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平成16年(ネ)第4205号 損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成1
6年(ワ)第4332号)
平成16年12月21日 口頭弁論終結
判決
   控訴人        日精樹脂工業株式会社
訴訟代理人弁護士   春田博
   被控訴人       株式会社日本製鋼所
訴訟代理人弁護士   安田有三
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1)原判決中,控訴人敗訴部分を,(2)項に反する限度で取り消す。
(2)被控訴人は,控訴人に対し,2億円及びこれに対する平成14年4月1日
から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(4)仮執行宣言
2 被控訴人
 主文同旨
第2 事案の概要
 控訴人及び被控訴人は,いずれも射出成形機の大手メーカーであり,マグネ
シウム合金用射出成形機を製造販売しているものである。被控訴人は,米国法人シ
キソマット・インク(以下「シキソマット社」という。)との間で実施許諾契約を
締結し,同社の技術を使用したマグネシウム合金用射出成形機を,日本,東アジア
諸国及び東南アジア諸国において製造できる独占的通常実施権並びに全世界におい
て販売できる非独占の通常実施権を得ている。
 本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人とシキソマット社とが共同し
て,控訴人が製造販売する射出成形機(以下「控訴人製品」という。)がシキソマ
ット社の有する特許権を侵害する可能性が高いことなどを内容とする虚偽の内容の
文書(平成13年1月3日付けのもの(以下「本件文書1」という。)と同年2月
28日付けのもの(以下「本件文書2」という。)。以下,まとめて「本件文書」
という。)を日本におけるライセンシーに対し送付したなどと主張し,被控訴人の
行為は不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するとして,同法
4条に基づく損害賠償を求めている事案である。
 原判決は,本件文書の作成名義は,いずれもシキソマット社であり,控訴人
が本件文書を作成し,又は,作成に関与したことを認めるに足りる証拠はないし,
シキソマット社と被控訴人は,実質的に一体の関係にあるということもできないな
どとして,控訴人の請求を棄却したため,控訴人は,これを不服として,控訴を提
起したものである。
 当事者の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の
「第2 事案の概要」,「第3 争点に関する当事者の主張」欄に記載のとおりで
あるから,これを引用する。
 当裁判所も,「シキソモールディング製法」,「本件比較表」の語を,原判
決の用法に従って用いる。
1 控訴人の当審における主張の要点
(1)本件文書1に添付された本件比較表は,被控訴人により作成されたもので
ある。被控訴人は,本件比較表が顧客へ送付されることを前提として,これを作成
したものであり,本件文書1の作成に関与したものである。
(2)被控訴人の担当者A(以下「A」という。)は,シキソマット社が本件文
書2を送付する前に,本件文書2の内容を校閲し,シキソマット社に対し,同文書
の内容を一部追加訂正することを希望した。また,Aは,被控訴人が携帯電話の市
場を失うおそれがあるとして,シキソマット社に対し,本件文書2の早期の発送を
依頼している。
(3)シキソマット社が,訴外ザ ダウ ケミカル カンパニー(以下「ダウケ
ミカル社」という。)からマグネシウム合金の射出成形に関する発明に係る日本国
特許権(特許番号第1550760号,第1591478号,第3062952
号。以下「本件特許権」という。)を譲り受け,その旨の移転登録を得たのは,平
成13年5月29日である。したがって,シキソマット社は,本件文書及び本件比
較表を発送したときには,これらの特許権を有してはいなかったものである。
2 被控訴人の当審における主張の要点
(1)被控訴人は,本件文書及び本件比較表を作成したものではない。文書の作
成者とは,文書を作成し,その内容を修正ないし削除する最終的な権限を有するも
のをいう。被控訴人が,本件文書の内容を事前に知り,あるいは,その内容につい
て意見を述べていたとしても,本件文書の作成権限がない以上,本件文書を作成
し,又は,作成に関与したものということはできない。
(2)シキソマット社は,平成13年1月及び2月当時,ダウケミカル社から,
本件特許権について,再実施権を付与された独占的通常実施権を許諾されていた。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も,控訴人の請求は理由がないから,棄却すべきものであると判断
する。その理由は,次のとおりである。
1 前記引用に係る原判決「第2 事案の概要」欄摘示の「争いのない事実等」
並びに以下の各項の括弧内に記載した各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実
が認められる。
(1)シキソマット社は,ダウケミカル社から,マグネシウム合金の射出成形に
関する特許権について,再実施許諾可能な独占的実施許諾権を得ており(本件特許
権については,平成13年5月29日,ダウケミカル社からシキソマット社に移転
登録されている。),これに基づき,40以上のライセンシーに対し実施許諾して
おり,環太平洋地域については被控訴人に同特許権(本件特許権を含む。)につい
て独占的実施権を許諾している(甲1,甲7の1,乙1ないし3,弁論の全趣
旨)。
(2)シキソマット社は,ダウケミカル社との上記実施許諾契約において,特許
を侵害する第三者に対しては,単独であるいはサブライセンシーと合同で,シキソ
マット社単独あるいはサブライセンシーと共同の費用負担で,特許権を主張する権
利を有している(甲38,弁論の全趣旨)。
(3)シキソマット社は,平成10年12月21日,控訴人に対し,控訴人がマ
グネシウム合金の射出成形機を開発していることに対し,シキソマット社が有する
特許権を侵害することのないようにとの注意を促す書面を送付している(甲1)。
(4)シキソマット社は,平成13年1月3日ころ,同社名義で,日本における
複数のライセンシーに宛てて,控訴人製品について「パテント侵害の可能性が高い
ものと考えます。・・・日精社(判決注・控訴人)の機械を購入するいかなる会社
もパテント侵害問題に捲き込まれることになるでしょう。」と記載した本件文書1
を,本件比較表(控訴人製品と被控訴人の製品を価格,型締め力,操業温度,マグ
ネシウムの状態などの項目ごとに対比したもの)を添付して,送付した(甲3,甲
31の4・5。)。
(5)シキソマット社は,平成13年2月28日ころ,同社名義で,日本におけ
る複数のライセンシーに宛てて,「我々は日精のマグネシウム射出成形プロセスは
我々の特許および技術を侵害していると考えていますし,それに従って手続きを取
っております。シキソマットがこのような手続を取らない,となればライセンシー
に対してのわれわれの責任不履行となるわけです。」「もしも仮に日精があなたに
近づき,そこであなたが彼らと秘密情報を分かち合うような事があれば,あなたが
結んでいるシキソマットとの契約に違反することになります。このような事態はあ
なたにとっても,シキソマットにとっても好ましくない,極めて困難な法的状況を
生み出すことになるでしょう。この前お送りしたレターにも述べましたが,日精の
マシンは多くの理由により長時間の稼働には耐えられないものと信じます。」など
と記載した本件文書2を送付した(甲4,甲31の6)。
(6)被控訴人の担当者のAは,本件文書2の発送前の平成13年2月21日
に,シキソマット社から本件文書2の内容について意見を求められ,「私どもの弁
護士との協議にもとづく法的訴訟」などの文言を加筆してはどうか,との提案をし
たが,シキソマット社は,その提案を採用せずに,本件文書2を送付した(甲3
5,甲39,甲4)。Aは,平成13年2月27日には,シキソマット社に対し,
被控訴人としては,携帯電話の市場を失うことになるため,本件文書2を早く送付
してもらいたい,との内容の文書を送付している(甲36)。
2 上記認定の事実によれば,本件文書の作成名義人は,シキソマット社であ
り,被控訴人は,その作成名義人でも,これを送付したものでもないことは明らか
である。
  また,文書の作成名義人ではない者といえども,当該文書の作成,送付行為
について,最終的な決定権を行使し得る立場にある場合には,当該文書の作成,送
付行為について,文書の作成名義人と共同でその責任を負うべきことがあり得ると
しても,上記認定の事実によれば,本件の被控訴人については,シキソマット社と
共同でその責任を負うべき場合には当たらないというべきである。
  すなわち,上記認定の事実によれば,シキソマット社は,被控訴人との実施
許諾契約におけるライセンサーとして,同社が許諾している特許権を侵害している
者があれば,その侵害者を排除すべき義務を,被控訴人に対し負っており,この義
務の履行として,本件文書を作成し,送付したこと(このことは,本件文書2の
「シキソマットがこのような手続を取らない,となればライセンシーに対してのわ
れわれの責任不履行となるわけです。」との記載などから明らかである。),本件
文書2の内容について,シキソマット社が事前に被控訴人に開示し,被控訴人がシ
キソマット社に対し,一部加筆訂正の提案をしているものの,シキソマット社がこ
れを最終的に採用せず,元の文書のまま本件文書2を送付していることにも表れて
いるように,シキソマット社は,被控訴人との実施許諾契約のライセンサーとし
て,本件文書を作成,送付するにあたり,その内容及び送付する相手方の範囲など
について最終決定権を持っていたものであり,被控訴人は,単にライセンシーとし
て,シキソマット社に対し,情報を提供し,協力しながら,実施許諾契約上の義務
の履行を求めていたものと認められる。
  そして,上記認定の事実によれば,本件比較表についても,被控訴人がその
作成に関与していると推認される(甲32)ものの,本件文書1に「シキソマット
社は日精から得られた,限られた情報と,日本製鋼所の機械の確立されたデータを
比較しました。その結論は,添付された比較表からすぐに判りますが,・・・」と
記載されていること(甲3)などに照らせば,本件文書1にこれを添付して,日本
における複数のライセンシーに宛てて送付することを最終的に決定したのは,本件
文書について責任を負うシキソマット社であると認められる。
  以上のとおり,シキソマット社は,被控訴人との実施許諾契約におけるライ
センサーとして,特許権を侵害する第三者を排除するために,侵害行為者かどうか
の判断,及び,侵害行為を排除するためにどのような手段を取るべきか,警告書を
送付する場合に,どのような範囲でどのような文書を送付すべきかを最終的に判断
し,適切な対応手段を取るべき実施許諾契約上の義務を負っているものであり,こ
れに対し,被控訴人は,シキソマット社が本件文書を作成するに際し,同社に対
し,ライセンシーとして情報を提供するなどして,これに協力し,また,本件文書
2を早く送付してもらいたい旨申し出たとしても,それは,単に,ライセンシーと
して,ライセンサーであるシキソマット社に対し,必要な情報を提供し,実施許諾
契約上の義務の履行を求めたものにすぎず,本件文書の内容を最終的に決定した
り,これを訂正する権限を有しているわけでもなく,本件文書を送付する相手方の
範囲を決定する権限もないのであるから,シキソマット社と共同で本件文書の送付
行為をしたものとみることはできない。
 また,前記のとおり,被控訴人が本件比較表の作成に関与しているとして
も,それは,シキソマット社が特許権の侵害と判断する行為についてシキソマット
社としての対策を講じるに際し,ライセンシーである被控訴人として,シキソマッ
ト社に対し情報を提供したというものにすぎないのであって,被控訴人において本
件比較表が顧客に送付されることを知っていたかどうかにかかわりなく,被控訴人
の上記関与をもって,被控訴人が不正競争防止法2条1項14号所定の営業誹謗行
為をしたということはできないし,本件文書1の送付につきシキソマット社と共同
でその責任を負うと解することもできない。
 なお,控訴人は,本件文書はシキソマット社のみの作成名義となっている
が,被控訴人とシキソマット社は実質的に一体の関係にあるとして,被控訴人にも
法的責任がある旨主張する。
 しかし,被控訴人とシキソマット社は,本件特許権について,ライセンシー
とライセンサーという点で緊密な関係にあるということはできても,そのことから
両者が分業体制を採用し実質的に一体の関係にあるということはできないし,ま
た,控訴人が主張するような,本件特許権に基づいてシキソモールディング製法に
より射出成形機を製造販売しているのが被控訴人だけであるとか,シキソマット社
のスタッフの中で日本人は一人だけにすぎないとか,本件文書の送付当時,被控訴
人のマグネシウム合金射出成形機が市場で不振であったとか,過去に株式会社富士
経済の出版物における控訴人の紹介記事の中で,誤った情報が掲載されたといった
ことは,いずれも被控訴人とシキソマット社が実質的に一体の関係にあることや,
本件文書の送付について被控訴人の法的責任を裏付けるものということはできず,
他に本件において,被控訴人が,本件文書の送付につき,シキソマット社と共同し
て法的責任を負うと解すべき根拠となるような被控訴人とシキソマット社との実質
的な一体関係を認めるに足りる証拠は存在しない。
3 結論
  以上によれば,控訴人の本訴請求は,その余の点について判断するまでもな
く理由がない。よって,控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であるから,本
件控訴を棄却することとして,当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法67
条1項,61条を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所知的財産第3部
         裁判長裁判官    佐  藤  久  夫
            裁判官    設  樂  隆  一
          裁判官   若  林  辰  繁

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