弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告らは,原告に対し,それぞれ別紙一覧表認容額欄記載の金員(合計5
億7732万7649円)及び各金員に対する平成14年8月5日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,これを3分し,その2を原告の負担とし,その余を被告らの
負担とする。
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,それぞれ別紙一覧表請求額欄記載の金員(合計16
億2788万0346円)及び各金員に対する平成14年8月5日から支払済
みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が西宮競輪場を所有し,被告らが設立した兵庫県市町競輪事務
組合(以下「本件事務組合」という)が,同競輪場において,競輪事業を行。
っていたが,原告が同競輪場に対して大規模な設備投資を行って間もない時期
に,本件事務組合が競輪事業を止めて解散したという経緯を前提に,原告が,
本件事務組合の債務を承継した被告らに対し,本件事務組合が継続的な契約関
係を一方的に終了させたことは,原告に対する債務不履行ないしは不法行為に
該当すると主張して,それぞれ別紙一覧表請求額欄記載の金員(合計16億2
788万0346円)と各金員に対する損害賠償請求の日の翌日以降である平
成14年8月5日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害
金の支払を求めた事案である。
1争いのない事実等
()ア原告は,鉄道等による運輸事業や,土地建物の売買・賃貸などを業務とす1
る株式会社であり,阪急西宮スタジアム(以下「西宮スタジアム」という)。
と,西宮スタジアム内に設置された競輪場施設である西宮競輪場を所有して
いた。
イ被告ら(構成市町の合併の経緯は省略する)は,地方自治法284条2項。
に基づく一部事務組合として,自転車競技法に規定する競輪事業を共同処理
することを目的とする本件事務組合を設立し,競輪事業を行っていたが,本
件事務組合は,平成15年3月31日に解散した。
そして,本件事務組合の解散にあたり,被告らは同法289条所定の協議
を行い,本件事務組合の解散の際に本件事務組合が有する財産並びに本件事
務組合解散後に生ずる剰余金又は不足金及び債務を,別紙一覧表比率欄記載
の割合により,本件事務組合を組織する市,すなわち被告らに配分又は分賦
(甲16の1∼20の各2条,3条2項)することを定めた。
()ア西宮スタジアムは,昭和12年5月1日に竣工して営業を開始し,昭和22
4年,西宮スタジアム内に競輪場施設である西宮競輪場が設置され,同年3
月26日から,競輪が開始された。開始当初は,西宮市,伊丹市,兵庫県六
市競輪事務組合,兵庫県淡路外六市競輪組合が,単独または共催で,競輪事
業を運営していた。
また,西宮市内では,西宮競輪場の他に甲子園競輪場が存在し,西宮競輪
場と同様に昭和24年から競輪が開始され,姫路市,尼崎市,明石市と,上
記2組合が,単独あるいは共催で,競輪事業を運営していた。
その後,一貫した地元対策などが強く必要とされるようになり,通商産業
省(当時)や兵庫県からの強い指導を受けたことなどを機に,環境の浄化と
整備,迷惑防止などの周辺対策を効率的に共同処理することや,競輪事業の
運営を一元化することによる合理化を図るため,昭和48年4月,本件事務
組合が設立されることになった。
,,,イ本件事務組合の設立を機に原告と本件事務組合は昭和48年4月1日
本件事務組合が競輪事業を西宮競輪場において開催することについて,西宮
競輪場賃貸借契約書(以下「本件契約書」という。なお,甲6は平成7年4
,。),月1日付の契約書であるが当初よりほぼ同じ契約内容であったを交わし
その内容を合意した(契約の性質について争いがある。以下「本件契約」と
いう。。)
本件契約書(甲6)では,要旨,次のことが定められている。
序文原告と本件事務組合は,西宮スタジアムに併設する西宮競輪場の
使用に関し,共同の利益目的のため,次のとおり賃貸借契約を締結
する。
第1条本件事務組合が競輪開催のため競輪場の使用を申し出た時は,原
告は,これを承認する。ただし,日程に関しては,本件事務組合と
原告が協議の上定める。
第2条本件事務組合の競輪場賃借料率は,当該開催の車券売上金の10
0分の4.03(うち使用料率3.75,付加使用料率0.28)
とする。
第3条競輪開催に必要な施設の維持管理及び補充については,本件事務
組合と原告が協議の上,原告の負担において行うものとする。
第5条本件事務組合が競輪を開催する場合には,原告は自社線の電車内
及び駅構内の広告宣伝を,原告の負担において,積極的かつ他の類
似事業に優先して行う。
第8条この契約の有効期間は,平成7年4月1日から平成8年3月31
日までとする。
2前項の期間満了の3か月前までに,本件事務組合と原告のいずれ
か一方より解約通知及び契約条項の改定の申出のないときは,この
契約は,更に1か年,同一条件で継続するものとし,以下この例に
よる。
()本件契約が締結され,その後,原告と本件事務組合は,原告が自転車競技法3
所定の競輪場の設置者として,本件事務組合が同法所定の競輪施行者として,
西宮競輪場における競輪事業を行っていた。
そして,原告の費用負担によって,平成8年ころから,車番制の導入に伴
う場内テレビの増設や,走路台の大規模改修工事が行われたほか,平成9年
以降,特別観覧席を設置する,5階建ての建物の新築と,大型映像装置の新
設が,それぞれ行われ,上記の特別観覧席については,平成11年2月に竣
工し,使用が開始された。
()その後,本件事務組合は,原告に対し,平成13年11月13日付け書面4
(甲5)によって,本件契約書8条2項に基づき,平成14年3月31日をも
って本件契約を解約する旨(同年4月1日以降の更新をしない旨)の通知をし
(以下「本件通知」という,本件通知どおり,同年3月31日をもって,競。)
輪事業を終了させた。
2争点及び争点に対する当事者の主張
()被告らの債務不履行責任1
(原告の主張)
ア本件契約は,賃貸借契約書という標題の,本件契約書によって締結されて
いるが,単純な賃貸借契約ではなく,原告と本件事務組合が,相互に,競輪
事業の運営に協力し,利益を得ることを目的として,競輪施設の使用や,競
輪事業を円滑に運営し,継続するために必要な,当事者双方の各種協力義務
を定める基本契約という性質を持った契約である。
そして,本件契約関係は,本件事務組合が設立された昭和48年4月1日
以後28年間もの極めて長期間にわたって継続されている。なお,原告は,
競輪事業が開始された昭和24年3月26日から,本件事務組合が設立され
る昭和48年までの間も,被告らとの間で,本件契約と同内容の契約を継続
してきたのであり,実質的に見れば,本件契約は昭和24年から52年間も
の長期間にわたって継続されている。
イ本件契約の期間中,原告は,巨額の費用をかけて,前記争いのない事実
等1()のような大規模な設備投資を行っている。これらの設備投資は,3
本件事務組合側の強い指示や要求があったため,原告としては,平成7年
に発生した,阪神・淡路大震災による被害の復旧に奔走している最中であ
ったにもかかわらず,あえて実施したという経緯がある。これらの設備投
資は,競輪場施設以外に転用することができず,競輪事業が廃止されてし
まうと無価値になってしまうものであるが,原告としては,本件事務組合
が,今後も長期間にわたり競輪事業を継続し,西宮競輪場が使用されるこ
とを当然の前提として,本件事務組合に対する信頼に基づきしたものであ
るし,本件事務組合側も,そのような前提があることは当然に認識してい
たはずである。
ウしかるに,本件事務組合は,原告が,前記争いのない事実等1()のよ3
うな大規模な設備投資を行った後の間もない時期である平成13年11月
に,本件通知によって,同年度限りで本件契約の更新をしない旨通知し,
本件通知どおり,平成14年3月31日をもって,競輪事業を止めてしま
った。
継続的法律関係を定める基本契約においては,任意解約条項があるという
一事によって,そのとおり当然契約を終了させることができると解するのは
,,,相当ではなく一方当事者の事情のみによって契約を終了させるためには
当該契約関係にかかる具体的事情を総合考慮し,信義則に従い,正義公平の
観点から判断して,やむを得ない事情がある場合に限られなければならない
し,契約を終了させることに合理性があっても,相手方に損害を与え,それ
に対する代償措置が何もないような場合は,債務不履行に当たるというべき
である。
そして,上記ア及びイの事情に加えて,本件契約の終了が,原告にとっ
て,設備投資による資金回収の必要性が高い時期に,もっぱら本件事務組
合側の事情による解約通知によって行われていて,そこに原告の帰責事由
がなく,また,本件事務組合が,原告に対し,収支状況につき十分な説明
をせず,西宮競輪場の施設改善ばかりを強く要求していたという経緯があ
り,さらに,本件事務組合が原告に対する代償措置を何も講ぜずに,一方
的に本件契約を終了させたことからすれば,本件事務組合に,本件契約を
終了させるやむを得ない事情があったとはいえず,本件通知は無効である
し,本件事務組合が競輪事業を止めて,解散をし,本件事務組合の債務を
履行不能な状態にしたことは,原告に対する債務不履行を構成する。
(被告らの主張)
ア本件契約は,あくまで原告と本件事務組合との間で,西宮競輪場の賃貸
,。,借を合意したものであり建物の賃貸借契約である賃貸借契約において
賃貸人側が行う契約の解約や,更新拒絶に関しては,特別法による制限が
されているが,賃借人側に関しては,賃貸借契約の継続を強制する法理は
なく,本件契約上も,3か月前の通知を要するとした以外に制約はない。
通常,継続的契約関係であるとしてその契約を終了させることに制約があ
るか否かが論じられているのは,売買契約,役務提供契約,販売・業務委
託契約,代理店・特約店契約など,本来は必ずしも継続を予定しない類型
の契約についてである。不動産賃貸借契約については,民法などの法律が
一定期間の継続を予定した契約類型として,既にその解消について規律し
ているのであるから,これと異なる議論をする必要はない。
イ原告は,前記争いのない事実等1()のような大規模な設備投資を行っ3
ているが,そもそも,自転車競技法は,競輪場の整備・改修について,競
輪場の設置者に対し,当該競輪場の許可基準に適合するよう維持する義務
を課している。そして,原告は,競輪場の設置者として,前記争いのない
事実等1()のような施設の設置や,改修工事を行うよう,通商産業省の3
通達に基づく指導を受けるなどし,その結果,自らの企業判断に基づき,
主体的に,設備投資を行ったにすぎない。本件事務組合は,競輪事業の施
行者として,協力を求められる立場にすぎず,原告に対して,指示や要求
をする権限を有していない。
ウ本件事務組合は,バブル経済崩壊後,車券売上高,入場者とも減少が続
き,本件事務組合が事業経営の改善を図ったものの,平成10年度の事業
収支が赤字になり,その後,継続的な収益改善が見込めないため,原告と
の協議も行った上で,競輪事業を廃止することとした。本件事務組合は,
競輪事業の収益によって,地方財政の健全化を図ることを大きな目的とし
ており,収益が出ない競輪事業を,税金を投入して継続することはできな
いし,地方財政の健全化が図れないのに競輪事業を継続することは,賭博
である競輪事業の違法性阻却事由を欠くことにもなる。このように,競輪
事業の収支が悪化していることや,赤字になった場合に,継続を図れない
ということは,原告も認識していたし,認識できる立場にあった。
上記アのように,本件契約が賃貸借契約であることからすれば,本件事
務組合が本件契約を終了させることにつき,やむを得ない事情は不要であ
る。仮にこれが必要であるとしても,上記のような事情によれば,本件事
務組合には,やむを得ない事情があったといえる。
本件事務組合は,本件契約に定められたとおり,その更新拒絶をしたの
であって,本件契約は有効に終了しているから,本件事務組合に債務不履
行責任はない。
()被告らの不法行為責任2
(原告の主張)
ア地方公共団体が定めた一定内容の継続的施策が,特定の者に対してその施
策に適合する特定内容の活動をすることを促す個別的,具体的な勧告ないし
勧誘を伴うものである場合には,勧告等を受けた者は,地方公共団体による
施策が維持されるものと信頼し,これを前提として活動ないしその準備活動
に入るのが通常であるから,たとえ両者の間に契約が締結されたものとは認
められない場合であっても,信義衡平の原則に照らし,その施策の変更にあ
たってはかかる信頼に対して法的保護が与えられなければならず,従って,
たとえ地方公共団体による施策の変更それ自体は合理的なものであったとし
ても,施策の継続を信頼して活動に入った者が,社会通念上看過することの
できない損害を被る場合には,その損害を補償するなどの代償的措置を講ず
ることなく施策を変更することがやむを得ない客観的事情(例えば,天災な
どの不可抗力など)によるのでない限り許されない(最高裁昭和56年1月
27日第三小法廷判決(以下「昭和56年判決」という)参照。。)
イ本件において,本件事務組合は,単に競輪事業という一定内容の継続的な
事業を長期間にわたって実施するに留まらず,監督官庁の指導のもと,競輪
事業を施行する一環として,競輪場施設の設置・管理・補充といった点につ
いて,原告との間で本件契約を締結している。本件契約では,原告に対し,
本件事務組合と協議の上で競輪開催に必要な施設の維持管理及び補充を行う
義務が課せられている(3条)のであるから,原告の活動は,昭和56年判
決の事案における一般的な「勧告ないし勧誘」よりも強い契約上の義務とし
て行われてきたといえる。原告は,今後も継続的に本件事務組合が競輪事業
を行い,その協力が得られると信頼して,多額の費用をかけて,競輪場施設
の設置・補充などを行ったのであって,このことは,本件事務組合も明らか
に予想していた。そうであるにもかかわらず,本件事務組合は,一方的に,
競輪事業の採算が取れないという,もっぱら本件事務組合側の事情のみで,
原告に対する代償措置を何ら講じることなく,本件契約を終了させ,競輪事
業を廃止した。
ウ以上によれば,本件事務組合が,本件契約を終了させ,競輪事業を廃止し
たことは,たとえ合理性を有するものであったとしても,やむを得ない客観
的事情によらずに行われたものとして,原告に対する不法行為を構成するも
のである。
(被告らの主張)
ア原告は,昭和56年判決に基づく主張を行うが,同判決は,地方公共団
体が行った工場誘致に関する事案についてのものであり,誘致を受けた民
,。間人側にこれに応じる法的な義務が何もない場合についてのものである
これに対し,本件は,仮に,本件事務組合が,原告に対し,設備投資をす
るよう働きかけをしていたとしても,それは,自転車競技法上,競輪場の
設置者として原告が負っている法的責務を遵守するように促す,助言ない
しは行政指導というべきものであり,同判決のいう勧告ないし勧誘とは全
く質的に異なっている。また,同判決は,工場誘致という,1回的な行為
を前提にしているが,本件は,競輪事業という,継続的な施策が問題とな
っている事案である。地方公共団体が行うあらゆる継続的施策に,同判決
,,の判示を及ぼすと施策の変更はおよそ不可能になってしまうのであって
そのような解釈は不当である。このように,同判決を,本件の事案に当て
はめることはできないというべきである。
イそもそも,原告の主張によっても,原告にいかなる権利侵害があったか
不明である。仮に,本件事務組合が撤退したことによって,賃料収入が得
られなくなった点を権利侵害と捉えるのであれば,その原因は,本件契約
が終了したことによるのであり,前記のとおり,本件契約の終了に債務不
履行がない以上,失当である。
また,前記のように,本件事務組合が本件契約を終了させたことが債務
不履行に当たらないこと,競輪事業は,地方財政の健全化という公益目的
を達成させるために行うものであって,赤字を税金で補填しながら競輪事
業を継続させることは,法目的に反し,経営が悪化した施行者の行う競輪
,,事業の継続に対する信頼は保護の対象にならないというべきであること
それ故,原告に対する代償措置をする義務があるといえないことなど,本
件に関する事情を総合的に判断すれば,本件事務組合において,不法行為
法上の過失があったということもできない。
()損害額3
(原告の主張)
ア原告は,本件事務組合の債務不履行ないしは不法行為によって,次の損
害を被った。
(ア)競輪関係資産の残存価格計15億0665万0462円
(内訳)場内テレビ2277万9838円
競輪走路台1億3834万5066円
大型映像装置1億1038万7669円
特別観覧席12億3513万7889円
平成14年3月31日に競輪事業が廃止されるまでは,施設が現実に使
用されている点を考慮し,損害の算定にあたり,減価償却の考え方を採用
し,同日現在の残存簿価を損害として主張する。
(イ)撤去費用2122万9898円
西宮スタジアム全体を撤去したうちの,特別観覧席の撤去に要した費
用である。
(ウ)弁護士費用1億円
イ上記の競輪関係施設は,もっぱら競輪事業に使用することを前提にした
ものであって,他の用途への転用は不可能である。そして,本件事務組合
が競輪事業を廃止した後,本件事務組合以外の者が西宮競輪場を利用して競
輪事業を行うことは,事実上あり得ない。かかる実態のもとでは,本件事務
組合による競輪事業の廃止により,原告が設置・整備した競輪場施設は社会
通念上無価値なものになり,さらに,無価値となった施設を撤去する必要が
生じた。すなわち,原告は,本件事務組合の競輪事業の廃止により,結果的
に無駄な設備投資をさせられたという損害,及び無価値となった施設を撤去
するための費用負担が生じるという損害を被った。
(被告らの主張)
ア原告が主張する競輪関係資産の金額や,特別観覧席の撤去費用は不知で
あり,それらが相当因果関係のある損害であることは争う。また,残存簿
価額は,あくまで会計処理上の数値にすぎないから,その額を損害と捉え
ることは不合理である。
イこれらの競輪関係資産は,本件事務組合の要求や指示に基づくものでは
,,,,なく原告が自転車競技法上の競技場の設置者の義務を履行するため
,,。あるいは原告自身の企業判断に基づいて設備投資を行ったものである
加えて,競輪関係資産は,競輪事業が存在している限り,無価値となる
ものではないし,他の用途に転用することも可能である。そもそも,いか
なる事業においても,事業者は,自らの費用で,自らリスクを負って,設
備投資などを行うのであり,投下資本の回収ができるという保証はないは
ずである。原告は,西宮競輪場を取り壊すことが可能になったことによっ
て,再開発による利益を得られるようにもなっている。さらに,特別観覧
席の撤去費用は,賃貸用建物であってもいずれ取壊しの際に生じるもので
ある。
このように,原告が主張する損害は,いずれも相当因果関係があるとい
えない。
第3当裁判所の判断
1本件証拠(甲1∼6,8,9,11∼14,18∼47,乙1∼65(枝番
あるものは各枝番を含む,証人A,証人B,証人C)及び弁論の全趣旨に。)
よれば,以下の事実が認められ,その認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
()本件契約に関する従前の経緯1
ア本件契約は,前記争いのない事実等()イ摘示のとおり,昭和48年42
,,月1日に本件事務組合が設立されたことに伴って締結されたものであり
その契約内容の要旨は同摘示のとおりである。本件契約上,契約期間につ
いて1年間とし,3か月前までの解約通知がされなければ,さらに1年間
更新されるという規定がされているが,これは,本件事務組合を構成する
普通地方公共団体(被告ら)の一部について,自転車競技法1条1項所定
の指定が,単年度ごとの指定に止まっていたことや,各年度ごとに予算の
承認を得て,契約の更新をする必要があるという,本件事務組合側の事情
によるものであった。
イ本件契約が昭和48年に締結された後,平成12年に至るまでの間,本
件契約の解約や更新拒絶が,原告と本件事務組合との間で問題になったこ
とはなく,本件契約は,毎年自動的に更新され続けた。
かかる経緯を前提に,原告は,後記()認定の特別観覧席等を始めとす3
る,西宮競輪場に対する多額の設備投資を行った。他方,本件事務組合側
でも,契約期間は1年になっているが,長年にわたる自動更新がされ,そ
の状況下で,原告が設備投資をしている現状であるので,信義則上,一方
的に契約を終了させられないと考えているとして,その旨,平成12年7
月の本件事務組合における議会で答弁するなどしていた。
()競輪事業の推移2
ア本件事務組合は,原告から,本件契約によって西宮競輪場を借りるとと
もに,甲子園土地企業株式会社との間でも同様の契約を締結し,同社から
甲子園競輪場を借りて,これら2場で競輪事業を行っていた。
本件事務組合の事業収入は,そのほとんどが車券発売金と入場料による
ところ,その売上高は,好景気(いわゆるバブル経済)に支えられた平成
,,,,3年度に2場合計で約777億円に達していたがその後景気低迷や
競輪人気の低迷等によって次第に落ち込み,平成10年度にかけての間,
阪神・淡路大震災の発生に伴う代替開催が行われた平成7年度を除くと,
毎年度,売上高が大きく減少し,平成10年度の売上高は約495億円で
あった。西宮競輪場だけをみると,昭和55年度に,売上高が約440億
円に達したが,その後は次第に減り,平成2年度に約397億円に増えた
ものの,同年度以後は,上記同様の理由で平成7年度に増収した以外,売
上減が続き,平成10年度の売上高は約255億円であった。
イ上記アの状況を反映して,本件事務組合の,車券発売金・入場料とその
他事業収入の合計額から,開催事業支出及び執行体制支出を減じた,差引
き収支額は,平成3年度以降概ね減少し続けており,平成3年度に約38
億円であった収益は,毎年,積み立てられていた財政基金の取り崩しがさ
れているにもかかわらず,平成10年度には4億8950万2000円の
赤字であった。もっとも,この間,被告らに対する配分金は,減少傾向に
あるものの,支払が行われていて,平成10年度では2億2480万円が
支払われている。
ウ全国的に見ても,競輪事業の総売上高は,平成3年度以降減少し続けて
いて,平成3年度に総額約1兆9553億円であった売上高は,平成10
年度には総額約1兆4498億円へと減少した。これに伴い,平成5年度
以降,赤字施行者が次第に増え,平成7年度以降は,開催権を返上し,競
輪事業から撤退する施行者が現れるようになった。この背景としては,他
の公営競技と比べて愛好者が少なく,その高齢化が進んでいることや,他
の公営競技やレジャー施設に比べて施設改善が進んでいないことなどが指
摘されている。
()西宮競輪場における特別観覧席等の設置経緯3
ア競輪場施設に関しては,遅くとも昭和55年以降,通商産業省機械情報
産業局長が,通商産業局長に対し,施設等の改善を進めるよう,管内の競
輪関係者を指導するよう求めるなど,施設等の改善を求めていた経緯があ
る。
通商産業省は,平成6年3月7日,自転車競技法施行規則3条の4第4
号に基づき,施設の規模,構造及び設備並びにこれらの配置の基準を定め
た件に関する告示をした(同日同省告示第108号。この告示に定める)
基準によれば,観客の用に供する施設等は,冷暖房を有し,椅子席を備え
,,,た定員の5%以上の数の観客席を設けることとされこの基準について
平成9年3月7日から適用するとされている。そして,自転車競技法施行
規則により,この告示に定める基準に適合することが,同法3条4項の命
令で定める基準の1つとされている。
また,同省が,競輪の活性化対策の一環として,競輪場施設の改善の推
進について検討,審議した結果として,平成10年5月26日付けで近畿
通商産業局長宛てに発出した通達では,競輪場所有施設会社及び同競輪場
借上施行者に対し「競輪場施設改善指針」に基づく改善方針について,,
。,,遅滞なく報告させるよう指導することを求めているそして同指針では
大型映像装置を設置することや,屋内観客席について空調設備を完備する
ことなどが定められている。
このような経緯の中で,平成8年7月,近畿通商産業局長が西宮競輪場
施設等の実態調査を行い,その結果,原告及び本件事務組合に対し,同年
8月13日,空調の整備された観客用施設がほとんど場内に設置されてい
ないため,早急に,特別観覧席を含む空調設備のある観客用施設の設置計
画を策定することや,走路(バンク)の早期補修を実施することなどを求
めたことがあった。
イ平成4年度において,全国にある競輪場50か所のうち,西宮競輪場を
含む6競輪場に特別観覧席がないという状況であった。また,西宮競輪場
は,もともと野球用のグラウンドである西宮スタジアムに組み立て式の走
路台を設置するという構造であり,競輪のみを行う他の競輪場に比べて,
観客席から競走が見えにくいとか,開催をする上で使い勝手が悪いといっ
た問題点があった。
平成3年に,西宮スタジアムを本拠地としていたプロ野球球団が移転を
,,,,,しさらに同年以降前記のように競輪事業の売上が減少してくると
本件事務組合は,売上減少の原因は,西宮競輪場の施設が改善されていな
いためであるなどと主張し,原告に対し,平成4年ころから,特別観覧席
の設置を繰り返し強く要求するようになった。しかし,原告は,売上減少
の原因が施設だけにあるのではないし,西宮競輪場を含む周辺地域で,平
成元年以降,再開発計画が進んでいたことから,本件事務組合の要求に応
じていなかった。
ウしかし,平成6年3月7日に,上記アのように,通商産業省が,特別観
覧席の設置を基準として告示したことや,いわゆるバブル経済崩壊後の景
気の低迷が続き,さらに平成7年1月17日に阪神・淡路大震災が発生し
たことによって,上記イの再開発計画が早期に進む見通しがなくなったこ
とがあり,特別観覧席の設置に関する本件事務組合の要求が一層強まって
きたため,原告は,平成8年ころから,特別観覧席の設置に関する検討を
開始した。
当時,西宮競輪場では,同年に車番制が導入されるのに対応した表示装
置(場内テレビ)の設置や,大型映像装置(アストロビジョン)の表示部
の寿命に伴う更新,走路の改修も必要であり,原告が試算した結果,場内
テレビ(約2億5000万円,大型映像装置の更新(約5億円,走路))
台改修(約4億円)に特別観覧席を設置する建物の新築(約18億円)を
含めると,総額で約29億5000万円もの設備投資が必要であり,上記
震災被害もあった原告にとって重い負担であった。原告は,本件事務組合
に対し,競輪の継続と増収策の検討などを求めていくこととして,特別観
,,。覧席の設置をすることを決定し同年9月ころから基本設計を開始した
その後,特別観覧席を設置する建物の設計段階では,本件事務組合側か
ら,レイアウトにつき,諸々の具体的な要望が出され,設計に反映されて
いった。
エ特別観覧席を設置する建物は,平成9年12月に建設工事が開始され,
平成11年2月20日竣工し,同月28日に使用が開始された。その構造
は,延べ床面積4981.96平方メートル,鉄骨5階建てであり,前面
がガラス張りとなっている特別観覧席が2フロアにわたって設けられてい
るほか,投票所や関係者室,食堂などの設備も設けられている。その建物
は,野球場でいえば,外野席中央上部の通常スコアボードが存在する場所
に,従前の大型映像装置(アストロビジョン)を撤去する形で新築されて
いて,新たな大型映像装置(オーロラビジョン)がレフト側外野席に新設
された。
ところで,西宮競輪場は,前記認定のように,組み立て式の走路台を取
り外せば,他の競技やコンサートの会場としても利用することが可能であ
るが,特別観覧席は,上記のような位置・構造であるために,野球場でい
う本塁側が遠く,上空が見えないという問題点や,ガラス面で仕切られて
いるために音が入らないという問題点,本塁側客席に観衆がいることを前
提とする興行であれば,出演者の背面になってしまうという問題点などが
ある。
オこの他に,原告は,平成8年から平成9年にかけて,西宮競輪場の走路
台の大規模改修工事も行った。これは,当時使われていた走路台が,昭和
52年に製作され,部分的な改修を重ねて使用されていたが,全体的に走
路面に凹凸が生じ,選手から,走りにくいという苦情が出るとともに,上
記アのように,近畿通商産業局長からも,その早期補修が求められていた
ため,平成6年度ころから検討を進め,工事を行ったという経緯によるも
のである。
さらに,平成8年度の車番制の導入に伴い,従来の場内テレビでは,枠
番と車番を交互に映すことしかできなかったところ,かかる交互映像では
混乱を招くという本件事務組合側の意向を踏まえて,原告は,場内テレビ
の増設も行った。
()平成11年以降の経緯4
ア上記()エ認定のように,平成11年2月以降,特別観覧席の使用が開3
始された。しかし,平成11年度の本件事務組合の収支は,車券発売金と
入場料収入は大幅に増えたものの,開催事業支出も大幅に増え,財政基金
を3億円以上取り崩しても,なお2億円以上の赤字が見込まれる結果とな
った。
イ本件事務組合は,平成12年4月に,今後の車券売上額の予測と,競輪
事業と地方財政の関係について,D大学経済学部のE教授に調査分析を依
頼した。同教授が,全国の競輪事業の売上予測から,本件事務組合に係る
売上予測を行った結果,経済成長率を2%とすると,本件事務組合の売上
げは,毎年度20億円程度減少することが見込まれ,今後,入場者数の増
加や売上げの大幅な伸びを見込むことはおよそ不可能であるという結論が
出され,同年6月から同年7月にかけて,その旨,本件事務組合に報告さ
れた。
ウこのような状況を受けて,本件事務組合は,従業員組合に対して賃金の
削減を要請するなどするとともに,原告に対し,同年4月以降,競輪場賃
借料率の引下げを求めるようになった。そして,本件事務組合は,原告に
対し,同年7月28日付けで「今後の協議の結果によっては,平成1,」
2年度末で競輪事業から撤退することも考えられるとする内容の文書を差
し出した。
さらに,本件事務組合は,原告に対し,同年8月28日付けで,競輪事
業再建のためには,各種経費につき,大幅な見直しが必要であり,平成1
3年度以降の競輪事業について,撤退も視野に入れ協議を行う極めて厳し
い状況にあるが,諸般の事情を検討し,平成13年度における継続は,競
輪場賃借料率を25%減率することなどが条件であることなどを記した文
書を差し出した。
これに対し,原告は,同年9月8日付けで,平成13年度末をもって撤
退する場合は,競輪関係施設の残存簿価の除去費用や撤去工事費用の補償
等を,平成14年度以降継続する場合は,同年度以降,競輪場賃借料率の
現行料率への回復を,それぞれ条件として,本件事務組合が求めた競輪場
賃借料率の減率に応じる旨,回答した。
しかし,本件事務組合は,上記の条件に同意せず,その結果,原告と本
件事務組合との間では,同月14日,本件事務組合が求めた平成13年度
における競輪場賃借料率の25%減率のみが確認され,同年10月20日
には,上記の条件が減率の条件でないことが確認された。
エ本件事務組合は,従業員賃金の大幅な節減がされ,上記のように,原告
が競輪場賃借料の大幅な削減に応じたことから,平成13年度の事業収支
は黒字の見込みになったとして,同年度も従前どおり競輪事業を継続させ
た。
()競輪事業からの撤退等5
,,ア上記()認定のような経緯で平成13年度の競輪事業が継続されたが4
平成13年度の売上は前年を下回るものであり,結果的に,売上実績は平
成12年度の83.25%にとどまるものであった。
イ本件事務組合が,その間の平成13年7月と同年10月に,直近の売上
,,げに基づく試算を行ったところ現状を維持する場合は平成14年度から
西宮競輪場での開催を止めて,同場を場外車券売場として,甲子園競輪場
のみで開催する場合であっても平成15年度ないしは平成16年度から,
本件事務組合の収支が赤字になってしまうという結果が出た。
ウこのような試算結果をふまえて,本件事務組合では,平成13年11月
2日に開催された管理者・副管理者会において,同年度末をもって,競輪
事業から撤退することが決定され,同月13日,本件事務組合の議会にお
いてその旨の承認がされた上で,同日,原告に対し,平成14年度以降,
本件契約を更新しないことの申入れがされた。
そして,本件事務組合は,平成13年度末をもって,競輪事業から撤退
し,平成14年度末をもって解散した。
エなお,上記のように,本件契約を終了し,競輪事業から撤退したことに
ついて,本件事務組合や被告ら側から,原告に対する補償は行われていな
い。
()特別観覧席等の残存価格6
場内テレビは,取得価額が4692万9089円であり,平成14年3月
末日時点における簿価は2277万9838円である。
競輪走路台の大規模改修工事は,取得価額すなわち工事費用が3億541
6万1859円であり,大規模改修後の走路台の平成14年3月末日時点に
おける簿価は1億3834万5066円である。
大型映像装置は,取得価額が3億0522万6846円であり,平成14
年3月末日時点におけるの簿価は1億1038万7669円である。
特別観覧席は,取得価額が16億4286万7135円であり,平成14
年3月末日時点における簿価は12億3513万7889円である。また,
,,,,特別観覧席はその後平成17年9月までに取り壊しの上撤去されたが
その費用は2122万9898円であった。
2以上の事実を前提に,原告の主張する債務不履行の成否につき,検討する。
()アまず,本件契約は,原告が所有する西宮競輪場を,本件事務組合に使1
用させ,本件事務組合が競輪を開催し,原告に対し対価として使用料を支
払うことを合意したもので「当事者の一方がある物の使用及び収益を相,
手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うことを
約する」契約(民法601条)であって,双方が,本件契約を,賃貸借契
(),,約と名付けて締結していること本件契約書にも照らせば本件契約は
西宮競輪場の賃貸借契約であると解するのが相当である。
イこの点,原告は,前記のように,本件契約は,単純な賃貸借契約ではな
く,原告と本件事務組合が,相互に,競輪事業の運営に協力し,利益を得
ることを目的として,競輪施設の使用や,競輪事業を円滑に運営し,継続
するために必要な,当事者双方の各種協力義務を定める基本契約という性
質を持った契約であると主張する。確かに,西宮競輪場における競輪事業
は,競輪場の設置者である原告と,競輪施行者である本件事務組合とが連
携し,協力をすることによって,開催が可能になるものであり,また,通
商産業省が前記1()ア認定のように行っていた指導も,かかる両者の連3
携・協力関係を前提とするものであったと解される。しかし,上記アのよ
うに,原告と本件事務組合とが,本件契約を賃貸借契約と明確に位置付け
て締結していることからすれば,上記のような背景事情を理由に契約の法
的性質自体が変質すると解することはできず,その事情は,あくまで本件
契約を賃貸借契約と理解した上で,その合意の解釈をする上で考慮すべき
問題にとどまるというべきであるから,これに反する原告の上記主張を採
用することはできない。
()このように,本件契約が賃貸借契約であると認められるところ,本件契2
約上,契約期間が1年間とされ,期間満了の3か月前までに解約通知がされ
なければ,毎年4月からさらに1年ずつ自動更新される旨定められているこ
とは,前記争いのない事実等()イ摘示のとおりである。そして,その規定2
,,,,によれば本件事務組合は原告に対し3か月前までに解約通知をすれば
本件契約を終了させることができるようにも解される。
しかしながら,本件契約の契約期間が1年とされた理由が,自転車競技法
所定の指定や,予算措置上の問題という,もっぱら本件事務組合側の事情に
よるものであったことは,前記1()ア認定のとおりである。そして,競輪1
事業が,自転車競技法が定める指定や許可を得た上で,同法所定の基準に適
合する競技場の設置をし,選手や審判員を確保し,車券の販売や払戻しをす
るなど,相当程度の人的・物的準備を要し,とりわけ,競輪場の設置者にお
いて相当程度の先行投資を要する事業であることからすれば,本件契約が締
,,,,結された当時原告と本件事務組合が本件契約をその契約条項どおりに
契約期間を1年間とし,3か月前までの解約通知をすれば,制限なく解約で
きる契約であると考えていたとは認め難く,その後,本件契約が自動的に更
新され続け,平成12年に至るまでの間,本件契約の解約や更新拒絶が問題
にならなかったことは,前記1()イ認定のとおりである。1
そして,前記1()エ及びオ認定のように,平成8年から平成11年にか3
けて,西宮競輪場において,特別観覧席の設置等の大規模工事が次々と行わ
れているところ,その時点において,原告が,平成13年度末という,工事
完成後間もない時期に,本件契約が解約されると想定していなかったことは
明らかである。他方,本件事務組合としても,前記1()イ及びウ認定のよ3
うに,原告に対し,特別観覧席の設置を強く求めたり,その設計につき,諸
々の要望を出すなどしていた時点では,今後も競輪事業を継続することを予
定していて,平成13年度末で競輪事業を終了させることを想定していなか
ったものと推認することができ,現に,本件事務組合が,平成12年7月の
議会において,原告が上記のように多額の設備投資をしていることからすれ
ば,一方的に本件契約を終了させられないと考えている旨の答弁をしていた
ことは,前記1()イ認定のとおりである。1
そうすると,原告と本件事務組合は,本件契約が締結され,その解約等が
問題となることなく,契約の更新がされ続けた平成12年に至るまでの間,
本件契約書記載の文言にかかわらず,本件契約は長期間の継続が予定された
,,()賃貸借契約であり3か月前の解約告知さえ行えば契約の解約更新拒絶
ができる契約ではないという認識を共通して有していたと認められる。
()しかるに,本件事務組合は,前記1()認定のように,特別観覧席の使用34
が開始されたにもかかわらず,平成11年度の収支が好転せず,赤字になっ
,,,てしまい今後売上げの大幅な増加が見込めない旨の報告がされたとして
特別観覧席が竣工したわずか1年半後である平成12年8月に,競輪事業か
らの撤退があり得るとして,原告に,賃借料率の引下げを要求し,原告が,
この要求を,結果的に無条件で応諾したにもかかわらず,平成13年11月
に,同年度限りで本件契約の更新をしない旨の申入れをし,何ら原告に対す
る補償措置を講ずることなく,本件契約を終了させた。
このような本件契約の終了が,上記()で判示した,本件契約に関する,2
従前の原告と本件事務組合との間の認識に反するものであることは明らかで
ある。そして,本件契約の終了が,上記認定判示のように,本件事務組合側
の事情によるもので,原告側の帰責事由によるものといえないことからすれ
ば,わずか3か月余り前の解約通知(申入れ)をしただけで,補償もなく本
件契約を終了させ,競輪事業から撤退したという本件事務組合の対応は,契
約当事者間の信義則に反し,原告に対する債務不履行を構成するというべき
である。
()アこれに対し,被告らは,賃貸借契約において賃借人が賃借の継続を強制4
される法理は存在せず,本件契約上,本件事務組合が契約の更新をしない
ことに何ら制限はないと主張する。しかし,本件契約書に規定された文言
が,契約当事者である原告及び本件事務組合の認識に合致しないものであ
ったことは上記認定判示のとおりである。被告らの上記主張は,契約当事
者の意思に沿わない契約文言に依拠するものというほかなく,上記認定を
覆すに足りる的確な証拠があるともいえないから,その主張は採用できな
い。
イまた,被告らは,原告が,自転車競技法上の義務を履行すべく,自らの企
業判断に基づき,主体的に,設備投資を行ったもので,本件事務組合は,競
輪事業の施行者として,協力を求められる立場にすぎず,原告に対して,
指示や要求をする権限を有していなかったとの主張をしている。しかし,
前記1()エ及びオ認定のような大規模な設備投資が,最終的に原告の経3
,,営判断によって決断されていたとしても前記1()イ及びウ認定のように3
本件事務組合の要望によるところも大きく,上記()で判示した本件事務3
組合の債務不履行を全面的に否定する理由とはならないから,その主張は失
当である。
ウさらに,被告らは,本件事務組合として,競輪事業の継続ができなかっ
たことには,やむを得ない事情があったことを主張する。しかし,本件事
務組合は,本件契約の当事者として,自らの都合のみによることなく,本
件契約上の債務を信義則に則って誠実に履行し,原告に不測の損害を与え
ないようにすべき立場にある。上記認定判示のように,原告と本件事務組
合が,本件契約について,長期間の継続を予定した賃貸借契約で,3か月
前の解約告知だけで解約(更新拒絶)できる契約ではないという認識を共
通して有していたにもかかわらず,本件事務組合が,わずか3か月余り前
の解約通知をしただけで,補償もなく本件契約を終了させ,競輪事業から
撤退したことにつき,本件事務組合側に,かかる対応を正当化させるほど
の事情があったとはいえないから,その主張についても採用することはで
きない。
3そこで,進んで,本件事務組合の上記の債務不履行によって,原告に発生した
と認められる損害について,検討する。
()競輪関係資産の残存価格について1
ア前記1(),()及び()で認定した事実からすると,競輪事業自体が全245
国的に見て売上げ等が減少している状況にあり,28年間もの長期にわた
り西宮競輪場で競輪事業を継続してきた本件事務組合が,競輪事業から撤
退せざるを得なかったことからすれば,新たに施行者となる地方公共団体
が現れるとは考え難いから,西宮競輪場の競輪施設は本件事務組合が競輪
事業から撤退したことにより,使途がなくなり,無価値なものになったと
いうことができる。
そして,前記1()で認定した事実によれば,競輪走路台の大規模改修3
工事,場内テレビ,大型映像装置及び特別観覧席の設置は,いずれも原告
が,本件契約の継続を前提に多額の設備投資を行ったものであり,本件事
務組合の債務不履行により無価値になったものであるから,上記各施設の
残存価格は,特別損害にあたると評価できる。
その上で,本件事務組合が,西宮競輪場における競輪事業の施行者とし
て,原告が,本件契約の継続を前提に,これらの特別損害に係る巨額の設
備投資を行っていることを知っていたことは明らかであるところ,本件事
務組合側が一方的に本件契約を終了させた場合に,これらの残存価格(簿
価)分が原告の損害になることは,本件事務組合側において十分に予見で
きるから,本件事務組合には,上記の特別損害につき,予見可能性があっ
たと認められる。
したがって,上記各施設の残存価格は,本件事務組合の債務不履行との
間に相当因果関係が認められる損害というべきところ,前記1()のよう6
に,その残存価格は,本件事務組合の債務不履行時である平成14年3月
31日の時点で,合計15億0665万0462円(場内テレビが227
7万9838円,競輪走路台が1億3834万5066円,大型映像装置
,)が1億1038万7669円特別観覧席が12億3513万7889円
であると認められる。
イ上記判示につき,被告らは,上記各施設の設置は,原告が,自転車競技
法上の義務を履行するために行い,あるいは自らの企業判断に基づき行っ
,,たものであって本件事務組合の要求や指示に基づくものではないとして
本件事務組合の責任に基づく損害でない旨の主張をする。しかし,本件事
務組合の債務不履行によって,本件契約が終了し,競輪事業が行われなく
なったことによって,競輪事業以外に転用可能性がないというべき上記各
施設が無価値なものになってしまったという点において,原告に生じたそ
の残存価値相当の損害は,被告らの債務不履行責任と相当因果関係を有し
,。ているというべきであるから被告らの上記主張は当を得ないものである
被告らは,上記各施設は,他の用途に転用することが可能であるとも主
張するが,特別観覧席が,他の競技やコンサートなどにおいて有効に利用
できないことは,前記1()エ認定のとおりであるし,競輪の走路台につ3
いては,その性質上,競輪事業以外に利用できないことが明らかである。
また,場内テレビや大型映像装置についても,西宮競輪場における競輪事
業に用いることを前提に設置がされたものであって,既に中古のものとな
っていることに鑑みれば,その有効活用は困難であると推認することがで
きるところ,この推認を覆すに足りる的確な証拠があるとはいえない。
また,被告らは,本件契約が終了し,西宮競輪場を取り壊すことが可能
になったことによって,原告が再開発による利益を得られることになった
などと主張するが,上記各施設の耐用年数内は競輪事業を存続させ,その
経過後に西宮スタジアムを取り壊して再開発をする場合に比べて,原告が
利益を得たとの的確な証拠があるともいえないから,上記主張も採用でき
ない。
なお,被告らは,残存簿価額は,平成14年3月31日時点の価値を表
すものではないとも主張しているが,減価償却法により算出された残存簿
価額自体が不合理であるとまではいえず,また,各施設の残存価格が残存
簿価額を下回ると認めるに足りる証拠もない。
()特別観覧席の撤去費用について2
上記()に加えて,原告は,特別観覧席の撤去費用についても,本件事務1
組合の債務不履行によって生じた損害であると主張している。
しかし,本件契約が長期間の継続を予定した契約であったと認められると
しても,そのことは,本件契約が永久に続くことを意味するものではないの
であって,特別観覧席の撤去費用は,本件事務組合の債務不履行の有無にか
かわらず,本件契約が終了する場合や,特別観覧席の耐用年数が経過した場
合に,いずれ必然的に原告に生じてしまう費用である。
そうすると,特別観覧席の撤去費用が,本件事務組合の債務不履行と相当
因果関係を有する損害であると認めることはできないから,同費用に関する
原告の請求は理由がない。
()このように,原告の主張する損害のうち,特別観覧席等の競輪関係資産3
の残存価値相当の損害については,本件事務組合の債務不履行と相当因果関
係があると認められるのであるが,西宮競輪場における競輪事業は,原告自
身も,競輪場施設の設置者として,自らの主体的な経営判断に基づき,行っ
ていたものである。そして,前記争いのない事実等()イ摘示のように,本2
件事務組合から原告に対し支払われる賃借料が,車券の売上高と比例してい
たことや,前記1()認定のような競輪事業の盛衰の経緯が全国的にあった2
ことからすれば,原告自身も,本件事務組合の経営状態が悪化しつつあった
ことは当然に予測できたはずであるし,本件契約が,将来,長期にわたって
継続できない危険があることも予測し得たはずである。そうであるにもかか
わらず,原告は,競輪場施設の設置者として,高額の設備投資を行った上で
西宮競輪場を設置し続けることを,自らの経営判断として決断し,前記競輪
関係資産に対する設備投資を行ったのであって,本件事務組合が競輪事業を
継続するであろうという期待を有していたとしても,原告には,損害の発生
及び拡大につき,一定の責めに帰すべき事由があったといわざるを得ない。
そうすると,上記()の損害をすべて被告らに負担させることは,当事者1
間の信義則ないしは公平の観点に照らし,相当でないから,過失相殺の規定
を類推適用することとし,上記認定判示の各事情を考慮の上,損害額の6割
5分を減ずることとする。
したがって原告は被告らに対し総額で5億2732万7661円上,,,(
記()認定の15億0665万0462円から6割5分を減じた額)の損害1
賠償請求権を有していることになる。
()その上で,本件において原告に対し認容される損害額や,事案の概要等4
の事情に照らすと,弁護士費用として,5000万円を,相当因果関係のあ
る損害として認容するのが相当である。
4以上によれば,原告は,本件事務組合解散後の債務を引きついだ被告らに対
し,合計5億7732万7661円の損害賠償請求権を有すると認められる。
そして,被告らは,争いのない事実等()記載のとおり,本件事務組合の債務1
を別紙一覧表比率欄記載の割合に従い負担しているので,被告らが負担する金
額は,それぞれ別紙一覧表認容額欄記載のとおりとなる。なお,遅延損害金の
起算日は,原告が主張する平成14年8月5日までに,原告が,本件事務組合
に対し,本件の損害賠償請求を行っていることにつき,当事者間に争いがない
から,原告の主張どおり,同日と認めることとする。
5なお,原告は,被告らに対し,不法行為を理由とする損害賠償請求も,請求
原因として併せて主張しているが,その主張によっても,上記認容額を超える
損害賠償を認容することはできない。
第4結論
以上の次第であって,原告の請求は,被告らに対し,それぞれ別紙一覧表認
容額欄記載の金員及び各金員に対する平成14年8月5日から支払済みまで年
5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容
し,その余の請求は理由がないからいずれも棄却することとし,主文のとおり
判決する。
大阪地方裁判所第12民事部
裁判長裁判官瀧華聡之
裁判官堀部亮一
裁判官森千春

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