弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人松井久市の上告理由第一点について。
 しかし、原判決の確定した事実によれば、本件建物は、杉皮葺板壁平屋建一棟建
坪四三坪八合のものであつて、訴外Dの建築したものを、昭和三〇年三月被上告人
において賃借し、爾来被上告人がこれに居住し、家具製造業を営んで現在に至つて
いるというのであるから、原判決がこれを借地、借家法にいう建物に当ると判示し
たのは正当である。
 所論は、原審の適法にした事実認定を非難し、判示に反する事実を前提として原
判決に所論違法ある如く主張するに帰するから、採るを得ない。
 同第二点について。
 しかし、原判決が、本件借地契約は、借地法九条にいう一時使用のためのもので
はなく、借地法の適用を受ける建物所有のために設定されたものであること、所論
調停条項は、所論の如き趣旨のものではなくて、上告人と訴外Dとが、右の本件借
地契約を合意解除してこれを消滅せしめるとの趣旨であるとした判断は、挙示の証
拠関係及び事実関係に徴し、首肯できなくはない。
 ところで、本件借地契約は、右の如く、調停により地主たる上告人と借地人たる
訴外Dとの合意によつて解除され、消滅に至つたものではあるが、原判決によれば、
前叙の如く、右Dは、右借地の上に建物を所有しており、昭和三〇年三月からは、
被上告人がこれを賃借して同建物に居住し、家具製造業を営んで今日に至つている
というのであるから、かかる場合においては、たとえ上告人と訴外Dとの間で、右
借地契約を合意解除し、これを消滅せしめても、特段の事情がない限りは、上告人
は、右合意解除の効果を、被上告人に対抗し得ないものと解するのが相当である。
 なぜなら、上告人と被上告人との間には直接に契約上の法律関係がないにもせよ、
建物所有を目的とする土地の賃貸借においては、土地賃貸人は、土地賃借人が、そ
の借地上に建物を建築所有して自らこれに居住することばかりでなく、反対の特約
がないかぎりは、他にこれを賃貸し、建物賃借人をしてその敷地を占有使用せしめ
ることをも当然に予想し、かつ認容しているものとみるべきであるから、建物賃借
人は、当該建物の使用に必要な範囲において、その敷地の使用收益をなす権利を有
するとともに、この権利を土地賃貸人に対し主張し得るものというべく、右権利は
土地賃借人がその有する借地権を抛棄することによつて勝手に消滅せしめ得ないも
のと解するのを相当とするところ、土地賃貸人とその賃借人との合意をもつて賃貸
借契約を解除した本件のような場合には賃借人において自らその借地権を抛棄した
ことになるのであるから、これをもつて第三者たる被上告人に対抗し得ないものと
解すべきであり、このことは民法三九八条、五三八条の法理からも推論することが
できるし、信義誠実の原則に照しても当然のことだからである。(昭和九年三月七
日大審院判決、民集一三巻二七八頁、昭和三七年二月一日当裁判所第一小法廷判決、
最高裁判所民事裁判集五八巻四四一頁各参照)。
 されば、原審判断は、結局において正当であり、論旨は、ひつきょう原審が適法
にした事実認定を非難するか、独自の見解をもつて原判決に所論違法ある如く主張
するに帰するから、採るを得ない。
 なお、論旨後段の、上告人が前記和解において、本件建物をD所有の他の建物と
ともに四二万円で買い受けることにしたのは、便宜上移転料に代え、取毀し材料と
して買受けたものである云々の主張は、原審で主張判断を経ていない事実であるか
ら、これをもつてする論旨は、採るを得ない。
 同第三点について。
 所論事実は、原審で主張されていないから、原審がそれにつき判断しなかつたの
は当然のことであり、論旨は採るを得ない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のと
おり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    高   木   常   七
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    斎   藤   朔   郎

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