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平成21年6月29日判決言渡
平成20年(行ケ)第10350号審決取消請求事件
平成21年4月27日口頭弁論終結
判決
原告日本ピストンリング株式会社
訴訟代理人弁護士松井秀樹
同太田大三
同縫部崇
訴訟代理人弁理士石川泰男
同石橋良規
被告株式会社リケン
被告三菱ふそうトラック・バス株式会社
被告三菱自動車工業株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士鳥海哲郎
同岡田誠
同加藤はるか
被告ら訴訟代理人弁理士内藤和彦
同秋山祐子
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007−800247号事件について平成20年8月19日
にした審決を取り消す。
第2争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
()出願,登録等1
被告株式会社リケン(以下「被告リケン」という)は,平成5年4月7。
日,発明の名称を「ピストンリング」とする発明につき特許出願(特願平5
−103762号。以下「本願」という。出願時の請求項の数は10であっ
た。甲18)をした。本願は,平成4年12月28日出願の特願平4−35
8549号に基づく国内優先権主張を伴うものであった。
被告リケンは,平成6年11月4日,被告三菱自動車工業株式会社(以下
「被告三菱自動車」という)に対し,本願の特許を受ける権利の一部を譲。
渡し,同月30日,特許庁長官に対してその旨届け出た(甲21。)
被告リケン及び被告三菱自動車は,平成9年4月18日付け手続補正書に
よる補正をし,同年11月27日,本願について特許査定を受け,平成10
年1月23日,本願につき特許権の設定登録を受けた(以下,この特許,特
許権をそれぞれ「本件特許「本件特許権」という。設定登録時の請求項の」,
数は2となった。甲19。)
被告三菱ふそうトラック・バス株式会社は,被告三菱自動車から本件特許
権の持分の一部を取得し平成15年2月20日その旨の登録を受けた甲,,(
22。)
()前回無効審判2
原告は,平成17年2月18日,本件特許につき無効審判を請求した(無
効2005−80055号。これに対し,被告らは,同年6月6日,訂正)
請求をした(甲20。)
,,「。,特許庁は平成17年12月16日訂正を認める本件審判の請求は
成り立たない」との審決をし,この審決は確定した(この審決により訂正。
「」。,が認められた後の明細書を図面とともに本件明細書というその内容は
平成17年6月6日付け訂正請求書に添付された全文訂正明細書のとおりで
ある。甲20。)
()無効審判3
原告は,平成19年11月5日,本件特許につき無効審判を請求した(無
効2007−800247号。)
特許庁は,平成20年8月19日「本件審判の請求は,成り立たない」,。
との審決をし,その謄本は,同月29日,原告に送達された。
2特許請求の範囲
本件明細書の特許請求の範囲の請求項1,2の記載は,次のとおりである。
【請求項1】少なくとも外周摺動面に,陰極アークプラズマ式イオンプレー
ティングによる皮膜の空孔率が1.5∼20%である窒化クロムよりなり厚さ
が1∼80μmの皮膜を形成してなる内燃機関用ピストンリング。
(以下,請求項1記載の発明を「本件第1発明」という)。
【請求項2】請求項1に記載のピストンリングにおいて,前記皮膜の破断面
が母材表面から皮膜の表面に向かって柱状の形態を有する内燃機関用ピストン
リング。
(以下,請求項2記載の発明を「本件第2発明」といい,本件第1発明と本件
第2発明」を包括して「本件各発明」という。なお「皮膜」との文言と,刊,
行物中の「被膜」との文言は,同じ意味であると認められる)。
3審決の理由
()別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件各発明は,下記甲1な1
いし8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたと
はいえないというものである。

甲1特開平1−159449号公報
甲2特開昭63−290254号公報
甲3「金属表面技術便覧(改訂新版(社団法人金属表面技術協会編,日)」
刊工業新聞社,昭和54年12月20日3版発行)564ないし56
9頁
甲4特開平2−280310号公報
甲5特開平5−78821号公報
甲6特開平2−301679号公報
甲7「粒子分散によるセラミックスの強じん化(宮田昇著,セラミック」
ス第21巻(1986年)第7号)605ないし612頁
甲8特開昭60−262951号公報
(本訴の甲1ないし8は,審決の甲1ないし8と同じである)。
()審決がその結論を導く過程において認定した甲1記載の発明(以下「甲2
」。),,第1号証発明というの内容本件第1発明と甲第1号証発明の一致点
相違点は,次のとおりである。
ア甲第1号証発明
「ピストンリングの少なくとも外周摺動面に,反応性イオンプレーティン
グ法による,CrN型の窒化クロムでなる第1被覆相と更にCrN型の2
窒化クロムでなる第2被覆相からなる厚さが10∼50μmの複合窒化層
を形成してなる内燃機関用ピストンリング」に関する発明
イ一致点
「少なくとも外周摺動面に,イオンプレーティングによる窒化クロムより
なり厚さが10∼50μmの皮膜を形成してなる内燃機関用ピストンリン
グ」である点
ウ相違点
(ア)相違点1
イオンプレーティングにつき,本件第1発明では「陰極アークプラ,
ズマ式」であるとの構成事項を具備するのに対して,甲第1号証発明で
は「反応性イオンプレーティング法」を用いているものの,当該構成事
項を具備しない点
(イ)相違点2
皮膜につき,本件第1発明では「イオンプレーティングによる皮膜,
.」,の空孔率が15∼20%であるとの構成事項を具備するのに対して
甲第1号証発明では空孔率について具体的に示されず当該構成事項を具
備しない点
第3取消事由に関する原告の主張
本件各発明は,当業者が,甲1ないし8に基づいて容易に想到することがで
きたとはいえないとした審決には誤りがある。
すなわち,①本願出願時において,本件各発明の課題(耐摩耗性に優れた窒
化クロムからなる皮膜の「欠け状剥離」を発生しにくくすること)は,一般的
に認識されていたこと,②課題を解決するための構成(空孔の導入)は,当業
者であれば容易に想到し得る事項であること,③課題を解決するための具体的
な手段(陰極アークプラズマ式イオンプレーティング法による空孔の導入,ピ
ストンリング摺動面の皮膜中への空孔の導入)は当業者が容易に想到すること
ができたものであることから,本件各発明は,当業者が,甲1ないし8に基づ
いて容易に想到することができたといえる。
1本件各発明の課題が,既に一般的に認識されていたこと
本件各発明の課題は,本願出願時において,当業者には一般的に認識されて
いたものといえる。
すなわち,本件各発明は,耐摩耗性に優れた窒化クロムからなる皮膜の「欠
け状剥離」を発生しにくくすることを課題とするものである。他方「硬いが,
脆いという性質に課題があることはセラミックスの分野に限らず積層コ」,,(
ーティング)を行う技術分野において一般的に認識されていた。そして,甲2
は,耐熱・耐摩耗性を付与するために用いられるセラミックス皮膜の問題点と
して「硬いが脆い」という性質に着目し,そのような性質に起因して欠けや剥
離が生じる点についても言及しており,甲2には,多孔質溶射被膜(中間層)
がどのような目的,効果により用いられているかにかかわらず,空孔を設ける
ことが耐剥離性向上に役立つことが開示されている。そのような記載に照らす
ならば,耐摩耗性に優れた窒化クロムからなる皮膜の「欠け状剥離」を発生し
にくくするとの本件各発明の課題は,本願出願時に一般的に認識されていたと
いえる。
したがって,本件各発明の課題は,甲1に直接記載されていないとしても,
本願出願時に一般的に認識されていたといえるから,本件各発明を想到するこ
とが困難であったとはいえない。
2課題を解決するための構成の容易想到性
()空孔の導入1
甲2,7,23によれば,皮膜中に空孔が存在することにより皮膜の耐剥
離性が向上することは,当業者にとって知られた事項であるといえる。した
がって,窒化クロムからなる皮膜の「欠け状剥離」を発生しにくくするとの
課題を解決するために「空孔の導入により耐剥離性を向上させる」との構,
成を採用することは容易に想到できた。
ア甲2には「セラミックスは皮膜が脆く,欠けや剥離が生じてしまう」,
という一般的な課題を解決するための手段として「体積密度が90%以,
下(つまり空孔率が10%以上)である多孔質溶射被膜」が有効であるこ
とが記載されており,また,多孔質溶射被膜を形成する溶射材料として金
,,,属窒化物が挙げられており窒化クロムはこれに該当するから当業者は
甲2により,皮膜中に空孔が存在することにより皮膜の耐剥離性が向上す
ることを理解することができる。
また,甲7には,マトリックス中に形成された気孔によってクラックを
湾曲させることが可能であり,これによりセラミックスの靱性を増加する
ことができることについて記載されている。
CrackandFatigueBehaviourofHardChromePlatedPistonさらに甲23,(
,Rings-ResultsofAcousticEmissionAnalysisandFatigueStrengthTesting
8頁1ないし9行)には,空孔の多いクロム皮膜(CR3)は,空孔の少
ないクロム皮膜(CR1)に比べて,皮膜中のマクロクラック(ひび)が
大きく枝分かれし(つまり,母材に達することがなく,母材に対して強)
いくさび作用を及ぼすことがないことが記載されている。
,,,,,以上のとおり甲2723の記載からすると本願出願時において
皮膜中に空孔が存在することによって皮膜の耐剥離性が向上するとの事項
は,当業者において知られていたといえるから,空孔の導入により耐剥離
性を向上させるとの構成を容易に想到することができた。
イ空孔が存在する膜の位置の相違について
甲2において空孔が導入されている皮膜は,ピストンリングの表面に位
置する層ではなく,母材と表面溶射層との中間に位置する中間層である。
しかし,甲2において空孔が存在する膜が中間層であることは,以下の
とおり,本件各発明の相違点2に係る構成を想到することの妨げとはなら
ない。
すなわち,皮膜中に存在する空孔によりもたらされる効果(耐剥離性)
は,空孔が存在する皮膜だけで十分に発揮される効果であり,その皮膜の
上に他の皮膜が存在することを条件として発揮される効果ではないし,甲
7には,空孔が存在する皮膜の上に他の皮膜が存在することについて何ら
の開示も示唆もない。そして,甲第1号証発明のピストンリングの摺動面
に形成されている窒化クロム皮膜に,欠けや剥離を防止することを目的と
して空孔を導入する場合,耐摩耗性(皮膜の硬度)を維持することは設計
事項の範囲内であり,空孔を導入しても所望の耐摩耗性が維持できるので
あれば,空孔を導入した下地層を形成するまでもなく,摺動面に位置する
皮膜自体に空孔を導入するはずである。そのため,甲2において空孔が存
在する膜が中間層であることは,甲2から本件各発明を想到することの妨
げとはならない。
ウ皮膜が剥離する原因の相違について
皮膜が剥離する原因は,甲2記載の発明と本件各発明とで異なるが,甲
2に接した当業者は,空孔の存在が剥離を防ぐというメカニズムを十分に
理解できるはずである。
すなわち,皮膜が剥離する原因は,甲2記載の発明においては熱膨張で
あるのに対し,本件各発明においてはピッチング疲労であるが,最終的に
「皮膜が欠ける」という効果は,クラックが伝播していき,その大きさが
許容範囲を超えた場合に発生するはずであり,クラックが発生する原因が
熱膨張かピッチング疲労かを問わず,ある原因によって発生した初期段階
のクラックが伝播していくことを防止するのに空孔が有効である点におい
て,本件各発明も甲2記載の発明も相違がなく,甲2に接した当業者であ
れば,空孔の存在が剥離を防ぐというメカニズムを十分に理解できるはず
である。
エ皮膜の材質の相違について
甲23記載の皮膜と本件各発明の皮膜は材質が異なるが,当業者は,皮
膜中のマクロクラックが母材に対するくさび作用を防止するとの甲23記
載の現象が本件各発明の皮膜にも当てはまることを理解することができ
る。
すなわち,甲23記載の皮膜は硬質クロムめっきであり,本件各発明の
皮膜(窒化クロム)とは材質が異なるが,甲23は本件各発明と同じくピ
ストンリングについての刊行物であり,マクロクラックが母材に対するく
さび作用を防止するという現象が,クロムめっきからなる皮膜のみならず
種々の材質からなる皮膜にも当てはまる現象であることは,当業者であれ
ば当然に理解可能である。
オ数値限定の有無について
本件各発明は,空孔率を1.5ないし20%に数値限定しているが,空
孔率を所定の数値範囲に限定したことにより本件各発明の進歩性が肯定さ
れることはない。
すなわち,空孔の大きさによって,欠け状剥離に対する効果に差が生じ
得るかもしれないが,空孔が皮膜の耐剥離性の向上に有効であることが分
かっていれば,空孔の量や大きさなどは最適化の範疇であって,空孔の大
きさの違いが本件各発明の進歩性を肯定する要因となることはない。そし
て,ピストンリングの摺動面に空孔を設ける場合,ピストンリングに求め
られる耐久性や耐熱性などを考慮すると,その空孔率は本件第1発明の数
値範囲と同程度になることは当然であり,本件第1発明の数値範囲は,臨
界的意義はなく,単なる最適化の範疇にとどまり,空孔率を所定の数値範
囲に限定したことにより本件各発明の進歩性が肯定されることはない。
()甲1に「空孔を導入すること」の構成を加えることは容易であること2
甲第1号証発明のピストンリングの表面に「緻密な被覆層」が設けられて
いることは,甲第1号証発明に,課題を解決するための構成として空孔の導
入という構成を組み合わせることの妨げとはならない。
,(,)すなわち甲24特開平3−172680号公報出願人は被告リケン
は,皮膜中に空孔が多く存在すると剥離が生じることを問題とし,これを解
決するために,空孔をなくして緻密な膜とすることを提案しており,具体的
には,ピストンリングに形成された溶射皮膜の空孔率を5体積%以下とする
ことにより,問題を解決している。甲24においては,空孔率が5体積%以
下の皮膜が「緻密」と扱われているから「緻密」とは空孔がないことを意,
味するものではない。そして,本件各発明は,甲24において本件特許の出
願人が「緻密」とした空孔率を含んでおり(1.5ないし5%,当業者で)
あれば,少なくともその範囲の空孔率を有する皮膜が耐剥離性を有すること
を容易に推測することができる。そうすると「耐熱・耐摩耗性が必要であ,
ること」及び「欠け状剥離を発生しにくくすること」という要求がある場合
に,これらの要求を同時に満たすために,陰極アークプラズマ式イオンプレ
ーティング法によって形成した皮膜中に,例えば1.5%の空孔を「緻密」
であると意識しつつ導入することは十分に考えられる。したがって,甲第1
号証発明が「緻密な被覆層」を有することは,甲第1号証発明に,課題を解
決するための構成として空孔の導入という構成を組み合わせることの妨げと
はならない。
3課題解決のための具体的な手段の容易想到性
()陰極アークプラズマ式イオンプレーティング法による空孔の導入1
甲4,甲6の記載に照らして,当業者は,本件各発明の課題を解決するた
めの構成を得る具体的な手段として,空孔を設けるために陰極アークプラズ
マ式イオンプレーティング法を使用することを,容易に想到することができ
た。
すなわち,甲4には,皮膜形成手段として陰極アークプラズマ式イオンプ
レーティング法を用いることが記載されており,甲6には,陰極アークプラ
ズマ式イオンプレーティング法によってセラミック皮膜を形成した場合,皮
膜に多数の孔部が形成されることが開示されている。甲6には,皮膜表面を
研磨することによって凹部が生じることが記載されているから,甲6に接し
た当業者は,セラミックの表面のみならずその内部にも空孔が形成されてい
ることを認識する。したがって,当業者は,本件各発明の課題を解決するた
めの構成を得る具体的な手段として,空孔を設けるために陰極アークプラズ
マ式イオンプレーティング法を使用することを,容易に想到することができ
た。
()ピストンリング摺動面の皮膜中への空孔の導入2
甲9ないし11に開示されているとおり,ピストンリングの摺動面に位置
,,する皮膜に空孔を設けることは本願出願時において一般的に行われており
当業者の技術常識であったから,当業者は,本件各発明の課題を解決するた
めの構成を得る具体的な手段として,ピストンリングの摺動面に位置する皮
膜に空孔を設けることを,容易に想到することができた。
4当業者の技術水準等について
当業者とは,本件各発明の属する技術分野の出願時の技術水準にあるものす
べてを知識として活用できる者と理解すべきである。その技術分野の出願時の
技術常識を有し,研究,開発のための通常の技術的手段を用いることができ,
材料の選択や設計変更などの通常の創作能力を発揮できるから,一般的な課題
を知識として有していれば,たとえそれが刊行物に記載されていなくとも,そ
れを一般的な手段で解決することは当然に可能である。そのため,本件各発明
が一般的な課題を一般的な手段で解決するものにとどまるのであれば,その進
歩性は否定される。
これを本件についてみると,本願出願時においては,本件各発明の課題(耐
摩耗性に優れた窒化クロムからなる皮膜の「欠け状剥離」を発生しにくくする
ことは一般的に認識されており前記1これを解決するための構成空),(),(
孔の導入)は,当業者であれば容易に想到し得る事項であり(前記2,さら)
に,課題を解決するための具体的な手段(陰極アークプラズマ式イオンプレー
,)ティング法による空孔の導入ピストンリング摺動面の皮膜中への空孔の導入
は当業者が容易に想到することができたものであるといえる(前記3。)
また,本件第2発明は,皮膜の破断面が柱状形態を有することにより進歩性
が認められることはないから,本件各発明は,当業者が容易に想到することが
できる程度の発明であり,進歩性を欠くものである。
5まとめ
審決は,本願出願時の技術常識や技術水準を何ら考慮することなく,引用例
に直接記載されている事項のみを偏重し,直接的な記載がないことを理由に,
動機づけがないこと,解決手段を導き出すことができないことなどを認定し,
進歩性を肯定しており,本件各発明について進歩性があるとした審決の判断は
誤りである。
第4被告の反論
本件各発明は甲1ないし8に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明
することができたものとはいえないとの審決の判断に誤りはなく,原告主張の
取消事由は理由がない。
1本件各発明の課題が,既に一般的に認識されていたことに対し
本件各発明の課題は,本願出願時には一般的に認識されていなかったし,そ
の課題を示す刊行物はなかった。
2課題を解決するための構成の容易想到性に対し
()以下のとおり「空孔の導入により耐剥離性を向上させる」との構成を採1,
用することは,容易に想到できたとはいえない。
ピストンリングのような摺動部材の表面処理皮膜の技術分野において,イ
オンプレーティング法により形成された皮膜は,緻密であること(空孔が少
ないこと)から耐摩耗性に優れるものとして知られていた。甲1には,ピス
トンリングの外周摺動面に反応性イオンプレーティング法により形成される
緻密な皮膜を採用することによって耐摩耗性を向上させることが記載されて
いる。他方,甲2に「多孔質皮膜を形成する溶射法の場合は耐摩耗性が劣り
・・・問題があった(2頁右上欄14ないし18行)との記載があるよう」
に,本願出願前,当業者は,皮膜に空孔を導入すると耐摩耗性が劣ると認識
していた。そうすると,当業者であれば,耐摩耗性向上のために緻密な皮膜
にしたピストンリングの外周摺動面の複合窒化層(甲1)に,緻密とは反対
の性質をもたらし,耐摩耗性を低下させる空孔を導入するはずはない。甲2
に記載された発明も,耐摩耗性皮膜自体に空孔を設けることをせず,耐摩耗
性と耐熱衝撃性の両立のために,緻密な表面層と母材との間に多孔質層を設
けており,甲2には,耐摩耗性を有する表面層に空孔を導入することを動機
付ける記載はない。これに対し,本件各発明は,その緻密な皮膜にあえて空
孔を導入するという,本願出願時の技術常識では考えられない奇抜な構成を
採用することにより,耐摩耗性を維持したまま耐剥離性をも両立するという
予想外の有利な効果を実現した。したがって,本件発明の課題を解決するた
めの具体的手段は,甲1,2には開示されていない。
()甲24に記載された発明は,皮膜中に空孔が形成され易かったという従2
来のプラズマ溶射被膜の問題点を解決するために,減圧プラズマ溶射法を採
用して皮膜中の空孔を少なくするものであるから,減圧プラズマ溶射法に代
えて,もともと空孔の形成されにくい本件各発明のイオンプレーティング法
を採用するのであれば,皮膜の空孔率を,あえて通常のイオンプレーティン
グ法による皮膜の空孔率(約0.数%程度)より大きい1.5ないし20%
とするはずがない。したがって,当業者が甲24に基づいて本件各発明を容
易に想到することはできない。
()甲2,7,23によっても,以下のとおりの理由から,窒化クロムから3
なる皮膜の「欠け状剥離」を発生しにくくするとの課題を解決するための構
成として,空孔の導入により耐剥離性を向上させることを容易に想到するこ
とはできない。
まず,甲2には,皮膜中に存在する空孔によってその皮膜自体の耐剥離性
が向上することは開示されていない。甲2に開示されているのは,多孔質溶
射被膜が母材と緻密な溶射被膜との間の熱応力を吸収することによって緻密
な溶射被膜の割れを防止することであるから,その効果は,多孔質溶射被膜
が母材と緻密な溶射被膜との間に存在することによって初めて発揮されるも
のであり,空孔の存在する被膜(単体)により耐剥離性が十分に発揮される
ことはない。甲2に記載された発明において,クラックが発生するのは表面
の外周摺動面を構成する緻密な溶射被膜であるのに対し,空孔が存在するの
は,中間層である多孔質皮膜であるから,空孔とクラックの伝播の防止は無
関係である。
また,甲7は,粒子分散セラミックス(セラミック相中に粒子が分散した
もの)における靱性向上機構に関する基礎研究の成果の紹介であり,その記
載から,被膜に空孔が存在する場合に耐剥離性が向上することを理解するこ
とはできない。
さらに,甲23は,金属クロム皮膜に関するものであるところ,金属は,
一般的に,展性,延性に富み,塑性変形が容易なことから,外力に対して脆
性破壊し難い材料である。これに対し,本件各発明の皮膜は窒化クロム(セ
ラミックス)であり,窒化クロムは金属結合を有さず,硬質であり,金属と
比べると相対的に脆性破壊し易い材料であって,物性が大きく異なるから,
窒化クロムについて,金属クロムと同様な現象(空孔による耐剥離性向上)
が生じ得ると推定することはできない。そのため,甲23から,本件各発明
について当業者の技術常識を認定することはできない。
()審決は,緻密であることによって耐摩耗性に優れるとされていた皮膜に4
空孔を導入するという構成を採用することが容易に想到できなかったと判断
したものである。空孔率の数値範囲を限定したことが,困難であったと判断
したものではないから,原告のこの点の主張は失当である。
3課題解決のための具体的な手段の容易想到性に対し
()陰極アークプラズマ式イオンプレーティング法による空孔の導入1
甲6にいう「孔部」とは,潤滑油を貯留する作用をもつセラミック膜の表
,。面の凹凸の凹部のことであり皮膜の内部に形成された空孔のことではない
また,甲6は表面の凹凸を論じており,表面の凹部が一部残留する程度だけ
バフ研磨することが記載されているから,甲6は,セラミック膜の内部に空
孔が存在しないことを前提としていると解すべきである。したがって,甲6
に,陰極アークプラズマ式イオンプレーティング法によってセラミック膜を
形成した場合に皮膜に多数の孔部が形成されることが開示されているとはい
えない。
()ピストンリング摺動面の皮膜中への空孔の導入2
甲9なし11は,審判請求書提出後の口頭審理陳述要領書において参考資
,,料として提出されたものであって原告が審判請求書において主張した甲1
2に基づく無効理由とは関係がない。また,甲1,9ないし11は,前回の
無効審判の請求理由と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づく主張であ
り,これらに基づく無効の主張は,特許法167条により認められない。
甲11には,焼結金属製リング単体の表面に凹部を設けることが開示され
ているにすぎず,ピストンリングの外周摺動面に耐摩耗性皮膜を設け,更に
その中に空孔を導入することは開示されていない。
4当業者の技術水準等について
当業者の技術水準に係る原告の主張は否認する。
また,本件第2発明について,甲3には,金属や酸化物をイオンプレーティ
ングするときに皮膜の破断面が柱状組織となることが記載されているが,そこ
から,金属や酸化物と異なる窒化クロムについて同様の現象が生じることまで
推定することはできない。
以上のとおり,本件各発明は甲1ないし8に記載された発明に基づいて当業
者が容易に発明することができたものとはいえず,同旨の審決の判断に誤りは
ない。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,本件各発明はいずれも甲1ないし8に記載された発明に基づいて
当業者が容易に発明することができたとはいえないとの審決の判断に誤りはな
く,原告主張の取消事由は理由がないものと判断する。その理由は,以下のとお
りである。
1本件各発明の課題が,既に一般的に認識されていたことについて
原告は,本件各発明の課題が本願出願時に一般的に認識されていたことから
すると,本件各発明を想到することが困難であったとはいえないと主張する。
しかし,原告の主張は,以下のとおり失当である。
まず,当該発明を容易に想到できるか否かを判断するに当たって,当該発明
が解決しようとする「課題」の把握が重要であることはいうまでもないが,発
明とは「課題」を提示した上で,それに対する解決方法を示すことからなる,
ものであるから「当該発明の課題が,既に,一般に認識されていたこと,,」
又は「当該発明と先行技術との間に,課題の共通性があること」は,そのこと
自体によって,直ちに,当該発明が容易に想到できたことを意味するものでは
ない。したがって,本件各発明の課題が,一般的に認識されていたことから,
直ちに,本件各発明が容易に想到できたとする原告の主張は,その主張自体採
用できない。
のみならず,以下のとおり,本件各発明と甲1,甲2を対比してみても,本
件各発明の課題が一般的であったとは認められず,本願出願前に本件各発明の
課題を示す刊行物があったことを認めるに足りる証拠はないから,この点から
も,原告の上記主張は,採用することができない。
()本件各発明の課題1
本件明細書の「発明が解決しようとする課題」の欄には「ピストンリン,
グの外周皮膜表面にピッチング疲労が原因と考えられる欠け状の剥離が生じ
る問題がある。そこで,現状の表面処理よりも耐剥離性に優れたセラミック
スコーティング皮膜を被覆したピストンリングが望まれている。従って本発
明の目的は,欠け状剥離が発生しにくく同時に耐摩耗性および密着性にも優
れた皮膜を被覆したピストンリングを提供することである(0004)。」【】
と記載されていることから,本件各発明の課題は,ピストンリングの外周摺
動面の皮膜を,耐摩耗性及び密着性に優れるものとするとともに,皮膜表面
に生じるピッチング疲労が原因と考えられる欠け状の剥離を発生しにくくす
ることであると認められる。
()甲1について2
ア甲1の記載
甲1の発明の詳細な説明には,次のとおりの記載がある。
(ア)「本発明は,上述の従来の窒化処理の問題点に着目してなされたも
のであり,過酷な使用条件下においても充分な耐摩耗性と耐焼き付き性
を有する耐久性の良好な複合窒化層を有するピストンリングを提供する
ことを目的とする(問題点を解決するための手段」の欄,2頁左上。」「
欄11ないし15行)
(イ)「ここで,反応性イオンプレーティング法とは,反応ガス雰囲気中
で蒸発物質を蒸発させ,気相状態においてイオン化し,負バイアスにさ
れた基板面に前記反応ガスと蒸発物質イオンとの反応生成物でなる被覆
層を形成させる公知の表面処理方法であって,低温において緻密な被覆
層が形成される特徴を有するものである(問題点を解決するための。」「
手段」の欄,2頁右上欄7ないし13行)
(ウ)「本発明による反応性イオンプレーティング法を利用し,反応ガス
として窒素ガスを,蒸発物質としてクロムを採用することによりピスト
ンリングの少なくとも外周摺動面にCrN型の窒化クロムでなる第12
被覆相と,更にCrN型の窒化クロムでなる第2被覆相からなる複合被
覆層を形成させたことにより,耐摩耗性と耐焼き付き性に優れた被覆層
が厚く形成された。耐久性の良好なピストンリングが得られた工業上の
効果は顕著である(効果」の欄,4頁左下欄4ないし12行)。」「
イ甲第1号証発明の内容
甲第1号証発明の内容(前記第2,3()ア)及び前記アの甲1の発明2
の詳細な説明の記載によれば,甲第1号証発明は,ピストンリングの外周
摺動面に,反応性イオンプレーティング法により形成される緻密な被膜層
を形成し,ピストンリングの耐摩耗性と耐焼き付き性を向上させたもので
あると認められる。
()甲2について3
ア甲2の記載
甲2には次のとおりの記載がある。
(ア)「高エネルギー溶射法により金属の母材表面上に緻密な溶射被膜を
有する耐熱・耐摩耗性溶射被膜において,前記母材と前記緻密な被膜と
の間に体積密度が90%以下である多孔質溶射被膜を有することを特徴
とする耐熱・耐摩耗性溶射被膜(特許請求の範囲(1,審決にいう。」)
(B−1))
(イ)「セラミック溶射被膜に必要な性能としては・・・粒子間結合力及
び被膜中の気孔の有無が重要となる・・・プラズマ溶射法は・・・母。
材表面に衝突する粒子の衝撃エネルギーが低いので,粒子の圧着化が不
十分となる。すなわち気孔が多く粒子間結合力が小さくなるため,セラ
ミックス被膜の耐摩耗性は不十分となり・・・酸素−アセチレンの爆発
エネルギーを利用した溶射法及び超高速強化ガス溶射法等では・・・溶
射被膜中の気孔を少なくし,粒子間結合力を大きくすることができ,充
分な耐摩耗性が得られるが,溶射された部材が加熱冷却を繰り返される
と,母材との熱膨張差と熱伝導率の差により比較的脆いセラミックス内
部で割れが発生し,時には剥離する・・・上記の如く,耐熱性,耐摩。
耗性を必要とする従来の溶射被膜では,多孔質被膜を形成する溶射法の
場合は耐摩耗性が劣り,低気孔率の緻密な被膜を形成する溶射法の場合
は,耐熱性,特に耐熱衝撃性が劣り・・・問題があった。
本発明の目的は,上記の問題点を消除するとともに,溶射被膜の耐摩
耗性を低下させることなく,耐熱衝撃性の優れた耐熱・耐摩耗性溶射被
膜を提供することにある(従来の技術」の欄,2頁左上欄3行ない。」「
し左下欄2行,審決にいう(B−2))
(ウ)「作用〕〔
高エネルギー溶射法により,母材と緻密な溶射被膜との間に体積密度
が90%以下である多孔質溶射被膜を有することにより,高温雰囲気中
でこの溶射被膜に,母材と溶射被膜の熱膨張差にもとずく熱応力が生じ
ても,この多孔質溶射被膜がその熱応力を吸収して,熱応力に対する緩
衝層の役目を果たす。
また,溶射被膜の表面層に形成された緻密な溶射被膜は,溶射被膜内
の粒子間結合力が強いので,硬度が大きい(作用」の欄,2頁左下。」「
欄11行ないし右下欄1行,審決にいう(B−3))
(エ)「作製した試験材について,耐熱衝撃性試験・・・を行った。耐熱
衝撃性試験は,被膜の形成された試験材を800℃に急熱し20℃に急
冷するサイクルと,1000℃に急熱し20℃に急冷するサイクルのそ
,」(「」れぞれを繰返し行い被膜が剥離するまでの回数を測定した実施例
の欄,3頁左上欄6ないし12行,審決にいう(B−5))
(オ)「本発明により形成された被膜が優れた耐熱衝撃性を示す理由は,
緻密な溶射被膜の下に多孔質溶射被膜が存在するために,熱による各層
及び母材の膨張,収縮が起っても中間層が多孔質であるため容易に熱応
力を緩和させ,かつセラミックスの熱膨張率が金属のそれと比較して小
さいため熱応力自身が小さくなるためである。また緻密な溶射被膜が,
優れた耐摩耗性を示すのは,高エネルギーガス溶射法によって施工が行
なわれているため,粒子間結合力が大きいので気孔が少なく,従って硬
度の大きい被膜を形成しているためである(実施例」の欄,3頁左。」「
下欄4ないし15行,審決にいう(B−4))
(カ)「本発明において,多孔質溶射被膜を形成する溶射材料としては・
・・窒化物・・・であればよい(3頁右下欄1ないし4行,審決にい。」
う(B−6))
イ甲2の内容
前記アによれば,甲2には,従来技術の問題として,気孔が多く粒子間
結合力の小さなセラミック被膜の耐摩耗性は不十分であるのに対し,溶射
被膜中の気孔を少なくした粒子間結合力の大きいセラミック溶射被膜は,
充分な耐摩耗性が得られるが,溶射された部分が加熱冷却を繰り返される
と,母材との熱膨張差と熱伝導差により比較的脆いセラミックス内部で割
れが発生し,時には剥離するため,従来の溶射被膜では,多孔質被膜を形
成する溶射の場合は耐摩耗性が劣り,低気孔率の緻密な被膜を形成する溶
射の場合には,耐熱性,特に耐熱衝撃性が劣ると記載されている(前記ア
(イ)。そして,この問題を解決するために,特許請求の範囲に「高エネ)
ルギー溶射法により金属の母材表面上に気孔率が1∼5%の緻密な溶射被
膜を有する耐熱・耐摩耗性溶射被膜において,前記母材と前記緻密な被膜
との間に体積密度が90%以下である多孔質溶射被膜を有する耐熱・耐摩
耗性溶射被膜」が記載されている(前記ア(ア)。上記特許請求の範囲中)
の「体積密度が90%以下」とは「気孔率(空孔率)が10%以上」とみ
ることができ,また「多孔質溶射被膜」として窒化膜が挙げられている,
(前記ア(カ)。)
,,「」上記のとおり溶射被膜に要求される耐熱性耐摩耗性のうち耐熱性
は,特に「耐熱衝撃性」であり(前記ア(イ),これは,甲2の記載(前)
記ア(イ)ないし(エ))によれば,母材と緻密な溶射被膜との熱膨張差によ
りセラミックからなる緻密な溶射被膜内部の割れや剥離を防止するという
物理的特性を意味するものとみることができる。そして,緻密な溶射被膜
と母材との間の「多孔質溶射被膜」がこの熱膨張差に基づく熱応力を吸収
して優れた耐熱衝撃性を示していること,また「耐摩耗性」については,
「緻密な溶射被膜」が空孔が少なく硬度の大きな被膜を形成しているため
優れた耐摩耗性を示していることが認められる。
そうすると,甲2に記載された効果は,耐摩耗性と耐熱衝撃性(熱膨張
差によるセラミックからなる緻密な溶射被膜内部の割れや剥離の防止)を
両立させるために,耐摩耗性を備える「緻密な溶射被膜」と,緻密な溶射
被膜と母材の間に存する耐熱衝撃性を備える「多孔質溶射被膜」とを有す
ることを前提としたものであると認められる。前記ア(イ)の「多孔質皮膜
を形成する溶射法の場合は耐摩耗性が劣り・・・問題があった(甲2,」
2頁右上欄14ないし18行)との記載からすると,甲2においては,外
周摺動面に多孔質皮膜を設けることは,耐摩耗性が劣ることから問題とさ
れており,その問題を解決するために,緻密な溶射被膜と母材との間の中
間層に多孔質溶射被膜を有することにしたものと認められる。
()課題の共通性等について4
ア甲第1号証発明は,ピストンリングの外周摺動面に緻密な被膜層を形成
して耐摩耗性を向上させたものであり,甲1には,皮膜の欠け状剥離を発
生しにくくするという課題は記載されていない。また,甲2には,皮膜の
剥離の防止が課題として示唆されているものの,甲2において問題とされ
ている剥離は,母材と緻密な溶射被膜との熱膨張差によりセラミックから
なる緻密な溶射被膜に生じる剥離であり,本件各発明が課題とするピッチ
ング疲労による皮膜の剥離とは,剥離をもたらす応力の発生原因や剥離の
形成過程が異なる。そうすると,甲1,2には,本件各発明の課題が示さ
れているとは認められない。
イ原告は「硬いが脆い」という性質から生ずる課題を解決することは,,
セラミックスの分野に限らず,積層(コーティング)を行う技術分野にお
いて一般的な課題であったとして,これを前提に,本件各発明の課題が一
般的であったことを主張する。
しかし,仮に「硬いが脆い」という性質が一般的に知られていたとし,
ても,それはごく一般的,概括的な性質にとどまるものであって,具体的
な発明において解決すべき課題としては,問題の内容や原因をより具体化
したものを提示しなければ,解決するための手段を示すことができないと
解される。そして,ある具体的な課題が「硬いが脆い」という一般的性,
質に起因するものであるとしても,その具体的な課題自体が示されていな
いとすれば「硬いが脆い」という性質が知られていたことをもって,そ,
の具体的な課題が示されていたとはいえない。そうすると,本件各発明の
,「」,課題が硬いが脆いという一般的性質に起因するものであるとしても
具体的に本件各発明の課題が開示されていたことを認めるに足りる証拠は
ないから,本件各発明の課題が一般的であったとは認められず,原告の上
記主張は,採用することができない。
なお,原告は「硬いが脆い」という性質から生ずる課題を解決するこ,
とが一般的な課題であったことと甲2との組み合わせから,本件各発明の
課題が一般的に認識されていたことを主張するものとも解されるが,前記
アのとおり甲2には本件各発明の課題が示されていないから,原告の上記
主張も採用することができない。
ウこのように,本件各発明の課題が一般的であったとは認められず,本願
出願前に本件各発明の課題を示す刊行物があったことを認めるに足りる証
拠もない。
2課題を解決するための構成の容易想到性について
()空孔の導入1
原告は,当業者は,本願出願時において,甲2,7,23により,皮膜中
に空孔が存在することにより被膜の耐剥離性が向上するとの知識を有してい
たから,本件各発明において空孔の導入により耐剥離性を向上させることを
容易に想到することができたと主張する。
しかし,以下の理由により,甲2,7,23によっても,本願出願時にお
,,いて皮膜中に空孔が存在することにより被膜の耐剥離性が向上することが
当業者に知られていたと認定することはできないから,原告の主張は,採用
することができない。
ア甲2について
(ア)甲2において解決の課題とされる剥離は,溶射皮膜と母材との熱膨
張差と熱伝導率の差により発生する剥離であり,加熱冷却による応力に
より発生するものであるのに対し,本件各発明において解決の課題とさ
れる剥離は,ピッチング疲労が原因と考えられる欠け状剥離であり,表
面圧の応力により発生するものである。
そして,甲2において空孔の導入により耐剥離性が向上するのは,表
面溶射膜,多孔性溶射被膜及び母材の3層が存在し,表面溶射膜と母材
との熱膨張差に基づく熱応力を,その中間に多孔質溶射被膜を設けて吸
収することにより,熱応力に対する耐剥離性が達成されることによるも
のと認められ,本件第1発明のようなピッチング疲労を原因とする欠け
状剥離を防ぐことによるものではない。そうすると,甲2に接した当業
者は,空孔の導入が,熱膨張差に起因する剥離に対して有効な解決手段
であることを理解し得るとしても,それがピッチング疲労を原因とする
欠け状剥離に対しても有効な解決手段であることを理解し得るとは認め
られない。したがって,甲2には,本件各発明の課題であるピッチング
疲労が原因と考えられる欠け状剥離についても空孔を設けることが耐剥
離性向上に役立つ,ということまで開示されているということはできな
い。
(イ)原告の主張に対し
原告は,甲2記載の発明において空孔が存在する膜が中間層であるこ
,。とは甲2から本件各発明を想到することの妨げとならないと主張する
しかし,甲2記載の発明において空孔の導入により耐剥離性が向上す
るのは,表面溶射膜と母材との熱膨張差に基づく熱応力を,その中間に
多孔質溶射被膜を設けて吸収することにより達成するものであるから,
甲2記載の発明においては,空孔が存在する膜が表面溶射膜と母材の中
間になければ,耐剥離性を向上させることはできない。したがって,原
告の上記主張を採用することはできない。
また,原告は,皮膜が剥離する原因は,甲2記載の発明と本件各発明
とで異なるが,甲2に接した当業者は,空孔の存在が剥離を防ぐという
メカニズムを十分に理解できるはずであると主張する。
しかし,甲2は,表面溶射膜と母材との熱膨張差に基づく熱応力をそ
の中間の多孔質溶射被膜により吸収することによって剥離を防止するこ
とが記載され,前記()イのとおり,甲2においては,外周摺動面に多3
孔質皮膜を設けることは,耐摩耗性が劣ることから問題とされているの
であって,甲2には,原因や部位を問わずおよそ空孔の存在が剥離を防
,,,ぐということは記載されていないし甲2の記載に照らして当業者も
原因や部位を問わずおよそ空孔の存在が剥離を防ぐとの理解をすること
はないものと認められる。したがって,原告の上記主張を採用すること
はできない。
イ甲7について
甲7には「アルミナ粒子は“弱い”粒子として作用していることが示,
唆される。なお“弱い”粒子の極端な場合がマトリックスとの結合性の悪
い粒子や気孔ということになるが,このような粒子がマトリックスに存在
する場合にも主クラックが粒子間で湾曲し,じん性増加にその程度は小さ
いが寄与することが明らかにされている(607頁左欄32∼39行)」
との記載があり,空孔の存在が“弱い”粒子の極端な場合として,靱性,
性増加に,その程度は小さいものの,寄与することが示されている。しか
し,甲7の記載に照らして,上記記載部分は,粒子分散されたセラミック
スの強靱化に関するものである。本件各発明に係る窒化クロムの皮膜は,
粒子分散しているものではないから,甲7によって,窒化クロムの皮膜中
に空孔が存在することによりピッチングによる欠け剥離の抑制に効果があ
り被膜の耐剥離性が向上すること,が示されているとはいえない。
ウ甲23について
甲23は,クロム皮膜(金属)に関するものであるところ,金属は一般
的に展性,延性に富み,塑性変形が容易であることから外力に対して脆性
破壊し難い。これに対し,本件各発明は,窒化クロム(セラミック)の皮
膜に空孔を設けるものであり,セラミックである窒化クロムは,金属結合
をもたず硬質であり,金属と比較して脆性破壊しやすいから,クロム皮膜
(金属)に関する甲23により,セラミックである窒化クロムについて空
孔の導入により耐剥離性を向上させることが示されているとはいえない。
原告は,甲23によれば,マクロクラックが母材に対するくさび作用を
防止するという現象がクロムめっきのみならず種々の材質からなる皮膜に
も当てはまる現象であることは理解可能であると主張する。しかし,甲2
3には,クロム皮膜のクラックについて記載があるのみであり,他の材料
からなる皮膜に同様の現象が当てはまる旨の記載はなく,他に原告主張の
とおり解すべき根拠は認められないから,原告の上記主張は,採用するこ
とができない。
エ原告は,空孔が皮膜の耐剥離性の向上に有効であることが分かっていれ
ば,空孔の量や大きさなどは最適化の範疇であることなどとし,空孔率を
所定の数値範囲に限定することによって本件各発明の進歩性が生ずること
はない旨主張する。
しかし,本願出願前に,本件各発明において問題とされているピッチン
グ疲労を原因とする欠け状剥離について,空孔の導入が耐剥離性の向上に
有効であることを当業者が認識していたことを認めるに足りる証拠はない
から,原告の上記主張は,その前提において採用することができない。
()甲1に「空孔を導入すること」との構成を加えることが容易であること2
について
原告は,甲24で空孔率が5体積%以下の皮膜が「緻密」と扱われている
から,例えば1.5%の空孔を「緻密」であると意識しつつ導入することは
十分に考えられるなどと主張し,甲第1号証発明のピストンリングの表面に
「緻密な被膜層」が設けられていることは,甲第1号証発明に,課題を解決
するための構成として空孔の導入という構成を組み合わせることの妨げとは
ならないと主張する。
しかし,以下の理由により,原告の上記主張は,失当である。
ア甲1の記載によれば,甲第1号証発明は,ピストンリングの外周摺動面
に,反応性イオンプレーティング法により形成される緻密な被膜層を形成
し,ピストンリングの耐摩耗性,耐焼き付き性を向上させたものであり,
耐摩耗性と耐焼き付き性を向上させるために緻密な被膜を形成するもので
あるから,皮膜に空孔を導入するとの構成とは相容れないものであり,甲
第1号証発明のピストンリングの表面に「緻密な被膜層」が設けられてい
ることは,甲第1号証発明に,課題を解決するための構成として空孔の導
入という構成を組み合わせることの妨げとなるといえる。
イまた,確かに,甲24に記載された発明は,溶射被膜が5体積%以下の
空孔を有することを特徴とするピストンリングの発明であるが(甲24,
特許請求の範囲(),同発明は,従来のプラズマ溶射では被膜中に空孔が1)
形成されやすかったとの問題点を解決するため,減圧プラズマ溶射法によ
り,空孔率の低い溶射被膜を得ようとするものであって(甲24,1頁右
下欄17行ないし2頁左上欄3行,2頁左上欄13ないし17行,2頁左
上欄18行ないし右上欄13行,3頁左上欄6ないし14行,甲24で)
は,溶射法により形成し得る被膜のうちで空孔率が通常より低いものとし
て5体積%以下の空孔が示されているものと認められる。
これに対し,本件明細書には「ピストンリングのCrN皮膜は,その,
緻密度が高くなると,皮膜が脆く,欠け状剥離が発生し易くなる。剥離を
防止するために,CrN皮膜の空孔率をあげ,空孔率を1.5%以上にす
る必要があり(課題を解決するための手段とその作用」の欄【000」「,
7)等の記載があることから,本件各発明は,空孔率を上げるために空】
孔率を1.5%以上とするものであって,イオンプレーティング法により
形成し得る皮膜のうちで空孔率が通常より高いものとして皮膜の空孔率が
1.5%以上であるものが示されているものと認められる。
そうすると,当業者が,甲24に5体積%以下の空孔が示されているこ
とを参照したとしても,反応性イオンプレーティング法により緻密な被膜
層を形成して耐摩耗性等を向上させようとする甲第1号証発明において,
皮膜の空孔率を,イオンプレーティング法により形成される皮膜について
通常より高い空孔率の数値と考えられる1.5%以上とすることは,甲第
1号証発明の発明の課題に反するから,採用することはないものと解され
る。
3課題解決のための具体的な手段の容易想到性について
()陰極アークプラズマ式イオンプレーティング法による空孔の導入の容易1
想到性について
原告は,甲4,6の記載に照らして,当業者は,本件各発明の課題を解決
するための構成を得る具体的な手段として,空孔を設けるために陰極アーク
プラズマ式イオンプレーティング法を使用することを,容易に想到すること
ができたと主張する。しかし,以下の理由により,原告の上記主張は,採用
することができない。
ア甲4について
甲4には「陰極アークプラズマ蒸着法を適用し,反応ガスおよび不活,
性ガスのいずれも導入しない状態で基材1表面上に金属皮膜2を形成すれ
ば,蒸発物質15から金属原子やイオンと共に放出されたマクロパーティ
,」()クル21が金属皮膜2に適度な凹凸を形成し3頁右上欄3ないし8行
と記載され,上記凹凸により金属被膜中に空孔が形成される可能性は示さ
れているといえる。
しかし,甲4において凹凸が議論されているのは金属皮膜についてであ
,()って本件各発明の皮膜のようなセラミックに属する化合物窒化クロム
の皮膜についてではない。また,甲4には「マクロパーティクルは膜の,
不均一性や表面粗度の悪化等の原因となり,好ましいものではないとされ
ており,陰極アークプラズマ蒸着法による膜形成の欠点とされていた。そ
こで陰極アークプラズマ蒸着法で上記各種膜を形成するに際しては・・・
・・・反応性ガスを真空容器10内に導入して行なうのが一般的であり,
これによってマクロパーティクルの発生を大幅に減少し,実用上支障のな
い程度の均一な膜の製造が実施されてきた(3頁右上欄15行ないし左。」
下欄4行)との記載があり,反応性ガスを導入する場合には,上記のよう
な凹凸は起こらず,実用上支障のない程度の均一な膜が製造されることが
示されている。ところが,甲1の反応性イオンプレーティング法,本件各
発明の陰極アークプラズマ式イオンプレーティング法は,いずれも反応性
,,ガスを導入して被膜を形成するものであるから甲4の上記記載によれば
上記のような凹凸は起こらないものと認められ,甲4に,イオンプレーテ
ィング法による被膜の形成に際して空孔を設けることが示唆されていると
はいえない。
イ甲6について
(ア)甲6には,次のとおりの記載がある。
a「シリンダボア内に収容されたピストンと高ケイ素アルミニウム合
金製の回転斜板との間に介装された半球状のシューを有する斜板式圧
縮機において,高炭素鋼からなるシューの少なくとも斜板との摺接面
にアーク式イオンプレーティング法によって被着されたセラミック膜
を具備してなる斜板式圧縮機(特許請求の範囲(1)」)
b「本発明は・・・シューの回転斜板との摺接面の油膜保持性を改善
するとともにその摩耗抵抗を低減し耐摩耗性や耐焼付き性を改善した
斜板式圧縮機を提供する(2頁右上欄15ないし18行)」
c「成膜後に,シュー11の表面を所定量・・・だけバフ研磨してセ
ラミック膜20の表面に形成される尖鋭な凸部(ドロップレット)を
平坦化した。
被着された後で表面が摩滅しない程度の量だけバフ研磨されたセラ
ミック膜20は深さが平均約1∼2μmで直径が平均数μmの孔部が
1平方cm当たり数千個以上形成されている(3頁左下欄8ないし。」
16行)
(イ)前記(ア)の記載によれば,シューの回転斜板との摺接面の油膜保持
性を改善するために,シューの少なくとも回転斜板との摺接面にアーク
式イオンプレーティング法によって被着されたセラミック膜を具備して
なる斜板式圧縮機において,このセラミック膜には深さが約1∼2μm
で直径が平均数μmの孔部が1平方cm当たり数千個形成されているも
のと認められるから,アーク式イオンプレーティング法によって被膜を
形成する際,孔部が形成されているといえる。
しかし,甲6の孔部は,シューの回転斜板との摺接面の油膜保持性を
改善するために形成されたものであるから,甲6には,欠け状剥離を防
止するために空孔を設けることについて示唆はない。
ウこのように,甲4には,イオンプレーティング法による被膜の形成に際
して空孔を設けることが示唆されているとはいえず,甲6には,空孔に関
する記載はあるものの,欠け状剥離を防止するために空孔を設けることに
ついて示唆はない。
したがって,甲4,6の記載を参照したとしても,当業者は,本件各発
明の課題を解決するための構成を得る具体的な手段として,空孔を設ける
ために陰極アークプラズマ式イオンプレーティング法を使用することを,
容易に想到することができたとはいえない。
()ピストンリング摺動面の皮膜中への空孔の導入の容易想到性について2
原告は,甲9ないし11に開示されているように,ピストンリングの摺動
面に位置する皮膜に空孔を設けることは,本願出願時において一般的に行わ
れており,当業者の技術常識であったから,当業者は,本件各発明の課題を
解決するための構成を得る具体的な手段として,ピストンリングの摺動面に
位置する皮膜に空孔を設けることを,容易に想到することができたと主張す
る。
確かに,甲9ないし11には,ピストンリングの摺動面に開孔,空孔等を
設けることが記載されているが,以下の理由により,原告の上記主張は,採
用することができない。すなわち,
ア甲9には,摺動部材の表面層(3)が,基板(2)より相互に近接して
延出する複数の柱状晶(4)を有し,相隣る両柱状晶(4)間に,摺動面
(3a)に開口してオイル溜となる空洞部(7)が形成されていることが
記載されており(1欄4ないし8行,32ないし35行,2欄43ないし
44行「摺動面3aにオイル溜となる多数の空洞部7が開口しているの),
で,表面層3が優れた潤滑能を発揮し,これにより表面層3の耐焼付き性
を向上させることができる(3欄49行ないし4欄49行「表面層。」),
3の摩耗が進行する過程でも,摺動面3aには空洞部7が開口するので,
前記同様の効果が得られる(5欄3ないし5行)と記載されていること。」
から,甲9記載の空洞部7は保油性のために設けられるものと認められ,
甲9には,欠け状剥離を防止するために空孔を設けることについて示唆は
ない。
イ甲10には,特許請求の範囲に「ピストンリングの摺動面に溶射により
形成される合金耐摩耗層がその分析値で重量比にてMo.30∼70%,
Cr.20∼50%,C.0.3∼4.0%,その他酸素より構成され,
空孔率2∼8%,硬度55(スーパーフイシヤル30−N)以上を有する
如くなしたことを特徴とするピストンリング」が記載されており「空孔。,
率は2%以下では保油性が低下しそのため耐スカツフ性能を阻害し,一方
8%以上となると粒子間結合及び母材との結合力が阻害され溶射層の剥離
を生ずる(3欄17ないし20行)と記載されていることから,甲10。」
記載の空孔は保油性のために設けられるものと認められ,甲10には,欠
け状剥離を防止するために空孔を設けることについて示唆はない。
ウ甲11には,実用新案登録請求の範囲の()項に「3本又は3本以上の1
リングより構成されるピストン装置に於いて,少なくとも,第一圧縮リン
グを鋼製リングとし,第二圧縮リングを焼結金属製リングとしたことを特
徴とするピストン装置」と記載され,()項に「前記焼結製第2圧縮リン。2
グに於いて摺動面の多孔率を5.0∼20.0%にしたことを特徴とする
実用新案登録請求の範囲第()項記載のピストン装置,()項に「前記焼14。」
結金属製第二圧縮リングに於いて,摺動面の多孔率を0.5%∼15%に
したことを特徴とする実用新案登録請求の範囲第()項記載のピストン装3
置」が記載されており「鋼製第一圧縮リングと焼結金属製第二圧縮リン。,
グによる本考案ピストン装置に於いては,焼結金属製第二圧縮リングの多
孔度が5%以下では,上記の如く鋼製第一圧縮リングの初期なじみ性及び
耐摩耗性の向上が計れず,又,多孔度が20%以上では過度の含油により
ピストン装置全体の潤滑油消費量の増大をきたし,潤滑油消費量減少の効
果が得られない(3欄13ないし20行「この場合,多孔度が0.。」),
5%以下では硬質クロムメツキ鋼製第一圧縮リングの初期に於けるなじみ
性の向上及び更なる耐摩耗性の向上が計れず又,多孔度が15%以上では
過度の含油によりピストン装置全体の潤滑油消費量の更なる減少効果が得
られない(4欄16ないし21行)と記載されていることから,甲11。」
記載の空孔は保油性のために設けられるものと認められ,甲11には,欠
け状剥離を防止するために空孔を設けることについて示唆はない。また,
甲11記載の発明においては,外周摺動面にそもそも皮膜が形成されてい
ないから,皮膜に空孔を設けることも示されていない。
エこのように,甲9ないし11に開示された開孔,空孔等は,いずれも保
油性を保持するためのものであり,本件各発明の課題を解決するための構
成を得る手段として,ピストンリング摺動面の皮膜中へ空孔を導入するこ
とが示唆されていたとは認められない。
したがって,当業者は,本件各発明の課題を解決するための構成を得る
具体的な手段として,ピストンリングの摺動面に位置する皮膜に空孔を設
けることを,容易に想到することができたとは認められない。
4本件各発明の容易想到性の有無等について
()以上のとおり,本件各発明の課題が一般的であったとは認められず,本1
願出願前に本件各発明の課題を示す刊行物があったことを認めるに足りる証
拠はなく(前記1),また,当業者は,本願出願時において,皮膜中に空孔が
存在することにより被膜の耐剥離性が向上するとの認識を有していたとは認
められず(前記2),本件各発明の課題解決のための具体的な手段として,空
孔を設けるために陰極アークプラズマ式イオンプレーティング法を使用する
こと,ピストンリングの摺動面に位置する皮膜に空孔を設けることを容易に
想到することができたとは認められない(前記3)。したがって,本件第1発
明は,本願出願時において,甲1ないし8に基づいて容易に想到することが
できたとは認められず,これは,本願出願前の優先権主張日当時においても
同様であると解され(なお,甲5は,優先権主張日後,本願出願日前に頒布
された刊行物である,本件第1発明は進歩性を欠くことはなかったものと。)
認められる。
()なお,原告は,本件第2発明についても,甲3にイオンプレーティング2
法によって形成された皮膜の断面が柱状組織となることが開示されているこ
とから,進歩性は認められないと主張する。
しかし,本件第1発明は,甲1ないし8に基づいて容易に想到することは
できず,進歩性があるものと認められるから,原告の上記主張は,その前提
において採用することができない。
のみならず,甲3(金属表面技術便覧(改訂新版」社団法人金属表面技「)
術協会編,日刊工業新聞社,昭和54年12月20日3版発行)は「真空,
」(.),「」メッキと気相メッキ9の章においてイオンプレーティングの方法
(9・4・2)について説明したものであり「3)蒸発材料とサブストレ,(
ート材料の項において蒸発材料として金属合金酸化物窒化物C」,,,,,(
rNを含む,炭化物が例示されており「4)イオンプレーティング膜。),(
」,「,,の表面と断面の項において図9・29はいくつかの金属や酸化物を
堆積速度の高い値で,高真空中で加熱したサブストレート表面に,蒸着した
厚膜の表面と断面の構造である」として,図9・29が示されている。そ。
して,さらに,図9・29の説明として,物質の融点を尺度として,その2
5%のところ,50%のところの二つの境界で区別されたゾーン1,ゾーン
2,ゾーン3において,ゾーン2は,バルクの密度の90%以上の緻密な膜
になっており,断面の柱状組織が特徴的であり,温度が上がるにつれて柱の
サイズが太くなってくることが記載されており,図9・29のゾーン2に当
たる部分には柱状構造が図示されている。
上記の甲3の記載によれば,図9・29及びその説明において,イオンプ
レーティング法による蒸着によって断面が柱状組織の皮膜が形成されること
は示されている。しかし「3)蒸発材料とサブストレート材料」の項にお,(
,,,,,(。),いて蒸発材料として金属酸化物の他に合金窒化物CrNを含む
炭化物が例示されているにもかかわらず,次の「4)イオンプレーティン(
グ膜の表面と断面」の項において「図9・29は,いくつかの金属や酸化,
物を」と,金属や酸化物に限定して記載されていることからすると,図9・
29及びその説明に示された柱状組織の皮膜は,金属,酸化物についてのも
のであることが認められ,窒化クロム(CrN)を含む窒化物について柱状
組織の皮膜が形成されることは,甲3に示されているとは認められない。と
ころが,本件第2発明は,外周摺動面の窒化クロムよりなる皮膜の破断面に
柱状の形態を有するものである。そうすると,甲3によっては,本件第2発
明の皮膜の破断面に柱状の形態を有することが示されているとは認められな
い。したがって,甲3に,イオンプレーティング法によって形成された皮膜
が柱状組織となることが開示されているとしても,それは金属,酸化物に関
するものであり,それによって本件第2発明の進歩性が否定されることはな
い。
5結論
以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がない。原告は,その他縷々主張
するが,審決にこれを取り消すべきその他の違法もない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
中平健
裁判官
上田洋幸

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