弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人遠藤誠の上告理由第一、第二、第四点について
 原審の適法に確定したところによれば、(1) 上告人Aは、昭和五八年六月二
六日実施の参議院(比例代表選出)議員選挙の際、被上告人B放送協会の放送設備
により上告人雑民党の政見の録画を行ったが、同被上告人は、録画した上告人Aの
発言中「めかんち、ちんばの切符なんか、だれも買うかいな」という部分(以下「
本件削除部分」という。)の音声を削除して同年六月一六日と同月二〇日にテレビ
ジョン放送をした、(2) 当時、身体障害者に対する侮蔑的表現であるいわゆる
差別用語を使用することは社会的に許容されないということが広く認識されていた、
というのであり、本訴における上告人らの主張は、同被上告人が本件削除部分の音
声を削除してテレビジョン放送した行為が政見をそのまま放送される上告人らの権
利を侵害する不法行為に当たる、というにある。
 以上の事実関係によれば、本件削除部分は、多くの視聴者が注目するテレビジョ
ン放送において、その使用が社会的に許容されないことが広く認識されていた身体
障害者に対する卑俗かつ侮蔑的表現であるいわゆる差別用語を使用した点で、他人
の名誉を傷つけ善良な風俗を害する等政見放送としての品位を損なう言動を禁止し
た公職選挙法一五〇条の二の規定に違反するものである。そして、右規定は、テレ
ビジョン放送による政見放送が直接かつ即時に全国の視聴者に到達して強い影響力
を有していることにかんがみそのような言動が放送されることによる弊害を防止す
る目的で政見放送の品位を損なう言動を禁止したものであるから、右規定に違反す
る言動がそのまま放送される利益は 法的に保護された利益とはいえず、したがつ
て、右言動がそのまま放送されなかつたとしても、不法行為法上、法的利益の侵害
があったとはいえないと解すべきである。
 以上のとおりであるから、同被上告人が右規定に違反する本件削除部分の音声を
削除して放送した行為は、上告人らの主張する不法行為に当たらないものというべ
きであり、不法行為の成立を否定した原審の判断は、結論において是認することが
できる。
 所論は、違憲をも主張するが、その実質は単なる法令違背の主張にすぎない。論
旨は、採用することができない。
 同第三点について
 憲法二一条二項前段にいう検閲とは、行政権が主体となって、思想内容等の表現
物を対象とし、その全部又は一部の発表の禁止を目的として、対象とされる一定の
表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認めるも
のの発表を禁止することを、その特質として備えるものを指すと解すべきところ(
最高裁昭和五七年(行ツ)第一五六号同五九年一二月一二日大法廷判決・民集三八
巻一二号一三〇八頁)、原審の適法に確定したところによれば、被上告人B放送協
会は、行政機関ではなく、自治省行政局選挙部長に対しその見解を照会したとはい
え、自らの判断で本件削除部分の音声を削除してテレビジョン放送をしたのである
から、右措置が憲法二一条二項前段にいう検閲に当たらないことは明らかであり、
右措置が検閲に当たらないとした原審の判断は、結論において是認することができ
る。論旨は、採用することができない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官園部逸夫の補
足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。
 私も、法廷意見と同様の理由により、被上告人B放送協会が公職選挙法(以下「
法」という。)一五〇条の二の規定に違反する本件削除部分の音声を削除して放送
した行為(以下「本件削除行為」という。)は、上告人らの主張する不法行為に当
たらないものと考える。ところで、法廷意見は、本件削除行為が、法一五〇条一項
後段に違反するものであるかどうかについては、全く触れていない。それは、法廷
意見が、上告人らの主張する不法行為の成否を判断するに当たって、この問題に触
れる必要を認めなかったことを意味する。この点についても、私は、法廷意見と基
本的に見解を同じくするものであり、本件削除行為が、被上告人B放送協会の行為
規範としての性格を有する法一五〇条一項後段に違反するかどうかは、上告人らの
主張する不法行為の成否とは直接関わりがないと考える。したがって、この問題に
ついて判断することは、私の立場においても、法的には不必要な判断と言わなけれ
ばならないが、この問題が、本件第一審以来の主要な争点であったことを顧慮し、
一般論として、私の見解を述べる次第である。
 私は、法一五〇条一項後段の「この場合において、B放送協会及び一般放送事業
者は、その政見を録音し又は録画し、これをそのまま放送しなければならない。」
という規定は、公職の候補者(以下「候補者」という。)自身による唯一の放送(
放送法二条一号)が法一五〇条一項前段の定める政見放送であることからしても(
法一五一条の五参照)、選挙運動における表現の自由及び候補者による放送の利用
(いわゆるアクセス)という面において、極めて重要な意味を待つ規定であると考
える。法は、一方において、候補者に対し、政見放送をするに当たっては、「その
責任を自覚し」「他人若しくは他の政党その他の政治団体の名誉を傷つけ若しくは
善良な風俗を害し又は特定の商品の広告その他営業に関する宣伝をする等いやしく
も政見放送としての品位を損なう言動をしてはならない。」と定め(法一五〇条の
二)、政見放送としての品位の保持を候補者自身の良識に基づく自律に任せ、他方
において、候補者の政見放送の内容については、B放送協会及び一般放送事業者(
以下「B放送協会等」という。)の介入を禁止しているのである。したがって、こ
の限りにおいて、B放送協会等は、事前に放送の内容に介入して番組を編集する責
任から解放されているものと解さざるを得ない。候補者の政見放送に対する事前抑
制を認める根拠として、遠くは電波法一〇六条一項、一〇七条、一〇八条、近くは
法二三五条の三を挙げる見解があるが、これらの規定は、いずれも事後的な刑罰規
定であって、これをもって事前抑制の根拠規定とすることは困難である。いうまで
もなく、表現の自由とりわけ政治上の表現の自由は民主政治の根幹をなすものであ
るから、いかなる機関によるものであれ、一般的に政見放送の事前抑制を認めるべ
きではない。法一五〇条一頃後段は、民主政治にとって自明の原理を明確に規定し
たものというべきである。
 公職の選挙において、政見放送は、選挙人が候補者の政見を知るための重要な判
断材料となっており、法一五〇条一項前段の規定は、B放送協会等に対し、その放
送設備により、公益のために、候補者にその政見を放送させることを要請している。
そして、法一五〇条一項前段と後段の規定を合わせると、政見放送においては、B
放送協会等の役割は、候補者の政見を公衆ないし視聴者のために伝達すること以上
に出るものではないと解するのが妥当であるから、政見放送の内容については、法
的にも社会的にも責任を負うものではないと見るべきである。この点に関して、視
聴者のすべてがこれらのことを了解しているとはいえない現状においては、視聴者
が強い嫌悪感を抱くような内容の政見の録音又は録画については、B放送協会等に
おいて、放送事業者の品位と信用を保持する見地から、その放送前に一定の事前抑
制を講ずることを、緊急避難的措置として例外的に認めるべきであるとする見解が
ある。しかし、このような理論の適用を軽々に認めることは、結局、法律の規定に
基づかない事前抑制を事実上放置することとなり、ひいては、B放送協会等に過大
な法的・社会的責任を負わせることとなるものであって妥当でないと考える。
 これを要するに、候補者の政見については、それがいかなる内容のものであれ、
政見である限りにおいて、B放送協会等によりその録音又は録画を放送前に削除し
又は修正することは、法一五〇条一項後段の規定に違反する行為と見ざるを得ない
のである。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    貞   家   克   己
            裁判官    園   部   逸   夫

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