弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告Lに対し,1億1998万8385円及びこれに対する平
成23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告Mに対し,210万円及びこれに対する平成23年3月1
1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,原告Nに対し,210万円及びこれに対する平成23年3月1
1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5訴訟費用は,これを2分し,その1を原告らの負担とし,その余を被告
の負担とする。
6この判決は,主文1項ないし3項に限り,仮に執行することができる。
ただし,被告が原告Lのために9000万円の担保を供するときは,主文
1項の仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1請求の趣旨(請求1と請求2は選択的併合の関係)
(1)請求1
ア被告は,原告Lに対し,2億6254万1671円及びこれに対する平成
23年3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ被告は,原告Mに対し,333万8731円及びこれに対する平成23年
3月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ被告は,原告Nに対し,300万円及びこれに対する平成23年3月11
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ訴訟費用は被告の負担とする。
オ仮執行宣言
(2)請求2
ア被告は,原告Lに対し,2億4981万9039円及びこれに対する平成
27年1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ被告は,原告Mに対し,333万8731円及びこれに対する平成27年
1月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ被告は,原告Nに対し,300万円及びこれに対する平成27年1月14
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
エ訴訟費用は被告の負担とする。
オ仮執行宣言
2請求の趣旨に対する答弁
(1)原告らの請求をいずれも棄却する。
(2)訴訟費用は原告らの負担とする。
(3)原告Lの前記1(1)アの請求につき仮執行免脱宣言
第2事案の概要等
1事案の概要
(1)福岡県立J高等学校(J高校)の1年生であった原告Lは,平成23年3月
11日,J高校で開催された武道大会において柔道の試合に臨んだところ,試
合中に左側頭部から畳に衝突し(当該衝突に係る事故を,以下「本件事故」と
いう。),頸髄損傷及び頸椎脱臼骨折の傷害を負い,重度四肢麻痺等の身体障害
者等級表による等級1級の後遺障害を残した。
(2)本件は,原告Lが,公権力の行使に当たるJ高校の教諭らには,生徒に対す
る柔道の指導にあたり,その練習や試合によって生ずるおそれのある危険から
生徒を保護するため,常に安全面に十分な配慮をし,事故の発生を未然に防止
すべき注意義務(安全配慮義務)があるにもかかわらず,①柔道固有の危険
性を看過し,試合形式による武道大会を漫然と開催し,②生徒に対して柔道
の危険性や安全な技のかけ方に関する具体的な指導を怠り,③武道大会の
ルールを規律して危険な技を制限するなどの措置を講じるのを怠り,④試合
に際して危険性の高い行為が行われた場合に備えて直ちに試合を制止する態勢
を構築することを怠ったことにより,上記義務に違反して本件事故を引き起こ
し,治療費,付添費,将来介護費,通院交通費,家屋等改造費,逸失利益,慰
謝料,弁護士費用などの損害を原告Lに違法に加えた旨を主張して,J高校を
設置する被告に対し,国家賠償法1条1項による損害賠償請求権に基づき,損
害賠償金2億6254万1671円及びこれに対する本件事故日である平成2
3年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求め,原告Lの父である原告Mが本件事故により休業損害及び固有の慰
謝料が発生した旨を主張し,母である原告Nが本件事故により固有の慰謝料が
発生した旨を主張して,被告に対し,国家賠償法1条1項による損害賠償請求
権に基づき,原告Mにつき損害賠償金333万8731円,原告Nにつき損害
賠償金300万円及びこれらに対する上記同旨の遅延損害金の支払をそれぞれ
求め(以上につき請求1(前記第1の1(1))),選択的に,原告らが,本件事故
により生じた原告らの上記損害は,公共の利益のために,生命又は身体に対し
て課された特別な犠牲である旨を主張して,被告に対し,憲法29条3項によ
る損失補償請求権に基づき,原告Lにつき2億4981万9039円,原告M
及び原告Nにつき上記各額及びこれらに対する訴状送達日である平成27年1
月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による損失補償金の支払を
それぞれ求める(以上につき請求2(前記第1の1(2)))事案である。
2前提事実
以下の各事実は,当事者間に争いがないか,本件各証拠又は弁論の全趣旨に
より容易に認められる(証拠が掲示されていない事実は当事者間に争いがな
い。)。
(1)当事者等
ア原告Lは,平成6年8月12日生まれの男子であり,平成22年4月から
平成25年3月までの3年間,J高校において高等教育を受け,本件事故当
時,J高校1年生であった。
イ原告Mは原告Lの父であり,原告Nは原告Lの母である。
ウ被告は,J高校を設置する地方公共団体である。
エHは,平成6年12月20日生まれの男子であって,本件事故当時,原告
Lと学年が同じでクラスの異なるJ高校1年生であり,本件事故の起きた試
合において,原告Lの対戦相手であった。
(2)原告Lの運動歴
原告Lは,中学校の3年間,柔道部に所属していた。
原告Lは,J高校において,アイスホッケー部に所属し,福岡県の代表とし
て国体選手に選出された(乙イ4)。
(3)授業における柔道の指導
J高校は,平成22年4月から平成23年3月まで,週に1回,体育の授業
において柔道を実施した。平成22年度における原告L及びHを含む生徒に対
する柔道の指導は,主に,同校の保健体育科の教諭であり,柔道部の顧問を務
めるP教諭が担当した(乙イ1)。
P教諭は,原告Lら生徒に対し,柔道の授業において,受け身の取り方,立
ち技,投げ技,寝技の順序で指導し,平成23年1月からは対戦形式である乱
取りを実施した(弁論の全趣旨)。
(4)武道大会の開催と本件事故の発生
アJ高校においては,平成19年度から毎年3月に,1年生と2年生の男子
生徒を参加対象者とし,参加しない男子生徒と女子生徒を観戦者とする武道
大会を開催しており,この武道大会は,柔道,剣道の授業における活動の成
果を発表する場として,生徒の活動意欲を高めることを目的とし,保健体育
科が中心となって事前の指導や大会準備をする学校行事である(甲2,3)。
J高校は,平成23年3月,平成22年度第4回武道大会について,日時
につき平成23年3月11日(金曜日)午前9時から午後3時まで,競技方
法につき柔道,剣道ともに学年ごとに予選リーグ,決勝トーナメントを行っ
て1位と2位を表彰するなどとして,実施することを決定した(甲2,乙イ
2,上記の第4回武道大会における柔道競技の部門を指して,以下「本件大
会」という。)。
イ本件大会は,参加者が学年毎に分かれ,1年生においては,各クラスから
7人を選出して1チームを構成し,他の1年生チームとの試合形式で予選
リーグと決勝トーナメントを戦うものであり,予選リーグにおいては3チー
ムによる総当たり方式が採用され,試合時間は2分に設定された。また,本
件大会における試合のルールは,国際審判規定に基づくものとされた(甲2)。
教諭は,各クラスの生徒らにチームの構成員の選出及び出場順序の決定を
委ね,原告L及びHは,各自が所属するクラスの柔道のチーム構成員に選出
された。
ウ本件大会の予選リーグにおける試合会場の状況は別紙図面のとおりであり,
柔道の正式な大きさの試合場の広さを二分して2つの試合会場を設け,2試
合が同時進行できるようにされた。審判は,各試合会場について2年生柔道
部員が主審を務め,P教諭及びJ高校柔道部副顧問のQ教諭は,柔道の正式
な大きさの試合場の境界線の四隅(副審席)に着席し,P教諭は第2試合会
場の,Q教諭は第1試合会場の試合の様子を監督した(甲2,乙イ1,10)。
エ本件大会当日,原告Lは,予選リーグ1試合目で1本勝ちを収め,同日午
前10時20分頃,予選リーグ2試合目でHと対戦することになった。
原告LとHの試合は第2試合会場で行われたところ,開始から1分が経過
した頃,原告LがHの左奥襟を右手でつかみ,左手でHの右袖をつかんだ体
勢から払い腰(「取」(技をかける者)が「受」(技を受ける者)を右前隅に崩
し,「受」の右胸部を引き手と釣り手を作用させ,右胸部にしっかり引き付け,
左足を軸に右足で前方から「受」の右足を払い上げ,前方に投げる技をいう。
乙イ9-90頁)をかけようとしたことに端を発し,原告Lが前方に向かっ
て転倒し,その左側頭部が畳に衝突(本件事故)した(なお,本件事故の態
様については,当事者間に争いがある(争点1)。)。
原告Lは,本件事故により,頸髄損傷及び頸椎脱臼骨折の傷害を負い,福
岡大学病院に救急搬送された(甲3)。
(5)原告Lの後遺障害
原告Lは,本件事故による受傷について,平成25年6月19日に症状固定
となり,頸髄損傷による両上肢機能障害及び両下肢体幹機能障害が残り,身体
障害者等級表による等級1級の後遺障害が残存した(甲8ないし11)。
(6)損害の填補
原告Lは,独立行政法人日本スポーツ振興センター(以下「振興センター」
という。)から,災害共済給付金のうち,医療費として,273万6649円の
支払を受けた(乙イ32)。
また,原告Lは,平成25年10月10日,振興センターから,障害見舞金
として,3770万円の支払を受けた(甲232,乙イ32)。
(7)本件訴訟の提起
原告らは,平成26年12月25日,本件訴訟を提起した(顕著な事実)。
3争点
(1)本件事故の態様(争点1)
(2)事前指導における注意義務違反の有無(争点2)
(3)試合形式による本件大会の開催における注意義務違反の有無(争点3)
(4)本件大会の態勢構築における注意義務違反の有無(争点4)
(5)本件大会当日の監督指導における注意義務違反の有無(争点5)
(6)過失相殺の可否及び過失割合(争点6)
(7)憲法29条3項の直接又は類推適用による損失補償請求の可否(争点7)
(8)原告らの損害額ないし損失額(争点8)
4争点に関する当事者の主張
(1)本件事故の態様(争点1)
(原告らの主張)
本件事故は,試合開始後約1分が経過した頃,原告Lが,Hの左奥襟を右手
をつかみ,左手でHの右裾をつかんだ状態で払い腰をかけようとし,そのまま
Hに背を向ける体勢となったが,Hが踏ん張り,Hが左手を原告Lの右袖から
離して原告Lの左肘付近をつかんで背後から抱え込み,Hが原告Lに背後から
寄りかかる体勢となったため,そのまま重なり合うようにして倒れ込み,原告
Lは,Hに抱え込まれていたために腕が自由に使えず,手を地面について受け
身をとることができず,首をひねった状態で左顔面から転倒したものである。
本件事故の直接的な原因は,Hが上記のような無理な防御体勢をとり,原告
Lの左腕の自由を奪ったことにある。
(被告の主張)
本件事故は,原告Lが,左手でHの右袖を,右手でHの左奥襟をつかみ,身
体を左に回転させてHに払い腰をかけようとしたが,Hが投げられまいと腰を
引いて抵抗していたところ,原告Lが強引にHを投げようとしたため,Hの体
が原告Lに引き付けられ,前傾姿勢となってそのまま転倒し,Hも原告Lに右
袖をつかまれていたため,原告Lに引き込まれる形になって崩れ,原告Lは左
右どちらかの手を畳につくことができたのに対応が遅れ,これをしなかったも
のである。
本件事故の直接的な原因は,原告LがHをうまく崩さずに投げ技をかけ,H
から抵抗された際,いったん技をかけることを中止して元の状態に戻るべきと
ころを無理に技をかけようとした点にある。Hがその左手を原告Lの右袖から
離して原告Lの左肘付近をつかみ,原告Lの背後からを抱え込んで寄りかかっ
た事実はない。
(2)事前指導における注意義務違反の有無(争点2)
(原告らの主張)
ア技能を競い合う格闘技である柔道には,本来的に一定の危険が内在してい
ることから,学校教育としての柔道の指導,特に,心身共に未発達な高等学
校の生徒に対する柔道の指導にあっては,その指導にあたる者は,柔道の試
合又は練習によって生ずるおそれのある危険から生徒を保護するために,常
に安全面に十分な配慮をし,事故を未然に防止すべき一般的な注意義務を負
う。本件事故のように,生徒同士がもつれ合って倒れ,頭部外傷を発生させ
るという事故類型は,学校管理下での柔道で発生する典型的なものであり,
J高校の教諭らは,本件事故を未然に防止すべき具体的な注意義務を負って
いた。
イ教諭らは,生徒に対して,柔道が時には死亡事故を伴う危険な競技である
こと及びどのような行為が危険性の高い行為であるかを生徒に周知させるだ
けではなく,試合の前に基本的動作が十分に生かせるような対人的技能の練
習を行う義務があり,勝敗よりも安全性が優先し,無理に技をかけるべきで
ないことを理解させるとともに,技をかける際にどのような場合にどのよう
な傷害が生じ,それを防止するためにどのように技をかければよいかを生徒
同士に考えさせて話し合いをさせ,自主的に理解させるように指導すべき義
務があった。そして,試合形式をとる本件大会においては,勝敗を意識して
無理に技をかけようとする傾向にあるから,上記指導を徹底する必要があっ
た。
しかし,P教諭は,原告Lらに対し,柔道の危険性を抽象的に説明したに
とどまり,実演して見せるなどして具体的にどのような行為が危険であるか
を説明しておらず,生命及び身体の安全を守るという観点から無理に技をか
けないようにと指導したことがなかった。そして,生徒において柔道が死亡
や重大な傷害が生じる危険な競技であることの認識が十分でなく,段階的な
試合形式を含め,対人的技能の練習が不十分な状態で本件大会における試合
を行わせた結果,原告LがHを十分に崩すことなく技をかけ,Hが無理な防
御態勢をとったために本件事故が発生した。
ウ教諭らは,生徒に対して,試合で投げられる場合にどのように対処すべき
かについて事故発生のおそれがない程度にまで技能と知識をつけさせる義務
があり,勝敗よりも安全性が優先されることを理解させるとともに,投げら
れる際に倒れかかるような状態になるときなどに事故が発生しやすいことを
自主的に理解させ,無理に防御をせずに投げられるべきことを具体的に指導
する義務があった。
本件事故は,Hが原告Lに抱きかかり,寄りかかる体勢になって生じたと
ころ,P教諭には,防御のために後ろから抱きしめて寄りかかることなく投
げられるように具体的に指示する義務があったが,これを怠った。
エ平成22年度のJ高校の柔道の授業においては,傷害事故が2件発生して
おり,うち1件は骨折という軽微とはいえない事故が生じていることからし
て,P教諭による指導が十分でなかったことは明らかである。また,平成2
1年度の武道大会においても2件の事故が発生しており,本件事故と併せて
2年連続で事故が発生したのは,前年度に発生した事故を踏まえた事故防止
策が何ら採られていなかったからである。
(被告の主張)
J高校の教諭らに,柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険か
ら生徒を保護するために,常に安全面に十分な配慮をし,事故を未然に防止す
べき一般的な注意義務があることは認める。
しかし,P教諭は,原告Lら生徒に対して柔道の危険性を説明し,受け身等
の基本動作から技のかけ方等の対人的技能まで,段階的に指導し,平成23年
1月からは乱取りを取り入れ,試合と同じように相手と組んで対戦する練習を
行わせていた。そして,頭部を畳に強打することの危険性を事あるごとに説明
し,無理に技をかけないこと,相手を投げ捨てないこと,無理な防御をせずに
素直に技を受け,受け身をきちんとすること,「頭を打たない,打たせない」た
めに受け身が大切であること,受け身をとるときはあごを引くこと,払い腰の
場合,技をかける側は正しい姿勢を取り,顔が下を向かないようにし,頭を下
げすぎないようにすることなど,生徒の安全面に配慮した指導を行っていたの
であり,P教諭による対人的技能の指導及び練習が不十分であったとはいえな
い。
その上,原告Lは,中学校時代において柔道の経験があり,払い腰の正しい
かけ方を習得していたし,無理に技をかけることの危険性を十分に認識してい
た。
本件事故は,原告Lが,投げられまいと腰を引いていたHを十分に崩すこと
なく,技をかけたままバランスを崩してHと同体で倒れ,頭部付近を畳に打ち
付けて発生したものであって,一連の攻撃防御の動作の過程で起きた偶発的な
事故である。
したがって,J高校の教諭らに指導上の安全配慮義務違反はない。
(3)試合形式による本件大会の開催における注意義務違反の有無(争点3)
(原告らの主張)
ア学校ないし教諭は,在学契約に基づく安全配慮義務の一内容として,学校
行事を実施する場合には,できる限り生徒の安全にかかわる事故の危険性を
具体的に予見し,その予見に基づいて事故の発生を未然に防止する措置をと
り,生徒を保護すべき義務を負う。
イ日本国内の学校で行われる柔道は,本件事故当時,他の競技と比べて,死
亡や重大な傷害結果が発生する危険性が極めて高い競技であり,この事実は,
本件大会が実施される前から,J高校の教諭において認識し,又は容易に認
識し得たといえる。そして,本件大会のように,クラス対抗による試合形式
での対戦は,死亡事故の要因となる柔道固有の技をかけあって勝利すること
を目的とするものであり,重大な事故が発生する可能性が高かった。J高校
の1年生は,段階を経て実施すべき試合形式による対戦を授業において一度
も練習していないのであり,さらに危険は大きかった。
以上の事情のもとでは,J高校の教諭らは,本件大会を実施した場合,生
徒に傷害結果が生じる事故が発生することを予見できたのであるから,その
結果を未然に防止するために,本件大会を取りやめるべき義務があったのに,
これを怠り,漫然と本件大会を実施して上記義務に違反した。
(被告の主張)
J高校の教諭らに前記(原告らの主張)ア記載の義務があることは認め,イ
の主張は争う。
原告LやHらを含む本件事故当時のJ高校1年生は,平成23年1月の授業
から,寝技や立ち技の乱取りにおいて,2分という本件大会の試合時間と同じ
時間内で,授業で習った技を自由に使って対戦するという試合類似の練習を
行っているのであり,審判をつけるなどして形式上試合と評価される練習を経
験せずに本件大会で試合をすることが,直ちに生徒に本件事故のような重大な
傷害結果を惹起する危険を生ぜしめるものではない。
本件大会がクラス対抗の試合形式だからといって,普段の授業と異なる動き
や精神状態になるわけではなく,本件事故当時,福岡県の県立高校のうち,ク
ラス対抗形式で武道大会を実施していたのはJ高校を含めて19校あったが,
本件のように重い後遺障害を伴う事故は1件も生じていないのであり,クラス
対抗の試合形式をとることそのものが危険であるとはいえない。
P教諭は,普段の授業において,受け身や対人的技能をきちんと身につける
よう生徒を指導し,無理に技をかけない,無理に粘らないということを指導し
ていたのであり,武道大会における事故防止のために必要な指導を行っていた
のである。
以上から,J高校の教諭らが本件大会の開催を取りやめるべきであったとは
いえない。
(4)本件大会の態勢構築における注意義務違反の有無(争点4)
(原告らの主張)
J高校の教諭らは,本件大会において,クラス対抗の試合形式で生徒同士を
対戦させるのであれば,体格や技能が大きく異なる者同士を対戦させないよう
に対戦の順序等を適宜指導して区分し,試合をする前には生徒に確実に準備運
動を行わせて怪我等を防止するほか,技を制限したりルールを緩和したりして
事故の発生を未然に防止するための措置を講ずる義務があった。具体的には,
頭から落ちるような技をかけることを禁止する,難易度が高く頭部損傷が発生
しやすい払い腰等の技を制限する,技をかける際に頭から突っ込む行為を反則
行為として制限する,無理に技をかけようとしたり防御したりすることを反則
行為とするなどのルールによる規制並びに教育及び啓発活動を行う義務を負っ
ていた。
しかし,J高校の教諭らは,上記義務を怠り,試合の対戦の順序等を生徒に
一任し,準備運動についても生徒の判断に任せ,特に技を制限したりルールを
緩和したりする等のルールによる規制並びに教育及び啓発活動を行わず,事故
を防止するための措置をとることを怠った。
(被告の主張)
本件大会においては,柔道部員の出場を認めず,事故発生の危険がある程に
技能に大きな差異がある生徒同士の対戦はさせていないし,授業で習った技以
外の技をかけないように指導し,試合時間も正式な試合時間である4分より短
い2分に設定しており,事故を防止するための措置を十分に講じていた。本件
事故で原告Lがかけた払い腰は,中学校3年生の時点で学習する技に含まれて
おり,高等学校1年生の段階で指導することが許されないわけではなく,本件
大会において払い腰を使わないよう制限する必要はない。
本件大会において,クラス毎の選手の決定は生徒が行っていたものであるが,
試合を行う上で担当教諭が安全面に問題があると判断した場合には,対戦相手
を変更させるなどの措置を取ることとしており,本件大会においてはその必要
性はなかった。原告LとHは,体格差がほとんどなく,柔道の技量は原告Lが
Hに比べて格段に優位であったのであり,原告らが主張する教諭の義務違反行
為と本件事故の発生との間には因果関係がない。
また,準備運動については,P教諭から,本件大会の開会式において準備運
動を行うように指示したほか,各チームのキャプテンを通じて会場に隣接する
剣道場で準備運動を行うように指示しており,準備運動を行うか否かを生徒の
判断に任せておらず,本件大会当日,生徒らは指示どおりに剣道場で準備運動
を行っていた。仮に,原告Lの準備運動が不足していたとしても,そのことと
本件事故との間には因果関係がない。
(5)本件大会当日の監督指導における注意義務違反の有無(争点5)
(原告らの主張)
アJ高校の教諭らには,本件大会において,試合が行われている際に危険性
の高い行為が行われた場合に直ちに制止することができる態勢を構築してお
くなど,具体的に事故の発生を未然に防止するための措置を講ずる義務が
あった。
しかし,J高校の教諭らは,上記義務を怠り,審判経験の乏しい柔道部員
に審判員を任せた上,「待て」を厳密にとらなくてよい旨を指導し,教諭らは
離れた場所に着席したまま指導を行うなど,危険性の高い行為が行われた場
合に直ちに制止することができる態勢を構築しなかった。
イ仮に,本件事故発生時,原告LがHを一方的に攻める展開が続き,Hが腰
を引いて防御をし続けて膠着状態となっていたところに原告Lが無理に技を
かけようとしたのであれば,その前の時点で,力に頼って無理に技をかけた
り,無理な防御方法をとろうとすることで重大な事故が発生する危険が高
まっていたのであるから,教諭らには,この時点で,一度試合を制止し,無
理に技をかけたり,無理な防御方法をとらないように注意すべき義務があっ
た。
しかし,J高校の教諭らは,本件事故が発生するまで試合を制止して注意
を促すことなく,漫然と試合を継続させていたのであり,上記義務に違反し
た。
(被告の主張)
ア本件大会においては,柔道部の部員が審判を務めていたが,柔道部顧問が
事前に柔道部員に対して審判の指導を行っており,安全面に注意を払うよう
に指導していた。「待て」を厳密にとらなくてよい旨の指示はしたが,それは
軽微な反則に指導をかけなくてよいという意味と,試合時間を止める必要が
ないという意味のものであり,危険な行動を見過ごしてよいという意味では
ない。
また,柔道部顧問の教諭2名が,それぞれ試合会場の副審席に座り,試合
の動向を注視していたのであって,選手や審判員に対して必要な指導をすぐ
に行える態勢を講じていた。
イ本件事故において,原告Lは,Hに払い腰をかけようとしたに過ぎず,こ
れ自体が格別に危険な行為ではないし,払い腰をかけるまでの間は,原告L
が一方的に攻めてはいたものの,決して強引に力で投げようとしていたわけ
ではなく,技をかけるためにHの体勢を崩そうとし,これに対してHは腰を
引く形で応戦していたに過ぎず,無理な防御方法がとられていたわけではな
いから,審判や教諭らが危険を察知して試合を止めるなどして注意をすべき
状況にはなかったものである。
(6)過失相殺の可否及び過失割合(争点6)
(被告の主張)
本件事故の原因は,原告LがうまくHを崩せないまま投げ技をかけ,Hから
抵抗された際,技を中止せずに投げようとし,畳に倒れる際に手をつかなかっ
たことにある。
原告Lは,中学校の頃から柔道経験があり,数多くの乱取り練習や対外試合
を経験しているのであり,J高校においてもP教諭から無理に技をかけないよ
うに指導を受けていたのであるから,投げ技をかけることを中止するなどして
本件事故を容易に防止することができたといえ,それにもかかわらず,Hを強
引に投げようとして,倒れる直前に手を畳につかなかったのは,原告Lの大き
な落ち度であり,本件においては,大幅な過失相殺がされるべきである。
(原告らの主張)
原告Lは,Hに羽交い絞めにされた状態で畳に叩き付けられたのであり,両
手を受け身に使って本件事故を回避することができなかったのであるから,本
件事故の発生について原告Lに過失はない。
仮に,原告Lが無理に技をかけようとしてバランスを崩すなど不適切な判断
や行動をしたとしても,それはJ高校の教諭らが安全に配慮した指導を行わず,
原告Lが自らの生命及び身体に対する危険を認識していなかったためであるか
ら,いずれにしても原告Lには本件事故の発生について過失はない。
(7)憲法29条3項の直接又は類推適用による損失補償請求の可否(争点7)
(原告らの主張)
公共の利益のために,生命又は身体に対して特別の犠牲が課せられた場合,
憲法29条3項が適用又は類推適用され,同条項を根拠に損失補償を請求する
ことができる。
本件大会の究極の目的は,我が国の文化や伝統を尊重する観点はもとより,
これからの国際社会において,世界に生きる日本人を育成するというものであ
り,公共の利益のためのものであったといえる。
また,柔道の授業を実施すれば,不可避的に死亡ないし傷害事故が発生する
ものであるから,原告Lの本件事故による傷害の発生は,当初から容認されて
いた結果であって,これは社会通念上受忍すべき限度を遥かに超えたものであ
るから,生命及び身体に対する特別の犠牲に該当する。
したがって,原告らには損失補償請求権が認められる。
(被告の主張)
学校事故のように,法によっても侵害されることが許されない生命及び身体
という法益の侵害に関わる事案において,憲法29条3項を根拠に損失補償請
求権を導き出すことはできない。
原告らが主張で引用する損失補償請求権が認められた裁判例は予防接種事案
であるところ,これは,予防接種被害にあった者には何らの落ち度もないにも
かかわらず,生命及び身体に重大な侵害が加えられたケースである。本件は,
傷害を負った者に一定の落ち度がある場合であり,その点で予防接種事案とは
大きく異なるのであり,憲法29条3項の損失補償を論じることは妥当でない。
また,本件事故が発生した武道大会は,授業で選択した剣道と柔道に分かれ,
柔道選択者全員が本件大会に選手として出場するわけではなく,各クラスの生
徒が主体となって選手を決め,出場しない生徒もいたのであり,全生徒が本件
大会に選手として出場することを強制されていたわけではない。
(8)原告らの損害額ないし損失額(争点8)
原告らの主張する損害ないし損失の費目及び金額は,以下のとおりであり,
これに関する当事者の主張の要旨は,別紙「損害額主張整理表」記載のとおり
である。
ア原告Lの損害ないし損失
(ア)治療費335万1100円
(イ)付添費
a入院付添費143万6500円
b通院付添費7万5900円
c自宅付添費356万8000円
(ウ)将来介護費8354万8938円
(エ)雑費
a入院雑費57万9000円
b退院時から症状固定時までの雑費27万0000円
c将来の雑費228万9012円
(オ)通院交通費
a付添人交通費46万6786円
b退院時から症状固定時までの通院交通費2万4320円
c症状固定後の通院交通費27万4681円
(カ)装具・器具購入費
a頸椎装具3万5226円
b車椅子(将来分含む)179万4625円
cグローブ(将来分含む)84万3329円
d座薬挿入具1万4100円
e入浴補助器具(将来分含む)20万9455円
f介護用ベッド(将来分含む)76万2033円
gベッド用特殊マット(将来分含む)23万0764円
h移動・移乗支援用具(将来分含む)26万2239円
i便座シート(将来分含む)1万9864円
j入浴担架(将来分含む)28万2279円
k体位変換機(将来分含む)5万1385円
l移動用リフト(将来分含む)69万8299円
m衣類加工費用1万5500円
n浴室暖房器(将来分含む)21万9398円
(キ)家屋・自動車等改造費
a福祉車両購入費160万0000円
b家屋改造費791万9073円
c駐車場改造費36万6885円
d車両改造費(将来分含む)1305万1129円
(ク)文書作成費用1万6315円
(ケ)逸失利益1億2322万8961円
(コ)入通院慰謝料360万0000円
(サ)後遺症慰謝料2800万0000円
(シ)損害の填補4043万0851円
(ス)弁護士費用2386万7425円
(セ)合計2億6254万1671円
イ原告Mの損害ないし損失
(ア)休業損害33万8731円
(イ)慰謝料300万0000円
(ウ)合計333万8731円
ウ原告Nの損害ないし損失
慰謝料300万0000円
第3当裁判所の判断
1認定事実及び争点1(本件事故の態様)について
(1)前記第2の2判示の前提事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
ア本件事故前後の原告L及びHの身長及び体重
原告Lは,平成22年4月14日当時,身長167.5センチメートル,体
重50.2キログラムであった。
Hは,平成22年4月14日当時,身長168.8センチメートル,体重5
8.4キログラムであり,平成23年4月当時,身長170.0センチメート
ル,体重59.2キログラムであった(乙イ3の1・2,弁論の全趣旨)。
イ原告L及びHの柔道の経験
(ア)原告Lの柔道経験
原告Lは,中学校で3年間,柔道部に所属し,週6日間,1日2,3時間
程度,柔道の練習に参加し,個人戦や団体戦(補欠)による公式戦及び他校
との練習試合を通じて,多くの試合経験をした。原告Lは,中学校の部活動
を通じて,無理に技をかけると怪我をする危険があること,怪我をしないた
めに受け身をしっかりとることなどを学び,また,払い腰の指導を受け,そ
の際,「受」をよく崩すこと,「取」は技をかける際に頭を低くしてはいけな
いことを理解した。
原告Lは,平成20年8月31日,同年11月3日,平成21年2月22
日,同年5月10日,同年8月30日,福岡県柔道協会が主催する昇段試験
の実技試験(対戦試合)に臨んだところ,いずれの試験も初戦で敗戦したが,
同協会の昇段規定により,昇段試験を5回受験した者を対象とした昇段審議
の結果,初段(黒帯)を取得する資格を獲得した。なお,原告Lは,その後
に昇段手続を履践しなかったため,正式に昇段することはなかった(以上,
甲241ないし248,277,原告L本人16頁以下,同29頁,弁論の
全趣旨)。
原告Lは,J高校に入学後,アイスホッケー部に所属し,福岡県代表とし
て国体に出場した(前提事実)。
(イ)Hの柔道経験
Hは,中学校で3年間,バスケットボール部に所属し,柔道は授業で受け
身の指導を受けた程度であり,J高校入学後,体育の授業において本格的に
柔道を習うことになった。Hは,J高校においてもバスケットボール部に所
属した(H証人15頁以下)。
ウ本件事故時までに発刊されていた柔道指導に関する知見
(ア)昭和61年4月に発刊された「柔道指導ハンドブック」には,事故防止の
ための指導上の留意点として,概要,以下の記載がある(甲235,249)。
・柔道では,互いに相手の身体を制する技能を中心として行われるので,
事故が生じやすい。中学校,高等学校の柔道における傷害をみると,骨
折・捻挫・挫傷・打撲などが多く,負傷部位をみると,鎖骨・肘関節・
肩関節・足関節・膝関節・手や足の指・腰部などに多く,負傷の起こし
やすい技としては,背負い投げ・体落とし・大外刈り・足払い・内股・
固め技・巻き込み技などがあげられる。
・生徒の健康状態を十分観察し,調査する。
・爪を切ったり,身体を清潔にしておく。
・身体に合った柔道衣を着用する。
・畳の破損や隙間の有無など,柔道場の安全を確かめる。
・準備運動や受け身の練習を十分に行わせる。特に受け身については,
その未熟さによって事故が起こりやすいので,単独練習だけではなく,
技の指導とも関連させた練習を繰り返し行わせることが必要である。
・基本動作や対人的技能は分節的に練習させて,その要点を十分身に付
けさせる。技の未熟さによって相手に事故を起こさせたり,自分が事故
を起こしたりするので,基本動作が十分生かせるような対人的技能の練
習が必要である。そのためには「かかり練習」や「約束練習」による指
導に重点を置く。「自由練習」は,技のかけ方や受け身に相当習熟した
段階で無理なく行うようにする。
・練習中にも,技に関するルールや練習場のマナーを遵守させること。
力に頼る技や粗暴な行為は事故の原因になるし,負けまいとする態度も
技を不正確にし,禁止技を犯しやすくなるので,事故と結びつきやすい。
・試合は,生徒の学習の段階に応じてまとめの学習として展開されるも
のであるから,十分な練習の後で行い,技を制限したり,ルールを緩和
したり,体重別にしたりするなど,生徒の能力に応じて行う。
・正しい防御法についても適切に指導しておく。無理な防御法は事故の
原因になるので,相手の技の状態に応じた防御法を指導しておくことは
事故防止になる。また,正しくかかった技に対しては正しく受け身をと
るという態度も必要である。
・不正確な技をかけ,力で倒すようなことはしない。勝負にとらわれ,
無理な技をかけたり,学習していない技をかけたりしない。
・試合は学習指導の観点からまとめの学習であり,基本動作や対人的技
能,態度などについて部分的に学習してきたものを試合という形式で全
体的に学習し,確かなものにして身につけようとするものである。試合
における勝敗は,1つの学習の手掛かりを示すもので,最終の目標では
ないことの理解も必要である。
・安全に対する指導は,留意事項や禁止事項として教師から一方的に与
える形式をとる傾向が強いが,どのようなときにどのような傷害が生じ
るのか,それを防止するためにどうすればよいかを生徒自身で判断でき
るように仕向けることに指導の重点をおく必要がある。
(イ)文部科学省が平成19年3月に作成した「柔道指導の手引(二訂版)」に
は,柔道の意義及び高校生に対する指導について,概要,以下の記載がある
(乙イ9)。
・武道は,武技,武術などから発生した我が国固有の文化として伝統的
な行動の仕方が重視される運動で,相手の動きに対応した攻防ができる
ようにすることをねらいとし,自己の能力に応じて課題の解決に取り組
んだり,勝敗を競い合ったり,礼儀作法を尊重して練習や試合ができる
ことを重視する運動として位置付けられる。武道の学習では,相手の動
きや技に対して,自ら工夫して攻防する技を習得した喜びや,勝敗を競
い合う楽しさを味わうことができるようにするとともに,武道に対する
伝統的な考え方を理解し,それに基づく行動の仕方を身につけることが
できるようにすることが大切である。このように,我が国の伝統的な運
動文化である武道を,学校における体育学習の内容として重視していく
ことは,我が国の文化や伝統を尊重する観点はもとより,これからの国
際社会において,世界に生きる日本人を育成していく立場からも有意義
である。
・柔道の学習過程は,効果的な学習という面や怪我の防止という面から,
一般的に,まずは基本動作,特に受け身を学習し,次いで対人的技能を
身に付け,自由練習(乱取り)や試合に発展させることが重視される。
もっとも,柔道の機能的な特性を重視した柔道の単元における学習展開
を考える場合,できるだけ相手と対する形で学習することが大切である。
したがって,基本動作は対人的技能と関連させた指導を重視し,生徒1
人1人の学習の課題にふさわしい対人的技能を学習させ,安全に十分配
慮しながら早い段階から試合を取り上げ,習得した対人的技能を使って
練習や試合をさせたり,技の工夫をさせたり,競い合ったりさせるよう
な学習展開が望ましい。
・自由練習(乱取り)を行わせる場合は,体格や体力にまかせた無理な
技をかけないように留意させるとともに,技をかけられた側も無理をし
て防御をするのではなく,巧く入れられた場合には素直に正しく受け身
を取るよう指導することが大切である。
・試合は,学習したことを総合的に発揮する場であり,技能の習熟の程
度や学習した技能の種類に応じて,時間,場所,方法などを工夫しなが
ら,学習の中間やまとめの各段階に応じて適切に取り扱うことが望まし
い。試合を行うにあたり,まず試合審判規定を理解させた上で,必要に
応じて生徒の技能水準にあった特別規則を定め,安全に試合が行えるよ
う配慮することが重要である。
・柔道の試合には個人試合と団体試合があり,団体試合の勝敗の決め方
には,点取り方式と勝抜き方式があり,順位を決める方法としてトーナ
メント方式やリーグ戦形式などがある。
柔道の試合は,平等な条件のもとで技を競い,勝利の機会を多くする
という趣旨や安全などの配慮から,技能別,体格別などの試合が考えら
れるので,学習や指導の段階に応じて試合の効果が上がるように創意工
夫する必要がある。
体格については,技能の未熟な生徒にとって,体重や身長など体格に
差があり過ぎる場合には,対戦する前から勝てる見込みがないと考え興
味を削ぐものであるから,初歩的な段階,特に中学生については,でき
るだけ,同じ体格の者との対戦を考慮することが望ましい。
技能については,興味や安全面から,技能に差のある者との対戦は好
ましくない。また,使用する技は,学習した範囲内の技のみにするなど,
習得した技能の程度に応じて制限を加えて行うことが望ましい。
試合時間は,初歩的な段階では短くし,1分から2分の範囲から始め
るのが適当と考えられる。
禁止事項については,学習していない技を使う,同体になって倒れる,
技をかけた者が自分から先に倒れるなどの技や動作を行わせないように
することが大切である。
(ウ)財団法人全日本柔道連盟が平成21年7月に作成した「柔道の安全指導~
事故をこうして防ごう~(2009年改訂版)」には,柔道指導者に向けた事
故防止のための指導上の留意点として,概要,以下の記載がある(甲271)。
・柔道事故の要因は多種多様であり,これを分析することは困難を伴う
が,事故要因の分析は指導者や管理者が安全対策を講じる上で欠かせな
いものであり,その諸要因を分類して一般化することで対策が容易にな
る。事故要因の分類例として,A柔道の技や運動様式に内在する要因(技
そのもの,運動様式),B環境に内在する要因(道場の広さ,畳と床の
状況,柔道着,気温などの自然条件,道場内の人間関係など社会的・人
的条件),C競技者自身に内在する要因(体力,知識,技能の程度,技
のかけ方や受け身の行い方,コンディション,性格・情緒・規範意識,
既往症や健康状態)があげられる。
・事故は偶然に起こるものではなく,1件の重大事故の陰に,29件の
軽い小さな事故があり,さらにその陰には怪我や事故に至らないヒヤリ
ハット事例が300件存在するといわれている。軽い小さな事故や事故
に至らない潜在的危険を軽視したり見落としてはいけない。
・頸部の怪我が発生する事例は,技のかけ方が未熟であったり,無理な
かけ方をしたとき,自ら体勢を崩したために起こる。
(エ)文部科学省が平成21年12月に作成した「高等学校学習指導要領解説
保健体育編・体育編」には,入学年次の高校生に対する柔道の指導について,
概要,以下の記載がある(乙イ8)。
・武道は,武技,武術などから発生した我が国固有の文化であり,相手
の動きに応じて,基本動作や基本となる技を身に付け,相手を攻撃した
り相手の技を防御したりすることによって,勝敗を競い合う楽しさや喜
びを味わうことのできる運動である。高等学校では,中学校での学習を
踏まえて,得意技を用いた攻防が展開できるようにすることが求められ
る。
・入学年次では,相手の動きの変化に応じた基本動作から,基本となる
技,得意技や連続技を用いて,相手を崩して投げたり,抑えたりするな
どの攻防を展開することを学習の狙いとする。
・「基本となる技」とは,投げ技の基本となる技と固め技の基本となる
技をいい,投げ技の基本となる技には,入学年次では,膝車,支え釣り
込み足,大外刈り,小内刈り,体落とし,大腰,大内刈り,釣り込み腰,
背負い投げ,払い腰がある。
・「相手を崩して投げたり,抑えたりするなどの攻防を展開する」とは,
自由練習や簡単な試合で,相手の動きの変化に応じた基本動作を行いな
がら,投げ技の基本となる技などを用いて相手を崩して攻撃をしかけた
りその防御をしたりすることである。指導に際しては,入学年次では,
投げ技では,対人での練習を通じて,既習技を高めるとともに,相手の
動きの変化に応じて相手を崩し,自由に得意技や連続技を素早くかける
ようにすること,また,相手の動きの変化に応じて,相手を崩して自由
に得意技や連続技をかけるようにすること,投げ技の得意技や連続技を
使った自由練習や簡単な試合で攻防できるようにすることが大切である。
・主体的な学習の段階では,体調や環境の変化に注意を払いながら運動
を行うこと,けがを未然に防ぐために必要に応じて危険の予測をしなが
ら回避行動をとるなど,健康を維持したり安全を保持したりすることが
できるようになることが求められる。入学年次には,用具や施設の安全
確認の仕方,段階的な練習の仕方,けがを防止するための留意点などを
理解して取り組めるようにする。
エ柔道試合審判規定
公式の柔道の試合において用いられている講道館柔道試合審判規定による
と,払い腰等の技をかけながら,身体を前方に低く曲げ,頭から畳に突っ込
むことは,反則負けに該当し,禁止されている。また,立ち勝負の際に,極
端な防御姿勢をとることは,指導の対象に該当し,禁止されている(乙イ9
-129頁以下)。
オJ高校の体育授業におけるP教諭の柔道の指導
(ア)P教諭の柔道経験及び指導歴
J高校の体育授業における柔道の指導を担当したP教諭は,中学校から柔
道を初め,大学では体育学部体育学科の武道コースに進学して柔道に打ち込
み,昭和60年に6段を取得した。また,昭和52年4月に福岡県の教員に
採用されたときから柔道の授業や柔道部の顧問を担当し,本件事故までに3
0年以上の柔道の指導経験があった(乙イ12,P証人43頁)。
P教諭は,60歳の定年を迎える間近に財団法人全日本柔道連盟が認定す
る柔道指導資格を取得したものの,柔道の指導を開始した当初においては,
資格制度そのものが存在せず,資格取得に伴う安全面に関する規律について
体系的に学習した経験がなかった(P証人19頁,同43頁以下)。
(イ)指導計画の策定
P教諭は,平成22年度初頭,J高校1年生の柔道の年間指導計画を策定
し,以下の留意点に沿って指導を実施することとした。なお,原告Lが所属
する1年9組の平成22年度の柔道の授業時間数は26回(1回の授業時間
は50分)に設定された(乙イ5,P証人1頁以下,同44頁)。
月指導内容指導上の留意点時間

柔道の特性,座礼,立礼
基本動作
柔道の学習の意味を十分に理解させる
(礼を重んじる)左座右起


基本動作
1姿勢2組み方
3くずし,体さばき
①進退動作
②体さばきによるくずし
③組姿勢でのくずし
④八方のくずし
4受け身
①前回り受け身
②後ろ受け身
③横受け身
④前受け身
立礼から一連の動作で練習させる。
自然体での体重のかけ方に留意する。
相手との自分の位置・方向・体の角度を
考え,正しくはいらせる。
足を伸ばして,大きく回転するように指
導する。頭を上げ,あごを引くように指導
する。
畳の線を活用し,意識させる。


対人的技能
1立ち技
くずし,体さばきを正しくさせ,当てが
う部分を明確に施技させる。

①膝車
②支え釣込み足
③大腰
④背負い投げ
⑤大外刈り
⑥小内刈り
⑦大内刈り
⑧体落とし
⑨小外刈り
2固め技
①けさ固め
②上四方固め
③横四方固め
④後けさ固め
3相手の動きに対応する
掛け方
①くずし,つくり,かけ
を一連の動作で行わせる
②連絡技
③体さばき
①②の技を,どのように使い分けるのか
理解させる。安全面に配慮する。

右手を相手の脇に入れるときは,相手の
左胸をすりあげ気味に入れるようにさせ
る。前回りさばきを意識させる。


踏み込み足の体重のかけ方に注意させ,
スローイングを意識させて施技させる。
崩す方向,刈る方向を正しく両足均等に
体重をかけさせる。

10
体重をかける方向と1点に集中させる脇
のしめと,両足の開くことでバランスを取
らせる。
体重をかけるポイントを1つにさせる。

11
手の力を抜き,正しく体さばきを行わせ,
取が足に体重をかけるとき,かけにスムー
ズに行えるよう注意させる。
前技から後ろ技,後ろ技から後ろ技,立
ち技から固め技への連絡等の意義を理解さ
せる。


自由練習
1打ち込み打ち込みの意味,投げる前の動作である

2乱取り
ことを理解させ反復練習をさせる。
礼儀作法に留意させ,無理な技を掛けさ
せないように指導する。
防御も無理な体勢をとらず安全に投げら
れて受け身をするように指導する。

試合形式の練習国際審判規定の礼法,ルールを理解させ,
積極的に試合を展開するよう指導する。
試合の反省をさせ,次の課題につなげさ
せる。
校内の武道大会への積極的な参加を促
す。

32
(ウ)原告Lらに対する指導の実態
P教諭は,平成22年度の柔道の授業において,前記(イ)記載の指導計画
に基づき,原告Lら生徒に対し,概ね次の順序,柔道の基本知識,礼儀作法
の説明,受け身の取り方,立ち技,投げ技,寝技,乱取りの順序で指導を実
施した。
P教諭は,平成22年度初頭において,柔道が怪我や事故の危険を孕む競
技であること,頭から畳に打ちつければ怪我をする危険があることなどを説
明し,また,受け身の指導においては,技をかけられた方は,受け身の際に
あごを引いて頭部を上げ,頭部を畳に打ち付けないように繰り返し指導し,
マット上の回転運動から段階的に膝をついた状態での前回り受け身,立った
状態からの前回り受け身,後受け身の指導をし,頭部を畳に打つ危険性があ
ることを説明し,頭を打たないために受け身が大切であることを説明した(以
上,乙5,6,G証人29頁,H証人1頁,同8頁,P証人1頁以下,原告
L本人1頁,同29頁,同30頁,弁論の全趣旨)。
P教諭は,平成22年6月頃から対人的技能の指導に移行したが,準備運
動や受け身の練習は毎時間実施していた。技の指導においては,正しい姿勢,
崩し,つくり,かけを説明し,その際は,まず,P教諭が生徒の前で模範を
示し,その後生徒を2人1組にし,技をかける側と受ける側を交互に行わせ,
身体の崩し方,技のかけ方,技をかけるタイミング,投げ技をかけた際に相
手を投げ捨てず,技の受け手の柔道着を離さないこと,「取」は投げる際に頭
部を下げないこと,崩し切れていない段階で無理に技をかけないこと,「受」
は顎を引いて頭部を上げること,投げられる際は無理に抵抗せずに投げられ
るようにすることを説明した。P教諭は,平成22年11月頃,原告Lらに
対して,払い腰の指導をした(乙5,6,H証人1頁,同2頁,同8頁,同
19頁,同20頁,P証人4頁以下,原告L本人3頁,弁論の全趣旨)。
P教諭は,平成23年1月から乱取りの指導を開始し,生徒が授業で覚え
た技を自由にかけたり,防御したりする練習を繰り返した。乱取りは,授業
の参加人数である約30名の半分が柔道場に入って一斉に行う方式がとられ,
1回当たりの時間は2分程度であった(G証人30頁,H証人9頁,P証人
7頁,原告L本人4頁)。
(エ)指導を受けた生徒の様子
原告L及びHが,柔道の授業において危険な行為をしたことはなく,これ
を理由にP教諭から指導されたことはなかった(H証人16頁,P証人9頁,
原告L本人4頁)。
カ本件事故前の武道大会(柔道)における傷害事故
J高校において,平成21年度に実施された武道大会の柔道により発生し
た傷害事故は,右第5中手骨骨折が1件,胸部打撲及び上腹部打撲が1件で
あった(弁論の全趣旨)。
キ本件大会の経過及び監督状況
(ア)P教諭は,平成23年3月11日,本件大会の開会式において,本件大会
に参加する生徒に対し,準備運動を各自で行うように指示した。もっとも,
この際,P教諭は,生徒に対し,柔道が死亡事故を伴う危険な競技であるこ
と,無理に技をかけてはいけないことを指導することはなかった(H証人3
頁,原告L本人7頁,同8頁,弁論の全趣旨)。
(イ)本件大会の予選リーグにおける審判は,2年生の柔道部員が主審を務め,
P教諭及びQ教諭は,正式な大きさの試合場の境界線の四隅(副審席)に着
席し,P教諭は第2試合会場の,Q教諭は第1試合会場の試合の様子をそれ
ぞれ監督した。
主審を務める柔道部員は,事前に,Q教諭から審判規定について説明を受
けていた。2年生の柔道部員であったGは,Q教諭に対し,試合中にどれく
らい「待て」をとればよいか尋ねたところ,Q教諭は,軽微な反則を細かく
とると大きな反則を見逃す契機となることから,軽微な反則に関する「待て」
はそれほどかけなくてよい旨を返答した(以上,前提事実,G証人6頁以下,
Q証人3頁)。
(ウ)原告Lは,予選リーグ1試合目で1本勝ちをおさめ,同日午前10時20
分頃,第2試合会場において,予選リーグ2試合目でHと対戦することに
なった(前提事実)。
ク本件事故の態様(争点1)
原告LとHの試合は,原告Lが攻勢をかける展開で進み,開始から約1分
が経過した頃,原告LがHの左奥襟を右手でつかみ,左手でHの右袖をつか
んだ体勢から払い腰を仕掛けた。
原告Lは,自身の身体を左に半回転させながらHの右袖を自身の左手前に
引き,Hの右胸部を自身に引き寄せたが,Hの体勢を十分に崩すことができ
なかった。Hが投げられまいと一瞬踏ん張ったのに対し,原告Lは,技を中
断する措置をとらず,両者が接着した状態でバランスを崩して,そのままゆっ
くりと原告Lの前方に向かって転倒し,原告Lにおいて,受け身を取ること
なく,その左側頭部を畳に衝突させた(前提事実,G証人,P証人)。
(2)本件事故の態様に係る事実認定の補足説明(争点1)
原告らは,本件事故の態様について,原告Lが払い腰をかけようとしてHに
背を向ける体勢となったところ,Hが踏ん張り,その左手を原告Lの右袖から
離して原告Lの左肘付近をつかんで背後から抱え込み,Hが原告Lに背後から
寄りかかる体勢となり,原告Lにおいて,Hに抱え込まれていたために腕が自
由に使えず,手を地面について受け身をとることができないまま,そのまま重
なり合うようにして倒れ込み,原告Lが首をひねった状態で左顔面から転倒し
たものであり,本件事故の直接的な原因は,Hが上記のような無理な防御体勢
をとり,原告Lの左腕の自由を奪ったことにある旨を主張し,原告Lは,投げ
る際にHから羽交い絞めにされたなど,上記主張に沿う供述をする(甲277,
原告L本人)。
しかし,証拠(甲4ないし7,G証人14頁,同30頁,P証人10頁)に
よっても,本件事故を観客席から目撃したG及びその他複数の生徒ら並びに副
審席から目撃したP教諭において,本件事故直前,Hが原告Lの右袖から自身
の左手を離して原告Lの左肘付近をつかんで背後から抱え込み,さらに,右手
も用いて原告Lを羽交い絞めにしたような状況を目撃したものとは認められず,
この他,原告らの上記主張を裏付ける的確な証拠は存在しない。
そして,証拠(G証人21頁,同22頁,P証人10頁,同11頁)によれ
ば,本件事故の発生につながる危険が顕在化した時点から本件事故の発生時点
までの間に,審判が「待て」の指導をとる時間的余裕はなく,Hに原告Lの技
がかかり始めてから両者が倒れ込むまでは,ほぼ瞬間的な動作であったものと
認められる。加えて,原告Lは,払い腰を試みる際,Hの上体を自身の体の右
側に接着させてHの右袖を自身の左手前方向に引き込み,Hからみて右側にH
の身体の重心を移動させようとしていたのであるから,Hの身体の重心は,払
い腰をかけるために半回転した原告Lの身体の右側に向かってやや傾き,Hの
上体と原告Lの左肘とは距離が離れるような状態にあったものと推認されると
ころ,上記のような瞬間的な状況下において,Hが原告Lの右袖から左手を離
し,原告Lの左肘付近をつかみ背後から抱え込むという上記重心移動に逆らう
一連の動作をとることができたものとはにわかに認め難い。また,仮に,Hの
左手が原告Lの左肘付近をつかんでいたとしても,そのことから直ちに,原告
Lの左腕の挙動が地面に手を着くことができないほどに制限されるものとも認
められない。
その上,前記第2の2(4)判示の前提事実のとおり,本件大会は,柔道の授業
活動の成果を発表する場であり,かつ,対象学年全員の参加する学校行事とし
て,クラス対抗の試合形式が採用され,1位と2位を表彰する競技方法で実施
されていたものであって,後記3(2)イ(ア)判示のとおり,たとえ柔道の経験
者であっても,試合の勝敗に拘るなどして受け身をとるタイミングが遅れる契
機となったとしても不自然でないものと認められるのであって,原告Lが受け
身をとらなかった事実のみからは,Hが原告Lの左肘を抱きかかえるなどして
左腕の自由を奪っていたことを推認させるものではない。
原告らは,原告L及びGの立会いのもとで撮影された原告らの主張に基づく
事故態様が再現された「写真撮影報告書2」(甲255)を提出するところ,上
記判示のとおり,Gは,Hが原告Lの右袖から自身の左手を離して原告Lの左
肘付近をつかみ,背後から抱え込んだ状況を目撃したとは認められないのであ
るから,同報告書中の再現状況はGの記憶を正確に反映しておらず,原告らの
本件事故の態様に関する主張を裏付ける的確な証拠とは認め難いものというほ
かない。
原告Lは,本件事故の態様について,Hが原告Lから払い腰をかけられた後,
数秒間,投げられまいとして踏ん張っていた旨を供述し(原告L本人11頁,
同32頁),本件事故を目撃したG及びP教諭においても,時間の差はあれ,H
が踏ん張った状態があった旨を供述しており(甲236,G証人13頁,P証
人35頁),この点は一致しているのである。そして,Hが投げられまいとして
その場で踏ん張ることができたことは,原告Lによる崩しが十分でなかったこ
とを推認させるものであり,当該状態から原告Lが下になってHと共に同体に
なって転倒したのは,原告Lが,崩しが十分でないのに技を中断することなく,
Hを投げようとしたことが原因になったものとみても,自然な身体の一連の挙
動や流れとして,その推認に合理性があるというべきである。
したがって,本件事故の態様に関する原告らの上記主張等は,これを採用す
ることができない。
2高等学校の柔道指導における注意義務の有無及び内容について
国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」には,公立学校における教諭の
教育活動も含まれ,教育活動を担う学校の教諭においては,教育活動に際し,
生徒を指導監督し,学校事故の発生を防止して生徒の生命及び身体を保護すべ
き注意義務を負うものと解されるところ,技能を競い合う格闘技である柔道に
は,本来的に一定の危険が内在しているから,学校教育としての柔道の指導,
特に,心身共に発達途上にある高等学校の生徒に対する柔道の指導にあっては,
その指導に当たる者は,柔道の試合又は練習によって生ずるおそれのある危険
から生徒を保護するために,常に安全面に十分な配慮をし,事故の発生を未然
に防止すべき一般的な注意義務を負うものである。
そして,高等学校の部活動における柔道による死亡及び重傷事故の発生件数
が他の競技に比して有意に高く(甲234,258,259,265,266),
このことは,正課授業における柔道の危険性も部活動の場合と本質的に異なる
ものでないと考えられることを踏まえると,正課授業における柔道の指導に関
わる教諭においては,生徒の健康状態や技量等の当該生徒の特性等を十分に把
握して,それに応じた指導や態勢を構築することにより,柔道の試合又は練習
による事故の発生を未然に防止して事故の被害から当該生徒を保護すべき注意
義務を負うものと解される。
これを本件についてみるに,体育の授業において原告Lらに対して柔道を指
導していたP教諭をはじめとするJ高校の教諭らにおいては,原告LやHの健
康状態や技量等の原告Lらの特性等を十分に把握して,それに応じた指導を行
うことにより,授業のみならず,その成果を発表する場としての学校行事であ
る本件大会における柔道の試合又はその練習による事故の発生を未然に防止し
て事故の被害から原告Lを保護すべき注意義務を負い,また,本件大会の参加
対象者である生徒の健康状態や技量等の各生徒の特性等を十分に把握し,柔道
の指導状況に応じて本件大会の開催の是非を適切に検討し,本件大会を開催す
るのであれば,各生徒の特性に応じた態勢を構築した上で監督を行うことによ
り,柔道の試合による事故の発生を未然に防止して事故の被害から原告Lを保
護すべき注意義務を負っていたものと認められる。
原告らがJ高校の教諭らについて主張する各注意義務(争点2ないし5(原
告らの主張)記載の注意義務)の内容は,上記の限度で肯定することができる
ものというべきである。
以下では,J高校の教諭らにおいて,上記義務に違反して本件事故を発生さ
せたか否かについて検討する。
3争点2(事前指導における注意義務違反の有無)について
(1)前記1(1)ク判示の認定事実のとおり,本件事故の態様は,原告Lが自身の身
体を左に半回転させながらHの右袖を自身の左手前に引き,Hの右胸部を自身
に引き寄せたが,Hの体勢を十分に崩すことができず,Hが投げられまいと一
瞬踏ん張ったのに対し,原告Lが技を中断する措置をとらず,両者が接着した
状態でバランスを崩して,そのままゆっくりと原告Lの前方に向かって転倒し
たものであり,本件事故の直接的な原因については,原告Lにおいて,Hの体
勢を崩しきれていない状態で,技を中断することなく,Hを無理に投げようと
したことによるものであったと認めるのが相当である。
そこで,原告Lが無理に技をかけた点に関するJ高校の教諭による事前指導
に関して,前記2判示の義務違反があったか否かを検討する。
(2)ア前記1(1)オ(イ)及び(ウ)判示の認定事実のとおり,P教諭は,策定した
柔道授業の年間指導計画に基づき,原告Lに対し,平成22年度初頭に柔道
が怪我や事故の危険を孕む競技であることを指導したことに加え,個別の技
を指導する度に,「取」は無理に技をかけてはいけないことを指導していたも
のであり,前記1(1)イ(ア)判示の認定事実のとおり,原告Lが中学校3年間
に柔道部に所属して多くの練習及び試合を経験したことや,本件事故当時の
原告Lの年齢を踏まえれば,P教諭において,原告Lに対し,通常の授業過
程では,無理に技をかけることの危険性を原告Lが理解できる程度に指導し
ていたものと認められ,前記1(1)ウ判示の柔道指導に関する各手引書や学習
指導要領解説書の内容に照らしても,J高校の教諭らに,通常の授業過程に
おける安全指導について不適切な点があったとまでは認められない。
イ(ア)もっとも,前記第2の2(4)判示の前提事実のとおり,本件大会は,柔
道の授業活動の成果を発表する場であり,かつ,対象学年全員の参加する学
校行事として,クラス対抗の試合形式が採用され,1位と2位を表彰する競
技方法で実施されていたものであって,自ずと生徒の競争心や顕示欲などを
必要以上に煽りかねない性質を有していたものと認められ,証拠(G証人1
0頁,H証人12頁,原告L本人6頁,同8頁以下,同22頁)によれば,
本件大会の試合会場の周辺は生徒ら観客で埋まり,審判の声が通りにくいほ
どの歓声が生徒から上がり,周囲が盛り上がる状況にあり,原告Lも,柔道
の経験者として試合に負けることは格好が悪く,単に勝つのみでなく,綺麗
に技を決めて勝ちたいと考えていたことが認められるのであって,本件大会
の試合に臨む生徒らは,本件大会の上記性質,試合会場の雰囲気,観衆との
人間関係などにより,通常の授業における約束練習や乱取りとは大きく異な
る心理状況に置かれていたものと認められる。
そして,証拠(P証人16頁以下,Q証人9頁)及び弁論の全趣旨によれ
ば,本件大会と競技方法を同じくして行われた前年度の武道大会の柔道競技
では,少なくとも,技をかけた生徒が対戦相手の生徒と共に倒れこみ,床に
手をついた際に右第5中手骨骨折を負った事故,押さえ込みに入った生徒の
胸部に対戦相手の生徒の頭部が強打し,胸部打撲及び上腹部打撲を負った事
故の2件が発生したことが認められるのであり,これらの事故の直接的な原
因は定かでないものの,このようにJ高校の武道大会の柔道競技において複
数の事故が発生していることに関しては,試合に臨む生徒らの競争心や顕示
欲などを必要以上に煽りかねない武道大会の性質が相応に影響しているもの
と推認することができる。
そうすると,本件大会については,クラス対抗形式や観衆の多寡等の試合
会場の状況や全体の雰囲気などの特別な環境面に由来する事故発生の危険性
が内在していたものと認められるとともに,平成19年度から武道大会を開
催しているJ高校の教諭らにおいては,上記状況に置かれた生徒らが必要以
上に躍起して,無理に技をかけ,勝ちに拘って危険な行為をするなど,冷静
さを欠く試合を展開し,事故が発生する可能性があることを認識し,事前に
予見することができたものと認められる。
以上に加え,部活動における柔道による死亡率及び重傷事故の発生確率が
ラグビーと並んで他の競技に比して有意に高く,いったん生じた事故によっ
て重大な結果の招来されることが十分に予想されることに鑑みれば,J高校
の教諭らにおいては,本件大会の上記判示のような性質を踏まえて,事前指
導の具体的な内容として,試合に出場する生徒らに対し,本件大会の開催に
先立ち,死亡事故を含む重大な事故が発生する柔道の危険性について改めて
注意喚起をした上で,本件大会の試合時には普段の授業と異なる心理状況に
置かれ,冷静さを失いがちになり,それが事故発生の要因となり得ることな
ど,本件大会に固有の特別な環境面に由来する内在的な危険性を十分に説明
し,そのような状況にあっても,勝負に強い拘りを持たないこと,無理に技
をかけたり,危険な行為に出たりするなどの行動を取らないことを強く意識
づける指導を行う義務があったものと認めるのが相当である。
(イ)しかし,本件各証拠によっても,P教諭を含むJ高校の教諭らにおいて,
本件大会の試合に出場する生徒らに対し,通常の授業における柔道の危険性
と区別して,本件大会に固有の内在的な危険性を十分に説明して前記指導を
実施したとは認めるに足りない。
そして,証拠(G証人5頁,同7頁,P証人17頁,同18頁,同47頁,
Q証人9頁)によれば,前年度の武道大会の柔道競技中に起きた2件の事故
について,J高校内で事故の調査,原因分析や予防策を具体的に協議し,そ
の結果を踏まえて安全指導対策を行い,大会のルールや環境を改善するなど
した形跡がなく,本件大会で審判を務めたGにおいても,本件大会の開催前
に前年度の2件の事故の存在を知らされていなかったことが認められること
を踏まえると,J高校の教諭らにおいては,本件大会を開催するにあたり,
その固有の内在的な危険性に留意せず,通常の柔道の授業においてする指導
を行うにとどまり,本件大会に向けた特別な指導を行わなかったものと認め
られる。
加えて,前記1(1)ウ(ウ)判示のとおり,財団法人全日本柔道連盟が本件事
故前の平成21年7月に作成した「柔道の安全指導~事故をこうして防ごう
~(2009年改訂版)」(甲271)において,柔道事故要因の分析は指導
者や管理者が安全対策を講じる上で欠かせないものであり,事故要因として,
A柔道の技や運動様式に内在する要因,B環境に内在する要因,C競技者
自身に内在する要因に分類して検討することが例示されており,1件の重大
事故の陰に小さな事故や事故に至らないヒヤリハット事例が数多く存在して
いるため,軽い小さな事故や事故に至らない潜在的危険を軽視したり見落と
してはいけない旨の注意喚起がされていたことにも照らせば,J高校の教諭
らによる現実の指導等の対応は,本件大会に臨む生徒に対する安全指導の基
本を欠いていたものといわざるを得ない。
以上によれば,J高校の教諭らにおいては,前記(ア)判示の本件大会に臨
む生徒に対する安全指導上の義務に違反した過失があるものと認めるのが相
当である。
ウさらに,前記(1)判示の本件事故の態様とその原因,すなわち,原告Lにお
いて,Hの体勢を崩しきれていない状態で,技を中断することなく,Hを無
理に投げようとした点については,原告Lが相応の柔道経験を有しているこ
と(前記1(1)イ(ア))を踏まえれば,本件事故の直前,原告LはHの体勢を
崩し切れていない状態を自身の競技経験から体感として認識することが可能
であったものと認められる。それにもかかわらず,原告Lが強引にHを投げ
ようとしたのであれば,柔道の経験者として試合に負けることは格好が悪く,
単に試合に勝つのみでなく,綺麗に技を決めて勝ちたいと考えていたこと(前
記(2)イ)に照らしても,原告Lが冷静な心理状態になかったことを推認させ
るものである。
これは,原告L自身における心情,性格,情動等の要因の他に,生徒がク
ラスから選出された代表として試合に臨むなどの競技方法や試合会場の観衆
や歓声の多さなどの本件大会に固有の特別な環境面に由来する内在的な要因
が重畳しているものと考えられ,これらが本件事故の発生の要因になったも
のと推認するのが相当である。
そして,原告Lが上記のような冷静さを欠く心理状態に至ったのは,J高
校の教諭らが本件大会に固有の内在的な危険性に留意せず,通常の柔道の授
業における指導を行うにとどまったことと無関係であるとすることは到底で
きないのであって,J高校の教諭らの前記義務違反と本件事故の発生との間
には,相当因果関係があるものと認められる。
なお,原告Lは,本件大会において冷静に試合を進めていた旨を供述する
が(原告L本人23頁),本人の供述にかかわらず,本件事故当時の原告L
が冷静な判断を行ったと認められないことは,上記判示のとおりであり,原
告Lの当該供述によって,上記因果関係が左右されるものとは認められない。
エこれに対し,被告は,平成22年度に福岡県下の19校の県立高校におい
て柔道の武道大会が実施され,それ以前の10年間において,武道大会中に
生徒が10日間以上の欠席を伴う傷害を負った事故は本件事故以外に1件だ
けであり,クラス対抗の試合形式が競争意識から勝敗を極めて強く意識し,
通常の授業の練習よりも,生徒が無理な技をかけるなどして事故が発生しや
すいことはない旨を主張する。
しかし,本件各証拠によっても,福岡県内のJ高校以外の県立高校の武道
大会において,柔道事故防止のためにいかなる事前指導や措置が講じられて
いたかは明らかでなく,学校毎に基本的な実情を異にするものというべきで
ある。
また,前記イ判示のとおり,本件大会のような武道大会において,本件大
会と同一の競技方法で試合競技が実施されるのであれば,高等学校に所属す
る年齢の生徒がクラス対抗の試合形式のもとでクラスから選出された代表と
して試合に臨むことなどに照らし,生徒らが授業とは異なる心理状況に置か
れ,躍起して冷静さを欠く行為を行いやすくなることは想像に難くないので
あって,そのような武道大会に共通する固有の特別な環境面に由来する内在
的な危険性のある点では,異なるところがなく,10日未満の欠席を伴う傷
害事故のなかに,重大事故につながる事例が潜んでいるというべきであり,
事故として把握されていない暗数も含めれば,報告された事故の件数の少な
いことをもって,上記危険性を否定することはできないものと認められる。
被告の上記主張は,これを採用することができない。
オまた,P教諭は,本件大会直前の授業において,生徒に対し,本件大会に
おいては,授業で習ったとおりに技をかけ,受け身をとること,無理に技を
かけないこと,勝ち負けに拘らず,正しい組み方及び姿勢をとることが大切
であることを指導した旨を供述する(乙イ6,12,P証人9頁)。
しかし,前記イ(イ)判示のとおり,J高校内で前年度の武道大会におけ
る事故の調査,原因分析や予防策を具体的に協議し,安全指導対策を行うな
どした形跡が認められない状況において,生徒らに対し,本件大会に固有の
内在的な危険性について実効的な指導ができたものとは認めらないのであっ
て,証拠(甲277,乙ロ1,H証人11頁,原告L本人2頁)によれば,
原告L及びHは,本件大会に参加するにあたり,前年度の武道大会の柔道競
技において負傷者が発生したことを知らず,Hにおいては,P教諭から本件
大会に関して指導された内容として,剣道場で準備運動をすること,授業で
習った技以外は使用してはいけないこと,剣道場で乱取りしてはいけないこ
とを記憶するにとどまるものと認められるのである。
仮に,P教諭が供述する上記指導について,そのとおりの指導が行われて
いたとしても,それは通常の授業過程における指導の程度を超えるものでは
なかったのであって,本件大会に固有の内在的な危険性に照らせば,本件大
会に臨む生徒のために安全を確保する観点からして,不十分なものであった
といわざるを得ない。
カ以上のとおりであって,本件事故の直接的な原因となった原告Lの技のか
け方に関して,J高校の教諭らによる事前指導に不適切な点があったという
べきであり,原告Lが中学校の部活動において多数の試合経験があることを
考慮しても,公権力の行使に当たるJ高校の教諭らには,原告Lに対し,職
務を行うについて,本件大会における柔道の試合による事故の発生を未然に
防止して事故の被害から原告Lを保護すべき注意義務に違反した過失がある
ものと認められる。そして,当該過失と本件事故発生との間には相当因果関
係があるものと認められる。
4争点3(試合形式による本件大会の開催における注意義務違反の有無)につ
いて
(1)前記2判示のとおり,J高校の教諭らには,本件大会の参加対象となる生徒
の健康状態や技量等の各生徒の特性等を十分に把握し,柔道の指導状況に応じ
て本件大会の開催の是非を適切に検討する義務があると解されるので,以下,
J高校の教諭らが試合形式による本件大会を開催した点について,上記義務に
違反する過失があるか否かを検討する。
(2)柔道における試合は,前記1(1)ウ判示の柔道指導ハンドブック,柔道指導の
手引,学習指導要領解説などで指摘されているとおり,授業で学習したことを
総合的に発揮する場であって,基本動作や対人的技能,態度などについて部分
的に学習してきた事項を試合の形式で全体的に学習することができるものであ
るから,試合形式の武道大会を開催することは,柔道の指導を一定期間受けて
きた生徒に対する一定の教育的効果が期待できるものであり,そうであれば,
技能を競い合う柔道に本来的に一定の危険性が内在していることのみを理由と
して,武道大会の開催が許されないと解するのは相当でない。
もっとも,武道大会の参加対象となる生徒の技量が未熟であり,あるいは,
武道大会の試合に向けた安全指導が不十分な段階では,武道大会の試合におい
て重大な傷害事故が発生する危険があることから,教諭らは,武道大会を開催
するにあたっては,参加対象となる生徒の技量等の各生徒の特性,生徒らに対
する安全指導の達成状況を十分に把握した上,試合を実施することにより傷害
事故が発生する蓋然性が高い技量の不十分な生徒が一定数存在する場合や,武
道大会という環境下で試合を行うにあたっての安全指導が不十分である場合に
は,武道大会の開催を中止すべきであると解される。
(3)この点,前記1(1)オ(ウ)判示の認定事実のとおり,原告Lら1年生は,平成
22年4月から週1回の授業の中で柔道の指導を受けていた上,平成23年1
月からは乱取りの指導も行われており,この乱取りは,審判が置かれないもの
の,生徒同士が技を自由に掛け合う点は試合と同様であって,試合に近い形式
の下での対人的技能の習得も一定程度行われていたものと認められる。このほ
か,本件大会の参加対象となる1年生及び2年生について,原告L及びHを含
め,試合を実施することにより傷害事故が発生する蓋然性の高い未熟な技量の
生徒が存在したことを認めるに足りる証拠はない。また,P教諭を含むJ高校
の教諭らに通常の授業過程における安全指導について,不適切な点があったと
認められないことは,前記3(2)ア判示のとおりである。
しかし,前記3(2)イ(イ)判示のとおり,J高校内で前年度の武道大会におけ
る事故の調査,原因分析や予防策を具体的に協議し,安全指導対策を行うなど
した形跡が認められない状況において,生徒らに対し,本件大会に固有の内在
的な危険性について実効的な指導ができていたものとは認めらないのであって,
本件大会を実施するに相応しい十分な安全指導を含む適切な準備が大会前に
整っていたとは認めることができないものというほかない。
(4)このような本件大会の開催前の客観的な状況を踏まえれば,J高校の教諭ら
が本件大会の開催を中止せず,例年に倣って漫然とこれを開催したことは,前
記(1)判示の義務に違反しており,過失があるものと認められる。
そして,本件大会が開催されなければ,本件事故は発生しなかったのである
から,上記過失と本件事故発生との間には相当因果関係があると認められる。
5争点4(本件大会の態勢構築における注意義務違反の有無)について
(1)原告らは,本件大会において,試合形式やトーナメント方式で生徒同士を対
戦させるのであれば,体格や技能が大きく異なる生徒を対戦させないように対
戦の順序等を適宜指導して区分した上で,試合をする前には生徒に確実に準備
運動を行わせて怪我等を防止し,技を制限し,ルールを緩和するなどして事故
の発生を未然に防止するためのルールによる規制並びに指導及び教育活動をす
る義務があり,具体的には,無理に技をかけようとしたり防御したりすること
を反則行為とするなどのルールを設けて,当該ルールの順守を徹底すべき義務
があったのにこれを怠った旨を主張する。
(2)まず,体格や技能が大きく異なる生徒を対戦させないように対戦の順序等を
適宜指導して区分すべきであったと主張する点について,前記1(1)ア判示の認
定事実のとおり,Hは,平成22年4月14日当時,身長168.8センチメー
トル,体重58.4キログラム,平成23年4月当時,身長170.0センチメー
トル,体重59.2キログラムであって,本件大会当時の身長及び体重もこれら
と大きく異ならなかったものと推認され,原告Lは,平成22年4月14日当
時,身長167.5センチメートル,体重50.2キログラムであり,本件大会
の直近時の身長及び体重は証拠上明らかでないものの,これらに照らせば,本
件大会当時において,原告LとHとの間で,身長に大きな差はなく,体重はH
が9キログラム程度重かった可能性があるものの,原告Lは中学校3年間の部
活動の柔道経験があったのに対し,Hは授業以外での柔道経験がなかったこと
(前記1(1)イ)を踏まえれば,原告LとHとの間にそれほど大きな体格や実力
の差があったとは認められない。
したがって,本件事故は,原告LとHの体格や技能の差によって生じたもの
とはいえず,原告らの上記主張は,その前提を欠き,これを採用することがで
きない。
(3)次に,試合をする前に生徒に確実に準備運動を行わせて怪我等を防止すべき
であったと主張する点について,本件事故は予選リーグにおける第2試合の開
始から約1分が経過した時点で発生しており,本件事故が原告Lの準備運動不
足が原因となって発生したと認めるに足りる的確な証拠はないから,原告らの
上記主張は,その前提を欠き,これを採用することができない。
(4)そして,技を制限し,ルールを緩和するなどして事故の発生を未然に防止す
るための措置を講ずべきであった旨を主張する点について,本件事故は,原告
Lが払い腰をかけたことに端を発して生じたものであるが,前記1(1)ウ(エ)
判示の認定事実のとおり,文部科学省が作成する学習指導要領解説(乙イ8)
においては,払い腰は高等学校の入学年次に身につけるべき基本となる技とさ
れており,前記1(1)オ(ウ)判示の認定事実のとおり,P教諭は平成22年11
月頃に原告Lら1年生に対して払い腰の指導を行っていたから,払い腰を本件
大会において制限すべきであったとは認められず,その余の点を考慮に入れて
も,原告らの上記主張は,これを採用することができない。
なお,原告らは,無理に技をかけようとすることを反則行為とする措置を講
ずべきであったとも主張するが,この点は,前記3に判示したJ高校の教諭ら
に義務付けられる事前の安全指導の内容と実質的に異なるものではなく,別途,
安全配慮義務違反を構成するものとは認められない。
6争点5(本件大会当日の監督指導における注意義務違反の有無)について
原告らは,J高校の教諭らは,本件大会において,試合が行われている際に
危険性の高い行為が行われた場合に直ちに試合を制止することができる態勢を
構築しておき,具体的に事故の発生を未然に防止するための措置を講ずる義務
があったのにこれを怠り,審判経験の乏しい柔道部員に審判員を任せた上,「待
て」を厳密にとらなくてよい旨を指導し,教諭らは離れた場所に着席したまま
指導を行うなど,危険性の高い行為が行われた場合に直ちに制止することがで
きる態勢を構築しなかった旨を主張する。
しかし,前記1(1)キ(イ)判示の認定事実のとおり,本件大会の予選リーグに
おける審判は2年生の柔道部員が主審を務め,P教諭及びQ教諭は正式な大き
さの試合会場の境界線の四隅(副審席)にて着席し,P教諭は第2試合会場,
Q教諭は第1試合会場の試合の様子をそれぞれ監督していたのであり,本件大
会当日の監督指導態勢について,生徒の安全を保護する上で不適切なもので
あったとまでは認められない。また,審判を務める柔道部員に対する「待て」
の指導についても,軽微な反則を細かくとると大きな反則を見逃す契機となる
ことから,軽微な反則に関する「待て」はそれほどかけなくてよい旨の趣旨で
あることに照らせば,不適切であったとは認めるに足りない。
そして,前記1(2)判示のとおり,原告LとHの取組みに際し,本件事故の発
生につながる危険が顕在化した時点から本件事故の発生時点までの間に,審判
が「待て」の指導をとる時間的余裕はなかったのであるから,本件大会当日の
監督指導態勢が本件事故の発生の原因になったものとは認められない。
原告らの上記主張は,これを採用することができない。
7小括
以上説示したところによれば,前記3及び4に判示したとおり,J高校の教
諭には,生徒の健康状態や技量等の当該生徒の特性等を十分に把握して,それ
に応じた指導を行うことにより,柔道の試合又は練習による事故の発生を未然
に防止して事故の被害から生徒を保護すべき注意義務に違反した過失があり,
本件事故は,その結果生じたものと認められ,本件大会の柔道の試合における
一連の攻撃,防御の動作の過程で起きた偶発的な事故であるとは認め難い。
被告は,国家賠償法1条1項に基づき,本件事故により原告Lが負傷したこ
とに伴い原告らに生じた損害を賠償する責任がある。
8争点6(過失相殺の可否及び過失割合)について
(1)前記3(1)判示のとおり,本件事故は,原告Lにおいて,Hの体勢を崩しきれ
ていない状態で,技を中断することなく,Hを無理に投げようとしたことが直
接的な原因となって発生したものであるところ,原告Lは,前記1(1)イ(ア)
判示の認定事実のとおり,中学校で3年間,柔道部に所属し,週6日間,1日
当たり2,3時間程度,柔道の練習に参加し,個人戦や団体戦による公式戦及
び他校との練習試合を通じて多くの試合経験を積み,これらの練習や試合によ
り,無理に技をかけると怪我をする危険があることを認識し,払い腰の指導を
受けた際には,「取」は「受」をよく崩す必要のあることを理解しており,また,
前記1(1)オ(ウ)判示の認定事実のとおり,J高校入学後も,柔道の授業におい
て,P教諭から相手を崩し切れていない段階で無理に技をかけないように指導
されていた。
以上の事情に加え,原告Lの柔道経験に照らせば,本件大会における本件事
故の当時,Hに払い腰をかけた際に,Hの体勢を崩し切れていないことを十分
に認識することができたものと認められ,普段の授業と異なる心理状況に置か
れる本件大会での試合であったとしても,崩しがうまくいかなかったのであれ
ば,技をいったん中断して体勢を整えるなど,技を続行することなく,柔道経
験を踏まえた適切な対応をとることにより,本件事故の発生を回避することが
可能であったというべきであり,本件事故の発生について,原告Lにも一定の
落ち度があるものといわざるを得ない。
他方において,前記3及び4に判示したとおり,J高校の教諭らにおいては,
本件大会に臨む生徒が上記状況に置かれ,勝負に拘り無理に技をかけることが
あることをも考慮して事前に十分な安全指導を行い,これが不十分な場合は本
件大会の中止を検討すべき注意義務の違反があり,本件事故については,本来
的にJ高校の教諭らによって防止すべきものであったと位置づけられるから,
賠償の公平な分担の見地から,原告Lの上記落ち度を過度に重視することはで
きない。
以上の考慮を踏まえれば,原告らの請求については,3割の過失相殺をする
のが相当であると認められる。
(2)これに対し,原告らは,原告Lは技をかける側に生命及び身体に対する危険
性が存在することを認識していなかった旨を主張するが,前記(1)判示のとおり,
原告Lが中学校3年間の部活動及びJ高校における柔道の授業を通じて,この
点を十分に理解していたことは明らかであり,原告らの上記主張は,これを採
用することができない。
9争点8(原告らの損害額ないし損失額)について
(1)原告Lの損害額
ア治療費
前記第2の2(5)判示の前提事実及び証拠(甲12ないし48)によれば,
原告Lは,本件事故日から症状固定日である平成25年6月19日まで,福
岡大学病院,独立行政法人労働者健康福祉機構総合せき損センター(以下「せ
き損センター」という。)などで治療を受け,本件事故による治療費として3
34万9690円を支出したものと認められ,同額の損害が認められる。
イ入院付添費
前記第2の2(4)及び(5)判示の前提事実並びに証拠(甲12ないし39)
によれば,原告Lは,本件事故日である平成23年3月11日,救急搬送先
の福岡大学病院からせき損センターに搬送され,平成24年3月30日まで
の386日間,せき損センターに入院したものと認められ,証拠(甲8ない
し10,275ないし277,原告L本人13頁以下)によれば,原告Lは,
肩及び肘の一部を除いて上肢及び下肢の神経がすべて重度麻痺し,入院中は,
日常生活のほぼすべてにおいて介護を要する状態であったと認めるのが相当
であり,近親者による付添いの必要性が認められる。
証拠(甲53,55,56,62,68,71ないし186,275,2
76)及び弁論の全趣旨によれば,原告M及び原告Nは,原告Lがせき損セ
ンターに入院中,合計220日間付き添ったものと認められ,原告Mが付添
い及び看護のために勤務先に対して合計16日間の全日休暇と2日間の半日
休暇を取得したこと,原告Mの平成22年度の給与年収が※円であるこ
と(甲230,231,弁論の全趣旨)を考慮して,17日分については日
額1万9000円(計32万3000円),203日分については日額650
0円(計131万9500円)の損害が発生したと認めるのが相当であり,
入院付添費として164万2500円の損害が認められる。
ウ通院付添費及び自宅付添費
証拠(甲40ないし42,44,46ないし48,186,282ないし
285)によれば,原告Lは,平成24年3月30日にせき損センターを退
院した後,症状固定日である平成25年6月19日までの間,本件事故によ
る傷害の治療のため,せき損センターに合計10日間通院したものと認めら
れ,原告Lの前記イ判示の症状からすれば,せき損センターへの通院は,原
告M及び原告Nの介助が必要であったと認めるのが相当である。また,原告
Lの上記症状からすれば,原告Lは,せき損センター退院後,症状固定日ま
で,自宅における日常生活につき原告M及び原告Nの介助を常に要する状態
であったと認められる。
以上の事情を考慮し,原告Lには,せき損センター退院後,症状固定日ま
での446日間,通院付添費及び自宅付添費として,日額8000円の損害
が発生したと認めるのが相当であり,合計356万8000円の損害が認め
られる。
エ将来介護費
原告Lの両上肢機能障害及び両下肢体幹機能障害の後遺障害(前記第2の
2(5))及び証拠(甲275ないし277,原告L本人)によれば,原告Lは,
将来にわたり付添人1名による介護を要する状態が継続し,原告Nが67歳
になるまでは同人が付き添い,その後は職業付添人が付き添う必要があるも
のと認めるのが相当である。
そうすると,原告N(症状固定時44歳8月)が67歳になるまでの22
年間は日額8000円,その後原告Lの平均余命までの39年間は職業付添
人による日額1万2000円の将来介護費が発生するものと認められ,以下
の計算式により,6391万5734円の損害が認められる。
8000円×365日×13.1630〔※22年のライプニッツ係数〕+
1万2000円×365日×(18.9803〔※61年のライプニッツ係数〕
-13.1630)
オ入院雑費
前記イ判示のとおり,原告Lは,本件事故日である平成23年3月11日
から平成24年3月30日までの386日間,せき損センターに入院したも
のと認められ,入院雑費として日額1500円の合計57万9000円の損
害が認められる。
カ将来の雑費(退院時から症状固定時までの雑費を含む。)
証拠(甲189ないし191,275ないし277,原告L本人)によれ
ば,原告Lは,頸髄損傷による麻痺域の発汗障害により体温調整を行うこと
が困難となり,自宅において,空調設備を常時稼働させることにより電気料
金が増加し,また,排泄を促すための医療用カテーテル,ゴム手袋などの諸
経費が必要となり,以上にかかる経費は月1万円であると認められる。
そうすると,せき損センター退院時である平成24年3月30日から症状
固定時である平成25年6月19日までの約15か月の雑費として15万円
の損害が認められ,症状固定時から平均余命までの61年間の将来の雑費と
して,以下の計算式により,227万7636円の損害を認める。
1万円×12月×18.9803〔※61年のライプニッツ係数〕
以上により,原告Lには,将来の雑費として242万7636円の損害が
認められる。
キ通院・付添人交通費
(ア)入院期間の付添人交通費
前記イ判示のとおり,せき損センターに入院中の原告Lには近親者の付添
いの必要性が認められるところ,証拠(甲71ないし185,286の1・
2,287)及び弁論の全趣旨によれば,原告Mは,本件事故当時,熊本県
熊本市に単身赴任し,車両(ハイエース,燃費20キロメートル/リットル)
により,同所と福岡県飯塚市にあるせき損センターとの間(片道115キロ
メートル程度)の移動と,せき損センターと福岡県福岡市にある原告Lらが
居住する住居との間(片道40キロメートル程度)を移動する必要があり,
有料道路料金が合計31万3630円,合計走行距離が2万1125キロ
メートル,ガソリン代が1リットル当たり145円として合計15万315
6円(小数点以下切捨て,以下同じ。)を支出したものと認められ,付添人交
通費として合計46万6786円の損害が認められる。
(イ)退院から症状固定時までの通院交通費
前記ウ判示のとおり,原告Lは,せき損センター退院後,症状固定日まで
に,本件事故による傷害の治療のため,せき損センターに合計10日間通院
したものと認められる。
証拠(甲40ないし42,44ないし48,186,282ないし287
(枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,原告Lは,上記期間,福岡県
福岡市に居住し,車両(ハイエース,燃費20キロメートル/リットル)で,
同所とせき損センターとの間(片道40キロメートル程度)を移動する必要
があり,有料道路料金として合計1万2000円(10日分),合計走行距
離が800キロメートル(10日分),ガソリン代が1リットル当たり14
5円として合計5800円を支出したものと認められ,退院から症状固定時
までの通院交通費として合計1万7800円の損害が認められる。
(ウ)症状固定後の将来の通院交通費
原告Lの前記エ判示の後遺障害及び弁論の全趣旨によれば,原告Lは,リ
ハビリのために,将来にわたり,せき損センターに月1回程度の通院が必要
になると認めるのが相当であり,原告Lは,将来にわたり,福岡県福岡市に
あるバリアフリーが施された現在の住居に居住するものと推認され,車両で,
同所とせき損センターとの間(片道40キロメートル程度)を移動すること
により,有料道路料金及びガソリン代として,月に少なくとも合計1200
円を支出するものと認められる。
そこで,症状固定時から平均余命までの61年間の将来の通院交通費とし
て,以下の計算式により,27万3316円の損害が認められる。
1200円×12月×18.9803〔※61年のライプニッツ係数〕
ク装具・器具購入費
(ア)頸椎装具
前記第2の2(5)判示の前提事実及び証拠(甲192,193)によれば,
原告Lは,本件事故により頸椎脱臼骨折を負い,頸椎器具を装着する必要が
生じ,その費用として3万5226円を支出したものと認められ,同額の損
害が認められる。
(イ)車椅子
証拠(甲194,288,289)及び弁論の全趣旨によれば,原告Lは
本件事故により車椅子の使用が必要となり,平成24年1月31日,42万
0900円の車椅子を福岡市からの補助金を控除した22万1911円で
購入したものと認められ,同額の損害が認められる。
また,原告Lの前記エ判示の後遺障害によれば,症状固定後も,原告Lは
移動に際して車椅子の使用が常時必要になるものと認められ,車椅子1台が
42万0900円,耐用年数を5年とし,症状固定時から平均余命までの6
1年間で,上記の初回の購入を考慮すると,症状固定時から4年後より,5
年毎に車椅子を購入し,初回を除いて合計12台が必要になるものと認めら
れ,以下の計算式により,将来の車椅子購入費として151万3766円の
損害が認められる。
42万0900円×(0.8227+0.6446+0.5050+0.39
57+0.3100+0.2429+0.1903+0.1491+0.116
8+0.0915+0.0717+0.0562〔※それぞれ4年,9年,1
4年,19年,24年,29年,34年,39年,44年,49年,54年
及び59年のライプニッツの現価係数〕)
以上により,原告Lには,車椅子購入費(将来分を含む。)として173
万5677円の損害が認められる。
(ウ)グローブ
証拠(甲8ないし10,195ないし200ないし210,213,原告
L本人15頁)及び弁論の全趣旨によれば,原告Lは車椅子の使用に伴いグ
ローブを購入して使用し,また,その修理を行う必要が生じ,本件事故時か
ら症状固定前の平成25年6月7日までの約2年3か月間に7万6925
円を支出したものと認められ,同額の損害が認められる。
また,症状固定後も,原告Lは移動に際して車椅子の使用が常時必要にな
るものと認められ,上記支出傾向からすれば,症状固定時から平均余命まで
の61年間,グローブ費用として年間3万5000円の支出が生じるものと
認めるのが相当であり,以下の計算式により,将来のグローブ購入代及び修
理代として66万4310円の損害が認められる。
3万5000円×18.9803〔※61年のライプニッツ係数〕
以上により,原告Lには,グローブ購入代及び修理代(将来分を含む。)
として74万1235円の損害が認められる。
(エ)座薬挿入具
証拠(甲8ないし10,201)及び弁論の全趣旨によれば,原告Lは,
本件事故による下半身の麻痺症状により,座薬挿入具の使用が必要となり,
その購入費用として1万4100円を支出したものと認められ,同額の損害
が認められる。
(オ)入浴補助器具
証拠(甲8ないし10,212)及び弁論の全趣旨によれば,原告Lは,
本件事故による重度の四肢麻痺により,入浴に際して補助器具の使用が必要
となり,平成24年3月頃,その購入費用合計6万8538円から福岡市か
らの補助金6万1684円を控除した6854円を支出したものと認めら
れ,同額の損害が認められる。
また,症状固定後も,原告Lは,入浴に際して補助器具の使用が常時必要
になるものと認められ,入浴補助器具の耐用年数を8年とし,症状固定時か
ら平均余命までの61年間で,上記の初回の購入を考慮すると,症状固定時
から7年後より,8年毎に入浴補助器具を購入し,初回の購入を除いて合計
7回の買替えが必要になるものと認められ,以下の計算式により,将来の入
浴補助器具購入費として14万0893円の損害が認められる。
6万8538円×(0.7106+0.4810+0.3255+0.220
3+0.1491+0.1009+0.0683〔※それぞれ7年,15年,
23年,31年,39年,47年及び55年のライプニッツの現価係数〕)
以上により,原告Lには,入浴補助器具購入費(将来分を含む。)として
14万7747円の損害が認められる。
(カ)介護用ベッド
証拠(甲8ないし10,212)及び弁論の全趣旨によれば,原告Lは,
本件事故による重度の四肢麻痺により,介護用ベッド及び専用キャスターの
使用が必要となり,平成24年3月頃,その購入費用合計22万3380円
から福岡市からの補助金14万3280円を控除した8万0100円を支出
したものと認められ,同額の損害が認められる。
また,症状固定後も,原告Lは,就寝に際して介護用ベッドの使用が常時
必要になるものと認められ,介護用ベッド及び専用キャスターの耐用年数を
8年とし,症状固定時から平均余命までの61年間で,上記の初回の購入を
考慮すると,症状固定時から7年後より,8年毎に介護用ベッド及び専用キャ
スターを購入し,初回の購入を除いて合計7回の買替えが必要になるものと
認められ,以下の計算式により,将来の介護用ベッド及び専用キャスター購
入費として45万9202円の損害が認められる。
22万3380円×(0.7106+0.4810+0.3255+0.22
03+0.1491+0.1009+0.0683〔※それぞれ7年,15年,
23年,31年,39年,47年及び55年のライプニッツの現価係数〕)
以上により,原告Lには,介護用ベッド及び専用キャスター購入費(将来
分を含む。)として53万9302円の損害が認められる。
(キ)ベッド用特殊マット
証拠(甲8ないし10,212)及び弁論の全趣旨によれば,原告Lは,
重度の四肢麻痺により体動ができないことから,褥瘡の発生を防止するため,
ベッド用特殊マットの使用が必要となり,平成24年3月頃,その購入費用
4万8720円から福岡市からの補助金4万1400円を控除した7320
円を支出したものと認められ,同額の損害が認められる。
また,症状固定後も,原告Lは,ベッド用特殊マットの使用が必要になる
ものと認められ,ベッド用特殊マットの耐用年数を5年とし,症状固定時か
ら平均余命までの61年間で,上記の初回の購入を考慮すると,症状固定時
から4年後より,5年毎にベッド用特殊マットを購入し,初回の購入を除い
て合計12回の交換が必要になるものと認められ,以下の計算式により,将
来のベッド用特殊マット購入費として17万5221円の損害が認められる。
4万8720円×(0.8227+0.6446+0.5050+0.395
7+0.3100+0.2429+0.1903+0.1491+0.1168
+0.0915+0.0717+0.0562〔※それぞれ4年,9年,14年,
19年,24年,29年,34年,39年,44年,49年,54年及び5
9年のライプニッツの現価係数〕)
以上により,原告Lには,ベッド用特殊マット購入費(将来分を含む。)と
して18万2541円の損害が認められる。
(ク)移動・移乗支援用具
証拠(甲8ないし10,212ないし216)及び弁論の全趣旨によれば,
原告Lは,本件事故による重度の四肢麻痺により,移動や車両への移乗に際
して各支援用具の使用が必要となり,平成24年3月ないし4月頃,その購
入費用として合計3万1810円を支出したものと認められ,同額の損害が
認められる。
また,症状固定後も,原告Lは,移動及び移乗に際して支援用具の使用が
必要になるものと認められ,同用具の耐用年数を8年とし,症状固定時から
平均余命までの61年間で,上記の初回の購入を考慮すると,症状固定時か
ら7年後より,8年毎に支援用具を購入し,合計7回の買替えが必要になる
ものと認められ,以下の計算式により,将来の移動・移乗支援用具購入費と
して6万5391円の損害が認められる。
3万1810円×(0.7106+0.4810+0.3255+0.220
3+0.1491+0.1009+0.0683〔※それぞれ7年,15年,2
3年,31年,39年,47年及び55年のライプニッツの現価係数〕)
以上により,原告Lには,移動・移乗支援用具購入費(将来分を含む。)と
して9万7201円の損害が認められる。
(ケ)便座シート
証拠(甲290ないし292)及び弁論の全趣旨によれば,原告Lは,本
件事故による重度の四肢麻痺により,排便時に2時間程度の時間を要し,便
座に長時間座ることによる褥瘡の発生を防止するため,平成24年4月6日
に便座シートを購入し,その購入費用として6500円を支出したものと認
められ,同額の損害が認められる。
また,症状固定後も,原告Lは,排便時に便座シートの使用が必要になる
ものと認められ,この耐用年数を8年とし,症状固定時から平均余命までの
61年間で,上記の初回の購入を考慮すると,症状固定時から7年後より,
8年毎に便座シートを購入し,合計7回の買替えが必要になるものと認めら
れ,以下の計算式により,将来の便座シート購入費として1万3362円の
損害が認められる。
6500円×(0.7106+0.4810+0.3255+0.2203+
0.1491+0.1009+0.0683〔※それぞれ7年,15年,23年,
31年,39年,47年及び55年のライプニッツの現価係数〕)
以上により,原告Lには,便座シート購入費(将来分を含む。)として1万
9862円の損害が認められる。
(コ)入浴担架,体位変換機及び移動用リフト
原告らは,本件事故により入浴担架,体位変換機及び移動用リフトを購入
する必要が生じたと主張するが,弁論の全趣旨によれば,原告Lは,平成2
4年3月30日の退院後から現在まで5年近くにわたり上記器具を使用せず
に生活しているものと認められ,上記各器具の単価は,入浴担架が8万24
00円,体位変換機が1万5000円,移動用リフトが15万9000円に
とどまり(甲216),本件各証拠によっても,上記器具を必要としながら原
告らにおいて購入できない事情があったとは認められない。
そうすると,上記器具の購入の必要性については,これを認めるには足り
ず,この他,これを認めるに足りる的確な証拠はない。
(サ)衣類加工費用
証拠(甲217ないし219,276,277)によれば,原告Lは,本
件事故により,衣類を着用するために業者に依頼してこれを加工する必要が
生じ,平成23年5月31日から平成24年1月10日までに,加工費とし
て合計1万5500円を支出したものと認められ,同額の損害が認められる。
(シ)浴室暖房器
証拠(甲8ないし10,189,220ないし221)及び弁論の全趣旨
によれば,原告Lは,本件事故による重度の四肢麻痺により,体温調整機能
に障害が生じ,入浴時に暖房機を利用して体温を保持する必要性が生じ,症
状固定後の平成25年10月31日,その購入費用として5万7997円を
支出し,以後,これを使用しているものと認められ,将来にわたりこれを購
入する必要があるものと認められる。
浴室暖房機の耐用年数を6年とし,症状固定時から平均余命までの61年
間で合計11回の購入が必要になるものと認められ,以下の計算式により,
将来の浴室暖房器購入費として,21万9373円の損害が認められる。
5万7997円×(1+0.7462+0.5568+0.4155+0.3
100+0.2313+0.1726+0.1288+0.0961+0.07
17+0.0535〔※それぞれ6年,12年,18年,24年,30年,3
6年,42年,48年,54年及び60年のライプニッツの現価係数〕)
以上により,原告Lには,症状固定後の将来の浴室暖房器購入費として2
1万9373円の損害が認められる。
ケ家屋・自動車等改造費
(ア)福祉車両購入費
原告らは,原告Lが通院等のために長距離を移動するには福祉車両が必要
不可欠であったと主張するが,証拠(甲225,226,275)によれば,
原告らは,原告Lが運転するために手動運転装置等の改造を施した一般車両
を購入し,その将来分を含む車両改造費を請求しているのであって,これに
加えて福祉車両を別途購入する必要があったとは認められず,この他,これ
を認めるに足りる的確な証拠はない。
(イ)車両改造費
証拠(甲225,226,275)によれば,本件事故により四肢麻痺状
態にある原告Lが遠方に移動するためには自動車を運転する必要があり,原
告Lが運転できるようにするためには障害の状態に応じて車両を改造する必
要性が認められるところ,原告らは,症状固定後,一般車両を購入するにあ
たり手動運転装置等の改造を施し,その改造費用として47万1998円(値
引前)の支出を要したものと認められる。
自動車の耐用年数を6年とし,症状固定時から平均余命までの61年間で
合計11回の改造が必要になるものと認められ,以下の計算式により,将来
の改造費として178万5332円の損害が認められる。
47万1998円×(1+0.7462+0.5568+0.4155+0.
3100+0.2313+0.1726+0.1288+0.0961+0.0
717+0.0535〔※それぞれ6年,12年,18年,24年,30年,
36年,42年,48年,54年及び60年のライプニッツの現価係数〕)
以上により,原告Lには,症状固定後の将来の車両改造費として178万
5332円の損害が認められる。
なお,一般車両購入費については,本件事故がなければ原告Lが一般車両
を購入しなかった蓋然性を認めるに足りる的確な証拠はないから,相当因果
関係のある損害とは認められない。
(ウ)駐車場改造費
証拠(甲222ないし225,293)及び弁論の全趣旨によれば,原告
らは,手動運転装置等の改造を施した一般車両を購入するに先立って,自宅
の外構を解体して原告が運転する車両のための駐車場を増設するなどし,そ
の費用として36万6885円を支出したものと認められ,改造工事が不必
要であったとまではいえないから,同額の損害が認められる。
(エ)家屋改造費
証拠(甲188,276,278ないし281(枝番を含む。))及び弁論
の全趣旨によれば,本件事故により四肢麻痺状態にある原告Lが住居で生活
するためには,祖母の自宅をバリアフリー仕様に改造して同所に引っ越す必
要があり,原告らは,平成24年頃,上記自宅の和室,便所,洗面所及び浴
室等に改造を施し,その改造費用として合計791万9073円を要し,そ
のうち200万円の補助金を受け,591万9073円を支出したものと認
められ,同額の損害が認められる。
コ文書作成費用
証拠(甲227ないし229)及び弁論の全趣旨によれば,原告Lは,本
件事故の後遺障害診断書作成手数料1万4700円,振込手数料315円,
障害者手帳用の写真代1300円,合計1万6315円を支出したものと認
められ,いずれも本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。
サ後遺障害逸失利益
前記第2の2(5)判示の前提事実及び証拠(甲8ないし11)によれば,原
告Lは,本件事故により,頸髄損傷による両上肢機能障害及び両下肢体幹機
能障害が残り,身体障害者等級表による等級1級の後遺障害が生じたもので
あり,日常生活において概ね介護を要する状態であると認められ,その労働
能力は完全に喪失したものと認められる。また,証拠(甲276)及び弁論
の全趣旨によれば,原告Lは大学に進学する意思があり,実際に,本件事故
後,K大学に進学したものと認められるから,逸失利益の算定にあたっては,
基礎収入を賃金センサス平成25年男性労働者大学生・大学院卒全年齢平均
賃金である640万5900円とし,労働能力喪失期間を大学卒業後の23
歳から67歳までの45年間とするのが相当である。
そうすると,原告Lには,以下の計算式により,9367万1553円の
逸失利益が発生したものと認められ,同額の損害が認められる。
640万5900円×1〔※労働能力喪失率〕×(18.1687〔※症状
固定時18歳から67歳までの49年のライプニッツ係数〕-3.5460
〔※症状固定時18歳から大学卒業22歳までの4年のイプニッツ係数〕)
シ入通院(傷害)慰謝料
前記第2の2(4)及び(5)判示の前提事実並び証拠(甲40ないし42,4
4ないし48,186,282ないし285)によれば,原告Lは,本件事
故日である平成23年3月11日から平成24年3月30日までの386日
間,せき損センターに入院し,同年4月26日から平成25年5月17日ま
での間,せき損センターに10日間通院したものと認められ,これに原告L
の前記エ及びコ判示の後遺障害を考慮して,入通院(傷害)慰謝料として3
30万円を相当と認める。
ス後遺症慰謝料
原告Lの後遺障害の内容及び程度,本件事故当時16歳であった原告Lに
おいて重篤な後遺障害を負った心情など本件に顕れた一切の事情を考慮し,
後遺症慰謝料として2800万円を相当と認める。
セ小計と過失相殺
前記アないしシ判示のとおり,原告Lに発生した損害のうち,本件事故と
相当因果関係のある損害額は,弁護士費用を除き,2億1304万7384
円と認められ,前記8判示のとおり,原告Lに3割の過失があるから,過失
相殺後の損害額は,1億4913万3168円と認められる。
ソ損害の填補
a前記第2の2(6)判示の前提事実のとおり,原告Lは,振興センターから,
医療費として,273万6649円の支払を受け,また,平成25年10月
10日,振興センターから,障害見舞金として,3770万円の支払を受け
ている。
上記各給付金は,独立行政法人日本スポーツ振興センター法(以下「振興
センター法」という。)及び振興センター法施行令に基づく災害共済給付制度
によるものであって,医療に要した費用や日数に応じて医療費が給付され,
障害の程度に応じて障害見舞金が給付されるなど,特定の損害について必要
額を填補するために支給されるものである。
そして,学校の設置者が国家賠償法等よる損害賠償の責任を負う場合,振
興センターが災害共済給付を行ったときは,当該学校の設置者はその価額の
限度においてその損害賠償の責めを免れることができること(振興センター
法31条1項),また,振興センターは,災害共済給付を行った場合,当該給
付事由の発生につき,国家賠償法等による損害賠償の責任者があるときは,
その給付の価額の限度において,当該災害に係る生徒等がその者に対して有
する損害賠償の請求権を取得することができること(同条2項),生徒等が国
家賠償法等により災害共済給付の給付事由と同一の事由について損害賠償を
受けたときは,振興センターはその価額の限度において災害共済給付を行わ
ないことができること(振興センター法施行令3条3項)からすれば,振興
センターが支給する上記各給付金については,填補の対象となる特定の損害
と同性質のものと解すべきである。
そうすると,当該損害の元本との間で損益相殺的な調整を行うことが相当
であり,また,給付金による填補の対象となる損害は,違法行為の時に填補
されたものとして評価することが相当であると解される。
したがって,振興センターから医療費として支払われた273万6649
円のうち,過失相殺後の治療費234万4783円について同額の限度で充
当され,障害見舞金として支払われた3770万円は,これと同性質と解さ
れる逸失利益(過失相殺後の6557万0087円)にすべて充当されたも
のと認められ,弁護士費用を除く原告Lの損害額は,1億0908万838
5円と認められる。
b被告は,原告Lは,財団法人福岡県高等学校安全振興会(以下「安全振興
会」という。)から治療見舞金として54万6900円,障害見舞金として1
885万円を受領しており,同額を損益相殺の対象にすべきであると主張す
るようである。
証拠(乙イ33ないし35)及び弁論の全趣旨によれば,安全振興会は,
学校管理下における生徒及びPTA活動中における生徒の保護者等の災害に
ついて必要な給付を行い,学校における教育活動の円滑な展開に資すること
を目的とする団体であり,生徒及び保護者等の災害に関する見舞金の給付を
事業の1つとしていること,学校の管理下における災害につき,振興センター
法に基づき給付される見舞金の金額に応じて安全振興会から併せて普通見舞
金を支給すること,普通見舞金のうち,障害見舞金として,振興センターが
定める障害見舞金の2分の1の金額,治療見舞金として,振興センターから
給付された医療費の支給額が5万円以上のものについてその支給額の20
パーセントの金額をそれぞれ支給すること(安全振興会給付規程2条),見舞
金(治療見舞金及び特別見舞金を除く)給付事由が第三者の行為によって生
じた場合,安全振興会が見舞金の給付を行った場合は,安全振興会は当該災
害について生徒又は保護者等が第三者から支払を受けた損害賠償のうち,安
全振興会の見舞金に相当する額についてその返還を請求することができるこ
と(安全振興会給付規程5条),原告Lは,安全振興会から,治療見舞金とし
て合計54万6900円,障害見舞金として1885万円を受給したことが
それぞれ認められる。
上記判示のとおり,安全振興会は,学校における教育活動の円滑な展開に
資する目的のもとで,生徒及びその保護者に必要な各種見舞金の支給を行っ
ており,障害見舞金や治療見舞金の金額の算出方法が振興センターの災害共
済給付金額に依拠しているものの,国民の心身の健全な発達に寄与すること
を目的として支給される振興センターの災害共済給付(振興センター法2条)
とは性格を異にしており,安全振興会による各種見舞金の支給は,生徒や保
護者の負担を軽減するための共済制度として位置付けることができるものと
認められる。また,安全振興会による各種見舞金の支給については,振興セ
ンター法及び振興センター法施行令が規定するような損害賠償請求権の代位
規定や支払義務の免責規定が定められておらず,特に障害見舞金については,
見舞金給付事由が第三者の行為によって生じた場合,安全振興会は当該災害
について生徒又は保護者等が第三者から支払を受けた損害賠償から安全振興
会が給付した見舞金に相当する額について返還を請求することができるとさ
れているのである(上記安全振興会給付規程5条)。
以上の各事情を考慮すると,安全振興会が支給する各種見舞金は,填補の
対象となる特定の損害と同性質のものであると解することはできず,損害填
補の性質を有するものとは認められない。
したがって,原告Lが安全振興会から受領した治療見舞金54万6900
円及び障害見舞金1885万円について,これを原告Lの損害の填補として
控除することはできない。
タ弁護士費用
本件事案の難易,審理の経過,認容額に照らすと,本件事故と相当因果関
係のある原告Lの弁護士費用は,1090万円を相当と認める。
チ原告Lの合計損害額
以上説示したところによれば,原告Lに発生した損害について,本件事故
と相当因果関係のある損害額は,1億1998万8385円と認められる。
(2)原告M及び原告Nの損害額
ア原告Mの休業損害
原告Mが入院する原告Lの付添いのために勤務先で有給休暇を取得したこ
とに関する損害は,前記(1)イ判示のとおり,原告Lの入院付添費用の算定の
際に考慮されており,休業損害の発生は,別途,これを認めることができな
い。
イ原告M及び原告Nの固有の慰謝料
証拠(甲275,276)及び弁論の全趣旨によれば,原告M及び原告N
は,原告Lがこれまでに認定したとおりの重篤な後遺障害を負ったことによ
り,深い悲しみを抱くとともに,子の将来を憂慮しつつ,それを乗り越える
ために大きな精神的負荷が生じているものであり,現実の日常生活における
介護の負担も大きいことを考慮すると,原告Lの生命が害された場合にも比
肩すべき重大な精神上の苦痛を受けたものと認められる。
そして,本件に顕れた一切の事情を考慮すると,上記精神上の苦痛を慰謝
するための原告M及び原告Nの慰謝料については,各300万円を相当と認
める。
ウ過失相殺と原告M及び原告Nの合計損害額
以上説示したところによれば,原告M及び原告Nに発生した損害について,
本件事故と相当因果関係のある損害額は,各300万円と認められる。
そして,本件事故の発生については,身分上ないし生活上一体をなす関係
にある原告Lに3割の過失があるから,過失相殺後の損害額は,各210万
円と認められる。
10原告らの国家賠償法1条1項の請求(請求1)のまとめ
以上によれば,原告らの国家賠償法1条1項の請求については,原告Lの請
求につき1億1998万8385円及びこれに対する違法行為日である平成2
3年3月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払を求める限度で理由があり,その余は理由がなく,原告M及び原告Nの各
請求につきそれぞれ210万円及びこれに対する上記同旨の遅延損害金の支払
を求める限度で理由があり,その余はいずれも理由がない。
11争点7(憲法29条3項の直接又は類推適用による損失補償請求の可否)
について
原告らは柔道の授業を実施すれば,不可避的に死亡ないし傷害事故が発生
するものであるから,原告Lの本件事故による障害の発生は,当初から容認さ
れていた結果であって,これは社会通念上受忍すべき限度を遥かに超えたもの
であるから,生命及び身体に対する特別の犠牲に該当し,憲法29条3項が適
用又は類推適用され,同条項を根拠に損失補償を請求することができる旨を主
張する。
しかし,そもそも,学校教育は,人格の完成を目指し,平和で民主的な国家
及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期
して行われるものであるところ(教育基本法1条),教育としてされる柔道の
授業等についても,教育によって国民が享受する教育効果に照らして容認し難
いような重大な傷害事故の発生が不可避であり,それにより国民の生命又は身
体が侵害されることが当初から予定されているものとは,決して解することが
できない。むしろ,柔道の授業等については,そのような重大な傷害事故が生
じないように学校及び教諭ないし生徒自身等によって注意が尽くされるべきも
のであり,重大な傷害事故の発生が不可避なものとして容認されていることは
ないのであって,本件事故の発生についても,各関係者が注意を尽くすことに
よって十分に回避し得たものと認められることは,前記2ないし4,7及び8
に判示したとおりである。
したがって,柔道による重大事故が年間相当数発生していることをもって,
柔道事故が不可避的に発生するものとして,事故発生者に特別の犠牲が課され
ているとは認められず,原告らの主張は,その前提を欠き,これを採用するこ
とができない。
以上のとおりであって,原告らの憲法29条3項による損失補償請求(請求
2)については,その余の点を検討するまでもなく,いずれも理由がない。
第4結論
よって,原告らの請求は,それぞれ前記第3の10判示の限度で理由がある
から認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のと
おり判決する。
福岡地方裁判所第6民事部
裁判長裁判官平田直人
裁判官石上興一及び裁判官望月一輝は,いずれも転補のため署名押印することが
できない。
裁判長裁判官平田直人
別紙図面〔※省略〕
別紙損害額主張整理表〔※省略〕

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