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H15.1.24 東京地方裁判所 平成14年刑(わ)第2933号
資源エネルギー庁原子力安全・保安院原子力施設検査官汚職事件
 甲に対する収賄,乙及び丙に対する各贈賄被告事件
主         文  
  被告人甲及び同丙をそれぞれ懲役2年に,被告人乙を懲役1年6月に処
する。
     被告人甲に対し,未決勾留日数中40日をその刑に算入する。
     この裁判が確定した日から,被告人乙に対し3年間,被告人丙に対し4
年間,それぞれその刑の執行を猶予する。
     被告人甲から金2187万0136円を追徴する。
理         由  
(犯罪事実)
 被告人甲は,平成8年5月1日から平成10年6月30日までの間,通商産業省
資源エネルギー庁公益事業部原子力発電安全企画審査課安全審査官として,実用発
電用原子力施設の安全審査等に関する職務に,同年7月1日から平成13年1月5
日までの間,衆議院事務局調査局科学技術調査室調査員として,衆議院科学技術委
員会等の所管に属する事項の調査等に関する職務に,同年1月6日から経済産業省
資源エネルギー庁原子力安全・保安院新型炉等規制課審査班長兼原子力施設検査官
として,研究開発段階にある発電用原子炉(以下「新型炉」という。)の設置変更
許可申請に関する安全審査及び原子炉施設の検査等に関する職務に従事していたも
の,被告人乙は,ガラス繊維ダクトの製造加工,販売等を業とする甲及びコンピュ
ーターによる図面の
情報処理システム(以下「CAD化」という。)の企画,開発等を業とするBの代
表取締役ないし取締役であり,被告人丙と共に,海水淡水化装置の販売等を業とす
るCを実質的に経営していたもの,被告人丙は,浚渫残土のリサイクルプラントの
建設工事等を業とするD及び産業廃棄物のリサイクルに関する研究開発等を業とす
るEの代表取締役であり,被告人乙と共に上記Cを実質的に経営していたものであ
るが,
第1 被告人甲は,上記各会社の事業に関し,原子力発電事業の下請業者や原子力
関係法人等における,CAD化のニーズ,海水淡水化装置のニーズ,各種工事の進
捗状況及び各種事業等に関する各種情報の提供等の便宜な取り計らいを受けたこと
などの謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたいとの趣旨のもとに供与されるも
のであることを知りながら,
1 上記乙から,別紙一覧表1番号1ないし94記載のとおり,平成10年5
月28日から平成11年7月13日までの間,前後94回にわたり,静岡県駿東郡
清水町所在のG信用金庫清水町支店等から,東京都港区所在のH銀行虎ノ門支店に
開設された自己名義の普通預金口座に合計1141万3285円の振込送金を受
け,もって,自己の職務に関し,合計1141万3285円の賄賂を収受した。
2 上記乙及び上記丙の両名から,別紙一覧表1番号95ないし116記載の
とおり,平成11年8月13日から平成12年12月29日までの間,前後22回
にわたり,静岡県田方郡伊豆長岡町所在のI銀行伊豆長岡支店順天堂病院出張所等
から,上記自己名義の普通預金口座に合計139万8000円の振込送金を受け,
自己の金融会社等への弁済のため,別紙一覧表2番号1ないし298記載のとお
り,平成11年10月1日から平成12年12月29日までの間,前後298回に
わたり,同町所在のJ信用金庫長岡中央支店等から,東京都渋谷区所在のH銀行渋
谷東口支店に開設されたL名義の普通預金口座等に合計454万7003円を振込
送金させて同額相当の財産上の利益を受け,もって,自己の職務に関し,合計59
4万5003円の賄賂
を収受した。
3 上記丙から,別紙一覧表1番号117ないし135記載のとおり,平成1
3年1月31日から平成14年1月31日までの間,前後19回にわたり,静岡県
沼津市所在のI本店営業部かぬき出張所等から,上記自己名義の普通預金口座に合
計244万8000円の振込送金を受け,自己の金融会社等への弁済のため,別紙
一覧表2番号299ないし448記載のとおり,平成13年1月31日から同年8
月31日までの間,前後150回にわたり,上記I本店営業部かぬき出張所等か
ら,東京都港区所在のM銀行日比谷支店に開設されたN名義の普通預金口座等に合
計206万3848円を振込送金させて同額相当の財産上の利益を受け,もって,
自己の職務に関し,合計451万1848円の賄賂を収受した。
第2 被告人乙及び被告人丙は,共謀の上,上記甲に対し,上記第1記載の趣旨の
もとに,別紙一覧表1番号97ないし116記載のとおり,平成11年8月25日
から平成12年12月29日までの間,前後20回にわたり,静岡県田方郡伊豆長
岡町所在のI伊豆長岡支店役場出張所等から,第1の1記載の甲名義の普通預金口
座に合計112万8000円の振込送金をし,同人の金融会社等への弁済のため,
別紙一覧表2番号1ないし298記載のとおり,平成11年10月1日から平成1
2年12月29日までの間,前後298回にわたり,第1の2記載のJ信用金庫長
岡中央支店等から,同記載のL名義の普通預金口座等に合計454万7003円の
振込送金をして上記甲に対し同額相当の財産上の利益を得させ,もって,上記甲の
職務に関して合計5
67万5003円の賄賂を供与した。
第3 被告人丙は,上記甲に対し,上記第1記載の趣旨のもとに,別紙一覧表1番
号117ないし135記載のとおり,平成13年1月31日から平成14年1月3
1日までの間,前後19回にわたり,第1の3記載のI本店営業部かぬき出張所等
から,上記甲名義の普通預金口座に合計244万8000円の振込送金をし,同人
の金融会社等への弁済のため,別紙一覧表2番号299ないし448記載のとお
り,平成13年1月31日から同年8月31日までの間,前後150回にわたり,
第1の3記載のI本店営業部かぬき出張所等から,同記載のN名義の普通預金口座
等に合計206万3848円の振込送金をして上記甲に対し同額相当の財産上の利
益を得させ,もって,上記甲の職務に関して合計451万1848円の賄賂を供与
した。
(量刑の理由)
1 本件は,経済産業省職員であった被告人甲が,通商産業省資源エネルギー庁公
益事業部原子力発電安全企画審査課安全審査官,衆議院事務局調査局科学技術調査
室調査員,経済産業省資源エネルギー庁原子力安全・保安院新型炉等規制課審査班
長兼原子力施設検査官の職にあった際,CAD化事業や海水淡水化装置の販売,浚
渫残土のリサイクルプラントの建設工事等の事業を軌道にのせようとしていた被告
人乙及び同丙から,原子力ないし科学技術関連の情報提供など種々便宜な取り計ら
いを受けたことの謝礼及び今後も同様の取り計らいを受けたいとの趣旨のもとに供
与されるものであることを知りながら,自己名義の銀行口座に合計1525万92
85円の振込送金を受け,また,自己の借金の返済のため,消費者金融会社等の銀
行預金口座に合計6
61万0851円の振込送金をさせ,もって自己の職務に関して賄賂を収受し,他
方,被告人乙及び同丙は判示の範囲で被告人甲に賄賂を供与したという贈収賄の事
案である。
2 被告人甲が本件に至った経緯を見るに,同被告人は,遊興費等を得るために借
金を重ね,平成4年には実父の協力を得て債務整理を試みたものの,全てを返済す
ることができず,その後も金利がかさむ一方でさらに借り入れを続けた結果,平成
9年ころには毎月の返済額が100万円を超えるまでになってしまい,借金の返済
に窮するに至ったことから,平成10年5月下旬ころ,被告人乙に対し,借金返済
に困っているから助けて欲しいなどと懇願するとともに,同被告人がCAD化事業
を軌道に乗せるべくその受注先をさがしていることなどを了解しつつ,自分に手伝
えることがあったら何でも言って欲しいなどと申し向けたものであって,自ら金銭
の供与を要求したその経緯は悪質極まりない。また,被告人甲は,その後も借金の
支払いに窮するたび
に被告人乙に金員の要求を繰り返して判示第1の1のとおり自己名義の銀行口座に
振込送金してもらう一方で,同被告人の要求に応じて,原子炉設置業者や原子力関
連施設等におけるCAD化のニーズを調べて情報を提供しただけでなく,原子力施
設の安全審査などで面識を有していた業者の担当者を紹介し,時には共に業者を訪
問するなど,同被告人にCAD化業務の受注をさせるべく種々の働きかけを行った
ものであり,その後同被告人の資金繰りが苦しくなるや,同被告人から紹介された
被告人丙に対しても何ら躊躇することなく援助を求め,弁護士を使って借金の一部
を整理してもらった上,判示第1の2及び3,判示第2並びに第3のとおり,月々
の金融業者等への支払いについては同被告人の経営する会社の従業員に代行させ,
それ以外の返済先に
充てる分を被告人甲名義の銀行口座に振込送金してもらいながら,被告人乙及び同
丙の要求に応じて,同被告人らが新規事業として軌道にのせようとしていた海水淡
水化装置の販売先を開拓するために,職務を通じて知り合った業者等にそのニーズ
について調べてもらったり,両被告人と共に業者を訪問したりしたほか,被告人丙
が手がけていた浚渫残土に関する事業等のために,原子力発電所やその関連施設の
職員に対し,浚渫残土の処理状況や原子力関連施設建設工事の進捗状況を調査して
もらったり,下請け業者として参入できるか否かの検討をしてもらうなどしてお
り,さらに,被告人丙が被告人乙と決別してからも,被告人丙が事業化しようとし
ていた原子力発電所の温排水を使ったエビの養殖など種々の事業計画について同様
のことを行っていたも
のである。
 以上のとおり,被告人甲は,自己の職務に関する様々な事項について便宜供与
を図りつつ,賄賂を要求し,これを収受していたものであって,公務員に要求され
る公正さや廉潔性に対する自覚と倫理観の欠如は甚だしい。しかも,同被告人は,
上述したとおり,長年にわたって原子力関連行政に携わってきたことから,原子力
関連事業の関係者に対し有していた大きな影響力を利用して上記便宜供与を繰り返
していたものであることに照らすと,本件が,原子力行政に対する国民の不信感を
醸成したことは明らかであって,公務員に対する国民の信頼を著しく失墜させた同
被告人の責任は重いと言うほかない。その上,同被告人が収受した利益の総額は2
187万円余りと高額に及んでおり,その期間も4年近くの長期にわたっているこ
とに鑑みれば,本件
は極めて悪質な犯行であって,同被告人の行為は厳しい非難に値する。
3 次に,被告人乙は,被告人甲からの依頼がきっかけで金銭供与を開始したもの
であるにしても,自己の資金繰りが苦しくなると,被告人甲が借金問題で役所を辞
めざるを得なくなったのではこれまでの金銭供与が無駄になると考えて,同被告人
を被告人丙に紹介し,同被告人と共謀して賄賂を供与し,判示第2の犯行に至った
ものであって,その犯行の動機は極めて自己中心的であり,被告人丙を犯行に巻き
込んだ責任も看過し得ない。他方,被告人丙においても,被告人乙の紹介があった
とはいえ,自らの手がける事業に利用しようとの意図をもって被告人甲に接近し,
判示第2及び第3の犯行に至ったものであり,その犯行に至った経緯に酌量すべき
事情はなく,その後の行動に鑑みると,むしろ公務員の公正さや廉潔性に対する意
識の希薄さが窺える

 そして,被告人乙及び同丙の両名は,被告人甲に対して多数回にわたって金員
を供与するとともに上述したような種々の便宜供与を次々と要求していた上,被告
人乙が被告人丙と共謀の上供与した賄賂は567万円余りに上り,被告人丙は,さ
らに単独で451万円余りの賄賂を供与し続け,同被告人が支出した金額は101
8万円余りと高額に上っていることに鑑みると,被告人乙及び同丙の責任もまた重
いと言わざるを得ない。
4 他方,本件における便宜供与によって,原子力施設の安全審査等が阻害された
ことはなく,被告人乙及び同丙が利益を得たこともなかったこと,また,被告人甲
は,捜査段階から一貫して本件犯罪事実を認め,当公判廷においても,公務員に対
する社会の信頼を傷つけ,職場の人や原子力関連事業の関係者に迷惑をかけたこと
に対し謝罪の言葉を述べていること,逮捕時まで国家公務員として,とりわけ原子
力関係のエキスパートとして21年間にわたり真面目に職務をこなし,周囲の信頼
を得て,原子力行政に貢献してきたと窺えること,本件により懲戒免職処分となる
など一定の社会的制裁を受けていること,前科前歴がないことのほか,当公判廷に
おいて,同被告人の妻がこれからも家族協力して生活していく旨証言し,仲人をし
た知人もそれに協力
する旨証言していることなど,同被告人のために酌むべき事情も認められる。
 また,被告人乙についても,これまで前科前歴がないことのほか,捜査段階か
ら事実を認め,本件を深く反省し今後は二度とこのようなことのないよう仕事に邁
進する旨当公判廷において述べていること,また,同被告人の妻と同僚も同被告人
の今後の生活や仕事に協力する旨述べていること,他方,被告人丙についても,当
初は否認していたものの,起訴後は事実を認め,当公判廷においても反省の弁を述
べていること,同被告人の実姉が今後の更生に協力する旨証言していることなど,
被告人乙及び同丙においても酌むべき事情が認められる。
 そこで,これらの事情を総合考慮するに,被告人甲については,同被告人のた
めに酌むべき上記情状を十分考慮に入れても,本件において収受した賄賂が高額に
上っていることや,公務員に対する国民の信頼を裏切り,公務に対する信頼を著し
く失墜させたことの責任の重さに鑑みると,なお実刑を免れないが,被告人乙及び
同丙については,今回に限りその刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
(求刑 被告人甲につき懲役3年,金2187万0136円の追徴,被告人乙につ
き懲役1年6月,被告人丙につき懲役2年)
  平成15年1月24日
    東京地方裁判所刑事第1部        
        裁判長裁判官 川口宰護
           裁判官 福士利博
           裁判官 黒澤幸恵

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