弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を左のとおり変更する
     被控訴人は控訴人に対して金二二、九四〇円およびこれに対する昭和二
六年一月一三日から支払のすむまで年五分の割合による金員を支払え。
     控訴人のその余の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審を通じてこれを十分し、その九を控訴人その一を
被控訴人の負担とする。
     この判決は控訴人勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
         事    実
 控訴代理人は「原判決を取り消す、被控訴人は控訴人に対し金七〇万円およびこ
れに対する昭和二六年一月一三日から完済にいたるまで年五分の割合による金員を
支払え、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決ならびに仮執
行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の主張ならびに証拠関係は左記のほか原判決事実摘示と同一
であるから、これを引用する。
 控訴代理人は、甲第一号証を甲第一号証の一と訂正し、あらたに同号証の二、
三、同第一八号証の三、同第二七ないし第三一号証を提出し、当審における証人
A、B、Cの各証言、控訴人本人尋問の結果および鑑定人Dの鑑定の結果を援用
し、被控訴代理人は、右甲号各証の成立を認めた。
         理    由
 控訴人は被控訴人の放火により昭和二三年一一月九日控訴人所有の住宅を家財も
ろともに失したほか、昭和二四年七月五日控訴人方土蔵の西側にあつた積わら三千
把をも失つたと主張するけれども、これを確認するに足る証拠は一もない。すなわ
ち成立に争のない甲第二〇号証(第一回供述調書)によれば、被控訴人は後記放火
事件につき被疑者として取調をうけた際司法警察員に対し「約十年以前より今日迄
数回に亘つて人さんの母屋や長屋や風呂場等に火をつけて大変迷惑をおかけ致しま
したことがありますのでその顛末を詳しく申しあげます」と述べているけれども、
その動機を語つているだけで放火のてん末の供述記載なく、ただその末尾に「以上
の通りでありますが、先程申し上げました様にこの外にE君(控訴人)の母屋を一
昨年(昭和二三年)の十一月頃にやはり放火して居りますし其の他昭和十四年頃よ
り数回放火して居りますので其の点は次の機会に詳しく申上げます」とあり、その
第二回供述調書である一第二一号証によれば、右の如く次の機会に本件放火等につ
いて供述すべきはずであるのに、ただ「私(被控訴人)は本件(後記放火事件)の
外約十年程前から十回位私の部落のE(控訴人)F、G、H、I、J等の家に火を
点けて居ります誠に申訳ない事をして居りますが、私が斯様た事をする様になりま
した動機は云々)と述べ、また「Eの家には四回火をつけて一回全焼したことがあ
ります。今度本月の十四日に火をつけましたのは云々」といつて後記放火に言及し
ているのであるが、控訴人主張の前記二回の放火については具体的に何処え、如何
なる方法によつて放火したのか供述していないのでこれを以て直ちに控訴人主張の
如く右二回の放火についても控訴人主張の如く後記放火事件の取調に際し逐一被控
訴人の自白があつたものと速断することはできない。そして控訴人の被害に関する
限り前記在宅の全焼が最も大きく、しかもこの全焼から二年も経つていないにかか
わらず、右自供に基いて新に捜査が進められたことを認める証拠がないことと成立
に争のない甲第二八号証により明らかな後記放火事件についても第一審では被控訴
人の自白を措信しないで無罪の判決をした事実とをあわせ考えれば、右二回の放火
事件の新な捜査にあにつては既に証拠が散逸してこれを進めることが困難であつた
ろうこと、および右第一審判決は第二審で破毀され有罪の言渡があつたことなどを
顧慮してもなお前記甲第二〇、二一号証は前記二回の放火の事実までも認定する資
料となし難い。
 控訴人提出のその他の関係証拠も被控訴人が放火したのかもしれないとの心証を
生ぜしめるだけであつて、これらの資料と前記甲第二〇、二一号証とを綜合して検
討してみても被控訴人の右二回の放火につき確信を得るにいたらないのである。も
つとも控訴人は被控訴人が控訴人に対して三回の放火に対して陳謝したと主張し原
審における各当事者本人尋問の結果によれば後記放火事件の取調の際、被控訴人は
検察官の面前で謝罪したことが認められるけれどもそれは右取調中の放火事件につ
いてしたものであつて、それより以前にしたという前記二回の放火についてまでも
謝罪したものとは認め難いので右謝罪の事実があつたからといつて直ちに被控訴人
が控訴人に対して従前の放火を認めていたものということはできない。したがつて
これら二回の火災より控訴人の受けた損害を被控訴人の放火によるものとして同人
にその賠償を命じることはできない。
 次に昭和二五年六月一四日控訴人の土蔵が火災にあい、別紙目録記載の物件が焼
失したことは当事者間に争なく、これが被控訴人の放火によるものであること、す
なわち被控訴人は同日午前一時頃右土蔵の近くにあつた古菰をその庇の腕木にか
け、所携のマツチでこれに点火して右物件を焼失するにいたらしめたことは前記甲
第二〇、二一号証、成立に争のない甲第六ないし第一五号証、同第一六ないし第一
九号証の各一、二、同第二七ないし第三一号証、原審証人K、L、M、C、N、
O、P、Q、R、S、当審証人Aの各証言、原審および当審における控訴人本人尋
問の結果ならびに原審検証の結果により明らかであつて、右認定に反する被控訴人
本人の原審における供述部分は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はな
い。
 そうすると被控訴人は控訴人に対し右放火によつて控訴人に与えた損害を賠償す
べきことはもちろんであるからその数額について判断する。
 原審における控訴人本人の供述、原審および当審証人Bの証言ならびにこれらの
証拠により真正に成立したものと認められる甲第二六号証を総合すれば右損害額は
控訴人主張のとおりであることが認められる。
 さらに控訴人は本件放火により精神上多大の打撃を受けたのでこれが慰籍料を請
求するのでその当否について検討する。
 前顕甲第八号証、K、M、C、N、O、S、原審証人J、T、U、G、V、W、
X、当番証人Aの各証言に前顕控訴人本<要旨>人尋問の結果を綜合すれば、控訴人
居住のa部落では昭和一三年頃から原因不明の火災がたびたびあり、殊に控
訴人方では昭和一三年頃居宅土蔵裏にあつた木小屋が焼けたことがあり、その後前
記の如く昭和二三年一一月には居宅が全焼しその原因も不明のうち、翌年七月には
居宅西側の積藁が不審火にかかり、さらに昭和二五年六月に本件放火の厄にあつた
もので、殊に昭和二三年一一月控訴人居宅が全焼後は部落民が火災を非常に恐れて
いたことが認められる。被害者である控訴人においてはなおさらのことであつて、
同部落に住む被控訴人がかような事情を知らないはずはないものと解せられるにか
かわらず本件放火を敢行したことは、控訴人に対し非常な精神的打撃を与えたこと
を察知するに難くない。そしてかような打撃は放火による財産上の損害賠償を受け
たからといつて治癒きるべくもないことはいうまでもないところであつて被控訴人
は如上認定の諸般の事情からして控訴人がかような苦痛を受けることを予見したか
またはこれを予見し得べかりし情況にあつたものと解するのを相当とする。被控訴
人提出の証拠資料によつては如上認定を左右することはできない。よつて被控訴人
は控訴人に対し右慰籍料支払の責に任ずべきであつて、その額は前記被害の程度等
を考えて金一万円を相当とする。
 以上の理由により控訴人の本訴請求中金二二、九四〇円およびこれに対する本件
訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和二六年一月一三日から支払ずみに
いたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当と
してこれを認容すべきもその余は失当としてこれを棄却すべきである
 よつて原判決はこれを変更すべきものとし、民事訴訟法九六条九二条一九六条を
適用し主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 三宅芳郎 裁判官 藤田哲夫 裁判官 竹島義郎)
 (別紙参照)

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