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令和2年9月24日判決言渡
令和元年(行ケ)第10171号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和2年7月28日
判決
原告株式会社石塚恒産
訴訟代理人弁理士西村雅子
同佐々木香織
訴訟代理人弁護士服部秀一
同服部滋多
被告特許庁長官
指定代理人石塚利恵
同岩崎安子
同小出浩子
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2019-4521号事件について令和元年11月19日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
⑴原告は,平成29年12月15日,別紙記載1の構成から成る商標(以下
「本願商標」という。)について,第30類「菓子,パン,角砂糖,果糖,
氷砂糖,砂糖,麦芽糖,はちみつ,ぶどう糖,粉末あめ,水あめ」及び第4
3類「飲食物の提供」を指定商品及び指定役務として,商標登録を出願した
(商願2017-164914号)。
⑵原告は,平成30年12月21日付けで拒絶査定を受けたので,平成31
4月5日,不服審判を請求した(不服2019-4521号)。
⑶特許庁は,令和元年11月19日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決をし,その謄本は,同年12月3日,原告に送達された。
⑷原告は,令和元年12月23日,審決の取消しを求めて本件訴訟を提起し
た。
2審決の理由の要旨
⑴本願商標
本願商標は,桃色で淡く彩色された家紋様の図形を背景に,上部に「甘
味」の文字を赤茶色で細く小さく縦書きしてなり,その下に,間を空けて
「おかめ」の文字を赤茶色で太く大きく縦書きした構成からなるものである。
そして,本願商標の構成中の「甘味」の文字は,「甘い味のもの。特に菓
子。うまい食物。」等を意味する語であるところ,本願の指定商品中「菓
子」との関係においては,商品自体を表したものであって,それ以外の指定
商品との関係においても,商品の品質を表したものと認識されるものであり,
また,本願の指定役務「飲食物の提供」との関係においては,役務の質を表
したものと認識されることから,該文字は,自他商品の識別標識及び自他役
務の識別標識として機能しないもの又はその機能が極めて弱いものといえる。
他方,本願商標の構成中の「おかめ」の文字は,「お多福の仮面。お多福
の面に似た顔の女」等を意味する語であるところ,本願の指定商品及び指定
役務との関係においては,例えば,商品の品質や役務の質を表すなど,自他
商品の識別標識及び自他役務の識別標識としての機能を果たし得ないとみる
べき事情は見いだせないものである。
してみれば,本願商標の構成中の「おかめ」の文字が,肉太の書体で濃く
明確に大きく表され,視覚的に強い印象を与えることも相まって,商品及び
役務の出所識別標識として,取引者,需要者に対し,強く支配的な印象を与
えるといえるから,該文字を要部として抽出し,これと引用商標とを比較し
て,商標そのものの類否を判断することも許されるというべきである。
したがって,本願商標は,その構成中の要部である「おかめ」の文字に相
応して,「オカメ」の称呼を生じ,「お多福の仮面。お多福の面に似た顔の
女」の観念を生じるものである。
⑵引用商標
登録第4901652号商標(以下「引用商標」という。)は,別紙記載
2の構成からなり,平成17年10月14日に設定登録され,現に有効に存
続しており,その指定商品には第30類の「サンドイッチ,肉まんじゅう,
ハンバーガー,ピザ,ホットドッグ,ミートパイ,調味料」(以下,あわせ
て「サンドイッチ等」という。)を含む。
引用商標は,「おたふく」又は「おかめ」と認識される図形の下に「おか
め」の文字を表した構成からなるものであるから,その構成全体から「オカ
メ」の称呼を生じ,「お多福の仮面。お多福の面に似た顔の女」の観念を生
じるものである。
⑶本願商標と引用商標との類否
本願商標の要部である「おかめ」の文字部分と引用商標とを対比すると,
両者は,外観において「おかめ」の構成文字が同一であり,「オカメ」の称
呼及び「お多福の仮面。お多福の面に似た顔の女」の観念を同一とするもの
であるから,これらを総合勘案すれば,本願商標と引用商標とは,互いに紛
れるおそれのある類似の商標というべきである。
⑷本願の指定商品と引用商標の指定商品との類否
本願の指定商品は,引用商標の指定商品中のサンドイッチ等と同一又は類
似である。
⑸小括
以上より,本願商標は,引用商標と類似する商標であり,かつ,その指定
商品も引用商標の指定商品と同一又は類似の商品について使用するものであ
るから,商標法4条1項11号に該当する。
第3当事者の主張
1取消事由1(本願商標の認定の誤り)
〔原告の主張〕
審決が,「おかめ」の文字部分を本願商標の要部として抽出したことは,
誤りである。
⑴本願商標が不可分的に結合していること
ア外観について
本願商標の「甘味」の文字と「おかめ」の文字とは,レトロな印象の特
徴的な書体で一行に記されており,相互に著しく離れてはおらず,かえっ
て,家紋の図形が両者を視覚的に一体性があるようにつなぐ役割を果たし
ている。よって,「甘味」の文字が小さいこと,家紋の図形が後面に描か
れていることを考慮しても,本願商標には,「甘味おかめ」としての視覚
的な一体性がある。
イ観念について
審決が,「おかめ」の文字部分から「お多福の仮面。お多福の面に似た
顔の女」の観念を生じるとしたことは,誤りである。「おかめ」の文字か
らは,必ずしも「面」は直感されず,「お亀」という名前(屋号)とも理
解され得る。
また,「おかめ」という店舗名や「おかめ」を用いた一般名詞は多数存
在するから,「おかめ」の語の識別力は弱い。「甘味」の語は,「おか
め」の語との関係において,取扱商品の対象を限定する意味合いを有して
おり,二つの語の間に観念的な結合関係が存在する。
さらに,「甘味」及び「おかめ」の語並びに家紋は,いずれも古風な日
本という共通の印象を与える。
したがって,本願商標は,「古風な甘味のおかめ」,「おかめという屋
号の甘味処」という意味合いを想起させる不可分一体のものとして認識さ
れるのであり,各要素が観念的に結合しており,分離して観察すべきでな
い。
⑵「おかめ」が出所識別標識として強く支配的な印象を与えないこと
「甘味」の文字は,「おかめ」よりもやや小さい字であるものの,その文
字の書体は,レトロな印象の特徴的な書体であって,おかめが強く支配的と
いえるまでには至っていない。また,おかめと甘味は,縦一列に配置され,
赤系統の色で統一された「甘味」,「おかめ」及び家紋により,不可分的に
結合しているものであるから,取引者又は需要者に対して,本願商標が一体
として認識されるものである。かかる構成からすれば,本願商標について,
「おかめ」が強く支配的な印象を与えるものではない。
⑶まとめ
以上によれば,本願商標からは,一体として,「カンミオカメ」の称呼が
生じ,「甘味のおかめ」,「おかめという屋号の甘味処」の観念が生ずると
いえる。よって,本願商標から「おかめ」の部分を抽出して「オカメ」の称
呼及び「お多福の仮面」の観念が生じると認定した点において,審決は誤り
である。
〔被告の主張〕
⑴「おかめ」の文字が,原告主張のように飲食店名に使用されているとして
も,本願商標の指定商品との関係において,「おかめ」の文字が,これらの
商品の品質や特徴等を表示すると判断しなければならない特段の事情はない。
また,本願商標の指定商品を販売する店舗名として「おかめ」の文字が多用
されている事実も確認できない。
本願商標は,「おかめ」の文字部分が,需要者の注意をひきやすいため,
当該文字部分が,商品の出所識別標識として強く支配的な印象を与える本願
商標の要部といえ,他方,本願商標の他の構成部分からは商品の出所識別標
識として,独立した称呼及び観念が生じない。
⑵「甘味」の文字と「おかめ」の文字とは,文字の大きさが明らかに相違す
ることに加え,これらの文字の間が離れて配置されているため,視覚的に分
離して把握されるものである。また,家紋様の図形は,文字部分の一部の後
面に配されており,かつ,文字部分よりも薄い色で記載されているため,文
字の背景のような印象を与えるにとどまり,「甘味」の文字と「おかめ」の
文字を視覚的に一体性があるようにつなぐ役割を果たしているとはいい難い。
⑶本願商標の構成中の「おかめ」の文字が,本願商標の指定商品の分野にお
ける需要者に,「お亀」という名前(屋号)を表示したものと直ちに認識さ
れるとはいい難いことからすると,「甘味」の文字と結合した場合の「おか
め」が,「甘味のおかめ」等の観念を生ずると判断しなければならない特別
な事情はない。
2取消事由2(引用商標の認定の誤り)
〔原告の主張〕
引用商標においては,我が国の需要者の誰もがお多福面を描いたと理解で
きる図形部分が目立っており,この図形部分の情報伝達力を無視することは
できない。「おかめ」の文字だけであれば,「お亀」という名前(屋号)も
想起されるところ,お多福面の図形とともに表示されることによって,「お
多福面」(おかめ面)の「おかめ」であると理解されることになる。引用商
標におけるお多福面の図形は,引用商標の商標権者(以下「引用商標権者」
という。)の主力商品である「おかめ納豆」の「おかめマーク」として需要
者に知られている。引用商標においては,単独でも識別力を発揮する周知商
標であるお多福面の図形からも,需要者に「笑顔のお多福面」,「笑顔のお
かめ」等の情報が伝達されるといえ,引用商標からはこれらの観念及び称呼
が生ずるといえる。引用商標に接する需要者は,近接して表示されている当
該お多福面と「おかめ」の文字を同時に認識するから,商標の類否判断にお
いて当該図形部分を無視することはできない。すなわち,引用商標から生ず
る称呼及び観念は,「笑顔のおかめ」あるいは「おかめマークのおかめ」と
いった,お多福面の図形の観念を含むものとなる。
したがって,引用商標の「おかめ」の文字部分のみを抽出して,本願商標
との対比に供した点において,審決は誤りである。
〔被告の主張〕
「おかめ」の文字が「お多福の仮面」等の意味を有するものであるとして
も,引用商標において,「おたふく図形」と「おかめ」の文字とが,分離し
て観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合してい
るとはいえない。
また,「おかめ」の文字部分から,「オカメ」の称呼及び「お多福の仮
面」の観念が生じるといえる一方,「おたふく図形」は,特定の称呼や観念
が直ちに生じるとはいえない。そして,当該図形は,「お多福の仮面」を連
想させ,「おかめ」の文字から生じる「お多福の仮面」等の観念を補充的に
表示しているとの印象を与えるにすぎないことから,引用商標においては,
その構成中の「おかめ」の文字部分が商品の出所識別標識として,取引者,
需要者の注意をひきやすい部分であり,引用商標の要部といえる。
さらに,引用商標の構成中の「おたふく図形」が,引用商標の上記指定商
品との関係において,単独で識別力を発揮する,需要者の間に広く知られた
商標であるとは認定できない。
3取消事由3(商標の類否判断の誤り)
〔原告の主張〕
⑴類否判断の基準
ア類否判断に当たっては,商品の出所につき誤認混同を生じるおそれがあ
るか否かについて,商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与え
る印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかも,その商品
の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判
断するのが相当である。
イ従来は,ラジオや新聞では音声又は文字による情報収集が中心であり,
かつ,対面以外の情報交換も電話が主として用いられていたことから,称
呼を優先することについて一定の合理性が認められるといえる。しかし,
今日では,SNSの普及に伴い,写真や動画といった視覚的情報に依存す
るメディア媒体が存在し,対面以外の情報交換手段として,インターネッ
トを利用した方法が数多く登場しており,称呼のみを優先的に考慮すると
いう判断基準を支える立法事実は消失している。したがって,類否判断に
当たって,称呼だけに捉われるべきではない。
⑵本願商標と引用商標との対比
ア外観の類似がないこと
本願商標は,「甘味」と「おかめ」が一列にレトロな書式で記載され,
文字の後面に家紋の図形が配置され,全体が赤色で統一されている。一方,
引用商標は,お多福顔の図形とその下部に丸文字の横書きで記載された
「おかめ」の文字から成り,全体が黒色で統一されている。
本願商標の中の家紋の図形は,原告の創業当初から店舗で使用され,現
在でも識別商標としての機能を有する。一方,引用商標の中のお多福顔の
図形も,強く印象に残る。
以上によれば,需要者及び取引者にとって,商標の構成上有する外観的
形象において相紛らわしいことはなく,外観の類似はない。
イ観念の類似がないこと
本願商標から生じる観念は,「おかめという名前の和の甘味処」,「お
かめという名前の和菓子を扱うお店」である。一方,引用商標からは,お
多福顔の図形部分の意味を説明するものとしての「おかめ」の観念が生じ
るだけである。
したがって,本願商標と引用商標とは,観念において異なる。
ウ称呼の類似がないこと
本願商標の称呼は,「カンミオカメ」であり,引用商標の称呼は「オカ
メ」である。本願商標の6音のうち3音が引用商標と同一であるが,称呼
中に「オカメ」を含む登録商標が多数存在すること,「オカメ」を含む複
合語が多数存在すること(オカメ笹,オカメ蕎麦,オカメ饂飩,オカメイ
ンコなど),「おかめ」を名称に含む飲食店が多数存在することも考慮す
れば,「オカメ」の称呼だけで引用商標との混合や誤認が生じる可能性は
ない。
したがって,本願商標と引用商標とは,称呼において異なる。
⑶取引の実情について
ア原告は,「甘味おかめ」という甘味と食事を提供する店舗を経営して
おり,商品としてはおはぎを販売している。原告の店舗は,1930年代
に創業し,1946年からは継続して有楽町に店を構えている。
一方,引用商標権者は「おかめ納豆」の製造販売会社として知られてお
り,菓子の販売はないとみられる。
甘味処と,納豆の製造販売業者の商標及び商品について出所混同のおそ
れがないのは,一般的,恒常的な取引の実情といえる。なぜなら,ともに
一般需要者を対象とする業態であるとはいえ,取扱商品の生産部門,販売
場所,原材料及び品質が全く異なるからである。本願商標の「甘味」の文
字から,本願商標が「甘味」に使用されることは明らかであり,一方,引
用商標の「おかめマーク」が納豆について長年使用されてきたことも明ら
かである。
商標の類否は具体的な取引状況に基づいて判断されるべきところ,この
ような考察によって,商品の出所についての誤認混同を来すおそれがない
ものについては,類似の商標とすべきではない。上記のような取引の実情
を考慮して検討すれば,前記のとおり,外観のみならず,称呼及び観念上
も十分識別できる両商標について,本願商標がその指定商品中「菓子」に
ついて使用され,引用商標が上記指定商品に使用された場合に,取引者・
需要者が,商品の出所について誤認混同するおそれがあるとの審決の判断
は明らかに誤っている。
イ引用商標が著名な商標であること
類否判断に当たって考慮すべき取引の実情とは,その指定商品全般につ
いての一般的,恒常的な取引の実情を指し,当該商標が現在使用されてい
る商品についてのみの特殊的・限定的なそれを指すものではないのが原則
である。しかし,かかる原則は,更新によって永続的に存続し得るという
商標登録の性質上,登録時点では商品の出所の誤認混同を生じさせない場
合であっても,将来の誤認混同が生じることを回避するためのものである。
そうすると,引用商標が著名かつ周知であり,かつ,それが将来にわたっ
て継続することが見込まれる場合,その事実は,本願商標との関係で出所
につき誤認混同を生じさせない間接事実になりうる。
本件の引用商標は,30年以上にわたって納豆業界でトップシェアを堅
持し,最近では50%近くのシェアを有する引用商標権者が納豆について
使用する商標であり,著名性及び周知性を獲得しており,この状態は将来
においても継続することが見込まれる。したがって,需要者において本願
商標と引用商標の出所について誤認混同が生じるおそれは,現在において
も将来においてもない。
⑷小括
以上のとおり,本願商標と引用商標の間には,称呼について一定の近似が
あるが,当該重複部分は一般的な用語にすぎず,また,外観・観念について
は,全く異なるものである。また,取引の実情に照らせば,本願商標と引用
商標の出所につき誤認混同を生じるおそれは認められない。
本願商標と引用商標が類似する旨の審決の判断は,当該標章が化体する信
用を保護するという商標法の基本概念から逸脱し,引用商標を過度に保護す
るものといわざるを得ない。
⑸別件における特許庁の判断との矛盾
本願がなされた後に,引用商標権者が「おかめ」を標準文字で書して成る
商標の登録を出願した別件において,特許庁は,一旦は先願である本願商標
に類似することを理由に拒絶理由通知をしたにもかかわらず,結局は拒絶査
定をしなかった(登録第6127611号)。審決の判断は,この別件にお
ける特許庁の判断と矛盾するものである。
〔被告の主張〕
⑴本願商標の図形は,自他商品の識別標識としての機能を有し得るものの,
本願商標の構成文字の一部の後面に配され,全体が表示されておらず,構成
全体を把握することができないため,当該図形が,「丸に抱き茗荷」の家紋
を表すものと需要者に直ちに認識させるとはいい難いものである。また,当
該図形が,本願商標の指定商品の分野において,需要者の間で広く知られて
いると考え得る特別な事情は存在しないことから,当該図形は,特定の称呼
及び特定の観念を生じないものである。
他方,引用商標の構成中の「おたふく図形」が,引用商標の指定商品中の
サンドイッチ等との関係において,需要者に,引用商標権者を表示するもの
として,需要者の間に広く知られた商標であると認識される,あるいは,
「笑顔のお多福面」,「笑顔のおかめ」という情報が伝達されると判断する
べき特段の事情はない。
そして,両図形が外観において相違するとしても,本願商標の要部である
「おかめ」の文字部分と引用商標の要部である「おかめ」の文字部分は,共
に平仮名で構成されることから,外観上,共通性を有するものである。
⑵原告は,「おかめ」が「我が国の伝統的な文化を表す語として,伝統的な
商品や業態について使用されがちな語」である旨主張するが,この主張には
根拠が乏しい。また,この主張を前提としても,「おかめ」の文字が,本願
商標の指定商品との関係において自他商品の識別標識としての機能を有さな
いとすべき格別な事情は見当たらない。
⑶取引の実情について,本件において検討すべきは,「甘味処と納豆」とい
う役務及び商品についての関係ではなく,本願商標の指定商品と類似する引
用商標の指定商品であるサンドイッチ等との関係である。仮に,引用商標の
構成中の「おたふく図形」が,納豆との関係において,引用商標権者の取扱
いに係る商品に付された商標と認識し得るとしても,サンドイッチ等との関
係においては,引用商標権者の取扱いに係る商品に付された商標であると,
需要者の間に広く知られているとはいえないものである。
そして,引用商標がサンドイッチ等に使用された場合,引用商標に接する
一般需要者は,引用商標が,その要部である「おかめ」の文字から生じる
「オカメ」の称呼及び「お多福の仮面」等の観念が生じる商標と認識するも
のであるといえる。
また,本願商標の構成中の「甘味」の文字から,本願商標が「甘味に使用
されることは明らか」であるといえ,それゆえ,本願商標の構成中の「甘
味」の文字は,本願商標の指定商品との関係において,自他商品の識別標識
としての機能がない又は極めて弱いものといえる。
そうすると,本願商標は,引用商標と「オカメ」の称呼及び「お多福の仮
面」等の観念を共通にするものであるから,本願商標をその指定商品に使用
する場合,取引者・需要者が商品の出所について誤認混同するおそれがある
といえる。
⑷本件は,本願商標が商標法4条1項11号に該当すると判断した審決に違
法があるか否かが争点であるところ,この点についての判断は,本願とは別
の商標の登録が認められたかどうかによって左右されるものではない。
第4当裁判所の判断
1原告の取消事由1~3は,全体として商標の類否判断の誤りをいうものであ
るので,一括して検討する。
なお,「お多福」は,「頬が高く鼻の低い女性の顔貌を戯画化した図柄」の
意味で用いる(広辞苑第7版では,「お多福面」を「丸顔で,額が高く,頬が
ふくれ,鼻の低い女の仮面」としている。)。
2商標の類否判断の手法について
商標の類否は,対比される商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された
場合に,その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否か
によって決すべきであるが,それには,使用された商標がその外観,観念,称
呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべ
く,しかも,その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り,その
具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和39年(行
ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁,
最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集5
1巻3号1055頁参照)。
また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部
分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分
的に結合していると認められる場合においては,その構成部分の一部を抽出し,
この部分だけを他人の商標と比較して類否を判断することは,原則として許さ
れないが,その場合であっても,商標の構成部分の一部が取引者又は需要者に
対し,商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える場合や,
それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じない場合などには,
商標の構成部分の一部だけを取り出して,他人の商標と比較し,その類否を判
断することが許されるものと解される(最高裁昭和37年(オ)第953号同
38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成
3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5
009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷
判決・裁判集民事228号561頁参照)。
なお,出所識別標識としての印象を与える機能を,以下「識別力」という。
3本願商標の要部
原告は,本願商標の構成は,不可分一体のものであって分離観察をすること
は許されないと主張する。
そこで検討するに,まず本願商標の外観を見ると,同一の色の「甘味」の文
字部分と「おかめ」の文字部分とが,間隔を空けながらも一列に配置され,そ
の背景に,上記各文字部分と一部重なるような形で,より淡色ではあるものの,
同系統の色で表された家紋様の図形部分が配置され,一体としてまとまりのあ
る外観を呈しているといえなくもない。しかし,その一体性はさほど強いもの
ではなく,むしろ,「甘味」の文字部分と「おかめ」の文字部分とは,字の大
きさも太さも全く異なっている上,かなり広い間隔を置いて配置されているた
め,それほど統一感があるとはいえないし,図形部分も各文字部分を有機的に
結合させるほどの機能を果たしているとは見えず,むしろ,背景の装飾といっ
た程度の機能を果たしているのにすぎないと見える。そうであるとすると,本
願商標の外観の構成は,分離観察を不可能とするほどの一体性を有していると
は認められない。
原告は,「おかめ」という屋号の甘味処を経営しているところ,本願商標の
文字部分は「甘味おかめ」という屋号を示し,図形部分は,その家紋を示して
いるから,本願商標は,全体として,おかめという屋号の甘味処という観念を
有すると主張し,この主張は,本願商標が上記のような観念において不可分一
体性を有するという趣旨にも受け取れる。しかし,甘味を提供する飲食店にお
いて,屋号と家紋を一体的に組み合わせた商標を用いることが一般的に行われ
ていると認めるに足りる証拠はないし,本願商標が,原告の屋号と家紋を表し
た商標として著名であると認めるに足りる証拠もない。そうすると,本願商標
に接した需要者が,本願商標を甘味処の屋号とその家紋を一体として表した商
標であると観念するとはいえないから,原告の主張は失当である。そして,他
に,本願商標が,分離観察を許さないほど不可分一体であると認めるに足りる
証拠はない。
そうすると,本願商標は分離観察をすることも許されるものというべきとこ
ろ,本願商標のうち,「おかめ」の文字部分は,大きな字体の太字で書かれて
おり,目立つものである上,自他商品識別力も有するといえるから,この部分
を要部として抽出することも許されるものというべきである。
4引用商標の要部
引用商標は,お多福の面を表した図形部分を上に配置し,その下に「おか
め」という文字部分を配置したものであるが,特に工夫もなく,両者が上下に
配置されているだけであることからすると,分離観察を許さないほど全体が不
可分一体になっているということはできない。そして,図形部分の方が,文字
部分よりも大きいとはいえ,文字部分もそれなりの大きさを有し,太い字体で
記載されており,それなりに目立つ上,自他商品識別力も有することからすれ
ば,この部分を要部として抽出することも可能であるというべきである。
もっとも,お多福とおかめとは同義であるとされていること(乙9)からす
ると,「おかめ」の文字部分は,お多福の図形を説明しているものであって,
両者が不可分一体に「おかめ」という観念を示しているとか,「おかめ」の文
字部分は,より大きな図形部分の説明をしているのにすぎず,補助的役割を有
するにすぎないから要部には当たらないと見る余地もあり得ることになる。こ
の場合には,引用商標全体又は図形部分を要部と見るべきこととなる。
以下の検討においては,両者の可能性を前提として検討をする。
5類否判断
引用商標から「おかめ」の文字部分を要部として抽出し得ると考えた場合,
本願商標と引用商標は,その要部において,字体こそやや異なるものの「おか
め」という文字を表すほぼ同一の外観を有するといえ,その称呼はいずれも
「オカメ」であり,お多福等の観念を有することになるから,外観,称呼,観
念のいずれにおいても共通し,類似性を有することは明らかである。
引用商標の要部は引用商標全体又は図形部分であると考えた場合,外観は異
なるものの,「オカメ」という称呼及びお多福等の観念においては共通するこ
ととなる。このように,称呼,観念において共通することや,外観においても,
「おかめ」という文字部分は共通することを併せ考えると,本願商標と引用商
標とは,出所につき相紛れるおそれのある類似の商標であるというべきである。
したがって,引用商標の要部を上記のいずれとして捉えたとしても,本願商
標と引用商標とが類似するという結論には違いがない。
6原告の主張について
⑴原告は,本願商標は不可分一体のもので分離観察をすることは許されない
と主張するが,この主張を採用することができないことは,既に上記3にお
いて説示したとおりである。
⑵原告は,引用商標は,「おかめ納豆」を表象する商標として著名であると
主張するところ,この主張は,取引の実情からすれば,引用商標は,「おか
め納豆」との観念(及び称呼)を有すると主張するものとも受け取れないで
はない。しかし,この主張は,引用商標に係る個別的な事情であって,取引
の実情として考慮することが許される,その指定商品全般についての一般的,
恒常的事情(最高裁昭和47年(行ツ)第33号昭和49年4月25日第一
小法廷判決,審決取消訴訟判決集昭和49年443頁参照)とは異なるもの
といわざるを得ない。まして,引用商標の指定商品は,納豆ではなく,「サ
ンドイッチ,肉まんじゅう,ハンバーガー,ピザ,ホットドッグ,ミートパ
イ,調味料」なのであるから,たとえ引用商標が「おかめ納豆」を表象する
ものとしては著名であるとしても,上記各指定商品に付された場合に,どの
ような観念(及び称呼)を生ずるかは別問題であるといわざるを得ないから,
原告の上記主張は,いずれにせよ失当である。
また,原告は,引用商標の図形部分は,単なるお多福等ではなく,「笑顔
のお多福」,「笑顔のおかめ」という観念を有するとも主張するようである
が,「笑顔のお多福」,「笑顔のおかめ」という観念は,特に個性的で特徴
的な観念であるとはいえず,「おかめ」という文字が表す観念に通常含まれ
るものといえるから,原告主張の点を考慮したとしても,本願商標と引用商
標が観念において共通するという結論に変わりはない。
⑶原告は,本件における被告の主張は,登録第6127611号の商標に係
る特許庁の判断と矛盾するとも主張するが,本件とは別個の商標に関してさ
れた判断によって,本件の判断が左右されることはないというべきである。
⑷よって,原告の主張は,いずれも採用することができない。
7結論
以上によれば,本願商標が商標法4条1項11号に該当するとした審決の認
定判断には誤りがなく,原告の取消事由に係る主張は理由がない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
鶴岡稔彦
裁判官
上田卓哉
裁判官
都野道紀
別紙
1本願商標(色彩については本文2頁の審決の認定を参照)
2引用商標

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