弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を次のとおり変更する。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴は棄却する。控
訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述は被控訴代理人が
 「一、本件建物について昭和二六年九月一四日訴外Aから訴外Bに対し売買によ
る所有権移転登記がなされているが、それは本来の売買に基くものではなく債権担
保の意味でなされたものである。すなわち訴外Aは訴外Bから金二五〇、〇〇〇円
をニケ月以内に返済する約で借り受け、その債務の担保として昭和二五年八月一一
日本件建物につき売買予約に因る所有権移転請求権保全の仮登記をし、その本登記
に必要な書類を訴外Bに交付した。ところが右債務の支払がのびのびになつていた
ため、訴外Bは昭和二六年九月一四日売買による所有権移転登記手続をした。しか
しそれは貸付元利金確保の手段としてなされたもので、右建物の所有権を取得する
考えは毛頭なかつたので、訴外Bは控訴人や訴外Aに対して本件家屋の明渡しを求
めなかつたのである。訴外Aとしては本件建物を売却してその売得金で前記借受金
を返済する以外に方法がなかつたところがら、被控訴人に対し代金一六〇〇、〇〇
〇円でこれを売り渡し、訴外Bに元利合計金五五〇、〇〇〇円を弁済して同訴外人
から本件建物の所有権移転登記に必要な書類を受け取りこれを被控訴人に交付し、
ここに訴外Bから被控訴人名義への所有権移転登記がなされたのである。二、訴外
Aと控訴入間の本件賃貸借の目的物は借家法の適用を受ける建物ではない。同法に
いわゆる建物とは独立の不動産として登記のできるものである。ところが控訴人が
賃借したのは建物の一部であつて、訴外Aの使用する部屋との境界は賃貸借当初は
硝子障子をもつて仕切られ、そのいずれ側でも開閉自由であり、かつ表への出入口
は共通であつた。また水道、便所は共同で使用し電燈も共通であつた。そして控訴
人が使用していた店の戸締の鍵は訴外Aが持つていた。かような場所についての賃
貸借は借家法の保護を受ける建物の賃貸借ということはできない。三、仮にそうで
ないとしても本件賃貸借は借家法第八条にいわゆる一時使用のためのものであつ
た。すなわち訴外Aは訴外Bから前述のように金借したが、本件建物を処分する以
外に弁済の途はなかつたから、店の間を永く貸すわけにはいかず、といつてこれを
遊ばしておくことも惜しかつたので、建物を処分できるまででも金になるならと思
い、控訴人に対し右事情を述べ、訴外Aの請求により二ケ月以内に明け渡すという
約束で控訴人に賃貸した。右賃貸借について証書の作成がなかつたのはいつまでも
控訴人に貸すつもりはなかつたからである。訴外Aは控訴人から右賃貸借の際金一
〇〇、〇〇〇円を受け取つているが、それは権利金ではなく、敷金として差し入れ
させたものである。四、訴外Aと控訴入間の賃貸借に借家法の適用がない以上、訴
外Bが昭和二六年九月一〇日に本件建物の所有権移転登記をしたことが債権担保の
目的でなく、控訴人の主張するとおり代物弁済による所有権取得であるとし、また
被控訴人に対する本件建物の売主が訴外Aでなく、訴外Bであるとしても、被控訴
人は訴外Aと控訴人間の賃貸借を承継しないから、控訴人は訴外Aとの間の賃貸借
をもつて被控訴人に対抗できない。」と述べ、控訴代理人が
 「一、控訴人と訴外Aとの間の本件賃貸借は借家法にいわゆる建物の賃貸借であ
る。同法は独立の建物全部を賃貸借の目的とした場合にのみ適用されるものではな
く建物の一部の賃貸借であつても、その構造と使用効能とが恰も独立の建物と同等
に認められ、当該部分を排他的に独占して自由独立の立場において使用に供してい
るときは、同法第一条にいわゆる建物の賃貸借と解して同法により保護せられるに
値するのである。本件係争店舗の建物は南北に通ずる並行二道路間に挾まれて存在
し、西向表店舗と東裏出入口を有し、この店舗は間口二間半奥行三間の土間、表の
全部に亘つており、奥六畳の間一室とはガラス障子四枚をもつて区切られ、かつ店
舗の南側奥には巾三尺の開戸により奥土間通路を経て炊事場に至る構造である。控
訴人は本件店舗使用に当りこれに大改造を加えた。すなわち(1)西側表二間半巾
について、その両脇半間宛がそれぞれ柱と壁であつたのを打ち抜き、各板戸をはめ
込み得るようにして従来の中央部巾一間半のガラス表戸四枚とともに表一杯を利用
することにした。(2)南側の奥行三間(ただし奥の開戸部分を除く)には高さ三
尺五寸位の戸袋台を据えつけ、その上部に二段の棚を打ちつけた。(3)東側はま
ず南隅の開戸に店舗側より止め金をつけ、次にこの開戸を除く奥の間とのガラス障
子四枚分一杯に高さ三尺長さ六尺の陳列棚二個を同ガラス障子に接着して据えつ
け、その上部の天井には棹を渡し、これに商品布地を下げて奥の間とは完全に遮断
隔離し、出入できないようにした。(4)北側一杯には長方形の売台二個を据えつ
け、(5)店内中央には右同様の売台四個を置いたのである。
 控訴人が本件店舗を賃借使用以来翌二六年九月頃紛争を生ずるまで訴外Aは常に
裏出入口から裏道路に出入しており、本件店舗の奥開戸を通つて表道路に出入した
ことは全くない。控訴人方の店員は右開戸により奥の便所炊事場を利用していた。
控訴人が本件店舗を賃借した当初約ニケ月間訴外Aの娘Cを店員として雇い、その
間夜は同女に表戸を内側から施鍵させていたが、その後は男店員一名宛が毎夜店内
の宿泊監視に当り昭和二六年八月頃以後奥開戸は店舗側から、表戸は外側から施鍵
して帰り宿泊者は置かなかつた。以上の経過状況のもとにおいては控訴人は本件店
舗を他の部分に関係なく独立して占有するものとみるべきであり、同店舖はその構
造と使用効能において建物一戸と同等に認められ、借家法にいわゆる建物に該当す
ることは明白である。二、本件店舗の賃貸借は一時使用のためでなく永続的のもの
である。控訴人は当時衣料の統制撤廃を機として繊維製品販売店を開くべく店舗を
物色中たまたま訴外Aの本件店舗が化粧品少々を残置し空店同様となつていたのを
知り、昭和二五年一〇月頃権利金一〇〇、〇〇〇円の約で賃貸借契約を結んだ。そ
の時訴外Aは税金に困つているとてしきりに権利金の授受を急ぐので控訴人は即日
これを手交したのであるが、同訴外人の所有物件は差押中の様子であつた。しかし
訴外Bとの金融関係についてはこれを秘しなんらの打明けもなかつた。控訴人がそ
の事情を知つたのはその後約一年経つてからのことである。控訴人は本件店舗の賃
借を永続する意図であつたから、将来華客を獲得して後に明渡要求を受けるような
ことがあつては困ると思い、控訴人の方から公正証書を作成することを求めた。訴
外Aも一旦同意したので控訴人の夫Dが印鑑証明書(乙第八号証)を取り寄せたと
ころ、何故かその作成に応じなかつた。控訴人は本件店舗を賃借後営業を開始する
ため直ちに相当資金を投じて大改造を加え、設備を施し、巨額の商品を仕入れ店員
二、三名を常置してこれを経続し来つた。以上のような事情のもとにおいては、本
件賃貸借は一時使用の目的でないことは明白であるといわなければならない。三、
訴外Aは訴外Bから昭和二五年八月一八日金二五〇、〇〇〇円を借り受け、その担
保の目的で本件建物の所有権を信託的に訴外Bに譲渡し、所有権移転請求権保全の
仮登記をしたが、弁済期を徒過したため訴外Bは契約に基いて代物弁済として本件
建物を取得し昭和二六年九月一四日所有権取得の本登記をした。従つて仮に被控訴
人は訴外Bからでなく訴外Aから本件建物を買い受けたものとすれば、訴外Aは他
人の物を売却しその履行として訴外Bから本件建物を買い受けその所有権を被控訴
人に移転し、中間登記を省略したものとみなければならない。四、本件店舗を控訴
人が賃借した当時は表道路はまだ舗装されておらず附近はバラック家屋や空家が多
く商店街の体裁をなしていなかつた。本件店舗の借受権利金一〇〇、〇〇〇円賃料
一ケ月六、〇〇〇円というのは甚だ高価に過ぎるものであつた。そのことは訴外A
が本件建物全部を譲渡担保に供してさえ訴外Bから金二五〇、〇〇〇円を借り得た
に過ぎないことからもうかがい得られよう。その後昭和二六年春頃からパチンコ店
も出現し急激に発展して現在の繁華街になつたのであるから、かような事情を無視
して本件店舗の昭和二八年四月以降の賃料は一ケ月金一四、四〇〇円が相当である
というのは誤りも甚だしい。」と述べたほか、原判決摘示のとおりである。
 証拠として被控訴代理人は甲第一ないし七号証を提出し、原審での証人Eの証
言、鑑定の結果、検証の結果、当審での証人Cの証言、原審ならびに当審での、証
人Fの各証言被控訴本人の各供述を援用し、乙第一、第二、第四、第五号証は不
知、乙第三、第七、第八号証は成立を認める。乙第六号証は官署作成部分のみの成
立を認めるがその余の部分は不知と述べ、控訴代理人は乙第一ないし八号証を提出
し、原審ならびに当審での、証人B、Dの各証言、当審での、証人Gの証言、控訴
本人の供述、検証の結果を援用し、甲号各証の成立を認めた。
         理    由
 被控訴人が昭和二八年四月三日本件建物について被控訴人の所有名義に移転登記
を受け爾後その所有権を有すること、控訴人がこれより前の昭和二五年一一月末頃
当時の所有者から本件建物の一部である階下土間(間口二間半奥行三間)を賃料一
ケ月六、〇〇〇円の約束で借り受け、その際金一〇〇、〇〇〇円を差し入れ、同年
一二月一日頃からこれを占有使用していることは当事者間に争いがない。そして成
立に争いのない乙第三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる
乙第二号証に、原審ならびに当審での証人F、同Dの各証言を総合すれば、右賃貸
借はその当時の本件建物の所有者訴外Aの代理人である父の訴外Fが控訴人の代理
人である夫の訴外堀揚松雄との間に締結したものであることを認めることができ
る。
 本件の根本の争点は、控訴人は右賃借権をもつて被控訴人の所有権に対抗できる
かどうか、換言すれば、被控訴人は本件建物の所有者となるとともに右賃貸借にお
ける賃貸人の地位を承継したかどうかに帰一する。そしてそれはまず第一に本件建
物の一部の賃貸借はなお借家法第一条にいわゆる建物の賃貸借に該当するかどう
か、第二に右賃貸借は借家法第八条に規定する一時使用のための賃貸借であるかど
うかによつて決せられる問題である。
 まず被控訴人は借家法第一条にいわゆる建物とは独立の不動産として登記のでき
るものであることを要し、<要旨>建物の一部である本件土間のようなものはこれに
含まれないと主張する。しかしながら、同法条にいわゆる建物とは必ずしも
一戸独立の建物のみを指称するものではなく、賃貸借の目的が一戸の建物の一部で
あつても、当該賃貸借の部分が障壁その他によつて他の部分と客観的に明白に区画
せられ、独占的排他的の支配を可能ならしめる構造と規模を有するものであるとき
は、なおこれを同法条の建物というに妨げないものと解するのが相当である。思う
に、かような構造と規模を有する建物の一部は、あたかもそれだけの範囲の一戸の
建物に近い独立性と使用効能を発揮することができるのであつて、それゆえに経済
的にも社会的にも二戸の建物の賃貸借と同様に行われる右の部分賃貸借における賃
借権は、建物全部の賃借権と同様に借家法による保護を受けるに値いするととも
に、その引渡があつたときは、爾後建物について物権を取得した第三者も右賃貸借
の存在と範囲を識別することが困難ではないのであるから、右賃借権を対抗させて
も第三者に不測の損害を及ぼすものでないことは、建物全部の賃貸借の場合と異な
るところはないからである(建物の一部がそれぞれ上述のような独立性を有すると
き、これを一括した一個の賃貸借の場合にのみ借家法の適用があり、互いに独立す
る右数部分につき別個の賃貸借が存する場合には同法の適用がないとすることの不
合理は、現時の借家事情として、店舗と居宅、あるいは数世帯同居の区分賃貸借が
当然のこととして行われている世情と、賃貸借の解約申入の正当性が時に賃貸借の
目的である建物全部について存せず一部にのみ存し、従つて一部の賃貸借の残存成
立が是認される裁判例に照し極めて明白であろう)。そこで本件についてみるに、
成立に争いのない甲第一号証、原審ならびに当審での、検証の結果、証人D、F
(一部)の各証言、当審での証人Gの証言、控訴本入の供述に弁論の全趣旨を綜合
すれば、「本件係争部分は木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪一五坪二合二階坪七
坪のいわゆる併用住宅の店舗部分で、間口二間半奥行三間の表土間であり、その東
側に接して存在する奥四畳半の一室とはガラス戸四枚をもつて明確に区切られ、店
舗の南側の奥に巾三尺の開戸がありこれより奥土間通路を経て炊事場に至る構造で
ある。訴外H一家は本件建物に居住し右店舗を使用して化粧品商を営んでいたが、
店舗部分のみを控訴人に賃貸して依然本件建物の他の部分に居住使用し、控訴人は
右賃借部分を使用して衣料品商を開業するに当り、前記控訴人主張の(1)ないし
(5)のとおり大改造と新施設を加えて面目を一新し、かつその支配部分と訴外A
の使用部分との区切りを一層明確にした。訴外H一家は控訴人に右賃貸後は常に本
件建物の裏出入口から裏道路に出入しており、本件店舗の奥開戸を通つて表道路に
出入することは稀であるが、控訴入方の店員は前記開戸を利用して奥の便所炊事場
を使用している。控訴人は賃借当初約二ヶ月間は訴外Aの娘Cを店員として雇い、
その間夜は同女に表戸を内側から鍵を掛けさせていたが、その後は男店員を宿泊さ
せて戸締をさせ、昭和二六年八月以後は宿泊者を置かず奥開戸は店舗側から、表戸
は外側から施鍵することにした」ことを認めることができる。以上の認定に反する
被控訴人挙示の証拠は信用しない。右認定事実によれば、控訴人が訴外Aから賃借
した本件土間は併用住宅の店舗部分全部で、右部分は訴外Aの居住使用部分とはガ
ラス戸その他により明確に区切られ完全遮断が施され、出入口を別個に有しその構
造と規模において独立的排他的の支配が可能であり、事実控訴人は独立排他的にこ
れを占有使用しているものというべきであるから、前述の説明に照し、控訴人の本
件店舗の賃貸借は正に借家法の適用保護を受ける建物の賃貸借に該当するものとい
わなければならない(便所、炊事場、電燈線の共用は右判断の妨げになるものでは
ない)。
 次に被控訴人は前記賃貸借は借家法第八条にいわゆる一時使用のための建物の賃
貸借であると主張するが、被控訴人の全立証によつても、これを認めることができ
ない。かえつて、成立に争いのない乙第八号証、当審証人Fの証言によつて真正に
成立したことが認められる乙第一号証、原審ならびに当審での証人F、Dの各証
言、当審での控訴本人の供述を綜合すれば、本件賃貸借に際し訴外Aは控訴人から
敷金として約定賃料の十数倍に相当する金一〇〇、〇〇〇円を受領していること、
本件賃貸借を明らかにするため公正証書を作成することを訴外Aが提唱し、控訴人
もこれに異存なく、直ちに印鑑証明書を用意してその作成を促したが、その後に至
り訴外Fが言を構えて応じなかつたこと、訴外Aは本件建物を訴外Bに対する借金
の担保に入れていたがその事情を控訴人に打ち明けたことはなく、控訴人は恒久的
に衣料品店を経営する意図のもとに本件店舗を借り受けたことを認めることができ
るから、本件賃貸借は一時使用のための賃貸借でないことが明らかであるといわな
ければならない。
 そうだとすれば本件賃貸借は借家法の保護を受ける賃貸借であるから、控訴人は
爾後本件建物の所有権を取得した(その取得経路がどうであれ)被控訴人に対し右
賃借権をもつて対抗できるものといわなければならない。そして訴外Aないし訴外
B、もしくは被控訴人が本件賃貸借を解約する正当の事由を有し本件賃貸借は解約
申入により消滅したとの主張立証のない本件においては(本件賃貸借に仮に被控訴
人主張のような貸主必要の際は二ケ月前の予告でいつでも解約できるという特約が
あつたとしても、それは借家法第六条によつて存在しないものとみなされる)、控
訴人と被控訴人間には前記賃貸借が存続するものと認めなければならない。
 そうである以上、所有権に基く本件明渡の請求および不法占拠を理由とする損害
金の請求は爾余の争点についての判断をまつまでもなく失当として排斥しなければ
ならない。
 さればこれと異なる原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条第九六条第
八九条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敬太郎 判事 平峯隆)

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