弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
近畿運輸局長が平成16年2月13日付けで原告に
対してした一般乗用旅客自動車運送事業に係る旅客
の運賃及び料金の変更認可申請を却下する旨の処分
(平成16年近運自二第1077号)を取り消す。
事実及び理由
第1請求
1主文と同旨
2近畿運輸局長は,原告に対し,別紙第1記載のとおり一般乗用旅客自動車運
送事業に係る旅客の運賃及び料金の変更を認可する旨の処分をせよ。
第2事案の概要
1事案の骨子
本件は,初乗運賃を480円などとするタクシー事業に係る旅客の運賃及び
料金の変更認可申請をしたが,近畿運輸局長からその運賃等の変更は道路運送
法9条の3第2項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な
競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」の基準に適合しな
いとして上記申請を却下する旨の処分を受けた原告が,同処分には,①理由
付記の不備又は審査基準の不作成等の手続的違法がある,②裁量権の範囲の
逸脱又はその濫用の実体的違法がある,などとして,上記処分の取消しを求め
る(処分の取消しの訴え)とともに,近畿運輸局長に対し上記申請に応じた運
賃等の変更認可処分をすべき旨を命ずることを求めている(義務付けの訴え),
抗告訴訟である。
2法令の定め
(1)行政手続法の定め
行政手続法(平成17年法律第73号による改正前のもの。以下同じ。)
5条1項は,行政庁は,申請(法令に基づき,行政庁の許可,認可,免許そ
の他自己に対し何らかの利益を付与する処分(以下「許認可等」という。)
を求める行為であって,当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこと
とされているものをいう。同法2条3号)により求められた許認可等をする
かどうかをその法令の定めに従って判断するために必要とされる基準(以下
「審査基準」という。)を定めるものとする,と規定し,同条3項は,行政
庁は,行政上特別の支障があるときを除き,法令により申請の提出先とされ
ている機関の事務所における備付けその他の適当な方法により審査基準を公
にしておかなければならない,と規定している。
行政手続法8条1項は,行政庁は,申請により求められた許認可等を拒否
する処分をする場合は,申請者に対し,同時に,当該処分の理由を示さなけ
ればならない,ただし,法令に定められた許認可等の要件又は公にされた審
査基準が数量的指標その他の客観的指標により明確に定められている場合で
あって,当該申請がこれらに適合しないことが申請書の記載又は添付書類そ
の他の申請の内容から明らかであるときは,申請者の求めがあったときにこ
れを示せば足りる,と規定している。同条2項は,申請により求められた許
認可等を拒否する処分を書面でするときは,当該処分の理由は,書面により
示さなければならない,と規定している。
(2)道路運送法の定め
道路運送法2条3項は,「旅客自動車運送事業」とは,他人の需要に応じ,
有償で,自動車を使用して旅客を運送する事業をいう,と規定し,同法3条
は,旅客自動車運送事業の種類は,①一般旅客自動車運送事業(特定旅客
自動車運送事業以外の旅客自動車運送事業),②特定旅客自動車運送事業
(特定の者の需要に応じ,一定の範囲の旅客を運送する旅客自動車運送事
業)とし,一般旅客自動車運送事業(上記①)の種類は,イ一般乗合旅客
自動車運送事業(路線を定めて定期に運行する自動車により乗合旅客を運送
する一般旅客自動車運送事業),ロ一般貸切旅客自動車運送事業(イ及び
ハの旅客自動車運送事業以外の一般旅客自動車運送事業),ハ一般乗用旅
客自動車運送事業(1個の契約により乗車定員10人以下の自動車を貸し切
って旅客を運送する一般旅客自動車運送事業)とする,と規定している。
道路運送法9条の3第1項は,一般乗用旅客自動車運送事業者(一般旅客
自動車運送事業を経営する者をいう。同法8条4項)は,旅客の運賃及び料
金(旅客の利益に及ぼす影響が比較的小さいものとして国土交通省令で定め
る料金を除く。以下単に「運賃」ということがある。)を定め,国土交通大
臣の認可を受けなければならない,これを変更しようとするときも同様とす
る,と規定している。同法9条の3第2項は,国土交通大臣は,上記の認可
をしようとするときは,①能率的な経営の下における適正な原価に適正な
利潤を加えたものを超えないものであること(1号),②特定の旅客に対
し不当な差別的取扱いをするものでないこと(2号),③他の一般旅客自
動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないも
のであること(3号),④運賃及び料金が対距離制による場合であって,
国土交通大臣がその算定の基礎となる距離を定めたときは,これによるもの
であること(4号),という基準によって,上記の認可をしなければならな
い,と規定している。なお,上記の認可に係る国土交通大臣の権限は,道路
運送法88条2項,同法施行令1条2項により,地方運輸局長に委任されて
いる。
3前提となる事実等(当事者間に争いのない事実及び証拠等により容易に認め
られる事実等。以下,書証番号は特に断らない限り枝番を含むものとする。)
(1)当事者
原告は,平成13年3月28日付けで,国土交通大臣からその権限の委任
を受けた近畿運輸局長から,事業区域を下記の区域,使用する事業用自動車
を1両などとして,一般乗用旅客自動車運送事業(以下「タクシー事業」と
いうことがある。)の許可を受け,同年4月20日から,同許可に係るタク
シー事業を営んでいる者である(以下,原告の営むこのタクシー事業を「本
件タクシー事業」という。)。【争いのない事実,甲1ないし3】

大阪市,豊中市,吹田市,守口市,門真市,東大阪市,八尾市,堺市,
及び大阪国際空港(池田市のうち空港地域に限る。)
(2)本件訴えに至る経緯
ア原告は,平成14年11月26日,近畿運輸局長に対し,別紙第2記載
のとおり本件タクシー事業に係る旅客の運賃及び料金の変更認可申請をし
た。そして,原告は,平成15年10月1日,上記申請の内容を別紙第1
記載のとおりに変更した(以下,これにより変更された後の本件タクシー
事業に係る旅客の運賃及び料金の変更認可申請を「本件認可申請」とい
う。)。本件認可申請に係る申請書(平成14年11月26日付け変更認
可申請に係る申請書)に添付された「収支見積書」には,原告の平年度
(平成15年度)における収支が下記のとおり記載されていた。【争いの
ない事実,甲3,4】

運送収入410万7000円
運送原価399万1000円
(内訳)
人件費192万0000円
燃料油脂費38万2000円
車両修繕費17万0000円
車両償却費29万4000円
その他運送費122万5000円
収支率(経常)102.9%
イ近畿運輸局長は,平成16年2月13日付けで,原告に対し,書面で,
本件認可申請を却下する旨の処分(平成16年近運自二第1077号。以
下「本件却下処分」という。)をした。本件却下処分に係る近畿運輸局長
の原告あて「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の変更認可申請
の却下について」と題する書面(平成16年近運自二第1077号の2)
には,「平成14年11月26日及び平成15年10月1日付けをもって
申請のあった一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の変更認可申請
については,道路運送法第9条の3第2項第3号に適合しないので,別紙
のとおり却下したから了知されたい。」と記載されていた。【争いのない
事実,甲5】
ウ原告は,本件却下処分を不服として,平成16年4月12日,国土交通
大臣に対し,本件却下処分の取消しを求めて審査請求をした。国土交通大
臣は,平成17年1月24日付けで,原告に対し,道路運送法9条の3第
2項3号の基準に適合しないとして本件認可申請を却下した近畿運輸局長
の判断に誤りはない,として,上記審査請求を棄却する旨の裁決をした。
【争いのない事実,甲6,7】
エ原告は,平成17年4月22日,当裁判所に対し,本件却下処分の取消
し及び近畿運輸局長に対し本件認可申請に応じた運賃及び料金の変更認可
処分をすべき旨を命ずることを求めて,本件訴えを提起した。【顕著な事
実】
(3)近畿運輸局長における道路運送法9条の3第2項の審査基準
ア近畿運輸局長は,平成14年1月18日付けで,道路運送法9条の3第
2項に基づく審査基準として,「一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び
料金の認可申請の審査基準について」(平成14年近運旅二公示第11号。
以下「審査基準公示」という。)を公示した。審査基準公示の内容は,別
紙第3のとおりである。【乙4,弁論の全趣旨】
イ近畿運輸局長は,平成14年1月18日付けで,審査基準公示に基づき,
「一般乗用旅客自動車運送事業の自動認可運賃について」(平成14年近
運旅二公示第12号。以下「自動認可運賃公示」という。)を公示した。
自動認可運賃公示の内容は,別紙第4のとおりである。【乙5,弁論の全
趣旨】
4争点
(1)本件却下処分には理由付記の不備又は審査基準の不作成若しくは非公表
の手続的違法があり,同処分は取り消されるべきであるか否か。
(2)近畿運輸局長が,本件却下処分をするに当たり,本件認可申請に係る旅
客の運賃及び料金が道路運送法9条の3第2項3号にいう「他の一般旅客自
動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないも
のであること」に適合しないと判断したことについて,その裁量権の範囲を
逸脱し,又はこれを濫用した違法があるか否か。
(3)近畿運輸局長に対し本件認可申請に応じた旅客の運賃及び料金の変更認
可処分をすべき旨を命ずべきか否か。
第3争点に関する当事者の主張
1争点(1)(本件却下処分の手続的違法の有無)について
(1)原告の主張
本件却下処分には理由付記の不備並びに審査基準の不作成及び非公表の手
続的違法があり,同処分は取り消されるべきである。
ア理由付記の不備
(ア)行政手続法は,行政運営における公正の確保と透明性(行政上の意
思決定について,その内容及び過程が国民にとって明らかであること)
の向上を図り,もって国民の権利利益の保護に資することを目的として
いる。この目的に照らせば,同法8条1項本文,2項は,行政庁の判断
の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに,拒否理由を
申請者に明らかにすることによって,透明性の向上を図り,その不服申
立てに便宜を与える趣旨に出たものというべきである。このような理由
提示義務の趣旨にかんがみれば,当該拒否処分の理由は,いかなる根拠
に基づきいかなる法規を適用して当該申請が拒否されたかを,申請者に
おいてその記載自体から了知し得るものでなければならず,単に当該拒
否処分の根拠規定を示すだけでは,理由付記の程度としては不十分とい
うべきである。
そして,拒否処分がされた時点で当該拒否処分に理由付記の不備があ
れば,当該拒否処分は,実体的に正しいか否かにかかわらず,違法とし
て取り消されるべきである(最高裁昭和60年1月22日第三小法廷判
決,同平成4年12月10日第一小法廷判決等参照)。
しかるところ,近畿運輸局長は,本件却下処分に当たり,「道路運送
法9条の3第2項第3号に適合しない」との理由を示すのみで,何ら具
体的な理由を示していないから,本件却下決定は,行政手続法8条1項
本文,2項に違反し,違法というべきである。
(イ)被告は,理由付記の程度について,当該処分の根拠規定を示すだけ
で当該規定の適用の基礎となった根拠をも当然に知り得るような場合に
は,当該処分の根拠規定を示すだけで足りるとし,道路運送法9条の3
第2項3号は具体的な事由を規定しているから,本件却下処分の理由と
して同号に該当しないことが付記されていれば,同号の適用の基礎とな
った根拠を知り得るのであって,本件却下処分には理由付記の不備の違
法はない,などと主張する。
しかしながら,同号は抽象的,概括的な規定であり(このことは被告
自身も後記2(1)において認めている。),同号にいう「他の一般旅客
自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれ」
があるものとしては,様々なものがあり得る。
また,被告が主張する本件却下処分の理由は,原告の平年度における
収支率が審査基準公示に適合しないため,本件認可申請に係る運賃の変
更が同号にいう他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引
き起こすこととなるおそれがあるというものである。そして,被告が本
件訴訟で原告の収支について具体的に主張していることからすれば,近
畿運輸局長は,本件却下処分をした時点において,このような具体的事
実を理由として記載することが容易にできたはずである(乙8の6参
照)。
したがって,本件却下処分の理由付記の不備は明白である。
(ウ)被告は,タクシー事業の運賃の認可については,申請者の実績年度
の原価及び収入を基に審査を行い,その際に考慮すべき人件費は標準人
件費の90%を基準とすることなどを定めた審査基準公示が公表されて
いるから,原告を含む申請者は,近畿運輸局長の判断の基礎となる事実
を認識し得たのであり,したがって,本件却下処分には理由付記の不備
の違法はない,などと主張する。
しかしながら,タクシー事業の運賃認可に係る審査基準が作成,公表
されるべきことは,行政手続法5条1項,3項の規定による当然の結果
であって,基準自体を公表しても,何ら処分の理由を示したことにはな
らず,また,審査基準公示の存在により近畿運輸局長の判断の基準及び
判断の基礎となる事実を現に認識し又は認識し得ることにはならないこ
とは明らかである。なお,審査基準公示のうち申請者の原価及び収入の
査定に当たり個人タクシーの人件費は標準人件費の90%を基準とする
との部分は,平成16年10月1日付け改正において追加され,本件認
可申請時及び本件却下処分時においては存在していなかった。また,近
畿運輸局長は,原告の収支率を計算した各表や原価計算対象事業者の平
均人件費の資料につき,原告の開示請求に対して実質的に開示せず,上
記の計算過程や根拠数値等を明らかにしなかった。
(エ)以上のとおり,本件却下処分に付された程度の理由で十分であると
すれば,行政庁に対して処分理由の開示を義務付けている行政手続法8
条の趣旨は著しく没却されることになるから,本件却下処分は,同条1
項本文,2項に反し,違法というべきである。
イ審査基準の不作成及び非公表
第147回国会における道路運送法改正時の衆議院及び参議院の附帯決
議では,道路運送法9条の3第2項3号にいう他の事業者との間で不当競
争を引き起こすおそれのある運賃についての具体的基準を定めることが求
められており(乙2の3,乙3の4),また,第151回国会衆議院国土
交通委員会における政府委員の答弁でも,新たな運賃認可基準の公表が約
束されている(甲12)。しかし,後記2(2)のとおり,審査基準公示と
いうのは,申請に係るタクシー事業の運賃が原価を償うか否かを基準とす
るものであるから,平成12年法律第86号による改正前の道路運送法の
発想に基づくものであり,同改正後の道路運送法(現行道路運送法)の趣
旨とは合致しない。
そうすると,現在に至っても,他の事業者との間で不当競争を引き起こ
すおそれのある運賃(いわゆるダンピング運賃)についての具体的基準は
作成,公表されていないというべきであり,この具体的基準の不公表は,
タクシー事業の運賃の認可に係る審査基準を作成,公表することを求めて
いる行政手続法5条1項,3項に違反するというべきである。
したがって,上記の具体的な審査基準が作成,公表されないまま近畿運
輸局長によってされた本件却下処分は,同法5条1項,3項に違反し,違
法というべきである。
ウ以上のとおり,本件却下処分には理由付記の不備並びに審査基準の不作
成及び非公表の手続的違法があり,同処分は取り消されるべきである。
(2)被告の主張
本件却下処分には,理由付記の不備又は審査基準の不作成若しくは非公表
の手続的違法はない。
ア理由付記について
行政手続法8条が行政処分をする場合に理由を提示しなければならない
としているのは,処分庁の判断の慎重,合理性を担保してその恣意を抑制
するとともに,処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与え
る趣旨に出たものである。このような趣旨にかんがみると,当該処分の根
拠規定を示すだけで当該規定の適用の基礎となった根拠をも当然に知り得
るような場合には,処分理由は,当該処分の根拠規定を示すだけで足りる
と解すべきである。
これを本件についてみると,道路運送法9条の3第2項3号は「他の一
般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそ
れがないものであること」という具体的な事由を規定しており,処分理由
としてその条項自体が付記されていれば,同号の適用の基礎となった根拠
を知り得ると考えられる。その上,後記のとおり,近畿運輸局長は審査基
準公示に従って道路運送法9条の3第2項に基づく審査を行ってタクシー
事業の運賃の設定又は変更の認可申請を処理しており,また,同公示は公
表されているから,原告を含むタクシー事業の運賃の設定又は変更の申請
者は,近畿運輸局長が同公示に従って認可申請を処理すること及び同公示
の内容を知り得る。そして,同公示は,近畿運輸局長による平年度におけ
る申請者の原価及び収入の査定は,申請者の実績年度の原価及び収入を基
に行うこととし(審査基準公示別紙4第3項1),個人タクシーの人件費
については標準人件費の90%を基準とすることなどを明らかにしている
から,申請者は,近畿運輸局長の判断の基礎となる事実を認識し得る。以
上のとおり,申請者は,処分理由として道路運送法9条の3第2項3号の
条項が示されれば,当該申請に係る処分の根拠を当然に知り得たというこ
とができる(甲6参照)。
なお,原告は,審査基準公示のうち個人タクシーの人件費は標準人件費
の90%を基準とするとの部分は,平成16年10月1日付け改正で追加
されたもので,本件認可申請時及び本件却下処分時には存在していなかっ
た,などと主張する。確かに,上記改正前の審査基準公示は,上記の基準
を個人タクシーの人件費の査定にも適用するとは明示していない。しかし
ながら,個人タクシーの人件費を適正に算定する必要が高いことは明らか
であることからすれば,上記改正前の審査基準公示が,個人タクシーの人
件費の査定に当たり,同別紙4第3項1の「その他の場合には標準人件費
を10%下回る額で人件費を査定することとする」との基準を適用するこ
とを予定していたことは,明らかである。そして,同別紙4第4項4は,
本件を含めて個人タクシー事業者が低額運賃の認可申請をする事案が多数
生じてきたことを踏まえ,上記の基準が個人タクシーの人件費の査定にも
適用されることを文面上明確にしたにすぎないものというべきである。ま
た,原告は,近畿運輸局長が原告の収支率の計算に係る資料を実質的に開
示せず,上記の計算過程や根拠数値等を明らかにしなかったなどと主張す
るが,同局長が上記資料を一部不開示としたのは,各事業者の平均給与月
額等の数値が行政機関の保有する情報の公開に関する法律5条2号イ(個
人情報)に該当すると判断したからである。
以上のとおり,本件却下処分に付記された理由は,行政手続法8条の定
める理由の提示として十分なものというべきである。
イ審査基準の作成及び公表について
原告は,道路運送法9条の3第2項3号にいう他の事業者との間で不当
競争を引き起こすおそれのある運賃についての具体的審査基準が作成,公
表されていないから,本件却下処分は行政手続法5条1項,3項に違反し
違法である,などと主張するが,後記2(1)のとおり,審査基準公示が上
記の具体的審査基準にほかならず,本件却下処分は審査基準公示に基づい
てされたから,同処分は上記各条項に違反しないというべきである。
ウ以上のとおり,本件却下処分には,理由付記の不備又は審査基準の不作
成若しくは非公表の手続的違法はない。
2争点(2)(本件却下処分についての裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有
無)について
(1)被告の主張
近畿運輸局長が,本件却下処分をするに当たり,本件認可申請に係る旅客
の運賃及び料金が道路運送法9条の3第2項3号にいう「他の一般旅客自動
車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないもの
であること」に適合しないと判断したことについて,その裁量権の範囲を逸
脱し,又はこれを濫用した違法はない。
ア本件却下処分の理由
近畿運輸局長は,審査基準公示(前記前提となる事実等(3)ア,別紙第
3参照)において定められている基準に従い,本件認可申請に係るタクシ
ー事業の運賃が道路運送法9条の3第2項3号にいう「他の一般旅客自動
車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないも
のであること」に適合しないと判断した。
(ア)審査基準公示の骨子
近畿運輸局長は,多数のタクシー事業の運賃の認可申請を迅速かつ公
平に処理するため,認可の具体的基準として審査基準公示を定めている。
審査基準公示のうち本件に関連する部分を要約すると,以下のとおりで
ある。
a近畿運輸局長は,あらかじめ標準的な運賃(これを「自動認可運
賃」という。以下同じ。)を設定,公示する。本件却下処分当時の自
動認可運賃は,自動認可運賃公示(別紙第4)のとおりである。近畿
運輸局長は,自動認可運賃に該当する運賃の認可申請については速や
かに認可を行い,自動認可運賃に該当しない運賃の認可申請について
は,認可要件に沿って,不当な競争を引き起こすおそれがないか否か,
不当に差別的なものでないか否か,などを個別に審査する。(審査基
準公示4項)
b自動認可運賃に該当しない運賃の認可申請については,申請者に,
実績年度の原価及び収入を基に審査基準公示別紙2第2項ないし第8
項に従って算定した書類を申請書に添付して提出させ,近畿運輸局長
は,この添付書類を基に,平年度(翌々年度)における申請者の原価
及び収入を査定する。具体的には,申請者が,収支見積書に実績年度
の実績数値並びに翌年度及び平年度の見積り数値を記載して,実績年
度の実績数値(原価及び収入)が,運賃を変更することによって1年
後及び2年後にどう変化するかを予想し,平年度に収支が償うか否か
の見積りを示す。これに対し,近畿運輸局長が,審査基準公示別紙2
第2項ないし第8項に基づき,申請者の見積もった数値が実績数値に
対し合理的な算出に基づくものであるか否かを査定する。その際,個
人タクシーの人件費については,原価計算対象事業者の運転者1人当
たり平均給与月額の平均の額(以下「標準人件費」という。)を10
%下回る額とする。本件却下処分当時の標準人件費は,30万099
9円である。(審査基準公示別紙4第3項)
以上の査定の結果,平年度の収支率(収入を原価で除した率)が1
00%に満たない場合には,申請に係る運賃は採算割れとなるから,
近畿運輸局長は,その運賃変更を認可しない。
(イ)本件への当てはめ
近畿運輸局長は,原告の本件認可申請が自動認可運賃を下回る運賃額
を内容としていたため,同申請に係る申請書添付書類に基づき,平年度
における原告の原価及び収入を査定した。その要点は以下のとおりであ
る(乙8の6。なお,被告は,本訴において,下記の査定には計算過程
に結論にさしたる影響を及ぼさない若干の誤りがあるとして,aの収入
につき417万8000円,bの原価につき507万2000円,b⑤
のその他諸経費につき93万8000円,cの収支率につき82.37
%を査定額(値)とする旨主張する。)。
a収入査定
審査基準公示別紙2第5項に基づき,当時の他の低額運賃実施の個
人タクシー事業者の走行距離,実車距離等をもって査定したところ,
416万9000円と見積もられた。
b原価査定
審査基準公示に基づき査定した結果,505万4000円と見積も
られた。その内訳は以下のとおりである。
①人件費
審査基準公示別紙4第3項の1に基づき,標準人件費(30万0
999円)を10%下回る額(27万0899円)の12か月分に
相当する325万1000円(百の位を四捨五入)と見積もられた。
②燃料油脂費
審査基準公示別紙2第6項の2(2)に基づき,36万2000
円と見積もられた。
③車両修繕費
審査基準公示別紙2第6項の2(3)に基づき,22万7000
円と見積もられた。
④車両償却費
審査基準公示別紙2第6項の2(4)に基づき,29万4000
円と見積もられた。
⑤その他諸経費
審査基準公示別紙2第6項の2(5)に基づき,92万円と見積
もられた。
c以上の査定の結果,原告の平年度における収支率は82.49%
(416万9000円/505万4000円)と見積もられ,本件認
可申請に係る運賃が原価を償わないため,審査基準公示の定めた基準
に適合せず,本件認可申請は道路運送法9条の3第2項3号の認可基
準に適合しないと認められた。
(ウ)イ以下では,上記の本件却下処分の理由が合理的であり,同処分に
は裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法がないことを説明する。
イタクシー事業の運賃認可制の趣旨
タクシー事業は不特定多数の国民が利用することから,タクシーによる
輸送の安全と旅客の利便を確保する必要がある。そのため,道路運送法は,
タクシー事業について許可制を採用した(3条1号ハ,4条)。
また,タクシー事業においては,運賃が基本的に走行距離によって定ま
るため降車の際に初めてその額が確定し,利用者と運転者が1対1であり,
利用者は事前に乗車するタクシーを選択することが困難な場合が多いこと
などから,タクシー事業の運賃を利用者に分かりやすいものとし,安心し
てタクシーを利用することができるようにする必要がある。しかしながら,
仮にタクシー事業の運賃の設定及び変更を届出制とした場合,多種多様な
運賃が出現して利用者に分かりにくくなるおそれがあり,また,運賃の過
度の値下げ等の不当な競争が生じるおそれもある。そのような事態を防止
するため,タクシー事業の運賃の設定及び変更の内容を個別にチェックす
ることができるよう,道路運送法は,タクシー事業の運賃の設定及び変更
の認可制を採用した(9条の3第1項)。
ウ道路運送法9条の3第2項3号の立法趣旨
(ア)道路運送法9条の3第2項3号の目的
タクシー事業においては,人件費がコストの大半を占めており,また,
運転者の賃金(個人タクシーの場合は収入)が基本的に歩合制であるこ
とから,過度の運賃の値下げ競争が起こった場合には,過労運転が常態
化し,輸送の安全の確保が困難になるおそれがある。また,タクシー事
業の運賃の設定及び変更を事業者の自由にゆだねると,事業者が,その
経営努力の範囲を超えて原価を著しく下回るような採算割れの運賃を継
続し,競争他社が排除されるような事態も生じ得る。そこで,これらの
事態を防止するため,道路運送法9条の3第2項3号は,他のタクシー
事業者との間に不当な競争を引き起こすおそれのある運賃の設定及び変
更は認可しないこととした。
このことは,以下の道路運送法の改正経緯からも明らかである。
(イ)平成12年法律第86号による改正前の道路運送法9条による運賃
規制
a道路運送法及びタクシー業務適正化臨時措置法の一部を改正する法
律(平成12年法律第86号。以下「平成12年改正法」という。)
による改正前の道路運送法(以下「旧道路運送法」という。)9条2
項は,一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)を含む一般乗合
旅客自動車運送事業等の運賃変更の認可基準として,1号において
「能率的な経営の下における適正な原価を償い,かつ,適正な利潤を
含むものであること」と,4号において「他の一般旅客自動車運送事
業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないもので
あること」と,それぞれ規定していた。
b旧道路運送法9条2項4号が運賃の上限を規制する規定でないこと
は明らかである。なぜなら,ある事業者が他社より高い運賃を設定す
る場合は,当該事業者が競争に不利となるだけであって,そのような
運賃の設定によってはそもそも他社との間で競争を引き起こす可能性
がないからである。しかるところ,同号は,その文言及び趣旨からす
ると,公益的な事業である一般乗合旅客自動車運送事業等の経営を維
持,継続させるため,事業者が,その経営努力の範囲を超えて原価を
著しく下回るような採算割れの運賃を継続し,競争他社を排除するよ
うな事態を防止することを目的とするものと考えられる。そして,同
号にいう「不当な競争」とは,営業手法等を問題とするものではなく,
あくまで運賃の認可基準としてのみ作用する概念である以上,採算,
すなわち,原価,利潤を離れては観念し得ないものである。
そうすると,採算割れとなる運賃は,競争他社の排除をもたらし得
るものとして,旧道路運送法9条2項4号による運賃の下限規制の対
象となるものと解される。
c旧道路運送法9条2項1号は,その文言から明らかなとおり,運賃
の下限を規制するものであるとともに,利用者の利益を保護するため,
算定の根拠となる利潤等が適正なものであることを要求することによ
って,運賃の上限をも規制するものである。以下では,本件で問題と
なる運賃の下限規制について述べる。
同号は,公益的な事業である一般乗合旅客自動車運送事業等の経営
を維持,継続させるため,事業者が,その経営努力の範囲を超えて原
価を著しく下回るような採算割れの運賃を継続し,競争他社を排除す
るような事態を防止することを目的とするものであると解される。さ
らに,同号は,タクシー事業においては人件費がコストの大半を占め
ており,また,運転者の賃金(個人タクシーの場合は収入)が基本的
に歩合制であることにかんがみ,過労運転が常態化して輸送の安全を
確保することができなくなるおそれを避けることをも目的とするもの
と考えられる。
したがって,採算割れとなる運賃は,旧道路運送法9条2項1号に
よる運賃の下限規制の対象となるものと解される。
d以上のとおり,旧道路運送法9条2項1号は,運賃の上限及び下限
を規制するものであり,そのうち下限規制の目的は,輸送安全確保及
び競争他社排除防止にあるが,同項4号も,競争他社排除防止の目的
から運賃の下限を規制するものである。そして,採算割れとなる運賃
は同項1号及び4号の各運賃の下限規制の対象となるから,同各号の
各運賃の下限規制は重なり合っているというべきである。
(ウ)現行道路運送法9条の3における運賃規制
a前記法令の定め(2)のとおり,平成12年改正法による改正後の道
路運送法(現行道路運送法)は,一般乗用旅客自動車運送事業(タク
シー事業)の運賃変更の認可基準として,1号において「能率的な経
営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないもの
であること」と,3号において「他の一般旅客自動車運送事業者との
間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであるこ
と」とそれぞれ規定している。
b現行道路運送法9条の3第2項1号が運賃の上限のみを規制するも
のであることは,文言上明らかである。他方,同項3号は,旧道路運
送法9条2項4号と同一の文言となっている。
そうすると,現行道路運送法9条の3第2項3号は旧道路運送法9
条2項4号と同一の趣旨の規定であって,競争他社排除防止の目的か
ら運賃の下限を規制するにとどまり,輸送安全確保の目的から運賃の
下限を規制する規定は現行法上存在しないのではないか,との疑問が
生じ得る(なお,競争他社排除防止の目的に関しては,旧道路運送法
は,需給調整規制の下で公益的な事業の経営を維持,継続させること
を目的としていたのに対し,現行道路運送法は,需給調整規制が廃止
された中で公正な自由競争の確保を目的としており,それらは異なっ
ている。)
cしかしながら,平成12年改正法に係る国会(平成11年の衆議院
運輸委員会)の審議等において,タクシー事業においては,人件費が
コストの大半を占めており,また,運転者の賃金(個人タクシーの場
合は収入)が基本的に歩合制であることから,運賃の過度の値下げ競
争が起こった場合には,過労運転が常態化して輸送の安全の確保が困
難になるおそれがあるため,運賃の下限を規制する必要があるという
ことが,一貫して強調されている(乙1ないし3,19参照)。その
ため,現行道路運送法9条の3第2項の規定は,旧道路運送法9条2
項の規定を整理したものであるとみるのが,立法者の意思に合致する。
すなわち,現行道路運送法9条の3第2項3号は,文言こそ旧道路運
送法9条2項4号と同一ではあるものの,運賃の下限を規制する根拠
規定とされ,旧道路運送法9条2項4号を引き継いで競争他社排除防
止の目的から運賃の下限を規制するだけではなく,同項1号の趣旨を
も受け継いで輸送安全確保の目的からも運賃の下限を規制するもの
(輸送安全確保を困難にさせる運賃の値下げ競争は「不当な」競争に
該当する。)と考えるべきである。
さらに,ある事業者が採算割れとなる運賃を設定すると,過労運転
が常態化して輸送の安全の確保が困難になるおそれがあるし,競争他
社が不当に排除されるおそれもあることは,平成12年改正法の制定
の前後を通じて変わるところはない。すなわち,同法に係る国会審議
において,政府委員は,不当なダンピング運賃に該当するか否かの判
断については,当該運賃が標準原価に基づいた適正な原価を著しく下
回るかどうかが一つのメルクマールになる旨答弁し(乙2の2),ま
た,同改正後の国会審議においても,政府委員は,自動認可運賃の下
限を下回る運賃の申請がされた場合には,申請者ごとに原価計算を行
い,不当な競争を引き起こすおそれがある運賃か否かを判断するが,
その場合,その原価計算において,申請事業者の人件費が標準の人件
費と比較して適正な水準であるかどうかということの審査を行う旨答
弁しており(乙20),道路運送法9条の3第2項3号にいう「不当
な競争を引き起こすこととなるおそれ」の判断は適正な原価を下回る
かどうかを基準とするとの答弁が政府側から一貫してされている。ま
た,同法案を可決した衆議院運輸委員会,参議院交通・情報通信委員
会の各附帯決議においても,一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー
事業)の運賃認可基準には,人件費等の費用について適正な水準を反
映させることを求めるとされている(乙2の3,乙3の4)。
したがって,採算割れとなる運賃は現行道路運送法9条の3第2項
3号の運賃の下限規制の対象となるとするのが,立法者の意思に合致
する。
d以上のとおり,現行道路運送法9条の3第2項3号は,競争他社排
除防止及び輸送安全確保の目的から運賃の下限を規制する規定であり,
採算割れとなる運賃は,同号の運賃の下限規制の対象となるものと解
すべきである。
エタクシー運賃の認可に係る地方運輸局長の裁量権
道路運送法9条の3第2項3号は,タクシー事業の運賃の設定及び変更
の認可基準の1つとして「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な
競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」を規定してい
るが,その基準は抽象的,概括的なものであり,その基準に適合するか否
かについては,行政庁の専門技術的な知識経験と公益上の判断を必要とす
るというべきである。よって,国土交通大臣からその権限の委任を受けた
地方運輸局長は,同号該当性の判断について裁量権を有するというべきで
あり,地方運輸局長の上記判断が違法となるのは,同局長がその裁量権の
範囲を逸脱し,又はこれを濫用したと認められる場合に限られるというべ
きである(なお,最高裁平成11年7月19日第一小法廷判決は,旧道路
運送法9条2項1号該当性の判断について,行政庁に裁量権があることを
認めている。)。
オ審査基準公示の合理性
(ア)前記アのとおり,審査基準公示は,採算割れとなる運賃は認可し
ないことを内容とするものであって,過度の運賃の値下げ競争や競争
他社の排除の防止という道路運送法9条の3第2項3号の趣旨に照ら
し,合理的なものである。
(イ)原告は,審査基準公示のうち個人タクシーの人件費は標準人件費
の90%を基準とするとの部分は,平成16年10月1日付け改正で
追加されたもので,本件認可申請時及び本件却下処分時には存在して
いなかった,などと主張する。
確かに,上記改正前の審査基準公示は,上記の基準を個人タクシー
の人件費の査定にも適用するとは明示していないが,前記1(2)のとお
り,上記改正前の審査基準公示が,同別紙4第3項1の「その他の場
合には標準人件費を10%下回る額で人件費を査定することとする」
との基準を適用することを予定していたことは,明らかである。
(ウ)審査基準公示が個人タクシーの人件費について標準人件費を10
%下回る額としたのは,以下の理由による。
すなわち,タクシー事業においては,人件費がコストの大半を占めて
いることから,運賃の設定及び変更の認可基準の設定に当たっては,特
に人件費について適正な水準を反映させることが必要である(乙2の2,
3,乙3の3,4)。しかるところ,個人タクシー事業者においては,
事業主(運転手)が自在に事業内容を決定することができ,人件費とい
う概念が希薄であることから,法人タクシー事業者が実施することので
きない低額の運賃の設定が可能であり,個人事業者と法人事業者との競
争条件が必ずしも公正なものとなっていない。そこで,法人事業者及び
個人事業者のコストの平準化を図り,個人事業者の運送コストの大半を
占める人件費を法人事業者並みにするため,法人事業者の標準人件費を
基準とする必要がある。そして,自動認可運賃の上限と下限の幅が約1
割であり,自動認可運賃の上限が原価計算対象事業者のコストを基に設
定されていることにかんがみると,個人事業者が当該地域において法人
事業者が設定していない新しい運賃を設定しようとする場合,当該個人
タクシー事業の人件費が原価計算対象事業者の人件費の90%程度と計
算すれば,不当な競争を引き起こすおそれがないものと考えられる。
なお,上記の「原価計算対象事業者」とは,一定の基準により標準
的経営を行っているとして選定された事業者(これを「標準能率事業
者」という。)の中から一定の基準により抽出したものである(審査
基準公示別紙1第1項,別紙2第1項)。この点,抽出事業者数は最
低10社とし,30社を超える場合は30社を限度とすることができ
る(審査基準公示別紙2第1項)ところ,原告がタクシー事業の許可
を受けている大阪地区では,29社を原価計算対象事業者として抽出
している。そうすると,標準人件費(原価計算対象事業者の運転者1
人当たり平均給与月額の平均の額)には,当該地域の平均的,標準的
な人件費が適正に反映されているということができる。
したがって,審査基準公示が個人タクシーの人件費について標準人
件費を10%下回る額としたことは,合理的な根拠に基づくものとい
うべきである。
(エ)以上によれば,審査基準公示の定める具体的な運賃の認可基準が,
近畿運輸局長に与えられた裁量権の範囲内の合理的なものであること
は,明らかである。
カ原告の主張に対する反論
原告は,本件却下処分当時には,既に法人タクシー事業者及び個人タク
シー事業者に対して中型車で初乗運賃500円の運賃が認可されていたか
ら,原告の使用車両が小型車であることをも考慮すれば,本件認可申請ど
おりの運賃の変更が認可されたとしても,他の事業者との間で不当な競争
が生じることを具体的に予測することはできず,したがって,本件認可申
請に係る運賃が道路運送法9条の3第2項3号の認可基準を満たすことは
明らかである,などと主張する。
確かに,本件却下処分当時,法人事業者及び個人事業者に対して,中型
車及び小型車の初乗り500円の運賃がそれぞれ認可されていた。
しかし,それらのタクシー事業者については,原価及び収入を個別に査
定したところ原価を償うと見積もられたため,初乗り500円の運賃を認
可したのであり,収支率が100%に満たないと見積もられた原告とは,
全く事情が異なる。また,それらの事業者について無条件に初乗り500
円の運賃を認可したのではなく,運賃単価の値下げ幅が大きいため,処分
後に不当な競争を引き起こすような状況が生じていないかどうかなど,事
業の状況について検証すべく,運賃認可に期限を付し,同事業者に対して
1か月ごとに輸送実績等を報告することを求めていた。その結果,初乗り
540円以上の運賃については事業として成立すると認められたものの,
初乗り500円の運賃については事業として成立することを確認するには
至らなかったため,上記期限経過後も,運賃認可に当たって再度期限を付
し,さらに状況の推移を検証した。したがって,本件認可申請に係る初乗
り480円の運賃を認可すべきことが明らかということはできない。さら
に,タクシー事業の原価は各事業者の事業形態,経営努力等によって異な
り,必ずしも使用車両の大小に比例するものではないから,小型車を使用
しても,直ちに中型車より安い運賃で原価を償い得ることにはならない。
したがって,他の事業者(法人事業者及び個人事業者の中型車及び小型
車)につき初乗り500円の運賃が認可されていたからといって,原告に
対して初乗り480円の運賃を認可すべきことにはならないのであるから,
原告の上記主張は失当というべきである。
キ以上のとおり,近畿運輸局長が,本件却下処分をするに当たり,本件認
可申請に係る旅客の運賃及び料金が道路運送法9条の3第2項3号に該当
しないと判断したことについて,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを
濫用した違法はない。
(2)原告の主張
近畿運輸局長が,本件却下処分をするに当たり,本件認可申請に係る旅客
の運賃及び料金が道路運送法9条の3第2項3号にいう「他の一般旅客自動
車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないもの
であること」には該当しないと判断したことについて,その裁量権の範囲を
逸脱し,又はこれを濫用した違法がある。
ア本件却下処分の根拠とされた審査基準公示は,道路運送法9条の3第2
項3号の趣旨,目的に反する不合理なものであり,タクシー事業に係る運
賃の認可基準としては採用することができない。ところで,同号の規定は,
平成12年法律第86号(平成12年改正法)により旧道路運送法9条2
項4号が改正されてできたものであるため,道路運送法9条の3第2項3
号の立法趣旨及び認可基準の解釈に当たっては,その改正経過をみる必要
がある。
イ平成12年改正法による道路運送法の改正に至る経緯
平成10年ころを境として,我が国では,規制緩和という大きな政策転
換がされた。すなわち,運輸,情報通信,金融その他の分野における経済
的規制について,官主導による需給調整等を主要な規制手段とし,事業者
の予防的保護,監督と安定的な業界秩序の形成により国民の利益を結果的
に擁護しようとする従来の考え方に代えて,市場メカニズムを基本とし,
健全な競争を可能とする透明性の確保や適切なルール作り,製造物責任等
の方策を講じつつ,消費者利益の観点に立って,非効率な既存事業者の温
存を避け,活力ある新規参入者を歓迎するとの考え方に抜本的に転換した。
それは,競争市場における各企業の経営努力を重視し,官民の役割分担の
見直しを図るものであった。
このような規制緩和政策の一環として,タクシー事業における参入規制,
価格規制についても見直しが提言された。すなわち,平成9年12月12
日付けで行政改革委員会が内閣総理大臣に答申した「最終意見」(甲1
1)によれば,タクシー事業の参入規制については,需給調整基準を段階
的に緩和するとともに,安全の確保,消費者保護等の措置を講じた上,遅
くとも平成13年度までに需給調整規制を廃止することとし,その前倒し
に努めること,また,価格規制については,上限価格制を検討の上,遅く
とも平成13年度までに措置することとし,その前倒しに努めることとさ
れた。
この答申を受けて,平成12年改正法が制定され,道路運送法が改正さ
れた。
ウ平成12年改正法の概要
平成12年改正法は,第147回国会衆議院運輸委員会(第10号ない
し第12号)及び同参議院交通・情報通信委員会(第16号ないし第18
号)における審議を経て,同国会で可決成立した。
その提案理由は,一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)は,ド
ア・ツー・ドアの機動的,個別的公共交通機関として重要な役割を果たし
てきているが,経済構造の転換や国民生活の向上を背景とした輸送ニーズ
の高度化,多様化に適切に対処していく必要性が高まっていることから,
需給調整規制を廃止し,事業者間の競争を促進することにより,事業者の
創意工夫を生かした多様なサービスの提供や事業の効率化,活性化を図る
ことが求められていること,であった。もっとも,その一方で,輸送の安
全及び利用者利便の確保は,需給調整規制廃止後においても旅客自動車運
送事業にとって重要な課題であり,これらについて十分な措置を講じてい
く必要がある,とされた(甲16,17)。
上記の趣旨を実現するためのタクシー事業に係る道路運送法の改正点は,
下記のとおりである。

①事業参入について,免許制を許可制とし,輸送の安全,事業の適
切性等を確保する観点から定めた一定の基準に適合している場合に
参入を認める。その事業の開始によって,事業の供給輸送力が輸送
需要等に対し不均衡とならないか否かなどについての審査(いわゆ
る需給調整規制)を廃止する。
②特定の地域において供給輸送力が輸送需要量に対して著しく過剰
となり,当該地域における輸送の安全及び旅客の利便を確保するこ
とが困難となるおそれがあると認められるときは,期間を定めて新
規参入及び増車を認めないこととする緊急調整措置を講じることが
できる。
③運賃及び料金の設定及び変更について,利用者の利便等を確保す
るため,引き続き認可制とし,上限価格その他の認可基準を設ける。
④輸送の安全を確保するため,運行管理者の資格試験制度を導入す
る。
⑤タクシー事業において引き続き運転者の質の確保及び事業の適正
化を図るため,タクシー業務適正化臨時措置法をタクシー業務適正
化特別措置法として恒常化する。
エ平成12年改正法による改正後の道路運送法(現行道路運送法)9条の
3第2項3号の趣旨
(ア)輸送の安全の確保の手段
前記ウのとおり,道路運送法改正法案の当初の概要説明から,運賃及
び料金の設定及び変更について引き続き認可制を残した理由は,主とし
て,利用者の利便の確保であることが明らかである。しかるところ,立
法者は,改正後の道路運送法の下で輸送安全の確保のため,運行管理体
制や事後チェックなど他の複数の方策を準備しているのであるから,そ
れらの方策が適宜単独で又は組み合わせて行使されることにより,輸送
の安全が確保されるべきである。
(イ)原価による一律の下限価格設定について
平成12年5月11日の参議院交通・情報通信委員会(第18号)の
審議における質疑からは,原価による下限運賃と不当なダンピング運賃
とは異なるものであることが前提になっていることが明らかであるとこ
ろ,国務大臣は,タクシー事業においては,運転者の賃金が基本的に歩
合制であることから,運賃のダンピング競争が起こった場合,過労運転
が常態化し,輸送の安全確保が困難となるおそれがあるため,引き続き
運賃を認可制とすることにし,不当な競争を引き起こすようなダンピン
グ運賃については認可をしない方針である旨答弁している(甲17)。
したがって,平成12年改正法による改正後の道路運送法(現行道路運
送法)の下では,原価による下限運賃の設定をしないことは明らかであ
る。
(ウ)価格競争の奨励
平成12年4月26日の衆議院運輸委員会(第12号)の審議におい
て,政府参考人は,タクシー運賃の認可基準について,能率的な経営の
下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないということ
で,上限については基準を設けているが,他方,不当な競争を意図する
ダンピング運賃については,認可制の下であらかじめ排除したいが,不
当な競争を呼ぶダンピング運賃でないという範囲で,個別のサービスの
内容に応じた創意工夫を生かしたサービスを提供するための機動的,弾
力的な運賃設定,価格設定を事業者において実施してもらいたい旨答弁
している(甲16)。よって,立法者は,タクシー事業者の創意工夫に
より,ダンピング運賃にならない範囲で,運賃の価格競争がされること
を奨励しているのである。
(エ)ダンピング運賃の認定要素
平成12年4月26日の衆議院運輸委員会(第12号)の審議におい
て,政府参考人は,当該地域においてタクシー事業を行った場合におけ
る事業者の輸送コスト,すなわち標準原価に基づいた輸送コストを審査
した上で,適正な原価を著しく下回るかどうかを一つのメルクマールと
し,それとともに,市場の中での当該事業者の位置付け,意図等の総合
的な判断が必要である旨答弁している(甲16)。そうすると,立法者
が予定する不当なダンピング運賃の基準は,処分庁により算出された適
正な原価を著しく下回るかどうかということだけでなく,市場の中での
その事業者の位置付け,意図等の総合的な判断が必要とされることは明
らかである。
オ現行道路運送法9条の3第2項3号の認可基準の解釈
(ア)現行道路運送法9条の3第2項1号,3号の認可基準
前記イないしエの道路運送法の改正に至る経緯及び平成12年改正法
の趣旨等からすれば,タクシー事業における輸送安全の確保及び利用者
利益の保護の手段は,事前規制である需給調整及び運賃下限規制という
方法から,主として事後的規制手段(指導,取締り,緊急調整措置等)
及び市場競争を通じた各事業者の経営努力等にゆだねるという方法に転
換したことが明らかである。このことは,道路運送法1条に定められた
目的の変化からも明らかである。すなわち,旧道路運送法1条は,「道
路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保するとともに,道路運送
に関する秩序を確立することにより,道路運送の総合的な発達を図り,
もって公共の福祉を増進すること」を同法の目的としていたが,現行道
路運送法1条は,「道路運送事業の運営を適正かつ合理的なものとする
ことにより,道路運送の利用者の利益を保護するとともに,道路運送の
総合的な発達を図り,もって公共の福祉を増進すること」を同法の目的
としている。
したがって,現行道路運送法9条の3第2項1号及び3号は,上記の
道路運送法の改正の趣旨及び現行道路運送法の目的等に適合するよう,
以下のとおりに解釈されるべきである。
まず,同項1号の運賃の設定及び変更の認可基準は,運賃の上限とし
て適正原価に適正利潤を加えたものを超えないことを要求することによ
り,独占的地位にある企業による不当な超過利潤を抑制し,もって利用
者の不利益を防止しようとするものと解すべきである。そして,同号が
運賃の下限について何ら言及していないことや,前記の平成12年改正
法による道路運送法の改正の趣旨等にもかんがみると,申請に係る運賃
が適正原価,適正利潤を償うものでなければならないという旧道路運送
法9条2項1号の認可基準は,過剰な事前規制として廃止されたものと
解すべきである。
他方,同項3号は,旧道路運送法9条2項4号とその文言において全
く変わりがなく,専ら不当な運賃を設定して競合する他社を排除するこ
とにより競争制限を図る行為を規制し,ひいては利用者の不利益を防止
するための規定であるから,同号の運賃の設定及び変更の認可基準は,
事業者ごとに異なる複数の運賃が生じ得ることを前提に,競争関係にあ
る他の事業者への影響を考慮して,他の認可基準に適合する複数の競争
的な運賃について一定の調整を加えるものと解すべきである。そうする
と,同号にいう「不当な競争」とは,例えば,経済的に優位に立つ事業
者が,正当な理由がないのに,他の事業者と競合する地域についてのみ
著しく安い運賃を設定し,他の事業者の能力の向上など正常な企業活動
を困難にするような競争をいうものと解すべきである。
(イ)現行道路運送法9条の3第2項3号該当性判断に係る裁量権の範囲
確かに,国土交通大臣からその権限の委任を受けた地方運輸局長が,
道路運送法9条の3に基づいてタクシー事業者に対する運賃の認可を行
うに当たっては,高度の専門技術的な知識経験と公益上の判断が要求さ
れる場合もあるから,その判断に当たり地方運輸局長に一定の範囲で裁
量権が認められることは,否定することができない。
しかしながら,前記のとおり,かつての通達行政等の不明確な裁量権
行使による行政が厳しく批判され,官民の役割分担の見直しという観点
から規制緩和政策が開始されたことにかんがみれば,現在において広範
な行政庁の裁量を認めることは妥当ではない。すなわち,規制緩和政策
に基づき道路運送法が改正されたにもかかわらず,従前と同様の下限運
賃規制を可能とする行政庁の広範な裁量権が認められるとすれば,事業
者の経営の合理化を通じて消費者の利益を保護しようとした平成12年
改正法による改正後の道路運送法(現行道路運送法)の趣旨が没却され
かねないのである。
したがって,現行道路運送法の下では,地方運輸局長の裁量権行使に
ついて,裁判所による介入,是正がより強く要請されているというべき
である。このことは,これまでの裁判例において合理性の基準,比例原
則,代替案の検討等といった行政裁量に関する司法審査基準が確立し,
これらの基準を行政事件訴訟法に明文化する方向での検討が行われてい
ることからも,明らかである。
なお,本件却下処分は,旧道路運送法9条2項4号の認可基準によっ
ても,近畿運輸局長がその裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した
違法があると疑われる事案である。すなわち,①実際に本件認可申請
に係る運賃が原価割れしている事実はないこと,②近畿運輸局長が不
当な競争を引き起こすこととなるおそれの有無の判断に当たり,当該運
賃が原価割れすることのみを根拠とし他の要素を全く考慮しないで本件
却下処分をしていること,③本件却下処分は他のタクシー事業者に対
してされた処分内容に比して不公平であること,からすれば,本件却下
処分は,同号の認可基準に照らしても,社会通念に照らして著しく妥当
性を欠き,裁量権の範囲を逸脱し,又はその濫用があるものというべき
である。
(ウ)したがって,現行道路運送法9条の3第2項3号にいう「不当な競
争を引き起こすこととなるおそれ」に適合するか否かを審査するに当た
っては,申請に係る運賃が原価を著しく下回っていることは認定の一要
素にすぎず,その事業者の市場における地位,競争他社排除の意図等の
要素を総合的に判断する必要があるというべきである。そして,国土交
通大臣(及びその権限の委任を受けた地方運輸局長)が,上記の総合的
判断をすることなく,申請に係る運賃が原価を償わないことのみを理由
として同号の要件に適合しないと判断することは,その裁量権の範囲を
逸脱し,又はこれを濫用した違法がある場合に該当するというべきであ
る。
カ審査基準公示の不合理性
(ア)審査基準公示は,原価を下回るタクシー事業に係る運賃を一律に認
可しないという基準を設けているが,これが,平成12年改正法による
改正後の道路運送法(現行道路運送法)の趣旨,目的に反することは,
前記のとおりである。
(イ)審査基準公示(平成16年10月1日付け改正後のもの)は,申請
に係る運賃の原価の算出に当たり,個人タクシー事業者の人件費につい
て,標準人件費(法人タクシー事業者を標準事業者として算出した人件
費)を10%下回る額としている(この基準を原告に適用したことが,
原告の収支率を左右する最大の要因となっている。)。
しかしながら,上記の審査基準公示のような一律の基準によりタクシ
ー事業者の人件費を平準化することが,事業者間の自由な運賃競争を制
限することにつながり,道路運送法の目的である利用者の利益保護に反
していることは明らかである。
また,上記のように法人事業者の数値を流用して運賃の設定及び変更
の審査を行うことは,個別審査を前提とする運賃認可制度として妥当性
を欠いているというべきである。このことは,タクシー事業以外の運賃
認可において,上記のような審査方法が実施されている例がないことか
らも明らかである。そして,その審査基準に従えば,申請者自身の数値
では運賃が原価を償わない場合にも申請が認められるという不合理な結
果を招くことになる。
さらに,法人事業者は,大手企業との提携による運賃の大口割引や長
距離割引,運転手の交代による長時間営業や独自の無線配車など,その
スケール・メリットを利用して個人事業者が行うことのできない数々の
サービスを実施することが可能であるから,法人事業者と個人事業者の
間には規模,事業形態等の面において無視することのできない相違があ
る。そうすると,個人事業者が法人事業者に対抗するためには,初乗運
賃を下げるしか選択肢がないのが現実であり,行政裁量によりこれが一
律に制限されることとなれば,個人事業者は競争上著しく不利な立場に
置かれることになる。よって,審査基準公示は,上記のタクシー事業の
競争実態に適合せず,個人事業者に対して不平等な結果を招くというべ
きである。
(ウ)以上のとおり,審査基準公示は不合理であって,道路運送法9条の
3第2項3号の運賃認可基準として採用することはできないというべき
である。
キ本件認可申請に係る運賃の不当競争の惹起可能性
(ア)前記前提となる事実等(2)アのとおり,原告の平年度の収支率は1
02.9%(収入410万7000円/費用399万1000円)であ
り,本件認可申請に係る運賃は,原価を償っている。
(イ)本件認可申請は,小型車で初乗運賃480円,じ後406mごとに
80円,時間距離併用運賃2分05秒ごとに80円,遠距離運賃500
0円超5割引,というものである。
ところで,本件却下処分当時には,既に法人タクシー事業者及び個人
タクシー事業者に対して,中型車で初乗運賃500円,じ後225mご
とに50円,時間距離併用運賃1分25秒ごとに50円,遠距離運賃5
00円超5割引という認可がされ,平成17年当時においては,法人事
業者7社で約370台,個人事業者で約300台の車両が初乗運賃50
0円で稼働していた。さらに,同年末においては,大型車についても初
乗運賃500円が多数認可されていた。また,大阪以外の地域では,個
人事業者の初乗運賃が法人事業者の同型車の初乗運賃よりも10円程度
低く認可されている例も少なくなく,それらの地域において不当な競争
が生じている状況はない。
そうすると,本件認可申請に係る運賃の値下げ幅は小さく,本件認可
申請どおりの運賃の変更が認可されたとしても,他の事業者との間で不
当な競争が生じることを具体的に予測することはできないというべきで
ある。
(ウ)原告は個人タクシー事業者であり,その保有車両も1両のみである
ところ,個人事業者の市場に占める割合は全車両数のわずか21%にす
ぎず,しかも,原告が占めるシェアはわずかであることからすれば,不
当な競争が生じる可能性はないというべきである。
この点,被告の懸念は,原告の本件認可申請に係る運賃を認可すれば,
他の個人事業者も同様の申請をすることが予想され,その結果,法人事
業者との間で不当な競争を引き起こすおそれがある,というものである
と推測される。しかしながら,個人事業者は個々に経済的事情が異なっ
ており,各自で自在にその事業内容を決定することができるのであるか
ら,本件認可申請に係る運賃が認可されたとしても,他の個人事業者が
それに追随するという必然性はないというべきである。現に,大阪市域
の個人事業者約4000者のうち,初乗運賃500円が認可されている
中型車の個人事業者は104者,小型車の個人事業者は156者しかな
く,それらの個人事業者は初乗運賃660円や650円の個人事業者と
共存している。そして,前記のとおり,国土交通大臣(近畿運輸局長)
はダンピング運賃に該当するもののみを不認可とすれば足り,しかも,
運賃値下げ競争による混乱は事後的な手段を通じて防ぐことができる。
したがって,上記の論理には飛躍があるというべきである。
(エ)国土交通大臣(地方運輸局長)が,自動認可運賃を下回る申請に係
る運賃について,利用者に著しい混乱が生じているか否か,不当な競争
を引き起こすような状況にないか否かなど,事業の状況について検討す
る必要があると判断する場合には,期限を付して運賃の設定又は変更の
認可をすることも可能であり,実際にそのような条件を付した認可を受
けた法人タクシー事業者もある。そうすると,原告のような個人タクシ
ー事業者から自動認可運賃を下回る運賃の変更の申請がされた場合にお
いても,上記と同様に期限付きの認可をすることができない理由はない。
(オ)原告は,法人タクシー事業者による無秩序な事業活動に対して,行
政による健全な秩序形成への期待を寄せることができず,厳しい競争に
生き残るために,やむにやまれず本件認可申請を行ったから,原告に競
合他社の排除の目的がないことは明白である。
(カ)以上を総合すれば,本件認可申請に係る運賃は,道路運送法9条の
3第2項3号にいう「不当な競争を引き起こすこととなるおそれがない
ものであること」との認可基準を満たすことは明らかである。
ク被告の主張に対する反論
(ア)被告は,審査基準公示別紙4第3項1に基づいて,本件認可申請の
審査における個人タクシー事業者である原告の人件費を,標準人件費を
10%下回る額と算出している。
しかしながら,前記1(1)のとおり,審査基準公示のうち申請者の原
価及び収入の査定に当たり個人タクシーの人件費は標準人件費の90%
を基準とするとの部分は,平成16年10月1日付け改正において追加
され,本件認可申請時及び本件却下処分時においては存在していなかっ
たから,そもそも,本件認可申請の審査に当たって上記基準を適用する
ことは不当である。
(イ)被告は,原価を償うことができるタクシー事業の運賃の下限を設定
することにより,過労運転や白タクなどの違法行為を防止することがで
き,それが利用者の利益につながるなどと主張する。
しかしながら,ダンピング運賃規制の目的の一つとして輸送安全の確
保が含まれているとしても,それは不当競争によって過労運転が常態化
し利用者の安全が脅かされているなどの極限的な状況を防止するもので
あり,輸送安全の確保を強調して原価に基づく下限運賃規制を維持する
のは,行き過ぎた事前規制というべきである。ダンピングに至らない程
度の運賃の値下げ競争は,むしろ利用者の利益となるのであって,前記
のとおり,道路運送法はそのことを当然に許容しているというべきであ
る。また,人件費を観念することができない個人タクシー事業者に対し
て,法人タクシー事業者の人件費を適用することは,極めて不合理であ
る。
(ウ)被告は,旧道路運送法9条2項4号(及び現行道路運送法9条の3
第2項3号)は,申請事業者の採算(原価,利潤)を離れては観念し得
ないと主張する。
しかし,同各号の「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競
争を引き起こすこととなるおそれ」との文言からは,タクシー事業の運
賃の認可基準を申請事業者の採算のみに限定する必然性はないというべ
きである。国会の審議において,政府参考人も,ダンピング運賃の認定
は,原価を下回ることだけではなく,市場の中での当該事業者の位置付
けや意図をしんしゃくして総合的に判断すべき旨答弁している(乙2の
2)。
さらに,運賃の下限規制において原価を考慮することは,利用者の利
益保護の観点からすると,むしろデメリットが多いというべきである。
すなわち,各タクシー事業者の経営の実際からすれば,運賃は,原価に
利潤を加えて決定されるものではなく,市場の需給状況や競争他社の価
格動向をみながら決定されるものであって,その後にどれだけコストを
削減して利潤を確保するかが,事業者の経営手腕を問われる場面なので
ある。処分庁が算出した原価を下回っているからといって,直ちに輸送
の危険に結びつくわけではないから,一律に原価を下回る運賃を認可し
ないとすることは,各事業者によるコスト削減へのインセンティブを失
わせ,かえって利用者の利益を損う結果になるというべきである。
(エ)被告は,旧道路運送法9条2項1号及び4号の各運賃の下限規制は
重なり合っていると主張する。
しかし,このような解釈を前提とすると,同項4号は全く無用な規定
ということになり,妥当でない。むしろ,同号は,前記のとおり,タク
シー事業者ごとに異なる複数の運賃が生じ得ることを前提に,競争関係
がある他の事業者への影響を考慮して,同項1号ないし3号の各認可基
準に適合する複数の競合的な運賃について,一定の調整を加えることを
意図した別個の認可基準であると理解すべきである。
ケ以上のとおり,申請に係るタクシー事業の運賃が道路運送法9条の3第
2項3号にいう「不当な競争を引き起こすこととなるおそれ」に該当する
か否かを審査するに当たっては,市場の中での当該事業者の位置付け,意
図等の要因を総合的に判断しなければならず,申請に係る運賃が処分庁に
より算出された原価を下回っているか否かを唯一の基準とすることは明白
な誤りである。したがって,近畿運輸局長が,申請に係る運賃が原価を下
回っているか否かを唯一の基準とする審査基準公示に従って,本件認可申
請に係る運賃が同号の認可基準に該当しないと判断し,本件却下処分をし
たことについて,その裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法が
あることは明白である。そして,上記の総合判断をすれば,本件認可申請
に係る運賃が,同号にいう「不当な競争を引き起こすこととなるおそれが
ないものであること」との認可基準を満たすことは明らかである。
3争点(3)(義務付けの訴えの認容要件の有無)について
(1)原告の主張
近畿運輸局長が原告に対して本件認可申請に応じた運賃及び料金の変更認
可処分をすべきことは道路運送法9条の3から一義的に明白であるから,近
畿運輸局長に対し同処分をすべき旨を命ずべきである。
ア道路運送法9条の3第2項は,国土交通大臣は,タクシー事業に係る旅
客の運賃及び料金の設定又は変更の認可をしようとするときは,同項各号
に掲げる基準によって「しなければならない」と規定していることからす
れば,国土交通大臣(及びその権限の委任を受けた地方運輸局長)は,タ
クシー事業者の申請に係る運賃が同項各号に規定する認可基準に該当する
ときは,当該申請に係る運賃の認可をしなければならないことは明らかで
ある。
イ本件認可申請に係る運賃の道路運送法9条の3第2項3号該当性
前記2(2)のとおり,国土交通大臣(地方運輸局長)が道路運送法9条
の3第2項3号の認可基準に基づきタクシー事業に係る旅客の運賃の設定
又は変更の認可申請の却下処分をすることができるのは,申請に係る運賃
が原価を著しく下回っていることのほか,その事業者の市場における地位,
競争他社排除の意図等の要素を総合的に判断して,当該申請に係る運賃が
利用者の不利益となるような不当な競争を引き起こすおそれがあることが
具体的に予測される場合でなければならず,他方,国土交通大臣(地方運
輸局長)は,そのような場合に該当しない限り,当該申請に係る運賃の設
定又は変更を認可しなければならない。
しかるところ,前記2(2)キで述べたとおり,原告がした本件認可申請
に係る運賃は,道路運送法9条の3第2項3号にいう「不当な競争を引き
起こすこととなるおそれがないものであること」との認可基準を満たすこ
とは明らかである。
ウ以上のとおり,原告の本件認可申請に係る運賃は,道路運送法9条の3
第2項3号の認可基準を満たし,かつ,同号以外の認可基準のいずれも満
たすことは明らかであるから,近畿運輸局長が本件認可申請に応じた運賃
及び料金の変更認可処分をすべきことは,同条から一義的に明白である。
よって,近畿運輸局長に対し同処分をすべき旨を命ずべきである。
(2)被告の主張
前記1(2),2(1)のとおり,本件却下処分は適法というべきである。しか
るところ,行政事件訴訟法37条の3第1項2号によれば,義務付けの訴え
に併合提起された訴えに係る本件却下処分が取り消されるべきものに該当し
ない以上,近畿運輸局長に対し本件認可申請に応じて運賃及び料金の変更認
可処分をすべき旨を命ずる義務付けの訴えは,訴訟要件を欠く不適法なもの
として却下されるべきである。
第4当裁判所の判断
1本件却下処分についての裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無について
(1)道路運送法9条の3第2項3号にいう「不当な競争を引き起こすことと
なるおそれ」の意義
ア道路運送法9条の3の規定は,平成12年法律第86号(平成12年改
正法)による道路運送法の改正により,同改正前の道路運送法(旧道路運
送法)9条が改正されて設けられた条項である。そして,平成12年改正
法による道路運送法の改正により,道路運送法の目的及び基本理念,一般
乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)の参入規制及び運賃規制の在り
方ないし内容等がそれぞれ変更されることとなったことから,(現行)道
路運送法9条の3第2項3号にいう「不当な競争を引き起こすこととなる
おそれ」の意義を解釈するに当たっては,上記の改正に係る経過をみるこ
とが必要である。
そこで,以下,平成12年改正法による道路運送法の改正に係る経過を
検討し,その内容を踏まえて,(現行)道路運送法9条の3第2項3号に
いう「不当な競争を引き起こすこととなるおそれ」の意義を検討すること
とする。
イ平成12年改正法による道路運送法の改正経過
(ア)旧道路運送法の規定
平成12年改正法による改正前の道路運送法(旧道路運送法)は,
「貨物自動車運送事業法(平成元年法律第83号)と相まって,道路運
送事業の適正な運営及び公正な競争を確保するとともに,道路運送に関
する秩序を確立することにより,道路運送の総合的な発展を図り,もっ
て公共の福祉を増進すること」を目的とする(同法1条)。
一般乗用旅客自動車運送事業(旧道路運送法においては,同事業と一
般乗合旅客自動車運送事業とを併せて「一般乗合旅客自動車運送事業
等」とされていた。)を経営しようとする者は,運輸大臣(平成11年
法律第160号(平成13年1月6日施行)による改正後は国土交通大
臣。以下同じ。)の免許を受けなければならず(旧道路運送法4条1
項),一般乗用旅客自動車運送事業の免許は,運送の需要者,運送する
旅客その他業務の範囲を限定して行うことができ(同条3項),一時的
な需要のための一般乗用旅客自動車運送事業の免許は,期間を限定して
行うことができ(同条4項),一般乗用旅客自動車運送事業の免許を受
けようとする者は,氏名又は名称及び住所並びに法人にあっては,その
代表者の氏名,経営しようとする事業が一般乗用旅客自動車運送事業で
あること,予定する事業区域,運輸省令(平成11年法律第160号に
よる改正後は国土交通省令。以下同じ。)で定める事業計画,当該事業
の経営が運輸上必要である理由,を記載した申請書等を運輸大臣に提出
しなければならない(同法5条)。運輸大臣は,一般乗用旅客自動車運
送事業の免許をしようとするときは,①当該事業の開始が輸送需要に
対し適切なものであること,②当該事業の開始によって当該事業区域
に係る供給輸送力が輸送需要量に対し不均衡とならないものであること,
③当該事業の遂行上適切な計画を有するものであること,④当該事
業を自ら適確に遂行するに足る能力を有するものであること,⑤その
他当該事業の開始が公益上必要であり,かつ,適切なものであること,
の基準に適合するかどうかを審査して,これをしなければならず(同法
6条1項),運輸大臣は,免許を受けようとする者又はその役員につき
一定の欠格事由がある場合には,一般乗用旅客自動車運送事業の免許を
してはならない(同法7条)。そして,一般乗用旅客自動車運送事業の
免許を受けた者は,やむを得ない事由のない限り,運輸大臣の指定する
期日又は期間内に運輸を開始しなければならない(同法8条)。
一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者(一般乗用旅客自動車運送
事業者)は,旅客の運賃その他運輸に関する料金を定め,又はこれを変
更しようとするときは,運輸大臣の認可を受けなければならず(旧道路
運送法9条1項),運輸大臣は,上記の認可をしようとするときは,①
能率的な経営の下における適正な原価を償い,かつ,適正な利潤を含
むものであること(1号),②特定の旅客に対し不当な差別的取扱い
をするものでないこと(2号),③旅客の運賃及び料金を負担する能
力にかんがみ,旅客が当該事業を利用することを困難にするおそれがな
いものであること(3号),④他の一般旅客自動車運送事業者との間
に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること(4
号),⑤運賃及び料金が対距離制による場合であって,運輸大臣がそ
の算定の基礎となる距離を定めたときは,これによるものであること
(5号),という基準によって,これをしなければならず(同条2項),
一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金は,確定額をもって定めら
れなければならない(同条5項)。
一般乗用旅客自動車運送事業者は,事業用自動車の運行の安全の確保
に関する業務を行わせるため,運輸省令で定める営業所ごとに,年齢,
事業用自動車の運行の管理又は運転の経歴その他について運輸省令で定
める一定の要件を備える者のうちから,運行管理者を選任しなければな
らず(旧道路運送法23条1項),運行管理者は,誠実にその業務を行
わなければならず(同法23条の2第1項),一般乗用旅客自動車運送
事業者は,運行管理者がその業務として行う助言を尊重しなければなら
ず,事業用自動車の運転者その他の従業員は,運行管理者がその業務と
して行う指導に従わなければならない(同条3項)。
運輸大臣は,一般乗用旅客自動車運送事業者の事業について公共の福
祉を阻害している事実があると認めるときは,一般乗用旅客自動車運送
事業者に対し,事業計画を変更すること,運賃,料金又は運送約款を変
更すること,自動車その他の輸送施設を改善すること,旅客の円滑な輸
送を確保するための措置を講ずること,旅客の運送に関し支払うことあ
るべき損害賠償のため保険契約を締結すること,を命ずることができる
(旧道路運送法31条)。
なお,上記の各運輸大臣(平成11年法律第160号による改正後は
国土交通大臣)の権限は,旧道路運送法88条2項,道路運送法施行令
1条2項により,地方運輸局長に委任されている。
(イ)現行道路運送法の規定
平成12年改正法は,平成12年政令第532号により,平成14年
2月1日から施行された。
平成12年改正法による改正後の道路運送法(現行道路運送法)は,
「貨物自動車運送事業法(平成元年法律第83号)と相まって,道路運
送事業の運営を適正かつ合理的なものとすることにより,道路運送の利
用者の利益を保護するとともに,道路運送の総合的な発達を図り,もっ
て公共の福祉を増進すること」を目的とする(同法1条)。
一般乗用旅客自動車運送事業を経営しようとする者は,国土交通大臣
の許可を受けなければならず(道路運送法4条1項),一般乗用旅客自
動車運送事業の許可を受けようとする者は,氏名又は名称及び住所並び
に法人にあっては,その代表者の氏名,経営しようとする事業が一般乗
用旅客自動車運送事業であること,営業区域,営業所の名称及び位置,
営業所ごとに配置する事業用自動車の数その他の国土交通省令で定める
事項に関する事業計画,を記載した申請書等を国土交通大臣に提出しな
ければならない(同法5条)。国土交通大臣は,一般乗用旅客自動車運
送事業の許可をしようとするときは,①当該事業の計画が輸送の安全
を確保するため適切なものであること,②①に掲げるもののほか,当
該事業の遂行上適切な計画を有するものであること,③当該事業を自
ら適確に遂行するに足る能力を有するものであること,の基準に適合す
るかどうかを審査して,これをしなければならず(同法6条),国土交
通大臣は,許可を受けようとする者又はその役員につき一定の欠格事由
がある場合には,一般乗用旅客自動車運送事業の許可をしてはならない
(同法7条)。
国土交通大臣は,特定の地域において一般乗用旅客自動車運送事業の
供給輸送力が輸送需要量に対し著しく過剰となっている場合であって,
当該供給輸送力が更に増加することにより,輸送の安全及び旅客の利便
を確保することが困難となるおそれがあると認めるときは,当該特定の
地域を,期間を定めて緊急調整地域として指定することができ(道路運
送法8条1項),国土交通大臣は,上記の緊急調整地域の指定をした場
合には,一般旅客自動車運送事業の許可の申請が一般乗用旅客自動車運
送事業に係るもので,かつ,当該申請に係る営業区域が当該緊急調整区
域の全部又は一部を含むものであるときは,当該許可をしてはならず
(同条3項),また,一般乗用旅客自動車運送事業を経営する者(一般
乗用旅客自動車運送事業者)は,上記の緊急調整地域の指定がされた場
合には,当該緊急調整地域における供給輸送力を増加させるものとして
国土交通省令で定める事業計画の変更をすることができない(同条4
項)。
一般乗用旅客自動車運送事業者は,旅客の運賃及び料金(旅客の利益
に及ぼす影響が比較的小さいものとして国土交通省令で定める料金を除
く。)を定め,又はこれを変更しようとするときは,国土交通大臣の認
可を受けなければならず(道路運送法9条の3第1項),国土交通大臣
は,上記の認可をしようとするときは,①能率的な経営の下における
適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであること(1
号),②特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをするものでないこと
(2号),③他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引
き起こすこととなるおそれがないものであること(3号),④運賃及
び料金が対距離制による場合であって,国土交通大臣がその算定の基礎
となる距離を定めたときは,これによるものであること(4号),とい
う基準によって,これをしなければならない(同条2項)。
一般乗用旅客自動車運送事業者は,事業用自動車の運行の安全の確保
に関する業務を行わせるため,国土交通省令で定める営業所ごとに,運
行管理者資格者証の交付を受けている者のうちから,運行管理者を選任
しなければならず(道路運送法23条1項),国土交通大臣は,運行管
理者試験に合格した者又は事業用自動車の運行の安全の確保に関する業
務について国土交通省令で定める一定の実務の経験その他の要件を備え
る者に対し,運行管理者資格者証を交付し(同法23条の2第1項),
国土交通大臣は,運行管理者資格者証の交付を受けている者が道路運送
法若しくは同法に基づく命令又はこれらに基づく処分に違反したときは,
その運行管理者資格者証の返納を命ずることができ(同法23条の3),
運行管理者試験は,運行管理者の業務に関し必要な知識及び能力につい
て国土交通大臣が行い(同法23条の4第1項),運行管理者試験は,
国土交通省令で定める実務の経験を有する者でなければ,受けることが
できず(同条2項),運行管理者は,誠実にその業務を行わなければな
らず(同法23条の5第1項),一般乗用旅客自動車運送事業者は,運
行管理者がその業務として行う助言を尊重しなければならず,事業用自
動車の運転者その他の従業員は,運行管理者がその業務として行う指導
に従わなければならない(同条3項)。
国土交通大臣は,一般乗用旅客自動車運送事業者の事業について旅客
の利便その他公共の福祉を阻害している事実があると認めるときは,一
般乗用旅客自動車運送事業者に対し,事業計画を変更すること,運賃等
の上限を変更すること,運賃又は料金を変更すること,運送約款を変更
すること,自動車その他の輸送施設を改善すること,旅客の円滑な輸送
を確保するための措置を講ずること,旅客の運送に関し支払うことある
べき損害賠償のため保険契約を締結すること,を命ずることができる
(道路運送法31条)。
なお,上記の各国土交通大臣の権限(ただし,道路運送法8条1項の
規定による緊急調整区域の指定を除く。)は,同法88条2項,同法施
行令1条2項により,地方運輸局長に委任されている。
(ウ)平成12年改正法の趣旨
以上の(ア),(イ)でみてきたところによれば,平成12年改正法のう
ち一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー事業)に関する部分の要点は,
次のとおりにいうことができる。
すなわち,①「道路運送の総合的な発達を図り,もって公共の福祉
を増進すること」という道路運送法の究極の目的は維持しつつ,同法の
直接の目的を,「道路運送事業の適正な運営及び公正な競争を確保する
とともに,道路運送に関する秩序を確立する」ことから,「道路運送事
業の運営を適正かつ合理的なものとすることにより,道路運送の利用者
の利益を保護する」ことに変更し,②事業参入を免許制から許可制と
して,輸送の安全,事業の適切性等を確保する観点から定めた一定の基
準に適合している場合に参入を認めることとし,その事業の開始によっ
て事業の供給輸送力が輸送需要量に対し不均衡とならないものであるか
否か等についての審査(いわゆる需給調整規定)を廃止し,③特定の
地域において供給輸送力が輸送需要量に対し著しく過剰となり,当該地
域における輸送の安全及び旅客の利便を確保することが困難となるおそ
れがあると認められるときは,期間を定めて新規参入及び増車を認めな
いこととする緊急調整措置を講ずることができることとし,④旅客の
運賃及び料金の設定及び変更について,能率的な経営の下における適正
な原価を償うか否かという認可基準,並びに,旅客の運賃及び料金を負
担する能力にかんがみ旅客が当該事業を利用することを困難にするおそ
れがないものであるか否かという認可基準をそれぞれ廃止し,⑤運行
管理者の資格試験制度を導入する,というものである。
以上のような平成12年改正法による改正内容,殊に目的規定及び需
給調整規制に関する規定の改正内容等にかんがみると,一般乗用旅客自
動車運送事業に係る平成12年改正法による道路運送法の改正は,タク
シーが個別の利用者の需要に対応したきめ細かな運送サービスを提供す
ることができる機動的でかつ個別的な公共輸送機関であるとの認識の下
に,需給調整規制によって過当競争を防止し需要に見合った供給力を設
定することにより,秩序ある安定的なサービスの提供を確保し,もって
一般乗用旅客自動車運送事業の発展を図るという,旧道路運送法の立法
政策から,需給調整規制を廃止して,事業者間の競争を促進し,事業者
の創意工夫を活かした多様なサービスの提供や事業の効率化,活性化を
図り,もって,多様化した利用者の需要に適合し,利用者の利便の確保,
向上を図るという,利用者保護に重点を置いた立法政策に転換するとと
もに,タクシー事業においては,増車に伴う固定費が小さいことや,歩
合制賃金の下で増車を行えば事業者の収入も増加するということから,
事業者の増車意欲が極めて強く,供給過剰になりやすい特性を有してい
るところ,著しい供給過剰となった場合には,過労運転による事故が起
きやすくなったり,運賃の不正収受,利用者とのトラブルといった問題
が広範に生じる可能性があるなど,輸送の安全,旅客の利便を損なうこ
とになるおそれがあることから,そのような具体的なおそれがある場合
に,輸送の安全及び利用者の利便を確保する観点から,新規参入及び増
車を停止し,事態の更なる悪化を防止するための緊急調整措置を設ける
こととしたものであるということができる。そして,その背景には,需
給調整規制は,供給輸送量,車両数が輸送需要を下回っている場合に新
規参入や増車等を認める制度として,経済成長が続く中で輸送需要が右
肩上がりに増加していた状況の下においては,安定的なサービスの提供
の確保に一定の役割を果たしていたのに対し,近年の輸送需要の低迷の
中で,需給調整規制により,事業の遂行の能力と意欲のある事業者の参
入,事業拡大が制限を受け,事業全体の活性化を阻害し,輸送サービス
の改善を図ることが困難な状況にあるという認識が存したものと認めら
れる。
ウ現行道路運送法9条の3第2項3号の趣旨
前記イにおいて説示したところに加えて平成12年改正法による一般乗
用旅客自動車運送事業の運賃及び料金に関する規定の改正内容等にかんが
みると,平成12年改正法は,需給調整規制を廃止して,事業者間の競争
を促進し,事業者の創意工夫を活かした多様なサービスの提供や事業の効
率化,活性化を図り,もって,多様化した利用者の需要に適合し,利用者
の利便の確保,向上を図るという立法政策の下において,価格の設定が事
業経営上の最も基本的な事項であって,できる限り経営者の自主性や創意
工夫が尊重されるべきであることから,利用者の需要に対応して創意工夫
を活かしたサービスを提供するための機動的,弾力的な運賃等の設定を可
能にするとともに,他方で,利用者に対する分かりやすさの確保に加えて,
タクシー事業においては人件費が経費の約8割を占めており,また,運転
者の賃金が基本的に歩合制であることから,運賃等について不当な値下げ
競争(いわゆるダンピング競争)が起こった場合には,過労運転の常態化,
輸送の安全の確保の困難に結びつくおそれがあり,利用者の利便を損なう
ことになることにかんがみ,引き続き一般乗用旅客自動車運送事業の運賃
及び料金の設定及び変更についての認可制を維持し,運賃等の上限につい
ての基準を設けるとともに,不当な競争を意図する値引き運賃(ダンピン
グ運賃)等の設定の防止を図ったものであるということができる。
エ道路運送法9条の3第2項3号にいう「不当な競争を引き起こすことと
なるおそれ」の意義
(ア)前記のとおり,旧道路運送法は,需給調整規制によって過当競争を
防止し需要に見合った供給力を設定することにより,秩序ある安定的な
サービスの提供を確保し,もって一般乗用旅客自動車運送事業の発展を
図るという立法政策の下に,一般乗用旅客自動車運送事業を含む一般旅
客運送事業の旅客の運賃その他運輸に関する料金の設定及び変更につい
て,運輸大臣の認可制を定め,9条2項において,認可の基準として,
能率的な経営の下における適正な原価を償い,かつ,適正な利潤を含む
ものであること(1号),特定の旅客に対し不当な差別的取扱いをする
ものでないこと(2号),旅客の運賃及び料金を負担する能力にかんが
み,旅客が当該事業を利用することを困難にするおそれがないものであ
ること(3号),他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を
引き起こすこととなるおそれがないものであること(4号),運賃及び
料金が対距離制による場合であって,運輸大臣がその算定の基礎となる
距離を定めたときは,これによるものであること(5号),と規定して
いた。
この運賃等の認可制度は,昭和26年法律第183号による道路運送
法の制定により自動車運送事業者の旅客又は貨物の運賃その他運輸に関
する料金の設定及び変更について導入されたもので,同法制定前におい
て,自動車運送事業に係る旅客又は貨物の運賃等が物価統制令(昭和2
1年勅令第118号)の適用を受け,統制額として最高額のみが定めら
れ,その限度において事業者が自由にこれを設定又は変更することがで
きるとされていたのを改めたものである。その趣旨については,運賃等
を利用者にはっきりと公示し,利用者の個々に対する不当な差別的取扱
いと事業者間の不当な競争を防止することにあるとされており,事業者
間の不当な競争を防止するという点については,事業者がサービスを競
うあまり互いに運賃を下げてダンピングに出るということは,事業の経
営の根底を動揺させ,事業の確立を図ることができなくなるのみならず,
利用者に不測の損害を及ぼすことになるので,事業者相互の公正な競争
のために,定額制を採ることが必要であるとされたものであると説明さ
れている。そして,運輸大臣は,各事業者ごとに申請について個別に認
可基準に従って審査し認可,不認可の判断をすることが予定され,「能
率的な経営の下における適正な原価を償い,且つ,適正な利潤を含むも
のであること」(制定当時の道路運送法8条2項1号)の基準について
も,事業者ごとに個別にその該当性を審査するものとされ,その結果と
して,個々の事業者ごとに異なった額の運賃等が認可されることも当然
に予定されており,このように事業者間に運賃等の差が生じることをも
って直ちに「他の自動車運送事業者との間に不当な競争をひきおこすこ
ととなるおそれ」があるとするものではないが,事業者間に運賃等に関
して無理な競争が起こるといった事態を防止するため,「他の自動車運
送事業者との間に不当な競争をひきおこすこととなるおそれがないもの
であること」(制定当時の道路運送法8条2項4号)の認可基準でもっ
て調整するものとすると考えられていたことが,国会における法律案の
審議経過からもうかがわれるところである。また,「能率的な経営の下
における適正な原価を償い,且つ,適正な利潤を含むものであること」
(制定当時の道路運送法8条2項1号)の基準については,物価統制令
の下において利潤は事業者の一層の企業努力によって生み出すものであ
るとの前提の下に利潤を考慮せず原価だけで統制額を計算していたのを
改め,個々の事業者ごとに原価の内容が異なることを前提に,当該事業
者がその事業を運営するに十分な能率を発揮して合理的な経営をしてい
る場合になお必要な原価を適正な原価とみて,これに当該事業の種類や
地域の実情に合致した適正な利潤を加えた額をもって同号の基準を満た
すものと考えていたことも,国会における法律案の審議経過からうかが
われるところである。
以上検討したところからすれば,旧道路運送法の一般乗用旅客自動車
運送事業を含む一般旅客自動車運送事業の運賃及び料金に関する規制は,
「能率的な経営の下における適正な原価を償い,かつ,適正な利潤を含
むものであること」を認可基準とすることにより,運賃及び料金の下限
を規制することによって需給調整規制と相まって事業者による秩序ある
安定的なサービスの提供を確保するとともに,一定の競争制限を行うこ
とによって特に割高な運賃や適切でない運賃が収受されることのないよ
うにその上限を規制し,また,上記認可基準に従って個々の事業者ごと
に異なった額の運賃等が認可される結果として事業者間に運賃等の差が
生じ得ることにかんがみ,「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不
当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」を認可
基準として規定し,もって,事業者間に運賃等に関して不当な値下げ競
争(いわゆるダンピング競争)が起こるといった事態を防止する趣旨に
出たものであるということができる。
これに対し,前記ウで説示したとおり,平成12年改正法による一般
乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金に関する規定の改正は,需給調
整規制を廃止して,事業者間の競争を促進し,事業者の創意工夫を活か
した多様なサービスの提供や事業の効率化,活性化を図り,もって,多
様化した利用者の需要に適合し,利用者の利便の確保,向上を図るとい
う立法政策の下において,利用者の需要に対応して創意工夫を活かした
サービスを提供するための機動的,弾力的な運賃等の設定を可能にする
とともに,他方で,利用者に対する分かりやすさの確保に加えて,運賃
等について不当な値下げ競争(いわゆるダンピング競争)が起こった場
合には,過労運転の常態化,輸送の安全の確保の困難に結びつくおそれ
があり,利用者の利便を損なうことになることにかんがみ,引き続き運
賃及び料金の設定及び変更についての認可制を維持し,運賃等の上限に
ついての基準を設けるとともに,不当な競争を意図する値引き運賃(ダ
ンピング運賃)等の設定の防止を図ったものであるということができる。
以上のような旧道路運送法の一般乗用旅客自動車運送事業を含む一般
旅客運送事業の旅客の運賃及び料金に関する規定の趣旨,目的,平成1
2年改正法による一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金に関する
規定の改正の趣旨に加えて,平成12年改正法が旧道路運送法9条2項
1号の「能率的な経営の下における適正な原価を償い,かつ,適正な利
潤を含むものであること」の基準を現行道路運送法9条の3第2項1号
の「能率的な経営の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを
超えないものであること」の基準に改めた上,旧道路運送法9条2項4
号の「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こす
こととなるおそれがないものであること」の基準を現行道路運送法9条
の3第2項3号として存置したことを併せ考えると,現行道路運送法9
条の3第2項は,利用者保護の観点から同項1号において運賃及び料金
の上限に関する規制の基準のみを定め,旧道路運送法が運賃及び料金の
下限に関する規制の基準としても規定していた「能率的な経営の下にお
ける適正な原価を償い,かつ,適正な利潤を含むものであること」の基
準を,運賃及び料金の上限に関する規制の基準としての「能率的な経営
の下における適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えないものであ
ること」に改めることにより,当該上限の範囲内で,一般乗用旅客自動
車運送事業者に利用者の需要に対応して創意工夫を活かしたサービスを
提供するための機動的,弾力的な運賃等を設定することを可能にし,も
って,利用者の利便の確保,向上を図るとともに,当該運賃及び料金の
下限については,原則として事業者の経営努力及び労使間の交渉等にゆ
だねることとし,ただし,運賃等について不当な値下げ競争(いわゆる
ダンピング競争)が起こった場合には,過労運転の常態化,輸送の安全
の確保の困難に結びつくおそれがあり,利用者の利便を損なうこととな
ることにかんがみ,利用者保護の観点から,引き続き「他の一般旅客自
動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがな
いものであること」の基準を同項3号として存置することにより,不当
な競争を意図する値引き運賃(ダンピング運賃)等の設定の防止を図る
趣旨の規定と解される。そして,このような同項の趣旨及び改正経過か
らすれば,同項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不
当な競争を引き起こすこととなるおそれ」とは,他の一般旅客自動車運
送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を
損なうことになるような旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競争を引き
起こす具体的なおそれをいうものと解するのが相当であり,そのような
おそれのある運賃等に該当するか否かについては,当該運賃等が能率的
な経営の下における適正な原価を下回るものであるか否かという観点の
ほか,当該事業者の市場の中での位置付け,当該運賃等を設定した意図
等を総合的に勘案して判断すべきである。
(イ)被告は,旧道路運送法が一般旅客自動車運送事業の旅客の運賃及び
料金の下限に関する規制の基準として規定していた同法9条2項1号の
「能率的な経営の下における適正な原価を償い」の基準は,輸送の安全
確保及び競争他社排除の防止を目的とする規制であり,同項4号の「他
の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととな
るおそれがないものであること」の基準は,競争他社排除の防止の目的
から運賃等の下限を規制するものであって,同各号の各運賃等の下限規
制は重なり合っており,採算割れとなる運賃等は,競争他社の排除をも
たらし得るものとして,同項4号による規制の対象となるものであった
ところ,平成12年改正法は,旧道路運送法9条2項の規定を整理した
ものであり,現行道路運送法9条の3第2項3号は,旧道路運送法9条
2項4号を引き継いで競争他社排除の防止の目的から運賃等の下限を規
制するだけではなく,同項1号の趣旨をも受け継いで,輸送の安全確保
の目的からも運賃の下限を規制するための基準として規定されたもので
あるから,タクシー事業に係る採算割れの運賃(能率的な経営の下にお
ける適正な原価を償わない運賃)はすべて道路運送法9条の3第2項3
号にいう「不当な競争を引き起こすこととなるおそれ」のある運賃であ
る旨主張する。
確かに,前記のとおり,設定又は変更に係る一般乗用旅客自動車運送
事業者の運賃及び料金が能率的な経営の下における適正な原価を下回る
ものであるか否かは,同号にいう「不当な競争」,すなわち,他の一般
旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の
安全の確保を損なうことになるような運賃及び料金の不当な値下げ競争
を引き起こす具体的なおそれがあるか否かを判断するに当たっての一つ
の考慮要素になるものと解される。
しかしながら,前記イ(ウ)において説示したとおり,平成12年改正
法による道路運送法の改正により,一般乗用旅客自動車運送事業につい
ても,需給調整規制によって過当競争を防止し需要に見合った供給力を
設定することにより,秩序ある安定的なサービスの提供を確保し,もっ
て一般乗用旅客自動車運送事業の発展を図るという立法政策から,需給
調整規制を廃止して,事業者間の競争を促進し,事業者の創意工夫を活
かした多様なサービスの提供や事業の効率化,活性化を図り,もって,
多様化した利用者の需要に適合し,利用者の利便の確保,向上を図ると
いう,利用者保護に重点を置いた立法政策への転換が行われたことは,
関係規定の改正内容及び改正経過に照らして明らかであり,平成12年
改正法による改正後の道路運送法が規定する一般乗用旅客自動車運送事
業に係る旅客の運賃及び料金の認可制度についても,このような文脈の
中に位置付けてその意味内容を理解すべきである。このような観点から
すれば,前記(ア)において説示したとおり,旧道路運送法の一般乗用旅
客自動車運送事業を含む一般旅客自動車運送事業に係る旅客の運賃及び
料金の認可制度は,運賃及び料金の下限を規制することにより需給調整
規制と相まって事業者による秩序ある安定的なサービスの提供を確保す
るとともに,一定の競争制限を行うことによって特に割高な運賃や適切
でない運賃が収受されることのないようにその上限を規制し,併せて,
事業者間に運賃等に関して不当な値下げ競争(いわゆるダンピング競
争)が起こるといった事態を防止する趣旨のものであったのに対し,現
行道路運送法の一般乗用旅客自動車運送事業に係る旅客の運賃及び料金
の認可制度は,利用者保護の観点から運賃及び料金の上限に関する規制
の基準のみを定め,旧道路運送法が運賃及び料金の下限に関する規制の
基準として規定していた「能率的な経営の下における適正な原価を償
い」の基準を認可基準から削除することにより,一般乗用旅客自動車運
送事業者に利用者の需要に対応して創意工夫を活かしたサービスを提供
するための機動的,弾力的な運賃等を設定することを可能にし,もって,
利用者の利便の確保,向上を図るとともに,当該運賃及び料金の下限に
ついては,原則として事業者の経営努力及び労使間の交渉等にゆだねる
こととし,ただし,運賃等について不当な値下げ競争(いわゆるダンピ
ング競争)が起こった場合には,過労運転の常態化,輸送の安全の確保
の困難に結びつくおそれがあり,利用者の利便を損なうこととなること
にかんがみ,利用者保護の観点から,引き続き旧道路運送法9条2項4
号の基準を現行道路運送法9条の3第2項3号として存置することによ
り,不当な競争を意図する値引き運賃(ダンピング運賃)等の設定の防
止を図る趣旨のものであると解するのが,素直な解釈というべきである。
また,被告の主張するように旧道路運送法9条2項1号による運賃等の
下限に関する規制と同項4号による規制とが重なり合うものであったと
しても,旧道路運送法9条2項4号の基準がそのままの文言で現行道路
運送法9条の3第2項3号として存置されたことからすれば,平成12
年改正法による道路運送法の改正により当該基準の意味内容が被告の主
張するように変化したと解するのは,文理上も困難というべきであり,
平成12年改正法に係る国会審議の内容及び経過等(甲15ないし17,
乙1,乙2の1ないし3,乙3の1ないし4)を精査しても,平成12
年改正法による改正後の現行道路運送法9条の3第2項の規定が旧道路
運送法9条2項の規定を被告の主張するような方向で整理したものであ
るとの趣旨を読み取ることは困難である。
そして,以上説示したような現行道路運送法の一般乗用旅客自動車運
送事業に係る旅客の運賃及び料金の認可制度の趣旨,目的,平成12年
改正法による改正経過等からすれば,現行道路運送法9条の3第2項3
号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起
こすこととなるおそれ」とは,他の一般旅客自動車運送事業者との間に
おいて過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになる
ような運賃等の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれをいうも
のと解するのが素直な解釈というべきであり,被告の主張するように,
「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこと
となるおそれ」のある運賃及び料金とは能率的な経営の下における適正
な原価を償わない運賃及び料金(いわゆる採算割れの運賃等)をいうも
のと解することはできないというべきである。
また,前記(ア)において説示したところからすれば,旧道路運送法9
条2項1号にいう「能率的な経営の下における適正な原価」とは,個々
の一般旅客事業者運送事業者がその事業を運営するのに十分な能率を発
揮して合理的な経営をしている場合において必要とされる原価をいうも
のと解すべきであるが,このような意味における「能率的な経営の下に
おける適正な原価」を償わない運賃及び料金がそれのみで直ちに他の一
般旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送
の安全の確保を損なうことになるような運賃等の不当な値下げ競争を引
き起こす具体的なおそれがあると経験則上推認することはできず,逆に,
上記のような意味における「能率的な経営の下における適正な原価」を
償う運賃及び料金であれば他の一般旅客自動車運送事業者との間におい
て過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるよう
な運賃等の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれはないと経験
則上推認することもできないというべきである(このことは,前記(ア)
において説示した旧道路運送法9条2項4号の規定の立法趣旨からも裏
付けられるところである。)。
以上のとおりであるから,被告の前記主張は,採用することができな
い。
(ウ)以上によれば,(現行)道路運送法9条の3第2項3号にいう「他
の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととな
るおそれ」とは,他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運
転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるような旅客の
運賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれをいうも
のと解するのが相当であり,そのようなおそれのある運賃等に該当する
か否かについては,当該運賃等が能率的な経営の下における適正な原価,
すなわち,個々の一般乗用旅客自動車運送事業者がその事業を運営する
のに十分な能率を発揮して合理的な経営をしている場合において必要と
される原価を下回るものであるか否かという観点のほか,当該事業者の
市場の中での位置付け,当該運賃等を設定した意図等を総合的に勘案し
て判断すべきであるところ,このような判断は,専門的,技術的な知識
経験及び公益上の判断を必要とするものであるから,同号の基準に適合
するか否かの判断については,国土交通大臣及びその権限の委任を受け
た地方運輸局長にある程度の裁量権が認められるものと解される。
オ以上のとおり,国土交通大臣(地方運輸局長)は,一般乗用旅客自動車
運送事業の旅客の運賃及び料金の設定及び変更の認可に当たり,当該申請
が道路運送法9条の3第2項3号の基準に適合するか否かの判断について,
ある程度の裁量権が認められるから,近畿運輸局長が本件却下処分をする
に当たり本件認可申請が同号の基準に適合しないとした判断が,その裁量
権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものであるか否かを検討すべきで
ある。
ところで,前記前提となる事実等(3)のとおり,近畿運輸局長は,同項
に基づく審査基準として,別紙第3のとおり,「一般乗用旅客自動車運送
事業の運賃及び料金の認可申請の審査基準について」(平成14年近運旅
二公示第11号。審査基準公示)を定め,これに従って一般乗用旅客自動
車運送事業(タクシー事業)に係る旅客の運賃及び料金の設定及び変更の
認可を行う運用をしているものと認められる。そこで,まず,審査基準公
示が道路運送法9条の3第2項各号の基準に適合するか否かを判断するた
めの基準として合理的なものであるか否かについて検討することとする。
(2)審査基準公示の合理性
ア審査基準公示の概要
審査基準公示に基づく近畿運輸局長におけるタクシー事業に係る旅客の
運賃及び料金の設定及び変更の認可申請の処理手続は,概要,以下のとお
りである。
(ア)自動認可運賃の設定
近畿運輸局長は,後記(イ)の要領で自動認可運賃を設定し,これを事
前に公示する(審査基準公示4項,同別紙4第1項)。これに基づき,
平成14年1月18日付けで,「一般乗用旅客自動車運送事業の自動認
可運賃について」(平成14年近運旅二公示第12号。自動認可運賃公
示)が公示されている。
(イ)自動認可運賃の設定方法
a原価計算対象事業者の選定
近畿運輸局長は,運賃適用地域(需要構造,原価水準等を勘案して
運賃改定手続をまとめて取り扱うことが合理的であると認められる地
域として近畿運輸局長が定める一定の地域)内において,改定申請事
業者の中から標準的経営を行っている事業者を標準能率事業者として
選定するが,その選定に当たっては,①原価標準基準(1人1者制
個人タクシー事業者及び小規模個人経営者(5両以下),3年以上存
続していない事業者,料金について標準的なものと大幅に異なるもの
を設定している事業者等),②サービス標準基準(事業用自動車の
平均車齢が,当該運賃適用地域の全事業者の平均値に比較して,特に
高いと認められる事業者,タクシーサービスの著しく不良な事業者
等),又は③効率性基準(運賃適用地域の事業者のうち年間平均実
働率又は生産性(従業員1人当たりの営業収入)の水準が,当該地域
内の全事業者の上位からおおむね80%の順位にある水準以下の事業
者等),に該当する者を除いた者とする(審査基準公示別紙1第1)。
近畿運輸局長は,標準能率事業者の中から,①車両規模別にそれ
ぞれ50%を抽出する,②その抽出に当たっては,各運賃額別,車
両数規模別に申請事業者全体に対する車両数比率を算出し,その比率
をもって事業者を抽出する,③抽出事業者数の最低は10社とし,
30社を超える場合は30社を限度とすることができるものとする,
④抽出事業者の実績加重平均収支率が標準能率事業者の実績加重平
均収支率を下回らないように抽出するものとする,との基準により,
原価計算対象事業者を抽出する(審査基準公示別紙2第1項)。
b所要増収率の算定
近畿運輸局長は,原価計算対象事業者の実績年度(最近の実績年度
1年間)における実績値及びそれに基づいて算定した翌年度(実績年
度の翌年度)の算定値等を基に,平年度(実績年度の翌々年度)の一
般乗用旅客自動車運送事業の営業費(人件費,燃料油脂費,車両修繕
費,車両償却費,その他運送費及び一般管理費),営業外費用及び適
正利潤を合計した額,すなわち運賃原価を算定し,また,「実績年度
の車キロ当たり収入×査定実車走行キロ」の式により同事業者の運送
収入を算定する(審査基準公示別紙2第2ないし第7)。そして,
「{運賃原価−(実績年度運送雑収+実績年度営業外収益)}/運送
収入−1」の式により,所要増収率を算定する(同別紙2第7,第
8)。なお,人件費は給与,退職金,厚生費の合計額とし,「平均給
与月額×支給延人員×(1+退職金支給率+厚生費支給率)」の式に
より算定する。また,平均給与月額は,基準賃金,基準外賃金及び賞
与(一時金を含む。)の年間総額の12分の1の額とする(同別紙2
第6の2(1))。
c自動認可運賃の算定
近畿運輸局長は,改定前の上限初乗運賃額に所要増収率を乗じた額
(端数は10円単位に四捨五入した額)を上限初乗運賃額とし,この
額と,この額から所定の式(例えば,距離制運賃の下限運賃の初乗運
賃額は,上限初乗運賃額に小型・免税事業者の下限初乗運賃額を中型
・課税事業者の上限初乗運賃額で除したものを乗じた額(端数は10
円単位に切上げする。)とされ,時間性運賃の下限運賃の初乗運賃額
は,時間性上限運賃の初乗運賃額に距離制下限初乗運賃額を距離制上
限初乗運賃額で除したものを乗じた額とされる。)により算出される
下限初乗運賃額(端数は10円単位に切上げした額)の範囲内におい
て,10円単位で初乗運賃額を設定し,さらに,当該初乗運賃額に対
応した加算距離及び加算運賃額を所定の式により算定して,それらを
自動認可運賃として設定する(審査基準公示3項(2),4項,同別
紙2別添2,同別紙3,同別紙4第1項)。
(ウ)自動認可運賃に該当する運賃の認可申請の処理手続
近畿運輸局長は,自動認可運賃の認可申請については,速やかに認可
を行うものとする(審査基準公示4項,同別紙4第2項)。
(エ)自動認可運賃に該当しない運賃の認可申請の処理手続
近畿運輸局長は,申請に係る運賃が当該運賃適用地域の自動認可運賃
に該当せず,かつ,運賃改定(運賃適用地域において普通車の最も高額
の運賃よりも高い運賃を設定すること)を伴わない運賃に係る申請につ
いては,認可要件に沿って,不当な競争を引き起こすおそれがないかど
うかや不当に差別的なものでないか等を個別に審査,判断するものとし,
次のとおり処理する(審査基準公示4項,同別紙4第3項)。
a原価及び収入の算定
近畿運輸局長は,申請者において実績年度の原価及び収入を基に,
審査基準公示別紙2第2項から第8項(同第6項中適正利潤は運賃原
価から除外する。)により算定した(これによらない場合は,合理的
な理由を付した上でこれに準じた形で算定した)書類を作成の上申請
書に添付して提出することを求めることとする。近畿運輸局長におい
ては,この添付書類を基に,平年度における申請者の原価及び収入を
査定することとする。ただし,人件費については,申請者の運転者1
人当たり平均給与月額(福利厚生費を含む。以下同じ。)が原価計算
対象事業者の運転者1人当たり平均給与月額の平均の額(標準人件
費)の10%を超えて下回っているときは,(1)労使間で当該申請
について了解がある場合,又は(2)過去2年間に労働基準法違反及
び自動車運転者の労働時間等の改善のための基準(平成元年労働省告
示第7号)違反が認定されていない場合は,申請者の実績値を用い,
その他の場合には標準人件費を10%下回る額で人件費を査定するこ
ととする。
b運賃査定額の算定
近畿運輸局長は,上記aによる査定を行った上で,平年度における
収支率が100%となる変更後の運賃額(運賃査定額)を算定するこ
ととする。ただし,運賃査定額が自動認可運賃となる場合にあっては
申請額に最も近い自動認可運賃額をもって運賃査定額とすることとす
る。
c申請に対する処分
近畿運輸局長は,申請に係る運賃の額が運賃査定額以上である場合
は申請額で認可することとする。
また,同局長は,申請に係る運賃の額が運賃査定額に満たない場合
は運賃査定額を申請者に通知し,通知後2週間以内に申請額を運賃査
定額に変更することができることとする。同局長は,変更申請がない
場合は,当該申請による運賃を設定することによる労働条件への影響
等についても審査の上,その適否を判断することとする。
イ審査基準公示の裁量基準としての合理性
以上の審査基準公示で定められた運賃認可基準によれば,自動認可運賃
に該当するタクシー事業に係る旅客の運賃及び料金の設定及び変更の申請
は速やかに認可されることとなるが,自動認可運賃は,運賃適用地域内に
おいて標準的経営を行っている事業者(標準能率事業者)の中から抽出し
た原価計算対象事業者の実績値等に基づき適正な利潤を加えて算定された
運賃原価を基礎にして上限運賃及び下限運賃がそれぞれ算定されたもので
あって,原価計算対象事業者の抽出方法及びその下限運賃の算出方法にも
かんがみると,申請に係る運賃等の額が自動認可運賃の範囲内にとどまる
限り,当該地域内において当該申請を認可することにより他の一般旅客自
動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の安全の確
保を損なうことになるような運賃等の不当な値下げ競争を引き起こすよう
な事態はにわかに考え難いから,当該申請に係る運賃等が自動認可運賃に
該当する限り,それ以上の個別審査を要することなく,道路運送法9条の
3第2項3号にいう「他の一般乗用旅客自動車運送事業者との間に不当な
競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」を始め同項各
号の基準に適合するものとして取り扱うことは,国土交通大臣(近畿運輸
局長)の裁量権の行使の在り方として合理性を有しているということがで
きる。
他方,審査基準公示によれば,自動認可運賃に該当せず,かつ,運賃の
値上げである運賃改定を伴わない運賃及び料金に係る申請がされた場合に
は,実績年度の申請者の原価及び収入を基に平年度における申請者の原価
及び収入を査定し,それを基に平年度における収支率が100%となる変
更後の運賃額(運賃査定額)を算定して,当該申請に係る運賃等の額が運
賃査定額以上である場合は,それ以上の個別の審査をすることなく,その
額で運賃等の設定又は変更の認可をするものとされており,上記の運賃査
定額の算定における原価の算定に当たっては,申請者の実績年度の原価を
基に,審査基準公示別紙2第6の適正利潤を除外して算定するものとし,
人件費については,申請者の運転者1人当たり平均給与月額が原価計算対
象事業者のそれの平均額(標準人件費)の10%を超えて下回っていると
きは,労使間で当該申請について了解がある場合,又は過去2年間に労働
基準法違反及び自動車運転者の労働時間等の改善のための基準違反が認定
されていない場合を除き,標準人件費を10%下回る額で査定することと
されている。このように,運賃査定額,すなわち,平年度における収支率
が100%となる変更後の運賃額の算定においては,前記のとおりタクシ
ー事業においてその経費の約8割を占めているとされる人件費について,
原則として原価計算対象事業者の運転者1人当たり平均給与月額の平均の
額(標準人件費)を10%下回る額をもって査定するものとし,労使間で
当該申請について了解がある場合,又は過去2年間に労働基準法違反及び
自動車運転者の労働時間等の改善のための基準違反が認定されていない場
合にのみ,その例外として,その運転者1人当たり平均給与月額が標準人
件費の10%を超えて下回っている申請者の実績値を用いて査定すること
とされていて,運転者の給与へのしわ寄せないし過労運転の常態化への配
慮がされており,前記認定の原価計算対象事業者の抽出方法をも併せ考え
ると,申請に係る運賃等の額が運賃査定額以上である場合には,当該地域
内において当該申請を認可することにより他の一般旅客自動車運送事業者
との間において過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうこと
になるような運賃等の不当な値下げ競争を引き起こすような事態が生ずる
可能性は低いと考えられる。そうであるとすれば,当該申請に係る運賃等
が運賃査定額を下回らない限り,それ以上の個別審査を要することなく,
道路運送法9条の3第2項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者と
の間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」
を始め同項各号の基準に適合するものとして取り扱うことは,特段の事情
がない限り,国土交通大臣(近畿運輸局長)の裁量権の行使の在り方とし
てその合理性を肯定することができる(もっとも,当該申請に係る運賃等
が運賃査定額を上回る場合であっても,当該申請者の市場の中での位置付
け,当該運賃等を設定等した意図等に照らして,当該地域内において当該
申請を認可することにより他の一般旅客自動車運送事業者との間において
過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるような運
賃等の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれが認められる特段の
事情がある場合は,同項3号の基準に適合しないものとして,当該申請を
認可することは許されないものというべきである。)。
さらに,審査基準公示によれば,申請に係る運賃及び料金の額が運賃査
定額に満たない場合は,運賃査定額を申請者に通知し,当該申請者から2
週間以内に当該申請額を運賃査定額に変更する旨の申請がない場合は,当
該申請による運賃等を設定することによる労働条件への影響等についても
審査の上,その適否を判断することとされている。前記のとおり,運賃査
定額は,実績年度の申請者の原価及び収入を基に平年度における申請者の
原価及び収入を査定し,それを基に平年度における収支率が100%とな
るよう算定した額であり,原価の算定に当たっては,申請者の実績年度の
原価を基に適正利潤を除外して算定するものとされ,人件費については,
原則として原価計算対象事業者の運転者1人当たり平均給与月額の平均の
額(標準人件費)を10%下回る額をもって査定するものとし,労使間で
当該申請について了解がある場合,又は過去2年間に労働基準法違反及び
自動車運転者の労働時間等の改善のための基準違反が認定されていない場
合にのみ,その例外として,その運転者1人当たり平均給与月額が標準人
件費の10%を超えて下回っている申請者の実績値を用いて査定すること
とされており,このようにして算定された運賃査定額を下回る額の運賃等
は,通常は,審査基準公示別紙2により算定される原価計算対象事業者に
係る運賃原価(ただし,適正利潤を含むもの。)を相当程度下回る低額な
ものになると考えられるのであって,前記のとおり,タクシー事業におい
ては人件費が経費の約8割を占めているとされる上,運転者の賃金が基本
的に歩合制とされていることにもかんがみると,このような運賃等が設定
等されることにより当該地域内において他の一般旅客自動車運送事業者と
の間において過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことに
なるような運賃等の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれがない
と一般的に推認することはできないと考えられる。申請に係る運賃の額が
運賃査定額に満たない場合に係る審査基準公示の上記定めは,このような
申請について,道路運送法9条の3第2項3号の基準を始め同項各号の基
準に適合するものであるか否かを個別具体的に審査,判断すべきことを定
めるとともに,当該審査に当たっては,運転者の給与へのしわ寄せひいて
は過労運転の常態化につながらないよう,当該申請による運賃等を設定等
することによる労働条件への影響等についても審査すべきことを定めたも
のということができ,その限りにおいて,同項の規定の趣旨に沿うものと
いうことができる。
なお,原告は,審査基準公示は,申請に係るタクシー事業の運賃の原価
の算出に当たり,個人タクシーの人件費についても標準人件費を10%下
回る額とし,しかも,その原価を下回る運賃を一律に認可しないという基
準を設けているが,これは道路運送法の趣旨,目的に反する,などといっ
た趣旨の主張をする。しかしながら,前記のとおり,審査基準公示は,当
該申請に係る運賃及び料金の額が運賃査定額に満たない場合であって,当
該申請者が所定の期間内に当該申請額を運賃査定額に変更しないときに,
当該申請に係る運賃及び料金の設定及び変更を一律に認可しないという形
式的,画一的な取扱いを定める趣旨のものではなく,このような申請につ
いても,近畿運輸局長において,当該申請による運賃等を設定することに
よる労働条件への影響等をも含めて,当該申請が道路運送法9条の3第2
項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き
起こすこととなるおそれがないものであること」を始め同項各号の基準に
適合するものであるか否かを個別具体的に審査,判断すべきことを定める
趣旨のものと解されるのであるから,原告の上記主張は,その前提を欠く
ものであって,失当というべきである。
以上のとおり,審査基準公示それ自体は,道路運送法9条の3第2項各
号の基準に適合するか否かを判断するための基準(審査基準)として合理
的なものということができる。
ウ審査基準公示の定める運賃査定額に満たない運賃等の設定等が道路運送
法9条の3第2項3号の基準に適合するか否かの判断基準
前記のとおり,審査基準公示によれば,申請に係る旅客の運賃及び料金
の額が運賃査定額に満たない場合であって,当該申請者が所定の期間内に
当該申請額を運賃査定額に変更しないときは,近畿運輸局長は,当該申請
による運賃等を設定することによる労働条件への影響等についても審査の
上,その適否を判断することとされており,その趣旨については,近畿運
輸局長において,当該申請による運賃等を設定することによる労働条件へ
の影響等をも含めて,当該申請が道路運送法9条の3第2項3号にいう
「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすことと
なるおそれがないものであること」を始め同項各号の基準に適合するもの
であるか否かを個別具体的に審査,判断すべきことを定めたものと解され
る。
ところで,前記(1)エで説示したとおり,道路運送法9条の3第2項3
号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こ
すこととなるおそれ」とは,他の一般旅客自動車運送事業者との間におい
て過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるような
旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれをい
うものと解するのが相当であり,そのようなおそれのある運賃等に該当す
るか否かについては,当該運賃等が能率的な経営の下における適正な原価,
すなわち,個々の一般乗用旅客自動車運送事業者がその事業を運営するの
に十分な能率を発揮して合理的な経営をしている場合において必要とされ
る原価を下回るものであるか否かという観点のほか,当該事業者の市場の
中での位置付け,当該運賃等を設定した意図等を総合的に勘案して判断す
べきである。
しかるところ,前記のとおり,運賃査定額は,実績年度の申請者の原価
及び収入を基に平年度における申請者の原価及び収入を査定し,それを基
に平年度における収支率が100%となるよう算定した額であり,原価の
算定に当たっては,申請者の実績年度の原価を基に適正利潤を除外して算
定するものとされ,人件費については,原則として原価計算対象事業者の
運転者1人当たり平均給与月額の平均の額(標準人件費)を10%下回る
額をもって査定するものとし,労使間で当該申請について了解がある場合,
又は過去2年間に労働基準法違反及び自動車運転者の労働時間等の改善の
ための基準違反が認定されていない場合にのみ,その例外として,その運
転者1人当たり平均給与月額が標準人件費の10%を超えて下回っている
申請者の実績値を用いて査定することとされており,このようにして算定
された運賃査定額を下回る額の運賃等は,通常は,審査基準公示別紙2に
より算定される原価計算対象事業者に係る運賃原価(ただし,適正利潤を
含むもの。)を相当程度下回る低額なものになると考えられるから,もは
やこのような運賃等が設定等されることにより当該地域内において他の一
般旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の
安全の確保を損なうことになるような運賃等の不当な値下げ競争を引き起
こす具体的なおそれがないと一般的に推認することはできないと考えられ
る。
しかしながら,運賃査定額を下回る額の運賃等であれば,当該運賃適用
地域の特性,当該事業者の企業規模や当該地域市場の中での位置付け等の
いかんにかかわらず,直ちに当該地域内において他の一般旅客自動車運送
事業者との間に過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうこと
になるような運賃等の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれがあ
ると経験則上推認することもできないことは明らかというべきであり,そ
うであるからこそ,審査基準公示は,このような運賃等の申請については,
当該申請による運賃等を設定することによる労働条件への影響等をも含め
て,当該申請が道路運送法9条の3第2項3号を始め同項各号の基準に適
合するものであるか否かを個別具体的に審査,判断すべきことを定めてい
ると解されるのである。そして,以上説示したところからすれば,このよ
うな運賃等の申請が同項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との
間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」の
基準に適合するか否かについては,当該申請に係る運賃等の額の運賃査定
額からのかい離の程度,当該申請に係る運賃等が当該申請者がその事業を
運営するのに十分な能率を発揮して合理的な経営をしている場合において
必要とされる原価(能率的な経営の下における適正な原価)を下回るもの
であるか否か,下回るものであるとすればその程度(上記の意味における
適正な原価を著しく下回るものである場合には,当該申請者について不当
な競争により他の一般旅客自動車運送事業者を排除する意図,すなわち,
いわゆるダンピングの意図の存在が推認される場合もあろう。),当該申
請に係る当該申請者の運転者1人当たり平均給与月額(添付書類に基づく
もの)と標準人件費(原価計算対象事業者の運転者1人当たりの平均給与
月額の平均の額)とのかい離の程度に加えて,当該運賃適用地域の立地条
件,規模(都市部か地方部か,人口密集地域か否か,当該地域における他
の公共交通機関の事業展開の内容,態様等),当該運賃適用地域における
市場の構造,特性等(タクシー事業者の構成(大規模法人による寡占状態
か中小規模の事業者を中心とする構造か等),タクシー事業の営業形態
(流し営業が中心か車庫待ち営業が中心か等),利用者の利用の実態(近
距離利用か遠距離利用か,配車利用か否か等),当該地域において設定さ
れている運賃及び料金の内容,態様等),当該申請者の種別(いわゆる法
人タクシーか個人タクシーか等),企業規模,営業形態,運転者の賃金構
造等,当該地域における需給事情(供給過剰地域か否か,供給過剰の程度
等),運転者の賃金水準,さらには一般的な経済情勢等を総合勘案した上,
当該申請を認可することにより他の一般旅客自動車運送事業者との間にお
いて過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるよう
な旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれが
あるか否かを社会通念に従って判断すべきである。
(3)本件却下処分についての裁量権の範囲の逸脱又はその濫用の有無
ア前記(2)で説示したとおり,審査基準公示は,当該申請に係る旅客の運
賃及び料金の額が運賃査定額に満たない場合であって,当該申請者が所定
の期間内に当該申請額を運賃査定額に変更しないときは,近畿運輸局長は,
当該運賃等を設定することによる労働条件への影響等をも含めて,当該申
請が道路運送法9条の3第2項3号を始め同項各号の基準に適合するもの
であるか否かを個別具体的に審査,判断すべきことを定めたものであり,
その限りにおいて,同項の規定の趣旨に沿うものということができる。
イしかるところ,前記前提となる事実等に加えて,証拠(甲3,14,1
8,乙6,8,16ないし18,21)及び弁論の全趣旨によれば,次の
事実が認められる。
(ア)本件認可申請に係る申請書(平成14年11月26日付け変更認可
申請に係る申請書)に添付された「収支見積書」には,原告の実績年度
(平成13年度),翌年度(平成14年度)及び平年度(平成15年
度)における収支が下記のとおり記載されていた。

①実績年度(平成13年度)
運送収入311万2000円
運送原価303万円
(内訳)
人件費144万円
燃料油脂費22万8000円
車両修繕費13万8000円
車両償却費20万4000円
その他運送費93万円
収支率102.7%
②翌年度(平成14年度)
運送収入384万5000円
運送原価375万2000円
(内訳)
人件費168万円
燃料油脂費28万2000円
車両修繕費16万1000円
車両償却費29万4000円
その他運送費133万5000円
収支率102.5%
③平年度(平成15年度)
運送収入410万7000円
運送原価399万1000円
(内訳)
人件費192万円
燃料油脂費38万2000円
車両修繕費17万円
車両償却費29万4000円
その他運送費122万5000円
収支率102.9%
(イ)近畿運輸局長は,本件認可申請に係る前記申請書の添付書類に基づ
き,審査基準公示に従って,原告の平年度における収支について下記の
とおり査定し,原告の平年度における収支率を82.49%と見積もっ
た上,初乗り540円以下の運賃については,実績等を踏まえた査定上
は事業として成立し得ると予想されるものの,実績上は,まだ事業とし
て成立し得ることが確認できていないため,1年間の期限を付して推移
を監視することにしたところであるから,現在検証中である運賃水準
(最低は初乗り500円)を更に下回るものを現時点で認可するのは適
切ではないこと,平成12年改正法による道路運送法の改正に際し運賃
認可制が維持された理由及び個人タクシー制度の意義を踏まえると,運
賃制度の根幹となる要素(初乗り額等)について,法人タクシー運賃で
存在しない範囲の運賃を設定することは慎重に考えるべきものと思料さ
れること,を理由に,同法9条の3第2項3号の基準に適合しないと認
められるとして,本件却下処分をすることとしたものである。
なお,近畿運輸局長は,上記査定において,人件費について,原価計
算対象事業者29社(乙21。すべて株式会社)の運転者1人当たり平
均給与月額の平均の額(標準人件費)30万0999円を10%下回る
額である27万0899円の12か月分である325万1000円と査
定した(なお,被告は,本訴において,下記の査定には計算過程に結論
にさしたる影響を及ぼさない若干の誤りがあるとして,下記の各項目の
うち運送収入を417万8000円,原価を507万2000円,その
他運送費を93万8000円,収支率を82.37%と査定する旨主張
している。)。

①運送収入416万9000円
②運送原価505万4000円
(内訳)
人件費325万1000円
燃料油脂費36万2000円
車両修繕費22万7000円
車両償却費29万4000円
その他運送費92万円
③収支率82.49%
(ウ)平成12年改正法の施行後,平成14年7月4日付けで運賃適用区
域を大阪府とし中型車ないし小型車の距離制運賃の初乗運賃を500円
とする一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金の設定の認可がされ
て以降,平成16年2月13日付け本件却下処分当時までに,いわゆる
法人タクシー及び個人タクシーを含めて営業区域を大阪府内とし中型車
ないし小型車の距離制運賃の初乗運賃を500円とする一般乗用旅客自
動車運送事業の運賃及び料金の設定認可又は変更認可がされていた(上
記認可を受けた法人タクシー事業者の1社は5000円を超える金額に
ついて3割引の遠距離割引運賃を設定していた(乙18の2の3)。)
が,これらの認可については,利用者に著しい混乱が生じているかどう
か,不当な競争を引き起こすような状況にないかどうか等事業の状況に
ついて検証する必要があるとして,当該運賃の実施期間を6か月間ない
し1年間とするとともに,当該期間中輸送実績等を暦月ごとにとりまと
め道路運送法94条1項に基づく報告として近畿運輸局長に提出するこ
とが条件として付されていた(乙16ないし18)。
(エ)原告は,本件認可申請に当たり,平成15年2月3日受付で,近畿
運輸局に対し,本件認可申請の趣旨について,申請人は,同一地域同一
運賃に立ち戻り,その中で適正運賃を模索するとともに,運賃以外の部
分で競争することが最善であると考えるが,時代の要請として運賃の低
額化をするのであれば,まずすべての客に恩恵が行き届く初乗り,爾後
の低額運賃を採用したいと考えた,もはや筋や理想を通す環境になく,
現実の環境に即し経営維持を考えざるを得ず,そのためには運賃競争に
参加し,勝ち残るしかみちがない,申請人としては,あくまで5000
円超5割引を批判し反対するが,運賃競争が収束し正常化するまでの過
渡的手段として,両方を採用することとした,個人タクシーは社屋や被
乗務員など余分なお荷物を抱えていないので,ここで底力を見せ,法人
がついて来れないところまですることによって,必ずや勝利とともにそ
の向こうに正常化があると確信する,安売り競争に参加するなら,法人
の追随を許さない設定が必要であると考えた,個人を本気で怒らせたら
法人はついて来れないよというところまでやって,願わくば不毛の争い
に終止符を打ちたい,などと記載した陳述書を提出した。
(オ)平成16年2月13日当時,大阪府域における自動認可運賃の下限
運賃を下回る運賃等の認可を受けた法人タクシー事業者は11社でその
車両数は656両であり,そのうち初乗運賃を500円とする運賃等の
認可を受けた事業者は3社でその車両数は173両(初乗運賃500円
以外の車両も含む。)であった。また,同月末当時,大阪市域における
自動認可運賃の下限運賃を下回る運賃等の認可を受けた個人タクシー事
業者は326者であり,そのうち初乗運賃を500円とする運賃等の認
可を受けた事業者は261者(うち大型車につき1者,中型車につき1
04者,小型車につき156者)であった。
平成17年12月19日当時,大阪府域における自動認可運賃の下限
運賃を下回る運賃等の認可を受けた法人タクシー事業者は24社でその
車両数は1222両であり,そのうち初乗運賃を500円とする運賃等
の認可を受けた事業者は12社(その中には大型車について初乗運賃を
500円とする運賃等の認可を受けた事業者も含まれていた。)でその
車両数は559両(初乗運賃500円以外の車両も含む。)であった。
同年11月末日当時,大阪市域における自動認可運賃の下限運賃を下回
る運賃等の認可を受けた個人タクシー事業者は426者であり,そのう
ち初乗運賃を500円とする運賃等の認可を受けた事業者は376者
(うち大型車につき6者,中型車につき165者,小型車につき205
者)であった。
なお,平成17年12月末当時,大阪市域における個人タクシー事業
者数は4454者で,その全車両数に占める割合は約21%であった
(甲18)。
(カ)平成17年11月1日付けA新聞の記事によれば,大阪府域は,平
成12年改正法の施行前からタクシー事業者の競争の激しい地域であっ
たが,施行後は競争は一段と激化したこと,同年9月末時点で大阪府内
の全車両のうち初乗運賃500円の車両は約4%の858台であり,ま
た,大阪府内の全車両のうち約8割弱が5000円超5割引の遠距離割
引を導入していること,大阪府内の法人タクシーの運送収入はこの10
年間で約3割減少したこと,各社は増車を続けており,実車率は10年
間で10ポイント低下し,39.5%となったこと,1日1車当たりの
運送収入は2004年(平成16年)で2万8178円と東京都内の平
均4万7454円を大きく下回り,10年前の約7割の水準にあること,
大阪府内のタクシー運転手の2004年(平成16年)の月間平均賃金
は22万7900円と全産業の男性平均の3分の2程度であること,増
車が続けばサービス低下を招きかねないという指摘があること,以上の
ような指摘がされている。
ウ前記イにおいて認定した事実等によれば,近畿運輸局長は,本件認可申
請につき,申請書添付書類に基づき審査基準公示に従って原価及び収入を
査定したところ,原告の申請に係る運賃額では平年度における収支率が8
2.49%となったことに加えて,初乗り500円の運賃を含めて,初乗
り540円以下の運賃については,実績上はまだ事業として成立し得るこ
とが確認できていないため,1年間の期限を付して推移を監視する運用を
していること,初乗り500円を下回る運賃は法人タクシー運賃では存在
しないことにかんがみて,道路運送法9条の3第2項3号の基準に適合し
ないと判断し,本件却下処分をしたものと認められる。そして,原告の申
請に係る運賃の収支率が上記のとおり82.49%(前記のとおり被告は
本訴において当該収支率を82.37%と査定すべきものと主張してい
る。)と100%を大きく下回るものとなったのは,原価の主要部分を構
成する人件費について,審査基準公示に基づき,法人タクシー事業者から
抽出された原価計算対象事業者の標準人件費を10%下回る額で査定した
ことによるものであることが明らかである。
確かに,前記認定事実によれば,本件認可申請に係る運賃額は,人件費
を原価計算対象事業者の標準人件費(運転者1人当たり平均給与月額の平
均の額)を10%下回る額で査定し,かつ,適正利潤を除外して算定され
た原価(運賃査定額)を18%弱も下回る低額なものであったところ,本
件却下処分当時においては,いわゆる法人タクシー及び個人タクシーを含
めて,500円を下回る額の初乗運賃(距離制運賃)が認可された事例は
なく,距離制運賃の初乗運賃額を500円とする運賃等の認可がされた法
人タクシー事業者及び個人タクシー事業者は存在していたものの,いずれ
も,その認可には,利用者に著しい混乱が生じているかどうか,不当な競
争を引き起こすような状況にないかどうか等事業の状況について検証する
必要があるとして,当該運賃の実施期間を6か月間ないし1年間とすると
ともに,当該期間中輸送実績等を暦月ごとにとりまとめ道路運送法94条
1項に基づく報告として近畿運輸局長に提出することが条件として付され
ていたというのであり,上記当時,近畿運輸局長において,距離制運賃の
初乗運賃を500円とする運賃の設定が同法9条の3第2項3号にいう
「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすことと
なるおそれがないものであること」の基準に適合するものであることにつ
いての確証が得られていない状況にあったということができる。
しかしながら,前記のとおり,同号にいう「他の一般旅客自動車運送事
業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれ」とは,他の一般
旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の安
全の確保を損なうことになるような旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競
争を引き起こす具体的なおそれをいうものと解するのが相当であり,その
ようなおそれのある運賃等に該当するか否かについては,当該運賃等が能
率的な経営の下における適正な原価,すなわち,個々の一般乗用旅客自動
車運送事業者がその事業を運営するのに十分な能率を発揮して合理的な経
営をしている場合において必要とされる原価を下回るものであるか否かと
いう観点のほか,当該事業者の市場の中での位置付け,当該運賃等を設定
した意図等を総合的に勘案して判断すべきである。
しかるところ,前記認定事実等によれば,原告に係る運賃適用地域であ
る大阪府域においては,既に本件却下処分の約1年半前からいわゆる法人
タクシー事業者について距離制運賃の初乗運賃につき本件認可申請に係る
運賃額をわずか20円上回るにすぎない500円とする運賃の設定認可が
されていたが,本件却下処分時である平成16年2月13日当時において,
大阪府域における初乗運賃を500円とする運賃等の認可を受けた法人タ
クシー事業者は3社でその車両数は173両であり,また,同月末当時に
おいて,大阪市域における初乗運賃を500円とする運賃等の認可を受け
た個人タクシー事業者は261者であったというのであり,これらからす
れば,平成12年改正法の施行後,大阪府域においては,5000円を超
える金額について5割引とする遠距離割引の運賃については多数のタクシ
ー事業者が追随した様子がうかがわれるものの(前記イ(カ)参照),距離
制運賃の初乗運賃を500円とする運賃については,法人タクシーのみな
らず,法人タクシーに比べて人件費等の関係から柔軟な運賃設定が可能と
される(乙8の6)個人タクシーにおいても,直ちに多数の事業者が追随
するような状況にはなかったということができる。また,前記のとおり,
これらの初乗運賃を500円とする運賃等の認可については,利用者に著
しい混乱が生じているかどうか,不当な競争を引き起こすような状況にな
いかどうか等事業の状況について検証する必要があるとして,当該運賃の
実施期間を6か月間ないし1年間とするとともに,当該期間中輸送実績等
を暦月ごとにとりまとめ道路運送法94条1項に基づく報告として近畿運
輸局長に提出することが条件として付されていたが,そのような事態が生
じていることをうかがわせるような報告がされた形跡はなく,当該運賃の
実施期間を更新する取扱いがされてきた様子がうかがわれる。また,前記
認定事実等によれば,本件認可申請につき平年度における人件費を申告書
添付書類どおり192万円(1か月当たり16万円)とした上,審査基準
公示に従って原価及び収入を査定した場合,本訴における被告の主張を前
提にしても,平年度における収入は417万8000円,原価は374万
1000円(人件費192万円,燃料油脂費36万2000円,車両修繕
費22万7000円,車両償却費29万4000円,その他諸経費93万
8000円)となって,その収支率は111.68%となるのであり,本
件却下処分当時距離制初乗運賃を500円とし5000円を超える金額に
ついて3割引の遠距離割引運賃とする運賃につき認可を受けていた法人タ
クシー事業者も存在していたことや,大阪府内のタクシー運転手の平成1
6年の月間平均賃金は22万7900円と報じられていることを併せ考え
ると,本件認可申請に係る運賃が「能率的な経営の下における適正な原
価」,すなわち,個々の一般乗用旅客事業者運送事業者がその事業を運営
するのに十分な能率を発揮して合理的な経営をしている場合において必要
とされる原価を償わないものであると即断することはできない。
これらに加えて,前記認定のとおり平成17年12月末当時大阪市域に
おける個人タクシー事業者数は4454者でその全車両数に占める割合は
約21%であり,本件却下処分がされた平成16年2月末当時大阪市域に
おける初乗運賃を500円とする運賃等の認可を受けた個人タクシー事業
者は261者にすぎなかったこと,他方で,甲14,乙6の2によれば,
本件却下処分当時既に大阪府域において5000円を超える金額について
5割引の遠距離割引運賃とする運賃につき認可を受けていたタクシー事業
者も少なからず存在していた様子がうかがわれることをも併せ考えると,
前記認定のとおり,本件認可申請に係る営業区域である大阪府域がタクシ
ー事業者の競争の激しい地域であって,平成12年改正法の施行後は競争
は一段と激化し,大阪府内の法人タクシーの運送収入はこの10年間で約
3割減少し,各社が増車を続ける中,実車率は10年間で10ポイント
(10%)低下して39.5%となり,1日1車当たりの運送収入は東京
都内の平均値を大きく下回って10年前の約7割の水準にあり,大阪府内
のタクシー運転手の月間平均賃金は22万7900円と全産業の男性平均
の3分の2程度であるなどと報じられていることや,前記イ(エ)の陳述書
の記載等からうかがわれる原告の本件認可申請の意図等をしんしゃくして
もなお,距離制運賃の初乗運賃を480円とし,5000円を超える金額
について5割引の遠距離割引運賃とすることを骨子とする本件認可申請に
係る運賃の設定が,他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運
転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるような旅客の運
賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれがあると直ち
に推認することはできないものというべきである。そして,前記(2)にお
いて説示したところからすれば,本件認可申請に係る運賃の設定が上記の
具体的なおそれがあると認められるか否かについては,以上説示した諸事
情のほか,原告の営業区域である大阪府域におけるタクシー事業者の構成
(個人タクシー事業者の車両数に占める割合及び売上高に占める割合等),
法人タクシー事業者及び個人タクシー事業者の各営業形態,利用者の利用
の実態,運賃及び料金の内容,態様等に加えて,距離制運賃の初乗運賃を
500円とする運賃ないし5000円を超える金額について5割引の遠距
離割引運賃とする運賃といった低額運賃の認可を受けた事業者のその後の
営業実績の推移,売上高に占める割合,利用者の利用状況,当該運賃の設
定に対する他の事業者の対応,追随状況など当該認可が当該区域の市場に
及ぼした影響の内容,態様,程度等をも総合勘案した上,本件認可申請を
認可することにより他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運
転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるような旅客の運
賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれがあるか否か
を社会通念に従って判断すべきである。
しかるに,前記認定のとおり,近畿運輸局長は,本件認可申請につき,
これらの事情をしんしゃくせず,審査基準公示に従って査定した本件認可
申請に係る運賃額の平年度における収支率が82.49%と運賃査定額を
下回るものとなったことから,初乗り500円の運賃を含め初乗り540
円以下の運賃について1年間の期限を付して推移を監視する運用をしてい
ることや,初乗り500円を下回る運賃は法人タクシー運賃では存在して
いないことにもかんがみて,道路運送法9条の3第2項3号の基準に適合
しないと判断し,本件却下処分をしたものであるから,近畿運輸局長の上
記判断は,同号の基準適合性に係る判断の専門性,技術性及び公益性にか
んがみてもなお,その裁量権の範囲を超え又はその濫用があったものとい
うほかないというべきである。
(4)結論
以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,本件却下処分は,
違法であって,取消しを免れないものというべきである。
2理由付記について
前記前提となる事実等(2)イによれば,本件認可申請を却下する旨の本件却
下処分に付記された理由は,本件認可申請が道路運送法9条の3第2項3号に
適合しないというものであったことが認められる。
行政手続法8条1項本文は,行政庁は,申請により求められた許認可等を拒
否する処分をする場合は,申請者に対し,同時に,当該処分の理由を示さなけ
ればならない,と規定している。これは,申請を拒否する理由の有無について
の行政庁の判断の慎重と公正妥当を担保してその恣意を抑制するとともに,拒
否の理由を申請者に知らせることによって,その不服申立てに便宜を与え,こ
れにより行政運営における公正の確保と透明性の向上を図り,もって国民の権
利利益の保護に資する(同法1条参照)趣旨に出たものと解される。このよう
な同法8条1項本文の趣旨にかんがみれば,申請により求められた許認可等を
拒否する処分をする場合に提示(記載)すべき理由としては,いかなる事実関
係に基づきいかなる法規を適用して当該申請が拒否されたかを,申請者におい
てその記載自体から了知し得るものでなければならず,単に当該処分の根拠規
定を示すだけでは,同項ただし書に該当する場合を除き,同項本文の要求する
理由の提示として十分でないといわなければならない。
これを本件についてみると,道路運送法9条の3第2項3号は「他の一般旅
客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがない
ものであること」という概括的,抽象的な規定であり,その意義について前記
のとおり当該申請を認可することにより他の一般旅客自動車運送事業者との間
において過労運転の常態化等により輸送の安全の確保を損なうことになるよう
な旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれがない
ものであるとの趣旨に解するとしても,一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及
び料金の設定又は変更の認可申請を却下する旨の処分の通知書に同号の基準に
適合しない旨記載されただけでは,申請者において認可拒否の基因となった事
実関係をその記載自体から知ることはできないから,行政手続法8条1項ただ
し書にいう「法令に定められた許認可等の要件…が数量的指標その他の客観的
指標により明確に定められている場合であって,当該申請がこれらに適合しな
いことが申請書の記載又は添付書類その他の申請の内容から明らかであると
き」に該当しないことは明らかというべきである。
また,前記1(2)のとおり,道路運送法9条の3第2項各号の基準に適合す
るか否かの審査基準として審査基準公示が定められ,公にされている(なお,
原告は,同項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争
を引き起こすこととなるおそれ」の有無についての具体的基準が作成,公表さ
れておらず,このことは行政手続法5条1項,3項に違反すると主張するが,
審査基準公示が道路運送法9条の3第2項3号の基準適合性の判断に当たって
の行政手続法5条1項にいう審査基準に該当することは既に説示したところか
ら明らかであるから,原告の上記主張は採用することができない。)が,審査
基準公示によれば,自動認可運賃に該当せず,かつ,運賃改定を伴わない運賃
に係る申請がされた場合には,申請書の添付書類を基に審査基準公示に従って
平年度における申請者の原価及び収入を査定した上で運賃査定額を算定し,申
請額が運賃査定額に満たない場合は運賃査定額を申請者に通知し,通知後所定
の期間内に申請額を運賃査定額に変更する旨の変更申請がない場合は,当該申
請による運賃を設定することによる労働条件への影響等についても審査の上,
その適否を判断することとするものとされている。自動認可運賃を下回る運賃
に係る認可申請が道路運送法9条の3第2項3号の基準に適合しないことを理
由に却下された場合,審査基準公示と併せ考えると,申請者は,申請に係る運
賃が近畿運輸局長において審査基準公示に従って算定した運賃査定額に満たな
いものである事実を知ることはできるものの,上記のとおり,そのような場合
であっても,審査基準公示は,近畿運輸局長において,当該運賃を設定するこ
とによる労働条件への影響等についても審査の上,その適否を個別具体的に審
査,判断することを規定しているところ,その具体的な判断基準は審査基準公
示において定められておらず,公示等の手段により公にもされていないのであ
る(なお,その判断要素のすべてをあらかじめ審査基準において明確に定める
のは事柄の性質上困難であるといわざるを得ないから,上記の判断要素が審査
基準公示において定められていないこと自体は,行政手続法5条1項,2項に
反しないものというべきである。)から,申請者において近畿運輸局長が具体
的にいかなる理由で運賃査定額に満たない額の運賃に係る申請が道路運送法9
条の3第2項3号の基準に適合しないと判断したのかを知ることはできないの
である。そうであるとすれば,本件却下処分に係る前記の理由付記については,
行政手続法8条1項ただし書にいう「公にされた審査基準が数量的指標その他
の客観的指標により明確に定められている場合であって,当該申請がこれらに
適合しないことが申請書の記載又は添付書類その他の申請の内容から明らかで
あるとき」に該当するということはできないといわざるを得ない。
以上のとおり,本件却下処分に係る理由の提示は,行政手続法8条1項本文
の要求する理由の提示として十分でないというべきであり,したがって,本件
却下処分は,理由付記の点からも違法なものといわざるを得ない。
3本件義務付けの訴えについて
(1)行政事件訴訟法37条の3第5項の要件該当性について
ア近畿運輸局長に対し本件認可申請に応じた旅客の運賃及び料金の変更認
可処分をすべき旨を命ずることを求める訴え(請求第2項に係る訴え。以
下「本件義務付けの訴え」という。)は,行政事件訴訟法3条6項2号に
基づく義務付けの訴えとして提起されたものであることは明らかである。
そして,同訴えに併合して提起された本件却下処分の取消しの訴え(請求
第1項に係る訴え)は,前記のとおり,その請求に理由があると認められ
る。
そこで,本件義務付けの訴えを認容すべきか否かを検討する。
イ本件義務付けの訴えは,近畿運輸局長に対し道路運送法9条の3の規定
に基づく一般乗用旅客自動車運送事業の旅客の運賃及び料金の変更の認可
をすべき旨を命ずることを求めるものであり,前記のとおり,本件義務付
けの訴えは,行政事件訴訟法37条の3第1項ないし第3項までに規定す
る要件に該当し,かつ,同条1項2号に定める訴えである本件却下処分の
取消訴訟に係る請求に理由があると認められるから,同条5項の規定によ
り本件義務付けの訴えに係る処分である道路運送法9条の3の規定に基づ
く認可処分につき,近畿運輸局長が本件認可申請に対する認可処分をすべ
きであることが当該処分の根拠となる法令の規定から明らかであると認め
られ又は近畿運輸局長が当該処分をしないことがその裁量権の範囲を超え
若しくはその濫用となると認められるときは,本件認可申請に対する認可
処分をすべき旨を命ずる判決をすることになる。行政事件訴訟法37条の
3第5項にいう「行政庁がその処分若しくは裁決をすべきであることがそ
の処分若しくは裁決の根拠となる法令の規定から明らかであると認めら
れ」る場合とは,当該義務付けの訴えによって求められている処分又は裁
決について行政庁の裁量の余地がないため,当該処分又は裁決の根拠とな
る法令の規定に事実関係をあてはめることによって明白かつ当然に当該処
分又は裁決をすべきであると認められる場合をいうと解されるところ,前
記のとおり,道路運送法9条の3の規定に基づく国土交通大臣ないしその
権限の委任を受けた地方運輸局長は,一般乗用旅客自動車運送事業の旅客
の運賃及び料金の設定又は変更の認可申請が少なくとも同条2項3号の基
準に適合するか否かの判断について,専門的,技術的な知識経験と公益上
の判断を要するものとして,ある程度の裁量権が認められるから,本件認
可申請に対する認可処分をすべき旨を命ずる判決をするためには,近畿運
輸局長が当該認可処分をしないことがその裁量権の範囲を超え又はその濫
用となると認められることが要件となるというべきである。
ところで,法令に基づく申請に対し当該処分をするか否かの判断(当該
処分の要件を満たすか否かの判断を含む。以下同じ。)について当該処分
の根拠となる法令の規定により行政庁に裁量権が認められている場合にお
いて,当該申請を却下し又は棄却する旨の処分をした行政庁の判断が裁量
権の範囲を超え又はその濫用となると認められるときであっても,そのこ
とから直ちに,当該申請に対し行政庁が当該処分をしないことがその裁量
権の範囲を超え又はその濫用となると認められるものではなく,行政事件
訴訟法37条の3第5項に基づき当該処分をすべき旨を命ずる判決をする
ためには,少なくとも事実審の口頭弁論終結時において,当該申請に対し
行政庁が当該処分をしないことがその裁量権の範囲を超え又はその濫用と
なると認められることが必要である。
前記のとおり,本件認可申請に対する本件却下処分は,その処分手続に
行政手続法8条の規定する理由の提示義務違反(理由付記不備)の違法が
あるほか,近畿運輸局長において本件認可申請が道路運送法9条の3第2
項3号の基準に適合しないと判断した点において,その裁量権の範囲を超
え又はその濫用があったものと認められる。しかしながら,前記1(3)に
おいて認定説示したところによれば,本件認可申請は,道路運送法9条の
3第2項1号及び2号の各基準に適合すると認められるものの,同項3号
の基準に適合するか否かについては,本件認可申請に係る運賃が「能率的
な経営の下における適正な原価」,すなわち,個々の一般乗用旅客事業運
送事業者がその事業を運営するのに十分な能率を発揮して合理的な経営を
している場合において必要とされる原価を償うものであるか否か,原告が
本件認可申請に係る運賃を設定する意図等に加えて,原告の営業区域であ
る大阪府域におけるタクシー事業者の構成,法人タクシー事業者及び個人
タクシー事業者の各営業形態,利用者の利用の実態,運賃及び料金の内容,
態様等並びに距離制運賃の初乗運賃を500円とする運賃ないし5000
円を超える金額について5割引の遠距離割引運賃とする運賃といった低額
運賃の認可を受けた事業者のその後の営業実績の推移,売上高に占める割
合,利用者の利用状況,当該運賃の設定に対する他の事業者の対応,追随
状況など当該認可が当該区域の市場に及ぼした影響の内容,態様,程度等
をも総合勘案した上,本件認可申請を認可することにより他の一般旅客自
動車運送事業者との間において過労運転の常態化等により輸送の安全の確
保を損なうことになるような旅客の運賃及び料金の不当な値下げ競争を引
き起こす具体的なおそれがあるか否かという観点から社会通念に従って判
断すべきであるところ,本訴の口頭弁論終結時における証拠関係から認め
られる事実に照らすと,前記のとおり,近畿運輸局長において,上記の諸
事情をしんしゃくせず,審査基準公示に従って査定した本件認可申請に係
る運賃額の平年度における収支率が82.49%と運賃査定額を下回るも
のとなったことから,初乗り500円の運賃を含め初乗り540円以下の
運賃について1年間の期限を付して推移を監視する運用をしていることや,
初乗り500円を下回る運賃は法人タクシー運賃では存在していないこと
にもかんがみて,同号の基準に適合しないとした判断については,その裁
量権の範囲を超え又はその濫用があったものと認められるものの,本件認
可申請が同号の基準に適合するか否かを判断するために必要な上記の諸事
情に係る事実関係を認定するために必要かつ十分な主張,立証は尽くされ
ていないから,本件認可申請に対し近畿運輸局長が認可処分をしないこと
がその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認めることはできない。
したがって,現在の主張,立証状態に基づく限り,本件義務付けの訴えに
係る請求は,行政事件訴訟法37条の3第5項にいう「行政庁がその処分
若しくは裁決をしないことがその裁量権の範囲を超え若しくはその濫用と
なると認められるとき」の要件を満たさないものというべきである。
(2)行政事件訴訟法37条の3第6項前段該当性について
平成16年法律第84号による行政事件訴訟法の改正により,行政庁に対
し一定の処分又は裁決を求める旨の法令の規定に基づく申請又は審査請求が
された場合において,当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかか
わらずこれがされないときに,当該処分又は裁決に係る不作為の違法確認の
訴えないし当該処分又は裁決に係る申請又は審査請求を却下し又は棄却する
旨の処分又は裁決に係る取消訴訟又は無効等確認訴訟に加えて,新たに行政
庁に対し当該処分又は裁決をすべき旨を命ずることを求める義務付けの訴え
が定められた趣旨は,法令に基づく申請等を却下し又は棄却する旨の処分等
に係る取消訴訟等の判決によって当該却下処分等の取消し等がされた場合で
あっても,当該行政庁は,当該判決の趣旨に反しない限りにおいて,改めて
当該申請等を却下し又は棄却する処分をすることが妨げられないことなどか
ら,必ずしも十分な救済が得られない場合があることにかんがみ,一定の要
件の下で行政庁に対し当該処分等をすべき旨を命ずることを求める義務付け
の訴えを抗告訴訟の新たな訴訟類型として定め,その活用を図ることにより
国民の権利利益の救済の実効性を高めることにあるものと解される。そして,
上記改正後の行政事件訴訟法が,3条6項2号の義務付けの訴えについて,
当該義務付けの訴えによって求められている処分又は裁決について行政庁の
裁量の余地がない場合にとどまらず,当該義務付けの訴えによって求められ
ている処分又は裁決について行政庁に裁量権が認められている場合について
も,行政庁がその処分又は裁決をしないことがその裁量権の範囲を超え又は
その濫用となると認められるときは,裁判所は,その義務付けの訴えに係る
処分又は裁決をすべき旨を命ずる判決をするものと規定している(37条の
3第5項)趣旨からすれば,当該義務付けの訴えによって求められている処
分等の根拠となる法令の規定が当該処分等について行政庁に裁量権を認めて
いる趣旨が当該処分等に係る判断の高度の専門性,技術性ないし公益性にあ
るような場合であっても,上記改正後の行政事件訴訟法は,当該処分等に係
る申請等を却下し又は棄却する旨の処分等に係る取消訴訟等の請求に理由が
あると認められるときは,更に進んで,行政庁がその義務付けの訴えに係る
処分等をしないことがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認めら
れるか否かについて審理を尽くした上,当該義務付けの訴えに係る請求に理
由があるか否かについて判断することを予定しているものというべきである。
その結果,当該義務付けの訴えに係る請求に理由がないと認められるときは,
裁判所は,当該処分等に係る申請等を却下し又は棄却する旨の処分等を取り
消し又は当該処分等の無効等を確認する旨の判決をするとともに,当該義務
付けの訴えに係る請求を棄却することになるが,その場合においても,行政
庁は,当該処分等に係る申請等を却下し又は棄却する旨の処分等を取り消し
又はその無効等を確認した判決の趣旨に従い,当該申請等に対する処分等を
しなければならず,当該判決の趣旨に抵触せず,かつ,裁量権の範囲を超え
又はその濫用とならない限り,当該申請等に対し当該義務付けの訴えによっ
て求められていた処分等をすることもできるところである。また,上記の場
合において,行政庁は,当該判決の趣旨に抵触せず,かつ,裁量権の範囲を
超え又はその濫用とならない限り,再度当該申請等を却下し又は棄却する旨
の処分等をすることもできるところであり,このような処分等がされた場合,
行政事件訴訟法37条の3の規定により,改めて当該申請等により求める処
分等をすべき旨を行政庁に命ずる旨の義務付けの訴えを再度当該申請等を却
下し又は棄却する旨の処分等に係る取消訴訟等と併合して提起することもで
きるものというべきである。
もっとも,当該義務付けの訴えによって求められている処分等について行
政庁に裁量権が認められている場合においても,当該処分等に係る申請等を
却下し又は棄却する旨の処分等が理由の提示等の手続要件を欠くことを理由
に違法とされることや,当該申請却下処分等が行政庁において考慮すべき事
項を考慮せずにされたものであるため裁量権の範囲を超え又はその濫用があ
ったものとされるようなこともあり得るところである。前記改正後の行政事
件訴訟法は,このような場合についても,裁判所において当該義務付けの訴
えに係る請求の理由の有無,すなわち,行政庁がその義務付けの訴えに係る
処分等をしないことがその裁量権の範囲を超え又はその濫用となると認めら
れるか否かについての審理,判断をすることを予定しているものということ
ができるが,行政庁が当該申請の却下処分等をするに当たり当該義務付けの
訴えによって求められている処分等の要件について必要かつ十分な調査,判
断をしていないと考えられるから,当該処分等に係る判断がその性質上高度
の専門性,技術性を有するような場合などは,当該義務付けの訴えに係る請
求に理由があるか否かについての審理に時間を要し,また,事柄の性質上当
該訴訟手続において判断に必要な主張,立証が尽くされることを期待するこ
とができないことも少なくないと考えられるところである。
この点,行政事件訴訟法37条の3第6項は,裁判所は,審理の状況その
他の事情を考慮して,同条3項各号に定める訴え(申請却下処分等の取消訴
訟等)についてのみ終局判決をすることがより迅速な争訟の解決に資すると
認めるときは,当該訴えについてのみ終局判決をすることができる旨規定し
ている。この規定の趣旨は,申請却下処分等の取消訴訟等が判決をするのに
熟しているにもかかわらず義務付けの訴えに係る請求に理由があるか否かに
ついての審理を続けた場合,当該義務付けの訴えに係る処分等の内容の専門
性,技術性等のため審理が遅延し迅速かつ適切な救済が得られない場合が考
えられることから,同条4項の規定の例外として,取消訴訟等についてのみ
終局判決をすることができるとしたものであると解される。
前記(1)イにおいて説示したとおり,本件義務付けの訴えに併合して提起
された本件却下処分の取消訴訟は,その処分手続に行政手続法8条の規定す
る理由の提示義務違反(理由付記不備)の違法があるほか,近畿運輸局長に
おいて,本件認可申請が道路運送法9条の3第2項3号の基準に適合しない
と判断した点において,その裁量権の範囲を超え又はその濫用があったもの
と認められる。しかしながら,本件認可申請が同号の基準に適合するか否か
については,本件認可申請に係る運賃が「能率的な経営の下における適正な
原価」,すなわち,個々の一般乗用旅客事業運送事業者がその事業を運営す
るのに十分な能率を発揮して合理的な経営をしている場合において必要とさ
れる原価を償うものであるか否か,原告が本件認可申請に係る運賃を設定す
る意図等に加えて,原告の営業区域である大阪府域におけるタクシー事業者
の構成,法人タクシー事業者及び個人タクシー事業者の各営業形態,利用者
の利用の実態,運賃及び料金の内容,態様等並びに距離制運賃の初乗運賃を
500円とする運賃ないし5000円を超える金額について5割引の遠距離
割引運賃とする運賃といった低額運賃の認可を受けた事業者のその後の営業
実績の推移,売上高に占める割合,利用者の利用状況,当該運賃の設定に対
する他の事業者の対応,追随状況など当該認可が当該区域の市場に及ぼした
影響の内容,態様,程度等をも総合勘案した上,本件認可申請を認可するこ
とにより他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等
により輸送の安全の確保を損なうことになるような旅客の運賃及び料金の不
当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれがあるか否かという観点から社
会通念に従って判断すべきであるところ,近畿運輸局長は,上記の諸事情を
しんしゃくせず,審査基準公示に従って査定した原告の申請に係る運賃額の
平年度における収支率が82.49%と運賃査定額を下回るものとなったこ
とから,初乗り500円の運賃を含め初乗り540円以下の運賃について1
年間の期限を付して推移を監視する運用をしていることや,初乗り500円
を下回る運賃は法人タクシー運賃では存在していないことにもかんがみて,
同号の基準に適合しないと判断したものであり,近畿運輸局長において本件
義務付けの訴えに係る認可処分の要件(同項各号の基準適合性とりわけ同項
3号の基準適合性)について必要かつ十分な調査,判断がされていないとい
うことができる。しかるところ,上記のような諸事情を総合勘案した上で本
件認可申請が同項3号の基準に適合するか否かという判断は,その性質上,
専門的,技術的な知識経験と公益上の判断を要するものである。また,前記
のとおり,本件認可申請が同号の基準に適合するか否かを判断するために必
要な上記の諸事情に係る事実関係を認定するために必要かつ十分な主張,立
証が尽くされていないところ,本件義務付けの訴えに係る請求に理由がある
か否かについての審理を続けたとしても,事案の内容,性質や当事者の主張,
立証経過等にかんがみると,当該請求に理由があるか否かについての判断に
必要かつ十分な主張,立証が尽くされることを直ちに期待することも困難と
いうべきである。
以上検討したところからすれば,本件義務付けの訴えと併合提起された本
件却下処分の取消訴訟は判決をするのに熟していると認められるものの,本
件義務付けの訴えについては,当該訴えに係る請求に理由があるか否かにつ
いての判断に必要かつ十分な主張,立証が尽くされていないところ,本件義
務付けの訴えについて審理を続けた場合,本件認可申請に対する判断の専門
性,技術性等や立証の困難等のためその審理が遅延し,迅速かつ適切な救済
が得られないおそれがあると考えられる。また,現在の主張,立証状態に基
づいて本件義務付けの訴えに係る請求を棄却する旨の判決をするのが本件却
下処分に関する紛争の迅速かつ適切な解決に資するということもできない。
他方で,国土交通大臣ないしその権限の委任を受けた近畿運輸局長は,道路
運送法9条の3の規定に基づく一般乗用旅客自動車運送事業の旅客の運賃及
び料金の設定又は変更に係る認可権限を有する者として,専門的,技術的な
知識経験を有し,判断の基礎となる事情に精通しているものと考えられる。
そうであるとすれば,本件については,行政事件訴訟法37条の3第6項前
段の規定により,本件却下処分の取消訴訟についてのみ請求認容の終局判決
をし,近畿運輸局長において当該判決の趣旨に従って本件認可申請が道路運
送法9条の3第2項各号とりわけ同項3号の基準に適合するか否かについて
審理,判断することとした方が,より迅速な争訟の解決に資するものと認め
られる。
(3)結論
以上のとおりであるから,本件訴えについては,行政事件訴訟法37条の
3第6項前段の規定により,本件却下処分の取消訴訟についてのみ本件却下
処分を取り消す旨の終局判決をするのが相当である(なお,本件義務付けの
訴えについては,少なくとも本件却下処分の取消訴訟に係る訴訟手続が完結
するまでの間,その審理を進めるのは適当ではないが,当該取消訴訟に係る
訴訟手続が完結した後においても,近畿運輸局長により本件認可申請に対す
る再度の処分がされるまでの間,本件義務付けの訴えの審理を進めない方法
も考えられる。そして,本件認可申請に対する再度の却下処分がされた場合
には,本件義務付けの訴えに当該再度の却下処分の取消訴訟を併合提起する
ことにより,その審理を進めることも考えられるところである。)。
第5結論
以上によれば,本件却下処分の取消しを求める原告の請求は,理由があるか
ら,これを認容すべきである。そして,行政事件訴訟法37条の3第6項前段
に基づき,本件却下処分の取消しを求める訴えについてのみ終局判決をするの
が相当である。
よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官西川知一郎
裁判官岡田幸人
裁判官和久一彦
(別紙第1)
1.適用する営業区域
大阪府(ただし,現に許可を受けている区域に限る。)
2.距離制運賃
(1)初乗運賃
小型車2.0㎞まで480円
(2)加算運賃
小型車406mまでごとに80円
(3)時間距離併用運賃
小型車時速10㎞以下の運行時間について
2分05秒間までごとに80円
(4)運賃の割増及び割引
深夜及び早朝割引2割増
身体障害者割引1割引
知的障害者割引1割引
遠距離割引(5,000円を超える金額について)5割引
3.迎車回送料金
迎車のための回送距離について2㎞を限度として実車扱いとし,初乗運賃額
を限度とする。
4.時間制運賃
(1)運賃
小型車30分間までごとに1,860円
(2)運賃の割引
身体障害者割引1割引
知的障害者割引1割引
(別紙第2)
1.適用する営業区域
大阪府(ただし,現に許可を受けている区域に限る。)
2.距離制運賃
(1)初乗運賃
小型車2.0㎞まで480円
(2)加算運賃
小型車390mまでごとに80円
(3)時間距離併用運賃
小型車時速10㎞以下の運行時間について
2分05秒間までごとに80円
(4)運賃の割増及び割引
深夜及び早朝割引2割増
身体障害者割引1割引
知的障害者割引1割引
遠距離割引(5,000円を超える金額について)5割引
3.迎車回送料金
迎車のための回送距離について2㎞を限度として実車扱いとし,初乗運賃額
を限度とする。
4.時間制運賃
(1)運賃
小型車30分間までごとに1,860円
(2)運賃の割引
身体障害者割引1割引
知的障害者割引1割引

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛