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平成21年6月29日判決言渡
平成20年(行ケ)第10321号審決取消請求事件(以下「A事件」という。)
平成20年(行ケ)第10491号審決取消請求事件(以下「B事件」という。)
口頭弁論終結日平成21年4月27日
判決
A事件原告(脱退前)イムニベスト・コーポレイション
1代表者破産管財人X
2訴訟代理人弁理士X
A事件原告ボード・オブ・リージエンツ,ザ・ユニバー
シテイ・オブ・テキサス・システム
訴訟代理人弁理士伊藤晃
同田中光雄
同矢野正樹
同冨田憲史
同佐藤剛
B事件原告(参加人)ベリデックス・リミテッド・
ライアビリティ・カンパニー
訴訟代理人弁理士伊藤晃
同矢野正樹
同冨田憲史
同佐藤剛
A及びB事件被告特許庁長官
指定代理人宮澤浩
同秋月美紀子
同北村明弘
同小林和男
主文
1A事件原告ボード・オブ・リージエンツ,ザ・ユニバーシテイ・オブ
・テキサス・システム及びB事件原告(参加人)ベリデックス・リミテ
ッド・ライアビリティ・カンパニーの請求を棄却する。
2訴訟費用は,上記原告らの負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための附加期間を30日
と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2005−16529号事件について平成20年4月15日にし
た審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯等
A事件原告(脱退前)イムニベスト・コーポレイション(以下「脱退前原告
イムニベスト社」という。)は,平成11年2月12日,発明の名称を「循環
ガン細胞の迅速かつ効率的な単離のための方法および試薬」とする発明につい
て,出願(特願2000−531745号。パリ条約による優先権主張,19
98年2月12日,米国(US)。以下「本件出願」という。)をしたが(甲
1),平成17年5月31日に拒絶査定を受けたことから,特許出願人の地位
を取得したA事件原告ボード・オブ・リージエンツ,ザ・ユニバーシテイ・オ
ブ・テキサス・システム(以下「原告ボード・オブ・リージエンツ」とい
う。)とともに,同年8月29日,不服の審判(不服2005−16529号
事件)を請求した(甲9)。
特許庁は,平成20年4月15日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,平成20年4月30
日,脱退前原告イムニベスト社及び原告ボード・オブ・リージエンツに送達さ
れた。
そして,上記原告らが平成20年8月28日にA事件訴訟を提起したが,脱
退前原告イムニベスト社は,平成20年8月1日,B事件原告(参加人)ベリ
デックス・リミテッド・ライアビリティ・カンパニー(以下「参加人原告ベリ
デックス社」という。)に対し,本件出願に係る権利を譲渡していたことか
ら,後にA事件訴訟から脱退し,参加人原告ベリデックス社が訴訟に参加し
た。以下,原告ボード・オブ・リージエンツ及び参加人原告ベリデックス社を
「原告ら」という。
2特許請求の範囲
平成20年3月11日付け手続補正書(甲15)により補正された後の本件
出願の明細書(以下,図面と併せて「本願明細書」という。)の特許請求の範
囲(請求項の数23)の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,請求項
1に係る発明を「本願発明」という。)。
「混合細胞集団中の稀な細胞を検出し計数する方法であって,集団中の稀な細
胞の存在が疾病の状態を示すものである方法であり,下記工程:
a)他の細胞成分を実質的に排除するために,試験対象から得られた稀な細
胞を含有する可能性のある混合細胞集団を含む生物学的標本が,稀な細胞と特
異的に反応する生物学的に特異的なリガンドにカップリングされた磁性粒子と
混合されている免疫磁気的試料を調製し;
b)免疫磁気的試料を磁場に供して稀な細胞が豊富化された懸濁物を免疫磁
気的試料として得て;
c)免疫磁気的試料を,稀な細胞を標識する少なくとも1種の生物学的に特
異的な試薬と接触させ;ついで
d)標識された稀な細胞を分析して,免疫磁気的試料中の稀な細胞の存在お
よび数を調べる
を含み,試料中に存在する稀な細胞の数が多ければ多いほど,疾病状態の重さ
が重い,方法。」
3審決の理由
(1)別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願発明は,国際公開第9
7/46882号(以下「刊行物1」という。甲12・平成9年12月11
日公開)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができ
たものと判断したものである。
(2)上記判断に際し,審決が認定した本願発明と刊行物1記載の発明との一
致点,相違点及び容易想到性の判断は,以下のとおりである。
ア一致点
「混合細胞集団中の稀な細胞を検出し計数する方法であって,下記工程:
a)他の細胞成分を実質的に排除するために,試験対象から得られた稀
な細胞を含有する可能性のある混合細胞集団を含む生物学的標本が,稀な
細胞と特異的に反応する生物学的に特異的なリガンドにカップリングされ
た磁性粒子と混合されている免疫磁気的試料を調製し;
b)免疫磁気的試料を磁場に供して稀な細胞が豊富化された懸濁物を免
疫磁気的試料として得て;
c)免疫磁気的試料を,稀な細胞を標識する少なくとも1種の生物学的
に特異的な試薬と接触させ;ついで
d)標識された稀な細胞を分析して,免疫磁気的試料中の稀な細胞の存
在および数を調べる
を含む方法。」(審決書6頁3行∼14行)
イ相違点
「本願発明が,集団中の稀な細胞の存在が疾病の状態を示すものであ『
り,試料中に存在する稀な細胞の数が多ければ多いほど,疾病状態の重』『
さが重いと判断する工程を有するのに対して,刊行物1記載の発明は,疾』
病状態を判断する工程を有していない点。」(審決書6頁17行∼20行)
ウ容易想到性の判断
(ア)「刊行物1には,どのような細胞の型も種々のプローブを使用して識
別できること,識別の例として循環腫瘍細胞(EpcamCD45)+−
を正常に凝集した赤血球から区別できることが記載されている(上記(1
b)参照)。」(審決書6頁22行∼24行)
(イ)「ここで,循環腫瘍細胞はEpcamと示されているが,Epca+
mとは上皮細胞が有する抗原であることは,上記(1a)の『上皮細胞を識
別する抗EPCAMPE及び/又は抗シトケラチンPEのような蛍光
標識された抗体』の記載より明らかである。」(審決書6頁25行∼2
8行)
(ウ)「そうすると,上記(1b)の『循環腫瘍細胞(EpcamCD45+
)』とは腫瘍細胞である循環中の上皮細胞を示すこと,刊行物1には−
循環中,つまり血液中に存在する腫瘍細胞として上皮細胞を計数するこ
とが記載されていることを当業者は理解できるといえる。」(審決書6
頁28行∼31行)。
(エ)「血液中に腫瘍細胞が多く存在すれば,疾病である腫瘍の状態が重い
と判断されることは,当業者であれば容易に予想できるといえる。」(
審決書6頁32行,33行)。
第3当事者の主張
1審決の取消事由に関する原告らの主張
審決には,以下のとおり,(1)相違点の容易想到性判断の誤り(取消事由
1),(2)本願発明の格別顕著な効果の看過(取消事由2)がある。
(1)取消事由1(相違点の容易想到性判断の誤り)
ア刊行物1の記載事項の認定の誤り
審決が,刊行物1について,「『循環腫瘍細胞(EpcamCD45+
)』とは腫瘍細胞である循環中の上皮細胞を示すこと,・・・循環中,−
つまり血液中に存在する腫瘍細胞として上皮細胞を計数することが記載さ
れている」と理解されるとした点には,以下のとおり誤りがある。
(ア)刊行物1には,「その後,白血球,上皮細胞,緑色及び赤色ビード
を本願明細書に開示する方法もしくは伝統的な計数法により計数す
る。」,「前述した方法により調製した分析サンプルは,フローサイト
メトリー法を用いるか,又は,本明細書に記載の装置を用いることで定
量分析できる。」(審決の摘記(1a),審決書3頁30行,31行,4頁
5行∼7行)と記載され,上皮細胞の個数を定量的に分析する方法が示
されている。
他方,刊行物1には,「この例は,2つの型の細胞の識別を例証して
いる。この場合,白血球は,他の細胞型と分離され,配列された白血球
の中で,生きている細胞は,色素を使用して死んだ細胞と区別される。
どのような2つの(あるいは,それ以上の)細胞の型も,種々のプロー
ブを使用して,識別できる。」(審決の摘記(1b),審決書4頁13行
∼16行)と記載され,色素等のプローブを用いて2つの(あるいはそ
れ以上の)細胞の型を定性的に区別する方法が示されている。
(イ)そうすると,フローサイトメトリー法などの伝統的な計数方法を用
いて上皮細胞の個数を定量的に分析する方法について記載する摘記(1a)
と,色素等のプローブを用いて2つ以上の細胞の型を定性的に区別する
方法を記載する摘記(1b)とを組み合わせたとしても,「刊行物1には循
環中,つまり血液中に存在する腫瘍細胞として上皮細胞を計数するこ
と」が記載されていると解することはできない。したがって,審決の上
記第1の判断は誤りである。
イ血液中の腫瘍細胞数と病状との相関性の容易想到性判断の誤り
審決が,「血液中に腫瘍細胞が多く存在すれば,疾病である腫瘍の状態
が重いと判断されることは,容易に予想できる」と解されるとした点に
は,以下のとおり誤りがある。
(ア)腫瘍細胞の個数と腫瘍の状態の相関性等について
本願明細書に,「循環前立腺腫瘍の存在を調べるためのアプローチ
は,血中におけるPSAのメッセンジャーRNAの発現に関して試験す
ることであった。これは,血液試料からすべてのmRNAを単離し,逆
転写PCRを行うという手間のかかる手順により行われている。現在の
ところ,血中におけるかかる細胞の存在と,いずれの患者が活発な治療
を要するのかを予想する能力との間には良好な相関関係はない(Gomell
aLG.JofUrology.158:326-337(1997)」,「従来は,非常に初期
段階の循環腫瘍細胞の存在に関する情報がなかった。」と記載されてい
る(甲1,17頁27行∼18頁3行,18頁27行,28行)。
同記載によれば,本件出願時,混合細胞集団中の稀な細胞の個数と,
前記稀な細胞の存在が示す疾病の重さとの間に相関があるか否かは明ら
かではなかった。むしろ,手術による腫瘍の除去,腫瘍の破壊又は薬物
治療が循環腫瘍細胞の個数を増加させることがよく知られていた。
また,本願明細書には,「二次腫瘍の確立の前に転移能を有する循環
中の細胞を同定するための方法,特にガンの初期において同定する方法
が渇望」(甲1,19頁5行,6行)されていた。
本願発明は,血液中の上皮細胞の個数と,疾病の活性の変化とが疾病
の非常に初期の段階から相関することを初めて明らかとした発明である
(甲1,47頁14行∼49頁4行,【図3A】∼【図3H】)。
(イ)被告提出の文献について
被告は,乙1ないし3を提出し,血液中に腫瘍細胞が多く存在すれ
ば,疾病の状態が重いことは,本件出願の優先権主張日前に周知の事項
であったと主張する。
しかし,これらの文献は,以下のとおり,循環腫瘍細胞の個数と腫瘍
の重さとの間の相関性が明らかでなかったとの原告ら主張を裏付けるも
のである。
a乙1について
乙1(張小麗ら「フローサイトメトリーを用いた骨髄,末梢血中の
神経芽腫細胞検出の試み」小児がん第34巻2号185頁∼190頁
・平成9年10月10日発行)の表1には,病期とともに,発症時及
び治療経過中に採取された末梢血及び骨髄血中の神経芽腫細胞を対象
として,フローサイトメトリーにより検索した結果が示され,血液中
の神経芽腫細胞が進行例においては検出することができたが,早期例
においては検出されなかったことが示されている。
しかし,病期と検体採取時期との関連が不明であるし,また,化学
療法の施行とともに神経芽腫細胞が減少,消失したとの記載があるも
のの,化学療法の施行と治癒経過との相関も不明であるから,乙1
は,循環腫瘍細胞の個数と疾病の重さとの間に相関のあることを示し
たものとはいえない。
b乙2について
乙2(中西速夫ら「総説末梢血液中癌細胞の検出と臨床的意義」
癌と化学療法24巻3号257頁∼265頁・平成9年2月16日発
行)には,Melladoらによるメラノーマに関する検討におい
て,血液中癌細胞陽性率はステージとよく相関する結果の得られたこ
とが記載されている(258頁右欄35行∼40行)。
しかし,上記記載は,循環腫瘍細胞の個数と腫瘍の重さとの間の相
関性を明らかにするものとはいえない。すなわち,Kunterらの
検討において,ステージとの相関が認められたものの,血液中癌細胞
陽性例は遠隔転移を有する症例のみに認められ,しかも陽性率も28
%と低率であったことから,遠隔転移のある症例の多くはPCR陰性
の偽陰性例であったことが記載されている(259頁左欄4行∼16
行)。また,乙2には,Dattaらの乳癌に関する検討において,
ステージとの間に相関性の存在することが記載されているが(261
頁左欄6行∼11行),Jonasらの大腸癌に関する検討におい
て,非癌患者での偽陽性率が23%と高く,末梢血液中癌細胞の出現
と肝転移巣とのサイズ,血清CEA値との間に相関は認められなかっ
たことが記載されている(261頁右欄5行∼11行)。さらに,
「2.悪性度の診断」の節においては,「これまで述べてきたRT−
PCR法は癌細胞が末梢血液中に存在するといういわば”存在診断”
であり,その癌細胞が転移を形成しやすいか否か,すなわち細胞の悪
性度については何の情報ももたらさない。」,「癌細胞が転移を形成
するか否かは血液中を流れている癌細胞の数とその性質(悪性度)に
よって決まると考えられる。数については上に述べた競合PCR法に
よりある程度定量可能である。そこで今後は癌細胞の悪性度に関する
質的診断が重要になってくるものと思われる(図5)。」と結論付け
られている(263頁左欄6行∼26行)。
上記によれば,乙2は,当時,循環腫瘍細胞の個数と疾病の重さと
の間の相関を検討する研究報告が多数存在するが,循環腫瘍細胞の個
数と疾病の重さとの間の相関は明確にされていないことを示してい
る。
c乙3について
乙3(MarcG.DENISら「DETECTIONOFDISSEMINATEDTUMORCELLS
INPERIPHERALBLOODOFCOLORECTALCANCERPATIENTS」Internation
alJournalofCancer74巻540頁∼544頁・平成9年10月2
1日発行)には,には,「上皮細胞は23人の患者のうち12人の血
液中で検出され,アストラー−カラー分類のステージAまたはBの癌
の10人のうち2人(20%)およびステージCまたはDの癌の13
人のうち10人(77%)であった。」と記載されている(540頁
左欄第1∼25行,部分訳翻訳箇所2)。
しかし,上記記載は,循環腫瘍細胞の個数と疾病の重さとの間の相
関を示すものではなく,単に,「ステージAまたはステージBの癌患
者よりも多くの割合で,ステージCまたはDの癌患者の血液中に上皮
腫瘍細胞が検出されることが示されている。」と解釈すべきである。
ステージAまたはステージBの癌患者からも,10人中2人(20
%)の割合で上皮腫瘍細胞が検出される一方,ステージCまたはステ
ージDの癌患者であっても13人のうち3人(23%)については,
血液中に上皮腫瘍細胞が検出されないということが示されている。す
なわち,乙3は,癌の段階によらず,上皮腫瘍細胞が検出される場合
と検出されない場合があることを示すものであって,循環腫瘍細胞の
個数と疾病の重さとの間に相関のあることを示していない。
(ウ)以上のとおり,本件出願当時,循環腫瘍細胞の個数と腫瘍の重さと
の間の相関性は明らかではなく,刊行物1にも,血液中に腫瘍細胞が多
く存在すれば,疾病である腫瘍の状態が重いと判断されることについ
て,記載も示唆もない。したがって,当業者は,循環腫瘍細胞を代表と
する「混合細胞集団中の稀な細胞」の個数から疾病状態が診断できるこ
とは容易に予想することができなかった。
よって,審決の上記判断には,誤りである。
(2)取消事由2(本願発明の格別顕著な効果の看過)
審決には,以下のとおり,本願発明の格別な効果を看過した誤りがある。
ア「初期の段階から当該疾病の状態を予測し評価することを可能とした」
との格別の効果の看過
審決は,本願発明における「混合細胞集団中の稀な細胞の個数に基づ
き,疾病の状態の非常に初期の段階から当該疾病の状態を予測し評価する
ことを可能とした」との格別の効果を考慮にいれることなく,本願発明に
容易想到性がないとしたが,同判断は,以下のとおり誤りである。
本願明細書には,「有用な診断試験には非常に高感度かつ信頼できる定
量性が必要とされる。血液1ml中における1個の腫瘍細胞の存在が検出
できる血液試験が開発できれば,それは平均して循環している全部で30
00∼4000個の細胞に匹敵するであろう。動物において腫瘍を確立す
るための接種実験において,実際に,そのような数の細胞が腫瘍の確立を
引き起こすことができる。さらに,3000∼4000個の循環細胞が腫
瘍中の全細胞の0.01%である場合,全部で約4x10個の細胞が含ま7
れるであろう。そのような数の細胞を含む腫瘍は,現在のいずれの方法に
よっても見ることができないであろう。」(甲1,18頁17行∼24
行),「ガン細胞は周囲組織に侵入し,組織バリアを破壊するので,腫瘍
細胞は,固形腫瘍の発達の非常に初期の段階(すなわち,腫瘍が10∼4
10個の腫瘍細胞を含む時点)において組織空間および毛細血管に侵入6
し,結局は血流中に至るものと仮定される。図8参照。その時点におい
て,腫瘍細胞アポトーシスにより細胞死するか,あるいは休眠状態とな
る。なぜなら,それらは異所性環境においてまだ生き残ることができず,
あるいは成長できないからである。現在のところ,かかる小さな初期腫瘍
を検出する方法はない。」(甲1,31頁13行∼19行)と記載されて
いる。
本願発明は,血液中の上皮細胞の個数と疾病の活性の変化とが疾病の非
常に初期の段階から相関することを立証し,自覚症状や疾病の証拠がない
対象における疾病の段階も評価することを可能とした点において,格別な
効果を有する。本願発明は,正常な個体と非常に初期段階のガン患者とを
峻別するために必要な精度(血液10ml当たり10個未満の上皮細胞)
を有しているため,非常に初期の段階の疾病状態を検出することが可能に
なった(実施例4)。
審決には,本願発明の格別な効果を看過した誤りがある。
イ「マーカを用いなくても,稀な細胞の個数を計数できる」とした格別の
効果の看過
審決は,本願発明が,混合細胞集団中の稀な細胞の濃度を正確に判定す
るためのマーカを用いなくても,稀な細胞の個数を計数できるとの効果を
考慮にいれることなく,本願発明に容易想到性がないとしたが,同判断
は,以下のとおり誤りである。
(ア)刊行物1においては,血液1ml中1.4個や2個の上皮細胞を検
出することができたと記載されているが,これらの数値は,採取した血
液中に存在する上皮細胞を直接計数することによって得られたのではな
く,「ビード1個につき約500個の磁性流体の粒子が付着している,
径が10μmの緑色蛍光ビード」及び「ビード1個につき約5,000
個の磁性流体の粒子が付着している,径が10μmの赤色蛍光ビード」
を添加して,最終的に得られた溶液中の白血球,上皮細胞,緑色及び赤
色ビードを計数し,次に,上皮細胞が有する細胞1個当たりの磁性流体
の粒子の密度を仮定した上で,緑色ビード及び赤色ビードの計数結果を
参照して,採取された血液1ml中に含まれていた上皮細胞の個数を算
出している(審決書3頁31行∼36行参照)。このように,仮定を伴
う間接的な計数方法においては測定精度の向上に限界のあることが容易
に理解される。
また,刊行物1記載の方法によって血液1ml当たり1.4個や2個
の上皮細胞が含まれていたと算出されたことから,採取された血液10
ml中には元々14∼20個の上皮細胞が含まれていたことになる。採
取された血液10mlには,合計20,000個の蛍光ビードが添加さ
れたのであるから,刊行物1の方法は,上皮細胞の個数に対して100
0∼1500倍の個数の蛍光ビードを添加する必要が生じる。このよう
に,標的とする稀な細胞の個数に対して3桁も多い個数の蛍光ビードを
添加すれば,稀な細胞の計数の精度を低下させ,又は,試料の混合撹拌
時に,ビードとの衝突によって,細胞が破壊される。
(イ)これに対し,本願発明の方法は,稀な細胞の分析に悪影響のある蛍
光ビードのようなマーカを用いなくても混合細胞集団中の稀な細胞の個
数を計数することができるとの点で,格別な効果を有する。
これを看過した審決には誤りがある。
2被告の反論
(1)相違点の容易想到性判断の誤り(取消事由1)に対し
ア刊行物1の記載事項の認定の誤りに対し
(ア)原告らは,刊行物1の摘記(1a)は上皮細胞の個数を定量的に分析す
る方法を記載したものであるのに対し,摘記(1b)は細胞の型を定性的に
区別する方法を記載したものであるから,摘記(1a)と摘記(1b)とを組み
合わせても,「刊行物1には循環中,つまり血液中に存在する腫瘍細胞
として上皮細胞を計数することが記載されている」と解することはでき
ないと主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり失当である。
すなわち,審決の上記判断は,「刊行物1記載の発明」中の摘記(1a)
の記載における「上皮細胞」が「血液中に存在する腫瘍細胞」であるこ
とを当業者が理解できることを述べたものにすぎず,摘記(1a)と摘記(1
b)に記載された各分析方法を組み合わせることによってはじめて,「血
液中に存在する腫瘍細胞として上皮細胞を計数すること」が記載されて
いると当業者が理解できるとしたものではない。
したがって,原告らの主張は,その主張自体失当である。
(イ)刊行物1の摘記(1a)は,上皮細胞の個数を定量的に分析する方法に
ついて記載したものである。そして,摘記(1a)には,「例えば,白血球
を識別するCD45PerCP,上皮細胞を識別する抗EPCAMPE及び/又は抗シ
トケラチンPEのような蛍光標識された抗体を含有する溶液0.2mlに再
懸濁する。」のように,上皮細胞が抗EPCAMPE抗体で識別され
ること,すなわち摘記(1a)の上皮細胞がEPCAM抗原を有するもので
あることが示されている。また,摘記(1b)の「例えば,・・・循環腫瘍
細胞(EpcamCD45)を正常に凝集した赤血球から,・・・区+-
別できる。」によれば,Epcamを有する細胞が循環腫瘍細胞である
ことが示されている。
したがって,刊行物1記載の発明における分析対象である血液中に存
在する上皮細胞は,同じ刊行物1においては「循環腫瘍細胞」とも呼ば
れていると当然に理解することができる。
そうすると,刊行物1記載の発明は,血液中に存在する腫瘍細胞とし
て上皮細胞を計数する発明であると理解できる。
以上のとおり,審決の判断に誤りはない。
イ血液中の腫瘍細胞数と病状との相関性の容易想到性判断の誤りに対し
原告らは,本件出願当時,循環腫瘍細胞の個数と腫瘍の状態の重さとの
間の相関性は明らかではなく,刊行物1にも,血液中に腫瘍細胞が多く存
在すれば,疾病である腫瘍の状態が重いと判断されることについての記載
も示唆もないから,当業者であっても,循環腫瘍細胞を代表とする「混合
細胞集団中の稀な細胞」の個数から疾病状態を診断し得ることを容易に予
想し得なかった旨主張する。
しかし,原告らの上記主張は,次のとおり理由がない。
(ア)腫瘍細胞の個数と腫瘍の状態の相関性について
血液中に腫瘍細胞が多く存在すれば,疾病である腫瘍の状態が重いこ
とは,次のとおり本願の優先権主張日前に周知の事項であり,当業者に
おける技術常識といえるものである。
a乙1には,以下の記載がある。
「検索した7例の解析結果からは,StageIとStageIIの早期例
では,発症時の骨髄血,末梢血中ともにフローサイトメトリーにより
神経芽腫細胞は検出されなかった.一方,StageIII,IV,IVSの進行
例においては,得られた骨髄血,末梢血中に神経芽腫細胞を確認する
ことができ,症例5を除いて化学療法の施行とともに次第に減少,消
失した(表1).」(188頁右欄11行∼189頁右欄2行)。
上記の乙1の記載によれば,ステージが「I,II」から「III,I
V,IVS」へ進行するに伴い血液中に神経芽腫細胞を確認することがで
きることが示されている。
b乙2には,以下の記載がある。
「Melladoらは91例のメラノーマ症例をチロシナーゼRT
−PCR法で検討し,ステージ,予後との相関を調べた。その結果,
血液中癌細胞陽性率はステージとよく相関し,ことに遠隔転移を有す
るstageIV症例では実に94%の症例で血液中癌細胞が陽性
であった。」(乙2,258頁右欄35∼40行)
「陽性率は転移のない症例(stageT1∼T3)では19%
(6/31),転移のある症例(stageD1∼D2)では34
%(26/76)で,ステージとの間に弱いながらも相関を認めてい
る(表2)。」(乙2,260頁右欄第1∼5行)
「DattaらはCK−19RT−PCR法を用いて末梢血液中
癌細胞を検討し,stageI∼Ⅱ症例では8例全例が陰性であっ
たのに対し,転移を有するstageIV症例では21%(4/
19)が陽性でありステージとの間に相関が存在することを報告して
いる。」(乙2,261頁左欄6行∼11行)
上記の記載によれば,血液中癌細胞の検出とステージとの間に相関
が存在することが示されている。
c乙3には,以下の記載がある。
「我々は,サイトケラチン遺伝子発現を大腸腫瘍からの血液転移の
検知に利用した。上皮腫瘍細胞はモノクローナル抗体と磁気ビーズを
利用して全血から分離され,サイトケラチン8,19および20のc
DNA配列由来のオリゴヌクレオチドを用いた逆転写ポリメラーゼ連
鎖反応により検出した。」(乙3,540頁左欄5行∼11行,翻訳
文翻訳箇所2)
「上皮細胞は23人の患者のうち12人の血液中で検出され,アス
トラー−カラー分類のステージAまたはBの癌の10人のうち2人
(20%)およびステージCまたはDの癌の13人のうち10人(7
7%)であった。」(乙3,540頁左欄16行∼19行,翻訳文
翻訳箇所2)
上記の乙3の記載によれば,ステージA又はステージBと比べ,ス
テージC又はDの癌患者の多くの血液中に上皮腫瘍細胞が検出される
ことが示されている。
d上記aないしcの記載によれば,血液中に腫瘍細胞が多く存在すれ
ば,疾病である腫瘍の状態が重いことは,本願の優先権主張日前に,
様々な腫瘍において知られており,当業者にとって周知の事項であっ
たといえる。
したがって,本件出願当時,循環腫瘍細胞の個数と腫瘍の重さとの
間の相関性が明らかでなかったとの原告らの主張は理由がない。
(イ)手術による腫瘍の除去,破壊又は薬物治療について
原告らは,手術による腫瘍の除去,腫瘍の破壊又は薬物治療が循環腫
瘍細胞の個数を増加させることがよく知られており,循環腫瘍細胞の個
数の増加が,必ずしも,腫瘍の悪化を意味すると解釈することはできな
いと主張する。
しかし,乙1には,血中の神経芽腫細胞が化学療法の施行とともに減
少,消失することが記載され,また,乙2には,「転移を有する症例に
おける血液中癌細胞の陽性率が低いのはこれらの症例の多くがホルモン
療法あるいは化学療法を受けていることと関係があると思われる。」
(乙2,261頁左欄11行∼14行)と記載されており,これらの記
載によれば,治療により血液中の癌細胞が減少することが示されてい
る。
したがって,手術による腫瘍の除去,腫瘍の破壊又は薬物治療が循環
腫瘍細胞の個数を増加させるとの原告らの主張は,当該技術分野におけ
る周知の事実と相反するものであり,採用することができない。
(ウ)初期段階の循環細胞の存在に関する情報がなかった点について
原告らは,従来は,非常に初期段階の循環腫瘍細胞の存在に関する情
報がなく,血液中の上皮細胞の個数と疾病の活性の変化とが疾病の非常
に初期の段階から相関することを本願発明が初めて明らかにしたと主張
する。
しかし,本願発明は,本願請求項1に記載されたとおり,「試料中に
存在する稀な細胞の数が多ければ多いほど,疾病状態の重さが重い」と
する点を特定した方法であるが,血液中の上皮細胞の個数と疾病の活性
の変化とが「疾病の非常に初期の段階から相関すること」を特定してい
ない。
また,血液中の腫瘍細胞と腫瘍の状態とが相関することは周知であ
り,疾病の初期の段階から相関する点も,乙3の記載,すなわち「我々
は,ネスト化RT−PCR法と結合したIMS(免疫磁気分離)が,血
液中の循環上皮腫瘍細胞を検知する方法として,非侵襲性で,感度良
く,特異的な分析法であると結論する。このテストは,播種性疾病の早
期検出または術後補助療法のモニターに役立つであろう。」(乙3,5
43頁右欄13行∼17行,翻訳文翻訳箇所4)に「播種性疾病の早
期検出・・・に役立つ」と記載されるように,本願優先権主張日前に認
識されていた事項である。
したがって,原告らの上記主張は失当である。
(2)取消事由2(本願発明の格別顕著な効果の看過)に対し
ア「初期の段階から当該疾病の状態を予測し評価することを可能とした」
との格別の効果の看過に対し
原告らは,本願発明は,血液中の上皮細胞の個数と疾病の活性の変化と
が疾病の非常に初期の段階から相関することを立証し,自覚症状や疾病の
証拠がない対象における疾病の段階も評価することを可能にした点で格別
な効果を有すると主張する。
しかし,原告らの上記主張は,理由がない。
(ア)すなわち,本願発明は,請求項1に記載されたとおり,「混合細胞
集団中の稀な細胞を検出し計数する方法であって,集団中の稀な細胞の
存在が疾病の状態を示すものである方法」であって,「試料中に存在す
る稀な細胞の数が多ければ多いほど,疾病状態の重さが重い」とする点
を特定した方法であるが,「稀な細胞の数」と「疾病状態」とが非常に
初期の段階から相関することは特定されていない。
(イ)また,本願明細書には,実施例2ないし実施例6において,転移性
乳ガンを治療した患者(実施例2),治療を意図して乳ガンを手術した
後,疾病の証拠がない患者(実施例3),手術前に乳ガンと診断された
患者(実施例4),前立腺ガン患者(実施例5),結腸ガン患者(実施
例6)における循環上皮細胞の計数の各事例が記載されているように,
具体的に確認されているものは,「稀な細胞」が「循環上皮細胞」であ
る場合の細胞数と,乳ガン,前立腺ガン,結腸ガンとの相関関係のみで
ある。そして,「非常に初期の段階から疾病の状態を予測し評価でき
る」との点については,本願明細書の「本明細書の用語『初期段階のガ
ン』は,器官限定的であると臨床的に決定されたガンをいう。」(甲
1,34頁16行,17行)の記載からみて,器官限定的乳ガンを有す
る患者の事例を含む実施例4は,初期段階のガンの評価についての事例
ということもできるが,実施例4において具体的に確認されているの
は,上皮細胞数と疾病一般との相関関係ではなく,上皮細胞数と「乳ガ
ン」との相関関係のみである。さらに,実施例7には「実際,器官に限
定された疾病(初期段階のガン)を有すると臨床的に決定された27人
の患者のうち25人において,我々は,血中におけるガン細胞の存在を
検出した。」(甲1,60頁6行∼8行)と記載されているが,具体的
なガンの種類や上皮細胞の計数データは示されていない。したがって,
原告らの主張する効果は,本願発明についての一般的な効果ではなく,
稀な細胞を「上皮細胞」と限定し,疾病を「乳ガン」と限定した,本願
発明の特定の態様におけるごく一部の効果にすぎないから,原告らの上
記主張は,特許請求の範囲の記載に基づくものではない。
(ウ)なお,仮に,本願発明の稀な細胞を「上皮細胞」と限定解釈したと
しても,刊行物1には,血液中の循環する腫瘍細胞としての上皮細胞を
計数する方法が開示されているのであるから,刊行物1記載の発明にお
いても,本願発明と同様の作用効果を奏することが明らかであり,本願
発明は単にその作用効果を確認したにすぎない。
(エ)以上のとおり,本願発明は,血液中の上皮細胞の個数と疾病の活性
の変化とが疾病の非常に初期の段階から相関することを立証し,自覚症
状や疾病の証拠がない対象における疾病の段階も評価することを可能に
した点で格別な効果を有するとする原告らの主張には理由がない。
イ「マーカを用いなくても,稀な細胞の個数を計数できる」とした格別の
効果の看過
原告らは,本願発明は,混合細胞集団中の稀な細胞の濃度を正確に判定
するためのマーカ(蛍光ビード)を用いなくても,稀な細胞の個数を計数
できるとした点で格別な効果があると主張する。
しかし,原告らの上記主張は,次のとおり理由がない。
(ア)原告ら主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,
失当である。
a本願発明は,工程a)∼d)を含む方法であるところ,工程c)で
は「稀な細胞を標識する少なくとも1種の生物学的に特異的な試薬」
が用いられる。そして,「標識」は,一般に「マーカ」とも称される
ものであることは,例えば,①特開平8−75742号公報(乙4)
の「・・・種々のマーカーで抗原や抗体を標識化し,・・・」との記
載(段落【0002】),②特開平8−248029号公報(乙5)
の「2つの抗体の一方は標識(マーカー)をもち,それによりその濃
度を測定することができる。」との記載(段落【0003】),③特
開平9−184840号公報(乙6)の「・・・マーカーにより標識
された抗体・・・」との記載(段落【0003】),④「・・・マー
カーとしては,視覚的に検知し得るシグナルが得られるものであっ
て,これを第1抗体に標識したもの・・・」との記載(段落【001
3】)などから明らかである。よって,本願発明は「マーカ」を用い
る方法であるといえる。
原告らは,マーカ(蛍光ビード)を用いなくても,稀な細胞の個数
を計数できると主張するが,当該「マーカ(蛍光ビード)」が標識す
る手段を意味するのであれば,原告らの主張は,特許請求の範囲の記
載に基づかないものである。
bまた,本願発明は,工程a)∼d)を含む方法であり,蛍光ビード
を利用する工程を含むことを明示的に排除することを示したものでは
ない。
さらに,本願明細書には,「混合細胞集団中の稀な細胞の濃度を正
確に判定するためのマーカ(蛍光ビード)を用いなくても,稀な細胞
の個数を計数できること」について記載された箇所が見当たらない。
したがって,原告らの主張する第2の格別な効果は,本願の特許請
求の範囲及び本願明細書の記載に基づくものではない。
(イ)原告らは,刊行物1の方法は,上皮細胞の個数に対して1000∼
1500倍の個数の蛍光ビードを添加することが必須であると主張す
る。
しかし,刊行物1記載の発明は,以下のとおり,蛍光ビードを添加す
る工程を要件として含むものではないから,原告らの主張は,失当であ
る。
a上記の緑色蛍光ビード及び赤色蛍光ビードについては,刊行物1に
おいて上皮細胞特異的であるとは記載されていないから,血液中の上
皮細胞等と結合するものではない。
そして,刊行物1の摘記(1a)の「その後,白血球,上皮細胞,緑色
及び赤色ビードを本願明細書に開示する方法もしくは伝統的な計数法
により計数する。」(審決書3頁30行∼31行)との記載から明ら
かなように,「上皮細胞」の計数と「緑色及び赤色ビード」の計数は
並行してされており,当該緑色及び赤色ビードは上皮細胞の計数に関
与するものではない。
さらに,刊行物1の摘記(1a)の「この実施例では,二種のマー
カを利用して上皮細胞の濃度を正確に判定しているが,どの細胞の濃
度も判定できるのは明らかである。」(審決書3頁末行∼4頁1行)
との記載からも,緑色及び赤色ビードの計数は,各ビードの計数値及
び上皮細胞の計数値を用いて上皮細胞の濃度を算出するためであるこ
とが理解できる。
この点は,刊行物1における摘記(1a)の前後における次の①及
び②の記載からも明らかである。また,上皮細胞の計数を行う方法の
みならず,濃度を算出する方法においても,当該緑色及び赤色ビード
が必ずしも必要ではない。
①「ある細胞型を定量分析するには,対象細胞型を磁気的に捕獲す
るに先立って元の血液サンプルを何回も希釈するのに困難が伴う。
何回も希釈した後に,元の血液量に対する捕獲成分の濃度を判定す
るには,正確な希釈比や磁気捕獲効率についての知識が必要であ
る。これらの定量性については元の血液サンプルに濃度マーカを添
加することで判定できる。
希釈度を判断するための第1マーカは,ほぼ全効率で捕獲するの
に十分な磁気応答性物質を付加した既知量のはっきりと識別可能な
粒子からなる。目標細胞の磁気捕獲効率を判断するための第2マー
カは,目標物質とほぼ同一量の磁気応答物質を付加した既知量のは
っきりと識別可能な粒子からなる。この第2マーカとしては,含鉄
液体でラベル付けした目標物質の磁気モーメントとほぼ等量の磁気
モーメントを有し,また,類似の流体搬送挙動を有するように十分
な磁性物質で形成した磁気応答性ビードであってもよい。別の方法
としては,この第2マーカは,結合箇所の数が目標細胞とほぼ同一
数で,結合力もほぼ同一の結合物質でコートした磁気不活性体であ
ってもよい。目標物質に対して同一収集挙動を有する第2マーカを
得るための他の方法を用いることもできる。このような方法につい
ては下記の実施例において説明する。」(甲12,43頁24行∼
44頁第19行,乙7の翻訳箇所1)
②「本明細書で説明している装置における容量は既知であるのに対
して,フローサイトメーターを通過する容量は,ビード,又は,フ
ローサイトメーターが目標事象を測定する容量の実際の測定により
判断すべきである。サンプル精密配分法(ピペット)を用いること
で,試薬と希釈剤とを判定することができる。他方,本発明の装置
を用いた比較方法では,細胞濃度を判定するには(容量判定にビー
ドの計数を必要としないで),サンプルと試薬を正確に配分するだ
けで十分である。しかしながら,この最も簡単な構成にあっては,
サンプルの精密配分をなくすのが望ましい。そのために,前述した
ビードを用いた方法を用いて,前掲したように,目標細胞の分析の
元となる精密容量を判定するよりは,サンプルの精密な希釈度を判
定している。」(甲12,46頁12行∼31行,乙7の翻訳箇所
2)
bさらに,刊行物1記載の発明は,「蛍光標識された抗体」を用いる
方法であるところ,当該「蛍光標識された抗体」とは,一般に「マー
カ」と称されるものである。
そして,刊行物1においては,緑色蛍光ビード及び赤色蛍光ビード
は「ビード」という記載を用いて表記されるのに対し,上記「蛍光標
識された抗体」については,当該ビードに付着されたものであるとの
記載はない。また,「蛍光標識された抗体」が,一般に,ビードに付
着した「マーカ(蛍光ビード)」を意味するとはいえない。
c以上によれば,上皮細胞を計数する方法である刊行物1記載の発明
は,蛍光ビードを添加する工程が必須であるとはいえない。そうする
と,刊行物1記載の発明は,マーカ(蛍光ビード)を用いるものでは
なく,本願発明と同様に,マーカ(蛍光ビード)を用いなくても稀な
細胞の個数を計数できる方法であるといえる。
したがって,本願発明の第2の効果を格別なものとする理由はな
く,「本願発明の第2の格別な効果は,・・・マーカ(蛍光ビード)
を用いなくても,稀な細胞の個数を計数できることにある」との原告
らの主張は失当である。
(ウ)以上のとおり,本願発明は,混合細胞集団中の稀な細胞の濃度を正
確に判定するためのマーカ(蛍光ビード)を用いなくても,稀な細胞の
個数を計数できるとした点で格別な効果があるとする原告らの主張は,
失当である。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(相違点の容易想到性判断の誤り)について

(1)原告らは,審決が,刊行物1について,「『循環腫瘍細胞(Epcam
CD45)』とは腫瘍細胞である循環中の上皮細胞を示すこと,・・・循−
環中,つまり血液中に存在する腫瘍細胞としての上皮細胞を計数することが
記載されている」と解されるとした点には誤りがあると主張する。原告ら
は,その理由として,「上皮細胞の個数を定量的に分析する方法」(審決の
摘示(1a))と,「色素等のプローブを用いて2つ以上の細胞の型を定性的に
区別する方法」(審決の摘示(1b))とを組み合わせることは不合理であるか
ら,当業者は,摘記(1b)が細胞の個数を定量的に分析する方法が記載された
ものであると理解することはないと主張する。
しかし,原告らの上記主張は,主張自体失当である。
すなわち,審決は,刊行物1記載の発明は,「血液中の上皮細胞を計数す
る方法」に関するものであること,摘記(1b)の記載を参酌すれば,この「上
記細胞」が「腫瘍細胞としての上皮細胞」であることが理解されると説示し
たのであって,「色素等のプローブを用いて2つ以上の細胞の型を定性的に
区別する方法」(審決の摘示(1b))から,刊行物1記載内容を認定したもので
はない。そして,審決の当該部分の説示に,何ら,不合理な点を見いだすこ
とはできないから,原告らのこの点の主張は,理由がない。
(2)原告らは,審決が,「血液中に腫瘍細胞が多く存在すれば,疾病である
腫瘍の状態が重いと判断されることは,容易に予想できる」と解されるとし
た点には,以下のとおり誤りがあると主張する。原告らは,その理由とし
て,本件出願時には,①混合細胞集団中の稀な細胞の個数と,前記稀な細胞
の存在が示す疾病の重さとの間に相関があるか否かは明らかでなかったこ
と,②手術による腫瘍の除去,腫瘍の破壊又は薬物治療が循環腫瘍細胞の個
数を増加させることが知られていたことから,このような技術水準の下にお
いて,循環腫瘍細胞の個数の増加が,腫瘍の悪化を意味すると理解すること
はできないと主張する。
しかし,原告らの上記主張は,以下のとおり理由がない。
ア乙1ないし乙3の記載
(ア)乙1の記載
「要旨
フローサイトメトリーを用いて神経芽腫患児の骨髄血及び末梢血中の
腫瘍細胞の検出を試みた。神経芽腫患児7例(stageⅠ:1例,Stage
II:1例,StageIII:1例,StageIV:3例,stageIVs:1例),健
常人8例の骨髄血,末梢血より単核球を分離し,抗CD9,抗CD56,抗CD4
5モノクローナル抗体にて3カラー染色を行った後,フローサイトメー
ターを用いて検索した。神経芽腫細胞は,CD9/CD56/CD45の表面形質++−
を示すと考えられ,10個の細胞を10レベルまでの検出が可能であっ6-4
た。臨床検体の解析では,StageIII以上の進行症例の骨髄血,および
末梢血中に腫瘍細胞の存在が確認された。少数例の解析ではあるが,本
法は神経芽腫の正確な病期分類および腫瘍細胞のモニタリング等に有用
であると思われる。」(乙1,185頁,「要旨」の項)
「検索した7例の解析結果からは,StageIとStageIIの早期例では,
発症時の骨髄血,末梢血中ともにフローサイトメトリーにより神経芽腫
細胞は検出されなかった。一方,StageIII,IV,IVSの進行例において
は,得られた骨髄血,末梢血中に神経芽腫細胞を確認することができ,
症例5を除いて化学療法の施行とともに次第に減少,消失した(表
1)。」(乙1,188頁右欄下から6行∼189頁右欄2行)
(イ)乙2の記載
「要旨近年,末梢血液中のわずかな遊離癌細胞を遺伝子変異あるい
は,組織特異的なmRNAの発現を指標として分子生物学的手法を用いて高
感度に検出し,再発転移の予後因子としてあるいは治療効果の判定に用
いようとする試みが広く行われるようになってきた。これまでに検出法
についてはほぼ出そろい,現在予後因子としての臨床的意義について種
々の癌において検討が進められている段階である。すでにメラノーマや
神経芽腫など一部の腫瘍においては,転移再発の予後因子としての有用
性が報告されつつあり,今後,前立腺癌をはじめとして種々の上皮性腫
瘍における末梢血液中癌細胞の臨床的意義が明らかにされてゆくものと
思われる。」(乙2,257頁,「要旨」の項)
「メラノーマは,末梢血液中癌細胞の臨床的意義について最もよく研究
されている腫瘍である。Melladoらは91例のメラノーマ症例をチロシ
ナーゼRT-PCR法で検討し,ステージ,予後との相関を調べた。その結
果,血液中癌細胞陽性率はステージとよく相関し,ことに遠隔転移を有
するstageIV症例では実に94%の症例で血液中癌細胞が陽性であっ
た。」(乙2,258頁,右欄下から9∼2行)
「3)前立腺癌
・・・陽性率は転移のない症例(stageT1∼T3)では19%(6/31),転移
のある症例(stageD1∼D2)では34%(26/76)で,ステージとの間に弱
いながらも相関を認めている(表2)」(乙2,260頁,左欄下から
3行∼右欄5行)
「4)乳癌
・・・DattaらはCK-19RT-PCR法を用いて末梢血液中癌細胞を検討し,s
tageI∼II症例では8例全例が陰性であったのに対し,転移を有するst
ageIV症例では21%(4/19)が陽性でありステージとの間に相関性が存
在することを報告している。」(乙2,261頁,左欄1∼11行)
(ウ)乙3の記載
「直腸癌患者らの末梢血中の播種性腫瘍細胞の検知」(乙3,表題,翻
訳箇所1)
「あらゆる癌の病期診断システムは,結果を予測できるまたは治療の指
針となりうる臨床的および病理学的特徴を識別しようと探求している。
特に,播種性疾病の早期検出のための非侵襲的方法は,大変注目されて
いる。・・・上皮腫瘍細胞はモノクローナル抗体と磁気ビーズを利用し
て全血から分離され,サイトケラチン8,19および20のcDNA配列由
来のオリゴヌクレオチドを用いた逆転写ポリメラーゼ連鎖反応により検
出した。・・・この技術の臨床への適用可能性を,大腸癌の患者らの評
価により調査した。上皮細胞は23人の患者のうち12人の血液中で検
出され,アストラー−カラー分類のステージAまたはBの癌の10人のう
ち2人(20%)およびステージCまたはDの癌の13人のうち10人
(77%)であった。これは播種性疾病の早期診断において,手術時の
微小転移細胞が存在するかどうかが早期再発と関連するのかの決定や,
術後補助療法のモニターに役立つであろう。」(乙3,540頁左欄1
∼25行,翻訳箇所2)
「転移は癌患者の予後を管理するための重要な因子である。転移のプロ
セスでは,腫瘍細胞は最初の部位からまき散らされ,血行により広が
り,小血管で捕獲される。これらの細胞は,血管内皮に付着し,細胞外
間隙に移動し,微小環境に定着し,ホストの防御機構を逃れ,最後に二
次腫瘍として成長する。このような末梢血中の循環する腫瘍細胞の検出
は,微小転移の早期段階での検知において注目されている。これは,臨
床医らに,術後補助療法の患者のためのより適切な選択のための重要な
予測ツールを提供するようなものである。」(乙3,540頁左欄27
∼37行,翻訳箇所3)
「我々は,ネスト化RT−PCR法と結合したIMS(免疫磁気分離)
が,血液中の循環上皮腫瘍細胞を検知する方法として,非侵襲性で,感
度良く,特異的な分析法であると結論する。このテストは,播種性疾病
の早期検出または術後補助療法のモニターに役立つであろう。さらなる
研究と,長期にわたるフォローアップがこれらの循環細胞の予後におけ
る重要性を確立するために必要であることは明らかである。」(乙3,
543頁右欄13∼19行,翻訳箇所4)
イ判断
(ア)乙1の記載によれば,血液中の神経芽腫細胞は進行例では検出でき
たが,早期例では検出できなかったことが記載されている。早期例にお
いて神経芽腫細胞が検出できなかったのは,乙1の検出方法における検
出感度により検出できる程度の個数に達していなかったからであること
が合理的に推認される。したがって,早期例と進行例とを比較すると,
早期例は循環腫瘍細胞の個数が少なく,進行例は循環腫瘍細胞の個数が
多いこと,すなわち,疾病の重さと循環腫瘍細胞の個数との間に相関関
係が存在することが示されていたと解することができる。また,化学療
法の施行とともに,循環腫瘍細胞の個数が次第に減少,消失したことが
記載されていることからすると,疾病の重さと循環腫瘍細胞の個数との
間に相関のあることが示されていたものと認められる。
また,乙2には,同文献が著された時点において,予後因子としての
臨床的意義について種々の癌において,検証が進められていたこと,メ
ラノーマや神経芽腫など一部の腫瘍においては,転移再発の予後因子と
しての有用性が報告されている過程であったことが記載されている。ま
た,前立腺癌において,弱いながらもステージとの相関のあることが記
載され,乳ガンについては,ステージとの相関の存在することが記載さ
れている。同記載によれば,少なくとも一部の腫瘍については,循環腫
瘍細胞の個数と疾病の重さとの間の相関が確認されていたこと,すなわ
ち,循環腫瘍細胞の個数と疾病の重さとの間に相関のあることが証明さ
れつつあることが示されていたと解される。
乙3は,循環腫瘍細胞の個数に関するデータが示されていない点で,
循環腫瘍細胞の個数と疾病の重さとの間の相関を直接示唆するものであ
るとはいえない。しかし,末梢血中の循環する腫瘍細胞の検出が,微小
転移の早期段階での検知において注目されていることを示すものという
ことができる。
(イ)乙1ないし乙3の記載は,本件出願日当時,循環腫瘍細胞の個数と
疾病の重さとの間に相関のあることがすべての癌について証明されてい
たとまではいえないにしても,循環腫瘍細胞の個数と疾病の重さとの間
に相関のあることが期待され,それが証明されつつあったことが示され
ているものと認められる。
したがって,審決が,「血液中に腫瘍細胞が多く存在すれば,疾病で
ある腫瘍の状態が重いと判断されることは,当業者であれば容易に予想
できるといえる。」と判断したことには誤りがない。
(ウ)原告らの主張に対し
a原告らは,新たに甲17を提示し,本件出願日以降においても,循
環腫瘍細胞の個数と疾病の重さとの間の相関は明確にされていないと
主張する。すなわち,甲17の記載によれば,骨髄中の腫瘍細胞の存
在が乳ガンの予後指標として有用であるが,末梢血における循環細胞
の臨床学的意義はあまり知られていないことに着目し,末梢血中のサ
イトケラチン(CK)発現細胞の同定の実現可能性を評価し,骨髄中
の腫瘍細胞の検出と比較した結果,乳ガンの予後因子としての末梢血
中の上皮細胞の存在の有用性を指摘するものの,循環上皮細胞の臨床
学的な妥当性は支持されなかったと結論したことが示されている,と
主張する。
しかし,甲17は,骨髄中の腫瘍細胞と比較して,循環上皮細胞の
予後因子としての臨床学的意義があまりないことを述べるにとどまる
ものであって,循環腫瘍細胞の個数と疾病の重さとの間の相関がない
と述べているわけではないから,審決の上記判断を覆すに足りるもの
ではない。
bまた,原告らは,手術による腫瘍の除去,腫瘍の破壊又は薬物治療
が循環腫瘍細胞の個数を増加させることがよく知られていることか
ら,このような技術水準の下では,循環腫瘍細胞の個数の増加は,必
ずしも,腫瘍の悪化を意味しないとも主張する。
しかし,手術による腫瘍の除去,腫瘍の破壊又は薬物治療が循環腫
瘍細胞の個数を増加させることは,手術や薬物治療により,局所的に
存在していた腫瘍が破壊されて,腫瘍細胞が一時的に血液中に流出し
たことが原因であると推認されるが,そのような現象が存在したから
といって,循環腫瘍細胞の個数の増加と腫瘍の症状の重さとが無関係
であると断定することはできない。原告らの上記主張は理由がない。
2取消事由2(本願発明の格別顕著な効果の看過)について
(1)「初期の段階から当該疾病の状態を予測し評価することを可能とした」
との格別の効果の看過について
原告らは,本願発明は,血液中の上皮細胞の個数と疾病の活性の変化とが
疾病の非常に初期の段階から相関することを立証し,自覚症状や疾病の証拠
がない対象における疾病の段階も評価することを可能にした点で格別な効果
を有すると主張する。
しかし,原告らの上記主張は,理由がない。
ア本願発明が,原告らの主張に係る効果を奏するというためには,本願明
細書において,「疾病の状態の非常に初期の段階」から,稀な細胞を検出
することができること,かつ,その検出結果から当該疾病の状態を予測で
きることの記載が必須であるといえる。
「疾病の状態の非常に初期の段階」の意味を検討するに,本願明細書に
「非常に初期の段階(すなわち,腫瘍が10∼10個の腫瘍細胞を含む46
時点)」(段落【0020】)と記載されていることからすると,「腫瘍が
10∼10個の腫瘍細胞を含む時点」を指すことは明らかである。ま46
46
た,【図8】の「初期腫瘍の検出」には,Ⅰ期として,「10∼10
個」→「流出」→「転移せず(アポトーシスまたは休眠)」と表記されて
いるが,「疾病の状態の非常に初期の段階」がⅠ期を指すことは明らかで
ある(なお,これに対し,II期では,「10∼10個」となり「高感度89
の慣用的アッセイにより検出」と記載されている。)。
しかし,以下に述べるとおり,本願明細書の「発明の詳細な説明」及び
「実施例」のいかなる記載からも,「疾病の状態の非常に初期の段階」,
すなわち「腫瘍が10∼10個の腫瘍細胞を含む時点」,「Ⅰ期」にお46
いて,希な細胞が検出され,その検出結果から当該疾病の状態の予測が可
能とされるような例は示されていない。すなわち,
(ア)実施例2(甲1,段落【0039】∼【0041】)
【図1】は,既知数の腫瘍細胞を末梢血に導入し,顕微鏡(パネルA)
とフローサイトメトリー(パネルB)により分析したモデル実験結果で
あり,疾病の状態とは無関係である。
【図2】は,1人の転移性乳ガン患者から3つの時点において得た血液
試料の測定結果を示すものであり,非常に初期の段階での検出ではな
い。
【図3】は,転移性疾病を有する8人の患者の血中の上皮細胞カウント
の変動を示すが,これも非常に初期の段階の患者からの検出とはいえな
い。
(イ)実施例3(甲1,段落【0042】)
手術後1ないし20年経った37人の患者の末梢血を,上皮細胞の存
在に関してフローサイトメトリーにより試験した結果が表IIIに記載さ
れているが,この実験は,予後のモニターというべきものであって,非
常に初期の段階の患者からの試料について実験をしたものではない。ま
た,「過去において離れた部位への転移の証拠を有していたが研究の時
点で完全に寛解している6人の患者のうち3人において,上皮細胞が血
中において対照群よりも高い頻度で存在すること」や「離れた部位への
転移の証拠のない31人の患者のうち9人において循環上皮細胞が見出
された」ことが,「疾病の状態の非常に初期の段階から当該疾病の状態
を予測し評価することを可能としたこと」に結びつくものとは認められ
ない。
(ウ)実施例4(甲1,段落【0043】)
本発明のアッセイを用いて13人の対照及び30人の乳ガン患者を評
価しているが,これもガンであるとの診断がされた患者からの試料を用
いたものであって,非常に初期の段階の患者からの試料を用いたもので
はない。また,20mlの血液中の上皮細胞数は,対照個体で1.5±
1.8個,期間限定的乳ガン患者で15.9±17.4個,リンパ節の
障害を有する患者で47.4±52.3個,離れた部位への転移を有す
る患者で122±140個となっており,個数の平均値は,疾病が重い
ほど多い傾向はあるものの,標準偏差も大きくなっていることから,個
数が少ないからといって,疾病が軽いとは断定できないということがで
き,上皮細胞の数の多少から,疾病の状態の軽重を予測ないしは診断で
きるとはいえない。
(エ)実施例5(甲1,段落【0044】)
前立腺の転移性疾病を有する3人の患者と,ガンの拡張を検知できな
い3人の患者と,正常個体,良性腫瘍を有することが知られている患者
からの対照血液試料についてデータを比較し,「20mlの血液中約
6.8個のカットオフ点が前立腺ガンの診断マーカーとして有用であっ
たことが明らかとなる。」と結論づけているが,図5Bの0週の数値
は,正常領域(NormalRange)に包含され,図5A∼5Cをみると,前立腺
の転移性疾病を有する患者3人とも,ガンの拡張を検知できない3人の
患者の数値である16個±4個と変わらない数値を示す時期が存在して
おり,上記のように結論づける根拠が不明である。また,そもそも,非
常に初期の段階の患者からの検出を行っていない。
(オ)実施例6(甲1,段落【0045】)
実施例6には,転移の証拠のない結腸ガン患者における手術後におけ
る循環上皮細胞数と,転移の証拠を有する結腸ガン患者における手術後
における循環上皮細胞数とに差のあることが記載されているが,この結
果は,手術後のモニタリングに本願発明のアッセイが有用である可能性
を示すものといえるとしても,「混合細胞集団中の稀な細胞の個数に基
づき,疾病の状態の非常に初期の段階から当該疾病の状態を予測し評価
することを可能とした」とはいえない。
(カ)実施例7(甲1,段落【0046】)
実施例7は,ガン患者の血中に存在する過剰の上皮細胞が実際にガン
細胞であることを,熟練者による観察によって確認したものであり,本
願発明の方法の実施例ではない。
(キ)実施例8(甲1,段落【0047】)
前立腺の生検では陰性であった患者の血液試料に対して,本発明方法
を用いて血液試料を豊富化させ,顕微鏡により単離細胞の形態学的試験
により悪性の特徴を確認したことが記載されている。
しかし,この実施例は,個数を調べるものではないので,「混合細胞
集団中の稀な細胞の個数に基づき,疾病の状態の非常に初期の段階から
当該疾病の状態を予測し評価すること」とは無関係である。
(ク)実施例1(甲1,段落【0032】以下)は,磁性ナノ粒子の処方
に関するものであり,実施例9は,試験キットの設計に関するものであ
るので,いずれも本願発明の効果を記載するものではない。
イ以上のとおり,本願明細書の実施例から把握可能なことは,幾つかのガ
ンについて,「器官に限定された疾病(初期段階のガン)」と「転移した
ガン」とで,血中に存在する上皮細胞数に有意差が認められたことにとど
まり,「混合細胞集団中の稀な細胞の個数に基づき,疾病の状態の非常に
初期の段階から当該疾病の状態を予測し評価することを可能とした」との
原告ら主張の効果は,本願明細書の詳細な説明及び実施例において開示さ
れた事項ではない。原告らの前記主張は理由がない。
(2)「マーカを用いなくても,稀な細胞の個数を計数できる」とした格別の
効果の看過について
原告らは,本願発明は,混合細胞集団中の稀な細胞の濃度を正確に判定す
るためのマーカ(蛍光ビード)を用いなくても,稀な細胞の個数を計数でき
るとした点で格別な効果があると主張する。
しかし,原告らの上記主張は,次のとおり理由がない。
ア本願発明は,以下の工程を含む方法である。
a)他の細胞成分を実質的に排除するために,試験対象から得られた稀な
細胞を含有する可能性のある混合細胞集団を含む生物学的標本が,稀な
細胞と特異的に反応する生物学的に特異的なリガンドにカップリングさ
れた磁性粒子と混合されている免疫磁気的試料を調製し;
b)免疫磁気的試料を磁場に供して稀な細胞が豊富化された懸濁物を免疫
磁気的試料として得て;
c)免疫磁気的試料を,稀な細胞を標識する少なくとも1種の生物学的に
特異的な試薬と接触させ;ついで
d)標識された稀な細胞を分析して,免疫磁気的試料中の稀な細胞の存在
および数を調べる
本願発明の請求項においては,蛍光ビードを利用する工程を含むことを
明示的に排除していない。また,本願明細書には,「混合細胞集団中の稀
な細胞の濃度を正確に判定するためのマーカ(蛍光ビード)を用いなくて
も,稀な細胞の個数を計数できること」について記載された箇所はない。
したがって,原告らの主張する,「混合細胞集団中の稀な細胞の濃度を
正確に判定するためのマーカ(蛍光ビード)を用いなくても,稀な細胞の
個数を計数できるとした点で格別な効果」があることは,本件出願の特許
請求の範囲及び明細書の記載に基づくものではないから,原告らの主張
は,主張自体失当である。
イのみならず,刊行物1記載の発明は,上皮細胞を計数するに当たり,蛍
光ビードを添加する工程を必須の要件として含むものではない。
刊行物1には,「本明細書で説明している装置における容量は既知であ
るのに対して,フローサイトメーターを通過する容量は,ビード,又は,
フローサイトメーターが目標事象を測定する容量の実際の測定により判断
すべきである。サンプル精密配分法(ピペット)を用いることで,試薬と
希釈剤とを判定することができる。他方,本発明の装置を用いた比較方法
では,細胞濃度を判定するには(容量判定にビードの計数を必要としない
で),サンプルと試薬を正確に配分するだけで十分である。しかしなが
ら,この最も簡単な構成にあっては,サンプルの精密配分をなくすのが望
ましい。そのために,前述したビードを用いた方法を用いて,前掲したよ
うに,目標細胞の分析の元となる精密容量を判定するよりは,サンプルの
精密な希釈度を判定している。」(甲12,46頁12∼31行;翻訳文
は乙7,翻訳箇所2)と記載されている。
同記載によれば,刊行物1では,最も簡単な構成とするために,サンプ
ルと試薬との精密な配分を省略して,ビードを用いた方法が,実施例にお
いて採用されていると解される。したがって,刊行物1の発明が,測定の
正確さのためには,ビードを用いることが必須であるとする原告らの主張
は,採用できないというべきである。
そうすると,「マーカ(蛍光ビード)を用いなくても,稀な細胞の個数
を計数できることにある」が本願発明の格別の効果であるとする原告らの
主張は,根拠がない。原告らの前記主張は理由がない。
3結論
以上によれば,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。その他,原告
らは縷々主張するが,いずれも理由がない。よって,原告らの本訴請求は理由
がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
大須賀滋
裁判官
齊木教朗

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