認められる。
,,,以上のように国選弁護人である原告は勾留中の被告人から依頼されて
差入れの手配等をしあるいは被告人の希望する物品が首尾よく差し入れられ
るように差入業者と差入れについて交渉し,そのような事務処理(準委任事
務処理)の手数料として10万円を受領したのであって,この10万円とい
。,う金額が儀礼の範囲を超えるものであることは明らかであるそうとすれば
この受領行為は「国選弁護事件について「対価を受領し」たものというべ」
きである。
(4)原告は,前記のとおり「報酬その他の対価の受領が禁止される「事件」,
は弁護活動の対象でなければならないが,原告が懲戒請求者から依頼されて
行った差入業者との嗜好品に関する差入交渉事務処理(本件事務処理)は,
生活必需品ではないスポーツ新聞やお菓子,果物類といった嗜好品について
の懲戒請求者が希望する相当細かい内容の要望を実現すべく差入業者と交渉
するという国選弁護事件とは独立別個の委任事務の処理にすぎず,罪体,情
状いずれの面でも刑事弁護としての弁護活動の対象にならないことは明白な
事柄である」旨,すなわち,上記の10万円は廃止前の弁護士倫理規定3。
8条の「国選弁護事件について」受領したものとはいえない旨を主張する。
しかし,本件において,原告は,国選弁護人として勾留中の被告人のため
に被告人の希望する物品が首尾よく差し入れられるように差入業者と差入れ
について交渉をしたのであり,本件被告事件の国選弁護人としての地位を離
れて一弁護士として上記の行為をしたわけではないのであるから,上記の行
為を国選弁護人としての弁護活動の一環であると評価するに差し支えないも
のであり,したがって,上記の10万円はなお「国選弁護事件について」受
領したものというべきである。原告のこの点の主張は採用することができな
い。
,,この結論は本件被告事件がいわゆる特別案件であったことを考慮しても
変わらない。また,被告発行の「自由と正義」臨時増刊号に,弁護士職務基
本規程49条1項の「事件についての報酬その他の対価の受領」の解釈につ
き「事件」は,検察官から訴追された事件についての弁護活動の対象とな,「
るものをさす。したがって,起訴状に記載された公訴事実に関する弁護活動
に限らず,情状弁護としての弁護活動の対象となるものも含む。その事件に
関する被害者との示談のための活動や保釈請求も含む」と記載されるにと。
どまっていることも(もっとも,予め本件のような事案を想定することは困
難である,上記の結論を左右するものではない。。)
(5)原告は,また,本件裁決について「被告の会員一般に何ら明示されてい,
ない弁護士倫理38条に関する解釈に拠っている点において,被告の裁量権
の範囲を著しく逸脱し,裁量権の濫用にあたるものであって違法である」。
旨,あるいは「弁護士倫理38条の規定する「事件活動対価」の具体的内,
容,その定義や概念の範囲を確定しないまま本件懲戒処分を是認した違法が
ある」旨,を主張する。。
しかし,本件裁決をする前に被告において弁護士倫理38条に関する解釈
を明示すべき義務があったものとは解されず,また,被告がその解釈をあえ
て行わなかったとも認められないから(被告の弁護士倫理に関する委員会が
編纂した「注釈弁護士倫理(補訂版」は,38条について,前記のとおり)
の解釈を示している,本件裁決が裁量権の範囲を超え又は裁量権を濫用し。)
たものであるといえないことは明らかであり,原告の上記主張も採用するこ
とができない。
2よって,原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文
のとおり判決する。
東京高等裁判所第4特別部
裁判長裁判官原田敏章
裁判官加藤謙一
裁判官小出邦夫

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