弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被上告人の控訴を棄却する。
     控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人矢野正彦の上告理由について
 一 本件は、被共済自動車の使用等に起因して他人の生命又は身体を害すること
により被共済者が賠償義務を負う損害額に相当する共済金を共済組合が支払うこと
などを内容とする自動車共済契約(以下「本件共済契約」という。)を上告組合と
の間で締結した被上告人が、上告組合に対し、被共済自動車を加害車両とする交通
事故により被上告人が被害者らに対し賠償義務を負うに至った損害について、上告
組合が本件共済契約に基づき被上告人に対して共済金支払義務を負うことの確認を
請求するものであり、原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 被上告人は、平成二年三月一二日、上告組合との間で、被上告人の所有する
自動車(以下「本件被共済自動車」という。)について、上告組合の普通共済約款
(以下「本件約款」という。)所定の内容により、被共済者を娘のDとする本件共
済契約を締結した。
 2 本件約款一般条項五条一項は、被共済自動車が譲渡された場合であっても、
上告組合が承認した場合を除き、共済契約によって生ずる権利及び義務は譲受人に
移転しない旨を、同条二項は、上告組合は、被共済自動車が譲渡された後にこれに
ついて生じた事故については、上告組合が右承認をした場合を除き、共済金を支払
わない旨を規定している。
 3 Dの友人であったEは、Dから本件被共済自動車を他に売却したいとの意向
を聞いており、同年九月四日ころ、Fとの間で、売買代金を一五万円とする本件被
共済自動車の売買契約を締結し、Dは、Eを介して内金七万五〇〇〇円を受領した。
被上告人は、そのころDから、本件被共済自動車が売却できるかもしれないという
話を聞き、本件被共済自動車の所有権移転登録等は、同年一〇月ころに残代金の支
払を受けるのと引換えに行う予定であった(原審のこの判示は、EとFとの間で締
結された本件被共済自動車の売買契約を、被上告人が了承しており、本件売買契約
の効力が被上告人に及ぶ趣旨をいうものと解される。)。Fは、それ以前の同年八
月下旬ころ本件被共済自動車を被上告人から借り受けていたが、右売買契約後もこ
れを自宅付近に駐車し時々運転していた。
 4 被上告人とFは、同年一〇月ころに本件売買契約の残代金をFが支払うのと
引換えに被上告人が本件被共済自動車の所有権移転登録手続をすることを予定して
いたが、Fは、これらが未了であった同年九月一八日、本件被共済自動車を運転中、
Gら三名に傷害を負わせる交通事故(以下「本件交通事故」という。)を起こした。
 二 原審は、右事実関係を前提として、EとFとの間で平成二年九月四日ころ成
立した合意は、約一箇月後に、Fが本件被共済自動車の売買残代金を支払い、これ
と引換えに本件被共済自動車の所有権をFに移転し、その所有権移転登録手続をす
るという内容のものであって、それまでの間、本件被共済自動車は、被上告人が所
有するものであったから、本件交通事故前に本件約款一般条項五条にいう被共済自
動車の譲渡があったとはいえないと判断し、上告組合には本件交通事故につき共済
金の支払義務があるとして、被上告人の本件請求を認容した。
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の
とおりである。
 1 被共済自動車を譲渡する旨の合意が成立し、譲受人に対する右自動車の引渡
しがされたことにより、譲受人が右自動車を使用してこれを現実に支配するに至っ
たときは、被共済自動車を加害車両とする交通事故の発生する危険性の程度がそれ
までとは異なることとなるから、上告組合にとっては、新たに自動車共済契約を締
結する際に被共済者について行うのと同様に、被共済自動車の譲受人が交通事故を
起こす危険性の程度を判断し、共済契約上の権利義務が譲受人に移転することを承
認するかどうか、承認する場合には共済掛金の額を幾らにするかを決定し得ること
とすることが必要である。本件約款一般条項五条は、上告組合に対しこのような機
会を与えるために、譲渡による共済契約上の権利義務の移転を承認するかどうかの
選択権を与えるとともに、これを承認しない場合における被共済自動車の譲渡を共
済金支払義務の免責事由にすることを明記したものと解するのが相当である。
 2 そうすると、本件約款一般条項五条に規定する譲渡がされたというためには、
被共済自動車を譲渡する旨の合意が成立し、譲受人に対する被共済自動車の引渡し
がされたことにより、譲受人が右自動車を使用してこれを現実に支配することをも
って足り、被共済自動車の所有権移転時期にはかかわりがなく、その所有権移転登
録手続、売買代金の支払など、譲渡契約上の義務の履行がすべて完了したかどうか
は、右条項にいう譲渡の有無を左右するものではないと解すべきである。
 3 これを本件についてみるに、前記の原審確定事実によれば、本件交通事故当
時、被上告人からFへの本件被共済自動車の所有権移転登録手続がされておらず、
売買代金も完済されていなかったが、本件売買契約の効力が被上告人に及ぶところ、
右売買契約後にこれに基づく新たな現実の引渡しはないが、右売買契約当時、本件
被共済自動車は、既にFの支配内に置かれ同人がこれを使用して現実に支配してい
たというのであり、被上告人において、その返還を求めておらず、Fにおいても当
然のこととして使用していたことからすれば、右売買契約に際し、Fに対する簡易
の引渡しがあったというべきであるから、これにより、被上告人からFに対し、本
件約款一般条項五条に規定する被共済自動車の譲渡がされたということができ、上
告組合には、本件交通事故につき被上告人に共済金を支払う義務はないというべき
である。
 四 したがって、これと異なる判断の下に、本件被共済自動車について本件約款
一般条項五条に規定する被共済自動車の譲渡がされたとはいえないとして上告組合
の本件共済金支払義務を認めた原判決には、本件約款の解釈を誤った違法があり、
その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、
原判決は破棄を免れない。そして、原審の確定した事実によれば、被上告人の請求
を棄却した第一審判決は正当として是認すべきものであって、被上告人の控訴はこ
れを棄却すべきものである。
 よって、原判決を破棄して被上告人の控訴を棄却することとし、民訴法四〇八条、
三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のと
おり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    高   橋   久   子
            裁判官    遠   藤   光   男
            裁判官    井   嶋   一   友
            裁判官    藤   井   正   雄

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