弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 被告人B、同Cの弁護人小河虎彦の上告趣意第一点は事実誤認の主張であり、同
第二、三点はいずれも単なる法令違反の主張であつて、いずれも適法な上告理由に
当らない。
 被告人Aの弁護人原田好郎の上告趣意第一点について。
 原判決は、要するに、山口県においては昭和三〇年度には整備農薬管理事業を実
施する意思なく、又実際これを実施していなかつたのにかかわらず、被告人A(同
県における整備農薬の管理団体である同県経済農業協同組合連合会―以下経済連と
略称―常務理事)は、相被告人B(右農薬に関する事務を主管する同県農業部農業
課長)及び同C(右事務に従事する同県技術吏員)と、国の定める病害虫防除整備
事業を実施するものとして農林省当局に不実の申告をし、以つて整備農薬管理費に
対する国庫補助金を偽りの手段により山口県に対し交付を受けることを、昭和三〇
年六月頃共謀した旨を認定したものであるところ、所論は、この点につき、国庫補
助金の交付受領は国と県との間に行われるものであつて、経済連は局外の第三者で
ありこれに参画する立場にないし、又被告人Aは整備農薬管理制度には重大な欠陥
があるため農薬を購入整備しても在庫を生じた場合その損失は莫大であるところか
ら、これが実施に反対していたものである点からしても、被告人Aを共謀共同正犯
に問擬した原判決は違法不当であり且つ判例に違反したものであるというにある。
しかし、所論判例違反の主張は、原審の認定に副わない事実関係を前提とするもの
であり、その余の論旨は事実誤認又は法令違反の主張であつて、結局、所論は適法
な上告理由に当らない。
 同第二点乃至第七点は、いずれも事実誤認、単なる法令違反の主張であり(なお、
第三点については後記弁護人沢田建男の上告趣意第二点に対する説示参照)、同第
八点は量刑不当の主張であつて、いずれも上告適法の理由に当らない。
 被告人Aの弁護人沢田建男の上告趣意第一点は判例違反をいうが、所論控訴趣意
補充書は期間経過後に提出されたものであるから、その判断遺脱を前提とする判例
違反の主張は前提を欠き、適法な上告理由に当らない。
 同第二点は違憲をいうが、原判決の認定によれば、前記の如く、山口県において
は昭和三〇年度に整備農薬管理事業を実施する意思もなく、又実際これを実施して
いなかつたにもかかわらず、被告人Aはこれを実施するものとして農林省に不実の
申告をして国庫補助金を偽りの手段により山口県に交付を受けることを相被告人B
及び同Cと共謀したものである以上、その共謀は刑法二四六条の詐欺の共謀に外な
らず、何ら刑罰法規に触れるものではないということはできない。かかる共謀に基
づき同県の右農薬に関する事務を掌る相被告人両名において、右補助金交付申請手
続を原判示の如く実際に行つたものであつて、その実行行為の時には既に補助金等
に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下適正化法と略称する)が実施されて
いた関係上、検察官はこれを適正化法二九条一項違反として起訴し、第一、二審裁
判所も同条項違反として処断したものであることは、本件記録に徴して明らかであ
る。即ち、本件は被告人三名が偽りの手段により国庫補助金の交付を受けようとい
う詐欺の共謀をなし、その共謀に基づきそのうちの二名がその後右目的達成のため
必要な行為を実行し所期の目的を達したものであるが、犯人側の為した行為自体は
同一であり、相手方のこれに対応する態度の如何を構成要件の中に包含する罪と、
これを構成要件としない罪とがある場合、検察官は立証の有無難易等の点を考慮し
或は訴因を前者とし或はこれを後者の罪として起訴することあるべく、本件につい
ては後者の起訴をしたまでであり、かくて第一、二審裁判所も当該訴因について審
判したものであるにすぎない。右の如く、被告人Aが相被告人両名と共謀した日時
が適正化法施行前であつたとしても、その共謀自体詐欺罪の共謀であり刑罰法規に
触れるものである以上、その後適正化法が施行されるに至つた関係上、検察官にお
いて右共謀に基づく所期の目的達成のためなされた行為を適正化法二九条一項違反
として起訴したためその訴因について審判が行われ、かくて原判決が被告人Aの所
為についても実行行為者である相被告人らと同様適正化法の右条項の範囲において
刑責を認めたからといつて、所論の如く刑罰法令不遡及の原則、罪刑法定主義に違
反し、不告不理の原則を犯すものということはできない。原判決のこの点に関する
判示は、その措辞やや不明確のきらいがあるが、その趣旨とするところは右と同旨
であると認められる。従つて、右違憲の主張は、被告人Aの本件共謀の日時が適正
化法施行前であつたからその所為は何ら刑罰法規に触れる行為ではないということ
を前提とするものであるところ、その前提の失当であることは既に述べたとおりで
あり、その余の論旨は事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、結局所論は適法
な上告理由に当らない。
  同第三点乃至第五点について。
 第一審判決は、判示第一の事実の摘示において、被告人Aは相被告人B、同Cと
共に判示農業薬剤管理費に対する国庫補助金を偽りの手段により山口県に交付を受
けようと共謀し、判示第二の通り不正な手段により判示の如き農薬管理費補助金を
同県出納部会計課に送付せしめてこれが交付を受けた事実を認定し、同第二の事実
の摘示において、相被告人B同Cにおいて判示内容虚偽の整備農薬管理費補助金交
付申請書を作成し、判示の如くこれを農林省に提出行使して担当官に偽りの申告を
したことを認定しているけれども、同判決は本件公訴事実中被告人Aに対しては右
第二の虚偽有印公文書作成、同行使の点につき無罪としたこと、竝にその無罪理由
を説明した部分において、被告人Aに対しては虚偽有印公文書作成同行使の点につ
いては共謀の事実は認め難く、単に不正の手段により本件補助金の交付を受けた点
についての認識及び共謀があつたに止まるものであると認定判示しているのである
から、原審が、被告人Aに対して、不正な手段により国の補助金を前記経済連に取
得する前提としてこれを山口県に交付を受けしむることにつき相被告人B、同Cと
共謀したものである旨の第一審判決を是認して事実誤認はないとした判断は、正当
である。
 されば、上告趣意第四点の判例違反の主張については、原判決は所論の点につき
相当因果関係のあることを判断しており、その判断は相当であるから、原判決には
所論判断の遺脱はなく、右判例違反の主張は前提を欠き、同第五点の判例違反の主
張については、所論引用の判例は連続犯の一部に確定判決のあつた後に他の一部に
つき更に起訴のあつた事案に属するところ、本件虚偽有印公文書作成同行使と適正
化法二九条一項違反とは科刑上の一罪といわれる牽連犯に該当し、被告人は第一審
判決において、その一部につき無罪とされたが他の部分につき有罪とされ、右判決
に控訴を提起しているのであるから公訴不可分の原則により所論の如く無罪部分の
みが確定し既判力の生ずるものではなく、右判例は本件と事案を異にし適切ならず、
その余は事実誤認、単なる法令違反の主張にすぎないから、論旨はすべて上告適法
の理由に当らない。
 よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、被告人Aの弁護人沢田建男
の上告趣意第二点について裁判官岩田誠の補足意見があるほか、裁判官全員一致の
意見で、主文のとおり決定する。
 被告人Aの弁護人沢田建男の上告趣意第二点についての岩田裁判官の補足意見
 私は多数意見と結論を同じくするけれども、次のとおり補足意見を述べる。
 被告人Aが相被告人B及び同Cと、昭和三〇年六月頃共謀したところは、正に刑
法二四六条の詐欺罪の共謀に外ならないことは多数意見の判示するとおりである。
そして、右共謀の行われた時には未だ補助金等に係る予算の執行の適正化に関する
法律(以下適正化法と略称)が施行されていなかつたのである。詐欺罪においては、
相手方に対し虚偽の事実を申し向けてこれを欺罔し、すなわち、相手方を錯誤に陥
らしめ、よつて相手方より財物を自己又は第三者に交付せしめこれを領得すること
によつて罪が成立するのに対し、右適正化法二九条一項の罪は、いやしくも、偽り
その他不正の手段により相手方(国又は地方公共団体)より補助金等又は間接補助
金等の交付若しくは融通を受けることにより成立し、相手方が錯誤に陥ると否と、
又その補助金等を犯人が領得する意思あると否とを問わない点において、詐欺罪と
は罪質、構成要件を異にする別罪である。適正化法施行後においては、国又は地方
公共団体等を欺罔し、よつて補助金等を自己に領得しようとする詐欺の犯意を有す
る者は、同時に、適正化法二九条一項の罪の犯意ありといい得るであろうけれども、
適正化法施行前においては、同法二九条一項の罪なるものは存在しないのであるか
ら、右の如き補助金等騙取の詐欺罪の犯意ある者も、未だ適正化法二九条一項の罪
の犯意ありということはできない。従つて、被告人A、同B、同Cが昭和三〇年六
月頃共謀した時においては、詐欺罪の共謀のみであつて、適正化法二九条一項の罪
の共謀は存しなかつたものといわなければならない。しかし原判決の是認する第一
審判決の確定したところによれば、被告人B及び同Cは、相ともに、適正化法施行
後(同法施行は昭和三〇年九月二六日)である同年九月二七日付の補助金交付申請
書をその頃農林省に送付して偽りの申請をしたというのである。してみれば右申請
の時においては、適正化法は既に施行されており被告人B、同Cの意図するところ
は正に適正化法二九条一項の罪の構成要件に当る事実であるから、右両被告人は右
申請をなす時においては、適正化法二九条一項の罪の犯意を以つて右申請をしたも
のというべく、右両被告人に同法の罪の罪責あること論をまたない。一方被告人A
においては、右適正化法施行前に被告人B、同Cと前記詐欺罪の共謀をしたのみで、
その後は、実行者である右B、Cの行為を利用するに過ぎず特段の作為はないので
あるが、適正化法が施行されるにおいては、前記詐欺罪の共謀は、その犯意の内容
として適正化法二九条一項の罪の構成要件に当る事実を包含するのであるから、被
告人Aの意図するところは適正化法施行と同時に同法二九条一項の罪の構成要件に
当る事実の認識があるものとの法的評価を受け従来の詐欺の共謀中には適正化法二
九条一項の罪の共謀をも含むに至つたものとされなければならない。そして、従来
罪とならない行為であつても、これを罪とし処罰する刑罰法令が施行されれば、何
人もその行為を為さざるべき義務を負うことは当然であり、この義務は社会通念の
命ずるところでもある。してみれは被告人Aは、適正化法施行後は、実行行為者で
ある被告人B、同Cに対し偽りの申請をなすことを防止すべき義務があり、又防止
する可能性もあつたと解せられるのに同被告人は何らこれを防止する措置に出でず
従前通り被告人B、同Cらの行為を利用したものであるから、同被告人も亦適正化
法施行後において、同法二九条一項の罪の犯意をもつて、実行行為者被告人B、同
Cの行為を利用したものとして適正化法二九条一項の罪の罪責を負うべきものとい
わなければならない。すなわち被告人Aに対しては、適正化法施行後において実行
行為者の行為を防止することなく所期の補助金を受けようとする意図の下に実行行
為者の行為遂行を容認した点において罪責を問うものであつて、同法施行前の行為
につき罪責を問うものではないから、憲法三一条違反の所論はその前提を欠き採る
を得ない。
  昭和四一年二月三日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠

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