弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を禁錮六月に処する。
     但し、三年間右刑の執行を猶予する。
     当審及び原審の訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 検察官の控訴の趣意は、記録編綴の検事吉川栄之助名義の控訴趣意書記載のとお
りであるから、ここにこれを引用する。
 これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
 原判決が、被告人は乗合自動車運転手としてその業務に従事中、昭和三〇年四月
一三日乗合自動車(鳥○―○△×□○号)に乗客約四〇名及び車掌A当一六年を乗
せて之を運転し、鳥取市B街道を進行中、午前一一時三五分頃C株式会社D支店前
停留所に到達停車し、乗客の乗降を終えて発車したが、かかる場合自動車運転者
は、乗降口の扉が車掌により完全に閉止されたことを確認した後進行し、且車掌か
ら停車の合図があつたときは直ちに停車すべき業務上の注意義務があるに拘らず、
被告人は不注意にも、当時扉は開かれたままであつたに拘らず、之に気付かずして
そのまま進行を始め、且車掌から危険が切迫して居ることを思わしめるような声で
停車の合図があつたに拘らず停車しなかつた為、乗降口に立つて下車を求めて居た
E当七年を転落せしめ、外陰会陰直腸肛門部挫傷及び恥骨右大腿部骨折等の傷害を
与え、出血多量により死亡せしめたものである、との公訴事実に対し、所論摘示の
理由により、無罪の言渡をしたものであることは、原判文に照らし明白である。
 よつて、記録に基きこれを検討する。
 一、 凡そ自動車運転者が自動車を運転するにあたつては、その運転する自動車
の種類如何を問わず、常にこれを安全な方法によつて運転する責任を有するものに
して、車掌又は助手を同車させて運転する場合においても、運転者に固有の、右安
全運転の責任には、何等の消長を来たすものではない。道路交通取締法施行令第一
七条は、車の操縦者に対し、安全な運転をするために遵守すべき事項を規定してお
るが、右は当然車の操縦者としての自動車運転者に対しても適用があるものである
から、自動車運転者は、同条第六号所定の「とびらを閉じ、又は乗つている者の転
落を防ぐために必要な鎖、ロープその他の安全装置を施して諸車を運転する」義務
を負うものというべく、従つて乗合旅客自動車の運転については、とびらを閉ぢ、
乗つている者の転落を防ぐ装置をして、発車進行をする義務があるものとすべきで
ある。
 自動車運送事業等運輸規則(本件当時は昭和二七年運輸省令第一〇〇号として施
行されていたが、同令は昭和三一年八月一日運輸省令第四四号により全面的に改
正、廃止されたるも、改正後の省令においても同趣旨の規定がある)が、一般乗合
旅客自動車運送事業者、一般貸切旅客自動車運送事業者は、事業用自動車に車掌を
乗務させなければならないものとし、これ等自動車の運転者は、車掌の合図によつ
て発車を行うものと規定したのは、これ等旅客自動車は、一時に多数の乗客を輸送
するのを通常とするものであるから、特にその人命に対する危険防止の見地よりす
る輸送の安全、旅客の利便確保のために、道路運送法の規定に基き、車掌の乗務そ
の他のことを運輸大臣が定め、もつてより一層安全な運転を期したものである。右
規定の存することよりして、乗合旅客自動車にあつては、運転者に対する前記施行
令の義務は排除せられ、発車についての責任は、挙げて車掌にあるものとし、運転
者は車掌の合図に従つて発車進行さえすれば、それが安全な状態においてなされた
ものかどうかを確認する義務はないものと、解すべきでないことは、同規則制定の
趣旨及び文理に照らし、明白であるというべきであつて、又このことはこれを形式
的に論ずるも、右規則は省令にして、政令より下級の命令であるから、規則によつ
て、上級の政令であるところの道路交通取締法施行令に定める前記自動車運転者の
義務を、排除する効力を認めることは、不合理であることよりしても、容易に首肯
できるのである。<要旨第一>即ち乗合旅客自動車の運転者は、車掌によつて発車の
合図がなされたときと雖も、乗降口の扉が閉ぢられ、乗客の転落を防止
する安全装置がなされているかどうかを確めた後、発車進行すべき義務があるもの
とするを相当とする。すると、原判決が、被告人は本件乗合自動車を運転するにつ
き、乗降口の扉が解放された侭で出発進行した事実を認めながら、前記自動車運送
事業等運輸規則第二六条第七号の規定を根拠とし、道路交通取締法施行令第一七条
の適用を認めず、右は車掌の合図によつて発車したものであるから、運転者たる被
告人には、乗客の転落防止の安全装置をせずして出発進行したことについて、責任
はないものと判断したのは、法令の適用を誤つたもので右誤りが判決に影響を及ぼ
すことは明白であるから、原判決はこの点において破棄すべきである。論旨は理由
がある。
 二、 実況見分調書、原審検証調書、原審のF、G、H、Aに対する各証人尋問
調書、Aの検察官に対する供述調書、被告人の司法警察員並びに検察官に対する各
供述調書を綜合すれば、被告人は公訴事実記載の日時本件自動車を運転し、C株式
会社D支店前停留所を出発したが、その発車直前に、E当七年が車を間違つて乗車
し、乗降口のステップに立つており、車掌は扉を閉ぢないまま発車合図をしたもの
であつて、その侭発車進行するときは、右幼女が転落する危険があつて、かかる場
合運転者は、車掌によつて扉が閉ぢられ、乗客の転落を防止する安全装置がなされ
たことを確認すべき注意義務があるのに、被告人は、不注意にも右のことを気付か
ず、漫然と車掌の合図だけによつてその侭発車進行し、時速約七粁位で同停留所か
ら東北約九米に在る十字路の曲角を北西に向つて迂回しようとした地点において、
右幼女がしきりに降車を求めて止まないので、車掌から停車の合図を受けたのであ
るが、何故車掌が右停車合図をするものかを確めもせず、右は乗遅れの客があつて
停車合図をするものと軽信し、且同所は曲角であつて、一般には停車禁止区域にな
つているため、同所を通過してから停車しようと考え、その侭進行を続け、更に
七、九米位進んだところ、車掌から更に停車合図があり、続いて乗客中に子供がひ
かれたと叫ぶ声かあつたので、直ちに急停車をしたが、その時は既に前記Eを自動
車外に転落させ、後車輪で敷いて傷害を与え、遂に死亡させるに至つたもので、若
し、被告人が、右曲角における車掌の停車合図によつて、直ちに急停車の処置を採
つておれは、本件事故は、未然に防止し得たてあろうことを認めることができるの
である。原判決は、右曲角における車掌の停車合図は、特に危険を知らせる為の非
常の停車合図と認める証拠はないから、通常の停車合図というべく、通常の停車合
図によつては、曲角等の停車禁止区域においては、停車すべき義務はないのである
から、被告人が右停車禁止区域において停車合図を受けながら、危険防止のための
即時非常停車をせず右区域を越した所で停車したことについては、被告人に過失は
認められないとし、車掌の停車合図が非常を告げるものであつたかどうかの点に関
するAの検察官に対する供述調書は、Hの証人尋問調書の記載に照らし、信用すべ
き特別の情況があるとは認め難く、又被告人の司法警察員並に検察官に対する供述
調書も、右同様Hの証人尋問調書の記載からして、任意性がないと認め、何れも証
拠とすることができないとしてこれを排斥しているのである。なるほど右Hの供述
によれば、右停車合図は普通の声で特別に大きな声ではなかつたとするに対し、A
の検察官に対する供述調書によれば、ストツプ願いますと続けて叫んだと記載さ
れ、被告人の司法警察員又は検察官に対する供述調書によれば、車掌がただならぬ
声で、ストツプを連呼した、又はストツプ願いますと続けて叫んだ、と記載され、
その緩急の程度において多少異るのであるが、何れにしても車掌の停車合図があつ
て、これが被告人に判つていたことは優に認め得られるところであつて、事故に対
する立場の相違よりする関心の程度又は各人の思い違い等のため、瞬間時のできご
とについての右程度の違いの存することは、経験上屡々認められるところであるか
ら、一概にHの供述のみを真実なりとも断定し難く、従つてそれだけの事由で、直
ちに右Aの検察官に対する供述調書又は被告人の司法警察員並びに検察官に対する
供述調書が、信用性ないし任意性がないものとし、証拠能力を否定するのは当を得
ないところである。しかして前記のように右車掌の停車合図が被告人に達していた
ことは、証拠上十分認め<要旨第二>得られるのであつて自動車運転者は車掌から停
車合図があつたときは、たとえ道路の曲り角で停車禁止区域であつて
も、危険防止のための処置として必要なときは、非常措置として、急停車をし、危
険を未然に防止すべき義務があるものにして、車掌の停車合図を受けながら、その
事由を確認することなく漫然進行を続け、ために危険を生じたときは、業務上守る
べき注意義務を欠いたものというべきである。すると、原判決が前記各証拠を排除
し、車掌の危険切迫による停車合図があつたことを認める証拠なく、従つて公訴事
実について犯罪の証明がないものとして無罪の言渡をしたのは事実誤認によるもの
にして、右誤認が判決に影響を及ぼすこと勿論であるから、原判決はこの点におい
ても破棄を免れないのである。論旨は理由がある。
 よつて、刑事訴訟法第三九七条に則り原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書によ
り直ちに判決できるものと認め、被告事件につき更に判決するものとする。
 当裁判所が、罪となるべき事実として認める事実は、起訴状記載の公訴事実(冒
頭掲記のとおり)と同一であるから、これを引用する。
 (証拠の標目)
 一、 司法警察員作成の実況見分調書
 一、 異常死体見分(検視)調書
 一、 死体検案書
 一、 原審及び当審の検証調書
 一、 原審の証人F、同G、同H、同Aに対する各証人尋問調書
 一、 原審第三回公判調書中証人Iの供述調書
 一、 F、Aの検察官に対する各供述調書
 一、 当審の証人A、同H、同Iに対する各証人尋問調書
 一、 被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書
 (法令の適用)
 行為につき刑法第二一一条罰金等臨時措置法第三条(禁錮刑選択)
 執行猶予につき刑法第二五条
 訴訟費用につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文
 弁護人は原審において、被告人の行為はいわゆる期待可能性を欠くもので、刑事
責任を認めることはできない、と主張するのであるが、本件犯行当時、被告人をし
て、他に適法な行為に出ることを期待することは、不可能な状態にあつたものと認
められる証拠は、毫も発見できないところであるから、右主張は採用の限りでな
い。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 組原政男 裁判官 竹島義郎)

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